本発明の実施の形態の説明に先立ち、従来の水耕栽培方法における課題を説明する。特許文献3の水耕栽培方法では初期と後期で栽培方法を変えている。そのため、この方法で栽培された野菜では、その中心部の葉(内葉)、中間部の葉(中葉)、外側の葉(外葉)でカリウム含有量及びナトリウム含有量が異なる可能性がある。
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。図1は本発明の実施の形態による水耕栽培方法における各栽培期間を示す図である。本実施の形態における低カリウム野菜は、図1に示す期間で水耕栽培を行うことによって栽培できる。なお、本実施の形態における野菜とは、葉菜類、例えば、レタス、サラダ菜、サンチュ、コマツナ、キャベツを指す。図2は本実施の形態における野菜の一例であるレタスにおける内葉10、中葉20、外葉30の関係を示す図である。以下、図1を参照しながら、本実施の形態による低カリウム野菜の水耕栽培方法を説明する。
最初に、本実施の形態における水耕栽培方法における栽培期間について説明する。本実施の形態における水耕栽培方法では、低カリウム野菜の栽培期間の全体を示す全栽培期間Lにおいて、第1栽培期間Le、第2栽培期間Lm、第3栽培期間Llを設定する。すなわち、野菜(葉野菜)の種類に応じて、全栽培期間Lを、第1栽培期間Leと、第1栽培期間Leに続く第2栽培期間Lmと、第2栽培期間Lmに続く第3栽培期間Llに分ける。
全栽培期間Lは、種まき時Aから収穫時Eまでの期間である。なお、全栽培期間Lの時間的な長さは、栽培する野菜の種類によってほぼ決まっており、野菜の種類に応じて予め設定可能である。なお、全栽培期間Lの長さは、使用する肥料の種類にあまり影響を受けないことが分かっている。したがって、野菜の種類に応じて、予め第1栽培期間Le、第2栽培期間Lm、第3栽培期間Llを設定することができる。
第1栽培期間Leは、種まき時Aから肥料切り替え時Cまでの期間である。第1栽培期間Leは、育苗期間Le1と通常栽培期間Le2とで構成されることが好ましい。すなわち、第1栽培期間Leとして、育苗期間Le1と、育苗期間Le1に続く通常栽培期間Le2とを設定することが好ましい。育苗期間Le1は、種子の発芽から苗の生長が安定するまでの期間であると共に、種まき時Aから通常栽培開始時Bまでの期間である。育苗期間Le1は、通常は、野菜の種類にかかわらず2週間程度であるが、実験等により適宜設定可能である。また、通常栽培期間Le2は、通常栽培開始時Bから肥料切り替え時Cまでの期間である。
なお、育苗期間Le1において十分に生長した苗だけを選別して、本実施の形態の水耕栽培を行うことが好ましい。このようにすれば、さらに低カリウムとなる野菜を栽培することができる。具体的には、通常栽培開始時B(育苗期間Le1の終了時)において野菜の苗(個体)の大きさをそれぞれ計測し、所定以上の大きさに生長している個体だけを選別して通常栽培期間Le2に移行し、所定未満の大きさにしか生長していない個体を処分する。
第2栽培期間Lmは、肥料切り替え時Cから無肥料化時Dまでの期間である。肥料切り替え時Cは、後述する無肥料化時Dから遡った所定の期間Lmを実験によって求め、この期間Lmの開始時期として設定される。
第3栽培期間Llは、無肥料化時Dから収穫時Eまでの期間である。無肥料化時Dは、カリウムはもちろん窒素やリン等の肥料を全く与えない期間を開始する時点である。そのため、第3栽培期間Llが長くなり過ぎると、カリウム欠乏やカルシウム欠乏等の生理障害により野菜が枯れる可能性がある。そこで、本実施の形態では、第3栽培期間Llを実験によって求めて設定している。
なお、第3栽培期間Llの長さは全栽培期間Lの長さの約一割であることが望ましい。具体的には第3栽培期間Llは全栽培期間Lの5%以上、10%以下であることが望ましい。第3栽培期間Llが全栽培期間Lの5%より短いとカリウム低減の効果が小さくなり、10%より長いと生理障害が発生しやすい。
また、第3栽培期間Llは第2栽培期間Lmよりも短く設定し、第2栽培期間Lmは第1栽培期間Leよりも短く設定することが望ましい。このように設定することによって、個体を十分に生育できるとともに、カリウムの含有量を低減することができる。
続いて、本実施の形態における水耕栽培方法で使用する肥料について説明する。本実施の形態の水耕栽培方法では、第1栽培期間Leと第2栽培期間Lmとで、異なる成分を含む水耕栽培用肥料を使用する。具体的には、第1栽培期間Leでは、第1水耕栽培用肥料を用い、第2栽培期間Lmでは第2水耕栽培用肥料を用いる。また、第3栽培期間Llでは肥料を含まない水を用いる。
第1水耕栽培用肥料は、カリウムを含む水耕栽培用肥料である。具体的には、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、及び窒素を主成分とする水耕栽培用肥料である。この第1水耕栽培用肥料を第1栽培期間Leにおいて使用することによって、野菜は正常に発芽して生育する。
