しかしながら、表面波の伝播時間を変化させる要因は伝播距離だけではなく、伝播速度の変化によっても伝播時間が変化することになる。そのため、上述の深さ推定方法では、表面波の伝播媒体である被検体103の温度が変化した場合、伝播速度が変化するため、たとえ凹み傷104の深さaが変化していなくても深さaが変化したと誤って検出してしまう。
また、上述の深さ推定方法では送信機と受信機を被検体に接触させる必要があるため、被検体が高温である、或いは被検体が狭隘部に位置するなどの理由から送信機と受信機を被検体に接触させることが困難な場合は適用できない。
本発明は、表面波の伝播媒体である監視対象物の温度が変化しても表面欠陥の深さやその変化を正確に、かつ数十cmの離隔距離から非接触で検出することができるレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法及び表面欠陥監視装置を提供することを目的とする。
かかる目的を達成するために請求項1記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法は表面欠陥が存在する監視対象物について、基準温度Trにおいて監視対象物の表面に励起用パルスレーザ光を照射して表面欠陥を迂回して伝播する第1の表面波と表面欠陥が無い部分を伝播する第2の表面波を励起させると共に、レーザ干渉計によって第1の表面波と第2の表面波による監視対象物の表面変位を検出して第1の表面波の伝播時間t1(Tr)と第2の表面波の伝播時間t2(Tr)を測定する準備工程と、準備工程での測定と同じ位置で温度Tにおいて第1の表面波と第2の表面波を励起させてそれらの伝播時間t1(T),t2(T)を測定する測定工程と、伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)を求める補正係数算出工程と、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1aを求める補正工程と、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δtを求め、求めた時間差Δtに基づいて表面欠陥の深さaの変化を検出する検出工程とを備えるものである。
照射された励起用パルスレーザ光が監視対象物に当たると超音波が励起され、監視対象物表面や監視対象物内を伝播する。レーザ干渉計は監視対象物の表面を伝播した超音波(表面波)による表面変位を測定する。表面波が亀裂,傷,スリット,凹部等の表面欠陥を通過する場合、その表面欠陥がある程度深いものであると、表面波は表面欠陥を迂回して(表面欠陥の表面に沿って)伝播する。そのため、表面欠陥が無い場合に比べて表面波の伝播距離が長くなり、レーザ干渉計による測定点に到達するまでの時間(伝播時間)が長くなる。この時間変化(時間遅れ)は表面欠陥の深さaが変化した場合も同様に発生する。したがって、時間遅れに基づいて検査対象物の表面欠陥の深さaの変化を検出することができる。
ただし、表面波が伝播する媒体の温度によって伝播速度が異なるので、そのままでは伝播時間の変化が伝播距離の変化即ち表面欠陥の深さ変化によるものか、媒体の温度変化によるものか、あるいはその両方によるものかを判別できない。そのため、時間遅れに基づいて表面欠陥の深さ変化を監視するには、伝播時間の実測値から伝播媒体の温度変化による影響を除去する必要がある。
いま、第1の表面波(迂回波)の伝播経路の温度と第2の表面波(参照波)の伝播経路における監視対象物の表面温度が同じであれば、迂回波と参照波の伝播速度は同一である。つまり、監視対象物の温度変化による伝播時間の変化は迂回波と参照波の両方に同様に現れる。一方、表面欠陥の深さaの増加は迂回波の伝播距離の増加となるが、参照波の伝播距離の増加にはならない。したがって、表面欠陥の深さaの増加による伝播時間の増加は迂回波にのみ現れる。よって、監視対象物の温度変化によって表面波(迂回波と参照波)の伝播速度が変化した場合であっても、参照波の伝播時間の変化(図16(c)の符号I)に基づいて迂回波の伝播時間を補正する(図16(c)の符号II,III)ことで、表面欠陥の深さaの変化に起因する伝播時間の増加を区別して表面欠陥の深さaの変化を検出することができる。
本発明では、表面欠陥の存在が判っている監視対象物について、予め、基準温度Trにおける迂回波の伝播時間t1(Tr)と参照波の伝播時間t2(Tr)を測定(準備工程)した後、実際に表面欠陥の監視を行う。準備工程では、測定工程で行う測定と同様に測定を行う。
そして、表面欠陥の監視では、実際に監視対象物の表面に迂回波と参照波を励起して迂回波の伝播時間t1(T)と参照波の伝播時間t2(T)を測定し(測定工程)、表面欠陥による影響を受けない参照波の伝播時間t2(T),t2(Tr)に基づいて補正係数f(T)(=t2(T)/t2(Tr))を算出する(補正係数算出工程、図16(c)の符号I)。いま、監視対象物の温度がTであったとすると、この補正係数f(T)は監視対象物の温度が基準温度Trから温度Tに変化したことによる表面波の伝播時間の変化割合であり、測定工程で測定した温度Tの迂回波の伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗ずることで、温度Tの伝播時間t1(T)を温度Trの伝播時間に換算することができる(補正工程、図16(c)の符号II)。即ち、補正伝播時間t1a(=t1(T)×f(T))は測定工程における実測値を基準温度Trの伝播時間に換算したものであり、補正伝播時間t1aと準備工程で実測した伝播時間t1(Tr)との時間差Δt(=t1a−t1(Tr)、図16(c)の符号III)は迂回波の伝播距離の変化、即ち表面欠陥の深さaの変化にのみ起因したものであると考えられる。したがって、時間差Δt=0(0とみなすことができる0以外の値も含む。以下同じ。)の場合には表面欠陥の深さaは変化していないと判断でき、時間差Δt>0(基準温度Tr<温度Tの場合)又は時間差Δt<0(基準温度Tr>温度Tの場合)の場合には表面欠陥の深さaが増加していると判断できる(検出工程)。
