つぎにこの発明の実施の形態を図を参照して説明する。図1はこの発明に係る捩り振動低減装置の一例を示す模式図であって、流体継手としてのトルクコンバータ1の内部に、振子運動を行って振動を減衰させる回転体16および質量体2を配置した例を示している。このトルクコンバータ1は従来車両の駆動機構に用いられているものと同様の構成であり、エンジン3の出力軸(クランクシャフト)に連結されているフロントカバー4と、このフロントカバー4に一体化されているポンプシェル5とによって、液密状態に密封されたケーシング6が形成されている。このケーシング6の内部には、トルクの伝達を行うフルードが封入されている。
そのポンプシェル5はポンプインペラー7を構成しており、そのポンプインペラー7に対向してタービンランナー8が配置されている。このタービンランナー8はハブ9を介して、変速機10の入力軸11に連結されている。ポンプインペラー7の内周部とタービンランナー8の内周部との間にステータ12が配置されている。このステータ12は、所定の低回転数域では、タービンランナー8から流出したフルードの流れの向きを変換してポンプインペラー7に供給するためのものであって、一方向クラッチ21を介して、トルクコンバータ1内の所定の固定部13に連結されている。
ケーシング6の一部を構成しているフロントカバー4の内面に対向してロックアップクラッチ14が配置されている。このロックアップクラッチ14は、フロントカバー4側の油圧とこれとは反対側の油圧との圧力差に応じてフロントカバー4に摩擦接触させられ、あるいはフロントカバー4から離隔させられるクラッチであり、ばねダンパー15を介してハブ9に連結されている。
前述した質量体2は、タービンランナー8あるいはこれと一体に回転する入力軸11のトルクの振動を低減するためのものであり、所定の回転体16にその回転体16の円周方向に往復回転(振子運動)するように保持されている。その保持の形態は従来知られているいわゆる振子ダンパと同様の形態であってよく、回転体16に転動面を形成し、質量体2を遠心力によってその転動面に押し付け、トルクの変動によって転動面に沿って質量体2が往復動作する形態であってよい。また、質量体2を回転体16にいわゆるピン止めして回転体16のトルクが変動することによって質量体2が揺動(振子運動)するように構成されていてもよい。
その回転体16は、タービンランナー8とロックアップクラッチ14との間に配置され、遊星回転機構17と共にハブ9もしくは入力軸11に連結されている。遊星回転機構17は、回転中心側に配置されているサン回転要素18と、そのサン回転要素18に対して同心円上に配置されたリング回転要素19と、サン回転要素18の外周面とリング回転要素19の内周面との間に配置された遊星回転部材を自転かつ公転可能に保持しているキャリヤ回転要素20との3つの回転要素によって差動作用を行う機構である。より具体的には、遊星回転機構17は、サンギヤ18と、リングギヤ19と、キャリヤ20とを有するシングルピニオン型の遊星歯車機構17であってよい。回転体16はこの遊星歯車機構17と共にハブ9もしくは入力軸11に連結されている。図1に示す例では、回転体16は環状に形成されていてリングギヤ19の外周側に嵌合した状態でリングギヤ19に連結されている。また、キャリヤ20がばねダンパー15と共にハブ9に連結されている。そして、サンギヤ18は前記固定部13に連結されている。すなわち、サンギヤ18は固定要素もしくは反力要素となっている。
上述した遊星歯車機構およびトルクコンバータなどの構成をより具体的に示せば、図2のとおりである。トルクコンバータ1のケーシング6の一部を構成しているフロントカバー4は、円板状の側壁部の外周部に軸線方向に延びた円筒部を形成した形状であって、その側壁部の外面にドライブプレート(図示せず)を連結するためのナット41が取り付けられている。また円筒部の先端部にポンプシェル5が取り付けられ、そのポンプシェル5の内周側の端部は、中空軸部51となっており、その中空軸部51は図示しないオイルポンプに連結される。
中空軸部51は、ステータシャフト131の外周側に回転可能に嵌合している。ステータシャフト131は、この発明の実施例における固定軸に相当し、トルクコンバータ1や変速機構(図示せず)を収容しているハウジング(図示せず)に一体化されている中空の軸であり、このステータシャフト131の先端部は前記ケーシング6の内部にまで延びている。
