液体使用装置、例えばインクジェット記録ヘッドを用いて記録媒体へと液体であるインクを付与することにより記録媒体上に画像を形成するインクジェット記録装置は、記録時の騒音が比較的小さくしかも小さなドットを高い密度で形成できるため、昨今においてはカラー印刷を含めた多くの印刷に利用されている。このようなインクジェット記録装置の一形態として、一体不可分にまたは分離可能に取り付けられたインクタンクからインクの供給を受けるインクジェット記録ヘッドと、記録ヘッドを搭載して記録媒体に対し記録ヘッドを所定方向に相対的に走査させるキャリッジと、記録媒体を記録ヘッドに対して上記所定方向に直交する方向に相対的に搬送(副走査)させる搬送手段と、を具え、記録ヘッドの主走査の過程でインク吐出を行わせることにより記録を行うものがある。さらに、キャリッジ上に、ブラックインクおよびイエロー、シアン、マゼンタ等の各カラーインクが吐出が可能な記録ヘッドを搭載し、ブラックインクによるテキスト画像のモノクローム印刷のみではなく、各インクの吐出割合を変えることにより、フルカラー印刷を可能としたものもある。
かかるインクジェット記録装置においては、インク供給経路内部に混入してくる、またはしている空気等の気体の排出を適切に行うことが問題となる。
ここで、供給系内部に進入してくる気体には大きく分類して4種類の発生要因がある。
1)プリントヘッドのインク吐出口から進入する、ないしは吐出動作に伴って発生するもの、
2)インク内部に溶存していた気体が分離したもの、
3)供給経路を構成する素材を通して外部から気体透過により進入してくるもの、および、
4)カートリッジ形態のインクタンクを交換する際に進入してくるもの、
である。
ところで、インクジェット記録ヘッド内に形成される液路は非常に微細に構成されており、従ってインクタンクから記録ヘッドに供給されるインクは、塵埃等の異物が混入していない清浄な状態であることが要求される。すなわち、塵埃等の異物が混入しているような場合、記録ヘッド内のインク流路の中でも特に狭い吐出口ないしこれに直接連通する液路部分に異物が詰まるという問題が発生し、これにより正常なインクの吐出動作が行えなくなり、記録ヘッドの機能の回復が不可能となることもある。
そこで、一般に記録ヘッドと、インクタンクに突入するインク供給針との間のインク流路に、異物を除去するフィルタ部材を配置し、このフィルタ部材によって記録ヘッド側への異物の侵入が防止できるように構成されることが多い。
一方、昨今においては記録の高速化を実現するために、インクを吐出するための吐出口数も増してきており、またインクを吐出させるためのエネルギを発生する素子に加える駆動信号も益々高周波数のものが採用されつつある。このために、単位時間当たりのインクの消費量も急激に増加している。
これに伴い、フィルタ部材を通過するインク量も当然ながら増大するが、フィルタ部材による圧力損失を低減するためには、供給路を一部拡大して大面積のフィルタ部材を配置するのが有効である。このために、供給経路内に気泡が混入すると、拡大部におけるフィルタ部材の上流側の空間に滞留し易く、これを排出できない状態となって、インクの円滑な供給が阻害されるという問題が生じる。また、供給経路内部に溜まっていた気体が微細な気泡となって吐出口に導かれるインク内部に混入し、インクの不吐出を生じさせる等の問題を引き起こす恐れもある。
従って、インク供給経路内に滞留する空気は速やかに除去されることが強く望ましく、そのためにいくつかの方法が挙げられる。
その一つは、次に述べるようなクリーニング操作を行うことである。
インクジェット記録ヘッドは、記録媒体に対向して配置される吐出口から液体であるインクを例えば滴として吐出させて印刷を行う関係上、吐出口からのインク溶媒の蒸発に起因するインク粘度の上昇やインクの固化、吐出口への塵埃の付着、さらには吐出口内方の液路への気泡の混入などにより吐出口に目詰まり等が生じ、印刷不良を起こすことがある。
このために、インクジェット記録装置には、非印刷動作時に記録ヘッドの吐出口を覆うためのキャッピング手段や、吐出口が形成された記録ヘッドの面(吐出口形成面)を必要に応じて清掃するワイピング部材が備えられる。キャッピング手段は、印刷の休止時に前述した吐出口のインクの乾燥を防止する蓋として機能するだけではない。吐出口に目詰まりが生じた場合には、キャップ部材により吐出口形成面を覆い、例えばキャップ部材の内部に連通する吸引ポンプにより負圧を作用させることにより、吐出口からインクを吸引排出させ、吐出口のインク固化による目詰まりや、液路内の増粘インクあるいは混入気泡によるインク吐出不良を解消する機能をも備えている。
これらインク吐出不良を解消させるために行うインクの強制的な排出処理はクリーニング操作と呼ばれ、これは装置の長時間の休止後に印刷を再開する場合や、またユーザが記録画像の品質が悪化したのを認識して例えばクリーニングスイッチを操作した場合などに実行される。さらに、そのようにインクを強制排出させた後に、ゴムなどの弾性板からなるワイピング部材により吐出口形成面のワイピング操作を伴う。
そして、インクを初めて記録ヘッドの流路ないし液路内へ充填するための初期充填時や、インクタンクを交換した場合に実行されるクリーニング操作時において、キャッピングされた吐出口形成面に対し吸引ポンプを高速度で駆動することで大きな負圧を作用せしめ、これによりインク供給路内で高い流速を得て滞留気泡を排出させようとする試みもなされている。
しかしながら、上述したフィルタ部材が持つ動圧を抑えるためにフィルタ部材の面積を増大すると流路断面積も増大する。このため、前述のクリーニング操作において流路内に大きな負圧を発生せしめても、気泡を効果的に移送できるような高い流速が発生せず 、残留気泡を吐出口側から吸引ポンプで除去するのは極めて困難となる。すなわち、吸引ポンプによるインクの流れにより気泡がフィルタを通過する条件として、フィルタを通過するインクに所定の流速が必要であるが、それを発生させるにはフィルタ両側に大きな圧力差を生じさせなくてはならない。それを実現するには、通常フィルタ面積を小さくして流路抵抗を高めるか、吸引ポンプを大流量化することが考えられるが、フィルタを小さくするとヘッドへの供給性能が損なわれ、また、大流量で気体を除去しようとする場合には、大量のインクが排出されてしまい、インクをいたずらに消費することにもなる。
そこで、気泡除去の他の方法として考えられるのは、気泡を外部へ直接排出させる方法と、インクタンク側に移動させ、インク供給を阻害しないタンク内の部位に留めてしまう方法との二つとなる。これらのうち、前者については、供給路中に外部への連通口を配置する構成を有するものとなるが、これは次の理由により好ましい方法とは言えない。
すなわち、通常のインクジェット記録装置においては、吐出口からのインクの好ましくない漏出を防止する目的で、インクタンク内に吸収体などの毛管力発生部材を配設したり、あるいは可撓性のインク収納袋に対しばね等の弾性部材を配置して内容積拡大方向への付勢力を作用させたりすることにより、インクタンクのインク収納空間に負圧を発生させているものが多い。このような場合においては、供給路に気泡除去のために単なる連通口が配置されると、却って連通口からエアが侵入することで負圧が解除されてしまうことになるので、連通口には圧力調整弁等の配設が必要となり、インク供給システムひいてはこれを用いる記録装置の構造が複雑化・大型化することになるからである。また、気泡排出用の連通口からのインクの漏洩を防止するために、気体は通過できるが液体は通過できない撥水膜等の配設を要したり、あるいは気泡が滞留した場合にのみ連通口を開放して排出させる装置(気泡量検知機構や連通口開閉機構等)が必要となるので、製造価格の増大や構造の複雑化・大型化が生じるからである。
一方、インクタンク側に気泡を移動させることを考える。このとき、インクタンクに移動する気泡の体積に相当する量のインクをヘッド側に移送することができれば、インクタンク内容積の変動はなく、発生する負圧を一定として、記録ヘッドに対し吐出口に形成されるメニスカスの保持力と平衡する負圧を作用することができるので、好ましいことである。また、インクタンクがカートリッジ形態のものであれば、収納するインク残量がなくなったときに新しいものと交換されるので、インク供給系から完全に気体を除去することができる構成であると言い得る。
しかし、民生用に広く普及しているインクジェット記録装置においては、ブラックインクおよびカラーインクをそれぞれ収納したカートリッジ形態のインクタンクを、記録ヘッドないしこれを搭載するキャリッジに対しその上部から着脱可能に装着できるように構成されることが多い。すなわち、例えばインクカートリッジにはキャリッジに上向きに搭載された中空のインク供給針が突入することで、記録ヘッドに対するインク供給が可能となるように構成されているものが多い。従って、インクカートリッジと記録ヘッドを連結するインク供給針の管内径が問題となる。つまり、大きな力を要さずにカートリッジ装着の操作が簡便に行われるようにするためにも、供給針として細いものを使用することが求められるが、管内径が小さくなればその分メニスカス力が大きくなるために気泡を円滑に移動することができないのである。
ところで、インクタンク側に気体を移動させる機構については、これまでにもいくつかの提案がなされている。
