以下、本発明に係る車両の制動制御装置の実施形態について図面を参照しつつ説明する。以下において、特段の断りがない場合には、各種記号の末尾に付される添字(「l」、又は、「r」)は、左右車輪のうちで、何れのものに対応するかを表示している。具体的には、添字「l」は左側車輪、添字「r」は右側車輪に対応するものを表している。例えば、「WCl」は左前輪のホイールシリンダ、「WCr」は右前輪のホイールシリンダを、夫々、示す。また、各図において、同一の記号が付されているものは、同一の機能を有するものであり、その説明が省略され得る。
<本発明に係る制動制御装置を備える車両の全体構成>
図1に示すように、本発明に係る制動制御装置を備える車両には、制動操作部材BP、操作量取得手段BPA、電子制御ユニットECU、電源(バッテリ)BAT、マスタシリンダMCL、リザーバ、RSV、ストロークシミュレータSSM、電磁弁VSM,VMl,VMr、電気モータMTR、及び、調圧機構CLKが備えられている。さらに、車両の前方車輪WHl,WCrには、ブレーキキャリパCPl、CPr、ホイールシリンダWCl,WCr、及び、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTl、KTrが備えられている。
図1において、左前輪WHlに対応するもの(VMl等)と、左前輪WHrに対応するもの(VMr等)とは同じであるため、左前輪WHlに対応するものについて説明する。なお、左前輪WHrに対応するものについては、説明の記載において、「左」を「右」に置き換えるとともに、記号末尾の添字「l」を、添字「r」に置換することによって説明され得る。
制動操作部材(例えば、ブレーキペダル)BPは、運転者が車両を減速するために操作する部材である。制動操作部材BPが操作されることによって、前輪WHlの制動トルクが調整され、各前輪に制動力が発生される。車両の前輪WHlには、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTlが固定される。また、前輪WHlには、ホイールシリンダWClが設けられる。ホイールシリンダWCl内の制動液圧が増加されることによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが、回転部材KTlに押し付けられる。このときに生じる摩擦力によって、車両の前輪WHlに制動トルクが発生される。
制動操作部材BPには、操作量取得手段BPAが設けられる。操作量取得手段BPAによって、運転者による制動操作部材BPの操作量(制動操作量)Bpaが取得(検出)される。操作量取得手段BPAとして、マスタシリンダMCLの圧力を検出するセンサ(圧力センサ)PMC、制動操作部材BPの操作力を検出するセンサ(ブレーキペダル踏力センサ)、及び、BPの変位量を検出するセンサ(ブレーキペダル変位センサ)うちの少なくとも1つが採用され得る。従って、制動操作量Bpaは、マスタシリンダ圧Pmc、ブレーキペダル踏力、及び、ブレーキペダル変位のうちの少なくとも1つに基づいて演算される。制動操作量Bpaは、電子制御ユニットECUに入力される。
電子制御ユニットECUによって、操作量Bpaに基づいて、電気モータMTR、及び、電磁弁VSM,VMlが制御される。具体的には、電子制御ユニットECUには、電気モータMTR、及び、電磁弁VSM,VMlを制御するための制御手段CTLが設けられる。制御手段CTLは制御アルゴリズムであって、電子制御ユニットECU内のマイクロコンピュータにプログラムされている。電子制御ユニットECUへは、蓄電池BAT、及び、発電機ALTによって、電力が供給される。
電子制御ユニットECUには、車輪速度取得手段VWAによって取得される車輪速度(車輪の回転速度)Vwa、ヨーレイト取得手段YRAによって取得されるヨーレイトYra、横加速度取得手段GYAによって取得される横加速度Gya、マスタシリンダ圧力取得手段PMCによって取得されるマスタシリンダ圧力Pmc、及び、ホイールシリンダ圧力取得手段PClによって取得されるホイールシリンダ圧力Pclが入力される。電子制御ユニットECUからは、電磁弁VSMの駆動信号Svs、及び、電磁弁VMlの駆動信号Svmlが出力される。
マスタシリンダ(ブレーキマスタシリンダともいう)MCLは、制動操作部材BPの操作力(ブレーキペダル踏力)を液圧に変換し、前輪ホイールシリンダWCl(左側)に制動液を圧送する。即ち、マスタシリンダMCLは、前輪ホイールシリンダWClに流体配管HMl,HWlで接続される。
制動操作部材BPに操作力を発生させるため、ストロークシミュレータ(単に、シミュレータともいう)SSMが設けられる。例えば、シミュレータSSMの内部には、ピストン、及び、弾性体(例えば、圧縮ばね)が備えられる。マスタシリンダMCLから制動液BFLがシミュレータSSMに移動され、流入する制動液BFLによりピストンが押される。ピストンは、弾性体によって制動液の流入を阻止する方向に力が加えられる。弾性体によって、制動操作部材BPが操作される場合の操作力(例えば、ブレーキペダル踏力)が形成される。図1では、シミュレータSSMは車輪WHlに対して設けられているが、車輪WHlに代えて、車輪WHrに対して設けられ得る。この場合、シミュレータSSMは電磁弁VSMを介して、配管HMrに接続される。
マスタシリンダMCLとホイールシリンダWClとの間に、電磁弁VMlが設けられる。そして、電磁弁VMlに対して、ホイールシリンダWClの側(即ち、MCLとは反対側)に調圧機構CLKが設けられる。調圧機構CLKは、電気モータMTRによって駆動され、電磁弁VMlとホイールシリンダWClとの間の配管HWlに接続されている。
調圧機構CLKは、減速機GSK、回転・直動変換機構(ねじ部材)NJB、制御ピストンPSC、及び、制御シリンダSCLにて構成される。電気モータMTRの回転動力(出力トルク)Tqは、先ず、減速機GSKに入力される。そして、回転動力Tqが減速されて、減速機GSKから出力される。ねじ部材NJBが、減速機GSKの出力軸Jdkに接続されている。ねじ部材NJBにて、減速機GSKからの回転動力が直線動力Fsに変換される。さらに、ねじ部材NJBは、制御ピストンPSCに接続されている。
制御ピストンPSCは、制御シリンダSCLと組み合わされて、1つのシリンダ/ピストンを形成している。具体的には、制御ピストンPSC、及び、制御シリンダSCLによって、流体室Rscが形成(区画)される。回転動力Tqから変換された直線動力Fsによって、制御ピストンPSCは移動される(SCLの中心軸方向に往復運動される)。流体室Rsc内には制動液BFLが充填されており、この往復運動によって、制御シリンダSCLとホイールシリンダWClとの間で制動液BFLの移動が行なわれる。結果、ホイールシリンダWCl内の制動液BFLの圧力が調整される。
〔流体配管を介した各構成要素の接続状態〕
各構成要素(WCl等)が、流体配管によって接続される状態について説明する。ここで、流体配管の接続状態は、各機械部品(電磁弁、配管等)の接続を表すもので、電磁弁の開閉による流体的な接続(連通、又は、非連通)を表現するものではない。なお、「連通」は、複数の部材内部の流体BFLが、互いに自由に移動できる状態を表し、「非連通」は、この流体移動が不可である状態を指す。
運転者によって操作される制動操作部材(ブレーキペダル)BPが、プッシュロッドを介して、マスタシリンダMCL内のマスタピストンMPlに接続される。制動液BFLが補充され得るように、マスタシリンダMCLはリザーバRSVに接続される。マスタシリンダMCLは、配管HMlを介して、電磁弁VMl(遮断弁とも称呼する)に接続される。電磁弁VMlは、配管HWlを介して、ホイールシリンダWClに接続される。即ち、マスタシリンダMCLは、配管HMl,HWl、及び、電磁弁VMlを介して、ホイールシリンダWClに接続される。また、マスタシリンダMCLは、電磁弁VSMを介して、ストロークシミュレータSSMに接続される。
電気モータMTRによって駆動される調圧機構CLKは、電磁弁VMlとホイールシリンダWClとの間で配管HWlに接続される。調圧機構CLKによって発生される圧力を検出するために、液圧取得手段(圧力センサ)PClが、調圧機構CLKからホイールシリンダWClに到る流体経路内に設けられる。
