JP2022073492A - 魚醤油の製造方法及び魚醤油 - Google Patents

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Abstract

【課題】減塩と腐敗抑制とを両立させつつ低コストかつ短期間で魚醤油を製造できる製造方法、及び良好な香味を有する魚醤油を提供する。【解決手段】プロテアーゼを用いる酵素反応工程と、耐塩性酵母を用いる発酵工程と、を含み、麹は使用されず、発酵工程において、糖は、2回以上に分けて添加される、ことを特徴とする魚醤油の製造方法。魚醤油が、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを0.5~100ppm、2-フェニルエタノールを0.5~50ppm、及び乳酸エチルを0.5~50ppm含有する、ことを特徴とする。【選択図】なし

Description

本発明は、魚醤油の製造方法及び魚醤油に関する。
近年、国内では安定した魚醤油の需要がある。魚醤油の主要な用途は、加工食品製造における調味素材や外食産業での利用といった、いわゆる業務用用途である。
魚醤油の製法については、伝統的な製法では、魚介類に腐敗を防ぐために食塩を大量に加え、自己消化酵素並びに環境及び原料由来の微生物の作用により原料を分解して、通常1年以上という長期間をかけて製造される。この伝統的な製法では、魚介類に含まれる脂質由来の酸化臭や、短鎖脂肪酸及びトリメチルアミンによる不快臭が発生する他、熟成不良に起因してうま味が不足する等、多くの課題が存在する(非特許文献1)。
これらの課題を解決する方法の一つに、麹を使用した製法がある。麹を使用することにより、原料中のタンパク質の分解が促進され、遊離アミノ酸含量が増加してうま味が強化される(非特許文献2)ほか、短鎖脂肪酸の生成抑制による魚臭さの低減(非特許文献3)、メイラードペプチドによるコク味(持続性があり厚みのある強い味とフレーバー)の付与(非特許文献4)など、風味改善に関する報告がいくつかなされている。
一方、麹の使用によって本来魚醤油の原料にない糖分が供給されるため、メイラード反応によって褐変が進むことが知られていた(非特許文献2)。さらに、麹は高価であり、製造原料中の使用比率も多いため、製造コストが高くなる一因になっていた。また、麹を用いた魚醤油の製造期間は最短でも2カ月であり、製造期間が長くなることも問題であった。
そこで、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)を用いることで諸味の分解を加速する手法が提案されている。
特許文献1には、アスペルギルス・メレウス(Aspergillus melleus)を起源とするタンパク質分解酵素を用いて、無機塩濃度3~25%(w/w)存在下で、温度25~45℃において原料魚介を酵素分解することにより魚醤油を製造する方法が開示されている。
特許文献2には、原料魚介類に、原料由来の分解酵素、タンパク質分解酵素、及び熟成上有効量の酵母を、腐敗防止上有効でありかつ酵母生育を抑制しない塩分濃度で、原料分解上有効な期間作用させて分解処理物を得て、そして分解物から液汁を得る工程を含む、調味料組成物の製造方法が開示されている。
特許文献3には、ミンチ状に加工した主原料に、穀物麹、酵素剤(タンパク質分解酵素)、水を加えて保持し、次いで食塩を添加して保持する第一段階発酵と、この第一段階発酵で得られた分解物にブドウ糖を添加して良く溶解させた後、耐塩性酵母の培養液を添加して発酵させる第二段階発酵と、を含む調味料の製造方法が開示されている。
特開平10-42828号公報 特開2011-120484号公報 特開平11-178540号公報
野田文雄(1993).東南アジアの魚醤油.日本醸造協会誌,88,531-536. 竹島文夫ら(2001).ブナザケを原料とした魚醤油の開発.富山県食品研究所研究報告,4,1-8. 小島登貴子ら(2000).魚醤の新製造システムの構築と実用化試験.日本醤油研究所雑誌,26,付11-16 斉藤知明(2004).食品のこくとこく味.日本味と匂学会誌,11,165-174.
しかしながら、特許文献1の方法では、麹不使用により原料コストが低減し、生臭い魚臭は減少するものの、魚介類本来の香味を維持しつつ醤油様の好ましい香味を付与することができない点で課題を残していた。
また、特許文献2の方法では、タンパク質分解酵素の他に、原料由来の酵素を利用することから、非加熱原料が必要となるため、工程が煩雑になるとともに、非加熱原料使用による腐敗が発生しやすい点で課題を残していた。
また、特許文献3の方法では、麹や複数の微生物を使用するため、同様に原料コストが高くなる点が問題視されていた。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、減塩と腐敗抑制とを両立させつつ低コストかつ短期間で魚醤油を製造できる製造方法及び良好な香味を有する魚醤油を提供することを目的とする。
上記目的を達成するため、本発明の第1の観点に魚醤油の製造方法は、
プロテアーゼを用いる酵素反応工程と、
耐塩性酵母を用いる発酵工程と、
を含み、
麹は使用されず、
前記発酵工程において、糖は、2回以上に分けて添加される、
ことを特徴とする。
例えば、前記酵素反応工程において、プロテアーゼは、2回以上に分けて添加される。
例えば、前記酵素反応工程において、食塩は、対加水原料比で5~12%(w/w)添加される。
本発明の第2の観点に係る魚醤油は、
4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを0.5~100ppm、
2-フェニルエタノールを0.5~50ppm、及び
乳酸エチルを0.5~50ppm
含有する、ことを特徴とする。
例えば、塩分含有量は、5~12%(w/w)である。
