以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。ただし、本発明の範囲は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施形態1]
実施形態1に係る紙は、ポリ酸の不溶性塩を担持している。一実施形態においては、紙を構成する繊維のマトリックス中にポリ酸の不溶性塩が担持されている。
紙は、繊維を層状にしたものである。一実施形態において、紙は植物繊維を層状にしたもの、又は植物繊維を含む材料を層状にしたものである。別の実施形態において、紙は合成繊維によって構成され、又は合成繊維を含んでいてもよい。紙の寸法は特に限定されない。また、紙の厚さにも特に制限はなく、用途に応じて任意の厚さの紙を用いることができる。
紙の種類は特に限定されない。例えば、珪藻土を含む珪藻土紙を用いることもできる。このように、紙には繊維以外の添加物が含まれていてもよい。使用可能な紙の一例としては、三善製紙社製のディアライト紙、FLS用紙、耐水紙、サンシリカ紙、及び珪藻土紙等が挙げられる。
一実施形態において、本実施形態に係る紙は乾燥している。乾燥状態にある紙は、取り扱いが容易である。また、乾燥状態にある紙は、特殊な封止を行わなくても性質が変化しないことが期待される。紙が含有する水分は、12%以下であることが好ましく、10%以下であることがより好ましく、8%以下であることがさらに好ましい。紙の水分は、JIS P 8127:2010に従って測定できる。
紙の厚さは特に限定されず、用途に応じて適宜調整できる。一実施形態において、紙の厚さは10μm以上であることが好ましく、30μm以上であることがより好ましい。一方で、紙の厚さは300μm以下であることが好ましく、100μm以下であることがより好ましい。
ポリ酸は、金属原子にいくつか(通常は4個又は6個)の酸素原子が結合したモノオキソ酸イオンが数多く集まって脱水縮合してできた金属酸化物のポリオキソ酸イオンで通常は陰イオンである。ポリ酸は、単一種の金属のオキソ酸が縮合した多核構造のイソポリ酸と、2種以上の金属のオキソ酸が縮合した多核構造のヘテロポリ酸との双方を含む。ポリ酸は水和物等の溶媒和物であってもよい。ポリオキソ酸を構成する金属原子は、特に限定されないが、モリブデン、ユウロピウム、タングステン、アンチモン、バナジウム又はチタン等が挙げられる。
ポリ酸については、例えば日本化学会編,ポリ酸の化学,季刊化学総説,学会出版センター,20号,1993年、及び山瀬利博著,Handbook on the Physics and Chemistry of Rare Earths, ed. Karl Gschneidner Jr., Jean-Claude Buenzli, and Vitalij Pecharsky, Elsevier B. V., vol. 39, pp. 297-356, 2009.等に記載されている。
ポリ酸は、様々な用途(例えば触媒、電気、磁気、電気化学、光学及び医薬用途)が知られている。したがって、本実施形態に係る紙は、機能性紙として、ポリ酸の種類に応じて様々な用途に用いることができる。
例えば、発光性のポリ酸としては、発光性を有するポリ酸母体を有するポリ酸、又は発光センターとして働くEu3+若しくはTb3+等の希土類イオン又はCr3+若しくはMn4+等の遷移金属イオンを含むポリ酸が挙げられる。発光性のポリ酸については、山瀬利博著、Chemical Reviews 98, 307, 1998、及び山瀬利博著, Handbook on the Physics and Chemistry of Rare Earths, ed. Karl Gschneidner Jr., Jean-Claude Buenzli, and Vitalij Pecharsky, Elsevier B. V., vol. 39, pp. 297-356, 2009.等に詳しく記載されている。
発光性とは、エネルギーを与えた際に発光する性質のことを指す。例えば、発光性を示すポリ酸は、エックス線、紫外線、電子線又はベータ線を与えた際に発光しうる。また、発光性を示すポリ酸は、電磁波、光、電子の照射以外に電圧を印加した場合にも発光しうる。
強い発光性を有するポリ酸母体としては、例えばCs4[W10O32]・20H2O、K5.5H1.5[SbW6O24]・6H2O、K6[Mo7O24]・4H2O等が挙げられる。
また、発光センターを含むポリ酸としては、陰イオンとして[EuW10O36]9−、[DyW10O36]9−、[TbW10O36]9−、[CrMo6O24]9−、[MnW6O24]8−又は[Mn(Nb6O19)2]12−等を含むポリ酸が挙げられる。
このようなポリ酸を担持する紙は、発光紙として、より具体的にはEL発光素子の発光層として用いることができる。このような発光紙は、折り曲げることが容易であり、デバイスに取り付けることも容易であることから、様々な用途に用いることができる。一実施形態に係るポリ酸を担持する紙においては、ポリ酸が固体状態と同様の機能を発揮することが見出された。従来、フルオレセインナトリウム又はローダミンビー等のキサンテン系有機化合物の蛍光染料を紙にコートしたものが知られている。しかしながら、キサンテン系色素は水又はアルコール等の溶液中で強く発光する一方、水分が少ない環境下では著しく発光効率が低下するため、紙にコートした色素周辺の環境を溶液中の環境に近づける必要があった。一方で、一実施形態においては、固体状態において発光性を示すポリ酸が、紙に担持された状態においても発光性を示すことが確認された。
