以下に図面を用いて本開示に係る実施の形態につき詳細に説明する。以下において、絶縁皮膜付導線として、車両に搭載される回転電機のステータ巻線に用いられるセグメントコイルを述べるが、これは説明のための例示であって、先端部側の絶縁皮膜の剥離が必要な絶縁皮膜付導線であればよい。
以下に述べる形状、材質、寸法等は、説明のための例示であって、絶縁皮膜剥離方法の仕様等により、適宜変更が可能である。また、以下では、全ての図面において同様の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
図1は、レーザ光を用いた絶縁皮膜剥離システム10の構成図である。以下では、特に断らない限り、レーザ光を用いた絶縁皮膜剥離システム10を、絶縁皮膜剥離システム10と呼ぶ。絶縁皮膜剥離システム10は、制御装置12を備える。制御装置12は、レーザ光源部14と、絶縁皮膜剥離方法に用いられる絶縁皮膜剥離プログラムを実行する制御部16を有する。絶縁皮膜剥離プログラムは、制御部16のメモリに格納される。レーザ光源部14は、波長1.06μmを有するYAGレーザと、YAGレーザが放射するレーザ光をビーム状に整形する光学系等を含む。レーザファイバ17は、レーザ光源部14から供給されるレーザ光20をレーザヘッド18に導く光学部品である。レーザヘッド18は、走査部19を備え、制御部16の制御の下で、照射対象物の任意の位置にレーザ光20を走査する。
レーザ光源部14は、YAGレーザが放射し所定のレーザ出力W0を有するレーザ光を所定のビーム径d0のレーザビームに整形して出力する。レーザヘッド18から放射されるレーザ光20は、レーザ光源部14からのビーム径d0のレーザビームを、制御部16の制御の下で所定のパルス周波数f0でパルス化して放射されるパルスレーザ光である。
走査部19は、レーザヘッド18に備えられ、レーザヘッド18の先端から放射されるビーム径d0のレーザビームを任意の方向に移動させる機構である。走査部19の機構としては、XYステージが用いられる。この場合は、XYステージのXY平面に対し平行に照射対象物の表面を配置し、XY平面に対し垂直下方にレーザビームを放射することで、照射対象物の表面にビーム径d0と同じ直径のスポット22が照射される。そこで、所定の走査経路24(図2参照)に沿ってXYステージを所定の走査速度V0(cm/s)で移動させることで、スポット22は、照射ピッチP0=(V0/f0)で走査経路24に沿って走査される。
以下では、レーザ光20は、波長が1.06μmでレーザ出力W0を有し、パルス周波数f0のパルスレーザ光が、照射対象物の表面にビーム径d0と同じ直径のスポット22として照射され、走査経路24に沿って、照射ピッチP0で走査されるものとする。
図1に、絶縁皮膜剥離システム10の構成要素ではないが、レーザ光20の照射対象物である絶縁皮膜付導線30を示す。絶縁皮膜付導線30は、車両に搭載される回転電機のステータ巻線に用いられるセグメントコイルである。絶縁皮膜付導線30は、断面形状が略矩形の導線32と、導線32の表面を被覆する絶縁皮膜34とを有する平角線である。導線32は、金属芯線で、銅線が用いられる。銅線に代えて、銅錫合金線、銀メッキ銅錫合金線等でもよい。絶縁皮膜34としては、ポリアミドイミドのエナメル皮膜が用いられる。
セグメントコイルは、回転電機のステータコアに所定の配置関係で配置され、その先端部側は、他のセグメントコイルの先端部側と溶接等で結合され、所定の巻回方法で巻回された各相巻線を形成する。したがって、先端部側の絶縁皮膜を所定の剥離長さL0で剥離して導線32を露出させる必要があり、そのために、絶縁皮膜剥離システム10が用いられる。
図1には、絶縁皮膜付導線30について、絶縁皮膜34がレーザ光20の照射によって剥離される剥離境界40を示す。絶縁皮膜付導線30の先端部42から測って剥離境界40までの長さが剥離長さL0である。剥離長さL0に対応する領域は、レーザ走査パターンが異なる2つの領域に分けられる。2つの領域の境界を領域境界44と呼ぶと、領域境界44は、先端部42から測って剥離境界40の手前に設定される。先端部42から領域境界44までの領域を第一領域50と呼び、領域境界44から剥離境界40までの領域を第二領域52と呼ぶ。第一領域の長手方向の長さと第二領域の長手方向の長さの関係は、(第一領域の長手方向の長さ)>(第二領域の長手方向の長さ)である。第一領域50と第二領域52とに分ける理由を含め、第一領域50と第二領域52の詳細については後述する。
