JP3953601B2 - ガンマーデカラクトン及びガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法 - Google Patents
ガンマーデカラクトン及びガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法 Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、食品や医薬品に使用されている酵母菌体を基質として用い、この酵母菌体に含まれる不飽和脂肪酸を、不飽和脂肪酸のヒドロキシル化能を有する第1の微生物によってヒドロキシル化し、更にベータ酸化能を持つ第2の微生物によって処理することにより、アルコール飲料、食品、香料などに用いることができるガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物を製造する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
環状エステルであるラクトン類のうち、ガンマーデカラクトン、ガンマードデカラクトンなどはピーチに似た甘い香を持っており、従来より香料の調製成分として用いられている。また、これらは食品、香粧品の調合用素材としても有用である。ガンマーデカラクトンとガンマードデカラクトンの構造式を化1に示す。
【0003】
【化1】
(上記構造式において、n=5がガンマーデカラクトン、n=7がガンマードデカラクトンである。)
【0004】
ガンマーデカラクトン、ガンマードデカラクトンなどのガンマーラクトンは、果実などの天然物に含有されているが、一般的に含有量が極めて少ないため、天然物から分離精製し、利用することは極めて困難である。化学合成法によるガンマーラクトン類の製造法としては、特開昭55−133371号公報に、第1級アルコールとアクリル酸エステルとを有機過酸化物と鉱酸及び/又は有機酸の存在下に反応させて合成する方法が開示されている。
【0005】
また、特開平4−275282号公報及び特開平4−275283号公報には、第1級アルコール並びに第2級アルコールと2−アルケン酸エステル類から有機過酸化物及び含窒素化合物の存在下又は1、1−ビス−t−ブチルパーオキシシクロヘキサンの存在下に加熱反応によって合成する方法などが開示されている。
【0006】
一方、微生物を利用した発酵法によるガンマーラクトン類の生産も試みられている。特開昭59−82090号及び特開昭61−238708号公報には、ヒマシ油(カスターオイル)を、サッカロミセス(Saccharomyces)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、キャンディダ(Candida)属及びピキア(Pichia)属酵母を用いて発酵処理し、ヒマシ油中の構成脂肪酸の90%を占めるリシノール酸から、ガンマーデカラクトンを生成させ、皮膚感を良好にし、不快臭を除去し、香気を改良する方法が開示されている。
【0007】
また、特開平3−117494号公報には、ヒドロキシ脂肪酸を基質として酵母を用いてガンマーラクトンを生成する方法が、特開平3−198787号公報には、10−オキソステアリン酸からベータ酸化能を有する微生物によってガンマードデカラクトンを生産する方法が開示されているが、これらの基質の製造方法については言及されていない。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
ガンマーデカラクトンは香料として食品に添加したり、芳香成分として高濃度含有する食品、飲料、アルコール飲料などを製造する用途があるが、食品としての安全性を考慮すると、複雑な化学合成工程は含まないことが望ましい。また、用いる微生物も古くから食品に用いられ、有害な副産物の産生のないことが判明し、安全性の確立した微生物であることが望ましい。更に、ガンマーラクトンを生産する原材料として、特定の高価な物質等を添加することなく、従来より食品製造に用いられてきた天然物のみで行える方法の開発が強く望まれていた。
【0009】
また、グルコースなどの利用されやすい糖類の添加により特定の酵素の合成が低下することが古くから知られており、この現象はカタボライト抑制と呼ばれている。ラクトン類の生物変換に必要なベータ酸化系の酵素も、用いた培地中にグルコースなどが高濃度含有されていると糖によるカタボライト抑制を受け、結果としてラクトン類の生成量の著しい減少が見られる。しかし、グルコースなどを糖源として用いると酵母類の生育が速くなることや、自然界にグルコースなどの糖を含有する天然培地が存在することから、グルコースなどの糖を用いてもラクトン類の生成を行える系の開発が望まれていた。
