JP2020059679A - 網膜神経保護作用を有するアペリン受容体アゴニストを含有する医薬組成物 - Google Patents

網膜神経保護作用を有するアペリン受容体アゴニストを含有する医薬組成物 Download PDF

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【課題】糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護する作用を有し、アペリン受容体に対して高い選択性を有するアゴニストを含有する医薬組成物の提供。【解決手段】下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物。(R1は炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基;R2〜R4は各々独立してH、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基;R5は置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基)【選択図】図14

Description

本発明は糖尿病網膜症を予防若しくは治療するための、網膜神経細胞に対して神経保護作用を示すアペリン受容体(APJ)アゴニストを含有する医薬組成物とその使用方法に関する。具体的には、糖尿病が原因で網膜神経細胞が変性し細胞死に至る病態の進行を抑制し、該神経細胞を保護するために有効である低分子化合物のアペリン受容体(APJ)アゴニストとして作用する化合物を含有する医薬組成物に関する。
近年、日本国内においては糖尿病患者総数の約15%が糖尿病網膜症にかかっていると推定され、国内では約140万人が対象と考えられる(OCULISTA 2013;8;1-5)。さらに別の報告によると、年間約3000人が糖尿病網膜症による中途失明者になり(岡畑純江等、月間糖尿病 Vol.6 No.6(通巻64号)2014年7月号17p)、成人の失明原因の主な原因となっている。中途失明は日常生活の質を極度に低下させることから、その防止は極めて重要な課題である。糖尿病網膜症は基本的には微小血管の破綻が原因と考えられている。糖尿病の罹患期間が長くなるに従い、網膜症の発症率が高くなることが知られており、血管壁が次第に薄くなり脆弱化が進行することで血液網膜関門の破綻が生じると硬性白斑が認められるようになる。こうした変化は血流障害を誘起し、血栓形成による微小血管の閉塞を来たすことが病態の進行が進むことが知られている。糖尿病網膜症の進行は一般に緩徐に進行し、初期にはこうした網膜の毛細血管が脆くなる単純網膜症の段階から、次いで血管の障害が次第に進行し増殖前網膜症を経て増殖網膜症の段階に至り、網膜剥離などを引き起こし多彩な症状を引き起こしながら網膜神経を破壊し、最後に失明に至ることが知られている。従って、網膜神経が損傷する段階若しくはその手前で網膜神経を保護する処置を行うことが出来れば、これによる失明は回避されると期待される。現状ではレーザー光凝固術による網膜および硝子体内に発生する新生血管の発生を防止する方法や、さらに病態が進行した場合には、硝子体手術が適用されるが、これらの方法では網膜神経が直接保護されるものでは無く、単に病態の進行を遅らせるに過ぎないことが指摘される。
糖尿病網膜症における網膜神経の変性にはNMDA(N−メチル-D-アスパラギン酸)受容体を介した神経細胞死が関与していることが示唆され、非特許文献1ではNMDAを眼内に投与することで網膜神経節細胞およびアマクリン細胞がアポトーシスを引き起こすことが明らかにされた。非特許文献1において、神経細胞死は神経毒性を有するグルタミン酸により誘起され、興奮性刺激により放出されたグルタミン酸が神経細胞のグルタミン酸受容体を刺激することで細胞内に過剰のカルシウムが流入し、このことが神経細胞内のカルパインを活性化することで神経細胞死に繋がることが報告されている。このことからカルパイン阻害剤を網膜神経細胞内に導入出来れば、神経細胞死を抑制する可能性が挙げられる。例えば非特許文献2において、カルパイン阻害剤としてSNJ−1945を投与することで神経細胞死が抑制できることが示されている。この場合、予めSNJ−1945を投与した後にマウスの硝子体内へNMDAを注入していることから、実際の治療目的に照らし合わせると、神経細胞死が進行している段階でのSNJ−1945の投与効果が示されておらず、慢性疾患である糖尿病網膜症の治療において、果たしてこうしたカルパイン阻害剤が有効であるか未だ不明である。非特許文献3においてはSNJ−1945の繰り返し投与によってもその効果は必ずしも発揮されない可能性を示しており、未だ投与後の体内動態や蓄積性など不明な点が多く残されている。さらに、カルパインは体内の様々な器官において多様な機能を司っており、これまで少なくとも15種類のカルパインがヒトの体内において機能していることが明らかにされているが、生理的機能が未だ解明されていない種も存在する。従ってカルパイン阻害剤を適用する際には、ターゲットとする特定のカルパインに対して選択的に作用する阻害剤を用いることが重要である。こうした観点からカルパイン阻害剤からのアプローチは有用である可能性が存在するものの解決すべき課題が多数残されていることが現状である。
糖尿病網膜症と並び失明に至る最も発生頻度の高い緑内障の予防、治療に関する研究も盛んに行われている。本発明者らはペプチドであるアペリンおよびアペリン受容体(APJ)の中枢神経系における発現とその作用に関する研究を進め、マウスにおいてAPJが網膜神経節細胞および内顆粒層に発現していることを見出している。緑内障による視神経の障害は視神経乳頭の陥没を伴うことが特徴である。視神経乳頭は網膜神経節細胞の神経軸索が集合し神経線維束となって篩状板を通過し、これ以降有髄線維束となって視交叉を経て後頭葉視覚中枢に達する。緑内障では篩状板が湾曲することで神経線維が絞扼され、神経細胞の活動を維持するための栄養因子などが途絶するため網膜神経節細胞のアポトーシスが引き起こされることが原因とされている。これに加えてグルタミン酸などの神経毒による障害も緑内障を悪化させる因子として挙げられる。本発明者らは、緑内障モデルとして、網膜にNMDAを作用させることで網膜神経細胞死が誘起されたマウスモデルにおいて、アペリンを硝子体内へ直接注入することで網膜神経節細胞とアマクリン細胞の双方のアポトーシスを抑制することを見出してきた(非特許文献4を参照)。
アペリンは、Gタンパク質供役受容体であるAPJのリガンドであり、アペリン−APJシステムは、体内の様々な組織で発現しており、様々な生理学的プロセスの重要な調節因子として機能している。これまで主に血管系におけるアペリン−APJシステムの役割に関して研究が進み、高血圧、心不全、アテローム性動脈硬化などの様々な病態の進行および抑制の両方に関与することが明らかにされてきた。アペリン−APJシステムは心血管系の恒常性を維持するための強力な調節因子であることから、これらは心血管系疾患における重要な薬理的ターゲットでもある。アペリン−APJシステムはこれ以外にも肝機能や腎機能の調整、体温調節、免疫性、グルコース代謝、血管新生、体液恒常性などにも深く関わっていることが知られている。
