以下、本発明を詳細に説明する。
(1)スルフィド化剤
本発明で用いられるスルフィド化剤とは、ジハロゲン化芳香族化合物にスルフィド結合を導入できるもの、および/またはアリーレンスルフィド結合に作用してアリーレンチオラートを生成するものであれば良く、例えばアルカリ金属硫化物、アルカリ金属水硫化物、および硫化水素が挙げられる。
アルカリ金属硫化物の具体例としては、例えば硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも硫化リチウムおよび/または硫化ナトリウムが好ましく、硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。これらのアルカリ金属硫化物は、水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができる。なお、水性混合物とは水溶液、もしくは水溶液と固体成分の混合物、もしくは水と固体成分の混合物のことをさす。一般的に入手できる安価なアルカリ金属硫化物は水和物または水性混合物であるので、このような形態のアルカリ金属硫化物を用いることが好ましい。
アルカリ金属水硫化物の具体例としては、例えば水硫化リチウム、水硫化ナトリウム、水硫化カリウム、水硫化リチウム、水硫化ルビジウム、水硫化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を挙げることができ、なかでも水硫化リチウムおよび/または水硫化ナトリウムが好ましく、水硫化ナトリウムがより好ましく用いられる。
また、アルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物から、反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめアルカリ金属水硫化物とアルカリ金属水酸化物を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。これらのアルカリ金属水硫化物及びアルカリ金属水酸化物は水和物または水性混合物として、あるいは無水物の形で用いることができ、水和物または水性混合物が入手のし易さ、コストの観点から好ましい。
さらに、水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素から反応系においてin situで調製されるアルカリ金属硫化物も用いることができる。また、あらかじめ水酸化リチウム、水酸化ナトリウムなどのアルカリ金属水酸化物と硫化水素を接触させて調製したアルカリ金属硫化物を用いることもできる。硫化水素は気体状、液体状、水溶液状のいずれの形態で用いても差し障り無い。
本発明においてスルフィド化剤の量は、脱水操作などによりジハロゲン化芳香族化合物との反応開始前にスルフィド化剤の一部損失が生じる場合には、実際の仕込み量から当該損失分を差し引いた残存量を意味するものとする。
なお、スルフィド化剤と共に、アルカリ金属水酸化物および/またはアルカリ土類金属水酸化物を併用することも可能である。アルカリ金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化リチウム、水酸化ルビジウム、水酸化セシウムおよびこれら2種以上の混合物を好ましいものとして挙げることができ、アルカリ土類金属水酸化物の具体例としては、例えば水酸化カルシウム、水酸化ストロンチウム、水酸化バリウムなどが挙げられ、なかでも水酸化ナトリウムが好ましく用いられる。
スルフィド化剤として、アルカリ金属水硫化物を用いる場合には、アルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましいが、この使用量はアルカリ金属水硫化物1モルに対し0.95から1.50モル、好ましくは1.00から1.25モル、更に好ましくは1.005から1.200モルの範囲が例示できる。スルフィド化剤として硫化水素を用いる場合にはアルカリ金属水酸化物を同時に使用することが特に好ましく、この場合のアルカリ金属水酸化物の使用量は硫化水素1モルに対し2.0〜3.0モル、好ましくは2.01〜2.50モル、更に好ましくは2.04〜2.40モルの範囲が例示できる。
(2)ジハロゲン化芳香族化合物
本発明で使用されるジハロゲン化芳香族化合物とは芳香環の二価基であるアリーレン基と、2つのハロゲノ基からなる芳香族化合物であり、ジハロゲン化芳香族化合物1モルはアリーレン単位1モルとハロゲノ基2モルから構成される。たとえばアリーレン基としてベンゼン環の二価基であるフェニレン基と、2つのハロゲノ基からなる化合物として、p−ジクロロベンゼン、o−ジクロロベンゼン、m−ジクロロベンゼン、p−ジブロモベンゼン、o−ジブロモベンゼン、m−ジブロモベンゼン、1−ブロモ−4−クロロベンゼン、1−ブロモ−3−クロロベンゼンなどのジハロゲン化ベンゼン、及び1−メトキシ−2,5−ジクロロベンゼン、1−メチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,4−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、1,3−ジメチル−2,5−ジクロロベンゼン、3,5−ジクロロ安息香酸などのハロゲン以外の置換基をも含むジハロゲン化芳香族化合物などを挙げることができる。なかでも、p−ジクロロベンゼンに代表されるp−ジハロゲン化ベンゼンを主成分にするジハロゲン化芳香族化合物が好ましい。特に好ましくは、p−ジクロロベンゼンを80〜100モル%含むものであり、さらに好ましくは90〜100モル%含むものである。また、環式PAS共重合体を得るために異なる2種以上のジハロゲン化芳香族化合物を組み合わせて用いることも可能である。
(3)有機極性溶媒
本発明ではスルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物との反応を行う際に有機極性溶媒を用いるが、この有機極性溶媒としては有機アミド溶媒が好ましい。具体例としては、N−メチル−2−ピロリドン、N−エチル−2−ピロリドン、N−シクロヘキシル−2−ピロリドンなどのN−アルキルピロリドン類、N−メチル−ε−カプロラクタム、ε−カプロラクタムなどのカプロラクタム類、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、N,N−ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、ヘキサメチルリン酸トリアミドなどに代表されるアプロチック有機溶媒、及びこれらの混合物などが、反応の安定性が高いために好ましく使用される。これらのなかでもN−メチル−2−ピロリドンおよび1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノンが好ましく用いられる。
本発明において、少なくともスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物および有機極性溶媒を含む反応混合物を反応させる際の有機極性溶媒の使用量は、反応混合物中のイオウ成分1モルに対し1.25リットル以上50リットル以下であり、好ましい下限としては1.5リットル以上、さらに好ましくは2リットル以上であり、一方、好ましい上限としては20リットル以下がより好ましく、15リットル以下が更に好ましい。なお、ここでの溶媒使用量は常温常圧下における溶媒の体積を基準とする。なお、本発明における反応混合物中のイオウ成分のモル数は、反応開始時点に反応混合物中に存在するイオウ成分がスルフィド化剤のみの場合にはスルフィド化剤のモル数をさす。反応開始時点にスルフィド化剤以外のイオウ成分が存在する場合には、スルフィド化剤のモル数と、スルフィド化剤以外のイオウ成分のイオウのモル数を合計したモル数をさす。反応開始時点とは、反応混合物として仕込んだジハロゲン化芳香族化合物の転化率が0の段階をいう。転化率については後述する。
有機極性溶媒の使用量が1.25リットルより少ない場合、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物の反応によって生成する環式PASの生成率が極めて低くなる一方で、環式PASの生成に付随して副生する線状PASの生成率が高まるため、単位原料当たりの環式PASの生産性に劣る。なおここで、環式PASの生成率とは、後で詳述する環式PASの製造において、反応混合物の調製に用いたスルフィド化剤のすべてが環式PASに転化すると仮定した場合の環式PASの生成量に対する、環式PASの製造で実際に生成した環式PAS量の比率のことであり、100%であれば用いたスルフィド化剤の全てが環式PASに転化したことを意味する。また線状PASの生成率とは、反応混合物の調製に用いたスルフィド化剤のすべてが線状PASに転化すると仮定した場合の線状PASの生成量に対する、環式PASの製造で生成した線状PAS量の比率のことである。
ここで環式PASの生成率は、用いた原料(スルフィド化剤)をより効率よく目的物(環式PAS)に転化させるとの観点で、高いほど好ましい。ただし、極めて高い生成率を達成するために環式PASの製造に際して、使用する有機極性溶媒の使用量を、50リットルを超えるように極端に多くすると、反応容器の単位体積当たりの環式PASの生成量が低下する傾向に有り、また、反応に要する時間が長時間化するためこのような条件は避ける必要がある。更に、環式PASを単離回収する操作を行う場合には、有機極性溶媒使用量が多すぎると反応物単位量当たりの環式PAS量が微量になるため、回収操作が困難となる。環式PASの生成率と生産性を両立するとの観点で前記した有機極性溶媒の使用量範囲とする事が好ましい。
