以下、添付図面に即してこの発明に係る自動変速機油の劣化判定装置を実施するための形態について説明する。
(実施形態)
図1はこの発明の実施形態に係る自動変速機油の劣化判定装置を全体的に示す概略図である。
図1において符号10は自動変速機(以下、単に「変速機」という)を示す。変速機10は車両(図示せず)に搭載され、駆動源、より具体的には内燃機関(以下「エンジン」という。図1で図示せず)の出力を変速して左右の駆動輪(図示せず)に伝達する。
図示の如く、変速機10は、互いに平行に設けられた入力軸(回転軸)12とDR(ドライブ)プーリ軸(回転軸)14とDN(ドリブン)プーリ軸(回転軸)16とアイドル軸18を備え、エンジンの出力はロックアップクラッチ20aを有するトルクコンバータ20を介して入力軸12から入力される。
DRプーリ軸14とDNプーリ軸16の間には、無段変速機構(Continuously Variable Transmission。以下「CVT機構」という)26が設けられる。
CVT機構26は、DRプーリ軸14に配設されたDRプーリ30とDNプーリ軸16に配設されたDNプーリ32と、その間に巻き掛けられた無端可撓性部材(例えば金属製のVベルト)34からなる。
DRプーリ30は、DRプーリ軸14に相対回転不能で軸方向移動不能に設けられた固定DRプーリ半体30aと、DRプーリ軸14に相対回転不能で固定DRプーリ半体30aに対して軸方向移動自在に設けられた可動DRプーリ半体30bからなる。
DNプーリ32は、DNプーリ軸16に相対回転不能で軸方向移動不能に設けられた固定DNプーリ半体32aと、DNプーリ軸16に相対回転不能で固定DNプーリ半体32aに対して軸方向移動自在に設けられた可動DNプーリ半体32bからなる。
可動DRプーリ半体30bと可動DNプーリ半体32bにはピストン室(油圧作動室)30b1,32b1が設けられ、可動DR,DNプーリ半体30b,32bはピストン室30b1,32b1に供給された作動油の油圧(側圧)に応じて固定DR,DNプーリ半体30a,32aに接近あるいは離間する。
入力軸12上には車両の進行方向を切り換える前後進切換機構36が設けられる。前後進切換機構36は前進(FWD)走行ギア38と前進(FWD)クラッチ40、および後進(RVS)走行ギア42と後進(RVS)クラッチ44からなる。
入力軸12からトルクコンバータ20を介して入力されるエンジンの出力は、前進走行ギア38または後進走行ギア42を介してDRプーリ軸14に伝えられ、DRプーリ軸14を車両前進方向または後進方向に回転させる。
DNプーリ軸16にはディファレンシャル機構46が接続される。ディファレンシャル機構46には左右の車軸48が固定されると共に、その端部には駆動輪(図示せず)が取り付けられる。
CVT機構26にあっては、DRプーリ30とDNプーリ32の両プーリ側圧を増減させてプーリ幅を変化させ、無端可撓性部材34の両プーリ30,32に対する巻き掛け半径を変化させて巻き掛け半径の比(プーリ比)に応じた所望の変速比(レシオ)を無段階で得ることができる。
図示の如く、変速機10はケース50に収容される。より具体的には、ケース50は、変速機10などの本体部分を収容するミッションケース(変速機ケース)52と、トルクコンバータ20などを収容するトルコンケース54とからなる。
また、変速機ケース52内部にはエンジンによって駆動される油圧(オイル)ポンプ56が設けられ、下部のオイルパン(リザーバ)から汲み上げたATF(自動変速機油)60をDR,DNプーリ30,32のピストン室30b1,32b1に圧送する。
DR,DNプーリ軸14,16は中空形状を呈し、DR,DNプーリ軸14,16内部の軸方向にそれぞれ各ピストン室30b1,32b1と連通する油路14a,16aが形成されると共に、変速機ケース52の壁内にも油路52aが形成され、油圧ポンプ56がオイルパンより汲み上げたATF60は、変速機ケース52の油路52a及びDR,DNプーリ軸14,16の油路14a,16aを介してDR,DNプーリ30,32のピストン室30b1,32b1に圧送(供給)されると共に、図示しない油圧制御バルブや前進、後進クラッチ40,44のピストン室などにも圧送される。
