以下に、本願の開示技術に係るモータ制御装置の基本形態、実施形態及び変形例を図面に基づいて詳細に説明する。なお、以下の基本形態、実施形態及び変形例により開示技術が限定されるものではない。以下の基本形態、実施形態及び変形例で示すモータ制御装置は、空気調和機等に用いられるプロペラファンや冷媒等を負荷とするモータの制御装置として説明するが、これに限られず、広くモータ一般の制御に適用できる。以下の基本形態、実施形態及び変形例は、矛盾しない範囲で適宜組合せて実施できる。
また、以下の基本形態、実施形態及び変形例は、開示技術に係る構成及び処理について主に説明し、その他の構成及び処理の説明を、適宜、簡略又は省略する。また、以下の基本形態、実施形態及び変形例において、同一の構成及び処理には同一の符号を付与し、既出の構成及び処理の説明を省略する。
[基本形態]
(基本形態に係る通常運転時におけるモータ制御装置)
実施形態の説明に先立ち、前提となる基本形態について説明する。図1は、基本形態に係る通常運転時におけるモータ制御装置の構成の一例を示す図である。図1は、通常運転時のモータ制御装置によるモータの位置センサレスベクトル制御の一般的な基本構成を示す。
通常運転とは、位置センサレスベクトル制御によりフィードバックされるロータ位置に基づいてモータの回転速度が適切となるように電流及び電圧が制御されることでモータが駆動制御されるモードをいう。なお、図1では、基本形態に係るモータ制御装置が有するマイクロコンピュータの構成要素について、モータの通常運転時における構成のみを示す。
基本形態に係る通常運転時におけるモータ制御装置100Xは、マイクロコンピュータ10X、IPM(Intelligent Power Module)23、スイッチSW1、3φ電流算出器24を有する。モータ制御装置100Xには、モータ1が接続されている。
また、マイクロコンピュータ10Xは、制御器2X、減算器11、速度制御器12、励磁電流制御器13、減算器14、減算器15、d軸電流制御器16、q軸電流制御器17、非干渉化制御器18、減算器19、加算器20、dq/3φ変換器21、PWM(Pulse Width Modulation)生成器22、3φ/dq変換器25、軸誤差演算処理器26、PLL制御器29、位置推定器30、1/Pn処理器31を有する。
減算器11は、モータ制御装置100Xへ入力された速度指令値(機械角目標速度)ω*から、1/Pn処理器31により出力された推定値としての現在のモータ1の回転速度(機械角推定速度)ωを減算した速度偏差(機械角速度偏差)Δωを速度制御器12へ出力する。
速度制御器12は、減算器11により出力された速度偏差Δωがより小さくなるようなq軸電流指令値Iq*を生成し、励磁電流制御器13及び減算器15へ出力する。励磁電流制御器13は、速度制御器12により出力されたq軸電流指令値Iq*からd軸電流指令値Id*を生成し、減算器14へ出力する。また、d軸及びq軸は、2相の回転座標系(電流ベクトル座標)の座標軸を表し、Id、Iq、後述のVd、Vqは、この座標軸上の電流及び電圧を示す。2相の回転座標系は、dq座標系ともいう。
減算器14は、励磁電流制御器13により出力されたd軸電流指令値Id*から3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Idを減算してd軸電流偏差ΔIdを生成し、d軸電流制御器16へ出力する。減算器15は、速度制御器12により出力されたq軸電流指令値Iq*から3φ/dq変換器25により出力されたq軸電流Iqを減算してq軸電流偏差ΔIqを生成し、q軸電流制御器17へ出力する。
d軸電流制御器16は、減算器14により出力されたd軸電流偏差ΔIdからd軸電圧指令値Vd**を生成する。q軸電流制御器17は、減算器15により出力されたq軸電流偏差ΔIqからq軸電圧指令値Vq**を生成する。
非干渉化制御器18は、d軸とq軸の干渉をキャンセルし、それぞれを独立に制御するための非干渉化補正値を生成する。具体的には、非干渉化制御器18は、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流IdとPLL制御器29により出力された電気角推定速度ωeから、d軸電圧指令値Vd**を非干渉化するためのd軸非干渉化補正値Vdaを生成し、減算器19へ出力する。また、非干渉化制御器18は、3φ/dq変換器25により出力されたq軸電流IqとPLL制御器29により出力された電気角推定速度ωeから、q軸電圧指令値Vq**を非干渉化するためのq軸非干渉化補正値Vqaを生成し、加算器20へ出力する。
減算器19は、d軸電流制御器16により出力されたd軸電圧指令値Vd**から、非干渉化制御器18により出力されたd軸非干渉化補正値Vdaを減算してd軸電圧指令値Vd**を非干渉化したd軸電圧指令値Vd*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。加算器20は、q軸電流制御器17により出力されたq軸電圧指令値Vq**に、非干渉化制御器18により出力されたq軸非干渉化補正値Vqaを加算してq軸電圧指令値Vq**を非干渉化したq軸電圧指令値Vq*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。
dq/3φ変換器21は、位置推定器30により出力された現在のロータの位置である電気角位相(dq軸位相)θeを用いて、非干渉化された2相のd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を、3相の電圧指令値であるU相出力電圧指令値Vu*、V相出力電圧指令値Vv*、W相出力電圧指令値Vw*へ変換する。そして、dq/3φ変換器21は、U相出力電圧指令値Vu*、V相出力電圧指令値Vv*、W相出力電圧指令値Vw*をPWM生成器22へ出力する。なお、U相出力電圧指令値Vu*、V相出力電圧指令値Vv*、W相出力電圧指令値Vw*及び後述のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwは3相の固定座標系の電圧及び電流である。
PWM生成器22は、U相出力電圧指令値Vu*、V相出力電圧指令値Vv*、W相出力電圧指令値Vw*と、PWMキャリア信号から、6相のPWM信号を生成し、IPM23へ出力する。PWM生成器22は、信号生成器の一例である。なお、d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を電圧指令値とし、dq/3φ変換器21が信号生成器に含まれるとしてもよい。
