JP3990553B2 - 形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板およびその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板およびその製造方法に関するもので、該鋼板は、自動車部品等が主たる用途のものである。
本発明の鋼板は熱延鋼板と冷延鋼板の双方を含有する。
【0002】
【従来の技術】
自動車からの炭酸ガスの排出量を抑えるために、高強度鋼板を使用して自動車車体の軽量化を図ることが進められている。また、搭乗者の安全性を確保するためにも、自動車車体には、軟鋼板の他に高強度鋼板が多く使用されるようになってきている。更に自動車車体の軽量化を今後進めていくために、従来以上に高強度鋼板の使用強度レベルを高めたいという新たな要請が非常に高まりつつある。
【0003】
しかしながら、高強度鋼板に曲げ変形を加えると、加工後の形状がその高強度ゆえに、加工冶具の形状から離れて加工前の形状の方向にもどりやすくなるというスプリング・バック現象や、成形中の曲げ−曲げ戻しからの弾性回復により、側壁部の平面が曲率を持った面になってしまうという“壁そり現象”が起こり、狙いとする加工部品の形状が得られないという寸法精度不良が生じる。
【0004】
従って、従来の自動車の車体では、主として440MPa以下の高強度鋼板に限って使用されてきた。すなわち、自動車車体にとっては、490MPa以上の高強度鋼板を使用して車体の軽量化を進めていく必要があるにもかかわらず、スプリング・バックや壁そりが起こりにくく、寸法精度が良好な、すなわち、形状凍結性の良い高強度鋼板が存在しないのが実状である。
【0005】
付け加えるまでもなく、440MPa以下の高強度鋼板や軟鋼板の加工後の形状凍結性を高めることも、自動車や家電製品などの製品の形状精度を高める上で極めて重要である。
そのような実状の中で、特開平10−72644号公報には、圧延面に平行な面における{200}集合組織の集積度が1.5以上であることを特徴とするスプリングバック量が小さいオーステナイト系ステンレス冷延鋼板が開示されている。しかし、フェライト系鋼板については何ら記載されていない。
【0006】
一方、伸びフランジ性も、鋼板を自動車用部品等へ加工する際に、欠くことのできない特性であり、高伸びフランジ性鋼板の形状凍結性が向上することにより、自動車車体への高強度鋼板の適用範囲が、一層広範なものとなる。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
軟鋼板や高強度鋼板に曲げ加工を施すと、鋼板の強度に依存しながら大きなスプリング・バックや壁そりなどの形状不良が発生し、これら鋼板は、加工成形部品の形状凍結性が悪いのが現状である。また、伸びフランジ性は、鋼板の加工の際に欠くことができない特性であり、高強度鋼板を自動車部品等に適用するためには、形状凍結性と伸びフランジ性の両方に優れていることが望まれる。
【0008】
本発明は、この問題を抜本的に解決して、形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板およびその製造方法を提供するものである。
【0009】
【課題を解決するための手段】
従来の知見によれば、スプリング・バックや壁そり等の形状不良を抑えるための方策としては、鋼板の変形応力を低くすることがとりあえず重要であると考えられていた。そして、変形応力を低くするためには、引張強さの低い鋼板を使用せざるをえなかった。しかしこれだけでは、鋼板の曲げ加工性を向上させ、スプリング・バック量を低く抑えるための根本的な解決にはならない。
【0010】
そこで、本発明者らは、曲げ加工性を向上させてスプリング・バックや壁そりの発生を根本的に解決するために、新たに、鋼板の集合組織の曲げ加工性への影響に着目して、その作用効果を詳細に調査、研究した。そして、本発明者らは、曲げ加工性に優れた鋼板を見いだした。
すなわち、{100}<011>〜{223}<110>方位群の強度と、{554}<225>、{111}<112>、{111}<110>の各方位の強度を制御すること、さらには、圧延方向のr値および圧延方向と直角方向のr値のうち少なくとも1つをできるだけ低い値にすることで、曲げ加工性が飛躍的に向上することを明らかにした。
【0011】