各電磁弁(VMl等)の機能(役割)と、その作動について、制動制御装置が適正に作動している場合(適正判定時)と、適正には作動していない場合(不適判定時)に分けて説明する。電磁弁(遮断弁)VMlは、マスタシリンダMCLとホイールシリンダWClとの連通状態(即ち、開位置)と非連通状態(即ち、閉位置)とを切り替える。電磁弁VMlとしては、常時開型(NO弁ともいう)であって、非通電時に開位置、且つ、通電時に閉位置にされるものが採用される。なお、電磁弁VMlは、電子制御ユニットECUからの信号Svmlによって駆動される。
〔適正判定時の連通状態〕
後述する判定手段HNTが「適正状態」を判定している場合(適正判定時とも称呼される)について説明する。この場合には、電磁弁VMlが閉位置(非連通状態)にされる。従って、ホイールシリンダWClは、マスタシリンダMCLとは非連通状態とされ、調圧機構CLKに連通されている。
この場合、調圧機構CLK内でピストンが移動され、調圧機構CLK内の流体室Rscの体積が減少されることによって、制動液BFLが調圧機構CLKからホイールシリンダWClに向けて排出され、ホイールシリンダWClの制動液圧が増加される。ホイールシリンダWClの制動液圧が増加されることによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTlを押圧する力が増加し、車輪WHlの制動トルクが増加される。一方、車輪WHlの制動トルクが減少される場合には、流体室Rscの体積が増加されることによって、制動液BFLがホイールシリンダWClから調圧機構CLKに戻される。ホイールシリンダWClの制動液圧が減少され、回転部材KTlに摩擦部材MSBを押圧する力が減少される。即ち、調圧機構CLK(具体的には、Rsc)における容積が調整されることによって、車輪に付与される制動トルクが制御される。
さらに、適正判定時には、電磁弁VSMが開位置(連通状態)にされ、マスタシリンダMCLはストロークシミュレータ(単に、シミュレータともいう)SSMに流体的に接続される(連通される)。シミュレータSSMの内部には弾性体(例えば、圧縮ばね)が備えられる。この弾性体によって、制動操作部材BPが操作される場合の操作力(例えば、ブレーキペダル踏力)が形成される。なお、電磁弁VSMは、ECUからの信号Svsによって駆動される。
〔不適判定時の連通状態〕
判定手段HNTが「不適状態」を判定している場合(不適判定時とも称呼される)には、駆動信号Svmlによって、電磁弁VMlが開位置(連通状態)にされ、ホイールシリンダWClは、マスタシリンダMCLに連通されている。即ち、マスタシリンダMCL内でピストンMPlが移動され、マスタシリンダMCL内の流体室Rmlの体積が減少されることによって、制動液BFLがマスタシリンダMCLから前輪ホイールシリンダWClに向けて排出される。
マスタシリンダMCLは、所謂、タンデムマスタシリンダであって、その内部で、マスタピストンMPl,MPrによって、2つの流体室Rml,Rmrに区画されている。これらの流体室Rml,Rmrは、制動操作部材BPの操作が行われていない場合には、リザーバRSVに、リリーフポートを通して連通されている。制動操作部材BPに操作力が加えられると、プッシュロッドを介して、マスタシリンダMCL内のマスタピストンMPl,MPrが移動される。マスタピストンMPl,MPrの外周部にはカップシール(液圧を保持するためのカップ状のゴムシール)が設けられ、このカップシールによってリリーフポートが塞がれて、流体室Rml,RmrとリザーバRSVとの連通が妨げられ、制動液BFLが流体室Rml,RmrからホイールシリンダWCl,WCrに向けて圧送される。
制動液BFLは、ホイールシリンダWClに移動され、ホイールシリンダWClの液圧増加によって、摩擦部材の回転部材KTlに対する制動液圧が増加され、前輪WHlの制動トルクが増加される。一方、前輪WHlの制動トルクが減少される場合には、制動液が、前輪ホイールシリンダWClからマスタシリンダMCLに戻される。
さらに、不適判定時には、駆動信号Vsmによって、電磁弁VSMが閉位置(非連通状態)にされ、マスタシリンダMCLとシミュレータSSMとの連通は遮断される。即ち、不適判定時には、シミュレータSSMでは制動液量が消費されない。従って、制動操作部材BPが操作される場合の操作力(ブレーキペダルの踏力)は、マスタシリンダMCLからホイールシリンダWClに到る流体経路の剛性に依存して形成される。
図1では、左右の車輪WHl,WHrが車両前方にあるもの(即ち、前輪に対応するもの)について示されている。これに代えて、左右の車輪WHl,WHrが車両後方にあるもの(即ち、後輪に対応するもの)に置換され得る。この構成であっても、同様の効果を奏する。
<電子制御ユニットECUにおける処理>
次に、図2の機能ブロック図を参照して、電子制御ユニットECUでの演算処理について説明する。
車両には、制動操作部材(ブレーキペダル)BP、電源BAT(蓄電池),ALT(発電機)、及び、電子制御ユニットECUが備えられる。蓄電池BAT、及び、発電機ALTが、総称して「電力源(電源)」と称呼される。電子制御ユニットECUは、電力線(パワー線)PWLを介して、電力源(BAT等)から電力供給を受け、電気モータMTR、及び、電磁弁VSM,VMl,VMrを制御する。電子制御ユニットECUにおける処理は、制御処理ブロック(制御手段)CTL、駆動手段DRV、及び、電磁弁制御ブロックSOLにて構成される。
制御手段(制御処理ブロック)CTLは、アンチスキッド制御ブロックABS、トラクション制御ブロックTCS、車両安定化制御ブロックESC、指示液圧演算ブロックPWS、目標通電量演算ブロックIMT、及び、判定演算ブロックHNTにて構成される。制御手段CTLは、制御アルゴリズムであり、電子制御ユニットECU内のマイクロコンピュータにプログラムされている。
アンチスキッド制御ブロックABSでは、各車輪に設けられる車輪速度取得手段VWAの取得結果(車輪速度Vwa)に基づいて、車輪ロックを防止するようアンチスキッド制御(Anti-skid Control)を実行するための目標液圧Pabsが演算される。即ち、アンチスキッド制御用の目標液圧Pabsは、車輪ロックを防止するための制動液圧の目標値である。ここで、「制動液圧」とは、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが、回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTl、KTrを押圧する圧力であり、ホイールシリンダWCl,WCr内の液圧に相当する。
具体的には、アンチスキッド制御ブロックABSでは、各車輪の車輪速度(回転速度)Vwa、及び、公知の方法に基づいて、車両速度(車体速度)Vsoが演算される。例えば、各車輪速度Vwaのうちで最も速いものが選択されて、車両速度Vsoとして演算され得る。そして、車両速度Vso、及び、車輪速度Vwaに基づいて、各車輪のスリップ速度Vslpが演算される。車輪スリップ速度Vslpは、車輪速度Vwaから車体速度Vsoが減ぜられて演算される。さらに、各輪の車輪速度Vwa、及び、公知の方法に基づいて、車輪加速度dVwが演算される。例えば、車輪速度Vwaが時間微分されて、車輪加速度dVwが演算され得る。車輪スリップ状態量Slpは、スリップ速度Vslp、及び、加速度dVwの少なくとも何れか1つの状態量に基づく値(変数)である。アンチスキッド制御ブロックABSでは、車輪スリップ状態量Slp(Vslp,dVw)に基づいて、目標制動液圧Pabsが決定される。
同様に、トラクション制御ブロックTCSでは、車輪速度取得手段VWAの取得結果(車輪速度Vwa)に基づいて、車輪スピン(過回転)を抑制するようトラクション制御(Traction Control)を実行するための目標液圧Ptcsが演算される。即ち、トラクション制御用の目標液圧Ptcsは、車輪スピンを抑制するための制動液圧の目標値である。
さらに、車両安定化制御ブロックESCでは、車両挙動取得手段(ヨーレイトセンサYRA、横加速センサGYA)の取得結果(ヨーレイトYra、横加速度Gya)に基づいて、車両の安定性を維持するよう車両安定化制御(Electronic Stability Control)を実行するための目標液圧Pescが演算される。即ち、車両安定化制御用の目標液圧Pescは、過度な車両のアンダステア、及び/又は、オーバステアを抑制するための制動液圧の目標値である。
