JP2017172038A - ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼、およびブレーキディスク - Google Patents

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Abstract

【課題】コストと耐銹性が両立しうるブレーキディスク用マルテンサイトステンレス鋼の提供。【解決手段】質量%で、C:0.025〜0.060%、Si:0.05%〜0.8%、Mn:0.5〜1.5%、P:0.035%以下、S:0.015%以下、Cr:10.5〜12.0%、Ni:0.01〜0.20%、Cu:0.01〜0.20%、Mo:0.01〜0.20%、V:0.01〜0.10%、Al:0.05%以下、N:0.025〜0.060%、O:0.01%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物であり、C+1/2N:0.040〜0.080%、Cu+Ni+Mo:0.005〜0.30%、Cr+10×(Cu+Ni+Mo+N)≧12.0(%)を満足し、さらに、大きさ10μm以上の介在物が、0.2個/cm2以下であることを特徴とするブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。【選択図】なし

Description

本発明は、ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼、およびブレーキディスクに関し、コストと耐銹性を両立させたブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼、およびそれを用いたブレーキディスクに関する。
二輪車のブレーキディスクには、耐磨耗性、耐銹性、靭性等の特性が要求される。耐磨耗性は一般に硬さが高いほど大きくなる。一方、硬さが高すぎるとブレーキディスクとパッドの間でいわゆるブレーキの鳴きが生じるため、ブレーキディスクの硬さは、32〜38HRC(ロックウエル硬さCスケール)が求められる。これらの要求特性から、二輪車のブレーキディスクにはマルテンサイト系ステンレス鋼板が用いられている。
従来、SUS420J2を焼入れ焼戻しして所望の硬さに調整し、ブレーキディスクとしていたが、この場合、焼入れと焼戻しの2つの熱処理工程を要する問題があった。これに対し、特許文献1において、SUS420J2鋼の従来鋼より広い焼入れ温度範囲で、安定して所望の硬さを得ることができ、かつ、焼入れのままで使用される鋼組成に関する発明が開示された。これは、SUS410、SUS403、SUS410S鋼と同様に低C化し、かつ、低C化によるオーステナイト単相温度域の縮小、つまり焼入れ加熱温度域が狭くなることをオーステナイト安定化元素であるMn添加で補ったものである。
また、特許文献2において、低Mn鋼で焼入れのままで使用されるオートバイブレーキディスク用鋼板に関する発明が開示されている。この鋼板は、Mnを低下させる代わりに、オーステナイト形成元素として同様の効果を持つ、NiおよびCuを添加したものである。
近年、二輪車においても車体の軽量化が望まれており、二輪ブレーキディスクの軽量化が検討されている。この場合、課題となるのが制動時の発熱に起因するディスク材軟化によるディスク変形であり、これを解決するためには、ディスク材の耐熱性を向上させる必要がある。この解決策の1つとして、焼戻し軟化抵抗の向上があり、特許文献3において、Nb、Mo添加による耐熱性向上法に関する発明が開示された。特許文献4において1000℃を超える温度からの焼入れ処理を行うことにより優れた耐熱性を有するディスク材に関する発明が開示されている。焼戻し軟化抵抗に優れたブレーキディスクとして、特許文献5には旧オーステナイト粒の平均粒径を8μm以上とするマルテンサイト組織を有するブレーキディスクが、特許文献6には焼入れ後の組織の面積率で75%以上がマルテンサイトであり、Nbを0.10%以上0.60%以下とする発明が開示されている。
特開昭57−198249号公報 特開平8−60309号公報 特開2001−220654号公報 特開2005−133204号公報 特開2006−322071号公報 特開2011−12343号公報
このような技術により、二輪車のブレーキディスク用材料として普及した低Cマルテンサイト系ステンレス鋼であるが、近年では、さらなるコスト低減が要求されている。とはいえ、耐磨耗性、耐銹性、靭性等の特性の要求は満足する必要がある。また、焼入れ性および焼き戻し軟化抵抗も必要である。特に、見栄えに直結する耐銹性の確保が重要である。したがって、コストと耐銹性が両立しうる二輪車ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼が求められている。