なお、一般的な環式化合物の製造における溶媒の使用量は極めて多い場合が多く、本発明の好ましい使用量範囲では効率よく環式化合物を得られないことが多い。本発明では一般的な環式化合物製造の場合と比べて、溶媒使用量が比較的少ない条件下、即ち前記した好ましい溶媒使用量上限値以下の場合でも、効率よく環式PASが得られる。この理由は現時点定かではないが、本発明の方法では、反応混合物の還流温度を超えて反応を行うため、極めて反応効率が高く原料の消費速度が高いことが、環状化合物の生成に好適に作用しているものと推測している。ここで、反応混合物における有機極性溶媒の使用量とは、反応系内に導入した有機極性溶媒から、反応系外に除去された有機極性溶媒を差し引いた量である。
(4)環式ポリアリーレンスルフィド
本発明における環式PASとは、式−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする環式化合物であり、好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する下記一般式(A)のごとき化合物が例示できる。
ここでArはアリーレン基であり、具体的には式(B)〜式(M)などであらわされる単位を例示できるが、なかでも式(B)〜式(D)が好ましく、式(B)及び式(C)がより好ましく、式(B)が特に好ましい。
(ただし、式中のR1,R2は水素、炭素数1から6のアルキル基、炭素数1から6のアルコキシ基、ハロゲン基から選ばれた置換基であり、R1とR2は同一でも異なっていてもよい。)
なお、環式PASにおいては前記式(B)〜式(M)などの繰り返し単位をランダムに含んでも良いし、ブロックで含んでも良く、それらの混合物のいずれかであってもよい。これらの代表的なものとして、環式ポリフェニレンスルフィド、環式ポリフェニレンスルフィドスルホン、環式ポリフェニレンスルフィドケトン、これらが含まれる環式ランダム共重合体、環式ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい環式PASとしては、主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
を80モル%以上、特に90モル%以上含有する環式ポリフェニレンスルフィド(以下、環式PPSと略すこともある)が挙げられる。
環式PASの前記(A)式中の繰り返し数mに特に制限はないが4〜50の混合物が好ましく、4〜30がより好ましく、4〜25が更に好ましい。後で述べる様に環式PASを含有するPASプレポリマーを原料としてPASを製造する場合には、このPASプレポリマーの加熱の際には、PASプレポリマーが融解する温度で行うことが望ましく、これにより効率良くPASが得られることとなる。
ここで環式PASの繰り返し数mが前記範囲の場合には、環式PASの融解温度が275℃以下、好ましくは260℃以下、より好ましくは255℃以下になる傾向があり、このような環式PASを含むPASプレポリマーの融解温度もこれに応じて低温化する傾向がある。従って、環式PASのmの範囲が前述の範囲の場合には、PASの製造に際し、PASプレポリマーの加熱温度を低く設定することが可能となるため望ましい。なおここで環式PAS及びPASの融解温度とは、示唆走査熱量計にて、50℃で1分保持後に、走査速度20℃/分で360℃まで昇温した際に観察される吸熱ピークのピーク温度のことを示す。
また、本発明における環式PASは、単一の繰り返し数を有する単独化合物、異なる繰り返し数を有する環式PASの混合物のいずれでも良いが、異なる繰り返し数を有する環式PASの混合物の方が単一の繰り返し数を有する単独化合物よりも融解温度が低く、融解に要する熱量も小さくなる傾向があるため好ましい。また、本発明における環式PASに含まれる環式PASの総量に対する前記式(A)のm=6の環式PASの含有量は50重量%未満であることが好ましく、40重量%未満がより好ましく、30重量%未満がさらに好ましい([m=6の環式PAS(重量)]/[環式PAS混合物(重量)]×100(%))。ここで例えば特許文献特開平10−77408号公報には環式PASのArがパラフェニレンスルフィド単位であって繰り返し数mが6のシクロヘキサ(p−フェニレンスルフィド)を得る方法が開示されているが、このm=6の環式PASは348℃に融解ピーク温度を有するとされ、このような環式PASを加工する際には極めて高い加工温度が必要となる。
従って、環式PASを含むPASプレポリマーを用いてPASの製造する場合において、加熱に必要な温度をより低い温度にしうるとの観点から本発明の環式PASにおいては、特に前記式(A)のm=6の環式PASの含有量を先述の範囲とすることが好ましい。同様にPASの製造する場合における溶融加工温度をより低い温度にしうるとの観点から、本発明では環式PASとして異なる繰り返し数を有する環式PASの混合物を用いることが好ましいことは前述したとおりであるが、環式PAS混合物に含まれる環式PASのうち前記式(A)のmが4〜13の環式PASの総量を100%とした場合に、mが5〜8の環式PASをそれぞれ5%以上含む環式PAS混合物を用いることが好ましく、mが5〜8の環式PASをそれぞれ7%以上含む環式PAS混合物を用いることがより好ましい。このような組成比の環式PAS混合物は特に融解ピーク温度が低くなり、且つ融解熱量も小さくなる傾向にあり融解温度の低下の観点で特に好ましい。
なおここで、環式PAS混合物における環式PASの総量に対する繰り返し数mの異なる環式PASの含有率は、環式PAS混合物をUV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーで成分分割した際に環式PASに帰属される全ピーク面積に対する、所望するm数を有する環式PAS単体に帰属されるピーク面積の割合として求めることができる。なお、この高速液体クロマトグラフィーで成分分割された各ピークの定性は、各ピークを分取液体クロマトグラフィーで分取し、赤外分光分析における吸収スペクトルや質量分析を行うことで可能である。
(5)線状ポリアリーレンスルフィド
本発明における線状ポリアリーレンスルフィド(以下、線状PASと略する場合もある)とは、式、−(Ar−S)−の繰り返し単位を主要構成単位とする好ましくは当該繰り返し単位を80モル%以上含有する線状のホモポリマーまたは線状のコポリマーである。Arはアリーレン基であり、具体的には前記の式(B)〜式(M)などであらわされる単位などがあるが、なかでも式(B)が特に好ましい。
この繰り返し単位を主要構成単位とする限り、下記の式(N)〜式(Q)などで表される少量の分岐単位または架橋単位を含むことができる。これら分岐単位または架橋単位の共重合量は、−(Ar−S)−の単位1モルに対して0〜1モル%の範囲であることが好ましい。
また、本発明における線状PASは上記繰り返し単位を含むランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物のいずれかであってもよい。
これらの代表的なものとして、ポリフェニレンスルフィド、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトン、これらのランダム共重合体、ブロック共重合体及びそれらの混合物などが挙げられる。特に好ましい線状PASとしては、ポリマーの主要構成単位としてp−フェニレンスルフィド単位
を80モル%以上、特に90モル%以上含有するポリフェニレンスルフィド(以下、PPSと略すこともある)の他、ポリフェニレンスルフィドスルホン、ポリフェニレンスルフィドケトンが挙げられる。
本発明における各種線状PASの溶融粘度に特に制限は無いが、一般的な線状PASの溶融粘度としては0.1〜1000Pa・s(300℃、剪断速度1000/秒)の範囲が例示でき、0.1〜500Pa・sの範囲が例示できる。また、線状PASの分子量に特に制限はないが、一般的な線状PASの重量平均分子量としては1,000〜1,000,000が例示でき、本発明の環式PASの製造方法で生成する線状PASは5,000〜500,000の範囲である傾向があり、10,000〜100,000の範囲である傾向が強く、11,000〜100,000の範囲のものが得られやすい傾向にあり、本発明の最も好ましい条件を採用することでより分子量の高い12,000〜100,000の範囲のものが得られやすい。一般に重量平均分子量が高いほど、線状のPASとしての特性が強く発現するため、後述する環式PASと線状PASの分離においては分離が行いやすくなる傾向があるが、前述した範囲であれば本質的な問題なく分離が可能である。
(6)有機カルボン酸金属塩
本発明法における有機カルボン酸金属塩とは、一般式R(COOM)n(式中、Rは、炭素数1〜20を有するアルキル基、シクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基またはアリールアルキル基である。Mは、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムから選ばれるアルカリ金属、または、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム及びバリウムから選ばれるアルカリ土類金属である。nは1〜3の整数である。)で表される化合物を好ましい例として挙げることができる。