現在、臨床応用されている医薬品の多くがGタンパク質共役受容体を標的にしていることから、アペリン−APJシステムに対するアペリン類似化合物やアペリンと構造を異にするアゴニスト若しくはアンタゴニストは、新規な治療薬の開発に繋がる可能性が高く盛んに研究が行われている。
一方でアペリン及びAPJの両方は中枢神経系においても発現が認められているが、その役割については未だ不明な点が多い。これまでに、アペリンは、グルタミン酸や虚血再灌流障害により誘発される神経細胞死に対して保護作用を有することが報告されている。本発明者らは神経細胞として特に視神経に着目し、失明に至る様々な疾患から視神経を保護するための薬理作用を有するペプチドの研究を進めてきた。本発明者らは非特許文献4において、成体マウスの網膜においてAPJが網膜神経節細胞およびアマクリン細胞に発現していることや、緑内障モデルマウスの網膜神経細胞である網膜神経節細胞およびアマクリン細胞のアポトーシスに対してアペリンが顕著な保護作用を有することを開示した。このように本発明者らは緑内障モデルマウスにおいてアペリンによるAPJの活性化が網膜神経細胞の保護に有効であることを見出してきた。本発明において解決しようとする課題は、緑内障に代わり糖尿病網膜症における網膜神経細胞の保護を可能とする手段を見出すことであるが、発生機序が緑内障と糖尿病網膜症では大きく異なり、緑内障においては視神経乳頭部における網膜神経節細胞からの神経軸索の絞扼による神経細胞障害からの保護であり、糖尿病網膜症では微小血管の脆弱化による血流障害からの神経細胞の保護が重要になる。緑内障におけるアペリン/APJシステムの関わりを研究する中で、本発明者らは糖尿病網膜症における同システムの関与を追及する中で本発明の完成に至ったのである。
視細胞から伝達される光刺激シグナルは、光受容体である桿体および錐体の2種類の視細胞から双極細胞を介して介在ニューロンであるアマクリン細胞を経由し網膜神経節細胞に入り、ここから視神経乳頭に収束し、視交叉を経て後頭葉視覚中枢に達する。網膜神経節細胞は視覚を司る極めて重要な神経伝達の中継ポイントであり、さらに情報処理機能も備えているため、その障害は失明に直結する重大な問題となり得る。
糖尿病網膜症に対する治療方法として、レーザー光による網膜光凝固術や外科的手術がある。また、硝子体内の血管新生を抑制し病態の進行を抑制する手段として血管内皮増殖因子(VEGF)に対する中和抗体の硝子体内投与も行われているが、これらは病態の進行を抑制するのみで十分な治療方法として確立されたものではない。
先のカルパイン阻害剤からのアプローチとは対照的に、本発明者らは、緑内障モデルマウスにおいて、NMDAとアペリンを同時投与した際に、緑内障における網膜神経細胞死が顕著に抑制されることをこれまで見出してきた。しかしながら硝子体への薬剤の直接投与は侵襲が大きく患者への負担が大であり、感染症などの問題もあるため、こうした方法は実際の治療方法に展開することは困難であると考えられる。
アペリンは77残基のペプチド体から36残基のペプチド(アペリン−36)およびさらに分子量の低下した13残基のアペリン−13へと体内で処理され、これらがAPJに対するリガンドとして作用することが知られている。こうしたアペリン自体を医薬組成物として利用することは、ペプチドとしての安定性やその製造方法、入手方法、価格等に問題があり、治療目的に利用するためには様々な問題があるのが現状である。これに対して様々な合成化合物のアペリン受容体(APJ)アゴニストが報告されている(例えば、特許文献1、特許文献2を参照)。特許文献1および特許文献2には、様々な構造を有するAPJ受容体アゴニストが開示されているが、いずれもペプチド鎖を導入した複雑な構造を有する化合物であり、安定性や入手方法に関して問題がある。
糖尿病網膜症においては、網膜への血液供給が非常に重要な役割を果たしていると考えられる。網膜への血液の供給は実際二つのルートから行われており、両者の間の交通は存在しないと考えられている。即ち、心臓から頸動脈を経由して頭部に供給される動脈血は、内頸動脈を経て眼動脈に注がれ、これから網膜中心動脈を経由し網膜毛細血管から、網膜神経細胞に直接酸素および栄養素を供給する第1のルートと、網膜視細胞の網膜神経とは反対側の網膜色素上皮層に酸素及び栄養素を供給する毛様動脈を経由して脈絡膜毛細血管に到達する第2のルートの2つのルートがある。脈絡膜毛細血管は有窓血管で、脈絡膜実質中では血液成分は自由に交通しているが、網膜色素上皮層どうしはtight junctionで接合しており隣接する視細胞との間には特に接着構造は有していない。両者は外血液網膜関門を構成し、これからの視細胞への血液成分の移動は困難かつ選択的であり、第2のルートからの薬物の送達は困難である。また、第1のルートの網膜中心動脈からの輸送についても内血液網膜関門が存在し、やはり様々な薬物に対するバリアとして機能している。
これらの血液関門により網膜神経細胞を保護するための様々な薬剤の送達が阻害される。アペリンを始め水溶性ペプチド類は血液関門を通過することが困難であり、さらに水溶性でイオン性の化合物の通過も一般的に困難である。また、薬剤の投与方法として経口投与は最も好ましい投与方法の一つであるが、消化管内での酵素分解や肝臓における代謝を受けやすく、さらに血漿中の様々の酵素による分解反応についても考慮する必要がある。したがって、薬剤として医薬組成物を検討する場合、それに含まれる成分の分解挙動や薬効成分の放出のタイミングおよび投与方法などについても考慮することが必須である。
こうした理由から、上述したアペリン受容体(APJ)アゴニストとしては、血液網膜関門を通過できることに加えて、体内においてある程度の安定性を有することが必要である。特許文献1および特許文献2に示されるアペリン受容体アゴニストはいずれも血液網膜関門を通過できないため末梢血管系からの投入で網膜神経節細胞へ達することが出来なかった。
アペリン受容体(APJ)は上述したように生体内において様々な働きを通して正常な生体機能を維持するための調節に大きく寄与しており、その選択的アゴニストとしてアペリンが存在するが、APJのアゴニストとしてアペリン以外の分子を利用する場合、APJに対する選択性が問題となる場合がある。APJはアンジオテンシンII受容体AT1と相同性が高く、これ以外のGタンパク質供役受容体との相同性も有している。従って、アペリン以外のアペリン受容体アゴニストは、これ以外のタンパク質に対してもアゴニストとして作用することで生体内において好ましくない副作用を及ぼす可能性がある。こうした理由から、APJに対するアゴニストとしては選択性が高く、これ以外の相同性を有するタンパク質との相互作用ができるだけ少ないものを選択する必要がある。