本発明は前述の知見に基づいて構成されており、その主旨とするところは以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.031%以上、0.11%以下、Si:0.001%以上、0.65%以下、Mn:0.05%以上、3%以下、P:0.2%以下、S:0.03%以下、Al:0.01%以上、3%以下、N:0.01%以下、O:0.01%以下を含有し、残部は鉄および不可避的不純物よりなり、フェライトまたはベイナイトを面積率で最大相とし、パーライト、マルテンサイトおよび残留オーステナイトの面積率が合計で5%以下である複合組織鋼であり、かつ、1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が3.0以上で、かつ、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値が3.5以下であり、さらに、圧延方向のr値および圧延方向と直角方向のr値のうち少なくとも1つが0.7以下であることを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
【0013】
(2)更に、質量%で、Ti:1%以下、V:1%以下、Cr:3%以下、および、B:0.01%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
(3)更に、質量%で、Mo:1%以下、Cu:3%以下、Ni:3%以下、および、Sn:0.2%以下の1種または2種以上を含有することを特徴とする前記(1)または(2)に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
【0014】
(4)更に、質量%で、Ca:0.0005%以上、0.005%以下を含有することを特徴とする前記(1)〜(3)の何れかに記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
(5)前記(1)〜(4)の何れかに記載の鋼板にめっきを施したことを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
【0015】
(6)前記(1)〜(5)の何れかに記載の鋼板を製造する方法であって、前記(1)〜(4)の何れか1項に記載の成分からなる鋼片を熱間圧延するに当たり、Ar3変態温度〜(Ar3+100)℃の温度範囲における圧下率の合計が25%以上となるように制御し、Ar3変態温度以上で熱間圧延を終了し、(1)式に示す鋼の化学成分で決まる臨界温度To以下でかつ350℃以上の温度で巻き取ることを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
【0016】
To=-650.4×C%+B …(1)
ここで、Bは質量%で表現した鋼の成分より求まる。
B=-50.6×Mneq+894.3
Mneq=Mn%+0.24×Ni%+0.13×Si%+0.38×Mo%+0.55×Cr%+0.16×Cu%
-0.50×Al%-0.45×Co%+0.90×V%
(7)Ar3変態温度〜(Ar3+100)℃の温度範囲における圧下率の合計が25%以上で、かつ、(Ar3+100)℃以下の熱間圧延において少なくとも1パス以上を摩擦係数が0.2以下となるように熱間圧延を制御することを特徴とする前記(6)に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
【0017】
(8)前記(1)〜(5)の何れかに記載の鋼板を製造する方法であって、前記(1)〜(4)の何れか1項に記載の成分からなる鋼片を熱間圧延するに当たり、Ar3変態温度以下の圧下率の合計が25%以上になるように熱間圧延を制御し、熱間圧延を終了後、350〜Ac3変態温度で巻き取るか、または、一旦冷却後、500〜Ac3変態温度に10〜120分加熱することを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
【0018】
(9)Ar3変態温度以下の圧下率の合計が25%以上で、かつ、Ar3以下の熱間圧延において少なくとも1パス以上を摩擦係数が0.2以下となるように圧延することを特徴とする前記(8)に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
(10)前記(6)〜(9)のいずれかに記載の鋼板を酸洗し、圧下率80%未満の冷間圧延を施した後、600℃〜(Ac3+100)℃の温度範囲に加熱し、冷却することを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
【0019】
【発明の実施の形態】
以下に、本発明の内容を詳細に説明する。
1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値、および、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値:
上記平均値は、本発明で特に重要な特性値である。板厚中心位置での板面のX線回折を行い、ランダム試料に対する各方位の強度比を求めたときの、{100}<011>〜{223}<110>方位群の平均値が3.0以上でなくてはならない。これが、3.0未満では形状凍結性が劣悪となる。
【0020】
この方位群に含まれる主な方位は、{100}<011>、{116}<110>、{114}<110>、{113}<110>、{112}<110>、{335}<110>、および、{223}<110>である。これら各方位のX線ランダム強度比は、{110}極点図に基づきベクトル法により計算した3次元集合組織や{110}、{100}、{211}、{310}極点図のうち複数の極点図(好ましくは3つ以上)を用いて、級数展開法で計算した3次元集合組織から求めればよい。
【0021】
たとえば、後者の方法における上記各結晶方位のX線ランダム強度比には、3次元集合組織のφ2=45゜断面における(001)[1−10]、(116)[1−10]、(114)[1−10]、(113)[1−10]、(112)[1−10]、(335)[1−10]、(223)[1−10]の強度をそのまま用ればよい。
【0022】
{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値とは、上記の各方位の強度比の相加平均である。上記の全ての方位の強度比を得ることができない場合には、{100}<011>、{116}<110>、{114}<110>、{112}<110>、{223}<110>の各方位の強度比の相加平均で代替しても良い。
【0023】
さらに、1/2板厚における板面の{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値は3.5以下でなくてはならない。これが3.5超であると、{100}<011>〜{223}<110>方位群の強度比が適正であっても、良好な形状凍結性を得ることが困難となる。{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>のX線ランダム強度比も上記の方法に従って計算した3次元集合組織から求めれば良い。
【0024】
より望ましくは、{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が4.0以上、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>のX線ランダム強度比の相加平均値が2.5未満である。
以上述べた結晶方位のX線強度が曲げ加工時の形状凍結性に対して重要であることの理由は必ずしも明らかではないが、曲げ変形時の結晶のすべり挙動と関係があるものと推測される。
【0025】
X線回折に供する試料は、機械研磨などによって鋼板を所定の板厚まで減厚し、次いで、化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去して、板厚1/2面が測定面となるように作製する。鋼板の板厚中心層に偏析帯や欠陥などが存在し、測定上不都合が生ずる場合には、板厚の3/8〜5/8の範囲で適当な面が測定面となるように上述の方法に従って試料を作製して、測定すればよい。当然のことであるが、上述のX線強度の限定が板厚1/2近傍だけでなく、なるべく多くの厚みにわたって満たされることで、より一層、形状凍結性が良好になる。
【0026】
なお、{hkl}<uvw>で表される結晶方位とは、板面の法線方向が<hkl>に平行で、圧延方向が<uvw>と平行であることを示している。
圧延方向のr値(rL)および圧延方向と直角方向のr値(rC):
これらのr値は、本発明において重要である。すなわち、本発明者等が鋭意検討の結果、上述した種々の結晶方位のX線強度比が適正であっても、必ずしも良好な形状凍結性が得られないことが判明した。上記のX線強度比と同時に、rLおよびrCのうち少なくとも1つが0.7以下であることが必須である。より好ましくは0.55以下である。
【0027】
rLおよびrCの下限は特に定めることなく、本発明の効果を得ることができる。r値はJIS5号引張試験片を用いた引張試験により評価する。引張歪みは、通常15%であるが、均一伸びが15%を下回る場合には、均一伸びの範囲で、できるだけ15%に近い歪みで評価すればよい。
なお、曲げ加工を施す方向は加工部品によって異なるので特に限定するものではないが、r値が小さい方向に対して、垂直もしくは垂直に近い方向に折り曲げる加工を主として行うことが好ましい。
【0028】
ところで、一般に集合組織とr値とは相関があることが知られているが、本発明においては、既述の結晶方位のX線強度比に関する限定と、r値に関する限定とは互いに同義ではなく、両方の限定が同時に満たされなくては、良好な形状凍結性を得ることはできない。