ここで、有機カルボン酸金属塩は、水和物または水溶液としても用いることができる。また有機カルボン酸金属塩は、水酸化アルカリ金属、炭酸アルカリ金属塩及び重炭酸アルカリ金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物と有機酸とを反応させることで形成させても良い。また、水酸化アルカリ土類金属、炭酸アルカリ土類金属塩及び重炭酸アルカリ土類金属塩よりなる群から選ばれる一種以上の化合物と有機酸とを反応させることにより形成させてもよい。ここで、有機カルボン酸金属塩としてはアルカリ金属塩が好ましく、中でもリチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩が好ましく、ナトリウム塩が特に好ましい。これら特定のアルカリ金属塩では、より少量の有機カルボン酸金属塩の使用量で本発明の効果が得られやすく、例えば後述するような、線状PASの分子量向上への効果が得やすい傾向にある。中でもナトリウム塩は入手性や使用において環境影響が少ないなどの利点もあるため特に好ましい。
有機カルボン酸金属塩の具体例としては、酢酸、プロピオン酸、安息香酸、フェニル酢酸、p−トルイル酸の金属塩が例示でき、中でも酢酸及び/または安息香酸の金属塩が好ましい。酢酸及び/または安息香酸の金属塩は入手性やコストなどの経済性の観点で好ましいのみならず、他の有機カルボン酸金属塩と比べて、例えば線状PASの分子量向上に対してより大きな効果を発現する傾向にある。これら有機カルボン酸金属塩の具体例としては例えば、酢酸リチウム、酢酸ナトリウム、酢酸カリウム、プロピオン酸ナトリウム、安息香酸ナトリウム、フェニル酢酸ナトリウム、p−トルイル酸カリウムが挙げられ、これら単独で用いてもよいし、2種以上を混合して用いてもよい。これら有機カルボン酸金属塩の中で、安価でかつ反応系への適度な溶解性を有する酢酸ナトリウムが好ましく用いられる。
有機カルボン酸金属塩の使用量は、後述する環式PASの製造において反応混合物を加熱して反応させる際に、有機カルボン酸塩が存在すれば良いが、好ましい下限値としては、反応混合物中のイオウ成分1モルに対し、0.01モル以上、より好ましくは0.02モル以上、よりいっそう好ましくは0.05モル以上が例示できる。また好ましい上限値としては、反応混合物中のイオウ成分1モルに対し、5.0モル以下が例示でき、より好ましくは3.0モル以下、よりいっそう好ましくは2.0モル以下、最も好ましくは1.5モル以下が好ましい上限値として例示できる。本発明において、有機カルボン酸金属塩の使用は、目的物である環式ポリアリーレンスルフィドとして高純度の物を効率良く得るために必要であるが、上記好ましい範囲内では、特に純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドが得られやすくなる傾向となる。この直接的な理由は定かでは無いが、有機カルボン酸塩の使用量を上記範囲とした場合には、環式PASの製造の際に、環式PASの生成と付随して生成する線状PASの分子量が、前述(5)項で示した線状PASの好ましい分子量にまで高分子量化し易くなる傾向が強い。その為、有機カルボン酸塩の使用量を上記範囲とした場合には、後述する環式PASと線状PASの分離において分離が行いやすくなる傾向があり、その為に純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドが得られやすくなる傾向が発現すると推測している。
(7)環式PASの製造方法
本発明では少なくともスルフィド化剤(イオウ成分)、ジハロゲン化芳香族化合物(アリーレン成分)及び有機極性溶媒を含む反応混合物を加熱して反応させて環式PASを製造するが、有機カルボン酸金属塩の存在下で行なう方法が採用される。
この反応における温度は、より効率よく環式PASを製造するとの観点で、反応混合物の常圧下における還流温度を越えて加熱することが望ましく、具体的な温度は反応に用いるスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物及び有機極性溶媒などの種類、量によって多様化するため一意的に決めることはできないが、通常、180〜320℃が例示でき、好ましくは220〜310℃、より好ましくは225〜300℃の範囲が例示できる。この好ましい温度範囲では短時間で反応が進行する傾向にある。また、反応は一定温度で行なう1段階反応、段階的に温度を上げていく多段反応、あるいは連続的に温度を変化させていく形式の反応のいずれでもかまわない。
反応時間は使用する原料の種類や量あるいは反応温度に依存するので一概に規定できないが、0.1時間以上が好ましく、0.5時間以上がより好ましい。この好ましい時間以上とすることで、未反応の原料成分を十分に減少できるため、生成した環式ポリアリーレンスルフィドの回収がしやすくなる傾向にある。一方、反応時間に特に上限は無いが、40時間以内でも十分に反応が進行し、好ましくは10時間以内、より好ましくは6時間以内も採用できる。
また、反応混合物を加熱して反応させる際の圧力に特に制限はなく、また反応混合物を構成する原料およびその組成、反応温度等により変化するため一意的に規定することはできないが、好ましい圧力の下限としてゲージ圧で0.05MPa以上、より好ましくは0.3MPa以上が例示できる。なお、本発明の好ましい反応温度においては反応混合物の自圧による圧力上昇が発生するため、この様な反応温度における好ましい圧力の下限としてゲージ圧で0.25MPa以上、より好ましくは0.3MPa以上を例示できる。また、好ましい圧力の上限としては、10MPa以下、より好ましくは5MPa以下が例示できる。この様な好ましい圧力範囲では、スルフィド化剤とジハロゲン化芳香族化合物を接触させて反応させるのに要する時間が短くできる傾向にある。
また、反応混合物を加熱する際の圧力を前記好ましい圧力範囲とするために、反応を開始する前や反応中など随意の段階で、好ましくは反応を開始する前に、後述する不活性ガスにより反応系内を加圧することも好ましい方法である。なお、ここでゲージ圧とは大気圧を基準とした相対圧力のことであり、絶対圧から大気圧を差し引いた圧力差と同意である。
ここで、環式PASの製造における有機極性溶媒の使用量を多くする場合、すなわち反応混合物における原料であるスルフィド化剤およびジハロゲン化芳香族化合物の濃度が低い条件において、前記好ましい圧力範囲で反応を行うことの効果が特に大きい傾向にあり、スルフィド化剤の反応消費率および/または目的物である環式PASの選択率をより向上できる傾向がある。この理由については現時点定かでないが、本発明では前述のように反応混合物を常圧における還流温度を越える条件で加熱することが望ましく、このような加熱条件下で揮発性を有するジハロゲン化芳香族化合物など原料はその一部が反応系内で気相に存在し、液相部の反応基質との反応が進行しにくくなる可能性があり、前記好ましい圧力範囲とすることでこのような原料の反応系内での揮発を抑制できるため、より効率よく反応が進行するようになると推測している。また、反応混合物を加熱する際の圧力を前記好ましい圧力範囲とするために、反応を開始する前や反応中など随意の段階で、好ましくは反応を開始する前に、後述する不活性ガスにより反応系内を加圧することも好ましい方法である。なおここでゲージ圧とは大気圧を基準とした相対圧力のことであり、絶対圧から大気圧を差し引いた圧力値と同意である。
本発明では、少なくともスルフィド化剤、ジハロ芳香族化合物、有機極性溶媒を含む反応混合物を加熱して反応させる際に、有機カルボン酸金属塩の存在下で行なうことが必要であり、反応混合物を反応させる過程の全過程に渡って有機カルボン酸金属塩を存在させても良いし、反応の途中の段階から有機カルボン酸金属塩を共存させる方法でも良く、また反応過程の一部の過程のみ有機カルボン酸金属塩の存在下で行う方法でもよい。
ここで反応の途中及び反応の過程とは、環式PASが生成した段階のことを意味し、より詳細には環式PASの原料であるスルフィド化剤及びジハロゲン化芳香族化合物が反応することで環式PASが生成した段階のことを指す。すなわち、少なくとも反応が進行して、本発明の目的物である環式PASが生成した段階のことをさす。
したがって、より具体的には、反応の開始段階から有機カルボン酸金属塩を反応混合物に仕込んで反応を行なう方法、反応の途中段階から有機カルボン酸金属塩を添加して反応を行なう方法、反応の開始段階から有機カルボン酸金属塩を反応混合物に仕込んで反応を行なった後、有機カルボン酸金属塩を反応混合物から除去した後に更に反応を継続する方法、反応の途中で有機カルボン酸金属塩を添加したり除去することで、所望の反応段階のみ反応混合物と有機カルボン酸金属塩を共存させる手法などが例として挙げられるが、これらに限定されるものではない。また、反応過程において、適宜有機カルボン酸金属塩の量を増加させたり、減少させたりすることも可能である。
なおここで、環式PASが生成した段階を見極める手法としては、UV検出器を具備した高速液体クロマトグラフィーを用いて反応物を成分分割することで、環式PASに帰属されるピークの検出有無を分析する方法が例示できる。
また反応混合物の反応を行なう過程でin situで有機カルボン酸金属塩を生成させる方法や、有機カルボン酸金属塩の存在下で反応を行なった後にin situで有機カルボン酸金属塩を失活させて更に反応を継続する方法を採用することも可能である。
これらの中で、操作が容易であるとの観点では反応の開始段階から有機カルボン酸金属塩を反応混合物に仕込んで反応を行なう方法が好ましく選択できる。また、反応のある一定段階で有機カルボン酸金属塩が存在しないほうが環式PASの生成に有利となる場合には、反応の途中で有機カルボン酸金属塩を添加したり除去する方法が好ましく選択される。
