しかしながら、特許文献1によれば、上糸張力設定レベルを示す数値は、操作ダイヤル117の外周面に表示されているため、上糸張力設定は操作ダイヤル117の一回転以内に制限される。これにより糸調子ばねを撓ますばね押さえ115の移動量も制限され、上糸張力をきめ細かく設定し難い。
また、上記の同じ理由により、所定の上糸張力最大値と最小値とを確保した状態では、操作ダイヤル117の操作量(回転量)に対して上糸張力は急激に変化すると共に、リードねじ部112aのリード角が増大して操作ダイヤル117の回転トルクが増大する。結果、ユーザが希望する上糸張力に調整し難いものとなる。
また、操作ダイヤル117の端面117bが外カバー102の開口部102aの端面102bに当接している。従って、端面117bと端面102bと間の摩擦力による操作ダイヤル117の回転トルクを低減するため、押さえばね116のばね荷重は糸調子ばね114のばね荷重より大幅に低減されている。このため、ばね押さえ115に作用する糸調子ばね114と押さえばね116に作用するばね荷重は糸調子ばね114のばね荷重により支配される。従って、ユーザが上糸張力を強くする方向に操作ダイヤル117を回転させるほど、糸調子ばね114が圧縮されて、ばね押さえ115に作用する糸調子ばね114のばね荷重は増大する。このため、ばね押さえ115の回転時、糸調子ばね114のばね荷重に抗してリードねじ部112aを移動させる力と、雄ねじと雌ねじ間の摩擦力とが増大して、ばね押さえ115の回転に要するトルク値が急激に高くなる。その結果、操作ダイヤル117の回転量に対する操作ダイヤル117の回転トルク変化が増大する。また、上糸張力の最小時における操作ダイヤル117の回転トルクは、上糸張力の最大時に比べて大幅に低いので、操作ダイヤル117の回転範囲において、操作ダイヤル117の中間位置(回転トルクの中間値)に対しアンバランスになる。以上により、ユーザが操作ダイヤル117の操作する際、張力設定操作がし難くなる。
また、ユーザの操作の不快感を解消するため、押さえばね116のばね定数を糸調子ばね114のばね定数程度にすると、最大上糸張力の操作ダイヤル117の回転トルクと最小上糸張力の操作ダイヤル117の回転トルクとがほぼ揃う。しかし、端面117bの摩擦力が増大して、異音が発生しユーザが不快感を受ける問題がある。
さらに、糸調子ばね114の自由長やばね定数、あるいは、ばね押さえ115の寸法には製作上のバラツキがある。このため、工場での組立時において上糸張力調整範囲の位置を決める微調整が必要となる。しかし、ミシン100はこの微調整機能を備えていないため上糸張力調整範囲の位置を決める微調整が困難である。
また、特許文献2によれば、糸調子駆動ギアと、糸調子調節ギアと、中間ギアと、タイミングベルトなどのコストの高い部品が必要で、構成も複雑であるので、糸張力調整装置のコストが高くなる問題がある。
そこで、本発明は上記した問題点に鑑みてなされたものであり、糸調子ダイヤル(操作ダイヤル)を操作する際、糸調子ダイヤルの操作量が一回転以上可能で、ダイヤル操作のトルク変化が緩やかであること。また、操作時に回転トルクも減少でき、トルクバランスも良く、きめ細かな上糸張力の調整が容易であること、また、コストも安く、組立時に上糸張力調整範囲の位置を容易に微調整できる上糸張力調整装置を備えたミシンを提供することを目的とする。
上記課題を解決するため、請求項1に記載の発明は、雄ねじ部を設けた軸と、雄ねじ部に螺合して螺合移動可能な張力設定作動部に設けた可動側張力表示マークと、軸の一端側に回転可能に装着され、回転を張力設定作動部の螺合移動に変換する変換機構を備えた糸調子ダイヤルと、軸の他端側に設けた固定側糸調子皿と、軸に挿入され固定側糸調子皿とで上糸を挟持する可動側糸調子皿と、可動側糸調子皿と張力設定作動部との間に設けられ、可動側糸調子皿と張力設定作動部とにそれぞれ反対方向の弾性力を付勢する糸調子ばねと、
糸調子ダイヤルと張力設作動定部との間に設けられ、糸調子ダイヤルと張力設定作動部とにそれぞれ反対方向の弾性力を付勢する操作安定ばねと、を有する上糸張力調整装置を備えたミシンであって、糸調子ダイヤルの回転により張力設定作動部を螺合移動させて、可動側張力表示マークの位置を決める固定側張力表示マークをミシンの固定部材に設ける。
また、請求項2に記載の発明は、張力設定作動部は、可動側張力表示マークを設けた張力表示部を備え、張力設定作動部に設けた設定側結合部と張力表示部に設けた表示側結合部とが係着すると共に、操作安定ばねの弾性力により張力表示部を押圧し表示側結合部と設定側結合部とを介して張力設定作動部が押圧され、設定側結合部と表示側結合部のうちいずれか一方は同一円周上軸方向に複数個設けられ、他方は円周上軸方向に複数個より少ない個数設けられ、設定側結合部と表示側結合部とが係着する複数個の組合せのうち少なくとも二組以上の組合せで、糸調子ばねの弾性力により押圧される張力設定作動部の面と、操作安定ばねの弾性力により押圧される張力表示部の面との間の距離が異なる。
また、請求項3に記載の発明は、張力設定作動部は、可動側張力表示マークを設けた張力表示部を備え、張力設定作動部に設けた設定側結合部と張力表示部に設けた表示側結合部とが係着すると共に、糸調子ばねの弾性力により張力表示部を押圧し表示側結合部と設定側結合部とを介して張力設定作動部が押圧され、設定側結合部と表示側結合部のうちいずれか一方は同一円周上軸方向に複数個設けられ、他方は円周上軸方向に複数個より少ない個数設けられ、設定側結合部と表示側結合部とが係着する複数個の組合せのうち少なくとも二組以上の組合せで、糸調子ばねの弾性力により押圧される張力表示部の面と、操作安定ばねの弾性力により押圧される張力設定作動部の面との間の距離が異なる。