また、四輪車への適用も検討されるようになってきた。四輪車のブレーキディスクは二輪車用に比べて制動荷重が大きく、より高い硬度が必要なので、これまでは鋳鉄が主に使用されていた。
しかしながら、ホイールのデザイン等の変化から、ディスクブレーキが容易に外から見えるようになり、耐銹性等が求められるようになってきた。また、軽量化の進行した小型車では二輪車用ディスク材と同程度の性能で十分となった。そのため、四輪車でも、コストと耐銹性が両立しうるブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼が求められるようになってきた。
本発明は上記課題に鑑みてなされたものであり、コストと耐銹性を両立するブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼、および当該ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いたブレーキディスクを提供することを目的とする。
本発明者等は、低Cマルテンサイト系ステンレス鋼のコストと耐銹性の両立を目指し、合金成分およびミクロ組織の詳細な検討を行ってきた。
その結果、硬さを発現させるCとNについて、耐銹性を向上させる元素であるNを主として用いること。また、耐銹性を向上させる元素であるCu、Ni、Moは低Cr鋼ほど微量で効果を発揮すること、さらには、10μm以上の介在物が発銹起点となること等が判明した。
これらの知見に基づいて、コストと耐銹性を両立し、その他の特性、耐磨耗性、靭性、焼入れ性、焼き戻し軟化抵抗等も具備する本発明に到ったのである。
本発明の課題を解決する手段、すなわち、本発明のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は以下の通りである。
(1)質量%で、C:0.025〜0.060%、Si:0.05%〜0.8%、Mn:0.5〜1.5%、P:0.035%以下、S:0.015%以下、Cr:10.5〜12.0%、Ni:0.01〜0.20%、Cu:0.01〜0.20%、Mo:0.01〜0.20%、V:0.01〜0.10%、Al:0.05%以下、N:0.025〜0.060%、O:0.01%以下を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物であり、
C+1/2N:0.040〜0.080%、Cu+Ni+Mo:0.05〜0.30%、Cr+10×(Cu+Ni+Mo+N)≧12.0(%)を満足し、
さらに、大きさ10μm以上の介在物が、0.2個/cm2以下であることを特徴とするブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
ただし、式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)をあらわす。
(2)さらに、質量%で、Ti:0.03%以下、B:0.0050%以下の1種または2種を含有することを特徴とする(1)に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(3)さらに、質量%で、Nb:0.30%以下を含有することを特徴とする(1)または(2)に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(4)さらに、質量%で、Sn:0.1%以下、Bi:0.2%以下の1種または2種を含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれか1つに記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(5)板厚が3〜8mmの鋼板であることを特徴とする(1)〜(4)のいずれか1つに記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
(6)ブレーキディスク素材が、(1)〜(5)のいずれか1つに記載のマルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とするブレーキディスク。
(7)硬度がHRC32〜38であることを特徴とする(6)に記載のブレーキディスク。
本発明によれば、コストと耐銹性を両立するブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼、および当該ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼を用いたブレーキディスクを提供できる。
以下、本発明の実施形態について説明する。まず、本実施形態のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼の、組成を限定した理由について説明する。なお、組成についての%の表記は、特に断りのない場合は、質量%を意味する。
C:0.025〜0.060%