中でも、高純度の環式PASを高収率で得るためには、反応の途中の段階、すなわち反応混合物中に環式PASが生成した後に有機カルボン酸金属塩を添加して更に反応を継続することが好ましく、反応の終盤に添加することがより好ましい。ここで反応の途中とは前述のとおり環式PASが生成した段階であるが、環式PASが生成するためにはその原料であるスルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物が消費するので、反応進行度合いはこれら原料の転化率で評価することも可能である。この転化率の評価方法は後述するとおりであるが、反応の途中としては原料転化率が30%以上の段階を例示でき、好ましくは50%以上、より好ましくは70%以上の段階が例示できる。また、反応の終盤としては原料転化率が75%以上の段階を例示でき、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上の段階を例示できる。
このようなタイミングで、反応混合物中に有機カルボン酸金属塩を存在させることで、本発明の目的物である環式PASの回収における生産性が著しく向上し、また、不純物含有量が低減された特段に高品質な環式PASが得られる傾向となる。この理由は現時点で定かではないが、有機カルボン酸金属塩存在下で反応を行なった場合には、非存在下で行なった場合と比べて、環式PAS製造の際の副生物である線状PASとして、より高分子量の線状PASが得られる傾向にあり、このことが本発明法で高品質な環式PASが得られることの主要因であると推測している。以下にこの推測について詳述する。
一般に環式化合物は、その前駆体である線状化合物が分子内で結合を形成することで生成し、本発明の環式PASにおいても、例えば繰り返し単位数mの線状PASが分子内反応することで繰り返し単位数mの環式PASが生成すると思われる。ここで、例えば繰り返し単位数mの線状PASと繰り返し単位数nの線状PASが分子間で反応すると、繰り返し単位数(m+n)の線状PASが生成する事になる。すなわち、一般に環式化合物を製造する際には、分子間反応による線状化合物も少なからず副生するため、より効率よく環式化合物を製造するためには、分子内の反応を優先的に進行させることが重要である。また本発明における環式PASおよび線状PASの分子量(繰返し単位数)については前述したとおりであるが、環式PASと線状PASは分子量範囲が異なる。また環式と線状という化学構造の差異がある。これら分子量や化学構造の違いに起因して、環式PASと線状PASの物理的特性にはさまざまな差異が生じるが、例えば溶剤に対する溶解特性が大幅に異なるという特性差が生じる。この特性を活用し、例えば後述する環式PASの回収操作を付加的に行うことで、環式PASと線状PASの分離が可能となり、純度の高い環式PASを得られやすい。ここで、本発明では前述のように、より高分子量の線状PASが得られやすいという効果があるため、溶剤に対する環式PASとの溶解性差異もより大きくなる傾向があり、そのため本発明では極めて純度の高い環式PASを得られやすい。一方で、環式PASの製造法において有機カルボン酸金属塩を用いない方法では、得られる線状PASの分子量は低くとどまるとため、これに基づき環式PASと線状PASの溶解性差異が小さくなり分離精度が低下するため、純度の高い環式PASは得られにくい傾向にある。
また反応混合物には、前記必須成分以外に反応を著しく阻害しない第三成分や、反応を加速する効果を有する第三成分を加えることも可能である。反応を行う方法に特に制限は無いが、撹拌条件下で行なうことが好ましい。なお、ここで原料を仕込む際の温度に特に制限はなく、例えば室温近傍で原料を仕込んだ後に反応を行っても良いし、あらかじめ前述した反応に好ましい温度に温調した反応容器に原料を仕込んで反応を行うことも可能である。また反応を行っている反応系内に逐次的に原料を仕込んで連続的に反応を行うことも可能である。
また、スルフィド化剤、ジハロゲン化芳香族化合物、有機極性溶媒、有機カルボン酸金属塩およびその他第三成分など、反応混合物を構成する成分として水を含むものを用いることも可能であるが、混合物中のイオウ成分1モル当たり1.0モル以上10モル以下が好ましい範囲として例示でき、1.2モル以上9モル以下であることが好ましく、1.5モル以上8モル以下がより好ましく、1.8モル以上6モル以下がよりいっそう好ましい。
上記好ましい水分量の範囲では、本発明の特徴である有機カルボン酸金属塩を用いた際の効果が得られやすく、結果として特に純度の高い環式ポリアリーレンスルフィドが得られやすくなる傾向となる。したがって、反応の過程のうちで、反応混合物中に有機カルボン酸金属塩が共存する段階の水分率量が上記範囲であることが好ましい。ここで反応の開始時点から反応の過程において、反応混合物からの水の出入りがない場合には、反応過程における水分量は反応開始時点の水分量と等しい。ここで、反応開始時点とは、反応混合物として仕込んだジハロゲン化芳香族化合物の転化率が0の段階をいう。一方で、反応の過程で反応混合物の水分量が変わる場合、たとえば反応の途中で反応混合物に水や含水成分を添加したり減少させたりした場合には、その増減が反映された水分量となる。
反応混合物を形成するスルフィド化剤、有機極性溶媒、ジハロゲン化芳香族化合物、及びその他成分が水を含む場合で、混合物中の水分量が前記範囲を超える場合には、反応を開始する前や反応の途中において、反応系内の水分量を減じる操作を行い、水分量を前記範囲内にすることも可能であり、これにより短時間に効率よく反応が進行する傾向にある。また、混合物の水分量が前記好ましい範囲未満の場合は、前記水分量になるように水を添加することも好ましい方法である。なお、ジハロゲン化芳香族化合物の転化率は、以下の式で算出した値である。ジハロゲン化芳香族化合物の残存量は、通常、ガスクロマトグラフ法によって求めることができる。
(a)ジハロゲン化芳香族化合物をスルフィド化剤に対しモル比で過剰に添加した場合
転化率(%)=[〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の残存量(モル))/〔ジハロゲン化芳香族化合物(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の過剰量(モル)〕〕×100
(b)上記(a)以外の場合
転化率(%)=[〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)−ジハロゲン化芳香族化合物の残存量(モル)〕/〔ジハロゲン化芳香族化合物の仕込み量(モル)〕]×100
なお、反応混合物を反応させる方法としては、バッチ式および連続方法などの公知の各種重合方式、反応方式を採用することができる。また、反応における雰囲気は非酸化性雰囲気下が望ましく、窒素、ヘリウム、およびアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下で行なうことが好ましく、経済性および取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気下が好ましい。
(8)反応生成物の固液分離
本発明においては、前記した環式PASの製造方法を採用することで少なくとも環式PASと線状PASを含む反応生成物を得る。ここで通常は環式PASの製造方法で用いた有機極性溶媒も反応生成物に含まれ、また、有機カルボン酸金属塩が含まれる場合もある。
本発明では、上記で得られた反応生成物を固液分離することで、環式PASと有機極性溶媒を含む濾液を得る工程を実施することが好ましく、反応生成物をこの工程に処することで、反応生成物における環式PASと線状PASを簡便に分離することが可能である。
ここで反応生成物の固液分離を行う温度は有機極性溶媒の常圧における沸点以下が望ましく、具体的な温度については有機溶極性媒の種類にもよるが10℃〜200℃の範囲が好ましく例示でき、15℃〜150℃の範囲がより好ましく、20℃〜120℃の範囲が更に好ましい。上記範囲では、環式PASは有機極性溶媒に対する溶解性が高く、一方で反応生成物中に含まれる環式PAS以外の成分、中でも必須成分として含まれる線状PASは有機極性溶媒に溶けにくくなる傾向にあるため、このような温度領域で固液分離を行うことは、精度良く品質の高い環式PASを濾液成分として得るために有効である。
また、固液分離を行なう方法は特に限定されず、フィルターを用いる濾過である加圧濾過や減圧濾過、固形分と溶液の比重差による分離である遠心分離や沈降分離、さらにこれらを組み合わせた方法などを採用可能であり、より簡易な方法としてはフィルターを用いる加圧濾過や減圧濾過方式が好ましく採用可能である。濾過操作に用いるフィルターは、固液分離を行なう条件において安定であるものであれば良く、例えばワイヤーメッシュフィルター、焼結板、濾布、濾紙など一般に用いられる濾材を好適に用いることができる
また、このフィルターの孔径は固液分離操作に供するスラリーの粘度や圧力、温度、反応生成物中の固形成分の粒子径などに依存して広範囲に調整しうる。特に、この固液分離操作において反応生成物から固形分として回収される線状PASの粒子径、すなわち固液分離に処する反応生成物中に存在する固形分の粒子径に応じてメッシュ径または細孔径などのフィルター孔径を選定することは有効である。なお、固液分離に処する反応生成物中の固形分の平均粒子径(メディアン径)は反応生成物の組成や温度、濃度などにより広範囲に変化しうるが、本発明者らの知りうる限り、その平均粒子径は1〜200μmである傾向がある。従って、フィルターの孔径の好ましい平均孔径としては0.1〜100μmが例示でき、0.25〜20μmが好ましく、0.5〜15μmがより好ましい範囲として例示できる。上記範囲の平均孔径を有する濾材を用いることで、濾材を透過する線状PASが減少する傾向にあり、純度の高い環式PASが得られやすくなる傾向にある。
