JP2023116985A - ブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板、ブレーキディスクローターおよびブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法 - Google Patents

ブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板、ブレーキディスクローターおよびブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法 Download PDF

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Toshiki Yoshizawa
純一 濱田
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Abstract

【課題】焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れたブレーキディスクローター用ステンレス鋼板を提供する。【解決手段】母相に存在する粒径1.5μm以下の析出物が0.1~10.0%の面積率で存在することを特徴とするブレーキディスクローター用ステンレス鋼板。熱延中および熱延板焼鈍中の析出物が微細に存在することで、焼入れ時の生産性を向上させ、部品として使用中の焼戻し軟化抵抗が向上し、組織を安定化、ホットスタンプ中の割れを抑制し、さらに高温強度の低下を抑制することができる。これにより、ディスクローターに適用可能な焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れたステンレス鋼板が得られる。【選択図】なし

Description

本発明は、焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れた、ブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板、ブレーキディスクローターおよびブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法に関するものであり、優れた生産性、パッド摩耗量の低減と安定した硬さ、薄肉軽量化が必要なディスクローターなどの使用に好適なステンレス鋼板に関するものである。
ブレーキシステムの一つとしてディスクブレーキが広く用いられている。これはタイヤと結合されたディスクローターと呼ばれる円盤状の構造物をブレーキパッドで押しはさむことで、摩擦によって運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、自動車や二輪車の速度を低下させるものである。自動車ではディスクローターの材質には熱伝導率やコスト等から片状黒鉛鋳鉄(以下、鋳鉄と呼ぶ)が用いられている。
鋳鉄は耐食性を向上させる元素が添加されていないため耐食性に劣り、放置するとすぐに赤さびが発生する。従来この赤さびはディスクの位置が視線より低いこととホイールの形状からあまり目立たなかった。しかし、近年の燃費向上の要請によりホイール材質がアルミニウム化され、またスポークが細くなることで、ディスクのさびが無視できないようになり、その耐食性の改善が望まれてきている。
さらに近年の環境規制強化に伴い、自動車の燃費向上が強く望まれており、そのためにディスクローターの薄肉軽量化が必要となる。しかし鋳鉄は強度が低く、また鋳造で作製されるために薄肉化に限界がある。加えて自動車のブレーキ時の到達温度は最高600℃近傍に達するといわれている。また山道などのブレーキを多用する走行条件における到達温度は300℃になる場合がある。鋳鉄は高温強度が低く、薄肉化した際に高温ではディスクローターとして必要な強度を確保できないため薄肉軽量化できないという課題があった。また鋳鉄は鋳造によって成型されるため、ディスクローターを薄肉化すると湯流れが悪くなり成型できない場合がある。
耐食性に優れる材料としてステンレス鋼があり、バイクなどの二輪車にはマルテンサイト系のSUS410系の材料が広く用いられている。これは二輪車のディスクローターがむき出しで人目につきやすく耐食性が重視されるためである。一方でステンレス鋼は熱伝導性が鋳鉄よりも劣る課題がある。二輪車においてはブレーキシステムがむき出しで、冷却性に優れているため通常の使用においてはステンレス鋼でも問題なく使用されている。ただし、二輪車においてもレース等の過酷な制動状況においてはディスクローターが過度に加熱されブレーキパッドの摩耗量が大きくなる課題がある。自動車の場合はタイヤを含むブレーキシステムがタイヤハウス内に収められているため、ディスクローターが冷却されにくく、熱伝導性が低いことが課題の一つになり、ステンレス鋼は適用されてこなかった。ところが近年のEV、FCV、HV車などでは、走行時の運動エネルギーを電気エネルギーに変換し回収する「回生ブレーキ」の採用が急激に伸びている。この適用により、ディスクローターとパッドの摩擦で生じていた摩擦熱が低減するため、鋳鉄よりも熱伝導率が劣るステンレス鋼にも適用の可能性が広がっている。
自動車のディスクブレーキへのステンレス鋼の適用を妨げていたもう一つの課題は成形性である。二輪車のディスクローターはリング状の円盤形で、板状のステンレス鋼から打ち抜き加工され、その後、高周波焼入れによって製造されるため大きな加工はない。一方、現状の自動車のディスクローターは、ハット形状と呼ばれる、円盤の中央を絞ったような形状であり、鋳造によって製造されている。このような形状のものを、ステンレス鋼板を素材として加工して成形するには深絞り加工が必要となる。ただし二輪車で用いられてきたステンレス鋼はマルテンサイト系ステンレス鋼であり、非常に硬度が高くその加工が困難であった。これを解決する一つの方法として、高温でプレス成形するホットスタンプが近年広まっている。これによりステンレス鋼も精度よくハット形状を成形することができてきた。
こうした背景のなか、自動車における近年の美観や薄肉軽量化、成形性の要請に対応するためには、ディスクローターのステンレス鋼化が必要となる。
前述のように、ステンレス鋼板からディスクローターへの加工は、二輪車では大きな加工がないので高周波焼入れで製造され、自動車用については高温でプレスするホットスタンプによって行われる。ホットスタンプの高温処理が焼入れ処理を兼ねている。生産性の観点から、焼入れ熱処理は低温かつ短時間が好ましい。しかし、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼では熱延板焼鈍中に粗大なCr炭窒化物が析出する。ディスクローターとして十分な硬さを得るためには固溶C、Nを確保する必要があり、焼入れ熱処理時の高温での加熱によってCr炭窒化物を溶解させる必要があった。即ち、既存のマルテンサイト系ステンレス鋼は成形時に高温での加熱が必要であり、生産性向上には焼入れ性向上が必要であった。低温かつ短時間の熱処理でもCr炭窒化物が溶解する、優れた焼入れ性を確保することが既存のマルテンサイト系ステンレス鋼の生産性の課題として挙げられる。
