JP3911616B2 - コンプレッサー用の転がり軸受 - Google Patents

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Description

【0001】
【産業上の利用分野】
本発明は、冷凍機、エアコンディショナー、特に、自動車用エアコンディショナーのコンプレッサーに使用される回転軸の支承に使用される転がり軸受に関する。
【0002】
【従来技術と解決課題】
冷凍機やエアコンディショナーのコンプレッサーには、冷媒圧縮用のピストンや回転部材を駆動する回転軸に転がり軸受が使用されているが、この軸受には、コンプレッサー中で冷媒に潤滑剤を混合した状態で使用されるタイプのものがある。従来のエアコンディショナーでは、冷媒としてクロロフルオロカーボン類(フロン)とこの冷媒に可溶なパラフィン系やナフテン系等の鉱油系潤滑剤とが混合状態で、軸受の潤滑剤として使用されていた。
【0003】
近年に至り、特定種類のフロンが地球オゾン層の破壊の原因となるなど地球環境に影響を及ぼすことから、冷媒として、ヒドロフルオロカーボン類(HFC)、例えば、HFC134a(1,1,1,2-テトラフルオロエタンCF3-CFH2 )などに代替されつつあり、これに対応して、潤滑剤としても冷媒ヒドロフルオロカーボン類に可溶なポリアルキレングリコール(PAG)やポリオールエステルなどが使用されている。
【0004】
ヒドロフルオロカーボン類とPAGやポリオールエステルとの混合物の潤滑下では、転がり軸受にとって潤滑環境がきびしく、従来の高炭素クロム軸受鋼製の焼入れ焼戻し材から製作した軸受の軌道輪や転動体では、従来の表面金属疲労とは異なった形態の剥離現象を生じ、軸受寿命が、従来の疲労寿命から予測されるよりも遙かに短くなる傾向が認められた。
即ち、従来のフロンと鉱油との混合潤滑下では、転走面表面に疲労損傷が発生するか、或いは繰り返し荷重によって表層部に生じた亀裂が順次表面に向かって進行し、亀裂の進行に伴って剥離が生じるものであった。
これに対して、ヒドロフルオロカーボン類とPAGとの混合潤滑下では、転走面の深い部分から生じた特異な剥離現象であった。一例として、図4には、軸受鋼SUJ2による玉軸受をPAGを含む潤滑剤を使用して実機試験によって試験した後の鋼球3(同図(C))の断面顕微鏡写真を示すが、剥離前に転走面下に亀裂が生じて延展し(同図(A)に未剥離部aの組織を示す)、転動体の回転により亀裂面が繰り返し摩擦を受けながら割れ目に緩みを生じ、急にこの亀裂面から表層部側が剥がれる現象である(剥離部bの表面近傍の組織を同図(B)に示す)。
【0005】
このような特異性剥離は、上記のヒドロフルオロカーボンが塩素を含まないので化学的に安定で、金属表面を保護する作用がなく、また、PAG等の合成油との混合物による潤滑条件では、転走面に潤滑膜が形成され難く、軌道輪・転動体の転走面が摩耗して金属表面が露出し、この金属新生面が潤滑剤中の炭化水素ないし混合水分を分解し、発生した水素が内部に吸収拡散され、内部の金属組織を脆化させることによるものと考えられた。
【0006】
転がり軸受の特異性剥離の例として、本発明者らは、高荷重且つ高速で使用されるグリース封入軸受において、転走面の相当内部の深い部分から突然生じる特異性剥離により寿命が著しく短くなることを見出しており、この対策として、転動体や軌道輪の転走面の表面に薄層の酸化皮膜を予め形成しておき、この酸化皮膜により表面での触媒作用を制限して、水素発生を抑制して水素脆化を防止した軸受を提案した(特開平2−190615号明細書)。
【0007】
