JP2019173086A - 自動車用ディスクブレーキロータ - Google Patents

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Abstract

【課題】必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)を発現することのできるディスクブレーキロータを提供すること。【解決手段】マルテンサイト及び炭窒化物を含み、フェライトを任意選択的に含む組織である。【選択図】なし

Description

本発明は、ディスクブレーキロータに関し、特に、加工性及び耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼製自動車用ディスクブレーキロータに関する。
従来、自動車用ディスクブレーキロータには鋳鉄が使用されてきた。その理由は、ディスクブレーキロータがパッドと接触、摩擦して発熱する際に、その発熱に対して十分な強度を維持する必要があるためである。しかしながら、鋳鉄製ディスクブレーキロータは耐食性が低いので使用中に発銹するという問題があり、しかもディスクブレーキロータがタイヤのホイール内に位置していることから、この問題は認識し辛かった。
これに対し、二輪車用のブレーキディスクロータは、目に触れ易いことから外観の意匠性が優先されるため、当該ロータには、耐銹性に優れ、かつ、強度が高いマルテンサイト系ステンレス鋼が用いられてきた。
近年、自動車が電動化され、電気自動車やハイブリッド車が増加する状況下では、自動車への回生ブレーキの搭載が促進されている。このため、自動車のディスクブレーキに対して制動性能に関する負荷が低減し、これまで使用できないと考えられていたマルテンサイト系ステンレス鋼が使用される環境が整ってきた。
また、自動車のデザインの変化に伴い、ディスクブレーキロータが容易に目に触れる車種が多くなってきていることから、ディスクロータの発銹も視認可能となりつつある。このため、発銹性の低いマルテンサイト系ステンレス鋼がロータの材料として注目されている。
しかしながら、自動車用ディスクブレーキロータは、上述のとおり、タイヤのホイール内に位置することから、図1に示すハット形状を必要とする場合が多い。このような場合、材料に極めて優れた加工性が要求されるが、マルテンサイト系ステンレス鋼は高強度であるため、加工性に乏しいという問題がある。
高強度材の加工法の1つにホットスタンプと呼ばれる手法がある。この手法は素材を高温に加熱した状態でプレス加工を行い、その後金型内で急冷して、所望形状の部材を得る手法である。この手法によれば、寸法精度を高くすることができるだけでなく、金型内での急冷中にマルテンサイトを生成させることができるので、所望形状の部材の強度を高めることも可能となる。つまり、ホットスタンプは、マルテンサイト系ステンレス鋼の加工に適した手法である。
また、一体型でなく、ハット部とつば部を分割した形態のディスクブレーキロータも多く存在する。このような形態のロータでは、摺動部であるつば部の加工性への要求は低減される。この部分のみマルテンサイト系ステンレス鋼を用いることも可能である。
しかしながら、マルテンサイト系ステンレス鋼を自動車ディスクブレーキロータに適用する場合には、板厚がある程度大きいことから、その焼入れ後の靱性が低くなる。このため、部品製造時及び使用時の衝撃による破損、又は、焼入れ後の加工時の加工面の割れなどが発生するおそれがある。
特許文献1には、マルテンサイト系Cr含有鋼を用いるとともに、ホットスタンプを採用して製造した、自動車用ディスクブレーキロータが開示されている。
特開2016−117925号公報 特開2016−65301号公報
第3版 鉄鋼便覧 IV鉄鋼材料、試験・分析、P.327
しかしながら、特許文献1に開示された技術では、鋼の成分が広範であり、しかも自動車用ディスクブレーキロータに必要な特性(例えば、靭性、強度、及び耐食性)についての言及が十分になされていない。また、特許文献1には、焼入れ後の靱性についての開示もなされていない。
以上から、従来、所定の成分や組織を有する素材と、自動車用ディスクブレーキロータに必要な特性との関係を明確に示した文献はなく、換言すれば、靭性、強度、及び耐食性に優れ、自動車用ディスクブレーキロータに適した材料はなかったといえる。