焼入れ性に優れたステンレス鋼製ディスクローターに関して特許文献1があり、成分をN≧Cとすることで炭化物の粗大化を抑制し、低温かつ短時間の加熱で炭化物を固溶させ、焼入れ性を確保している。しかし当該特許における加熱条件は900~1050℃で10分保定であり、本発明で必要とする加熱温度1050℃超や数分の短時間保定も検討されていない。本発明における特徴である高温におけるプレス成型性や使用時の摩擦係数安定性について記述はない。
特許第6526765号公報
本発明は、焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れたブレーキディスクローター用ステンレス鋼板に関するものである。本発明の解決しようとする課題の対象となる部品は、制動系部品、特にディスクローターである。
前述のとおり、ステンレス鋼板から自動車用ディスクローターへの加工については高温でプレスするホットスタンプによって行われる。生産性の観点から、焼入れ熱処理は低温かつ短時間が好ましい。しかし、従来のマルテンサイト系ステンレス鋼では熱延板焼鈍中に粗大なCr炭窒化物が析出する。ディスクローターとして十分な硬さを得るためには固溶C、Nを確保する必要があり、焼入れ熱処理時の高温での加熱によってCr炭窒化物を溶解させる必要があった。即ち、既存のマルテンサイト系ステンレス鋼は成形時に高温での加熱が必要であり、生産性向上のためには焼入れ性向上が課題として挙げられる。
自動車のディスクローターはハット形状であるため、鋼板には成形性が要求される。具体的には、ハット形状に成形するホットスタンプ時の高温におけるプレス成形性が必要となる。
前述のように、自動車の場合はタイヤを含むブレーキシステムがタイヤハウス内に収められているため、ディスクローターが冷却されにくく、熱伝導性が低い。また二輪車でもレース等の過酷な制動状況ではディスクローターが過度に加熱される。しかしマルテンサイト系ステンレス鋼は高温での保持によってC、Nの析出や転位の回復が起こり、焼戻し軟化が生じる。焼戻し軟化が生じるとパッド摩耗量が過剰に多くなる課題があった。またディスクローターおよびブレーキパッドの異常な摩耗はブレーキの効きの不安定化や短寿命化も招く。即ち、ブレーキパッド摩耗量低減の要請に対応するためには、鋼板をブレーキディスクローターとして使用する際に優れた焼戻し軟化抵抗が必要とされる。一般的な二輪車の到達温度は最高500℃程度であるためマルテンサイト系ステンレス鋼を適用できたが、四輪車やレース向け二輪車のブレーキディスクは到達温度が高いため焼戻し軟化が顕著に生じ、適用が難しかった。
さらに鋼板をブレーキディスクローターとして使用する際に優れた高温強度が必要とされる。到達温度は一般的な市街地走行では100℃程度、山道の走行では300℃程度、最高600℃近傍に達するため、薄肉化のためには中温域~高温域における強度が要求される。
前述のように種々の走行条件において低温~高温に達するブレーキディスクは、制動によってブレーキディスク温度が上昇しても安定して制動できる必要がある。そのため、安全な制動を行うために温度が変化しても一定の摩擦係数を発揮することが要求される。
本発明は、鋼板をブレーキディスクローターに加工する際における優れた焼入れ性、成形性を有するとともに、ブレーキディスクローターとして使用する際における優れた焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性を有する、ブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板、それを用いたブレーキディスクローター、及びブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法を提供するものである。
上記課題を解決するために、本発明者らはステンレス鋼板の析出物に着目して詳細に調査した。本発明が対象とする、ブレーキディスクローター用として使用される鋼板は、熱延と熱延板焼鈍を経て製造される。熱延段階、熱延板焼鈍段階にて鋼板中に析出物が析出する。析出物としては、Cr炭窒化物とそれ以外のものが存在している。これら析出物のうち、Cr炭窒化物析出物はその寸法および分散状態を適切に制御することで、成形のための加熱時に低温、短時間で溶解して焼入れ性を向上し、生産性を向上させる。また、Cr炭窒化物以外の析出物は成形のための加熱時には溶解せず、製品中に微細に存在することで部品として使用する際に析出物が転位の回復を妨げ、焼戻し軟化抵抗を向上、使用時の組織変化を抑制することで制動中の摩擦係数を安定化させる。ブレーキは、ブレーキディスクとブレーキパッドの摩擦によって、自動車の持つ運動エネルギーを熱エネルギーに変換することで減速する装置である。そのため高速・高負荷からの制動では、摩擦発熱によってブレーキディスクは高温にさらされる。高温にさらされることで、鋼板中に溶け込んでいた固溶C、Nの析出による固溶強化の減少および焼入れ時に導入された転位の回復による転位強化の減少が生じる。固溶強化および転位強化の減少は硬さの低下(焼戻し軟化)を生じさせ、制動時のディスクとパッドの接触状態を変化させる。接触状態の変化によって摩擦係数も変化するため、焼戻し軟化は摩擦係数を不安定化させる。析出物を微細・多量に析出させ、焼戻し軟化抵抗を向上させることで、固溶強化および転位強化の減少は抑制され、摩擦係数の変化も抑制される。しかし、Cr炭窒化物析出物が粗大であると、溶解に高温や長時間を要し生産性が低下する。また、Cr炭窒化物以外の析出物が粗大であると、ホットスタンプ成形時および使用時に割れが生じやすくなったり、焼戻し軟化抵抗も向上せず、高温強度が低下、組織変化に伴う摩擦係数不安定化を招く可能性がある。そこで、鋼成分および熱延条件を適切に制御することで、鋼板中におけるこれら析出物を微細化し、焼入れ性の向上によって生産性を向上させ、ホットスタンプ時の割れを抑制、部品として使用する際に焼戻し軟化抵抗を確保しつつ、高温強度の低下を抑制、摩擦係数を安定化できると考えた。そして、かかる目的を達成すべく種々の検討を重ねた結果、以下の知見を得た。