なお、補正係数f(T)は任意の温度について求めることが出来る。したがって、本発明は監視対象物の温度が異なる場合(温度T以外の場合)にも適用できる。また、説明の都合上、符号Trとは異なる符号Tを用いて説明しているが、必ずしもTr≠Tである必要はなく、Tr=Tの場合にも適用可能である。さらに、温度Tr,Tは何度でも良い。
また、請求項2記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法は、第1の表面波と第2の表面波を異なる位置に励起させると共に、第1の表面波による表面変位と第2の表面波による表面変位を同一位置で測定するものである。
即ち、監視対象物の表面の表面欠陥を挟んだ2箇所(以下、励起点という)にそれぞれ励起用パルスレーザ光を照射して表面波を励起させ、これらの表面波による表面変位を表面欠陥の一側の1箇所(以下、測定点という。)でレーザ干渉計によって測定する。2つの励起点から1つの測定点に伝播する表面波のうち、測定点とは表面欠陥を挟んだ反対側の励起点に励起された表面波は表面欠陥を迂回して測定点に伝播する第1の表面波(迂回波)であり、測定点と同じ側の励起点に励起された表面波は表面欠陥が無い部分を伝播する第2の表面波(参照波)である。したがって、2つの励起点と1つの測定点を用いて表面欠陥の監視を行うことができる。
また、請求項3記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法は、第1の表面波と第2の表面波を同一位置に励起させると共に、第1の表面波による表面変位と第2の表面波による表面変位を異なる位置で測定するものである。
即ち、監視対象物の表面の表面欠陥の一側の1箇所(励起点)に励起用パルスレーザ光を照射して表面波を励起させ、周囲に広がる表面波による表面変位を表面欠陥を挟んだ2箇所(励起点)でレーザ干渉計によって測定する。1つの励起点から2つの測定点へと伝播する表面波のうち、励起点とは表面欠陥を挟んだ反対側の測定点で測定された表面波は表面欠陥を迂回して測定点に伝播する第1の表面波(迂回波)であり、励起点と同じ側の測定点で測定された表面波は表面欠陥が無い部分を伝播する第2の表面波(参照波)である。したがって、1つの励起点と2つの測定点を用いて表面欠陥の監視を行うことができる。
また、請求項4記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法は、監視対象物は励起用パルスレーザ光の照射によって波長λに対応する周波数の周波数成分が最大となる表面波が励起されるものであり、検出工程ではa/λ≧0.8を満たす表面欠陥の深さaの変化を検出するものである。
表面波が亀裂を透過した場合の時間遅れと亀裂深さとの関係を図6に示す(B.Masserey,E.Mazza:"Ultrasonic sizing of short surface cracks",Ultrasonics,Vol.46,pp.195-204(2007))。ここで、Δt:時間遅れ、T:表面波の主たる周波数成分の周期(表面波に含まれる複数の周波数成分のうち最大となる周波数成分の周波数に対応する周期)、a:亀裂深さ、λ:表面波の波長(表面波に含まれる複数の周波数成分のうち最大となる周波数成分の周波数に対応する波長)である。
図6中、a/λ<0.8においてはΔt/Tとa/λとの間には明確な関係は認められない。一方、0.8≦a/λ<1.75においてはΔt/Tとa/λとの間に非線形関係があり、近似関数fintを用いて時間遅れΔtから亀裂深さaを求めることができる。また、1.75≦a/λにおいてはΔt/Tはa/λに比例し、時間遅れΔtから亀裂深さaを容易に求めることができる。
したがって、表面欠陥の深さがa/λ≧0.8を満たす場合は、深さaの表面欠陥について深さaの変化を検出するのに適したものとなる。
また、1.75≦a/λを満たす表面欠陥の深さaを対象にしても良い。この範囲ではΔt/Tがa/λに比例するので、深さaの変化の定量化がより一層容易になる。
さらに、請求項5記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置は、表面欠陥が存在する監視対象物の表面に励起用パルスレーザ光を照射して表面欠陥を迂回して伝播する第1の表面波と表面欠陥が無い部分を伝播する第2の表面波を励起するレーザ装置と、第1の表面波と第2の表面波による監視対象物の表面変位を測定するレーザ干渉計と、第1の表面波が励起されてからレーザ干渉計の測定部位に到達するまでの伝播時間t1(T)と第2の表面波が励起されてからレーザ干渉計の測定部位に到達するまでの伝播時間t2(T)を求める伝播時間測定手段と、予め求めておいた基準温度Trにおける第1の表面波の伝播時間t1(Tr)と第2の表面波の伝播時間t2(Tr)を記憶した記憶手段と、伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)を求める補正係数算出手段と、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1aを求める補正手段と、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δtを求め、求めた時間差Δtに基づいて表面欠陥の深さaの変化を検出する検出手段を備えるものである。