【0010】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、従来から食品製造に用いられてきた天然の食品用原材料を用いて、ガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを高濃度に含有する液体組成物を製造できる方法を提供することを目的とする。また、グルコースを高濃度に含有する培地を用いた場合でも、カタボライト抑制による生成量の著しい減少がなく、ガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを高濃度生産できる方法を提供することを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明によれば、不飽和脂肪酸を含有する酵母菌体を基質として用い、当該基質として用いる酵母菌体を加熱によって溶解させ、当該基質に含有される不飽和脂肪酸を、不飽和脂肪酸のヒドロキシル化能を有する第1微生物によってヒドロキシル化し、更にベータ酸化能を有する第2微生物によって処理することを特徴とするガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法、が提供される。
【0013】
更に、本発明によれば、上記の製造方法により得られたガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物に、エタノールを含有する溶液を添加し、蒸留することを特徴とするガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法、が提供される。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、従来より食品の製造などに用いられてきた酵母菌体を不飽和脂肪酸の供給源として用い、この酵母菌体を溶菌することにより培地中に放出された不飽和脂肪酸を、不飽和脂肪酸のヒドロキシル化能を有する第1の微生物によってヒドロキシル化し、更に、ベータ酸化能を有する第2の微生物で処理することによってガンマーラクトン類を高濃度生成することに成功した。更に、グルコースによるベータ酸化の抑制が解除された菌株を効率良く造成する方法を開発し、得られた菌株を用いることにより、グルコースなどの糖類を高濃度含有する培地中でもガンマーラクトン類を高濃度生産することに成功した。
【0015】
本発明において基質として用いる酵母菌体は、不飽和脂肪酸を含有するものであればどのような株でもよいが、特に従来より広く食品業界で用いられてきたサッカロミセス(Saccharomyces)属に属する酵母が有利である。かかる酵母としては、例えば、市販のパン酵母や清酒醸造用酵母(日本醸造協会より市販)、あるいはSaccharomyces cerevisiae S288C(米国酵母遺伝保存センター分譲菌)などの公知自由分譲株を挙げることができるが、サッカロミセス属以外の酵母菌株、例えばトルラスポラ(Torulaspora)属酵母、サッカロミコデス(Saccharomycodes)属酵母、キャンディダ(Candida)属酵母などを用いても差し支えない。
【0016】
また、容易に溶菌できる温度感受性自己消化酵母を用いてもよい。温度感受性自己消化酵母としては、サッカロミセス・セレビシエ233、254、308、315、X3119−12、X3124−4B(以上米国酵母遺伝保存センター分譲菌)などの公知自由分譲株を用いることができるが、一般にこれらの実験室用酵母由来の変異株は、野生酵母に比べて増殖速度が遅い上に30℃程度でも弱い自己消化を示すものが多く、培養が容易とは言い難い。
【0017】
そこで、温度感受性自己消化酵母として、従来より知られている方法(J.Bacteriol.,124,1604(1975))により作製した変異株を適宜用いるようにしてもよい。発明者らは、本法を用いて、以下に記述するようにアルコール生産酵母サッカロミセス・セレビシエN130(FERM P−16365)株より温度感受性自己消化酵母サッカロミセス・セレビシエOII−33(FERM P−16364)株を造成した。
【0018】