例えば、遊離アミノ酸含有量は、6%(w/w)以上であり、有機酸含有量は、0.7%(w/w)以上である。
例えば、色度は、しょうゆ標準色23番以上52番以下である。
本発明によれば、減塩と腐敗抑制とを両立させつつ低コストかつ短期間で魚醤油を製造できる製造方法及び良好な香味を有する魚醤油を提供することができる。
加水量が遊離アミノ酸量に与える影響について表すグラフ図である。 反応時間がエキス回収量に与える影響について表すグラフ図である。 発酵温度の影響について表すグラフ図であり、(a)は耐塩性酵母数、(b)はエタノール濃度、(c)はグルコース濃度のグラフ図である。 培養温度の影響について表すグラフ図であり、(a)は耐塩性酵母数、(b)はエタノール濃度、(c)はグルコース濃度のグラフ図である。 本実施例の方法及び従来法(比較例)のスキームを示す図である。 本実施例の方法及び従来法(比較例)で発酵させた魚醤油の諸味について検証したグラフ図であり、(a)は耐塩性酵母数、(b)はエタノール濃度、(c)はグルコース濃度のグラフ図である。 本実施例の方法及び従来法(比較例)で発酵させた魚醤油の諸味についてエキス回収率を検証したグラフ図であり、(a)はエキス回収率、(b)は正味のエキス回収率のグラフ図である。 本法(実施例)で製造した魚醤油(右側)及び従来法(比較例)で製造した魚醤油(左側)の写真図である。 本実施例による魚醤油の製造スキームを表した図である。 プロテアーゼ分割添加区及びプロテアーゼ一括添加区の試験方法を示す図である。 プロテアーゼ分割添加区又はプロテアーゼ一括添加区におけるエキス回収率を示すグラフ図である。
まず、本発明による魚醤油の製造方法について詳細に説明する。
本発明による魚醤油の製造方法では、麹を使用せずにプロテアーゼを用いて諸味の分解を促進することで、原料コストを削減できるとともに、製造期間の大幅な短縮を図ることができる。また、酵母による発酵で生成するエタノールを利用して、食塩とエタノールとの相乗効果により腐敗抑制(保存性維持)をしつつ減塩を図るとともに、香気成分を生成させて香りを改良させることができる。
本発明による魚醤油の製造方法は、(a)プロテアーゼを用いる酵素反応工程と、
(b)耐塩性酵母を用いる発酵工程と、を含み、麹は使用されず、(b)発酵工程において、糖は、2回以上に分けて添加される。
本発明による魚醤油の製造方法で用いられる原料としては、魚醤油の原料となり得る魚介類であれば特に制限なく採用することができ、サケ、サバ、ウニ、イワシ、エビ、スケトウダラ、ホッキガイ、タコ、イカ等を例示することができる。これらの魚介類を細切して用いることができる。
本発明による魚醤油の製造方法では、麹は使用されない。本明細書において、麹とは、一般に食品に用いられる麹であって、例えば、米、麦、大豆などの穀物にコウジカビなどの食品発酵に有効なカビを中心にした微生物を繁殖させたものを指す。なお、本発明の製造方法では、麹は使用されないが、これは、「実質的に麹が使用されない」ことを含むものであり、「実質的に麹が使用されない」とは、原料のタンパク質分解を促進させる目的では麹を使用しないことを指す。したがって、本発明の製造方法は、(i)タンパク質分解を促進させる以外の目的(例えば、発酵促進、風味改善等)での麹の使用、(ii)タンパク質分解を促進させない程度の量での麹の使用等を許容するものである。
(a)酵素反応工程について説明する。
プロテアーゼとして、諸味の分解を促進することのできるプロテアーゼであれば特に制限なく採用され、スミチームLP-50(新日本化学)、プロテアーゼM(アマノエンザイム)、プロテアーゼP(アマノエンザイム)、FS-1(グルタミナーゼ含有プロテアーゼ、協和化成)、FS-2(グルタミナーゼ含有プロテアーゼ、協和化成)等を例示することができる。本発明の方法においては、麹を用いることなくプロテアーゼを使用することで、効率よく諸味を分解してうま味を増加させることができる。また、麹を用いないため、原料コストを削減できるとともに、製造期間の大幅な短縮を図ることができる。また、諸味の液化を促進し、変敗微生物による悪臭の発生を防止することができる。
プロテアーゼは、諸味の分解効率の観点から、2回以上に分けて添加されてもよい。プロテアーゼを例えば2回に分割添加することで、諸味の分解を効率的に促進することができる。
プロテアーゼの添加量については、例えば、前述のスミチームLP-50、プロテアーゼM又はプロテアーゼPを用いる場合は1回あたり対原料比で0.1%(w/w)以上とすることができ、FS-1又はFS-2を用いる場合は1回あたり対原料比で0.05%(w/w)以上とすることができる。
酵素反応温度については、プロテアーゼの酵素活性の観点から、例えば、50~60℃とすることができる。
酵素反応時間については、諸味の分解効率の観点から、例えば、1~5時間とすることができる。
加水量については、対原材料比で、例えば、10~40%(w/w)とすることができる。加水によって発酵初期の諸味の粘度が低下し、酵素が均一に分散することで、諸味を効率的に分解することができるとともに、食塩もまた諸味中に均一に分散することで、腐敗微生物の増殖を抑制し腐敗を抑制することができる。
食塩については、対加水原料比で、例えば、5~12%(w/w)、好ましくは7~11%(w/w)添加することができる。本発明において、後述する(b)発酵工程で耐塩性酵母が生成するエタノールの静菌効果を活用することで、食塩とエタノールとの相乗効果により腐敗を抑制しつつ減塩を図ることができる。
(b)発酵工程について説明する。
糖は、発酵により分解されてエタノール及び二酸化炭素が生成されるものであれば特に制限なく採用され、例えば、ブドウ糖、フルクトース、ショ糖等を挙げることができる。