組織:
穴拡げ性の観点から組織はフェライトまたはベイナイトを面積率で最大相とする。ただし、フェライトとベイナイトの各々の集合組織を比べると、ベイナイト部分で、形状凍結に有利な{100}<011>〜{223}<110>方位の集合組織が発達しやすい。この理由は明らかではないが、ベイナイト組織が熱延中に形成される形状凍結性に優位なオーステナイト集合組織を受け継ぎやすいためと考えられる。
【0029】
したがって、ベイナイトの占積率が大きい方がより望ましい。この観点からはベイナイトの面積率は35%超であることが望ましい。
フェライトまたはベイナイトの面積率は板厚中央部を、光学顕微鏡により、100〜500倍で5視野以上観察し、その平均値より求めることとする。
また、加工ままのフェライトまたはベイナイトは成形性を著しく損なうことから、ここで述べる面積率には含まないものとする。
【0030】
その他の組織として、マルテンサイト、残留オーステナイト、パーライトの面積率が5%超になると、伸びフランジ性が劣化する。したがって、これらの組織の面積率の合計は5%以下とする。次に、成分組成に係る限定条件について述べる。
【0031】
Cの下限を0.0001%としたのは、実用鋼で得られる下限値を用いることにしたからである。Cが0.3%超になると、加工性や溶接性が悪くなるので、上限を0.3%とする。なお、Cの下限及び上限は、実施例の表1の鋼種Dの0.031%及び鋼種Qの0.11%に基づいて、それぞれ、0.031%及び0.11%とした。
Siは鋼板の機械的強度を高めるのに有効な元素であるが、3.5%超となると、加工性が劣化したり、表面疵が発生したりするので、3.5%を上限とする。一方、実用鋼でSiを0.001%未満とするのは困難であるので、0.001%を下限とする。なお、Siの上限は、実施例の表1の鋼種Oの0.65%に基づいて、0.65%とした。
【0032】
Mnも鋼板の機械的強度を高めるのに有効な元素であるが、3%超となると加工性が劣化するので、3%を上限とする。一方、実用鋼でMnを0.05%未満とするのはコスト高となり、材質上のメリットもないので、0.05%を下限とする。また、Mn以外にSによる熱間割れの発生を抑制するTiなどの元素が十分に添加されない場合には、質量%で、Mn/S≧20となるMn量を添加することが望ましい。
【0033】
PとSは、それぞれ0.2%以下、0.03%以下とする。これは加工性の劣化や、熱間圧延または冷間圧延時の割れを防ぐためである。
Alは脱酸のために0.01%以上添加する。しかし、多すぎると加工性が低下したり、表面性状が劣悪となるので、上限を3%とする。
NとOは不純物であり、加工性を悪くさせないように、いずれも、0.01%以下とする。
【0034】
Ti、Nb、V、Cr、Bは、炭素、窒素の固定、析出強化、組織制御、細粒強化などの機構を通じて材質を改善するので、必要に応じて、それぞれ、0.005%以上、0.001%以上、0.001%以上、0.01%以上、0.0001%以上添加することが望ましいが、過度に添加しても格段の効果はなく、むしろ、加工性や表面性状を劣化させるので、Ti、Nb、V、Cr、およびBの上限をそれぞれ1%、1%、1%、3%、および、0.01%とした。
【0035】
Mo、Cu、Ni、Snは、機械的強度を高めたり材質を改善する効果があるので、必要に応じて、各成分とも0.001%以上を添加することが望ましいが、過度の添加は逆に加工性を劣化させるので、Mo、Cu、Ni、およびSnの上限を、それぞれ、1%、3%、3%、0.2%とした。
【0036】
Caは、硫化物の形態を制御して、伸びフランジ性を改善するので、必要に応じて、0.0005%以上添加することが望ましい。しかし、過度に添加しても格段の効果はなく、コスト高となるので、上限を0.005%とした。
【0037】
なお、本発明では特に限定しないが、脱酸の目的や硫化物の形態制御の目的でMgを添加しても構わない。
メッキ:
メッキの種類は特に限定するものではなく、電気めっき、溶融めっき、蒸着めっき等の何れでも、本発明の効果が得られる。
【0038】
次に、製造方法について説明する。
熱間圧延に先行する製造方法は特に限定するものではない。すなわち、高炉、転炉、電炉等による溶製に引き続き、各種の2次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造の他、薄スラブ鋳造などの方法で鋳造すればよい。
【0039】
連続鋳造の場合には、一度、低温まで冷却した後、再度加熱してから熱間圧延してもよいし、鋳造スラブを連続的に熱延してもよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。