鋼成分を適切に制御し、かつ熱延前の加熱温度を1000℃以上1200℃以下にし、熱延仕上げ温度を800℃以下にし、冷却速度を10℃/sec以上にし、巻取り温度を550℃以下にすることで、製鋼段階で生じた炭窒化物を十分に固溶させ、熱延中の転位の回復を抑制し、熱延および熱延板焼鈍中に析出する析出物を微細化させる。熱延中および熱延板焼鈍中の析出物が微細化することで、焼入れ時に低温、短時間の加熱でも析出物が溶解し、焼入れ性が向上し、ディスクローターとして十分な焼入れ硬さを確保できる。またCr炭窒化物以外の析出物の微細化により、部品として使用中の焼戻し軟化抵抗が向上し、組織変化が抑制されることで摩擦係数が安定化する。さらにホットスタンプ中の割れを抑制し、高温強度の低下を抑制することができる。製品板、すなわち部品として使用する前から析出物が存在しているため、焼戻し軟化が生じない温度域でも高強度が発揮される。なお、熱延中および熱延板焼鈍中の析出物は主にFe、Ti、V、Cu、Mo、W、Zr、Ta、Hfなどの炭窒化物、金属間化合物および金属Cuである。特にTiはCおよびNと結合し炭窒化物を形成しやすく、その効果は単独添加よりも複合添加時に有効に作用する。これにより、ディスクローターに適用可能な焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れたステンレス鋼板を提供することに成功した。
上記課題を解決する本発明の要旨は
(1)質量%にて、
C:0.001~0.500%、
N:0.001~0.500%、
Si:0.01~5.00%、
Mn:0.010~12.000%、
P:0.001~0.100%、
S:0.0001~1.0000%、
Cr:10.0~35.0%、
Ni:0.010~5.000%、
Cu:0.0010~3.0000%、
Mo:0.0010~3.0000%、
V:0.0010~1.0000%、
Ti:0.0100~1.0000%
を含有し、残部がFeおよび不純物であり、母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で存在し、下記式で表される焼入れ硬さ指標Aが200~800であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
A=1319[%C]+1699[%N]+23[%Si]+2[%Cu]
+35[%Mo]-245[%Ti]-22[%V]+329
(2)前記Feの一部に替え、質量%にてさらに、
B:0.0001~0.0100%、
Al:0.001~4.0%、
W:0.001~3.0%、
Sn:0.001~1.00%、
Mg:0.0001~0.0100%、
Sb:0.001~0.50%、
Zr:0.001~1.000%、
Ta:0.001~1.00%、
Hf:0.001~1.000%、
Co:0.001~1.00%、
Ca:0.0001~0.0200%、
REM:0.001~0.50%、
Ga:0.0001~0.5000%
の1種以上を含有することを特徴とする(1)に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
(3)1050℃における破断伸びが50%以上となることを特徴とする(1)又は(2)に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
(4)(1)~(3)のいずれか1つに記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却するホットスタンプ模擬熱処理(以下単に「疑似熱処理」という。)を施したときの硬さに対して、前記疑似熱処理後にさらに600℃で2時間焼戻し後の硬さの低下代がHvで150以下であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
(5)(1)~(4)のいずれか1つに記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理を施したときに、材料の725℃における0.2%耐力が40MPa以上となることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
(6)(1)~(5)のいずれか1つに記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理を施したときに、JASO C 406試験(第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動)において、ディスク温度60℃~300℃における摩擦係数が0.25~0.65であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
(7)(1)~(6)のいずれか1つに記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板を用いてなるブレーキディスクローター。
(8)スラブ加熱温度を1000℃以上1200℃以下とし、熱延時の仕上げ温度を800℃以下、巻取り温度を550℃以下にすることを特徴とする(1)~(6)のいずれか1つに記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法。
以上の説明から明らかなように、本発明によればステンレス鋼板の焼入れ性、成形性、高温強度、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性を向上させ、自動車や二輪車のディスクローターに適した材料を提供し、外観の向上や種々環境における安全な制動などに大きな効果が得られる。
以下、鋼中の成分含有量を規定した根拠について以下に述べる。
ここでマルテンサイト系鋼板とは、鋼板に焼入れ処理を施した際においてマルテンサイト相が80面積%以上となる鋼板を意味する。マルテンサイト系鋼板は熱延板(熱延焼鈍前のステンレス鋼板)ではマルテンサイト相、熱延焼鈍板(本発明のステンレス鋼板)ではフェライト相がその大半を占め、ホットスタンプによる焼入れ処理後(本発明のブレーキディスクローター)では、マルテンサイト相、又はマルテンサイト相+フェライト相の組織となる。また、わずかにオーステナイト相が残留する場合もある。
以下に本発明のステンレス鋼板の好ましい成分組成(質量%)について説明する。
Cは、母相に固溶し硬さに大きな影響を与える元素である。熱処理によっては炭化物を生成し、成形性や耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため(A)の含有量とした。また過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.001~0.500%、
(B)=0.010~0.300%、
(C)=0.030~0.100%。