上記のポンプシェル5の内部がポンプインペラー7となっており、このポンプインペラー7に対向してタービンランナー8が配置されている。タービンランナー8は従来知られているトルクコンバータにおけるタービンランナーと同様の構成であって、シェルの内面に多数のブレードを取り付けて、ポンプインペラー7とほぼ対称な形状もしくは構造に構成されている。これらポンプインペラー7とタービンランナー8との内周側の部分が互いに広く離隔しており、これらポンプインペラー7とタービンランナー8との互いに離隔した内周側の部分にステータ12が配置されている。ステータ12は、環状のリム121の外周面に、軸線方向に対して捻ってある多数のブレード122を設け、かつそれらのブレード122の先端部同士を連結して構成されている。このステータ12は、一方向クラッチ132を介して上記のステータシャフト131に取り付けられている。ステータ12は、ポンプインペラー7とタービンランナー8との速度比が小さい状態では、タービンランナー8から流れ出たフルードの流動方向を反転させ、速度比が大きい状態ではタービンランナー8から流れ出たフルードに押されて回転することによりそのフルードの流動方向を変えないように構成されている。したがって、一方向クラッチ132は、小さい速度比の状態では係合してステータ12の回転を止め、速度比が大きい状態ではステータ12を回転させるように構成されている。そして、一方向クラッチ132のインナーレース133がステータシャフト131にスプライン嵌合し、アウターレース134がステータ12におけるリム121の内周部に嵌合してリム121と一体になっている。
ステータシャフト131の内部に入力軸11が回転可能に挿入されている。この入力軸11は変速機10にトルクを入力するための軸であって、ステータシャフト131の先端側に突出しており、その突出端にハブ9がスプライン嵌合させられている。このハブ9と上記の一方向クラッチ132との間に増速機として機能する遊星歯車機構17が配置されている。遊星歯車機構17は、サンギヤ18と、そのサンギヤ18に対して同心円上に配置されたリングギヤ19と、サンギヤ18およびリングギヤ19に噛み合っているピニオンギヤを自転かつ公転可能に保持しているキャリヤ20とを回転要素として備えたシングルピニオン型の遊星歯車機構である。サンギヤ18には内周側に延びたディスク状の部分が一体化されており、そのディスク状の部分の内周端が前記ステータシャフト131にスプライン嵌合させられている。すなわちサンギヤ18は固定部であるステータシャフト131に連結されてその回転が止められている。
キャリヤ20はハブ9と一体化されており、ハブ9における半径方向で外側に延びたフランジ部となっている。また、そのフランジ部に対してピニオンギヤを挟んだ反対側に、タービンランナー8におけるシェルの内周端が延びていて、キャリヤ20に一体化されている。すなわち、タービンランナー8は、遊星歯車機構17におけるキャリヤ20を介してハブ9に連結されている。
さらに、振動を低減するための慣性トルクを発生する質量体2を保持している回転体16がリングギヤ19の外周側に設けられている。この回転体16は、図2に示す例では、円板状の部材であって、リングギヤ19に一体化され、かつリングギヤ19から半径方向で外側に延びている。また、質量体2は軸の両端部に円板を取り付けた転動体であって、図2に示すように断面形状が「H」形をなすように構成されている。回転体16の外周側の所定箇所には、開口幅が質量体2における軸の外径より大きい円弧状の貫通孔161が複数、形成されており、それぞれの貫通孔161に質量体2の軸が挿入されることにより、各質量体2が回転体16によって保持されている。その貫通孔161の内面のうち、回転体16の回転中心から遠い方の内面が、当該貫通孔161が設けられている箇所の半径より小さい半径の円弧面となっており、その円弧面が質量体2を転動させる転動面となっている。なお、回転体16の回転中心側の側面に副え板162が取り付けられており、その副え板162の内周端部が、ハブ9の外周面に回転可能に嵌合させられている。
前述したフロントカバー4の内面に対向してロックアップクラッチ14が配置されている。ロックアップクラッチ14は、前述したハブ9の外周面に回転可能でかつ軸線方向に前後動可能に嵌合させられたロックアップピストン141と、そのロックアップピストン141の外周部でフロントカバー4に対向する面に設けた摩擦板142とを備えている。このロックアップクラッチ14は、ロックアップピストン141を挟んでフロントカバー4側の油圧とこれとは反対側の油圧との圧力差によってロックアップピストン141が軸線方向に移動し、摩擦板142がフロントカバー4の内面に接触することにより係合状態となってトルクを伝達するように構成されている。
そして、このロックアップピストン141とハブ9との間にばねダンパー15が設けられている。このばねダンパー15は、ロックアップピストン141に連結された駆動側部材151と、ハブ9に連結された従動側部材152とを、ばねダンパー15の円周方向に伸縮するスプリング153で連結した従来知られている構成のダンパーである。なお、図2において、参照符号「Br」はスラスト軸受を示している。
