次に、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントとその製造方法について、詳細に説明する。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、強度が20cN/dtex以上であり、下記式で求められる初期弾性発現率が70〜90%の液晶ポリエステルマルチフィラメントである。
・初期弾性発現率(%)=M1/Mmax×100
(ここで、M1は1%伸長時弾性率を表し、Mmaxは最大弾性率を表す。)。
本発明で用いられる液晶ポリエステルとは、加熱して溶融した際に光学異方性(液晶性)を呈するポリエステルを指す。この光学異方性は、液晶ポリエステルからなる試料をホットステージにのせ、窒素雰囲気下で昇温加熱し、偏光顕微鏡で試料の透過光を観察することにより認定することができる。
本発明で用いられる液晶ポリエステルとしては、例えば、(a)芳香族オキシカルボン酸の重合物、(b)芳香族ジカルボン酸と芳香族ジオールまたは脂肪族ジオールから選択されたジオールとの重合物、および(c)前記の(a)と前記の(b)の共重合物等が挙げられ、中でも芳香族化合物のみで構成された重合物が好ましく用いられる。芳香族化合物のみで構成された重合物は、繊維にした際に優れた強度および弾性率を発現する。また、液晶ポリエステルの重合処方は、通常の方法を用いることができる。
ここで、芳香族オキシカルボン酸としては、例として、ヒドロキシ安息香酸およびヒドロキシナフトエ酸等、またはこれらのアルキル、アルコキシおよびハロゲン置換体等が挙げられる。
また、芳香族ジカルボン酸としては、例として、テレフタル酸、イソフタル酸、ジフェニルジカルボン酸、ナフタレンジカルボン酸、ジフェニルエーテルジカルボン酸、ジフェノキシエタンジカルボン酸およびジフェニルエタンジカルボン酸等、またはこれらのアルキル、アルコキシおよびハロゲン置換体等が挙げられる。
更に、芳香族ジオールとしては、例として、ヒドロキノン、レゾルシン、ジヒドロキシビフェニルおよびナフタレンジオール等、またはこれらのアルキル、アルコキシおよびハロゲン置換体等が挙げられる。また、脂肪族ジオールとしては、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブタンジオールおよびネオペンチルグリコール等が挙げられる。
本発明で用いられる液晶ポリエステルは、上記のモノマー以外に、液晶性を損なわない程度の範囲で更に他のモノマーを共重合させることができる。他のモノマーの例としては、アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸およびドデカンジオン酸等の脂肪族ジカルボン酸、1,4−シクロヘキサンジカルボン酸等の脂環式ジカルボン酸、ポリエチレングリコール等のポリエーテル、ポリシロキサン、芳香族イミノカルボン酸、芳香族ジイミン、および芳香族ヒドロキシイミン等が挙げられる。
本発明で用いられる前記のモノマー等を重合した液晶ポリエステルの好ましい例としては、p−ヒドロキシ安息香酸成分と6−ヒドロキシ−2−ナフトエ酸成分が共重合された液晶ポリエステル、およびp−ヒドロキシ安息香酸成分と4,4´−ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分および/またはテレフタル酸成分が共重合された液晶ポリエステル等が挙げられる。特に好ましくは、p−ヒドロキシ安息香酸成分と4,4´−ジヒドロキシビフェニル成分とイソフタル酸成分とテレフタル酸成分とヒドロキノン成分が共重合された液晶ポリエステルが挙げられる。
本発明では、特に、下記の化学式
で示される構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)からなる液晶ポリエステルが好ましく用いられる。本発明において、構造単位とは、ポリマーの主鎖における繰り返し構造を構成し得る単位を指す。
このように、前記の構造単位(I)、(II)、(III)、(IV)および(V)の組み合わせにより、分子鎖は適切な結晶性と非直線性、すなわち溶融紡糸可能な融点を有するようになる。したがって、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり、長手方向に比較的均一な繊維が得られ、かつ適度な結晶性を有するため繊維の強度と弾性率を高めることができる。
さらに本発明においては、前記の構造単位(II)と(III)のような嵩高くなく、直線性の高いジオールからなる成分を組み合わせることが重要である。この成分を組み合わせることにより、繊維中で分子鎖は秩序だった乱れの少ない構造を取ると共に、結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持することができる。これにより高い強度と弾性率に加えて、比較的良好な耐摩耗性が得られるのである。
上記した構造単位(I)は、構造単位(I)、(II)および(III)の合計に対して40〜85mol%であることが好ましく、より好ましくは65〜80mol%であり、さらに好ましくは68〜75mol%である。このような範囲とすることにより、結晶性を適切な範囲とすることができ、高い強度と弾性率が得られ、かつ融点も溶融紡糸可能な範囲となる。
また、構造単位(II)は、構造単位(II)および(III)の合計に対して60〜90mol%であることが好ましく、より好ましくは60〜80mol%であり、さらに好ましくは65〜75mol%である。このような範囲とすることにより、結晶性が過度に高まらず繊維軸垂直方向の相互作用も維持できるため、耐摩耗性を高めることができる。
さらに、構造単位(IV)は、構造単位(IV)および(V)の合計に対して40〜95mol%であることが好ましく、より好ましくは50〜90mol%であり、さらに好ましくは60〜85mol%である。このような範囲とすることにより、ポリマーの融点が適切な範囲となり、ポリマーの融点と熱分解温度の間で設定される紡糸温度において良好な製糸性を有するようになり、長手方向に比較的均一な繊維が得られる。
