以下、本発明を実施するための形態を図面に基づいて説明する。本実施形態では、前進6速の変速が可能な自動変速機10を搭載したFF(フロントエンジン・フロントドライブ)型車両に本発明を適用した場合について説明する。
−全体構成−
図1は、本実施形態に係る車両に搭載された動力伝達装置8のスケルトン図である。また、図2は、この動力伝達装置8に備えられた車両用自動変速機(以下、単に自動変速機という)10において複数の変速段を成立させる際の摩擦係合要素(クラッチおよびブレーキ)の作動状態を示す作動表である。
この自動変速機10は、シングルピニオン型の第1遊星歯車装置12を主体として構成されている第1変速部14と、ダブルピニオン型の第2遊星歯車装置16およびシングルピニオン型の第3遊星歯車装置18を主体としてラビニヨ型に構成されている第2変速部20と、を同軸線上に有し、入力軸22の回転を変速して出力回転部材24から出力する。
入力軸22は、本実施形態では走行用の動力源であるエンジン28によって回転駆動されるトルクコンバータ30のタービン軸である。また、出力回転部材24は、図4に示す差動歯車装置34に動力を伝達するためにデフドリブンギヤ36と噛み合う出力歯車すなわちデフドライブギヤとして機能している。
エンジン28の出力は、図4に示すように、トルクコンバータ30、自動変速機10、差動歯車装置34、および、一対の車軸38,38を介して、一対の駆動輪(前輪)40,40へ伝達されるようになっている。なお、この自動変速機10は中心線に対して略対称的に構成されており、図1ではその中心線の下半分を省略している。
エンジン28は、気筒内噴射される燃料の燃焼によって駆動力を発生させるガソリンエンジン、より詳しくは、後述の如くターボチャージャ79を備えたガソリンターボエンジンである。また、トルクコンバータ30は、流体を介してエンジン28により発生した動力を自動変速機10へ伝達する流体伝動装置であり、エンジン28のクランク軸に連結されたポンプインペラ30aと、自動変速機10の入力軸22に連結されたタービンランナ30bと、ワンウェイクラッチを介して自動変速機10の変速機ケース26に連結されたステータ30cとを備えている。また、ポンプインペラ30aおよびタービンランナ30bの間には、直結クラッチであるロックアップクラッチ32が設けられており、油圧制御等により係合状態、スリップ状態、或いは解放状態とされるようになっている。このロックアップクラッチ32が完全係合状態とされた場合には、ポンプインペラ30aおよびタービンランナ30bが一体回転することになる。
図2に示す作動表は、自動変速機10において成立する各変速段とクラッチC1,C2、ブレーキB1,B2,B3の作動状態との関係をまとめたものである。図中の「○」は係合、「◎」はエンジンブレーキ時に作動、「△」は駆動時にのみ作動、「空欄」は解放をそれぞれ表している。自動変速機10に備えられたクラッチC1,C2、および、ブレーキB1,B2,B3(以下、特に区別しない場合は単にクラッチC、ブレーキBという)は、多板式のクラッチやブレーキなど油圧アクチュエータによって係合制御される油圧式摩擦係合要素である。また、これらクラッチCおよびブレーキBは、図3を用いて後述する油圧制御回路(油圧制御装置)42のリニアソレノイドバルブSL1〜SL5の励磁、非励磁や電流制御により、係合、解放状態が切り換えられるとともに、係合、解放時の過渡油圧などが制御されるようになっている。
自動変速機10では、第1変速部14および第2変速部20の各回転要素(サンギヤS1〜S3、キャリアCA1〜CA3、リングギヤR1〜R3)の連結状態の組み合わせに応じて第1変速段「1ST」〜第6変速段「6TH」の6つの前進変速段が成立させられるとともに、後進変速段「R」が成立させられる。
以下、自動変速機10のギヤレイアウトについて具体的に説明する。
第1変速部14を構成している第1遊星歯車装置12は、サンギヤS1、キャリアCA1、および、リングギヤR1の3つの回転要素を備えており、サンギヤS1が入力軸22に連結されている。さらに、サンギヤS1は、リングギヤR1が第3ブレーキB3を介して変速機ケース26に固定されることにより、キャリアCA1を中間出力部材として回転するようになっている。
第2変速部20を構成している第2遊星歯車装置16および第3遊星歯車装置18においては、一部が互いに連結されることによって4つの回転要素RM1〜RM4が構成されている。具体的には、第2遊星歯車装置16のサンギヤS2によって第1回転要素RM1が構成されており、第2遊星歯車装置16のリングギヤR2および第3遊星歯車装置18のリングギヤR3が互いに連結されて第2回転要素RM2が構成されている。さらに、第2遊星歯車装置16のキャリアCA2および第3遊星歯車装置18のキャリアCA3が互いに連結されて第3回転要素RM3が構成されている。また、第3遊星歯車装置18のサンギヤS3によって第4回転要素RM4が構成されている。
第2遊星歯車装置16および第3遊星歯車装置18は、キャリアCA2およびキャリアCA3が共通の部材にて構成されているとともに、リングギヤR2およびリングギヤR3が共通の部材にて構成されている。さらに、第3遊星歯車装置18のピニオンギヤが第2遊星歯車装置16の第2ピニオンギヤを兼ねているラビニヨ型の遊星歯車列とされている。
第1回転要素RM1(サンギヤS2)は、中間出力部材である第1遊星歯車装置12のキャリアCA1に一体的に連結されており、第1ブレーキB1によって変速機ケース26に選択的に連結されて回転停止される。第2回転要素RM2(リングギヤR2およびリングギヤR3)は、第2クラッチC2を介して入力軸22に選択的に連結される一方、ワンウェイクラッチF1および第2ブレーキB2を介して変速機ケース26に選択的に連結されて回転停止される。
第3回転要素RM3(キャリアCA2およびキャリアCA3)は出力回転部材24に一体的に連結されている。第4回転要素RM4(サンギヤS3)は、第1クラッチC1を介して入力軸22に選択的に連結される。
以上の自動変速機10では、摩擦係合要素である第1クラッチC1、第2クラッチC2、第1ブレーキB1、第2ブレーキB2、第3ブレーキB3、および、ワンウェイクラッチF1などが、所定の状態に係合または解放されることによって変速段(ギヤ段)が設定される。