本発明の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板は、上記成分組成の鋼を鋳造した後、熱間圧延後冷却まま、熱間圧延後熱処理、熱間圧延後冷却・酸洗し冷延した後に、焼鈍、あるいは、熱延鋼板もしくは冷延鋼板にめっきを施し、若しくは、溶融めっきラインにて熱処理を施したまま、更には、これらの鋼板に別途表面処理を施すことによっても得られる。
【0040】
また前記(6)の発明に述べたように、熱間圧延の後半に、Ar3変態温度以上(Ar3+100)℃以下で合計25%以上の圧延が行われない場合には、圧延されたオーステナイトの集合組織が十分に発達しないので、如何様な冷却を施しても、最終的に得られる熱延鋼板の板面に、前記(1)の発明で述べた所定のX線強度レベルの各結晶方位が得られない。したがって、(Ar3+100)℃以下での圧下率の合計の下限値を25%とした。
【0041】
(Ar3+100)℃以下Ar3変態温度以上での合計圧下率が高いほど、よりシャープな集合組織の形成を期待できるので、圧下率の合計は、35%以上とすることが好ましい。しかし、この圧下率の合計が97.5%を越えると、圧延機の剛性を過剰に高める必要がでてきて、経済上のデメリットを生じる。それ故、圧下率の合計は、望ましくは、97.5%以下とする。
【0042】
ここで前記(7)の発明に記したように、(Ar3+100)℃以下Ar3変態温度以上の熱間圧延時の熱間圧延ロールと鋼板との摩擦係数が0.2を越えている場合には、鋼板表面近傍における板面に、{110}面を主とする結晶方位が発達し、形状凍結性が劣化する。それは、より良好な形状凍結性を指向する場合には、(Ar3+100)℃以下Ar3変態温度以上の熱間圧延時における少なくとも1パスについて、熱間圧延ロールと鋼板との摩擦係数を0.2以下とすることが望ましい。この摩擦係数は低ければ低いほど好ましく、さらに良好な形状凍結性が要求される場合には、(Ar3+100)℃以下Ar3変態温度以上の熱間圧延の全パスについて、摩擦係数を0.15以下とすることが望ましい。
【0043】
熱間圧延の仕上げ温度は、成形性の観点から、Ar3変態温度以上とすることが必要である。仕上げ温度の上限は特に定めないが、形状凍結性に優れた集合組織をより鮮鋭にするため、(Ar3+50)℃以下とすることが好ましい。
この様にして形成されたオーステナイトの集合組織を最終的な熱延鋼板に受け継がせるためには、下記(1)式に示すTo温度以下で巻き取る必要がある。従って、鋼の成分組成で決まるToを巻き取り温度の上限とした。
【0044】
このTo温度は、オーステナイトとオーステナイトと同一成分のフェライトが同一の自由エネルギーを持つ温度として、熱力学的に定義されるもので、C以外の成分の影響も考慮して、(1)式を用いて簡易的に計算することができる。To温度に及ぼす本発明に規定されたこれら以外の成分の影響は、それほど大きくないので、ここでは無視した。
【0045】
To=-650.4×C%+B …(1)
ここで、Bは質量%で表現した鋼の成分で決まり下記のように表現できる。
B=-50.6×Mneq+894.3
Mneq=Mn%+0.24×Ni%+0.13×Si%+0.38×Mo%+0.55×Cr%+0.16×Cu%
-0.50×Al%-0.45×Co%+0.90×V%
また、熱間圧延がAr3変態温度以下になる場合には、加工前に生成したフェライトが加工され、強い圧延集合組織が形成される。前記(8)の発明に記載のとおり、この様な集合組織を最終的に形状凍結性に有利な集合組織とするためには、高温で加工されたフェライトを、冷却途中350〜Ac3変態温度で巻き取るか、もしくは、いったん冷却した後に再度500〜Ac3変態温度に加熱することによって回復・再結晶させる必要がある。
【0046】
Ar3変態温度以下での合計圧下率が25%未満の場合には、再結晶温度以上で巻き取りを行ったり、冷却後再加熱して回復・再結晶処理を行っても、前記(1)の発明で述べた所定のX線強度レベルの各結晶方位が得られないので、25%をAr3変態温度以下における合計圧下率の下限値とした。35%がより望ましい下限値である。
【0047】
また、一旦冷却した後、引き続き加熱する際においては、加熱温度が500℃より低いと加工性が劣化し、Ac3変態温度より高いと形状凍結性が低下するので、上記加熱温度は、500〜Ac3変態温度の範囲に限定する。熱延終了温度は特に規定しないが、300℃未満になると圧延機への負荷が大きくなるので、300℃以上にすることが望ましい。
【0048】
