図1は、本発明による可変圧縮比機構を備える筒内噴射式火花点火内燃機関の側面断面図を示す。図1を参照すると、1はクランクケース、2はシリンダブロック、3はシリンダヘッド、4はピストン、5は燃焼室、6は燃焼室5の頂面中央部に配置された点火栓、7は吸気弁、8は吸気ポート、9は排気弁、10は排気ポートをそれぞれ示す。吸気ポート8は吸気枝管11を介してサージタンク12に連結される。また、シリンダヘッド3の内壁面周辺部には筒内(気筒内)に直接的に燃料を噴射する燃料噴射弁(筒内燃料噴射装置)13が配置される。
サージタンク12は吸気ダクト14を介してエアクリーナ15に連結され、吸気ダクト14内にはアクチュエータ16によって駆動されるスロットル弁17と例えば熱線を用いた吸入空気量検出器18とが配置される。一方、排気ポート10は排気マニホルド19を介して例えば三元触媒を内蔵した触媒装置20に連結され、排気マニホルド19内には空燃比センサ21が配置される。
一方、図1に示される実施例ではクランクケース1とシリンダブロック2との連結部にクランクケース1とシリンダブロック2のシリンダ軸線方向の相対位置を変化させることによりピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更可能な可変圧縮比機構Aが設けられており、更に実際の圧縮作用の開始時期を変更可能な実圧縮作用開始時期変更機構Bが設けられている。なお、図1に示される実施例ではこの実圧縮作用開始時期変更機構Bは吸気弁7の閉弁時期を制御可能な可変バルブタイミング機構からなる。
図1に示されるようにクランクケース1とシリンダブロック2にはクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置関係を検出するための相対位置センサ22が取付けられており、この相対位置センサ22からはクランクケース1とシリンダブロック2との間隔の変化を示す出力信号が出力される。また、可変バルブタイミング機構Bには吸気弁7の閉弁時期を示す出力信号を発生するバルブタイミングセンサ23が取付けられており、スロットル弁駆動用のアクチュエータ16にはスロットル弁開度を示す出力信号を発生するスロットル開度センサ24が取付けられている。
電子制御ユニット30はデジタルコンピュータからなり、双方向性バス31によって互いに接続されたROM(リードオンリメモリ)32、RAM(ランダムアクセスメモリ)33、CPU(マイクロプロセッサ)34、入力ポート35および出力ポート36を具備する。吸入空気量検出器18、空燃比センサ21、相対位置センサ22、バルブタイミングセンサ23およびスロットル開度センサ24の出力信号は夫々対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。また、アクセルペダル40にはアクセルペダル40の踏込み量Lに比例した出力電圧を発生する負荷センサ41が接続され、負荷センサ41の出力電圧は対応するAD変換器37を介して入力ポート35に入力される。更に入力ポート35にはクランクシャフトが例えば30°回転する毎に出力パルスを発生するクランク角センサ42が接続される。一方、出力ポート36は対応する駆動回路38を介して点火栓6、燃料噴射弁(筒内燃料噴射装置)13、スロットル弁駆動用アクチュエータ16、可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bに接続される。
図2は図1に示す可変圧縮比機構Aの分解斜視図を示しており、図3は図解的に表した内燃機関の側面断面図を示している。図2を参照すると、シリンダブロック2の両側壁の下方には互いに間隔を隔てた複数個の突出部50が形成されており、各突出部50内には夫々断面円形のカム挿入孔51が形成されている。一方、クランクケース1の上壁面上には互いに間隔を隔てて夫々対応する突出部50の間に嵌合せしめられる複数個の突出部52が形成されており、これらの各突出部52内にも夫々断面円形のカム挿入孔53が形成されている。
図2に示されるように一対のカムシャフト54,55が設けられており、各カムシャフト54,55上には一つおきに各カム挿入孔53内に回転可能に挿入される円形カム58が固定されている。これらの円形カム58は各カムシャフト54,55の回転軸線と共軸をなす。一方、各円形カム58の両側には図3に示すように各カムシャフト54,55の回転軸線に対して偏心配置された偏心軸57が延びており、この偏心軸57上に別の円形カム56が偏心して回転可能に取付けられている。図2に示されるようにこれら円形カム56は各円形カム58の両側に配置されており、これら円形カム56は対応する各カム挿入孔51内に回転可能に挿入されている。また、図2に示されるようにカムシャフト55にはカムシャフト55の回転角度を表す出力信号を発生するカム回転角度センサ25が取付けられている。