図2の作動表に示すように、例えば前進変速段では、第1クラッチC1および第2ブレーキB2の係合により第1変速段「1ST」が、第1クラッチC1および第1ブレーキB1の係合により第2変速段「2ND」が、第1クラッチC1および第3ブレーキB3の係合により第3変速段「3RD」が、第1クラッチC1および第2クラッチC2の係合により第4変速段「4TH」が、第2クラッチC2および第3ブレーキB3の係合により第5変速段「5TH」が、第2クラッチC2および第1ブレーキB1の係合により第6変速段「6TH」が、それぞれ成立するようになっている。また、第2ブレーキB2および第3ブレーキB3の係合により後進変速段「R」が成立させられ、クラッチC、ブレーキBのいずれもが解放されることによりニュートラル状態「N」となるように構成されている。
このようなクラッチC1,C2およびブレーキB1,B2,B3の切り換え動作により各変速段が成立するようになっており、特に、第2変速段「2ND」と第3変速段「3RD」との間での切り換え動作、第3変速段「3RD」と第4変速段「4TH」との間での切り換え動作、第4変速段「4TH」と第5変速段「5TH」との間での切り換え動作、第5速変速段「5TH」と第6変速段「6TH」との間での切り換え動作それぞれにあっては、ある1つの摩擦係合要素(クラッチ或いはブレーキ)を解放するとともに他の1つの摩擦係合要素(クラッチ或いはブレーキ)を係合させるクラッチツゥクラッチ変速となっている。
なお、自動変速機10では、第1変速段「1ST」を成立させる第2ブレーキB2には並列にワンウェイクラッチF1が設けられているため、発進時(加速時)には必ずしも第2ブレーキB2を係合させる必要は無いものとなっている。また、各変速段の変速比は、第1遊星歯車装置12、第2遊星歯車装置16、および、第3遊星歯車装置18の各ギヤ比(=サンギヤの歯数/リングギヤの歯数)ρ1、ρ2、ρ3によって適宜定められる。
また、自動変速機10の入力軸22の回転数(タービン回転数NT)はタービン回転数センサ70によって検出される。自動変速機10の出力回転部材24の回転数は車速センサ(出力軸回転数センサ)58によって検出される。これらタービン回転数センサ70および車速センサ58の出力信号から得られる回転数の比(出力回転数/入力回転数)に基づいて、自動変速機10の現在の変速段を判定することができる。
図3は、動力伝達装置8に備えられた油圧制御回路42のうちリニアソレノイドバルブSL1,SL2,SL3,SL4,SL5に関する部分を示す回路図である。この図3に示すように、油圧制御回路42では、ライン油圧PLを元圧としてリニアソレノイドバルブSL1〜SL5により電子制御装置(制御装置)44からの指示信号に応じた油圧が調圧され、自動変速機10に備えられたクラッチC1,C2、ブレーキB1,B2,B3の各油圧アクチュエータ(油圧シリンダ等)AC1,AC2,AB1,AB2,AB3にそれぞれ係合圧が供給されるようになっている。このライン油圧PLは、エンジン28によって回転駆動される機械式のオイルポンプや電動オイルポンプからの出力圧から図示しないリリーフ型調圧弁等により、アクセル操作量ACCで表されるエンジン負荷等に応じた値に調圧されるようになっている。また、上記リニアソレノイドバルブSL1〜SL5は、基本的にはいずれも同じ構成とされたものであり、各リニアソレノイドバルブSL1〜SL5からの出力圧(係合圧) は、ソレノイドの電磁力に従って入力ポートと出力ポートまたはドレーンポートとの間の連通状態が変化させられることにより出力圧が調圧制御され、油圧アクチュエータAC1,AC2,AB1,AB2,AB3に供給される。このようにして、各リニアソレノイドバルブSL1〜SL5にそれぞれ備えられたソレノイドは、電子制御装置44により独立に励磁され、各油圧アクチュエータAC1,AC2,AB1,AB2,AB3の油圧(係合油圧)が独立に調圧制御されるようになっている。
以上のように、自動変速機10は、油圧制御回路42による油圧制御を通じて、複数のクラッチ(クラッチC1,C2およびブレーキB1,B2,B3)の係合解放状態を切り換えることにより、変速比が異なる複数のギヤ段を成立させるように構成されている。
図4は、動力伝達装置8等を制御するために車両に設けられた電気的な制御系統を説明するブロック図である。この図4に示す電子制御装置44は、例えばROM、RAM、CPU、入出力インターフェースなどを含む所謂マイクロコンピュータである。CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつROMに予め記憶されたプログラムに従って入力信号を処理することで、動力伝達装置8に関する種々の制御等を実行する。
また、アクセルペダル46の操作量であるアクセル操作量(アクセル開度ともいう)ACCがアクセル開度センサ48により検出されるとともに、そのアクセル操作量ACCを表す信号が電子制御装置44に供給されるようになっている。このアクセルペダル46は、運転者の出力要求量に応じて踏み込み操作されるものであり、アクセル操作量ACCは出力要求量に相当する。さらに、エンジン28の吸気配管73には電子スロットル弁74が設けられており、電子制御装置44により制御されるスロットルアクチュエータ76によってスロットル開度θTHが変化するようになっている。また、エンジン28には、燃料噴射量制御のための燃料噴射弁78と、気筒内に電気火花を発生させるための点火プラグ83とが設けられており、電子制御装置44により燃料噴射弁78による燃料噴射量や、点火プラグ83による点火時期の制御が行われるようになっている。なお、点火プラグ83による点火時期は、点火プラグ83の上方に設けられたイグナイタ83aによって調整される。
また、動力伝達装置8には、エンジン回転数NEを検出するためのエンジン回転数センサ50、エンジン28の吸入空気量Qを検出するための吸入空気量センサ52、吸入空気温度TAを検出するための吸入空気温度センサ54、電子スロットル弁74の開度θTHを検出するためのスロットル開度センサ56、車速Vを検出するための車速センサ58、エンジン28の冷却水温TWを検出するための冷却水温センサ60、常用ブレーキであるフットブレーキペダル62の操作の有無を検出するためのブレーキスイッチ64、シフトレバー66のレバーポジションPSHを検出するためのレバーポジションセンサ68、トルクコンバータ30のタービン回転数(自動変速機10の入力軸回転数)NTを検出するためのタービン回転数センサ70、油圧制御回路42内の作動油の温度であるAT油温TOILを検出するためのAT油温センサ72等が設けられている。
それらのセンサやスイッチから、エンジン回転数NE、吸入空気量Q、吸入空気温度TA、スロットル開度θTH、車速V、エンジン冷却水温TW、ブレーキ操作の有無、シフトレバー66のレバーポジションPSH、タービン回転数NT、AT油温TOILなどを表す信号が電子制御装置44に供給されるようになっている。なお、タービン回転数NTは、自動変速機10の入力軸22の回転数に等しい。
