JP2015054997A - Cu−Ti系銅合金および製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】特殊な時効処理条件を必要とせずにCu−Ti系銅合金の導電性レベルを引き上げる。【解決手段】上記課題は、Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有する時効硬化性Cu−Ti系銅合金組成物によって解決できる。この組成物によれば、一般的な時効処理設備を用いて、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%以下であり、ビッカース硬さが250HV以上、導電率が20%IACS以上であるCu−Ti系銅合金時効処理材が得られる。【選択図】図2

Description

本発明は、導電性を改善したCu−Ti系銅合金、およびその製造方法に関する。
銅合金系材料において最高レベルの強度を発現するCu−Be合金は、強度と導電性のバランスも良好であることから、コネクタ等の通電部品のなかでも特に高強度が要求される部品に使用されてきた。しかし、Beは高価であり、また人体に有害であるとされることから、Cu−Be合金の代替として有用な高強度銅合金の普及が待たれている。
Cu−Be合金に次いで高い強度を発現する銅合金としてCu−Ti系銅合金が知られている。しかしながら、Cu−Ti系銅合金の導電率はCu−Be合金の半分程度であることから、通電部品としての用途は限定的である。一方、Cu−Ti系銅合金の導電性を改善する手法として、チタン水素化物を生成させることによりCuマトリックス中の固溶Ti量を低減させる試みがなされ、その効果が確認されている(特許文献1、2、非特許文献1)。
特開2008−75174号公報 特開2011−202261号公報
千星聡、外2名、「水素中時効によるCu−Ti希薄合金中のチタン水素化物の生成とその電気的・力学的特性への影響」、日本金属学会誌、第76巻、第8号(2012)、496−503
高強度銅合金として知られるCu−Ti系銅合金は、Tiを約2.5〜4.0質量%(約3.3〜5.3mol%)含有する銅合金であり、時効処理によりCuマトリックス中に微細なCu−Ti系金属間化合物相の粒子が生成し、これが顕著な強度向上をもたらす。そのCu−Ti系金属間化合物相はCu4Tiを主体とする微細粒子である。Cuマトリックスの結晶粒内に生成する粒状のCu4Ti相はα−Cu4Tiと呼ばれることがある。強度に寄与するα−Cu4Tiの粒子径(長径)は1〜100nm程度であるとされる。
一方、Cu−Ti系銅合金の時効処理中にはCuマトリックスの結晶粒界から層状のCu4Ti相が生成する。粒界反応で生成する層状のCu4Ti相はβ−Cu4Tiと呼ばれることがある。本明細書では粒界反応によって生じるこの種のCu4Ti相を主体とする析出相を「Cu−Ti系粒界反応析出物」という。Cu−Ti系粒界反応析出物は過時効によってその存在量を増し、導電率の上昇と引き替えに、曲げ加工性等の機械的特性を劣化させる要因となる。Cu−Ti系粒界反応析出物の生成量が断面組織観察における面積率で10体積%を超えるようになると、機械的特性の劣化により、製品としての価値を失う場合が多い。
溶体化処理されたCu−Ti系銅合金を時効処理すると、Cu−Ti系金属間化合物相の生成に伴ってCuマトリックス中の固溶Ti量が減少し、導電率は上昇していく。しかし、導電率が20%IACS以上となる程度まで時効を進行させると、通常は過時効となってCu−Ti系粒界反応析出物の生成が増大してしまい、強度と導電性の良好なバランスを保てなくなる。したがって、Cu−Ti系の高強度銅合金では15%IACS程度の導電率に調整した状態で使用されることが多かった。もし、Cu−Ti系銅合金に特有の高強度を維持したまま20%IACS以上の導電率を安定して実現することが可能になれば、Cu−Be合金の代替材料として使用できる用途が大幅に拡大すると考えられる。