例えば、特許文献1においては、記録ヘッド側を、大気連通口を有する第1室と毛管力発生部材を有する第2室とに分離し、第1室とインクタンクとを第1室側の開口の高さが異なる2以上の連通路で連結させることで、連通路の1つからインクタンク側にエアが供給されるようにした構成が開示されている。かかる構成は、第1室と第2室との水頭差、あるいは、第2室に配置した毛管力発生部材によりヘッドに負圧を作用させているものであり、第1室に大気連通口を配置させることができている。
しかしながら、この特許文献1の構成は、変形しないインクタンク内のインクを使い切るためにインク供給に応じてインクタンク内に大気を導入することが目的であり、インク供給経路内に残留した気泡をインクタンクに排除することを目的とするものではない。すなわち、インク供給経路とりわけ第2室ないし記録ヘッド側からの気体をもインクタンクに移送するために同文献開示の技術を適用することはできない。
また、他の提案として、特許文献2には、負圧発生部材収納室と液体収納室とを分離可能とした場合に、両者を連結する連通部に気体優先導入路と液体導出路とを配置し、確実に気体を液体収納室に導入できるようにした構成が開示されている。しかしながら、同文献においても、インクタンクと記録ヘッドとの間に毛管力発生部材と大気連通口が配置されている構成が開示されており、特許文献1と同様、大気連通口としての開口から気体が自由に出入りする大気開放系のインク供給路であり、インク供給経路内に残留した気泡の排除を行う目的に対して、同文献開示の技術は適用できない。
さらに、特許文献3には、下側に液体導出管(drain conduit 66,72,74)と気体導入管(vent conduit 76,82,84)を突出させてなるインク収納容器(ink container 50)が開示され、液体導出管は収納容器の内壁底面に上部開口があり、気体導出管は収納容器の収納空間内部に開口が配置されている構成が示されている。同文献に開示の技術の目的は、リザーバ(reservoir 16,18,20)を有する部材(14)にインクをリフィルするためのシステムの構成であって、リザーバより下流のインク供給経路ないしインクを使用する部分内に残留している気泡除去を目的としたものではない。また、液体導出管と気体導入管の下部開口高さが等しいために管内でメニスカスを形成してしまうと、液体や気体の移動ができなくなるとも考えられる。さらに、同文献においては大気連通口の記載はないが、インク収納容器50および部材14で構成されている系が密閉されていると、インクの使用を続けて行くと内部の負圧が急激に高まり、インク使用部分に対するインク供給不能に陥るので、いずれかの部位に大気連通口が設けられているものと考えられる。リザーバ(reservoir 16,18,20)には吸収体(form 90)が収納されている点、及びFIG.2のインク収納容器、気体導出管等の構成および機能に鑑みれば、大気連通口はリザーバ(16,18,20)に設けられているものと考えられるが、いずれにせよ上記1)〜4)のような原因でインク供給経路内に残留した気泡の排除を積極的に行うという観点はない。
さらに、特許文献4には、負圧発生部材収納室とインク収納室とを有してなるリザーバタンクにインクを補充するための補充タンクが結合可能で、インク収納室の空間に対しその上部および下部において補充タンクが結合した場合に、下部の液体連通管を介して補充タンクからインクがインク収納室に導入される一方、上部の気体連通管を介してインク収納室から空気が補充タンク側に導入されるようにした構成が開示されている。しかしながら、同文献においても、インク収納室と記録ヘッドとの間に負圧発生部材と大気連通口とが配置されている構成において特許文献1および2と本質的に変わりはなく、従ってインク供給経路内に残留した気泡の排除を行う目的に対して、同文献開示の技術を適用できすることはできない。
また、特許文献5には、図20に示すように、記録ヘッド1018に連通したメインタンク1020にインクを補充するためのサブタンク1022をメインタンクの上部に装着し、キャリッジの加減速によりメインタンク内の気体をサブタンク内に導入する一方、サブタンク内のインクをメインタンク内へ供給する構成が開示されている。同文献においては、サブタンクと連通しているメインタンク部が自由状態でインクを収容するものの、メインタンク部に大気を導入する手段を有しており、本質的には特許文献1,2,4の構成と変わりはない。すなわち上記1)〜4)のような原因でインク供給経路内に残留した気泡の排除を積極的に行うという観点はない。
特許文献1、2、4および5に共通する構成は、分離可能な液体収納部(インクタンク)が複数の連通路で記録ヘッド側と連通し、さらに連通路より下流側(記録ヘッド側)に大気導入手段を有することであるが、この構成による問題点について特許文献5を代表して記述する。
図20は特許文献5に記載された同文献の発明を説明する概念図である。この状態において、エア移動(パイプ1056Aを介したサブタンク1022のサブインク室1081への気体の移動)が停止しているとして、パイプ1056Aで形成されているメニスカス部に作用する力のバランスを考える。まず、下向きに働く力は、サブインク室1081内のインク液面とパイプ1056Aの開口部に形成されているメニスカス位置との水頭差による圧力HAと、メニスカス力MAとがある。さらに上向きに作用する力はメインタンク1020内に配設されたインクバッグ1100に貯留されるエアによる圧力Pがある。これらの力がすべてつりあってエア移動が停止している。この場合、エアの圧力Pは、サブインク室1081内のインク液面とインクバッグ1100内のインク液面位置との水頭差による圧力およびメニスカスによる圧力の和とつりあっている(P=HA+MA)。さらに、サブインク室1081内のインクとインクバッグ1100内のインクはパイプ1056Bにより連通しているので、パイプ1056Aに形成されているメニスカスに作用している下向きのインク圧力とインクバッグ1100内の気体圧力との差は、パイプ1056Aのメニスカス位置とインクバッグ1100内の液面との水頭差による圧力HB−HAと等しくなる。よって、結果としてこの水頭差による圧力HB−HAとメニスカス圧力MAとがつりあうことで平衡状態となっている。
この状態からさらにインク消費が進み、気泡発生装置1104から気泡が導入されるなどして、インクバッグ1100内の液面が下がると、パイプ1056Aのメニスカス位置とインクバッグ1100内の液面との水頭差による圧力HB−HAが増大し、ついにはメニスカス圧力を超えるとエアがサブインク室1081へ導入され、それに伴いサブインク室1081内のインクがインクバッグ1100内に供給される。
しかしながら、記録ヘッド1018でインクを吐出する場合には、供給システム全体にインクの流れが生じるため、パイプ1056Bにおけるインク流量に応じた圧力損失がサブインク室1081とインクバッグ1100との間で発生する。従って、上述のメニスカス圧力MAと、メニスカス位置とインクバッグ1100内の液面との水頭差による圧力HB−HAとの関係にさらに、圧力損失を考慮する必要が生じ、結果として、上述のメニスカス圧力に圧力損失分を加えた圧力より、メニスカス位置とインクバッグ1100内の液面との水頭差による圧力が大きい場合にエア移動が発生することになる。つまり、エア移動停止状態に比較して、インク吐出状態すなわち動的な状態では、そのインク流量に応じたパイプ1056Bの圧力損失分だけさらに液面が低下しなければ気液交換は発生しない。そして、その気液交換が開始されるべき液面がパイプ1056Bの開口部より低くなった場合には、気液交換は発生せず、サブタンク1022内のインクを使用しないままメインタンク1020内のインクを使い切ってしまうことになる。
したがって、前述のようにタンク装着の操作を簡便にするためにパイプを細くした場合には、その分圧力損失が増大するので、これに応じてメインタンクの気液交換が開始される液面が低くなることを考慮しなければならない。すなわち、メインタンクのサイズを増大させざるを得ず、ひいては記録装置全体のサイズアップにつながることになる。
さらに、図20のような構成についての別の問題としては、気泡発生装置1104がメインタンクの下部に配設されている点にある。すなわち、インクの吐出口には気泡が極力移送されないようにすることが強く好ましいにもかかわらず、気泡発生装置1104から導入された気泡がインク吐出動作に伴って記録ヘッド1018に向かうインクの流れに乗って記録ヘッド1018に連通する流路1041に引き込まれてしまう恐れがあるのである。従って、そのような泡の引き込みを防止するためは、インク吐出動作に伴うインクの流れを制限したり、気泡発生装置1104をフィルタ部1039から離れた位置に配設するなどの手段を講じる必要が生じ、これによってさらにメインタンク1020のサイズが増大することになる。
これらの弊害については、連通路より記録ヘッド側に大気導入手段を備えた構成である特許文献1,2,4の構成についても同様である。
特開平5−96744号公報
特開平11−309876号公報
米国特許第6,347,863号明細書
特開平10−29318号公報
特開2001−187459号公報
特開2003−53989号公報
以下に、本発明をインクジェット記録装置に適用したいくつかの実施の形態について図面を参照して説明する。
