JP2011023167A - イオントラップ装置 - Google Patents

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Abstract

【課題】待機状態から分析を開始するに際し、リング電極へ印加する矩形波電圧の振幅の僅かな変動を防止することにより、イオントラップからのイオン排出の時間ドリフトを軽減する。
【解決手段】或る分析終了時から次の分析までの待機期間中に、待機時周波数決定部72は、予め温度制御用データ記憶部73に格納されているデータを参照して、次に実行する分析の分析条件に対応した安定温度を求め、その安定温度を維持する駆動パルスの周波数f1を算出する。制御部7の制御の下に、タイミング信号発生部6は周波数f1の駆動パルスを生成してスイッチング素子43、44を交互にオンするように駆動する。このスイッチング動作により主電源部4の温度は次の分析時の安定温度に近い状態に維持されるため、次の分析が開始されても温度の変化は殆ど生じず、温度変化に起因するイオン排出の時間ドリフトは軽減される。
【選択図】図1

Description

本発明は、高周波電場の作用によってイオンを捕捉したりイオンを選択したりするイオントラップ装置に関し、さらに詳しくは、高周波電場を生成するための電圧として矩形波電圧を用いるイオントラップ装置に関する。
質量分析装置においてイオントラップは、高周波電場の作用によりイオンを捕捉して閉じ込めたり、特定の質量(厳密には質量電荷比m/z)を持つイオンを選別したり、さらにはそうして選別したイオンを開裂させたりするために用いられる。典型的なイオントラップは、後述するように、内面が回転1葉双曲面形状である1個のリング電極と、このリング電極を挟んで対向して配置された内面が回転2葉双曲面形状である1対のエンドキャップ電極とからなる3次元四重極型のイオントラップであるが、これ以外に、平行配置された4本のロッド電極から成るリニア型のイオントラップも知られている。本明細書では、便宜上、「3次元四重極型」を例に挙げてイオントラップの説明を行う。
従来の一般的なイオントラップでは、通常、リング電極に正弦波状の高周波電圧を印加することで、リング電極及びエンドキャップ電極で囲まれる空間にイオン捕捉用の高周波電場を形成し、この高周波電場によりイオンを振動させながら閉じ込めを行う。これに対し、近年、正弦波状の高周波電圧の代わりに矩形波電圧をリング電極に印加することでイオンの閉じ込めを行うイオントラップが開発されている(特許文献1、特許文献2、非特許文献1など参照)。この種のイオントラップは、通常、ハイ、ローの二値の電圧レベルを有する矩形波電圧が使用されることから、デジタルイオントラップ(DIT)と呼ばれる。
従来のアナログ駆動方式のイオントラップでは、正弦波状の高周波電圧を発生するためにLC共振器を用いており、正弦波電圧の振幅を変化させることにより捕捉可能なイオンの質量範囲を制御している。一方、デジタルイオントラップでは、2つの直流電圧を高速にスイッチングすることで矩形波状の高周波電圧を発生しており、その矩形波電圧の振幅を一定に維持したまま周波数を変化させることにより、捕捉可能なイオンの質量範囲を制御する。したがって、アナログ駆動方式に比べてリング電極に印加する高電圧の振幅が小さくて済むので、高周波電圧発生回路を低コストで構成することができる。また、電極間での不所望な放電の発生も回避できるという利点もある。
上記デジタルイオントラップにおいて、リング電極に印加される矩形波電圧の電圧レベルは±数百V〜±1kV程度と高く、またその周波数は数十kHz〜数MHzと幅広い。このような矩形波電圧を発生するために、高周波電圧発生回路は、電力用MOSFETなどの高速の半導体スイッチング素子により正の高電圧と負の高電圧とを切り替える構成となっている(特許文献2、非特許文献1参照)。こうした半導体スイッチング素子のスイッチング動作時には熱が発生するため、デジタルイオントラップ用の高周波電圧発生回路の温度はかなり高くなり、その温度はスイッチング動作の周波数に依存する。
上記のようなイオントラップを用いた質量分析装置では、従来一般に、分析を実行していない待機状態においては、イオントラップ内に残留している不所望のイオンを一掃するために、イオン捕捉時における通常の周波数範囲を大きく外れた低周波(例えば20kHz以下)の矩形波電圧がリング電極に印加される。そうした待機状態から分析が開始されると、リング電極に印加される矩形波電圧の周波数は高くなるため、高周波電圧発生回路の温度は待機状態のときよりも上昇する。このような温度変化に伴い、例えば半導体スイッチング素子のオン抵抗などの電気的特性が変化し、僅かではあるが矩形波電圧の振幅が変動する。そのため、分析時に矩形波電圧の周波数が低周波から高周波に切り替えられると、高周波電圧発生回路の温度が上昇して安定するまで矩形波電圧の振幅も徐々に変動する(つまりドリフトする)ことになる。