NはCと同様、母相に固溶し硬さに大きな影響を与える元素である。熱処理によっては窒化物を生成し、成形性や耐食性を劣化させ、高温強度の低下をもたらすため(A)の含有量とした。また過度の低減は精錬コストの増加に繋がるため(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.001~0.500%、
(B)=0.010~0.100%、
(C)=0.020~0.050%。
Siは、脱酸剤としても有用な元素であるとともに、耐酸化性および耐高温塩害性を改善する元素である。しかしながら、過度な添加は常温延性を低下させるため(A)の含有量とした。但し、酸洗性や靭性を考慮すると(B)の含有量が望ましい。さらに製造性を考慮すると(C)の含有量が望ましい。
(A)=0.01~5.00%、
(B)=0.10~1.00%、
(C)=0.20~0.40%。
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、中温域での高温強度上昇に寄与する。しかし、過剰な添加により高温でMn系酸化物を表層に形成し、スケール密着性不良や異常酸化が生じ易くなる。特に、MoやWと複合添加した場合は、Mn量に対して異常酸化が生じやすくなる傾向にあるため(A)の含有量とした。さらに、鋼板製造における酸洗性や常温延性を考慮すると、(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.010~12.000%、
(B)=0.400~2.000%、
(C)=0.900~1.500%。
Pは、製鋼精錬時に主として原料から混入してくる不純物であり、含有量が高くなると、靭性や溶接性が低下する。このため、極力低減することが望ましいが、0.001%未満にするためには、低P原料の使用によるコストアップが生じるため、本発明では0.001%以上とする。一方、0.100%超の含有により著しく硬質化する他、耐食性、靭性および酸洗性が劣化するため、0.100%を上限とする。原料コストを考慮すると0.008~0.080%が望ましく、さらに望ましくは0.010~0.050%とする。
Sは、耐食性や耐酸化性を劣化させる元素であるが、TiやCと結合して加工性を向上させるだけではなく、CrやMnなどと結合することで硫化物を形成し潤滑性を発揮する元素である。その効果は0.0001%から発現するため、下限を0.0001%とした。一方、過度な添加によりTiやCと結合して固溶Ti量を低減させるとともに析出物の粗大化をもたらし、高温強度が低下するため、上限を1.0000%とした。さらに、精錬コストや高温酸化特性を考慮すると0.0005~0.0500%が望ましい。さらに望ましくは0.0010~0.0100%とする。
Crは、本発明において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。含有量が少ない場合、特に耐酸化性が確保できず、過剰な添加によって加工性の低下や靭性の劣化をもたらすため、(A)の含有量とした。さらに、製造性やスケール剥離性を考慮すると(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=10.0~35.0%、
(B)=10.5~15.0%、
(C)=10.5~13.0%。
Niは耐酸性や靭性、高温強度を向上させる元素であり、必要に応じて添加するが、過剰な添加はコスト高になるため、(A)の含有量とした。製造性を考慮すると、(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.010~5.000%、
(B)=0.030~0.600%、
(C)=0.050~0.080%。
Cuは耐食性向上に有効な元素である。ε-Cu析出による析出強化によって焼戻し軟化抵抗や高温強度、摩擦係数安定性を向上させ、その効果は0.0010%から発現するため、下限を0.0010%とした。過度な添加は熱間加工性を低下させるため(A)の含有量とした。さらに、熱疲労特性、製造性および溶接性を考慮すると(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.0010~3.0000%、
(B)=0.0100~2.0000%、
(C)=0.2000~1.6000%。
Moは、高温における固溶強化に有効な元素であるとともに、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、耐食性および耐高温塩害性を向上させるため添加する。その効果は0.0010%から発現するため、下限を0.0010%とした。過剰な添加は常温延性と耐酸化性が著しく劣化するため、(A)の含有量とした。さらに、熱疲労特性や製造性を考慮すると(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.0010~3.0000%、
(B)=0.0100~1.0000%、
(C)=0.0100~0.5000%。
Vは、耐食性を向上させる元素であり、その効果は0.0010%から発現するため、下限を0.0010%とした。過剰に添加すると析出物が粗大化して焼戻し軟化抵抗や高温強度、摩擦係数安定性が低下する他、耐酸化性が劣化するため、(A)の含有量とした。さらに、製造コストや製造性を考慮すると、(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.0010~1.0000%、
(B)=0.0030~0.7000%、
(C)=0.1000~0.5000%。
Tiは、C,N,Sと結合して耐食性、耐粒界腐食性、常温延性や深絞り性を向上させる元素である。また、Moとの複合添加において、適量添加することにより熱延焼鈍時のMoの固溶量増加、高温強度の向上をもたらし、焼戻し軟化抵抗や熱疲労特性を向上させ、組織変化を抑制することで摩擦係数を安定化する。しかし、過剰な添加は、固溶Ti量が増加して常温延性が低下する他、粗大なTi系析出物を形成し、穴拡げ加工時の割れの起点になり、プレス成形性を劣化させる。また、耐酸化性も劣化するため、(A)の含有量とした。さらに、表面疵の発生や靭性を考慮すると、(B)の含有量が望ましい。さらに望ましくは(C)の含有量とする。
(A)=0.0100~1.0000%、
(B)=0.050~0.5000%、
(C)=0.100~0.2000%。
本発明の鋼板はさらに、成分含有量から下記式で表される焼入れ硬さ指標Aが200~800であることを特徴とする。下記式において、[%元素記号]は当該元素の含有量(質量%)を意味する。焼入れ硬さ指標Aが200以上であることにより、ブレーキディスクとして使用するに十分な硬さを得ることができる。焼入れ硬さ指標Aが800超であると、焼入れ硬さが過度に大きくなり使用時に靭性が不足となる。成形性を考慮すると250~750、さらに望ましくは300~700とする。