しかしながら、転走面に酸化皮膜を形成しても、上記のヒドロフルオロカーボン類とPAGとの混合潤滑下の軸受に対しては、潤滑油膜形成が不十分であるので酸化皮膜が早期に摩耗滅失してしまい、転走面に金属新生面が現れることになり、特異性剥離を防止することができなかった。
【0008】
本発明は、上記問題に鑑み、ヒドロフルオロカーボン類とPAGとの混合物の潤滑下で使用される転がり軸受において、その寿命を改善したコンプレッサー用転がり軸受を提供しようとするものである。
【0009】
【課題を解決するための手段とその作用】
本発明のコンプレッサー用転がり軸受は、内外の軌道輪とこれら軌道輪の間に介装される転動体とから成り、冷媒としてのヒドロフルオロカーボン類とこの冷媒に可溶な潤滑剤との混合潤滑下で使用されるコンプレッサー用の転がり軸受であるが、少なくとも該転動体が、Crを1.6〜2.0重量%含有し、Cr含有量とC含有量との重量%で示した比〔%Cr〕/〔%C〕が2.0以上である組成の合金鋼により形成されていることを特徴とする。
【0010】
本発明の軸受が使用される潤滑環境については、コンプレッサーの用途と仕様によって定まる冷媒のヒドロフルオロカーボン類とこの冷媒に可溶な潤滑剤との混合物による潤滑である。この潤滑剤には、ポリアルキレングリコールやポリオールエステルなどがある。
【0011】
本発明の軌道輪・転動体は、Crを1.6〜2.0重量%含有し、Cr含有量とC含有量との重量%で示した比〔%Cr〕/〔%C〕が2.0以上である鋼で形成するが、その金属表面に緻密で強固な酸化皮膜(例えば、FeCrO4 )を形成し、ポリアルキレングリコール或いはポリオールエステルの潤滑環境下でこの酸化皮膜は摩耗することがなく、この皮膜が転動体表面及び軌道輪の転走面を不活性にする。この組成範囲の鋼では、上記冷媒と潤滑剤との混合液に接触しても、その炭化水素や水が分解することはなく、例え分解しても上記酸化皮膜が、発生した水素が鋼中に侵入するのを防ぐ。これにより、水素脆性に起因する特異性剥離を防止して、軸受の転がり寿命を本来の転がり疲労寿命まで延長できる。
【0012】
Crを1.6〜2.0重量%含有するのは、Crが表面酸化皮膜を形成するので1.6重量%を必要とする。1.6重量%Cr未満では、上記の潤滑条件では、表面酸化皮膜の形成が不十分となり使用中に早期に摩耗してしまい、活性面が露出することになる。他方、2.0重量%Crを越えると、Crの溶体化のために焼入れ温度を高める必要があり、この場合には材料コストと共に熱処理コストが上昇するから好ましくない。
【0013】
〔%Cr〕/〔%C〕を2.0以上とする条件は、安定した表面酸化皮膜の形成のために必要である。鋼中Cは、Crの炭化物を形成するので、炭化物量を減らして、マトリックス中に固溶する有効なCr含有量を高めるために、C含有量〔%C〕を〔%Cr〕/2.0以下とする。
鋼中C含有量は、上記の〔%Cr〕/〔%C〕の条件の下で、C0.6〜0.8重量%の範囲に規制するのが好ましい。C0.6重量%未満では、焼入れ焼戻し後の表面硬さが不足して使用中の摩耗が多くなり軸受としては好ましくない。C0.8重量%を越えると、必要とするCr量を多くする必要があり、素材の成形性を悪化させて好ましくない。
【0014】
その他の成分としては、Si0.15〜0.35重量%、Mn0.50重量%とするのが良い。不純物の P、S、Oは、出来るだけ低減しておく。これら成分は、通常の高炭素クロム軸受鋼に相当する組成規制をすれば良い。
【0015】
本発明においては、軌道輪と転動体の内、少なくとも転動体を上記の合金鋼で形成する。転動体は全周面が摺動摩耗を受けた状態で使用されるので、水素脆化の影響を大きく受ける危険性があり、このために事前に金属新生面となるのを防止する必要があるからである。このような合金鋼で形成した軌道輪や転動体は、常用の方法で、オーステナイト化して焼入れし、低温で焼戻しをされる。
