JP2018172753A - 窒化用cvtリング素材、cvtリング部材及びこれらの製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】マルエージング鋼よりも安価に提供可能であり、製造過程における溶接性及び強度特性に優れた窒化用CVTリング素材及びその製造方法、並びに、このCVTリング素材から作製され、疲労寿命に優れたCVTリング部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】窒化用CVTリング素材は、無端ベルト状を呈しており、C:0.30質量%以上0.40質量%以下、Si:0.50質量%以下、Mn:1.00質量%以下、Ni:4.00質量%以下、Cr:1.00質量%以上4.00質量%以下、Mo:1.50質量%超え3.00質量%以下、V:1.00質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる化学成分を有している。また、窒化用CVTリング素材の室温での引張強さは1750MPa以上であり、室温での降伏比は0.8以上であり、425℃での高温耐力は1050MPa以上である。
【選択図】図1

Description

本発明は、窒化用CVTリング素材及びその製造方法、並びに、このCVTリング素材から作製されるCVTリング部材及びその製造方法に関する。
環境問題等の観点から自動車の低燃費化が強く望まれており、最近の自動車用変速装置には燃費向上に有利なベルト式の無段変速機(以下、適宜CVTという。)が多用されている。CVTに使用される動力伝達用ベルトは、金属製の薄い板厚のリング部材を複数層重ねて一組のCVTベルトを構成し、そのCVTベルト2組にエレメントと呼ばれる摩擦部材を複数組み付けて構成されている。
CVTベルトは、CVTにおけるプーリに直接接触するものではないが、エレメントを組み付けた動力伝達用ベルトを構成する状態で回転して動力を伝え、その回転中に張力や曲げ応力を繰り返し受ける。そのため、CVTベルトを構成するリング部材の材料には、疲労強度に優れたものを用いる必要がある。さらに、近年の自動車の高出力性能化にともない、動力伝達用ベルトにもこれまで以上の高強度化が要求されるようになってきた。
リング部材には、強度、耐摩耗性などの様々な特性が要求されることから、現状では、強度、耐摩耗性等に非常に優れた特性を有するマルエージング鋼がCVTリング用鋼材料として用いられている。しかし、マルエージング鋼は、Ni(ニッケル)、Mo(モリブデン)及びCo(コバルト)等の高価な元素が多量に添加されているため、非常に高価なものとなっている。
そこで、本出願人らは、鋭意検討の結果、高強度で耐摩耗性に優れ、マルエージング鋼よりも安価に提供可能なCVTリング部材を開発した(特許文献1、特許文献2)。
CVTリング部材は、通常、以下のようにして作製されている。即ち、板材をリング状に曲げ加工した後、端部同士を溶接して無端ベルト状を呈する粗リング材を作製する。この粗リング材に冷間圧延や軟化焼鈍等を適宜組み合わせて実施し、CVTリング素材を作製する。このCVTリング素材に窒化処理を施すことにより、CVTリング部材を得ることができる。
特開2011−195861号公報 国際公開WO2015/087869号
上述のように、従来から、高強度材料として知られているマルエージング鋼がCVTリング部材に適用されている。しかしながら、上述のように、マルエージング鋼には高価な合金が多量に含有されており、材料費が非常に高くなることが問題となっている。
特許文献1には、高価な合金元素の含有量を低減することにより、マルエージング鋼に比べてはるかに低コスト化され、かつ、マルエージング鋼と同等の疲労強度特性を有する優れた鋼が開示されている。しかしながら、特許文献1の鋼は、より高い強度特性が要求される場合に、その要求レベルに達し得ない場合もある。
また、特許文献2の鋼は、強度特性を高める方策として炭素含有量を増加させているが、この材料を用いた場合、CVTリング部材の製造過程における板材の溶接工程においてボイド形成による溶接不良が生じて製造工程を構築できない場合がある。それ故、CVTリング部材に用いる鋼には、改善の余地が未だ存在するのが現状である。