イオン源としてマトリックス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)を用いたイオントラップ質量分析装置では、レーザ光照射によるイオンの生成→イオントラップへのイオンの導入→イオンの捕捉(クーリング)→質量走査によるイオンの排出・検出、というプロセスを多数回繰り返し、それぞれ得られた質量プロファイルをコンピュータ上で積算処理することにより、S/Nの高い質量スペクトルデータを得るのが一般的である(特許文献3など参照)。質量走査の際に或る質量を有するイオンがイオントラップから排出されるタイミングは、矩形波電圧の周波数と振幅とに依存する。そのため、上記のように温度変化に起因して矩形波電圧の振幅が徐々に変化してしまうと、同一質量のイオン排出の時間が繰り返し分析時の分析毎に徐々にずれてしまう。こうしてずれが生じた質量プロファイルを積算した結果として、質量スペクトルの質量分解能は低下することになる。
上述したような質量走査によるイオン排出の時間ドリフトの影響を軽減するには、繰り返し分析の際に、時間ドリフトが収まるまで、つまり、高周波電圧発生回路の温度が或る程度安定した状態になるまで質量プロファイルを取得しない、という方法が考えられる。しかしながら、こうした方法では、サンプルが無駄に消費されてしまうことになるとともに、分析の繰り返し回数を増やす必要があるために測定のスループットが下がるという問題が生じる。
特表2007−527002号公報 特開2008−282594号公報 国際公開WO2008/129850号パンフレット
古橋、竹下、小河、岩本、ディン、ギルズ、スミルノフ、「デジタルイオントラップ質量分析装置の開発」、島津評論、島津評論編集部、2006年3月31日、第62巻、第3・4号、pp.141−151
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その主な目的は、高周波電圧発生回路の温度変化に伴うイオン排出の時間ドリフトの影響を軽減し、高い質量分解能の質量分析を実行するとともに測定スループットの向上を図ることができるイオントラップ装置を提供することにある。
上記課題を解決するために成された第1発明は、複数の電極からなるイオントラップと、該イオントラップの内部空間に高周波電場を形成するために、複数の電圧をスイッチング素子により切り替えることで発生した矩形波電圧を前記複数の電極の少なくとも1つに印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ装置において、
a)所定周波数の駆動パルスを生成して前記電圧発生部のスイッチング素子に供給するパルス生成手段と、
b)一連の分析の分析条件の下で想定される前記電圧発生部の温度を維持するために必要な前記駆動パルスの周波数を算出する待機時周波数算出手段を含み、一連の分析が終了して次の一連の分析を実行するまでの待機期間に、前記待機時周波数算出手段により算出された、前記次の一連の分析の分析条件の下で想定される前記電圧発生部の温度に応じた周波数の駆動パルスを生成するように前記パルス生成手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
上記分析条件は、例えばイオントラップに捕捉したい、又は分析したいイオンの質量範囲、質量分解能などの情報を含む。そのため、分析条件が相違すれば、分析実行時に電圧発生部からイオントラップを構成する電極に印加される矩形波電圧の周波数が相違し、そのために、その分析条件の下で分析を繰り返したときに電圧発生部が到達する(安定する)温度も相違する。そこで例えば、予め、分析条件又は分析の際の矩形波電圧の周波数(1又は複数の周波数)と電圧発生部の到達温度との関係を実測により調べておき、その温度を維持するために必要な駆動パルスの周波数を計算して、分析条件又は分析の際の矩形波電圧の周波数に対応付けて記憶部に格納しておくようにする。
そして、待機時周波数算出手段は、例えば或る一連の分析の分析条件が与えられると、上記記憶部に格納されている情報を参照して適切な駆動パルスの周波数を求める。或いは、分析条件又は分析の際の矩形波電圧の周波数と電圧発生部の到達温度との関係を記憶部に格納しておき、待機時周波数算出手段は、或る一連の分析の分析条件が与えられると、上記記憶部に格納されている情報を参照して待機時に維持する目標温度を求め、この温度が維持されるような駆動パルスの周波数を計算するようにしてもよい。