ここで前記(9)の発明に記したように、熱間圧延時の熱間圧延ロールと鋼板との摩擦係数が0.2を越えている場合には、鋼板表面近傍における板面に、{110}面を主とする結晶方位が発達し、形状凍結性が劣化する。それ故、より良好な形状凍結性を指向する場合には、Ar3以下の熱間圧延における少なくとも1パスについては、ロールと鋼板との摩擦係数を0.2以下とすることが好ましい。
【0049】
この摩擦係数は低ければ低いほど望ましく、特に厳しい形状凍結性が要求される場合には、Ar3以下の熱間圧延の全パスについて、摩擦係数を0.15以下とすることが望ましい。
熱間圧延においては、粗圧延後にシートバーを接合し、連続的に仕上げ圧延をしてもよい。その際に、粗バーを一旦コイル状に巻き、必要に応じて、保温機能を有するカバーに格納し、再度巻き戻してから接合を行ってもよい。熱延鋼板には、必要に応じて、スキンパス圧延を施してもよい。スキンパス圧延には、加工成形時に発生するストレッチャーストレインの防止や形状矯正の効果があることは言うまでもない。
【0050】
この様にして得られた熱延鋼板を冷間圧延し、焼鈍して最終的な薄鋼板とする際において、冷間圧延の全圧下率が80%以上となる場合には、一般的な冷間圧延−再結晶集合組織である板面に平行な結晶面のX線回折積分面強度比の{111}面や{554}面成分が高くなり、本発明の特徴である前記(1)の発明の結晶方位の規定を満たさなくなるので、冷間圧延の圧下率の上限を80%とする。
【0051】
形状凍結性を高めるためには、冷間圧下率を70%以下に制限することが望ましい。冷間圧下率の下限は、特に定めることなく本発明の効果を得ることができるが、結晶方位の強度を適当な範囲に制御するためには、冷間圧下率は3%以上とすることが好ましい。
この様な範囲で冷間加工された冷延鋼板を焼鈍する際において、焼鈍温度が600℃未満の場合には、加工組織が残留し成形性が著しく劣化するので、焼鈍温度の下限を600℃とする。
【0052】
一方、焼鈍温度が過度に高い場合には、再結晶によって生成したフェライトの集合組織が、オーステナイトへ変態後、オーステナイトの粒成長によってランダム化され、最終的に得られるフェライトの集合組織もランダム化される。特に、焼鈍温度が(Ac3+100)℃を越える場合にはそのような傾向が顕著となる。従って、焼鈍温度は(Ac3+100)℃以下とする。冷延鋼板には、必要に応じて、スキンパス圧延を施してもよい。
【0053】
なお、本発明に係る鋼板は、曲げ加工だけでなく、曲げ、張り出し、絞り等、曲げ加工を主体とする複合成形にも適用できる。
本発明の実施例を挙げて、本発明の技術的内容について説明する。
【0054】
【実施例】
(実施例)
表1に示す成分組成を有するAからQまでの鋼を用いて検討した結果について説明する。これらの鋼は、鋳造後、そのまま、もしくは、一旦室温まで冷却された後に、900℃〜1300℃の温度範囲に再加熱され、その後熱間圧延が施され、最終的には、1.4mm厚、3mm厚もしくは8.0mm厚の熱延鋼板とされた。3.0mm厚および8.0mm厚の熱延鋼板は、冷間圧延することによって1.4mm厚とされ、その後、連続焼鈍工程にて焼鈍が施された。これら1.4mm厚の鋼板から50mm幅、270mm長さの試験片を作製し、ポンチ幅78mm、ポンチ肩R5、ダイ肩R5の金型を用いてハット曲げ試験を行った。曲げ試験を行った試験片は三次元形状測定装置にて板幅中心部の形状を測定し、図1に示した様に、点(1)と点(2)の接線と、点(3)と点(4)の接線の交点の角度から90°を引いた値の左右での平均値をスプリング・バック量とし、点(3)と点(5)間の曲率の逆数を左右で平均化した値を壁そり量とし、左右の点(5)間の長さからポンチ幅を引いた値を寸法精度として、形状凍結性を評価した。なお、曲げはr値の低い方向と垂直に折れ線が入るように行った。
【0055】
ところで、図2および図3に示す様に、スプリングバック量や壁そり量はBHF(しわ押さえ力)によっても変化する。本発明の効果は、いずれのBHFで評価を行ってもその傾向は変わらないが、実機で実部品をプレスする際には、あまり高いBHFはかけられないので、今回はBHF29kNで各鋼種のハット曲げ試験を行った。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
【表3】
【0059】
表2および表3(表2の続き)に、各鋼板の製造条件と、該製造条件が本発明の範囲内にあるか否かを示した。「熱延温度1」は、熱延がAr3変態温度以上で完了する場合において、(Ar3+100)℃以下Ar3変態温度以上での圧下率の合計が25%以上である場合には「○」、25%未満の場合には「×」とした。「熱延温度2」は、熱延がAr3変態温度以下の場合で、Ar3温度以下の圧下率の合計が25%以上の場合には「○」、25%未満の場合には「×」とした。