A=1319[%C]+1699[%N]+23[%Si]+2[%Cu]
+35[%Mo]-245[%Ti]-22[%V]+329
本発明は、残部がFeおよび不純物である。さらに必要に応じて、前記Feの一部に替え、以下の成分を含有することとしても良い。
Bは、製品のプレス成形時の2次加工性や高温強度、熱疲労特性を向上させる元素である。BはLaves相などの微細析出をもたらし、これらの析出強化の長期安定性を発現させ、強度低下の抑制や熱疲労寿命の向上に寄与する。この効果は0.0001%以上で発現する。一方、過度な添加は硬質化をもたらし、粒界腐食性と耐酸化性を劣化させる他、溶接割れが生じるため、0.0100%以下とした。更に、耐食性や製造コストを考慮すると、0.0001~0.0050%が望ましい。さらに望ましくは0.0001~0.0020%とする。
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。また、固溶強化元素として高温強度向上や焼戻し軟化抵抗向上に有用である。その作用は0.001%から安定して発現する。一方、過度の添加は硬質化して均一伸びを著しく低下させる他、靭性が著しく低下するため、上限を4.0%とした。更に、表面疵の発生や溶接性、製造性を考慮すると、0.003~2.0%が望ましい。
WもMo同様、高温における固溶強化として有効な元素であるとともに、Laves相(FeW)を生成して析出強化の作用をもたらす。特に、Moと複合添加した場合、Fe(Mo,W)のLaves相が析出するが、Wを添加するとこのLaves相の粗大化が抑制されて析出強化能が向上、焼戻し軟化抵抗も向上する。これは0.001%以上の添加で作用する。一方、3.0%超の添加ではコスト高になるとともに、常温延性が低下するため、上限を3.0%とした。更に、製造性、低温靭性および耐酸化性を考慮すると、W添加量は0.001~1.5%が望ましい。
Snは、耐食性を向上させる元素であり、中温域の高温強度を向上させるため、必要に応じて添加する。これらの効果は0.001%以上で発現する。一方、1.00%超添加すると製造性および靭性が著しく低下するため、1.00%以下とした。更に、耐酸化性や製造コストを考慮すると、0.001~0.10%が望ましい。
Mgは、脱酸元素として添加させる場合がある他、スラブの組織を微細化させ、成形性向上に寄与する元素である。また、Mg酸化物はTi(C,N)等の炭窒化物の析出サイトになり、これらを微細分散析出させる効果がある。この作用は0.0001%以上で発現し、靭性向上に寄与する。但し、過度な添加は、溶接性、耐食性および表面品質の劣化につながるため、上限を0.0100%とした。精錬コストを考慮すると、0.0003~0.0010%が望ましい。
Sbは、耐食性と高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.001%以上添加する。0.50%超の添加により鋼板製造時のスラブ割れや延性低下が過度に生じる場合があるため上限を0.50%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01~0.30%が望ましい。
Zrは、Tiと同様に炭窒化物形成元素であり、耐食性、深絞り性を向上させる元素であり、必要に応じて添加する。これらの効果は0.001%以上で発現する。一方、1.000%超の添加により製造性の劣化が著しいため、1.000%以下とした。更に、コストや表面品位を考慮すると、0.001~0.200%が望ましい。
TaおよびHfは、CやNと結合して靭性の向上に寄与するため必要に応じて0.001%以上添加する。但し、1.00%超の添加によりコスト増になる他、製造性を著しく劣化させるため、上限を1.00%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01~0.08%が望ましい。
Coは、高温強度の向上に寄与するため、必要に応じて0.001%以上添加する.1.00%超の添加により靭性劣化につながるため、上限を1.00%とする。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.01~0.10%が望ましい。更に望ましくは0.01~0.03%とする。
Caは、脱硫のために添加される場合があり、この効果は0.0001%以上で発現する。しかしながら、0.0200%超の添加により粗大なCaSが生成し、靭性や耐食性を劣化させるため、上限を0.0200%とした。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.0003~0.0020%が望ましい。
REMは、種々の析出物の微細化による靭性向上や耐酸化性の向上の観点から必要に応じて添加される場合があり、この効果は0.001%以上で発現する。しかしながら、0.50%超の添加により鋳造性が著しく悪くなる他、延性の低下をもたらすことから上限を0.50%とした。更に、精錬コストや製造性を考慮すると、0.001~0.05%が望ましい。REM(希土類元素)は、一般的な定義に従い、スカンジウム(Sc)、イットリウム(Y)の2元素と、ランタン(La)からルテチウム(Lu)までの15元素(ランタノイド)の総称を指す。単独で添加してもよいし、混合物であってもよい。
Gaは、耐食性向上や水素脆化抑制のため、0.5000%以下で添加してもよい。硫化物や水素化物形成の観点から下限は0.0001%とすると好ましい。さらに、製造性やコストの観点ならびに、延性や靭性の観点から0.0020%以下が好ましい。
その他の成分について本発明では特に規定するものではないが、本発明においては、Bi等を必要に応じて、0.001~0.1%添加してもよい。なお、As、Pb等の一般的な有害な元素や不純物元素はできるだけ低減することが好ましい。
本発明では、成形時の生産性(焼入れ性)、成形性、および使用中の焼戻し軟化抵抗と高温強度、摩擦係数安定性の観点から、製品板(熱延焼鈍板)における析出物が微細に存在することが重要である。そのためには各元素の成分を適切に制御し、かつ、製鋼段階で生じた炭窒化物を十分に固溶させ、熱延時に転位を回復しにくくし、転位を核生成サイトとすればよい。製鋼段階で生じた炭窒化物を十分に固溶させるためにスラブ加熱温度はスラブ加熱温度を1000℃以上1200℃以下とし、熱延時の転位の回復を抑制するため、熱延の仕上げ温度は800℃以下、冷却速度は10℃/sec以上、巻取り温度は550℃以下とする。また製品板(熱延焼鈍板)において析出物が特定の大きさ、面積率で存在する必要があることを知見した。なお析出物はCr炭窒化物析出物とそれ以外の析出物に分類される。それ以外の析出物とは主にFe、Ti、V、Cu、Mo、W、Zr、Ta、Hfなどの炭窒化物、金属間化合物および金属Cuである。