したがって、レーザ装置によって第1の表面波(迂回波)と第2の表面波(参照波)が励起され、これらによる監視対象物の表面変位がレーザ干渉計によって測定される。伝播時間測定手段は、迂回波と参照波の励起点から測定点までの伝播時間t1(T),t2(T)を求める。補正係数算出手段は、求めた伝播時間t2(T)と記憶手段が記憶している伝播時間t2(Tr)に基づいて補正係数f(T)(=t2(T)/t2(Tr))を算出する(図16(c)の符号I)。いま、監視対象物の温度がTであったとすると、この補正係数f(T)は監視対象物の温度が基準温度Trから温度Tに変化したことによる表面波の伝播時間の変化割合である。補正手段は、伝播時間測定手段が求めた温度Tの迂回波の伝播時間t1(T)に補正係数算出手段が求めた補正係数f(T)を乗ずることで、温度Tの伝播時間t1(T)を温度Trの伝播時間に換算する(図16(c)の符号II)。即ち、補正伝播時間t1a(=t1(T)×f(T))は伝播時間測定手段が求めた値を基準温度Trの伝播時間に換算したものであり、補正伝播時間t1aと記憶手段に予め記憶されている伝播時間t1(Tr)との時間差Δt(=t1a−t1(Tr)、図16(c)の符号III)は迂回波の伝播距離の変化、即ち表面欠陥の深さaの変化に起因したものであると考えられる。検査手段は、時間差Δt=0(0とみなすことができる0以外の値も含む。以下同じ。)の場合には表面欠陥の深さaは変化していないと判断し、時間差Δt>0(基準温度Tr<温度Tの場合)又は時間差Δt<0(基準温度Tr>温度Tの場合)の場合には表面欠陥の深さaが増加していると判断する。
また、請求項6記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置は、監視対象物は励起用パルスレーザ光の照射によって波長λに対応する周波数の周波数成分が最大となる表面波が励起されるものであり、検出手段はa/λ≧0.8を満たす表面欠陥の深さaの変化を検出するものである。
したがって、深さがa/λ≧0.8を満たす場合は、深さaの表面欠陥について深さaの変化を検出するのに適したものとなる。
また、1.75≦a/λを満たす表面欠陥の深さaを対象にしても良い。この範囲ではΔt/Tがa/λに比例するので、深さaの変化の定量化がより一層容易になる。
請求項1記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法及び請求項5記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置では、参照波を利用して求めた補正係数f(T)を使用して迂回波の伝播時間の実測値(温度Tにおける伝播時間t1(T))を基準温度Trにおける伝播時間に換算し、換算した補正伝播時間t1aを基準温度Trにおける伝播時間t1(Tr)と比較して伝播時間の変化(時間差Δt)を求めるようにしているので、監視対象物の温度変化による迂回波の伝播速度の変化の影響を除去して時間差Δtを算出することができる。そのため、監視対象物の温度が変化しても、温度変化がない場合と同様に、表面欠陥の深さaの変化を正確に検出することができる。また、温度変化による影響を除去することができると共に、監視対象物に対して非接触で表面波の伝播時間を測定することができるので、稼働によって温度が変化する機械類の構成部品についてその稼働を止めずに表面欠陥の深さaを監視することができる。
迂回波及び参照波の測定では、請求項2記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法のように2つの励起点と1つの測定点を設けるようにしても良く、請求項3記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法のように1つの励起点と2つの測定点を設けるようにしても良い。いずれの場合にも、迂回波と参照波を発生させて測定を行うことかできる。
さらに、請求項4記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法及び請求項6記載のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置では、a/λ≧0.8を満たす表面欠陥の深さaの変化を検出するので、表面欠陥が特に亀裂や幅の極狭い溝等である場合に適したものとなる。
以下、本発明の構成を図面に示す形態に基づいて詳細に説明する。
図1に本発明のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置の実施形態の一例を、図2に本発明のレーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法の実施形態の一例をそれぞれ示す。