また、抗ウイルス作用を有するポリ酸としては、K11H[(VO)3(SbW9O33)2]・27H2OやK7[PTi2W10O40]・6H2O等が挙げられる。さらに、抗バクテリア作用を有するポリ酸としては、K6[P2W18O62]・14H2O、K7[SiMo12O40]・3H2O又はK7[PTi2W10O40]・6H2O等が挙げられる。このようなポリ酸を担持する紙は、衛生用品に用いることができる。このような生物活性を示すポリ酸については、山瀬利博著、Biomedical Inorganic Polymers, Bioactivity and Applications of Natural and Synthetic Polymeric Inorganic Molecules, eds. Werner E.G. Mueller, Xiaohong Wang, Heinz C. Schroeder, Springer-Verlag Berlin Heidelberg, pp.65-116, 2013.に詳しく記載されている。
本実施形態において、紙に担持されているポリ酸は、複数種以上のポリ酸の混合物であってもよい。例えば、異なる発光を与えるポリ酸を混合して用いることにより、所望の発光を与える発光紙を作成する作製することができる。
本実施形態において、紙に担持されているポリ酸は不溶性塩を形成している。ポリ酸が不溶性塩の形態にあることにより、ポリ酸が紙に固定される。このため、長期使用した際に、手等との接触を通じて徐々にポリ酸が紙の表面や内部から脱離することが抑制される。一実施形態において、ポリ酸の不溶性塩は水に対して不溶である。ポリ酸の不溶性塩が紙から脱離することを抑制できるように、ポリ酸の不溶性塩の溶解度は、好ましくは0.3g以下であり、より好ましくは0.1g以下であり、さらに好ましくは0.05g以下である。溶解度は、25℃における、100gの水に溶ける物質の質量のことを指す。
一実施形態において、ポリ酸の不溶性塩は、ポリ酸陰イオンの2価以上の価数の金属陽イオンとの塩、又はポリ酸陰イオンと有機陽イオンとの塩である。これらの塩は、水に対する溶解度が比較的低いことが知られている。
2価以上の価数の金属陽イオンとしては、カルシウムイオン、ストロンチウムイオン、又はバリウムイオン等のアルカリ土類金属イオン、ジルコニウムイオン等の周期表第4族元素のイオン、アルミニウムイオン等の周期表第13族元素のイオン等が挙げられる。
また、有機陽イオンとしては、テトラメチルアンモニウムイオン若しくはホルムアミジニウムイオン等の有機アンモニウムイオン、又はテトラメチルホスホニウムイオン等の有機ホスホニウムイオン等が挙げられる。なお、本明細書において、アンモニウムイオン(NH4+)は無機陽イオンであるものとする。
紙に担持されているポリ酸の不溶性塩の量は、特に限定されるわけではないが、1cm2あたり0.01mg以上であることが好ましく、0.03mg以上であることがより好ましく、0.1mg以上であることがさらに好ましい。一方で、1cm2あたり10mg以下であることが好ましく、3mg以下であることがさらに好ましく、1mg以下であることがさらに好ましい。ポリ酸の不溶性塩の量は、紙の厚さ及び用途に合わせて適宜調整できる。
(添加剤)
一実施形態において、ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、さらに添加剤を担持していてもよい。例えば、紙を構成する繊維のマトリックス中に添加剤が担持されていてもよい。添加剤としては、限定されるわけではないが、以下に説明するバインダー(結着剤)、発光材料、及び誘電体化合物等が挙げられる。
一実施形態において、紙とポリ酸との結合性を向上させるバインダー(結着剤)を、紙がさらに担持していてもよい。バインダーとしては、例えば親水性化合物を用いることができる。親水性化合物としては、限定されるわけではないが、ゼラチン等のゲル化剤や、エチルセルロース又はポリビニルアルコール等の高分子化合物を用いることができる。また、バインダーとして親油性化合物を用いることもできる。親油性バインダーとしては、例えばフッ素ゴムが挙げられ、具体的な例としてはフッ素ゴム接着剤(パーフロンペイント,ハルナ製)が挙げられる。フッ素ゴムのような親油性バインダーは、メチルエチルケトン等の溶媒で希釈してから紙に付加することができる。
結合性をより向上させるために、一実施形態において、バインダーとしては十分な粘り気を有している化合物が用いられる。例えば、バインダーを(20/3)質量%の水溶液としたときに、水溶液の粘度は0.1Pa・s以上であることが好ましく、0.5Pa・s以上であることがより好ましく、1.0Pa・s以上であることがさらに好ましい。上限は特にないが、例えば100Pa・s以下である。バインダー水溶液の粘度は、JIS K 6503:2001に準拠して測定できる。
紙に担持されているバインダーの量は、特に限定されるわけではないが、1cm2あたり0.01μg以上であることが好ましく、0.03μg以上であることがより好ましく、0.1μg以上であることがさらに好ましい。一方で、1cm2あたり1mg以下であることが好ましく、0.1mg以下であることがさらに好ましく、10μg以下であることがさらに好ましく、1μg以下であることが特に好ましい。バインダーの量は、紙の厚さ等に合わせて適宜調整できる。
一実施形態において、実施形態2で詳しく説明するように、ポリ酸以外のEL発光材料を、紙がさらに担持していてもよい。例えば、ポリ酸と、無機分散型蛍光体との双方を、紙が担持していてもよい。このような紙は、多色発光を与える発光紙として使用可能である。このような構成によれば、白色発光を与える発光紙の実現が容易となる。このため、このような発光紙は、ディスプレイ材料への応用が期待される。
一実施形態において、実施形態3で詳しく説明する誘電体化合物を、紙がさらに担持していてもよい。誘電体化合物をさらに担持することにより、発光紙として用いられた際に、発光層の絶縁破壊が生じるブレークダウン電圧が増加することが期待される。
(発光素子)
発光性ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、発光素子の発光層として使用することができる。以下、発光性ポリ酸の不溶性塩を担持する紙のことを、本実施形態に係る発光紙と呼ぶ。また、本実施形態に係る発光紙を用いた発光素子のことを、本実施形態に係る発光素子と呼ぶ。