また、請求項4に記載の発明は、上糸の張力が最大状態の糸調子ばねの弾性力と、上糸の張力が最小状態の操作安定ばねの弾性力とが等しく、上糸の張力が最大状態の操作安定ばねの弾性力と、上糸の張力が最小状態の糸調子ばねの弾性力とが等しく、且つ糸調子ばねのばね定数と操作安定ばねのばね定数とが等しい。
請求項1に記載の発明では、糸調子ダイヤルを回転させると、変換機構により、糸調子ダイヤルの回転は軸の雄ねじ部に螺合している張力設定作動部の回転と軸方向への移動(以後、螺合移動)とに変換される。張力設定作動部の軸方向への移動により、可動側糸調子皿を付勢している糸調子ばねのたわみ量が変化して、可動側糸調子皿を付勢する糸調子ばねの弾性力が変化する。これにより、固定側糸調子皿と可動側糸調子皿とで挟持している上糸と各々の糸調子皿との間の摩擦力が変化して、上糸の張力が変化する。そして、可動側張力表示マークと固定側張力表示マークとが、それぞれ張力設定作動部とミシンの固定部とに設けられているので、糸調子ダイヤルの回転により張力設定部作動が螺合移動して、表示溝は回転しながら軸方向へ移動する。従って、糸調子ダイヤルの回転操作量が一回転以上回転しても、表示溝の上糸張力を正しく表示できるので、糸調子ダイヤルの回転操作量が一回転以上可能な上糸張力調整装置を備えたミシンを提供できる。
この場合、糸調子ダイヤルが一回転以上回転可能であるので、張力設定作動部の軸方向の移動範囲が増大する。従って、上糸張力の最大値から最小値まで同じ範囲において、従来技術に比べて上糸の張力値をきめ細かく設定できる。
また、糸調子ダイヤルが一回転以上できるので、糸調子ダイヤルの回転操作量(回転量)に対する上糸張力の変化量は緩やかな特性になり、上糸の張力を希望値に容易に調整できる。
また、上記の理由により、糸調子ダイヤルの回転操作量に対する上糸張力の変化量が同じ下では、従来技術に比べて上糸張力の最大値を増大でき、張力調整範囲が広がると共に、厚い布を容易に縫製できる。
さらに、糸調子ダイヤルと張力設定作動部は1回転以上回転できるので、上糸張力の最大値が最小値まで従来技術と同じ範囲の場合、従来技術のばね押さえに比べて張力設定作動部の雄ねじ部のリード角を減少できる。これにより、糸調子ダイヤルの回転操作量に対する上糸張力の変化量が緩やかで、上糸張力の最大値を所定値に確保しつつ、張力設定作動部を螺合移動させる回転力を従来技術に比べて減少できるので、本発明の上糸張力調整装置を備えたミシンは糸調子ダイヤルの回転トルクが低減される。
以上により上糸張力の変化量が緩やかで糸調子ダイヤルの回転トルクが低減され、上糸張力のきめ細かな調整が容易で、張力調整範囲が広く、且つ上糸張力の最大値が大きく厚い布を容易に縫製可能な上糸張力調整装置を備えたミシンが提供できる。
また、従来技術の糸張力調整装置は、糸調子駆動ギアと、糸調子調節ギアと、中間ギアと、タイミングベルトなどコストの高い部品が必要で構成も複雑である。しかし、本実発明の上糸張力調整装置は、上記のコストの高い部品を使用せず構成も簡素であるので、本発明の上糸張力調整装置を備えたミシンのコストは低減される。
また、請求項2に記載の発明では、張力設定作動部は、可動側張力表示マークを設けた張力表示部を備え、張力設定作動部に設けた設定側結合部と張力表示部に設けた表示側結合部とが係着すると共に、操作安定ばねの弾性力により張力表示部を押圧し、表示側結合部と設定側結合部とを介して張力設定作動部が押圧される。これにより、設定側結合部と表示側結合部とが結合される。従って、張力表示部を押圧している操作安定ばねの弾性力に抗すると共に、この弾性力より大きな力を張力表示部に加えることにより、設定側結合部に結合されている表示側結合部は設定側結合部から離脱できる。
組立する際、表示側結合部を設定側結合部から離脱した状態にする。そして、設定上糸張力の下で、この上糸張力に対応するように固定側張力表示マークと可動側張力表示マークとの位置を合わせるため、設定側結合部と表示側結合部との結合の組合せを選定して、設定側結合部に表示側結合部を係着させる。そして、糸調子ばねの弾性力により押圧される張力設定作動部の面と、操作安定ばねの弾性力により押圧される張力表示部の面との間の距離が調整されるので、糸調子ばねの自由長と、ばね定数と、張力設定作動部と、固定側糸調子皿と、可動側糸調子皿の製作上の寸法のバラツキを吸収できる微調整が可能になる。結果、工場での組立時において必要な上糸張力調整範囲の位置を決める微調整機能を有する上糸張力調整装置を備えたミシンを提供できる。
また、請求項3に記載の発明では、張力設定作動部は、可動側張力表示マークを設けた張力表示部を備え、張力設定作動部に設けた設定側結合部と張力表示部に設けた表示側結合部とが係着すると共に、糸調子ばねの弾性力により張力表示部を押圧し、表示側結合部と設定側結合部とを介して張力設定作動部が押圧される。これにより、設定側結合部と表示側結合部とが結合される。従って、張力表示部を押圧している糸調子ばねの弾性力に抗すると共に、この弾性力より大きな力を張力表示部に加えることにより、設定側結合部に結合している表示側結合部は設定側結合部から離脱できる。
組立する際、表示側結合部を設定側結合部から離脱した状態にする。そして、設定上糸張力の下で、この荷重に対応するように固定側張力表示マークと可動側張力表示マークとの位置を合わせるため、表示側結合部と設定側結合部との結合の組合せを選定して、張力設定作動部の設定側結合部に張力表示部の表示側結合部を係着させる。そして、糸調子ばねの弾性力により押圧される張力表示部の面と、操作安定ばねの弾性力により押圧される張力設定作動部の面との間の距離が調整されるので、糸調子ばねの自由長と、ばね定数と、張力表示部と、張力設定作動部と、固定側糸調子皿と、可動側糸調子皿との製作上の寸法のバラツキを吸収できる微調整が可能になる。結果、工場での組立時において必要な上糸張力調整範囲の位置を決める微調整機能を有する上糸張力調整装置を備えたミシンを提供できる。
