JP5712886B2 - イオントラップ質量分析装置 - Google Patents

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Description

本発明は、高周波電場の作用によってイオンを捕捉するイオントラップを備えるイオントラップ質量分析装置に関し、さらに詳しくは、デジタル駆動方式のイオントラップを用いたイオントラップ質量分析装置に関する。
質量分析装置においてイオントラップは、高周波電場の作用によりイオンを捕捉して閉じ込めたり、特定の質量電荷比m/zを持つイオンを選別したり、さらにはそうして選別したイオンを解離させたりするために用いられる。典型的なイオントラップは、内面が回転1葉双曲面形状である1個のリング電極と、このリング電極を挟んで対向して配置された内面が回転2葉双曲面形状である一対のエンドキャップ電極とからなる3次元四重極型の構成であるが、これ以外に、平行配置された4本のロッド電極から成るリニア型の構成も知られている。本明細書では、便宜上「3次元四重極型」を例に挙げて説明を進める。
従来の一般的なイオントラップ、即ち、アナログ駆動方式のイオントラップでは、正弦波状の高周波電圧をリング電極に印加することで、リング電極及びエンドキャップ電極で囲まれる空間にイオン捕捉用の高周波電場を形成し、この高周波電場の作用によりイオンを振動させつつ該空間に閉じ込める。これに対し、近年、正弦波状の高周波電圧の代わりに矩形波電圧をリング電極に印加することでイオンの閉じ込めを行うイオントラップが開発されている(特許文献1、特許文献2、非特許文献1など参照)。この種のイオントラップは、通常、ハイ、ローの二値の電圧レベルを有する矩形波電圧が使用されることから、デジタル駆動方式イオントラップ或いは単にデジタルイオントラップ(Digital Ion Trap、以下「DIT」略す)と呼ばれる。
図7は従来のDIT駆動部の概略構成図、図8はこのDIT駆動部のタイミング図である。図7に示すように、イオントラップ3は1個のリング電極31と一対のエンドキャップ電極32、34とから成り、リング電極31には、正極側スイッチ53、負極側スイッチ54を介して正極側高電圧直流電源55、負極側高電圧直流電源56が接続されている。スイッチ53、54は電力用MOSFETなどの高耐圧スイッチング素子である。正極側スイッチ53及び負極側スイッチ54は、図示しない制御部から供給される正極側及び負極側制御信号(図8(a)、(b)参照)によりオン/オフ制御される。両スイッチ53、54が同時にオンすると短絡が生じるため、これを避けるべく、正極側制御信号がオンである期間と負極側制御信号がオンである期間との間には、両制御信号がいずれもオフである空白期間が設けてある。このような制御信号により、リング電極31に印加される矩形波電圧は図8(c)に示すように、正電圧Vdd、負電圧−Vdd、及び0電圧の3値波形となるように想像されるが、実際には両スイッチ53、54がオフの状態ではリング電極31に貯まった電荷の逃げ場がなくなるために電圧変化は殆ど発生せず、図8(d)に示すようになる。
図8から分かるように、リング電極31へ印加される矩形波電圧は、正極側制御信号がオンになった時点から負極側制御信号がオンになる時点までの期間TAが正電圧Vddを示し、負極側制御信号がオンになった時点から正極側制御信号がオンになる時点までの期間TBが負電圧−Vddを示す。したがって、期間TAと期間TBとが等しければ、矩形波電圧のデューティ比は50%になる。しかしながら、両制御信号のタイミングにずれが生じて期間TAと期間TBとが等しくなくなったり、或いは期間TAと期間TBが等しくても両スイッチ53、54のスイッチング特性(応答時間など)にばらつきが生じたりすると、矩形波電圧のデューティ比が50%からずれることになる。
DITにおいてリング電極31に印加される矩形波電圧のデューティ比が50%からずれると次のような不具合がある。
(1)矩形波電圧のデューティ比が変化すると、矩形波電圧の周波数等に変化がなくても、マシュー(Mathieu)方程式の安定解の条件に基づいて描かれるイオン捕捉のための安定領域図上の安定領域の形状が変化する(非特許文献2のFig.2参照)。それによって、高い質量電荷比を有するイオンが安定領域から逸脱し易くなり、イオントラップ内に捕捉できない状態になる。図9はDITを用いた質量分析装置によるマススペクトルの実測例であり、(b)は矩形波電圧のデューティ比が50%である場合、(a)はデューティ比が50%からずれた場合である。(a)では明らかにm/z600程度以上のイオンが検出されていないことが分かる。