IPM23は、PWM生成器22から出力された6相のPWM信号をもとに、モータ1のU相、V相、W相それぞれへ印可する交流電圧を、外部から供給される直流電圧Vdcから生成し、それぞれの交流電圧をモータ1のU相、V相、W相へ印加する。IPM23は、モータの目標速度と現在速度との差をもとに生成された駆動電圧をモータへ供給してモータを駆動する駆動部の一例である。IPM23は、例えばトランジスタやダイオードを集積したIC(Integral Circuit)でもよいが、例えばそれぞれの部品を回路基板上に配置した構成でもよい。
スイッチSW1は、接点CO0、接点CO1、接点CO2を有する。スイッチSW1は、制御器2Xの制御により、接点CO0と接点CO1の接続、及び、接点CO0と接点CO2の接続を切り替える。
3φ電流算出器24は、スイッチSW1の接点CO0が接点CO1と接続された状態のとき、1シャント電流検出方式により、PWM生成器22により出力された6相のPWMスイッチング情報と、シャント抵抗(図示せず)を用いて母線電流を検出し、母線電流からモータ1のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを算出する。そして、3φ電流算出器24は、算出したモータ1のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを、3φ/dq変換器25へ出力する。
または、3φ電流算出器24は、スイッチSW1の接点CO0が接点CO2と接続された状態のとき、2CT電流検出方式により、モータ1のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwのうち、2つのCT(Current Transformer)で2相の電流を検出し、残りの相の電流を、キルヒホッフ法則の関係式Iu+Iv+Iw=0から算出する。
なお、電流検出は1シャント電流検出方式、2CT電流検出方式等のうちの1つの方式のみを用いればよく、その場合は、用いる電流検出方式以外の検出回路とスイッチSW1を省略できる。3φ電流算出器24は、モータを流れる電流を検出する検出部の一例である。
3φ/dq変換器25は、位置推定器30により出力された電気角位相θeを用いて、3φ電流算出器24により出力された3相のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを、2相のd軸電流Id及びq軸電流Iqへ変換する。そして、3φ/dq変換器25は、d軸電流Idを減算器14、非干渉化制御器18、軸誤差演算処理器26へ、q軸電流Iqを減算器15、非干渉化制御器18、軸誤差演算処理器26へ、それぞれ出力する。
軸誤差演算処理器26は、減算器19により出力されたd軸電圧指令値Vd*及び加算器20により出力されたq軸電圧指令値Vq*と、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Id及びq軸電流Iqとから、軸誤差変動Δθを算出し、PLL制御器29へ出力する。ここで、軸誤差とは、実際のdq軸と制御上のdq軸(γδ軸)とのズレのことである。
PLL制御器29は、軸誤差演算処理器26により出力された軸誤差変動Δθから、推定された現在のモータ1の回転の角速度である電気角推定速度ωeを算出し、非干渉化制御器18、位置推定器30、1/Pn処理器31へそれぞれ出力する。
位置推定器30は、PLL制御器29から出力された電気角推定速度ωeから、ロータ位置を推定する電気角位相(dq軸位相)θeを算出する。そして、位置推定器30は、電気角位相θeをdq/3φ変換器21及び3φ/dq変換器25へそれぞれ出力する。
1/Pn処理器31は、PLL制御器29から出力された電気角推定速度ωeをモータ1の極対数Pnで除算し、現在のモータ1の回転速度ωを算出し、減算器11へ出力する。
(基本形態に係るモータ起動制御)
モータ1の通常運転時は、モータ1において十分な誘起電圧が発生するため、モータ制御装置100Xは、軸誤差の演算を行う位置フィードバック制御によりモータ1の駆動を行う。しかし、モータ1の起動時では、極低回転の状況下であり、十分な誘起電圧が発生しないため、軸誤差の演算が行えない(軸誤差の検出を行うことができない)ことから、モータ制御装置100Xは、通常運転の制御方式を用いてモータ1を起動することができない。
そこで、モータ制御装置100Xは、通常運転とは異なる起動制御によりモータ1を起動させる。モータ制御装置100Xは、モータ1の起動制御において、第1に、初期のロータ(回転子)位置を合わせるロータ位置決めステップを実行し、第2に、位置検出ができるまでモータ1を加速させる同期運転ステップを実行し、その後、位置センサレスベクトル制御でモータ1を駆動する通常運転へモード移行する。
(基本形態に係るロータ位置決め)
図2は、基本形態に係るロータ位置決めステップの一例を示す概要図である。図2に示すように、ロータ位置決めは、dq軸座標系のd軸方向へ電圧(電流)をかけることで、制御側のロータ位置(γδ座標系)と実際のロータ位置(dq座標系)を合わせる。この時、図2の(a)及び(b)に示すように、ロータが所定位置(制御側の位置)へ動くため、動作環境下の負荷トルクよりも大きいトルクが発生している。この時の電圧を同期運転ステップの初期q電圧V0(q軸電圧)とすることで、駆動トルクを発生させることが可能となる。
(基本形態に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成)
図3は、基本形態に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成の一例を示す図である。同期運転ステップは、通常運転とは異なり、d軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を用いずにd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*が生成されることでモータが駆動制御されるモードをいう。
基本形態に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Xは、マイクロコンピュータ10X、IPM23、スイッチSW1、3φ電流算出器24を有する。
また、マイクロコンピュータ10Xは、d軸電圧生成器16X、q軸電圧生成器17X、dq/3φ変換器21、PWM生成器22、IPM23、接点CO0〜CO1を含むスイッチSW1、3φ電流算出器24、3φ/dq変換器25、速度推定器29X、位置推定器30Xを有する。また、マイクロコンピュータ10Xは、d軸電圧生成器16X、q軸電圧生成器17X、dq/3φ変換器21、PWM生成器22、IPM23、制御器2Xを有する。
制御器2Xは、接点CO0〜CO1を含むスイッチSW1及びマイクロコンピュータ10X全体の制御を行うと共に、例えば、モータ1の同期運転ステップから通常運転へのモード移行を制御する。