具体的には、ブレーキディスクローター用ステンレス鋼板(熱延板焼鈍後)において、母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で存在することと規定する。なお析出物には焼入れ熱処理の温度で溶解するものと、溶解しないものがあり、Cr炭窒化物は溶解し、その他の析出物はほとんど溶解しない。
ディスクローターへの加工はホットスタンプや高周波焼入れによって行われ、一般的に焼入れ熱処理のための加熱時間は生産性のために非常に短い。ディスクローターとして十分な硬さを得るためには短時間の加熱でも、熱延中あるいは熱延板焼鈍中に析出するCr炭窒化物が溶解し、固溶C、Nを確保できなければならない。Cr炭窒化物は微細に存在することで容易に溶解し固溶C、Nの確保に寄与し焼入れ性を向上させる。母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で微細に存在することで、Cr炭窒化物が焼入れ熱処理の短時間の加熱でも溶解する。平均粒径が1.5μmを超えると、焼入れ熱処理時に短時間の加熱ではCr炭窒化物が溶解しきれず、十分な固溶C、Nを確保できず、焼入れ硬さが不十分になる。加熱時間を長時間化すると生産性を阻害することとなる。
Cr炭窒化物以外の析出物は焼入れ熱処理のための加熱ではほとんど溶解せず、成形及び焼入れが完了した製品中に微細に存在することで転位の移動を妨げるので、焼戻し軟化抵抗の向上、高温強度の低下抑制、摩擦係数安定性向上に寄与する。また、析出物の微細化によって加工中の割れの起点になりにくく、成形性を向上することができる。
即ち、母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で微細に存在することとで、析出物が転位の移動を効果的に妨げ、焼戻し軟化抵抗および高温強度の向上に寄与し、摩擦係数を安定化する。
析出物の平均粒径が1.5μmを超えると転位の移動時の抵抗になりにくく、焼戻し軟化抵抗および高温強度の向上、摩擦係数安定性向上への寄与が小さくなる。またホットスタンプ時や使用時における割れの起点となりやすく、成形性を阻害する。析出物の面積率が0.1%未満であると転位のピン止め間隔が広くなるため転位の移動の抵抗となりにくい。また析出物の面積率が10.0%超であると強度が過度に向上し割れが生じやすくなる。上記より析出物は、熱延板焼鈍後において、母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で存在することと規定する。
析出物の平均粒径は5nm以上、1.25μm以下が望ましい。さらに望ましくは5nm以上、1.0μm以下である。析出物の面積率は0.2%以上、9.0%以下が望ましい。さらに望ましくは0.3%以上、7.0%以下である。
これによりディスクローターに適用可能なステンレス鋼板を提供することに成功した。
析出物の判別方法としては、透過型電子顕微鏡(機種として例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)観察および付属のEDS装置(機種として例えば、日本電子製の200kV電界放出型透過電子顕微鏡JEM2100F)での分析を用いて判別することができる。サンプルはイオンミリング法にてt/4を観察できるように採取し、5万倍で任意の10箇所を観察して分析した。この倍率で、析出物の状態をほぼ均一に観察することが可能である。また、同観察箇所において、EDS装置にてFe,Cr,Si,Mn、Ti、V、Cu、Mo、W、Zr、Ta、Hfの組成を質量%にて定量化し、鋼板成分の添加量以上の値が検出された場合に析出物とした。析出物の粒径および面積率の算出は、同様の方法でサンプルを観察し、これらの箇所を観察した後に析出物のみに色をつけ画像処理した後にNIH社製の画像解析ソフト『ImageJ』を用いて各粒子の粒径を円相当径で算出し、5視野の平均粒径および平均面積率を算出した。
本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板は、1050℃における破断伸びが50%以上となることを特徴とする。これにより、鋼板として優れた成形性を実現することができる。
本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板は、前記疑似熱処理を施したときの硬さに対して、前記疑似熱処理後にさらに600℃で2時間焼戻し後の硬さの低下代がHvで150以下であることを特徴とする。これによりブレーキディスクローターとして優れた焼戻し軟化抵抗を実現することができる。
本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板は、前記疑似熱処理を施したときに、材料の725℃における0.2%耐力が40MPa以上となることを特徴とする。これにより、ブレーキディスクローターとして優れた高温強度を実現することができる。
本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板は、前記疑似熱処理を施したときに、JASO C 406試験(第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動)において、ディスク温度60℃~300℃における摩擦係数が0.25~0.65となることを特徴とする。これにより、ブレーキディスクローターとして優れた摩擦係数安定性を実現することができる。
本発明のブレーキディスクローターは、上記本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板を用いてなる。具体的には、本発明のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板を用いてホットスタンプ成形を行うことでブレーキディスクローターの形状に成形し、ホットスタンプ成形時の熱処理で焼入れされる。優れた焼戻し軟化抵抗と優れた高温強度、摩擦係数安定性を有している。
次に製造方法について説明する。