(2)非特許文献2のFig.2に示されているように安定領域図上の安定領域の形状が変形すると、イオントラップにおける重要なパラメータであるq値とβ値との関係が変化する。その結果、イオントラップにおいて捕捉対象であるイオンの理論的な質量電荷比と実際に捕捉される質量電荷比とのずれが大きくなり、このずれの補正(マスキャリブレーション)が理論計算から外れてしまうことになる。
図10は矩形波電圧のデューティ比を50%から0.3%だけずらした場合におけるq値の補正量(変動量)を求めた結果である。もともとq値が大きい場合には補正量は小さく質量依存性も小さいが、q値が小さくなるに伴い補正量は大きくなり質量依存性も大きくなることが分かる。このずれが大きくなると、特に質量依存性が大きくなると、イオントラップ内に捕捉したい質量電荷比をもつイオンを正確に捕捉することが難しくなり、特にプリカーサイオンの選択性の低下などを引き起こすことになる。
上記図10を求める際に想定した0.3%のデューティ比ずれは、矩形波電圧の1周期の時間が600nsec(周波数では1.67MHz)である場合、時間にして僅か1.8nsecのずれにすぎない。この程度の僅かな時間のずれは、スイッチ53、54を動作させる制御信号を供給するための伝送線路に使用するドライバやバッファなどのICやスイッチ自体の特性の温度変化などによって容易に発生し得る。即ち、上述したようなマスキャリブレーションの問題はごく一般的に起こり得る問題であるといえる。
特表2007−527002号公報 特開2008−282594号公報
古橋、ほか6名、「デジタルイオントラップ質量分析装置の開発」、島津評論、島津評論編集部、2006年3月31日、第62巻、第3・4号、pp.141−151 リー(Won-Wook Lee)、ほか6名、「スタビリティ・オブ・イオン・モーション・イン・ザ・クゥアドルポール・イオン・トラップ・ドリブン・バイ・レクタンギュラー・ウェイブフォーム・ボルテージズ(Stability of ion motion in the quadrupole ion trap driven by rectangular waveform voltages)」、インターナショナル・ジャーナル・オブ・マス・スペクトロメトリー(International Journal of Mass Spectrometry)、230、2003年、p.65-70
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、DITを用いたイオントラップ質量分析装置において、リング電極等に印加される矩形波電圧のデューティ比が50%からずれることを防止することで高質量電荷比のイオンもイオントラップ内に確実に捕捉して、マススペクトル上での高質量電荷比ピークの消失を回避することを主たる目的としている。また、本発明の他の目的は、イオントラップのマスキャリブレーションの理論値からのずれを抑えることで質量選択性を向上させることができるイオントラップ質量分析装置を提供することである。
上記課題を解決するために成された本発明は、3以上の電極で囲まれる空間にイオンを捕捉するイオントラップを有し、前記3つ以上の電極のうちの少なくとも1つの電極にイオン捕捉用の矩形波電圧を印加するために、正電圧直流電源、負電圧直流電源、前記正電圧直流電源から出力される正電圧をオン・オフする正極側スイッチ、及び、前記負電圧直流電源から出力される負電圧をオン・オフする負極側スイッチ、を含み、前記正極側スイッチ及び前記負極側スイッチのオン時に各スイッチを経た正電圧及び負電圧を前記矩形波電圧として出力する矩形波電圧生成手段を具備するイオントラップ質量分析装置において、
a)前記少なくとも1つの電極に印加される矩形波電圧の正極側部分の面積を求める正極側波形面積算出手段と、
b)前記少なくとも1つの電極に印加される矩形波電圧の負極側部分の面積を求める負極側波形面積算出手段と、
c)前記矩形波電圧の正極側部分の波高値と負極側部分の波高値とが同一になるように、前記正電圧直流電源及び前記負電圧直流電源から出力される電圧をそれぞれフィードバック調整する波高値フィードバック調整手段と、
d)前記正極側波形面積算出手段による面積と前記負極側波形面積算出手段による面積との差がゼロになるように、前記正極側スイッチ及び前記負極側スイッチをそれぞれオン・オフ駆動する制御信号の少なくともいずれか一方の信号変化のタイミングを調整するフィードバック調整手段と、