Cu−Ti系銅合金中にチタン水素化物を生成させて導電性を向上させる公知技術によれば、Cu−Ti系銅合金に特有の高強度を維持したままで高い導電率を実現することが可能であり、Cu−Be合金の代替に適用できる強度−導電性バランスを備えたCu−Ti系銅合金を実現することができる。しかしながら、Cuマトリックス中の余剰な固溶Tiを水素と反応させてチタン水素化物として固定するためには、水素雰囲気中での時効処理が必要となり、反応効率を高めるためには水素分圧を大気圧よりかなり高く設定することが望まれる。既存の銅合金製造工場には水素雰囲気で時効処理する設備はなく、大量生産現場での実施化には多額の設備コストが必要となる。また、水素の取り扱いには安全上の問題も多く、大気圧を超えるような水素分圧での時効処理を工業的規模で実施することは容易でない。そのため、チタン水素化物により導電性を向上させたCu−Ti系銅合金を工業的に低コストで生産することは、現実的には困難である。
本発明は、Cu−Ti系銅合金において、特殊な時効処理を必要とせずに、高強度を維持しながら導電性を向上させる技術を提供するものである。
発明者らは詳細な研究の結果、時効処理時に、Cuマトリックス中に固溶しているTiの一部をN(窒素)と結合させることによって、Cu−Ti系銅合金の導電性を向上させることが可能であることを見出した。そのNは鋳造物の段階で合金中に存在させることができるので、時効処理の雰囲気は一般的なCu−Ti系銅合金の製造工程と同様とすればよい。時効処理では過時効となる前に20%IACS以上あるいはさらに21%IACS以上の導電率に調整することができる。
すなわち本発明では、Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有する時効硬化性Cu−Ti系銅合金組成物が提供される。「時効硬化性」とは、時効処理によって硬化に寄与する微細な粒子がマトリックス(母相)中に生成し、顕著な硬化現象を発現する性質を有することを意味する。上記銅合金組成物は、「時効硬化性」である点では、従来一般的なCu−Ti系銅合金と同様である。「N/Tiモル比」は、mol%で表されるN含有量の値と、mol%で表されるTi含有量の値の比である。
また本発明では、Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有するCu−Ti系銅合金からなり、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%以下であり、ビッカース硬さが250HV以上、導電率が20%IACS以上であるCu−Ti系銅合金時効処理材が提供される。ここで、「時効処理材」とは、時効処理を終えた時点の製品を意味する。板材の場合、時効処理材は中間製品であることが多く、一般的にはその後の工程において冷間圧延を受け、更に強度レベルは上昇する。「Cu−Ti系粒界反応析出物」は上述のように粒界から層状に生成するCu−Ti系金属間化合物相である。その面積率は、時効処理後を終えた材料の断面組織観察において、観察領域の面積に占める層状のCu−Ti系粒界反応析出物が生成している部分の面積(あるCu−Ti系粒界反応析出物の層と、その隣のCu−Ti系粒界反応析出物の層との間に挟まれた部分を含む)の割合をパーセントで表したものである。観察領域は一辺が100μm以上の矩形領域とすればよい。
上記のCu−Ti系銅合金時効処理材の製造方法として、
N含有量が5〜20mol%であるTi−N二元合金、およびN含有量が5〜10mol%である融点1500℃以下のCu−Ti−N三元合金から選ばれる1種以上の母合金を、他の原料とともに溶融して、Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有するCu−Ti系銅合金の溶融物を作る工程、
前記溶融物を鋳造して鋳造物を得る工程、
前記鋳造物に由来する材料を、750〜950℃に加熱することにより溶体化処理する工程、
前記溶体化処理後の材料を340〜430℃の範囲で時効処理して、ビッカース硬さが250HV以上、導電率が20%IACS以上の特性に調質する工程、
を有する製造方法が提供される。ここで、「鋳造物に由来する材料」とは、鋳造工程を経た材料を意味し、鋳造物に対して、必要に応じて熱処理、熱間圧延、冷間圧延などの工程を施した中間製品が含まれる。