また、固液分離を行う際の雰囲気に特に制限はないが、接触させる際の時間や温度などの条件によって環式PASや有機極性溶剤、線状PASが酸化劣化するような場合は、非酸化性雰囲気下で行なうことが好ましい。なお、非酸化性雰囲気とは気相の酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取り扱いの容易さの面からは窒素雰囲気下で行なうことが好ましい。
固液分離に用いる濾過器の種別としては、ふるいや振動スクリーン、遠心分離機や沈降分離器、加圧濾過機や吸引濾過器などを例示できるが、これらに限定されるものではない。なお、前記の様に固液分離の好ましい雰囲気である非酸化性雰囲気下で実施するとの観点においては、固液分離操作時に非酸化性雰囲気を維持しやすい機構を有する濾過器を選択することが好ましく、たとえば、濾過器内を不活性ガスにより置換後に密閉した後に濾過操作を行うことが可能な濾過器や不活性ガスを流しながら濾過操作を実施できる機構を具備する濾過器を用いることが例示できる。前記で例示した濾過器の中でも、遠心分離器、沈降分離器や加圧濾過器はこのような機能を容易に付加可能であることから、好ましい濾過器であるといえ、中でも機構が簡易であり経済性に優れるとの観点から加圧濾過器がより好ましい。
固液分離を行なう際の圧力に制限はないが、より短時間で固液分離を行うために、先に例示した加圧濾過器を用いて加圧条件下で固液分離を行うことも可能であり、具体的にはゲージ圧で2.0MPa以下を好ましい圧力範囲として例示でき、1.0MPa以下がより好ましく、0.8MPa以下が更に好ましく、0.5MPa以下がよりいっそう好ましい範囲として例示できる。一般に圧力が増大するに伴い、固液分離を行なう機器の耐圧性を高くする必要が生じ、そのような機器はそれを構成する各部位に高度なシール性を有するものが必要となり必然的に機器費が増大することになる。上記好ましい圧力範囲では一般に入手可能な固液分離器を使用できる。
なお本発明の環式PASの製造方法を採用することで、得られる反応生成物を固液分離操作に処した際に極めて効率の良い固液分離が可能であり、固液分離性に優れた効果が得られることも、本発明の大きな特長である。ここで固液分離性とは、一定量の反応生成物を固液分離操作に処した際に固液分離に要する時間で評価することが可能である。その具体的評価方法としては、たとえば密閉可能な加圧濾過装置に、所定の規格(孔径、材質)であって一定面積の濾材(フィルター)を設置し、ここに所定量の反応生成物を仕込み、一定条件(温度、圧力など)において、所定量の濾液を得るために要した時間を測定することで、重量/(面積・時間)を単位とする濾過速度で比較評価することが可能である。より具体的には、平均孔径10μmのPTFE性メンブランフィルターを用いて、100℃、0.1MPaの条件下で反応生成物を濾過した際に、所定量の濾液を得るために要する時間を測定することで評価が可能である。従来の環式PASの製造方法で得られる反応生成物は、このような固液分離性評価において、極めて濾過性・濾過速度面で劣るという課題があり、これは従来技術が本発明の特徴である有機カルボン酸金属塩の使用を採用していないからである。ここで本発明では濾過速度として、50kg/(m2・hr)以上といった極めて高い値が得られる傾向にあり、環式PAS製造の工程1及び2において前述してきた各種条件において好ましい範囲を選択することで75kg/(m2・hr)以上の値や、より好ましい範囲を選択した場合には、100kg/(m2・hr)以上の極めて高い値や、150kg/(m2・hr)に到達する著しく高い濾過速度を達成することも可能である。
また、反応生成物を固液分離操作に処するに先立って、反応生成物に含まれる有機極性溶媒の一部を留去して反応生成物中の有機極性溶媒量を減じる操作を付加的に行うことも可能である。これにより固液分離操作に供する反応生成物量が減少するため固液分離操作に要する時間が短縮できる傾向にある。
有機極性溶媒を留去する方法としては、反応生成物から有機極性溶媒を分離し反応生成物に含有される有機極性溶媒量を低減できれば、いずれの方法でも特に問題はなく、好ましい方法としては、減圧下あるいは加圧下に有機極性溶媒を蒸留する方法、フラッシュ移送により溶媒を除去する方法などが例示でき、なかでも減圧下あるいは加圧下に有機極性溶媒を蒸留する方法が好ましい。また減圧下あるいは加圧下に有機極性溶媒を蒸留する際、窒素、ヘリウム、アルゴンなどの不活性ガスをキャリアーガスとして用いても良い。
有機極性溶媒の留去を行う温度については、有機極性溶媒の種類や、反応生成物の組成によって多様化するため、一意的には決めることはできないが、180〜300℃が好ましく、200〜280℃がより好ましく、200〜250℃の範囲がさらに好ましい範囲として例示できる。
ここでの固液分離によれば、反応生成物に含まれる環式PASの大部分を濾液成分として分離可能であり、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上を濾液成分として回収しうる。また、固液分離によって固形分として分離される線状PASに環式PASの一部が残留する場合には、固形分に対してフレッシュな有機極性溶媒を用いて洗浄することで、環式PASの固形分への残留量を低減することも可能である。ここで用いる溶剤は環式PASが溶解しうるものであれば良く、前述した環式PASの製造方法で用いた有機極性溶媒と同じ溶媒を用いることが好ましい。
(9)環式ポリアリーレンスルフィドの回収方法
本発明では、前記固液分離により得られた濾液成分から環式PASを分離することで、環式PASを回収することが可能である。
この回収における方法に特に制限は無いが、例えば必要に応じて濾液中の有機極性溶媒の一部もしくは大部分を蒸留等の操作により除去した後に、必要に応じて加熱下で、環式PASに対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和する特性を有する溶剤と濾液成分を接触させることで環式PASの固体を含む濾液混合物を形成した後に、環式PASを固体として回収する方法が例示でき、このような方法を用いることで環式PASを簡便かつ純度よく回収することが可能である。
ここで環式PASに対する溶解性が低く且つ有機極性溶媒と混和する特性を有する溶剤とは、一般に比較的極性の高い溶剤であり、用いた前述の環式PASの製造方法で用いた有機極性溶媒の種類などにより好ましい溶剤は異なるので限定はできないが、例えば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。
また上記の回収操作は、濾液成分を加熱した条件で実施することも可能であり、これにより、回収操作における系の均一性が向上し、回収操作を行ないやすくなる傾向となる。この温度は用いる有機極性溶媒の特性に応じて異なるため一意的に決めることはできないが、50℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。一方で上限温度としては使用する有機極性溶媒の常圧における沸点以下が好ましい。このような温度範囲内では安定した回収操作を行える傾向にある。なお、この回収操作を行なうにあたり、撹拌や震蕩等の操作を施すことも可能であり、より均一な濾液の状態を保つとの観点でも望ましい操作といえる。
本回収操作においては、濾液成分に水を加えることで、水を加える前に濾液成分中に含まれる環式PASの50重量%以上を、固形分として分離して回収することが特に好ましい。ここで濾液に水を加える方法に特に制限は無いが、好ましくは濾液を撹拌しながら水を滴下する方法が好ましく、この方法では水を加えた際に粗大な固形分が生成しにくい傾向にあり、回収操作を行ないやすくなる。水を加える温度に制限は無いが、温度が高いほど水を加えた際に粗大固形分が生成しにくい傾向となるため、系の均一性を保つとの観点で50℃以上が好ましく、70℃以上がより好ましく、90℃以上がさらに好ましい。一方で上限温度としては使用する有機極性溶媒の常圧における沸点以下が好ましい。このような好ましい温度範囲で水を加える操作を行うことで、操作の観点及び設備の観点でより簡易な方法で回収操作を実施できる傾向にある。
また、上記で例示した環式PASを含む濾液成分に水を加えて環式PASを回収する方法は、環式PASを含む濾液成分から環式PASを回収方法として従来採用されてきた再沈法と比べて少量の溶媒の使用でも効率よく環式PASを回収することが可能であるため、濾液成分に加える水の重量を、大幅に削減することが可能であり、濾液に加える水の重量を、水を加えた後の有機極性溶媒と水の総量を基準とした水分率で50重量%以下にすることも可能であり、より好ましい条件では40重量%以下、さらに好ましい条件では35重量%以下の条件を設定することも可能となる。一方で、水を加える重量の下限としては、より効率よく環式PASを固形分として回収するとの観点で、同じく5重量%以上が好ましく、10重量%以上がより好ましい。本発明の好ましい方法においては濾液成分に含まれる環式PASの50重量%以上を固形分として回収することが可能であるが、前記のような好ましい水の使用量の範囲では環式PASの80重量%以上を固形分として回収できる傾向にあり、より好ましくは90重量%以上を、さらに好ましくは95%以上を、よりいっそう好ましくは98重量%以上を回収することも可能である。なおここで、濾液中の水の量とは、固液分離を行う前の反応混合物中に含まれる水と、濾液に添加する水の量の総量のことであり、濾液に添加する水の量は反応混合物に含まれる水の量を考慮して決定しても良い。