なお、図3では、基本形態に係るモータ制御装置が有するマイクロコンピュータの構成要素について、モータの同期運転ステップにおける構成のみを示す。
d軸電圧生成器16Xは、同期運転ステップにおけるd軸電圧指令値Vd*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。q軸電圧生成器17Xは、同期運転ステップにおけるq軸電圧指令値Vq*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。
dq/3φ変換器21は、位置推定器30Xにより出力されたロータの位置である電気角位相θeを用いて、d軸電圧生成器16Xにより出力されたd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧生成器17Xにより出力されたq軸電圧指令値Vq*をU相出力電圧指令値Vu*、V相出力電圧指令値Vv*、W相出力電圧指令値Vw*へ変換し、PWM生成器22へ出力する。
PWM生成器22、IPM23、3φ電流算出器24は、基本形態に係る通常運転時におけるモータ制御装置100Xと同様である。
3φ/dq変換器25は、位置推定器30Xにより出力された電気角位相θeを用いて、3φ電流算出器24により出力された3相のU相電流Iu、V相電流Iv、W相電流Iwを、2相のd軸電流Id及びq軸電流Iqへ変換する。そして、3φ/dq変換器25は、d軸電流Idを速度推定器29Xへ出力する。
速度推定器29Xは、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Idから、推定された現在のモータの角速度である電気角推定速度ωeを算出し、位置推定器30Xへ出力する。
位置推定器30Xは、速度推定器29Xにより出力された電気角推定速度ωeから、ロータ位置を推定する電気角位相(dq軸位相)θeを算出し、dq/3φ変換器21及び3φ/dq変換器25へそれぞれ出力する。
ここで、d軸電圧生成器16Xにより生成されるd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧生成器17Xにより生成されるq軸電圧指令値Vq*について説明する。以下では、d軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*それぞれを、d軸電圧Vd*及びq軸電圧Vq*にそれぞれ読み替える。
先ず、d軸電圧生成器16Xにより生成されるd軸電圧Vd*について説明する。d軸電圧生成器16Xにより生成されるd軸電圧Vd*は、通常運転においてdq軸モータモデル式から、下記(1)式で与えられる。なお、下記(1)式の右辺において、“R”はモータ1の巻線抵抗、“Id”はモータ1のd軸電流、“ω”はモータ1の電気角推定速度、“Lq”はモータ1のq軸インダクタンス、“Iq”はモータ1のq軸電流、“ρ”は(d/dt)の微分演算子、“Ld”はモータ1のd軸インダクタンスである。
上記(1)式の右辺第三項は、定常状態においては0と見なせるので、定常状態では、上記(1)式は、下記(2)式となる。
なお、上記(2)式で示されるd軸電圧Vdは、図4のベクトル図に示す通りである。図4は、定常状態におけるモータモデル式を表すベクトル図である。上記(2)式における、右辺第一項が図4におけるterm2−1であり、右辺第二項が図4におけるterm2−2である。ここで、図4に示す“Ψ”は、モータ1の鎖交磁束である。
上記(2)式から、d軸電流Idが負方向に、q軸電流Iqが正方向に流れている状態では、d軸電圧Vdは負となることが分かる。しかし、モータ1の起動直後におけるd軸電流Idは、正方向に流れる。これは、同期運転ステップの初期q軸電圧V0が駆動トルクを発生させるためであり、モータ1の起動直後におけるd軸電圧Vd*は、最適な電圧ではないことになる。最適な電圧とは、最適な状態を作り出す電圧であり、最適な状態とは余剰電力が少ない状態をいう。同期運転ステップへの移行直後においては瞬間的に電圧過多である。そのため、モータ1の起動直後におけるd軸電圧Vd*は、モータ1の回転に必要な電力以外の余剰電力は無効分として、d軸側の正方向に発生する。
マグネットトルクだけでなくリラクタンストルクも考慮してモータを高効率で運転するには、一般的には、d軸電流Idが負方向に発生するようにd軸電圧Vd*を調整する必要がある。しかし、モータ1の起動直後においては、電流ベクトル(d軸電流Id及びq軸電流Iq)が電流ベクトル座標の第一象限にある方が好ましい。電流ベクトルが第一象限にあると、モータ1の負荷の増減や回転速度の増加に対して余裕度が高くなるためである。そこで、モータ1の起動直後においてd軸側の正方向に発生するd軸電流Idを利用して、d軸電流Idを正方向に制御する。この場合の電流ベクトル(d軸電流Id及びq軸電流Iq)は、d軸電流Id及びq軸電流Iqが共に正方向、すなわち電流ベクトル座標の第一象限にある。
そこで、上記(2)式において、d軸電流Id及びq軸電流Iqを共に正方向とするためには、q軸電流Iqが正であることから、d軸電圧Vdを0としてd軸電流Idも正とする。これは、上記(2)式において、Vd=0とおき、下記(3)式のように式変形することからも分かる。すなわち、q軸電流Iqは正方向に流れるため、上記(3)式からd軸電流Idも正方向に流れることになり、電流ベクトル(d軸電流Id及びq軸電流Iq)を電流ベクトル座標の第一象限に留めておくことができる。
図3へ戻り、q軸電圧生成器17Xにより生成されるq軸電圧Vq*について説明する。q軸電圧生成器17Xは、ロータ位置決めステップにおける位置決め時のd軸電圧と同一の大きさのq軸電圧を初期q軸電圧V0とすることで、駆動トルクを発生させる。この時発生する余剰電力は、モータ1の回転数が上昇することで、モータ1に接続されている負荷の回転に必要な電力として消費されるため、余剰電力は徐々に0となっていき、d軸電流Idは正方向から徐々に負方向に向かう。
速度推定器29Xは、d軸電流Idを0にするという考えに基づくもので、後述する図5の構成とすることで実現できる。すなわち、q軸電圧生成器17Xにより出力されるq軸駆動電圧Vq*は、余剰電力を発生させる。モータ1の回転数が上昇することで無効分(余剰電力)がなくなることから、d軸電流Idが正方向から負方向へ向かう。すなわち、モータ1の回転速度ωが上昇することにより、d軸電流Idは正方向から負方向へ向かい、d軸電流Idは0になる。言い換えると、速度推定器29Xにより推定されるモータ1の現在速度としての電気角推定速度ωeは、d軸電流Idが0となる速度である。
(基本形態に係る速度推定器(電気角)の構成)