なお、本明細書において、「記録」とは、文字、図形等有意の情報を形成する場合のみならず、有意無意を問わず、また人間が視覚で知覚し得るように顕在化したものであるか否かを問わず、広く記録媒体上に画像、模様、パターン等を形成する場合、または記録媒体の加工を行う場合を言うものとする。
また、「記録媒体」とは、一般的な記録装置で用いられる紙のみならず、広く、布、プラスチック・フィルム、金属板等、ガラス、セラミックス、木材、皮革等、インクを受容可能な物も言うものとするが、以下では「用紙」または単に「紙」ともいうものとする。
なお、本発明の液体供給システムに用いられる液体として、以下の各実施形態ではインクを例にとって説明を行っているが、適用可能な液体としては、インクに限ることなく、例えばインクジェット記録分野にあっては、記録媒体に対する処理液などを含むことは言うまでもない。
(第1の実施形態)
インク供給システムの全体構成
図1は本発明の第1の実施形態による液体(インク)供給システムの模式的断面図である。
図1に示す実施形態のインク供給システムは概して、液体収納容器としてのインクタンク10と、インクジェット記録ヘッド(以下、単に「記録ヘッド」と称する)20と、それらの間を連絡するインク供給路を形成する液室50とから構成されている。液室50は、記録ヘッド20と分離可能または分離不能に一体化されたものでも良い。図示の例では、シリアルスキャンタイプの記録装置にあって記録ヘッド20を搭載するキャリッジ153に液室50が設けられ、その上部からインクタンク10が着脱可能であるとともに、当該装着時においてインクタンク10から記録ヘッド20に至るインク供給経路を閉成するものである。この液室50は、インクタンク10と記録ヘッド20への接続部を除いて実質的に密閉空間を形成しており、大気導入手段は有していない。
インクタンク10は、概してインク収納空間が画成されるインク収納室12およびバルブ室30との2室からなり、その両室の内部は連通路13を介して互いに連通されている。そして、インク収納室12内には記録ヘッドから吐出させるためのインクが収納され、吐出動作に伴って記録ヘッドに供給される。また、インク収納室12には、後述する液室50の接続部51の受容部分には、封止部材17が収容されている。封止部材17は、本例では、接続部51が突入する開口を形成し、少なくともその開口周囲がゴム等の弾性材料で構成されたシール部材17Aと、開口を閉塞可能なボール状の弁体17Bと、弁体17Bをその閉塞位置に向けて付勢するばね17Cとからなっている。なお、インクタンク10内は後述するばね40の作用により未装着状態においても負圧状態となるので、インクタンク未装着状態においても部材17Aの開口からのインク漏洩が生じないよう、ばね17Cの強さを適切に定め、弁体17Bがこの開口を確実に封止するようにすることが望ましい。
なお、封止部材17は、後述する接続部51の挿通を容易とするために当該挿通位置に予めスリット等を形成してなるゴム等の部材を用いて構成されていてもよい。そして、接続部51が挿通されないときは、ゴム等の部材自体の弾性力によってスリットが閉じられることにより、インクの漏出を防止するようにしてもよい。
インク収納室12には、一部に変形可能な可撓性膜(シート部材)11が配設されており、この部分と不撓性の外装15との間でインクを収納する空間を画成している。このシート部材11から見たインク収納空間に対する外側空間、すなわち図におけるシート部材11に対して上側の空間は、大気に開放され大気圧と等しくされている。さらにこのインク収納空間内は、下方に位置する液室50の接続部51の受容部分およびバルブ室への連通路13を除いて、実質的に密閉空間を形成している。
本例のシート部材11の中央部分は平板状の支持部材である圧力板14によって形状が規制されており、その周縁部分が変形可能となっている。そして、このシート部材11は、予めその中央部分が凸状に形成されていて、側面形状がほぼ台形となっている。このシート部材11は、後述するように、インク収納空間内におけるインク量の変化や圧力変動に応じて変形する。その際に、シート部材11の周辺部分がバランスよく伸縮変形し、そのシート部材11の中央部分がほぼ水平姿勢を保ったまま、図の上下方向に平行移動する。このようにシート部材11がスムーズに変形(移動)するため、その変形に伴う衝撃の発生がなく、衝撃に起因するインク収納空間内に異常な圧力変動が生じることもない。
インク収納空間内には、圧力板14を介してシート部材11を図の上方向に付勢する押圧力を作用することで、記録ヘッド20のインク吐出部20Aに形成されるメニスカスの保持力と平衡して記録ヘッドのインク吐出動作が可能な範囲にある負圧を発生させるばね部材40が設けられている。それとともに、インク収納室内の空気が環境変化(周囲温度や気圧)によって体積変動した場合、ばねとシートの変位で受容し、室内の負圧が大きく変動しないようになっている。なお、図1の状態は、インク収納空間内にほぼ完全にインクが充填された状態を示しているが、この状態でもばね部材40は上記押圧力を作用する状態にあり、インク収納空間内に適切な負圧が生じているものとする。
ばね40は、図示の例では、本出願人の提案になる特許文献6に開示されたもののように、断面略U字形状を有する一対の板ばね部材40Aを、U字形状の開放端同士を対向させた状態で組合せてなるものである。この組み合わせの態様としては、各板ばね部材40Aの両端部に凹部および凸部を形成しておき、互いの凹部および凸部が嵌りあうようにしたものとすることができる。なお、ばね40の形態はこのような板ばねに限られるものではなく、その他の形態、例えばコイルばねや、円錐弦巻ばね等を用いることもできる。
バルブ室30には、インクタンク10内の負圧が所定値以上に高まったときに外部から気体(空気)を導入するとともに、インクタンク10からのインク漏出を阻止するための一方向弁が構成される。この一方向弁は、連通口36を有して弁閉鎖部材となる圧力板34と、バルブ室筐体内壁の連通口36との対向位置に固定されて連通口36を密閉可能なシール部材37と、圧力板と接合されるとともに連通口36が貫通したシート部材31とを有し、バルブ室30内においてもインクタンク10への連通口13および大気への連通口36を除いて実質的に密閉空間を維持している。そしてシート部材31より図中右側の、バルブ室筐体内の空間は、大気連通口32によって大気に開放され、大気圧と等しくされている。
シート部材31は、中央部分の圧力板34と接合されている部分以外の周縁部分は変形可能となっており、中央部分が凸状とされていて、側面形状がほぼ台形となっている。このような構成をとることによって弁閉鎖部材である圧力板34の、図の左右方向への移動が円滑に行われる。
バルブ室30の内部には、弁の開放動作を規制するための弁規制部材として、ばね部材35を設けてある。図示の例においては、ばね部材35はコイルばね形状を有し、これをやや圧縮された状態としておき、この圧縮の反力によって圧力板34を図の右方に押す構成としている。このばね部材35の伸縮によって、連通口36に対するシール部材37の密着/離間を行うことで弁としての機能をもたせ、さらに大気連通口32から連通口36を介してバルブ室30内部への気体の導入のみを許可する一方向弁機構としている。なお、このばね35についても、図示のようなコイルばねに限られず、円錐弦巻ばねその他の形態とすることができるのは勿論である。
ここでシール部材37としては、連通口36が確実に密閉されるものであればよい。すなわち、少なくとも連通口36と接触する部位が開口面に対して平坦性を保つ形状を有したもの、あるいは連通口36の周囲に密着可能なリブを有したもの、さらには連通口36内に先端が突入して連通口36を閉塞可能な形状を有するものなど、密着状態が確保できるものであればよく、またその材質も特に限定されない。しかし、この密着はばね部材35の伸長力で達成されるものであるので、この伸長力の作用によって動くシート部材31と圧力板34に追随し易いもの、すなわち収縮性をもつゴムのような弾性体でシール部材を形成することは、より好ましい。
かかるインクタンク10の構成では、インクが十分に満たされている初期状態からインク消費が進んで行き、インク収納室12内の負圧と、バルブ室30内における弁規制部材によって作用する力等とがつりあった状態からさらにインク消費が継続されて負圧がさらに強まった瞬間に、連通口36が開放されて大気の流入が生じ、インク収納空間内に取り込まれるように各部の設計が行われる。そして、この大気の取り込みによってインク収納室10内の容積はシート部材11ないし圧力板14が図の上方に変位可能であることで逆に増大することができ、同時に、負圧も弱まることによって連通口36が閉鎖される。
また、インクタンクの周囲環境の変化、例えば、温度上昇あるいは減圧等が生じても、シート部材11ないし圧力板14の下方への最大変位位置から初期位置までの間の容積分、収納空間内に取り込まれている空気の膨張が許容されるので、換言すれば当該容積分の空間がバッファ領域として機能するので、周囲環境の変化に伴う圧力の上昇を緩和し、吐出口からのインク漏出を効果的に防止することができる。