上記までの操作の実施により得られた環式PASと有機極性溶媒及び水を含む濾液混合物中には、濾液成分中に含まれていた環式PASのうち50重量%以上が固形分として存在する傾向となる。従って公知の固液分離法を用いて環式PASを固体として回収することができ、固液分離法としては、例えば濾過による分離、遠心分離、デカンテーション等を例示できる。ここで環式PASの回収率をより高くするためには、濾液混合物を50℃未満の状態にしてから固液分離を行うことが好ましく、より好ましくは40℃以下、さらに好ましくは30℃以下で行うことが好ましい。なお、このような好ましい温度としてから環式PASの回収を行うことは、環式PASの回収率を高める効果のみならず、より簡易な設備で環式PASの回収を行えるようになるとの観点でも好ましい条件といえる。なお、濾液混合物の温度の下限は特に無いが、一般的には常温近傍とすることが最も好ましく、この温度条件では濾液混合物の固液分離を容易に行なえる傾向となる。
このような固液分離を行うことで濾液混合物中に存在する環式PASの50重量%以上を固形分として単離・回収することができる傾向にある。このようにして分離した固形状の環式PASが濾液混合物中の液成分(母液)を含む場合には、固形状の環式PASを各種溶剤を用いて洗浄することで、母液を低減することも可能である。ここで固液状の環式PASの洗浄に用いる各種溶剤としては環式PASに対する溶解性が低い溶剤が望ましく、たとえば水や、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール、ヘキサノールに代表されるアルコール類、アセトンに代表されるケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどに代表される酢酸エステル類が例示でき、入手性、経済性の観点から水、メタノール及びアセトンが好ましく、水が特に好ましい。このような溶剤を用いた洗浄を付加的に行うことで、固形状の環式PASが含有する母液量を低減できるのみならず、環式PASが含む溶剤に可溶な不純物を低減できるという効果もある。この洗浄方法としては固形分ケークが積層した分離フィルター上に溶剤を加えて固液分離する方法や、固形分ケークに溶剤を加えて撹拌することでスラリー化した後に再度固液分離する方法などが例示できる。また、前述の母液を含有、もしくは洗浄操作による溶剤成分を含有する等、液成分を含む湿潤状態の環式PASをたとえば一般的な乾燥処理を施すことにより液成分を除去して乾燥状態の環式PASを得ることも可能である。
なお環式PASの回収操作を行う際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましい。これにより環式PASを回収する際の環式PASの架橋反応や分解反応、酸化反応などの好ましくない副反応の発生を抑制できるのみならず、回収操作に用いる有機極性溶媒の酸化劣化等、好ましくない副反応を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とは回収操作に処する各種成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。
(10)本発明の環式PASの特性
かくして得られた環式PASは、通常、環式PASを50重量%以上、好ましくは70重量%以上、より好ましくは80重量%以上含む純度の高いものであり、一般的に得られる線状のPASとは異なる特性を有する工業的にも利用価値の高いものである。また、本発明の製造方法により得られる環式PASは前記式(A)におけるmが単一ではなく、m=4〜50の異なるmを有する前記式(A)が得られやすいという特徴を有する。ここで好ましいmの範囲は4〜30、より好ましくは4〜25である。mがこの範囲の場合、後述するようにPASを得るための原料として環式PASを用いる場合に重合反応が進行しやすく、高分子量体が得られやすくなる傾向にある。この理由は現時点判然とはしないが、この範囲の環式PASは分子が環式であるがために生じる結合のゆがみが大きく、重合時に高分子量化が起こりやすいためと推測している。
なお、mが単一の環式PASは単結晶として得られるため、極めて高い融解温度を有するが、本発明では環式PASは異なるmを有する混合物が得られやすく、これにより環式PASの融解温度が低いという特徴があり、このことは例えば環式PASを融解して用いる際の加熱温度を低くできるという優れた特徴を発現することになる。
(11)本発明の環式PASを配合した樹脂組成物
本発明で得られた環式PASを各種樹脂に配合して用いることも可能であり、このような環式PASを配合した樹脂組成物は、溶融加工時のすぐれた流動性を発現する傾向が強く、また滞留安定性にも優れる傾向にある。なお、本発明で得られる環式PASを配合した樹脂組成物を製造する方法には特に制限はないが、例えば特許文献3及び4に示される樹脂組成物の製造方法が例示できる。
(12)環式PASの高重合度体への転化
本発明によって回収される環式PASは前記(10)項に述べたごとき優れた特性を有するので、ポリアリーレンスルフィドのポリマー、すなわちポリアリーレンスルフィドの高重合度体を得る際のプレポリマーとして好適に用いることが可能である。なおここでプレポリマーとしては本発明の環式PASの回収方法で得られる環式PAS単独でも良いし、所定量の他の成分を含むものでも差し障り無いが、環式PAS以外の成分を含む場合は線状PASや分岐構造を有するポリアリーレンスルフィドなど、ポリアリーレンスルフィド成分であることが特に好ましい。少なくとも本発明の環式PASを含み、以下に例示する方法により高重合度体へ変換可能なものがポリアリーレンスルフィドプレポリマーであり、以下PASプレポリマーと称する場合もある。
環式PASの高重合度体への転化は環式PASを原料にして高分子量体が生成する条件下で行えばよく、例えば本発明の環式PAS製造方法による環式PASを含む、PASプレポリマーを加熱して高重合度体に転化させる方法が好ましい方法として例示できる。この加熱の温度は前記PASプレポリマーが融解する温度であることが好ましく、このような温度条件であれば特に制限は無い。加熱温度がPASプレポリマーの融解温度未満では分子量の高いPASを得るのに長時間が必要となる傾向がある。なお、PASプレポリマーが融解する温度は、PASプレポリマーの組成や分子量、また、加熱時の環境により変化するため、一意的に示すことはできないが、例えばPASプレポリマーを示差走査型熱量計で分析することで融解温度を把握することが可能である。なお、加熱温度が高すぎるとPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとPASプレポリマー間などでの架橋反応や分解反応に代表される好ましくない副反応が生じやすくなる傾向にあり、得られるPASの特性が低下する場合があるため、このような好ましくない副反応が顕著に生じる温度は避けることが望ましい。このような好ましくない副反応の顕在化を抑制しやすい加熱温度としては180〜400℃が例示でき、好ましくは200〜380℃、より好ましくは250〜360℃である。一方、ある程度の副反応が起こっても差し障り無い場合には、250〜450℃、好ましくは280〜420℃の温度範囲も選択可能であり、この場合には極短時間で高分子量体への転化を行えるという利点がある。
前記加熱を行う時間は使用するPASプレポリマーにおける環式PASの含有率やm数、及び分子量などの各種特性、また、加熱の温度等の条件によって異なるため一様には規定できないが、前記した好ましくない副反応がなるべく起こらないように設定することが好ましい。加熱時間としては0.05〜100時間が例示でき、0.1〜20時間が好ましく、0.1〜10時間がより好ましい。0.05時間未満ではPASプレポリマーのPASへの転化が不十分になりやすく、100時間を超えると好ましくない副反応による得られるPASの特性への悪影響が顕在化する可能性が高くなる傾向にあるのみならず、経済的にも不利益を生じる場合がある。
また、PASプレポリマーには加熱による高重合度体への転化に際しては、転化を促進する各種触媒成分を使用することも可能である。このような触媒成分としてはイオン性化合物やラジカル発生能を有する化合物が例示できる。イオン性化合物としてはたとえばチオフェノールのナトリウム塩やリチウム塩等、硫黄のアルカリ金属塩が例示でき、また、ラジカル発生能を有する化合物としてはたとえば加熱により硫黄ラジカルを発生する化合物を例示でき、より具体的にはジスルフィド結合を含有する化合物が例示できる。なお、各種触媒成分を使用する場合、触媒成分は通常はPASに取り込まれ、得られるPASは触媒成分を含有するものになることが多い。特に触媒成分としてアルカリ金属及び/または他の金属成分を含有するイオン性の化合物を用いた場合、これに含まれる金属成分の大部分は得られるPAS中に残存する傾向が強い。また、各種触媒成分を使用して得られたPASは、PASを加熱した際の重量減少が増大する傾向にある。従って、より純度の高いPASを所望する場合および/または加熱した際の重量減少の少ないPASを所望する場合には、触媒成分の使用をできるだけ少なくする、好ましくは使用しないことが望まれる。従って、各種触媒成分を使用してPASプレポリマーを高重合度体へ転化する際には、PASプレポリマーと触媒成分を含む反応系内のアルカリ金属量が100ppm以下、好ましくは50ppm以下、より好ましくは30ppm以下更に好ましくは10ppm以下であって、なお且つ、反応系内の全イオウ重量に対するジスルフィド重量が1重量%未満、好ましくは0.5重量%未満、より好ましくは0.3重量%未満、更に好ましくは0.1重量%未満になるように触媒成分の添加量を調整して行うことが好ましい。