まず、ニッカウヰスキー株式会社保存菌株であるアルコール生産酵母サッカロミセス・セレビシエN130株(以下、「N130」と略す。)を親株として用い、YPD培地(酵母エキス1%、ペプトン2%、グルコース2%)で定常期まで培養した後、滅菌水で数回洗浄した。一般的には、紫外線の照射や薬剤処理などの公知の変異誘導法によって変異率を高めてもよいが、これらの変異誘導法によって自己消化能以外の性質に変化が起こることを避けるため、ここではそのままYPDプレート一枚あたりの細胞数が約1000個になるように植菌し、25℃で3日間培養した。生育してきたコロニーを数枚のYPDプレートにレプリカし、37℃以上では生育できない株を選択した。更に顕微鏡を用いて37℃で自己消化を起こしている株を選択し、その中から30℃での生育が最も良い一株を分離した。
【0019】
このようにして分離した温度感受性自己消化酵母をサッカロミセス・セレビシエOII−33(Saccharomyces cerevisiae OII-33)と命名し、これを工業技術院生命工学工業技術研究所に生命研菌寄第16364号(FERM P−16364)として寄託した。
【0020】
このサッカロミセス・セレビシエOII−33株(以下「OII−33」と略す。)と親株であるN130株との菌学的性質を、ザ・イースト・ア・タキソノミック・スタディー(The Yeast a taxonomic study, 3rd edition, eds. by Kreger-van Rij, Elsevier Science Publishers, Amsterdam)の記載に基づいて検討し、その結果として表1に炭素源の資化性と発酵性を、表2に窒素源の資化性とその他の特徴を示した。
【0021】
【表1】
【0022】
【表2】
【0023】
変異誘導法によって処理することなく作製した変異株であるOII−33の菌学的性質は、表1及び表2に示すように、37℃で生育せず、溶菌すること以外は、親株であるN130と全く同一であった。
【0024】
上記に例示した酵母類は、一般に酵母の培養に用いられる培地、例えば麦汁やYPD培地のような天然培地やウィッカーハム改変培地のような合成培地に接種し、約10℃から約40℃、好ましくは20℃から30℃にて前培養を行なう。この時、菌体脂肪酸の不飽和度を上げるために振盪、撹拌もしくは無菌空気を通気することによって好気的条件下に培養させることが好ましい。培養に要する時間は、用いる酵母の菌株や培地、培養条件などによって異なるが、酵母が培養液1mlあたり108個程度になるまで培養することが好ましく、一般に12時間から72時間必要である。
【0025】
酵母菌体を充分に前培養した後、培養液をそのまま次の溶解工程に進めてもよいが、従来一般に行なわれている方法で集菌した後溶菌させてもよい。菌体を溶菌させる溶解工程は、培養液のまま、あるいは、集めた菌体を適当な培地あるいは水に懸濁した状態で行なってもよいが、パン酵母の製造工程で行なうように脱水した脱水酵母の状態で行なってもよい。
【0026】
一般的なサッカロミセス属野生酵母では、少なくとも40℃で24時間以上の加熱溶解処理が必要であるが、オートクレーブを用いて121℃15分処理でもよい。比較的低温で溶解する温度感受性自己消化酵母では、30℃で24時間程度の処理でもよいが、好ましくは、40℃で24時間、更に好ましくは50℃で24時間の処理が望まれる。一般に低温での溶解は、加熱に必要な光熱費を低減する上で有利であり、逆に50℃以上での溶解は、雑菌の混入を防止するという点で有利である。
【0027】
脱水酵母を溶菌した場合には、酵母菌体を再び一般に酵母類が生育できるような培地に懸濁する。培地としては、市販されているペプトン、酵母エキス、カザミノ酸などとグルコース、マルトースなどの糖類との混合物や、発酵飲料の原料、あるいは発酵飲料の原料とこれらとの混合物、又は廃糖蜜と尿素の混合物などからなる培地を例示することができる。また、ウィッカーハム改変培地のような合成培地を用いてもよい。
【0028】
溶解酵母菌体を懸濁した培地に不飽和脂肪酸をヒドロキシル化する能力を持った第1微生物を接種する。この能力を持った第1微生物としては、シュードモナス(Pseudomonas)属(J.Biol.Chem.,249, 2833(1974))、コリネバクテリウム(Corynebacterium)属(J.Biol.Chem.,241, 5441(1966))、ノカルディア(Nocardia)属(Appl.Envirom., 2116(1992))などが知られており、ガンマーラクトン類の生成にはどの菌株を用いることも可能であるが、従来より食品製造に用いられ、安全性の確立している乳酸菌類を用いることが望ましい。