本発明で用いられる液晶ポリエステルのポリスチレン換算の重量平均分子量(以下、分子量と記載することがある。)は、3万以上であることが好ましく、より好ましくは5万以上である。分子量を3万以上とすることにより紡糸温度において適切な粘度を持ち製糸性を高めることができ、分子量が高いほど得られる繊維の強度、伸度および弾性率を高めることができる。また、分子量が高すぎると粘度が高くなって流動性が悪くなり、ついには流動しなくなるため、分子量は25万未満が好ましく、より好ましくは15万未満である。本発明で言う分子量とは、実施例記載の方法により求められた値とする。
本発明で用いられる液晶ポリエステルの融点は、溶融紡糸のし易さと耐熱性の面から200〜380℃の範囲であることが好ましく、より好ましくは250〜350℃であり、更に好ましくは290〜340℃である。融点は、示差走査熱量計(パーキンエルマー社製DSC)で行う示差熱量測定において、50℃の温度から20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm1)の観測後、Tm1+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温速度で50℃まで冷却し、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm2)を融点とした。
また、本発明で用いられる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲で他のポリマーを添加し併用することができる。添加および併用とは、ポリマー同士を混合する場合や、2成分以上の複合紡糸において一方の成分、ないし複数の成分に他のポリマーを部分的に混合使用すること、あるいは全面的に使用することをいう。
本発明で用いられる他のポリマーとしては、例として、ポリエステル、ポリオレフィンやポリスチレン等のビニル系重合体、ポリカーボネート、ポリアミド、ポリイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンオキシド、ポリスルホン、芳香族ポリケトン、脂肪族ポリケトン、半芳香族ポリエステルアミド、ポリエーテルエーテルケトン、フッ素樹脂等のポリマーを添加しても良く、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン、ナイロン6、ナイロン66、ナイロン46、ナイロン6T、ナイロン9T、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリシクロヘキサンジメタノールテレフタレート、およびポリエステル99M等が好適な例として挙げられる。
これらのポリマーを添加し併用する場合、そのポリマーの融点は、製糸性を損なわないという観点から、液晶ポリエステルの融点±30℃以内にすることが好ましく、また、得られる繊維の強度と弾性率を向上させるためには、添加し併用する量は50質量%以下であることが好ましく、より好ましくは5質量%以下である。
本発明で用いられる液晶ポリエステルには、本発明の効果を損なわない範囲内で、各種金属酸化物、カオリン、シリカ等の無機物、着色剤、艶消剤、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤、蛍光増白剤、末端基封止剤、および相溶化剤等の添加剤を少量含有させることができる。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの初期弾性発現率は、70%以上であることが必須であり、初期弾性発現率は好ましくは75%以上であり、より好ましくは80%以上である。初期弾性発現率の上限については、後述の製造方法により達し得る上限としては弾性率90%程度である。本発明でいう初期弾性発現率とは、実施例記載の手法により求める値であり、最大弾性率(Mmax)に対する1%伸長時弾性率(M1)の比率を初期弾性発現率と定義し、次式により算出した値である。
・初期弾性発現率(%)=M1/Mmax×100。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントが初期弾性発現率を70%以上有することにより、伸長初期から液晶ポリエステルの本来の弾性率が有効に発揮され、荷重がかかった瞬間の変形が大きく抑制される。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの総繊度は、生産性向上のため5〜10000dtexであることが好ましく、より好ましくは10〜10000dtexであり、さらに好ましは100〜10000dtexである。ここでいう総繊度とは、実施例記載の手法により求める値である。総繊度が上記の範囲であれば、固相重合時に糸条の内部と外部に物性差のない糸を得ることができる。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントを構成する単繊維の単繊維繊度は、18.0dtex以下であることが好ましい。ここでいう単繊維繊度とは、実施例記載の手法により求める値である。単繊維繊度を18.0dtex以下と細くすることにより、繊維のしなやかさが向上し繊維の加工性が向上すること、表面積が増加するため接着剤や樹脂との密着性が高まるという特性を有することに加え、織加工する場合は厚みを薄くできること、織密度を高くできること、およびオープニング(開口部の面積)を広くできるという利点も有する。