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常溶媒の非存在下で行うが、溶媒の存在下で行うことも可能である。溶媒としては、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の阻害や生成したPASの分解や架橋など好ましくない副反応を実質的に引き起こさないものであれば特に制限はなく、例えばN−メチル−2−ピロリドン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミドなどの含窒素極性溶媒、ジメチルスルホキシド、ジメチルスルホンなどのスルホキシド・スルホン系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、アセトフェノンなどのケトン系溶媒、ジメチルエーテル、ジプロピルエーテル、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒、クロロホルム、塩化メチレン、トリクロロエチレン、2塩化エチレン、ジクロルエタン、テトラクロルエタン、クロルベンゼンなどのハロゲン系溶媒、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール、ペンタノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、フェノール、クレゾール、ポリエチレングリコールなどのアルコール・フェノール系溶媒、ベンゼン、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素系溶媒などがあげられる。また、二酸化炭素、窒素、水等の無機化合物を超臨界流体状態として溶媒に用いることも可能である。これらの溶媒は1種類または2種類以上の混合物として使用することができる。
前記、PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化は、通常の重合反応装置を用いる方法で行うのはもちろんのこと、成形品を製造する型内で行っても良いし、押出機や溶融混練機を用いて行うなど、加熱機構を具備した装置であれば特に制限無く行うことが可能であり、バッチ方式、連続方式など公知の方法が採用できる。
PASプレポリマーの加熱による高重合度体への転化の際の雰囲気は非酸化性雰囲気で行うことが好ましく、減圧条件下で行うことも好ましい。また、減圧条件下で行う場合、反応系内の雰囲気を一度非酸化性雰囲気としてから減圧条件にすることが好ましい。これによりPASプレポリマー間、加熱により生成したPAS間、及びPASとPASプレポリマー間などで架橋反応や分解反応等の好ましくない副反応の発生を抑制できる傾向にある。なお、非酸化性雰囲気とはPAS成分が接する気相における酸素濃度が5体積%以下、好ましくは2体積%以下、更に好ましくは酸素を実質的に含有しない雰囲気、即ち窒素、ヘリウム、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることを指し、この中でも特に経済性及び取扱いの容易さの面からは窒素雰囲気が好ましい。また、減圧条件下とは反応を行う系内が大気圧よりも低いことを指し、上限として50kPa以下が好ましく、20kPa以下がより好ましく、10kPa以下が更に好ましい。下限としては0.1kPa以上が例示でき、0.2kPa以上がより好ましい。減圧条件が好ましい上限を越える場合は、架橋反応など好ましくない副反応が起こりやすくなる傾向にあり、一方好ましい下限未満では、反応温度によってはPASプレポリマーに含まれる分子量の低い環式PASが揮散しやすくなる傾向にある。
前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は繊維状物質の共存下で行うことも可能である。ここで繊維状物質とは細い糸状の物質のことであって、天然繊維のごとく細長く引き延ばされた構造である任意の物質が好ましい。繊維状物質存在下でPASプレポリマーの高重合度体への転化を行うことで、PASと繊維状物質からなる複合材料構造体を容易に作成する事ができる。このような構造体は、繊維状物質によって補強されるため、PAS単独の場合に比べて、たとえば機械物性に優れる傾向にある。
ここで、各種繊維状物質の中でも長繊維からなる強化繊維を用いることが好ましく、これによりPASを高度に強化する事が可能になる。一般に樹脂と繊維状物質からなる複合材料構造体を作成する際には、樹脂が溶融した際の粘度が高いことに起因して、樹脂と繊維状物質のぬれが悪くなる傾向にあり、均一な複合材料ができなかったり、期待通りの機械物性が発現しないことが多い。ここでぬれとは、溶融樹脂のごとき流体物質と、繊維状化合物のごとき固体基質との間に実質的に空気または他のガスが捕捉されないようにこの流体物質と固体基質との物理的状態の良好且つ維持された接触があることを意味する。ここで流体物質の粘度が低い方が繊維状物質とのぬれは良好になる傾向にある。本発明のPASプレポリマーは融解した際の粘度が、一般的な熱可塑性樹脂、たとえばPASと比べて著しく低いため、繊維状物質とのぬれが良好になりやすい。PASプレポリマーと繊維状物質が良好なぬれを形成した後、本発明のPASの製造方法によればPASプレポリマーが高重合度体に転化するので、繊維状物質と高重合度体(PAS)が良好なぬれを形成した複合材料構造体を容易に得ることができる。
繊維状物質としては長繊維からなる強化繊維が好ましいことは前述したとおりであり、本発明に用いられる強化繊維に特に制限はないが、好適に用いられる強化繊維としては、一般に、高性能強化繊維として用いられる耐熱性及び引張強度の良好な繊維があげられる。例えば、その強化繊維には、ガラス繊維、炭素繊維、黒鉛繊維、アラミド繊維、炭化ケイ素繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維が挙げられる。この内、比強度、比弾性率が良好で、軽量化に大きな寄与が認められる炭素繊維や黒鉛繊維が最も良好なものとして例示できる。炭素繊維や黒鉛繊維は用途に応じて、あらゆる種類の炭素繊維や黒鉛繊維を用いることが可能であるが、引張強度450Kgf/mm2 、引張伸度1.6%以上の高強度高伸度炭素繊維が最も適している。長繊維状の強化繊維を用いる場合、その長さは、5cm以上であることが好ましい。この長さの範囲では、強化繊維の強度を複合材料として十分に発現させることが容易となる。また、炭素繊維や黒鉛繊維は、他の強化繊維を混合して用いてもかまわない。また、強化繊維は、その形状や配列を限定されず、例えば、単一方向、ランダム方向、シート状、マット状、織物状、組み紐状であっても使用可能である。また、特に、比強度、比弾性率が高いことを要求される用途には、強化繊維が単一方向に引き揃えられた配列が最も適しているが、取り扱いの容易なクロス(織物)状の配列も本発明には適している。
また、前記したPASプレポリマーの高重合度体への転化は充填剤の存在下で行うことも可能である。充填剤としては、たとえば非繊維状ガラス、非繊維状炭素や、無機充填剤、たとえば炭酸カルシウム、酸化チタン、アルミナなどを例示できる。
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。これら例は例示的なものであって限定的なものではない。
<環式ポリフェニレンスルフィドの分析>
環式ポリフェニレンスルフィド化合物の定性定量分析はHPLCを用いて実施した。HPLCの測定条件を以下に示す。
装置:島津株式会社製 LC−10Avpシリーズ
カラム:関東化学社製 Mightysil RP−18 GP150−4.6(5μm)
検出器:フォトダイオードアレイ検出器(波長270nm)
なお、HPLCで成分分割した各成分の構造決定は、LC―MSによる分析及び、分取LCでの分取物のMALDI−MS,NMR,IR測定により行い、繰り返し単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが本条件のHPLC測定により定性定量できることを確認した。
上記HPLC分析において検出されたピークを、環式ポリフェニレンスルフィドに由来するピークとそれ以外に由来するピークに分類し、検出された全てのピークの検出面積に対する環式ポリフェニレンスルフィド以外に由来するピークの検出面積の割合(面積比)を、不純物率と定義し、環式ポリフェニレンスルフィドの不純物量を比較した。
<スルフィド化剤の分析>
反応混合物や反応生成物及び反応途中の中間生成物中のスルフィド化剤の定量(水硫化ナトリウムの定量)はイオンクロマトグラフィーを用いて以下の条件にて実施した。
装置:島津製作所製 HIC−20Asuper
カラム:島津製作所製 Shim−packIC−SA2(250mm×4.6mmID)
検出器:電気伝導度検出器(サプレッサ)
溶離液:4.0mM炭酸水素ナトリウム/1.0mM炭酸ナトリウム水溶液
流速:1.0ml/分
注入量:50マイクロリットル
カラム温度:30℃
試料中に過酸化水素水を添加して試料中に含まれる硫化物イオンの酸化を行った後に上記分析により硫酸イオンとして定量し、過酸化水素水を添加しない無処理の試料を分析した際の硫酸イオン定量値を差し引く方法で、試料中の硫化物イオン量を算出した。ここで算出した硫化物イオン量を未反応のスルフィド化剤量とし、仕込んだスルフィド化剤量との割合から試料におけるスルフィド化剤の反応消費率を算出した。
<反応生成物の固液分離性評価>
反応生成物の固液分離性の評価は以下の条件で実施した。