指示液圧演算ブロックPWSでは、制動操作量Bpa、及び、演算特性(演算マップ)CHpwに基づいて、指示液圧Pwsが演算される。ここで、指示液圧Pwsは、調圧機構CLKによって発生される制動液圧の目標値である。具体的には、演算特性CHpwにおいて、操作量Bpaがゼロ(制動操作が行われていない場合に相当)以上から所定値bp0未満の範囲では指示液圧Pwsがゼロに演算され、操作量Bpaが所定値bp0以上では指示液圧Pwsがゼロから単純増加するように演算される。
目標通電量演算ブロックIMTでは、指示液圧Pws等に基づいて、調圧機構CLKを駆動する電気モータMTRの目標通電量Imt(MTRを制御するための通電量の目標値)が演算される。ここで、「通電量」とは、電気モータMTRの出力トルクを制御するための状態量(変数)である。電気モータMTRは電流に概ね比例するトルクを出力するため、通電量の目標値(目標通電量)として電気モータMTRの電流目標値が用いられ得る。また、電気モータMTRへの供給電圧を増加すれば、結果として電流が増加されるため、目標通電量として供給電圧値が用いられ得る。さらに、パルス幅変調におけるデューティ比によって供給電圧値が調整され得るため、このデューティ比(一周期における通電時間の割合)が通電量として用いられ得る。
目標通電量演算ブロックIMTでは、電気モータMTRの回転すべき方向(即ち、液圧の増減方向)に基づいて、目標通電量Imtの符号(値の正負)が決定され、電気モータMTRの出力すべき回転動力(即ち、液圧の増減量)に基づいて、目標通電量Imtの大きさが演算される。具体的には、制動液圧を増加する場合には、目標通電量Imtの符号が正符号(Imt>0)に演算され、電気モータMTRが正転方向Fwdに駆動される。一方、制動液圧を減少させる場合には、Imtの符号が負符号(Imt<0)に決定され、電気モータMTRが逆転方向Rvsに駆動される。さらに、目標通電量Imtの絶対値が大きいほど電気モータMTRの出力トルク(回転動力)が大きくなるように制御され、Imtの絶対値が小さいほど出力トルクが小さくなるように制御される。
目標通電量演算ブロックIMTには、液圧制御ブロックEAS、慣性補償制御ブロックKHS、及び、急停止制御ブロックQTCが含まれる。
目標通電量演算ブロックIMTの液圧制御ブロックEASでは、アンチスキッド制御用目標液圧Pabs、トラクション制御用目標液圧Ptcs、及び、車両安定化制御用目標液圧Pescのうちから1つが選択される。目標液圧の選択順位は、車両の走行状態、及び、車輪の状態に基づいて決定される。なお、該当する車輪が駆動車輪でない場合(ドライブトレインに接続されない場合)には、Ptscは選択されない。そして、液圧目標値Pabs、Ptcs、及び、Pescのうちの1つ、及び、指示液圧Pwsに基づいて、最終的な液圧の目標値Pwtが決定される。具体的には、目標制動液圧(Pabs、Ptcs、又は、Pesc)によって、指示液圧Pwsが修正されて、最終的な目標液圧Pwtが演算される。
さらに、液圧制御ブロックEASでは、液圧目標値Pwt、及び、液圧実際値Pcl,Pcrに基づいて、電気モータMTRの目標通電量Istが演算される。ここで、液圧実際値Pcl,Pcrは、液圧取得手段(圧力センサ)PCl,PCrによって取得(検出)される液圧の実際値(実液圧)である。液圧制御ブロックEASでは、先ず、目標液圧Pwt、及び、予め設定された演算マップに基づいて、目標通電量Istにおけるフィードフォワード成分Ist1が演算される。次に、目標値Pwtと実施値Pcl,Pcrとの偏差に基づいて、Istにおけるフィードバック成分Ist2が演算される。具体的には、液圧偏差が減少するようIst2が決定される。そして、フィードフォワード成分Ist1が、フィードバック成分Ist2によって修正され、目標通電量Istが演算される(例えば、Ist=Ist1+Ist2)。
目標通電量演算ブロックIMTの慣性補償制御ブロックKHSでは、電気モータMTR、及び、調圧機構CLKの慣性モーメント(イナーシャ)の影響が補償される。具体的には、慣性補償制御ブロックKHSでは、上記慣性モーメントの影響を補償するための通電量の目標値Ijt、Iktが演算される。電気モータが停止、或いは、低速で運動している状態から運動(回転運動)が加速される場合に、制動液圧発生の応答性を向上させることが必要である。この場合に対応する加速時の慣性補償通電量Ijtが演算される。従って、Ijtは、慣性補償制御における加速時制御の通電量の目標値であり、電気モータの目標通電量を増加させる値である。また、電気モータが運動(回転運動)している状態から減速して停止していく場合に、制動液圧のオーバシュートを抑制し、その収束性を向上することも必要である。この場合に対応する減速時の慣性補償通電量Iktが演算される。従って、Iktは、慣性補償制御における減速時制御の通電量の目標値であり、電気モータの目標通電量を減少させる値である。
目標通電量演算ブロックIMTの急停止制御ブロックQTCでは、アンチスキッド制御が開始される時点における電気モータMTRの運動状態に基づいて、急停止制御の通電量の目標値(急停止通電量)Iqtが演算される。急停止制御ブロックQTCでは、目標液圧に対する実液圧の追従の遅れに起因する過大なスリップ(車輪のロック傾向)を抑制するために、電気モータMTRの能力の最大限で急減速し、緊急的に電気モータMTRの回転運動を停止させる制御である。そのため、QTCでは、急停止制御の通電量の目標値(急停止通電量)Iqtとして、制動液圧が減少していく電気モータの回転方向(逆転方向)Rvsにおいて、通電可能な最大量(通電限界値)immが、ステップ的(それまでのImtとは不連続であって階段状に、且つ、瞬時に)指示される。ここで、通電限界値imm(Rvs方向に対応する負の値)は、電気モータMTR、或いは、駆動回路DRVの最大電流等に相当する値に基づいて、予め設定されている。
目標通電量演算ブロックIMTでは、電気モータMTRの最終的な目標値である目標通電量Imtが演算される。IMTでは、慣性補償通電量Ijt(加速時)、Ikt(減速時)、及び、急停止通電量Iqtによって、目標通電量Istが調整されて、最終的な目標通電量Imtが演算される。具体的には、通電量調整演算ブロックIMTにて、指示通電量Istに対してフィードバック通電量Iptが加えられ、さらに、慣性補償通電量Ijt,Ikt、及び、急停止通電量Iqtのうちの何れか一方が加算されて、その総和が目標通電量Imtとして演算される。慣性補償制御と急停止制御との優先順位付けにおいては、急停止通電量Iqtが、慣性補償通電量Ijt,Iktよりも優先的に出力される。即ち、急停止通電量Iqtが、慣性補償通電量Ijt,Iktと同時に入力された場合には、慣性補償通電量Ijt,Iktがゼロとされて、急停止通電量Iqtが出力される。
判定演算ブロック(判定手段)HNTは、電気モータMTRの作動状態の適否を含む、システム全体の作動状態の適否を判定する。電気モータMTRの作動状態の適否は、電気モータMTRへの電力供給状態(例えば、供給電圧)、電気モータMTRを駆動する電子制御ユニットECUの作動状態、及び、電気モータMTRの制御に利用される状態量を取得する取得手段(MKA、IMA等)の作動状態のうちの少なくとも1つに基づいて判定される。
判定演算ブロックHNTは、初期診断ブロックCHK、及び、作動監視ブロックMNTにて構成される。判定演算ブロックHNTは、制御アルゴリズムであって、ECU内のマイクロコンピュータにプログラムされている。
初期診断ブロックCHKでは、電気モータMTRを含む、システム(制動装置)の作動が開始される前の初期診断(所謂、イニシャルチェック)が実行される。また、作動監視ブロックMNTでは、電気モータMTRを含む、システム全体の作動が常時、モニタされる。判定演算ブロックHNTでは、作動状態の適否を表す信号FLsdが、電磁弁制御ブロックSOLに出力される。例えば、信号FLsdは、制御フラグであって、FLsd=0が「不適状態」を表し、FLsd=1が「適正状態」を表す。初期診断ブロックCHK、及び、作動監視ブロックMNTでの判定結果のうちで何れか一方が「不適状態」である場合には、FLsd=0(不適判定)が出力される。従って、FLsd=1(適正判定)は、初期診断ブロックCHK、及び、作動監視ブロックMNTでの判定結果が、いずれも「適正状態」の場合に限って出力される。