糖は、2回以上に分けて添加される。耐塩性酵母の増殖やエタノールの生成には糖分が必須であるが、魚介類には糖分が極めて少なく、補糖する必要がある。一方で、糖分はメイラード反応の基質となるため、一度に大量の糖を添加すると、魚醤油の褐変の一因となる可能性がある。そこで、本発明においては、糖を2回以上に分けて添加することで、メイラード反応による魚醤油の褐変を抑制することができる。また、発酵途中に生成されるエタノールは、香気成分である乳酸エチルなどのエチルエステルの合成に利用されることが知られている(渡部潤(2018).醤油酵母における香気成分生成機構に関する研究、生物工学会誌,96,(3),106-112.)。耐塩性酵母による発酵で生成するエタノールを利用して、食塩とエタノールとの相乗効果により腐敗抑制(保存性維持)をしつつ減塩を図るとともに、香気成分を生成させて香りを改良させるためには、エタノールを生成させ続ける(エタノール濃度を維持する)ことが重要となる。糖の単回添加では、耐塩性酵母によるエタノールの生成が途絶えてしまう可能性があるが、本発明においては糖を複数回添加することで、エタノールを生成させ続ける(エタノール濃度を維持する)ことが可能となる。
糖の添加タイミングについては、2回添加の場合、例えば、(i)耐塩性酵母を入れる前に添加し(ii)発酵数日後に添加する方法が挙げられ、3回添加の場合、例えば、(i)耐塩性酵母を入れる前に添加し(ii)発酵数日後に添加し(iii)(ii)の数日後又は2~3週間後に添加する方法が挙げられる。
糖の添加量については、1回の添加につき、例えば、対加水原料比で、3~7%(w/w)とすることができる。
耐塩性酵母として、本発明の効果を奏するものであれば特に制限なく採用され得るが、例えば、以下の市販品を用いることができる。
・Zygosaccharomyces rouxii(チゴサッカロマイセス・ルキシ):ビオック(醤油用主発酵酵母)(濃縮菌液、スラント(試験管内に寒天培地を斜面状に固化させ、その上に菌を生育させたもの))
・Zygosaccharomyces rouxii:秋田今野商店(醤油用酵母)(濃縮菌液、スラント)
・Zygosaccharomyces rouxii:樋口松之助商店(ダイヤデン)(スラント)
・Zygosaccharomyces rouxii:菱六(M6等)(スラント)
・Candida versatilis(キャンディダ・バーサティリス):ビオック(後熟酵母)(濃縮菌液、スラント)
・Candida versatilis:樋口松之助商店(ベルザチリス)(スラント)
・Candida etschelsii(キャンディダ・エシェルシ):樋口松之助商店(エシェルシ)(スラント)
耐塩性酵母の添加量は、例えば、終濃度1×10cfu/g諸味~1×10cfu/g諸味の量とすることができる。
エタノール濃度について、発酵工程の全期間のうち50%以上の時間においてエタノール濃度が2.0%(w/w)以上に維持され、かつ、発酵終了時点において、エタノール濃度が2.0%(w/w)以上であることが好ましい。この範囲のエタノール濃度では、魚醤油の減塩を図りつつ腐敗抑制を奏することができる。
本発明による魚醤油の製造方法において、(a)酵素反応工程及び(b)発酵工程を経た後、通常の魚醤油の製造工程で行われる諸味圧搾、火入れ、オリ下げ及びろ過等の工程を経て魚醤油が得られる。なお、耐塩性酵母の添加前に、pH調整剤等を用いて、耐塩性酵母の増殖に適したpHに調整してもよい。
本発明による魚醤油の製造方法の一例を示す。魚介類の原料を細切りし、原料比30%(w/w)の水を加え、70℃以上に加熱して殺菌する。蒸発した分の水を加え、対加水原料比で10%(w/w)の食塩を加え、55~60℃に冷却する。プロテアーゼを0.1%(w/w)加え、4時間保温し、その後、35℃に冷却する。再度プロテアーゼを0.1%(w/w)加え、ブドウ糖を5%(w/w)、耐塩性酵母を終濃度1×106cfu/g諸味の量で添加し、28日間保温する。その間、発酵3日目にブドウ糖を5%(w/w)、発酵10日目にブドウ糖を5%(w/w)添加する。その後、諸味を圧搾し、火入れ(85℃、30分間)を行い、オリ下げ、ろ過を経て、魚醤油が得られる。
次に、本発明による魚醤油について詳細に説明する。
本発明による魚醤油は、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを0.5~100ppm、2-フェニルエタノールを0.5~50ppm、及び乳酸エチルを0.5~50ppm含有する。これらの成分は、香気成分であり、本発明による魚醤油は、日本人にとって馴染みの深い醤油香を主体とした、発酵により生成される好ましい良好な香気(良い香り)を有する。なお、発明による魚醤油は、好ましくは、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを10~100ppm、2-フェニルエタノールを5~50ppm、及び乳酸エチルを1~50ppm含有する。なお、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノンとその異性体である4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンとは、相互変換するため、本明細書において、「HEMF」は「4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノン」を指す場合がある。
上記の成分は、例えば、魚醤油から固層抽出法により抽出した試料を用いてGC-MSにより測定することができる。
本発明による魚醤油の塩分含有量は、例えば、5~12%(w/w)、好ましくは7~11%(w/w)である。減塩醤油と同程度の塩分含有量であるため、健康志向のニーズにマッチした魚醤油といえる。
塩分含有量は、例えば、塩分計を用いて公知の方法により測定することができる。