第1発明に係るイオントラップ装置では、或る一連の分析(1つのサンプルに対する繰り返し分析)が終了したあと、次の一連の分析を実行するまでの待機期間中に、その次の一連の分析における分析条件に応じて異なる周波数の駆動パルスが電圧発生部のスイッチング素子に供給される。それにより、次の一連の分析が開始されるまでの待機期間中にも、電圧発生部の温度は次の分析時の温度とほぼ同程度の温度に維持される。待機期間が終了して分析に移行したあとの電圧発生部の温度変化が小さくて済むため、電圧発生部で生成される矩形波電圧の振幅の変動も殆どない。これによって、繰り返し分析におけるイオン排出の時間ドリフトが軽減され、例えば1つのサンプルに対する繰り返し分析を行う際に分析の開始時点から得られる質量プロファイルを積算することができる。
また上記のような待機状態ではなくイオントラップ装置が起動されたときには、通常、電圧発生部の温度は低い状態であるため、例えば、上記第1発明に係るイオントラップ装置において待機期間に実行される制御を行っても、電圧発生部の温度が1回目の分析で想定される温度まで達するには或る程度時間を要する。そこで、1回目の一連の分析を実行するまでに電圧発生部の温度を十分に上げておくためには、次のような構成とするとよい。
即ち、上記課題を解決するために成された第2発明は、複数の電極からなるイオントラップと、該イオントラップの内部空間に高周波電場を形成するために、複数の電圧をスイッチング素子により切り替えることで発生した矩形波電圧を前記複数の電極の少なくとも1つに印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ装置において、
a)所定周波数の駆動パルスを生成して前記スイッチング素子に供給するパルス生成手段と、
b)稼働初期において、前記電圧発生部の温度をその稼働初期状態の温度から一連の分析の分析条件の下で想定される温度まで上昇させるために、相対的に高い周波数の駆動パルスを生成するように前記パルス生成手段を制御する制御手段と、
を備えることを特徴としている。
この第2発明に係るイオントラップ装置では、当該装置の稼働初期、具体的には例えば電源が投入された直後には電圧発生部の温度はほぼ周囲温度と同程度であるが、制御手段の制御の下にパルス生成手段は相対的に高い周波数の駆動パルスを生成し、電圧発生部のスイッチング素子は高い周波数でオン・オフ動作する。ここで、「相対的に高い周波数」とは、一般的に分析で使用される周波数範囲の中で高い周波数、又はその周波数範囲よりも高い周波数を意味する。電力用MOSFETなどのスイッチング素子を駆動する駆動パルスの周波数が高いほど発熱量は多くなるから、それだけ電圧発生部の温度を迅速に上昇させ、一連の分析の分析条件の下で想定される温度に近づけることができる。
第2発明に係るイオントラップ装置の一態様として、前記制御手段は、前記電圧発生部の温度をその稼働初期状態の温度から一連の分析の分析条件の下で想定される温度まで上昇させるために必要な、前記駆動パルスの周波数及び該駆動パルスを供給する時間を算出する初期駆動条件算出手段を含む構成とするとよい。
この構成では、第1発明と同様に、分析条件又は分析の際の矩形波電圧の1乃至複数の周波数と電圧発生部の到達温度との関係を実測により予め調べた結果に基づいて、稼働初期状態の温度から上記到達温度まで迅速に温度を上昇させるのに必要な駆動パルスの周波数と該駆動パルスを供給する時間とを計算し、分析条件又は分析の際の矩形波電圧の周波数に対応付けて記憶部に格納しておく。そして、初期駆動条件算出手段は例えば或る一連の分析の分析条件が与えられると、上記記憶部に格納されている情報を参照して駆動パルスの周波数と時間とを求めるようにすることができる。
もちろん、第1発明に係るイオントラップ装置と第2発明に係るイオントラップ装置とは組み合わせることが可能であり、それによって、当該装置の稼働初期と、或る一連の分析と次の一連の分析との間の待機期間とのいずれにおいても、電圧発生部の温度を次に実行される分析時の温度に近い状態にすることができる。
第1及び第2発明に係るイオントラップ装置において、典型的に、イオントラップは、1個のリング電極と該リング電極を挟んで対向配置された1対のエンドキャップ電極とからなる3次元四重極型のイオントラップであるが、リニア型イオントラップであってもよい。3次元四重極型イオントラップの場合には、電圧発生部は高電圧である矩形波電圧をリング電極に印加し、それにより、特定の質量や質量範囲を有するイオンを効率よくイオントラップ内部空間に捕捉したり、イオントラップから排出したりすることができる。
