JP4165173B2 - 有機el素子の製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、基板の上に、ITO(インジウムチンオキサイド)からなる下部電極層、有機EL材料からなる有機層、上部電極層を順次形成してなる有機EL素子の製造方法に関し、特に下部電極層の表面処理方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
一般に、有機EL(エレクトロルミネッセンス)素子は、自己発光のため、視認性に優れ、かつ数V〜数十Vの低電圧駆動が可能なため駆動回路を含めた軽量化が可能である。そこで薄膜型ディスプレイ、照明、バックライトとしての活用が期待できる。また、有機EL素子は色バリエーションが豊富であることも特徴である。
【0003】
このような有機EL素子は、ガラス等の基板の上に、ITO(インジウムチンオキサイド)からなる下部電極層を形成した後、この下部電極層の表面処理を行い、続いて下部電極層の上に蒸着法等により有機EL材料からなる1層以上の有機層を形成し、この有機層の上に上部電極層を形成してなる。
【0004】
ここで、有機層を形成する前に基板上の下部電極層に表面処理を施すが、この目的は、大きく電極表面の洗浄と電極表面の物性値の改善であり、物性値の改善とは有機層内に電荷が注入されやすいように仕事関数をあわせこむものである。
【0005】
このような下部電極層の表面処理としては、従来、必要に応じてオゾンを導入しながら常温で紫外線照射を行う処理(以後、UV処理と呼ぶ)が用いられたり(例えば、特許文献1参照)、電極表面を酸素プラズマ等のプラズマにさらす方法(以後、プラズマ処理と呼ぶ)が用いられる。
【0006】
プラズマ処理は真空中で処理し、そのまま真空中を介して有機層の形成に持ち込むことができるため、プロセスとしても非常に有利な手法である。しかし、プラズマ粒子の物理的エネルギーが非常に高いため、処理条件によっては、ITOの表面組成を変化させてしまう場合や過度な場合にはITO自体がエッチングされてしまい、電極表面の凹凸が悪化する場合も発生し、取り扱いが難しい。
【0007】
一方、UV処理は、ITO自体への影響が少ないため、比較的安易に適用できる手法である。このUV処理では、下部電極層の表面に存在する有機物等の汚染物質をUV照射によって分解し、それにより発生する分解生成物がオゾンと反応してガス化することで除去され、表面洗浄がなされる。
【0008】
【特許文献1】
特開平10−261484号公報
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、本発明者らの検討では、UV処理およびプラズマ処理では、処理条件によっては、有機EL素子における輝度寿命が不十分となる場合が生じることがわかった。
【0010】
従来では、下部電極層を表面処理するにあたって、有機EL素子の輝度寿命と処理条件との関係は明確化されておらず、輝度寿命を確保できる有機EL素子を確実に製造することは困難であった。
【0011】
そこで、本発明は上記問題に鑑み、長い輝度寿命を有する有機EL素子を安定して提供できるようにすることを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するため、下部電極層の表面処理において表面処理後の電極表面の状態に着目し、鋭意検討を行った。
【0013】
表面処理前の下部電極層においては、大気中等に存在する汚染物質が付着するが、検討の結果、従来の表面処理方法では、その中でもカルボニル化合物が残存して輝度寿命に大きく影響することを見出した。
【0014】
このカルボニル化合物は、従来のUV処理では下部電極層を構成するITO表面から十分に除去することができず、残存する。カルボニル化合物はC=O結合を有するが、このC=O結合の結合エネルギー(約190kcal/mol)は他の有機化合物の結合エネルギーよりも高く、特にUV処理の場合においては通常使用されるUV波長(例えば185nm)のエネルギー(約154kcal/mol)では切断できないためである。
【0015】
そして、このカルボニル化合物においてはC=O結合が小さいエネルギーギャップを有するものであるために、有機EL素子において用いられる発光のエネルギーが、このC=O結合部分に移動して放出され、その結果、発光のためのエネルギーが無駄に消費され、輝度寿命の低下につながると考えられる。
【0016】
しかし、本発明者らは、表面処理の条件を従来に対し変更すれば、ITO表面に存在するカルボニル化合物までも十分に除去することができることを見出した。つまり、表面処理後にITO表面に残存するカルボニル化合物が規定量以下であれば、十分な輝度寿命が確保できることを見出した。本発明は、このような検討結果に基づき創出されたものである。
【0017】
すなわち、請求項1に記載の発明は、基板(10)の上に、ITO(インジウムチンオキサイド)からなる下部電極層(20)を形成した後、この下部電極層の表面処理を行い、続いて下部電極層の上に有機EL材料からなる1層以上の有機層(30)を形成し、この有機層の上に上部電極層(40)を形成してなる有機EL素子の製造方法において、下部電極層の表面処理工程は、有機層を形成する直前の下部電極層の表面状態として、下部電極層を構成するITO表面に存在するカルボニル化合物を規定量以下とするように、基板(10)の温度が170℃以上となるように基板を加熱した状態で紫外線照射を行い、続いて大気にさらすことなくXPS分析を実施するものである。
【0018】
ここで、カルボニル化合物を規定量以下にするとは、ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいて、O1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピーク(P1、P2、P3)のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と532eVに現れるC=O由来のピーク(P2)とのピーク強度の比であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となるようにするものである。
【0019】
本発明者らの検討によれば、有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものにするには、下部電極層を表面処理したときに、上記カルボニル/酸素ピーク比が0.43以下に小さくなるようにカルボニル化合物を低減させれば十分であることが実験的にわかった(図18参照)。ここで、基板(10)の温度が170℃以上となるように基板を加熱した状態で紫外線照射による処理を行うことは、検討の結果、実験的に見出されたものであり、170℃以上でUV処理を行うことで、従来の常温でのUV処理では分解が困難であったカルボニル化合物を分解し、除去できる。
【0020】
よって、本製造方法によれば、長い輝度寿命を有する有機EL素子を安定して提供することができる。また、請求項2に記載の発明では、下部電極層の表面処理工程は、有機層を形成する直前の下部電極層の表面状態として、下部電極層を構成するITO表面に存在するカルボニル化合物を規定量以下とするように、基板(10)の温度が170℃以上となるように基板を加熱した状態で紫外線照射を行い、続いて大気にさらすことなくXPS分析を実施するものであり、カルボニル化合物を規定量以下にするとは、ITO表面のXPS分析法によりO1sに由来するピーク(P0)を有するスペクトルを得た後に、O1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピーク(P1、P2、P3)のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と532eVに現れるC=O由来のピーク(P2)とのピーク強度の比であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となるようにするものである。そして、これによっても、長い輝度寿命を有する有機EL素子を安定して提供することができる。