初期診断ブロックCHKでは、制動制御装置への電力供給状態、電子制御ユニットECU自身の診断(例えば、メモリ診断)、電気モータMTR、ブリッジ回路S1〜S6、電気モータ用の通電量取得手段IMA、回転角取得手段MKA、電磁弁(VSM等)、電磁弁用の通電量取得手段ISA、及び、液圧取得手段(PCl等)のうちの少なくとも1つの診断(作動確認)が実行される。具体的には、ECUに供給される電圧が、所定電圧vl0未満の状態から、所定電圧vl0以上の状態に遷移した時点において、初期診断のトリガ信号FLckに基づいて、上記の各機能のうちの少なくとも1つの作動診断(イニシャルチェック)が実行される。なおECUにおける供給電圧が値vl0未満から値vl0以上に遷移する時点が、「起動時」と称呼される。例えば、トリガ信号(制御フラグ)FLckは、通信バスCANから受信される信号に基づいて決定される。
初期診断ブロックCHKでは、電子制御ユニットECUの起動後であって、FLck=1の状態である場合に初期作動診断が開始される。FLck=1の状態は、運転者が車両に近接している状態、車両ドアが開かれた後に閉じられた状態、運転者が車両シートに着座した状態、イグニッションスイッチがオンされた状態、及び、車両が走行している状態のうちの少なくとも1つである。従って、これらの状態は、スマートエントリにおける電子キーの近接信号、車両ドアの開閉信号、車両シートへの着座信号、イグニッションスイッチのオン信号、及び、車両速度のうちの少なくとも1つに基づいて決定される。ここで、スマートエントリは、機械的な鍵を使用せずに車両のドア等の施錠・開錠、エンジンの始動が可能な自動車の機能のことである。スマートエントリでは、運転者の持つ鍵(携帯機)と、車両に搭載されている電子制御ユニット(コンピュータ)との間で通信が行われ、通信が成立する場合にドアの施錠・開錠が行われる。
初期診断(イニシャルチェック)においては、初期診断ブロックCHKからブリッジ回路、及び、各電磁弁に向けて、診断用の駆動信号が送信される。そして、その結果として、通電量取得手段IMA,ISA、回転角取得手段MKA、及び、液圧取得手段(PCl等)の取得結果(各センサの検出結果)のうちのすくなくとも1つの変化が、CHKにて受信される。この受信結果に基づいて、ブリッジ回路(即ち、スイッチング素子)、電気モータMTR、電磁弁、通電量取得手段IMA,ISA、回転角取得手段MKA、及び、液圧取得手段のうちの少なくとも1つの機能が、正常に作動し得る状態であるか、否かが診断される。万一、機能(作動)に不都合が存在する場合には、不適信号FLsd=0が出力されるとともに、予め設定される処置(例えば、運転者への報知と作動の制限又は停止)が行われる。
同様に、作動監視ブロックMNTでも、制動制御装置への電力供給状態、ブリッジ回路(即ち、スイッチング素子)、電気モータMTR、電磁弁、通電量取得手段IMA,ISA、回転角取得手段MKA、及び、液圧取得手段のうちの少なくとも1つの機能が、正常に作動し得る状態であるか、否かが診断される。これらの構成要素の診断は、電気モータMTR、及び、電磁弁の目標値と、その結果(実際値)との比較に基づいて、適否の判定が行われる。具体的には、目標値と実際値との偏差が予め設定された所定値未満の場合には適正状態が判定され、該偏差が所定値以上の場合に不適状態が判定される。各構成要素(MTR等)の機能に不適状態が存在する場合には、CHKでの演算処理と同様に、不適信号FLsd=0が出力されるとともに、予め設定される処置(例えば、運転者への報知と作動の制限又は停止)が行われる。
初期診断ブロックCHK、及び、作動監視ブロックMNTでの判定結果のうちで、少なくとも1つが「不適状態」であると判定される場合には、システム不適を表す判定結果FLsd=0が、判定手段HNTから出力される。そして、初期診断ブロックCHK、及び、作動監視ブロックMNTの判定結果の両方が、「適正状態」であると判定される場合に限って、システム適正を表す判定結果FLsd=1(適正判定)が、判定演算ブロック(判定手段)HNTから出力される。
後述する電磁弁制御ブロックSOLでは、適否状態を表す制御フラグFLsdが受信され、FLsdに基づいて、各電磁弁の通電状態が制御される。電気モータMTRを含むシステム全体が適正に作動している場合(FLsd=1が受信される場合)には、上記のように、「制動操作有り(即ち、Bpa≧bp0)」、及び、「TCS又はESCの作動状態(即ち、FLcb=1)」の条件に基づいて、電磁弁VSM,VMl,VMrの駆動状態(通電状態)が制御される。しかし、システム作動(例えば、電気モータMTRの作動状態)が不適である場合(FLsd=0が受信される場合)には、「制動操作有り(即ち、Bpa≧bp0)」、及び、「TCS又はESCの作動状態(即ち、FLcb=1)」の条件の関わらず、電磁弁VSM,VMl,VMrへの通電が停止される。従って、電磁弁VSMは閉位置に維持又は変更され、電磁弁VMl,VMrが開位置に維持又は変更される。即ち、システム作動が不調であるときには、マスタシリンダMCLとホイールシリンダWCl,WCrとが連通状態にされる。
なお、電子制御ユニットECUにおいても、電力源(BAT等)から電力が供給されて、その機能を発揮している。このため、電力源が不調の場合(即ち、供給電力が不足する場合)には、ECU自身が機能せず、電気モータMTR、及び、電磁弁(VSM等)への給電が行われ得ない。しかし、電磁弁VSMとして、常時閉型の電磁弁(NC弁)が採用され、電磁弁VMl,VMrとして、常時開型の電磁弁(NO弁)が採用される。この結果、電力源が不適状態である場合においても、マスタシリンダMCLとシミュレータSSMとの連通は遮断され、マスタシリンダMCLとホイールシリンダWCl,WCrとの連通は確保され得る。
電気モータMTRの駆動回路(駆動手段)DRVでは、目標通電量Imtに基づいて、電気モータMTRの回転動力(出力)と、その方向が調整される。駆動手段DRVは、電気モータMTRを駆動するための複数のスイッチング素子にて構成されるブリッジ回路、パルス幅変調ブロックPWM、スイッチング制御ブロックSWT、及び、通電量取得手段IMAにて構成される。
電気モータMTRとして、ブラシレスモータが採用される場合には、ブリッジ回路は、6つのスイッチング素子(S1乃至S6)で構成される(所謂、3相ブリッジ回路)。3相ブリッジ回路では、回転角取得手段MKAの検出結果(回転角Mka)に基づいて、U相(端子Tu)、V相(端子Tv)、及び、W相(端子Tw)のコイル通電量の方向(即ち、励磁方向)が順次切り替えられて、電気モータMTRが駆動される。なお、ブラシレスモータの回転方向(Fwd、又は、Rvs)は、ロータと励磁する位置との関係によって決定される。
パルス幅変調ブロックPWMでは、目標通電量Imtに基づいて、各スイッチング素子S1〜S6についてパルス幅変調(PWM、Pulse Width Modulation)を行うための指示値(目標値)が演算される。例えば、目標通電量Imt、及び、予め設定される特性(演算マップ)に基づいて、パルス幅のデューティ比Dut(周期に対するオン時間の割合)が決定される。併せて、目標通電量Imtの符号(正符号、或いは、負符号)に基づいて、電気モータMTRの回転方向が決定される。電気モータMTRの回転方向は、正転方向Fwdが正(プラス)の値、逆転方向Rvsが負(マイナス)の値として設定される。
スイッチング制御ブロックSWTでは、デューティ比(目標値)Dutに基づいて、ブリッジ回路を構成するスイッチング素子S1〜S6の駆動信号が演算される。これらの駆動信号に基づいて、各スイッチング素子S1〜S6の通電、又は、非通電の状態が制御される。具体的には、デューティ比Dutが大きいほど、スイッチング素子S1乃至S6において、単位時間当りの通電時間が長くされ、より大きな電流が電気モータMTRに流され、電気モータMTRの出力(回転動力)が大とされる。
駆動手段DRVには、通電量取得手段(例えば、電流センサ)IMAが備えられ、実際の通電量(例えば、実際の電流値)Imaが取得(検出)される。そして、スイッチング制御ブロックSWTにおいて、所謂、電流フィードバック制御が実行される。実際の通電量Imaと目標通電量Imtとの偏差ΔImに基づいて、デューティ比Dutが修正(微調整)される。この電流フィードバック制御によって、高精度なモータ制御が達成され得る。