第1発明及び第2発明に係るイオントラップ装置によれば、或る一連の分析の開始直前に、例えば電力用MOSFET等のスイッチング素子を用いた電圧発生部の温度を、その一連の分析における温度とほぼ同程度にすることができる。それによって、分析実行中における矩形波電圧の振幅の変動を抑えることができ、質量走査によりイオントラップからイオンを排出する際の時間ドリフトが軽減される。その結果、同一サンプルの繰り返し分析により得られる質量プロファイルを積算して質量スペクトルを作成する際に質量分解能が向上する。また、電圧発生部の温度を安定な状態にするために無駄な繰り返し分析を実行する必要がないので、サンプルの損失を抑えることができる。さらにまた、質量スペクトルに反映されない無駄な繰り返し分析を避けることで、測定のスループットも向上する。
本発明に係るイオントラップ装置を利用したイオントラップ質量分析装置の一実施例の要部の構成図。 本実施例のイオントラップ質量分析装置において質量分析のために実行される一連の処理(操作)の手順を示すフローチャート。 初期状態における温度安定化制御のフローチャート。 待機状態における温度安定化制御のフローチャート。 主電源部の温度変化の一例を示す概略図。
本発明に係るイオントラップ装置を用いたイオントラップ質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のイオントラップ質量分析装置の要部の概略構成図である。
本実施例によるイオントラップ質量分析装置は、目的試料をイオン化するイオン化部1と、イオンを質量(厳密には質量電荷比m/z)に応じて分離する3次元四重極型のイオントラップ2と、イオンを検出する検出部3と、を備える。
イオン化部1はマトリクス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)を用いたものであり、パルス状のレーザ光を出射するレーザ照射部11、目的試料成分を含むサンプルSが付着されたサンプルプレート12、レーザ光の照射によってサンプルSから放出されたイオンを引き出す引き出し電極13、引き出されたイオンを案内するイオンレンズ14、などを含む。もちろん、MALDI以外の他のレーザイオン化法やレーザ光を用いないイオン化法を用いても構わない。
イオントラップ2は、円環状の1個のリング電極21と、これを挟むように対向して配置された、入口側エンドキャップ電極22及び出口側エンドキャップ電極24と、から成り、これら3個の電極21、22、24で囲まれた空間がイオン捕捉領域となる。入口側エンドキャップ電極22の略中央にはイオン入射口23が穿設され、イオン化部1から出射したイオンはイオン入射口23を通過してイオントラップ2内に導入される。一方、出口側エンドキャップ電極24の略中央にはイオン出射口25が穿設され、イオン出射口25を通ってイオントラップ2内から吐き出されたイオンは検出部3に到達して検出される。
検出部3は、イオンを電子に変換するコンバージョンダイノード31と、コンバージョンダイノード31から到来する電子を増倍して検出する二次電子増倍管32とから成り、入射したイオンの量に応じた検出信号をデータ処理部8に送る。
イオントラップ2を駆動するための本発明における電圧発生部に相当する主電源部4は、第1電圧VHを発生する第1電圧源41と、第2電圧VL(VL<VH)発生する第2電圧源42と、第1電圧源41の出力端と第2電圧源42の出力端との間に直列に接続された第1スイッチング素子43及び第2スイッチング素子44と、を含み、両スイッチング素子43、44を直列に接続する結線から矩形波状の出力電圧VOUTが取り出され、リング電極21に印加される。また、補助電源部5は、エンドキャップ電極22、24にそれぞれ直流電圧又は矩形波状の電圧を印加する。第1電圧及び第2電圧は通常±数百V以上であってスイッチング素子43、44には高耐圧及び高速性が要求されるため、通常、これらスイッチング素子43、44には電力用MOSFETが用いられる。