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、マルエージング鋼よりも安価に提供可能であり、製造過程における溶接性及び強度特性に優れた窒化用CVTリング素材及びその製造方法、並びに、このCVTリング素材を素材として作製され、疲労寿命に優れたCVTリング部材及びその製造方法を提供しようとするものである。
本発明の一態様は、以下の[1]に係る窒化用CVTリング素材にある。
[1]C(炭素):0.30質量%以上0.40質量%以下、Si(シリコン):0.50質量%以下、Mn(マンガン):1.00質量%以下、Ni(ニッケル):4.00質量%以下、Cr(クロム):1.00質量%以上4.00質量%以下、Mo(モリブデン):1.50質量%超え3.00質量%以下、V(バナジウム):1.00質量%以下を含有し、残部がFe(鉄)及び不可避的不純物よりなる化学成分を有し、
室温での引張強さが1750MPa以上であり、
室温での降伏比が0.8以上であり、
425℃での高温耐力が1050MPa以上であり、
無端ベルト状を呈する、窒化用CVTリング素材。
本発明の他の態様は、以下の[2]に係るCVTリング部材にある。
[2]上記の態様の窒化用CVTリング素材からなる母材の表面に表面硬化層が形成されている、CVTリング部材。
本発明のさらに他の態様は、以下の[3]〜[4]に係る窒化用CVTリング素材の製造方法にある。
[3]C:0.30質量%以上0.40質量%以下、Si:0.50質量%以下、Mn:1.00質量%以下、Ni:4.00質量%以下、Cr:1.00質量%以上4.00質量%以下、Mo:1.50質量%超え3.00質量%以下、V:1.00質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる化学成分を有する鋳塊を準備し、
上記鋳塊に塑性加工を施して板材を作製し、
上記板材を曲げ加工するとともに端面同士を溶接して無端ベルト状を呈する粗リング材を作製し、
上記粗リング材を軟化焼鈍した後に冷間圧延を施して板厚所望のリング材を作製し、
上記リング材を850〜1000℃に加熱した後急冷して焼入処理を行う、窒化用CVTリング素材の製造方法。
[4]上記焼入処理が完了した後、上記リング材を150〜250℃または400〜500℃のいずれかの範囲内に加熱して焼戻し処理を行う、[3]に記載の窒化用CVTリング素材の製造方法。
本発明のさらに他の態様は、以下の[5]に係るCVTリング部材の製造方法にある。[5]上記の態様の製造方法により窒化用CVTリング素材を作製し、
上記窒化用CVTリング素材に400〜500℃の温度で窒化処理を行う、CVTリング部材の製造方法。
上記窒化用CVTリング素材(以下、適宜「CVTリング素材」という。)は、少なくとも、上記特定の化学成分を有していることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。
また、CVTリング素材の化学成分を上記特定の範囲とすることにより、CVTリング素材の製造過程における溶接性を向上させ、板材の端部同士を溶接する際の溶接不良の発生を抑制することができる。更に、上記CVTリング素材は、マルエージング鋼に比べて合金元素の含有量が少ないため、材料コストを低減することができる。これらの結果、上記CVTリング素材を安価に提供することができる。
上記CVTリング部材は、上記の態様のCVTリング素材の表面に表面硬化層を形成することにより作製することができる。上記CVTリング部材は、上記CVTリング素材を母材としているため、強度特性及び疲労寿命に優れている。さらに、上記CVTリング部材はマルエージング鋼に比べて合金元素の含有量が少ないため、マルエージング鋼を使用した従来のCVTリング部材に比べて上記CVTリング部材を安価に提供することができる。
また、上記の態様のCVTリング素材の製造方法においては、上記特定の範囲の化学成分を有するリング材に、上記特定の条件で焼入処理を行う。これにより、上記特定の範囲の高温耐力を有する上記CVTリング素材を作製することができる。また上記リング素材において、焼入処理後、窒化処理前にさらに焼戻し処理を行うことで、CVTリング素材中に固溶した炭素からなる鉄炭化物が生成したり、炭素若しくは炭化物の形態を制御して後に実施する窒化処理により侵入した窒素の拡散や窒化物の生成を安定化したCVTリング部材とすることができる。