図5は、基本形態に係る速度推定器(電気角)の構成の一例を示す図である。速度推定器29Xは、d軸電流Idの入力に対して並列接続された比例項計算処理器29X−1及び積分項計算処理器29X−2、比例項計算処理器29X−1及び積分項計算処理器29X−2それぞれの処理結果を加算する加算器29X−3を有する。速度推定器29Xは、モータ1の速度が上昇することにより軸誤差が減少し、余剰電力がトルクに変換されてd軸電流Idが0になるという特性を利用して、d軸電流Idを積分比例制御(PI制御)で処理することにより速度推定を行う。d軸電流Idが0になる時、与えられたq軸電圧Vqでのモータ1の電気角推定速度ωeが求まる。
具体的には、速度推定器29Xは、下記(4)式に基づき、d軸電流Idを比例積分制御(PI制御)を行うことにより、モータ1の電気角推定速度ωeを算出する。下記(4)式において、“Kp”は比例ゲイン、“Ki”は積分ゲインである。なお、下記(4)式の右辺の積分の区間は、モータ1の同期運転ステップ開始から現在までの時間である。
しかし、図3に示す基本構成に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Xでは、電流ベクトル(d軸電流Id及びq軸電流Iq)が電流ベクトル座標の第一象限にあるため、動作環境に応じたモータ1の負荷に対しての余裕度は確保されるものの、負荷に応じてモータ1の回転速度ωにバラツキが生じる。このため、同期運転ステップから通常運転へモード移行が正常に行われたとしても、モータ1の回転速度ωが軸誤差の演算が行うことができる程度に十分な速度でない場合がある。この問題を解決するためには、動作環境下の負荷に対応しながら、モータ1の回転速度ωを軸誤差の演算を行うために十分な回転速度まで高める必要がある。
[実施形態1]
(実施形態1に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成)
そこで、実施形態1では、図3の基本形態に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成に代えて、図6に示す速度指令型の構成とする。図6は、実施形態1に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成の一例を示す図である。
実施形態1に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Aは、基本形態のマイクロコンピュータ10Xに代えてマイクロコンピュータ10Aを有する。そして、マイクロコンピュータ10Aは、基本形態の制御器2Xに代えて制御器2Aを有し、基本形態のq軸電圧生成器17Xに代えてq軸電圧生成器17Aを有し、基本形態の速度推定器29Xに代えて速度推定器29Aを有する。実施形態1に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Aの構成は、制御器2A、q軸電圧生成器17A及び速度推定器29A以外は、基本形態に係るモータ制御装置100Xと同様である。
制御器2Aは、接点CO0〜CO1を含むスイッチSW1及びマイクロコンピュータ10A全体の制御を行うと共に、例えば、モータ1の同期運転ステップから通常運転へのモード移行を制御する。
q軸電圧生成器17Aは、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Id、モータ制御装置100Aへ入力された速度指令値ω*、速度推定器29Aにより出力された電気角推定速度ωe、モータ1の電気角初速度ω0、初期q軸電圧V0から、同期運転ステップにおけるq軸電圧指令値Vq*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。
q軸電圧生成器17Aは、基本形態のq軸電圧生成器17Xと同様に、ロータ位置決めステップにおける位置決め時のd軸電圧と同一の大きさのq軸電圧を初期q軸電圧V0とすることで、駆動トルクを発生させる。この時発生する余剰電力は、モータ1の回転数が上昇することで、モータ1に接続されている実負荷の回転に必要な電力として使用されるため、無効分(余剰電力)がなくなる。
ここで、q軸電圧生成器17Aが、余剰電力を最小に制御しつつ、モータ1の速度を上昇させるための適切なq軸電圧Vqを生成することが可能であれば、軸誤差の演算に必要な誘起電圧を発生させるだけの速度を確保することが可能となり、同期運転ステップから通常運転へのモード移行が可能となる。
速度推定器29Aは、基本形態に係る速度推定器29Xと同様の構成であるが、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Idから、推定された現在のモータの角速度である電気角推定速度ωeを算出し、q軸電圧生成器17A及び位置推定器30Xへそれぞれ出力する。速度推定器29Aは、検出部により検出された電流のdq座標系におけるd軸電流から現在速度を推定する速度推定部の一例である。
ここで、q軸電圧生成器17Aにより生成されるq軸電圧Vqについて説明する。以下では、q軸電圧指令値Vq*を、q軸電圧Vqに読み替える。q軸電圧生成器17Aにより生成されるq軸電圧Vqは、通常運転においてdq軸モータモデル式から、下記(5)式で与えられる。なお、下記(5)式の右辺において、“ω”は電気角速度、“Lq”はモータ1のq軸インダクタンス、“Id”はd軸電流、“R”はモータ1の巻線抵抗、“Iq”はq軸電流、“Ψ”はモータ1の鎖交磁束、“ρ”は(d/dt)の微分演算子、“Ld”はモータ1のd軸インダクタンスである。
上記(5)式の右辺第四項は、定常状態においては0と見なせるので、定常状態では、上記(5)式は、下記(6)式となる。
なお、上記(6)式で示されるq軸電圧Vqは、図4のベクトル図に示す通りである。上記(6)式における、右辺第一項が図4におけるterm6−1であり、右辺第二項が図4におけるterm6−2であり、右辺第三項が図4におけるterm6−3である。
ロータ位置決めステップ完了後から、モータ1の起動直後の初期q軸電圧V0と、初期q軸電圧V0で生じる初速度ω0と、速度指令値ω*とから、q軸電圧Vqは、下記(7)式で表される。
上記(7)式には、q軸電流Iqを含む項が存在する。基本形態と同様に、速度推定器29Aは、d軸電流Idが0になるような電気角推定速度ωeを算出する。また、q軸電圧Vqによりモータ1の速度が上昇すれば、余剰電力である無効分がなくなり、d軸電流Idは0に向かう。すなわち、q軸電圧Vq及びd軸電流Idは、同期運転ステップにおいて、モータ1の速度と密接な関係を有するといえる。d軸電流Idを0としつつ、q軸電圧Vqを制御してロータの速度を制御するために、ロータの指令速度からモータ1に印加すべきq軸電圧Vqを算出できるようにするために、q軸電流Iqを速度へ変換する必要がある。