また、請求項4に記載の発明では、上糸張力が最大状態の糸調子ばねの弾性力と、上糸張力が最小状態の操作安定ばねの弾性力とが等しくFmaxで、上糸張力が最大状態の操作安定ばねの弾性力と、上糸張力が最小状態の糸調子ばねの弾性力とが等しくFminであり、且つ糸調子ばねのばね定数と操作安定ばねのばね定数とが等しい。そして、張力設定作動部には、糸調子ばねの弾性力F1と、弾性力F1に対し反対方向の操作安定ばねの弾性力F2との合力F=(F1−F2)が作用する。従って、上糸張力の最大状態および最小状態では、合力Fの絶対値は(Fmax−Fmin)になる。上糸張力の最大状態と最小状態の中間状態では、合力Fは0になる。即ち、糸調子ダイヤルの回転量に対する合力Fの絶対値は、上糸張力の最大状態および最小状態に対応する糸調子ダイヤルの回転角度において(Fmax−Fnin)、糸調子ダイヤルの回転角度範囲の中間値(上糸張力の中間状態)において0になる。従って、糸調子ダイヤルの回転量に対する合力Fの絶対値はV字形状をなし、糸調子ダイヤルの回転角度範囲の中間値に対してバランスしている。そして、糸調子ダイヤルを回転させる力は、合力Fに抗して張力設定作動部が軸の雄ねじ部を螺合移動するために要する回転力と、張力設定作動部(含む、張力表示部)と糸調子ダイヤルの自重に基づく摩擦力F0とがある。自重に基づく摩擦力F0は一定値であるので、糸調子ダイヤルの回転量に対する回転トルクTの絶対値は、合力Fと同様に、V字形状をなし、糸調子ダイヤルの回転角度範囲の中間値に対してバランスする。結果、本発明の上糸張力調整装置を備えたミシンは、上糸張力調整の際、ユーザが快適に上糸の張力を調整できる。
以下に、本発明の実施例について図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は本実施例に係る上糸張力調整装置を備えたミシンの糸調子ダイヤル付近の斜視図を示し、図2は図1に示す上糸張力調整装置の分解斜視図を示している。図1に示すように本実施例のミシン1は上糸張力調整装置5を備え、上糸張力調整装置5の軸11(図2、図3)の一端がミシン1の機枠2に固定されている。上糸張力調整装置5の糸調子ダイヤル19を図1における上方向または下方向へ回転させると、上糸張力調整装置5の張力表示部17が糸調子ダイヤル19の回転角度に比例して図1の左側または右側へ移動し、上糸の張力が調整される。そして、ミシン外郭3(固定部材)の開口部分の上部3bと下部3cには指示溝3a(固定側張力表示マーク)が表示され、張力表示部17には表示溝17d(可動側張力表示マーク)が表示され、指示溝3aの位置に合った表示溝17dが設定した上糸の張力になる。
図2に示すように上糸張力調整装置5は、糸調子皿12(固定側糸調子皿)と糸調子皿13(可動側糸調子皿)とに挟持さる上糸4(図3)の張力を調整する張力調整部10と、糸調子皿12に対し糸調子皿13を離間させて上糸4を着脱する糸緩め部30とを備える。
糸緩め部30は、糸緩め作用板31と止め輪32とを備え、糸緩め作用板31の穴31aをミシン1の機枠2に設けた軸2aに挿入して、軸2aに止め輪32を装着し、糸緩め作用板31の軸2aからの離脱を阻止している。そして、糸緩め作用板31の溝31bに押さえレバー6(図1)の先端よりリンクしたレバーの先端部分(図示せず)を配置する。これにより押さえレバー6を上方に移動させると、押さえレバー6の先端よりリンクしたレバーの先端部分が糸緩め作用板31の爪部31bに当接して、糸緩め作用板31が軸2aを回転中心に回動する。糸緩め作用板31が回動すると、糸緩め作用板31の作用点31dが糸調子皿13の外周側から突出した作用部13aに当接して、糸調子皿13と糸調子皿12との間に間隙が生じる。これにより上糸4を着脱できる。そして、押さえレバー6を元の位置に戻すと糸調子皿13は元の位置に戻る。
図3は、図2に示す上糸張力調整装置5の断面図を示し、図中(a)は上糸張力の最大設定状態、(b)は上糸張力の最小設定状態を示している。図2及び図3に示すように張力調整部10は、軸11と、糸調子皿12と、糸調子皿13と、ばね受け14と、糸調子ばね15と、張力設定ナット16と、張力設定ナット16(張力設定作動部)に備えた張力表示部17と、操作安定ばね18と、糸調子ダイヤル19と、糸調子ダイヤル19の円筒部19cの両端に設けた平座金20、20と、軸11の端部11c(一端)側の溝11dに装着される止め輪21とを備える。
糸調子皿12を装着した軸11の端部11b(他端)は機枠2に固定され、これにより糸調子皿12は、機枠2と軸11とにより挟着される。そして、軸11の中央部分には雄ねじ部11aが設けられ、雄ねじ部11aに螺合した張力設定ナット16と糸調子皿12との間の軸11には、順次糸調子皿13と、ばね受け14と、糸調子ばね15とが挿入されている。この状態において、糸調子ばね15の両端は、ばね受け14の面14aと張力設定ナット16の面16baに当接し、糸調子皿13はばね受け14を介して糸調子ばね15の弾性力(以後、ばね荷重)が付与される。これにより糸調子皿13が糸調子皿12に当接し、上糸4は糸調子皿12と糸調子皿13とに挟持される。そして、張力設定ナット16が回転されると、面14aと面16baとの間の距離L1が変化して、糸調子皿13を押圧する糸調子ばね15のばね荷重も変化し、上糸4と糸調子皿12、13との間の摩擦力が変化して上糸4の張力が変化する。即ち、摩擦力が増減すると、張力が増減する。
図4は、張力設定ナット16と張力表示部17との結合部の説明図で軸11を省略している。図中、(b)は(a)のBB断面を示し、図4(b)の細線の×印はノッチ凹部16e(設定側結合部)の谷部分を示す。尚、後述するノッチ凸部17c(表示側結合部)に噛合したノッチ凹部16eの谷部分は×印を削除している。図4(a)に示すように張力設定ナット16は、円筒部16aと、円筒部16aの内側同軸に設けた雌ねじ16dを備えたボス部16bと、円筒部16aとボス部16bとを繋ぐ円板部16cとにより形成されると共に、円筒部16aに内接する張力表示部17を備えている。ボス部16bの窪み部分の面16baは糸調子ばね15の端面が当接し、張力設定ナット16の雌ねじ16dは軸11の雄ねじ部11aに螺合する。