【0029】
乳酸菌とは、炭水化物を分解し、主に乳酸を生産する細菌類の総称であり、ラクトバチルス(Lactobacillus)属、ストレプトコッカス(Streptococcus)属、ロイコノストック(Leuconostoc)属などを例示することができる。例えば、Lactobacillus casei JCM1163、Lactobacillus plantarum IAM1041、Pediococcus pentosaceus IAM1215、Leuconostoc mesenteroides IAM1233などを挙げることができる。これらの菌株は、東京大学分子生物学研究所、埼玉の理化学研究所などの公知自由分譲株として入手することができる。
【0030】
乳酸菌は、一般に乳酸菌の培養に用いる培地、例えばMRS培地やV8培地などで培養液1mlあたり106〜1010個になるまで前培養する。前培養液はそのままあるいは、遠心処理、膜処理などによって濃縮した後、加える乳酸菌が本培養液1mlあたり104〜108個になるように植菌する。このまま、約10℃から約40℃、好ましくは20℃から30℃にて12時間から48時間振盪、撹拌などによって好気的にあるいは静置培養する。この間に、溶解酵母由来の不飽和脂肪酸が相当するヒドロキシ脂肪酸に変化する。
【0031】
ヒドロキシル化した脂肪酸を含む培地にベータ酸化能を有する第2微生物を植菌する。ほとんどすべての真核細胞生物がベータ酸化能を持っていることが知られているが、ここで用いる第2微生物としては、例えば、サッカロミセス(Saccharomyces)属、ピキア(Pichia)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、キャンディダ(Candida)属、クリベロミセス(Kluyveromyces)属などを挙げることができる。
【0032】
かかる菌株としては、サッカロミセス属の市販パン酵母や、清酒醸造用酵母(日本醸造協会より市販)、あるいはSaccharomyces cerevisiae S288C(米国酵母遺伝保存センター分譲菌)などの公知自由分譲株を例示することができる。また、ピキア・ファリノーサ(Pichia farinosa)、キャンディダ・ユーチリス(Candida utilis)、ハンゼヌラ・アノマラ(Hansenula anomala)、クリベロミセス・ラクチス(Kluyveromyces lactis)などに属する公知自由分譲株を用いることも可能である。しかし、特に古来より発酵食品の生産に安全に用いられてきたサッカロミセス属酵母が有利である。
【0033】
これらのベータ酸化能を有する第2微生物を、培養液1mlあたり104〜108個になるように植菌し、約10℃から約40℃、好ましくは20℃から30℃にて培養を行なう。培養方法は一般微生物の培養方法に準じて行なわれるが、好気的培養法が有利である。これは、一般にベータ酸化が好気的反応であることに由来するが、静置培養法でも、培養開始時に溶解していた溶存酸素によってガンマーラクトン類の生成が行なわれる。好気的培養は、振盪、撹拌、通気撹拌などによって行なうことができる。
【0034】
培養時間は、培地組成や、培養温度などに応じて適宜設定されるが、酵母が培養液1mlあたり108個程度になるまで培養することが好ましく、一般に24時間から96時間必要である。また、このベータ酸化工程を先に示したヒドロキシル化工程と同時に行なうこともできる。すなわち、ヒドロキシル化能を持った第1微生物とベー夕酸化能を持った第2微生物を同時に植菌し、適宜設定された条件で培養することによってもガンマーラクトン類の生成を行なうことが可能である。
【0035】
また、グルコースを糖源として用いてもガンマーラクトン類の高濃度の生産ができるようにするためには、グルコースによるベータ酸化系の酵素群に対する抑制が解除された菌株を造成する必要があると考えられる。このような変異株を造成するために、発明者らは、グルコースの致死性アナログである2−デオキシグルコースを、ガンマーラクトンの前駆体の一つであるリシノール酸を含有する培地に加えた選択培地を作製した。
【0036】
この培地で、酵母菌体が生育するためにはリシノール酸を炭素源として利用しなければならないが、野生株では2−デオキシグルコースによるカタボライト抑制により、リシノール酸より先に致死性の2−デオキシグルコースを利用することになり死滅に至る。一方、カタボライト抑制の解除された変異株では、2−デオキシグルコースが存在してもリシノール酸を利用することができ、ベータ酸化により生じるエネルギーを用いて生育することができる。