遊離アミノ酸含有量は、例えば、6%(w/w)以上であり、有機酸含有量は、例えば、0.7%(w/w)以上である。遊離アミノ酸を豊富に含むため、うま味が強化されるとともに、塩味を和らげる効果を有する。また、有機酸を多く含むことで、塩味を和らげる効果を有する。
遊離アミノ酸含有量は、例えば、アミノ酸分析計を用いて公知の方法により測定することができる。また、有機酸含有量は、例えば、HPLCを用い、ポストカラムpH緩衝化電気伝導度検出法により定量することができる。
色調は、例えば、「しょうゆの日本農林規格」におけるしょうゆ標準色23番以上52番以下である。淡色であるため、様々な食品用途に幅広く用いることができる。
本発明による魚醤油は、特に限定されるものではないが、上記の本発明の製造方法により製造することができる。
以上説明したように、本発明による魚醤油の製造方法は、麹を使用せずに、プロテアーゼを用いて諸味を効率的に分解するため、原料コストを削減できるとともに、製造期間の大幅な短縮を図ることができる。また、諸味の液化を促進し、変敗微生物による悪臭の発生を防止することができるとともに、うま味の生成を加速させることができる。さらに、発酵工程において糖を複数回添加することで、耐塩性酵母にエタノールを生成させ続ける(エタノール濃度を維持する)ことができるため、食塩とエタノールとの相乗効果により、減塩と腐敗抑制(保存性維持)とを両立させることができる。また、メイラード反応による褐色化を抑制し、淡色の魚醤油を得ることができるとともに、継続的なエタノール生成により、良好な香味を付与することができる。本発明により、日本人にとって馴染みの深い醤油香を主体とした、発酵により生成される好ましい良好な香気(良い香り)を有する魚醤油を製造することが可能である。
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
以下の実施例では、特段の記載のない限り、百分率(%)は質量%を示す。
(実施例1)
プロテアーゼを使用した魚醤油の製造方法について、以下のとおり検討した。
(1)原料
原料として、2016年日高管内えりも町産のシロサケ(Oncorhynchus keta)のラウンド冷凍品を使用した。ランクはCブナ、性別はオスとした。冷凍原料を解凍し、頭部、内臓、身(魚皮及び筋肉)に分別し、それぞれミートグラインダー(C4、ヒガシモトキカイ)で5mmスクリーンを通してミンチとし、-20℃で凍結保存した。試験にあたっては、各部位の必要分を5℃で一晩静置して解凍し、原料の構成比率に応じて再混合したものを用いた。
(2)加水量の検討
プロテアーゼを利用した魚醤油のうま味成分の増量を検討するにあたり、酵素反応時の魚肉への加水量により反応が異なると予想されたため、加水量の影響を確認した。上記(1)で調製した原料に、原料比0~50%(w/w)相当の蒸留水及び0.2%(w/w)相当のプロテアーゼ(スミチーム LP-50(新日本化学)、以下、LP)を添加し、55℃の水浴中で酵素反応を行った。反応後、後述の方法により、エキス回収量、可溶化量及び遊離アミノ酸量(図1)を測定した。
(3)酵素反応条件の検討
プロテアーゼの利用によるうま味成分の増強を図るため、酵素の種類、濃度及び反応時間について検討した。プロテアーゼは、プロテアーゼM(アマノエンザイム、以下、AM)、プロテアーゼP(アマノエンザイム、以下、AP)、LPを用いた。添加量は原料比0.1、0.2及び0.3%(w/w)とした。反応温度は50、55、60℃、反応時間は1、2、3及び4時間とした。また、食塩添加量が酵素反応に影響を与えることが予想されたため、食塩添加量の影響を確認した。原料に30%(w/w)の加水をした後、食塩を対加水原料比0、4、8、12、16%(w/w)添加し、各区について酵素LPを0.2%(対原料比)添加し、55℃で4時間反応させた。上記記載の酵素反応条件の検討においては、反応後に後述の方法により、エキス回収量(図2)、Brix、遊離アミノ酸量(表1、2)を測定した。
(4)耐塩性酵母による発酵条件の検討
酵母の生産するエタノールによる静菌効果を活用して、魚醤油の低塩分化を図るため、スターターの種類、発酵温度がエタノール生産量に与える影響を検討した。また、補糖によるエタノール濃度を上昇させる方法についても併せて検討を行った。スターターは醤油製造で使用されている市販の耐塩性酵母(Zygosaccharomyces rouxii)の濃縮液体スターター(醤油用酵母(秋田今野商店、以下、A株)及び醤油用主発酵酵母(ビオック、以下、B株))の2株を用いた。培地として、魚醤油諸味の代わりに、0.5%(w/v)ニュートリエントブロス(極東製薬)、0.5%(w/v)Bacto Peptone(BD)、5%(w/v)グルコース、10%(w/v)食塩、及び0.1%(w/v)LPを使用し、1試験あたり300mL調製した。培養は、30~40℃の静置培養で3反復実施した。試料は培養液をよく混合して採取し、耐塩性酵母数(図3(a))、エタノール濃度(図3(b))、グルコース濃度(図3(c))を測定した。また、諸味中のグルコース濃度が1%(w/v)台になった時点で、5%(w/v)補糖し、発酵期間中に試料を一部採取し、耐塩性酵母数(図4(a))、エタノール濃度(図4(b))、グルコース濃度(図4(c))を測定した。
(5)酵素反応と酵母発酵との併用による魚醤油発酵試験
上記(2)~(4)で検討した酵素分解及び発酵条件を組み合わせることで、目的の減塩、淡色化、魚臭の抑制が可能となるか確認した。原料に水(原料比30%(w/w))、食塩(同10%(w/w))、LP(同0.1%(w/w))を加えて55℃で4時間、酵素反応させた後、35℃に冷却し、LP(同0.1%(w/w))、耐塩性酵母(A株、最終菌数1×10cfu/g)、グルコース(同5%(w/w))を添加し、4週間35℃で発酵した。また、発酵7日目及び14日後に同量のグルコースを添加した。魚醤油は、発酵終了後に諸味を圧搾して得られた搾汁液を85℃で30分間加熱し、オリ下げ剤(コポロックSA、大塚食品)(10倍希釈液)を上澄み液重量の1/20量、ケイ藻土(Celpure S300、Advanced Minerals Corporation)を上澄み液重量の0.1%添加後、3日間静置し、減圧ろ過して調製した(図5において「LP」の試験区)。発酵期間中に培養液を一部採取し、耐塩性酵母数(図6(a))、エタノール濃度(図6(b))、グルコース濃度(図6(c))を測定した。また、試作した魚醤油の遊離アミノ酸及び有機酸量(表3)を測定するとともに香気成分(表4)を測定した。