【0021】
さらに、検討を進めた結果、下部電極層を表面処理するにあたって、ITO表面に残存するカルボニル化合物を規定量以下とした場合において、さらに、ITOの組成状態の変化を所定量以内の変化にとどめるような処理条件を採用すれば、より確実に輝度寿命の向上が図れることを見出した。
【0022】
すなわち、請求項3に記載の発明は、請求項1または2の製造方法において、下部電極層(20)の表面処理工程が、下部電極層を構成するITOの酸素とインジウムの組成比が表面処理前後で所定量以内の変化にとどまるように表面処理を行うものである。
【0023】
ここで、所定量以内の変化にとどまることとは、ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいてO1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピークであって530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と同スペクトルにおいて444eVに現れるIn由来のピークとのピーク強度の比である酸素/インジウムピーク比における表面処理後の値が、表面処理前の値に対して90%以上であることである。
【0024】
本発明者らの検討によれば、上記酸素/インジウムピーク比における表面処理後の値が表面処理前の値に対して90%以上となるように、表面処理前後でのITO組成比の変化を小さくすれば、より確実に有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものにできることが実験的にわかった(図19参照)。
【0028】
また、請求項4に記載の発明では、下部電極層(20)の表面処理として、紫外線照射による処理を行う前に、予め処理槽の内部にオゾンを導入し充満させることを特徴とする。
【0029】
それによれば、下部電極層の表面処理においてUV処理を行った場合に、処理雰囲気はオゾンが十分に存在したものとなるため、UV処理にて発生する分解生成物をより確実にガス化することができ、好ましい。
【0030】
また、請求項5に記載の発明では、下部電極層(20)の表面処理として、紫外線照射による処理を行った後、プラズマによる処理を行うことを特徴とする。
【0031】
それによれば、下部電極層の表面処理においてUV処理を行った後に、微量に残存する分解生成物をプラズマ処理によって確実に除去することができ、好ましい。
【0032】
これら請求項4や請求項5の製造方法に示す好ましい手法は、特に、請求項6に記載の発明のように、下部電極層(20)の表面処理工程において、基板(10)として下部電極層以外に有機物からなる部材(60、70)が基板の上に形成されたものを用いる場合に適用して好ましい。
【0033】
表面処理の対象である下部電極層以外に有機物からなる隔壁および膜等の部材が形成された基板を、UV処理する場合、これら隔壁や膜の有機物が分解生成物となって処理後に残存し、素子特性に悪影響を与える恐れがある。その点、当該分解生成物を確実に除去可能な上記手法を採用すれば、効果的である。
【0037】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示す一例である。
【0038】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を図に示す実施形態について説明する。図1は、本発明の実施形態に係る有機EL(エレクトロルミネッセンス)素子S1の概略断面構成を示す図である。
【0039】
この有機EL素子S1は、透明なガラス基板または樹脂基板等からなる基板10を備え、この基板10の上には、下部電極層としてのITO(インジウムチンオキサイド)からなる陽極20、有機EL材料からなる発光層33を含む有機層30、上部電極層としての陰極40を順次積層してなる。
【0040】
ここで、陽極10〜陰極40までが積層された積層体50は、電気絶縁性の絶縁膜60によって複数個に分割されており、この絶縁膜60の上には、積層体50よりも高い隔壁70が形成されている。その結果、絶縁膜60および隔壁70により分割された各積層体50は、それぞれ画素として構成されている。
【0041】
次に、基板10の上に形成された上記各層等の材質等について述べる。陽極20は上述したように、ITO(インジウムとスズの酸化物)等からなる透明電極膜である。この陽極20は、スパッタ法等で150nm程度の厚さに成膜したITO膜を、通常のフォトリソグラフィー法でパターニングすることで形成されたものとしている。
【0042】
有機層30は、陽極20側から順に、正孔注入性有機材料からなる正孔注入層31、正孔輸送性有機材料からなる正孔輸送層32、有機EL材料からなる発光層33、電子輸送性有機材料からなる電子輸送層34が、蒸着法等によって積層されてなる。
【0043】
本例では、正孔注入層31は膜厚10nm程度のCuPc(銅フタロシアニン錯体)、正孔輸送層32は膜厚40nm程度のトリフェニルアミン4量体、発光層33は、電子輸送性材料であるAlq中にジメチルキナクリドンを添加したものを膜厚40nm程度成膜したもの、電子輸送層34は膜厚20nm程度のAlqからなる。
【0044】
また、陰極40は金属材料等を蒸着したものからなり、本例では、有機層30側から電子注入層としての膜厚0.5nm程度のLiF膜41、膜厚150nm程度のAl膜42を順次蒸着法等にて成膜したものからなる。
【0045】
基板10の上に形成された有機層30以外の有機物からなる部材60、70すなわち絶縁膜60は感光性ポリイミド等の樹脂材料からなり、一方、隔壁70はネガ型の感光性樹脂レジスト材料等からなる。
【0046】
また、図示しないが、この有機EL素子S1は基板10上にステンレス等の封止缶を設け、この封止缶によって基板10上の各部を被覆して保護するようにしている。
【0047】
このような有機EL素子S1においては、所望の画素すなわち積層体50にて発光を行うようにするものである。具体的には、陽極20と陰極40との間に電圧を印加することで発光層33内へ電子および正孔が注入され、これら電子と正孔の結合による発生するエネルギーにより発光層33が発光する。この発光は例えば基板10側から取り出される。
【0048】
[有機EL素子S1の製造方法]
次に、上記した有機EL素子S1の製造方法について説明する。まず、基板10上の所定の位置にITOからなる陽極20を形成する(陽極形成工程)。本例では、ITOをスパッタ法等で150nm程度の厚さに成膜し、通常のフォトリソグラフィー法でパターニングすることで、陽極20が形成される。
【0049】
次に、各積層体(画素)50の間となる部分において基板10の上に、上記絶縁膜60を感光性ポリイミド等の樹脂にて形成する(絶縁膜形成工程)。さらに、絶縁膜60の上に、有機層30および陰極40を分断するための隔壁70をフォトリソグラフィー法で形成する(隔壁形成工程)。
【0050】
このようにして、陽極(下部電極層)20、有機物からなる隔壁70および有機物からなる膜としての絶縁膜60を形成した後、有機層30を形成する前に陽極20の表面処理を行う(陽極表面処理工程)。
【0051】
この陽極20の表面処理は、有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものにするために、有機層30を形成する直前の陽極20の表面状態として、陽極20を構成するITO表面に存在するカルボニル化合物を規定量以下とするように行うものである。