【0037】
本選択培地としては、イースト・ニトロゲン・ベース(DIFCO社製)0.67%を含有する培地あるいはYP培地(酵母エキス1%、ペプトン2%)に2%の寒天を添加した培地を基本培地として、0.01〜0.5%、好適には0.05%のリシノール酸と50ppm以上、好適には150ppmの2−デオキシグルコースを含むものが推奨される。
【0038】
本選択培地に使用されるリシノール酸と2−デオキシグルコース以外の成分は、実質的に炭素源を含まない培地であれば特に限定されない。培養条件も酵母菌体が生育できる条件であれば特に限定されないが、通常30℃で一週間程度必要である。発明者らは本選択培地を用いてベータ酸化に対するカタボライト抑制の解除された変異株サッカロミセス・セレビシエOA−1(FERM P−16366)を得た。
【0039】
ここでカタボライト抑制解除株を得るための親株として用いられる酵母は、市販のパン酵母や清酒醸造用酵母(日本醸造協会より市販)、あるいはSaccharomyces cerevisiae S288C(米国酵母遺伝保存センター分譲菌)などの公知自由分譲株をあげることができる。これらの酵母を、酵母が増殖できる培地で適宜培養する。培養条件も特に限定されない。
【0040】
培養後、遠心分離、膜処理などによって集菌した後、滅菌水で数回洗浄することが望ましい。そのまま、あるいは、公知の変異誘導法、例えば紫外線の照射、エチルメタンスルフォネートなどの薬剤処理(微生物遺伝学実験法、石川辰夫編、1982、p193、共立出版参照)を加えた後、上述の選択培地に塗布し、生育してきた菌株を耐性株とする。更に、耐性株のラクトン生産能を調ベ、グルコースによる生産能の低下の少ない株をベータ酸化に対するカタボライト抑制の解除された変異株とする。もちろん、グルコースの存在しない条件下では、これらの変異株は、野生株を用いた場合と同様にガンマーラクトン類の生成を行なうことができる。
【0041】
なお、親株としてN130株を用いて上記方法により分離した変異株サッカロミセス・セレビシエOA−1株(以下「OA−1」と略す。)と親株であるN130株との菌学的性質を、ザ・イースト・ア・タキソノミック・スタディー(The Yeast a taxonomic study, 3rd edition, eds. by Kreger-van Rij, Elsevier Science Publishers, Amsterdam)の記載に基づいて検討し、その結果として表3に炭素源の資化性と発酵性を、表4に窒素源の資化性とその他の特徴を示した。
【0042】
【表3】
【0043】
【表4】
【0044】
変異誘導法によって処理することなく作製した変異株であるOA−1の菌学的性質は、グルコースによるベータ酸化の抑制が解除されていること以外は、表3及び表4に示すように親株であるN130と全く同一であった。
【0045】
本製法において菌株の接種や培養液の回収などの工程は、従来一般に行なわれている方法に従って行なうことができる。また、微生物の培養液より物質を単離するために一般に用いられている方法を用いて生成した液体組成物よりラクトン類を単離することもできる。培養液及び菌体にガンマーラクトン類が蓄積しているので、遠心処理などによって菌体と培養液を分離した後、あるいは、菌体が培養液中に懸濁した状態のまま、ガンマーラクトン類を抽出精製することもできる。ガンマーラクトン類は有機溶媒に溶解し、比較的高い沸点を持つので、有機溶媒での抽出や蒸留、カラムクロマトグラフィーなどの手段によって精製した後、有機溶媒を留去し、高純度、高品質のガンマーラクトンを提供することができる。
【0046】
ガンマーラクトン類を含有する液体組成物にエタノールを含有する液体を添加し、あるいは、添加した後、蒸留してもよい。エタノールを含有する液体としては、例えば、アルコール飲料を製造するために醸造した発酵液、エタノールを含有する水溶液などが挙げられる。発酵液は、ウイスキー、ビール、ワイン、焼酎、清酒などを製造する途中の醸造液でもよい。
【0047】
本発明において、酵母菌体を基質に用いてガンマーラクトン類が生成する詳細なメカニズムは必ずしも明らかではないが、酵母菌体の細胞壁中に多く含まれる不飽和脂肪酸、特にパルミトオレイン酸とオレイン酸が、菌体が溶解することによって乳酸菌などの他の微生物との接触が可能になり、ヒドロキシル化されることから始まるものと考えられる。ヒドロキシル化されたパルミトオレイン酸とオレイン酸は、更にベータ酸化されてそれぞれデカラクトンとドデカラクトンに変換される。したがって、基質となる酵母菌体中のパルミトオレイン酸とオレイン酸の量によって生成してくるデカラクトンとドデカラクトンの量が左右される。