本発明によれば、Cu−Ti系銅合金の導電性レベルを引き上げることが可能となり、従来一般的なCu−Ti系銅合金よりも強度−導電性バランスに優れるものが提供される。すなわち、20%IACS以上好ましくは21%IACS以上の導電率を過時効とならない時効条件範囲で実現することができた。その製造においては、水素雰囲気とするなどの特殊な条件下での時効処理は不要であり、既存の銅合金製造設備を利用しての大量生産が可能である。
Ti−N系平衡状態図。 420℃での時効時間と、ビッカース硬さおよび導電率の関係を示すグラフ。 Cu−4%Ti−0.6%N合金の時効処理材についてのFE−SEMによる組織写真。 Cu−4%Ti合金(N無添加)の時効処理材についてのFE−SEMによる組織写真。
〔化学組成〕
Tiは、時効処理によりCu−Ti系金属間化合物の微細粒子を生成させ、高強度化を図るうえで重要な元素である。Tiの含有量範囲は「時効硬化性」を有する従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金と同等とすることができる。ここではTi含有量が1.0〜7.5mol%であるものを対象とする。Ti含有量が少なすぎると十分に高強度化することが難しくなる。Ti含有量が過度に多いとCu−Ti系粒界反応析出物の生成量が多くなりやすく、機械的性質を劣化させる要因となる。また固溶Ti量の増大を招き導電性の向上には不利となりやすい。強度と導電性のバランスを考慮するとTi含有量は2.0〜6.0mol%とすることがより好ましく、3.0〜5.0mol%の範囲に管理してもよい。
Nは、時効処理によりTiNを生成させ、Cuマトリックス中の固溶Ti量を低減する作用を担う。また、ナノメートルオーダーの微細なTiN相の生成により強度向上にも寄与すると考えられる。Nは少量の添加でもTiNを生成して固溶Ti量を低減させる作用を示すが、導電性を向上させる効果を十分に得るためには、合金中にN/Tiモル比が0.03以上となる量のNを含有させておくことが極めて有効である。N/Tiモル比が0.05以上となる量のN含有量を確保することがより効果的である。ただし、N/Tiモル比が過剰に高くなるとTiNの生成量が増大し、強度向上に必要なCu−Ti系金属間化合物相の生成量を十分に確保することが難しくなる場合がある。また、粗大なTiN粒子の形成を招き、機械的性質を低下させる要因となる。N/Tiモル比は0.50以下とすることが望ましく、0.30以下とすることがより好ましい。Nの含有量は0.1〜1.0mol%の範囲で調整すればよい。0.2〜0.7mol%の範囲で調整することがより好ましい。
Ti、Nの他には、従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金中に存在しうる元素が混入して構わない。例えば、Ni:0〜1.0mol%、Co:0〜0.5mol%、Fe:0〜0.5mol%、Cr:0〜0.3mol%、Zr:0〜0.3mol%、Al:0〜0.3mol%、Si:0〜0.3mol%を任意元素として含有することができる。これら任意元素の含有量の合計は1.0mol%以下であることが好ましい。これらの元素の残部はCuおよび不可避的不純物である。
〔金属組織および特性〕
本発明に従うCu−Ti系銅合金は、時効処理後の状態において、250HV以上の強度レベルを有するものである。時効処理によってこのような顕著な硬化が生じることは、Cuマトリックスの結晶格子に整合な微細粒子が多数分散している組織状態であることを意味している。そのような微細粒子は、従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金の強化機構と同様に、主として粒子径(長径)が1〜100nmの微細なCu−Ti系金属間化合物相(α−Cu4Tiを主体とするもの)であると考えられる。また、上述のように微細析出したTiN粒子も硬化に寄与すると考えられる。