電磁弁制御ブロックSOLでは、制動操作量Bpa等に基づいて、各電磁弁(VSM等)の通電、又は、非通電の状態が制御される。操作量Bpaに基づいて、運転者による制動操作の有無が判定される。操作量Bpaが所定値bp0以上の場合に、「制動操作有り(制動操作が行われていること)」が判定され、操作量Bpaが値bp0未満の場合に、「制動操作無し(制動操作が行われていないこと)」が判定される。
トラクション制御、車両安定化制御等は、運転者によって制動操作が行われていない場合にも制動液圧が増加される必要がある。このため、電磁弁制御ブロックSOLでは、トラクション制御ブロックTCS、及び、車両安定化制御ブロックESCの作動状態を示す信号FLcbが、目標通電量演算ブロックIMTから受信される。例えば、信号FLcbは、制御フラグであって、FLcb=0が「非作動状態」を表し、FLcb=1が「作動状態」を表す。
電磁弁制御ブロックSOLでは、「制動操作有り(即ち、Bpa≧bp0)」、及び、「TCS又はESCの作動状態(即ち、FLcb=1)」のうちの少なくとも1つの条件が満足される場合に、電磁弁VSM,VMl,VMrの駆動状態が、非通電から通電に切り替えられる。結果、電磁弁VSMが閉位置から開位置に変更され、電磁弁VMl,VMrが開位置から閉位置に変更される。なお、SOLには、各電磁弁への通電量Isa(実際値)を検出する電磁弁用の通電量取得手段ISAが設けられる。
図3のタイムチャートを参照して、慣性補償制御、及び、急停止制御が実行される例について説明する。
<慣性補償制御>
図2に示した慣性補償制御ブロックKHSにて実行される慣性補償制御によって、電気モータMTR等の慣性モーメント(イナーシャ)の影響が補償される。電気モータMTRを加速度運動させるために必要なトルクは、電気モータMTRの回転角加速度に比例する。また、電気モータMTRの出力トルクは、与えられる通電量に比例する。このため、慣性補償通電量(目標値)Ijt,Iktは、電気モータMTRの目標回転角(変位)が2回微分された値(角加速度の目標値)、及び、電気モータMTRのトルク定数に基づいて決定される。ここで、目標値Ijtは、通電量を増加するよう演算され、目標値Iktは、通電量を減少するよう決定される。
時点t0にて、運転者がBPを急操作した。このため、時点t1にて慣性補償制御の実行が開始され、目標通電量Istに対して慣性補償通電量Ijt分が増加されて、最終的な目標通電量Imtが決定される。時点t2にて、慣性補償制御が終了される。
<急停止制御>
図2に示した急停止制御ブロックQTCにて実行される急停止制御によって、アンチスキッド制御開始時の液圧応答性が確保され得る。急停止制御は、電気モータMTRの能力の最大限で急減速し、緊急的に回転運動を停止させる制御である。そのため、急停止制御ブロックQTCでは、急停止制御の通電量の目標値(急停止通電量)Iqtとして、電気モータの逆転方向Rvsにおいて、通電可能な最大量(通電限界値)immが、ステップ的に(それまでのImtとは不連続であって階段状に、且つ、瞬時に)指示される。
慣性補償制御が終了された後(時点t2以降)、車輪速度Vwaに基づいて演算される車輪スリップ状態量Slp(車輪スリップ速度Vslp、及び、車輪加速度dVwのうちの少なくとも1つ)が増大し始める。そして、時点t3で、車輪スリップ状態量Slpが制御しきい値を超過し、アンチスキッド制御の実行が開始される。この時点t3での、電気モータMTRの回転速度dMkaが所定値dmk1を超過しているため、アンチスキッド制御の実行開始と同時に、急停止制御が実行される。ここで、回転速度dMkaは、回転角取得手段(回転角センサ)MKAによって取得される回転角Mkaに基づいて演算される(Mkaが1階微分されてdMkaが演算される)。急停止制御の実行に伴い、Imtはステップ的に通電限界値imm(<0)にまで減少される。これにより、電気モータMTRが急減速し、逆転方向Rvsに回転される。この結果、制動液圧のオーバシュートが抑制され、直ちに減圧が開始され得る。なお、急停止制御は、電気モータMTRの回転速度dMkaが所定値dmk2(<dmk1)以下になった場合に終了される(時点t4)。
<慣性補償制御と急停止制御との優先順位>
急停止制御は、慣性補償制御よりも優先されるため、急停止通電量Iqtが、慣性補償通電量Ijt,Iktと同時に入力された場合には、慣性補償通電量Ijt,Iktがゼロとされて、急停止通電量Iqtが出力される。慣性補償制御の実行途中である時点t5にて、急停止制御の開始が判定される場合、慣性補償制御が直ちに終了されて、急停止制御が開始される。このため、アンチスキッド制御の開始直後の制動液圧の減圧応答性が確保され得る。
<調圧機構CLK>
図4の構成図を参照しつつ、車両の前輪に配置された調圧機構CLK(特に、左前輪WHlに対応するもの)の詳細について説明する。
他の図の場合と同様に、各種記号の末尾に付される添字は、添字「l」が左側車輪、添字「r」が右側車輪に対応するものとして表されている。例えば、「CPl」が左前輪のブレーキキャリパ、「CPr」が右前輪のブレーキキャリパに、夫々、対応付けられる。右前輪WHrに対応するもの(CPr等)は、左前輪WHlに対応するもの(CPl等)と同一であるため、左前輪WHlに対応するものに限って説明する。なお、左前輪WHrに対応するものについては、説明の記載において、「左」を「右」に置き換えるとともに、記号末尾の添字「l」を、添字「r」に置換することによって説明され得る。さらに、ここでは、前輪に対応するものについて説明するが、後輪に対応するものであってもよい。
調圧機構CLKは、電磁弁VMlとホイールシリンダWClとの間の配管HWlに接続され、電気モータMTRによって駆動される。調圧機構CLKは、減速機GSK、回転・直動変換機構(ねじ部材)NJB、制御ピストンPSC、制御シリンダSCL、及び、戻しばねSPRにて構成される。
減速機GSKは、小径歯車SKH、及び、大径歯車DKHにて構成される。大径歯車DKHの歯数Zoは、小径歯車SKHの歯数Ziよりも多い(Zo>Zi)。従って、大径歯車DKHのピッチ円径は、小径歯車SKHのピッチ円径よりも大きい。即ち、減速機GSKによって、電気モータMTRの回転動力が減速されて、ねじ部材NJBに伝達される。具体的には、小径歯車SKHが、電気モータMTRの出力軸Jmtに固定される。大径歯車DKHが、小径歯車SKHとかみ合わされ、大径歯車DKHの回転軸Jdkがねじ部材NJBのボルト部材BLTの回転軸と一致するように、大径歯車DKHとボルト部材BLTとが固定される。即ち、減速機GSKにおいて、電気モータMTRからの回転動力Tqが小径歯車SKHに入力され、それが減速されて大径歯車DKHからねじ部材NJBに出力される。
電気モータMTRから減速機GSKの小径歯車SKHへの入力速度が、入力回転数Niとされる。また、減速機GSKの大径歯車DKHからねじ部材NJB(例えば、BLT)への出力速度が、出力回転数Noとされる。ここで、「回転数」は、単位時間当たりの回転数であり、回転軸まわりの角速度と相関する。そして、減速機GSKの入力回転数Niを、減速機GSKの出力回転数Noによって除した値が、速度伝達比(所謂、減速機GSKの減速比)Hs(=Ni/No)と定義される。また、速度伝達比Hsは、減速機GSKの出力歯車(大径歯車DKH)の歯数Zoを、減速機GSKの入力歯車(小径歯車SKH)の歯数Ziによって除した値でもある(即ち、Hs=Zo/Zi)。減速機GSKから出力される回転動力Toは、電気モータMTRの回転出力(出力トルク)Tqに速度伝達比Hsを乗じた値となる(To=Tq×Hs)。
ねじ部材NJBにて、減速機GSKの回転動力To(=Tq×Hs)が、制御ピストンPSCの直線動力Fsに変換される。具体的には、ねじ部材NJBのボルト部材BLTが大径歯車DKHと同軸に固定されており、ボルト部材BLTと螺合するナット部材NUTが移動されて、ナット部材NUTによって制御ピストンPSCが押されることによって、制御ピストンPSCの直線動力Fsに変換される。ここで、ナット部材NUTの回転運動は、キー部材KYBによって拘束されるため、ナット部材NUTは大径歯車DKHの回転軸の方向に移動され、制御ピストンPSCを押圧する。