したがって、糖尿病網膜症を予防若しくは治療するための網膜神経細胞を保護する作用を有するアペリンに代わる低分子化合物であるアペリン受容体(APJ)に対して高い選択性を有するアゴニストを含有する医薬組成物と、末梢血管系からの投入で網膜神経節細胞へ達することのできる医薬組成物の使用方法が求められている。
特表2016−504335号公報 特表2017−523126号公報
Nakazawa T. et al., Calpain-mediated degradation of G-substrate plays a critical role in retinal excitotoxicity for amacrine cells. J. Neurosci. Res., 87(6): 1412-1423(2009) Shimazawa M., et al., A Novel Calpain Inhibitor, ((1S)-1-((((1S)-1-Benzyl-3cyclopropylamino-2,3-di-oxopropyl)amino)carbonyl)-3methylbutyl)carbamic Acid 5-Methoxy-3-oxapentyl Ester (SNJ1945), Reduces Murine Retinal Cell Death In Vitro and In Vivo, J. Pharmacology and experimental therpeutics, 332:380−387 (2010) Bains M., et al., Pharmacological analysis of the cortical neuronal cytoskeletal protective efficacy of the calpain inhibitor SNJ‐1945 in a mouse traumatic brain injury model, J Neurochemistry, 125(1):125-132 (2013) Ishimaru Y.、et al., Apelin protects against NMDA-induced retinal neuronal death via an APJ receptor by activating Akt and ERK1/2, and suppressing TNF-a expression in mice, Journal of Pharmacological Sciences 133 (2017)
上記状況に鑑みて、本発明は、糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護する作用を有し、低分子化合物として安定性があり、入手や取扱いが容易であり、アペリン受容体(APJ)に対して高い選択性を有するアペリン受容体アゴニストを含有する医薬組成物を提供することを目的とする。
上記課題を達成すべく、本発明の医薬組成物は、糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物である。ここで、下記式(I)中、Rは炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基を、R〜Rは各々独立して水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。
なお、本明細書においてアペリン受容体アゴニストとは、アペリンと同様の作用を発揮する物質であるアペリン様薬剤と同意義で用いられており、アペリン受容体(APJ)を介してアペリンと同様の作用を発揮する物質をいう。
また、本発明の医薬組成物は、糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(II)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物であってもよい。ここで、下記式(II)中、Rは炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基を、Rは水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。
さらに、本発明の医薬組成物は、糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(III)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物であってもよい。ここで、下記式(III)中、Rは水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。
本発明の医薬組成物は、好ましくは、末梢血管系に投与され、体循環を経て眼動脈経由で網膜に到達させるように用いられる。ここで、末梢血管系は、具体的には、眼の血管以外の部分の末梢血管系を用いることができる。
本発明の医薬組成物は、ヒトやヒト以外の動物の末梢血管系に投与され、医薬組成物の有効成分のアペリン受容体アゴニストを、体循環を経て眼動脈経由で網膜に到達させることで糖尿病網膜症における網膜神経細胞死を抑制し、網膜神経細胞の保護を図る。
本発明の医薬組成物によれば、網膜神経細胞を保護する作用を有し、低分子化合物として安定で入手が容易であり、アペリン受容体(APJ)に対して高い選択性を有するアゴニストを含有し、末梢血管からの投与で網膜に到達することで糖尿病網膜症における網膜神経細胞死を抑制できる。
暗順応下でマウスに1ミリ秒間、1.0×10−3(cd・s/m)の強さの光をマウスに当てたときに得られる網膜電図 暗順応下でマウスに0.3ミリ秒間、3.0(cd・s/m)の強さの光をマウスに当てたときに得られる網膜電図 眼球パラフィン切片を抗Brn−3a抗体で染色した代表的な画像 (A)は5週齢のAkitaマウスおよびWTマウスに高脂肪食(HFD)または通常飼料(Normal)を4週間摂取させた場合の網膜電図の推移を示すグラフ、(B)通常飼料または高脂肪食を 4週間摂取させたマウスの網膜切片におけるBrn−3a(網膜神経節細胞マーカー)陽性細胞数を示す図 Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下を示す図、(A)野生型マウス(WT)およびAkitaマウスに通常飼料または高脂肪食を摂取させ、1週間ごとに視細胞由来の電気信号(a−wave)の変化を示す図、(B)網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)の変化を示す図 Akitaマウスにおける高脂肪食摂取による網膜神経節細胞死に対するML233投与の影響を示す図、(A)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した際に、1週間ごとに網膜神経節細胞由来の電気信号の振幅の推移を示すグラフ、(B)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した際の4週間後のマウスの網膜切片におけるBrn−3a陽性細胞数を示す図 Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下に対するML233投与の影響を示す図、(A)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した際の1週間ごとの視細胞由来の電気信号(a−wave)の推移を示すグラフ、(B)網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)の振幅の推移を示すグラフ Akitaマウスにおける高脂肪食摂取による網膜神経節細胞死に対するアペリン遺伝子欠損の影響を示す図、(A)野生型マウス、Akitaマウス、アペリン遺伝子欠損マウス、アペリンKO−Akitaマウスに高脂肪食を摂取させ、1週間ごとに網膜神経節細胞由来の電気信号を記録し、振幅を測定した結果を示す図、(B)各マウスに高脂肪食を4週間摂取させたマウスの網膜切片におけるBrn−3a 陽性細胞数を示す図 Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下に対するアペリン遺伝子欠損の影響を示す図、(A)野生型マウス、Akitaマウス、アペリン遺伝子欠損マウス、アペリンKO−Akitaマウスに高脂肪食を摂取させ、1週間ごとに視細胞由来の電気信号(a−wave)の推移を示すグラフ、(B)網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)の振幅の測定結果を示す図 眼球パラフィン切片を抗calretinin抗体で染色した場合の画像 NMDA硝子体投与による網膜神経節細胞死およびアマクリン細胞死に対するML233投与の影響を示す図、(A)ML233またはDMSOをマウスの腹腔内に投与し、1時間後、NMDAまたはsalineを硝子体内投与した際の、24時間後のマウスの網膜切片における網膜神経節細胞層のcalretinin陽性細胞数を示す図、(B)内顆粒層のcalretinin陽性細胞数を示す図 MNU腹腔内投与による視細胞死の誘導を示す図、(A)無処置またはMNU(30 mg/kg)腹腔内投与24時間後のマウスに3.0(cd・s/m)の光を照射し、得られた網膜電図、(B)無処置またはMNU(30 mg/kg)腹腔内投与24時間後のマウスの網膜切片をTUNEL染色した試料の光学顕微鏡写真 MNU腹腔内投与によるa−waveおよびb−waveの低下に対するML233投与の影響を示す図、マウスにML233(5mg/kg)またはDMSOをMNU投与24時間前、1時間前およびMNU投与後24時間毎に腹腔内投与した際の、(A)MNU投与前、(B)投与24時間後、(C)48時間後、および(D)72時間後のマウスに3.0(cd・s/m)の光を照射したときの網膜電図 MNU腹腔内投与による外顆粒層のアポトーシスに対するML233投与の影響を示す図
下記の一般式(I)のアペリン受容体アゴニストについて説明する。上述したとおり、本明細書において、アペリン受容体アゴニストとは、アペリンと同様の作用を発揮する物質であるアペリン様薬剤と同意義で用いられており、アペリン受容体(APJ)を介してアペリンと同様の作用を発揮する物質をいう。ここで、下記式(I)中、Rは炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基を、R〜Rは各々独立して水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。
上記一般式(I)で表される化合物については、Sanford-Burnham Medical Research Instituteが公開する“Functional agonists of the Apelin J (APJ) receptor”の表題のProbe Report(URL:www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK98921/を参照)において詳細に述べられている。上記一般式(I)で表される化合物の内で、アペリン受容体アゴニストとして好ましい例が挙げられている。一般式(I)がアペリン受容体(APJ)の完全アゴニストとして機能するためには、特に、Rがイソプロピル基、シクロヘキシル基、又は、ターシャリーブチル基、R及びRが水素原子、Rが水素原子、又は、メチル基である場合が好ましい。
およびRにおける選択肢からメチル基を削除しているのは、RまたはRを小さな脂肪族炭化水素に置換すると、アペリン受容体アゴニストとしての活性が低下する傾向にあるからである。また、Rを大きな脂肪族炭化水素に置換する場合においても、アペリン受容体アゴニストとしての活性が低下する傾向にあるため、Rの置換基を水素原子またはメチル基に限定するものである。
同様の観点から、一般式(II)がアペリン受容体(APJ)の完全アゴニストとして機能するためには、Rがイソプロピル基、シクロヘキシル基、又は、ターシャリーブチル基、Rが水素原子、又は、メチル基である場合が好ましい。
糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護する医薬組成物であって、アペリン受容体アゴニストを有効成分として含有する化合物1〜9について以下に説明する。化合物1〜9は、それぞれ下記化学式1〜9で表される。
化合物1は、一般式(I)において、Rにシクロヘキシル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rにフェニル基を導入した化合物である。
化合物2は、一般式(I)において、Rにイソプロピル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rにベンゾニトリルを導入した化合物である。
化合物3は、一般式(I)において、Rにイソプロピル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに(4-トリフルオロメトキシ)フェニル基を導入した化合物である。
化合物4は、一般式(I)において、Rにターシャリーブチル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rにフェニル基を導入した化合物である。
化合物5は、一般式(I)において、Rにイソプロピル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに(4-トリフルオロメチル)フェニル基を導入した化合物である。
化合物6は、一般式(I)において、Rにシクロヘキシル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに3-クロロフェニル基を導入した化合物である。