Cは、焼入れ後所定の硬さを得るために必須な元素であり、所定の硬度レベルになるようにNと組み合わせて添加する。本発明では、Nの耐銹性を向上させる効果を最大限利用するため、Cの過剰な添加を避けて、本発明では0.060%を上限とする。これを超えて添加すると硬度が硬すぎて、ブレーキの鳴き、靭性低下等の不具合を生じるからである。硬度制御と耐食性向上の観点から上限は望ましくは、0.050%である。また、一方0.025%未満では、硬さを得るためにNを過剰に添加しなければならず、焼き戻し軟化抵抗も悪化することから、0.025%を下限とする。焼入れ硬度の安定性の点からは0.030%以上とすることが好ましい。
Si:0.05%〜0.8%
Siは、溶解精錬時における脱酸のために必要であるほか、焼入れ熱処理時の酸化スケール生成を抑制するのにも有用であり、その効果は0.05%以上で発現するため、0.05%以上とした。但し、Siは溶銑等の原料から混入するため、過度な低下はコスト増に繋がるため、0.20%以上にすることが好ましい。また過度なSiの添加はオーステナイト単相温度域を狭くし、焼入れ安定性を損ねるために、0.8%以下とした。なお、オーステナイト安定化元素の添加量を低減し、コストを下げるためには0.6%以下が好ましい。
Mn:0.5〜1.5%
Mnは、脱酸剤として添加される元素であるとともに、オーステナイト単相域を拡大し焼入れ性の向上に寄与する。その効果は0.5%以上で明確に現れるため、0.5%以上とする。安定して焼入れ性を確保するためには1.1%以上にすることが好ましい。但し、過度なMnの添加は焼入れ加熱時の酸化スケールの生成を促進し、その後の研磨負荷を増加させるため、その上限を1.5%とした。MnS等の粒化物に起因する耐食性の低下も考慮すると1.3%以下が好ましい。
P:0.035%以下
Pは、原料である溶銑やフェロクロム等の主原料中に、不純物として含まれる元素である。熱延焼鈍板や焼入れ後の靭性に対しては有害な元素であるため、0.035%以下とする。なお、好ましくは0.030%以下である。過度な低減は高純度原料の使用を必須にするなど、コストの増加に繋がるため好ましくは、Pの下限は0.010%である。
S:0.015%以下
Sは、硫化物系介在物を形成し、鋼材の一般的な耐食性(全面腐食や孔食)を劣化させる、また、熱間加工性を低下させ熱延鋼板の耳割れ感受性を高めるため、その含有量の上限は少ないほうが好ましく、0.015%とする。また、Sの含有量は少ないほど耐食性は良好となるが、低S化には脱硫負荷が増大し、製造コストが増大するので、その下限を0.001%とするのが好ましい。なお、好ましくは0.001〜0.008%である。
Cr:10.5〜12.0%
Crは、本発明において、耐酸化性や耐食性確保のために必須な元素である。本発明においては、N等の耐食性向上元素の微量成分活用ならびに介在物制御により、必要とされるCr量を低減することに成功した。しかしながら、10.5%未満では、本発明をもってしても、耐銹性要求にこたえる水準に到達しない。一方、12.0%超では本発明を用いなくても十分な耐銹性を維持できる。なお、耐食性の安定性やプレス成形性を考慮すると、10.8%〜11.7%が好ましい。
Ni:0.01〜0.20%
Niは孔食の進展抑制に有効な元素であり、その効果は0.01%以上の添加で安定して発揮されるため、下限を0.01%とすることが好ましい。一方、多量の添加は、熱延焼鈍鋼板において固溶強化によるプレス成形性の低下を招くおそれがあるため、その上限を0.20%とする。なお、合金コストを考慮すると0.03〜0.15%が好ましい。
Cu:0.01〜0.20%
Cuは、δフェライトを含むマルテンサイト組織の耐食性向上に有効であり、その効果は0.01%以上で発現する。また、オーステナイト安定化元素として焼入れ性の向上のために、積極的な添加が行われる場合もある。但し、過度な添加は熱間加工性の低下や、原料コストの増加に繋がるために0.20%以下を上限とする。酸性雨による発銹などを考慮すると下限を0.02%以上にすることが好ましい。また熱延鋼板のプレス成形性も考慮すると、0.08%以下が好ましい。
Mo:0.01〜0.20%
Moは、δフェライトを含むマルテンサイト組織の耐食性向上に有効であり、その効果は0.01%以上で発現するため、下限を0.01%とする。焼き入れ性の向上および焼き入れ後の耐熱性向上にも有効なため、0.02%以上が好ましい。ここで焼き入れ後の耐食性とは焼き入れ後の加熱により焼き戻され、硬度低下が起こるが、その低下代が小さいことを意味する。焼き戻し軟化抵抗とも言われる。ブレーキディスクは焼き入れて使用されるが、使用時のブレーキングでの抵抗発熱によりディスク材は加熱される。そのため、この特性は重要である。
Moはフェライト相の安定化元素であり、過度の添加は、オーステナイト単相温度域を狭くすることで焼入れ特性を損ねるため、その上限を0.20%以下とする。
V:0.01〜0.10%