得られた反応生成物200gを分取し、300ml容のフラスコに仕込んだ。反応生成物をマグネチックスターラーを用いて撹拌しながら、反応生成物のスラリーに窒素バブリングを行いながら、オイルバスにて100℃に加熱した。
ADVANTEC社製の万能型タンク付フィルターホルダーKST−90−UH(有効濾過面積約45平行センチメートル)に、直径90mm,平均細孔直径10μmのPTFE製メンブレンフィルターをセットし、タンク部分をバンドヒーターにて100℃に調温した。
100℃に加熱した反応生成物をタンクに仕込み、タンクを密閉後、窒素にて0.1MPaに加圧した。加圧後にフィルターホルダーの下部から濾過液が排出され始めた時点を起点として、50gの濾液が排出される間での時間を計測し、単位濾過面積基準の濾過速度(kg/(m2・hr))を算出した。
<分子量の測定>
線状ポリアリーレンスルフィドの分子量はゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により、ポリスチレン換算で数平均分子量(Mn)と重量平均分子量(Mw)を算出した。GPCの測定条件を以下に示す。
装置:センシュー科学 SSC−7100
カラム名:shodex UT−806M
溶離液:1−クロロナフタレン
検出器:示差屈折率検出器
カラム温度:210℃
プレ恒温槽温度:250℃
ポンプ恒温槽温度:50℃
検出器温度:210℃
流量:1.0mL/min
試料注入量:300μL (スラリー状:約0.2重量%)。
[実施例1]
<反応混合物の調製>
SUS316L製の攪拌機付きオートクレーブに、有機極性溶媒(c)としてN−メチル−2−ピロリドン(NMP)300g(3.0モル)を仕込んだ後に、約100rpmで攪拌を開始した。次いで攪拌しながら、スルフィド化剤(a)として48重量%の水硫化ナトリウム水溶液28.1g(水硫化ナトリウムとして0.241モル)、48重量%の水酸化ナトリウム水溶液21.1g(水酸化ナトリウムとして0.253モル)及び、ジハロゲン化芳香族化合物(b)としてp−ジクロロベンゼン(p−DCB)36.0g(0.245モル)追加した後に、さらにNMPを300g(3.0モル)を仕込むことで反応混合物を調製した。次いで有機カルボン酸金属塩(d)として、酢酸ナトリウム19.7g(0.24モル)を仕込んだ。
原料に含まれる水分量は25.6g(1.42モル)であり、反応混合物中のイオウ成分(スルフィド化剤として仕込んだ水硫化ナトリウムに相当)1モル当たりの水分量は5.9モル、反応混合物中のイオウ成分1モル当たりの有機極性溶媒(NMP)の量は約2.43Lであった。また反応混合物中のイオウ成分1モル当たりの有機カルボン酸金属塩は1.00モルであった。
<環式PASの製造>
オートクレーブ内を窒素ガスで置換後に密封し、400rpmで撹拌しながら約1時間かけて室温から200℃まで昇温した。次いで200℃から250℃まで約0.5時間かけて昇温した。この段階の反応器内の圧力はゲージ圧で0.9MPaであった。その後250℃で2時間保持することで反応混合物を加熱し反応させた。
その後約15分かけて230℃まで冷却した後、オートクレーブ上部に設置した高圧バルブを徐々に開放することで主としてNMPからなる蒸気を排出し、この蒸気成分を水冷冷却管にて凝集させることで、約390gの液成分を回収した後に高圧バルブを閉じて密閉した。次いで室温近傍まで急冷して、反応生成物を回収した。
<反応生成物分析評価>
得られた反応生成物の一部を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。赤外分光分析による構造解析の結果、この固形分はフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることが確認できた。
得られた反応生成物および反応後の脱液操作で回収した液成分をガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー及びイオンクロマトグラフィーにより分析した結果、スルフィド化剤として用いた水硫化ナトリウムの反応消費率は98%、反応混合物中のスルフィド化剤がすべて環式ポリフェニレンスルフィドに転化すると仮定した場合の環式ポリフェニレンスルフィドの生成率は16.5%であった。得られた反応生成物の固液分離性を評価した結果、濾過速度は190kg/(m2・hr)であった。
また、この固液分離性評価においてフィルターオン成分として得られたウエット状態の混合物を、過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで乾燥固形分を得た。赤外分光分析による構造解析の結果、この固形分は線状フェニレンスルフィド単位からなる化合物であることが確認でき、重量平均分子量は約1.4万であった。
<環式ポリアリーレンスルフィドの回収>
上記固液分離性評価と同様の手法にて得た濾液成分100gを300mlフラスコに仕込み、フラスコ内を窒素で置換した。ついで撹拌しながら100℃に加温した後80℃に冷却した。この際、常温では一部不溶成分が存在したが100℃に到達した段階、さらに80℃に冷却した段階で不溶部は認められなかった。ついで系内温度80℃にて撹拌したまま、チューブポンプをもちいて水33gを約15分かけてゆっくりと滴下した。ここで水の滴下終了後の濾液混合物におけるNMPと水の重量比率は75:25であった。この濾液への水の添加において、水の滴下に伴い混合物の温度は約75℃まで低下し、また、混合物中に徐々に固形分が生成し、水の滴下が終了した段階では固形分が分散したスラリー状となった。このスラリーを撹拌したまま約1時間かけて約30℃まで冷却し、次いで30℃以下で約30分間撹拌を継続した後、得られたスラリーを目開き10〜16μmのガラスフィルターで吸引濾過した。得られた固形分(母液を含む)を約30gの水に分散させ70℃で15分撹拌した後、前述同様にガラスフィルターで吸引濾過する操作を計4回繰り返した。得られた固形分を真空乾燥機70℃で3時間処理して乾燥固体を得た。
乾燥固体をHPLCで分析した結果、単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが検出され、環式ポリフェニレンスルフィドの含有率は約85重量%であり、得られた乾燥固体は純度の高い環式ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。またこの環式ポリフェニレンスルフィドの不純物率は1.4%であった。
本発明の環式ポリアリーレンスルフィドの製造方法によれば、不純物含有率の少ない高品質な環式ポリアリーレンスルフィドを高収率で得ることができ、またその製造における固液分離の効率が極めて高く、生産性の観点でも極めて優れていることがわかった。
[比較例1]
反応混合物の調製後に有機カルボン酸金属塩(d)として酢酸ナトリウムを添加しなかった以外は実施例1と同様に操作を実施した。
得られた反応生成物の一部を大過剰の水に分散させることで水に不溶な成分を回収し、次いで乾燥することで固形分を得た。赤外分光分析による構造解析の結果、この固形分はフェニレンスルフィド単位からなる化合物であることが確認できた。
得られた反応生成物および反応後の脱液操作で回収した液成分をガスクロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー及びイオンクロマトグラフィーにより分析した結果、スルフィド化剤である水硫化ナトリウムの反応消費率は97%、反応混合物中のスルフィド化剤がすべて環式ポリフェニレンスルフィドに転化すると仮定した場合の環式ポリフェニレンスルフィドの生成率は15.9%であった。得られた反応生成物の固液分離性を評価した結果、濾過速度は9kg/(m2・hr)であった。
また、この固液分離性評価においてフィルターオン成分を実施例1と同様に評価した結果、重量平均分子量約1.0万の線状フェニレンスルフィド単位からなる化合物であることがわかった。
上記固液分離で得られた濾液成分を実施例1の環式ポリアリーレンスルフィドの回収と同様に処理することで得た乾燥固体をHPLCで分析した結果、単位数4〜15の環式ポリフェニレンスルフィドが検出され、得られた乾燥固体は環式ポリフェニレンスルフィドの含有率が約79重量%の環式ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。またこの環式ポリフェニレンスルフィドの不純物率は1.7%であった。
有機カルボン酸金属塩の存在下で反応を行わなかった場合、単離される乾燥固体における環式ポリアリーレンスルフィドの重量分率が低く、さらにその製造における固液分離性も悪く生産性が低いことがわかった。
[実施例2]
有機カルボン酸金属塩(d)である酢酸ナトリウム仕込み量を39.4g(0.48モル)とした以外は実施例1と同様にして反応混合物の調製を行い、次いで同じく実施例1と同様に乾式PASの製造及び反応生成物の分析評価、乾式ポリアリーレンスルフィドの回収を行った。
反応生成物分析評価における水硫化ナトリウムの反応消費率は98%、乾式ポリフェニレンスルフィドの生成率は16.3%と実施例1とほぼ同等であった。一方で、反応生成物の固液分離性評価における濾過速度は80kg/(m2・hr)、フィルターオン成分から得られた線状ポリフェニレンスルフィド成分の重量平均分子量は約1.1万であり、本発明のより好ましい条件で実施した実施例1と比較すると、濾過性向上効果及び得られる線状PPSの分子量は低くとどまることがわかった。
また環式ポリアリーレンスルフィドの回収により得られた乾燥固体は、環式ポリフェニレンスルフィドの含有率が約84重量%の環式ポリフェニレンスルフィドであることがわかった。またこの環式ポリフェニレンスルフィドの不純物率は1.5%であった。