単繊維繊度は、より好ましくは12.0dtex以下であり、さらに好ましくは7.0dtex以下である。単繊維繊度の下限については、前述の製造方法により達し得る下限としては1.0dtex程度である。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントとしての糸条に含まれる単繊維数、すなわちフィラメント数は10〜1000本であることが好ましく、より好ましくは50〜500本であり、さらに好ましくは100〜500本である。このようなフィラメント数にすることにより、液晶ポリエステルマルチフィラメントとしてのしなやかさと高い強力(強度と総繊度の積)を併せ持つ、工程通過性に優れた糸を得ることができる。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの強度は、20.0cN/dtex以上である。強度は22.0cN/dtex以上であることがより好ましく、さらに好ましくは25.0cN/dtex以上である。強度の上限については、後述の製造方法により達し得る上限としては30.0cN/dtex程度である。ここで言う強度とは、実施例記載の手法により求める値である。本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの強度が20.0cN/dtex以上であることにより、高強度と軽量化が求められる産業資材用途に好適に用いられる。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの伸度は、1.0%以上であることが好ましく、より好ましくは2.0%以上である。伸度を1.0%以上とすることにより繊維の衝撃吸収性が高まり、高次加工工程における工程通過性と取り扱い性に優れる他、衝撃吸収性が高まるため耐摩耗性も高まる。伸度の上限については、後述の製造方法により達し得る上限としては10.0%程度である。ここでいう伸度とは、実施例記載の手法により求める値である。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの最大弾性率は、900cN/dtex以上であることが好ましい。最大弾性率は1000cN/dtex以上であることがより好ましく、さらに好ましくは1100cN/dtex以上である。最大弾性率の上限については、後述の製造方法により達し得る上限としては弾性率1500cN/dtex程度である。本発明でいう最大弾性率とは、実施例記載の手法により求める値である。本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの最大弾性率を900cN/dtex以上とすることにより、荷重がかかった際の最終的な寸法変化が小さく、産業用資材に好適に用いられる。
次に、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントの製造方法について、詳細に説明する。
溶融紡糸において、液晶ポリエステルの溶融押出は通常の手法を用いることができるが、重合時に生成する秩序構造をなくすために、エクストルーダー型の押出機を用いることが好ましい。押し出されたポリマー(液晶ポリエステル)は、配管を経由しギアーポンプ等通常の計量装置により計量され、異物除去のフィルターを通過した後、紡糸口金へと導かれる。このとき、ポリマー配管から紡糸口金までの温度(紡糸温度)は、液晶ポリエステルの融点以上で熱分解温度以下とすることが好ましく、液晶ポリエステルの融点+10℃以上で400℃以下とすることがより好ましく、液晶ポリエステルの融点+20℃以上で370℃以下とすることが更に好ましい態様である。また、ポリマー配管から口金までの温度を、それぞれ独立して調整することも可能である。この場合、紡糸口金に近い部位の温度をその上流側の温度より高くすることにより吐出が安定する。
また、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントを得るには、吐出時の安定性と細化挙動の安定性を高めた方が好ましい。工業的な溶融紡糸では、エネルギーコストの低減と生産性向上のため、1つの口金に多数の口金孔を穿孔するので、それぞれの口金孔の吐出、細化を安定させた方が好ましい。
これらを達成するためには、口金孔の孔径を小さくするとともに、ランド長(口金孔の孔径と同一の直管部の長さ)を長くすることが好ましい態様である。ただし、孔径が過度に小さくなると孔の詰まりが発生しやすくなるため、直径は0.03mm以上1.00mm以下であることが好ましく、より好ましくは0.05mm以上0.8mm以下であり、さらに好ましくは0.08mm以上0.60mm以下である。
ランド長は過度に長くなると圧力損失が高くなるため、ランド長Lを孔径Dで除した商で定義されるL/Dが、0.5以上3.0以下であることが好ましく、より好ましくは0.8以上2.5以下であり、さらに好ましくは1.0以上2.0以下である。
また、マルチフィラメントの生産性を向上させるために、1つの紡糸口金の孔数は2孔以上であることが好ましく、単繊維繊度バラツキ抑制の観点からは1000孔以下であることが好ましい。紡糸口金の孔数は、より好ましくは10孔以上700孔以下であり、さらに好ましくは50孔以上500孔以下である。
口金孔の直上に位置する導入孔は、圧力損失を高めないという観点から、直径が口金孔径の5倍以上のストレート孔とすることが好ましい。導入孔と口金孔の接続部分は、異常滞留を抑制する上で、テーパーとすることが好ましいが、テーパー部分の長さはランド長の2倍以下とすることが圧力損失を高めず、流線を安定させる上で好ましい態様である。
口金孔から吐出されたポリマーは、保温領域と冷却領域を通過させ固化させた後、一定速度で回転するローラー(ゴデットローラー)により引き取られる。保温領域は、過度に長くなると製糸性が悪くなるため、口金面から400mmまでとすることが好ましく、300mmまでとすることがより好ましく、保温領域を200mmまでとすることが更に好ましい態様である。保温領域は、加熱手段を用いて雰囲気温度を高めることも可能であり、その温度範囲は100℃以上500℃以下が好ましく、より好ましくは200℃以上400℃以下である。
冷却は、不活性ガス、空気および水蒸気等を用いることができるが、環境負荷を低くするという観点から、平行あるいは環状の空気流を用いることが好ましい。
引き取り速度は、生産性向上のため50〜3000m/分以上であることが好ましく、より好ましくは300〜3000m/分以上であり、さらに好ましくは500m〜3000/分以上である。本発明で用いられる液晶ポリエステルは、紡糸温度において好適な曳糸性を有することから、引き取り速度を高速にすることができる。引き取り速度の上限は特に制限されないが、本発明で用いられる液晶ポリエステルにおいては、曳糸性の点から3000m/分程度となる。