また、上記の態様のCVTリング部材の製造方法によれば、上記CVTリング素材への窒化処理により得られた表面硬化層(表面硬さ)や上記CVTリング部材における断面中心部分の引張強さを安定化することができる。
また、上記CVTリング素材に窒化処理を行うことにより、表面硬化層を有するCVTリング部材を作製することができ、狙いとする疲労強度を得ることができる。
実施例における、CVTリング部材の使用状態を示す説明図である。
上記CVTリング素材やCVTリング部材における各成分範囲の限定理由について、以下に説明する。
・C(炭素):0.30質量%以上0.40質量%以下
Cは、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度を高くする作用を有している。Cの含有量を上記特定の範囲とすることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。
Cの含有量が0.30質量%未満の場合には、上記特定の範囲の強度特性を実現することが難しい。一方、Cの含有量が過度に多くなると、CVTリング素材中に粗大な炭化物が形成されるおそれがある。このような粗大な炭化物は、CVTリング素材の製造過程において、板材の端部同士を溶接する作業における溶接性の悪化を招くおそれがある。かかる問題を回避する観点から、Cの含有量は0.40質量%以下とする。
・Si(シリコン):0.50質量%以下
上記CVTリング素材中には、鋼材の製造過程において意図的に添加しなくても、通常、0.02質量%程度のSiが不可避的不純物として含まれている。上記CVTリング素材中のSiの含有量を不可避的不純物としてのSi量よりも多い0.02質量%以上とすることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。また、CVTリング素材中のSiの含有量とMoの含有量とのバランスをとることにより、CVTリング素材の製造過程において板材の端部同士を溶接する際に溶接不良の発生を抑制し、ひいては溶接不良に伴う割れの発生を抑制することができる。
Siの含有量が0.50質量%を超える場合には、CVTリング素材やCVTリング部材の高温耐力の低下を招くおそれがある。
・Mn(マンガン):1.00質量%以下
上記CVTリング素材中には、鋼材の製造過程において意図的に添加しなくても、通常、0.02質量%程度のMnが不可避的不純物として含まれている。CVTリング素材中のMnの含有量を不可避的不純物としてのMn量よりも多い0.02質量%以上とすることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度をより高くする観点からは、Mnの含有量を0.05質量%以上とすることが好ましい。
Mnの含有量が過度に多くなると、添加量に見合った強度向上の効果を得ることが難しい。そこで、Mnによる強度向上の効果を得る観点から、Mnの含有量は1.00質量%以下とする。
・Ni(ニッケル):4.00質量%以下
Niは、任意元素であって必ずしも含有しなくてもよいが、焼入性の向上に有効な元素である。また、Niは、炭化物の生成を抑制する作用を有しており、粒界に形成される炭化物の量を低減することができる。そして、粒界に形成される炭化物の量を低減することにより、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度を高くすることができる。
上記CVTリング素材中のNiの含有量を上記特定の範囲とすることにより、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度特性を実現することができる。更に、Niの含有量を上記特定の範囲にすることにより、焼入性を向上させることもできる。
Niの含有量が過度に多い場合には、添加量に見合った作用効果を得ることが難しい。また、Niは比較的高価な元素であるため、Niの含有量が過度に多くなると、上記CVTリング素材やCVTリング部材の原料コストの増大を招く。原料コストの増大を回避しつつNiによる作用効果を得る観点から、Niの含有量は4.00質量%以下とする。
