JP3971074B2 - ニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法 - Google Patents

ニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、高硬度金属を少なくとも3層以上多層肉盛するニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法に関し、特に、石炭粉砕設備の摩耗しやすい箇所に使用される部材を製造するに際し、高能率で高硬度金属を多層肉盛溶接することができるニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来、石炭粉砕設備の摩耗部材は耐摩耗性が要求されることから、ASTM A532に示されるようなニハード鋳鉄母材が使用されている。従来からこのようなニハード鋳鉄母材の耐摩耗性向上を目的として、高硬度金属の多層盛炭酸ガスシールドアーク溶接が実施されている。しかし、ニハード鋳鉄母材の高硬度金属の多層肉盛溶接では母材の大割れ及び高硬度金属の剥離又は割れが生じるという問題点がある。
【0003】
耐摩耗性が要求される適用箇所の性格上、ニハード鋳鉄母材は高硬度となる化学成分を有している。しかし、硬さが増すと靭性又は延性が低下するという欠点があり、母材の大割れは、このような靭性又は延性に乏しい母材特性と、多層肉盛により大きくなる溶接残留応力とが重なって発生していた。この母材の大割れは粉砕設備そのものの寿命を著しく損なうことから、その対策が強く望まれている。
【0004】
一方、高硬度金属も硬さが増すと靭性又は延性が低下するという欠点があり、多層肉盛溶接を行うと、剥離又は欠けが生じやすくなる。これを防止するため、高硬度金属の多層肉盛溶接において溶接入熱量を制限する方法が提案されている(特許第2132701号公報、特許第2518126号公報)。
【0005】
特許第2132701号公報には、鉄鋼又は鋳鋼を母材として、その表面に高炭素、高クロム鉄系材料を肉盛溶接してなる硬化肉盛部材において、硬化肉盛溶接金属の炭素量を5.5質量%とし、かつ溶接入熱を6000〜20000J/cmとし、硬化肉盛溶接金属に発生する溶接割れの平均間隔を5〜20mmとした硬化肉盛部材が開示されている。
【0006】
一方、特許第2518126号公報には、堅型ロールのテーブル又はロール等分割型環状体の摩耗面上に高硬度金属を多層肉盛溶接する方法において、分割した個々の被溶接体を1〜10mmの間隔を隔てて環状に並べ、環状間隔上を含め母材面上へ2000〜6000J/cmの範囲に制限し、溶接中の層間温度を常に300℃以下に制限することにより溶着金属のビードにビード方向と直交する微細なクラックを均等かつ多数分散して発生させ、荷重を加えて個々の部材をほぼ間隔面に沿って分断する分割型環状体の高硬度金属による多層肉盛り溶接方法が開示されている。
【0007】
上述のいずれの従来技術も入熱を下げて施工を行うことで高硬度金属肉盛層に狭い間隔で割れを形成させて残留応力を開放し、高硬度金属肉盛層の剥離又は欠けを抑制するというものである。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、上述の従来の高硬度金属の多層肉盛溶接において溶接入熱量を制限する方法(特許第2132701号公報、特許第2518126号公報)には、母材の大割れに対して有効な対策は何ら開示されていない。
【0009】
また、過度の低入熱施工は高硬度金属肉盛層の剥離又は欠けに対して融合不良、溶け込み不足及びピット等溶接欠陥を発生させてしまい、かえって高硬度金属肉盛層に剥離又は欠けを生じさせる結果となっている。
【0010】
更に、過度の低入熱施工は溶接作業性も劣化させ、溶接チップにスパッタが付着してワイヤの送給を妨げる等の溶接作業能率を阻害するという問題点もある。
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、剥離又は欠けを生じさせることなく、溶接作業性を低下させずに高硬度金属肉盛層を形成することができるニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
本発明に係るニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法は、高硬度金属を少なくとも3層以上多層肉盛するニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法において、前記ニハード鋳鉄母材は、C:1.50乃至2.50質量%、Si:1.00乃至2.00質量%、Mn:0.50乃至1.50質量%、Ni:4.80乃至5.80質量%、Cr:10.50乃至12.00質量%、Mo:0.05乃至1.00質量%及びV:0.01乃至0.05質量%含有し、溶接材料として、金属外皮にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤであって、前記金属外皮及び前記フラックスのいずれか一方又は双方から添加される成分元素の合計がワイヤ全質量当たり、C:5.55乃至6.15質量%、Si:2.00乃至2.80質量%、Mn:0.80質量%以下、Ni:0.10質量%以下、Cr:21.45乃至23.50質量%、Mo:0.95乃至1.10質量%、Al:0.01乃至0.10質量%、V:3.10乃至3.40質量%、B:0.20乃至0.30質量%、Mg:0.01乃至0.10質量%及びスラグ造滓剤の合計:0.15質量%未満であるフラックス入りワイヤを使用し、Hを溶接入熱量[J/cm]とし、Iを溶接電流[A]とし、Eを溶接電圧[V]とし、vを溶接速度[cm/分]としたとき、H=60×I×E/vで算出される溶接入熱量Hの値は初層及び2層目において2500J/cmを超え3500J/cm未満であり、3層目以上において5000J/cmを超え7500J/cm未満に制限すると共に、初層及び2層目の予熱温度及びパス間温度を200℃以下並びに3層目以上のパス間温度を300℃以下に規制し、溶接時のチップと前記ニハード鋳鉄母材との間の距離を15乃至20mmに規制することを特徴とする。
【0013】
本発明において、スラグ造滓剤とは、フラックス中の金属粉末以外の成分を指し、例えば、TiO2、SiO2、Al23、ZrO2、K2O、CaO、Li2O、MgO又はMnO等の酸化物、LiF、NaF、CaF2、K2SiF6、KF又はAlF3等の弗化物及びLi2CO3又はCaCO3等の炭酸塩である。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施例に係るニハード鋳鉄母材の高硬度金属多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法について詳細に説明する。
【0015】
本発明者等は、母材の大割れに関して、母材の大割れは母材熱影響部の割れが多層肉盛によって生じる残留応力により母材原質部に進展して発生していること、母材熱影響部の割れは主に初層と2層目の溶接入熱により粗大化した母材熱影響部の炭化物を通って高硬度金属肉盛層に発生した割れを起点として発生したものであること、母材熱影響部の割れの中でも炭化物の粗大化が著しく、割れ長さの長いものが、多層肉盛によって生じる残留応力により優先的に進展して母材に大割れを引き起こすこと及び母材熱影響部の割れについて、割れ間隔と割れ長さとの間には、割れ間隔が広いほど割れ長さが長く、割れ間隔が狭いほど割れ長さが短くなる関係を有すること等の知見を得た。