引き取り速度を吐出線速度で除した商で定義される紡糸ドラフトは、1以上500以下とすることが好ましく、5以上200以下とすることがより好ましく、12以上100以下とすることが更に好ましい態様である。本発明で用いられる液晶ポリエステルは、好適な曳糸性を有することからドラフトを高くすることができ、生産性向上に有利である。
本発明では製糸性および生産性向上の観点から、上記の紡糸ドラフトを得るために、ポリマー吐出量を10〜2000g/分と設定することが好ましく、30〜1000g/分と設定することがより好ましく、50〜500g/分と設定することが更に好ましい態様である。ポリマー吐出量を10〜2000g/分と設定することにより、液晶ポリエステルマルチフィラメントが製糸性良く得られる。
溶融紡糸においては、繊維の取り扱い性を向上させる上で、ポリマーの冷却固化から巻き取りまでの間に油剤を付与することが好ましい。油剤には通常の油剤を使用することができるが、固相重合前の巻き返し工程において、溶融紡糸で得られた繊維(以下、紡糸原糸と記載することがある。)を解舒する際の解舒性を向上させる点で、一般的な紡糸油剤や後述のリン酸エステル化合物の希釈液を用いることができる。
巻き取りは、通常の巻取機を用いてパーン、チーズおよびコーンなどの形態のパッケージとすることができるが、繊維に摩擦力を与えずフィブリル化させないという観点で、巻き取り時にパッケージ表面にローラーが接触しないパーン巻きとすることが好ましい。
溶融紡糸された液晶ポリエステルマルチフィラメントは、使用目的に合わせてフィラメント数を調整するために、合糸あるいは分繊することもできる。合糸あるいは分繊は、通常の技術によって行うことができる。
本発明において、パッケージ形状で固相重合を行う場合、マルチフィラメントであるがゆえに顕著となる単繊維間融着を防止する技術が必要となる。マルチフィラメントにおいては単繊維間の融着を防ぐことにより、固相重合後にも単繊維同士がタルミなく引き揃えられるため、伸長初期からモノフィラメントと同等並みの高い弾性を発揮することができる。
融着防止剤としては、固相重合により、不可逆的にゲル化、固化するなど、固相重合後のマルチフィラメントの単繊維間融着を起こさないものを用い、固相重合前に繊維に付着させることが好ましく、さらには常温で固化していないという条件も満たす融着防止剤を使用することがより好ましい。なかでも、TG−DTAで測定される質量減少開始温度が液晶ポリエステルの融点に対して高いリン酸エステル化合物を、固相重合前に繊維に付着させることが好ましい態様である。
また、液晶ポリエステルの融点に対するリン酸エステル化合物の質量減少開始温度は、融点以上であることが好ましく、融点+10℃以上であることがより好ましく、+30℃以上であることがさらに好ましく、融点+40℃以上であることが最も好ましい態様である。また、リン酸エステル化合物の融点は、常温以下であることが好ましい。
これにより、付着したリン酸エステル化合物が固相重合後にも液状を保つことができるため、単繊維間同士のポリマー融着や油剤-糸間の固着を防止することができ、単繊維のタルミのない引き揃ったマルチフィラメントを得ることができる。ここでいう質量減少開始温度とは、実施例記載の手法により求める値である。
本発明で好ましく用いられるリン酸エステル化合物としては、下記の一般式(イ)
で示される化合物が挙げられる。
上記の一般式(イ)中、R1は炭化水素を表し、液晶ポリエステルの融点が高い場合には、固相重合時にリン酸エステル化合物の熱分解に伴い発生するアルコールの沸点および耐熱性を高め、アルコールの蒸発と熱分解を抑制し固相重合後も液状を保つ観点から、ベンゼン骨格を有することが好ましい。
ベンゼン骨格を有するR1としては、耐熱性の観点から、下記の一般式
で示されるアリール基から選択されることが好ましく、さらに液晶ポリエステルとの反応を抑制する観点からは、特に下記の一般式
で示されるアリール基から選択されることが好ましい。ここで、lは平均値で1〜3である。
上記の一般式(イ)中、R2は炭化水素を表し、その炭素数は繊維表面への親和性の観点から2以上であることが好ましく、かつ、加熱に伴う有機成分の分解による質量減量率を押さえ、分解により発生する炭化物が繊維表面へ残存することを防ぐ観点から、20以下であることが好ましい。
上記の一般式(イ)中、Mは、水素原子、アルカリ金属、アルカリ土類金属またはアンモニウムを表し、液晶ポリエステルの融点が高い場合には、耐熱性の観点からアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属原子が好ましく、特に製造コストの観点からナトリウムとカリウムが好ましく用いられる。
また、上記の一般式(イ)中、mは平均値で0以上30以下であり、nは平均値で1以上2以下である。mとnの値は、リン酸エステル化合物の合成時の条件に依存し分布を有するが、液晶ポリエステルの融点が高い場合には耐熱性の観点から、mは小さくnは大きいことが好ましい。一方で、水溶性を向上し水への均一分散による繊維への均一付与を目的に、mは大きいことが好ましい。mの好ましい範囲は、2以上20以下である。
本発明では、これらの中でも、下記の一般式(ロ)
で示されるリン酸エステル化合物が、特に好ましく用いられる。R4は、炭素数2〜10の炭化水素を表す。
上記式中、R3は下記の一般式
で表されるアリール基から選択されることが好ましい。ここで、lは平均値で1〜3である。
また、一般式(ロ)中のMは、水素原子、アルカリ金属、アルカリ土類金属またはアンモニウムを表し、液晶ポリエステルの融点が高い場合には、耐熱性の観点からアルカリ金属もしくはアルカリ土類金属原子が好ましく、特に製造コストの観点からナトリウムとカリウムが好ましく用いられる。また、m1は平均値で2以上10以下であり、n1は平均値で1以上2以下である。
本発明において用いられるリン酸エステル化合物については、さらには、下記一般式(ハ)または(ニ)
で示されるリン酸エステル化合物が好ましく用いられる。
上記式中、R5は耐熱性の観点から、
で示されるアリール基であり、ここでlは平均値で1〜3である。
また、R6は、炭素数が2〜4の直鎖状飽和炭化水素を表わし、m2は平均値で5以上10以下であり、n2は平均値で1以上2以下である。