図1に、互いに直交する三方向として、長手方向、幅方向、厚さ方向を示す。長手方向は、絶縁皮膜付導線30が延びる方向であり、長手方向の両方向を区別する場合には、絶縁皮膜付導線30の先端部42に向かう方向を先端側とし、反対方向を根元側とする。幅方向は、絶縁皮膜付導線30の幅方向であり、幅方向の両側を区別する場合には、根元側から先端側を見て右方向を右側とし、左方向を左側とする。厚さ方向は、絶縁皮膜付導線30の厚さ方向であり、厚さ方向の両側を区別する場合には、レーザ光20が照射される照射面の方向を上面側とし、反対側を下面側とする。以下の図でも同様である。
図2と図3は、波長1.06μmのレーザ光20による絶縁皮膜34の剥離を示す図である。各図において、レーザ光20のスポット22とその走査経路24とを示す。
図2は、第一段階として、レーザ光20の照射によって絶縁皮膜34が炭化することを示す図である。波長1.06μmは、赤外線波長であるので、絶縁皮膜34の材質であるポリアミドイミドを透過し、導線32の銅を加熱する。レーザ光20の照射によって単位時間当たり単位面積の照射対象物が受けるエネルギをレーザエネルギ密度として、レーザエネルギ密度が所定以上あると、高温化した銅によってポリアミドイミドは炭化し、絶縁皮膜34は炭化層36となる。図2では、レーザ光20が走査経路24の先端側から根元側に向かって走査する途中を示すので、レーザ光20の現在のスポット22の位置よりも先端側の絶縁皮膜34が炭化層36となっている。
図3は、第一段階の後の第二段階として、炭化層36にレーザ光20が照射されると、黒色の炭化層36はレーザ光20のエネルギを吸収し高温となり、レーザエネルギ密度が所定以上あると、破片38となり気化して蒸散することを示す図である。図3では、レーザ光20が走査経路24に沿って先端側から根元側に向かって走査する途中を示すので、レーザ光20の現在のスポット22の位置よりも先端側の炭化層36が蒸散し、導線32の導線露出面33が現れている。このようにして、所定以上のレーザエネルギ密度のレーザ光20の照射によって、絶縁皮膜34が剥離される。
図4は、絶縁皮膜剥離方法の手順を示すフローチャートである。各手順は、絶縁皮膜剥離システム10の制御部16によって実行される絶縁皮膜剥離プログラムの各処理手順に対応する。
初めに剥離長さL0が設定される(S10)。剥離長さL0は、複数の絶縁皮膜付導線30の先端の導線露出面33を結合する結合装置の仕様等で定めることができる。結合装置の例は、溶接装置である。一例を挙げると、剥離長さL0は、数mmである。これは説明のための例示であって、場合によって10mmを超える場合もある。
次に、剥離長さL0の部分について、第一領域50と第二領域52とが設定される(S12)。具体的には、長手方向に沿って、剥離長さL0を先端側のL50と根元側のL52の2つに分ける。ここで、L0=(L50+L52)で、L50>L52である。図1の例では、L50はL52の約5倍である。これは説明のための例示であって、結合装置の仕様、絶縁皮膜付導線30の仕様等によって適宜変更が可能である。
そして、第一領域50について、折返し走査が行われる(S14)。折返し走査とは、走査領域内の一方側から他方側に向かってレーザヘッド18を移動させてレーザ光20の照射位置を移動する走査を行い、他方側に達した後、他方側から一方側に向かって、レーザ光の照射を継続しながらレーザヘッド18を移動させレーザ光20の照射位置を移動させて折り返す走査方法である。折返し数は、絶縁皮膜付導線30に対する絶縁皮膜剥離に必要な所定のレーザエネルギ密度の仕様等によって定められる。第一領域50の全体について折返し走査を行う走査モードを、以下では、レーザ光20の第一走査モードと呼ぶ。