ねじ部材NJBとして、台形ねじ等の「滑りねじ」が採用される。また、ねじ部材NJBとして、ボールねじ等の「転がりねじ」が採用され得る。
ねじ部材NJBを構成するナット部材NUTにて、制御ピストンPSCが移動される。制御ピストンPSCは、制御シリンダSCLの内孔に挿入され、ピストン/シリンダの組み合わせが形成されている。具体的には、制御ピストンPSCには、カップシールGSCが設けられ、制御シリンダSCLの内孔(内壁)との間でシールが行われ、制御シリンダSCLと制御ピストンPSCとによって区画される流体室Rscが形成される。制御シリンダSCLの流体室Rscは、ポートHSCを介して、流体配管HWlに接続されている。制御ピストンPSCが軸方向(中心軸Jsc)に移動されることによって、流体室Rscの体積が変化する。このとき、電磁弁VMlが閉位置とされているため、制動液BFLは、マスタシリンダMCLの方向には移動されず、ホイールシリンダWClに対して移動される。なお、制御シリンダSCLの内孔における断面積(制御シリンダSCLの断面積と称呼する)がAscとされる。制御シリンダSCLの断面積Ascは、制御ピストンPSCの受圧面積と一致する。
調圧機構CLKには、戻しばね(弾性体)SPRが設けられる。戻しばねSPRによって、電気モータMTRへの通電が停止された場合に、制御ピストンPSCが初期位置(制動液圧のゼロに対応する位置)に戻される。
ブレーキキャリパCPlは、浮動型であって、ここにホイールシリンダWClが設けられる。ホイールシリンダWClの内孔にはホイールピストンPWCが挿入され、ピストン/シリンダの組み合わせが形成されている。ホイールピストンPWCの外周にはカップシールGWCが設けられ、カップシールGWCとホイールシリンダWClの内孔(内壁)との間でシール性が発揮される。即ち、ホイールシリンダのカップシールGWCによって、ホイールシリンダWClとホイールピストンPWCとによって区画される流体室Rwcが形成される。ホイールピストンPWCは摩擦部材MSBに接続され、MSBを押圧し得るように構成されている。なお、ホイールシリンダWClの内孔の断面積(WClの断面積と称呼する)がAwcとされる。ホイールシリンダWClの断面積Awcは、ホイールピストンPWCの受圧面積と一致する。
ホイールピストンPWCとホイールシリンダWClとの組み合わせにて形成される流体室Rwcは、制動液BFLによって満たされている。また、流体室Rwc、ポートHWCを介して、流体配管HWlに接続されている。従って、電気モータMTRによって制御ピストンPSCが中心軸Jscの方向に往復移動され、流体室Rscの体積が増減されると、流体室Rwcに対する制動液BFLの流入、又は、排出によって、流体室Rwc内の液圧変化が生じる。これによって、摩擦部材(例えば、ブレーキパッド)MSBが回転部材(例えば、ブレーキディスク)KTlを押圧する力が調整されて、車輪WHlの制動トルクが制御される。
具体的には、電気モータMTRが正転方向Fwdに回転駆動されると、流体室Rscの体積が減少するように制御ピストンPSCが移動され(図では左方向への移動)、制動液BFLが制御シリンダSCLからホイールシリンダWClへ移動される。これによって、流体室Rwcの体積が増加され、回転部材KTlに対する摩擦部材MSBの押圧力が増加され、車輪WHlの制動トルクが上昇する。一方、電気モータMTRが逆転方向Rvsに回転駆動されると、Rscの体積が増加するように制御ピストンPSCが移動され(図では右方向への移動)、制動液BFLがホイールシリンダWClから制御シリンダSCL移動される。これによって、流体室Rwcの体積が減少され、回転部材KTlに対する摩擦部材MSBの押圧力が減ぜられて、車輪WHlの制動トルクが減少する。
速度伝達比Hs(=Ni/No)が、ホイールシリンダWClの断面積Awcを制御シリンダSCLの断面積Ascで除した値である面積比Ha(=Awc/Asc)よりも大きくなるように、減速機GSK、制御シリンダSCL、及び、ホイールシリンダWClの諸元が決定される。具体的は、歯車伝達機構において、速度伝達比(減速比)は歯車の歯数で決定されるため、小径歯車SKHの歯数Ziと大径歯車DKHの歯数Zoとの関係において、Hs=Zo/Ziの関係が成立する。
電気モータMTRの駆動による応答性は、慣性モーメントに依存する。慣性モーメントは、減速機GSKの速度伝達比Hsの影響を受けるため、慣性モーメントの影響を考慮する場合には、等価慣性モーメントが採用される。ここで、等価慣性モーメントは、速度伝達比Hsが考慮されて、電気モータMTRの出力軸Jmt(即ち、Jsk)まわりの慣性モーメントに換算された値である。具体的には、等価慣性モーメントは、本来の慣性モーメントに、速度伝達比Hsの逆数の2乗(即ち、1/Hs^2)が乗算されて演算される。即ち、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIo(即ち、本来の慣性モーメント)が、速度伝達比Hsの2乗で除算されることによって、モータ回転軸Jmt(即ち、Jsk)まわりの等価慣性モーメントKoが決定される(Ko=Io/Hs^2)。この関係からも明らかなように、等価慣性モーメントKoは、速度伝達比Hsが大きいほど、小さい値とされる。
電気モータMTRの出力トルクは、減速機GSKによって増大される。このため、減速機GSKの出力軸にある部材(例えば、DKH)は、大トルクを伝達するために、高強度とされる(例えば、歯厚が厚くされる)。さらに、減速機GSKにおいて、大径歯車DKHの直径は、小径歯車SKHの直径よりも相対的に大きい。このため、大径歯車DKHを含む、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoは、相対的に大きい。
上記の値「1/Hs^2」は、速度伝達比Hsが増加するに従って、順次、「0(ゼロ)」に収束していく。このため、速度伝達比Hsが或る値(所定値)よりも大きい領域では、値「1/Hs^2」は十分に小さくなる。係る知見に基づき、速度伝達比Hsが面積比Haよりも大きくなるように、調圧機構CLK、及び、ホイールシリンダWClの諸元が決定されて、構成されている。速度伝達比Hsと面積比Haとの関係において、速度伝達比Hsが、相対的に大きく設定されることによって、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの等価慣性モーメントKoが小さくされるため、アンチスキッド制御において、十分な制動液圧の応答性が確保され得る。具体的には、アンチスキッド制御が開始される直後の電気モータMTRの反転(FwdからRvsへの回転方向の変化)が、瞬時に行われ得る。
さらに、減速機GSKの出力軸まわりに存在する部材全体の等価慣性モーメントKoが、電気モータMTRの慣性モーメントImよりも小さく設定され得る。このため、Jmtまわりの等価慣性モーメントにおいて、等価慣性モーメントKoの割合が、電気モータ単体の慣性モーメントImに対して相対的に小さくされる。結果、減速機GSKの出力軸まわりの慣性モーメント(DKHの慣性モーメント等)の影響が低減されるため、アンチスキッド制御における制動液圧の応答性(特に、アンチスキッド制御開始時の減圧応答性)が向上され得る。
ところで、速度伝達比(減速比)Hs、及び、面積比Haは、「てこ」における「レバー比(てこ比)」に相当する。即ち、減速機GSKは、電気モータMTRからの力(トルク)をHs倍に増大し、変位においては「1/Hs」倍に減少させる。同様に、パスカルの原理において、制御シリンダSCLの制御ピストンPSCの押圧力が、Ha倍に増幅され、ホイールシリンダWClのホイールピストンPWCの押圧力として伝達される。また、制御シリンダSCLの制御ピストンPSCの変位が、「1/Ha」倍に減少されて、ホイールシリンダWClのホイールピストンPWCの変位として伝達される。即ち、速度伝達比Hs、及び、面積比Haによって、電気モータMTRの出力が、「Hs×Ha」倍に増加され、変位は「1/(Hs×Ha)」倍に減少されて、ホイールシリンダWCl(即ち、摩擦部材MSB)に伝達される。