図5は、張力設定ナット16の円筒部16aの外周面の部分展開図である。図4に示すように円筒部16aの図4(a)における右端面には、C線(図4(b))を起線に右回りに中心角180°の範囲において、面16baからの距離Hが徐々に増加すると共に等ピッチ、複数個のノッチ凹部16eが設けられる。そして、これらの複数個のノッチ凹部16eにより一組のノッチ凹部の集合が形成される。図5に示すように張力設定ナット16の円筒部16aの外周面を展開した状態では、(円周長さ)/2の範囲(中心角180°)において、複数個のノッチ凹部16eの谷および山を結ぶ線は、それぞれ同じ傾きの直線をなす。そして円筒部16aの外周面は、中心角180°の範囲のノッチ凹部16eの集合が、180°ずれて二組配置されている(図4(b))。これにより円周上に角度180°ずれて、一対のノッチ凹部16e、16eが、複数個、円筒部16aの図4(a)における右端面に設けられている。一対のノッチ凹部16e、16eの面16baからの各々の距離H、Hは等しい。
図4(a)および(b)に示すように張力表示部17は、円筒部17aと、円筒部17aの内周面の軸方向の途中に環状円板部17bと、環状円板部17bの図4における左側へ延在し円筒部17aの内周面から僅か突起する一対のノッチ凸部17c、17cとを備える。一対のノッチ凸部17c、17cは、円筒部17aの内周面の互に180°ずれた位置に設けられると共に、一対のノッチ凸部17c、17cの各々の先端から面17baまでの各々の距離は等しい。環状円板部17bの窪み部分の面17baには、操作安定ばね18の端面が当接する。そして、張力表示部17の円筒部17aの図4における左側の内周面は、張力設定ナット16の円筒部16aの外周面に内接すると共に、張力設定ナット16の一対のノッチ凹部16e、16eと張力表示部17の一対のノッチ凸部17c、17cとが噛合する。このようにして、張力設定ナット16は張力表示部17を備える。ノッチ凸部17cが噛合するノッチ凹部16eが異なると、張力設定ナット16の面16baと張力表示部17の面17baとの距離L3は異なる。
ノッチ凹部16eとノッチ凸部17cとの噛合は、結合部7を形成する。結合部7により張力設定ナット16の回転が張力表示部17に伝達され、操作安定ばね18のばね荷重によりノッチ凸部17cを介してノッチ凹部16eが押圧されて、張力設定ナット16の軸方向の移動が張力表示部17に伝達される。これにより、張力設定ナット16が螺合移動すると一体となって張力表示部17も同じように回転しながら軸方向へ移動する。
図3に示すように軸11の雄ねじ部11aの図3における右側の端部には、平座金20と、糸調子ダイヤル19と、平座金20とがこの順に挿入される。そして糸調子ダイヤル19は、軸11の溝11dに装着した止め輪21により軸11からの離脱が阻止されると共に、軸11を中心に自在に回転できる。
張力表示ナット16に備えた張力表示部17の面17baと糸調子ダイヤル19の内側の面19bとの間には、糸調子ダイヤル19の円筒部19cの外周面をガイドにして、操作安定ばね18が設けられ、操作安定ばね18の両端面は面17baと面19bに当接している。そして、操作安定ばね18のばね荷重により糸調子ダイヤル19が押圧され、このばね荷重による摩擦力が糸調子ダイヤル19と平座金20との間に生じるが、平座金20に摺動材を使用することで摩擦力が大幅に低減される。
図6は、張力設定ナット16と糸調子ダイヤル19との取付けを説明する斜視図である。図7は、図3のAA断面図を示し、図中、操作安定ばね18を省略している。図3に示すように糸調子ダイヤル19には、円筒部19aと円筒部19cとの間にスライドレール19dが設けられている。図4、図6および図7に示すようにスライドレール19dは、張力表示部17の環状円板部17bに設けた円弧形状の長穴17bb(図7)と、張力設定ナット16の円板部16cに設けた穴16g(図4)とを貫通し、円筒部16aの内周面に設けたスライドレール溝16fに挿入される。そして、スライドレール19dとスライドレール溝16fとの嵌合により変換機構8が形成される(図6)。変換機構8より、糸調子ダイヤル19を回転すると、スライドレール溝16fがスライドレール19dをスライドして、張力設定ナット16は回転すると共に、糸調子ダイヤル19の回転角度に比例して糸調子ダイヤル19に対し軸方向に移動する。
尚、スライドレール溝16fは、張力設定ナット16に備えた張力表示部17に設けても良い。また、スライドレール19dを張力設定ナット16あるいは張力表示部17に設け、スライドレール溝16fを糸調子ダイヤル19に設けても良い。
次に、糸調子ダイヤル19の回転を停止させるストッパー機構について説明する。図2に示すように、機枠2には面2cから垂直に起立するストッパー2bが設けられ、ストッパー2bは糸調子皿12と、糸調子皿13およびばね受け14の各溝12a、13b、14bを通過してばね受け14の面14a(図3)から突出している。
図8は、張力表示部17の円筒部17aの外周面の部分展開図である。図8に示すように円筒部17aの端面17eは、展開すると円筒部17aの端面17i(図3、図4)に対して傾斜した直線形状に形成されている。これにより、図3および図4に示すように張力表示部17の円筒部17aの端面17eには、一回転する、つる巻線形状の切り欠け部分17fが形成され、切り欠け部分17fはストッパー2bに平行なストッパー面17g(図8の矢印間範囲W)を形成する。そして、張力設定範囲において、切り欠け部分17fの端面17iとストッパー2bの先端とには隙間が設けられている。糸調子ばね15のばね荷重を増加させる方向へ糸調子ダイヤル19を回転させていくと、図3(a)に示すように張力表示部17のストッパー面17gは、ストッパー2bに当接して糸調子ダイヤル19の回転は停止され、上糸張力が最大状態になる。