【0052】
具体的に、カルボニル化合物を規定量以下にするとは、ITO表面のXPS(X線光電子分光法)を用いた分析法により得られるスペクトルのうちO1sに由来するピークを利用する。そして、表面処理後のITO表面のスペクトルにおいてカルボニル化合物が規定量以下となるような処理条件を求め、この求められた処理条件に基づいて表面処理を行うものである。
【0053】
このスペクトルは次のようにして求める。ITOからなる陽極20が形成されたガラス基板10を表面処理した後グローブボックスに搬送する。グローブボックス内でXPSに付属する搬送用密封治具(以後、ベッセルと呼ぶ)に装填し、分析装置に搬送する。ベッセルは分析装置に直結するため、大気に曝されることなく分析装置内に挿入することができる。そして、分析を行う。
【0054】
図2は、このXPS分析により得られるスペクトルにおけるO1sに由来するピークの一例を示す図である。図2において、破線P0で示すものが実測されたスペクトルにおけるO1sに由来するピークである。
【0055】
このO1sのピークP0は、複数のピークの重ね合わせのような形状をしているが、これはいくつかの化合物の酸素が存在するためである。このピークP0はカーブフィッテング法により波形分離することができる。
【0056】
この場合には、図2に示すように、O1sのピークP0に合うようにカーブフィッティング法で計算し、3つのピークP1、P2、P3に分離した。なお、分離して求められた各ピークP1〜P3を足し合わせものは、ピークP0’として示してあり、このピークP0’は実測のピークP0とよく一致している。
【0057】
分離された各ピークP1、P2、P3の酸素はおおよそどの化合物に由来するかは理論的に判明しており、ピークP1は陽極のITO(In2O3)に由来する酸素ピーク、ピークP2は処理後に残存する汚染物質のC=O(カルボニル基)に由来するピーク、ピークP3は当該汚染物質のC−Oに由来するピークである。
【0058】
ここで、C=O由来のピークP2はO1sのピーク同様にC1sのピークの波形分離によっても確認することができる。このことを利用して、このO1sピークP0における分離されたピークP2が、本当にC=O由来であることを確認した。
【0059】
いくつかのITO表面を測定し、O1sにおけるピークP2(C=O in O1s)のピーク強度とC1sピークの波形分離から得られるC=O由来のピーク(C=O in C1s)のピーク強度との相関を確認した。その結果を図3に示す。図3に示すように、両ピークのピーク強度は良く相関しており、この結果から、O1sのピークP2がC=O由来であることが確認できた。
【0060】
そして、本実施形態におけるカルボニル化合物の残存量の定義としては、陽極の表面処理条件が変化しても、ITO由来のピークであるピークP1の強度に変動が見られないので、このピークP1をリファレンスとし、530eVに現れるピークP1と532eVに現れるピークP2との比(P2/P1)を用いることとした。
【0061】
そして、本実施形態における陽極20の表面処理は、有機層30を形成する直前の陽極20の表面状態として、ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいてO1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピークP1〜P3のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピークP1と532eVに現れるC=O由来のピークP2との比(P2/P1)が0.43以下となるような、表面処理条件にて行う。なお、このピーク比を以後、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)という。
【0062】
詳細は後述するが、このカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を0.43とするように陽極20の表面処理を行えば、ITO表面に存在するカルボニル化合物を十分に低減したものにでき、有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものできることは、本発明者らの検討により実験的にわかったことである。
【0063】
さらに、この陽極20の表面処理としては、より確実に有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものにするために、ITOの組成状態の変化を所定量以内の変化にとどめるような処理条件を採用することが好ましい。ITO組成の変化は少ない方が好ましいが、本発明者らは、その変化度合がある所定量以内であれば、輝度寿命の確保に大きく効果があることを見出した。
【0064】
つまり、陽極20の表面処理工程は、有機層30を形成する直前の陽極20の表面状態として上記カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を0.43となるようにしつつ、ITOの酸素とインジウムの組成比が表面処理前後で所定量以内の変化にとどまるように表面処理を行うことが好ましい。
【0065】
具体的に、所定量以内の変化にとどまることとは、ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいて、O1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られる530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピークP1(図2参照)と444eVに現れるIn由来のピーク(図無)との比である酸素/インジウムピーク比における表面処理後の値が、表面処理前の値に対して90%以上である。
【0066】
詳細は後述するが、上記酸素/インジウムピーク比における表面処理後の値が表面処理前の値に対して90%以上となるように表面処理前後でのITO組成比の変化を小さくすれば、より確実に有機EL素子の輝度寿命を十分に長いものにできることは、本発明者らの検討により実験的にわかったことである。
【0067】
そして、上記したカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)や酸素/インジウムピーク比を考慮した表面処理は、基板10の温度(基板温度)が145℃以上となるように基板10を加熱した状態で紫外線照射による処理(UV処理)や、酸素−アルゴン混合ガス等を用いたプラズマ処理を用い、処理条件を適宜調製することで実現できる。
【0068】
例えば、UV処理条件としては、実際の基板温度を145℃以上とした状態で、オゾン流量0.5〜10リットル/分で3分〜20分間程度、UV照射するものとできる。また、プラズマ処理条件としては、圧力1.0Paになるように酸素ガスとアルゴンガスを1:9の比率で導入し、RFパワーを50Wに設定し200秒処理を行うものにできる。
【0069】
また、本実施形態の陽極20の表面処理として基板温度を145℃以上としたUV処理を行う場合において、さらに好ましい形態を次に示す。一つは、紫外線照射を行う前に、予めUV処理槽の内部にオゾンを導入し充満させるものである。
【0070】
このようにオゾンを予め予備導入すれば、陽極20の表面処理においてUV処理を行う際に、その処理雰囲気はオゾンが十分に存在したものとなるため、UV処理にて発生する分解生成物をより確実にガス化することができ、好ましい。基板が大型化して処理槽が大きくなりオゾンが不足しがちになると、上記分解生成物が残存しやすいが、本手法ならば、そのような問題を回避できる。
【0071】
二つ目は、紫外線照射による処理を行った後、さらにプラズマによる処理を行うもの、すなわちプラズマアシストを行うものである。それによれば、UV処理を行った後に、陽極20のITO表面に微量に残存する分解生成物をプラズマ処理によって確実に除去することができ、好ましい。