平面発光を与えるEL素子はディスプレイ材料として期待されており、その開発競争は世界的にも激しくなっている。平面発光を与えるEL素子としては、有機EL素子及び無機EL素子が知られている。本実施形態に係る発光素子は、有機EL素子に比べて構造的にも簡単であり、製造に真空蒸着等の複雑な操作を必要としないため、経済的優位性を有している。また、高性能な無機EL素子としては主に硫化亜鉛系蛍光体を用いた分散型EL素子が知られているものの、得られる発光が主に緑色に限定されることや、硫化亜鉛系蛍光体自身が湿度に敏感で分解されやすいという課題を有している。一方、本実施形態に係る発光紙は、使用環境における水及び湿度に対して安定である、製造時に水溶媒を用いることができるために環境負荷が小さい、といった利点を有している。また、所望の発光色等の目的に応じてポリ酸を自由に選択することができるという利点も有している。
高効率なEL発光を達成するためには、ポリ酸が繊維の隙間に高密度に固定化できることが重要である。この点に関して、本実施形態に係る発光紙においては、繊維マトリックス内でポリ酸を不溶化させることにより、ポリ酸を繊維内で高密度に固定化することができる。また、繊維自身が誘電性の絶縁体として働くため、ポリエステルのような絶縁膜を設けることは必須ではない。例えば、例えば、セルロースの誘電率は1000Hz以下でおよそ6である。さらには、材料として用いる紙の厚さを調整することにより、容易に発光層の厚さを制御することができる。このように、本実施形態に係る発光素子は、高性能であるとともに、簡便に作製できるため少ないコストで生産できることが期待できる。
以下では、本実施形態に係る発光素子について、図3を参照して説明する。本実施形態に係る発光素子300は、発光紙310と、発光紙310を挟む一対の電極320と、を備える。
発光紙310は、上述したように発光性ポリ酸の不溶性塩を担持する紙である。発光紙310は複数種類以上のポリ酸を含有していてもよく、複数種類以上のポリ酸を組み合わせることにより発光色を変化させることができる。例えば、[EuW10O36]9−は赤色発光を与えるために用いることができる。また、[TbW10O36]9−は緑色発光を与えるために用いることができる。さらに、これらを組み合わせることにより、赤色と緑色とが混ざった色の発光を与えることができる。
発光紙310の厚さは、所望の発光が得られるのであれば特に限定されない。発光紙310に欠陥が生じることを防ぐために、発光紙310の厚さは10μm以上であることが好ましく、30μm以上であることがより好ましい。また、発光紙310が厚くなるほど発光に必要な印加電圧が大きくなる傾向にあることから、発光紙310の厚さは200μm以下であることが好ましく、130μm以下であることがより好ましい。
電極320は導電性材料で構成され、種類は特に限定されない。光を取り出すためには、一対の電極320のうちの少なくとも一方が透明電極であることが好ましい。透明電極としては、例えばITO電極等が挙げられる。
発光素子300は、発光紙310と電極320以外の構成要素を備えていてもよい。例えば、発光素子300は素子を封止する封止材(不図示)を備えていてもよい。また、発光素子300は発光紙310と電極320との間に絶縁層(不図示)を備えていてもよい。しかしながら、発光素子300は、発光紙310と電極320との間に絶縁層を有さなくても、良好な発光性能を示す。これは、発光紙310が絶縁層としての役割を果たしているためであると考えられる。すなわち、一実施形態において、発光紙310は、一対の電極320の少なくとも一方、好ましくは双方に直接接触している。
一対の電極320の間にパルス電圧電源330を接続し、パルス電圧を印加すると、発光紙310が発光する。一実施形態においては、両電極間に100〜1500V程度の電圧が印加される。また、一実施形態においては、20〜400ヘルツ程度の周波数を有するパルス電圧が印加される。
本実施形態に係る発光素子300は、一対の電極320で発光紙310を挟むことにより、容易に作製できる。一実施形態においては、一対の電極320で発光紙310を挟み、電極320をバネクリップ340で固定することにより、発光素子300が作製される。このように、本実施形態に係る発光素子300は容易にかつ安価に作製することができる。
(ポリ酸の不溶性塩を担持する紙の製造方法)
ポリ酸を担持する紙は、ポリ酸水溶液を紙に塗布することにより製造可能である。しかしながら、例えば高い発光強度を与える発光紙を製造する等のために、紙の内部に固定されるポリ酸塩の濃度を高めることが求められる。しかしながら、単にポリ酸水溶液を紙に塗布するのみでは、得られるポリ酸の濃度に限界があった。
そこで、本実施形態においては、ポリ酸を含有する塗布液を紙に塗布する塗布工程、及び2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する塗布液を紙に塗布することにより、ポリ酸の不溶性塩を析出させる析出工程を用いてポリ酸の不溶性塩を担持する紙を製造する。このような方法により、ポリ酸の不溶性塩を高濃度に担持する紙を製造することができる。この製造方法(以下、単に本実施形態に係る製造方法と呼ぶ)について、図2のフローチャートを参照して詳しく説明する。
塗布工程(S210)においては、ポリ酸を含有する塗布液を紙に塗布する。ポリ酸及び紙については、既に説明した通りである。ポリ酸を含有する塗布液は、ポリ酸を溶媒に溶解させることにより調製できる。溶媒の種類は、ポリ酸が溶解可能であれば特に限定されない。溶媒の例としては、水及びその他の極性溶媒が挙げられる。一実施形態において、取り扱いの容易性の観点から、ポリ酸を含有する塗布液はポリ酸の水溶液である。