Vは、フェライト系ステンレス鋼の合金原料に不可避的不純物として混入し、精錬工程における除去が困難であるため、一般的に0.01〜0.10%の範囲で含有される。0.01%未満とすると製鋼コストの上昇を招く。また、Vは、微細な炭窒化物を形成し、ブレーキディスクの耐磨耗性を向上させるほか、耐食性の向上にも効果を有するため、必要に応じて、意図的な添加も行われる元素である。その効果は0.02%以上の添加で安定して発現するため、下限を0.02%とすることが好ましい。一方、過剰に添加すると、析出物の粗大化を招くおそれがあり、その結果、焼入れ後の靭性が低下してしまうため、上限を0.10%とする。なお、製造コストや製造性を考慮すると、0.03%〜0.08%とすることが好ましい。
Al:0.05%以下
Alは、脱酸元素として添加される他、耐酸化性を向上させる元素である。その効果は0.001%以上で得られるため、下限を0.001%以上にすることが好ましい。一方、過剰の添加は大型の酸化物系介在物が形成しやすくなる。本発明では母相の耐銹性をコスト低減のためにぎりぎりまで低減しているため、介在物の存在が大きく、それを小さく、少なくするため、Alの上限を0.05%とする。本発明では、介在物の影響を受けやすい。そのため、Alを低下させるほど好ましく、脱酸およびコストの兼ね合いから、0.03%以下とすることが好ましい。もちろん、Alは含有していなくても良い。なお、ここでいうAlの含有量はT.Alを意味する。
N:0.025〜0.060%
Nは、本発明において非常に重要な元素のひとつである。Cと同様に焼入れ後に所定の硬度を得るためには必須の元素であり、所定の硬度レベルになるようにCと組み合わせて添加する。また、耐銹性にも優れているため、その効果の発現も期待される。また、焼入れ加熱時に、オーステナイトとフェライトの二相組織として焼入れる場合には、Cr炭化物の析出、すなわち鋭敏化現象が生じやすくなり耐食性が低下することがあるが、窒素はCr炭化物の析出を抑制し耐食性の向上効果を示すことがある。
本発明の窒素含有効果は0.025%以上で発現すること、および、0.025%未満の場合は焼き戻し軟化抵抗が悪化することから、Nは0.025%以上とする。一方、0.060%を超えると、その利点が飽和するだけでなく、気泡系欠陥の生成による歩留まりの低下をもたらすため、0.060%を上限とする。耐食性の向上効果も考慮すると、0.030%以上、0.050%以下の範囲にすることが好ましい。
O:0.01%以下
介在物を低減するためには、AlとともにOが重要な元素となる。0.01%を超えて含有すると、大きな介在物の個数が増え、耐銹性に悪影響を与えるため、0.01%を上限とする。過度の低減はコスト上昇となるため、0.001%以上が好ましい。コストと耐銹性のバランスから、0.001%以上、0.005%以下が最も好ましい。なお、ここでいうOの含有量はT.Oを意味する。
さらに、本発明の各元素は相互に作用するために、ブレーキディスク材として使用できる性能を発揮するために、以下の関係を満たす必要がある。
C+1/2N:0.040〜0.080%(元素記号は、各元素の含有量(質量%)をあらわす)
CとNは前述したように、焼き入れ後の硬さを決める重要な元素である。その硬さについては詳細に検討したところ、C+1/2Nに良く従うことが分かった。ブレーキディスクに要求される硬さは、32〜38HRCであるため、C+1/2Nはそれに合うように決める必要がある。0.040%未満であると、32HRC未満となり、焼き戻し軟化抵抗も悪化するため、下限を0.040%とする。また、0.080%を超えると、38HRCを超えて、硬くなりすぎるため、上限を0.080%とする。
Cu+Ni+Mo:0.05〜0.30%(元素記号は、各元素の含有量(質量%)をあらわす)
本発明では低コスト化のため、合金コストを極力低減させようとしているが、Cr量が12.0%以下となる領域では、耐銹性に対するCu、Ni、Mo、N等の効果が著しいことを本発明者は見出した。このうち、Nは気泡系欠陥の生成を抑制するために添加量が限定されるために、それ以外のCu、Ni、Moの添加で耐銹性を担保する。合計量で、0.05%未満であるとその効果は発現せず、0.30%を超えて添加しても、著しい耐銹性の向上は見られず、コストが上昇するだけなので、0.05〜0.30%の範囲とする。耐銹性を安定化させるため、0.10%以上の添加が好ましく、コストも考慮すると、0.10〜0.20%の添加が好ましい。
Cr+10×(Cu+Ni+Mo+N)≧12.0(元素記号は、各元素の含有量(質量%)をあらわす)
前述したように、ブレーキディスクの耐銹性を保持するためには、耐銹性に効果を発揮する元素であるCrとCu、Ni、Mo、Nの関係が重要である。本発明者らは、詳細な検討の結果、12%以下のCr量において、Cr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が12%以上であると、ブレーキディスクに必要な耐銹性を満足するため、これを下限とする。この式が成立する理由は明らかでないが、発銹の進展を抑制して、実質、発銹を抑制していることから、耐銹性のベースとなるCr濃度のわずかな低下を他の元素が補っているため、微量で大きな効果が得られていると推定している。