【0016】
即ち、母材熱影響部の炭化物の粗大化と、初層と2層目の高硬度金属肉盛層の割れ間隔を調整することにより、母材熱影響部の割れの間隔と長さとを調整することが可能となる。このため母材の大割れを回避することができることを見出した。
【0017】
上述の知見に基づいて、溶接作業性又は合金成分の調整が比較的容易なフラックス入りワイヤを使用して鋭意実験研究を重ねた結果、母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制するため、母材の化学成分の調整、初層と2層目の肉盛層の溶接入熱量並びに予熱温度及びパス間温度の制限を行うことと、初層と2層目の肉盛層の溶接入熱量、予熱温度及びパス間温度の制限並びにフラックス入りワイヤの化学成分の調整を行うこととを同時に行うことにより、母材熱影響部の割れ間隔を狭く、かつ割れ長さを短くすることが可能となり、多層肉盛後の母材の大割れ防止することができることを見出した。
【0018】
一方、多層肉盛した高硬度金属の割れについては、肉盛層の割れは前層の肉盛層に発生した割れが連続的に進展して形成され、割れの進展は肉盛層が炭化物の晶出量及び析出量の多い高硬度金属であるほど顕著であること並びに融合不良、溶け込み不足、ピット及びスラグ巻き等の溶接欠陥は剥離又は欠けを誘発すること等の知見を得た。
【0019】
即ち、狭い間隔の割れを形成するため、従来技術のように、溶接入熱量を抑える必要はなく、割れの進展を促進する高硬度金属を得るためワイヤの成分調整を行い、ワイヤはスラグ巻きを抑制するためスラグ量を制限し、融合不良、溶け込み不足及びピット等の溶接欠陥を抑制し、かつ溶け込み形状を深溶け込みとしないために3層目以上の肉盛層の溶接入熱及びパス間温度を調整することを同時に行うことにより、高硬度金属肉盛層の剥離又は欠けを防ぐことができることを見出した。
【0020】
また、溶接チップへのスパッタ付着によるワイヤ送給の劣化及びこれによる溶接作業能率の阻害に対しては、スパッタ発生量を低減するためフラックス入りワイヤの化学成分を調整し、チップへのスパッタ付着を抑制するためチップと母材との間の距離を所定に調整することを同時に行うことにより、解決することができることを見出した。
【0021】
本発明は、上述の知見に基づいてなされたものであり、具体的には、延性の向上と母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制するため、ニハード鋳鉄母材の化学成分は、C:1.50乃至2.50質量%、Si:1.00乃至2.00質量%、Mn:0.50乃至1.50質量%、Ni:4.80乃至5.80質量%、Cr:10.50乃至12.00質量%、Mo:0.05乃至1.00質量%及びV:0.01乃至0.05質量%含有する。また、肉盛層を高硬度とし、初層と2層目の肉盛層に狭い間隔で割れを形成すると共に、3層目以上の肉盛層への割れ進展を促進し、スパッタ発生量の低減し、スラグ量を制限するためフラックス入りワイヤの化学成分はワイヤ全質量当たり、C:5.55乃至6.15質量%、Si:2.00乃至2.80質量%、Mn:0.80質量%以下、Ni:0.10質量%以下、Cr:21.45乃至23.50質量%、Mo:0.95乃至1.10質量%、Al:0.01乃至0.10質量%、V:3.10乃至3.40質量%、B:0.20乃至0.30質量%、Mg:0.01乃至0.10質量%及びスラグ造滓剤の合計:0.15質量%未満する。更に、母材熱影響部の炭化物粗大化の抑制し、初層と2層目の肉盛層に狭い間隔の割れを形成するため、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量は、Hを溶接入熱量[J/cm]とし、Iを溶接電流[A]とし、Eを溶接電圧[V]とし、vを溶接速度[cm/分]としたとき、H=60×I×E/vで算出される溶接入熱量Hの値は初層及び2層目において2500J/cmを超え3500J/cm未満であり、3層目以上において5000J/cmを超え7500J/cm未満に制限すると共に、初層及び2層目の予熱温度及びパス間温度を200℃以下並びに3層目以上のパス間温度を300℃以下に規制し、溶接時のチップとニハード鋳鉄母材との間の距離を15乃至20mmに規制する。本発明は、上述のことを特徴とするニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法である。
【0022】
なお、本発明において、スラグ造滓剤とは、フラックス中の金属粉末以外の成分を指し、例えば、TiO2、SiO2、Al23、ZrO2、K2O、CaO、Li2O、MgO又はMnO等の酸化物、LiF、NaF、CaF2、K2SiF6、KF又はAlF3等の弗化物及びLi2CO3又はCaCO3等の炭酸塩である。
【0023】
本実施例においては、上述の各要件を同時に実施することにより、ニハード鋳鉄母材の高硬度多層肉盛において、母材の大割れ、高硬度金属の剥離又は欠け及びワイヤ送給劣化による溶接作業能率の阻害を防止することができ、高能率な耐摩耗肉盛が可能になる。
【0024】
以下、本発明のニハード鋳鉄母材の高硬度金属多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法の数値限定理由について説明する。
【0025】
ニハード鋳鉄母材の化学成分
C:1.50乃至2.50質量%
CはCr、Mo又はV等の炭化物形成元素と結合して炭化物を晶出及び析出し耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Cの含有量が1.50質量%未満では、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、肉盛層の硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Cの含有量が2.50質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、母材熱影響部の炭化物粗大化が著しくなり、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。また、靭性が著しく劣化し母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のCの含有量は1.50乃至2.50質量%とする。
【0026】
Si:1.00乃至2.00質量%
Siは鋳造欠陥を防止する観点から脱酸材として添加される。Siの含有量が1.00質量%未満では鋳造欠陥を防止する効果を得ることができず、母材に鋳造欠陥が発生して初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材に大割れを引き起こす。一方、Siの含有量が2.00質量%を超えると、靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のSiの含有量は1.00乃至2.00質量%とする。