一方、時効が進行するに伴い、Cuマトリックスの結晶粒界からCu−Ti系粒界反応析出物(β−Cu4Tiを主体とするもの)が層状に生成してくる。この種のCu−Ti系粒界反応析出物は硬化に寄与しないだけでなく、曲げ加工性をはじめとする機械的特性を劣化させる要因となる。本発明に従うCu−Ti系銅合金時効処理材は、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%以下に抑制されている。その面積率が5%以下であるものがより好適な対象となり、3%以下であることがさらに好ましい。
従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金の場合、導電率を20%IACS以上にまで引き上げるためには過時効の領域まで時効を進行させざるを得ず、その場合にはCu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%を超えて多くなってしまうという問題があった。そのような組織状態のCu−Ti系銅合金は、仮に250HV以上の硬さと、20%IACS以上の導電率を呈するとしても、コネクタ等の形状に加工して使用することは困難であり、通電部品用の素材としては製品価値を有していない。本発明に従えば、Nによって固溶Tiを低減するという新たな手法を採用することにより、導電性レベルが向上する。したがって、過時効とならない時効処理条件で20%IACS以上、あるいはさらに21%IACS以上の導電率を実現することができる。そのため、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が上記のように少なく抑えられ、かつ、250HV以上の硬さと20%IACS以上好ましくは21%IACS以上の導電率を両立させることが可能となる。
〔N含有母合金〕
本発明では、時効処理において、合金中に予め存在させてあるNを利用してCuマトリックス中の固溶Tiの一部をTiNとして固定する。そのために、所定量のNを合金成分として含有するCu−Ti系銅合金組成物の溶融物を作り、それを鋳造する工程が採用される。
銅合金中に合金成分としてNを含有させることは一般的に容易ではないが、Cu−Ti系銅合金の場合には、Ti−N合金を母合金として利用することによって、比較的簡単に所定量のNを含有させることができることがわかった。図1にTi−N系について調べられた平衡状態図の一例を示す。安定な化合物であるTiNは、工業用材料として粉末等が市販されている。しかし、TiNの融点は3300℃以上の高温であり、またTiN自体が安定であるため、TiNを銅合金の融体に混合してもNを合金成分として取り込むことは困難である。そこで、ここではN含有量が5〜20mol%であるTi−N二元合金を母合金として使用する方法を開示する。N含有量が20mol%まで低下すると、融点は2500℃程度となり、銅または銅合金の融体と反応させることが工業的に可能となる。また、安定なTiNを作らない組成域であるため、この母合金を使用すれば銅または銅合金の融体中にはじめから多量のTiNが混入する事態を回避できる。N含有量の低下に伴ってTi−N合金の融点は低下するが、あまりN含有量が少ないと、Cu−Ti系銅合金に所定量のNを含有させるために必要な母合金の量が増大するので、N含有量が5mol%以上のTi−N二元合金を使用することが望ましい。
発明者らの研究によれば、例えばAr−N2混合ガス中でチタン材料をアーク溶解することにより、N含有量が5〜20mol%であるTi−N二元合金を得ることができる。また、上記混合ガス中のN2分圧を変化させることによって、得られるTi−N二元合金のN2含有量をコントロールすること可能である。Ar−N2混合ガスの全圧は大気圧とすることができる。アーク溶解に供するチタン材料としては、スポンジチタン等の純チタン材料の他、チタンの板材、棒材、線材なども使用できる。
このようにして得られたTi−N二元合金の母合金を、他の原料とともに溶融することにより、Nを含有する均一なCu−Ti系銅合金の溶融物を得ることができる。具体的には、Ti−N二元合金の母合金を既に溶融している銅または銅合金の融体中に投入する方法、あるいは、Ti−N二元合金の母合金を他の銅合金原料とともに高周波溶解炉等の溶融手段に投入して昇温し、先に溶融した銅合金原料の融体と、まだ溶融していない母合金を反応させる方法が挙げられる。いずれにしても、Ti−N二元合金の母合金と、銅または銅合金の融体との反応を利用して、Nを含有する均一なCu−Ti系銅合金の溶融物を得ることができる。すなわち、上記の母合金を、他の原料とともに溶融して、上述の組成を有するCu−Ti系銅合金の溶融物を作り、それを通常の鋳造方法にて鋳造すればよい。母合金が銅または銅合金の融体と反応している間、溶融物の温度は1200〜1350℃に維持すればよい。