【0048】
【実施例】
以下に実施例を示し、具体的に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。なお、下記の実施例中、ガンマーラクトン類の分析は、得られた液体組成物をヘキサンで抽出した後、ガスクロマトグラフィーを用いて行なった。
【0049】
(実施例1)
焼酎酵母サッカロミセス・セレビシエH株(鹿児島県酒造協同組合)を糖蜜培地(全糖2.4%、尿素0.14%、リン酸0.0087%)で流加培養し、集菌した後洗浄した。集めた菌体は脱水し、その1gを40mlのYP培地に懸濁し、121℃で15分間オートクレーブ処理を行なった。室温まで冷却後、第1微生物としてニッカウヰスキー株式会社保有の乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054株(Lactobacillus casei N5054)(FERM P−16367)を培地1mlあたり107個になるように植菌し、そのまま24時間静置培養した。更に、第2微生物として同社保有のアルコール生産酵母N130を1mlあたり107個になるように植菌し、そのまま24時間振盪培養した。この培養液には、ガンマーデカラクトンが500ppb、ガンマードデカラクトンが1.3ppm含まれていた。
【0050】
(実施例2)
YPD培地を用いて、28℃で24時間培養した温度感受性自己消化酵母OII−33と親株のアルコール生産酵母N130をそれぞれ遠心によって集菌した後、滅菌水で繰り返し洗浄した。集めた菌体は素焼き板上で脱水し、脱水酵母を作製した。この脱水酵母1.2gを30、40、50、60℃で24時間加熱した後、40mlのYP培地に懸濁した。更に、実施例1と同様にして乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054株(第1微生物)を植菌して培養した後、アルコール生産酵母N130(第2微生物)を接種し、好気的に培養した。この液体組成物のガンマーラクトン濃度を測定し、結果を表5に示した。
【0051】
【表5】
【0052】
表5に示すとおり、基質として温度感受性自己消化酵母OII−33を用いた場合は、30℃処理でもガンマーデカラクトン、ドデカラクトンが生成していたが、基質として親株N130を用いた場合では40℃以上に加熱しないとガンマーラクトンは生成しなかった。
【0053】
(参考例1)
最初に基質として加える酵母菌体の代わりにオレイン酸50ppm、100ppm、500ppmを添加し、実施例2と同一条件でラクトンの生成を見た。この場合、ガンマーデカラクトンはまったく生成されないが、ガンマードデカラクトンがそれぞれ13ppm、30ppm、50ppm生成した。
【0054】
(参考例2)
最初に基質として加える酵母菌体の代わりにパルミトオレイン酸50ppmを添加し、実施例2と同一条件でラクトンの生成を見た。この場合、ガンマーデカラクトンが28ppm生成し、ガンマードデカラクトンは生成していなかった。
【0055】
(比較例1)
最初に基質として加える酵母菌体を添加せずに実施例2と同一条件で処理し、液体組成物を作製した。この液体組成物のラクトンの生成を見たところ、ガンマーデカラクトン、ガンマードデカラクトンがそれぞれ12ppb、24ppb生成されているに過ぎず、基質としての酵母菌体の添加がガンマーラクトンの大量生産に必要であることがわかった。
【0056】
(比較例2)
温度感受性自己消化酵母OII−33の脱水酵母1.2gを50℃で24時間加熱して溶解した後、YP培地40mlに懸濁した。そのまま、乳酸菌(第1微生物)を加えずに実施例2と同様に酵母(第2微生物)を好気的に培養して作製した液体組成物にはガンマーデカラクトン、ガンマードデカラクトンがそれぞれ90ppb、87ppb生成されているに過ぎなかった。
【0057】
(実施例3)
実施例2と同様にして、温度感受性自己消化酵母サッカロミセス・セレビシエ351、サッカロミセス・セレビシエX3119−12A、サッカロミコデス・ルドイギー(Saccharomycodes ludwigii)IFO 1721、及びトルラスポラ・デルブルツキー(Torulaspora delbrueckii)IFO 0955の脱水酵母を製造し、その1.2gを50℃で24時間加熱し、溶解した。また、サッカロミセス・セレビシエ351とサッカロミセス・セレビシエX3119−12Aの2株については40℃で24時間加熱による溶菌処理も行った。