ナトリウム若しくはカリウム等のアルカリ金属塩、又はアンモニウム塩等の一価陽イオンとの塩の形態をとるポリ酸は、水に対する溶解度が比較的高い。このような観点から、ポリ酸の水溶液は、ポリ酸のアルカリ金属塩又はアンモニウム塩を含有していることが好ましい。一実施形態においては、ポリ酸の水溶液はポリ酸のアルカリ金属塩を含有している。
このようなポリ酸の具体例としては、Na9[EuW10O36]・32H2O、K3Na4H2[TbW10O36]・20H2O、Na7H19{[Eu3O(OH)3(H2O)3]2Al2(Nb6O19)5}・47H2O、Na7H19{[Tb3O(OH)3(H2O)3]2Al2(Nb6O19)5}・47H2O、K15H3[Eu3(H2O)3(SbW9O33)(W5O18)3]・25.5H2O、K15H3[Tb3(H2O)3(SbW9O33)(W5O18)3]・25.5H2O、[NH4]12H2[Eu4(H2O)16(MoO4)(Mo7O24)4]・13H2O、[NH4]12H2[Tb4(H2O)16(MoO4)(Mo7O24)4]・13H2O、[Eu2(H2O)12][Mo8O27]・6H2O、K2H3{[Eu(H2O)4]3[(GeTi3W9O37)2O3]}・13H2O、K12[EuP5W30O110]・54H2O、[Eu(H2O)8]2[V10O28]・8H2O、Na3H6[CrMo6O24]・8H2O、K6Na2[MnW6O24]・12H2O、K6[MnMo6O32]・6H2O、Na12[Mn(Nb6O19)2]・50H2O等が挙げられる。
塗布方法は特に限定されず、例えば塗布液を滴下した後にガラス棒等で塗布する方法、ハケ等で塗布する方法、塗布液を噴霧する方法、又はインクジェット装置により塗布液を吐出する方法、等が挙げられる。また、紙を塗布液に浸漬することにより、塗布を行ってもよい。
一実施形態においては、図1に示される方法に従い、ガラス棒を用いて塗布が行われる。すなわち、ビーカー110中のポリ酸塗布液をピペット120で紙130に滴下し、ガラス棒140で紙全面に塗布する。こうして、ポリ酸塗布液が塗布された紙150が得られる。
析出工程(S220)においては、2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する塗布液を紙に塗布する。2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンとの塩の形態をとるポリ酸は、水に対する溶解度が比較的低い。このため、ポリ酸のアルカリ金属塩又はアンモニウム塩を担持している紙に対して、2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する塗布液を塗布すると、イオン交換が起こってポリ酸が不溶化する。このために、析出工程(S220)により、ポリ酸の不溶性塩を析出させるとともに、ポリ酸の不溶性塩を紙内部に固定することができる。
2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する塗布液は、これらのイオンを含む化合物を溶媒に溶解することにより調製できる。溶媒の種類は、化合物が溶解可能であれば特に限定されない。溶媒の例としては、水及びその他の極性溶媒が挙げられる。一実施形態においては、取り扱いの容易性の観点から、2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する水溶液が用いられる。もっとも、イオン交換により生じるポリ酸の塩が溶けにくい溶媒であれば、どのような溶媒を用いてもよい。
2価以上の価数の金属陽イオンを含む化合物としては、特に限定されないが、塩化カルシウム、塩化バリウム、塩化アルミニウム、塩化ジルコニウム等の金属ハロゲン化物が挙げられる。また、金属水酸化物又は金属硝酸塩等を用いることもできる。また、有機陽イオンを含む化合物としては、特に限定されないが、水酸化物又はハロゲン化物等が挙げられる。具体例としては、水酸化テトラメチルアンモニウム等のアルキルアンモニウム水酸化物、又は臭化テトラエチルアンモニウム等のアルキルアンモニウムハロゲン化物等が挙げられる。
塗布液が含有する2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンの量は、ポリ酸の種類及び量に従って決定することができる。具体的には、イオン交換が十分に進行する量の2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンが塗布されることが好ましい。一実施形態において、紙に塗布されるイオンとポリ酸とのモル比(2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオン:ポリ酸)は、1:1以上であることが好ましく、4:1以上であることがさらに好ましく、16:1以上であることがより好ましい。上限は特になく、例えば32:1以下でありうる。
2価以上の価数の金属陽イオン、又は有機陽イオンを含有する塗布液の塗布方法は特に限定されず、塗布工程(S210)と同様に塗布することができる。
以上の工程によりポリ酸の不溶性塩を担持する紙を製造することができる。得られた紙に対しては、さらに乾燥処理を行うこともできる。乾燥方法は特に限定されず、室温で乾燥してもよいし、加熱雰囲気中で乾燥してもよい。例えば、乾燥温度は15℃以上120℃以下でありうる。また、大気中で乾燥してもよいし、減圧下で乾燥してもよい。乾燥時間は、乾燥方法及び紙の厚さ等に応じて適宜選択できる。例えば、100μm程度の厚さの紙を用い、大気中において室温で乾燥させる場合、乾燥時間は例えば12時間以上120時間以下でありうる。