ただし、上記Ti−N二元合金は融点が2000℃以上であるため、銅または銅合金の融体と反応させるには長時間を要する場合がある。そこで、より低融点の母合金を作製しておき、それを使用することが大量生産現場での生産性向上には有利となる。種々検討の結果、Cu−Ti−N三元合金において、融点が1500℃以下の母合金を得ることができる。この程度にまで融点が低下していれば、他の銅合金原料の融体との反応を短時間で終了させることができる。Cu−Ti−N三元合金の母合金中にはNが5〜10mol%の範で含まれていることが望ましい。上記Ti−N二元合金を第1の母合金として、これに銅材料を加えてアーク溶解することにより、Cu−Ti−N三元合金の母合金を得ることができる。そのアーク溶解に際して、雰囲気はAr等の不活性ガスとすればよい。
N添加源として溶融させる母合金は、上述のN含有量が5〜20mol%であるTi−N二元合金、およびN含有量が5〜10mol%である融点1500℃以下のCu−Ti−N三元合金から選ばれる1種以上の母合金を使用すればよい。
〔製造方法〕
本発明に従うCu−Ti系銅合金は、上述のように母合金を用いて、鋳造前の溶融物の段階でN添加を済ませておくこと、および時効処理を比較的低めの温度域で行うことが好ましいことを除き、従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金と同様の工程により、導電性を向上させた時効処理材を得ることができる。また、その時効処理材から、最終的な部品に加工するまでの工程も、従来一般的な高強度Cu−Ti系銅合金と同様とすることができる。
コネクタ等の通電部品に加工するための板材を製造する場合、代表的には例えば以下の工程を例示することができる。
「溶解→鋳造→熱間圧延→冷間圧延→溶体化処理→(中間冷間圧延)→時効処理→仕上冷間圧延→低温焼鈍」
以下、この工程に沿って板材を製造する場合を例に挙げて、各工程での製造条件などを簡単に説明する。
溶解工程では、上述のようにNを含有する母合金を他の銅合金原料とともに溶解し、溶融物を得る。この段階で、所定量のNを含有する化学組成に調整しておく。
鋳造工程では、連続鋳造、半連続鋳造等により鋳片を製造すればよい。Tiの酸化を防止するために、不活性ガス雰囲気または真空溶解炉で行うのがよい。
熱間圧延では、例えば950℃〜700℃の温度域で最初の圧延パスを行うことが鋳造組織を破壊する上で有利となる。また、最終パス温度を500℃以上とし、その後、水冷などによって急冷することが析出物の生成と粗大化を抑止する上で有利となる。
冷間圧延で導入した圧延歪みは、後工程での溶体化処理において、再結晶化を促進させるドライビングフォースとして機能する。その意味では、溶体化処理前に80%以上の圧延率で冷間圧延率を行うことが効果的であり、90%以上の圧延率とすることがより効果的である。
溶体化処理は、加熱温度を750〜950℃の範囲とすることが望ましい。具体的には、例えば板厚0.1〜0.5mmの冷間圧延材の場合、炉温750〜950℃好ましくは780〜930℃、在炉時間5秒〜5分の範囲で適正条件を設定することができる。その加熱後は、一般的なCu−Ti系銅合金の場合と同様、強制的に急冷すればよい。例えば、加熱温度から200℃まで平均冷却速度20℃/sec以上となるように急冷する条件が採用できる。
溶体化処理後、時効処理までの間に、必要において冷間圧延を施すことができる。この冷間圧延を本明細書では「中間冷間圧延」と呼ぶ。中間冷間圧延を行う場合は、その圧延率を50%以下とすることが望ましい。圧延率が高くなると最終製品の曲げ加工性が低下することがある。