【0058】
溶菌処理後、実施例2と同様に最初に乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054株(第1微生物)、次いで酵母N130(第2微生物)による培養を行ない、液体組成物を作製した。これらの液体組成物中に含まれるガンマーラクトンを測定し、結果を表6及び表7に示した。
【0059】
【表6】
【0060】
【表7】
【0061】
表6に示すとおり、上記のような公知自由分譲株である温度感受性自己溶解変異株を基質として用いても、40℃24時間程度の加熱でガンマーラクトン類を製造することができた。また、表7に示すとおり、サッカロミコデス・ルドイギー、トルラスポラ・デルブルツキーなどの酵母菌体を基質として用いてもガンマーラクトン類を製造することができた。更に、用いた菌株によってガンマーデカラクトンとガンマードデカラクトンの生成量の比が異なっており、このことを利用して、これら2種のラクトンの作り分けも可能であった。
【0062】
(実施例4)
YPD培地を用いて28℃で24時間培養した温度感受性自己消化酵母OII−33菌体を集菌し、滅菌水で洗浄した。脱水酵母1.2gに相当する量の湿菌体を40mlのYP培地に懸濁し、懸濁した状態のまま50℃あるいは60℃で24時間加熱溶解させた。更に、実施例2と同様に乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054株(第1微生物)の培養、酵母N130(第2微生物)の好気的培養を行ない、液体組成物を作製した。
【0063】
この液体組成物中に含まれているラクトンを測定したところ、50℃処理菌体を用いた場合にはデカラクトンが4.6ppm、ドデカラクトンが6.1ppm、また60℃処理菌体を用いた場合にはデカラクトンが1.3ppm、ドデカラクトンが2.0ppm含まれていることが判明し、基質として用いる菌体は脱水していなくても問題がないことが示された。
【0064】
(実施例5)
YPD培地を用いて28℃で24時間培養した温度感受性自己消化酵母OII−33及び日本醸造協会9号酵母菌体(以下「9号酵母」と略記する。)を集菌し、脱水酵母を作製した。それらの1.2gを50℃24時間加熱により溶解し、YP培地に懸濁した。更に、実施例2と同様に乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054株(第1微生物)の培養を行なった後、アルコール生産酵母N130あるいは9号酵母(第2微生物)を植菌し、24時間好気的に培養した。得られた培養液のラクトン含量を表8に示した。
【0065】
【表8】
【0066】
表8に示すとおり、上記実施例の条件下では、第2微生物として用いる酵母を特に限定しなくてもガンマーラクトン類を生成できた。
【0067】
(実施例6)
糖蜜培地(全糖2.4%、尿素0.14%、リン酸0.0087%)を用いて、28℃で24時間培養した温度感受性自己消化酵母OII−33を用いて脱水酵母を作製した。この脱水酵母1.2gを50℃で24時間加熱して溶解した後、YP培地40mlに懸濁した。これに、ラクトバチルス・カゼイN5054、ラクトバチルス・カゼイJCM1163、あるいはラクトバチルス・プランタラム(Lactobacillus plantarum)IAM1041(第1微生物)をそれぞれ実施例1と同様に植菌し、培養した。更に、アルコール生産酵母N130(第2微生物)を好気的に培養して、得られた液体組成物中に含まれるガンマーラクトンを表9に示した。
【0068】
【表9】
【0069】
表9に示すとおり、乳酸菌株(第1微生物)を変更しても、生成液体組成物中には大量のガンマーデカラクトン及びガンマードデカラクトンが含有されていた。
【0070】
(実施例7)
グルコースによるベータ酸化抑制解除株を以下の方法にて取得した。すなわち、アルコール生産酵母N130をYPD培地で24時間培養し、遠心分離(3000rpm、5分)によって集菌した。菌体を滅菌水で2回洗浄した後、0.05%リシノール酸と150ppm2−デオキシグルコース、及び2%寒天を含むYP(2%ペプトン、1%酵母エキス)寒天平板培地12枚に108個づつ塗布したところ、30℃、一週間の培養にて10個のコロニーが出現した。これらのコロニーを同じ選択培地で3回繰り返し培養したところ、6個のコロニーが耐性株として取得できた。