電子制御装置44は、基本的な制御として、アクセル操作量ACC(%)等の各種パラメータに基づいて燃料噴射時期や燃料噴射量や点火時期等の制御を行う。また、図5に示すような予め記憶された関係から実際のアクセル操作量ACC(%)と車速V(km/h)等とに基づいて自動変速機10のギヤ段を自動的に切り換える変速制御を行う。さらに、予め記憶された関係から車速Vおよびアクセル操作量ACC等に基づいて上記トルクコンバータ30に備えられたロックアップクラッチ32の係合、解放、或いはスリップを実行する制御を行う。
また、電子スロットル弁74が設けられているエンジン28の吸気配管73には、エアクリーナ77、ターボチャージャ79およびインタークーラ81が、上流側からこの順で設けられている。ターボチャージャ79は、吸気配管73に設けられるコンプレッサホイール79aと、排気配管75に設けられるタービンホイール79bと、両ホイール79a,79bを連結するタービンシャフト79cとを有している。このような構成により、このエンジン28では、排気ガスによるタービンホイール79bの回転に伴ってコンプレッサホイール79aが回転することによって、エアクリーナ77を通った外気が圧縮される。そうして、圧縮されて高温となった吸入空気が、インタークーラ81にて冷却された後、エンジン28に供給されるようになっている。
図6は、シフトレバー66を備えたシフト操作装置82を説明する図である。このシフト操作装置(走行モード選択手段)82は例えば運転席の横に配設されており、そのシフト操作装置82に備えられたシフトレバー66は、5つのレバーポジション「P」、「R」、「N」、「D」、または「M」へ手動操作されるようになっている。「P」ポジションは自動変速機10内の動力伝達経路を解放し且つメカニカルパーキング機構によって機械的に出力回転部材24の回転を阻止(ロック)するための駐車位置である。「R」ポジションは自動変速機10の出力回転部材24の回転方向を逆回転とするための後進走行位置である。「N」ポジションは自動変速機10内の動力伝達経路を解放するための動力伝達遮断位置である。「D」ポジションは自動変速機10の第1変速段〜第6変速段の変速を許容する変速範囲(Dレンジ)で自動変速制御を実行させる前進走行位置である。「M」ポジションはシフトレバー66の手動操作によって変速段を切り換え可能な前進走行位置である。この「M」ポジションにおいては、シフトレバー66の操作毎に変速段をアップ側にシフトさせるための「+」ポジション、シフトレバー66の操作毎に変速段をダウン側にシフトさせるための「−」ポジションが備えられている。
このように、シフト操作装置82に「M」ポジションを設けて、シフトレバー66の手動操作によって変速段を選択すること(ギヤ段ホールド)を可能とすることにより、運転者は、動力性能を重視する走行状態を生じさせるパワー走行モード(以下、Mモードともいう)を選択することが可能となる。
このMモード(ギヤ段ホールドモード)では、運転者が、思いのままにギヤ段をホールドし、マニュアル感覚の走行を楽しめるようにするために、電子制御装置44は、後述するように、変速時間を短縮し、スムースな加速をサポートするような制御を行う。一方、「D」ポジションに対応するDモードでは、電子制御装置44は、以下のように、運転者によるアクセル操作量ACCに応じて、自動変速制御を実行する。
図5は、自動変速機10による変速動作を制御するために、ROMに予め記憶された変速線図(変速マップ)である。電子制御装置44は、この変速線図から実際のアクセル操作量ACC(%)と車速V(km/h)とに基づいて自動変速機10の変速を判断し、この判断された変速段および係合状態が得られるように油圧制御回路42に備えられたリニアソレノイドバルブSL1〜SL5を制御する。なお、自動変速機10の変速は、スロットル開度θTH(%)と車速V(km/h)とに基づいて判断してもよい。
具体的には、電子制御装置44は、車速センサ58の出力信号から車速Vを算出するとともに、アクセル開度センサ48の出力信号からアクセルペダル46の操作量ACCを算出し、それら車速Vおよびアクセル操作量ACCに基づいて、図5の変速線図を参照して目標ギヤ段を算出する。さらに、タービン回転数センサ70および車速センサ58の出力信号から得られる回転数の比(出力回転数/入力回転数)を求めて現在ギヤ段を判定し、その現在ギヤ段と目標ギヤ段とを比較して変速操作が必要であるか否かを判定する。
その判定結果により、変速の必要がない場合(現在ギヤ段と目標ギヤ段とが同じで、ギヤ段が適切に設定されている場合)には、現在ギヤ段を維持するソレノイド制御信号(油圧指示信号)を自動変速機10の油圧制御回路42に出力する。
一方、現在ギヤ段と目標ギヤ段とが異なる場合には変速制御を行う。例えば、自動変速機10のギヤ段が「2速」の状態で走行している状況から、車両の走行状態が変化して、例えば図5に示す点Aから点Bに変化した場合、アップシフト変速線[2→3]を跨ぐ変化となるので、変速線図から算出される目標ギヤ段が「3速」となり、その3速のギヤ段を設定するソレノイド制御信号(油圧指示信号)を自動変速機10の油圧制御回路42に出力して、2速のギヤ段から3速のギヤ段への変速(2→3アップ変速)を行う。
−変速時におけるトルクダウン制御−
自動変速機10の変速は、変速前半のトルク相から変速後半のイナーシャ相の過程を経て終了する。ここで、イナーシャ相とは、自動変速機10の回転メンバがギヤ比を変更するために回転速度変化を生じている期間を指し、また、トルク相とは、イナーシャ相以外の期間、具体的には、回転メンバが変速のための回転速度変化を行っておらず、入力軸回転数と出力軸回転数とがギヤ比によって規定される期間を指す。
そうして、本実施形態に係る車両のように、有段の自動変速機10を搭載した車両では、変速時に係合されるクラッチ(以下、係合側クラッチともいう)が吸収するべきエネルギー量が増大すると、摩擦による発熱量が増大する。このため、電子制御装置44は、係合側クラッチの摩擦による発熱量を低減すべく、イナーシャ相においてエンジントルクを低下させるトルクダウン制御を行うように構成されている。
ここで、トルクダウン制御を実行する方法としては、点火時期を調整する(点火時期を遅角させる)方法と、吸入空気量Qを調整する(スロットル開度θTHを閉じ側に制御する)方法とが知られているが、応答性が良好である等の理由から、点火時期を遅角させるのが一般的である。
もっとも、本実施形態のように、ターボチャージャ79を備えたターボエンジン28では、吸入空気圧が高い場合に点火時期を遅角させると、排気温度が上昇して、排気配管75やターボチャージャ79等の過剰昇温が問題となる。すなわち、ターボエンジン28では、排気温度の上昇によって、ターボチャージャ79のタービンハウジングの耐熱性向上や、触媒床温の増大抑制のための排気冷却機構などが必要となり、ハード面のコストアップを招くことから、遅角量(遅角を用いたトルクダウン量)が制限される。