時効処理は、Cu−Ti系銅合金では、通常、450〜500℃の範囲で行われることが多い。しかし、Nを含有するCu−Ti系銅合金では、340〜430℃という低めの温度域で時効処理することによって、硬さがピークとなる時効時間で20%IACS以上の導電率を得ることが可能であることがわかった。すなわち、過時効となる前に高い導電率が得られるので、Cu−Ti系粒界反応析出物の生成を抑制することができ、曲げ加工性等の機械的特性を劣化させることなく導電性が改善される。従来一般的なCu−Ti系銅合金では、このようにCu−Ti系粒界反応析出物の生成を抑制しながら導電率を20%IACS以上に引き上げることは困難であった。
Nを含有するCu−Ti系銅合金の時効組織には、硬さがピークとなる時効時間において微細なCu−Ti系金属間化合物相の粒子の他にTiN相が観察されることから、時効処理時に生成したTiNがCuマトリックス中の固溶Ti量低減をもたらし、導電率の向上に寄与していると考えられる。
上述の化学組成となるようにN含有量が調整されたCu−Ti系銅合金の場合、適正な時効処理条件は、時効温度340〜430℃、時効時間10〜120hの範囲に見出すことができる。時効処理の雰囲気は、従来一般的なCu−Ti系銅合金の場合と同様とすればよい。時効処理中の表面酸化を極力抑制する場合には、還元性ガス雰囲気や、N2またはAr雰囲気を使うことができる。なお、時効処理をN2雰囲気で行っても、その雰囲気中のN2のみによってCuマトリックス中の固溶Ti量を十分に低減することはできない。予めNを含有するCu−Ti系合金を溶製しておく必要がある。
時効処理後には、冷間圧延を行うことによって、目標となる所定の板厚に調整するとともに、強度レベルを更に引き上げることができる。この冷間圧延を本明細書では「仕上冷間圧延」と呼ぶ。仕上冷間圧延を行う場合は5%以上の圧延率を確保することがより効果的である。ただし、仕上冷間圧延率の増大に伴い、BW方向(TD)の曲げ加工性が悪くなりやすい。仕上冷間圧延の圧延率は30%以下の範囲とすることが望ましく、通常、20%以下の範囲で行えばよい。最終的な板厚は例えば0.05〜1.0mmの範囲で設定することができる。
仕上冷間圧延後には、板条材の残留応力の低減や曲げ加工性の向上、空孔やすべり面上の転位の低減による耐応力緩和特性向上を目的として、低温焼鈍を施すことができる。低温焼鈍の加熱温度は材温が150〜430℃となるように設定することが望ましい。この加熱温度が高すぎると粒界反応析出が発生しやすくなる。逆に加熱温度が低すぎると上記特性の改善効果が十分に得られない。上記温度での保持時間は5sec以上確保することが望ましく、通常1h以内の範囲で良好な結果が得られる。
このようにして、時効処理後に仕上冷間圧延と低温焼鈍を行うことにより、ビッカース硬さが280HV以上、圧延方向(LD)の引張強さが900MPa以上、LDの0.2%耐力が850MPa以上という強度レベルと、導電率20%IACS以上の良好な導電性を兼ね備え、かつ曲げ加工性も良好である銅合金板材を実現することができる。
Ar:90体積%、N2:10体積%、全圧0.1MPaのAr−N混合ガス雰囲気中で、純チタン(純度99.99%)をアーク溶解することにより、N含有量が15mol%、残部がTiである組成のTi−N二元合金からなる母合金を作製した。この母合金の融点は約2300℃である。ここではさらに、上記Ti−N二元合金の母合金と、無酸素銅(純度99.99%)とを、[TiとNの合計モル数]:[Cuのモル数]=50:50としてAr雰囲気下でアーク溶解することにより、Ti:43mol%、N:7mol%、残部がCuである組成のCu−Ti−N三元合金からなる母合金を作製した。このCu−Ti−N三元合金の融点は1500℃以下であり、熱伝導率は純銅より低い。
無酸素銅(純度99.99%)、純チタン(純度99.99%)、および上記のCu−Ti−N三元合金からなる母合金を高周波溶解炉にて溶解してCu−Ti系銅合金の溶融物を作り、それを鋳型に鋳造して、N含有量の異なる種々の組成のCu−Ti系銅合金鋳造物を得た。N無添加の比較材も作製した。得られた鋳造物に、熱間圧延および冷間圧延を施し、板厚0.3mmの板材とした。この板材を真空中850℃で60min加熱した後、常温まで水冷する方法で溶体化処理した。得られた溶体化処理材について、種々の条件で時効処理を施し、ビッカース硬さおよび導電率を求めた。ビッカース硬さは板の表面の硬さをJIS Z2244に従って求めた。導電率はJIS H0505に従って求めた。ここでは、Ti含有量が4.0mol%で、N含有量を0mol%(N無添加の比較材)、0.3mol%、0.6mol%と3水準に振ったCu−Ti系銅合金について、420℃で時効処理した結果を例示する。各試料のN/Tiモル比は以下の通りである。