図3(A)に示すような状態から各カムシャフト54,55上に固定された円形カム58を図3(A)において矢印で示される如く互いに反対方向に回転させると偏心軸57が互いに離れる方向に移動するために円形カム56がカム挿入孔51内において円形カム58とは反対方向に回転し、図3(B)に示されるように偏心軸57の位置が高い位置から中間高さ位置となる。次いで更に円形カム58を矢印で示される方向に回転させると図3(C)に示されるように偏心軸57は最も低い位置となる。
なお、図3(A)、図3(B)、図3(C)には夫々の状態における円形カム58の中心aと偏心軸57の中心bと円形カム56の中心cとの位置関係が示されている。
図3(A)から図3(C)とを比較するとわかるようにクランクケース1とシリンダブロック2の相対位置は円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離によって定まり、円形カム58の中心aと円形カム56の中心cとの距離が大きくなるほどシリンダブロック2はクランクケース1から離れる。即ち、可変圧縮比機構Aは回転するカムを用いたクランク機構によりクランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置を変化させていることになる。シリンダブロック2がクランクケース1から離れるとピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積は増大し、従って各カムシャフト54,55を回転させることによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を変更することができる。
図2に示されるように各カムシャフト54,55を夫々反対方向に回転させるために駆動モータ59の回転軸には夫々螺旋方向が逆向きの一対のウォーム61,62が取付けられており、これらウォーム61,62と噛合するウォームホイール63,64が夫々各カムシャフト54,55の端部に固定されている。この実施例では駆動モータ59を駆動することによってピストン4が圧縮上死点に位置するときの燃焼室5の容積を広い範囲に亘って変更することができる。
一方、図4は図1において吸気弁7を駆動するためのカムシャフト70の端部に取付けられた可変バルブタイミング機構Bを示している。図4を参照すると、この可変バルブタイミング機構Bは機関のクランク軸によりタイミングベルトを介して矢印方向に回転せしめられるタイミングプーリ71と、タイミングプーリ71と一緒に回転する円筒状ハウジング72と、吸気弁駆動用カムシャフト70と一緒に回転しかつ円筒状ハウジング72に対して相対回転可能な回転軸73と、円筒状ハウジング72の内周面から回転軸73の外周面まで延びる複数個の仕切壁74と、各仕切壁74の間で回転軸73の外周面から円筒状ハウジング72の内周面まで延びるベーン75とを具備しており、各ベーン75の両側には夫々進角用油圧室76と遅角用油圧室77とが形成されている。
各油圧室76,77への作動油の供給制御は作動油供給制御弁78によって行われる。この作動油供給制御弁78は各油圧室76,77に夫々連結された油圧ポート79,80と、油圧ポンプ81から吐出された作動油の供給ポート82と、一対のドレインポート83,84と、各ポート79,80,82,83,84間の連通遮断制御を行うスプール弁85とを具備している。
吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を進角すべきときは図4においてスプール弁85が右方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート79を介して進角用油圧室76に供給されると共に遅角用油圧室77内の作動油がドレインポート84から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印方向に相対回転せしめられる。
これに対し、吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を遅角すべきときは図4においてスプール弁85が左方に移動せしめられ、供給ポート82から供給された作動油が油圧ポート80を介して遅角用油圧室77に供給されると共に進角用油圧室76内の作動油がドレインポート83から排出される。このとき回転軸73は円筒状ハウジング72に対して矢印と反対方向に相対回転せしめられる。