それ故、本実施形態では、点火時期の遅角によるトルクダウン制御における、かかる短所を補うべく、点火時期の調整によるトルクダウン制御(以下、点火系トルクダウン制御ともいう)と吸入空気量Qの調整によるトルクダウン制御(以下、吸気系トルクダウン制御ともいう)とを併用するように構成されている。
このように、点火系トルクダウン制御と吸気系トルクダウン制御とを併用する場合には、イナーシャ相の開始を検出したときに、点火時期の遅角制御の開始指示と、電子スロットル弁74のスロットル開度θTHを閉じ側に制御するスロットル開度制御の開始指示とがなされることが多い。しかしながら、電子スロットル弁74の応答性には限界があるため、吸気系トルクダウン制御では、点火系トルクダウン制御に比して、イナーシャ相が開始してから実際にエンジントルクが低下するまでに時間が掛かり過ぎることになる。例えば、点火時期の遅角によるトルクダウン制御では、イナーシャ相が開始してから実際にエンジントルクが低下するまでに0.04(秒)しか掛からないのに対し、スロットル開度θTHを小さくすることによるトルクダウン制御では、イナーシャ相が開始してから実際にエンジントルクが低下するまでに0.20(秒)も掛かる場合もある。このように、イナーシャ相が開始してから実際にエンジントルクが低下するまでに時間が掛かり過ぎると、特に、1速のギヤ段から2速のギヤ段への変速の際、係合側クラッチである第1ブレーキB1の発熱量が、目標値(例えば、50J/cm2)を超えるおそれがある。
そこで、本実施形態では、(1)電子スロットル弁74自体の応答性を高めるための制御と、(2)トルクダウン指示タイミングを適正化するための制御と、を行うことで、吸気系トルクダウン制御においても、イナーシャ相が開始してから実際にエンジントルクが低下するまでの時間を短縮するようにしている。以下、これらの制御について説明する。
−(1)電子スロットル弁自体の応答性を高めるための制御−
吸気系トルクダウン制御における応答遅れを細分化すると、以下の(A)と(B)とに分けられる。すなわち、かかる応答遅れは、(A)トルクダウン指示から、電子スロットル弁74が、実際にトルクダウンが生じる開度(以下、トルクダウン開度ともいう)まで閉側に作動するのに要する時間と、(B)電子スロットル弁74の開度が、トルクダウン開度に達してから、吸気が応答するまでに要する時間と、に分けられる。
以下、改善の可能性が高い(A)について検討すると、ターボエンジン28では、アクセル中開度から電子スロットル弁74を全開にして、ターボチャージャ79の過給圧でエンジントルクを制御するため、パーシャル域(アクセルペダル46を踏んでも加速も減速もしない領域)から電子スロットル弁74全開付近の領域を使用する。このため、ターボエンジン28では、吸気系トルクダウン制御の開始の際、スロットル全開付近からトルクダウン開度まで電子スロットル弁74を作動させなければならず、このことが吸気系トルクダウン制御における応答遅れの主要な原因であると考えられる。
それ故、アップシフトが要求されると直ぐに、エンジントルクが変化しない程度までスロットル開度θTHを絞っておく(小さくしておく)ことで、イナーシャ相でのトルクダウンを速やかに行うことが考えられる。しかしながら、イナーシャ相の開始に先立ってスロットル開度θTHを絞った場合には、トルクダウン要求に対する応答性を向上させることができるものの、ポンピングロスが増大するとともに、排気弁(図示せず)より下流側の背圧が上昇し、排気工程における抵抗が増加するため、燃費が悪化するおそれがあるし、過給遅れが生じるおそれがある。
そこで、本実施形態では、運転者の要求する走行状態に応じて(シフトレバー66の手動操作により選択される走行モードに応じて)、トルクダウン応答を優先する制御と、過給遅れの改善や燃費の向上を優先する制御とを使い分けるようにしている。
具体的には、電子制御装置44は、運転者が動力性能を重視する走行状態を要求している場合、換言すると、Mモードが選択されている場合において、アクセルペダル46の踏み込み操作が行われている状態(駆動状態)で、高速段側クラッチの係合によりアップシフトが行われる(以下、パワーオンアップシフトともいう)ときには、後述するトルクダウン指示タイミングの前に、電子スロットル弁74を所定開度PmWotまで閉じる制御(以下、スロットル開度制限制御ともいう)を行うように構成されている。
他方、電子制御装置44は、Mモードが選択されていない場合におけるパワーオンアップシフト時には、Mモードが選択されている場合よりも、トルクダウン指示タイミングの前における電子スロットル弁74の閉じ量を制限するような制御、具体的には、電子スロットル弁74を閉じ側に作動させないような制御を行うように構成されている。なお、パワーオンアップシフトの際には、加速のためにアクセルペダル46の踏み込み操作が行われていることから、電子スロットル弁74を閉じ側に作動させないような制御は、電子スロットル弁74に対する開度制限を設けないことにより実現される。
ここで、所定開度PmWotとは、スロットル開度θTHの変化に対するエンジントルクの変化の度合いが小さい開度範囲におけるスロットル開度θTHの下限値、換言すると、電子スロットル弁74の閉変化に対してトルクダウン感度が低い開度範囲の下限値である。図7は、電子スロットル弁74の開度とエンジントルクとの関係を示す図である。そして、図7における、菱形を結んだ曲線(例えば、3200(rpm)×260(Nm)≒88(kW))、四角形を結んだ曲線(例えば、4000(rpm)×260(Nm)≒109(kW))、および、三角形を結んだ曲線(例えば、5200(rpm)×210(Nm)≒116(kW))は、高出力時におけるエンジン28の状態を表している。図7に示すように、高出力時においては、電子スロットル弁74の開度を50(deg)〜84(deg)の範囲で変化させても、エンジントルクは大きく変化しないことが分かる。例えば、三角形を結んだ曲線で表される状態では、図7の白抜き矢印で示すように、電子スロットル弁74の開度を50(deg)〜84(deg)の範囲で変化させても、エンジントルクは7(Nm)しか変化していない。それ故に、例えば、「スロットル開度θTHの変化に対するエンジントルクの変化の度合いが小さい開度範囲」を50(deg)〜84(deg)とし、所定開度PmWotを50(deg)とすれば、イナーシャ相の開始前に大きなトルク変動が生じるのを抑えつつ、イナーシャ相でのトルクダウンを速やかに行うことができる。