レーザ超音波を用いた表面欠陥監視装置(以下、単に表面欠陥監視装置という)は、表面欠陥1が存在する監視対象物2の表面(監視面)2aに励起用パルスレーザ光3を照射して表面欠陥1を迂回して伝播する第1の表面波(以下、迂回波という)4と表面欠陥1が無い部分を伝播する第2の表面波(以下、参照波という)5を励起するレーザ装置6と、迂回波4と参照波5による監視対象物2の表面変位を測定するレーザ干渉計7と、迂回波4が励起されてからレーザ干渉計7の測定部位(測定点)に到達するまでの伝播時間t1(T)と参照波5が励起されてからレーザ干渉計7の測定部位(測定点)に到達するまでの伝播時間t2(T)を求める伝播時間測定手段8と、予め求めておいた基準温度Trにおける迂回波4の伝播時間t1(Tr)と参照波5の伝播時間t2(Tr)を記憶した記憶手段9と、伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)を求める補正係数算出手段10と、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1aを求める補正手段11と、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δtを求め、求めた時間差Δtに基づいて表面欠陥1の深さaの変化を検出する検出手段12を備えるものである。また、レーザ超音波を用いた表面欠陥監視方法(以下、単に表面欠陥監視方法という)は、表面欠陥1が存在する監視対象物2について、基準温度Trにおいて監視対象物2の表面2aに励起用パルスレーザ光3を照射して表面欠陥1を迂回して伝播する迂回波4と表面欠陥1が無い部分を伝播する参照波5を励起させると共に、レーザ干渉計7によって迂回波4と参照波5による監視対象物2の表面変位を検出して迂回波4の伝播時間t1(Tr)と参照波5の伝播時間t2(Tr)を測定する準備工程(ステップS31)と、準備工程での測定と同じ位置で温度Tにおいて迂回波4と参照波5を励起させてそれらの伝播時間t1(T),t2(T)を測定する測定工程(ステップS32)と、伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)を求める補正係数算出工程(ステップS33)と、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1aを求める補正工程(ステップS34)と、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δtを求め、求めた時間差Δtに基づいて表面欠陥1の深さaの変化を検出する検出工程(ステップS35)とを備えるものである。
本実施形態では、迂回波4と参照波5を異なる位置に励起させると共に、迂回波4による表面変位と参照波5による表面変位を同一位置で測定するようにしている。即ち、本実施形態では、2台のレーザ装置6,6を使用し、迂回波4と参照波5を異なる位置に励起させると共に、迂回波4と参照波5による監視対象物2の表面変位を1台のレーザ干渉計7で測定する。以下、監視対象物2の迂回波4が励起される位置及び参照波5が励起される位置を励起点13,14といい、監視対象物2の迂回波4による表面変位がレーザ干渉計7によって測定される位置及び参照波5による表面変位がレーザ干渉計7によって測定される位置を測定点15という。本実施形態では、励起点13,14は2箇所であり、測定点15は1箇所である。
レーザ装置6としては監視対象物2に超音波を励起できるパルスレーザ光3を照射することができるものであれば使用可能であり、例えばNd:YAGレーザ,CO2レーザ,エキシマレーザ,チタンサファイアレーザ,窒素レーザ等の使用が可能である。励起用パルスレーザ光3は図示しない光学系によって監視対象物2の監視面2aの励起点13,14上に集光される。レーザ装置6から照射された励起用パルスレーザ光3は光検出器22によって検出され、その検出信号は伝播時間測定手段8に供給される。
レーザ干渉計7はレーザ装置6の励起用パルスレーザ光3の照射に同期して監視対象物2の監視面2aの表面変位を測定する。測定時間幅は例えば励起用パルスレーザ光3の照射前から照射後にわたり、調節可能である。測定結果はA/D変換器16を介して伝播時間測定手段8に供給される。
監視対象物2としては、励起用パルスレーザ光3の照射によって表面波が励起され且つ表面波による表面変位をレーザ干渉計7によって測定できるものであれば、その材質は特に制限されない。例えば、金属,セラミック,半導体等について適用可能である。また、監視の対象となる表面欠陥1としては、その深さaが伝播する表面波の波長λに対してa/λ≧0.8を満たすものであれば、例えば亀裂,傷,溝,凹部等のいずれでも良い。
いま、励起用パルスレーザ光3の照射によって励起された表面波(迂回波4,参照波5)の周波数成分のうち最大となる周波数成分の周波数に対応する波長がλであったとすると、本実施形態ではa/λ≧0.8を満たす表面欠陥1の深さaの変化を監視する。例えば、監視対象物2の材質が鋼材の場合、周波数成分が最大になる周波数fは約1MHzであり、ステンレス鋼での表面波伝播速度Vは約2900m/sである。そのため、周波数f(=1MHz)に対応する波長λはλ=V/f≒3mmとなる。よって、深さaが2.4mm(=3×0.8)以上の表面欠陥1を対象に監視を行う。
本発明の表面欠陥監視装置は、波形解析部17、入力部18、表示部19、記憶手段9を備えており、これらは相互にバス等の信号回線20により接続されている。波形解析部17は記憶手段9に記憶されている表面欠陥監視プログラム21の実行により表面欠陥監視装置全体の制御並びに表面欠陥1の監視等に係る演算を行うものであり、例えばCPU(中央演算処理装置)である。記憶手段9は少なくともデータやプログラムを記憶可能な装置であり、例えばハードディスクドライブ装置である。
波形解析部17は、表面欠陥監視プログラム21をコンピュータ上で実行することによって実現される。即ち、少なくとも1つのCPUやMPUなどの演算処理装置と、データの入出力を行うインターフェースと、プログラムやデータを記憶する手段を備えるコンピュータ、及び表面欠陥監視プログラム21によって、伝播時間測定手段8、補正係数算出手段10、補正手段11、検出手段12を実現している。即ち、演算処理装置は、メモリに記憶されたOS等の制御プログラム、表面欠陥監視プログラム21及び所要データ等により、上記伝播時間測定手段8、補正係数算出手段10、補正手段11、検出手段12を実現している。