化合物7は、一般式(I)において、Rにシクロヘキシル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに2,6-ジクロロフェニル基を導入した化合物である。
化合物8は、一般式(I)において、Rにイソプロピル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに3-ピリジル基を導入した化合物である。
化合物9は、一般式(I)において、Rにシクロヘキシル基、Rに水素、Rにメチル基、Rに水素、Rに1-メチルイミダゾール-2-イルを導入した化合物である。
特に化学式1の化合物は、研究用試薬の商品名“ML233”として市販されており、容易に入手可能である(例えば、フナコシ株式会社より入手可)。ML233はヒト血漿中においてその大部分が血漿タンパクと結合しているにもかかわらず安定性が比較的低いことが知られている(上記Probe Report参照)。これは化合物の構造的特徴としてN−置換キノンイミンスルホン酸エステル構造の不安定性にも起因しており、これについてはフェニル基に置換する各種置換基の電子供与性あるいは電子吸引性効果による安定性への影響もあることから、必要とされる血中濃度を維持するために一般式(I)においてそれぞれの置換基を選択することにより、本発明の目的に合致するための最適化を行うことができる。
一般式(I)の化合物については、各種置換基の導入による構造とアゴニストとしての活性の関係がすでに報告されている。上記に例示した化学式1〜9の化合物1〜9は、いずれもアペリン受容体アゴニストとしての高い活性を示す。これらのアペリン受容体アゴニストとしての効果を示すEC50(50%効果濃度)の値を下記表1に示す。さらに一般式(I)の化合物は、アペリン受容体(APJ)と相同性の高い他のGタンパク質供役受容体であるアンジオテンシンII受容体AT1との結合性の比較を行い、両者の比APJ/AT1についても同じく下記表1に纏める。
一般式(I)の化合物は、一般に水に対する溶解性が低いことから、これを含む医薬組成物を構成する場合に、水以外のアルコールや水混和性の有機溶剤としてジメチルスルホキシド(DMSO)などの各種有機溶剤を添加して、一般式(I)の化合物の溶解性を高めた状態で使用することも出来る。
本発明の医薬組成物は、治療有効量の一般式(I)の化合物、及び一般的には、許容される医薬担体、希釈剤、又は添加剤、例えば滅菌水、生理食塩水、静菌性食塩水、すなわち約0.9%mg/mlベンジルアルコールを含有する食塩水、リン酸緩衝化食塩水、ハンクス液、乳酸リンゲル液、グリセリン、ラクトース、デキストロース、スクロース、トレハロース、ソルビトール、マンニトールなどを含有する。さらには、水溶性高分子化合物として、各種セルロース誘導体、アルギン酸塩、カラギーナンなどの増粘性を付与するとともに消化管内における酵素分解を遅延させる効果を有する添加剤を含有することもできる。本発明の医薬組成物は、一般的に液剤又は懸濁剤である。
本発明の医薬組成物は、経口投与、皮下投与、腹腔内投与、筋内内投与、経肺投与、肺吸入により、及び/又は、徐放投与により投与される。本発明の医薬組成物は、経口又は皮下、さらに腹腔内に投与される。投与回数は、単回ではなく症状に応じて一日当たり1回から数回を継続的に繰り返し投与が行われる。この場合、皮下投与、特に腹腔内投与においては、一般式(I)の化合物は水溶性が低いことから皮下組織または腹腔内に比較的長く貯留されることから、本発明の医薬組成物が少しずつ末梢血管から吸収され、体循環や肝門脈経由で眼動脈に到達できるため好ましい。さらには、抗癌剤のパクリタキセルの腹腔内投与の場合のように、腹腔内にカテーテルを挿入し、これに接続する皮下に埋設したポートに体外から本発明の医薬組成物を投入する方法や、同様なカテーテルを利用して腹部にリザーバーを埋設してこれから医薬組成物を腹腔内に投入することが好ましい。
或いは、一般式(I)の化合物を含有するマイクロカプセルとして、例えば前立腺がんの化学療法に用いられる酢酸リュープロレリンを含有する「リュープリン」のように、生分解性ポリ乳酸・グリコール酸によってマイクロメーターサイズの徐放性剤としての利用も可能である。これを皮下、特に腹腔内に投与することで数か月間にわたり、一般式(I)の化合物を徐放することで末梢血管から吸収され頸動脈から眼動脈経由で網膜に到達し、網膜神経細胞の保護作用を有効に維持することが出来ることから極めて好ましく用いることができる。さらに、頸動脈から眼動脈に至る分岐点である内頚動脈付近において一般式(I)を含む本発明の医薬組成物を留置することも好ましく行うことが出来る。
糖尿病網膜症では網膜神経細胞のみならず視細胞への毛細血管からの栄養供給が阻害され視細胞の壊死を伴う場合がある。本発明の効果として、さらに一般式(I)の化合物を含む医薬組成物を皮下組織あるいは腹腔内に投与した場合、末梢血管から吸収されて最終的に眼動脈に注がれ網膜に到達するが、後述する実施例において示すように、脈絡膜実質中経由で網膜色素上皮層を通過し視細胞に対する保護作用を認めたことから一般式(I)の化合物は網膜神経細胞のみならず視細胞自体の保護作用も併せて有することが確認され、本発明の医薬組成物による新たな効果として期待できる。
本発明の医薬組成物は一般的に、容認できない副作用を引き起こすことなく、望ましい治療効果や予防効果を生じる投入量で用いることが必要である。典型的な投入量範囲は、1日あたり約0.001mgから1日あたり約10mgである。一般式(I)の化合物のそれぞれについての好ましい投入量範囲は、1日あたり約0.001mgから1日あたり約10mgであり、そして最も好ましい投入量範囲は、約0.001mg/日から約1mg/日、特に約0.01〜1mg/日である。
最近、アペリン受容体アゴニストの例として様々な化合物が合成され、それらの特性が検討されている。例えば、特開2017−061546号公報に示されるトリアゾール誘導体、特表2017−523126号に示されるピラゾール誘導体、特表2018−516928号に記載されるヒドロキシピリジン誘導体などが挙げられる。これらはアペリン受容体アゴニストとして作用するが、本発明の目的とする医薬組成物として用いるには、血液網膜関門透過性やAPJに対する選択性に劣ることから、本発明の一般式(I)の化合物とともに用いることが可能である場合もあるが、これらをそれぞれ単独で用いても本発明の目的とする効果、すなわち、網膜神経細胞の保護効果は得られなかった。
以下実施例によって本発明を更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例中の百分率は断りのない限り質量基準である。
本実施例では、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取による網膜神経細胞死に対するML233の保護効果について説明する。
(実験動物および飼料)