−(2)トルクダウン指示タイミングを適正化するための制御−
上述の如く、ターボエンジン28では点火時期の遅角量が制限されることから、要求トルクダウン量が大きい場合には、吸入空気量Qの調整によるトルクダウン量(以下、吸気系トルクダウン量ともいう)が大きくなる。そうして、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、吸気系トルクダウン制御の応答遅れが、係合側クラッチの摩擦による発熱量に大きく影響するため、イナーシャ相が開始してから実際にトルクが低下するまでの時間を短縮する必要性が高い。なお、「所定トルクダウン量」とは、吸入空気量Qの調整によるトルクダウン量が当該所定トルクダウン量よりも大きい場合には、吸入空気量Qの調整によるトルクダウン制御の応答遅れが、係合側クラッチの摩擦による発熱量に大きく影響するようなトルクダウン量であり、実験等により取得される値である。
この点、本実施形態では、Mモードが選択されている場合におけるパワーオンアップシフト時には、予めスロットル開度θTHを絞っておくことで、電子スロットル弁74の応答性を高めることが可能となるが、イナーシャ相が開始してからスロットル開度制御の開始指示がなされたのでは、変速中に十分なトルクダウン量が得られないおそれがある。
そこで、吸気系トルクダウン制御の開始を指示するためのトルクダウン指示タイミングを早めることが考えられるが、トルクダウン指示タイミングを闇雲に早めると、係合側クラッチがイナーシャ相を開始できるようなトルク容量(以下、イナーシャ相開始必要トルク容量ともいう)Cvを持つ前にエンジントルクが大きく低下し、駆動力が失われるおそれがある。このように、駆動力が失われると、ヘジテーションが発生し、ドライバビリティが損なわれてしまうという問題がある。また、イナーシャ相の開始前にエンジントルクが大幅に低下すると、アップシフト時の引き込みショックが大きくなるおそれがある。
ところで、自動変速機10では、係合側クラッチへの係合油圧の供給開始の指示がなされ、係合油圧の増大に伴って係合側クラッチのトルク容量が増大し、係合側クラッチがイナーシャ相開始必要トルク容量Cvを持ち、イナーシャ相が開始するという過程を辿る。それ故、自動変速機10では、イナーシャ相の開始時期と、係合側クラッチへの係合油圧の供給開始を指示するための油圧指示タイミングとが相関関係を有していると考えられる。
そこで、本実施形態では、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、イナーシャ相の開始に先立って、油圧指示タイミングに基づいて、トルクダウン指示タイミングを決定するようにしている。具体的には、電子制御装置44は、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、油圧指示タイミングから、係合側クラッチのトルク容量がイナーシャ相開始必要トルク容量Cvに達するまでの時間(以下、実圧応答時間ともいう)Trpと、スロットル開度制御の開始指示をなしてから、実際にスロットル開度θTHが閉じ側に変化するまでの時間(以下、実トルク応答時間)Trtと、の差である待機時間Tsを算出するとともに、油圧指示タイミングから当該待機時間Tsが経過したときを、吸気系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとするように構成されている。
なお、「油圧指示タイミング」とは、係合側クラッチのイナーシャ相開始必要トルク容量Cvに対応する油圧指示値Pt(図10参照)の指示信号を出力するタイミングを意味する。したがって、「油圧指示タイミング」には、かかる油圧指示値Ptの指示信号を出力するのに先立って出力される、油圧制御回路42における油圧応答遅れを解消するための油圧指示値Pp(図10参照)の指示信号の出力タイミングは含まれない。
ここで、実圧応答時間Trpと実トルク応答時間Trtとは、予め実験等によって取得(算出)することができる。もっとも、実圧応答時間Trpは、油圧制御回路42内の作動油の粘度により変化し、また、油圧制御回路42内の作動油の粘度は当該作動油の温度(AT油温TOIL)により変化する。具体的には、図8に示すように、AT油温TOILが高い程、実圧応答時間Trpは短くなる一方、AT油温TOILが低い程、実圧応答時間Trpは長くなる。それ故、電子制御装置44は、AT油温TOILに応じて、待機時間Tsを算出するように構成されている。なお、図8に対応するマップは予めROMに記憶されており、電子制御装置44は、油圧指示値Ptの指示信号が出される度に当該マップにアクセスし、AT油温センサ72によって検出されたAT油温TOILに基づいて実圧応答時間Trpを算出し、そこから実トルク応答時間Trtを減算して待機時間Tsを算出するように構成されている。
このように、待機時間Tsは、実験等から導かれる推定値(実圧応答時間Trp)と、同じく実験等から導かれる推定値(実トルク応答時間Trt)と、の差から算出されるため、誤差が大きくなる可能性がある。しかしながら、本実施形態では、AT油温TOILに基づいて実圧応答時間Trpを算出することで推定精度を向上させるとともに、スロットル開度θTHを所定開度PmWotにより制限することで、エンジントルク応答の再現性および安定性が高められることから、誤差を極力小さく抑えることが可能となっている。
これに対し、点火系トルクダウン制御は、元々応答性に優れていることから、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合にも、トルクコンバータ30のタービン回転数NTの変化に基づいて、すなわち、イナーシャ相の開始に基づいて、トルクダウン指示タイミングを決定する。具体的には、電子制御装置44は、イナーシャ相の開始が検出されたときを、点火系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとするように構成されている。
他方、要求トルクダウン量が小さい場合には、吸気系トルクダウン量は小さくなる(0も含む)と考えられる。そうして、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量以下の場合には、吸気系トルクダウン制御の応答遅れによる、クラッチの発熱量への影響は小さいので、イナーシャ相の開始前にトルクダウン制御の開始指示をなす必要性は低い。また、応答性が良好な点火系トルクダウン制御を行う場合に、イナーシャ相の開始前に遅角制御の開始指示をなすと、係合側クラッチがイナーシャ相開始必要トルク容量Cvを持つ前に、トルクが大きく低下するおそれがある。