入力部18は、少なくとも作業者の命令を波形解析部17に与えるためのインターフェースであり、例えばキーボードである。
表示部19は、波形解析部17の制御により文字や図形等の描画・表示を行うものであり、例えばディスプレイである。
波形解析部17には、表面欠陥監視プログラム21を実行することにより、伝播時間測定手段8,補正係数算出手段10,補正手段11,検出手段12が構成される。
伝播時間測定手段8は、迂回波4が励起されてからその表面変位がレーザ干渉計7の測定部位(測定点15)に到達するまでの伝播時間t1(T)と参照波5が励起されてからその表面変位がレーザ干渉計7の測定部位(測定点15)に到達するまでの伝播時間t2(T)を求めるものである。本実施形態では、伝播時間測定手段8は光検出器22からの検出信号に基づいて迂回波4及び参照波5の励起を検知すると共に、レーザ干渉計7からA/D変換器16を介して供給される測定波形に基づいて迂回波4及び参照波5が測定点15への到達を検知する。
記憶手段9には、予め求めておいた基準温度Trにおける迂回波4の伝播時間t1(Tr)と参照波5の伝播時間t2(Tr)が予め記憶されている。
補正係数算出手段10は、記憶手段9から伝播時間t2(Tr)を読み込み、伝播時間測定手段8が求めた参照波5の伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)を求めるものである。
補正手段11は、記憶手段9から伝播時間t1(T)と補正係数f(T)を読み込み、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1a(=t1(T)×f(T))を求めるものである。
検出手段12は、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δtを求め、求めた時間差Δtに基づいて表面欠陥1の深さaの変化を検出するものである。
本発明は、既知の表面欠陥1を対象に監視を行う。したがって、監視対象物2の表面欠陥1の位置は判っており、表面欠陥1を挟んだ両側に励起点13,14を設け、表面欠陥1の一側に測定点15を設けている。
本発明の表面欠陥監視方法は、準備工程で基準温度Trにおける迂回波4と参照波5の伝播時間t1(Tr),t2(Tr)を測定した(ステップS31)後、ステップS32〜S35を繰り返し実行して(測定工程→補正係数算出工程→補正工程→検出工程→測定工程→…)表面欠陥1の深さaの監視を行う。
先ず、準備工程では、基準温度Trにおける迂回波4の伝播時間t1(Tr)と参照波5の伝播時間t2(Tr)を測定する(ステップS31)。本実施形態では、2つのレーザ装置6,6を使用して監視対象物2の表面に表面欠陥1を迂回する迂回波4と表面欠陥1が無い経路を伝播する参照波5を発生させ、それらによる表面変位をレーザ干渉計7で測定する。レーザ干渉計7による測定波形はA/D変換器16によってA/D変換された後、記憶手段9にいったん記憶される。なお、温度Trが実際に何度であるか判らなくても良い。
図3にレーザ干渉計7による測定波形23を示す。図3では説明の理解を容易にするために原理説明に必要な波形のみを記載し、反射波やノイズ等の説明に不要な波形の記載を省略している。また、迂回波4を励起させる励起用パルスレーザ光3と参照波5を励起させる励起用パルスレーザ光3を便宜的に併せて記載している。
伝播時間測定手段8は、測定波形23に基づいて迂回波4が測定点15に到達するまでの伝播時間t1(Tr)(図3のt1に相当)と、参照波5が測定点15に到達するまでの伝播時間t2(Tr)(図3のt2に相当)を算出する。算出された伝播時間t1(Tr),t2(Tr)は記憶手段9にいったん記憶される。
以上の準備が終了した後、監視対象物2について実際に表面欠陥1の監視を始める。測定工程では、測定時の温度Tにおける迂回波4の伝播時間t1(T)と参照波5の伝播時間t2(T)を測定する(ステップS32)。この測定は、温度以外は準備工程での測定と同じ条件で行われる。即ち、同じ励起点13,14と測定点15を使用して測定が行われる。迂回波4と参照波5を同時に発生させても良いし、タイミングをずらして発生させても良い。伝播時間測定手段8は、測定波形23に基づいて迂回波4が励起点13から測定点15に到達するまでの伝播時間t1(T)(図3のt1に相当)と、参照波5が励起点14から測定点15に到達するまでの伝播時間t2(T)(図3のt2に相当)を算出する。算出された伝播時間t1(T),t2(T)は記憶手段9にいったん記憶される。
そして、補正係数算出工程では、補正係数算出手段10が記憶手段9から参照波5の伝播時間t2(Tr)と伝播時間t2(T)を読み込み、伝播時間t2(T)を伝播時間t2(Tr)で除して補正係数f(T)(=t2(T)÷t2(Tr))を求める(ステップS33、図16(c)の符号I)。求めた補正係数f(T)は記憶手段9にいったん記憶される。
次の補正工程では、補正手段11が記憶手段9から伝播時間t1(T)と補正係数f(T)を読み込み、伝播時間t1(T)に補正係数f(T)を乗じて補正伝播時間t1a(=t1(T)×f(T))を求める(ステップS34、図16(c)の符号II)。求めた補正伝播時間t1aは記憶手段9にいったん記憶される。