本発明のブレーキディスクローター用ステンレス鋼板の製造方法は、製鋼-熱間圧延-焼鈍-酸洗の各工程よりなる。製鋼においては、前記必須成分および必要に応じて添加される成分を含有する鋼を、転炉溶製し続いて2次精錬を行う方法が好適である。溶製した溶鋼は、公知の鋳造方法(連続鋳造)に従ってスラブとする。スラブは所定の温度に加熱され、所定の板厚に連続圧延で熱間圧延される。製鋼段階で生じた炭窒化物を十分に固溶させるためスラブ加熱温度は1000℃以上とする。また過度の加熱は製造時のコストを増加させるためスラブ加熱温度は1200℃以下とする。望ましくは製造性の観点からスラブ加熱温度は1050℃以上1200℃以下とする。さらに望ましくは1100℃以上1200℃以下とする。熱間圧延は複数スタンドから成る熱間圧延機で圧延された後に巻き取られる。熱延後の焼鈍で析出する炭窒化物を微細に析出させることでホットスタンプ時の短時間の加熱でも炭窒化物を母相に固溶させることができる。炭窒化物を微細に析出させるためには、熱延時に転位を回復しにくくし、転位を核生成サイトとすればよい。熱延時の転位の回復を抑制するため、熱延の仕上げ温度は800℃以下、巻取り温度は550℃以下とする。望ましくは、生産性の観点から仕上げ温度は750℃以下、巻取り温度は500℃以下とする。更に望ましくは、仕上げ温度は700℃以下、巻取り温度は450℃以下とする。なお仕上げ-巻取り間の冷却速度は10℃/sec以上とする。巻き取られた熱延コイルは焼鈍炉を用いて所定の温度で焼鈍されたのち酸洗される。焼鈍温度は820℃以上900℃以下で3時間以上5時間以下とする。酸洗方法については、既存の酸洗方法を適用すれば良い。
表1、表2に示す成分組成の鋼を溶製してインゴットに鋳造し、インゴットを熱間圧延して6mm厚の熱延板とした。表3、4に示すスラブ加熱温度、熱延仕上げ温度と熱延巻取り温度を用い、仕上げ-巻取り間の冷却速度は12℃/secとした。得られた熱延板を850℃で4時間保持し室温まで冷却し熱延板焼鈍板とした。表1、表2のNo.A1~A33は本発明鋼、表2のNo.B1~B14は比較鋼である。本発明から外れる数値に下線を付している。
ホットスタンプ前の熱延焼鈍板について、高温におけるプレス成形性を評価するため、熱延焼鈍板から圧延方向が引張方向となるように高温引張試験片を採取し、1050℃で引張試験を実施し、破断伸びを測定した(JIS G 0567に準拠、数値は小数点以下を四捨五入)。ここで、1050℃における破断伸びが50%以上であればハット形状に成形可能なため、1050℃における破断伸びを50%以上有するものを合格(表3、表4中で〇印を記載)とした。
熱延焼鈍板には1050℃まで加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却するホットスタンプ模擬熱処理(以下単に「疑似熱処理」という。)を施した。疑似熱処理後、鋼板に酸洗を施した。疑似熱処理後の鋼板の評価により、鋼板の焼入れ性、ホットスタンプ後の焼戻し軟化抵抗、高温強度の評価を行った。
焼入れ性を評価するため、900℃×1sec保持後に冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理および1100℃×1sec保持後に冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理を施した試験片(以下「900℃焼入れ熱処理材」、「1100℃焼入れ熱処理材」という。)を作製しビッカース硬さを採取した(JIS Z 2244に準拠、t/2部、荷重5kg、n=5の平均値を硬さとする。数値は小数点以下を四捨五入。)。ここで、900℃焼入れ熱処理材の硬さと1100℃焼入れ熱処理材の硬さの差がHvで50以下であれば一般的なディスクローターへの適用が可能なため、900℃焼入れ熱処理材と1100℃焼入れ熱処理材の硬さの差がHvで50以下であるものを合格(表3、表4中で〇印を記載)とした。
焼戻し軟化抵抗を評価するため、疑似熱処理材と、疑似熱処理材に600℃で2時間の焼戻しを施した試験片(以下「焼戻し軟化処理材」という。)を作製しビッカース硬さを採取した(JIS Z 2244に準拠、t/2部、荷重5kg、n=5の平均値を硬さとする。数値は小数点以下を四捨五入。)。ここで、疑似熱処理材の硬さと焼戻し軟化処理材の硬さの差がHvで150以下であれば一般的なディスクローターへの適用が可能なため、疑似熱処理材の硬さと焼戻し軟化処理材の硬さの差がHvで150以下であるものを合格(表3、表4中で〇印を記載)とした。
使用時の強度を評価するため疑似熱処理材から圧延方向が引張方向となるように高温引張試験片を採取し、725℃で引張試験を実施し、0.2%耐力を測定した(JIS G 0567に準拠、数値は小数点以下を四捨五入)。ここで、725℃における0.2%耐力が40MPa以上であれば、一般的なディスクローターへの適用および薄肉化が可能なため、725℃における0.2%耐力を40MPa以上有するものを合格(表3、表4中で〇印を記載)とした。
使用時の摩擦係数安定性を評価するため、疑似熱処理材から外径90mm、板厚6mmの円盤状試験片を作製し、JASO C 406試験(第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動)を実施し、制動中の摩擦係数を測定した。減速度は1.0m/s~10.0m/sとし、各減速度における1制動中の平均摩擦係数を算出した。制動中のディスク温度60℃~300℃における摩擦係数が0.25~0.65であれば一般的なディスクローターへの適用可能なため、ディスク温度60℃~300℃における摩擦係数が0.25~0.65を有するものを合格(表3、表4中で〇印を記載)とした。なおディスク温度は摺動面化1mm位置における温度を熱電対で測定する。
Figure 2023116985000001
Figure 2023116985000002
Figure 2023116985000003
Figure 2023116985000004
表3、表4から明らかなように、鋼板の焼入れ性、プレス成形性、疑似熱処理後の焼戻し軟化抵抗、725℃における0.2%耐力およびディスク温度60℃~300℃における摩擦係数は、本発明例が比較例に比べて優れている。上記の900℃焼入れ硬さと1100℃焼入れ硬さの差、焼戻し前後の硬さの差、1050℃における破断伸び、725℃における0.2%耐力、ディスク温度60℃~300℃における摩擦係数のいずれか一つでも不合格である場合、ディスクローターとしての適用が不適と判断した。これより、本発明で規定される鋼は、焼入れ性、成形性、焼戻し軟化抵抗、高温強度、摩擦係数安定性に優れていることがわかる。
比較例B1、B2は、それぞれC、N濃度が上限を外れ、粗大な炭窒化物が多量に析出したため、疑似熱処理によってCr炭化物が十分に固溶せず焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性が不良であった。また粗大な炭窒化物は析出強化に寄与せず、割れの起点にもなるため、725℃における0.2%耐力およびプレス成形性が不良であった。
比較例B3はSi濃度が上限を外れた。SiはCの活量を上げるため粗大な炭化物が析出し、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力、プレス成形性が不足した。