車両の適宜位置にはECU(Electronic Control Unit。電子制御ユニット)62が設けられる。
変速機ケース52の下部のオイルパンの付近に油温センサ64が設けられてATF60の油温を示す信号を出力すると共に、車軸48の付近には回転数センサ66が設けられ、車軸48の所定の回転角度ごとにパルス信号を出力する。
油温センサ64と回転数センサ66の出力はECU62に送られる。ECU62は回転数センサ66の出力信号の時間間隔を測定して車速(車両の走行速度)を検出する。
図示は省略するが、上記した油温センサ64と回転数センサ66以外にも多くのセンサが設けられ、それらセンサの出力もECU62に送られる。さらに、ECU62はエンジンの動作を制御するエンジンECU(図示せず)とも通信自在に構成され、エンジンECUを通じてエンジン回転数など多くのエンジン運転パラメータを取得する。
ECU62は、入力されたセンサ出力とエンジンECUを通じて取得したエンジン運転パラメータとに基づき、上記したトルクコンバータ20のロックアップクラッチ20aの係合量、DRプーリ30などのプーリ幅、前進クラッチ40あるいは後進クラッチ44の係合・非係合などを、それらの背圧室やピストン室などに供給される油圧を調整することで制御する。
さらに、ECU62は、ATF60の劣化を判定する。以下、ECU62のATF60の劣化判定動作(処理)について説明する。
図2はその動作を説明するフロー・チャートである。
先ずS10において劣化判断特定モードにあるか否か判断する(S:処理ステップ)。劣化判断特定モードは、ATF60の劣化判定を可能とする(許可する)モード所定の条件が成立したことを意味する。
図3は劣化判断特定モードにあるか否かの判断処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
最初にS100において回転数センサ66によって検出された車速と、CVT機構26で設定されている現在の変速比(レシオ)と、油温センサ64によって検出されたATF60の油温とを取得する(読み込む)。
次いでS102に進み、検出された油温が所定温度以上か否か判断し、否定されるときはS104に進み、通常モードにあり、劣化判断特定モードにはないと判断する。
一方、S102で肯定されるときはS106に進み、車速と変速比とから所定の特性を検索して要素回転数を算出する。
図4と図5はその特性を説明する説明図である。図4と図5において、要素回転数は変速機10の種々の要素(部位)の回転数、具体的にはCVT機構26のDRプーリ30とDNプーリ32とディファレンシャル機構(「デフ」と図示)46(より詳しくはそのリングギア)を意味する。
図4はCVT機構26の変速比(レシオ)がLOW端にあるとき、図5はそれがOD端にあるときの特性である。変速比がLOW端にあるときは要素1がDRプーリ30、要素2がDNプーリ32となり、OD端にあるときはその逆となる。
S106では回転数センサ66から検出される車速(横軸)と、その時点で設定されているCVT機構26の変速比に基づき、変速比がLOW端あるいはOD端にあるときは図4あるいは図5の特性に従って要素回転数を算出する一方、変速比がその間にあるときは、破線で示す如く、図4と図5の特性の間に設定される特性に従って要素回転数を算出する。より具体的には、要素1,2,3の3種の特性との交点を求め、それらの交点に対応する縦軸の値を読み取ることで、要素回転数を算出する。
このように、この実施形態に係る劣化判定では要素回転数なる概念を導入すると共に、S106の処理ではその要素回転数を算出する。これについては後述する。