(6)成分分析及び耐塩性酵母数の測定
成分分析及び耐塩性酵母数の測定は下記の方法により行った。
(6-1)エキス回収量
諸味を遠心分離器(CR-4、日立工機)で3500rpm、20分間遠心した上清の重量とした。また、エキス回収量から加水量を差し引いた重量を可溶化量とした。
(6-2)BRIX
上記(6-1)で調製した上清についてBRIX濃度計(PAL-1、アタゴ)を用いて5回測定した平均値として算出した。
(6-3)遊離アミノ酸
上記(6-1)で調製した上清を蒸留水で10倍希釈し、等量の2%(w/v)スルホサリチル酸水溶液を加えてタンパク質を変性後、孔径0.45μmのセルロースアセテートフィルタでろ過し、アミノ酸分析計(L-8900、日立ハイテクノロジーズ)で分析した。
(6-4)魚醤油の色調
醤油色番の色見本(「しょうゆの日本農林規格」におけるしょうゆ標準色)と試作品の色調とを比較することにより行い、最も近い番手を選択した。
(6-5)耐塩性酵母数
既報の検出法(Yoshikawa S.,Kurihara H.,Kawai Y.,Yamazaki K.,Tanaka A.,Nishikiori T.,and Ohta T.(2010).Effect of halotolerant starter microorganisms on chemical characteristics of fermented chum salmon(Oncorhynchus keta)sauce.J.Agric.Food Chem.,58,6410-6417.)に従い、検出用培地を、酵母エキス0.5%(w/w)、食塩10%(w/w)を添加したポテトデキストロース寒天培地(日水製薬)に、クロラムフェニコールを終濃度100mg/Lとなるように添加して調製した。諸味を滅菌0.85%食塩水で段階的に10倍ずつ希釈して平板塗抹法(30℃、3日間培養)により菌数を測定した。
(6-6)グルコース
グルコースオキシダーゼ法により、諸味を蒸留水で適宜希釈し、グルコース CIIテストワコー(和光純薬工業)を用い、グルコース量を測定した。
(6-7)有機酸量
HPLC(Prominence、島津製作所)を用い、ポストカラム pH 緩衝化電気伝導度検出法により定量した。試料1mLを10,000rpm、4℃、5分遠心分離し、上清50μLを水で50倍希釈後0.45μmセルロースアセテートフィルタに通液後、試験に供した。カラムはShim-pack SCR-102H(300mm×8.0mm i.d.,島津製作所)を2本直列接続、ガードカラムはShim-pack SCR 102 HG(50mm×6.0mmi.d.,島津製作所)を使用した。移動層は20mMビス(2-ヒドロキシエチル)-イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン水溶液(5mM p-トルエンスルホン酸、100μM EDTA含有)、流量は0.8mL/min、カラム温度は40℃、試料注入量は10μLとし、検出器は電気伝導度検出器(CDD-10A VP、島津製作所)を使用した。
(6-8)香気成分
末澤の方法(末澤保彦(1998).固相抽出法を用いた醤油中の2-フェニルエタノール、4-エチルグアヤコールおよび4-エチルフェノールの迅速分析.日本醤油研究所雑誌,24,付21-25)を改変して、魚醤油から固層抽出法により抽出した試料を用いてGC-MS(GCMS-QP2010 Plus、島津製作所)により測定した。魚醤油7mLに食塩3gを添加し、300rpmで10分間振とうして食塩飽和試料を調製した。これを5mL採取し、内部標準として1mg/mLの1-デカノール50μLを加えて混合し、メタノールと蒸留水20mLずつでコンディショニングしたSepPak C18 プラスカートリッジ(Waters)に吸着させ、酢酸メチル0.8mLで溶離させたものを、GC-MSに供した。GC-MSの測定条件は、下記のとおりとした。すなわち、キャピラリーカラムはDB-Wax(30m×0.32mm i.d,膜厚 0.25μm、J&W Scientific)を使用し、昇温条件は 40℃2分間保持、40℃から160℃まで毎分6℃昇温、160℃から240℃まで毎分10℃昇温、240℃6分間保持とした。キャリアーガスはヘリウム、流速は3mL/min、注入口温度は250℃、注入量は1μLとし、スプリットレスモードで試料導入した。
(6-9)エタノール
ガスクロマトグラフィー(263-70型、日立製作所)により測定した。魚醤油に内部標準物質として0.25倍容量のアセトンを加えて測定試料とした。検出器にFIDを用いて、下記の条件で測定した。すなわち、ガラスカラムはφ3mm×2.1m、充填剤は5%ポリエチレングリコール1000(GLサイエンス)、カラム温度は75℃、注入口及び検出器温度は230℃、キャリアーガスは窒素、流速は40mL/minとした。
(6-10)塩分濃度
魚醤油1gに蒸留水9gを加えてよく混合し、塩分計(PAL-SALT、アタゴ)を用いて3回測定した平均値を算出した。
(7)企業による技術実証試験
本研究における酵素分解工程と発酵工程を組み合わせた製造方法(以下、本法)(図9)について、実製造規模における有効性を確認するため、道内の魚醤油製造企業2社にて、サケフィレを原料として約50kg規模2反復(うち1社ではサバドレスを原料とした試験区を追加)の技術実証試験を行った。