【0060】
以上のいずれの場合にも、それぞれの温度範囲で少なくとも1パス以上についての摩擦係数が0.2以下の場合には「潤滑」の欄に「○」、全パスにおける摩擦係数が0.2超の場合には「△」を記入とした。熱延巻取は、全て(1)式で求まるTo温度以下とした。
この様な熱延鋼板を1.4mm厚に冷延する場合、冷延圧下率が80%以上の場合には「冷延圧下率」を「×」とし、「80%未満」の場合には「○」とした。
【0061】
また、焼鈍温度が600℃以上(Ac3+100)℃以下の場合に「焼鈍温度」を「○」とし、それ以外の場合を「×」とした。製造の条件として関係のない項目は「―」とした。熱延鋼板および冷延鋼板のいずれに対しても、スキンパス圧延を0.5〜1.5%の範囲で施した。
X線の測定は、鋼板の代表値として板厚の7/16厚の位置で板面に平行なサンプルを作製し、実施した。
【0062】
穴拡げ試験は、1辺100mmの試験片の中央に径10mmの打ち抜き穴を加工し、その初期穴を頂角60°の円錐ポンチにて押し広げ、割れが鋼板を貫通した時点での穴径dの初期穴径10mmに対する穴広げ率λ(次式)で評価した。
λ={(d−10)/10}×100(%)
表4、および、表5に、前記の方法によって製造した1.4mm厚の熱延鋼板と冷延鋼板の機械的特性値、穴拡げ率、スプリング・バック量、壁そり量、および、寸法精度を示す。表4中の鋼Hを除いた全鋼種において、各鋼種の「−2」および「−3」の番号の実施例が本発明に該当するもので、「−1」及び「−3」の番号の実施例が発明外のものである。
【0063】
組織は、鋼H以外は何れもマルテンサイト、残留オーステナイト、パーライトの面積率が5%未満で、フェライトまたはベイナイトを面積率で最大相とするものであった。ただし、E−1、H、I−1、O−1には、50〜100%の面積率で加工粒が残存していた。
本発明の「−2」と「−3」の番号のものは、発明外の「−1」と「−4」の番号のものに比べて、スプリング・バック量、および、壁そり量が小さくなり、結果として、寸法精度が向上していることがわかる。また、本発明のものは、いずれのケースも、伸びフランジ性も良好である。
【0064】
即ち、本発明で限定する各結晶方位のX線ランダム強度比、r値、および組織を満たして、初めて良好な形状凍結性を有する高伸びフランジ性鋼板を製造することが可能になるのである。
【0065】
【表4】
【0066】
【表5】
【0067】
次に、表6に示す成分組成を有するR〜Tの鋼を用いて検討した結果について説明する。
熱延は、いずれの場合も、Ar3変態温度以上で完了し、(Ar3+100)℃以下Ar3温度以上での圧下率の合計が35%になるように圧延を行った。鋼Rに関しては、この条件を満足する範囲で仕上げ温度を2水準変化させた。いずれの場合も潤滑は行っていない。スキンパス圧延は1%の圧下率で行った。
【0068】
表7には、このような方法によって製造した1.4mm厚の熱延鋼板の組織分率、機械的特性値、穴拡げ率、スプリング・バック量、壁そり量、および、寸法精度を示した。
鋼Rは、いずれの場合も、スプリング・バック量、および、壁そり量が少なく、形状凍結性が良好で、かつ、伸びフランジ性も良好である。また、ベイナイト量の増加に伴い、形状凍結性はより向上している。一方、鋼SおよびTは、マルテンサイト、残留オーステナイトおよびパーライトの面積率が合計で5%を越えているため、形状凍結性は良好なものの、伸びフランジ性が劣化している。
【0069】
各結晶方位のX線ランダム強度比やr値が、形状凍結性に重要であることの機構については、現在のところ必ずしも明らかとはなっていない。おそらく、曲げ変形時にすべり変形の進行を容易にすることにより、結果的に、曲げ変形時のスプリング・バック量、および、壁そり量が小さくなり、その結果、寸法精度、すなわち、形状凍結性が向上したものと理解される。
【0070】
【表6】
【0071】
【表7】
【0072】
【発明の効果】
本発明により薄鋼板の集合組織とr値を制御することにより、曲げ加工性は著しく向上し、また、組織と炭化物を制御することにより、穴拡げ性と曲げ加工性を両立でき、スプリング・バック量、および、壁そり量が少なく、曲げ加工を主体とする形状凍結性と、穴拡げ性に優れた薄鋼板を提供することができるようになった。
【0073】
特に、従来は形状不良の問題から高強度鋼板の適用が難しかった部品にも、高強度鋼板が使用できるようになる。
自動車の軽量化を推進するためには、高強度鋼板の使用は是非とも必要である。スプリング・バック量、および、壁そり量が少なく、形状凍結性と穴拡げ性に優れた高強度鋼板が適用できるようになると、自動車車体の軽量化を、より一層推進することができる。従って、本発明は、工業的に極めて高い価値のある発明である。