【0072】
このような補助的なプラズマ処理の条件としては、例えば、圧力1.0Paになるように酸素ガスとアルゴンガスを1:9の比率で導入し、RFパワーを30Wに設定し数十秒処理を行うものにできる。
【0073】
また、これら二つの好ましい形態は、本実施形態の有機EL素子のように、陽極表面処理工程において、基板10として陽極20に有機物からなる部材(つまり本例では絶縁膜60および隔壁70)が基板10の上に形成されたものを用いる場合に好適である。
【0074】
表面処理の対象である陽極20以外に有機物からなる部材が形成された基板10をUV処理する場合、これらの有機物が分解生成物となって処理後に残存し、素子特性に悪影響を与える恐れがある。その点、当該分解生成物を確実に除去可能な上記手法を採用すれば、効果的である。
【0075】
このようにして陽極表面処理工程を実行した後、蒸着法等を採用して陽極20の上に有機層30を成膜して積層し(有機層成膜工程)、有機層30の上に陰極40を成膜して積層する(陰極成膜工程)ことにより積層体50を形成する。本例における有機層30および陰極40の成膜例は上述したとおりである。
【0076】
なお、図示しないが、実際には、このような成膜方法により、隔壁70の上端面にも、有機層30および陰極40と同様の膜が積層される。その後、上記封止缶を取り付ける等の工程を行うことによって、有機EL素子S1が完成する。
【0077】
このようにして完成した有機EL素子S1においては、特にITOからなる陽極20として、有機層30を形成する前の陽極20の表面状態をXPS分析法で分析することにより得られるスペクトルにおいて、O1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピークP1〜P3のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピークP1と532eVに現れるC=O由来のピークP2との比であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となっているものが用いられた構成となっている。
【0078】
そして、上述したように、本実施形態の製造方法によれば、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)や酸素/インジウムピーク比を考慮した陽極20の表面処理を行うことにより、長い輝度寿命を有する有機EL素子を安定して提供することができる。
【0079】
次に、上記した本実施形態の製造方法において、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)や酸素/インジウムピーク比を考慮した表面処理を採用した根拠、さらにはより好ましい形態を採用できる根拠等について述べる。採用の根拠は、次に述べる本発明者らの検討に基づくものである。
【0080】
[UV照射の検討1]
従来のUV処理では常温で行っており、UV照射によるエネルギーではC=O結合を切断するのに十分なエネルギーが付与できなかった。そこで、基板を加熱してC=O結合に付与されるエネルギーを大きくすることを検討した。
【0081】
図4に示すように、ガラス基板10の上にITOからなる陽極20まで形成したITO付き基板としてのサンプルを作製した。
【0082】
そして、このサンプルを用いて、UV処理を行わなかったもの(UV処理なし)、検討例1として従来と同様に常温でUV処理したもの(UV(常温)処理)、検討例2として処理装置の設定温度100℃でUV処理したもの(UV(100℃)処理)、検討例3として処理装置の設定温度150℃でUV処理したもの(UV(150℃)処理)を作製した。
【0083】
ここで、UV処理は、100mm□基板用UVオゾン処理装置を用い、上記した常温、100℃、150℃の各設定温度において、オゾン流量0.5リットル/分で20分間行った。そして、UV処理なしおよび各温度のUV処理が施された検討例1〜3のサンプルについて、それぞれのITO表面をXPS分析した。
【0084】
このXPS分析は上述の要領で行い、それぞれの処理を施したサンプルについて、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を求めた。その結果を図5に示す。図5から、基板10を加熱することにより当該ピーク比(P2/P1)が小さくなりカルボニル化合物の除去効果が高まっていることがわかる。
【0085】
ここで、処理装置の設定温度すなわち処理温度は、実際の基板10の温度すなわち基板温度とは多少ずれがある。これは、基板温度はUVランプの輻射熱によって処理温度よりも高くなるためである。上記図5では、処理温度が常温、100℃、150℃の場合、それぞれ基板温度は60℃、115℃、170℃であった。
【0086】
そして、この基板温度と輝度寿命との関係を調べるにあたって、上記のUV(常温)処理、UV(100℃)処理、UV(150℃)処理を行った検討例1〜3のサンプルに対して、陽極20上に上記した本例の要領で有機層30、陰極40を形成し、さらに図示しない封止缶を組み付けることで有機EL素子を形成した。
【0087】
その断面構成を図6に示す。この有機EL素子においては、隔壁や絶縁膜等の有機層以外の有機物からなる部材は存在しない。
【0088】
繰り返しになるが、図6に示す有機EL素子においては、有機層30は、膜厚10nmのCuPcからなる正孔注入層31、膜厚40nmのトリフェニルアミン4量体からなる正孔輸送層32、Alq中にジメチルキナクリドンを添加したものを膜厚40nm成膜してなる発光層33、膜厚20nmのAlqからなる電子輸送層34が順次積層されてなる。また、陰極40は電子注入層としての膜厚0.5nmのLiF膜41、膜厚150nmのAl膜42を順次蒸着法等にて成膜したものからなる。
【0089】
また、基板温度と輝度寿命との関係を調べるにあたっては、処理温度200℃(基板温度では230℃)で同様にUV処理したITO付き基板を用いて、図6と同様の有機EL素子を作製し、この素子を検討例4とした。
【0090】
そして、各基板温度毎に得られた検討例1〜4の有機EL素子について、輝度寿命を調べた。輝度寿命は、85℃で初期輝度2400cd/m2においてDC駆動を行った際の輝度が半減する時間すなわち輝度半減寿命を用いた。つまり、この輝度半減寿命は、85℃で輝度が1200cd/m2となる駆動時間である。
【0091】
基板温度(℃)と輝度半減寿命(hr)との関係を図7に示す。輝度半減寿命は検討例1が60時間、検討例2が75時間、検討例3が95時間、検討例4が98時間であった。ちなみに、UV処理なしは20時間程度であった。この結果から、基板温度を少なくとも170℃程度以上にすれば輝度半減寿命が十分に改善されることが明確化した。
【0092】
また、上記した検討においてUV処理なしおよび処理温度が常温、100℃、150℃のサンプル(検討例1〜3)について求めたカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)と、そのサンプルを用いて作製した有機EL素子について求めた輝度半減寿命との関係を調べた。その結果を図8に示す。
【0093】
この図8の結果から、有機層30を形成する直前の陽極20表面におけるカルボニル化合物の存在状態としては、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.33以下程度であれば良いことになり、輝度半減寿命としては、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を0.33以下にすれば良いといえる。
【0094】