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)を発現することのできるディスクブレーキロータを提供することにある。
本発明者らは、自動車用ディスクブレーキロータへの、マルテンサイト系ステンレス鋼の適用を検討してきた。その中で、本発明者らは、部品製造時及び使用時の衝撃による破損、又は、焼入れ後の加工時における加工面の割れが起こり得ることに気付いた。このことは、焼入れ後の靱性が低いことに起因するものであり、さらに、ロータの組織が、マルテンサイトのみ、或いはマルテンサイト及びフェライトとなっている場合は、組織が粗大であり靱性が乏しく、割れ易いことに起因するものである。
上記破損や割れ等を改善することを検討した結果、本発明者らは、焼入れ時の高温状態で炭窒化物を一部残存させることにより組織の粗大化を抑制できることを見出した。具体的には、本発明者らは、この高温状態で残存させた炭窒化物をホットスタンプ後も残存させること、換言すれば、ロータ材の組織を、マルテンサイト及び炭窒化物を含む組織、或いは、マルテンサイト、フェライト、及び炭窒化物を含む組織とすることが重要であるとの知見を得た。
本発明者らは、以上の知見に加えて、十分な強度と耐食性を有する成分範囲を定め、本発明を完成するに至った。即ち、本発明は上記の知見に基づきなされたものであって、その要旨は以下のとおりである。
[1]マルテンサイト及び炭窒化物を含み、フェライトを任意選択的に含む組織である、ことを特徴とするディスクブレーキロータ。
[2]上記炭窒化物が、質量%で、0.02%〜2%である、上記[1]に記載のディスクブレーキロータ。
[3]質量%で、
C:0.02〜0.10%、
N:0.01〜0.10%、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.5〜1.5%、
P:0.040%以下、
S:0.015%以下、
Ni:0.01〜2.0%
Cr:10.5〜16.0%、
Cu:0.01〜1.0%
V:0.01%〜0.50%、及び
Al:0.001〜0.010%
を含有し、残部がFe及び不可避不純物であり、
下記式(1)で表わされる熱間時の相バランス指標γpが70〜120である、上記[1]又は[2]に記載のディスクブレーキロータ。
γp=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5Cr−11.5Si−52Al−12Mo−47Nb−7Sn−49Ti−48Zr−49V+189 ・・・ 式(1)
[4]さらに、質量%で、
Mo:0.01〜1.0%、
Sn:0.003〜0.10%、
Nb:0.001〜0.30%、
Ti:0.05%以下、
B:0.0002〜0.0050%
の少なくとも1種を含有する、上記[3]に記載のディスクブレーキロータ。
[5]板厚が4〜10mmである、上記[1]〜[4]のいずれか1つに記載のディスクブレーキロータ。
[6]自動車のディスクブレーキロータとして用いられる、上記[1]〜[5]のいずれか1つに記載のディスクブレーキロータ。
[7]マルテンサイト系ステンレス鋼からなる、上記[1]〜[6]のいずれか1つに記載のディスクブレーキロータ。
本発明に係るディスクブレーキロータでは、所定の組織を有している。このため、本発明に係るディスクブレーキロータよれば、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)が発現される。
図1は、ハット形状の自動車用ディスクブレーキロータを示す図である。
以下に、本発明に係るディスクブレーキロータの実施形態について、詳述する。
<ディスクブレーキロータ>
本実施形態のディスクブレーキロータは、自動車用ディスクブレーキロータに適した、優れた特性(靭性、強度、及び耐食性等)を得るために、少なくとも組織を最適化したものである。
[化学成分]
まず、ディスクブレーキロータとして適した組織を得るための組成を限定した理由について説明する。なお、組成についての%の表記は、特に断りのない場合は、質量%を意味する。
C:0.02〜0.10%