【0027】
Mn:0.50乃至1.50質量%
Mnは靭性を向上させると共に、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Mnの含有量が0.50質量%未満では靭性が改善されない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Mnの含有量が1.50質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性が得られない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のMnの含有量は0.50乃至1.50質量%とする。
【0028】
Ni:4.80乃至5.80質量%
Niは靭性及び延性を向上させると共に、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Niの含有量が4.80質量%未満では、靭性及び延性が改善されない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、溶接熱影響部の炭化物の粗大化を防止できず、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Niの含有量が5.80質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のNiの含有量は4.80乃至5.80質量%とする。
【0029】
Cr:10.50乃至12.00質量%
CrはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Crの含有量が10.50質量%未満では、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Crの含有量が12.00質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。また、靭性が著しく劣化して母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のCrの含有量は10.50乃至12.00質量%とする。
【0030】
Mo:0.05乃至1.00質量%
MoはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Moの含有量が0.05質量%未満では、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Moの含有量が1.00質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。また、靭性が著しく劣化して母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のMoの含有量は0.05乃至1.00質量%とする。
【0031】
V:0.01乃至0.05質量%
VはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Vの含有量が0.01質量%未満では、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。一方、Vの含有量が0.05質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。また、靭性が著しく劣化して母材に大割れを引き起こす。従って、ニハード鋳鉄母材のVの含有量は0.01乃至0.05質量%とする。
【0032】
フラックス入りワイヤの化学成分
C:5.55乃至6.15質量%
CはCr、Mo、V又はB等の炭化物形成元素と結合して炭化物を晶出及び析出し、肉盛層を高硬度にして耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度との複合効果により、肉盛層の割れの進展を促進し、高硬度金属肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、Cの含有量が5.55質量%未満では肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、初層と2層目の肉盛層の肉盛層の割れ間隔が広がって母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Cの含有量が6.15質量%を超えると、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、延性又は靭性が損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き越す。従って、フラックス入りワイヤのCの含有量は5.55乃至6.15質量%とする。
【0033】
Si:2.00乃至2.80質量%
Siは脱酸に有効な合金元素であり、ピットの発生を抑制する効果がある。また、溶融金属のなじみ性を向上させてビード形状を整える効果も有する。しかし、Siが2.00質量%未満では脱酸不足となってピットが発生し、溶融金属のなじみ性が改善しないことからビード形状が不良となって融合不良又は溶け込み不足が発生する。このため、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Siの含有量が2.80質量%を超えると、靭性が著しく損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのSiの含有量は2.00乃至2.80質量%とする。
【0034】
Mn:0.80質量%以下
Mnは0.80質量%を超えて含有すると、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを抑制することができない。更に、肉盛層の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのMnの含有量は0.80質量%以下とする。
【0035】
Ni:0.10質量%以下
Niは0.10質量%を超えて含有すると、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなって、母材に大割れを引き起こす。更に、肉盛層の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのNiの含有量は0.10質量%以下とする。
【0036】
Cr:21.45乃至23.50質量%
CrはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、肉盛層を高硬度にして耐摩耗性を向上する。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度との複合効果により肉盛層の割れ進展を促進し、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、Crの含有量が21.45質量%未満では、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなって、母材に大割れを引き起こす。更に、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Crの含有量が23.50質量%を超えると炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのCrの含有量は21.45乃至23.50質量%とする。