本発明では、上記に説明してきた元素に加えて、耐銹性、耐熱性、熱間加工性等を向上させるために、以下の元素を1種または2種以上含有できる。
Ti:0.03%以下
Tiは、炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による、鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。0.001%以上が好ましい。しかしながら、ブレーキディスクにおいては、大きいTiNを形成することで、靭性の低下や鳴きの原因になるため、その上限は0.03%以下とする。冬季の靭性を考慮すると0.01%以下にすることが好ましい。
B:0.0050%以下
Bは、熱間加工性の向上に有効な元素であり、その効果は0.0002%以上で発現するため、0.0002%以上添加しても良い。より広い温度域における熱間加工性を向上させるためには、0.0010%以上とすることが好ましい。一方、過度な添加は硼化物と炭化物の複合析出により焼入れ性を損ねるため、0.0050%を上限とする。耐食性も考慮すると0.0025%以下が好ましい。
Nb:0.30%以下
Nbは、炭窒化物を形成することで、ステンレス鋼におけるクロム炭窒化物の析出による、鋭敏化や耐食性の低下を抑制する元素である。0.001%以上が好ましい。さらに、焼き入れ後の耐熱性を大きく向上させる元素である。ここで、耐熱性とは、焼き入れ後、熱を受けたときにどの程度軟化しがたいか、つまり、焼き戻し軟化抵抗とも呼ばれる。
しかしながら、Nbを過剰に添加した場合、ブレーキディスクにおいては、NbNを形成することで、靭性の低下や鳴きの原因になるため、好ましくなく、0.30%を上限とする。
焼き入れ後の耐熱性の向上にはMoとの複合添加が望ましく、同時添加の場合は、Mo:0.05〜0.20%、Nb:0.05〜0.20%が特に好ましい範囲である。
Sn:0.1%以下
Snは焼入れ後の耐食性向上に有効な元素であり、0.001%以上が好ましく、必要に応じて0.02%以上添加することが好ましい。但し、過度な添加は熱延時の耳割れを促進するため0.1%以下にすることが好ましい。
Bi:0.2%以下
Biは、耐食性を向上させる元素である。その機構については明確になっていないが、発銹起点となり易いMnSをBi添加により微細化する効果があるため、発銹起点となる確率を低下させると考えられている。Biは0.01%以上の添加で効果を発揮する。一方で0.2%超添加しても効果は飽和するだけなので、上限を0.2%とする。
以上説明した各元素の他にも、本発明の効果を損なわない範囲で他の元素を含有させることができる。一般的な不純物元素である前述のP、Sを始め、Zn、Pb、Se、Sb、H、Ga、Ta、Ca、Mg、Zr、等は可能な限り低減することが好ましい。一方、これらの元素は、本発明の課題を解決する限度において、その含有割合が制御され、必要に応じて、Zn≦100ppm、Pb≦100ppm、Se≦100ppm、Sb≦500ppm、H≦100ppm、Ga≦500ppm、Ta≦500ppm、Ca≦120ppm、Mg≦120ppm、Zr≦120ppmの1種以上を含有しても良い。
また、本実施形態のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は、上記成分を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物で形成される。
また、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼の鋼中に存在する、大きさ10μm以上の介在物の個数を面密度で、0.2個/cm2以下とする。本発明の鋼板は、合金添加量を極力低減させているため、これまで問題とならなかった介在物が発銹起点となりやすくなる。詳細に調査した結果、大きさが10μm未満の介在物であると、発銹の起点となっても、錆の進行が停止し、実質、無害であることが分かった。よって、その大きさが10μm以上の介在物のみを対象とし、その個数が、0.2個/cm2を超えると発銹が激しくなり、ブレーキディスク用としての特性を満足しないことから、これを上限とする。また、下限は少ないほど良いため限定しないが、0.01個/cm2未満とするには精錬時間の増加などから高コストになるため、0.01個/cm2以上が好ましい。なお、介在物の大きさとは、その介在物(集合体も含む)の最大径をその大きさとしている。介在物の測定方法は特に限定しないが、光学顕微鏡を使用する方法が一般的である。鏡面研磨を実施した鋼板表面(圧延方向に平行な鋼板表面、あるいはZ断面)の一定領域(例えば、50mm)を百倍程度の倍率で全領域を観察し、介在物数の大きさおよび個数を求めることができる。