C57BL/6N系を遺伝子背景にもつ糖尿病モデルマウスであるAkitaマウスおよび野生型(WT)マウスは、日本SLC株式会社から購入した。アペリン遺伝子欠損(KO)マウスは、武田薬品工業株式会社から入手した。アペリンKOマウスとAkitaマウスを掛け合わせて、アペリンKO−Akitaマウスを作製した。実験には、全て雄性マウスを用いた。マウスは透明ケージ(24×17×12 cm)で飼育し、室温は22±1℃、照明時間は1日12時間とする飼育条件下で、餌と水を自由に摂取させた。高脂肪食としてQuick fat(日本クレア株式会社)を、通常飼料としてMF(オリエンタル酵母工業株式会社)を使用した。実験動物の飼育、実験等はすべて「日本薬理学会指針」に従って計画し、実施した。
(網膜電図検査)
12時間以上暗順応させたマウスを暗室内で抱水クロラール(500mg/kg)の腹腔内投与により麻酔後、ベノキシール点眼液0.4%(オキシブプロカイン塩酸塩4mg/mL;参天製薬株式会社)により角膜表面を麻酔し、ミドリンP点眼液(トロピカミド5mg/mL、フェニレフリン塩酸塩5mg/mL;参天製薬株式会社)により散瞳させた。網膜電位の変化を記録するため、マウスの角膜上にコンタクトレンズ型関電極(Mayo)を装着し、マウス口内に不関電極を挿入した。アース(接地電極)をマウス尾部に装着し、白色LED光源を備えた半球ドーム(小動物用全視野光刺激装置;Mayo)内にマウスを静置した。網膜神経節細胞由来の電気信号(暗順応閾値反応;STR)を惹起させるため、1ミリ秒間、1.0×10−3(cd・s/m)の強さの光をマウスに当てた。5秒間隔で8回測定し、得られた結果を平均した。この条件でみられる代表的な網膜電図を図1に示す。また、視細胞由来の電気信号(a−wave)および網膜内顆粒層に細胞体が存在する介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)を惹起させるため、0.3ミリ秒間、3.0(cd・s/m)の強さの光をマウスに当てた。30秒間隔で4回光を当て、得られた結果を平均した。この条件でみられる代表的な網膜電図を図2に示す。測定結果の記録および加算平均処理は、PowerLabデータ収集・解析システム(AD Instruments)を用いて行った。STRは、網膜電図における基準値から最大値までを測定し、その振幅を数値化した。a−waveは、網膜電図における基準値からトラフ値までを、b−waveは、トラフ値から最大値までを測定し、その振幅を数値化した。
(免疫組織化学染色)
マウスを麻酔し、開腹および開胸後、左心室から生理食塩水を灌流し脱血した。続いて、4%パラホルムアルデヒド(PFA)により灌流固定を行い、眼球を摘出した。摘出した眼球を4℃にて24時間4%PFA中で浸漬固定した。眼球を超純水により洗浄し、4℃にて24時間Zinc Fixative Solution(BD Pharmingen)中で浸漬固定した。眼球をパラフィン包埋後、5μmの厚さに薄切し、スライドグラス上にて一晩乾燥させた。眼球切片をキシレンで脱パラフィン後、エタノール及び水道水により親水化し、0.05% Tween−20を含むTris−EDTA buffer(pH8.0)中でマイクロウェーブ照射により抗原を賦活化し(沸騰後500Wで10分間煮沸し20分間放冷×2回)、blocking buffer(0.5% Triton−X100及び0.5% skim milkを含むTris−buffered saline(TBS))で室温にて30分間blockingを行った。マウス抗Brn−3a抗体(Santa Cruz Biotech.;sc−8429)をblocking bufferで50倍希釈し、4℃で一晩、眼球切片と反応させた。0.1% Triton−X100を含むTBSで洗浄後、ビオチン標識anti−mouse IgG抗体(Dako;E0433)をblocking bufferで500倍希釈し、室温で1時間、眼球切片と反応させた。洗浄後、FITC標識streptavidin(BD biosciences;554060)をblocking bufferで500倍希釈し、室温で1時間、眼球切片と反応させた。洗浄後、眼球切片をカバーグラスと封入材Fluoromount G(Southern Biotechnology Inc.)を用いて封入し、蛍光顕微鏡AZ100(Nikon)にて観察した。代表的な染色画像を図3に示す。図3は眼球パラフィン切片を抗Brn−3a抗体で染色した代表的な画像を示す。
(薬物投与)
アペリン受容体アゴニストであるML233(Tocris Bioscience)をdimethyl sulfoxide(DMSO)に5mg/mLの濃度で溶解した。25μLマイクロシリンジ(伊藤製作所)を用いて、ML233(5mg/kg)を1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した。対照群には、ジメチルスルホキシド(DMSO)を同スケジュールにて腹腔内に投与した。
(統計解析)
統計解析は、two−way ANOVAを行い、pot hoc testとして、Bonferroni‘s testを行った。この検定により、p<0.05の場合に有意差ありとした。
(実験結果)
5週齢のAkitaマウスおよびWTマウスに高脂肪食または通常飼料を4週間摂取させ、経時的に網膜電図を記録した。図4(A)は5週齢のAkitaマウスおよびWTマウスに高脂肪食(HFD)または通常飼料(Normal)を4週間摂取させた場合の網膜電図の推移を示す。1週間ごとに網膜神経節細胞由来の電気信号(STR)を記録し、振幅を測定した (n=4)。**p<0.01を表す。その結果、Akitaマウスにおいて高脂肪食摂取3週後から網膜神経節細胞由来の電気信号の減弱化がみられた。図4(B)は、通常飼料(Normal)または高脂肪食(HFD)を 4 週間摂取させたマウスの網膜切片におけるBrn−3a(網膜神経節細胞マーカー)陽性細胞数を示す。陽性細胞数のカウントはn=4でおこなった。結果は、平均値±標準誤差で示した。図中において、**p<0.01、††p<0.01を表す。高脂肪食を4週間摂取させたAkitaマウスの網膜における、網膜神経節細胞マーカーであるBrn−3aの陽性細胞数の減少がみられた。
さらに視細胞由来の電気信号(a−wave)および内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)についても調査した。図5は、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下を表す。図5(A)野生型マウス(WT)およびAkitaマウスに通常飼料(Normal)または高脂肪食(HFD)を摂取させ、1週間ごとに視細胞由来の電気信号(a−wave)の変化を表し、図5(B)は網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)の変化を表す。いずれの場合も、n=4について振幅を測定した。図中、**p<0.01を表す。Akitaマウスにおいて高脂肪食摂取3週後より低下が認められた。