回転軸73が円筒状ハウジング72に対して相対回転せしめられているときにスプール弁85が図4に示される中立位置に戻されると回転軸73の相対回転動作は停止せしめられ、回転軸73はそのときの相対回転位置に保持される。従って可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相を所望の量だけ進角させることができ、遅角させることができることになる。
図5において実線は可変バルブタイミング機構Bによって吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も進角されているときを示しており、破線は吸気弁駆動用カムシャフト70のカムの位相が最も遅角されているときを示している。従って吸気弁7の開弁期間は図5において実線で示す範囲と破線で示す範囲との間で任意に設定することができ、従って吸気弁7の閉弁時期も図5において矢印Cで示す範囲内の任意のクランク角に設定することができる。
図1および図4に示される可変バルブタイミング機構Bは一例を示すものであって、例えば吸気弁の開弁時期を一定に維持したまま吸気弁の閉弁時期のみを変えることのできる可変バルブタイミング機構等、種々の形式の可変バルブタイミング機構を用いることができる。
次に図6を参照しつつ本願において使用されている用語の意味について説明する。なお、図6の(A),(B),(C)には説明のために燃焼室容積が50mlでピストンの行程容積が500mlであるエンジンが示されており、これら図6の(A),(B),(C)において燃焼室容積とはピストンが圧縮上死点に位置するときの燃焼室の容積を表している。
図6(A)は機械圧縮比について説明している。機械圧縮比は圧縮行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積のみから機械的に定まる値であってこの機械圧縮比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(A)に示される例ではこの機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
図6(B)は実圧縮比について説明している。この実圧縮比は実際に圧縮作用が開始されたときからピストンが上死点に達するまでの実際のピストン行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの実圧縮比は(燃焼室容積+実際の行程容積)/燃焼室容積で表される。即ち、図6(B)に示されるように圧縮行程においてピストンが上昇を開始しても吸気弁が開弁している間は圧縮作用は行われず、吸気弁が閉弁したときから実際の圧縮作用が開始される。従って実圧縮比は実際の行程容積を用いて上記の如く表される。図6(B)に示される例では実圧縮比は(50ml+450ml)/50ml=10となる。
図6(C)は膨張比について説明している。膨張比は膨張行程時のピストンの行程容積と燃焼室容積から定まる値であってこの膨張比は(燃焼室容積+行程容積)/燃焼室容積で表される。図6(C)に示される例ではこの膨張比は(50ml+500ml)/50ml=11となる。
次に図7および図8を参照しつつ本構成において用いられている超膨張比サイクルについて説明する。なお、図7は理論熱効率と膨張比との関係を示しており、図8は本発明において負荷に応じ使い分けられている通常のサイクルと超高膨張比サイクルとの比較を示している。
図8(A)は吸気弁が下死点近傍で閉弁し、ほぼ吸気下死点付近からピストンによる圧縮作用が開始される場合の通常のサイクルを示している。この図8(A)に示す例でも図6の(A),(B),(C)に示す例と同様に燃焼室容積が50mlとされ、ピストンの行程容積が500mlとされている。図8(A)からわかるように通常のサイクルでは機械圧縮比は(50ml+500ml)/50ml=11であり、実圧縮比もほぼ11であり、膨張比も(50ml+500ml)/50ml=11となる。即ち、通常の内燃機関では機械圧縮比と実圧縮比と膨張比とがほぼ等しくなる。
図7における実線は実圧縮比と膨張比とがほぼ等しい場合の、即ち通常のサイクルにおける理論熱効率の変化を示している。この場合には膨張比が大きくなるほど、即ち実圧縮比が高くなるほど理論熱効率が高くなることがわかる。従って通常のサイクルにおいて理論熱効率を高めるには実圧縮比を高くすればよいことになる。しかしながら機関高負荷運転時におけるノッキングの発生の制約により実圧縮比は最大でも12程度までしか高くすることができず、斯くして通常のサイクルにおいては理論熱効率を十分に高くすることはできない。