液晶ポリエステルマルチフィラメントの固相重合用油剤として従来使用されてきたリン酸エステル化合物は、液晶ポリエステルの融点に対する質量減少開始温度が低いものであった。その技術的な背景としては、固相重合工程でリン酸エステル化合物の脱水反応を進め、縮合塩の形で繊維間に粉体として存在させることにより、繊維間の融着を抑制していた。しかしながら、このようなリン酸エステル化合物は固体となるがゆえに、糸状と油剤間での固着が発生し、糸条内での単繊維のタルミが固定させるため、初期の弾性発現を低下させる要因となっていた。
一方で、上述のとおり、一般式(イ)で示される化合物におけるR1、R2、M、m、またはnを、一般式(ロ)、(ハ)および(ニ)で示される化合物のように変更することにより、リン酸エステル化合物の分解開始温度が高まり、高温で行われる液晶ポリエステル繊維の固相重合工程において若干の分解反応は進むものの、固相重合工程後も液状を保つため、単繊維同士が容易に引き揃われ、伸長初期から各単繊維の弾性を発現することができる。
本発明におけるリン酸エステル化合物の液晶ポリエステルマルチフィラメントへの塗布方法としては、溶融紡糸から巻き取りまでの間に行うこともできるが、付着効率を高めるためには、溶融紡糸して巻き取った糸条を巻き返しながら糸条に塗布する、あるいは溶融紡糸で少量を付着させ、巻き取った糸条を巻き返しながら追加塗布することができる。
リン酸エステル化合物の均一塗布のため、希釈液を用いることが好ましく、均一分散および安全性の観点から希釈液としては水を用いることが好ましく用いられる。また、希釈液中のリン酸エステル化合物の濃度は、リン酸エステル化合物の種類により適宜選択可能であるが、繊維への塗布効率の観点から0.1質量%以上であり、より好ましくは1.0質量%以上である。リン酸エステル化合物の濃度の上限としては、混合油剤の粘度上昇による付着過多や、粘度の温度依存性増大による付着斑を避ける目的で、50質量%以下であることが好ましく、より好ましくは30質量%以下である。
付着方法はガイド給油法でも良いが、繊維に均一に付着させるためには金属製あるいはセラミック製のキスロール(オイリングロール)による付着が好ましい。繊維が、カセ状やトウ状の場合は混合油剤へ浸漬することで塗布できる。繊維へのリン酸系化合物の付着率は、付着率が多いほど融着は抑制できるため、0.3質量%以上であることが好ましい。一方で、付着率が多すぎると繊維がべたつきハンドリングが悪化し、また製造工程や後加工工程での汚れが発生するため、30質量%以下であることが好ましい。付着率は、より好ましくは0.5質量%以上20質量%以下である。繊維へのリン酸系化合物の付着率は、塗布後の繊維について、実施例に記載した手法により求められる油分付着率の値を指す。
本発明においては、融着防止剤を塗布した後に固相重合を行う。固相重合を行うことにより分子量が高まり、これにより強度、弾性率および伸度が高まる。固相重合は、カセ状、トウ状(例えば、金属網等に載せて行う。)、あるいはローラー間で連続的に糸条として処理することも可能であるが、設備を簡素化することができ、生産性も向上させることができるという観点から、繊維を芯材に巻き取ったパッケージ状で行うことが好ましい。パッケージの巻密度は、パッケージが巻き崩れない0.03g/cm3以上であれば何等差し支えない。生産効率とハンドリング性の点から、巻密度は0.1g/cm3以上であることが好ましく、より好ましくは0.3g/cm3以上であり、さらに好ましくは0.5g/cm3以上である。ここで巻密度とは、パッケージ外寸法と心材となるボビンの寸法から求められるパッケージの占有体積(Vf)と繊維の質量(Wf)から、Wf/Vfにより計算される値である。
繊維パッケージを形成するために用いられるボビンは、円筒形状のものであればいかなるものでも良く、繊維パッケージとして巻き取る際に巻取機に取り付けこれを回転させることで繊維を巻き取り、パッケージを形成する。固相重合に際しては、繊維パッケージをボビンと一体で処理することもできるが、繊維パッケージからボビンのみを抜き取って処理することもできる。ボビンに巻いたまま処理する場合、そのボビンは固相重合温度に耐える必要があり、アルミニウム、真鍮、鉄およびステンレスなどの金属製であることが好ましい。
またこの場合、ボビンには多数の穴の空いていることが、重合反応副生物を速やかに除去でき固相重合を効率的に行えるため好ましい態様である。また、繊維パッケージからボビンを抜き取って処理する場合には、ボビン外層に外皮を装着しておくことが好ましい。また、いずれの場合にもボビンの外層にはクッション材を巻き付け、その上に液晶ポリエステル溶融紡糸繊維を巻き取っていくことが、パッケージ最内層の繊維とボビン外層との融着を防ぐ点で好ましい。
クッション材の材質は、有機繊維または金属繊維からなるフェルトが好ましく、厚みは0.1mm以上20mm以下であることが好ましい。前述の外皮を、このクッション材で代用することもできる。
繊維パッケージの繊維質量は、生産性を考慮すると0.1kg以上20kg以下であることが好ましい範囲である。また、糸長は、1万m以上200万m以下であることが好ましい範囲である。
固相重合は、窒素等の不活性ガス雰囲気中や、空気のような酸素含有の活性ガス雰囲気中または減圧下で行うことが可能であるが、設備の簡素化および繊維あるいは芯材の酸化防止のため、窒素雰囲気下で行うことが好ましい。この際、固相重合の雰囲気は露点が−40℃以下の低湿気体であることが好ましい。
固相重合温度は、最高到達温度が液晶ポリエステルの融点−40℃以上であることが好ましい。このような融点近傍の高温とすることにより、固相重合が速やかに進行し、繊維の強度を向上させることができる。ここで言う融点は、実施例記載の測定方法により求められた値を指す。最高到達温度は、融着防止のために融点未満とすることが好ましい。
また、固相重合温度を時間に対し段階的にあるいは連続的に高めることは、融着を防ぐと共に固相重合の時間効率を高めることができる。この場合、固相重合の進行と共に液晶ポリエステルマルチフィラメントの融点は上昇するため、固相重合温度は、固相重合前の液晶ポリエステルマルチフィラメントのTm1+100℃程度まで高めることができる。この場合においても、固相重合での最高到達温度は、固相重合速度を高めかつ融着を防止できるという観点から、固相重合後の繊維の融点−40℃以上融点未満とすることが好ましい。