以上、UV照射の検討1では、ガラス基板10に陽極20(ITO)のみが形成されたテストピースおよびそれを用いて有機層30および陰極40を積層してなる有機EL素子を用いて行ってきた。
【0095】
そして、この検討からは、陽極20の表面処理としては、基板温度を170℃以上としてUV処理すること、および、表面処理後且つ有機層形成前の陽極の表面状態として、ITO表面に存在するカルボニル化合物をカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.33以下程度となるように低減すれば良いことが知見として得られた。つまり、おおよその表面処理条件を絞り込むことができた。
【0096】
この結果を受け、実際のパネル形態としての基板すなわち上記図1に示した有機物からなる隔壁70や絶縁膜60が存在する基板10において、上記条件の効果を確認すべく検討を行った。次に、この検討を「UV照射の検討2」として述べる。
【0097】
[UV照射の検討2]
まず、上記図1に示す有機EL素子S1として、UV(150℃)処理を施したものを、検討例5として作製した。ちなみに、この検討例5におけるUV(150℃)処理は、上記UV照射の検討1における検討例3と同様に行った。
【0098】
つまり、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を150℃の処理温度(基板温度は170℃)で加熱しながら、100mm□基板用UVオゾン処理装置により、オゾン流量0.5リットル/分で20分間表面処理を行った。そして、後は同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例5の有機EL素子を作製した。
【0099】
この検討例5の有機EL素子S1について、120℃、2時間の放置試験を行った。図9は、この放置試験の前後において素子特性として電圧電流特性を調べた結果を示す図である。図9に見られるように、放置後では初期に比べて、電流電圧特性の大幅な低下が見られた。例えば、電圧8Vでの電流密度が放置前の14%程度であった。
【0100】
このように特性が低下した検討例5の有機EL素子S1の発光状態を確認すると、隔壁70や絶縁膜(平坦化膜)60の周辺で輝度ムラや輝度低下が発生していることがわかった。このことから、隔壁70や絶縁膜60の周辺において電荷が注入されにくくなっていると判断した。
【0101】
この原因として、隔壁70や絶縁膜60といった有機物が紫外線によって分解し、この分解生成物とオゾンとの酸化反応が十分でないために気体化されず、隔壁70や絶縁膜60の周辺にいけるITO表面に付着したことが考えられる。そして、その付着がITO(陽極)表面状態の変化をもたらし、その上に形成される有機層30の膜質や密着性を悪化させたと推定した。
【0102】
この推定モデルを検証するために2つの検証実験を試みた。1つ目は、UV処理の処理時間の短縮である。この処理時間を短縮すれば、蓄積する分解生成物量が低減するはずである。2つ目はオゾン濃度を高くすることである。オゾン濃度を高くすることにより酸化反応確率が向上し、分解生成物量が低減するはずである。
【0103】
「処理時間の短縮の検証」:まず、処理時間の短縮について検証した。ここでは、上記検討例5におけるUV(150℃)処理の処理条件、すなわちオゾン流量0.5リットル/分、20分間という処理条件を基準とした。
【0104】
そして、この基準処理条件に対して、オゾン流量と処理時間を変えた表面処理を行い、後は同様の手順にて上記図1に示す有機EL素子S1を作製した。
【0105】
具体的には、検討例6としてオゾン流量0.5リットル/分、10分間としたもの、検討例7としてオゾン流量1.0リットル/分、10分間としたもの、検討例8としてオゾン流量0.5リットル/分、5分間としたもの、検討例9としてオゾン流量1.0リットル/分、5分間としたもの、検討例10としてオゾン流量1.0リットル/分、3分間としたものを作製した。
【0106】
そして、これら検討例5〜検討例10の有機EL素子について、上記同様の120℃、2時間の高温放置試験を行い、放置試験前後における電圧8Vでの電流密度比を調べた。この電流密度比は、電圧8Vでの放置前の値に対する放置後の割合であり、この電流密度比が大きいほど特性変化が少なく良好なことを意味する。つまり、電圧電流特性変化の指標となる。
【0107】
当該電流密度比を調べた結果、検討例5では上述したように14%、また、検討例6では12%、検討例7では41%、検討例8では63%、検討例9では73%、検討例10では100%であった。この結果をグラフ化したものが図10である。
【0108】
図10に示す結果から、処理時間が短くなると、確かに電流密度比が大きくなる、すなわち素子特性変化が小さくなることがわかる。そのため、この結果から、処理時間の短縮が効果があるという推定が妥当であることが確認された。
【0109】
なお、処理時間を短縮することで、本来のカルボニル化合物の除去効果が低減してしまうことが懸念されたが、輝度半減寿命は変わらなかったため、処理時間を短縮しても除去効果は十分であると考えられる。
【0110】
ちなみに、処理時間を3分間まで短縮して電流密度比100%を実現した上記検討例10においては、輝度半減寿命は97時間であり、上記図7や図8に示す十分に改善された輝度半減寿命と同レベルを確保している。
【0111】
また、あまり処理時間が長いとUV処理によって、隔壁70や絶縁膜60もエッチングされてしまう。そのため、処理時間の短縮化は当該エッチング量の低減にも効果的である。実際にUV(150℃)処理を20分間行った場合には、隔壁70や絶縁膜60が大きくエッチングされてしまうことが、SEM観察の結果確認された。
【0112】
「オゾン濃度に関する検証」:また、図10に示す結果から、オゾン流量が多い方が電流密度比が大きくなっている。すなわち、UV処理におけるオゾン濃度が高い方が、高温放置に供されても素子特性の変化が小さい傾向にあることが確認された。このオゾン濃度に関する検証をさらに進めた。
【0113】
本検証2において、上記検討例5〜検討例10は、小型の100mm□基板用UVオゾン処理装置で行った。装置の処理槽の容積が大きくなればオゾン濃度が十分なものとはなりにくいと考え、これを確認するため、大型の400mm□基板用UVオゾン処理装置を用いてオゾン濃度に関する検証を行った。このとき、処理時間は上記図10の中で最適な時間である3分間とした。
【0114】
検討例11として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を150℃の処理温度(基板温度は170℃)で加熱しながら、400mm□基板用UVオゾン処理装置により、オゾン流量1.0リットル/分で3分間表面処理を行った。
【0115】
そして、後は同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例11としての有機EL素子を作製した。この素子を、120℃、2時間の高温放置試験に供し、放置前後における電圧8Vでの電流密度比を調べたところ、検討例11では4%であった。
【0116】
また、検討例12として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を150℃の処理温度(基板温度は170℃)で加熱しながら、400mm□基板用UVオゾン処理装置により、オゾン流量10リットル/分で3分間表面処理を行った。
【0117】
そして、後は同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例12としての有機EL素子を作製し、検討例11と同様にして、放置前後における電圧8Vでの電流密度比を調べたところ、検討例12では12%であった。これら検討例11および検討例12におけるオゾン流量と電流密度比との関係を図11に示しておく。