【0037】
Mo:0.95乃至1.10質量%
MoはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、肉盛層を高硬度にして耐摩耗性を向上する。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度との複合効果により肉盛層の割れ進展を促進し、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、Moの含有量が0.95質量%未満では、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなって、母材に大割れを引き起こす。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Moの含有量が1.10質量%を超えると炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのMoの含有量は0.95乃至1.10質量%とする。
【0038】
Al:0.01乃至0.10質量%
Alは脱酸に有効な合金元素であり、ピットの発生を抑制する効果がある。しかし、Alの含有量が0.01質量%未満では脱酸不足になりピットが発生する。このため、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Alの含有量が0.10質量%を超えると、スパッタの発生量が著しく増加し、チップと母材との距離を所定の距離に調整してもチップへのスパッタ付着が激しく、その除去作業により溶接作業能率が著しく劣化する。従って、フラックス入りワイヤのAlの含有量は0.01乃至0.10質量%とする。
【0039】
V:3.10乃至3.40質量%
VはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、肉盛層を高硬度にして耐摩耗性を向上する。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度との複合効果により肉盛層の割れ進展を促進し、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、Vの含有量が3.10質量%未満では、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなって、母材に大割れを引き起こす。更に、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Vの含有量が3.40質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、延性及び靭性が著しく損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのVの含有量は3.10乃至3.40質量%とする。
【0040】
B:0.20乃至0.30質量%
BはCと結合して炭化物を晶出及び析出し、肉盛層を高硬度にして耐摩耗性を向上させる。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量と、予熱温度及びパス間温度と、母材の化学成分との複合効果により、母材熱影響部の割れ間隔を調整し、母材の大割れを防止する効果を有する。更に、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度との複合効果により肉盛層の割れ進展を促進し、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、Bの含有量が0.20質量%未満では、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり硬度が低下して十分な耐摩耗性を得ることができない。また、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱、予熱温度及びパス間温度並びに母材の化学成分を本発明の範囲に調整しても、肉盛層の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、母材熱影響部の割れ長さが長くなって、母材に大割れを引き起こす。更に、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Bの含有量が0.30質量%を超えると、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、延性及び靭性が著しく損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、フラックス入りワイヤのBの含有量は0.20乃至0.30質量%とする。
【0041】
Mg:0.01乃至0.10質量%
Mgは脱酸に有効な合金元素であり、ピットの発生を抑制する効果がある。しかし、Mgの含有量が0.01質量%未満では、ピットの発生を抑制する効果を得ることができず、ピットが発生する。このため、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量及びパス間温度を本発明の範囲に調整しても、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、Mgの含有量が0.10質量%を超えると、スパッタの発生量が著しく増加して、チップと母材との距離を所定の距離に調整してもチップへのスパッタの付着が激しく、その除去作業により溶接作業能率が著しく劣化する。従って、フラックス入りワイヤのMgの含有量は0.01乃至0.10質量%とする。
【0042】
スラグ造滓剤の合計:0.15質量%未満
スラグ造滓剤は0.15質量%以上含有するとスラグ巻きが発生する。このため、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層においては剥離又は欠けを引き起こす。なお、本発明においてスラグ造滓剤とは、フラックス中の金属粉末以外の成分を指し、例えば、TiO2、SiO2、Al23、ZrO2、K2O、CaO、Li2O、MgO又はMnO等の酸化物、LiF、NaF、CaF2、K2SiF6、KF又はAlF3等の弗化物及びLi2CO3又はCaCO3等の炭酸塩である。従って、フラックス入りワイヤのスラグ造滓剤の含有量は0.15質量%未満とする。
【0043】
初層及び2層目における溶接入熱量Hの値:2500J/cmを超え3500J/cm未満