また、本実施形態に係るブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は、ブレーキディスクとして使用した時の変形を抑制するために、焼き戻し軟化抵抗と呼ばれる特性が必要である。これは制動時に発生する熱による焼き戻しによって起こる軟化を、どの程度抑制できるかという耐熱性を示す評価であり、指標として、ある温度で1h焼き戻した時の硬さを取ることが多い。ブレーキディスクに必要とされる硬さが32HRCなので、本実施形態のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は500℃、1hの焼き戻しで32HRCを下回らないことが好ましい。530℃であるとなお好ましい。
このような焼き戻し軟化抵抗は、ブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼を本願の組成範囲とすることにより、得られる。
本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼は、通常用いられるマルテンサイト系ステンレス鋼板の製造方法を用いて、製造可能である。つまり、溶解・鋳造−熱延−熱延板焼鈍により製造される。熱延板焼鈍は省略しても良い。また、最終工程として、ショットブラスト、または、酸洗によりスケールを除去して製品とする。
介在物をできるだけ小さく、少なくするためには、溶解・鋳造工程が重要である。本発明では、AlとOをできるだけ低減することにより、大きな介在物の存在を抑制している。さらに、溶解工程では、特に規定しないが、攪拌をできるだけ低減することが好ましい。最も単純な制御方法は攪拌時間を通常より延長することであり、その時間は設備により異なるが、1min〜1時間の間にあることが好ましい。さらに、連続鋳造工程においては、できるだけゆっくり鋳造することにより介在物が浮上する時間を確保できる。その連続鋳造における引き抜き速度は、2m/min以下が好ましい。
熱延および熱延鋼板焼鈍工程は特に限定しないが、マルテンサイト系ステンレス鋼の定法の製造法を適用できる。熱延工程では、スラブを1100〜1300℃に加熱後、粗圧延および仕上げ圧延を行い、板厚3〜8mmの熱延鋼板に仕上げる。熱延鋼板焼鈍工程では、750〜900℃で焼鈍を行う。その後、ショットブラスト仕上げとするか、さらに、酸洗をして、表面のスケールを除去して、製品とする。
この材料をブレーキディスク素材として、使用する場合は、前記マルテンサイト系ステンレス鋼を900〜1100℃の温度に加熱後、焼き入れを行う。焼き入れ条件は、加熱方法、炉の形式により異なるが、平均加熱速度が10〜200℃/s、保持時間は、0.1s〜10min、200℃までの平均冷却速度が10〜200℃/sであれば良い。この焼入れ処理により、硬さ32〜38HRCのブレーキディスクを得ることができる。硬さが32HRC未満であると、ブレーキ制動により変形しやすいため好ましくなく、38HRCを超えると、ブレーキ制動時にブレーキの鳴きが発生するため好ましくないためである。
また、用いられる鋼板の板厚は3mm〜8mmが好ましい。3mm未満であると、製造時のプレスで変形しやすいだけでなく、使用中のブレーキ制動時に変形しやすいため、好ましくなく、8mmを超えると、製造時のプレスで割れやすいだけでなく、重すぎて、制動性能を低下させるため、好ましくないからである。
なお、本発明のマルテンサイト系ステンレス鋼はCとNの含有量が比較的低く、焼き戻しをせずに靱性が確保できる。よって、製造工程において焼き入れ後に意図的な焼き戻しをする必要はない。
本発明のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は、例えば二輪車ディスクブレーキに適用できる。
ただし、本発明のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は、二輪車だけでなく、ディスクブレーキで制動を行う車両全般に適用できるので、三輪車や四輪車のディスクブレーキにも適用できる。
特に、四輪車のディスクブレーキは、これまでホイール内にあり外から見えにくいことと制動荷重が大きいことから、ステンレス鋼製のブレーキディスクでは不十分であり、主に鋳鉄が使用されていた。しかしながら、近年の変化として、デザイン上、ブレーキディスクが外から見える構造が増えてきた。また、車体の軽量化、超小型車の開発が進み、鋳鉄製のブレーキディスクより、ステンレス鋼製のブレーキディスクが求められる環境が整ってきた。これに対し、本発明のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼は、低コストで耐銹性に優れていることから、四輪車に十分に適用できる。