固相重合時間は、繊維の分子量すなわち強度、弾性率および伸度を十分に高くするためには、最高到達温度で5時間以上とすることが好ましく、より好ましくは10時間以上である。一方、強度、弾性率および伸度増加の効果は経過時間と共に飽和するため、生産性を高めるためには50時間以下とすることが好ましい。
本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは高強度であり、かつ初期の弾性発現率が高いため、荷重がかかった瞬間の寸法変化が小さい。このため、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントは、一般産業用資材、土木や建築資材、スポーツ用途、防護衣、補強資材、および電気材料等の分野で広く用いられる。有効な用途としては、スクリーン紗、フィルター、ロープ、ネット、魚網、コンピューターリボン、プリント基板用基布、抄紙用のカンバス、エアーバッグ、飛行船、ドーム用等の基布、ライダースーツ、釣糸、各種ライン(ヨット、パラグライダー、気球、凧糸)、ブラインドコード、網戸用支持コード、自動車や航空機内各種コード、および電気製品やロボットの力伝達コード等の幅広い用途に好適に用いることができる。
特に、荷重がかかった際の変形を抑制することができ、伸びによる荷ずれが解消され安全性と作業性が向上するため、ロープやスリング等の用途に好適である。
次に、実施例により、本発明の液晶ポリエステルマルチフィラメントとその製造方法について、更に詳細に説明するが、本発明はこれらにより何等限定されるものではない。明細書本文および実施例で用いた特性の定義および各物性の測定方法と算出法を、次に示す。
(1)液晶ポリエステルの融点
示差走査熱量計(TA 1nstruments社製DSC2920)で行う示差熱量測定において、50℃の温度から20℃/分の昇温条件測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm1)の観測後、Tm1+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温速度で50℃の温度まで冷却し、再度20℃/分の昇温条件で測定した際に観測される吸熱ピーク温度(Tm2)を融点とした。同様の操作を2回行い、2回の平均値を液晶ポリエステルの融点Tm2(℃)とした。
(2)ポリスチレン換算の質量平均分子量(分子量)
溶媒としてペンタフルオロフェノール/クロロホルム=35/65(質量比)の混合溶媒を用い、液晶ポリエステルの濃度が0.04〜0.08質量/体積%となるように溶解させGPC測定用試料とし、これを、Waters社製GPC測定装置を用いて測定し、ポリスチレン換算により質量平均分子量(Mw)を求めた。同様の操作を2回行い、2回の平均値を質量平均分子量(Mw)とした。
・カラム:ShodexK−806M 2本、K−802 1本
・検出器:示差屈折率検出器RI(2414型)
・温度:23±2℃
・流速:0.8mL/分
・注入量:200μL。
(3)油分付着率
100±10mgのマルチフィラメントを採取し、60℃の温度で10分間乾燥させた後の質量を測定し(W0)、繊維質量に対し100倍以上の水にドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムを繊維質量に対し2.0質量%添加した溶液に繊維を浸漬させ、25℃で20分間超音波洗浄し、洗浄後の繊維を水洗し、60℃の温度で10分間乾燥させた後の質量(W1)を測定し、次式により油分付着率を算出した。
・油分付着率(質量%)=(W0−W1)×100/W1。
(4)質量減少開始温度
セイコーインスツルメント製熱重量示差熱分析装置(TG−DTA)6200型を用い、70℃の温度で12時間乾燥させた試料約10mgを精秤し、窒素流量500ml/分の条件で、35℃の温度から10℃/分の昇温条件で測定した際に得られるTG曲線において、初期質量を100%としたときに質量が80%まで減少したときの温度を質量減少開始温度とした。
(5)総繊度
総繊度は、JIS L 1013(2010)8.3.1A法により、所定荷重0.045cN/dtexで正量繊度を測定して、総繊度(dtex)とした。
(6)単繊維数
単繊維数は、JIS L 1013(2010)8.4の方法で算出した。
(7)単繊維繊度
単繊維繊度は、総繊度をフィラメント数で除した値を、単繊維繊度(dtex)とした。
(8)強伸度、最大弾性率、1%伸長時弾性率および初期弾性発現率
JIS L 1013(2010)8.5.1標準時試験に示される定速伸長条件で測定した。試料をオリエンテック社製“テンシロン”(TENSILON) UCT−100を用い、掴み間隔は25cmで引張り速度は30cm/分で行った。強度と伸度は、破断時の応力および伸びとした。最大弾性率は、荷重−伸び曲線において伸長変化に対する荷重変化が最大となる点とした。1%伸長時弾性率は、最小二乗法により伸度0.80%から1.20%の範囲の測定点の近似直線を描いたときの直線の傾きとした。最大弾性率(Mmax)に対する1%伸長時弾性率(M1)の比率を、初期弾性発現率と定義し、次式により算出した。
・初期弾性発現率(%)=M1/Mmax×100。
<参考例1>
攪拌翼と留出管を備えた5Lの反応容器に、p−ヒドロキシ安息香酸870g(6.30モル)、4,4’−ジヒドロキシビフェニル327g(1.890モル)、ハイドロキノン89g(0.810モル)、テレフタル酸292g(1.755モル)、イソフタル酸157g(0.945モル)および無水酢酸1460g(フェノール性水酸基合計の1.10当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら25℃から145℃の温度まで30分で昇温した後、145℃の温度で2時間反応させた。その後、335℃の温度まで4時間で昇温した。