Cは、焼入れ後所定の硬さを得るために必須な元素であり、所定の硬度レベルになるようにNと組み合わせて添加する。0.02%未満であると、十分なマルテンサイト相が生成せず、強度が不足して好ましくない。0.10%を超えると、強度が高くなり過ぎ、ブレーキ鳴きが起こり易くなるため好ましくない。Cの好ましい範囲は、0.03〜0.08%である。なお、ブレーキ鳴きとは、ブレーキシステムに含まれるパッドとロータとの間で発生する摩擦力が原因で振動が起こる現象をいう。
N:0.01〜0.10%
Nは、Cと同様に焼入れ後に所定の硬度を得るために必須の元素であり、所定の硬度レベルになるようにCと組み合わせて添加する。また、耐食性向上にも効果がある。0.01%未満であると、十分なマルテンサイト相が生成せず、強度が不足して好ましくない。0.10%を超えると、強度が高くなり過ぎ、ブレーキ鳴きが起こり易くなるため好ましくない。Nの好ましい範囲は、0.03〜0.07%である。
Si:0.05%〜1.0%
Siは、溶解精錬時に脱酸のために必要である他、焼入れ熱処理時に酸化スケール生成を抑制するためにも有用であり、その効果は0.05%以上で発現する。但し、Siは溶銑等の原料から混入するため、過度な低下はコスト増に繋がる。このため、0.20%以上にすることが好ましい。また、過度なSiの添加はオーステナイト単相温度域を狭くし、焼入れ安定性を損ねるために1.0%以下とする。なお、オーステナイト安定化元素の添加量を低減しコストを下げるためには0.6%以下にすることが好ましい。
Mn:0.5%〜1.5%
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、オーステナイト単相域を拡大し焼入れ性の向上に寄与する。その効果は0.5%以上で明確に現れる。但し、安定して焼入れ性を確保するためには、1.1%以上にすることが好ましい。また、過度なMnの添加は焼入れ加熱時の酸化スケールの生成を促進し、その後の研磨負荷を増加させるため、1.5%以下とした。なお、MnS等の粒化物に起因する耐食性の低下も考慮すると1.3%以下にすることが好ましい。
P:0.040%以下
Pは原料である溶銑やフェロクロム等の主原料中に不純物として含まれる元素である。Pは熱延焼鈍板の靭性に対しては有害な元素であるため、0.040%以下とする。さらに好ましくは0.030%以下である。過度な低減は高純度原料の使用を必須にするなど、コストの増加に繋がるため、好ましくは、Pの下限は0.010%である。
S:0.015%以下
Sは、硫化物系介在物を形成し、鋼材の一般的な耐食性(全面腐食や孔食)を劣化させる。また、Sは、熱間加工性を低下させ、具体的には熱延鋼板の耳割れを発生させ易くする。このため、その含有量の上限は低いほうが好ましく、0.015%とする。また、Sの含有量は少ないほど耐食性は良好となるが、低S化には脱硫負荷が増大し、製造コストが増大するので、その下限を0.001%とするのが好ましい。なお、Sのさらに好ましい範囲は0.002〜0.008%である。なお、耳割れとは、圧延板の縁において起こる現象であって、材料が圧延板の幅方向に流れるために延伸が不足し、圧延方向の張力が生じて縁が割れる現象を意味する。
Ni:0.01%〜2.0%
Niは孔食の進展抑制に有効な元素であり、その効果は0.01%以上の添加で安定して発揮されるため下限を0.01%とする。一方、多量の添加は、熱延焼鈍鋼板において固溶強化によるプレス成形性の低下を招くおそれがあるとともに高価な元素であるため、その上限を2.0%とする。Niの好ましい範囲は、0.01〜1.0%である。
Cr:10.5%〜16.0%
Crは、本実施形態において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。具体的には、熱延鋼板中に粒界に生成したCr炭窒化物は、焼入れの高温保持時に結晶粒の粗大化を抑制する効果も有する。10.5%未満では、十分な耐銹性等が得られない。一方、16.0%超ではマルテンサイトの生成が乏しくなり、十分な強度が得られなくなる。Crのさらに好ましい範囲は、11.0〜15.5%である。
Cu:0.01%〜1.0%