(8)実験計画の設定及び統計処理
統計処理ソフトJMP(SAS-Japan Ver.13.1)を用い、実験計画法に基づき試験区を設定した。統計処理(有意差検定)はTukeyKrammer HSD検定により有意水準5%で実施した。
(結果)
(1.諸味酵素分解工程の検討)
原料に対する加水量について検討した。加水量の増加に伴い、遠心分離で得られた液量から加水量を差し引いた諸味の正味の可溶化量は減少した(データ未掲載)。また、加水なし(比較例)に比して、加水量が対原料比10%及び30%ではエキスの遊離アミノ酸量が増加し、30%加水において最大となった(図1)(図1において、エラーバーは標準偏差を示す(n=3))。これは、加水によって発酵初期の諸味の粘度が低下したため酵素が均一に分散し、酵素分解が効率的に進行したためと考えられた。一方で、50%加水では、加水なしよりもエキスの遊離アミノ酸量が低下した。また、30%加水におけるエキス回収量は、反応1時間後には2倍程度増加し、反応時間4時間で横ばいとなった(図2)。
エキスの遊離アミノ酸濃度に影響する要因として、諸味の分解に用いる酵素の種類、反応温度、反応時間、酵素添加量及び食塩添加量について検討した。結果を表1に示す。
Figure 2022073492000001
酵素の種類について、AP及びLP使用区でエキスの遊離アミノ酸濃度が高い結果となった。なお、AP使用区とLP使用区との間には有意差はなかった。
反応温度について、55℃区でエキスの遊離アミノ酸濃度が最も高い結果となった。
酵素反応時間について、酵素反応時間が長くなるに伴いエキスの遊離アミノ酸濃度は有意に増加し、反応4時間で最も値が高くなった。
酵素添加量について、添加量が多くなるにしたがってエキスの遊離アミノ酸濃度が高くなった。なお、対原料比で0.2%と0.3%とでは有意差がなかった。
以上の結果から、加水量を30%とし、酵素はAP又はLPを0.2%添加し、酵素反応時間を4時間、反応温度を55℃とすることで、酵素分解がより良好に進行すると考えられた。
上記の酵素反応条件において、食塩添加量とエキスの遊離アミノ酸量との関係について検討した。結果を表2に示す。
Figure 2022073492000002
食塩添加8%以上では、無添加(比較例)に比べ有意に遊離アミノ酸量が低下した。8%以上の濃度間では遊離アミノ酸量に有意な差は認められなかった。
(2.発酵工程の検討)
本製法の普及にあたり、微生物を培養する設備を所有していない企業でも製造を可能とするため、菌体の培養の作業が必要ないように、市販の耐塩性酵母(Z.rouxii)の濃縮菌株2株を用いて、適性及び発酵温度を検討した。結果を図3に示す。
耐塩性酵母数(図3(a))は、両株とも30℃及び35℃において発酵初期の増殖は良好であった。また、B株はA株に比べ、40℃において発酵初期の増殖の立ち上がりに遅れたみられたものの、最終的には同程度の増殖の程度となった。
エタノール濃度(図3(b))の最高値は、発酵温度にかかわらず約2%となった。また、発酵温度30℃、35℃では、エタノールが最高濃度に達するまでの時間が早い傾向にあった。
グルコース濃度(図3(c))は、耐塩性酵母数の増加と関連して減少する傾向にあり、35℃においては発酵初期に早く減少する傾向が見られた。
本試験においてA株を発酵に用いると、エタノールが最大2%生成されることを確認した。エタノールは食塩と同程度の浸透圧を示し、また、エタノールと食塩を併用することにより、より高い浸透圧となることが知られている(小川敏男(1989).塩と漬物,「漬物製造学」,光琳,東京,pp.25-56.)。また、ヤマメを原料とした魚醤油を安定的に製造するためには食塩添加量が10~12%必要であることが報告されている(小島登貴子ら(2000).魚醤の新製造システムの構築と実用化試験.日本醤油研究所雑誌,26,付11-16)。
そこで、耐塩性酵母が生成するエタノールにより魚醤油の減塩が期待できるため、食塩濃度を10%まで減らして試作を行った。しかし、前述の通りエタノールは2%まで生成した後に徐々に減少するため、発酵期間中にグルコースを補糖することで、エタノール濃度の維持を試みた。
グルコースの補糖の結果を図4に示す。耐塩性酵母数(図4(a))は、発酵温度による顕著な差はなく、発酵終了時の耐塩性酵母数は 30℃で1.1×10CFU/mL、35℃で3.9×10CFU/mLであった。
エタノール濃度(図4(b))は補糖を2回行うことにより最高3.6%に達し、その後発酵終了まで2%以上を維持できた。
グルコース濃度(図4(c))は、補糖を行った場合においても1%程度で推移しており、メイラード反応による褐変を抑制可能であると考えられた。
以上の結果から、発酵工程ではA株を用い、発酵温度を35℃とし、グルコースを2回補糖することにより、発酵終了時のエタノール濃度を2%以上に保つことが可能となり、減塩及び褐変防止により有効であると考えられた。
(3.酵素反応と酵母発酵の併用による小規模魚醤油発酵試験)
上記1.の酵素反応条件及び上記2.の発酵条件をもとに、酵素分解工程と発酵工程を組み合わせた本法(実施例)と従来の麹を用いた製法(以下、従来法)(比較例)とを比較した。各試験区のスキームを図5に示す(図5において、本法(実施例)は「LP」の試験区である)。なお、プロテアーゼ添加については、図2に示したとおり反応時間に応じて酵素分解がほぼ横ばいになることを考慮し、2回に分けて添加、すなわち諸味の仕込み時にLPを0.1%(w/w)添加し、酵素分解工程の終了後に諸味を冷却し、酵母を添加する時点で同量を再添加することとした。また、図5の「35℃4週間加温」の期間において、酵母発酵開始時に1回目の補糖、酵母添加後3~7日目に2回目の補糖、酵母添加後19~26日目に3回目の補糖を行った(すべて諸味重量の5%(w/w)グルコース)。なお、酵素の分割添加の検証については実施例2にて後述する。