【0118】
このように検討例11と検討例12では、オゾン流量を変えたが、電流密度比の低下は避けられず、大型UV処理装置では同様の手法を採用しても、小型UV処理装置と同様の効果が再現しないことが判明した。特に、検討例12のオゾン流量は処理装置の最大値であるにもかかわらず、電流密度比が低下した。
【0119】
この原因としては、大型UV処理装置では、その処理槽の容量が大きいため、小型UV処理装置にくらべ処理開始からオゾン濃度が飽和するまでに時間を要してしまうことが考えられる。そのため、低濃度時に分解生成物が付着すると推定される。
【0120】
「オゾンの予備導入の検証」このため、UV処理開始前に処理槽内に予めオゾンを十分に導入してから処理を開始すること、すなわちオゾンの予備導入を試みた。
【0121】
検討例13として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を150℃の処理温度(基板温度は170℃)で加熱しながら、400mm□基板用UVオゾン処理装置により、オゾンの予備導入を5分間行った後、オゾン流量10リットル/分で3分間表面処理を行った。
【0122】
そして、後は同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例13としての有機EL素子を作製し、上記検討例11と同様にして、放置前後における電圧8Vでの電流密度比を調べたところ、検討例13では80%であった。この検討例13の結果を上記検討例12と対比して、図12に示しておく。
【0123】
このように、オゾンの予備導入によって電流密度比が大幅に改善され、検討例10に示したような小型UV処理装置並みのレベルに達した。この結果から、オゾンによる酸化効率が普遍的に重要であることが確認された。
【0124】
「プラズマアシストの検証」:次に、本UV照射の検討2において、大型UV処理装置にてオゾンの予備導入を行った場合、電流密度比を80%程度まで向上させることができたが、これを100%に達するべくさらなる改善を試みた。
【0125】
プラズマ処理は、プラズマ粒子にのみによる効果であり、UV処理のようなUVよる分子結合の切断とオゾンによる酸化反応(気体化)の複合効果ではない。このため途中段階での分解生成物の影響をあまり考えなくてよい。
【0126】
しかし、プラズマ処理では、「従来技術」の欄にて述べたようにITOの組成変化やエッチング、さらには隔壁等の有機物のエッチング等の影響が懸念され、特にプラズマ粒子のエネルギーが高い場合には、その影響が顕著となる。しかし、プラズマ粒子のエネルギーが低い場合には、この影響は小さい。
【0127】
このため、UV処理を行った後にわずかに残存しているであろう分解生成物を除去するために、非常に弱いプラズマで短時間処理することすなわちプラズマアシストを検討した。
【0128】
ここで、非常に弱いプラズマの定義としては、プラズマ処理における圧力やパワーの大きさが、プラズマ処理によって隔壁70や絶縁膜60にエッチングもしくは表面形態の変化が発生する未満の大きさであることとする。
【0129】
具体的には、検討例14として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を150℃の処理温度(基板温度は170℃)で加熱しながら、400mm□基板用UVオゾン処理装置により、オゾンの予備導入を5分間行った後、オゾン流量10リットル/分で3分間表面処理を施し、続いて、酸素ガスとアルゴンガスを1:9の比率で導入し、RFパワー30W、圧力1.0Paの条件で10秒間プラズマ処理を施した。
【0130】
後は、上記同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例14としての有機EL素子を作製した。この素子を、120℃、2時間の高温放置試験に供し、放置前後における電圧8Vでの電流密度比を調べたところ、検討例14では100%であった。
【0131】
この検討例14の結果を上記図12に加えたものが図13として示されている。このように、プラズマアシストによって電流密度比のさらなる改善が達成できることが確認された。
【0132】
また、この検討例14の素子を、85℃雰囲気中でDC駆動により初期輝度2400cd/m2で輝度寿命を評価したところ、輝度半減寿命は99hrであり、プラズマアシストによる悪影響は見られず、十分長い寿命レベルを確保できた。
【0133】
以上、「UV照射の検討1」および「UV照射の検討2」に述べた検討の結果により、有機EL素子の長寿命化のための普遍的なUV処理法を見出すことができた。そこで、プラズマ法により同様の効果を発現できないかどうか検討を試みた。
【0134】
[プラズマ処理の検討]
「酸素プラズマの検討」:まず、一般的な手法である酸素プラズマによる効果を確認した。検討例15として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を用いて、プラズマ条件としては圧力1.0Paになるように酸素ガスを導入し、RFパワーを50Wに設定し200秒間プラズマ処理を行った。ちなみに、このプラズマ条件は、絶縁膜60、隔壁70といった有機物がほとんどエッチングされないような条件として決めたものである。
【0135】
このプラズマ処理を施した後に、上記同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例15としての有機EL素子を作製した。この素子を、120℃、2時間の高温放置試験に供したところ、放置前後における電流電圧特性の変化は見られなかった。
【0136】
しかし、この検討例15の有機EL素子を、85℃初期輝度2400cd/m2においてDC駆動を行った際の輝度半減寿命は60hrであった。また、この酸素プラズマによる陽極表面処理を施したITOの表面状態をXPS分析法で分析した結果、上記カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)は0.44であった。
【0137】
図14は、検討例15における輝度半減寿命とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)の値を上記図8に加えて示したものである。図14に示す結果からわかるように、本検討例15においても比較的カルボニル化合物量は低減されているものの、UV処理の場合ほどには、輝度半減寿命が向上していない。
【0138】
このため、カルボニル化合物以外にも輝度寿命に影響を及ぼす因子が存在すると考え、分析結果を再検討した。再検討の結果、酸素プラズマ処理を行った検討例15については、ITOとしての組成に変化が生じており、具体的にはITOの主成分であるIn2O3の酸素比率が低下していることが判明した。
【0139】
このITO組成比すなわち酸素比率としては、ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいて、O1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られる530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピークP1(上記図2参照)と、同スペクトルにおいて444eVに現れるIn由来のピーク(In3d由来のピーク、図無)との比である酸素/インジウムピーク比を用いた。
【0140】
この酸素/インジウムピーク比を、上記「UV照射の検討1」に述べたUV処理なし、UV(常温)処理(検討例1)、UV(100℃)処理(検討例2)、UV(150℃)処理(検討例3)、および酸素プラズマ(本検討例15)について求めた。その結果を図15に示す。
【0141】