Cuは、δフェライトを含むマルテンサイト組織の耐食性向上に有効であり、その効果は0.01%以上で発現する。また、Cuはオーステナイト安定化元素として焼入れ性の向上のために積極的な添加が行われる場合もある。これに対し、過度な添加は熱間加工性の低下や、原料コストの増加に繋がるために1.0%以下とする。酸性雨による発銹などを考慮すると下限を0.02%以上にすることが好ましい。Cuの上限値のさらに好ましい値は0.50%である。
V:0.01%〜0.50%
Vは、フェライト系ステンレス鋼の合金原料に不純物として混入し、精錬工程における除去が困難であるため、一般的に0.01〜0.10%の範囲で含有される。0.01%未満とすると製鋼コストの上昇を招く。また、Vは、微細な炭窒化物を形成し、ブレーキディスクの耐磨耗性を向上させる他、耐食性の向上にも効果を有するため、必要に応じて、意図的な添加も行われる元素である。その効果は0.02%以上の添加で安定して発現するため、下限を0.02%とすることが好ましい。一方、過剰に添加すると、析出物の粗大化を招くおそれがあるため、また、粒界のCr窒化物を減少させ過ぎると粒界が粗大化しやすくなり、いずれも焼入れ後の靭性が低下させてしまうため、上限を0.50%とする。その結果、焼入れ後の靭性が低下してしまうため、上限を0.50%とする。なお、製造コストや製造性を考慮すると、0.03%〜0.2%とすることが好ましい。
Al:0.001%〜0.010%
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。その効果は0.001%以上で得られる。一方、過剰の添加は大型の酸化物系介在物を形成し易くする。本実施形態では母相の耐銹性をコスト低減のためにぎりぎりまで低減しているため、介在物の存在が耐銹性に大きく影響する。介在物が発銹起点となり易くなるためである。このような状況下では、介在物を小さく、また少なくするため、Alの上限を0.010%とする。Al含有量は低下させるほど好ましく、脱酸及びコストの兼ね合いから、0.003%以下とすることが好ましい。もちろん、Alは含有しなくてもよい。なお、ここでいうAlの含有量はT.Alを意味する。
本実施形態では、上述した各元素に加えて、耐銹性、耐熱性、熱間加工性等を向上させるために、以下の元素の少なくとも1種を含有することができる。
Mo:0.01%〜1.0%
Moは、δフェライトを含むマルテンサイト組織の耐食性向上に有効であり、その効果は0.01%以上で発現する。Moは、焼入れ性の向上及び焼入れ後の耐熱性向上にも有効なため、0.02%以上とすることがより好ましい。鋼を焼入れし次いで焼戻しすると、硬度低下が起こるが、ここで、焼入れ後の耐食性とは、その低下代が小さい度合を意味し、「焼戻し軟化抵抗」とも呼ばれる。ブレーキディスクは焼入れて使用されるが、使用時のブレーキングでの抵抗発熱によりディスク材は加熱される。そのため、焼戻し軟化抵抗は重要である。Moはフェライト相の安定化元素であり、過度の添加は、オーステナイト単相温度域を狭くすることで焼入れ特性を損ねるため、その上限を1.0%とすることが好ましい。なお、Moのより好ましい上限は0.8%である。
Sn:0.003%〜0.10%
Snは焼入れ後の耐食性向上に有効な元素であり、0.003%以上が好ましく、必要に応じて0.02%以上添加することがより好ましい。但し、過度な添加は熱延時の耳割れを促進するため0.10%以下にすることが好ましく、0.05%以下にすることがより好ましい。
Nb:0.001%〜0.30%
Nbは、炭窒化物を形成することでステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素であり、0.001%以上が好ましい。さらに、Nbは焼入れ後の耐熱性を大きく向上させる元素であることを考慮すると、0.05%以上とすることがより好ましい。ここで、耐熱性とは、焼入れ後、熱を受けたときの軟化し難さを意味し、「焼戻し軟化抵抗」とも呼ばれる。しかしながら、Nbを過剰に添加した場合、ブレーキディスクにおいては、NbNを形成することで、靭性の低下やブレーキ鳴きの原因になるため、好ましくなく、0.30%を上限とし、より好ましくは0.20%を上限とする。
Ti:0.05%以下