続く検出工程では、検出手段12が記憶手段9から補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)を読み込み、補正伝播時間t1aと伝播時間t1(Tr)との時間差Δt(=ta1−t1(Tr))を求める(ステップS35、図16(c)の符号III)。求めた補正伝播時間t1aは記憶手段9にいったん記憶される。そして、検出手段12は、時間差(時間遅れ)Δt=0(0とみなすことができる値も含む。以下同じ。)の場合には表面欠陥1の深さaは変化していないと判断し、時間差Δt>0(基準温度Tr<温度Tの場合)又は時間差Δt<0(基準温度Tr>温度Tの場合)の場合には表面欠陥1の深さaが増加していると判断する。表示部19はこの判断を表示する。また、求められた時間差Δtは記憶手段9にいったん記憶される。
その後、ステップS32に戻り、以降の処理を繰り返し実行する。これにより、表面欠陥1の深さの変化が継続して監視される。
このように本発明では、参照波5を利用して求めた補正係数f(T)を使用して迂回波4の伝播時間の実測値(温度Tにおける伝播時間t1(T))を基準温度Trにおける伝播時間に換算し、換算した補正伝播時間t1aを基準温度Trにおける伝播時間t1(Tr)と比較して時間遅れΔtを求めるようにしているので、監視対象物2の温度変化による迂回波4の伝播速度の変化の影響を除去して時間遅れΔtを算出することができる。そのため、監視対象物2の温度が変化しても、温度変化がない場合と同様に、表面欠陥1の深さaの変化を正確に検出することができる。
また、この監視は、監視対象物2の温度変化による影響を除去して行うことができるので、稼働によって温度が変化する機械類の構成部品についてその稼働を止めずに表面欠陥の深さaの監視を継続することができる。そのため、例えば稼働による温度変化によって深さaが増加するような表面欠陥1の監視を行うことができる。
また、非接触で監視を行うことができるので、現場から離れた場所でオンラインで監視を続けることができる。
なお、上述の形態は本発明の好適な形態の一例ではあるがこれに限定されるものではなく本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変形実施可能である。
例えば、上述の説明では、2台のレーザ装置6を使用してそれぞれ別々に迂回波4と参照波5を励起させるようにしていたが、必ずしもこの構成に限るものではなく、例えば図4に示すように、1台のレーザ装置6の励起用パルスレーザ光3を2分割して異なる位置(励起点13,14)に照射して迂回波4と参照波5を励起させるようにしても良い。この場合にも、伝播時間が表面欠陥1の影響を受ける迂回波4と影響を受けない参照波5とを励起させて両者の伝播時間t1(T),t2(T)を測定することができる。
また、上述の説明では、迂回波4と参照波5を異なる位置に励起させると共に、迂回波4による表面変位と参照波5による表面変位を同一位置で測定するようにしていたが、必ずしもこの構成に限るものではなく、例えば図5に示すように、迂回波4と参照波5を同一位置(励起点13A)に励起させると共に、迂回波4による表面変位と参照波5による表面変位を異なる位置(測定点15A,15B)で測定するようにしても良い。この場合にも、伝播時間が表面欠陥1の影響を受ける迂回波4と影響を受けない参照波5とを励起させて両者の伝播時間t1(T),t2(T)を測定することができる。
本発明によって監視対象物2の既知の表面欠陥1の監視、より具体的には表面欠陥1の深さaの進展の監視では表面波の伝播時間の遅れを利用することが有効であること、及び監視対象物2の温度変化に対する補正を行うことで時間遅れΔtに基づいて深さaの変化を正確に検出できることを確認する実験を行った。実験では、表面欠陥1としての亀裂を模擬したスリット(以下、スリット1という)を施した試験体(以下、試験体2という)を使用した。
(1 装置構成)
実験に使用した装置を図7に示す。レーザ照射装置6aとパルス発生器6bからなるレーザ装置6(レーザ照射装置:Big Sky Laser製CFR200、波長532nm、パルス幅10ns、繰り返し20Hz、パルスエネルギー<120mJ、パルス発生器:Stanford Ressearch Systems製DG535)の出力ビーム(励起用パルスレーザ光3)を円柱レンズ26を用いて試験体2表面上に線状に集光し、表面波を発生させた。試験体2表面上を伝搬した表面波による表面変位を光ファイバ27で接続されたプローブ7aを使用して超音波測定用レーザ干渉計7(Tecnar製PDL/TWM、波長1064nm、パルス幅約80μs、繰り返し20Hz)で検出した。レーザ干渉計7と同期した電気信号をパルス発生器6bに入力し、任意の時間遅延を加えた信号を出力し、それを用いてレーザ照射装置6aを起動することにより、レーザ照射装置6aとレーザ干渉計7を時間同期させた。
レーザ干渉計7は一般的に試験体2の表面が光学研磨面(表面粗さが光の波長以下)であることを必要とするが、ここで用いたレーザ干渉計7は二光波混合型であり、研磨されていない試験体2の表面にも適用可能である。
励起用パルスレーザ光3を集光するための円柱レンズ26から試験体2表面までの距離は40cm、レーザ干渉計7の測定用レーザ光24を送受光するためのプローブ7aから試験体2表面までの距離は約30cmとした。試験体2表面上における励起用パルスレーザ光3の照射位置(励起点)とレーザ干渉計7の測定用レーザ光24の照射位置(測定点)の離隔距離は約5mmとした。
レーザ干渉計7の出力信号をノイズフィルタ28(エヌエフ電子製FY−628S、透過周波数500kHz〜10MHz)を介してデジタルオシロスコープ29(テクトロニクス製TDS5054)に供給して積算し、記録した。また、光軸調整用の平面鏡30からの反射光を光検出器22によって検出し、その出力信号をオシロスコープ29のトリガ信号として用いた。波形測定時における積算回数は100回とし、波形データは図示しないGPIBインターフェースを介して図示しないコンピュータへ転送し、解析を行った。