【0016】
このようにして形成された軸受は、冷凍機、エアコンディショナーのコンプレッサーの内部で回転軸支承に使用される。
【0017】
【実施例】
〔実施例1〕
〔%Cr〕/〔%C〕が1.8以上で、C0.7〜1.0%(重量%、以下同じ)、Cr1.5〜2.0%の鋼材から、鋼球を製作した。他の成分は、Si0.23〜0.28%、Mn0.45〜0.47%、P0.010〜0.013%、S0.005%以下、Ni0.07%以下である。
これらの鋼球を850℃×0.5hのオーステナイト化後に油中冷却して焼入れし、180℃×2.0hの焼戻しを行ない、表面研磨をして転がり軸受用の鋼球(直径10.3187mm)とし、以下の試験に供した。
【0018】
鋼球を図3に示す転動試験機により、上記鋼球の転がり疲労寿命試験を行った。
装置は、図3に示す如く、下側の円板1がハウジング6に固定され、上側の円板2が回転軸に固定されて、上下の円板1、2の間に、保持器4により案内保持された鋼球3個を介装して、一定荷重を負荷して上側の円板2を回転させるもので、ハウジング6内には、上側の円板2も充分浸漬できる潤滑混合液7が入れてある。
【0019】
潤滑混合液7には、白灯油97%と潤滑剤としてポリアルキレングリコール3%を配合したものであり、常温で、回転数1000rpmで、負荷応力1382N(141kgf)で試験した。試験結果を表1と図1〜2に示す。
【0020】
比較例として、従来の軸受鋼(SUJ2鋼)、4%Cr鋼、及び高炭素マルテンサイト系ステンレス鋼(SUS440C鋼)を選んで、同様の試験を行った。
【0021】
【表1】
Figure 0003911616
【0022】
表1に示したように、〔%Cr〕/〔%C〕1.9以下の鋼球では10%寿命が短く、〔%Cr〕/〔%C〕2.0以上とすることによりポリアルキレングリコールによる潤滑条件下であつても、寿命を向上できることが判る。
【0023】
試験を行った3個の鋼球のうち、剥離を生じなかった残り鋼球について、鋼中の水素分析をした。水素分析は、LECO社製の水素分析装置(DH−103型)により、鋼球全体を減圧容器中で1100℃に加熱して水素を拡散放出させ、その水素量を測定して行った。寿命試験前の鋼球の鋼中水素濃度〔H〕は、全ての鋼種について0.3〜0.4ppmの範囲にあるが、寿命試験後では、表1及び図2に示すように、〔%Cr〕/〔%C〕1.9以下の鋼球は、鋼中水素濃度〔H〕が高く、〔%Cr〕/〔%C〕2.0以上とすることにより〔H〕が低いままであることが判る。このように〔%Cr〕/〔%C〕1.9以下の鋼球の特異性の剥離は、水素脆性に起因するものと考えられる。
【0024】
〔%Cr〕/〔%C〕1.9以下の鋼球の剥離面は、図5の軸受鋼SUJ2(98.3hで剥離した鋼球)の断面組織写真に示すように、剥離部は特異な凹凸のある破壊面を示し(同図(A))、未剥離部の写真(図中(B))から、既に表面から50〜150μm程度の深い部分で表面に沿った亀裂とこの亀裂から更に分岐して深部に向かう亀裂が認められ、このような亀裂面から表層部が急速に剥離していくことが判る。そして、上記の鋼中水素濃度〔H〕の挙動に対応して、この亀裂が水素脆化によるものと推定される。これに対して、〔%Cr〕/〔%C〕2.0以上の鋼球は、水素脆化を抑制することができ、通常の疲労剥離を示していた。
【0025】
〔実施例2〕
次に、上記実施例1で使用した鋼種により、上述の転動試験機の下側の固定用の円板1を作製し、鋼球にはSUS440C鋼の鋼球12個を使用して、円板によるスラスト軸受の軌道輪を想定した寿命試験を行った。その結果を表2にまとめた。寿命試験の他の条件は、実施例1と同じである。