【0071】
得られた耐性株6株(A〜F株)を、100ppmリシノール酸を含むYP培地40mlと、100ppmリシノール酸及び10%グルコースを含むYP培地40mlに植菌し、30℃で24時間培養した後の生成ラクトン量を測定して、結果を表10に示した。
【0072】
【表10】
【0073】
表10に示すとおり、A株は他の5株(B〜F株)に比して、10%グルコースによるラクトン生成阻害を受けにくいことがわかったので、この変異株をサッカロミセス・セレビシエOA−1(FERM P−16366)とした。
【0074】
(実施例8)
糖蜜培地(全糖2.4%、尿素0.14%、リン酸0.0087%)を用いて、28℃で24時間培養した温度感受性自己消化酵母OII−33より、実施例2と同様に脱水酵母を作製した。その1.2gを50℃で24時間加熱して溶解した後、Brix 14.0の麦汁40mlに懸濁した。実施例2と同様に乳酸菌ラクトバチルス・カゼイN5054(第1微生物)を接種して培養した後、アルコール生産酵母N130、あるいはグルコースによるベータ酸化抑制解除株OA−1(第2微生物)を植菌し、30℃で24時間好気的に培養した。この液体組成物を分析した結果を表11に示す。なお、コントロールとして麦汁の代わりにYP培地を用いた場合の値も合わせて示す。
【0075】
【表11】
【0076】
表11に示すとおり、培地に麦汁を用いた場合には、麦汁中に大量に含まれている麦芽糖やグルコースのために、YP培地を用いた場合に比して、生成するガンマーラクトン類の量は著しく減少する。しかし、グルコースによるベータ酸化抑制解除株OA−1を用いた場合には、この減少の程度を緩和することができた。
【0077】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、従来から食品の製造に用いられてきた原材料を用いて、高価な物質を添加したり、新規の設備を導入したりすることなく、ガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを高濃度含有する液体組成物が製造できる。また、本発明では、食品用の原材料を用いてガンマーデカラクトンが製造できるため、直接発酵食品の品質の向上をもたらすばかりでなく、食品に添加できる安全性の高い香料の製造法を提供することができる。
【0078】
更に、本発明によれば、リシノール酸と2−デオキシグルコースを含有する培地を用いることにより、グルコースによるベータ酸化抑制が解除された菌株を造成でき、この菌株を使用することにより、グルコースを高濃度に含有する培地を用いた場合でも、カタボライト抑制による生成量の著しい減少がなく、ガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを高濃度生産できる。
Claims (6)
- 不飽和脂肪酸を含有する酵母菌体を基質として用い、当該基質として用いる酵母菌体を加熱によって溶解させ、当該基質に含有される不飽和脂肪酸を、不飽和脂肪酸のヒドロキシル化能を有する第1微生物によってヒドロキシル化し、更にベータ酸化能を有する第2微生物によって処理することを特徴とするガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法。
- 温度感受性自己消化酵母を基質として用いる請求項1記載の製造方法。
- 温度感受性自己消化酵母がサッカロミセス・セレビシエOII−33( Saccharomyces cerevisiae OII-33 )(FERM P−16364)である請求項2記載の製造方法。
- 第2微生物が、グルコースによるベータ酸化抑制が解除された菌株である請求項1ないし3のいずれかに記載の製造方法。
- グルコースによるベータ酸化抑制が解除された菌株がサッカロミセス・セレビシエOA−1( Saccharomyces cerevisiae OA-1 )(FERM P−16366)である請求項4記載の製造方法。
- 請求項1ないし5のいずれかに記載の製造方法により得られたガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物に、エタノールを含有する溶液を添加し、蒸留することを特徴とするガンマーデカラクトン及び/又はガンマードデカラクトンを含有する液体組成物の製造方法。
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