電気モータMTRの出力からホイールピストンPWCの押圧力(即ち、WClの液圧)に到るまで動力伝達経路において、レバー比に相当する値(=Hs×Ha、レバー比相当値と称呼する)は、ホイールシリンダWClでの最大必要液圧、及び、電気モータMTRの出力特性に基づいて、概ね一定値とされる。従って、速度伝達比Hsが相対的に大きく設定される場合には、面積比Haが相対的に小さくされる必要がある。逆に、速度伝達比Hsが相対的に小さい値にされる場合には、面積比Haが相対的に大きい値にされる。
面積比Haの大小は、ねじ部材NJBのリード(NJBを1回転したときに、PSCの進む距離)によって調整される。面積比Haが相対的に小さく設定される場合には、ねじ部材NJBのリードが小さくされる必要がある。しかし、ねじ部材NJBのリードが小さく設定され過ぎる場合、その製造が困難となりる場合がある。このため、CLKとWClとの関係において、面積比Haが「1」よりも大きく決定される。即ち、ホイールシリンダWClの断面積Awcが、制御シリンダSCLの断面積Ascよりも大きくなるよう、ホイールシリンダWCl、及び、制御シリンダSCLの諸元が設定される。結果、回転・直動変換機構(ねじ部材ともいう)NJBのリードが極小とされる必要がなく、その成立性が確保され得る。
以上、調圧機構CLKの構成をまとめと、面積比Haが「1」よりも大きく、且つ、速度伝達比Hsが面積比Haよりも大きく設定される。即ち、面積比Haと速度伝達比Hsとの関係は、「1<Ha<Hs」で決定される。ホイールシリンダWCl,WCrの断面積Awcを制御シリンダSCLの断面積Ascで除した値である面積比Ha(=Awc/Asc)が、「1」よりも大きく設定される(即ち、断面積Awcが断面積Ascよりも大きく設定される)ため、回転・直動変換機構(ねじ部材)NJBのリードの成立性(例えば、加工のし易さ)が確保され得る。また、速度伝達比Hs(=Ni/No)が、面積比Ha(=Awc/Asc)よりも大きく設定されるため、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの部材(DKH等)の等価慣性モーメントKoが、必要最低限で小さく設定され、アンチスキッド制御において、十分な制動液圧の応答性が確保され得る。
ねじ部材(回転・直動変換機構)NJBの構成において、ボルト部材BLTとナット部材NUTの関係が置換され得る。即ち、ナット部材NUTが大径歯車DKHに同軸で固定され、ボルト部材BLTが軸方向に移動されて制御ピストンPSCを押圧する構成が採用され得る。
減速機GSKにおいて、歯車伝達機構に代えて、巻き掛け伝達機構が採用され得る。巻き掛け伝達機構は、「プーリとベルトによるもの」、「スプロケットとチェーンによるもの」及び、「ロープ車とロープによるもの」のうちの少なくとも1つである。
<駆動手段DRV(3相ブラシレスモータの例)>
図5は、電気モータMTRがブラシレスモータである場合の駆動手段(駆動回路)DRVの例である。駆動手段DRVは、電気モータMTRを駆動する電気回路であって、6つのスイッチング素子S1乃至S6、目標通電量Imtに基づいてパルス幅変調(PWM,Pulse Width Modulation)を行うパルス幅変調ブロックPWM、及び、PWMが決定するデューティ比Dutに基づいて、S1乃至S6の通電状態/非通電状態を制御するスイッチング制御ブロックSWTにて構成される。
6つのスイッチング素子S1乃至S6は、電気回路の一部をON/OFFできる素子であって、例えば、MOS−FETが用いられ得る。ブラシレスモータでは、位置取得手段MKAによって、電気モータMTRのロータ位置(回転角)Mkaが取得される。そして、スイッチング素子S1乃至S6が制御されることよって、U相(Tu端子)、V相(Tv端子)、及び、W相(Tw端子)のコイル通電量の方向(即ち、励磁方向)が、回転角Mkaに基づいて、順次切り替えられて、電気モータMTRが回転駆動される。即ち、ブラシレスモータの回転方向(正転方向Fwd、或いは、逆転方向Rvs)は、ロータと励磁する位置との関係によって決定される。ここで、電気モータMTRの正転方向Fwdは、制動液圧の増加に対応する回転方向であり、電気モータMTRの逆転方向Rvsは、制動液圧の減少に対応する回転方向である。
パルス幅変調ブロックPWMでは、目標通電量Imtの大きさに基づいて、パルス幅のデューティ比(一周期に対するON時間の割合)が決定され、Imtの符号(正符号、或いは、負符号)に基づいて、電気モータMTRの回転方向が決定される。例えば、電気モータMTRの回転方向は、正転方向Fwdが正(プラス)の値、逆転方向Rvsが負(マイナス)の値として設定される。入力電圧(バッテリBATの電圧)、及び、デューティ比Dutによって最終的な出力電圧が決まるため、電気モータMTRの回転方向と出力トルクが制御される。
スイッチング制御ブロックSWTでは、各スイッチング素子をON状態(通電状態)にするか、或いは、OFF状態(非通電状態)にするかの信号が、S1〜S6に送信される。この信号によって、スイッチング素子S1〜S6が制御され、電気モータMTRの回転方向と出力トルク(回転動力)が制御される。
<減速機GSKの他の実施形態(多段減速)>
図6の構成図を参照しながら、減速機GSKの他の実施形態について説明する。図4に示した調圧機構CLKでは、減速機GSKは1段の減速(1組のSKHとDKHによる減速)であるが、GSKとして多段減速が採用され得る。例えば、図6に示した、2段減速の減速機GSKが採用され得る。
1段減速の減速機GSKの場合と同様に、小径歯車SKHは、電気モータMTRの出力軸Jmtと同軸である回転軸Jskに固定され、電気モータMTRのロータと一体となって回転する。また、小径歯車SKHは大径中間歯車DKCにかみ合わされている。大径中間歯車DKCの歯数Zcdは、小径歯車SKHの歯数Ziよりも多く、大径中間歯車DKCのピッチ円径は、小径歯車SKHのピッチ円径よりも大きい。小径中間歯車SKCが、大径中間歯車DKCと同軸Jckで固定され、大径中間歯車DKCと一体となって回転駆動される。また、小径中間歯車SKCは大径歯車DKHにかみ合わされている。大径歯車DKHの歯数Zoは、小径中間歯車SKCの歯数Zcsよりも多く、大径歯車DKHのピッチ円径は、小径中間歯車SKCのピッチ円径よりも大きい。さらに、大径歯車DKHは、ねじ部材NJB(例えば、BLT)と同軸で、減速機GSKの出力軸Jdkに固定され、ねじ部材NJBと一体となって回転される。
小径歯車SKH、及び、大径中間歯車DKCで形成される第1の減速段において、第1の速度伝達比(減速比)Hs1は、回転数Niを回転数Ncによって除した値「Ni/Nc」で表される。また、小径中間歯車SKC、及び、大径歯車DKHで形成される第2の減速段において、第2の速度伝達比(減速比)Hs2は、回転数Ncを回転数Noによって除した値「Nc/No」で表される。そして、減速機GSK全体の速度伝達比(減速比)Hsは、回転数Niを回転数Noによって除した値「Ni/No」で表される。この関係は、Hs=Hs1×Hs2=(Ni/Nc)×(Nc/No)=Ni/No にて計算され得る。歯数の関係で示すと、Hs1=Zcd/Zi、及び、Hs2=Zo/Zcsである。
2段減速の場合においても、図4に示した1段減速の場合と同様に、速度伝達比Hsは、面積比Haよりも大きくなるように設定される。ここで、速度伝達比(所謂、減速比)Hsは、電気モータMTRから減速機GSKへの入力回転数Niが、減速機GSKの出力回転数Noによって除算された値(Hs=Ni/No)である。また、面積比Haは、ホイールシリンダWCl,WCrの断面積Awcが、制御シリンダSCLの断面積Ascで除算された値である(Ha=Awc/Asc)。
また、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoを、速度伝達比Hsの2乗で除した値Ko(=Io/Hs^2)が、電気モータMTRの慣性モーメントImよりも小さくされるように構成されている。即ち、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoが、速度伝達比Hsを考慮して、減速機GSKの入力軸Jskまわりの等価慣性モーメントKoに換算される。そして、等価慣性モーメントKoが、電気モータMTRの慣性モーメントImよりも小さくされて構成される(即ち、Ko<Im)。この構成によって、多段減速(例えば、2段減速)の場合においても、1段減速の場合(図4)と同様の効果を奏する。
<本発明の作用・効果>