本発明におけるパルス生成手段に相当するタイミング信号発生部6はハードウエアによるロジック回路であり、本発明における制御手段に相当する制御部7による制御の下に、第1スイッチング素子43及び第2スイッチング素子44のオン・オフを制御するための駆動パルスを生成して主電源部4に加えるとともに、例えばこれら駆動パルスの一方を適宜の分周比で分周したパルスを補助電源部5に加える。第1スイッチング素子43及び第2スイッチング素子44は交互にオンするように(但し、少なくとも同時にオンすることがないように)駆動される。第1スイッチング素子43がオンするとき第1電圧VHが出力され、第2スイッチング素子44がオンするときに第2電圧VLが出力されるから、出力電圧VOUTは理想的には、ハイレベルがVH、ローレベルがVLである矩形波電圧となる。タイミング信号発生部6によりスイッチング素子43、44を駆動するパルスの周波数が変更されると、振幅(電圧レベル)が一定に維持されたまま矩形波電圧の周波数が変化する。
制御部7はパーソナルコンピュータを中心に構成され、該パーソナルコンピュータに予めインストールされた制御/処理プログラムを実行することにより、その機能が達成される。制御部7は、特徴的な機能ブロックとして、本発明における初期駆動条件算出手段に相当する初期周波数/駆動時間決定部71、本発明における待機時周波数算出手段に相当する待機時周波数決定部72、温度制御用データ記憶部73、を含む。
図2は、本実施例のイオントラップ質量分析装置においてイオンを質量分析するために実行される一連の処理(操作)の手順を示すフローチャートである。ステップS1の初期状態は装置が起動された直後の状態であり、その後、待機状態に移行して分析の実行を待つ(ステップS2)。一連の分析の開始の直前に、イオントラップ2内に残留している不所望のイオンを排出する操作が実行され(ステップS3)、それから或る1つのサンプルに対する分析が実行される。
即ち、制御部7の制御の下にレーザ照射部11から短時間レーザ光を出射しサンプルSに当てる。レーザ光照射によりサンプルS中のマトリックスは急速に加熱され、目的成分を伴って気化する。この際に目的成分はイオン化される。発生したイオンはイオンレンズ14により形成される静電場によって収束され、イオン入射口23を経てイオントラップ2内に導入され、捕捉される(ステップS4)。レーザ光の照射時間はごく短時間であるためイオンの生成時間も短い。そのため、発生したイオンはパケット状にイオン入射口23に到達する。
それから、イオン導入に先立ってイオントラップ2内に導入したクーリングガスにイオンを接触させることでクーリングを行い(ステップS5)、その後に、イオン出射口25を通して、質量走査によりイオンを質量の順に排出する(ステップS6)。排出されたイオンは順次、検出部3で検出される。データ処理部8では1回の質量走査に対応して1つの質量プロファイルを取得する。イオントラップ2内に安定的に捕捉されるイオンの質量範囲はリング電極21に印加される矩形波電圧の周波数に依存するから、上記のようなイオントラップ2でのイオンに対する一連の操作の際に、タイミング信号発生部6は所定周波数の駆動パルスをスイッチング素子43、44に供給し、これに応じた周波数の矩形波電圧が主電源部4で生成されてリング電極21に印加される。
上述したように1回のレーザ照射で発生するイオンの量はあまり多くないため、ステップS7からS4へ戻って、ステップS4〜S6の操作を所定回数(例えば10回)繰り返す。データ処理部8では所定回数の質量プロファイルを積算して質量スペクトルを作成する。イオントラップ2は1つのサンプルに対する一連の分析が終了すると、次のサンプルの分析まで待機状態となる。
なお、図2に示したフローチャートでは、イオンをイオントラップ2内に導入する毎にイオンをイオントラップ2から排出し検出しているが、例えば国際公開2008/126383号パンフレット、国際公開2008/129850号パンフレットに開示されているように、多数回のレーザ光照射によりサンプルSから発生させたイオンを順次イオントラップ2内に導入し、捕捉しているイオンの量を増加させた後に、質量走査によりイオンをイオントラップ2内から排出して検出するようにしてもよい。
質量走査の際にはリング電極21に印加される矩形波電圧の周波数が走査されるが、その周波数の変化はスイッチング素子43、44の温度変化に比べて十分に速く、また1つサンプルに対する繰り返しの分析は同一分析条件の下で行われるから、繰り返し分析の分析条件に対応して主電源部4が到達する温度はほぼ決まる。そこで、分析対象のイオンの質量範囲などの分析条件と主電源部4が到達する安定温度との関係を予め測定しておき、その関係を示すデータを温度制御用データ記憶部73に格納しておくようにする。
ここで問題としている温度はそれほど厳密なものではないので、スイッチング素子43、44の個体差などは殆ど無視できる。したがって、上記の分析条件と安定温度との関係を示すデータは、装置の製造メーカが予め測定して、例えばフラッシュROMなどである温度制御用データ記憶部73に格納しておけば十分である。なお、分析条件と安定温度との関係でなく、分析対象であるイオンの質量範囲(又は特定のイオンの質量)と安定温度との関係としても同様である。