また、第二領域52について、一方向走査が行われる(S16)。一方向走査とは、走査領域内の一方側から他方側に向かってレーザヘッド18を移動させてレーザ光20を照射する走査を行い、他方側に達したら、レーザ光20の照射を止めた状態でレーザヘッド18を移動させて一方側に戻らせる走査方法である。一方向走査の繰り返し数は、絶縁皮膜付導線30に対する絶縁皮膜剥離に必要な所定のレーザエネルギ密度の仕様、及び、絶縁皮膜付導線30の絶縁性能仕様等によって定められる。第二領域52の全体について一方向走査を行う走査モードを、以下では、レーザ光20の第二走査モードと呼ぶ。
S14とS16の処理順序は、S14を先に行い、次にS16を行う。これに代えて、S16を先に行い、次にS14を行ってもよい。
剥離長さL0について第一領域50と第二領域52とに分けたのは、剥離境界40よりも根元側でレーザ光20の照射を受けない絶縁皮膜34の絶縁性能の確保と、絶縁皮膜付導線30の先端部42側における絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮するためである。そこで、図5、図6を用いて、第一走査モードと第二走査モードについて述べる。図5は、第一領域50におけるレーザ光20の第一走査モード60を示す図であり、図6は、第二領域52におけるレーザ光20の第二走査モード62を示す図である。
図5は、折返し走査を実行する第一走査モード60について、1回の折返し走査の走査経路24を示す図である。図5の上段の図は、1回の折返し走査の往路の走査経路24を示し、下段の図は、復路の走査経路25を示す。
図5における折返し走査の往路の走査経路24は以下の通りである。第一領域50の最も先端側で且つ最も右側の位置が、往路の走査開始位置S1である。レーザ光20は、パルスレーザ光であるので、レーザビームのスポット22は、照射ピッチP0で走査経路24上を走査する。右側を幅方向の一方側とすると、走査開始位置S1から幅方向における他方側である左側に向かう走査経路24に沿って、スポット22は幅方向に走査する。スポット22が幅方向の他方側である左側に達すると、スポット22は、長手方向に沿って長手方向の他方側である根元側に照射ピッチP0だけ微小走査する(図13参照)。長手方向の微小走査がなされた位置で、今度は、幅方向に沿って一方側である右側に向かう走査経路24に沿って、スポット22は幅方向に走査する。スポット22が幅方向の一方側である右側に達すると、スポット22は、長手方向に沿って長手方向の他方側である根元側に照射ピッチP0だけ微小走査し、次に、幅方向の他方側である左側へ向かう走査経路24に沿って走査する。なお、微小走査の前後において、適当な曲率半径を有してもよい。例えば、緩やかに照射ピッチを変更しながら走査方向を幅方向の他方側から幅方向の一方側に変化するようにしてもよい。以下で述べる「微小走査」についても同様である。
これを繰り返し、スポット22が第一領域50の最も根元側で且つ最も左側に達すると、そこが往路の走査終了位置E1である。図5の上段の図における白抜矢印は、幅方向の折返し走査を繰り返して、長手方向について先端側から根元側に向かって走査する第一走査モード60の往路部分を模式的に示す。
折返し走査の復路の走査経路25は、往路の走査終了位置E1を復路の走査開始位置S2とし、往路の走査経路24における走査方向を逆向きにした走査経路である。図5の下段の図では、第一領域50の最も先端側で且つ最も右側の位置が、復路の走査終了位置E2である。復路の走査終了位置E2は、往路の走査開始位置S1と同じである。図5の下段における白抜矢印は、幅方向の折返し走査を繰り返して、長手方向について根元側から先端側に向かって走査する第一走査モード60の復路部分を模式的に示す。