そこで、本実施形態では、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量以下の場合には、トルクコンバータ30のタービン回転数NTの変化に基づいて、トルクダウン指示タイミングを決定する。具体的には、電子制御装置44は、イナーシャ相の開始が検出されたときを、点火系トルクダウン制御および吸気系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとするように構成されている。
つまり、本実施形態では、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、応答性に劣る吸気系トルクダウン制御では、イナーシャ相の開始前に、また、応答性に優れる点火系トルクダウン制御では、イナーシャ相の開始後にそれぞれトルクダウン指示がなされる。これにより、イナーシャ相開始前は、係合側クラッチがイナーシャ相開始必要トルク容量Cvを持つ前にエンジントルクが大きく低下するのを確実に抑えることができるとともに、イナーシャ相開始後は、点火系トルクダウン制御と吸気系トルクダウン制御とが相俟って、大きなトルクダウン量を速やかに実現することができる。
一方、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量以下の場合には、点火系トルクダウン制御および吸気系トルクダウン制御のいずれにおいても、イナーシャ相の開始後にトルクダウン指示が出される。これにより、イナーシャ相開始前は、係合側クラッチがイナーシャ相開始必要トルク容量Cvを持つ前にエンジントルクが大きく低下するのを確実に抑えることができる一方、イナーシャ相開始後は、応答性の高い点火系トルクダウン制御によって、速やかにトルクダウンが開始されるとともに、不足するトルクダウン量を、吸気系トルクダウン制御で補うことが可能となる。
以上のようにして、イナーシャ相においてトルクダウンを行った後、電子制御装置44は、変速中における車速Vと変速後のギヤ段とに基づいて算出される変速後同期タービン回転数NT’と、トルクコンバータ30のタービン回転数(以下、実タービン回転数ともいう)NTと、の差が所定値以下となったときにトルクダウン制御を終了させる。なお、所定値は、極小さな値に設定されており、これにより、変速後同期タービン回転数NT’と実タービン回転数NTとが実質的に一致したとき、すなわち、変速が完了した時に、トルクダウン制御が終了することになる。
−トルクダウン制御ルーチン−
次に、本実施形態に係るトルクダウン制御の手順を図9のフローチャートに沿って説明する。
先ず、ステップS1では、電子制御装置44が、レバーポジションセンサ68の検出結果に基づき、運転者によるシフトレバー66の手動操作によりMモードが選択されているか否かを判定する。ステップS1での判定がNOのとき、すなわち、Dモード等のMモード以外のモードが選択されているときはENDする。一方、ステップS1での判定がYESのときはステップS2に進む。
なお、図9のフローチャートには示さないが、Mモードが選択されていない場合(ENDした場合)におけるパワーオンアップシフト時にもトルクダウン制御は実行される。この場合には、応答性は劣るものの、電子スロットル弁74を所定開度PmWotまで閉じる制御を行わないことから、ポンピングロスの増大等による燃費の悪化を抑えることができる。また、この場合には、電子スロットル弁74を所定開度PmWotまで閉じる制御は行わないが、上述したトルクダウン指示タイミングを適正化する制御は行ってもよい。
次のステップS2では、電子制御装置44が、アクセル開度センサ48や車速センサ58等の検出結果に基づき、アクセルペダル46が踏み込まれた駆動状態か否かを判定し、この判定がNOのときはENDする一方、この判定がYESのときはステップS3に進む。
次のステップS3では、電子制御装置44が、シフト操作装置82の「+」ポジションへの操作信号に基づき、運転者がアップシフトを要求しているか否かを判定する。ステップS3での判定がNOのとき、すなわち、運転者がなんらの操作も行わないときや、運転者が「−」ポジションへの操作によりダウンシフトを要求しているときはENDする。一方、ステップS3での判定がYESのときは、ステップS4に進む。
次のステップS4では、電子制御装置44が、電子スロットル弁74のスロットル開度θTHを所定開度PmWotで制限する。換言すると、このステップS4では、変速開始(例えば、解放側クラッチへの解放油圧のドレーン開始指示)を起点として、全開付近にある電子スロットル弁74の開度を所定開度PmWotまで閉じる制御を行う。
次のステップS5では、運転者の要求する変速段および係合状態が得られるように、電子制御装置44が、油圧制御回路42に係合油圧の供給開始の指示をなす。例えば、1速のギヤ段から2速のギヤ段へのアップシフト変速を開始する場合には、電子制御装置44は、第1ブレーキB1のイナーシャ相開始必要トルク容量Cvに対応する油圧指示値Ptのソレノイド制御信号(油圧指示信号)を出力し、その後ステップS6へ進む。
次のステップS6では、電子制御装置44が、吸入系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きいか否かを判定する。なお、エンジン28の出力トルクから低減させられる要求トルクダウン量は、エンジン負荷等から算出される自動変速機10の入力トルクTIN、および/または、タービン回転数センサ70によって検出されるタービン回転数NTに基づいて、予め定められた関係から決定される。そうして、吸入系トルクダウン量は、点火系トルクダウン量を考慮して、要求トルクダウン量に基づいて求めることができる。このステップS6の判定がYESの場合、すなわち、吸気系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、ステップS7に進む。
次のステップS7では、電子制御装置44が、ROMに記憶された図8に対応するマップにアクセスし、AT油温センサ72によって検出されたAT油温TOILに基づいて実圧応答時間Trpを算出し、そこから実トルク応答時間Trtを減算して待機時間Tsを算出する。
次のステップS8では、電子制御装置44が、ステップS5での油圧指示タイミングからステップS7で算出した待機時間Tsが経過したか否かを判定する。このステップS8の判定がNOの場合、すなわち、油圧指示タイミングから未だ待機時間Tsが経過していない場合には、スロットル開度θTHを所定開度PmWotで維持しながら、再びステップS8に進み、待機時間Tsが経過したか否かの判定を繰り返す。一方、このステップS8の判定がYESの場合、すなわち、油圧指示タイミングから待機時間Tsが経過した場合には、ステップS9へ進む。