つぎに上述した構成の捩り振動低減装置の作用について説明する。エンジン3のトルクがトルクコンバータ1のケーシング6に伝達されることにより、ケーシング6と共にポンプインペラー7が回転し、フルードの螺旋流が生じる。そのフルードがタービンランナー8に送られてタービンランナー8が回転する。タービンランナー8は遊星歯車機構17におけるキャリヤ20に連結され、そのキャリヤ20にハブ9が連結されているので、タービンランナー8からこれらキャリヤ20およびハブ9を介して入力軸11にトルクが伝達される。また、ロックアップピストン141の背面側の圧力を正面側(フロントカバー4側)の圧力より相対的に高くすることにより、ロックアップピストン141がフロントカバー4側に移動して摩擦板142がフロントカバー4の内面に摩擦接触させられてロックアップクラッチ14が係合状態になる。したがって、ケーシング6に伝達されたトルクは、ロックアップクラッチ14およびばねダンパー15を介してハブ9に伝達され、さらにハブ9から入力軸11に伝達される。
このように入力軸11にはハブ9を介してトルクが伝達される。そのハブ9は前述したようにキャリヤ20に連結されているから、入力軸11にトルクを伝達するのに伴って前記回転体16が入力軸11より高速で回転する。すなわち、遊星歯車機構17においては、サンギヤ18が固定された状態でキャリヤ20にトルクが入力されるので、遊星歯車機構17は増速機として機能し、リングギヤ19およびこれと一体の回転体16が、キャリヤ20すなわち入力軸11より高速で回転する。
入力軸11に伝達されるトルクが振動すると、入力軸11や回転体16の回転数が変化するので、質量体2が回転体16に対して振子運動する。すなわち質量体2がその慣性質量によって、前記貫通孔161の内部で転動する。その場合の質量体2の等価慣性は、質量体2に作用する遠心力すなわち回転数に応じて大きくなるので、遊星歯車機構17が増速機として機能して回転体16の回転数が高い回転数となっていることにより質量体2の等価慣性が大きくなっている。したがって、質量体2は、実質量が小さいとしても、実質量が大きい慣性体と同様に機能して、振動低減のための慣性トルクを発生する。ハブ9を介して入力軸11に伝達されるトルクには、このようにして質量体2が発生する慣性トルクが制振トルクとして作用するので、入力軸11の振動が低減される。
このようにして制振トルクを生じる回転体16および質量体2ならびに遊星歯車機構17などは、トルクコンバータ1の内部に収容され、そのケーシング6の内部のスペースを有効に利用して配置されている。また、遊星歯車機構17において内周側に位置しているサンギヤ18を、トルクコンバータ1の内周側に配置されているステータシャフト131に連結して固定要素としてあるので、遊星歯車機構17における所定の回転要素の回転を止めるための固定部をトルクコンバータ1の内部に新たに設けることなく、遊星歯車機構17を増速機として機能させることができる。
上記の捩り振動低減装置では、このように、既存のスペースを有効利用して配置され、また既存の固定部を有効利用して増速機構を構成しているので、トルクコンバータ1を含めた全体としての構成をコンパクト化することができる。また、遊星歯車機構17が増速機として機能するように構成されていることにより質量体2を小型化することが可能になり、そのためトルクコンバータ1の内部に収容することが可能もしくは容易になり、またトルクコンバータ1を含めた全体としての構成をコンパクト化することができる。さらに、図2に示すように、質量体2がケーシング6内のフルードに露出した構成であれば、質量体2とその転動面との間の潤滑をフルードによって行うことができるので、特別な潤滑を行う必要がないうえに、質量体2の焼き付きを回避もしくは抑制することができる。そして、上述した捩り振動低減装置では、遊星歯車機構17および回転体16ならびに質量体2が、フルードで満たされているケーシング6の内部に収容されているから、遊星歯車機構17で発生するギヤノイズや質量体2が回転体16に当接する打撃音などが外部に漏れて異音となることを防止もしくは抑制することができる。
なお、この発明は上述した実施例に限定されないのであって、シングルピニオン型遊星歯車機構を増速機として機能させる場合、サンギヤ18に代えてリングギヤ19を固定することとしてもよい。図3はその一例を示す模式図であって、図1に示す構成のうち、キャリヤ20を固定部13に連結して固定要素とし、サンギヤ18に回転体16を連結し、さらにリングギヤ19にタービンランナー8およびロックアップクラッチ14を連結し、他の構成は図1に示す構成と同様にした例である。