図6は、一方向走査を実行する第二走査モード62について、1回の一方向走査の走査経路26を示す図である。図6における一方向走査の1回の走査経路26は以下の通りである。第二領域52の最も先端側の領域境界44で且つ最も右側の位置が、一方向走査の走査経路26の走査開始位置S3である。先端側である領域境界44を長手方向の一方側とすると、走査開始位置S3から長手方向における他方側である剥離境界40に向かう走査経路26に沿って、スポット22は長手方向に走査する。スポット22が長手方向の他方側である剥離境界40に達すると、レーザ光20の照射を止めて、レーザヘッド18は、長手方向の一方側である領域境界44に戻り、さらに幅方向の他方側である左側に照射ピッチP0だけ微小移動する。その位置でレーザ光20の照射を始め、長手方向の他方側である剥離境界40に向かう走査経路26に沿って、スポット22の走査が行われる。スポット22が長手方向の他方側である剥離境界40に達すると、レーザ光20の照射を止めて、レーザヘッド18は、長手方向の一方側である領域境界44に戻り、さらに幅方向の他方側である左側に照射ピッチP0だけ微小移動する。これを繰り返して、スポット22が第二領域52の最も根元側の剥離境界40で且つ最も左側に達すると、そこが一方向走査の走査終了位置E3である。図6における白抜矢印は、長手方向の一方向走査を繰り返して、幅方向について右側から左側に向かって走査する第二走査モード62の1回分の走査を模式的に示す。
折返し走査と一方向走査の作用効果について、図7A、図7B、図8A、図8Bを用いて説明する。図7Aと図8Aは、それぞれ図5、図6の白抜矢印の走査方向を抜き出して示し、t0,t1等は、走査時間である。走査開始時間がt0で、時間経過と共にtの後の数字が増加する。四角枠で囲んだA,B,Cは、領域内の温度評価位置である。図7Bと図8Bは、横軸に時間、縦軸に温度を取り、対応する図7Aと図8Aの温度評価位置における温度の時間変化を示す図である。
図7Bは、折返し走査について、第一領域50内の温度評価位置として、先端側にA点、根元側の領域境界44付近にB点を取り、それぞれについて温度の時間変化を示す図である。A点もB点もレーザヘッド18の1往復につき、2回の照射を受けるが、B点は、折返し走査におけるレーザヘッド18の折返し点であり、時間t2でレーザヘッド18の往路のスポット22の照射を受け、引き続き時間t3で復路のスポット22の照射を受ける。{(時間t3)−(時間t2)}は、スポット22の照射ピッチP0の移動時間で、(照射ピッチP0/走査速度V0)で計算され、短い時間である。すなわち、折返し位置であるB点においては、短い時間内で2回の照射を受けるので、往路のスポット22の照射による熱が放熱されないうちに復路のスポット22の照射の熱を受ける。これにより、折返し位置であるB点の温度T2は、他の位置の温度よりも高くなり、絶縁皮膜付導線30における絶縁皮膜34の剥離効率が他の位置に比べ向上する。図5で述べたように、第一領域50における1回の折返し走査では、第一領域50の右側の側縁全体、左側の側縁全体、領域境界44の全体に連続して折返し位置が生じる。これらの折返し位置において、絶縁皮膜34の剥離効率が向上するので、一方向走査が行われる場合に比較して、第一領域50における絶縁皮膜剥離の作業時間が短縮される。
一方、折返し点から離れたA点では、時間t1で往路のスポット22の照射を受け、1往復後の時間t4で復路のスポット22の照射を受けるので、照射間隔が長く、A点の温度T1は、B点の温度T2に比べ低い温度となる。照射間隔が十分長い場合には、A点の温度T1は、一方向走査が行われた場合の温度と同じとなる。
図8Bは、一方向走査について、第二領域52内の温度評価位置として、剥離境界40付近にC点を取り、2つの走査経路26に沿ってそれぞれ一方向走査を行った場合の温度の時間変化を示す図である。一方向走査においてレーザヘッド18は、領域境界44から剥離境界40に移動する時にレーザ光20を照射するが、剥離境界40から領域境界44に戻る時はレーザ光20の照射を止める。図8Bの例では、C点は、時間t1においてレーザ光20の照射を受けて温度がT1に上がるが、t2で温度が下がり始め、次にレーザ光20の照射を受ける時間t3で再び温度がT1に上昇する。第二領域52内では、どの位置においても、一定の時間間隔をおいてスポット22の照射を受け、図7Bの折返し走査におけるB点のように、他に比べて短い時間間隔でレーザ光20の照射を受ける位置がない。第二領域52内では、どの位置においてもレーザ光20の照射を受けた時間に温度がT1に上がるが、それ以上の温度になることがない。