一方、糸調子ばね15のばね荷重を減少させる方向へ糸調子ダイヤル19を回転させていくと、図3(b)に示すように張力表示部17の端面17iが、糸調子ダイヤル19の面19bに当接して糸調子ダイヤル19の回転は停止され、上糸張力が最小状態になる。そして、糸調子ダイヤル19は、上糸張力の最小値から最大値までの回転角度360°(1回転)以上を確保される。尚、ストッパー2bは、糸調子皿13とばね受け14の各溝13b、14b(図2)が当接するすることにより糸調子皿13とばね受け14の回転を阻止する機能も兼ねている。
ここで、糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね定数は同じに設定される。また、上糸張力最大状態における糸調子ばね15のばね荷重F1maxと、上糸張力最小状態における操作安定ばね18のばね荷重F2maxは同じ値Fmaxに設定すると共に、上糸張力最小状態における糸調子ばね15のばね荷重F1minと、上糸張力最大状態における操作安定ばね18のばね荷重F2minも同じ値Fminに設定される。本実施例ではFmin=0に設定している。
図9は、上糸張力設定表示部の説明図である。図1、図3および図9に示すように上糸張力設定表示部は、張力設定ナット16に備えた張力表示部17とミシン外郭3とにより形成される。ミシン外郭3の開口部分の上部3bと、下部3cの外面とに基準となる指示溝3aが設けられている。また、張力表示部17の円筒部17aの外周面には一周する表示溝17dが複数本設けられている。表示溝17dは上糸張力設定レベルを示し、糸調子ダイヤル19を回転させて表示溝17dの位置を指示溝3aの位置に移動し、その表示溝17dがその時の上糸張力の設定値を示す。本実施例では、図3の左側の表示溝17dは最低値、右側の表示溝17dは最大値を示し、最低値と最大値の表示溝17dとの間に表示溝17dを3本設けているが、表示溝17dの本数はこれに限定されない。また、円筒部17aの外周面には一周する表示溝17dに代わり、数字あるいはイラスト等を設けても良い。
尚、本実施例では、指示溝3aがミシン外郭3に、表示溝17dが張力表示部17に設けられているが、指示溝3aを張力表示部17に、表示溝17dをミシン外郭3に設けても良い。即ち、張力表示部17の円筒部17aの外周面に一周する指示溝を設け、ミシン外郭3の上部3bまたは下部3cの少なくともいずれか一方に外面に表示溝が複数本設けられる。
また、図3、図4に示すように張力表示部17は、円筒部17aの端面17iから突出する微調整爪17jが設けられ、微調整爪17jは糸調子ダイヤル19の面19bに開口された円弧形状の溝19e(図1)を貫通し糸調子ダイヤル19から突出している。そして工場での組立時、設定上糸張力の下で、この上糸張力を実現する糸調子ばね15の荷重に対応する張力表示部17の表示溝17dが指示溝3aの位置にくるように、微調整爪17jを摘んで、張力設定ナット16の一対のノッチ凹部16e、16eに張力表示部17の一対のノッチ凸部17c、17cを噛合わせる。この微調整の際、糸調子ダイヤル19のスライドレール19dのあたりを避けるため、張力表示部17の環状円板部17bには、円弧形状の長穴17bb(図7)が設けられる。
尚、本実施例の上糸張力調整装置5は、張力表示部17に微調整爪17jを設けているが、微調整爪17jを設けず、円筒部16aにピン等を挿入して微調整する穴を設けたり、あるいは表示溝17dに治具を取付け微調整しても良い。
次に、本発明の実施例に係るミシン1の作動と効果について説明する。
押さえレバー6を図1における上方へ動かし、糸調子皿12と糸調子皿13との間に生じる間隙に上糸4を挿入し、押さえレバー6を元の位置に戻して、糸調子皿12と糸調子皿13とで上糸4を挟持する。次に、希望する上糸張力に設定するため、例えば、糸調子ダイヤル19を図1における上方向へ回転操作する。この回転操作により、変換機構8のスライドレール19dとスライドレール溝16fとを介して、張力設定ナット16は、ばね受け14方向へ回転しながら軸方向へ移動する。即ち、張力設定ナット16は、ばね受け14へ接近するように螺合移動する。上述の張力設定ナット16の螺合移動は、結合部7のノッチ凹部16eとノッチ凸部17cとを介して張力表示部17へ伝達され、張力表示部17も同じように、ばね受け14へ近づくよう、回転しながら軸方向へ移動する。これにより、糸調子ばね15の長さL1が短縮され、ばね受け14を介し糸調子皿13に作用する糸調子ばね15のばね荷重が増加し、糸調子皿12と糸調子皿13とに挟持されている上糸4と糸調子皿12、13との間の摩擦力も増大して、上糸4の張力が増加される。一方、操作安定ばね18の長さL2は伸長され、ばね荷重が減少する。
また、糸調子ダイヤル19を図1における下方向へ回転操作する。張力設定ナット16と張力表示部17は、上述と逆方向へ螺合移動する。これにより張力設定ナット16は、ばね受け14から離間するように軸方向へ移動する。これにより糸調子ばね15の長さL1が伸長され、ばね受け14を介し糸調子皿13に作用する糸調子ばね15のばね荷重が減少し、上糸4と糸調子皿12、13との間の摩擦力が減少し、上糸4の張力が減少する。この時、操作安定ばね18の長さL2は短縮されて、ばね荷重が増大する。以上により、ユーザは糸調子ダイヤル19を回転操作して、上糸4の張力を希望値に設定する。