そこで、q軸電流Iqを速度に変換するために、下記(8)式に示すように、q軸電流Iqを、モータ1のトルクT及び鎖交磁束Ψを用いて表す。
また、下記(9)式に示すように、モータ1のトルクTは、モータ1のイナーシャJ及び加速度aを用いて表される。
なお、上記(9)式において、加速度aは角加速度である。下記(10)式に示すように、角加速度は、速度指令値ω*及び電気角推定速度ωeを用いて表される。
すなわち、角加速度は、速度偏差で表され、この速度偏差を積分することで速度指令値に必要なq軸電圧を生成する。以上の上記(8)式〜(10)式から、q軸電流Iqは、下記(11)式のようになる。なお、下記(11)式の右辺の積分の区間は、モータ1の同期運転ステップ開始から現在までの時間である。
上記(11)式を、上記(7)式の右辺第二項の“Iq”へ代入して整理することにより、下記(12)式に示すように、q軸電圧Vqは、q軸電流Iqの因子を含まず表される。なお、下記(12)式における“Kc”は、積分ゲイン調整係数であり、特定の定数である。q軸電圧生成器17Aは、下記(12)式によりq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を生成して出力する。
(実施形態1に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器)
図7は、実施形態1に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器の構成の一例を示す図である。実施形態1に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器17Aは、Ld乗算器17A−1、減算器17A−2、積分器17A−3、減算器17A−4、Ψ乗算器17A−5、加算器17A−6、加算器17A−7を有する。
Ld乗算器17A−1は、d軸電流Id及び速度指令値ω*を入力とし、2つの入力の乗算結果と、d軸インダクタンスLdを乗算した結果を加算器17A−6へ出力する。上記(12)式における右辺第二項は、Ld乗算器17A−1による演算結果に対応する。
減算器17A−2は、速度指令値ω*及び電気角推定速度ωeを入力とし、速度指令値ω*から電気角推定速度ωeを減算した結果を積分器17A−3へ出力する。上記(12)式における右辺第三項の被積分関数は、減算器17A−2による演算に対応する。
積分器17A−3は、減算器17A−2からの入力を積分した結果を加算器17A−6へ出力する。上記(12)式における右辺第三項の積分は、積分器17A−3による演算に対応する。
減算器17A−4は、速度指令値ω*及び電気角初速度ω0を入力とし、速度指令値ω*から電気角初速度ωeを減算した結果をΨ乗算器17A−5へ出力する。上記(12)式における右辺第一項の第一因子は、減算器17A−4による演算に対応する。
Ψ乗算器17A−5は、減算器17A−4からの入力と、モータ1の鎖交磁束Ψを乗算した結果を加算器17A−6へ出力する。上記(12)式における右辺第一項は、Ψ乗算器17A−5による演算に対応する。
加算器17A−6は、Ld乗算器17A−1、積分器17A−3、Ψ乗算器17A−5による出力を加算した結果を加算器17A−7へ出力する。上記(12)式における右辺第一項〜第三項の加算は、加算器17A−6による演算に対応する。
加算器17A−7は、加算器17A−6による出力と、初期q軸電圧V0とを入力とし、2つの入力の加算結果をq軸電圧Vqとして出力する。上記(12)式における右辺第四項の加算は、加算器17A−7による演算に対応する。
(実施形態1に係る同期運転ステップの処理)
図8は、実施形態1に係る同期運転ステップの処理の一例を示すフローチャート示す図である。実施形態1に係る同期運転ステップの処理は、モータ1の起動開始を契機として、制御器2Aにより実行される。
q軸電圧生成器17Aは、速度指令値ω*と電気角推定速度ωeとの偏差を用いてq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を生成する。このため、同期運転ステップでは、電気角推定速度ωeが帰還路(フィードバック)制御となり、閉ループを形成する。ここで、q軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*の生成と回転速度の応答速度に差が生じる。つまり、回転速度が目標到達速度に達してもq軸電圧に余剰電力が発生している場合がある。その場合には回転速度に対して適切なq軸電圧に収束させるための収束時間を設けることで、よりシームレスな通常運転への移行が可能となる。
ここで、収束時間は、q軸電圧生成器17A及び速度推定器29Aの入出力から求められる。すなわち、収束時間は、q軸電圧生成器17A及び速度推定器29Aの入力であるd軸電流Idと、出力であるq軸電圧Vqとの関係を示す上記(12)式を、収束時間について解くことで求める。よって、収束時間は、上記(12)式で与えられている各定数から、演算量が少ない計算で求めることができる。
実施形態1に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Aにおいて、先ず、ステップS11では、制御器2Aは、速度指令値ω*を増加していき、速度指令値ω*が予め定められた目標到達速度に達したか否かを判定する。制御器2Aは、ステップS11:Yesの場合、すなわち、速度指令値ω*が予め定められた目標到達速度に達した場合、ステップS12へ処理を移す。一方、制御器2Aは、ステップS11:Noの場合、すなわち、速度指令値ω*が予め定められた目標到達速度に達していない場合、ステップS15へ処理を移す。
ステップS12では、制御器2Aは、上述の収束時間が経過したか否かを判定する。制御器2Aは、ステップS12:Yesの場合、すなわち、収束時間が経過した場合、ステップS13へ処理を移す。一方、制御器2Aは、ステップS12:Noの場合、すなわち、収束時間が経過していない場合、ステップS16へ処理を移す。
ステップS13では、制御器2Aは、電気角推定速度ωeが、ステップS11同様の目標到達速度に達したか否かを判定する。ステップS13は、モータ1が軸誤差を演算することができる速度に達しているか否かを判定するものである。制御器2Aは、ステップS13:Yesの場合、すなわち、電気角推定速度ωeが目標到達速度に達した場合、ステップS14へ処理を移す。一方、制御器2Aは、ステップS13:Noの場合、すなわち、電気角推定速度ωeが目標到達速度に達していない場合、ステップS17へ処理を移す。
ステップS14では、制御器2Aは、同期運転ステップから通常運転へのモード移行処理を実行する。