図15から、酸素プラズマで表面処理した場合、UV処理の場合に比べて酸素/インジウムピーク比が小さくなり、ITO組成比が大きく変化していることがわかる。
【0142】
酸素プラズマによって、ITOの酸素比率が低下するメカニズムはよくわからないが、少なくとも設定したプラズマパワーは隔壁を構成するレジストにすらダメージが入らない条件であるため、物理的スパッタによる影響は少ないと考えられる。
【0143】
このため、酸素ガスの化学的な影響であると推定し、この影響を低減するため酸素とアルゴンの混合ガスによるプラズマ処理を検討した。ちなみに、アルゴンガスのみによるプラズマ処理では素子の駆動電圧が大幅に上昇してしまい、評価に値しないため検討をしなかった。
【0144】
「酸素−アルゴンプラズマの検討」:検討例16として、陽極20、絶縁膜60、隔壁70が形成された基板10を用いて、プラズマ条件としては、圧力1.0Paになるように酸素ガスとアルゴンガスを1:9の比率で導入し、RFパワーを50Wに設定し200秒間処理を行った。
【0145】
このプラズマ処理を施した後に、上記同様に、有機層30、陰極40、封止缶組み付けを行い、検討例16としての有機EL素子を作製した。この素子を、85℃初期輝度2400cd/m2においてDC駆動を行った際の輝度半減寿命は93時間であり、十分長いレベルであった。
【0146】
また、この検討例16において、プラズマ処理を施したITO(陽極)の表面状態をXPS分析法にて分析した結果、カルボニル化合物の存在を定義するカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)は0.43であった。また、ITO組成比を示す酸素/インジウムピーク比は0.17であった。
【0147】
この検討例16における輝度半減寿命とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)の値を上記図14に追加したものを、図16に示す。また、この検討例16における酸素/インジウムピーク比を上記図15に追加したものを、図17に示す。
【0148】
この結果から、陽極20を表面処理した場合に、その表面においてITO組成比に異常がなければカルボニル化合物の存在量によって輝度寿命が支配されることが明確化するとともに、ITO組成比も輝度寿命に影響を与える因子であることが判明した。
【0149】
図16の結果から、有機層形成直前の陽極20の表面においてカルボニル化合物の存在状態としてはカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下程度であれば効果的であることが判明した。これは、上記図8からの結果であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を0.33以下とすれば良いことに対しての高精度がなされたことを意味する。
【0150】
また、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43となるときのUV処理時の基板温度は、上記図5等に示した検討例1〜検討例3から求めた基板温度とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)との相関関係を用いて算出した。図18に、この基板温度とピーク比の相関を示す。
【0151】
図18から、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43となるときのUV処理時の基板温度は145℃と算出された。これは基板温度と輝度半減寿命との関係を示した上記図7中の変化点とほぼ一致することから妥当性のある結果であると判断した。
【0152】
つまり、有機層30を形成する直前の陽極20の表面状態として、ITO表面におけるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となるように表面処理することは、基板温度が145℃以上の状態でUV処理すれば良いことがわかった。
【0153】
さらに、このカルボニル化合物の影響が小さいものについてITO組成比と輝度寿命の相関を確認した。すなわちカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43近傍となるように、酸素プラズマ、酸素−アルゴンプラズマ、UVの各表面処理を行って上記酸素/インジウムピーク比を求め、さらに、続けて有機EL素子を作製して輝度半減寿命を調べた。その結果を図19に示す。
【0154】
図19は、酸素/インジウムピーク比と輝度半減寿命との関係を示す図であり、酸素/インジウムピーク比の小さい側から順に、上記検討例15、検討例16、検討例3の結果となっている。
【0155】
上記図7に示したようにカルボニル化合物低減による輝度寿命の向上は約90時間で飽和するが、この約90時間の輝度半減寿命を達成するためには、この図19から、酸素/インジウムピーク比が0.16以上である必要があることがわかる。これは、表面処理を施す前のITO組成比すなわち酸素/インジウムピーク比=0.176に対して90%程度の値である。
【0156】
つまり、有機層30を形成する直前の陽極20の表面状態として、酸素/インジウムピーク比における表面処理後の値が、表面処理前の値に対して90%以上であれば良いことがわかった。
【0157】
また、酸素とアルゴンの混合ガスによるプラズマを用いれば、ITOの組成比の変化が抑制され且つカルボニル化合物量も低減することによって輝度半減寿命が改善することが判明した。
【0158】
以上述べてきた検討の結果が、上記した本実施形態の製造方法において、カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)や酸素/インジウムピーク比を考慮した表面処理を採用した根拠、さらにはより好ましい形態を採用できる根拠となるものである。
【0159】
(他の実施形態1)
前記実施形態では、陽極20と陰極40の上下電極間に低分子有機材料を多層形成した、低分子タイプの有機EL素子の例を示したが、例えば、陽極20のITO上にポリチオフェン系の正孔注入輸送層とポリパラフェニレンビニレンやポリフルオレンの発光層を形成した後に陰極40を形成した高分子タイプの有機EL素子においても、同様な効果を奏でることができる。
【0160】
すなわち、前記有機層の成膜前にITO表面をUV加熱処理を行ってカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を所定の値以下にすることにより、長寿命化することができる。特に、ITO形成後に、ITO電極間に絶縁膜60を形成したり、隔壁70を形成したりする工程を有する場合には、有効である。
【0161】
(他の実施形態2)
前記実施形態では、基板10の上に有機層30以外に有機物からなる絶縁膜60、隔壁70が形成されていることが特徴であるパッシブマトリクス駆動方式有機EL素子の例を示した。
【0162】
図20に、アクティブマトリクス駆動方式有機EL素子の断面図を示す。20は薄膜トランジスタ、30は有機物からなる平坦化膜、40は陽極および陰極電極であるITO、50は有機層、60は陰極および陽極電極である。60は光取り出し方向に応じて、金属電極もしくは透明電極のどちらが採用されても良い。
【0163】
ITO40下部の有機物からなる平坦化膜30は部分的に露出しているため、ITO40の表面処理時において、パッシブマトリクス駆動方式有機EL素子の場合と同様の課題が発現する。すなわち、薄膜トランジスタ上に有機物からなる平坦化膜を有するアクティブマトリクス駆動方式有機EL素子においても有効である。ITO形成後に有機物からなる部材を形成する場合においては、さらに効果的である。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の実施形態に係る有機EL素子の概略断面図である。