ところで、従来技術のミシン100では、糸張力設定レベルを示す数値が操作ダイヤル117に表示されているため、上糸張力設定レベルの範囲は一回転以内に制限される。しかし本実施例のミシン1は、上糸張力設定レベル範囲の表示溝17dが張力設定ナット16に備えた張力表示部17の外周面に設けられているので、糸調子ダイヤル19の回転により張力設定ナット16が螺合移動して、表示溝17dは回転しながら軸方向へ移動する。従って、糸調子ダイヤル19の回転操作量が一回転以上回転しても、表示溝17dの上糸張力を正しく表示できるので、糸調子ダイヤル19の回転操作量が一回転以上可能な上糸張力調整装置5を備えたミシン1を提供できる。
糸調子ダイヤル19が一回転以上回転可能であるので、張力設定ナット16の軸方向の移動範囲が増大する。従って、上糸張力の最大値から最小値まで同じ範囲において、従来技術に比べて上糸の張力値をきめ細かく設定できる。
また、糸調子ダイヤル19の回転操作量が一回転以上可能になることにより、回転操作量に対する上糸張力の変化量は緩やかな特性になる。また、同じ理由により、従来技術に比べて上糸張力の最大値と最小値に至る上糸張力設定レベルの同じ範囲において、上糸張力をきめ細かく設定でき、上糸張力を容易に希望値に調整できる。さらに、糸調子ダイヤル19の回転操作量に対する上糸張力の変化量が同じ下では、従来技術に比べて上糸張力の最大値が増大するので、本実施例のミシン1は厚い布を容易に縫製できると共に、張力調整範囲が広がる。
さらに、本実施例の張力設定ナット16は1回転以上回転できるので、上糸張力の最大値から最小値まで従来技術と同じ範囲の場合、従来技術のばね押さえ115に比べて張力設定ナット16の雄ねじ部11aのリード角を減少できる。これにより、糸調子ダイヤル19の回転操作量に対する上糸張力の変化量が緩やかで、上糸張力の最大値を所定値に確保しつつ、張力設定ナット16を螺合移動させる回転力を従来技術に比べて減少できるので、糸調子ダイヤル19の回転トルクが低減される。
以上により、上糸張力の変化量が緩やかであると共に糸調子ダイヤル19の回転トルクが低減され、きめ細かな上糸張力の調整が容易で、張力調整範囲も広く、且つ上糸張力の最大値が大きく厚い布を容易に縫製可能な上糸張力調整装置5を備えたミシン1を提供できる。
また、張力設定ナット16の円筒部16aの端面には、糸調子ばね15が押圧する面16baからの距離が異なる複数のノッチ凹部16eから形成される一組のノッチ凹部16eの集合を同一円周上に角度180°ずらして設けている。これらの一対のノッチ凹部16e、16eに噛合する一対のノッチ凸部17c、17cが、張力表示部17の円筒部17aの内周面にから突起すると共に、同一円周上、角度180°ずらして設けられている。そして工場での組立時、設定上糸張力の下で、この上糸張力を実現する糸調子ばね15の荷重に対応する表示溝17dが指示溝3aにくるように、張力表示部17に設けた微調整爪17jを摘んで、張力設定ナット16の一対のノッチ凹部16e、16eに張力表示部17の一対のノッチ凸部17c、17cを噛合させる。従って、糸調子ばね15の自由長、ばね定数と、張力設定ナット16と、張力表示部17と、ばね受け14と、糸調子皿12、13の寸法の製作のバラツキを吸収する微調整が可能となる。結果、工場での組立時において必要な上糸張力調整範囲の位置を決める微調整機能を具備した上糸張力調整装置5を備えたミシン1を提供できる。
尚、本発明の実施例では、表示溝17dを表示した張力表示部17は張力設定ナット16に備えられ、組立時の上糸張力調整範囲の微調整のため、張力表示部17の円筒部17aの内周面が張力設定ナット16の外周面に内接されると共に、操作安定ばね18のばね荷重を利用してノッチ凹部16eとノッチ凸部17cとを結合させて張力設定ナット16を構成している。しかし、この構成に限定されることなく、例えば、張力設定ナット16の外周面に表示溝17dを表示した円筒形状の張力表示部の内周面を内接させ、張力表示部に止めねじを設けても良い。この場合、組立時の上糸張力調整範囲の微調整終了後、止めねじで張力表示部を張力設定ナット16に固定する。これにより張力設定ナットおよび張力設定ナットに備えられる張力表示部は、それぞれノッチ凹部16eとノッチ凸部17cとが不要になり、構成が簡素になる。また、止めねじによる固定手段以外に、接着による固定でも良い。さらには、表示溝17dを表示した張力表示部17に代わって、表示線を表示したシールを貼っても良い。
また、張力設定ナット16の外径を増大して外周面に直接、表示溝17dを設けても良い。この場合、張力設定ナット(張力設定部作動)の構成は簡素になるが、上糸張力の微調整機能は欠如される。
また、別の従来技術の糸張力調整装置は、糸調子駆動ギアと、糸調子調節ギアと、中間ギアと、タイミングベルトなどコストの高い部品が必要で構成も複雑である。しかし、本実施例の上糸張力調整装置5は、上記のコストの高い部品を使用せず構成も簡素であるので、上糸張力調整装置5を備えたミシン1のコストは低減される。
張力設定ナット16に作用する糸調子ばね15のばね荷重F1と操作安定ばね18のばね荷重F2の方向は反対方向であるので合力Fは、F=(F1−F2)となる。張力設定ナット16を回転させる回転力(以下、張力設定ナット16の必要回転力)は、合力Fの反対方向へ移動する場合と、合力Fと同じ方向へ移動する場合とがあり、各々の場合で若干値が異なる。以下、合力Fの反対方向へ移動する場合について説明する。
糸調子ダイヤル19の回転時には、設定ナット16の必要回転力と、糸調子ダイヤル19と端部11c側の平座金20間の摩擦力と、糸調子ダイヤル19と軸11間の摩擦力とが糸調子ダイヤル19に作用する。