試験体2として、傾斜スリット1を施したSUS316試験体(以下、傾斜スリット試験体という)およびケーシング部材の試験体(以下、ケーシング部材試験体という)を用いた。これらの詳細については後述する。傾斜スリット試験体2を微動ステージ25上に固定し、xy方向(レーザ光に対して垂直な平面上)に移動できるようにした。また、高温実験においては試験体2を図示しない電気炉内に設置した。
(2 実験結果)
(2−1 傾斜スリット試験体を用いた基礎実験)
最初に、表面波の時間遅れと亀裂深さaの関係を調べるために傾斜スリット1を施した傾斜スリット試験体2を用いた基礎実験を行った。傾斜スリット試験体2の概要を図8に示す。材質はSUS316である。
本試験体2は中央部に幅0.2mmの傾斜スリット1が施工されており、スリット底部は試験体表面に対して傾斜している。スリット深さaはスリット方向に0mmから5mmまで線形に変化する形になっている。よって、レーザ装置6とレーザ干渉計7の照射位置(励起点,測定点)を傾斜スリット1の長さ方向に移動させることによって、異なるスリット深さaにおける表面波波形を得ることが出来る。
レーザ照射位置を固定し、微動ステージ25によって傾斜スリット試験体2を傾斜スリット1の長さ方向に動かすことにより励起点と測定点をスリット深さ0.2mmに対応する位置から順次スリット深さ4.8mmに対応する位置に移動させた。得られた表面波波形を図9に示す。スリット深さaが増すとともに表面波の振幅が減少し、時間遅れが生じていることが確認できた。
図9に示した波形をもとに算出したスリット深さaと表面波の時間遅れの関係を図10に示す。表面波の中心周波数はf=1MHzであるため、伝播速度をV=2870m/sとすると波長はλ=V/f=2.9mmとなる。横軸には波長で規格化したスリット深さ(a/λ)も併せて表示した。a/λ<0.8(a<2.3mm)の領域(図10中に示す点線よりも左側の領域)においては時間遅れとスリット深さaの関係は非線形に変化し、a/λ>0.8(a>2.3mm)においては線形に近づくことが分かった。
以上の結果から、スリット深さaとスリット1を迂回した表面波の時間遅れには一定の相関があり、これをもとに時間遅れからスリット深さaを算出できることが明らかになった。スリット深さaが2.3mm以上の場合、表面波の時間遅れはスリット深さaに対して線形に変化するため、約2mm以上の開口亀裂深さaの監視に適していると考えられる。
(2−2 ケーシング部材試験体を用いた実験)
実機で使用されている鋼材に対する適用の可能性を調べるために、ケーシング部材を用いたケーシング部材試験体2を製作し、実験を行った。ケーシング部材試験体2には深さ2mm、3mm、5mm、幅0.2mmのスリット1を施工した。ケーシング部材の物性を表1に、試験体1を図11に示す。
ケーシング部材試験体2を用いて得られた表面波波形を図12に示す。スリット深さaが2mmから5mmに増加するにつれ表面波の到達時間には遅れが生じることが確認できた。本実験においてはケーシング部材試験体2を入れ替えて測定を行ったため、励起用パルスレーザ光3およびレーザ干渉計7の測定用レーザ光24の照射箇所(励起点,測定点)の反射率などの表面状態が異なり、各スリット深さaにおいて相関の高い波形を得ることが困難であった。よって、到達時間(伝播時間)の評価には図12に破線で示した最初の極大値に相当する時間を用いた。深さ2mmのスリット1の場合を0としたときの時間遅れを図13に示す。深さ5mmのスリット1の場合の時間遅れは0.8μsであり、これは図10に示した傾斜スリット試験体2の結果とほぼ一致する。
以上の結果から、表面波の時間遅れを用いた亀裂深さの測定方法は実機で用いられる鋼材についても適用可能であることを確認できた。
(2−3 温度変化の影響)
表面波の時間遅れをもとに亀裂深さaを測定する場合、時間遅れが亀裂深さaのみに依存することが前提となる。しかし、試験体2の温度が変化すると表面波の伝播速度が変化し(一般的に、鋼材では温度上昇とともに伝播速度が低下する)、その結果時間遅れが生じる。
温度変化によってどの程度の時間遅れが生じるかを調べるために、傾斜スリット試験体2を室温から500℃まで昇温し、表面波による表面変位を測定した。照射位置におけるスリット深さaは3.6mmである。
得られた表面波波形および室温に対する到達時間遅れを図14に示す。なお、実験では、温度250〜320℃においては波形のばらつきにより時間遅れが正しく測定できなかった。
図14から、室温と500℃における到達時間差は0.3μsになることが分かった。この時間差は図10に示す結果と照らし合わせると1mm以上のスリット深さaに相当するため、この温度範囲においては温度変化に対して何らかの方策を講じないと1mm以下の亀裂進展が検出できない。
一方、一定温度においては表面波の到達時間は安定しており、亀裂深さ変化を測定できると考えられる。温度500℃において、傾斜スリット試験体2への照射位置をスリット深さ3.6mmの位置から深さ4.3mmの位置に変えた場合の表面波波形を図15に示す。ここでは擬似的なスリット深さaの増加によって0.3μsの時間遅れが生じており、この値は図10の結果と概ね一致する。
(2−4 温度変化の補正方法)