重合温度を335℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に40分間反応を続け、トルクが28kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に、反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。得られた液晶ポリエステルの融点は、315℃であった。
<参考例2>
攪拌翼と留出管を備えた5Lの反応容器に、p−ヒドロキシ安息香酸895g(6.48モル)、4,4’−ジヒドロキシビフェニル168g(0.971モル)、ハイドロキノン40g(0.364モル)、テレフタル酸135g(0.811モル)、イソフタル酸75g(0.451モル)および無水酢酸1011g(フェノール性水酸基合計の1.10当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら25℃から145℃の温度まで30分で昇温した後、145℃の温度で2時間反応させた。その後、365℃の温度まで4時間で昇温した。
重合温度を365℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に40分間反応を続け、トルクが15kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に、反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。得られた液晶ポリエステルの融点は、335℃であった。
<参考例3>
攪拌翼と留出管を備えた5Lの反応容器に、p−ヒドロキシ安息香酸808g(5.85モル)、4,4’−ジヒドロキシビフェニル411g(2.375モル)、ハイドロキノン104g(0.946モル)、テレフタル酸314g(1.886モル)、イソフタル酸209g(1.257モル)および無水酢酸1364g(フェノール性水酸基合計の1.10当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で攪拌しながら25℃から145℃の温度まで30分で昇温した後、145℃の温度で2時間反応させた。その後、300℃の温度まで4時間で昇温した。
重合温度を300℃に保持し、1.5時間で133Paに減圧し、更に40分間反応を続け、トルクが15kgcmに到達したところで重縮合を完了させた。次に、反応容器内を0.1MPaに加圧し、直径10mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状物に吐出し、カッターによりペレタイズした。得られた液晶ポリエステルの融点は、290℃であった。
(実施例1)
参考例1の液晶ポリエステルを用い、160℃の温度で12時間の真空乾燥を行った後、大阪精機工作株式会社製のφ15mm単軸エクストルーダーを用いて溶融押し出しし、ギアーポンプで計量しつつ紡糸パックにポリマー(液晶ポリエステル)を供給した。このときのエクストルーダー出から紡糸パックまでの紡糸温度は、345℃とした。紡糸パックでは、金属不織布フィルターを用いてポリマーを濾過し、孔径が0.13μmで、ランド長が0.26mmの孔を300個有する口金から、吐出量100g/分でポリマーを吐出した。吐出されたポリマーは、40mmの保温領域を通過させた後、環状冷却風により糸条の外側から冷却し固化させ、その後、分解開始温度が375℃であり、常温で液体のリン酸エステル化合物Aを2質量%含有する水溶液を付与し、全フィラメントを600m/分の第1ゴデットロールに引き取った。これを同じ速度である第2ゴデットロールを介した後、ダンサーアームを介しパーンワインダー(神津製作所社製EFT型テークアップワインダー、巻取パッケージに接触するコンタクトロール無し)を用いて、パーンの形状に巻き取った。ここで、リン酸エステル化合物Aは、前記の一般式(ハ)で示されるリン酸エステル化合物であり、m2の平均値が8で、n2の平均値が1.0であるリン酸エステル化合物である。得られた液晶ポリエステルの紡糸繊維の融点(Tm1)は、318℃であった。また、繊維の総繊度は1670dtex、単繊維繊度は5.6dtex、強度は6.4cN/dtex、伸度は1.5%、弾性率は540cN/dtex、油分付着率は0.5質量%であった。
この紡糸繊維のパッケージから、神津製作所社製SSP−MV型リワインダー(接触長(最内層の巻きストローク)200mm、ワインド数8.7、テーパー角45°)を用いて巻き返しを行った。紡糸繊維の解舒は、縦方向(繊維周回方向に対し垂直方向)に行い、調速ローラーは用いずに、オイリングローラー(梨地仕上げのステンレスロール)を用いて、リン酸系化合物Aを18.0質量%含有する水溶液を油剤として給油を行った。
巻き返しの芯材には、ステンレス製の穴あきボビンにケブラーフェルト(目付280g/m2、厚み1.5mm)を巻いた芯材を用い、面圧は100gfとした。巻き返し後の繊維への油分付着率は、3.0質量%であった。
次に、巻き返したパッケージからステンレスの穴あきボビンを外し、ケブラーフェルトに繊維を巻き取ったパッケージの状態で固相重合を行なった。固相重合は、密閉型オーブンを用い、25℃から240℃の温度までは約30分で昇温し、240℃の温度で3時間保持した後、4℃/時間で290℃の温度まで昇温し、10時間保持する条件で固相重合を行った。雰囲気は除湿窒素を流量20NL/分で供給し、庫内が加圧にならないように排気口から排気させた。
得られた固相重合後の繊維の総繊度は1670dtex、単繊維繊度は5.6dtex、強度は24.0cN/dtex、伸度は2.5%であり、固相重合前の繊維と比べて強度と伸度が向上しており、固相重合が進んでいることが確認できた。
得られた固相重合後の繊維の最大弾性率、1%伸長時弾性率、および初期弾性発現率は表1に記載のとおりであり、単繊維間のポリマー融着と、糸―油剤間の固着は認められなかった。
(実施例2〜5)
巻き返し時のオイリングローラーの回転数を変え、巻き返し後の繊維への油分付着率を0.3、10.0、20.0および30.0%に変えたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表1に示す。
(実施例6〜10)