結果を図6に示す。本法(実施例)の諸味中の耐塩性酵母数は、発酵3日目でピークに達したのち、急激に菌数が低下したが、発酵24日目以降に再び検出されるようになった(図6(a))。エタノール濃度は、本法では発酵後7日目で目的濃度である2%に達し、発酵終了時には約3%に達した(図6(b))。一方、従来法(比較例)ではエタノール濃度が発酵期間を通じ0.4%以上になることはなかった(図6(b))。諸味中のグルコース濃度は、本法(実施例)では10日目から0.5%以下を維持しており、添加したグルコースは速やかに消費された(図6(c))。一方、従来法(比較例)では3日から10%以上を示し(図6(c))、メイラード反応による濃色化が進むことが推察された。
エキス回収率(図7)については、試験期間を通じて本法(実施例)で製造した諸味の方が、従来法(比較例)のそれを上回っていた。本法(実施例)では、諸味調製時に原料比30%の加水を実施していることから、その分を差し引いた正味のエキス回収率においても本法の方が回収率は約9%高かった。
本法(実施例)及び従来法(比較例)で製造した魚醤油の有機酸及び遊離アミノ酸組成を表3に示す。遊離アミノ酸に関しては、本法で製造した魚醤油は、従来法のそれに比べ、遊離アミノ酸の総量が多く、種類別ではリジン、グルタミン酸、アスパラギンなどが多く、特にアスパラギンの含有量が高かったが、ロイシンが低かった。有機酸に関しては、本法で製造した魚醤油は、従来法のそれに比べて有機酸量が2割弱増加し、特に乳酸が多かった。
Figure 2022073492000003
塩分については、本法(実施例)で製造した魚醤油で9.2%であったのに対し、従来法(比較例)で製造した魚醤油で14.7%であった。また、色調については、本法では醤油色番の35番でしろ醤油相当であったのに対し、従来法では醤油色番の13番でこいくち醤油相当であった。本法(実施例)で製造した魚醤油及び従来法(比較例)で製造した魚醤油の写真を図8に示す。図8において、左側が従来法(比較例)で製造した魚醤油で、右側が本法(実施例)で製造した魚醤油である。本法(実施例)で製造した魚醤油では、従来法(比較例)のそれに比して、明らかに色が薄かった。
本法(実施例)及び従来法(比較例)で製造した魚醤油の香気成分を表4に示す。本法で製造した魚醤油では耐塩性酵母の添加により、従来法のそれにはほとんど含まれていないHEMF(4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノン)などのフラノン類、2-フェニルエタノールや乳酸エチルなどの香気成分が検出された。また、1-ペンテン-3-オールなど不快臭の原因となる魚介類の脂質酸化に由来する成分は検出されなかった。なお、表4において、「HEMF」は、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを指す。
Figure 2022073492000004
(4.企業による技術実証試験)
実製造規模における本法の有効性を確認するため、道内の魚醤油製造企業2社にて、図9に示した工程に基づき、技術実証試験を行った。その結果、従来法に比べ、発酵期間が2カ月から1カ月に短縮するとともに、色調の淡色化、塩分の低減(10%)、芳香成分の付与が確認され、原料魚をサバとした場合も同様の効果を確認した(データ非掲載)。協力企業により、本製法は従来法に対してコストが2割程度削減可能であると試算された。以上より、実製造規模においても本法の有効性が確認された。
(実施例2)
酵素反応工程におけるプロテアーゼの分割添加による効果を検証した。
プロテアーゼを2回にわけて分割添加した試験区と、プロテアーゼを一括添加した試験区のスキームを図10に示す。図10においてエタノールを添加したのは、(本来、魚醤油の製造で使用する)酵母がエタノールを生成することに鑑み、同様の条件下(エタノール存在下)でプロテアーゼの分割添加の効果を検証するためである。
諸味を13g分取して3200rpm、20分間遠心分離後に得られた上清の重量をエキス回収量とし、遠心分離前の諸味重量に対するエキス回収量の割合をエキス回収率とした。
結果を図11に示す。酵素反応工程でプロテアーゼを一括添加(0.2%)する場合と、酵素分解工程と発酵工程の開始時にそれぞれ0.1%ずつ分割添加する場合と、では、分割添加のほうでエキス回収率が約8%高いことが示された。
(実施例3)
実施例1の方法で製造した魚醤油中の香気成分の定量及び香気成分の適正濃度決定試験を行った。
(試験方法)
実施例1において示した図5のスキーム及び「4.企業による技術実証実験」により製造された魚醤油を用いて試験を行った。なお、図5において、「LP」は、スミチーム LP-50(新日本化学)であり、「FS-1」及び「FS-2」は、グルタミナーゼ含有プロテアーゼ(協和化成)である。なお、プロテアーゼ添加については、諸味の仕込み時にLPを0.1%(w/w)、FS-1又はFS-2を0.05%(w/w)添加し、酵素分解工程の終了後に諸味を冷却し、酵母を添加する時点で同量を再添加した。また、図5の「35℃4週間加温」の期間において、酵母発酵開始時に1回目の補糖、酵母添加後3~7日目に2回目の補糖、酵母添加後19~26日目に3回目の補糖を行った(すべて諸味重量の5%(w/w)グルコース)。
・実施例1の方法で製造した魚醤油中香気成分の定量
魚醤油に0.1% 1-デカノールを内部標準物質として加え、実施例1と同様にガスクロマトグラフィーにより定量した。
・香気成分の適正濃度決定試験