次に、本実施例のイオントラップ質量分析装置における特徴的な制御動作である温度安定化制御について図3〜図5を用いて説明する。
図3は図2中の初期状態における温度安定化制御のフローチャートである。初期状態では、スイッチング素子43、44を含む主電源部4の温度は周囲温度(室温)とほぼ同じであるとみなせる。
制御部7において初期周波数/駆動時間決定部71は、1回目に実行する、つまり最初のサンプルに対する一連の分析の分析条件を抽出し(ステップS11)、温度制御用データ記憶部73を参照して上記分析条件に対応した安定温度T1を求める(ステップS12)。そして、予め想定した初期温度T0と安定温度T1との差から、その安定温度T1に達するのに適切な駆動パルスの周波数f0及び駆動時間t0を算出する(ステップS13)。初期状態の温度安定化制御では、できるだけ迅速に温度を上昇させることが目的であるから、駆動パルスの周波数f0はスイッチング素子43、44などの回路が対応できる範囲で、できるだけ高い周波数を選択するとよい。
駆動パルスの周波数と駆動時間とは例えば次のように算出するものとすることができる。駆動パルスの周波数f0は上記のような制約の下に、例えば1MHzと予め決めておく。そして、その周波数f0の駆動パルスでスイッチング素子43、44を駆動したときの主電源部4の温度上昇速度ΔTを予め測定しておき、初期温度と安定温度との温度差から駆動時間を算出する計算式を求め、これを初期周波数/駆動時間決定部71に保持しておく。実際の測定時に、初期周波数/駆動時間決定部71は、上記のように初期温度T0と安定温度T1との温度差を求め、上記計算式に基づいて、その温度差から駆動時間t0を算出する。但し、極端な温度のオーバーシュートは避ける必要があるから、こうしたことを考慮した計算式を設定することが好ましい。
なお、初期温度T0は例えば30℃などと予め想定しておいてもよいが、主電源部4の近傍に温度センサを設置し、実際の初期温度を計測するようにしてもよい。また、上記のように温度のオーバーシュートを軽減するために、駆動パルスの周波数f0を1種類のみに定めるのではなく、当初は高い周波数として段階的に周波数を下げるようにして、主電源部4の温度上昇の度合いが徐々に緩やかになるようにしてもよい。
いずれにしても、初期周波数/駆動時間決定部71において初期周波数f0及び駆動時間t0が決まったならば、制御部7はそれに対応した駆動パルスを生成するようにタイミング信号発生部6を制御し、タイミング信号発生部6からスイッチング素子43、44に駆動パルスが供給される(ステップS14)。これにより、スイッチング素子43、44は通常の分析時よりも高速にスイッチング動作を行い、それによって大きな発熱を生じる。その結果、図5に示すように、主電源部4の温度は初期温度T0から急速に上昇し安定温度T1の近傍に達する。1回目の分析の前であっても、初期状態における上記のような温度安定制御が実施されたあとには次に説明するような待機状態の温度安定制御に移行する。
図4は図2中の待機状態における温度安定化制御のフローチャートである。待機状態では、制御部7において待機時周波数決定部72は、次に実行する一連の分析の分析条件を抽出し(ステップS21)、温度制御用データ記憶部73を参照して上記分析条件に対応した安定温度を求める(ステップS22)。ここではその安定温度がT2であるとする。そして、その安定温度T2を維持するのに適切な待機時周波数f1を算出する(ステップS23)。一般的には、この待機時周波数f1は次に実行される分析でイオンを捕捉する際に用いられる周波数とすることができる。
待機時周波数決定部72において待機時周波数f1が決まったならば、制御部7はそれに対応した駆動パルスを生成するようにタイミング信号発生部6を制御し、タイミング信号発生部6からスイッチング素子43、44に駆動パルスが供給される(ステップS24)。その結果、図5に示すように、主電源部4の温度は1回目のサンプル分析が終了したあとに、次のサンプルの分析の安定温度T2の近傍に達する。
なお、このように主電源部4の温度がほぼ安定した状態において、次のサンプルの分析の実行の直前に、イオントラップ2内に残留しているイオンを除去するべく、スイッチング素子43、44への駆動パルスの周波数は低周波(例えば20kHz以下)に下げられ、リング電極21に印加される矩形波電圧の周波数が下がる。このとき、スイッチング素子43、44のスイッチング動作は遅くなるが、残留イオン除去に必要な時間はたかだか数十m秒程度にすぎず、この程度の時間の間、駆動パルスの周波数を下げても主電源部4の温度変化は殆どない。したがって、次の分析を開始するときには、主電源部4はその分析に応じた温度に近い状態になっており、分析の当初から時間ドリフトのない質量プロファイルを取得することができる。