を備えることを特徴としている。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置におけるイオントラップは、3次元四重極型イオントラップ又はリニア型イオントラップである。3次元四重極型イオントラップの場合、前記少なくとも1つの電極はリング電極である。一方、リニア型イオントラップの場合、イオントラップは中心軸を取り囲むように互いに平行に配置された4本のロッド電極からなり、中心軸を挟んで対向する2本のロッド電極が3次元四重極型イオントラップにおけるリング電極に相当し、別の2本のロッド電極が一対のエンドキャップ電極に相当する。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置において、正極側波形面積算出手段及び負極側波形面積算出手段はそれぞれ、正負両極性の矩形状波形から正極側のみ又は負極側のみの波形を抽出する整流手段と、抽出された正極側のみ又は負極側のみの矩形状波形を積分する(平滑化する)積分手段とを含む構成とすることができる。
また、正極側スイッチをオン・オフ駆動する矩形状の制御信号(正極側制御信号)の立ち上がり(又は立ち下がり)から負極側スイッチをオン・オフ駆動する矩形状の制御信号(負極側制御信号)の立ち上がり(又は立ち下がり)までの期間が矩形波電圧の正極側部分であり、負極側制御信号の立ち上がり(又は立ち下がり)から正極側制御信号の立ち上がり(又は立ち下がり)までの期間が矩形波電圧の負極側部分である場合、フィードバック調整手段は、正極側制御信号又は負極側制御信号の一方を他方に対して遅延させる遅延量を、正極側波形面積算出手段による面積と負極側波形面積算出手段による面積との差に応じて調整する構成とすることができる。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置では、周囲温度変化などの要因により例えば正極側スイッチと負極側スイッチのスイッチング特性に差が生じて矩形波電圧のデューティ比が50%である状態からずれると、正極側波形面積算出手段による面積と負極側波形面積算出手段による面積との差がゼロでなくなる。すると、フィードバック調整手段は、両面積の差がゼロになるように、つまり矩形波電圧の正極側部分の面積と負極側部分の面積とが等しくなるように、正極側制御信号又は負極側制御信号の少なくともいずれか一方の信号変化のタイミングを調整し、矩形波電圧のデューティ比が50%に戻るように変化させる。即ち、フィードバックループにより矩形波電圧のデューティ比を制御する。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置によれば、例えば3次元四重極型イオントラップのリング電極に印加する矩形波電圧のデューティ比を50%近傍に維持することができるので、マシュー方程式の安定解の条件に基づく安定領域図の変形を抑制し、高い質量電荷比をもつイオンもイオントラップ内に捕捉することができる。それにより、イオントラップ内に捕捉したイオンを質量分析することで得られたマススペクトル上で、高質量電荷比のイオンピークの消失を回避することができ、高質量電荷比範囲の検出感度を向上させることができる。
なお、一般に矩形波信号におけるデューティ比のずれを、遙かに高い周波数の矩形波信号を用いた計数、つまりは時間計測によって検出する方法が知られている。しかしながら、本発明のような装置では、デューティ比のずれに相当する時間は数nsec程度であり、これを時間計測により検出するためにはGHzレベル以上の動作クロック周波数を持つ検出回路が必要となり、実用的ではない。これに対し、本発明に係るイオントラップ質量分析装置では、矩形波電圧の正極側部分及び負極側部分の面積を求めてこれを比較しさえすればよいので、ハードウエア構成も簡単でありコストの点でも有利である。
一方、正電圧直流電源の出力電圧と負電圧直流電源の出力電圧との波高値(電圧値の絶対値)に差がある場合には、矩形波電圧の正極側部分の面積と負極側部分の面積とが等しくなるようにデューティ比が調整されるから、デューティ比は50%からずれることになる。換言すれば、デューティ比が50%から若干ずれることを許容すれば、矩形波電圧の正極側部分と負極側部分との波高値の若干の差があっても、安定領域の変形を或る程度回避して、高質量電荷比範囲の検出感度を高い状態に維持することができる。
ただし、矩形波電圧の正極側部分の波高値と負極側部分の波高値の差が大きくなると、マシュー方程式の安定解の条件に基づく安定領域内での動作点の変化が無視できなくなり、マスキャリブレーションがずれる現象は回避できなくなる。そこで、本発明に係るイオントラップ質量分析装置では波高値フィードバック調整手段が、前記矩形波電圧の正極側部分の波高値負極側部分の波高値とが同一の所定値になるように、前記正電圧直流電源及び前記負電圧直流電源から出力される電圧をフィードバック調整する