Tiは、ブレーキディスクにおいては、大きいTiNを形成することで、靭性の低下やブレーキ鳴きの原因になるため、その上限は0.05%以下とすることが好ましい。また、冬季の靭性を考慮すると0.01%以下にすることがより好ましい。但し、炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素であるため、0.001%以上とすることがより好ましく、0.005%以上とすることがさらに好ましい。
B:0.0002%〜0.0050%
Bは、熱間加工性の向上に有効な元素であり、その効果は0.0002%以上で発現するため、0.0002%以上添加してもよい。より広い温度域における熱間加工性を向上させるためには、0.0010%以上とすることがさらに好ましい。一方、過度な添加は硼化物と炭化物の複合析出により焼入れ性を損ねるため、0.0050%を上限とすることが好ましい。耐食性も考慮すると0.0025%以下とすることがさらに好ましい。
以上説明した各元素の他にも、本実施形態のディスクブレーキロータは、残部としてFeと不可避的不純物含む。ここで、不可避的不純物とは、ディスクブレーキロータを工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ又は製造環境などから混入するものを指す。また、不可避的不純物としては、一般的な不純物元素である前述のP、S、Vの他に、Zn、Pb、Se、Sb、Ga、Ta、Ca、Mg、Zr、等が挙げられ、これらの元素は可能な限り低減することが好ましい。
一方、これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、その含有割合が制御され、必要に応じて、Zn≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、Sb≦500ppm、Ga≦500ppm、Ta≦500ppm、Ca≦120ppm、Mg≦120ppm、Zr≦120ppmの少なくとも1種を含有してもよい。
[組織]
γp:70〜120
本実施形態のディスクブレーキロータは、マルテンサイト系ステンレス鋼からなる。マルテンサイト(以下、M)を得るためには、高温でオーステナイト(以下、γ)を生成する必要がある。また、マルテンサイトの量は添加成分により決まるため、各元素を相互に調整し、バランスを取る必要がある。
この相バランスを示す指標が下記式(2)で表されるγpである。
γp=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5Cr−11.5Si−52Al−12Mo−47Nb−7Sn−49Ti−48Zr−49V+189 ・・・ 式(2)
本実施形態では、γpが70〜120であることを要する。70未満であると高温で生成するγが少なくなり、焼入れ後のMが少なくなり、必要な硬さが得られない。これに対し、γpが120を超えると、γを焼入れしてもマルテンサイト変態が起こらず、安定γが過度に多くなってマルテンサイトが過度に少なくなり、必要な硬さが得られない。γpは90〜120であることがより好適である。
具体的な金属組織:マルテンサイト及び炭窒化物(任意選択的にフェライト)
本実施形態のディスクブレーキロータの金属組織は、マルテンサイト及び炭窒化物を含み、フェライトを任意選択的に含む組織である。なお、体積%で、オーステナイトが1%未満存在していることは許容される。
金属組織は、王水系の薬品でエッチングした後、光学顕微鏡で観察することにより、各組織を区別できる。より詳細に観察する必要がある場合は、特許文献2に示されているような、村上試薬を用いたエッチング後のミクロ組織観察法やEBSD(Electron Backscatering Diffraction)法を用いて観察することもできる。
マルテンサイト及び炭窒化物を含み、オーステナイトが1%未満であることで、組織を微細とすることができ、ひいては、靱性を高めることができる。
本実施形態のディスクブレーキロータの組織について、特に炭素窒化物を含むメリットは、以下の理由による。即ち、焼入れ時の高温状態において、炭窒化物が存在している場合、結晶粒の粗大化を抑制でき、かつ、高温状態で残存させた炭窒化物により変態後の組織も微細化できるため、靱性に優れたロータを得ることができる。特に、ホットスタンプ工法において、高温に曝されている時間が長い場合、炭窒化物が存在しているとより効果的である。