初層及び2層目の溶接入熱量Hの値は、母材熱影響部の炭化物粗大化を抑制する作用と、初層及び2層目肉盛層に狭い間隔の割れを形成する作用とがあり、母材と、フラックス入りワイヤの化学成分と、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度との複合効果により、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、Hを溶接入熱量[J/cm]とし、Iを溶接電流[A]とし、Eを溶接電圧[V]とし、vを溶接速度[cm/分]としたとき、H=60×I×E/vで算出される初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量Hの値が2500J/cm以下では、融合不良又は溶け込み不足が生じ、初層及び2層目肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量Hの値が3500J/cm以上では、母材熱影響部の炭化物の粗大化が抑制できず、母材と、フラックス入りワイヤの化学成分と、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。従って、溶接入熱量Hの値は初層及び2層目肉盛層において、2500J/cmを超え3500J/cm未満とする。
【0044】
3層目以上の溶接入熱量Hの値:5000J/cmを超え7500J/cm未満
3層目以上の肉盛層の溶接入熱量Hの値は、融合不良又は溶け込み不足等の溶接欠陥の発生を抑えて、肉盛層の割れ進展を促進する作用があり、3層目以上の肉盛層のパス間温度とフラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、肉盛層の割れを進展させ、肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、溶接入熱量Hの値が5000J/cm以下では、融合不良又は溶け込み不足等の溶接欠陥が発生し、肉盛層の割れの進展が損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。一方、溶接入熱量Hの値が7500J/cm以上では、溶け込み形状が深溶け込みとなり、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層のパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、3層目以上の溶接入熱量Hの値は5000J/cmを超え7500J/cm未満とする。
【0045】
初層及び2層目の予熱温度及びパス間温度:200℃以下
初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度は、母材熱影響部の炭化物粗大化を抑制する作用と、初層及び2層目肉盛層に狭い間隔の割れを形成する作用とがあり、母材と、フラックス入りワイヤの化学成分と、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度との複合効果により、母材の大割れを防止する効果を有する。しかし、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度が200℃を超えると、母材熱影響部の炭化物の粗大化が抑制できず、母材と、フラックス入りワイヤの化学成分と、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度とを本発明の範囲に調整しても、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材に大割れを引き起こす。従って、初層及び2層目の予熱温度及びパス間温度は200℃以下に規制する。
【0046】
3層目以上のパス間温度を300℃以下
3層目以上のパス間温度は、融合不良又は溶け込み不足等の溶接欠陥の発生を抑えて、肉盛層の割れを促進する作用があり、3層目以上の肉盛層のパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分との複合効果により、肉盛層の割れを進展し、肉盛層の剥離又は欠けを防止する効果を有する。しかし、3層目以上のパス間温度が300℃超えると、溶け込み形状が深溶け込みとなり、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層のパス間温度と、フラックス入りワイヤの化学成分とを本発明の範囲に調整しても、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けを引き起こす。従って、3層目以上のパス間温度は300℃以下に規制する。
【0047】
チップとニハード鋳鉄母材との間の距離:15乃至20mm
チップとニハード鋳鉄母材との間の距離が15mm未満では、フラックス入りワイヤの化学成分を本発明の範囲に調整しても、チップへのスパッタ付着が激しいため、ワイヤ送給が阻害されて溶接作業能率が劣化してしまう。このため、チップとニハード鋳鉄母材との間の距離を15mm以上とする。一方、極端にチップとニハード鋳鉄母材との間の距離を離すとシールド不足になり、ピットが発生して、肉盛金属の割れ進展が損なわれ、肉盛層の剥離又は欠けが発生してしまう。このため、チップとニハード鋳鉄母材との間の距離の上限を20mmとした。従って、チップとニハード鋳鉄母材との間の距離は15乃至20mmに規制する。
【0048】
上述の各要素を同時に実施することにより、ニハード鋳鉄母材の高硬度金属多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接において、母材の大割れ及び溶接金属の剥離又は欠けを防止することができ、高能率な溶接が可能となる。
【0049】
【実施例】
以下、本発明の範囲に入るニハード鋳鉄母材の高硬度金属多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法の実施例について、その特性を比較例と比較して具体的に説明する。
【0050】
表1に示す化学成分を有し、板厚が150mm、板幅が300mm、長さが500mmのニハード鋳鉄母材について、表2に示す化学成分を有する金属外皮にフラックスを充填してなる直径が1.6mmの表3乃至表8に示すフラックス入りワイヤを使用して、表9乃至12に示す溶接条件で肉盛厚さが55乃至60mm、肉盛幅が150乃至160mm、肉盛長さが400乃至410mmの多層肉盛溶接を行い、各種試験に供した。なお、表9乃至12に示す溶接条件以外の多層肉盛溶接に共通な溶接条件は、電流を200乃至300A(DCEP)、電圧を20乃至30V、溶接速度を60乃至110cm/分、シールドガスを100%CO2、ガス流量を20乃至25リットル/分とした。また、表1に示す母材の化学成分の欄において、例えば、<0.05は0.05未満を示す。
【0051】
試験は能率性評価試験、硬さ試験、断面マクロ試験及び衝撃試験について行った。
【0052】
能率性評価試験は、多層肉盛溶接におけるチップへのスパッタ付着によるワイヤ送給停止の有無を調査した。評価は、ワイヤ送給停止がない場合を○とし、ワイヤ送給停止がある場合を×とした。
【0053】
硬さ試験は、母材及び肉盛層について、夫々5mmピッチで20点について、294Nの荷重でビッカース硬さHvを測定した。評価は全ての測定点でHvが600乃至950内のものを○とし、全ての測定点でHvが400乃至750内のものを×とした。
【0054】