ステップS15では、制御器2Aは、q軸電圧生成器17Aを制御してq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*の生成処理を実行開始又は実行継続する。制御器2Aは、ステップS15の処理が終了すると、ステップS11へ処理を移す。また、ステップS16では、制御器2Aは、q軸電圧生成器17Aを制御してq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*の生成処理を実行継続する。制御器2Aは、ステップS16の処理が終了すると、ステップS12へ処理を移す。
ステップS17では、制御器2Aは、速度指令値ω*が目標到達速度に達し、かつ、収束経過時間が経過してもなお、電気角推定速度ωeが目標到達速度に達しないためにモード移行できないエラーが発生した際のエラー処理(例えば、モータ起動停止、モータ起動の再実行、エラー報知等)を実行する。ステップS17が終了すると、制御器2Aは、実施形態1に係る同期運転ステップの処理を終了する。
以上の実施形態1によれば、目標速度ωと推定速度ωeの差に応じてq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*が制御される。このため、モータ1の負荷の状態に応じたq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を求めることができる。また、実施形態1によれば、モータ1の負荷の状態に応じたq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を求めることで、電圧過多(過電流)になることを抑制できる。
また、実施形態1によれば、d軸電圧を0に固定し、q軸電圧のみを制御することで、モータ1の速度を容易に制御でき、余剰電力を抑制できる。また、電流ベクトルを電流ベクトル座標の第一象限に留めておくことができるので、モータ1の負荷変動やモータ1の加速変動に対する余裕度を高めることができる。
また、実施形態1によれば、電気角推定速度ωがモータ1のd軸電流Idを0とし、d軸電流が正方向に過剰に生じないようにq軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を調整することで、余剰電力の発生を抑制できる。また、q軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*のみでモータ1を回転させることができる速度を確保できる。さらに、実施形態1によれば、上記(12)式から、q軸電圧(q軸駆動電圧)Vq*を容易に生成できる。
また、実施形態1によれば、ロータ位置決めステップで用いたd軸電圧と同一の大きさのq軸電圧を初期q軸電圧V0とすることで、モータ1のロータ位置合わせステップで生じるモータ1の駆動トルクと、同期運転ステップ開始時の駆動トルクとを同一にし、ロータ位置合わせステップから同期運転ステップへとスムーズに移行することができる。
また、実施形態1によれば、モータ1が、軸誤差を演算することができる速度に達しているか否かを判定し、軸誤差を演算することができる速度に達している場合に、同期運転ステップから通常運転へとモード移行するので、モータ1の加速不足によるモード移行失敗を防止することができる。
(実施形態1の変形例)
(1)d軸電圧について
上述の実施形態1では、d軸電圧を0に固定するとした。しかし、必ずしもd軸電圧を0に固定することに限られない。すなわち電流ベクトルの軌跡が第一象限内で収まるようにできればよく、d軸電圧を所定の定電圧又は可変電圧としてもよい。
(2)モータの推定速度について
上述の実施形態1では、推定されるモータ1の現在速度は、d軸電流Idが0となる速度であるとした。しかし、これに限られず、推定されるモータ1の現在速度は、d軸電流Idが所定値以下となる速度であってもよい。
[実施形態2]
d軸電圧Vdを0とすることで電流ベクトルを電流ベクトル座標の第一象限に留めておくことができるが、q軸電圧Vqが上昇するにつれてd軸電流Idが正方向に大きくなるおそれがある。d軸電流Idが正方向に大きくなっても、速度推定器はd軸電流Idが0になるような速度を算出するため、q軸電圧Vqは、上記(12)式の積分項により適切な値に収束する。しかし、積分項はq軸電圧Vqにすぐに反映されないため、その間はd軸電流が正方向に大きくなることで余剰電力が発生する。また、d軸電流Idがq軸電流Iqよりも大きくなると、同期運転ステップから通常運転へのモード移行をスムーズに行うことができない場合もある。
そこで、実施形態2では、d軸電流Idがq軸電流Iqよりも大きくなることを防止するため、d軸電流Idが正方向に増加し過ぎないように、d軸電流Idの中心をq軸電流Iqとする比例項を加える。すなわち、q軸電流Iqとd軸電流Idとの偏差をとることで、過剰な正方向のd軸電流Idが生じないようにq軸電圧Vqを調整する。
(実施形態2に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成)
実施形態2では、図3の基本形態に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成に代えて、図9に示すd軸過電流防止の速度指令型の構成とする。図9は、実施形態2に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置の構成の一例を示す図である。
実施形態2に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Bは、基本形態のマイクロコンピュータ10Xに代えてマイクロコンピュータ10Bを有する。そして、マイクロコンピュータ10Bは、基本形態の制御器2Xに代えて制御器2Bを有し、基本形態のq軸電圧生成器17Xに代えてq軸電圧生成器17Bを有し、基本形態の速度推定器29Xに代えて速度推定器29Bを有する。実施形態2に係る同期運転ステップにおけるモータ制御装置100Bの構成は、制御器2B、q軸電圧生成器17B及び速度推定器29B以外は、基本形態に係るモータ制御装置100Xと同様である。
制御器2Bは、接点CO0〜CO1を含むスイッチSW1及びマイクロコンピュータ10B全体の制御を行うと共に、例えば、モータ1の同期運転ステップから通常運転へのモード移行を制御する。
q軸電圧生成器17Bは、実施形態1のq軸電圧生成器17Aと比較して、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Id、モータ制御装置100Bへ入力された速度指令値ω*、速度推定器29Bにより出力された電気角推定速度ωe、モータ1の電気角初速度ω0、初期q軸電圧V0に加えて、3φ/dq変換器25により出力されたq軸電流Iqから、同期運転ステップにおけるq軸電圧指令値Vq*を生成し、dq/3φ変換器21へ出力する。