第2水耕栽培用肥料は、実質的にカリウムを含まず、マグネシウムを含む水耕栽培用肥料である。具体的には、実質的にカリウム及びナトリウムを配合せず、カルシウム、マグネシウム、リン、及び窒素を主成分とし、これら主成分を水に溶かしたときのpH値が5〜9になる水耕栽培用肥料である。野菜におけるマグネシウムの吸収性はカリウムやナトリウムの吸収性に匹敵する。そして、野菜栽培の後半ではマグネシウムが野菜の生長に大きく寄与する。そのため、カリウムの代わりにマグネシウムを含む第2水耕栽培用肥料を使用することによって、カリウムの含有量が減少した状態でも野菜は正常に生長する。なお、「実質的にカリウム及びナトリウムを配合せず」とは、肥料の調製時に他の成分量と比べて無視できる程度の量のカリウムやナトリウムの配合は許容するということを意味する。例えば、水耕栽培用肥料の希釈に水道水を使用する場合には、水道水に含まれているナトリウムが水耕栽培用肥料に含まれることになるが、このように希釈する際に使用する水道水に含まれる程度の量は無視できる程度の量である。
第3栽培期間Llでは、カリウムやナトリウムを完全に含まない純水で栽培することが好ましいが、水道水を用いてもよい。
第3栽培期間Llにおいて肥料を含まない水を使用することによって、野菜に含まれるカリウムやナトリウムは水中に溶け出して野菜全体の含有量が低下する。また、この水を介して、図2に示す外葉30から内葉10にカリウムやナトリウムが移動(流転)し、内葉10、中葉20、外葉30のカリウムやナトリウムの含有量の差が小さくなる。ここで、内葉10は野菜の個体の中心部に位置する葉である。外葉30は野菜の個体の最外部に位置する葉である。中葉20とは野菜の個体の中間部(中心部と最外部の中間)の葉であり、内葉10と外葉30との中間に位置する。
一般に、葉菜類では、種子から発芽して双葉(子葉)が開いた後に、その中心から本葉が出て、次々と本葉の中心から次の本葉が出るということを繰り返して成長する。特にレタスやキャベツなどの結球する葉菜類では、球の中心に芯が伸び、この芯の下部の最も根に近い位置から外葉30が伸びている。また内葉10は芯の先端から伸びている最も若い葉である。そして中葉20は芯の伸びている方向における中心位置から伸びている。それぞれの葉は芯から外側に向かって伸びており、中葉20は結球した葉菜類の個体を縦に切断した際に内葉10と外葉30との間に芯から伸びている枚数を数えることで特定することができる。コマツナなどの結球しない葉菜類でも、葉菜類の個体を縦に切断した際に、外葉30は最も根に近い位置から伸びている。また内葉10は個体の中心から伸びている。中葉20は内葉10と外葉30との間に伸びている枚数を数えることで特定することができる。
続いて、本実施の形態における具体的な実施例を説明する。すなわち、本実施の形態の水耕栽培方法を用いて、レタスを栽培して、内葉10、中葉20、外葉30のそれぞれのカリウム及びナトリウム含有量、及びレタス全体のカリウム及びナトリウムの含有量を測定した結果を説明する。なお、以下の実施例によって本発明が限定されるものではない。
第1、第2水耕栽培用肥料の原液の組成は、(表1)に示す通りである。なお、水耕栽培用においては、この原液を水で希釈して使用する。
なお、本実施例の比較対象として、同じ種類のレタスを、図1における第3栽培期間Llを設けずに栽培している。以下、「参考例1」と称す。また同じ種類のレタスを、一般的な水耕栽培方法で栽培している。以下、「参考例2」と称す。そして、参考例1、2についても内葉、中葉、外葉のそれぞれのカリウム及びナトリウム含有量、及びレタス全体のカリウム及びナトリウムの含有量を測定している。これらの結果を基に、水耕栽培用肥料の違いがカリウム及びナトリウム含有量に与える影響を調べている。また、以下の実験は同じ条件で3回以上行なった平均値である。なお、本実施例、参考例1、参考例2の栽培において、栽培室の温度は17〜23℃に制御している。
本実施例の育苗期間Le1では、レタスの種を発芽させて苗を育成している。具体的には、まず、次亜塩素酸ナトリウム水溶液を10倍に希釈した消毒液にレタスの種子を30分浸した後に洗浄する。このように洗浄した種子を複数個まとめてスポンジ状のロックシートに埋めて、第1水耕栽培用肥料を含む水耕液にそのロックシートを浸す。そして、暗黒状態で種子を発芽させる。発芽後は、明るい環境に移し、発芽した苗を残りの育苗期間Le1中、そのまま第1水耕栽培用肥料を含む水耕液で生長させる。
本実施例の通常栽培期間Le2では、育苗期間Le1で育った苗の中から生長のよい苗を選択して、それらの苗を一つずつスポンジで包んで第1水耕栽培用肥料を使用する水耕液に移植し、栽培する。