また、初期充填状態からの液体導出に伴いインク収納空間の内容積が減少し、バッファ領域が確保されるまでは、外気が導入されないので、それまでに周囲環境の急激な変化や振動や落下などが生じてもインク漏れが発生しにくい。さらに、インク未使用状態から予めバッファ領域を確保しているのではないので、インク収納容器の容積効率も高く、コンパクトな構成とすることができる。
記録ヘッド20とインクタンク10との結合は、図示の例では記録ヘッドに一体に設けられている液室50の接続部51がインクタンク10内に挿入されることによってなされる。すなわち本例の場合、接続部51を有する液室50が流体連通構造を構成する。これによって両者が流体的に結合され、記録ヘッド20へ向けてインクが供給可能となる。このとき、キャリッジ153に設けたラッチ部153Aにインクタンク10の外装15の一部が係合して装着状態が保持される。
液室50内におけるインク供給経路は、インクタンク10との接続部(上流)側から徐々に拡大し、そして記録ヘッド20(下流)に向かって徐々に縮小する断面を有する。インク供給経路の最大拡大部にはフィルタ23が備えられ、供給されるインク中に混入した不純物が記録ヘッド20内へ流れ込んでいくことを防止している。気体の滞留によって形成される液室50内の気液界面は、流路53および54の横方向断面積より大きい。こうすることで、流路53を通してインクタンク10内のインクの水頭差が液室50内のインクにかかった場合に、液室50内に存在する気体の圧力がより高まり、エア流路54から容易にインクタンク10に向けて気体を排出することが可能となる。このことは、液室50内におけるインク供給経路がインクタンク10との接続部(上流)側から徐々に拡大していること、換言すれば上方に向かって窄まって行くよう構成されていることから、エア流路54のヘッド側開口位置付近に気泡が集まりやすくなるので、より効果的なものとなる。
液室50にはさらに、その内部空間を囲繞する一部に、ゴム等の弾性変形可能な材料でなる壁(以下、弾性壁という)が設けられており、キャリッジ153の本体側に設けられた押圧部材160によって押圧力の作用が可能となっている。これらの部材は、基本的な動作を確実に行わせるために本発明の変圧手段および作動手段として機能するものであり、その詳細については後述する。
記録ヘッド20には、所定方向(例えば上述のようにキャリッジ等の部材に搭載されて記録媒体に対し相対移動しつつ吐出動作を行うシリアル記録方式を採るものにあっては当該移動方向(図面に直交する方向)と異なる方向(図の左右方向))に配列された複数の吐出口20Aと、各吐出口に連通する液路と、液路に配置されてインクを吐出するために利用されるエネルギを発生する素子とが設けられる。ここで、記録ヘッドにおけるインクの吐出方式すなわちエネルギ発生素子の形態は特に限定されるものではなく、例えば、通電に応じ発熱する電気熱変換体を当該素子として用い、その発生する熱エネルギをインク吐出に利用するものであってもよい。その場合には、電気熱変換体の発熱によってインクに膜沸騰を生じさせ、そのときの発泡エネルギによってインク吐出口からインクを吐出させることができる。また、電圧の印加に応じて変形するピエゾ素子のような電気機械変換素子を用い、その機械的エネルギを利用してインク吐出を行うものでも良い。
なお、記録ヘッド20および液室50は、分離可能または分離不能に一体化されたものでもよく、また別体に構成されて連通路を介し接続されるものでも良い。一体化した場合には、記録装置内の搭載部材(例えばキャリッジ)に着脱可能なカートリッジの形態とすることもできる。
接続部の構成および基本動作
ここで本発明の基本をなす接続部51について説明する。接続部51は内部が軸方向に沿って2分割された中空針状の部材であり、それぞれの中空部の、上側すなわちインク収納室12内に位置づけられる開口の位置(以下、タンク側開口位置という)は鉛直方向に関してほぼ同一の高さである。一方、下側すなわちヘッドに連結された液室内での開口およびの位置(以下、ヘッド側開口位置という)は高さが異なる構成となっている。このようにヘッド側開口位置において鉛直方向に高さの差をもたせているのは、インクタンク10の装着時において液路50内に残留するエアをインクタンク10側に迅速かつ移送させるためである。以下、液室50内でのヘッド側開口位置が鉛直方向において相対的に下にある方の流路(図中の右の流路)をインク流路54、ヘッド側開口位置が鉛直方向において上にある方の流路(図中の左の流路)をエア流路54と便宜上称する。しかしこれは、気泡排除過程において、主としてインク流路53からインクが記録ヘッド側に導出され、エア流路54からはインクタンク側にエアが移送されるからであって、後述するように各流路においてインクおよびエアの両者の移動も行われるものである。すなわち、それら流路の呼称は、必ずしもそれぞれの流体専用であることを意味するものではない。
インクタンク10が装着された図1の状態においては、鉛直方向に関し、液室50はインクタンク10より実質的に下位に位置し、さらに記録ヘッド20より実質的に上位に位置しており、接続部51の2つの流路は鉛直方向に関し液室50側における開口位置の高さが異なっている。そして基本的には、これら2つの流路のヘッド側開口の鉛直方向の高さの差に対応した、インクの水頭による圧力差と、それぞれの流路においてインクが形成するメニスカスによる圧力の差との関係などに応じて、エア流路54を介して液室50内の気体(エア)がインクタンク10に移動すると共に、インク流路53を介してインクタンク10から液室50にインクが移送される動作が行われる。
かかる基本的な動作について、図2〜図4を用いてより詳しく説明する。なお、これらの図においては弾性壁60および押圧部材160が省略されている。
図2〜図4は新しいインクタンク10が装着される装着過程であり、図2は装着前の状態、図3は液室内のエアを排出している状態、図4は当該排出後の状態をそれぞれ示している。
新しいインクタンク10が液室50ないし記録ヘッド20に未装着状態である図2の状態では、インクタンク10は完全にインクIが充填されている状態であり、ばね部材40による負圧が発生しているとともに、シート部材11がインクタンク外側へ突出した状態となっている。一方、記録ヘッド20側においては、それまで装着されていたインクタンク10が空になっても液室50に残ったインクを使用して記録が行われていたため、そのインクタンク側からエアが侵入し、液室50におけるフィルタ23の上流領域において上部に気体が溜まっている状態となっている。
この状態でインクタンク10を装着すると、記録ヘッド20ないし液室50側は、図2の状態においては大気に開放されていたために、フィルタ23の上流領域のエアの圧力は大気圧と等しい。それに対し、インクタンク10内は、ばね部材40により大気圧よりも低い圧力(負圧)となっている。これにより、インクタンク10を装着した瞬間にフィルタ23の上流領域のエアの一部がインク収納室12内に移動し、インク収納室12内と液室50内との圧力を平均化する。液室50内の残存エアにはエア流路54を通じインクタンク10側へ移動しようとする力が働き、一方インク収納室12のインクの自重によりインクにはインク流路53を通じ液室50側へ移動しようとする力が働いている。
従って、インクタンク装着後初期における吐出口からのインク吸引動作や吐出動作に伴うインク消費が生じれば、インク収納室内の液面からエア流路54のヘッド側開口までの高さと液室内の液面までの高さとの差(水頭差)に起因した圧力と、流路内のメニスカスに起因した圧力との関係により、図3に示すように、液室50へのインク移動とインクタンク10側へのエア排出とが行われる。図4は、液室50内のエアが完全にインク収納室12内に移動した状態を示している。そしてこの状態で、インク移動およびエア排出が停止する。かかる本実施形態の基本的な気液交換動作は、吐出口からのインク吸引動作や吐出動作に伴うインク消費により、インクタンク装着後に速やかに行われ、かつそれで気泡の除去が完了する。
以上のように、新たなインクタンク10の装着に伴って、液室50内のエア排出が行われるので、記録ヘッド20までエアが案内されることが無く、また液室50内へはある程度のエア流入も許容できるため、インクタンク10のインクをほぼ全て使い切ることができるようになるという優れた効果を得ることが可能である。
多重メニスカス状態の問題点
しかし本発明者らは、かかる基本的な気液交換動作が阻害され、液室内の滞留エアの移送が停滞する現象が生じることがあることを見出した。
図5を用いてかかる現象について説明する。
図5はインク収納室12と液室50とが接続部51を通じて連通している状態を示す。ここで、インク流路53においては完全な液体連通状態にあるが、エア流路54内においては部分的にエアが残留し、エア(気体)とインク(液体)とが断続してあたかも虎の尾の模様の如き状態となり、流路53内で多重にメニスカスが形成された状態となっている。以下、このような状態を気液断続状態または多重メニスカス状態と呼ぶ。
上述したように、液室50内の残存エアにはエア流路54を通じインクタンク10側へ移動しようとする力が働き、インク収納室12のインクの自重によりインクにはインク流路53を通じ液室50側へ移動しようとする力が働く。しかしながら、エア流路内が多重メニスカス状態であると、それらのメニスカスに起因した圧力がインク/エア移動を生じさせようとする圧力より大きい場合には、エア移送が停滞してしまうのである。