以下、実施例により本発明の効果を説明するが、本発明は、以下の実施例で用いた条件に限定されるものではない。
本実施例では、まず、表1−1、1−2に示す成分組成の鋼を溶製して200mm厚のスラブに鋳造した。この時、合金添加量として、Cr量が多いか、Cu+Ni+Moが高い場合を高コスト鋼として、不合格(×)とし、それ以外を合格(○)とした(表1−3、1−4の「合金添加量」の項)。なお、溶解での攪拌時間は1min〜1h、連続鋳造での引き抜き速度は2m/min以下とした。これらのスラブを1150〜1250℃に加熱後、粗熱延、仕上熱延を経て板厚3.3〜7.6mmの熱延鋼板とした。引き続き熱延鋼板の焼鈍を箱焼鈍で行った。最高加熱温度を800℃以上、900℃以下の温度域とした。焼鈍後の鋼板表面のスケールをショットブラストで除去し、酸洗した。
得られた鋼板から、プレス成形により打ち抜きで直径240mm円盤状のブレーキディスクを得て、焼き入れを行った。ブレーキディスクの焼入れの条件は、平均加熱速度を約50℃/sとし、1000℃まで昇温後に1秒保持し、平均冷却速度約70℃/sで常温まで冷却した。
介在物の測定は炭化物の少なくなる焼入れ後で評価した。この鋼板の一部を採取し、その表面(圧延方向に平行な表面)に鏡面研磨を行い、光学顕微鏡にて、倍率百倍でその表面の50mm□の領域の介在物の大きさと個数を測定した。焼入れ前後で介在物の状態はほとんど変化しないと考えられるため、焼き入れ前の介在物測定は行わなかった。
焼き入れ硬度は、表面を#80研磨仕上げした後、JIS表面硬度(焼入れ硬度)をロックウエル硬度計Cスケールで評価し、32〜38を合格(○)、それ以外を不合格(×)とした。
また、焼き入れ後の焼き戻し軟化抵抗の評価として、500℃、1hの焼き戻しを行い、表面を#80研磨仕上げした後、JIS表面硬度(焼入れ硬度)をロックウエル硬度計Cスケールで評価し、32以上を合格(○)とした。また、焼き戻し温度を530℃とした試験も同様に行い、32以上を合格(◎)とした。
耐食性の評価は、鋼板表面を#600研磨仕上げした後、塩水噴霧試験を24時間(JISZ2371「塩水噴霧試験方法」)行い、さび面積率を測定し、さび面積率10%以上を不合格とし、それ未満を合格(○)とした。特にさび面積率がゼロであったものは、合格(◎)とした。なお、24時間以上塩水噴霧試験を行っても、それ以上錆が進展することは少ないため、24時間の結果をもって、耐銹性を判断した。
なお、A1に関しては、板厚2mm、9mmの鋼板も製造したが、プレス成形による打ち抜きで、2mm材は打ち抜き端面のだれが大きく、9mm材は割れたため、評価に供しなかった。
Figure 2017172038
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表1−1、表1−3から明らかなように、本発明例は介在物が少なく、焼入れ性に優れ、さらに焼き入れ後に優れた耐銹性を示し、焼き戻し軟化特性も問題なく、ブレーキディスク用鋼として、優れた特性を示すことが明らかになった。また、ブレーキディスクとしても、良好であった。
一方、表1−2、表1−4から明らかなように、比較例は、以下のように耐銹性、焼き入れ性、焼き戻し軟化特性のいずれかが不合で、ブレーキディスク用鋼として満足できない鋼か、性能は満足しても合金添加量が過剰あるいは過少で高コストな鋼であった。
具体的には、B1はCが適正範囲の上限を外れており、焼き入れ硬度が高くなり過ぎた。
また、B2はCが適正範囲の下限を外れており、焼き入れ硬度が低くなり過ぎ、焼き戻し軟化抵抗も不良であった。
B3はSiが適正範囲の上限を外れており、焼き入れ硬度が低くなり過ぎ、焼き戻し軟化抵抗も不良であった。
B4はSiが適正範囲の下限を外れており、焼き入れにより厚い酸化スケールが生成してしまった。
B5はMnが適正範囲の下限を外れており、焼き入れ硬度が低くなり過ぎ、焼き戻し軟化抵抗も不良で、塩水噴霧試験も不合格となった。
B6はMnが適正範囲の上限を外れており、塩水噴霧試験が不合格となり、また焼き入れにより厚い酸化スケールが生成してしまった。
B7はPが適正範囲の上限を外れており、塩水噴霧試験が不合格となり、靱性も低下した。
B8は、Sが適正範囲の上限を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B9はCrおよびCr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が適正範囲を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B10はCrが適正範囲の上限を外れており、コストが高くなってしまった。
B11はNi、Ni+Cu+Mo、およびCr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が適正範囲を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B12はNiおよびNi+Cu+Moが適正範囲を外れており、コストが高くなってしまった。