この波高値フィードバック調整手段の機能により矩形波電圧の正極側部分と負極側部分との波高値が同一になり、且つフィードバック調整手段の機能により、矩形波電圧のデューティ比が50%になるように調整される。これにより、マシュー方程式の安定解の条件に基づく安定領域図の変形が抑制されるとともに、その安定領域の中で捕捉の動作点の変化も抑制されるので、高質量電荷比のイオンの検出感度を高くしながら、イオントラップのマスキャリブレーションの理論値からのずれも抑えることができる。それにより、例えば特定の質量電荷比を持つイオンをプリカーサイオン等としてイオントラップ内に捕捉する際に、その質量選択性が向上する。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置の第1実施例であるDIT−TOFMSの概略構成図。 第1実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部の動作タイミング図。 第1実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部のブロック構成図。 本発明の第2実施例であるDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部のブロック構成図。 第2実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部の動作タイミング図。 第1実施例のDIT−TOFMSにおける高質量電荷比範囲の感度改善効果を示す実測のマススペクトル。 従来のDIT駆動部の概略構成図。 図6に示したDIT駆動部の動作タイミング図。 従来の質量分析装置において矩形波電圧のデューティ比が50%からずれた場合の不具合を示すマススペクトルの実測例。 従来の質量分析装置において矩形波電圧のデューティ比を50%から0.3%ずらした場合におけるq値の補正量を示す図。
本発明に係るイオントラップ質量分析装置の一実施例であるDIT−TOFMSについて、添付図面を参照して説明する。図1は第1実施例のDIT−TOFMSの概略構成図である。
第1実施例によるDIT−TOFMSは、目的試料をイオン化するイオン源2と、イオンを一時的に保持して質量分離、衝突誘起解離などのイオンに対する各種操作を実施する3次元四重極型のイオントラップ3と、イオントラップ3から排出されたイオンを質量分離して検出する飛行時間型質量分析計4と、を備える。
イオン源2におけるイオン化法は特に限定されず、試料が液体状である場合にはエレクロトスプレイイオン化(ESI)法や大気圧化学イオン化(APCI)法などの大気圧イオン化法が用いられ、試料が固体状である場合にはマトリクス支援レーザ脱離イオン化法(MALDI)などが用いられる。
イオントラップ3は、上述した通り、1個のリング電極31と、これを挟むように対向して配置された、入口側エンドキャップ電極32及び出口側エンドキャップ電極34と、からなり、これら3個の電極31、32、34で囲まれた空間がイオン捕捉領域となる。入口側エンドキャップ電極32の略中央にはイオン入射孔33が穿設され、イオン源2から出射したイオンはイオン入射孔33を通過してイオントラップ3内に導入される。一方、出口側エンドキャップ電極34の略中央にはイオン出射孔35が穿設され、イオン出射孔35を通ってイオントラップ3内から排出されたイオンが飛行時間型質量分析計4に導入される。
飛行時間型質量分析計4は、静電場によりイオンを反射させるリフレクトロン42が配置された飛行空間41と、該飛行空間41中を飛行して来たイオンを検出する検出器43とを含む。なお、イオントラップ3はそれ自体で質量分離の機能を持つから、イオントラップ3で質量分離したイオンをイオン出射孔35から排出し、直接、検出器で検出する構成としてもよい。
イオントラップ駆動部5は、制御部1の制御の下にイオントラップ3を駆動するためにリング電極31に後述する矩形波電圧を印加するものである。なお、イオントラップ3内でイオンを共鳴励振させたりイオンをイオントラップ3内から吐き出したりするためには、エンドキャップ電極32、34にも電圧を印加するが、それについては本発明の趣旨ではないので記載を省略している。
図3は第1実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部5のブロック構成図、図2はそのイオントラップ駆動部5の要部の動作タイミング図である。