断面マクロ試験は、断面マクロ試験片を切り出し、この断面マクロ試験片の断面マクロ観察を行い、融合不良、溶け込み不足、ピット及びスラグ巻きの溶接欠陥の有無を検査した。評価は1層当たりの溶接欠陥発生個数が5個以下を○、5個を超えるものを×とした。
【0055】
衝撃試験は、重さが4kgの鋼製ハンマを6m/秒の速度にて30回、肉盛表面に衝突させて、肉盛層及び母材熱影響部について剥離又は欠けの有無を目視で観察し、母材についても、同様に大割れの有無を目視で観察した。評価は、剥離又は欠け及び大割れがないものを○とし、剥離又は欠け及び大割れがあるものを×とした。これらの結果を表13乃至20に示す。
【0056】
【表1】
Figure 0003971074
【0057】
【表2】
Figure 0003971074
【0058】
【表3】
Figure 0003971074
【0059】
【表4】
Figure 0003971074
【0060】
【表5】
Figure 0003971074
【0061】
【表6】
Figure 0003971074
【0062】
【表7】
Figure 0003971074
【0063】
【表8】
Figure 0003971074
【0064】
【表9】
Figure 0003971074
【0065】
【表10】
Figure 0003971074
【0066】
【表11】
Figure 0003971074
【0067】
【表12】
Figure 0003971074
【0068】
【表13】
Figure 0003971074
【0069】
【表14】
Figure 0003971074
【0070】
【表15】
Figure 0003971074
【0071】
【表16】
Figure 0003971074
【0072】
【表17】
Figure 0003971074
【0073】
【表18】
Figure 0003971074
【0074】
【表19】
Figure 0003971074
【0075】
【表20】
Figure 0003971074
【0076】
上記表13及び表14に示す本発明の範囲に入る実施例No.1乃至20は能率性評価、硬さ試験、断面マクロ試験及び衝撃試験について良好な結果を得ることができた。一方、表15乃至20に示す比較例No.21乃至68は能率性評価、硬さ試験、断面マクロ試験及び衝撃試験について良好な結果を得ることができなかった。
【0077】
比較例No.21は、フラックス入りワイヤのCの含有量が本発明の範囲未満であるため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層及び母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材原質部に大割れが生じた。
【0078】
比較例No.22は、フラックス入りワイヤのCの含有量が本発明の範囲を超えているため、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0079】
比較例No.23は、フラックス入りワイヤのSiの含有量が本発明の範囲未満であるため、脱酸不足になり初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じた。また、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層及び母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。
【0080】
比較例No.24は、フラックス入りワイヤのSiの含有量が本発明の範囲を超えているため、靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0081】
比較例No.25は、フラックス入りワイヤのMnの含有量が本発明の範囲を超えているため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0082】
比較例No.26は、フラックス入りワイヤのNiの含有量が本発明の範囲を超えているため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0083】
比較例No.27は、フラックス入りワイヤのCrの含有量が本発明の範囲未満であるため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0084】
比較例No.28は、フラックス入りワイヤのCrの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0085】
比較例No.29は、フラックス入りワイヤのMoの含有量が本発明の範囲未満であるため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0086】
比較例No.30は、フラックス入りワイヤのMoの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0087】
比較例No.31は、フラックス入りワイヤのAlの含有量が本発明の範囲未満であるため、脱酸不足になり初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じた。また、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層及び母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。
【0088】
比較例No.32は、フラックス入りワイヤのAlの含有量が本発明の範囲を超えているため、スパッタの発生量が著しく増加し、チップへのスパッタ付着によりワイヤ送給が停止した。
【0089】
比較例No.33は、フラックス入りワイヤのVの含有量が本発明の範囲未満であるため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0090】
比較例No.34は、フラックス入りワイヤのVの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0091】
比較例No.35は、フラックス入りワイヤのBの含有量が本発明の範囲未満であるため、肉盛層の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、肉盛層の硬さが劣った。また、肉盛層の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。更に、肉盛金属の割れ進展も損なわれ、3層目以上の肉盛層の剥離又は欠けが生じた。
【0092】
比較例No.36は、フラックス入りワイヤのBの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0093】
比較例No.37は、フラックス入りワイヤのMgの含有量が本発明の範囲未満であるため、脱酸不足になり初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じた。また、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層及び母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。