図7B、図8Bを比較して分かるように、折返し走査においては、折返し位置が高い温度T2となるが、一方向走査においては、どの位置もT2より低い温度T1である。また、折返し走査では、レーザヘッド18の一往復の全体においてスポット22の照射を受けるが、一方向走査では、レーザヘッド18の一往復のうち、半分の往路のみにおいてスポット22の照射を受ける。このことにより、折返し走査が行われる第一領域50においては絶縁皮膜34の剥離効率が向上し、1往復の全部の時間に渡ってスポット22の照射を受けるので、絶縁皮膜剥離の作業時間が短縮される。一方向走査が行われる第二領域52では、絶縁皮膜剥離のための走査時間が長くなるが、剥離境界40よりも根元側の絶縁皮膜34は過度の高温に曝されることがないので、絶縁性能が確保される。
図7A、図7BのA点は、折返し走査において、折返し位置から離れた位置であるので、スポット22の照射を受ける時間間隔が長く、温度は一方向走査のC点と同じT1である。このことから、レーザ光20の照射を受ける時間間隔を短時間になるようにすれば、その位置の温度を高くできることになる。
図9Aと図9Bは、第一領域50において、折返し走査の照射開始位置を先端部42と領域境界44の中間位置CLに設定し、図7と同じ先端側のA点と根元側のB点の温度の時間変化を示す図である。図9Aは図7Aに対応する図であり、図9Bは図7Bに対応する図である。
図9Aに示すように、中間位置CLにおける時間t0で照射が開始し、先端側に向かって走査され、時間t1で先端部42に達し、そこで折り返し、時間t2から根元側に向かって走査し時間t3で中間位置CLを通過して時間t4で根元側に達する。そこで折り返し、時間t5から中間位置CLに向かって走査され、時間t6で中間位置CLに戻る。この場合、A点もB点も折返し位置となるので、図9Bに示すように、高い温度T2となる。
図10A、図10B、図10Cは、折返し走査の他の例を示す図である。図9Aでは、スポット22の走査方向として、幅方向の折返し走査を繰り返しながら、長手方向に走査し、長手方向の折返し走査を行ったが、その順序を逆にしてもよい。図10Aは、スポット22の走査方向として、長手方向の折返し走査を繰り返しながら、幅方向に走査することで、幅方向の折返し走査を行う場合を示す。この場合の中間位置CLは、第一領域50における幅方向の中間の位置となる。図10Bは、第一領域50を3つのサブ領域54に分け、それぞれに中間位置CLを設ける例である。この場合、高い温度T2を有する折返し位置を、合計6つに増やすことができる。図10Cは、第一領域50を6つのサブ領域56に分け、それぞれに中間位置CLを設ける例である。この場合、高い温度T2を有する折返し位置を、合計12に増やすことができる。このように、第一領域50を複数のサブ領域54,56に分けて、それぞれについて中間位置CLを照射開始位置として折返し走査を行うことで、高い温度T2を有する折返し位置の数を増やすことができる。
上記では、第二領域52における一方向走査のスポット22の走査方向として、領域境界44から剥離境界40に向かう長手方向の一方向走査を繰り返すものとした。図11A、図11B、11Cは、一方向走査の走査方向の例を示す図である。図11Aは、スポット22の走査方向を長手方向に対し所定の角度θで傾斜する。図11Bは図11Aとは反対方向に所定の角度θで傾斜する例である。スポット22の走査方向を長手方向に傾斜させることで、傾斜していない場合に比較して、走査時間が長くなり、ゆっくりと絶縁皮膜34の剥離処理ができ、剥離境界40よりも根元側の絶縁性能の確保が容易になる。図11Cは、傾斜した角度θを付けないが、スポット22の走査方向として、剥離境界40から領域境界44に向かう長手方向の一方向走査を繰り返す例を示す図である。一方向走査においては、どの位置も同じ温度T1であるので、図11Cの場合も剥離境界40は温度T1となり、剥離境界40よりも根元側の絶縁皮膜34の絶縁性能を確保できる。