上述したように、ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、バインダー(結着剤)をさらに担持していてもよい。この場合、より多くのポリ酸が担持されるように、塗布工程(S210)の前に紙に対してバインダー塗布液を塗布することができる。バインダー塗布液は、バインダーを溶媒に溶解することにより調製できる。溶媒の種類は、バインダーが溶解可能であれば特に限定されない。溶媒の例としては、水及びその他の極性溶媒が挙げられる。一実施形態において、取り扱いの容易性の観点から、バインダー塗布液はバインダーの水溶液である。バインダー塗布液の塗布方法は特に限定されず、塗布工程(S210)と同様に塗布することができる。
また、上述したように、ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、ポリ酸以外のEL発光材料をさらに担持していてもよい。この場合、発光材料塗布液を紙に塗布することにより、紙にEL発光材料を担持させることができる。発光材料塗布液は、EL発光材料を溶媒に溶解又は分散させることにより調製できる。溶媒の種類は、発光材料を溶解又は分散可能であれば特に限定されない。溶媒の例としては、水又はアルコール等の極性溶媒が挙げられる。発光材料が塗布液に分散しやすいように、エチルセルロース等の樹脂を塗布液にさらに加えてもよい。発光材料塗布液の塗布方法は特に限定されず、塗布工程(S210)と同様に塗布することができる。発光材料塗布液を塗布するタイミングは特に限定されず、例えば塗布工程(S210)前であってもよいし、析出工程(S220)の後であってもよい。
上述したように、ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、誘電体化合物をさらに担持していてもよい。この場合、誘電体化合物塗布液を紙に塗布することにより、紙に誘電体化合物を担持させることができる。誘電体化合物塗布液は、誘電体化合物を溶媒に溶解又は分散させることにより調製できる。溶媒の種類は、誘電体化合物が溶解又は分散可能であれば特に限定されない。溶媒の例としては、水、N−メチルピロリドンのようなケトン系溶媒、及びその他の極性溶媒が挙げられる。誘電体化合物が塗布液に分散しやすいように、エチルセルロース等の樹脂を塗布液にさらに加えてもよい。誘電体化合物塗布液の塗布方法は特に限定されず、塗布工程(S210)と同様に塗布することができる。
以上のように、ポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、バインダー、発光材料、及び誘電体化合物等の添加剤をさらに担持していてもよい。この場合、ポリ酸塗布液、バインダー塗布液、発光材料塗布液、及び誘電体化合物塗布液の塗布順序は、効果を損なわない限り限定されない。また、これらの塗布液を別々に塗布することは必須ではなく、1つの塗布液が2つ以上の材料を含有していてもよい。一例としては、ポリ酸とバインダーとを含有する塗布液を調整し、この塗布液を塗布工程(S210)において紙に塗布してもよい。別の例としては、ポリ酸と誘電体化合物とを含有する塗布液を調整し、この塗布液を塗布工程(S210)において紙に塗布してもよい。
こうして生産されたポリ酸の不溶性塩を担持する紙は、上述の製造方法のために、紙のうちの少なくとも一部であるポリ酸担持部分にわたって、均一にポリ酸を担持している。このような紙は、発光素子のようなデバイス、特に面発光デバイスにおいて用いた際に、安定した性能を発揮することができる。例えば、一実施形態において、ポリ酸を担持する紙は、厚さ方向にわたって均一な濃度でポリ酸を担持している。
一実施形態において、発光性のポリ酸を担持する発光紙は、厚さ方向にわたって均一な濃度でポリ酸を担持している。この場合、所定強度の励起光を照射した際の紙の発光強度は、表面と裏面とで同等である。具体的には、一実施形態において、紙の所定の一部分に紙の一方の面から紫外線を照射した際に観測される発光強度と、同じ部分に紙の他方の面から紫外線を照射した際に観測される発光強度との間に有意な差は認められない。
実施形態1の方法によれば、ポリ酸を紙の内部に固定することができる。紙の内部にポリ酸のような発光材料が固定された構造を有する発光層を用いた発光素子は、比較的低い印加電圧で発光させることが可能であり、ブレークダウンを効果的に抑制することができる。また、実施形態1の方法によれば、単にポリ酸を含有する塗布液を塗布する場合と比較して、高密度にポリ酸を紙の内部に固定することができる。したがって、この紙を発光層として用いた発光素子の発光強度を向上させることが可能となる。
また、実施形態1の方法を応用して、抗ウイルス作用又は抗バクテリア作用等の機能性を有するポリ酸を、高濃度に紙の内部に固定することができる。このようにして、紙が有する機能性をより向上させることができる。
[実施形態2]
発光材料を担持し発光性を有する紙において、発光材料として用いられるのは発光性のポリ酸に限られない。実施形態1で説明した発光紙においては、ポリ酸の不溶性塩は主に紙の内部に固定されるが、一部は紙の表面にも存在する。そして、紙の表面に存在するポリ酸も発光に寄与することには疑いの余地がない。このことから、本願発明者は、ポリ酸以外の蛍光体を紙に担持させても、同様に発光紙を作製できるものと考えた。
実施形態2に係る紙は、ポリ酸の代わりにEL発光材料(ポリ酸を除く)を担持していることを除き、実施形態1と同様の構成を有するため、重複する説明は省略する。EL発光材料は特に限定されず、従来知られているものを使用することができる。本実施形態においては、紙の繊維中に発光材料が担持される。例えば、紙を構成する繊維のマトリックス中に発光材料が担持されている。このため、一実施形態においては分散された状態でも発光を示すことが知られている無機分散型蛍光体がEL発光材料として用いられる。無機分散型蛍光体としては、例えばZnS、CdSe、CdTe、ZnSe等を母体としてこれにセリウム、ユウロピウムなどの希土類や銅、マンガン、金、銀イオン等の遷移金属をドープした蛍光体が知られている。一実施形態においては、特に発光性能が高いことが知られているZnS:Cuのような硫化亜鉛系蛍光体が用いられる。実施形態2に係る紙は発光紙として使用することが可能であり、例えば実施形態1で説明した発光素子300の発光紙310として使用することができる。実施形態2に係る紙は、実施形態1と同様に添加剤をさらに担持していてもよく、例えば、バインダー、誘電体化合物、又はバインダーと誘電体化合物との双方、をさらに担持していてもよい。