比較例B4はMn濃度が下限を外れ、725℃における0.2%耐力が不足した。
比較例B5はP濃度が上限を外れ、粗大なリン化物が多量に析出したため、725℃における0.2%耐力、摩擦係数安定性が不足した。また硬質化によってプレス成形性が不足した。
比較例B6はS濃度が上限を外れ、Ti系の析出物を粗大化させ、725℃における0.2%耐力、プレス成形性が不足した。
比較例B7はCr濃度が上限を外れ、粗大なCr炭窒化物が多量に析出したため、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力が不足した。また硬質化によってプレス成形性が不良であった。
比較例B8はCu濃度が下限を外れ、Cu析出が十分生じず、析出強化が不十分となり焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性および725℃における0.2%耐力が不足した。
比較例B9、B10はそれぞれMo、V濃度が下限を外れ、各元素を含む析出物が十分析出せず、析出強化が不十分となり焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性および725℃における0.2%耐力が不足した。
比較例B11はスラブ加熱温度が下限を外れ、熱延仕上げ温度および熱延巻取り温度が上限を外れ、製鋼段階で生じた炭窒化物が十分に固溶せず、また、Cr炭窒化物および析出物が過度に粗大化し、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力、プレス成形性が不良であった。
比較例B12はNi濃度が下限を外れ、725℃における0.2%耐力が不足した。
比較例B13はTi濃度が下限を外れ、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力が不足した。
比較例B14はスラブ加熱温度が下限を外れ、製鋼段階で生じたCr炭窒化物が十分に固溶せず、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力、プレス成形性が不良であった。
比較例B15は熱延仕上げ温度および熱延巻取り温度が上限を外れ、Cr炭窒化物および析出物が過度に粗大化し、焼入れ性、焼戻し軟化抵抗、摩擦係数安定性、725℃における0.2%耐力、プレス成形性が不良であった。

Claims (8)

  1. 質量%にて、
    C:0.001~0.500%、
    N:0.001~0.500%、
    Si:0.01~5.00%、
    Mn:0.010~12.000%、
    P:0.001~0.100%、
    S:0.0001~1.0000%、
    Cr:10.0~35.0%、
    Ni:0.010~5.000%、
    Cu:0.0010~3.0000%、
    Mo:0.0010~3.0000%、
    V:0.0010~1.0000%、
    Ti:0.0100~1.0000%
    を含有し、残部がFeおよび不純物であり、母相に存在する析出物の平均粒径が1.5μm以下であり、析出物が0.1~10.0%の面積率で存在し、下記式で表される焼入れ硬さ指標Aが200~800であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
    A=1319[%C]+1699[%N]+23[%Si]+2[%Cu]
    +35[%Mo]-245[%Ti]-22[%V]+329
  2. 前記Feの一部に替え、質量%にてさらに、
    B:0.0001~0.0100%、
    Al:0.001~4.0%、
    W:0.001~3.0%、
    Sn:0.001~1.00%、
    Mg:0.0001~0.0100%、
    Sb:0.001~0.50%、
    Zr:0.001~1.000%、
    Ta:0.001~1.00%、
    Hf:0.001~1.000%、
    Co:0.001~1.00%、
    Ca:0.0001~0.0200%、
    REM:0.001~0.50%、
    Ga:0.0001~0.5000%
    の1種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
  3. 1050℃における破断伸びが50%以上となることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
  4. 請求項1~請求項3のいずれか1項に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却するホットスタンプ模擬熱処理(以下単に「疑似熱処理」という。)を施したときの硬さに対して、前記疑似熱処理後にさらに600℃で2時間焼戻し後の硬さの低下代がHvで150以下であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
  5. 請求項1~請求項4のいずれか1項に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理を施したときに、材料の725℃における0.2%耐力が40MPa以上となることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
  6. 請求項1~請求項5のいずれか1項に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板であって、1050℃に加熱後に5秒以上滞留させ、その後冷却速度1℃/sec以上で冷却する熱処理を施したときに、JASO C 406試験(第2効力試験の常温効力試験の130km/hからの制動)において、ディスク温度60℃~300℃における摩擦係数が0.25~0.65であることを特徴とするブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板。
  7. 請求項1~請求項6のいずれか1項に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板を用いてなるブレーキディスクローター。
  8. スラブ加熱温度を1000℃以上1200℃以下とし、熱延時の仕上げ温度を800℃以下、巻取り温度を550℃以下にすることを特徴とする請求項1~請求項6のいずれか1項に記載のブレーキディスクローター用マルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法。
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