このように、エア流路54内が多重メニスカス状態となってしまう場合について説明する。
インクタンク10内のインクがほぼ空になっても記録動作が行われていた場合には、そのインク消費の過程でインクタンク10側から液室50内にエアを引き込み、インク流路53およびエア流路54ともに多重メニスカス状態となることがある。すなわち、装着状態における鉛直方向のインクタンク10の最低面がある程度水平面に近い状態であり、その最低面付近に両流路のタンク側開口が位置していると、インクタンク10内のインクを使い切る直前において、インクとエアとを同時に接続部50の両流路53および54に引き込み、ともに多重メニスカス状態になりやすい。ここで、流路内のメニスカスの数に比例して圧力抵抗が増加し、メニスカスの数が少ない流路の方が圧力抵抗は低く、エアはメニスカスの数が少ない方の流路を移動しやすい。
図6(a)および図6(b)に基づき、上述した圧力抵抗が低い方の流路がエア流路54である場合およびインク流路53である場合を考える。
図6(a)は、エア流路54の圧力抵抗が低い場合において、新しいインクタンクが装着された際の動作を示している。その装着直後、インク収納室12内の負圧によってフィルタ23の上流領域のエアの少なくとも一部はエア流路54を通り、インク収納室12内に案内されるため、エア流路54内の多重メニスカス状態は解消される。これに対し、インク流路54は多重メニスカス状態を維持したままである。つまり、この状態において記録ヘッド20によるインク消費が行われることになる。
しかし記録ヘッド20によるインク消費が行われると、インク流路53のヘッド側開口部が液室50内のインクと接しているため、インク消費に伴って液室50に負圧が発生することになる。インク流路53は圧力抵抗が高くなっているが、インク移動に関しては殆ど問題はなく、インクはインク収納室12より供給される。従って、やがてはインク流路53の多重メニスカス状態も解消されることになる。また、装着直後に移動した以外のエアが残っていたとしても、上述のように装着後初期のインク消費を行えばそれに伴って気液交換が生じ、すべてインクタンク側に移送される。
一方、図6(b)は、インク流路53の圧力抵抗が低い場合において、新しいインクタンク10が装着された際の状態を示している。その装着直後、インク収納室12内の負圧によって、インク流路53を介した流体(インクおよびエア)のインク収納室12内への引き込みが生じ、インク流路53内の多重メニスカス状態は解消される。しかしながら、エア流路54に関しては、多重メニスカス状態は解消されていない。
この状態で記録ヘッド20によるインク消費が行われると、液室50には負圧が発生することになるが、インク収納室12からインクが供給されることにより、液室50内の負圧は緩和される。この際、インク収納室12からのインクは圧力抵抗の低いインク流路53を通ることになる。これ以降、インク消費に伴う液室内の負圧上昇と、これに伴うインクタンク10からインク流路53を介したインク導入とを繰り返しながら記録ヘッド20へのインク供給が行われるため、インク収納室12のインクを使い切るまで、エア流路54にはエアおよびインクが通過しないことになる。つまり、インクタンク使用時において、圧力抵抗の高いエア流路54側の多重メニスカス状態は解消されず、フィルタ23の上流域にはエアが滞留したままとなる。
第1実施形態の特徴構成および動作
よって本発明においては、特にこのようなエア流路内での多重メニスカス状態を解消し、上記基本的な気液交換動作が確実に行われるようになして、滞留エアの移送をより円滑かつ迅速に行うことを可能にするものである。
図7〜図11を用い、図1の構成による本実施形態のインクタンクへの気泡除去の過程を詳細に説明する。
まず図7は、インクタンク10内のインクを完全に使いきった状態を示している。このときばね部材40の変形は最大となっているが、インクタンク10内のエアの圧力は、一方向弁であるバルブ室30の作用によって、その内部のばね部材35および圧力板34により決定される圧力だけ、大気圧に対し低い圧力に管理されている。また、インクタンク10内のインクがほぼ空になっても記録動作が行われていたため、そのインク消費の過程でインクタンク10側から液室50内にエアを引き込み、インク流路53およびエア流路54ともに多重メニスカス状態となっている。
図8は空となったインクタンクを取り外し、新しいインクタンク10を装着する直前の図である。ここで、インクタンク10は完全にインクIが充填されている状態であり、ばね部材40による負圧が発生しているとともに、シート部材11がインクタンク外側へ突出した状態となっている。
図9は、図8の状態から、新たなインクタンク10を装着した直後の状態を示す。記録ヘッド20ないし液室50側は、図8の状態においては大気に開放されていたために、フィルタ23の上流領域のエアの圧力は大気圧と等しい。それに対し、インクタンク10内は、ばね部材40により大気圧よりも低い圧力(負圧)となっている。これにより、インクタンク10を装着した直後において、上述したようにメニスカスの数が少ない、すなわち圧力抵抗の低い方の流路の多重メニスカス状態が解消される。そして、エア流路54の圧力抵抗が高いため、多重メニスカス状態がインク流路53で解消される一方、エア流路54では解消されない図5のような状態となることが問題である。
そこで本実施形態では、変圧手段を作動させて液室50内の圧力を増加させることにより、エア流路54側の多重メニスカス状態を解消する。すなわち、本実施形態のインクジェット記録装置には、変圧手段の構成要素をなす押圧部材160および弾性壁60が設けられており、図10に示すように押圧部材160により弾性壁60を液室50内側に変形させることで液室50の内容積を減少させ、加圧する。これにより加圧されたエア流路54内の多重メニスカス状態が解消されることになる。
圧力の関係に関する理論は後述するが、そのように加圧が行なわれると、エア流路53のヘッド側開口部に形成されているメニスカスにも圧力が加わることになる。そして、その圧力が多重メニスカスによる圧力抵抗よりも大きくなると、多重メニスカス状態は解消され、液室50内の加圧された滞留エアはエア流路54を介してインク収納室12側に移動し、これに伴って多重メニスカス状態を形成していたインクおよびエアはインク収納室12側に排出される。
図11はエア流路54の多重メニスカス状態が解消された後の状態を示す。これにより、上記基本的な気液交換動作が確実に行われるようになり、さらに記録ヘッド20への良好なインク供給が開始される。また、この状態では押圧部材160は図中右方の位置に復帰し、弾性壁60の形状も復原している。
なお、弾性壁60は通常のインク供給における液室50内の負圧のレベルでは変形しない程度の材料強度を有しているものとすることが強く望ましい。通常のインク供給動作時に液室50内で繰り返される圧力変動に弾性壁が追従して変形することがないようにするためである。
図12は変圧手段の作動部(作動手段)を含んだ記録装置の制御系の一例、および図13は変圧手段を作動させるための制御手順の一例をそれぞれ示す。
図12の制御系は図19について後述するインクジェット記録装置の構成に適用可能なものである。ここで、コントローラ200は主制御部をなすものであり、例えばマイクロコンピュータ形態のCPU201、プログラムや所要のテーブルその他の固定データを格納したROM203、画像データを展開する領域や作業用の領域等を設けたRAM205を有する。ホスト装置210は、画像データの供給源であり、プリントに係る画像等のデータの作成、処理等を行うコンピュータとする他、画像読み取り用のリーダ部、あるいはディジタルカメラの等の形態であってもよい。
画像データやその他のコマンド,ステータス信号等は、インタフェース(I/F)212を介してコントローラ200と送受信される。操作部219は電源スイッチ220や吸引回復の起動を指示するための回復スイッチ221等、操作者による指示入力を受容するスイッチ群を有する。検出部223はインクタンク10の装着の有無を検出するためのセンサ225、およびインク残量の有無を検出してインクタンク10の交換を促すために利用されるインク残量センサ222等、所要の装置状態を検出するためのセンサ群を有する。
ヘッドドライバ250は、プリントデータ等に応じて記録ヘッド20の電気熱変換体(吐出ヒータ)300を駆動するドライバである。また、記録ヘッド20には、インクの吐出特性を安定させるべく温度調整を行うためのサブヒータ301が設けられている。このサブヒータ301は、吐出ヒータ300と同時にプリントヘッド基板上に形成された形態や、記録ヘッド本体ないしは液室50に取り付けられる形態とすることできる。
251はキャリッジ153の駆動源である主走査モータ251Mを駆動するためのモータドライバ、252は記録媒体の搬送駆動源であるラインフィード(LF)モータ252Mを駆動するためのモータドライバ、253は記録媒体給紙用の駆動源をなす送給モータ253Mを駆動するためのモータドライバである。254は回復系駆動用のモータ254Mを駆動するためのモータドライバである。
280は押圧部材160を含む作動部、255はそのドライバである。作動手段としては、例えば、通電/非通電に応じて突出/後退するアクチュエータを有するソレノイドの形態とすることができる。そして、そのアクチュエータもしくはそれに連結した部材を押圧部材160として用いることができる。