紙に担持されているEL発光材料の量は、特に限定されるわけではないが、1cm2あたり0.01mg以上であることが好ましく、0.03mg以上であることがより好ましく、0.1mg以上であることがさらに好ましい。一方で、1cm2あたり10mg以下であることが好ましく、3mg以下であることがさらに好ましく、1mg以下であることがさらに好ましい。EL発光材料の量は、紙の厚さ及び用途に合わせて適宜調整できる。
実施形態2に係る紙の製造方法について、図10のフローチャートを参照しながら説明する。ステップS1010においては、EL発光材料(ポリ酸を除く)を含有する発光材料塗布液が紙に塗布される。発光材料塗布液は、EL発光材料を溶媒に溶解又は分散させることにより調製できる。溶媒の種類は、発光材料を溶解又は分散可能であり、発光材料が分解しないのであれば、特に限定されない。例えば、発光材料としてZnS:Cu,Clを用いる場合には、メタノールのようなアルコール溶媒を用いることができる。発光材料が塗布液に分散しやすいように、エチルセルロース等の樹脂を塗布液にさらに加えてもよい。ステップS1020においては、発光材料塗布液の塗布後の紙が乾燥される。乾燥処理は、実施形態1で説明したように行うことができる。こうして、エレクトロルミネッセンス発光材料を担持する紙を製造することができる。
[実施形態3]
EL発光素子においては、ブレークダウンが起こりにくいことが重要である。ブレークダウンとは、主に印加電圧を上げた際に起こる絶縁破壊の現象であって、発光が不安定化し又は素子が破損することをいう。本願発明者は、さらに誘電体化合物を担持することにより、発光材料を担持する紙の印加電圧に対する耐圧性が向上することを見出した。
実施形態3に係る紙は、EL発光材料と、誘電体化合物と、を担持している。例えば、紙を構成する繊維のマトリックス中に誘電体化合物が担持されている。EL発光材料は特に限定されず、発光性のポリ酸の水溶性塩であってもよいし、実施形態1で説明した発光性のポリ酸の不溶性塩であってもよいし、実施形態2で説明したその他のEL発光材料であってもよい。また、実施形態2で説明したように、実施形態3に係る紙は複数の発光材料を担持していてもよい。実施形態3に係る紙は、発光材料がポリ酸の不溶性塩には限られないこと、及び誘電体化合物を担持していることを除き、実施形態1と同様の構成を有するため、重複する説明は省略する。
誘電体化合物とは、紙よりも比誘電率の高い化合物のことを指す。具体的には、誘電体化合物の比誘電率は、発光材料及び誘電体を担持していない紙の比誘電率よりも高い。例えば、植物繊維の紙を用いる場合、比誘電率は2.0〜2.5程度であることから、誘電体化合物の比誘電率は2.5以上であることが好ましく、4.0以上であることがより好ましく、6.5以上であることがさらに好ましく、100以上であることが特に好ましい。また、一実施形態においては、誘電体化合物の比誘電率は、紙を構成する繊維よりも比誘電率が高い。例えば、植物繊維の紙を用いる場合、繊維の主成分であるセルロース(クラフト紙)の比誘電率は6程度であることから、誘電体化合物の比誘電率は6.5以上であることが好ましく、100以上であることがより好ましい。誘電体化合物の具体的な例としては、シアノエチルセルロース(比誘電率7〜15程度の範囲で、シアノエチル置換基の数が多いほど比誘電率は大きくなる)又はチタン酸バリウム(比誘電率5000程度)等が挙げられる。一実施形態においては、実施形態3に係る紙の取り扱いが容易となるように、誘電体化合物としては大気中25℃で固体のものが用いられる。本明細書において、比誘電率は周波数1000Hzでの値のことを指す。
実施形態3に係る紙は、発光材料塗布液を紙に塗布する工程と、誘電体化合物塗布液を紙に塗布する工程と、により製造することができる。これらの工程の順序は特に限定されない。発光材料塗布液を紙に塗布する工程は、実施形態2と同様、発光材料を溶媒に溶解又は分散させることにより調製した塗布液を、紙に塗布することにより行うことができる。また、実施形態1と同様、発光材料を溶媒に溶解させることにより調製した塗布液を紙に塗布した後に、発光材料を不溶化させるための塗布液を紙に塗布してもよい。また、誘電体化合物塗布液を紙に塗布する工程は、実施形態1で説明したように、誘電体化合物を溶媒に溶解又は分散させることにより調製した塗布液を、紙に塗布することにより行うことができる。
実施形態3に係る紙は発光紙として使用することが可能であり、例えば実施形態1で説明した発光素子300の発光紙310として使用することができる。
[実施例1−1]
4.5cm×10cmの大きさに裁断された紙(三善製紙社製,ディアライト25,パルプ質量25g/m2,厚さ40〜50μm)を用意した。また、バインダーとしてのゼラチン(コニカ社製,TS−361 PC,14mg)と、発光材料としてのNa9[EuW10O36]・32H2O(MOデバイス社製,2g)とを、超音波攪拌により水(100mL)に溶解させることにより塗布液を作製した。Na9[EuW10O36]・32H2Oは、紫外線照射により赤色発光する性質を有する水溶性のポリ酸である。なお、Na9[EuW10O36]・32H2Oは白色の固体であり、室温下での水への溶解度は約50g/Lである。得られた塗布液(1mL)を紙の全面に塗布し、室温下で風乾させることにより、サンプルAを作製した。塗布液の塗布は図1に示す方法に従って行った。
[実施例1−2]
BaCl2・2H2O(関東化学社製,0.3g)を水(10mL)に溶解させて塗布液を作製した。実施例1−1に従って得られたサンプルAの全面にこの塗布液(1mL)を塗布し、室温下で風乾させることにより、サンプルBを作製した。塗布液の塗布は図1に示す方法に従って行った。