紡糸工程において、フィラメント数を10、50、100、300および1000に変更したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表1に示す。
(実施例11〜15)
紡糸工程において、単繊維繊度を1.0、3.5、7.0、12.0および18.0dtexに変更したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表2に示す。
(実施例16)
紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を分解開始温度が365℃であるリン酸エステル化合物Bを18質量%含有した水溶液に変更したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。ここで、リン酸エステル化合物Bは常温で液体であり、前記の一般式(ハ)においてmの値を12とした以外は、リン酸エステル化合物Aと同様の構造を有するリン酸エステル化合物である。結果を表2に示す。
(実施例17)
参考例2で得られた液晶ポリエステル樹脂を用いたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表2に示す。
(実施例18、19)
参考例3で得られた液晶ポリエステル樹脂を用いたこと、紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を表2のとおりとしたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表2に示す。
(実施例20)
参考例3で得られた液晶ポリエステル樹脂を用いたこと、紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を、ベンゼン骨格を有し分解開始温度が340℃であるリン酸化合物Cを18質量%含有した水溶液に変更したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。ここで、リン酸エステル化合物Cは常温で液体であり、前記の一般式(ニ)で示される化合物であり、m2の平均値が8で、n2の平均値が1.0であるリン酸エステル化合物である。結果を表2に示す。
(実施例21〜23)
液晶ポリエステル樹脂、紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を表3のとおり変更したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表3に示す。
(比較例1)
紡糸工程および巻き返し工程で油剤を付与しなかったこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表4に示す。
(比較例2)
紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤をポリジメチルシロキサン(東レ・ダウコーニング社製「SH200−350cSt」)を水に1質量%分散させた溶液に変更したこと、紡糸工程での油剤付着方法を8方向4段OR給油法に、巻き返し工程での油剤付着方法を油浴浸漬法と2方向1段OR給油法との併用に変更したこと、付着率を8.8%としたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。ここでいう8方向4段OR給油法とは、各段に対向する1対のORを用い、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに温度が180℃異なる付与方向から油剤を付着させる方法であり、また、2方向1段OR給油法とは、1対のORを用い、糸条走行方向に対して垂直な面内において互いに温度が180℃異なる付与方向から油剤を付着させる方法である。結果を表4に示す。得られた液晶ポリエステルマルチフィラメントは、表面のポリジメチルシロキサンの一部が固化しており、単繊維間が固着していた。
(比較例3)
紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を、下記構造式
で示されるリン酸エステル化合物Dの18質量%水溶液に変更し、付着率を3.0%としたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表4に示す。
(比較例4)
紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を、リン酸エステル化合物Dの18質量%水溶液にメディアン径1.0μmのタルク(日本タルク株式会社製「SG−2000」)を1.0質量%分散させた油剤に変更したこと、付着率を43.3%としたこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。結果を表4に示す。
(比較例5)
紡糸工程および巻き返し工程で付与する油剤を、比較例4と同じ油剤に変更したこと、油剤を塗布して固相重合した後、フリーロールクリールにはめたパッケージから糸状を横方向(繊維周回方向)に引き出し、連続して、両端にスリットを設けた浴長150cm(接触長150cm)の浴槽内に洗浄液を投入して繊維を通し、油剤を除去したこと以外は、実施例1と同様にして液晶ポリエステルマルチフィラメントを得た。洗浄液は、非イオン・アニオン系の界面活性剤(三洋化成社製「グランアップUS−30」」を0.2質量%含有した50℃の温度の温水とした。結果を表4に示す。
表1〜3の実施例1〜23から明らかなように、液晶ポリエステルの融点に対して耐熱性の高いリン酸エステル化合物を塗布することにより、固相重合時の単繊維間融着や油剤−糸間の固着を抑制することができ、強度が20cN/dtex以上という高強度で、かつ初期弾性発現率が70〜90%となる液晶ポリエステルマルチフィラメントが安定して得られるのである。
一方で、表4の比較例1〜5から明らかなように、従来技術で用いられてきた油剤やポリマー融点に対する質量減少開始温度が適切でないリン酸エステル化合物を用いた場合には、固相重合時に単繊維間の融着や固着が発生するため、高い初期弾性発現率や強度は得られなかった。