上記実施例では、分析条件と主電源部4の安定温度との関係を予め測定しておき、その関係を利用して、目的の温度となるように駆動パルスの周波数やその駆動パルスを供給する時間を決めるようにしている。したがって、そうした制御の結果として主電源部4の温度が目的とする温度になることが必ずしも保証されるものではないが、上述したように、そもそも高精度な温度制御を行う必要はないため、実用上問題となることはない。但し、実際に、主電源部4の近傍に温度センサを設置し、制御部7がその温度センサによる検知温度を監視しながら、駆動パルスの周波数や駆動時間を適宜に修正するようにしてもよい。
また、上記実施例は一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜に、変形、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。例えば上記実施例は3次元四重極型のイオントラップであったが、デジタル駆動方式であれば、リニア型のイオントラップにも本発明を適用することができる。
1…イオン化部
11…レーザ照射部
12…サンプルプレート
13…引き出し電極
14…イオンレンズ
2…イオントラップ
21…リング電極
22…入口側エンドキャップ電極
23…イオン入射口
24…出口側エンドキャップ電極
25…イオン出射口
3…検出部
31…コンバージョンダイノード
32…二次電子増倍管
4…主電源部
41…第1電圧源
42…第2電圧源
43、44…スイッチング素子
5…補助電源部
6…タイミング信号発生部
7…制御部
71…初期周波数/駆動時間決定部
72…待機時周波数決定部
73…温度制御用データ記憶部
8…データ処理部

Claims (4)

  1. 複数の電極からなるイオントラップと、該イオントラップの内部空間に高周波電場を形成するために、複数の電圧をスイッチング素子により切り替えることで発生した矩形波電圧を前記複数の電極の少なくとも1つに印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ装置において、
    a)所定周波数の駆動パルスを生成して前記電圧発生部のスイッチング素子に供給するパルス生成手段と、
    b)一連の分析の分析条件の下で想定される前記電圧発生部の温度を維持するために必要な前記駆動パルスの周波数を算出する待機時周波数算出手段を含み、一連の分析が終了して次の一連の分析を実行するまでの待機期間に、前記待機時周波数算出手段により算出された、前記次の一連の分析の分析条件の下で想定される前記電圧発生部の温度に応じた周波数の駆動パルスを生成するように前記パルス生成手段を制御する制御手段と、
    を備えることを特徴とするイオントラップ装置。
  2. 複数の電極からなるイオントラップと、該イオントラップの内部空間に高周波電場を形成するために、複数の電圧をスイッチング素子により切り替えることで発生した矩形波電圧を前記複数の電極の少なくとも1つに印加する電圧発生部と、を具備するイオントラップ装置において、
    a)所定周波数の駆動パルスを生成して前記スイッチング素子に供給するパルス生成手段と、
    b)稼働初期において、前記電圧発生部の温度をその稼働初期状態の温度から一連の分析の分析条件の下で想定される温度まで上昇させるために、相対的に高い周波数の駆動パルスを生成するように前記パルス生成手段を制御する制御手段と、
    を備えることを特徴とするイオントラップ装置。
  3. 請求項2に記載のイオントラップ装置であって、
    前記制御手段は、前記電圧発生部の温度をその稼働初期状態の温度から一連の分析の分析条件の下で想定される温度まで上昇させるために必要な前記駆動パルスの周波数及び該駆動パルスを供給する時間を算出する初期駆動条件算出手段を含むことを特徴とするイオントラップ装置。
  4. 請求項1又は2に記載のイオントラップ装置であって、
    前記イオントラップは、1個のリング電極と該リング電極を挟んで対向配置された1対のエンドキャップ電極とからなる3次元四重極型のイオントラップであり、前記電圧発生部は矩形波電圧をリング電極に印加することを特徴とするイオントラップ装置。
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