一方、このような状況下で機械圧縮比と実圧縮比とを厳密に区分しつつ理論熱効率を高めることが検討され、その結果理論熱効率は膨張比が支配し、理論熱効率に対して実圧縮比はほとんど影響を与えないことが見い出されたのである。即ち、実圧縮比を高くすると爆発力は高まるが圧縮するために大きなエネルギーが必要となり、斯くして実圧縮比を高めても理論熱効率はほとんど高くならない。
これに対し、膨張比を大きくすると膨張行程時にピストンに対し押下げ力が作用する期間が長くなり、斯くしてピストンがクランクシャフトに回転力を与えている期間が長くなる。従って膨張比は大きくすれば大きくするほど理論熱効率が高くなる。図7の破線ε=10は実圧縮比を10に固定した状態で膨張比を高くしていった場合の理論熱効率を示している。このように実圧縮比εを低い値に維持した状態で膨張比を高くしたときの理論熱効率の上昇量と、図7の実線で示す如く実圧縮比も膨張比と共に増大せしめられる場合の理論熱効率の上昇量とは大きな差がないことがわかる。
このように実圧縮比が低い値に維持されているとノッキングが発生することがなく、従って実圧縮比を低い値に維持した状態で膨張比を高くするとノッキングの発生を阻止しつつ理論熱効率を大巾に高めることができる。図8(B)は可変圧縮比機構Aおよび可変バルブタイミング機構Bを用いて、実圧縮比を低い値に維持しつつ膨張比を高めるようにした場合の一例を示している。
図8(B)を参照すると、この例では可変圧縮比機構Aにより燃焼室容積が50mlから20mlまで減少せしめられる。一方、可変バルブタイミング機構Bによって実際のピストン行程容積が500mlから200mlになるまで吸気弁の閉弁時期が遅らされる。その結果、この例では実圧縮比は(20ml+200ml)/20ml=11となり、膨張比は(20ml+500ml)/20ml=26となる。図8(A)に示される通常のサイクルでは前述したように実圧縮比がほぼ11で膨張比が11であり、この場合に比べると図8(B)に示される場合には膨張比のみが26まで高められていることがわかる。これが超高膨張比サイクルと称される所以である。
一般的に言って内燃機関では機関負荷が低いほど熱効率が悪くなり、従って機関運転時における熱効率を向上させるためには、即ち燃費を向上させるには機関負荷が低いときの熱効率を向上させることが必要となる。一方、図8(B)に示される超高膨張比サイクルでは圧縮行程時の実際のピストン行程容積が小さくされるために燃焼室5内に吸入しうる吸入空気量は少なくなり、従ってこの超高膨張比サイクルは機関負荷が比較的低いときにしか採用できないことになる。従って本発明では機関負荷が比較的低いときには図8(B)に示す超高膨張比サイクルとし、機関高負荷運転時には図8(A)に示す通常のサイクルとするようにしている。
ところで、上述したように、内燃機関において、点火栓あるいは気筒内デポジットが有する残熱がホットスポットとなり、圧縮行程の途中で混合ガスが自然発火してしまう現象をプレイグニッションというが、該プレイグニッションは内燃機関出力の激減や回転の不調等をもたらす場合がある。特に、筒内噴射式火花点火内燃機関においては、機関停止中に燃料が燃料噴射弁から漏れて気筒内にデポジットとして溜まり機関温度が高い条件下で再始動した場合には、プレイグニッションがもたらされる場合がある。そして、このようなプレイグニッションは、”カッキン”というノック音の発生などをもたらす場合があり、大きく商品性を損ねる要因となりうる。
本発明は、上記のような可変圧縮比機構を有効に利用し、機関始動時において、燃焼安定性や燃費などを損ねることなくプレイグニッションの発生を抑制することを可能とするものであり、以下に、本発明の可変圧縮比機構を備える筒内噴射式火花点火内燃機関における機械圧縮比に対する制御の一実施形態について説明する。
通常、機関停止時には燃料噴射・点火制御終了後も多少の機関回転があり、また、気筒内は完全密閉されているわけでもないので、機関停止中において気筒内の既燃ガス濃度は時間経過とともに低下し、そのため、機関始動時における気筒内新気量は、行程容積および燃焼室容積で決定されると考えられる。つまり、機械圧縮比に応じて、機関始動時における気筒内新気量が変化し、例えば、機械圧縮比が高いほど燃焼室容積が狭くなるために機関始動時における気筒内新気量は少なくなる。そのため、機関始動時における機械圧縮比が高いほど、より少ない燃料噴射量で機関始動時における気筒内を過リッチ状態にすることができ、自己着火条件を不成立とし、機関始動時におけるプレイグニッションの発生を、より確実に抑制することを可能としうる。