本実施例の第2栽培期間Lmでは、カリウム及びナトリウムが含まれていない第2水耕栽培用肥料を含む水耕液に苗を移植して、栽培する。また本実施例の第3栽培期間Llでは、肥料が含まれていない水に苗を移植して、栽培する。そして、収穫時Eで、レタスを収穫する。
参考例1の水耕栽培では、全栽培期間Lを、初期栽培期間と最終栽培期間の2つの期間に分けている。参考例1の初期栽培期間は、本実施例の水耕栽培方法の第1栽培期間Leと同一であり、参考例1の最終栽培期間は、本実施例の水耕栽培方法の第2栽培期間Lmと第3栽培期間Llを合わせた期間に相当する。また、参考例1では、初期栽培期間に第1水耕栽培用肥料を用い、最終栽培期間に第2水耕栽培用肥料を用いてレタスを栽培する。
参考例2の水耕栽培では、全栽培期間で第1水耕栽培用肥料を用いてレタスを栽培する。
本実施例、参考例1、参考例2それぞれの収穫したレタスに含まれるカリウム及びナトリウムの含有量として、新鮮重100gあたりのカリウム含有量を、原子吸光計を用いて測定している。具体的には、まず、各レタスを収穫直後に全体の新鮮重を測定する。その後、レタスを内葉、内葉と中葉の中間部分(以下、「内中葉」と称す。)、中葉、中葉と外葉の中間部分(以下、「中外葉」と称す。)、外葉の5つの測定位置に分け、測定位置ごとの葉の新鮮重を測定する。なお、通常の方法で栽培したレタスについては、全体で均一であると仮定して、測定位置ごとの葉の新鮮重およびカリウム等の含有量を測定していない。続いて、レタス全体又は葉ごとに分けたレタスを80℃の乾燥機内で72時間以上乾燥させ、その後、さらに80℃で48時間乾燥して乾物を得る。得られた乾物を粉砕した後、その粉砕乾物を550℃で6時間乾式灰化する。得られた灰から1mol/Lの濃度の硝酸水溶液を使用して溶出成分を抽出する。そして、抽出された液に含まれるカリウム、ナトリウムの含有量を原子吸光計により測定する。このようにして得られた含有量を新鮮重当たりの割合に換算することで、新鮮重100gあたりのカリウム、ナトリウムの含有量をそれぞれ測定する。その結果を(表2)および図3A、図3Bに示す。
(表2)は、本実施例、参考例1、参考例2それぞれのレタス全体のカリウム及びナトリウムの含有量を測定した結果を示している。
図3Aは、測定位置を横軸に、新鮮重100gあたりのカリウム含有量を縦軸にして、本実施例と参考例1における測定位置ごとのカリウム含有量を示している。参考例1の水耕栽培方法によって栽培されたレタスでは、内葉と外葉とでカリウム含有量の差が大きく、かつ、内中葉から中葉にかけて急激に増加していることが分かる。一方、本実施例の水耕栽培方法によって栽培されたレタスでは、参考例1に比べて内葉と外葉とでカリウム含有量の差が小さく、かつ、内葉から中外葉までなだらかに増加している。
具体的には、本実施例の水耕栽培方法で栽培されたレタスでは、内葉のカリウム含有量と中葉のカリウム含有量の差が、中葉のカリウム含有量と外葉のカリウム含有量の差よりも小さい。それに対して、参考例1の水耕栽培方法で栽培されたレタスでは、内葉のカリウム含有量と中葉のカリウム含有量との差が、中葉のカリウム含有量と外葉のカリウム含有量との差よりも大きい。また、本実施例のレタスの内葉のカリウム含有量と外葉のカリウム含有量との差は、参考例1のレタスの内葉のカリウム含有量と外葉のカリウム含有量との差よりも小さい。
図3Bは、測定位置を横軸に、新鮮重100gあたりのナトリウム含有量を縦軸にして、本実施例と参考例1における測定位置ごとのナトリウム含有量を示している。内葉と外葉とにおけるナトリウム含有量の差は、両栽培法において顕著な差は見られない。しかしながら、全ての測定位置において、本実施例のレタスのナトリウム含有量の方が、参考例1のレタスのナトリウム含有量に比べて小さい。また、本実施例のレタスの内葉のナトリウム含有量と外葉のナトリウム含有量との差は、参考例1のレタスの内葉のナトリウム含有量と外葉のナトリウム含有量との差よりも若干小さい。
(表2)および図3A、図3Bから明らかなように、本実施の形態の水耕栽培方法によってレタスを栽培すれば、従来の水耕栽培方法に比べて、レタス全体及び部分ごとのカリウム及びナトリウム含有量が少なく、かつ、レタスの葉ごとのカリウム及びナトリウムの含有量の違いが小さい。
なお、本実施例、参考例1、参考例2において、使用した全ての水耕栽培用肥料がナトリウムを含んでおらず、水耕液にも意図的にナトリウムを添加していない。それにも関わらず、収穫したレタスの葉からナトリウムが検出されている。これは、水耕栽培用肥料を希釈した際に水道水を使用したことが原因であると考えられる。すなわち、水道水に添加された殺菌用の次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)が、レタスに吸収されたことが原因であると考えられる。