図3フロー・チャートにあっては次いでS108に進み、算出された要素回転数(変速機10の回転要素(CVT機構26のDRプーリ30とDNプーリ32とディファレンシャル機構46)の回転数)が閾値(図4と図5に示す)以上か否か判断し、否定されるときはS104に進む一方、肯定されるときはS110に進み、S102で検出された自動変速機油の油温が所定温度以上と判断されると共に、S108で要素回転数が閾値以上と判断された状態の継続時間を計測する。
次いでS112に進み、S110で計測された継続時間が適宜設定する既定時間以上か否か判断し、否定されるときはS104に進む一方、肯定されるときはS114に進み、劣化判断特定モードにあると判断(判定)する。
このように、S102で検出された自動変速機油の油温が所定温度以上と判断され、かつS108で要素回転数が閾値以上と判断され、S112でその状態が適宜設定する既定時間以上継続したと判断されるとき、劣化判断特定モードにあると判定、換言すれば所定の条件が成立したと判断する。
その結果、図2フロー・チャートにおいては、S10の判断は肯定されてS12に進み、油温の上昇率を算出する。
図6はその処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
以下説明すると、S200において油温センサ64によって検出されたATF60の油温を再び取得し(読み込み)、S202に進み、前回値(例えば1minから5min前の値)との差分値(あるいは微分値)を求めて油温の上昇率を算出し、S204に進み、算出した値を次回の演算用に前回値として記憶する。
図2フロー・チャートに戻ると、次いでS14に進み、油温の上昇率を比較するための閾値(消泡性能の低下を推定させる閾値)を算出する。
図7はその処理を示すサブ・ルーチン・フロー・チャートである。
以下説明すると、S300において車速と変速比(レシオ)を再び取得し(読み込み)、S302に進み、取得された車速と変速比から図8に示す特性を検索して閾値を算出する。
図8に示す如く、閾値は変速比ごとに設定されると共に、車速が増加するほど増加するように設定される。これは、車速が増加するほど、変速機ケース52においてATF60の攪拌度合いが増加してフリクションが増加し、よって消泡性能が低下したと推定されるからである。同図に記載される上下3本の線は、下から上に向かうにつれて変速比が高くなるように設定される。
図2フロー・チャートに戻ると、次いでS16に進み、S12で算出された油温の上昇率がS14で算出された閾値以上か否か判断し、否定されるときは以降の処理をスキップする一方、肯定されるときはS18に進み、ATF60が劣化したと判定し、ATF交換警告灯を点灯してユーザにATF60の交換を促す。
尚、S18においてはATF交換警告灯の点灯に代え、オーディオ装置を利用した音声あるいはナビゲーション装置の画面を利用した映像(さらには音声と映像)などで交換を促すように構成しても良い。
上記した劣化判定について図9以降を参照して説明すると、図9に示す如く、走行距離が増加するにつれてATF60の消泡性能が悪化し、図10に示す如く、それに伴ってATF60の油温の上昇率が増加することは、良く知見されるところである。
しかしながら、AFT60の油温の上昇率を単純に閾値と比較するだけでは劣化と即断することはできない。
そこで、発明者はさらに知見を重ねた結果、車両の走行状態に基づいて消泡性能の低下(換言すればATF60の劣化)を推定させるに足る閾値を算出し、所定の条件の成立を判断することで劣化判定の可否を判断し、劣化判定が可能と判断されるとき、算出された油温の上昇率と比較するように構成すれば、ATF60の劣化を精度良く判定できることを見出してこの発明をなしたものである。
より詳しくは、ATF60の劣化が進むと、図11に示す如く、動油面(変速機ケース52内の変速機10の動作中のATF60の泡立ち油面)が高くなるという知見に基づき、動油面そのものは直接把握できないため、それに代え、図12に示すように要素回転数という概念を導入し、それが高くなる状態では攪拌抵抗が増加すると予想されることから、その要素回転数をトリガとして劣化の判定が可能か否か判断するようにした。