・Cr(クロム):1.00質量%以上4.00質量%以下
Crは、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度を高くする作用を有している。また、Crは、窒化処理後のCVTリング部材における表面硬化層の表面硬さの向上に有効な元素である。Crの含有量を上記特定の範囲にすることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。さらに、Crの含有量を上記特定の範囲にすることにより、上記CVTリング部材の表面硬化層の表面硬さを高くすることもできる。
Crの含有量が1.00質量%未満の場合には、上述した作用効果を得ることが難しい。一方、Crの含有量が4.00質量%を超える場合には、Crの存在により炭化物の成長が過度に促進され、粗大な炭化物が形成されるおそれがある。その結果、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度が低下するおそれがある。また、この場合には、それ以上Crを添加しても、添加量に見合った作用効果を得ることが難しい。更に、Crは比較的高価な元素であるため、Crの含有量が過度に多くなると、上記CVTリング素材やCVTリング部材の原料コストの増大を招く。原料コストの増大や強度の低下を回避しつつCrによる上述した作用効果を得る観点から、Crの含有量は4.00質量%以下とする。
・Mo(モリブデン):1.50質量%超え3.00質量%以下
Moは、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度を高くする作用を有している。Moの含有量を上記特定の範囲とすることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。
Moの含有量が1.50質量%以下の場合には、上記特定の範囲の強度特性を実現することが難しい。一方、Moの含有量が3.00質量%を超える場合には、それ以上Moを添加しても、添加量に見合った作用効果を得ることが難しい。また、Moは比較的高価な元素であるため、Moの含有量が過度に多くなると、上記CVTリング素材やCVTリング部材の原料コストの増大を招く。原料コストの増大を回避しつつMoによる強度向上の効果を得る観点から、Moの含有量は3.00質量%以下とする。
・V(バナジウム):1.00質量%以下
Vは、任意元素であって必ずしも含有しなくてもよいが、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度を高くする作用を有している。また、Vは、窒化処理後のCVTリング部材における表面硬化層の表面硬さの向上に有効な元素である。Vの含有量を上記特定の範囲とすることにより、上記CVTリング素材やCVTリング部材の強度特性を実現することができる。更に、Vの含有量を上記特定の範囲にすることにより、上記CVTリング部材の表面硬化層の表面硬さを高くすることもできる。
Vの含有量が1.00質量%を超える場合には、それ以上Vを添加しても、添加量に見合った作用効果を得ることが難しく、むしろVの存在により炭化物が焼入処理温度で固溶せずに粗大に残存し、強度低下を招くおそれがある。また、Vは比較的高価な元素であるため、Vの含有量が過度に多くなると、上記CVTリング素材やCVTリング部材の原料コストの増大を招く。原料コストの増大を回避しつつVによる強度向上の効果を得る観点から、Vの含有量は1.00質量%以下とする。
・強度
上記CVTリング素材の室温における引張強さは1750MPa以上、425℃における高温耐力は1050MPa以上とする。また、上記CVTリング素材の降伏比、即ち、室温における0.2%耐力を引張強さで除した値は0.8以上とする。上記CVTリング素材は、少なくとも上記特定の範囲の化学成分を有していることにより、上記特定の範囲の強度特性を実現することができる。そして、このように優れた強度特性を備えたCVTリング素材をCVTリング部材の素材とすることにより、負荷容量の大きいCVTへ適用可能なCVTリング部材を得ることができる。