この高脂肪食摂取によるAkitaマウスにおける網膜神経細胞死に対するアペリン受容体アゴニストの保護作用を検討するため、高脂肪食摂取開始から、ML233を1週間に3回、1日おきに腹腔内投与した。その結果、ML233の溶解に用いたDMSOを腹腔内投与したAkitaマウスでは、高脂肪食摂取による網膜神経節細胞の活動電位の低下および網膜神経節細胞の減少に対してなんら影響がみられなかったが、ML233を投与したAkitaマウスでは、高脂肪食摂取による網膜神経節細胞の活動電位の低下と網膜神経節細胞数の減少がほとんどみられなかった。図6は、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取による網膜神経節細胞死に対するML233投与の影響を示す。図6(A)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233(5mg/kg)またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した際に、1週間ごとに網膜神経節細胞由来の電気信号(STR)を記録し、振幅を測定した(n=3)。図中、**p<0.01。図6(B)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233(5mg/kg)またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した。4週間後のマウスの網膜切片におけるBrn−3a陽性細胞数をカウントした(n=3)。結果は、平均値±標準誤差で示す。図中、p<0.05、**p<0.01を表す。
同様に、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下もML233の投与によりほとんど生じなかった。図7は、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下に対するML233投与の影響を表す。図7(A)高脂肪食(HFD)摂取開始から4週間、AkitaマウスにML233(5mg/kg)またはDMSOを1週間に3回、1日おきに1回腹腔内投与した。1週間ごとに視細胞由来の電気信号(a−wave)。図7(B)網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)を記録し、振幅を測定した (n=3)。図中、**p<0.01を表す。
次に、高脂肪食摂取によるAkitaマウスにおける網膜神経細胞死に対してアペリン−APJシステムが保護作用を有するか否かを明らかにするため、アペリン遺伝子を欠損させた(KO)Akitaマウスを用いて検討を行った。図8は、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取による網膜神経節細胞死に対するアペリン遺伝子欠損の影響を表す。図8(A)野生型マウス(WT)、Akitaマウス、アペリン遺伝子欠損(KO)マウス、アペリンKO−Akita(Akita−KO)マウスに高脂肪食を摂取させ、1週間ごとに網膜神経節細胞由来の電気信号(STR)を記録し、振幅を測定した(n=3)結果を表す。図中、**p<0.01を表す。その結果、アペリンKO−Akitaマウスでは、高脂肪食摂取開始2週間後から網膜神経節細胞由来の電気信号の減弱化がみられた。図8(B)は、各マウスに高脂肪食を4週間摂取させたマウスの網膜切片におけるBrn−3a 陽性細胞数をカウントした(n=3)結果を表す。結果は、平均値±標準誤差で示した。図中、p<0.05を表す。その結果、高脂肪食を4週間摂取させたアペリンKO−Akitaマウスの網膜におけるBrn−3a陽性細胞数は、高脂肪食を4週間摂取させたAkitaマウスのBrn−3a陽性細胞数よりも有意に少なかった。
また、a−waveおよびb−waveについても同様に、アペリンKO−Akitaマウスでは、高脂肪食摂取開始2週間後から低下が認められた。図9は、Akitaマウスにおける高脂肪食摂取によるa−waveおよびb−waveの低下に対するアペリン遺伝子欠損の影響を示す。図9(A)野生型マウス(WT)、Akitaマウス、アペリン遺伝子欠損(KO)マウス、アペリンKO−Akita(Akita−KO)マウスに高脂肪食を摂取させ、1週間ごとに視細胞由来の電気信号(a−wave)の推移。図9(B)網膜内顆粒層の介在神経細胞等由来の電気信号(b−wave)の振幅をn=3について測定した結果を表す。図中、**p<0.01を表す。
本実施例では、糖尿病網膜症による網膜神経細胞死モデルとしてのNMDAによる網膜神経節細胞およびアマクリン細胞の細胞死に対するML233の保護作用について説明する。
(実験動物)
実施例1において用いたマウスに替えて、本実施例では8週齢の雄性マウス(C57BL/6N)を実験に用いた。マウス以外の条件は、実施例1と同様に実験を行った。
(薬物投与)
ML233の溶解および投与量は、実施例1と同様に行った。NMDA(SIGMA Aldrich)の硝子体内投与は、33G針を装着した5μLシリンジ(伊藤製作所)を用いて実体顕微鏡下で行った。NMDAを滅菌生理食塩水(Saline)で10mMになるように溶解し、この溶液をマウスの硝子体内に1μL(10nmol)投与した。対側眼には、Salineを投与した。硝子体内投与は、ML233またはDMSOの腹腔内投与1時間後に行った。
(免疫組織化学染色)
本実施例では、一次抗体としてマウス抗calretinin抗体(Millipore;MAB1568)を用いた以外は実施例1と同様に行った。代表的な染色像を図10に示す。図10は、眼球パラフィン切片を抗calretinin抗体で染色した代表的な画像を示す。
(実験結果)
網膜において、NMDA型グルタミン酸受容体に特異的に結合するNMDAに感受性の高い神経細胞として、網膜神経節細胞およびアマクリン細胞が知られている。また、網膜神経節細胞層におけるcalretinin陽性細胞は網膜神経節細胞であること、また、内顆粒層におけるcalretinin陽性細胞はアマクリン細胞であることが知られている。NMDA硝子体内投与24時間後の網膜におけるcalretinin陽性細胞数について検討行った結果、NMDA投与24時間後の網膜では、網膜神経節細胞層および内顆粒層におけるcalretinin陽性細胞数の著明な減少がみられた。この減少は、NMDA硝子体内投与1時間前にML233を腹腔内投与することにより有意に抑制された。図11は、NMDA硝子体投与による網膜神経節細胞死およびアマクリン細胞死に対するML233投与の影響を表す。図11(A)ML233(5mg/kg)またはDMSOをマウスの腹腔内に投与し、1時間後、NMDA(10nmol)またはsalineを硝子体内投与した際の、24時間後のマウスの網膜切片における網膜神経節細胞層のcalretinin陽性細胞数。図11(B)内顆粒層のcalretinin陽性細胞数を表す(n=3)。結果は、平均値±標準誤差で示した。図中、p<0.05、**p<0.01を表す。