即ち、油温が比較的高く、算出される要素回転数が閾値以上となる状態が適宜設定する既定時間以上継続するような状況を劣化判定が可能とする劣化判断特定モードとし、そのモードにあるとき、ATF60の劣化を判定するようにした。これによってATF60の劣化を精度良く判定することができる。
尚、上記において、要素回転数の算出用に図4と図5に示す特性を例示したが、特性はそれらに限られるものではなく、要素を例えばATF60の攪拌(掻き上げ)度合い(換言すればATF60のフリクション)が大きいディファレンシャル機構46(より詳しくはそのリングギア)とし、図13に示す如く、要素1は、CVT機構26の変速比(レシオ)が小さいとき(LOW)の、要素2は中位のプーリ比が1のときの、要素3は大きいとき(OD)のディファレンシャル機構46の回転数を意味するように設定しても良い。
上記した如く、この実施形態にあっては、車両に搭載されて駆動源(エンジン)の回転を変速して駆動輪に伝達すると共に、変速機ケース52内に回転自在に支持される自動変速機10の作動・潤滑用の自動変速機油(ATF)60の劣化判定装置において、前記自動変速機油の油温を検出する油温検出手段(油温センサ64,ECU62,S12,S200)と、前記油温検出手段によって検出された油温の上昇率を算出する油温上昇率算出手段(ECU62,S12,S202)と、前記車両の走行状態に基づいて前記自動変速機油の消泡性能の低下を推定させる閾値を算出する閾値算出手段(ECU62,S14,S300,S302)と、所定の条件が成立したと判断されるとき(S100,S102,S106からS114)、前記算出された油温上昇率を閾値と比較し、前記算出された油温上昇率が閾値以上のとき、前記自動変速機油が劣化したと判定する劣化判定手段(ECU62,S16,S18)と、前記劣化判定手段によって前記自動変速機油が劣化したと判定されるとき、ユーザに前記自動変速機油の交換を促す交換督促手段(ECU62,S18)とを備える如く構成したので、簡易な構成でありながらATF(自動変速機油)60の劣化を精度良く判定することができる。
即ち、油温の上昇率が大きくなると、ATF60の消泡性能が悪化して劣化するという知見に基づき、車両の走行状態に基づいて消泡性能の低下を推定させる閾値を算出し、所定の条件が成立したと判断されるとき、算出された油温の上昇率と比較して劣化を判定するようにしたので、自動変速機油の劣化を簡易に判定することができる。また、多様な劣化要因に関連した複数の劣化要素を取得する工数が不要となるので、装置のコストを低くすることができる。また、これによってユーザも遅滞なくATF60を交換することができる。
また、前記劣化判定手段は、前記検出された自動変速機油の油温が所定温度以上で、かつ前記自動変速機の回転要素の回転数(要素回転数)が閾値以上の状態が既定時間以上継続したとき、前記所定の条件が成立したと判断する(ECU62,S10,S102,S106からS114)如く構成したので、自動変速機油の劣化を精度良く判定することができる。
即ち、油温の上昇率から劣化を判定するに際し、劣化が進行すると、変速機ケース52の動油面が高くなるという知見に基づき、油温と回転数と継続時間とから動油面が高くなる状況を所定の条件、換言すれば劣化判定が可能となる状況と見做し、そのときに油温の上昇率と閾値とを比較して劣化を判定するようにしたので、自動変速機油の劣化を精度良く判定することができる。
また、前記閾値算出手段は、前記車両の走行速度と変速比とに基づいて前記閾値を算出する(ECU62,S14,S300,S302)如く構成したので、自動変速機油(ATF)60の消泡性能の低下を推定させる閾値の算出に車両の走行状況を反映させることができ、よって自動変速機油(ATF)60の劣化を一層精度良く判定することができる。
尚、上記において自動変速機として無段変速機(CVT)を開示したが、それに止まるものではなく、自動変速機は有段変速機でもよく、あるいはツインクラッチ型の変速機であっても良い。