炭窒化物は、質量%で、0.02%〜2%であることが好ましい。炭窒化物が0.02%未満であると、結晶粒粗大化抑制効果が発現せず、2%超であると、靱性がやや低下するばかりでなく、固溶C及びNが少なくなり、マルテンサイトの硬さが低下し、強度がやや低下するため好ましくない。
炭窒化物の量は、一般的な抽出残さ法により求めることができる。本実施形態では、非特許文献1に記載されている手法に準拠し、鋼板を電解により一定量溶解した溶液をフィルターでろ過し、残った残さを定量し、溶解量との比から残さ率を求める手法を採用することができる。そして、本実施形態では、残さはほぼ炭窒化物と考え、残さの量を炭窒化物量と定義する。
[ロータの板厚]
本実施形態のディスクブレーキロータにおいては、板厚が4〜10mmであることが好ましい。ロータの板厚が4mm以下では自動車ディスクロータとして薄すぎ、10mmを超えると厚すぎてブレーキシステム全体が大きくなりすぎるため好ましくない。ディスクブレーキロータのさらに好ましい板厚は、4〜8mmである。
以上に示す本実施形態のディスクブレーキロータでは、少なくとも所定の組織を有している。このため、本実施形態に係るディスクブレーキロータによれば、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)を発現することができる。
<ディスクブレーキロータの製造方法>
次に、本実施形態のディスクブレーキロータの製造方法について詳述する。
[マルテンサイト系ステンレス鋼板の準備工程]
まず、上述の組成を有するマルテンサイト系ステンレス鋼板を用意する。具体的には、通常用いられる工程、即ち、溶解・鋳造、熱延、熱延板焼鈍の各工程を経て鋼板を製造することができる。ここで、熱延板焼鈍は省略してもよい。また、最終工程として、ショットブラスト、又は酸洗によるスケールを除去を採用することもできる。
ロータに用いられる鋼板の板厚は4〜9mmとすることが好ましい。4mm未満では熱延鋼板として製造することが困難である一方、9mm超ではブレーキシステム全体が大きくなり過ぎるため好ましくない。
[鋼板を高温に曝す工程]
次に、所定のマルテンサイト系ステンレス鋼板を、950℃以上1150℃以下の高温に1sec以上30min以下の時間曝す。この工程では、鋼板の組織を、フェライト相+炭窒化物から、オーステナイト相+炭窒化物とする。なお、オーステナイト相+炭窒化物に加えて、一部フェライト相が残っていてもよい。
鋼板を曝す温度が950℃未満では、オーステナイト相が少なく、焼入れ後の硬さが低くなる一方、1150℃超では、加熱時のオーステナイト相の結晶粒が大きくなり過ぎ、焼入れ後の靱性等が低下するだけでなく、マルテンサイト変態を起こさない安定オーステナイト相も生成されるため焼入れ後の硬さも低下する。同様に、鋼板を曝す時間が、1sec未満であれば、オーステナイト相が少なく、焼入れ後の硬さが低くなる一方、30min超では、加熱時のオーステナイト相の結晶粒が大きくなり過ぎ、焼入れ後の靱性等が低下するだけでなく、マルテンサイト変態を起こさない安定オーステナイト相も生成されるため焼入れ後の硬さも低下する。なお、所定のマルテンサイト系ステンレス鋼板を、1000℃以上1110℃以下の高温に1min以上20min以下の時間曝すことがより好ましい。
鋼板を高温に曝す、その温度及び時間の組み合わせについては、温度及び時間のそれぞれが上記範囲であればよいが、比較的低温を選択する場合は比較的長時間を選択し、また比較的高温を選択する場合は比較的短時間を選択することが、焼入れ後の硬さと靭性の双方をバランスよく得る上で好ましい。
[プレス加工により所定形状に加工する工程]
その後、鋼板をプレス加工により所定形状に加工する。プレス加工は、その開始時の温度を800℃以上とすることが、マルテンサイト変態を十分に生じさせるという点で好ましい。なお、プレス加工に関するその他の諸条件について特に限定されない。このようにして、所定形状の中間体を得る。
[プレス加工により所定形状に加工した中間体を冷却する工程]