【0094】
比較例No.38は、フラックス入りワイヤのMgの含有量が本発明の範囲を超えているため、スパッタの発生量が著しく増加し、チップへのスパッタ付着によりワイヤ送給が停止した。
【0095】
比較例No.39は、フラックス入りワイヤのスラグ造滓剤の含有量が本発明の範囲以上であるため、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じた。また、スラグ巻きが発生したため、肉盛層の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層及び母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。
【0096】
比較例No.40は、フラックス入りワイヤのAl及びMgの含有量が夫々本発明の範囲を超えているため、スパッタの発生量が著しく増加し、チップへのスパッタ付着によりワイヤ送給が停止した。
【0097】
比較例No.41は、フラックス入りワイヤのMo及びVの含有量が夫々本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多となり、延性及び靭性が著しく損なわれ、初層及び2層目の肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0098】
比較例No.42は、ニハード鋳鉄母材のCの含有量が本発明の範囲未満であるため、母材の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、母材の硬さが劣った。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。
【0099】
比較例No.43は、ニハード鋳鉄母材のCの含有量が本発明の範囲を超えているため、母材の炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0100】
比較例No.44は、ニハード鋳鉄母材のSiの含有量が本発明の範囲未満であるため、脱酸不足になり鋳造欠陥が生じ、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材原質部に大割れが生じた。
【0101】
比較例No.45は、ニハード鋳鉄母材のSiの含有量が本発明の範囲を超えているため、靭性が著しく損なわれて、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材原質部に大割れが生じた。
【0102】
比較例No.46は、ニハード鋳鉄母材のMnの含有量が本発明の範囲未満であるため、靭性が改善されないと共に、母材熱影響部の炭化物の粗大化を防止することができないので、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0103】
比較例No.47は、ニハード鋳鉄母材のMnの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、母材の硬さが劣った。また、母材の熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材の熱影響部の割れ間隔が広がり割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0104】
比較例No.48は、ニハード鋳鉄母材のNiの含有量が本発明の範囲未満であるため、靭性及び延性が改善されず、また、母材熱影響部の炭化物の粗大化を防止することができないので、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0105】
比較例No.49は、ニハード鋳鉄母材のNiの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、母材の硬さが劣った。また、母材の熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材の熱影響部の割れ間隔が広がり割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0106】
比較例No.50は、ニハード鋳鉄母材のCrの含有量が本発明の範囲未満であるため、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、母材の硬さが劣った。また、母材の熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材の熱影響部の割れ間隔が広がり割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0107】
比較例No.51は、ニハード鋳鉄母材のCrの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0108】
比較例No.52は、ニハード鋳鉄母材のMoの含有量が本発明の範囲未満であるため、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、母材の硬さが劣った。また、母材の熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材の熱影響部の割れ間隔が広がり割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0109】
比較例No.53は、ニハード鋳鉄母材のMoの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0110】
比較例No.54は、ニハード鋳鉄母材のVの含有量が本発明の範囲未満であるため、炭化物の晶出量及び析出量が少なくなり、母材の硬さが劣った。また、母材の熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材の熱影響部の割れ間隔が広がり割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0111】
比較例No.55は、ニハード鋳鉄母材のVの含有量が本発明の範囲を超えているため、炭化物の晶出量及び析出量が過多になり、母材熱影響部の炭化物の粗大化が著しくなり、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じた。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0112】
比較例No.56は、ニハード鋳鉄母材のC及びMnの含有量が夫々本発明の範囲を超えているため、母材の炭化物の晶出量及び析出量の増減はC及びMnの作用により相殺された。また、靭性が著しく劣化して、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0113】