例えばイオン源2からイオントラップ3内に導入されたイオンを捕捉する際には、CPU等を含む制御部1からイオントラップ駆動部5へ正極側制御信号及び負極側制御信号が供給され、これら制御信号に応じて生成された矩形波電圧がリング電極31に印加される。イオントラップ駆動部5は、正極側スイッチ53、負極側スイッチ54、正極側高電圧直流電源55、負極側高電圧直流電源56のほかに、2系統の可変遅延回路51、52、正極側整流回路57、負極側整流回路58、2系統の積分回路59、60、比較回路61、を備える。
正極側制御信号及び負極側制御信号は図8(a)、(b)に示される従来と同様の矩形波信号であり、これら各制御信号に可変遅延回路51、52でそれぞれ一定の遅延が加えられる。標準的には両制御信号に対する遅延量はゼロ又は同一であるが、後述するフィードバック制御によって正極側可変遅延回路51又は負極側可変遅延回路52のいずれかにおいて遅延量が変化する。可変遅延回路51、52を経た両制御信号は正極側スイッチ53、負極側スイッチ54に与えられ、それらスイッチ53、54をオン又はオフさせる。正極側スイッチ53がオンすると、正極側高電圧直流電源55から出力される電圧値がVddである正極側直流電圧がリング電極31に印加され、負極側スイッチ54がオンすると、負極側高電圧直流電源56から出力される電圧値が−Vddである負極側直流電圧がリング電極31に印加される。即ち、正極側部分の波高値がVdd、負極側部分の波高値が−Vddである矩形波電圧がリング電極31に印加される(図2(a)参照)。
上記矩形波電圧は正極側整流回路57及び負極側整流回路58にも並行して入力され、矩形波電圧の正極側部分と負極側部分とが別々に検出される(図2(b)、(d)参照)。正極側部分が抽出された信号は正極側積分回路59に入力され、平滑化されて図2(c)に示すような時間的な変化が非常に緩慢である正の直流信号となる。この直流信号の大きさ(電圧値)h1が矩形波電圧の正極側部分の面積値に相当する。他方、負極側部分が抽出された信号は負極側積分回路60に入力され、平滑化されて図2(e)に示すような時間的な変化が非常に緩慢である負の直流信号となる。この直流信号の大きさ(電圧値)h2が矩形波電圧の負極側部分の面積値に相当する。
積分回路59、60で得られる正負2つの直流信号は比較回路61に入力され、その大きさが比較されて大きさの差分に応じた信号、つまり誤差信号Δが出力される(図2(f)参照)。矩形波電圧の正極側部分の面積値と負極側部分の面積値とが等しければ、つまり矩形波電圧のデューティ比が50%であれば、誤差信号Δは0である。逆に、誤差信号Δが0でないことは矩形波電圧のデューティ比が50%からずれていることを意味しており、誤差信号Δの大きさはデューティ比のずれ量を反映し、誤差信号Δの極性はデューティ比のずれの方向(50%を基準にプラス方向であるかマイナス方向であるか)を反映している。そこで、この誤差信号Δが可変遅延回路51、52へとフィードバックされ、可変遅延回路51、52はフィードバックされた誤差信号Δの大きさ及び極性に応じて遅延量を調整する。
定性的に言うと、矩形波電圧の正極側部分の面積が負極側部分の面積に比べて大きく誤差信号Δが正である場合には、正極側可変遅延回路51の遅延量を増加させるか、負極側可変遅延回路52の遅延量を減少させる。これにより、スイッチ53、54の入力段階では、図8におけるTA期間は短く、その分だけTB期間が長くなるから、矩形波電圧の負極側部分が拡大するようにデューティ比が変化する。逆に、矩形波電圧の負極側部分の面積が正極側部分の面積に比べて大きく誤差信号Δが負である場合には、負極側可変遅延回路52の遅延量を増加させるか、正極側可変遅延回路51の遅延量を減少させる。これにより、スイッチ53、54の入力段階では、図8におけるTA期間は長く、その分だけTB期間が短くなるから、矩形波電圧の正極側部分が拡大するようにデューティ比が変化する。
比較回路61から可変遅延回路51、52へのフィードバックはデジタル的に行ってもよいしアナログ的に行ってもよい。デジタル的又はアナログ的のいずれにおいても、比較回路61で求まる誤差信号Δの大きさに応じて遅延量を変えるようにすることができる。このときの誤差信号Δと適切な遅延量との関係は予め実験的に決めておくことができるから、本装置を出荷する段階で製造メーカーが適切な関係を示すデータをメモリに格納しておけばよい。また、誤差信号Δと適切な遅延量との関係をキャリブレーションによって求めることができるようにしてもよい。