以上の構成において、記録開始前に多重メニスカス状態を解消すべく、図13に示すように、インクタンク10の装着が検知された場合に(ステップS1)、変圧手段を作動させる(ステップS3)。すなわち例えばソレノイド形態の押圧手段に通電してアクチュエータを突出させることで押圧部材160を変位させ、弾性壁60を変形させる。そしてこれにより多重メニスカス状態を解消してから、押圧手段の作動を解除し、記録可能状態を得る(ステップS5)。この状態は、インターフェース212を介してホスト装置に通知することも可能である。
なお以上では、ソフトウェアにより変圧手段の制御を行うものとしたが、インクタンクの装着を検知するセンサまたはスイッチに連動して変圧手段を作動させるハードウェアによる制御が行われるようにしてもよい。また、インクタンクが装着されるキャリッジ153条の部分から押圧部材160までを適切なリンク機構で連結し、インクタンクの装着動作に伴って押圧部材160の変位ないし復帰が行なわれるようにすることもできる。さらに、押圧部材160が直接手動により作動可能に構成されていてもよい。この場合、押圧部材160の脱落防止や、必要以上に押し込まれて弾性壁を損傷することのないようにするために移動範囲を規制する構成を採用することができる。また、手動による押し込み動作を解除したときには、弾性壁60の復原によって押圧部材160が後退するが、これを補助するために押圧部材160の復帰ばねを付加することもできる。
気液交換動作の原理
図14を用いて各部の圧力バランスについて説明する。この図は、装着後初期のインク消費により液室内の負圧が高まって各流路内にインクが満ちており、基本的な気液交換動作が開始される際の状態であるが、説明のために仮にこの状態で静止しているものとする。
フィルタ23上流領域内に滞留するエアの圧力を考える。インク収納室12内の気泡の圧力をP、インク収納室12のインク界面とフィルタ23上流領域のインク界面との水頭差による圧力をHsとすると、フィルタ23上流領域内のエアの圧力はインク収納室12の気体の圧力よりHsだけ大きいP+Hsとなる。これは、液室50ないし記録ヘッド20側が密閉構造であるために生じる圧力増加であり、前述の従来技術(例えば特許文献1)のようにインクタンク10と記録ヘッド20との間に大気連通口があるような構成では生じることはない。
次に、エア流路54のヘッド側開口のメニスカス位置における圧力のバランスを考えると、下向きに作用する圧力はP+Ha、上向きに作用する圧力は上述のエア圧力P+Hsであるが、この状態でつりあっていると仮定しているので、上下方向の圧力差と、メニスカスに起因する次式で表される圧力Maとがつりあっていることになる。
Ma = 2γicosθa/Ra (1)
ここで、γiはインクの表面張力、θaはエア流路54に対するインクの接触角、Raはエア流路54の管径(内径)である。
従って、エア流路54のヘッド側開口の位置での圧力バランスは次式で表される。
P+Hs−(P+Ha) = Ma (2)
Hs−Ha = Ma (3)
つまり、エア流路54のメニスカス位置とフィルタ23上流領域のインク界面との水頭差による圧力と、エア流路54のメニスカスによる圧力とがつりあっている状態である。 この状態から、フィルタ上流領域に残留する気体の容積が大きなり、
Hs−Ha > Ma (4)
となった場合においては、フィルタ上流領域内の気体圧力が高いので、エア流路54内のメニスカスがインク収納室12側に移動し始め、エアがインク収納室12側に移動することになる。また、これに伴ってインク収納室12内のインクはインク流路53を介して液室50内に移動し、液室内のインク液面位置もあがる。
エア流路54の容積は液室に比較して非常に小さいので、エアが移動し始める初期の段階では、比較的容積の大きい液室50内のインク液面の上昇はさほど大きくない一方、エア流路54のメニスカス位置はインクタンク側開口の位置に向けて素早く移動する。よって、エア流路54タンク側開口位置からフィルタ23上流領域内のインク界面位置までの水頭差による圧力(Hs−Ha)が、エア流路54のメニスカスによる圧力に対してかなり大となり、エア排除が促進される。
インクタンク内へのエア導入が行われている状態においては、エア流路54内におけるメニスカス位置はエア流路のタンク側開口の位置となる。そのタンク側開口位置における水頭差による圧力をHa’とすると、
Hs−Ha’ > Ma’ (5)
という関係である限りエア移動が行われ(ただし、Ma’はエア流路タンク側開口位置に形成されるメニスカス圧力)、フィルタ上流領域のインク界面がエア流路ヘッド側開口の位置に達するまでに、以下の関係
Hs−Ha’ < Ma’ (6)
となった場合には、その時点でエア移動が停止する。
しかしながら、(5)式の関係のまま、フィルタ上流領域のインク界面がエア流路ヘッド側開口の位置に達した場合には、エア流路ヘッド側開口で形成されるメニスカス圧力も圧力バランスに関与するようになるので、
La < Ma+Ma’ (7)
となったときにエア移動は停止する(ただし、エア流路長さ分の水頭差による圧力La)。
しかし、
La > Ma+Ma’ (8)
である場合にはエア移動は停止せず、さらにインク界面がエア流路内を上昇する。
エア流路内をインク界面が移動している場合には、
Hs’−Ha’ > Ma’+Ms’ (9)
という関係式である限り、エア移動が行われる。ただし、Hs’はエア流路内のインク界面とタンク内のインク界面との水頭差圧力、Ms’は、エア流路内のインク界面に発生する動的なメニスカス圧力である。ここで、動的状態と静的状態とでは流路に対するインクの接触角が異なるため、エア移動開始時に考察したMaと、動的なMs’とは管径が同じであっても値は異なり、Ma>Ms’である。
次に、多重メニスカス状態における圧力抵抗について説明する。これは、多重メニスカス状態による圧力抵抗増分についての理論的な説明を行なうものである。
多重メニスカスにより発生する圧力抵抗は、1つの気泡によって発生するメニスカスによる力と気泡の数とが比例関係にあることによって決定される。つまり、多重メニスカスによる圧力抵抗は、1つの気泡によるメニスカス力と気泡数との積で表される。よって、ここでは最初に1つの気泡におけるメニスカス力(M)を算出し、その後に、多重メニスカス状態における圧力抵抗を算出する。
図15は、流路内に停滞している1つの気泡が、上方(矢印方向)に移動する瞬間の図である。この1つの気泡により発生するメニスカスの力をMとし、気泡の上下界面にて発生するメニスカスの力および接触角を、それぞれM1、θ1およびM2、θ2とする。この図は上方に動き出す瞬間の状態であるため、上部側の接触角θ1は後退接触角となり、下部側の接触角θ2は前進接触角となる。
ここで、インクと流路における接触角について説明するに、通常、接触角はインクの表面張力γi、流路構成部材の表面張力γb、インクと流路の界面張力γibで決定され、次式
γb = γi×cosθ+γib (10)
から算出される。
インクジェット記録装置において、低い表面張力を有する染料系インクから高い表面張力を有する顔料系インクまで、幅広い種類のインクが用いられ得ることを考慮し、また流路を非撥水系の金属材料で形成した場合を考慮すると、接触角の範囲、つまり前進接触角と後退接触角の範囲は、
5°(後退接触角)<θ<60°(前進接触角) (11)
と設定することができる。
よって、インクと非撥水系の金属の場合、接触角の範囲が90°よりも小さいため、図15に示すように、気泡の上下界面に形成されるメニスカスは、気泡の外側に凸の形状であることが理解できる。また、気泡の上下界面に形成されるメニスカスの力の向きも判断することができ、図15に示すように、上下界面ともに気泡の内側に向いており、相殺する方向にメニスカス力が作用していることも理解できる。
次に、1つの気泡におけるメニスカス力Mの算出について説明する。上述したように、気泡の上下界面に形成されるメニスカス力は相殺する方向に作用しているため、(1)式を用いて、
M = 2×γi×cosθ1/R−2×γi×cosθ2/R (12)
と表される。
上述したように、多重メニスカス状態は1つの気泡によるメニスカス力と気泡数の積で表されるため、エア流路54内に発生する気泡の数をnとすると、多重メニスカスによる圧力抵抗Prは、
ΔPr = n(2×γi×cosθ1/R−2×γi×cosθ2/R)
(13)
よって、
ΔPr = 2×n×γi/R(cosθ1−cosθ2) (13’)
で表される。
つまり、(4)式において、右辺に(13’)式で示される圧力抵抗が加わることになる。
次に、図16を参照し、第1の実施形態の変圧手段である押圧部材160の押圧動作によるに液室50内の圧力増分について説明する。弾性壁60を押圧する前の液室内容積および圧力をそれぞれVhおよびPhとし、押圧後の液室内容積をVh’およびPh’とする。液室内は密閉であり、押圧により液室内温度が変化しないとすると、ボイル・シャルルの法則から、
Ph×Vh = Ph’×Vh’ (V>V’) (14)
となる。よって、
Ph’ = (Vh/Vh’)×Ph (14’)
である。液室50内の圧力の増分ΔPは
ΔPh = (Vh/Vh’)×Ph−Ph (15)
となり、すなわち