上記CVTリング素材に窒化処理を施し、CVTリング素材の表面に表面硬化層を形成することにより、CVTリング部材を得ることができる。このCVTリング部材は、マルエージング鋼を素材として作製された従来のCVTリング部材と同等以上の疲労寿命を実現することができる。
上記CVTリング素材は、上記特定の範囲の化学成分を有する鋳塊を準備し、
上記鋳塊に塑性加工を施して板材を作製し、
上記板材を曲げ加工するとともに端面同士を溶接して無端ベルト状を呈する粗リング材を作製し、
上記粗リング材を軟化焼鈍した後に冷間圧延を施して板厚所望のリング材を作製し、
上記リング材を850〜1000℃に加熱した後急冷して焼入処理を行うことにより作製することができる。
上記製造方法において、鋳塊から板材を作製する際の塑性加工としては、例えば、熱間圧延、熱間鍛造、冷間圧延、冷間鍛造等の公知の種々の塑性加工方法を適用することが可能である。通常は、熱間加工を実施した後、冷間加工を施して板材を作製する。なお、熱間加工によって板材表面に生成した黒皮(酸化皮膜)は、冷間加工の前に除去することが好ましい。黒皮の除去は、例えば、ピーリング等の機械加工や酸洗によって実施することができる。
上記板材に曲げ加工を行ってリング状に成形した後、端面同士の突合せ溶接を行うことにより粗リング材を作製することができる。曲げ加工には、例えば、ロール曲げ加工等の公知の方法を適用することができる。溶接には、例えば、プラズマ溶接、レーザ溶接等の公知の方法を適用することができる。
粗リング材は、CVTリング部材1本に相当する幅を有する板材から作製することもできる。しかし、工程の合理化の観点からは、CVTリング部材複数本に相当する幅広の板材を管状に溶接しておき、当該管を所望の幅に切断して粗リング材を作製することが好ましい。この場合には、切断の後に、バレル研磨等により切断面のバリ取りを実施することが好ましい。
このようにして得られた粗リング材に軟化焼鈍処理を行うことにより、溶接による熱影響を除去するとともに冷間圧延時の圧延性を向上させることができる。その後、粗リング材に冷間圧延を行うことにより、所望の板厚を備えたリング材を得ることができる。このときのリング材の板厚は、最終的に得ようとするCVTリング素材やCVTリング部材の板厚とほぼ同一である。リング材の板厚は、例えば、0.15〜0.22mmの範囲内から適宜設定することができる。
上述した方法等により準備されたリング材を850〜1000℃に加熱した後急冷して焼入処理を行うことにより、CVTリング素材を得ることができる。焼入処理における加熱温度を850℃以上とするのは、短時間にCVTリング素材をオーステナイト化し、焼入をするのに必要な温度であるためである。一方、加熱温度が1000℃を超える場合には、結晶粒の粗大化により、上記CVTリング素材の強度が低下するおそれがある。
上述した焼入処理の後、必要に応じて、上記リング材に焼戻し処理を行ってもよい。焼戻し処理における加熱温度は、150〜250℃または400〜500℃のいずれかの範囲とすることができる。
150〜250℃の加熱温度で焼戻し処理を行う場合には、焼入処理において固溶したCを鉄炭化物としてCVTリング素材中に析出させることができる。また、400〜500℃の加熱温度で焼戻し処理を行う場合には、上述した鉄炭化物が成長することにより安定化された鉄炭化物や合金炭化物をCVTリング素材中に形成することができる。
そして、焼戻し処理における加熱温度を上述のように制御することにより、CVTリング素材中の炭素若しくは炭化物の形態を制御することができる。その結果、後に行う窒化処理の際に、CVTリング素材中に侵入した窒素の拡散や表面硬化層の形成をムラなく行うことができる。更に、窒化処理が施されたCVTリング部材における、表面硬化層の表面硬さや断面中心部分の引張強さのムラを低減することができる。
また、焼戻処理または焼戻し処理が完了した後、必要に応じて、これらの処理により生じた歪みを除去するための矯正加工や、CVTリング素材の周長を所望の範囲に調整するための周長調整を行ってもよい。これらの加工は、別々の工程として行ってもよく、矯正加工と周長調整とを兼ねた1つの工程として行ってもよい。