【図面の簡単な説明】
【図1】ハット曲げ試験に用いた試験片の断面を示す図である。
【図2】スプリングバック量とBHF(しわ押さえ力)の関係を示す図である。
【図3】壁そり量とBHF(しわ押さえ力)の関係を示す図である。
Claims (10)
- 質量%で、
C:0.031%以上、0.11%以下、
Si:0.001%以上、0.65%以下、
Mn:0.05%以上、3%以下、
P:0.2%以下、
S:0.03%以下、
Al:0.01%以上、3%以下、
N:0.01%以下、
O:0.01%以下
を含有し、残部は鉄および不可避的不純物よりなり、フェライトまたはベイナイトを面積率で最大相とし、パーライト、マルテンサイトおよび残留オーステナイトの面積率が合計で5%以下である複合組織鋼であり、かつ、1/2板厚における板面の{100}<011>〜{223}<110>方位群のX線ランダム強度比の平均値が3.0以上で、かつ、{554}<225>、{111}<112>および{111}<110>の3つの結晶方位のX線ランダム強度比の平均値が3.5以下であり、さらに、圧延方向のr値および圧延方向と直角方向のr値のうち少なくとも1つが0.7以下であることを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。 - 更に、質量%で、
Ti:1%以下、
V:1%以下、
Cr:3%以下、および、
B:0.01%以下
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。 - 更に、質量%で、
Mo:1%以下、
Cu:3%以下、
Ni:3%以下、および、
Sn:0.2%以下
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。 - 更に、質量%で、
Ca:0.0005%以上、0.005%以下
を含有することを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。 - 請求項1〜4の何れか1項に記載の鋼板にめっきを施したことを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板。
- 請求項1〜5の何れか1項に記載の鋼板を製造する方法であって、請求項1〜4の何れか1項に記載の成分組成からなる鋼片を熱間圧延するに当たり、Ar3変態温度〜(Ar3+100)℃の温度範囲における圧下率の合計が25%以上となるように制御し、Ar3変態温度以上で熱間圧延を終了し、(1)式に示す鋼の化学成分で決まる臨界温度To以下でかつ350℃以上の温度で巻き取ることを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
To=-650.4×C%+B …(1)
ここで、Bは質量%で表現した鋼の成分より求まる。
B=-50.6×Mneq+894.3
Mneq=Mn%+0.24×Ni%+0.13×Si%+0.38×Mo%+0.55×Cr%+0.16×Cu%
-0.50×Al%-0.45×Co%+0.90×V% - Ar3変態温度〜(Ar3+100)℃の温度範囲における圧下率の合計が25%以上で、かつ、(Ar3+100)℃以下の熱間圧延において少なくとも1パス以上を摩擦係数が0.2以下となるように熱間圧延を制御することを特徴とする請求項6に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
- 請求項1〜5の何れか1項に記載の鋼板を製造する方法であって、請求項1〜4の何れか1項に記載の成分からなる鋼片を熱間圧延するに当たり、Ar3変態温度以下の圧下率の合計が25%以上になるように熱間圧延を制御し、熱間圧延を終了後、350〜Ac3変態温度で巻き取るか、または、一旦冷却後、500〜Ac3変態温度に10〜120分加熱することを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
- Ar3変態温度以下の圧下率の合計が25%以上で、かつ、Ar3変態温度以下の熱間圧延において少なくとも1パス以上を摩擦係数が0.2以下となるように圧延することを特徴とする請求項8に記載の形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
- 請求項6〜9のいずれか1項に記載の鋼板を酸洗し、圧下率80%未満の冷間圧延を施した後、600℃〜(Ac3+100)℃の温度範囲に加熱し、冷却することを特徴とする形状凍結性に優れた高伸びフランジ性鋼板の製造方法。
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