B13は、Cu、Ni+Cu+Mo、およびCr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が適正範囲を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B14はCuおよびNi+Cu+Moが適正範囲を外れており、コストが高くなってしまった。
B15はMoおよびCr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が適正範囲を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B16はMoおよびNi+Cu+Moが適正範囲を外れており、コストが高くなってしまった。
B17はVが適正範囲の下限を外れており、コストが高くなってしまった。
B18はVが適正範囲の上限を外れており、コストが高く、かつ靱性が低下した。
B19はNおよびC+1/2Nが適正範囲の下限を外れており、コストが高く、焼き入れ硬度が低く、焼き戻し軟化抵抗が不良で塩水噴霧試験が不合格となった。
B20は、NおよびC+1/2Nが適正範囲の上限を外れており、焼き入れ硬度が高くなり過ぎ、塩水噴霧試験が不合格となり、かつ気泡欠陥が生成してしまった。
B21は、Alが適正範囲の上限を外れたため介在物の個数が許容範囲を超え、塩水噴霧試験が不合格となった。
B22は、Ni+Cu+Moが適正範囲を外れており、コストが高くなってしまった。
B23は、Oが適正範囲の上限を外れており、介在物の個数が許容範囲を超えたため、塩水噴霧試験が不合格となった。
B24は、Ni+Cu+MoおよびCr+10×(Cu+Ni+Mo+N)が適正範囲を外れており、塩水噴霧試験が不合格となった。
B25は、C+1/2Nが適正範囲の上限を外れたためコストが高くなり、焼き入れ硬度が高くなり過ぎた。
B26は、C+1/2Nが適正範囲の下限を外れたため焼き入れ硬度が低くなり過ぎた。
以上の説明から明らかなように、本発明を適用した鋼板を、ブレーキディスクに適用することにより、実用上、十分な性能をもったブレーキディスクを低コストで利用できる。つまりは、本発明は、産業上の利用可能性を十分に有する。

Claims (7)

  1. 質量%で、
    C:0.025〜0.060%、
    Si:0.05%〜0.8%、
    Mn:0.5〜1.5%、
    P:0.035%以下、
    S:0.015%以下、
    Cr:10.5〜12.0%、
    Ni:0.01〜0.20%、
    Cu:0.01〜0.20%、
    Mo:0.01〜0.20%、
    V:0.01〜0.10%、
    Al:0.05%以下、
    N:0.025〜0.060%
    O:0.01%以下
    を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物であり、
    C+1/2N:0.040〜0.080%
    Cu+Ni+Mo:0.05〜0.30%
    Cr+10×(Cu+Ni+Mo+N)≧12.0(%)
    を満足し、
    さらに、大きさ10μm以上の介在物が、0.2個/cm2以下であることを特徴とするブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
    ただし、式中の元素記号は各元素の含有量(質量%)をあらわす。
  2. さらに、質量%で、Ti:0.03%以下、B:0.0050%以下の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
  3. さらに、質量%で、Nb:0.30%以下を含有することを特徴とする請求項1または請求項2に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
  4. さらに、質量%で、Sn:0.1%以下、Bi:0.2%以下の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
  5. 板厚が3〜8mmの鋼板であることを特徴とする請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のブレーキディスク用マルテンサイト系ステンレス鋼。
  6. ブレーキディスク素材が、請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載のマルテンサイト系ステンレス鋼であることを特徴とするブレーキディスク。
  7. 硬度がHRC32〜38であることを特徴とする請求項6に記載のブレーキディスク。
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