その後、400〜500℃の温度で上記CVTリング素材に窒化処理を行うことにより、CVTリング素材の表面に表面硬化層を形成し、CVTリング部材を作製することができる。窒化処理における処理温度を上記特定の範囲とすることにより、CVTリング部材の表面硬化層の表面硬さを適正な範囲にすることができる。処理温度が400℃未満の場合には、表面硬化層の表面硬さが不十分となり、CVTリング部材の疲労寿命の低下を招くおそれがある。一方、処理温度が500℃を超える場合には、過剰窒化となるため、表面硬化層の表面硬さが過度に高くなる。その結果、CVTリング部材の脆化によって疲労寿命の低下を招くおそれがある。
なお、CVTリング部材の表面硬化層の表面硬さは、800〜950HVであることが好ましい。また、窒化処理としては、窒素単独又はアンモニア等の窒素化合物単独のガス、又は、それらの窒素化合物を含む混合ガスの雰囲気中で行うガス窒化、軟窒化、塩浴窒化、プラズマ窒化等の種々の方法を適用することができる。窒化処理は表面性状の影響を受けやすいため、必要に応じて、窒化処理前に機械的に若しくは化学的な研磨処理、酸化若しくは還元雰囲気による最表面の均質化処理を行ってもよい。
(実施例1)
上記CVTリング素材及びその製造方法、並びにこのCVTリング素材から作製されたCVTリング部材及びその製造方法の実施例について、以下に説明する。図1に示すように、本例のCVTリング部材1は、CVTにおける、動力伝達用ベルト3を構成する部品として用いられる。動力伝達用ベルト3は、多数のエレメント2と、エレメント2に組み付けられた2本のCVTベルト10とを有している。CVTベルト10は、互いに積層された複数のCVTリング部材1から構成されている。
本例のCVTリング素材及びCVTリング部材の作製方法を以下に詳説する。
まず、VIM(Vacuum Induction Melting)装置を用いて表1に示す化学成分を有する鋳塊を作製した。なお、表1における化学成分の含有量については、任意元素であるNi、Vを意図的に添加した試験体のみ数値を記載し、任意元素を意図的に添加していない試験体には「−」を一律に記載した。
得られた鋳塊に鍛伸加工を施し、厚さ7mmの板材を作製した。板材表面に存在する黒皮を機械加工により除去した後、冷間圧延により、板材の厚さを0.39mmとした。次いで、板材にロール曲げ加工を施して管状に成形し、プラズマ溶接により端面同士の突合せ溶接を行った。得られた管を5〜15mmの幅に切断し、板厚0.39mm、周長300mmの粗リング材を得た。
次に、粗リング材にバレル研磨、軟化焼鈍処理及び冷間圧延を順次行い、板厚0.20mmのリング材を作製した。なお、軟化焼鈍処理における加熱温度は860℃とし、保持時間は2時間とした。
リング材を表1に示す焼入温度まで加熱して60分間保持した後、空冷して焼入処理を行った。なお、表1に示す焼入温度は、各リング材のAcm変態点+50℃が850〜1000℃の範囲内である場合には、リング材のAcm変態点+50℃である。また、この温度が850℃未満の場合には焼入温度を850℃とした。
焼入処理が完了した後、リング材を425℃で1時間加熱して焼戻し処理を行った。その後、粗リング材に、矯正加工を兼ねた周長調整を施し、CVTリング素材を作製した。図には示さないが、周長調整においては、一対のローラ間にリング材を掛け渡し、ローラ同士の距離を拡げる方向にテンションをかけながらリング材を回転させた。
周長調整の後、425℃の窒化温度でCVTリング素材に窒化処理を行った。本例においては、NH3とH2との混合ガス中において、上記CVTリング素材を上記特定の窒化温度に保持することにより窒化処理を行い、母材としてのCVTリング素材の表面に表面硬化層を形成した。以上により、CVTリング部材(試験体1〜22)を得た。
以上の試験体について、CVTリング素材の製造過程における板材の溶接性、CVTリング素材の引張強さ及び高温耐力を以下の方法により評価した。また、窒化処理後のCVTリング部材の疲労寿命を、以下の方法により評価した。
<溶接性>
粗リング材を準備する工程において、板材の端面同士を溶接した溶接部を目視観察し、溶接不良の有無を評価した。10本の管について目視観察を行い、いずれの管の溶接部にも溶接不良がない場合には表1の「溶接性」の欄に記号「A」を記載し、1本以上の管に溶接不良がある場合には同欄に記号「B」を記載した。なお、ここで言う溶接不良とは、溶接部に発生する割れやブローホール、若しくは溶接部近傍に発生する割れを指す。溶接性の評価においては、いずれの管の溶接部にも溶接不良がない記号Aの場合を合格と判定し、1本以上の管に溶接不良がある記号Bの場合を不合格と判定した。