また、矩形波電圧のデューティ比が50%からずれる要因は周囲温度などの環境変化であることが多いため、一般的には、短時間の間に急激にデューティ比が50%から大きくずれることは考えにくい。即ち、多くの場合、デューティ比のずれは時間的に緩慢である。そのため、比較回路61で求まる誤差信号Δの大きさに応じた遅延量を与えるのではなく、誤差信号Δが所定の閾値以上である場合に遅延量を或る決まった量だけ増加又は減少させるようなフィードバック制御を行ってもよい。このような制御によれば、初期的に矩形波電圧のデューティ比のずれが大きい場合でも、フィードバック制御の繰り返しにより徐々に最適な状態に近づけることができる。
なお、図3に示した構成では、正極側可変遅延回路51、負極側可変遅延回路52の両方へ誤差信号Δをフィードバックさせているが、一方の遅延回路51又は52の遅延量を固定にして(或いは遅延回路を設けずに)、他方の遅延回路52又は51の遅延量のみを変化させる構成としてもよい。即ち、両制御信号の相対的な位相関係を変えることができさえすればよい。こうした目的から、制御信号自体の遅延量を変えるのではなく、制御信号の立ち上がり位置のみをずらすようにしてもよいが、通常、回路的には上記実施例で示した構成のほうが簡便である。
次に、本発明の第2実施例であるDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部の構成と動作について、図4、図5を参照して説明する。図4は本実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部のブロック構成図であり、図3に示したブロック構成と同一の構成要素には同一符号を付してある。また、図5は第2実施例のDIT−TOFMSにおけるイオントラップ駆動部の要部の動作タイミング図である。
このイオントラップ駆動部5の構成上特徴的であるのは、上記第1実施例において、予め決められた直流電圧を出力していた正極側高電圧直流電源55及び負極側高電圧直流電源56に代えて、正極側可変高電圧直流電源62及び負極側可変高電圧直流電源63が設けられている点、及び、これら可変高電圧直流電源62、63からの出力電圧の電圧値(波高値)をフィードバック制御するための回路が追加されている点である。
即ち、リング電極31に印加される矩形波電圧は、立ち上がり検出回路64、立ち下がり検出回路65及び2系統のサンプル/ホールド(S/H)回路68、69にも入力されている。立ち上がり検出回路64は、矩形波電圧の立ち上がりエッジを検出してパルス信号を生成し、正極側遅延回路66はそのパルス信号を一定量dだけ遅延させる(図5(b)、(c)参照)。他方、立ち下がり検出回路65は、矩形波電圧の立ち下がりエッジを検出してパルス信号を生成し、負極側遅延回路67はそのパルス信号を一定量dだけ遅延させる(図5(d)、(e)参照)。この遅延量dは矩形波電圧の1/4周期程度の時間に予め設定されている。
正極側S/H回路68は、正極側遅延回路66から出力されたパルス信号で矩形波電圧をサンプリングし、その値を次のサンプリング時点までホールドする。したがって、矩形波電圧の正極側部分の電圧値が確実にホールドされる。同様に負極側S/H回路69は、負極側遅延回路67から出力されたパルス信号で矩形波電圧をサンプリングし、その値を次のサンプリング時点までホールドする。したがって、矩形波電圧の負極側部分の電圧値が確実にホールドされる。正極側S/H回路68の出力は比較回路70で波高設定値と比較され、その差分に応じた誤差信号が正極側可変高電圧直流電源62にフィードバックされる。また、負極側S/H回路69の出力は比較回路71で波高設定値と比較され、その差分に応じた誤差信号が負極側可変高電圧直流電源63にフィードバックされる。波高設定値は例えば制御部1から設定されるが、例えばVdd、−Vddのように、典型的には絶対値が同一で極性のみが異なる波高設定値が比較回路70、71に与えられる。
これにより、正極側可変高電圧直流電源62及び負極側可変高電圧直流電源63の出力電圧は設定された波高設定値になるようにフィードバック制御される。そして、正極側可変高電圧直流電源62及び負極側可変高電圧直流電源63の出力電圧の絶対値が同一である条件の下で上述したように矩形波電圧の正極側部分の面積と負極側部分の面積とが等しくなるようにデューティ比が制御されるので、デューティ比はほぼ50%に維持されることになる。以上のように、この第2実施例の構成によれば、リング電極に印加する矩形波電圧の正極側部分の波高値と負極側の波高値とを等しくした状態で、そのデューティ比を50%にすることができる。それによって、高質量電荷比範囲の検出感度向上とマスキャリブレーションの理論値からのずれの抑制とを共に達成することができる。