張力設定ナット16の必要回転力は、張力設定ナット16に作用する糸調子ばね15のばね荷重F1と操作安定ばね18のばね荷重F2の合力Fに抗して(合力Fの反対方向へ)ねじ山を上がる力と、合力Fによって雌ねじ部16dと雄ねじ部11aとの間に生じる摩擦力Fμ1と、張力設定ナット16および張力表示部17の各自重に基づく各摩擦力を足し合せた摩擦力F01とがある。ここで、摩擦力F01は一定値である。糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね定数Kは等しく設定しているので、各ばね15、18の撓み量をそれぞれX1、X2とすると、F1=KX1、F2=KX2となる。摩擦力Fμ1は合力Fによって生じる。従って、張力設定ナット16の必要回転力は、合力Fによって生じる変動する駆動力と、張力設定ナット16および張力表示部17の自重に基づく一定値の摩擦力F01とになる。
上糸張力設定値の最大時において、糸調子ばね15と操作安定ばね18の張力設定ナット16に作用するばね荷重は、それぞれFmaxと0とに設定されている。上糸張力設定値の最小時において、糸調子ばね15と操作安定ばね18の張力設定ナット16に作用するばね荷重は、それぞれ0とFmaxに設定されている。
糸調子ダイヤル19と平座金20間の摩擦力は、糸調子ダイヤル19に作用する操作安定ばね18のばね荷重F2に基づくが、平座金20は径が小さく、更に糸調子ダイヤル19の径に比較して摩擦係数の低い摺動材を使用しているので張力設定ナット16のねじの摩擦力に比べて大幅に小さく無視できる。従って、糸調子ダイヤル19と平座金20間の摩擦力による糸調子ダイヤル19の回転トルクは無視できる。
糸調子ダイヤル19と軸11間の摩擦力F02は、糸調子ダイヤル19の自重に基づくので一定値である。以上により、上糸4の張力を調整する際、糸調子ダイヤル19を回転させるためには、摩擦力F01と摩擦力F02の合計の摩擦力(以後、自重による一定値の摩擦力F0)と、合力Fによって生じる変動する駆動力とによる回転トルクが必要である。
図10は、本実施例の糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重F1、F2、合力F、自重による一定の摩擦力F0(図(a))と、糸調子ダイヤル19の回転トルクT(図(b))、および本実施例と従来技術の回転トルクTとQの比較(図(c))とを示す図である。図11は、従来技術の糸調子ばね114、押さえばね116のばね荷重P1、P2および合力P(図(a))と、操作ダイヤル117の回転トルクQ(図(b))とを示す図である。図10、図11中、縦軸は、ばね荷重(実線)、合力(太実線)、摩擦力(破線)、および回転トルク(太実線)の各々は絶対値を示し、横軸は各ダイヤル19、117の回転角度を示し、この回転角度は上糸張力設定値に対応する。
糸調子ダイヤル19の回転角度の調整範囲を例えば0〜1080°(3回転)、従来技術の操作ダイヤル117の回転角度の調整範囲を0〜360°(1回転)とする。図10、図11の横軸の0°は本実施例と従来技術の上糸張力設定値の最大状態、360°は従来技術の上糸張力設定値の最小状態、1080°は本実施例の上糸張力設定値の最小状態における回転角度を示す。図10(a)に示すように、張力設定ナット16に作用する糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重F1とF2は、糸調子ダイヤル19の回転角度540°で等しくなる。そして張力設定ナット16に作用する糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重F1とF2の合力F=(F1−F2)の絶対値は、糸調子ダイヤル19の回転角度540°で最小値0、回転角度0°と1080°で共にFmaxになりV字形状をなす。図10(b)に示すように、糸調子ダイヤル19を回転させるために必要な回転トルクT(太実線)も、糸調子ダイヤル19の回転角度540°でTmin、回転角度0°と1080°とで共にTmaxになりV字形状をなす。糸調子ダイヤル19の回転トルクTminは、自重による一定値の摩擦力F0によるトルクである。糸調子ダイヤル19の回転トルクTは、張力設定ナット16に作用する糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重F1とF2の合力Fによる回転トルクと、回転トルクTminを足し合せた値である。尚、糸調子ダイヤル19の回転トルクTは糸調子ダイヤル19に作用する回転力に糸調子ダイヤル19の円筒部19aの半径を掛けて算出される。張力設定ナット16の必要回転力は、合力Fと、張力設定ナット16および張力表示部17の各自重と、雌ねじ部16dのリード角と、有効径およびねじの摩擦係数とから算出される。
一方、従来技術の操作ダイヤル117を回転させるためには、ばね押さえ115と操作ダイヤル117の各自重による各摩擦力を足し合せた一定の摩擦力P0と、糸調子ばね114と押さえばね116のばね荷重P1、P2の合力P=(P1―P2)によって生じる変動する駆動力に基づく回転トルクと、操作ダイヤル117と外カバー102との摩擦力とによる回転トルクが必要である。
操作ダイヤル117と外カバー102との摩擦力を低減するため、押さえばね116のばね定数とばね荷重P2は、糸調子ばね114のばね定数とばね荷重P1に比べ大幅に小さく設定されている。操作ダイヤル117と外カバー102との摩擦力は、押さえばね116のばね荷重による操作ダイヤル117の端面117bと外カバー102開口部102aの端面102bとの間に生じる。前述の理由と、操作ダイヤル117と外カバー102を摺動材などの摩擦係数の低い材料を使用することにより操作ダイヤル117と外カバー102との摩擦力は大幅に減少する。
ここで、本実施例の上糸張力調整装置5と従来技術の糸調子器110(上糸張力調整装置)とを比較するため、本実施例の張力設定ナット16の雄ねじ部16dと従来技術のばね押さえ115のねじ部の摩擦係数と、リード角および有効径とは、それぞれ等しものとする。また、本実施例の糸調子ばね15、操作安定ばね18と、従来技術の糸調子ばね114、押さえばね116のそれぞれの取付け荷重(各ばねの最小ばね荷重)を0とすると共に、本実施例と従来技術の合力の最大値FmaxとPmaxとが等しくFmax=Pmax、本実施例と従来技術の自重による摩擦力F0とP0とが等しくF0=P0とする。