[実施例1−3]
誘電体化合物としてのシアノエチルセルロース(ユナイテック社製,60mg)を、超音波攪拌によりN−メチル−2−ピロリドン(10mL)に溶解させる事により塗布液を作製した。実施例1−1に従って得られたサンプルAの全面にこの塗布液(1mL)を塗布し、室温下で風乾させることにより、サンプルCを作製した。塗布液の塗布は図1に示す方法に従って行った。
[EL測定]
発光紙であるサンプルA〜Cのそれぞれを用いて発光素子を作製し、それぞれについてEL発光特性を評価した。具体的には、図3に示すように、ガラス電極320(市販のITO透明ガラス電極,In2O3/SnO2)で発光紙310(サンプルA〜C)を挟み、市販のバネクリップ340で挟むことにより、発光素子300を作製した。そして、パルス電圧電源330を用いて電圧を電極320間に印加した際に発光紙310から放出されるEL発光を観測した。
図4に、EL測定システムのブロック図を示す。発光素子300からのEL発光は、分光器410(ニコン社製)−光電子増倍管420(浜松ホトニクス社製)−ボックスカー積分器430(エヌエフ回路設計ブロック社製)−記録計440により測定され、オシロスコープ450によりモニターされた。
2枚のITO電極間にパルス電圧を印加することにより、Na9[EuW10O36]・32H2Oに由来する赤色発光が観測された。その発光強度は、1周期のパルス電圧の印加が開始されると指数関数的に増大し、1周期のパルス電圧の印加が終了する直前において最大となり、1周期のパルス電圧の印加が終了すると指数関数的に減衰した。図5は、発光素子300に印加された、デューティ比1:4、周波数200Hz、グラウンドに対して負の高圧(−0.4kV)の矩形パルス電圧の電位波形と、このパルス電圧を発光素子300に印加した際に観測されたEL発光強度とを示す。図5はサンプルBについての測定結果を示すが、サンプルA,Cについても同様の発光強度を示す波形が得られた。図5に示すように、電圧の印加を開始してから1ミリ秒でEL発光強度は最大となった。この時のEL発光強度信号を、ボックスカー積分器430を用いて、ゲート幅5μs、ウインドウ幅5ms、サンプルポイント数1024、平均化回数24の条件で測定した。
サンプルA〜Cのいずれも、EL発光はある電圧を境に急に起こり以後印加電圧の増加とともに急激に増加し、十分に高い電圧ではマイクロプラズマを発生しブレークダウンした後、発光は消失した。EL発光が立ち上がる電圧(閾値電圧)は−0.3kV付近であり、印加電圧を増加させると指数関数的に発光強度は増加した。一方で、マイクロプラズマの発生が観測されるブレークダウン電圧は、サンプルAにおいては−0.45kVであり、サンプルBにおいては−0.6kVであったのに対し、サンプルCにおいては−1.0kVであった。このように、サンプルAと比較して、サンプルBにおいては少しだけ耐圧性が向上し、サンプルCにおいては大きく耐圧性が向上した。閾値電圧及びブレークダウン電圧値の測定は、観測されるEL発光強度及び印加電圧を順次増加あるいは減少させ、EL発光強度と印加電圧をプロットすることで行った。
サンプルBを用いてEL発光を観測するためには、低電圧(−0.1kV〜−0.2kV)の印加によるエージング工程、すなわち高電圧によりEL発光を行わせる前に一定時間低電圧を印加しておくこと、が必要であった。これは、エージング工程を通じてポリ酸に含まれている結晶水がその大きな比誘電率(およそ80)ゆえにポリ酸結晶内で分極による配向変化するためと考えられた。[EuW10O36]9−のアルカリ土類金属塩の結晶構造として、34個の結晶水を持つNaSr4[EuW10O36]・34H2Oが知られている(山瀬利博、尾関智二、上田恭太著、国際結晶学会誌、C49巻 1572−1574ページ、1993年)。このことから、ストロンチウムに比べイオン半径が大きいバリウムを有するポリ酸バリウム塩は、34個以上の結晶水を含むことが予想される。バリウム塩の形成により、ポリ酸の分子径及びポリ酸結晶の粒子径はともに増加する。このためポリ酸の結晶内の結晶場によって配向していた小さい分子径の水分子はその電気双極子ゆえに電圧印加によって分極される。従って、分子径、粒子径ともに大きなポリ酸バリウム塩の結晶水が再配向をして分極するには所定の緩和時間が必要とされるものと推定された。このようにエージング工程を通じてポリ酸バリウム塩の結晶水の一部またはすべてが再配向し、ポリ酸塩の誘電率が増加した結果、耐圧性が向上したものと考えられる。
サンプルBに対して−0.31kVのパルス電圧を印加した際に得られたEL発光スペクトルを図6に示す。スペクトルは、Eu3+固有の発光を示している。具体的には、592,618,650,695nm付近の発光ピークは、それぞれ5D0→7F1,7F2,7F3,7F4遷移に帰属される。
発光スペクトルで最も強い発光ピークである618nm付近の5D0→7F2遷移の発光強度を比較することで、サンプルA〜Cについての発光の相対強度を計算した。得られた結果を表1に示す。
表1の結果から明らかなように、サンプルA〜Cの間でEL発光の閾値電圧はほとんど変化しなかった。一方、不溶性のポリ酸アルカリ土類金属塩を担持しているサンプルBにおいては、サンプルAよりもEL発光強度が増加した。
なお、実施例1−2において、塗布液中の塩化バリウム濃度を増加させることによりEL発光強度が増加することが観察された。また、塗布される塩化バリウムとポリ酸とのモル比が16:1以上となるまで、塩化バリウム濃度の増加と共にEL発光強度は増加し、その後飽和した。また、実施例1−2において、塩化バリウムの代わりに塩化カルシウム又は塩化ストロンチウムを用いた場合についても、同様の結果が得られた。この結果は、NaSr4[EuW10O36]・34H2Oにおいてストロンチウムイオンとポリ酸陰イオンとのモル比が4:1であることとおおむね合致している。すなわち、イオン交換反応は紙繊維の隙間全体で生じるために、完全にイオン交換反応を進行させるためにはアルカリ土類金属イオンとポリ酸のモル比が4:1を超えるに十分な量のアルカリ土類金属イオンが必要であると考えられる。このように、この実験結果は、イオン交換反応が紙パルプの隙間全体に及んでいることを支持している。