<引張強さ>
図には示さないが、一対のローラにCVTリング素材を掛け渡した後、ローラに加わる荷重を測定しながらローラ間の距離を徐々に広げて、CVTリング素材に引張荷重を加えた。そして、試験開始からCVTリング素材が破断するまでの最大荷重をCVTリング素材の断面積で除した値をCVTリング素材の引張強さとした。その結果を表1に示した。なお、引張強さの測定は、室温環境下にて行った。引張強さの評価においては、引張強さが1750MPa以上の場合を合格と判定し、1750MPa未満の場合を不合格と判定した。
<高温耐力>
JIS G0567:2012に規定される高温引張試験方法により、各試験体と同一ロット素材(鍛伸材)から採取した試験片による引張試験を425℃の環境下で行った。具体的には、各試験体と同一ロット素材(鍛伸材)から採取して所定の焼入処理・焼戻し処理を施した試験片を425℃に加熱し、この温度を一定時間保持した後に0.3%/minの引張速度で引張試験を行った。
引張試験により得られた応力−歪み曲線に基づき、JIS Z2241:2011に規定されるオフセット法により、塑性伸び0.2%における耐力を算出した。その結果を表1に示した。高温耐力の評価においては、高温耐力が1050MPa以上の場合を合格と判定し、1050MPa未満の場合を不合格と判定した。
<降伏比>
高温耐力の評価と同様の方法により板材から鍛伸材を作製した。この鍛伸材から採取した試験片を使用し、JIS Z 2241:2011に規定される金属材料引張試験方法により引張試験を行った。引張試験における試験温度は室温とし、引張速度は0.3%/minの引張速度とした。
引張試験により得られた応力−歪み曲線に基づき、JIS Z2241:2011に規定される引張強さと、オフセット法による塑性伸び0.2%における耐力とを算出した。得られた0.2%耐力の値を引張強さの値で除することにより、降伏比を算出した。その結果を表1に示した。降伏比の評価においては、降伏比が0.8以上の場合を合格と判定し、0.8未満の場合を不合格と判定した。
<疲労寿命>
複数のローラを有する疲労試験機(図示略)を用いてCVTリング部材の疲労寿命を評価した。疲労試験機は、ローラを回転させることにより、複数のローラに掛け渡された試験体に繰り返し曲げ応力を加えることができるように構成されている。試験体が破断するまでに加えられた曲げ応力の繰り返し数を疲労寿命とし、表1中の「疲労寿命」の欄に、疲労寿命が1×106回以上の場合に記号「A」、1×106回未満の場合に記号「B」を記載した。
疲労寿命の評価においては、疲労寿命が1×106回以上である記号Aの場合を合格と判定し、1×106回未満である記号Bの場合を不合格と判定した。なお、マルエージング鋼からなる従来のCVTリング部材の疲労寿命は、通常1×106〜5×106回程度である。
Figure 2018172753
表1に示すように、本発明の実施例にあたる試験体1〜16は、上記特定の範囲の化学成分を有しているため、製造過程において溶接割れの発生を抑制することができた。また、これらの試験体は、CVTリング素材における引張強さ、高温耐力及び降伏比がともに優れていた。更に、試験体1〜16は、マルエージング鋼からなるCVTリング部材と同等の疲労寿命を有している。以上の結果から、試験体1〜16は、優れた溶接性を備え、マルエージング鋼からなる従来のCVTリング部材と同等以上の強度特性及び疲労寿命を確保しつつ、マルエージング鋼で作製するよりも安価に提供可能であることが理解できる。
比較例にあたる試験体17〜22において、試験体17は、Cの含有量が上記特定の範囲よりも少なかった。そのため、CVTリング素材の引張強さが上記特定の範囲よりも低くなった。
試験体18は、Cの含有量が上記特定の範囲よりも多かった。そのため、CVTリング素材の高温耐力が上記特定の範囲よりも低くなった。また、製造過程において板材の端面同士を溶接する際に、溶接部に溶接不良が発生した。さらに、試験体18の疲労寿命は、マルエージング鋼からなるCVTリング部材よりも劣っていた。