比較例No.57は、ニハード鋳鉄母材のC及びSiの含有量が本発明の範囲を超えているため、靭性が著しく損なわれ、母材熱影響部に剥離又は欠けが生じ、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなると共に、靭性が著しく劣化して母材原質部に大割れが生じた。
【0114】
比較例No.58は、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量が本発明の範囲未満であるため、初層及び2層目肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じると共に、初層及び2層目肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0115】
比較例No.59は、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量が本発明の範囲を超えているため、母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制することができず、母材熱影響部に剥離又は欠けを生じさせると共に、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0116】
比較例No.60は、初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度が本発明の範囲を超えているため、母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制することができず、母材熱影響部に剥離又は欠けを生じさせると共に、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0117】
比較例No.61は、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量が本発明の範囲未満であるため、3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じ、肉盛層の割れの進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0118】
比較例No.62は、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量が本発明の範囲を超えているため、3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じ、特に、溶け込み形状が深溶け込みなり肉盛層の割れの進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0119】
比較例No.63は、3層目以上の肉盛層のパス間温度が本発明の範囲を超えているため、3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じ、特に、溶け込み形状が深溶け込みなり肉盛層の割れの進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0120】
比較例No.64は、チップとニハード鋳鉄母材との間の距離が本発明の範囲未満であるため、チップにスパッタ付着が激しくなり、ワイヤ送給が停止した。
【0121】
比較例No.65は、チップとニハード鋳鉄母材との間の距離が本発明の範囲を超えているため、シールドが不足し、初層及び2層目肉盛層並びに3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じると共に、肉盛金属の割れ進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0122】
比較例No.66は、ニハード鋳鉄母材のCの含有量が本発明の範囲未満であり、フラックス入りワイヤのAlの含有量が本発明の範囲を超えているため、母材の炭化物の晶出量及び析出量が低下し、母材の硬さが劣った。また、母材熱影響部の割れ間隔が広がり母材熱影響部に剥離又は欠けが生じると共に、母材原質部に大割れが生じた。
【0123】
比較例No.67は、初層及び2層目肉盛層の溶接入熱量並びに初層及び2層目肉盛層の予熱温度及びパス間温度が本発明の範囲を超えているため、母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制することができず、母材熱影響部に剥離又は欠けを生じさせると共に、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。
【0124】
比較例No.68は、初層の溶接入熱量が本発明の範囲を超え、3層目以上の肉盛層の溶接入熱量が本発明の範囲未満であるため、母材熱影響部の炭化物の粗大化を抑制することができず、母材熱影響部に剥離又は欠けを生じさせると共に、母材熱影響部の割れ間隔が広がり、割れ長さが長くなり、母材原質部に大割れが生じた。また、3層目以上の肉盛層に融合不良、溶け込み不足、ピット又はスラグ巻きが生じると共に、肉盛層の割れの進展が損なわれ、3層目以上の肉盛層に剥離又は欠けが生じた。
【0125】
【発明の効果】
以上詳述したように本発明においては、母材の大割れ及び溶接金属の剥離又は欠けが生じることなく、高能率で高硬度金属肉盛層を形成する溶接をすることができる。

Claims (1)

  1. 高硬度金属を少なくとも3層以上多層肉盛するニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法において、前記ニハード鋳鉄母材は、C:1.50乃至2.50質量%、Si:1.00乃至2.00質量%、Mn:0.50乃至1.50質量%、Ni:4.80乃至5.80質量%、Cr:10.50乃至12.00質量%、Mo:0.05乃至1.00質量%及びV:0.01乃至0.05質量%含有し、溶接材料として、金属外皮にフラックスを充填してなるフラックス入りワイヤであって、前記金属外皮及び前記フラックスのいずれか一方又は双方から添加される成分元素の合計がワイヤ全質量当たり、C:5.55乃至6.15質量%、Si:2.00乃至2.80質量%、Mn:0.80質量%以下、Ni:0.10質量%以下、Cr:21.45乃至23.50質量%、Mo:0.95乃至1.10質量%、Al:0.01乃至0.10質量%、V:3.10乃至3.40質量%、B:0.20乃至0.30質量%、Mg:0.01乃至0.10質量%及びスラグ造滓剤の合計:0.15質量%未満であるフラックス入りワイヤを使用し、Hを溶接入熱量[J/cm]とし、Iを溶接電流[A]とし、Eを溶接電圧[V]とし、vを溶接速度[cm/分]としたとき、H=60×I×E/vで算出される溶接入熱量Hの値は初層及び2層目において2500J/cmを超え3500J/cm未満であり、3層目以上において5000J/cmを超え7500J/cm未満に制限すると共に、初層及び2層目の予熱温度及びパス間温度を200℃以下並びに3層目以上のパス間温度を300℃以下に規制し、溶接時のチップと前記ニハード鋳鉄母材との間の距離を15乃至20mmに規制することを特徴とするニハード鋳鉄母材の多層肉盛炭酸ガスシールドアーク溶接方法。
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