【図2】ITO表面処理後のITO表面をXPS分析して得られるスペクトルにおけるO1sに由来するピークの一例を示す図である。
【図3】O1sにおけるC=O由来のピークのピーク強度とC1sにおけるC=O由来のピークのピーク強度との相関を示す図である。
【図4】本発明者らの検討に用いたITO付き基板の構成を示す概略断面図である。
【図5】UV処理における処理温度を変えていったときのカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)を示す図である。
【図6】上記図4に示すITO付き基板におけるITO上に有機層および陰極を積層してなる有機EL素子の概略断面図である。
【図7】基板温度と輝度半減寿命との関係を示す図である。
【図8】カルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)と輝度半減寿命との関係を示す図である。
【図9】上記図1に示す有機EL素子S1としてUV(150℃)処理を施したものについて高温放置試験を行った後の電圧電流特性を調べた結果を示す図である。
【図10】陽極の表面処理としてUV(150℃)処理をおこなったときの処理時間と素子特性変化との関係を示す図である。
【図11】大型UV処理装置を用いた場合のオゾン流量と電流密度比との関係を示す図である。
【図12】大型UV処理装置を用いた場合におけるオゾンの予備導入の効果を示す図である。
【図13】プラズマアシストの効果を示す図である。
【図14】上記図8においてさらに検討例15における輝度半減寿命とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)の値を追加して示す図である。
【図15】UV処理したITOと酸素プラズマ処理したITOとについて酸素/インジウムピーク比を求めた結果を示す図である。
【図16】上記図14においてさらに検討例15における輝度半減寿命とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)の値を追加して示す図である。
【図17】上記図15においてさらに検討例15における酸素/インジウムピーク比の値を追加して示す図である。
【図18】UV処理時の基板温度とカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)との相関関係を示す図である。
【図19】酸素/インジウムピーク比と輝度半減寿命との関係を示す図である。
【図20】アクティブマトリクス駆動方式有機EL素子の断面図である。
【符号の説明】
10…基板、20…下部電極層としての陽極、30…有機層、
40…上部電極層としての陰極、
P0…ITO表面のXPS分析法にて得られるスペクトルにおけるO1sに由来するピーク、
P1…O1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られる530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク、
P2…O1sに由来するピークP0をカーブフィッティング法により波形分離して得られる532eVに現れるC=O由来のピーク。
Claims (6)
- 基板(10)の上に、ITOからなる下部電極層(20)を形成した後、この下部電極層の表面処理を行い、続いて前記下部電極層の上に有機EL材料からなる1層以上の有機層(30)を形成し、この有機層の上に上部電極層(40)を形成してなる有機EL素子の製造方法において、
前記下部電極層の表面処理工程は、前記有機層を形成する直前の前記下部電極層の表面状態として、前記下部電極層を構成するITO表面に存在するカルボニル化合物を規定量以下とするように前記基板(10)の温度が170℃以上となるように前記基板を加熱した状態で紫外線照射を行い、続いて大気にさらすことなくXPS分析を実施するものであり、
前記カルボニル化合物を規定量以下にするとは、前記ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいて、O1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピーク(P1、P2、P3)のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と532eVに現れるC=O由来のピーク(P2)とのピーク強度の比であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となるようにするものであることを特徴とする有機EL素子の製造方法。 - 基板(10)の上に、ITOからなる下部電極層(20)を形成した後、この下部電極層の表面処理を行い、続いて前記下部電極層の上に有機EL材料からなる1層以上の有機層(30)を形成し、この有機層の上に上部電極層(40)を形成してなる有機EL素子の製造方法において、
前記下部電極層の表面処理工程は、前記有機層を形成する直前の前記下部電極層の表面状態として、前記下部電極層を構成するITO表面に存在するカルボニル化合物を規定量以下とするように前記基板(10)の温度が170℃以上となるように前記基板を加熱した状態で紫外線照射を行い、続いて大気にさらすことなくXPS分析を実施するものであり、
前記カルボニル化合物を規定量以下にするとは、前記ITO表面のXPS分析法によりO1sに由来するピーク(P0)を有するスペクトルを得た後に、O1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピーク(P1、P2、P3)のうち、530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と532eVに現れるC=O由来のピーク(P2)とのピーク強度の比であるカルボニル/酸素ピーク比(P2/P1)が0.43以下となるようにするものであることを特徴とする有機EL素子の製造方法。 - 前記下部電極層(20)の表面処理工程は、前記下部電極層を構成するITOの酸素とインジウムの組成比が前記表面処理前後で所定量以内の変化にとどまるように前記表面処理を行うものであり、
前記所定量以内の変化にとどまることとは、前記ITO表面のXPS分析法により得られるスペクトルにおいてO1sに由来するピーク(P0)をカーブフィッティング法により波形分離して得られるピークであって530eVに現れるIn2O3由来の酸素ピーク(P1)と前記スペクトルにおいて444eVに現れるIn由来のピークとのピーク強度の比である酸素/インジウムピーク比における前記表面処理後の値が、前記表面処理前の値に対して90%以上であることを特徴とする請求項1または2に記載の有機EL素子の製造方法。 - 前記下部電極層(20)の表面処理として、前記紫外線照射による処理を行う前に、予め処理槽の内部にオゾンを導入し充満させることを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1つに記載の有機EL素子の製造方法。
- 前記下部電極層(20)の表面処理として、前記紫外線照射による処理を行った後、プラズマによる処理を行うことを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1つに記載の有機EL素子の製造方法。
- 前記下部電極層(20)の表面処理工程においては、前記基板(10)として前記下部電極層以外に有機物からなる部材(60、70)が前記基板の上に形成されたものを用いることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか一つに記載の有機EL素子の製造方法。
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