次のステップS9では、電子制御装置44が、吸入系トルクダウン量に基づいて、吸入系における要求エンジントルクを算出し、この吸入系における要求エンジントルクに応じてスロットルアクチュエータ76を制御して、電子スロットル弁74を所定開度PmWotよりも閉側に作動させるスロットル開度制御の開始指示をなす。
次のステップS10では、電子制御装置44が、タービン回転数センサ70によって検出されるタービン回転数NTの変化から、イナーシャ相が開始したか否かを判定する。なお、イナーシャ相が開始したか否かは、従来知られている方法によって行うことができ、例えば、出力回転数に変速前の変速比を掛けた値と、タービン回転数NTと、の差が所定の値に達したことによって判定することができる。そうして、ステップS10の判定がNOの場合、すなわち、未だイナーシャ相が開始していない場合には、再びステップS10に進み、イナーシャ相が開始したか否かの判定を繰り返す。一方、ステップS10の判定がYESの場合、すなわち、イナーシャ相が開始した場合には、ステップS11に進み、電子制御装置44が、点火時期の遅角制御の開始指示を、すなわち、イグナイタ83aに対して点火プラグ83の点火タイミングを遅角するよう指示をなす。
これらに対し、ステップS6の判定がNOの場合、すなわち、吸気系トルクダウン量が所定トルクダウン量以下の場合には、ステップS12に進む。次のステップS12では、ステップS10と同様に、電子制御装置44が、タービン回転数センサ70によって検出されるタービン回転数NTの変化から、イナーシャ相が開始したか否かを判定する。このステップS12の判定がNOの場合には、再びステップS12に進み、イナーシャ相が開始したか否かの判定を繰り返す。一方、ステップS12の判定がYESの場合には、ステップS13に進む。
次のステップS13では、ステップS9と同様に、電子制御装置44がスロットル開度制御の開始指示をなし、次のステップS14では、ステップS11と同様に、電子制御装置44が点火時期の遅角制御の開始指示をなす。
次のステップS15では、吸気系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合には、ステップS9でのスロットル開度制御の開始指示およびステップS11での点火時期の遅角制御の開始指示に基づき、また、吸気系トルクダウン量が所定トルクダウン量以下の場合には、ステップS13でのスロットル開度制御の開始指示およびステップS14での点火時期の遅角制御の開始指示に基づき、イナーシャ相でのトルクダウンが実行される。
次のステップS16では、電子制御装置44が、タービン回転数センサ70によって検出される実タービン回転数NTと、変速後同期タービン回転数NT’との差が所定値未満か否かを判定する。ここで、変速完了時は、実タービン回転数NTと変速後同期タービン回転数NT’とが一致することから、(実タービン回転数NT−変速後同期タービン回転数NT’)が極小さく設定された所定値未満の場合には、変速が完了したと看做すことができる。なお、変速後同期タービン回転数NT’は、車速センサ58の出力信号から算出される変速中における車速Vと、変速後のギヤ段とに基づいて算出される。このステップS16の判定がNOの場合、すなわち、変速が完了していない場合には、トルクダウンを実行しながら、再びステップS16に進み、変速が完了したか否かの判定を繰り返す。一方、このステップS16の判定がYESの場合、すなわち、変速が完了した場合には、ステップS17へ進み、トルクダウン制御から復帰し、その後、ENDする。
−トルクダウンを実行するための具体的な制御−
次に、本実施形態に係るトルクダウン制御について、図10に示すタイミングチャートを用いて説明する。なお、この例では、Mモードが選択されている場合におけるパワーオンアップシフトが行われ、時刻t1において、運転者がアップシフトを要求したものとする。また、この例は、吸気系トルクダウン量が所定トルクダウン量よりも大きい場合を示している。さらに、図10中の要求エンジントルク(吸気系)は、無効値(破線)の場合は、なんらスロットルアクチュエータ76を制御しない一方、実線で示すように具体的な要求エンジントルクが与えられると、かかる要求エンジントルクに応じてスロットルアクチュエータ76を制御することを示している。
先ず時刻t1において、アップシフトが要求される(変速が開始する)と、解放側クラッチの作動油圧の抜けをよくするために、解放側クラッチ指示油圧を一旦最小値まで下げる。このとき、変速開始を起点として、スロットル開度制限制御がオンになり、全開付近の領域にある電子スロットル弁74が閉じ始め、時刻t2において、スロットル開度θTHが所定開度PmWotとなる。これにより、トルクダウン指示がなされれば、かかるスロットル開度制限制御が行われていない場合よりも早く、スロットル開度θTHがトルクダウン開度になる状態が形成される。
時刻t3では、予備的に係合側クラッチに油圧指示値Ppのソレノイド制御信号が出力される。このように、油圧指示タイミングに先立って油圧指示値Ppのソレノイド制御信号を出力することで、油圧制御回路42における油圧応答遅れが抑えられ、係合側クラッチに油圧指示値Ptのソレノイド制御信号が出力されれば、直ぐに係合側クラッチが応答する状態が形成される。次いで時刻t4において、係合側クラッチのイナーシャ相開始必要トルク容量Cvに対応する油圧指示値Ptのソレノイド制御信号が出力される。
油圧指示タイミングに相当する時刻t4から待機時間Tsが経過した時刻t5において、吸気系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示がなされる。より詳しくは、それまで無効値であった要求エンジントルク(吸気系)が、時刻t5において、要求トルクダウン量に基づいて算出された具体的な値として出力され、この要求エンジントルクに応じてスロットルアクチュエータ76の制御が開始される。
そうして、時刻t6において、タービン回転数NTが下がり始め、イナーシャ相が開始するとともに、電子スロットル弁74が所定開度PmWotからさらに閉じ側に作動し始める。時刻t6で開始されたイナーシャ相が、時刻t7において検出されると、係合側クラッチ油圧指示値が増大されるとともに、点火系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示がなされる。より詳しくは、イグナイタ83aに対して点火プラグ83の点火タイミングを遅角するよう指示がなされる。