表面波の伝播時間の温度依存性を補正するためにスリット1を透過する迂回波4と透過しない参照波5を用いる方法を発明した。この発明の概念を図16に示す。ここではレーザ装置6を2台用いて2つの表面波(迂回波4,参照波5)を発生させた。迂回波4を励起させるパルスレーザ光3(図16中、発生用レーザ1)はレーザ干渉計7の測定用レーザ光24(図16中、測定用レーザ)に対して亀裂1をまたぐ形で照射し、参照波5を励起させるパルスレーザ光3(図16中、発生用レーザ2)は亀裂1をまたがない形で照射する。測定領域(発生用レーザ1と測定用レーザの照射位置の間、即ち励起点13と測定点15との間)において試験体2の温度が一定であれば、発生用レーザ1と発生用レーザ2によって発生させた表面波は同速度で伝播する。つまり、温度上昇(下降)による時間遅れの増加(減少)は2つの表面波に同様に現れる。一方、亀裂1が進展した場合は深さaの増加による時間遅れが発生用レーザ1で発生させた迂回波4にのみ現れる。よって、試験体2に温度変化が生じる場合、参照波5の伝播時間変化によって迂回波4の伝播時間を補正し、亀裂深さaにのみ依存する時間遅れΔtを算出することが出来る。
この補正方法を図16(c)に示す。まず、基準温度Trを決定し、参照波5と迂回波4の伝播時間t1(Tr),t2(Tr)を測定する。任意温度T(T>Trとする)において参照波5と迂回波4を測定すると、温度上昇に伴い時間遅れが生じる。ここで、温度Tにおける参照波5の伝播時間が基準温度Trにおける伝播時間と等しくなるように演算を行う(I)。同一の演算を迂回波4に対して行い(II)、補正伝播時間t1aを得る。この補正伝播時間t1aを基準温度Trにおける迂回波4の到達時間と比較することにより(III)、温度変化以外の要因による時間遅れΔtを得る。
以下、具体的な演算方法を示す。迂回波4と参照波5の伝播距離をそれぞれd1、d2とし、温度Tにおける伝播速度をV(T)とする。伝播距離d1は亀裂深さaに依存し、伝播距離d2は亀裂深さaとは無関係である。参照波5の伝播時間は基準温度Trにおいてt2(Tr)=d2/V(Tr)、温度Tにおいてt2(T)=d2/V(T)となる。ここで、f(T)=t2(T)/t2(Tr)=V(Tr)/V(T)と定義する。
f(T)はT=Trにおいてf(Tr)=1、T>Trの場合はf(T)>1となる。参照波5の伝播時間t2(T)をf(T)で除算すると、温度Tに関係なくt2(Tr)が得られるため、温度変化の影響を除去する効果がある。
次に、迂回波4の伝播時間をf(T)で除算することによって補正する。温度Tにおける迂回波4の伝播時間はt1(T)=d1/V(T)であり、補正値はt1*=t1(T)/f(T)=d1/V(Tr)となる。t1*に温度依存性はないため、任意の温度においても同じ値となる。基準温度Trにおける迂回波4の伝播時間はt1(Tr)=d1/V(Tr)であり、t1*と等しいことが分かる。
(2−5 補正方法の検証実験)
まず、傾斜スリット試験体2を対象に、図16(a)に示した配置で一定温度における表面波波形を測定した。照射位置を変えることによって異なるスリット深さaに対応する波形を得た。結果を図17に示す。参照波5の伝播時間はスリット深さaとは無関係で一定であり、一方迂回波4の伝播時間にはスリット深さaに応じて時間遅れが生じている。スリット深さaと参照波5および迂回波4の時間遅れの関係を図18に示す。
次に、この補正方法をケーシング部材試験体2に適用した。スリット深さ2mmのケーシング部材試験体2を室温から500℃まで昇温し、参照波5と迂回波4を測定した。得られた波形を図19に示す。参照波5に関しては時間1〜4μsにおいて直接到達波と時間5〜7μsにおいてスリット1からの反射波が観測された。スリット1からの反射波の方が伝搬距離が長いため温度に対する時間遅れがより顕著に表れている。よって、ここではスリット1からの反射波の伝播時間をもとに迂回波4の伝播時間を補正することとした。
図19に示した迂回波4の伝播時間(極大値に対応する時間)を図20に▲印で示す。伝播時間(到達時間)は室温〜500℃において約0.2μs変化している。参照波5の伝播時間の温度依存性をもとに室温を基準とした補正係数f(T)を求め、迂回波4の伝播時間を補正した結果を図20に▼印で示す。補正の結果、温度依存性は殆んど除去され、伝播時間の平均値はμ=11.19μs、標準偏差はσ=0.03μsとなった。統計的に97.5%有意とされるμ+2σ(片側検定)を伝播時間の有意な増加と解釈すると、 有意な時間遅れは0.06μsとなる。これはスリット深さaの違い0.22mmに相当する。よって、本手法によって温度変化による影響は0.2mm程度の亀裂進展が検知できるまで抑制できると考えられる。
次に、高温における迂回波4の伝播時間の安定性を調べるためにケーシング部材試験体2の温度を500℃で一定とし、30分にわたって迂回波4と参照波5を測定した。得られた波形を図21に、迂回波4の伝播時間を図22に示す。温度(500℃)とスリット深さa(2mm)が一定であるため、伝播時間は原理的には一定であるが、実際にはばらつきが生じている。30分間に得られた58波形における迂回波4の伝播時間の標準偏差はσ=0.04μsであり、前述のμ+2σ基準を適用すると亀裂深さaの増加の検知精度は0.30mmと見積もられる。
以上の結果から、2つの励起点13,14に励起用パルスレーザ光3を照射して参照波5と迂回波4を発生させ、参照波5の伝播時間を用いて迂回波4の伝播時間を補正することにより室温〜500℃の範囲において概ね0.3mm以上(ステンレス鋼などの鋼材の場合)の亀裂深さaの変動が捉えられることを示した。例えば、装置類の起動時における昇温中において亀裂進展が発生した場合、進展長が約0.3mm以上(ステンレス鋼などの鋼材の場合)であれば本発明によって検知可能であると考えられる。