検出する香気成分はGC-MS分析においてあらかじめ存在が確認されているHEMF(4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノン)、2-フェニルエタノール及び乳酸エチルとした。これらを含まないホッケ魚醤(カタクラフーズ)にそれぞれの標品(HEMF:SIGMA、2-フェニルエタノール:SIGMA、乳酸エチル:関東化学)を終濃度が0.1,0.5,1,5,10,50,100,500ppmとなるように加えてサンプルを調製した。においの識別能力を事前に確認したパネル4名(男性1名、女性3名;30代 2名、40代 1名、50代 1名)が、香気成分を含まない対照に対して、差を感じない、僅かに感じる、やや感じる、感じる、とても感じるの5段階で評価し、加えて香りの違和感の有無を回答した。パネルの半数以上が対照との臭いの差を感じ、かつ違和感のない濃度範囲を適正濃度範囲とした。
においの識別能力の確認は、臭気判定士国家試験で使用されるパネル選定用基準臭(第一薬品産業)を用い,同試験で使用される嗅覚検査法である5-2法に基づき、あらかじめ検査を行った。5-2法とは調香用ろ紙5枚のうち2枚に識別対象の香気成分を染みこませ、被験者にランダムに提供して臭いの有無を回答してもらう手法である。なお、5枚中着香された2枚のろ紙を識別できた際に識別能力があるとする。キットは香りの特徴が異なる2-フェニルエタノール、メチルシクロペンテノロン、イソ吉草酸、γ-ウンデカラクトン、スカトールの5種の香気成分で構成されており、この全ての香りを識別できた被験者を臭いの識別能力があるとした。
(試験結果)
・実施例1の方法で製造した魚醤油中の香気成分の定量
香気成分は、乳酸エチルは2.6~7.5ppm、2-フェニルエタノールは9.7~31.7ppm、HEMFは19.8~95.0ppmであった(表5)。なお、表5において、「HEMF」は、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを指す。
Figure 2022073492000005
・香気成分の適正濃度決定試験
本製法による従来法にはない乳酸エチル、2-フェニルエタノール、HEMF(4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノン)の付与を確認した。そこで、付与された香気成分が官能評価に与える影響を、これら3成分を含まない魚醤油に種々の濃度で添加して検討した。その結果、HEMFは0.1ppmでは香りを感じず、0.5ppm以上でコントロールとの差を認識し、500ppmで薬品臭のような違和感が生じた。2-フェニルエタノールは0.1ppmでは香りを感じず、0.5ppm以上でコントロールとの差を認識し、100ppm以上で違和感が生じた。乳酸エチルは0.1ppm未満ではコントロールと差が無く、0.5ppm以上でコントロールとの差が認識され、100ppm以上になると違和感が生じた(表6)。なお、表6において、太線で囲った部分は、官能上、違和感を生じない適正な濃度範囲を表す。また、表6において、「HEMF」は、4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを指す。
Figure 2022073492000006
以上より、HEMF(4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノン)は0.5ppm以上100ppm以下、2-フェニルエタノールと乳酸エチルは0.5ppm以上50ppm以下が望ましい香気成分濃度であることが明らかとなった。本実施例の製法で生成する香気成分は、乳酸エチルは2.6~7.5ppm、2-フェニルエタノールは9.7~31.7ppm、HEMFは19.8~95.0ppmであり、全て適正な香気成分濃度の範囲であった。このことから、本実施例の製法は、魚醤油に良好な香気を付与する優れた製法であることが明らかとなった。
本実施例の魚醤油の製造方法によって、うま味に富み、低塩分(塩分10%未満)かつ3種の芳香成分が付与された淡色の魚醤油を、1ヵ月という短期間で製造できることが示された。本法により、原材料費カットや製造期間の短縮による製造コストの削減が期待できると考えられた。

Claims (7)

  1. プロテアーゼを用いる酵素反応工程と、
    耐塩性酵母を用いる発酵工程と、
    を含み、
    麹は使用されず、
    前記発酵工程において、糖は、2回以上に分けて添加される、
    ことを特徴とする魚醤油の製造方法。
  2. 前記酵素反応工程において、プロテアーゼは、2回以上に分けて添加される、
    ことを特徴とする請求項1に記載の魚醤油の製造方法。
  3. 前記酵素反応工程において、食塩は、対加水原料比で5~12%(w/w)添加される、
    ことを特徴とする請求項1又は2に記載の魚醤油の製造方法。
  4. 4-ヒドロキシ-2-エチル-5-メチル-3(2H)-フラノン又は4-ヒドロキシ-5-エチル-2-メチル-3(2H)-フラノンを0.5~100ppm、
    2-フェニルエタノールを0.5~50ppm、及び
    乳酸エチルを0.5~50ppm含有する、
    ことを特徴とする魚醤油。
  5. 塩分含有量は、5~12%(w/w)である、
    ことを特徴とする請求項4に記載の魚醤油。
  6. 遊離アミノ酸含有量は、6%(w/w)以上であり、有機酸含有量は、0.7%(w/w)以上である、
    ことを特徴とする請求項4又は5に記載の魚醤油。
  7. 色度は、しょうゆ標準色23番以上52番以下である、
    ことを特徴とする請求項4乃至6のいずれか1項に記載の魚醤油。
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CN115039868A (zh) * 2022-06-28 2022-09-13 江苏恒顺醋业股份有限公司 一种臭味鱼露及其制备方法

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