このように、ポリ酸の可溶性塩を含有する塗布液を紙に塗布した後に、ポリ酸を不溶化させる塗布液を塗布することによりポリ酸を固定化させた実施例1−2によれば、ポリ酸の可溶性塩を含有する塗布液を紙に塗布する実施例1−1と比較して、EL発光強度が向上することが確認された。これは、実施例1−2の方法は、実施例1−1の方法と比較して、得られた紙に担持されるポリ酸の量を増加させることを示している。
また、サンプルCのように、紙内においてポリ酸の周囲の一部が誘電率の高いシアノエチルセルロースに占有されることにより、耐圧性の増加(ブレークダウン電圧の増加)が認められる。このように、シアノエチルセルロースのような誘電体化合物を紙が担持することにより、印加電圧の範囲も広くなってEL素子が安定化され、厳格な電圧制御の必要性が緩和されることが示された。
[実施例2]
4.5cm×10cmの大きさに裁断された紙(三善製紙社製,ディアライト25,パルプ質量25g/m2,厚さ40〜50μm)を用意した。また、無機分散型蛍光体としてのZnS:Cu,Cl(オスラム−シルバニア社製,粒径10〜100μm,2.75g)と、バインダーとしてのエチルセルロース(日新化成社製,エチルセルロースECビヒクルEC−300FTP,5mL)とを、超音波攪拌によりメタノール(100mL)に分散させることにより塗布液を作製した。得られた塗布液(1mL)を紙の全面に塗布し、室温下で風乾させることにより、サンプルDを作製した。塗布液の塗布は図1に示す方法に従って行った。
実施例1と同様に、サンプルDを用いて発光素子を作製し、EL発光特性を評価した。電圧を印加すると、サンプルD上でZnS:Cu,Clの緑色発光が認められた。図7は、グラウンドに対して負の高圧(−0.4kV)の矩形波電圧を発光素子に印加した際に観測された発光強度を示す。実施例1とは異なり、発光強度は、1周期のパルス電圧の印加が開始されると同時に急速に増大し、その後1周期のパルス電圧の印加途中であっても減衰した。また、1周期のパルス電圧の印加終了時に再び発光強度は急速に増大し、その後発光強度は減衰した。この経時変化は以下のように理解できる。すなわちパルス電圧の印加開始時には、サンプルD内の大きな電位勾配に加速された電子の大きな運動エネルギーによる蛍光体の発光センターの励起によりEL発光が生じるものと考えられる。また、パルス電圧の印加終了時には、蛍光体層内にトラップされた電子により逆バイアス(逆の高電圧)が生じ、これによって発光センターが再度励起されることによりEL発光が生じるものと考えられる。
図8には、発光素子に−0.24kVのパルス電圧を印加した際における、1周期のパルス電圧の印加終了時の1ミリ秒後に観測されたEL発光スペクトルを示す。図8に示すように、ZnS:Cu,Clに特徴的な、緑色に相当する、およそ470〜480nmの範囲の幅広い発光ピークが観測された。このように、無機分散型蛍光体の塗布液を紙に塗布することにより、無機分散型蛍光体を担持する発光紙が得られることが確認された。
[実施例3]
4.5cm×10cmの大きさに裁断された紙(三善製紙社製,ディアライト25,パルプ質量25g/m2,厚さ40〜50μm)を用意した。また、バインダーとしてのゼラチン(コニカ社製,TS−361 PC,14mg)と、発光材料としてのNa9[EuW10O36]・32H2O(MOデバイス社製,2g)とを、超音波攪拌により水(100mL)に溶解させることにより塗布液を作製した。得られた塗布液(1mL)を紙の全面に塗布し、室温下で1日間風乾させた。
次に、BaCl2・2H2O(0.25g)を水(10mL)に溶解させて塗布液を作製した。得られた塗布液(1mL)を、Na9[EuW10O36]・32H2Oを塗布乾燥した後の紙の全面に塗布し、室温下でさらに1日間風乾させた。
次に、無機分散型蛍光体としてのZnS:Cu,Cl(オスラム−シルバニア社製,粒径10〜100μm,0.3g)と、誘電体化合物としてのBaTiO3(0.3g)と、バインダーとしてのエチルセルロース(日新化成社製,エチルセルロースECビヒクルEC−300FTP,5mL)とを、超音波攪拌によりメタノール(100mL)に分散させることにより塗布液を作製した。得られた塗布液(1mL)を、上記BaCl2を塗布乾燥した後の紙の全面に塗布し、室温下でさらに1日間風乾させた。こうしてサンプルEを作製した。なお、それぞれの塗布液の塗布は図1に示す方法に従って行った。
実施例1と同様に、サンプルEを用いて発光素子を作製し、EL発光特性を評価した。図9には、発光素子に−0.36kVのパルス電圧を印加した際におけるEL発光スペクトルを示す。図9に示すように、得られた発光スペクトルには、ZnS:Cu,Clからの緑の発光に対応するスペクトルと、[EuW10O36]9−からの赤の発光に対応するスペクトルと、が独立に含まれていた。
このように、発光性のポリ酸を含有する塗布液を紙に塗布し、無機分散型蛍光体を含有する塗布液を紙に塗布することにより、発光性のポリ酸と無機分散型蛍光体とを担持する発光紙が得られることが確認された。このような発光性のポリ酸と無機分散型蛍光体とを担持する紙を発光層として用いた発光素子からは、発光性のポリ酸と無機分散型蛍光体とが干渉することなく、発光性のポリ酸に由来する発光と、無機分散型蛍光体に由来する発光と、の双方が観測されることが確認された。
また、実施例3において、塗布液中のNa9[EuW10O36]・32H2Oの濃度を増減させることにより、[EuW10O36]9−に由来する発光強度を増減させられることがわかった。同様に、塗布液中のZnS:Cu,Clの濃度を増減させることにより、ZnS:Cu,Clに由来する発光強度を増減させられることがわかった。