試験体19は、Crの含有量が上記特定の範囲よりも少なかった。そのため、CVTリング素材の引張強さ及び高温耐力が上記特定の範囲よりも低くなった。さらに、試験体19の疲労寿命は、マルエージング鋼からなるCVTリング部材よりも劣っていた。
試験体20は、Crの含有量が上記特定の範囲よりも多かった。そのため、CVTリング素材の引張強さが上記特定の範囲よりも低くなった。
試験体21は、Moの含有量が上記特定の範囲よりも少なかった。そのため、CVTリング素材の引張強さ、降伏比及び高温耐力が上記特定の範囲よりも低くなった。また、試験体21の疲労寿命は、マルエージング鋼からなるCVTリング部材よりも劣っていた。
試験体22は、Vの含有量が上記特定の範囲よりも多かったため、疲労寿命がマルエージング鋼からなるCVTリング部材よりも劣っていた。
(実施例2)
本例は、CVTリング部材の製造過程において、焼戻し処理の条件や窒化処理の条件を変更した例である。本例においては、表1に示す試験体1と同一の化学成分を有する鋳塊を準備し、焼戻し処理の条件や窒化処理の条件を表2に示すように変更した以外は、実施例1と同様の方法によりCVTリング部材(試験体23〜30)を作製した。そして、これらの試験体の疲労寿命を、実施例1と同一の方法により評価した。
Figure 2018172753
表2に示す試験体23のように、CVTリング部材は、焼戻し処理を行わなくてもマルエージング鋼からなる従来のCVTリング部材と同等以上の疲労寿命を確保することができる。
焼戻し処理を行う場合には、試験体24、26、28、29に示すように、焼戻し温度を適正な範囲内とすることにより、マルエージング鋼からなる従来のCVTリング部材と同等以上の疲労寿命を確保することができる。
焼戻し温度が適正な範囲を外れた場合には、試験体27に示すように、かえって疲労寿命の悪化を招いた。
また、窒化処理時の窒化温度が適正な範囲を外れた場合にも、試験体25、30に示すように、疲労寿命の悪化を招いた。
1 CVTリング部材
10 CVTベルト
2 エレメント
3 動力伝達用ベルト

Claims (5)

  1. C:0.30質量%以上0.40質量%以下、Si:0.50質量%以下、Mn:1.00質量%以下、Ni:4.00質量%以下、Cr:1.00質量%以上4.00質量%以下、Mo:1.50質量%超え3.00質量%以下、V:1.00質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる化学成分を有し、
    室温での引張強さが1750MPa以上であり、
    室温での降伏比が0.8以上であり、
    425℃での高温耐力が1050MPa以上であり、
    無端ベルト状を呈する、窒化用CVTリング素材。
  2. 請求項1に記載の窒化用CVTリング素材からなる母材の表面に表面硬化層が形成されている、CVTリング部材。
  3. C:0.30質量%以上0.40質量%以下、Si:0.50質量%以下、Mn:1.00質量%以下、Ni:4.00質量%以下、Cr:1.00質量%以上4.00質量%以下、Mo:1.50質量%超え3.00質量%以下、V:1.00質量%以下を含有し、残部がFe及び不可避的不純物よりなる化学成分を有する鋳塊を準備し、
    上記鋳塊に塑性加工を施して板材を作製し、
    上記板材を曲げ加工するとともに端面同士を溶接して無端ベルト状を呈する粗リング材を作製し、
    上記粗リング材を軟化焼鈍した後に冷間圧延を施して板厚所望のリング材を作製し、
    上記リング材を850〜1000℃に加熱した後急冷して焼入処理を行う、窒化用CVTリング素材の製造方法。
  4. 上記焼入処理が完了した後、上記リング材を150〜250℃または400〜500℃のいずれかの範囲内に加熱して焼戻し処理を行う、請求項3に記載の窒化用CVTリング素材の製造方法。
  5. 請求項3または4に記載の製造方法により窒化用CVTリング素材を作製し、
    上記窒化用CVTリング素材に400〜500℃の温度で窒化処理を行う、CVTリング部材の製造方法。
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