上述したように、従来のDITを用いた質量分析装置では、矩形波電圧のデューティ比を50%から0.3%程度ずらしただけでも高質量電荷比範囲のイオンが検出できなくなる。これに対し、矩形波電圧の正極側部分の面積値と負極側部分の面積値とが等しくなるように一方の波高値を調整してマススペクトルを取得すると、マススペクトルは図6(a)から図6(b)に示すように変化する。この例では、m/z1000以上の範囲で検出感度が向上していることが分かる。この例はデューティ比を50%にしたものではないが、上記実施例で説明したように矩形波電圧の正極側部分の面積値と負極側部分の面積値とを等しくしており、デューティ比を50%にすることで矩形波電圧の正極側部分の面積値と負極側部分の面積値とを等しくしても同様に、高質量電荷比範囲の検出感度が改善されると考えられる。また、この例では、矩形波電圧の正極側部分の波高値と負極側部分の波高値とは若干相違しているが、このように両波高値が完全には一致しない場合であっても、矩形波電圧の正極側部分の面積値と負極側部分の面積値とが等しければ高質量電荷比範囲の検出感度の改善が可能であることが分かる。
なお、上記実施例では、イオントラップとして3次元四重極型イオントラップを用いたが、同様の原理でイオンの捕捉を実行可能なリニアイオントラップを用いたイオントラップ型質量分析装置にも本発明を適用でき、上述した効果を奏することは明らかである。
1…制御部
2…イオン源
3…イオントラップ
3…リング電極
31…リング電極
32…入口側エンドキャップ電極
33…イオン入射孔
34…出口側エンドキャップ電極
35…イオン出射孔
4…飛行時間型質量分析計
41…飛行空間
42…リフレクトロン
43…検出器
5…イオントラップ駆動部
51、52…可変遅延回路
53、54…スイッチ
55…正極側高電圧直流電源
56…負極側高電圧直流電源
57、58…整流回路
59、60…積分回路
61…比較回路
62…正極側可変高電圧直流電源
63…負極側可変高電圧直流電源
64…立ち上がり検出回路
65…立ち下がり検出回路
66、67…遅延回路
68、69…サンプル/ホールド(S/H)回路
70、71…比較回路

Claims (2)

  1. 3以上の電極で囲まれる空間にイオンを捕捉するイオントラップを有し、前記3つ以上の電極のうちの少なくとも1つの電極にイオン捕捉用の矩形波電圧を印加するために、正電圧直流電源、負電圧直流電源、前記正電圧直流電源から出力される正電圧をオン・オフする正極側スイッチ、及び、前記負電圧直流電源から出力される負電圧をオン・オフする負極側スイッチ、を含み、前記正極側スイッチ及び前記負極側スイッチのオン時に各スイッチを経た正電圧及び負電圧を前記矩形波電圧として出力する矩形波電圧生成手段を具備するイオントラップ質量分析装置において、
    a)前記少なくとも1つの電極に印加される矩形波電圧の正極側部分の面積を求める正極側波形面積算出手段と、
    b)前記少なくとも1つの電極に印加される矩形波電圧の負極側部分の面積を求める負極側波形面積算出手段と、
    c)前記矩形波電圧の正極側部分の波高値と負極側部分の波高値とが同一になるように、前記正電圧直流電源及び前記負電圧直流電源から出力される電圧をフィードバック調整する波高値フィードバック調整手段と、
    d)前記正極側波形面積算出手段による面積と前記負極側波形面積算出手段による面積との差がゼロになるように、前記正極側スイッチ及び前記負極側スイッチをそれぞれオン・オフ駆動する制御信号の少なくともいずれか一方の信号変化のタイミングを調整するフィードバック調整手段と、
    を備えることを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
  2. 請求項1に記載のイオントラップ質量分析装置であって、
    前記正極側波形面積算出手段及び負極側波形面積算出手段はそれぞれ、正負両極性の矩形状波形から正極側のみ又は負極側のみの波形を抽出する整流手段と、抽出された正極側のみ又は負極側のみの矩形状波形を積分する積分手段とを含み、前記フィードバック調整手段は、前記2つの積分手段の出力の差がゼロになるように、前記正極側スイッチ及び前記負極側スイッチをそれぞれオン・オフ駆動する制御信号の少なくともいずれか一方の信号変化のタイミングを調整することを特徴とするイオントラップ質量分析装置。
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