ΔPh =(Vh/Vh’−1)Ph (15’)
で表される。
よって、多重メニスカス状態を解消する条件は(15’)>(13)となるため、式をさらに整理して
Vh’<Ph×R×Vh/(2×γin(cosθ1−cosθ2)+Ph×R)
(16)
と表される。
よって、本実施形態の特徴構成である押圧部材160にて液室50の弾性壁60を押圧した際に、液室50内容積が(16)式を満たすまで変形(減少)させることにより、多重メニスカス状態を解消でき、インク収納室12側へのエア排出が可能となるのである。
(第2の実施形態)
図17を参照して、本発明の第2の実施形態に係るインク供給システムの構成および動作を説明する。なお、第1の実施形態と同様に構成できる各部については、対応箇所に同一符号を付してある。
第1の実施形態では変圧手段として押圧部材160および弾性壁60を用いたが、本実施形態では、電源ユニット161および電気抵抗器(ヒータ)61で構成している。本実施形態も、第1の実施形態と同様に、液室50側の圧力を増加させることによって、多重メニスカス状態を解消させるものであって、その手段として、液室50内のフィルタ23上流領域内のエア温度を電気抵抗器61による加熱によって上昇させ、圧力を増加させるものである。
そして第1の実施形態と同様、図13に示すように、インクタンク10装着後に変圧手段の構成要素である電源ユニット161により通電がなされ、電気抵抗器61が加熱されるように制御を行うものであり、記録可能状態となる前には多重メニスカス状態が解消されているようになっている。
本実施形態では、電気抵抗器61はエアを加熱することにより液室50の圧力を増加させようとしているため、液室50の上部壁に電気抵抗器61が配され、気体と直接接触可能な構成としている。しかし、これに限られるものではなく、常時インクに接触する部位に設けられていたとしても、インクからエアに適切に熱伝達できる程度の熱量を加えることができるものであれば問題はない。
また、電気抵抗器61は専用のものを特別に設けるほか、記録ヘッド20のインクを適切な温度に調節するための手段を兼用して同様の効果を得ることもできる。そのような手段としては、記録ヘッドに取り付けられた加温用のヒータ(サブヒータ)を挙げることができる。また、インク吐出に利用されるエネルギとして熱エネルギを発生する電気熱変換体(吐出ヒータ)を用いる記録ヘッドにあっては、吐出が生じない程度の熱を発生するよう吐出ヒータの駆動(予備加熱駆動)を行うものでもよい。これらによれば、特別な手段の配設が不要となるため、記録装置の構成の複雑化が生じることがない。
次に、エア排出に必要な熱量の理論的説明を行う。この説明では、まずエア排出に必要なエア温度を算出し、その後に熱量(ヒータ電力)を算出することについて述べる。
液室50内のエアを加熱にて圧力上昇させる場合、流路容積はフィルタ23上流領域のエア体積と比較して極めて小さいために無視できるとすると、ボイル・シャルルの法則が適用できる。よって、加熱前の液室50内の圧力および温度を、それぞれPhおよびThとし、加熱後の液室内の圧力および温度を、それぞれPh’およびTh’とすると、
Ph/Th = Ph’/Th’(Th<Th’) (17)
と表される。さらに整理すると、
Ph’ = (Th’/Th)×Ph (17’)
と表される。
よって、多重メニスカス状態を解消する条件は、(17’)>(9)となるため、式をさらに整理して
Th’ > 2×n×γi×Th(cosθ1−cosθ2)/(Ph×R)
(18)
で表される。
よって、加熱後の液室50内の温度が(17)を満たすときに、多重メニスカス状態を解消でき、インク収納室12側へのエア排出が可能となる。
次に、必要熱量について説明する。ここではエアを上記温度まで加熱する際のヒータ電力を算出するものとし、100%のエアに電気抵抗器61からの電力が加わった場合について考える。ヒータ電力Wが、液室50内エア温度を10秒で上記温度まで上昇させようとした場合、式としては、
W = 1.16×C×d×Vh×ΔTh×360/η (19)
で表される。ここで、Cは空気の比熱0.24(Kcal/Kg度C)、dは空気の密度1.25(Kg/m3)、ΔThはTh’−Th(℃)である。ηは効率(<1)であり、これを0.9とする。(18)式の等号が成り立つ場合がΔThに代入されるため、必要な電力は、
W>278.4×n×γi×Th×Vh(cosθ1−cosθ2)/Ph×R
(20)
で表される。
厳密には、液室50の壁面やインクに熱量が奪われたり、また放熱したりするため、この式から得られた値より高めの電力を供給するべきであるが、上述したヒータ電力+α分を加えることにより、上述した多重メニスカス状態は解消可能となる。
(第3の実施形態)
図18を参照して、第3の実施形態に係るインク供給システムの構成および動作を説明する図である。なお、第1の実施形態と同様に構成できる各部については、対応箇所に同一符号を付してある。
本実施形態では、第1および第2の実施形態と異なり、インクタンク10のバッファとして機能しているばね40および圧力板14と、これらを上方に引き上げる引上げ部材162と変圧手段として用いる。すなわち、インク収納室容積を減少させることでインク収納室内部の圧力を減圧(負圧を増大)させ、液室50との圧力差が大となるようにして多重メニスカス状態を解消するものである。
圧力板14には、引上げ部材162と係合可能に設けられている係合爪65が突設されており、インクタンク10上方から下降可能な引上げ部材162と係合爪65とが係合し、その後引上げ部材162がインクタンク10上方に移動することにより、圧力板14を追従変位させ、インク収納室12内の容積を増加させるようになっている。
インク収納室12は密閉状態であるため、インク収納室12内の容積の増加によりインク収納室12内の圧力は瞬間的に減圧される。このように瞬間的にインク収納室12内が減圧状態となると、液室50内の圧力はインク収納室12内の圧力と比較して高くなるため、圧力平衡を保とうとして、インクおよびエアは流路を通り、インク収納室12側に移動しようとする。この際、インク流路53およびインクにも抵抗が働いているので瞬間の圧力変化にはインク流路53だけでは対応できず、従ってフィルタ23上流領域のエアはエア流路53を通してインク収納室12内に案内されることとなる。これにより、インク収納室12側にエアを排出することになり、多重メニスカス状態を解消することが可能となる。
本実施形態も第1および第2の実施形態と同様、図13に示すように、インクタンク10装着後に変圧手段の構成要素である引上げ部材162が作動するように制御されている。そしてこれにより、記録可能状態となる前には多重メニスカス状態が解消されているようになっている。
次に、引上げ部材162によるばね部材40および圧力板14の変位に起因した圧力減少分について理論的説明を行う。
引上げ前のインク収納室12内の容積および圧力をそれぞれVtおよびPtとし、引上げ後の液室50内容積をそれぞれVt’およびPt’とする。液室50内は密閉であり、引上げにより液室50内温度が変化しないとすると、ボイル・シャルルの法則から、
Pt×Vt = Pt’ ×Vt’ (V<V’) (21)
となる。よって、
Pt’ = (Vt/Vt’)×Pt (21’)
で表される。
インク収納室12内の圧力の減少分ΔPtは
ΔPt = Pt − (Vt/Vt’)×Pt (22)
となり、
ΔPt =(1 − Vt/Vt’)×Pt (22’)
で表される。
よって、多重メニスカス状態を解消する条件は(22’)>(9)となるため、式をさらに整理して
V’ > Pt×R×Vt/(Pt×R−2×γin(cosθ1−cosθ2))
(23)
と表される。
よって、本実施形態の発明の特徴である引上げ部材162にて、ばね部材40および圧力板14を引上げる際、インク収納室12内容積を、(23)を満たす容積まで変形(増加)させることにより、多重メニスカス状態を解消でき、インク収納室12側へのエア排出が可能となる。
(インクジェット記録装置の構成例)
図19は、本発明を適用可能なインクジェット記録装置の構成例を説明するための図である。
本例の記録装置150はシリアルスキャン方式のインクジェット記録装置であり、ガイド軸151,152によって、キャリッジ153が矢印Aの主走査方向に移動自在にガイドされている。キャリッジ153は、キャリッジモータおよびその駆動力を伝達するベルト等の駆動力伝達機構により、主走査方向に往復動される。キャリッジ153には、上記のいずれかの実施形態を可とし、記録ヘッドないし液室と、これに装着されてインクを供給するインクタンクとからなる液体供給システム154(例えば図1に示したもの)が搭載される。記録媒体としての用紙Pは、装置の前端部に設けられた挿入口155から挿入された後、その搬送方向が反転されてから、送りローラ156によって矢印Bの副走査方向に搬送される。記録装置150は、記録ヘッドを主走査方向に移動させつつ、プラテン157上の用紙Pの記録領域に向かってインクを吐出させる記録動作と、その記録幅に対応する距離だけ用紙Pを副走査方向に搬送する搬送動作と、を繰り返すことによって、用紙P上に順次画像を記録する。