・Cu−4mol%Ti合金; N/Ti=0
・Cu−4mol%Ti−0.3mol%N合金; N/Ti=0.075
・Cu−4mol%Ti−0.6mol%N合金; N/Ti=0.150
図2に、420℃での時効時間と、ビッカース硬さおよび導電率の関係を示す。N添加により時効処理後の硬さは若干低下する傾向が見られるが、導電性は顕著に向上することがわかる。N添加材とN無添加材のいずれにおいても、ビッカース硬さ250HV以上、かつ導電率20%IACS以上の特性を満たす時効条件が存在する。ただし、N添加材では、硬さがピークとなる時効時間において、すでに20%IACSを超える導電率(21%IACS以上の導電率)が得られている。この場合、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%を超えることはなく、曲げ加工性等の機械的特性が低下するという問題は生じない。これに対しN無添加材は、硬さがピークとなる時効時間では20%IACSに達していない。そして20%IACS以上の導電率が得られる時効時間ではCu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%を超えてしまい、曲げ加工性等の機械的特性が損なわれる。
表1に、420℃で時効処理したCu−4mol%Ti−0.6mol%N合金(本発明例)とCu−4mol%Ti合金(比較例)について、時効時間が24h、72h、240hである時効処理材のビッカース硬さ、導電率、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率の数値を示す。また、図3、図4に、それら420℃時効処理材のFE−SEMによる組織写真を示す。
本発明に従えばビッカース硬さ250HV以上、導電率20%IACS以上、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率10%以下を満たす時効処理材が実現できるが、Nを含有しない従来一般的なCu−Ti系銅合金を用いた時効処理材では、導電率20%IACS以上を得ようとするとCu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%を超えてしまう。

Claims (3)

  1. Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有する時効硬化性Cu−Ti系銅合金組成物。
  2. Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有するCu−Ti系銅合金からなり、Cu−Ti系粒界反応析出物の面積率が10%以下であり、ビッカース硬さが250HV以上、導電率が20%IACS以上であるCu−Ti系銅合金時効処理材。
  3. N含有量が5〜20mol%であるTi−N二元合金、およびN含有量が5〜10mol%である融点1500℃以下のCu−Ti−N三元合金から選ばれる1種以上の母合金を、他の原料とともに溶融して、Ti含有量が1.0〜7.5mol%であり、N/Tiモル比が0.03以上0.50以下の範囲でNを含有するCu−Ti系銅合金の溶融物を作る工程、
    前記溶融物を鋳造して鋳造物を得る工程、
    前記鋳造物に由来する材料を、750〜950℃に加熱することにより溶体化処理する工程、
    前記溶体化処理後の材料を340〜430℃の範囲で時効処理して、ビッカース硬さが250HV以上、導電率が20%IACS以上の特性に調質する工程、
    を有するCu−Ti系銅合金時効処理材の製造方法。
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