q軸電圧生成器17Bは、d軸電流Id、q軸電流Iq、電気角推定速度ωeに加え、ロータ位置決めステップにおける位置決め時のd軸電圧と同一の大きさのq軸電圧を初期q軸電圧V0とすることで、駆動トルクを発生させる。q軸電圧生成器17Bは、モータ1の速度を上昇させるための適切なq軸電圧Vqを生成しながら、余剰電力を最小に制御することで、同期運転ステップから通常運転へのモード移行が可能となると共に、通常運転における軸誤差の演算に必要な誘起電圧を発生させるだけの速度を確保する。
速度推定器29Bは、基本形態に係る速度推定器29Xと同様の構成であるが、3φ/dq変換器25により出力されたd軸電流Idから、推定された現在のモータの角速度である電気角推定速度ωeを算出し、q軸電圧生成器17B及び位置推定器30Xへそれぞれ出力する。速度推定器29Bは、検出部により検出された電流のdq座標系におけるd軸電流から現在速度を推定する速度推定部の一例である。
(実施形態2に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器)
図10は、実施形態2に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器の構成の一例を示す図である。実施形態2に係る同期運転ステップにおけるq軸電圧生成器17Bは、Ld乗算器17B−1、減算器17B−2、積分器17B−3、減算器17B−4、Ψ乗算器17B−5、加算器17B−6、加算器17B−7、減算器17B−8を有する。減算器17B−2、積分器17B−3、減算器17B−4、Ψ乗算器17B−5、加算器17B−6、加算器17B−7は、実施形態1のLd乗算器17A−1、減算器17A−2、積分器17A−3、減算器17A−4、Ψ乗算器17A−5、加算器17A−6、加算器17A−7と同様である。
実施形態2では、図10に示すLd乗算器17B−1の入力が、q軸電流Iqからd軸電流Idを減算した偏差である。Ld乗算器17B−1は、この偏差を入力とするため、実施形態2のq軸電圧生成器17Bには、実施形態1のq軸電圧生成器17Bと比較して、減算器17B−8が追加されている。
減算器17B−8は、q軸電流Iq及びd軸電流Idを入力として、q軸電流Iqからd軸電流Idを減算した偏差を、Ld乗算器17B−1へ出力する。Ld乗算器17B−1は、d軸電流Id及びq軸電流Iqの偏差(Iq−Id)と、速度指令値ω*とを入力とし、偏差(Iq−Id)と速度指令値ω*の乗算結果と、d軸インダクタンスLdとを乗算した結果を加算器17B−6へ出力する。
以上から、実施形態2においてq軸電圧生成器17Bが出力するq軸電圧Vq(q軸駆動電圧Vq)は、実施形態1における上記(12)式から、下記(13)式のようになる。q軸電圧生成器17Bは、下記(13)式によりq軸電圧Vqを生成して出力する。下記(13)式において、右辺第二項の第三因子が、減算器17B−8による演算結果に対応する。
(実施形態2に係る同期運転ステップの処理)
実施形態2に係る同期運転ステップの処理は、図8に示した実施形態1に係る同期運転ステップの処理と同様になる。ここで、実施形態2において、実際の回転速度が最適回転速度に収束するための収束時間は、q軸電圧生成器17B、速度推定器29Bの入力であるd軸電流Id及びq軸電流Iqと、出力であるq軸電圧Vqとの関係を示す上記(13)式を、収束時間について解くことで求められる。実施形態2における速度指令値ω*及び電気角推定速度ωeの目標到達速度は、実施形態1と同様である。
(実施形態2に係る位置決めステップから通常運転における各値の推移)
以下、図11A〜図14Bを参照して、実施形態2と従来技術について、位置決めステップから通常運転における、d軸電流及びq軸電流の推移、d軸電圧及びq軸電圧の推移、軸誤差の推移、電気角推定速度及び電気角速度指令値の推移を比較して説明する。
なお、図11A〜図14Bにおいて、横軸の時刻tを区分する(1)の区間はロータ位置決めステップの区間、(2)の区間は同期運転の区間、(3)の区間は通常運転の区間を示す。また、図11A〜図14Bにおいて、(2)の区間をさらに区分する(2)’の区間は目標到達速度へ向けての加速領域の区間、(2)”の区間は目標到達速度到達後の定速領域の区間である。なお、実施形態2における加速領域の区間は図14(A)に示すように指令速度が上昇している区間であり、定速領域の区間は指令速度が一定となる区間である。一方、従来技術における加速領域の区間は、図12(B)に示すようにq軸電圧が上昇している区間であり、定速領域の区間はq軸電圧が一定となる区間である。
また、図11A〜図14Bにおいて、横軸のタイミングt1は、実施形態2において、モータ1の起動開始後からの経過時刻を表し、同期運転ステップから通常運転へのモード移行のタイミングを示す。また、タイミングt2は、従来技術において、モータ1の起動開始後からの経過時刻を表し、同期運転ステップから通常運転へのモード移行のタイミングを示す。t1<t2である。
(実施形態2における位置決めステップから通常運転におけるd軸電圧及びq軸電圧と、d軸電流及びq軸電流の推移)
図11Aは、実施形態2に係るロータ位置決めステップから通常運転におけるd軸電流及びq軸電流の推移の一例を示す図である。図12Aは、実施形態2に係るロータ位置決めステップから通常運転におけるd軸電圧及びq軸電圧の推移の一例を示す図である。
図12Aに示すように、(1)のロータ位置決めステップにおいて、q軸電圧Vqを0とし、一定のd軸電圧Vdがモータ1へ印可される。これにより、図11Aに示すように、(1)のロータ位置決めステップにおいて、モータ1にd軸電流Idが流れる。
次に、図12Aに示すように、(2)の同期運転ステップにおいて、d軸電圧Vdを0とし、上記(13)式に基づいて算出されたq軸電圧Vqがモータ1へ印可される。ここで、上記(13)式は、これにより、図11Aに示すように、(2)’の加速領域の前半において、モータ1に、d軸電流Idより大きいq軸電流Iq(Id<Iq)が流れる。しかし、図12Aに示すように、(2)’の加速領域において、d軸電圧Vdは0である一方、q軸電圧Vqが徐々に大きくなっていくことでIdが正方向に増加していく。この増加に対し、前述したように、実施形態2ではd軸電流Idが正方向に増加し過ぎないように、d軸電流Idの中心をq軸電流Iqとする比例項(“(Iq−Id)”の項)を加えている。この比例項により、(2)’の加速領域の後半以降において、d軸電流Idの増加が抑えられる。
なお、(2)の同期運転ステップにおいては、図11Aに示すように、q軸電流は徐々に小さくなっていく。