図3に示す例では、タービンランナー8に隣接してロックアップクラッチ14が配置され、そのロックアップクラッチ14とフロントカバー4との間に回転体16が配置されている。そのロックアップクラッチ14を係合させる係合面143がケーシング6の内面に、回転中心側に向けて延び出た状態に設けられている。また、ロックアップクラッチ14はばねダンパー15を介してハブ9に連結され、そのハブ9にタービンランナー8が連結されている。
一方、サンギヤ18はサンギヤ軸181の外周部に一体化されており、そのサンギヤ軸181は中空軸であって、入力軸11の外周側に回転可能に嵌合し、さらにフロントカバー4側に延びている。そのサンギヤ軸181の先端部に回転体16が一体となって回転するように連結されている。
さらに、ハブ9には、コネクティングドラム91が連結されている。コネクティングドラム91は、ハブ9と入力軸11とを連結するためのものであって、上記の回転体16の全体をその外周側から覆うように中空構造に形成されており、フロントカバー4の内壁面に沿う側壁部の中央部で入力軸11に連結されている。そして、前述した一方向クラッチ21が取り付けられている固定部13にキャリヤ20が連結され、キャリヤ20が固定要素(もしくは反力要素)となっている。
したがって、図3に示す構成では、リングギヤ19がいわゆる入力要素、キャリヤ20が固定要素、サンギヤ18が出力要素となるから、サンギヤ18がリングギヤ19とは反対方向に回転する。そのサンギヤ18の回転数は、遊星歯車機構17のギヤ比(サンギヤ18の歯数とリングギヤ19の歯数との比)を「ρ」とした場合、サンギヤ18の回転数の「1/ρ」倍となる。ギヤ比ρは「1」より小さい値であるから、サンギヤ18および回転体16はリングギヤ19およびタービンランナー8あるいは入力軸11より高速で回転する。すなわち遊星歯車機構17が増速機として作用し、回転体16およびこれに保持されている質量体2の回転数が入力軸11の回転数より高回転数になり、質量体2の等価慣性を大きくすることができる。また、図3に示す構成であっても、前述した図1および図2に示す例と同様の作用効果を得ることができる。
図4は、前述した図1に示す構成のうち、サンギヤ18を連結して固定する固定部13をステータシャフトなどのステータ12が連結されている部材に替えて、ケーンシグ6にした例である。すなわち、入力軸11の外周側に入力軸11に対して相対回転可能に嵌合させたサンギヤ軸181が設けられており、そのサンギヤ軸181にサンギヤ18が一体化されている。また、このサンギヤ軸181における前記サンギヤ18とは反対側の端部が、ケーシング6の所定箇所もしくはケーシング6と一体の部材に連結されている。このような図4に示す例では、ステータシャフトと入力軸11との間にサンギヤ軸181を追加することになるとしても、図1および図2に示す例と同様に作用させて、入力軸11の振動を低減することができる。また、図1および図2に示す例と同様の作用効果を得ることができる。
ところで、この発明に係る捩り振動低減装置は、質量体2の振子運動による慣性トルクが振動を低減するトルクとして作用する装置である。その質量体2に対して作用する力は、基本的には、遠心力と慣性力とであり、不可避的な僅かな摩擦力以外はないものとして制振特性が決められる。したがって、トルクコンバータの内部に回転体16および質量体2を配置する場合、制振特性を狂わせ、あるいは制振特性の設定を困難にするフルードによる抵抗力を避けることが考えられる。そのためには、図5に示すように、回転体16の外周側の部分を、質量体2およびその振子運動領域を含めて、カバーCvによって液密状態に覆うことが有効である。このカバーCv内の密閉室にはフルードが侵入しないので、質量体2はフルードによる抵抗力を受けることなく転動(振子運動)することができ、制振特性の設定が容易であり、また一定した制振特性を維持することができる。
一方、質量体2はフルードによる抵抗力を受けないことにより、回転体16に形成されている貫通孔161あるいはこれに類する転動室などの端部に当接し、その際に衝突音を発生する可能性がある。しかしながら、上記のようにカバーCvによって覆ってあることによりその衝突音が外部に出にくく、異音を防止もしくは抑制する効果を奏する。また、遊星回転機構17が増速機として機能することにより、回転体16の回転数が、前記質量体2を貫通孔161の内面に衝突させる程度の低回転数になる頻度が少なくなり、上記の衝突音の発生を抑制することができる。
なお、この発明は上述した各実施例に限定されないのであって、この発明における遊星回転機構は、歯車に限らず、ローラによって構成されていてもよい。また、遊星回転機構はシングルピニオン型のものに限らずダブルピニオン型のものであってもよい。さらに、この発明における流体継手は、トルクの増幅作用のない継手であってもよい。