なお、記録ヘッドは、上述のように、インクを吐出するためのエネルギとして、電気熱変換体から発生する熱エネルギを利用するものであってもよい。その場合には、電気熱変換体の発熱によってインクに膜沸騰を生じさせ、そのときの発泡エネルギによって、インク吐出口からインクを吐出することができる。また、記録ヘッドにおけるインクの吐出方式は、このような電気熱変換体を用いた方式のみに限定されず、例えば、圧電素子を用いてインクを吐出する方式等であってもよい。
キャリッジ153の移動領域における図19中の左端には、キャリッジ153に搭載された記録ヘッドのインク吐出口の形成面と対向する回復系ユニット(回復処理手段)158が設けられている。回復系ユニット158には、記録ヘッドのインク吐出口のキャッピングが可能なキャップと、そのキャップ内に負圧を導入可能な吸引ポンプなどが備えられており、インク吐出口を覆ったキャップ内に負圧を導入することにより、インク吐出口からインクを吸引排出させて、記録ヘッドの良好なインク吐出状態を維持するための回復処理を行うことができる。また、画像形成とは別に、キャップ内に向かってインク吐出口からインクを吐出させることによって記録ヘッドの良好なインク吐出状態を維持する回復処理(予備吐出処理」ともいう)を行うこともできる。これら処理は、インクタンクが新たに装着された場合に上記(4)式の条件を満たすようにするためにも行うことができる。
(その他)
上述した第1〜第3の実施形態は、液室50内の内圧を増加させる(第1および第2の実施形態)、またはインク収納室12内の内圧を減少させる(第3の実施形態)ことにより、液室50およびインク収納室12の圧力均衡を変化させ、エア流路53の多重メニスカス状態を解消するようにしたものである。
しかしこれらに限らず、液室50内の内圧を減少させる、またはインク収納室12内の内圧を増加させることによっても、圧力均衡を変化させることができ、エア流路53の多重メニスカス状態を解消することが可能である。ただし、当該2つの方式は、上述した3つの実施形態とは異なり、液室50内に多重メニスカス状態を形成していたインクおよびエアを排出することになる。しかし、エア流路53の多重メニスカス状態を解消するという目的としては合致しており、また、液室50内にエアを排出されたとしても、多重メニスカス状態が解消されさえすれば、インク収納室12側へエアを移動可能であるので、全く問題なく本発明の構成に適用できる。
また、上記3つの実施形態はすべて、接続部51を液室50に一体に有したものとしたが、本発明はこれに限られず、インクタンク10側に接続部51を設けることもでき、これによっても同様の効果を得ることができる。また、上記3つの実施形態ではいずれも、1本の接続部51の中に2つの流路を設けたものとしたが、1つの接続部に1つの流路を設けたものを2本使用するものでもよい。さらにこの場合、インクタンク10側に1本(例えばインク流路用)、液室50側に1本(例えばエア流路用)と分配して設けたものでもよい。これらによっても、同様の動作および効果を得ることができ、よってこれらも本発明の範囲に属している。
また、いずれの実施形態においても、流路の数は2つに限られず、3以上設けられるものでもよい。また、内部を複数に分割して複数の流路を形成する接続部とする場合にも、上例のように流路間の隔壁を直線状に形成するのみならず、同心円状に形成することで多重管構成の接続部とすることができる。
さらに、内部を複数に分割して複数の流路を形成する接続部とする場合、気体の移送とインクの移動とが相互に干渉して円滑かつ迅速な気液交換を阻害しない限り、各流路が完全に区画されていなくても良い。
また、以上ではインクタンク10内に外気を導入するためのバルブ室30をインクタンク10に一体とした。しかし、液室50を介さずに外気を直接インクタンク10内に導入可能であれば、バルブ室は必ずしもインクタンクと一体に構成されていなくてもよい。例えば、バルブ室をキャリッジ153側に配設し、インクタンクの装着動作に伴ってバルブ室とインクタンクとが直接内部連通する構成とすることもできる。
上述のインク供給システムの諸実施形態では、基本的にいずれも吸収体等にインクを保持させずにそのまま貯留ないし供給されるようにした構成を採用する一方、可動部材(シート部材、圧力板)とこれを付勢するばね部材とにより負圧発生手段を構成するとともに供給システム内を密閉構造とすることで、記録ヘッドに対して適切な負圧を作用するようにした。
かかる構成は、吸収体により負圧を発生させる従来技術の構成に対して、容積効率が高く、かつインク選定の自由度も向上できるものである。また、そればかりでなく、近年の記録の高速化に伴って求められるインク供給の高流量化や安定化の要望にも好ましく応え得るものである。
また、本発明が特に主眼とした供給経路に滞留する気体を排除する目的に対しては、記録ヘッドから最も離れた最上流位置であるインクタンクにこれを移送するものとし、そのために複数の流路を介してインクタンクとインク供給経路とを連結するとともに、両者の圧力のバランスを利用することでインクタンクからのインク導出とインクタンクへの気体導入とが並行して行われるようにした。
かかる構成によれば、供給経路内の滞留気体を、複雑な装置を必要とせず、部品点数の増加が少なく簡単な構造でありながら、円滑かつ迅速にインクタンク側に排除することができる。また、圧力のバランスに従って気体排除が行われるため、気体排除の信頼性が高いものである。
また、気体排除の過程において、常にインクタンクの負圧を維持しているのでインクジェット記録ヘッドのインク吐出口などからの液体漏洩を確実に防止することができる。さらには、気体をインクタンク側に排除することによって、記録ヘッドの吐出口側からインク吸引を行うことで気体を排除する方法に比較してインク消費量を格段に減少させることができ、インク浪費を抑えて、ランニングコストの低減にも貢献するものである。
加えて、供給経路に対して着脱可能に構成されたインクタンクを用いる場合において、従来は、交換操作時に供給経路側に気体が侵入することを防止するために、供給経路がインクで満たされている状態で、すなわちインクを完全に消費しきる前にインクタンクの交換を行っている場合が多かった。しかし上記構成によれば、交換操作前または交換操作時に液室内に気体が侵入しても、新たなインクタンクを装着したとき、これに伴ってそのインクタンクに対して容易かつ迅速に気体を排除できるので、インクが完全に消費された後に交換を行うことができる。またこれにより、ランニングコストのさらなる低減できるのみならず、環境問題に対しても資するところが大きい。さらに、上述の実施形態においてはいずれも、通常の使用時の姿勢においてインクタンクを最も高所に配置し、液室ないし記録ヘッドが低所に配置されている。これは、気液交換を迅速かつ円滑に、かつ簡単な構成で行う上で非常に好ましい配置である。
また、インクに色材として顔料を含むものを用いた場合は、エアーがタンクに輸送される際に、顔料粒子の沈降を拡散させ、インクの保存安定性や吐出の信頼性を確保できる。
加えて、ヘッドへの負圧を安定化した状態でインク供給できる構成によって、記録性能と信頼性およびコストダウンが同時に実現可能となる。
なお、インクタンクの構成にもよるが、インクタンクに導入された気体は、これがインク供給経路に戻らず、インク供給が阻害されない位置であれば、インクタンク内のどこに貯留されてもよい。しかし、インクを吸収体などに含浸させずにそのまま貯留するようにした上記実施形態の構成は、導入された気体がそのままインクタンク内の最上部に位置することになるので、好ましいものである。
そしてこのように、インクタンク内に吸収体が存在しない場合、タンクの容積そのものがインクの容量となりうるので、必要以上にインクタンクを大きくする必要がなく、またタンクの形状も比較的自由に設計できるのである。
本発明を構成するための基本的な条件は、液室がインクタンクとの接続部分および記録ヘッドとの接続部分を除き、インクをそのまま貯留する密閉構造を有すること、および、好ましい負圧を維持するための大気導入をインクタンクに対して直接行うようにして、記録ヘッドに直接連通する液室には気体が極力入らないようにしたことにある。この条件は、インク供給の高流量化や安定化を実現し、高速記録(吐出)を行っても吐出特性を常に良好に保持する上で極めて好ましく、特許文献1〜5のいずれにも開示ないし示唆されないものである。
この基本的な条件を満たす構成であれば、負圧発生手段は上記各実施形態のようなばねと可撓性部材との組み合わせによるもののほか、その他の構成を採ることもできる。すなわち、本発明の基本的な条件は負圧発生手段としての吸収体の採用を排除するものではない。
また、以上の説明では本実施形態の記録方式として、シリアル型のインクジェット記録装置を適用してきたが、本発明および本実施形態はこれに限定されるものではない。また、シリアル型でなくライン走査型の記録装置であっても本発明および本実施形態を適用することは可能である。さらに、液体供給システムは、インクの色調(色や濃度など)に対応して複数設けることができるのは言うまでもない。
さらに、以上では本発明を記録ヘッドにインクを供給するインクタンクに適用した場合について説明したが、記録部としてのペンにインクを供給する供給部に適用されるものでもよい。
また、本発明は、そのような種々の記録装置の他、飲料水や液体調味料などの種々の液体を供給するための装置、あるいは薬品を供給する医療の分野などに広範囲に適用することができる。