さらに、プレス加工で用いた金型をそのまま使用することで、プレス加工により得られた中間体を、当該金型中でそのまま冷却し、ディスクブレーキロータを得る。この過程で、オーステナイトがマルテンサイトに変態し、強度が向上する。このマルテンサイト変態後にも、ロータに、一部の残留オーステナイトが存在することがあるが、ロータとなった時点でのミクロ組織は、基本的にはマルテンサイト+炭窒化物か、或いは、マルテンサイト+炭窒化物+フェライトのいずれかであればよい。但し、残留オーステナイトが極少量(ロータ表面から板厚の1/2の深さの面で測定した場合に、面積率で5%以下)存在していることは許容される。また、炭窒化物がなくなると、粒界のピン止め効果がなくなり、高温におけるオーステナイトの粒成長が著しくなり、粗大化するため、好ましくない。
冷却速度については、10℃/min〜100℃/sとすることが好ましい。焼入れ条件に関しては、炭窒化物の量との相関が重要であり、焼入れ後の炭窒化物の量を抽出残渣法によって測定し、質量%で0.02%〜2%となるように焼入れ条件を定めることが、靱性に優れたロータを得られる点で好ましい。なお、焼入れについては、本実施形態における形態の他、熱間プレスと焼入れを組み合わせたホットスタンプ工法を採用することもできる。
本実施形態のディスクブレーキロータの製造方法では、プレス加工後少なくとも200℃まで冷却する。これにより、マルテンサイト変態が生じ、ロータが必要な硬度を得ることができる。この効果をさらに高めるためには、室温まで冷却することが好ましい。
以下に、本願の実施例を示し、本願発明の効果を実証する。
<実施例1>
[ロータの作製]
表1に示す各成分の鋼A1〜A24、及び鋼a1〜a18を50kgインゴットに溶製し、熱延し、厚さ4〜9mmの熱延板を得た。その後、850℃、10hの箱焼鈍を行い、硫酸酸洗して熱延鋼板B1〜B24、及び熱延鋼板b1〜b18を得た。なお、表1中、式(2)γpとは、上述した式(2)におけるγpの値である。
Figure 2019173086
その後、熱延鋼板B1〜B24、及び熱延鋼板b1〜b18のそれぞれについて、ハット部とフランジ部に分割されるディスクロータに用いられる、フランジ部に相当する外径100mm、内径50mmのリング状のサンプルC1〜C24、及びサンプルc1〜c18を打ち抜いた。
最後に、これらのサンプルの中から、サンプルC1(A1鋼を使用)とサンプルC2(A2鋼を使用)に対し、表2に示すように焼入れ条件を変えて金型焼入れを実施した。そして、焼入れ後のサンプルに対して、表面及び端面を研削して、図2に示すロータD1〜D8及びロータd1〜d8を作製した。
Figure 2019173086
[ロータの組織、炭窒化物量(抽出残渣)、及び機械的特性の評価]
次に、これらのロータD1〜D8及びロータd1〜d8のそれぞれについて、組織観察を行うとともに、炭窒化物量(抽出残渣に関する)を測定し、さらに、機械的特性(靭性、硬さ、及び耐食性)について評価し、これらの結果を基に総合評価を行った。
(組織)
組織については、王水でエッチングを行った後、光学顕微鏡にて観察を行い、フェライト、マルテンサイト、炭窒化物、オーステナイトの存在有無を確認した。そして、マルテンサイト及び炭窒化物を含む組織である場合、或いは、マルテンサイト、炭窒化物及びフェライトを含む組織である場合を、本発明内とし、その他の場合を本発明外とした。その結果を表3に示す。
(炭窒化物量)
抽出残渣用のサンプルから、電解にて抽出残渣を採取し、炭窒化物の量を評価した。炭窒化物の量が0.02%〜2%の場合を本発明内とし、それ以外の場合を本発明外とした。その結果を表3に併記する。
(靭性)
靱性については、JIS Z 2242に準拠したシャルピー衝撃試験を行った。試料は、板厚に深さ2mmのVノッチを刻んだサブサイズ試験片を用いた。試験片の破壊に要したエネルギーが10J/cm以上の場合を優、5J/cm以上10J/cm未満の場合を良とする一方、5J/cm未満の場合を不良とした。その結果を表3に併記する。なお、本明細書において、優及び良は合格であり、不可は不合格である。
(硬さ)
強度の指標として、JIS Z 2245に準拠したロックウェルCスケール(HRC)試験による硬さ測定を行い、30以上40以下の場合を優、25以上30未満の場合を良とした。これに対し、25未満は使用時の変形が大きくなりすぎるため好ましくなく、また40を超えると使用時のブレーキの鳴きが大きくなるため好ましくないのでいずれも不可とした。その結果を表3に併記する。