このことに基づいて、本発明においては、点火栓が点火する時期以前に筒内の混合気が着火するプレイグニッションの機関始動時における発生前提条件の成立の有無を判定するプレイグニッション発生判定手段を有し、該プレイグニッション発生判定手段により機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件が成立したと判定された場合には、可変圧縮比機構により機械圧縮比が高圧縮比化されるように構成される。
すなわち、本発明は、プレイグニッションの発生が予想される機関始動時においては、機械圧縮比を高圧縮比化することでプレイグニッションの発生抑制を実現するものである。機械圧縮比を高圧縮化する時期については、少なくとも機関始動時における圧縮行程が開始される前までになされていればよい。ちなみに、後述する図9に示す本発明の実施形態においては、機械圧縮比を高圧縮比化するために要する時間による始動性の悪化を考慮して、該始動性の悪化を回避すべく、機械圧縮比の高圧縮比化が、機関停止要求があった際に行われるものとする。
図9は、機械圧縮比を高圧縮比化するために要する時間による始動性の悪化を考慮して機械圧縮比に対する制御がなされる本発明の一実施形態を示すものであり、機関停止時の際の機械圧縮比の制御ルーチンの一実施形態を示すフローチャートである。図9に示す実施形態においては、プレイグニッション発生判定手段が、機関停止要求があった際に、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件の成立の有無を判定し、該判定において、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件が成立したと判定された場合には、機関停止要求があった際に予め可変圧縮比機構により機械圧縮比が高圧縮比化される。
本実施形態におけるプレイグニッション発生判定手段は、燃料噴射弁において燃料に加えられる圧力となる燃圧を検出しうるセンサ43と、例えば機関冷却水温や機関油温などに代表される機関温度を検出しうるセンサ44と、大気温度を検出しうるセンサ45と、クランクケース1とシリンダブロック2間の相対位置関係を検出し現状の機械圧縮比を示しうる相対位置センサ22とを有して構成され、機関停止要求があった際にそれぞれのセンサから検出された燃圧、機関温度、大気温度、及び機械圧縮比に基づいてプレイグニッションの発生前提条件の成立の有無を判定するように構成されるものとする。尚、プレイグニッション発生判定手段は、このような構成に限られるものではなく、例えば、温度条件に関しては機関冷却水温のみから判定するように構成されものとされてもよく、また、上記パラメータの以外のパラメータを使用して機関停止後の次の機関始動時おけるプレイグニッションの発生の有無を判定するような構成とされるものであってもよい。
図9におけるステップ101においては、まず、機関停止要求の有無が確認される。具体的には、イグニッションスイッチのオン/オフ動作の有無が確認され、オフ動作が確認されると機関停止要求があったものと判定される。
イグニッションスイッチのオフ動作が確認されると、続くステップ102に進み、次のイグニッションスイッチのオン動作すなわち次の機関始動時においてプレイグニッションが発生する可能性があるか否かの判定がプレイグニッション発生判定手段によりなされる。より具体的には、プレイグニッション発生判定手段によるプレイグニッションの発生前提条件の成立の有無は、機関停止要求があった際の機械圧縮比と燃圧と機関温度と大気温度とに基づいて判定される。例えば、燃圧からは気筒内への燃料の漏れ量が推定される。また、機関冷却水温や機関油温に代表される機関温度および大気温度からは、十分に暖機されない状態で機関停止がなされたか否かなどの判定がなされる。というのも、内燃機関が十分に暖機されることなく停止された場合においては、気筒内への燃料の漏れ量に関わらず、プレイグニッションの発生がもたらされることはないものと判定しうるからである。
本実施形態においては、機関停止要求があった際の機械圧縮比に対しての燃圧、機関冷却水温、機関油温及び大気温のぞれぞれの閾値が特定される。これらの特定される閾値は、次回の機関始動時におけるプレイグニッションの発生の有無を判定する上での閾値となるものであり、本実施形態においては、予めの評価試験や解析などに基づいて作成されたマップなどを使用して特定される。そして、機関停止要求があった際の燃圧、機関冷却水温、機関油温及び大気温が、それぞれの閾値に対して越えているか否かが判定され、全てが閾値を越えている場合に、次回の機関始動時におけるプレイグニッションの発生があるものと判定され、ステップ103に進む。尚、機関停止要求があった際の燃圧、機関冷却水温、機関油温及び大気温のいずか一つでも閾値を越えないものが確認された場合には、次回の機関始動時におけるプレイグニッションの発生はないものと判定され、ステップ104に進み、機械圧縮比に対して通常運転時の制御がなされる。