【0026】
【表2】
Figure 0003911616
【0027】
この結果により、鋼球による前記の転動体の試験結果と同様に、〔%Cr〕/〔%C〕2.0以上確保したものは、特異性剥離も観察されず、疲労寿命に顕著な改善が認められた。
【0028】
【発明の効果】
本発明のコンプレッサー用の転がり軸受は、少なくとも該転動体が、1.6〜2.0重量%Crを含有し、〔%Cr〕/〔%C〕が2.0以上の合金鋼により形成されているから、冷媒としてのヒドロフルオロカーボン類とこの冷媒に可溶な潤滑剤との混合潤滑下で使用されても、水素脆化による特異性剥離を防止して、優れた長寿命を発現し、軸受の信頼性の向上に有用である。また、軸受自体の酸化皮膜処理を必要としないなど材料・熱処理コストの上昇を招くことなく、しかも、コンプレッサー側に潤滑剤の変更を必要としないなどの優れた効果を奏するのである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 転がり疲労試験による鋼球の〔%Cr〕/〔%C〕と転がり疲労寿命との関係を示す図。
【図2】 転がり疲労試験後の鋼球の〔%Cr〕/〔%C〕と〔H〕との関係を示す図。
【図3】 転がり疲労試験機の概要図。
【図4】 実機による転がり疲労試験後の鋼球の断面金属組織を示す光学顕微鏡写真(腐食:ナイタール)(A,B)と剥離した鋼球の模式図(C)。
【図5】 転がり疲労試験した比較例についての鋼球の断面金属組織を示す光学顕微鏡写真(腐食:ナイタール)(A,B)。
【符号の説明】
1 下側の円板
2 上側の円板
3 鋼球
4 保持器
6 ハウジング
7 潤滑混合液

Claims (2)

  1. 内外の軌道輪とこれら軌道輪の間に介装される転動体とから成り、冷媒としてのヒドロフルオロカーボン類とこの冷媒に可溶な潤滑剤としてポリアルキレングリコール又はポリオールエステルとの混合潤滑下で使用されるコンプレッサー用の転がり軸受において、少なくとも該転動体が、Crを1.6〜2.0重量%と、Cを0.6〜0.8重量%を含有し [ %Cr ] [ %C ] が2.0より大きい組成の合金鋼により形成され、水素の侵入を防いで内部の鋼中水素濃度を0.5ppm未満に保持する酸化皮膜を有することを特徴とするコンプレッサー用の転がり軸受
  2. 内外の軌道輪とこれら軌道輪の間に介装される転動体とから成り、冷媒としてのヒドロフルオロカーボン類とこの冷媒に可溶な潤滑剤としてポリアルキレングリコール又はポリオールエステルとの混合潤滑下で使用されるコンプレッサー用の転がり軸受において、少なくとも該転動体が、Crを1.6〜2.0重量%と、Cを0.6〜0.8重量%を含有し [ %Cr ] [ %C ] が2.0より大きい組成の合金鋼により形成され、かつ焼入温度が850℃前後であり、水素の侵入を防いで内部の鋼中水素濃度を0.5ppm未満に保持する酸化皮膜を有することを特徴とするコンプレッサー用の転がり軸受
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Shibata Development of Long Life Rolling Bearings for Use in the Extreme Conditions Reference: Shibata, M., Goto, M., Ohta, A., and Toda, K.,“Development of Long Life Rolling Bearings for Use in the Extreme Conditions,” Bearing Steel

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