(耐食性)
耐食性については、JIS Z 2371に準拠した塩水噴霧試験(SST)を24h実施し、発銹なしを優、流れさび発生5個以下を良とする一方、流れさび発生5個超を不可とした。その結果を表3に併記する。
そして、以上の評価結果(靭性、硬さ、及び耐食性)を総合的に勘案して、ロータD1〜D8及びロータd1〜d8のそれぞれについて、総合評価を行った。その結果を表3に併記する。
Figure 2019173086
表1〜3から明らかなように、所定組織を有しているロータD1〜D8については、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)が発現されていることが判る。これに対し、所定組織を有していないロータd1〜d8については、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)のうちの少なくとも1つが発現されていないことが判る。
<実施例2>
実施例1において得たサンプルC1〜C24、及びサンプルc1〜c1のそれぞれについて、1000〜1050℃、5〜30sec保持後、金型焼入れを行い、その後、実施例1と同様に表面及び端面を研削して、ロータE1〜E24及びロータe1〜e18を作製した。そして、これらのロータE1〜E24及びロータe1〜e18に対して、実施例1と同様の評価試験を行った。その結果を表4に示す。なお、表4の備考欄については、e4はSi不足のため脱酸不足であり、e11及びe12はNi、Cuが過剰に添加されているため、γが多量に存在した。
Figure 2019173086
表1、4から明らかなように、所定の組織を有しているロータE1〜E24、並びに、e1、e3〜e10、e13、及びe15〜e18については、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)が発現されていることが判る。これに対し、所定の組織を有していないロータe2、e11、e12、及びe14については、必要な特性(靭性、強度、及び耐食性)のうちの少なくとも1つが発現されていないことが判る。

Claims (7)

  1. マルテンサイト及び炭窒化物を含み、フェライトを任意選択的に含む組織である、ことを特徴とするディスクブレーキロータ。
  2. 前記炭窒化物が、質量%で、0.02%〜2%である、請求項1に記載のディスクブレーキロータ。
  3. 質量%で、
    C:0.02〜0.10%、
    N:0.01〜0.10%、
    Si:0.05〜1.0%、
    Mn:0.5〜1.5%、
    P:0.040%以下、
    S:0.015%以下、
    Ni:0.01〜2.0%
    Cr:10.5〜16.0%、
    Cu:0.01〜1.0%
    V:0.01%〜0.50%、及び
    Al:0.001〜0.010%
    を含有し、残部がFe及び不可避不純物であり、
    下記式(1)で表わされる熱間時の相バランス指標γpが70〜120である、請求項1又は2に記載のディスクブレーキロータ。
    γp=420C+470N+23Ni+9Cu+7Mn−11.5Cr−11.5Si−52Al−12Mo−47Nb−7Sn−49Ti−48Zr−49V+189 ・・・ 式(1)
  4. さらに、質量%で、
    Mo:0.01〜1.0%、
    Sn:0.003〜0.10%、
    Nb:0.001〜0.30%、
    Ti:0.05%以下、
    B:0.0002〜0.0050%
    の少なくとも1種を含有する、請求項3に記載のディスクブレーキロータ。
  5. 板厚が4〜10mmである、請求項1〜4のいずれか1項に記載のディスクブレーキロータ。
  6. 自動車のディスクブレーキロータとして用いられる、請求項1〜5のいずれか1項に記載のディスクブレーキロータ。
  7. マルテンサイト系ステンレス鋼からなる、請求項1〜6のいずれか1項に記載のディスクブレーキロータ。
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