上記構成の作用効果について、比較例を用いてさらに説明する。図12は、第二領域52を設けない場合について、剥離境界40付近の絶縁皮膜34の状態を示す図である。この場合、剥離境界40よりも根元側にはレーザ光20が照射されないが、剥離境界40よりも先端側には絶縁皮膜剥離の作業時間の短縮のために折返し走査が行われる。したがって、剥離境界40は、高い温度T2となり、絶縁機能のために本来残しておきたい絶縁皮膜34の部分まで過度に加熱され、図12に示すように、炭化層36が生じることがある。剥離境界40よりも根元側の絶縁皮膜34の部分に炭化層36が生じると、剥離長さL0がばらつき、絶縁性能が低下する恐れがある。これに対し、図4の絶縁皮膜剥離方法においては、一方向走査が行われる第二領域52が設けられるので、剥離境界40の温度はT1よりも低い温度T2となり、剥離境界40付近に炭化層36が生じることが抑制され、剥離長さL0がばらつかない。
次に、従来技術において、絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮するために用いられる方法と比較する。レーザ光20を用いて絶縁皮膜34を剥離するには、単位時間、単位面積当たりに一定値以上の熱エネルギを付与する必要がある。そのためには、パルス周波数が一定の場合には、走査速度を遅くして、照射ピッチを狭くすることになる。図13Aは、照射ピッチP0の例で、図13Bは図13Aよりも狭い照射ピッチP1の例である。図13A と図13Bを比較して分かるように、照射ピッチを狭くすると、単位時間に走査経路24を走査する長さである走査速度が遅くなる。したがって、絶縁皮膜剥離の作業時間が長くなる。これに対し、図4の絶縁皮膜剥離方法では、第一領域50の絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮できるが、照射ピッチは常にP0の一定値で、特に狭くする必要がない。
従来技術において、照射ピッチが一定の場合に絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮するには、レーザ出力を高くするか、パルス周波数を高くするかである。レーザ出力を高くするには、大出力のレーザ光源部14とする必要があり、装置コストが高くなる。これに対し、図4の絶縁皮膜剥離方法では、第一領域50の絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮できるが、レーザ光源部14のレーザ出力は常にW0の一定値で、特に大出力にする必要がない。
従来技術において、照射ピッチが一定でレーザ出力が一定の場合に絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮するにはパルス周波数を高くする。図14Aと図14Bは、レーザ光20のパルス周波数を高くする場合を示す図である。図14Aは、パルス周波数f0の場合について、連続して放射される3つのスポット22を並べて、その位置精度を示す図である。f0は、各スポット22の位置精度が所定の範囲を超えてばらつかないように設定されている。図14Bは、f0より高いパルス周波数f1について、連続して放射される3つのスポット22を並べて、その位置精度を示す図である。パルス周波数をf0からf1に上げると、N回目のスポット22の照射から次の(N+1)回目のスポット22の照射へ移る時間が短くなり、スポット22の走査経路24上の位置精度が低下する。図14Bでは、スポット22の位置精度のばらつきを破線で示す。これに対し、図4の絶縁皮膜剥離方法では、第一領域50の絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮できるが、パルス周波数は常にf0の一定値で、特に上げる必要がない。
上記のように、図4の絶縁皮膜剥離方法では、レーザ光20に関するレーザ出力、照射ピッチ、パルス周波数を特に変更することなく、絶縁皮膜付導線30の先端側に折返し走査を行う第一領域50を設けて、絶縁皮膜剥離の作業時間を短縮できる。また、第一領域50と剥離境界40との間に一方向走査を行う第二領域52を設けて、絶縁皮膜付導線30の絶縁性能を確保することができる。