そして、図12Aに示すように、(2)’の加速領域に引き続く(2)”の定速領域において、上記(13)式に基づいて算出されたq軸電圧Vqにおいて、上記(13)式における比例項により、d軸電流Idの中心がq軸電流Iqとなる。すなわち、図12Aに示すように、(2)”の定速領域においては、(2)’の加速領域とは異なり、q軸電圧Vqが低下へと転じる。q軸電圧Vqが低下へと転じたことに伴い、図11Aに示すように、d軸電流Idが、q軸電流Iqと同様に小さくなる。
そして、図11Aに示すように、モータ1の速度指令値ω*が目標到達速度に達し、かつ、モータ1の収束時間が経過し、かつ、モータ1の電気角推定速度ωeが目標到達速度に達したタイミングt1において、モータ1の同期運転ステップから通常運転へとモード移行が行われる。
タイミングt1以降は、モータ1は、(3)の通常運転が行われる。図11Aに示すように、通常運転では、モータ1のd軸電流Idは、概ね0の値を取る。また、図12Aに示すように、通常運転では、モータ1のd軸電圧Vdはサチュレーションカーブを取り、d軸電圧Vdは概ね0の値を取る。
(従来技術における位置決めステップから通常運転におけるd軸電圧及びq軸電圧と、d軸電流及びq軸電流の推移)
図11Bは、従来技術に係るロータ位置決めステップから通常運転におけるd軸電流及びq軸電流の推移の一例を示す図である。図12Bは、従来技術に係るロータ位置決めステップから通常運転におけるd軸電圧及びq軸電圧の推移の一例を示す図である。
図12Bに示すように、(1)のロータ位置決めステップにおいて、q軸電圧Vqを0とし、一定のd軸電圧Vdがモータへ印可される。これにより、図11Bに示すように、(1)のロータ位置決めステップにおいて、モータにd軸電流Idが流れる。
次に、図12Bに示すように、(2)の同期運転ステップにおいて、d軸電圧Vdを電気角推定速度ωeに応じた値としたうえでマイナスの値とし、予め定められたq軸電圧Vq(一定値から増加、その後再び一定値となる)がモータ1へ印可される。これにより、図11Bに示すように、(2)’の加速領域において、モータに、d軸電流Idより大きいq軸電流Iq(Id<Iq)が流れる。しかし、図12Bに示すように、(2)’の加速領域の後半において、d軸電圧Vdは概ね0である一方、q軸電圧Vqが徐々に大きくなっていくので、(2)’の加速領域において、モータ1において、Iq>Idの大小関係を維持しつつもd軸電流Idが徐々に大きくなっていく。
そして、図12Bに示すように、(2)’の加速領域に引き続く(2)”の定速領域において、q軸電流Vqが一定値となる。q軸電圧Vqが一定値へと転じたことに伴い、図11Bに示すように、d軸電流Id及びq軸電流Iqが同様に小さくなる。
そして、図11Bに示すように、例えばモータの電気角推定速度ωeが目標到達速度に達したタイミングt2において、モータ1の同期運転ステップから通常運転へとモード移行が行われる。よって、実施形態2は、従来技術と比較すると、位置決めステップから通常運転へのモード移行が、モータ1の起動からt2のタイミングよりも早いt1の経過のタイミングで行われることになる。
(実施形態2及び従来技術における位置決めステップから通常運転における軸誤差の推移)
図13Aは、実施形態2に係るロータ位置決めステップから通常運転における軸誤差の推移の一例を示す図である。図13Bは、従来技術に係るロータ位置決めステップから通常運転における軸誤差の推移の一例を示す図である。
図13A及び図13Bに示すように、実施形態2及び従来技術では、(2)の同期運転ステップでは、軸誤差が共に負、すなわち、実際のロータ位置(dq座標系)に対して制御側のロータ位置(γδ座標系)に遅れが生じている。しかし、図13A及び図13Bの比較から分かるとおり、実施形態2は、従来技術と比較して、軸誤差が0に収束する時間が短い。すなわち、実施形態2では、従来技術と比較して、より短い同期運転ステップの期間で軸誤差の中心を負側から0へと移動させると共に、通常運転へモード移行後も、より小さな軸誤差の変動幅とすることができる。よって、実施形態2によれば、同期運転ステップから通常運転へ、スムーズなモード移行を行うことができる。
(実施形態2及び従来技術における位置決めステップから通常運転における電気角推定速度及び電気角目標速度の推移)
図14Aは、実施形態2に係るロータ位置決めステップから通常運転における電気角推定速度及び電気角目標速度の推移の一例を示す図である。図14Bは、従来技術に係るロータ位置決めステップから通常運転における電気角推定速度及び電気角目標速度の推移の一例を示す図である。
図14Aに示すように、実施形態2では、(2)の同期運転ステップにおいて、電気角推定速度ωeが、電気角速度指令値ω*に追従して加速している。そして、同期運転ステップから通常運転へのモード移行後も、電気角推定速度ωeは、電気角速度指令値ω*を中心として変動しつつ、電気角速度指令値ω*に追従するように変化している。
一方、図14Bに示すように、従来技術では、電気角速度指令値ω*は設けられていない。すなわち、従来技術では、(2)の同期運転ステップにおいて、電気角推定速度ωeが、図12Bに示すq軸電圧より動作環境負荷に応じて加速する。(3)の通常運転では電気角速度指令値ω*を追従して加速している。しかし、このモード移行時は図13Bに示す軸誤差が大きく変動しているため、電気角推定速度ωeは、一時的に大きく変動している。
すなわち、従来技術によれば、モード移行直後において、電気角推定速度ωeの変動が大きいため、スムーズなモード移行ができない。一方で、実施形態2によれば、モード移行前後において、電気角推定速度ωeが電気角速度指令値ω*に追従しつつ、従来技術と比べて変動がより小さいため、スムーズなモード移行ができる。
以上の実施形態2によれば、(2)”の定速領域の区間においてq軸電圧Vqが低下することから、同期運転時におけるq軸電圧の過多を抑制することができる。また、実施形態2によれば、収束時間を容易に求めることができると共に、従来技術と比較してより短い時間で同期運転ステップを終了し、同期運転ステップから通常運転へスムーズなモード移行を行うことができる。
上述の実施形態及び図示の具体的名称、処理、制御、各種のデータやパラメータを含む情報については、一例を示すに過ぎず、特記する場合を除いて適宜変更することができる。また、上述の実施形態における各部もしくは各装置の構成は、処理負荷や実装効率等から適宜分散又は統合されてもよい。また、上述の実施形態における各処理は、処理負荷や実装効率等から、処理順序を適宜入れ替えて実行されてもよい。
上述の実施形態のより広範な態様は、上述のように表しかつ記述した特定の詳細及び代表的な実施形態に限定されるものではない。従って、添付の特許請求の範囲及びその均等物によって定義される総括的な発明の概念又は範囲から逸脱することなく、様々な変更が可能である。