電気モータMTRの正転/逆転により制動液圧が増減されることで、サービスブレーキ機能に加え、制御ブレーキ機能が発揮される制動制御装置について、制動液圧の応答性において、最も厳しい作動状態の1つが、急制動が行われた直後にアンチスキッド制御が開始される状況である。具体的には、制動液圧を急上昇させるために電気モータMTRが正転方向Fwdに急加速されている状態で、車輪スリップSlpが増大し、制動液圧を急速に減少させる場合である。この作動が適切に実行されるためには、制動制御装置の慣性モーメントが低減される必要がある。
ここで、慣性モーメントは、速度伝達比(減速比とも称呼される)Hsの関数であるため、電気モータMTRによって駆動される制動制御装置全体の応答性を評価するためには、各部材(DKH等)の慣性モーメントが、電気モータMTRの出力軸Jmt(即ち、減速機GSKの入力軸Jsk)まわりの慣性モーメントに換算されて論じられる必要がある。そこで、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoが、電気モータMTRの出力軸Jmt(即ち、減速機GSKの入力軸Jsk)まわりの慣性モーメントに換算された等価慣性モーメントKoが採用される。具体的には、回転軸Jmt(即ち、Jsk)まわりの等価慣性モーメントKoは、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoに、速度伝達比Hsの逆数の2乗(即ち、「1/Hs^2」)が乗算されることによって演算される。なお、速度伝達比Hsは、「減速機GSKの入力回転数(入力速度)Niを、減速機GSKの出力回転数(出力速度)Noによって除した値(値「Ni/No」)」、又は、「減速機GSKの出力歯車(大径歯車DKH)の歯数Zoを、減速機GSKの入力歯車(小径歯車SKH)の歯数Ziによって除した値(値「Zo/Zi」)」と定義される。
図7の特性図は、速度伝達比Hsに対する等価慣性モーメントKoの関係を示している。図7を参照しながら、本発明の作用・効果について説明する。
電気モータMTRの出力トルクは、減速機GSKによって増大される。このため、減速機GSKの出力軸Jdkにある部材(例えば、DKH)は大トルクを伝達可能とするために、高強度が必要であり、慣性モーメント(該部材がもつ本来の慣性モーメント)が相対的に大きくなる。しかし、等価慣性モーメントKoは、速度伝達比Hsの逆数の2乗(即ち、「1/Hs^2」)に比例するため、速度伝達比Hsが大きければ、減速機GSKの出力軸にある部材の等価慣性モーメントは小さくなる。さらに、値「1/Hs^2」は、速度伝達比Hsの増加に従って、「0(ゼロ)」に収束していくため、速度伝達比Hsが或る値(所定値)よりも大きい領域(範囲)では、値「1/Hs^2」は十分に小さくなる。結果、この領域では、等価慣性モーメントが十分に小さい値とされ得る。例えば、図7に示したように、面積比Haが相対的に小さい値hs1の場合には、等価慣性モーメントKoは相対的に大きい値ko1となる。一方、速度伝達比Hsが相対的に大きい値hs2である場合には、等価慣性モーメントKoは相対的に小さい値ko2とされる。
本発明では、この様な知見に基づいて、調圧機構CLK(特に、GSK、SCL、及び、PSC)、及び、ホイールシリンダWCl,WCrの仕様・諸元において、速度伝達比Hsが、面積比Haよりも大きくなるように構成される(Hs>Ha)。ここで、速度伝達比Hsは、電気モータMTRから減速機GSKへの入力回転数(入力速度)Niを、減速機GSKの出力回転数(出力速度)Noによって除した値である(即ち、Hs=Ni/No)。また、面積比Haは、ホイールシリンダWCl,WCrの断面積Awcを、制御シリンダSCLの断面積Ascで除した値である(即ち、Ha=Awc/Asc)。
電気モータMTRの駆動による応答性は、慣性モーメントに依存するが、「Hs>Ha」とされるため、減速機GSKの出力軸まわりに存在する部材全体の等価慣性モーメントKoが相対的に小さくされる。このため、電気モータMTRが正転方向Fwdに急回転されている状態において、車輪スリップ状態量Slpが所定値を超過し、アンチスキッド制御が開始され、電気モータMTRが逆転方向Rvsに急反転(FwdからRvsへの回転方向の変化)される場合の応答性が確保され得る。結果、アンチスキッド制御において、十分な制動液圧の応答性(特に、アンチスキッド制御による減圧の時間応答性)が確保され得る。
また、本発明では、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメントIoを、速度伝達比Hsの2乗によって除算した値Ko(=Io/Hs^2)が、電気モータMTRの単体の慣性モーメントImよりも小さくするよう構成される。ここで、値Koは、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの等価慣性モーメントである。
減速機GSKの出力軸Jdkの周りに存在する部材全体の等価慣性モーメントKoが、電気モータMTRの慣性モーメントIm(単体)よりも小さくされる。このため、モータ回転軸Jmtまわりの慣性モーメントにおいて、等価慣性モーメントKoが寄与する度合(程度)は、MTR単体の慣性モーメントImと比較して小さくされる。即ち、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの慣性モーメント(DKHの慣性モーメント等)の影響が低減されるため、アンチスキッド制御における制動液圧の応答性(特に、アンチスキッド制御開始時の減圧応答性)が向上され得る。
さらに、本発明では、1つのホイールシリンダWClの断面積Awcが、1つの制御シリンダSCLの断面積Ascよりも大きくなるよう構成される。即ち、「1つのホイールシリンダWClの断面積Awcを、1つの制御シリンダSCLの断面積Ascで除した値」である面積比Haが「1」よりも大きくなるように、ホイールシリンダWCl、及び、制御シリンダSCLの諸元(寸法)が設定される。
制動制御装置において、速度伝達比(減速比)Hs、及び、面積比Haは、「てこ」における「レバー比(てこ比)」に相当する。ここで、速度伝達比Hsと面積比Haとを乗算した値が、「レバー比相当値」と称呼される。車両において、レバー比相当値(=Hs×Ha)は、ホイールシリンダWClでの要求最大液圧、及び、電気モータMTRの出力特性(ロックトルク、最高回転数)で決定される。このため、一般的な車両(一般的な電気モータMTRが採用され、一般的な制動性能が要求される車両)では、レバー比相当値は、概ね一定値とされる。従って、速度伝達比Hsが大きく設定される場合には、面積比Haが小さくされ、逆に、速度伝達比Hsが小さい値にされる場合には、面積比Haが大きい値にされる必要がある。
面積比Haの大小は、ねじ部材NJBのリードによって調整される。ここで、ねじ部材NJBのリードは、ねじ部材NJBが1回転されたことに対応する、制御ピストンPSCの変位である。そして、ねじ部材NJBのリードが小さくされると、減速機GSKの出力回転数に対して、制御シリンダSCLから吐出される制動液BFLの液量が相対的に少なくなる。このため、面積比Haが非常に小さく設定される場合には、ねじ部材NJBのリードが極小にされる必要がある。しかし、ねじ部材NJBのリードが小さく設定され過ぎると、ねじ部材NJBの製造が困難となる場合が生じ得る。「Ha>1」とされることによって、回転・直動変換機構(ねじ部材)NJBのリードにおいて、その成立性が確保されるとともに、面積比Haが必要最小限の値とされ、速度伝達比Hsが十分に大きい値とされ得る。
以上、本発明の構成をまとめと、面積比Haが「1」よりも大きく、且つ、速度伝達比Hsが面積比Haよりも大きく設定される。即ち、面積比Ha、及び、速度伝達比Hsは、「1<Ha<Hs」の関係をもって設定される。速度伝達比Hs(=Ni/No)が、面積比Ha(=Awc/Asc)よりも大きく設定されるため、減速機GSKの出力軸Jdkまわりの部材(DKH等)の等価慣性モーメントKoが、必要最低限で小さく設定され、アンチスキッド制御において、十分な制動液圧の応答性が確保され得る。さらに、面積比Ha(=Awc/Asc)が、「1」よりも大きく設定される(即ち、断面積Awcが断面積Ascよりも大きく設定される)ため、ねじ部材NJBのリードの成立性(例えば、ねじ部材NJBの加工性)が確保され得る。