時刻t8では、要求エンジントルクが上昇し始め、それに遅れて時刻t9から電子スロットル弁74が開き側に作動し始める。そうして、時刻t10において、実タービン回転数NTと変速後同期タービン回転数NT’とが略一致すると(実タービン回転数NTと変速後同期タービン回転数NT’との差が所定値以下となると)、変速が完了するので、トルクダウン制御から復帰する。具体的には、要求エンジントルクが再び無効値を採るとともに、点火時期が遅角側から進角側に戻される。その後、時刻t11において、係合側クラッチ油圧指示値が最大値となり、係合側クラッチが完全係合すると、スロットル開度制限制御による所定開度PmWotでの開度制限が解除される。
−トルクダウン制御の効果−
次に、本実施形態のトルクダウン制御による効果を、測定された実車波形等に基づいて説明する。
図11は、従来のトルクダウン制御を行った場合(比較例)の実車波形を模式的に示す図であり、図12は、本実施形態に係るトルクダウン制御を行った場合(実施例)の実車波形を模式的に示す図である。ここで、従来のトルクダウン制御とは、イナーシャ相の開始を検出したときを、点火系トルクダウン制御および吸気系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとするとともに、所定開度PmWotによるスロットル開度θTHの制限を行わないトルクダウン制御である。一方、本実施形態に係るトルクダウン制御とは、イナーシャ相の開始を検出したときを、点火系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとする一方、油圧指示タイミングから待機時間Tsを経過したときを、吸気系トルクダウン制御におけるトルクダウン指示タイミングとするとともに、所定開度PmWotによるスロットル開度θTHの制限を行うトルクダウン制御である。なお、両制御とも、Mモードが選択されている場合における、1速のギヤ段から2速のギヤ段へのパワーオンアップシフトである点は共通する。
図11に示すように、比較例では、時刻t1’でイナーシャ相が開始し、イナーシャ相の開始が検出された時刻t2’において、要求エンジントルクを低下させることで吸気系トルクダウン制御が開始され、時刻t3’において実エンジントルクが低下し始めている。ここで、時刻t2’〜時刻t3’が、吸気系トルクダウン制御における応答遅れとなるが、比較例では、所定開度PmWotによるスロットル開度θTHの制限を行っていないため、実施例に比して応答遅れ時間が長くなっている(図12の時刻T2〜時刻T3参照)。そうして、比較例は、時刻t1’〜時刻t4’で示されるイナーシャ相の約半分に相当する時刻t3’まで実エンジントルクが低下しなかったため、イナーシャ相が長くなっていることが分かる。
これに対し、実施例では、図12に示すように、時刻T1においてイナーシャ相開始必要トルク容量Cvに対応する第1ブレーキ指示圧が出力され、時刻T1から待機時間Tsが経過した時刻T2において、要求エンジントルクを低下させることで、吸気系トルクダウン制御が開始されている。そうして、時刻T3において、イナーシャ相が開始するのとほぼ同時に、狙い通り実エンジントルクが低下し始めているのが分かる。また、実施例では、イナーシャ相が始まった当初(時刻T3)から実エンジントルクが低下することから、時刻T3〜時刻T4で示されるイナーシャ相が短くなっていることが分かる。
図13は、トルクコンバータ30のタービン回転数NTの時間変化を示す図であり、図14は、第1ブレーキB1のトルク容量の時間変化を示す図であり、図15は、第1ブレーキB1の発熱量の時間変化を示す図である。図13に示すように、本実施形態のトルクダウン制御を行った実施例では、従来のトルクダウン制御を行った比較例に比して、0.15秒(150ms)も早くイナーシャ相が終了していることが分かる。また、図14に示すように、実施例では、比較例よりも早く第1ブレーキB1の係合を完了させることが可能となることが分かる。さらに、実施例では、イナーシャ相が開始すると直ぐにトルクダウンが実行されることから、図15に示すように、1速のギヤ段から2速のギヤ段への変速の際に、第1ブレーキB1の発熱量が、目標値(50J/cm2)よりも18J/cm2も低減できることが確認された。
以上の結果から、本実施形態に係るトルクダウン制御によれば、イナーシャ相が開始するのとほぼ同時にトルクダウンを実行することが可能となり、これにより、ヘジテーションの発生を抑えつつ、変速時間を大幅に短縮できるとともに、変速時の係合側クラッチの発熱量を大幅に低減できることが確認された。
(その他の実施形態)
本発明は、実施形態に限定されず、その精神または主要な特徴から逸脱することなく他の色々な形で実施することができる。
上記実施形態では、点火系トルクダウン制御と吸気系トルクダウン制御とを併用するようにしたが、これに限らず、例えば、トルクダウン量が大きい場合には、吸気系トルクダウン制御のみを行う一方、トルクダウン量が小さい場合には、点火系トルクダウン制御のみを行うようにしてもよい。
また、上記実施形態では、スロットル開度θTHを閉じ側に制御することによって、吸気系トルクダウン制御を行ったが、これに限らず、例えば吸気弁の開弁時期や閉弁時期を調整することによって、吸気系トルクダウン制御を行ってもよい。
さらに、上記実施形態では、ターボチャージャ79を備えたガソリンターボエンジン28を搭載した車両に本発明を適用したが、これに限らず、自然吸気のガソリンエンジンに対しても本発明は適用可能である。
また、上記実施形態では、Mモードが選択されていない場合におけるパワーオンアップシフト時には、電子スロットル弁74を閉じ側に作動させないようにしたが、これに限らず、Mモードが選択されている場合よりも、イナーシャ相の開始前におけるスロットル弁の閉じ量を制限(小さく)するようにしてもよい。
さらに、上記実施形態では、トルクダウン指示タイミングの前にスロットル開度θTHを所定開度PmWotまで絞るようにしたが、これに限らず、トルクダウン指示タイミングの前にスロットル開度θTHを所定開度PmWotまで絞る制御を行わず、油圧指示タイミングに基づいてトルクダウン指示タイミングを決定する制御のみを行ってもよい。
また、上記実施形態では、前進6速の変速が可能な自動変速機10を搭載したFF型車両に本発明を適用したが、これに限らず、前進5速や前進8速等の変速が可能な自動変速機を搭載した車両や、FR(フロントエンジン・リヤドライブ)型車両や4輪駆動車に適用することも可能である。
このように、上述の実施形態はあらゆる点で単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。さらに、特許請求の範囲の均等範囲に属する変形や変更は、全て本発明の範囲内のものである。