ステップ103における制御は、プレイグニッション発生判定手段により、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件が成立したと判定された場合における制御であり、機関停止要求があった際に予め前記可変圧縮比機構により機械圧縮比が高圧縮比化される。より具体的には、プレイグニッション発生判定手段により、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件が成立したと判定された場合には、機関停止要求があった際に予め可変圧縮比機構により機械圧縮比が、可変圧縮比機構により可変することができる最大の機械圧縮比に高圧縮比化される。尚、機関停止要求の際に機械圧縮比が高圧化された場合とされない場合とにおいて次の機関始動時における制御内容が異なるものとなるので、いずれの場合においても設定された機械圧縮比はECUに記憶されるように構成される。
このような図9に示された制御ルーチンによれば、機関停止要求があった際に、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件の成立の有無を判定するとともに、次の機関始動時におけるプレイグニッションの発生前提条件が成立したと判定された場合には、機関停止要求があった際に予め可変圧縮比機構により機械圧縮比が高圧縮比化されるので、機械圧縮比を高圧縮比化するために要する時間による始動性の悪化を回避することを可能としうる。
図10は機関始動時における制御ルーチンの一実施形態を示すフローチャートであって、図9に示された機関停止時の際の機械圧縮比制御後の次の機関始動時における制御ルーチンの一実施形態を示すフローチャートである。
図10に示す実施形態においては、まず、ステップ201にて、機関停止時における機械圧縮比が確認される。すなわち、図9に示すステップ103にて機械圧縮比が高圧縮比化されたか否かの確認がなされる。機関停止要求の際に、次の始動時においてプレイグニッションの発生がないものと判定され機械圧縮比の高圧縮比が行われなかった場合には、ステップ207に進み、通常運転時における始動制御(始動パターン0)がなされる。一方で、機関停止要求の際に、次の始動時においてプレイグニッションの発生があるものと判定され機械圧縮比の高圧縮比が行われた場合には、ステップ202に進む。
ステップ202においては、機関始動時におけるプレイグニッションの発生の可能性についての再確認が行われる。本実施形態においては、機関停止後において時間の経過やその他の何らかに要因にて機関温度が大幅に低下し、実際に機関が始動される際には機関温度が、プレイグニッションの発生がもたらされえないような温度までに低下している場合を考慮して、機関始動時における機関冷却水温に基づいて、プレイグニッションの発生を抑制するための制御、すなわち、気筒内を過リッチ状態にするような燃料噴射制御を行う必要があるか否かの判定がなされる。具体的には、機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(A)以上である場合に、プレイグニッションの発生を抑制するための始動制御を行う必要があるものと判定され、ステップ203に進み、始動パターン3の始動制御が実行される。
図11は、図10のステップ203にて実行される始動パターン3における制御ルーチンの一実施形態を示すフローチャートである。図11に示される始動パターン3による始動制御においては、燃料が多めに噴射されるとともに、該燃料噴射が圧縮行程中にてなされる燃料噴射制御が実行される。これにより、気筒内を過リッチ状態にすることができるとともに、燃料の気化潜熱などにより気筒内温度を低下させることができ、よって、プレイグにションの発生を抑制することを可能とする。