図11(a)に示すように上記の条件の下、従来技術の糸調子器110において、上糸張力設定値が最大状態(回転角度0°)では、ばね押さえ115に作用する糸調子ばね114と押さえばね116のばね荷重P1、P2はそれぞれPmax(=Fmax)と0である。上糸張力設定値(回転角度360°)が最小時状態おいて、ばね押さえ115に作用する糸調子ばね114と押さえばね116のばね荷重はそれぞれ0、Psである。ばね荷重P1とばね荷重P2の合力Pは、回転角度0°で最大値Pmax(=Fmax)、回転角度360°に近い回転角度α°で最小値0、回転角度360°でPs(<Fmax)になり、PsはPmaxに比べて小さい。従って、合力Pは張力設定範囲において回転角度α°に関し非対称のV字形状でアンバランスになる。自重による一定の摩擦力P0(=F0)は、回転角度0°〜360°で一定である。
以上により、図11(b)に示すように操作ダイヤル117を回転さるための回転トルクQは、回転角度0°で最大値Qmax=Tmax、回転角度α°でQmin=Tmin、回転角度360°でQsになる。回転トルクQsは、回転トルクQmaxに比べて小さい値となり、回転角度0°〜360°の張力設定範囲において回転角度α°に関し非対称のV字形状でアンバランスになる。
図10(c)に示すように従来技術の糸調子器110では、上糸張力最大状態と上糸張力最小値状態との操作ダイヤル117の回転トルクの差ΔTは大きく、張力設定範囲において回転トルクが最小になる回転角度α°に対してアンバランスになるので、ユーザが上糸の張力を調整する際、不快感を受ける。しかし、本実施例の上糸張力調整装置5では上記の回転トルクの差ΔT=0で、張力設定範囲において回転トルクが最小になる回転角度540°に対してバランスしているので、上糸張力調整の際、ユーザは快適に上糸の張力を調整できる。
尚、張力設定ナット16が、合力Fと同じ方向へ移動する場合、合力Fと回転トルクTは、上述と同様に、回転角度0°〜1080°の張力設定範囲において回転角度540°に関し対称のV字形状でバランスしている。しかし、この場合は、ねじ山間の摩擦力が合力Fの反方向へ移動する場合に対して反対方向へ作用するため、合力Fの反方向へ移動する場合と比べて、合力Fと回転トルクTの値は多少減少する。
図12は本発明の改良実施例に係る上糸張力調整装置の断面図であり、図13は図12の張力設定ナットと張力表示部との結合部の説明図である。図12中、(a)は上糸張力最大状態、(b)は上糸張力最小状態を示す。また、図13(b)は図13(a)のDD断面を示し、図中の細線の×印はノッチ凹部41e(設定側結合部)の谷部分を示す。図12、図13において、図3および図4の同じ名称、同じ形状の部品は、図3および図4と同じ符番を付す。
図3の上糸張力調整装置5では、糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重とにより、それぞれ張力設定ナット16と、張力設定ナット16に備えた張力表示部17とが押圧されている。しかし図12の上糸張力調整装置40は、糸調子ばね15と操作安定ばね18のばね荷重とにより、それぞれ張力設定ナット41に備えた張力表示部42と、張力設定ナット41とが押圧される。
図12に示すように、張力設定ナット41は、軸11の雄ねじ部11aに回転と軸方向への移動が可能に螺合する。そして張力設定ナット41(張力設定作動部)は、外周面に円筒部42aの内周面が内接する張力表示部42を備えると共に、図13に示すように張力設定ナット41の複数個のノッチ凹部41eに張力表示部42の円筒部42aの内周面から突起するノッチ凸部42c(表示側結合部)に係着し結合部43を形成する。
張力設定ナット41の張力表示部42と糸調子さら13との間にはばね受け14を介在して糸調子ばね15が設けられ、糸調子ばね15のばね荷重により張力表示部42の面42baと、ばね受け14を介して糸調子皿13が押圧される。張力設定ナット41と糸調子ダイヤル19との間に操作安定ばね18が設けられ、操作安定ばね18のばね荷重により張力設定ナット41の端面41ca(面)と、糸調子ダイヤル19の面19bとが押圧される。
ノッチ凸部42cは、同一円周上、180°ずれて軸方向に一対、円筒部42aの内周面に設けられる。ノッチ凹部41eは、張力設定ナット41の図12における左端面、同一円周上に複数個設けられ、複数個のノッチ凹部41eは端面41caからの距離がそれぞれ異なり、一組のノッチ凹部41eの集合を形成する。一組のノッチ凹部41eの集合(図13(b)の中心角180°の範囲にあるノッチ凹部41e)は、同一円周上に角度180°ずらして設けられる。そして工場での組立時、糸調子ばね15の所定取付け荷重の下でこの荷重に対応する表示溝42d(可動側張力表示マーク)が指示溝3aにくるように、張力表示部42に設けた微調整爪42jを押し込んで、張力設定ナット41の一対のノッチ凹部41e、41eに張力表示部42の一対のノッチ凸部42c、42cを噛合させる。
糸調子ダイヤル19の回転を張力設定ナット41の螺合移動に変換する変換機構44は、糸調子ダイヤル19に設けたスライドレール19dと、張力設定ナット41に設けたスライドレール溝(図示せず)とから形成される。上糸張力調整装置40の他の構成は、図3の上糸張力調整装置5と同じである。そして糸調子ばね15のばね荷重により、順次、張力表示部42の面42baと、ノッチ凸部42cと、ノッチ凹部41eを介して、張力設定ナット41が押圧される。一方、操作安定ばね18のばね荷重により、直接、張力設定ナット41は押圧される。他の作用は、図3の上糸張力調整装置5と同じである。従って、上糸張力調整装置40を備えたミシン9は、上糸張力調整装置5を備えたミシン1と同じ効果を生じる。