本実施例では、糖尿病網膜症による視細胞死モデルとしてN−methyl−N−nitrosourea(MNU)誘発視細胞死に対するML233の保護作用について説明する。
(実験動物)
実施例2と同様に8週齢の雄性マウス(C57BL/6N)を実験に用いた。マウス以外の条件は、実施例1と同様に実験を行った。
(薬物投与)
ML233の溶解および投与量は、実施例1と同様に実施した。MNUは、1.5mg/mLになるように滅菌水で溶解し、30mg/kgで単回腹腔内投与した。ML233は、MNU腹腔内投与24時間前、1時間前およびMNU投与後24時間毎に腹腔内投与した。
(網膜電図検査)
実施例1と同様にして行った。
(免疫組織化学染色)
TdT−mediated dUTP nick end labeling(TUNEL)染色について説明する。
アポトーシス細胞を検出するTUNEL染色は、Apoptosis in situ Detection Kit(Wako)を用いて、添付文書に記載されている方法に従って実施した。眼球パラフィン切片作製の工程は、実施例1と同様に行った。
(統計解析)
統計解析は、Student‘s t−testにより行った。この検定により、p<0.05の場合に有意差ありとした。
(実験結果)
MNU腹腔内投与による視細胞死について検討するため、MNU投与24時間後に網膜電図を解析した。図12にはMNU腹腔内投与による視細胞死の誘導を示す。図12(A)無処置またはMNU(30 mg/kg)腹腔内投与24時間後のマウスに3.0 cd・s/mの光を照射し、得られた網膜電図を示す。図12(B)無処置またはMNU(30 mg/kg)腹腔内投与24時間後のマウスの網膜切片をTUNEL染色し、アポトーシス細胞を検出した。濃茶色に染色されているものが陽性細胞を示す。その結果、図12(A)に示すように、MNU投与前と比較して、MNU投与24時間後の網膜では、視細胞由来の反応であるa−waveの明らかな低下が認められ、それに伴い視細胞からの信号を受け取って反応する神経細胞等の信号であるb−waveの低下も認められた。また、図12(B)に示すように、MNU投与24時間後の網膜において、視細胞の細胞体が存在する外顆粒層において、アポトーシス細胞が検出された。
このMNU投与による視細胞死に対するML233の保護作用を検討するため、MNU投与24時間前および1時間前にML233またはDMSOを腹腔内投与し、MNU投与24時間後に網膜電図を解析した。図13は、MNU腹腔内投与によるa−waveおよびb−waveの低下に対するML233投与の影響を示す。マウスにML233(5mg/kg)またはDMSOをMNU投与24時間前、1時間前およびMNU投与後24時間毎に腹腔内投与した。図13(A)MNU投与前、図13(B)投与24時間後、図13(C)48時間後および図13(D)72時間後のマウスに、3.0(cd・s/m)の光を照射したときの代表的な網膜電図を示した。その結果、図13(B)に示すように、DMSOを前投与したマウスと比較して、ML233を前投与したマウスの網膜では、MNU投与によるa−waveおよびb−waveの低下が抑制された。その後、図13(B)(C)に示すように、さらに24時間毎にML233またはDMSOを腹腔内投与し網膜電図を解析した結果、DMSO投与マウスでは、a−waveおよびb−waveの低下が顕著にみられたが、ML233投与したマウスでは、それらの低下が抑制された。また、図14に示すように、MNU投与24時間後にみられる外顆粒層のアポトーシス細胞数は、DMSOを前投与したマウスと比較して、ML233を前投与したマウスにおいて有意に減少した。図14には、MNU腹腔内投与による外顆粒層のアポトーシスに対するML233投与の影響を示したのである。MNU投与24時間前および1時間前にML233(5mg/kg)またはDMSOを腹腔内投与した。MNU投与24時間後のマウスの網膜切片の外顆粒層におけるTUNEL陽性細胞数を計測した(n=3)。結果は、平均値±標準誤差で示し、図中、p<0.05を表す。
本発明の医薬組成物は、網膜神経保護作用および視細胞に対する保護作用を有することから、糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストとしての使用が期待される。他にも緑内障や網膜色素変性症など様々な網膜神経および視細胞の変性に係る疾患の予防薬および治療薬に利用が期待される。

Claims (6)

  1. 糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(I)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物:
    (式(I)中、Rは炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基を、R〜Rは各々独立して水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。)。
  2. 糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(II)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物:
    (式(II)中、Rは炭素数1〜6の直鎖、分岐又は環状のアルキル基を、Rは水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。)。
  3. 糖尿病網膜症において害される網膜神経細胞を保護するアペリン受容体アゴニストであって、下記一般式(III)で表される化合物を有効成分として含有する医薬組成物:
    (式(III)中、Rは水素原子、又は、炭素数1〜6の直鎖、分岐もしくは環状のアルキル基を、Rは置換可能なフェニル基又は含窒素複素環基をそれぞれ示す。)。
  4. 前記一般式(I)で表される化合物において、Rがイソプロピル基、シクロヘキシル基、又は、ターシャリーブチル基、R及びRが水素原子、Rが水素原子、又は、メチル基、であることを特徴とする請求項1の医薬組成物。
  5. 前記一般式(II)で表される化合物において、Rがイソプロピル基、シクロヘキシル基、又は、ターシャリーブチル基、Rが水素原子、又は、メチル基、であることを特徴とする請求項2の医薬組成物。
  6. ヒトを含む動物の末梢血管系に投与され、体循環を経て眼動脈経由で網膜に到達させるように用いられることを特徴とする請求項1〜5の何れかの医薬組成物。
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