図11に示される始動パターン3による始動制御開始時には当然のことながら機関回転数はゼロからスタートする。本実施形態においては、機関回転数が所定の閾値(c)よりも大きくなったときには、機関温度がプレイグニッション抑制可能な温度に低下したものと判断し、通常運転時における燃料噴射量及び燃料噴射時期による燃料噴射制御に切り替えられる。すなわち、本実施形態においては、ステップ301にて、まず、機関回転数がゼロからスタートとして所定の閾値(c)を越えているか否かの判定がなされ、該所定の閾値を機関回転数が越えたと判定されるとステップ303に進み、通常運転時における燃料噴射量及び燃料噴射時期による燃料噴射制御が実行され、例えば、通常燃料噴射量に燃料噴射量が制御され、吸気行程にて燃料が噴射されるように燃料噴射時期が制御される。尚、ステップ301にて機関回転数が所定の閾値(c)を越えたと判定された際に、すぐに通常運転時における燃料噴射制御に切り替えられのではなく、より確実にプレイグニッションの発生を抑制すべく、後述するステップ302のプレイグニッションの発生を抑制するための始動制御を、さらに数回行ってから切り替えるようにしてもよい。
一方で、ステップ301にて、機関回転数がゼロからスタートとして所定の閾値を越えているか否かの判断がなされ、該所定の閾値を機関回転数が越えていないと判定されるとステップ302に進み、プレイグニッションの発生を抑制すべく、燃料が多めに噴射されるとともに、該燃料噴射が圧縮行程中になされる燃料噴射制御による始動制御が実行される。ちなみに、このようなプレイグニッションを抑制する始動制御が実行されるのは、機関温度が、プレイグニッションの発生をもたらしうるような高い状態にある場合であるので、燃料を多めに噴射して過リッチ状態にあるといえども、比較的に着火しやすい状態にあり、点火栓による点火にて始動は可能である。
ここで図10を再び参照して、ステップ202にて機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(A)よりも低いことが確認された場合の、本実施形態における始動制御を以下に説明する。
図10のステップ202にて機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(A)よりも低いことが確認されると、ステップ204に進む。ステップ204においては、機関停止後において時間の経過やその他の何らかに要因にて機関温度が更に低下していて、機械圧縮比が高圧縮比のままでは機関始動に十分な速度でのクランキングが不可能であるというような場合を考慮して、機関始動前に機械圧縮比を低圧縮比化する必要があるか否かの判定がなされる。
本実施形態においては、ステップ204にて機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(B)よりも低いことが確認された場合には、機関始動前に機械圧縮比を低圧縮比化する必要があるものとして判定され、ステップ206に進み、後述する始動パターン1の始動制御が実行される。
一方で、ステップ204にて機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(B)よりも高いことが確認された場合には、すなわち、機関始動時における機関冷却水温が閾値(A)よりも低く閾値(B)よりも高いことが確認された場合には、プレイグニッションが発生する可能性もなく且つ機関始動前に機械圧縮比を低圧縮比化する必要もないものと判定され、ステップ205に進み、高圧縮比化されたままの機械圧縮比にて、始動パターン0と同様の通常運転時の始動制御を実行する始動パターン2の始動制御が実行される。
また、ステップ204にて機関始動時における機関冷却水温が予め設定された所定の閾値(B)よりも低い場合には、機関温度が極めて低い状態あり、機械圧縮比が高圧縮比のままでは、フリクションが高く且つ空気密度が高いために始動に必要なクランキング回転が得られず、始動に十分な速度でのクランキングが不可能であると判定され、ステップ206に進み、始動前に機械圧縮比を低圧縮化してから通常運転時の始動制御を実行する始動パターン1が実行される。
以上、図9から図11に示される本発明の筒内噴射式火花点火内燃機関における機関停止時及び機関始動時の制御によれば、機関始動時における気筒内新気量を少なくすることができ、気筒内を過リッチ状態にてプレイグニッションの発生を回避するのに必要となる噴射燃料量を少なくすることができ、燃費の向上とともに、燃料噴射にかかる時間の短縮化を可能とする。また、機関始動時における気筒内新気量が少ない場合には、万が一、プレイグニッションが発生した場合においても爆発力による機関逆回転に至る可能性は小さく、また、発生する異音も小さいものとなる。すなわち、本発明によれば、可変圧縮比機構を有する筒内噴射式火花点火内燃機関において、該可変圧縮比機構を有効に利用し、機関始動時において、燃焼安定性や燃費などを損ねることなくプレイグニッションの発生を抑制することを可能となる。