JP2010048193A - 内燃機関用ピストンリングの表面処理方法及び内燃機関用ピストンリング - Google Patents

内燃機関用ピストンリングの表面処理方法及び内燃機関用ピストンリング Download PDF

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Abstract

【課題】デポジットの堆積防止,側面凝着の防止,耐摩耗性の向上,シリンダ内壁との接触抵抗の低減,シリンダ内壁に対する攻撃性の低減等の効果を同時に得ることができる内燃機関用ピストンリングを得る。
【解決手段】鉄系合金製のピストンリング表面に,例えばチタン,スズ,亜鉛,タングステン,ジルコニア等の酸化により光触媒機能を発揮する金属元素(触媒化金属元素)を含む平均粒径20〜400μmの被膜形成用噴射粒体を噴射速度80m/s以上,又は噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させる。この噴射,衝突により,前記被膜形成用噴射粒体中の前記触媒化金属元素を前記ピストンリングの表面付近に拡散浸透させると共に酸化させて,前記ピストンリングの構成金属と酸化した前記触媒金属元素とが合金化した酸化被膜を形成する。
【選択図】図1

Description

本発明は内燃機関用ピストンリングの表面処理方法及び内燃機関用ピストンリングに関し,より詳細には,デポジットの堆積防止,側面凝着の防止,耐摩耗性の向上,シリンダ内壁との接触抵抗の低減,シリンダ内壁に対する攻撃性(シリンダ内壁の摩耗)の低減等の複数の効果を同時に得ることができる内燃機関用ピストンリングの表面処理方法及び前記方法により処理された内燃機関用ピストンリングに関する。
地球環境の悪化が深刻化する中,自動車等の動力源として使用される内燃機関(エンジン)においてもCO2等の温室効果ガスの排出を削減することが世界的に要請されている。しかも,今後,BRICSと称される国々に於いても自動車の急速な普及が予測されることから,このような環境対策は早急の課題である。
その一方で,自動車市場では低価格の自動車が好調な売れ行きを示す等,高価な浄化装置等の搭載が許されない情勢にあり,低コストで効果が高い環境対策技術の開発が求められている。
ここで,内燃機関より排出されるCO2ガスの排出量を低減しようとすれば,燃料の燃焼によって生じたエネルギーを効率的にピストンの往復運動に変換して効率的な運転を行えば良いことは明らかであるが,このような内燃機関の効率的な運転をピストンリングの改良等によって行おうとすれば,一例として図10に示す観点からピストンリングの改良を行うことが考えられる。
ブローバイガスの発生抑制(ピストンリングのシール性向上)
燃焼室内の燃焼ガスが多量に漏出する所謂「ブローバイガス」が発生すると,内燃機関の出力は大幅に低下し,効率的な運転を行うことはできない。
そのため,内燃機関を効率的に運転するためには,ピストンリングが好適なシール性を発揮していること,すなわち,シリンダ内壁及びリング溝に対する追従性を失わないことが必要である。
このような,シリンダライナの内壁及びリング溝に対するピストンリングの追従性が失われる原因としては,(1-1)デポジットの堆積や(1-2)側面凝着によってリング溝に対してピストンリングが固着する場合と,(1-3)ピストンリングやシリンダ内壁及びリング溝が摩耗する場合が考えられる。
デポジットの堆積
ピストンリングがシリンダ内壁及びリング溝に対する追従性を失う要因の一つとして,内燃機関の運転時に発生するデポジットの堆積によるピストンリングの固着がある。
すなわち,ピストンリングやこのピストンリングが嵌合されているリング溝にデポジットが堆積すると,やがてピストンリングがリング溝内に固着されてしまい,ピストンリングのシリンダ内壁及びリング溝に対する追従性が失われてブローバイガスが発生すると共に,シリンダ内壁及びリング溝に対する摩擦抵抗が増大してピストンの円滑な運動が阻害され,内燃機関の出力が低下する。
このようなピストンリングの固着を生じさせるデポジットの発生要因として,潤滑油と燃料の燃焼生成物が考えられる。
内燃機関内部の潤滑は,オイルパン内の潤滑油を潤滑油ポンプで汲み上げて内燃機関に設けた各部通路を介して圧送される。ピストン及びピストンリングとシリンダへの潤滑は,潤滑油供給通路からクランクシャフトとコンロッドを介してシリンダ内壁に吹き付けたり,潤滑油ジェットを介してピストンに吹き付ける等の各種方法があるがいずれの場合にもシリンダ内壁に付着した潤滑油は,ピストンリングで掻き落とされ,ピストンに形成されたリング溝を介して再び内燃機関のオイルパンに戻される。ここでの潤滑油は,過酷な条件にさらされた後の潤滑油であり劣化を免れず,脂肪族炭化水素の熱分解物がNOxと反応生成してスラッジが堆積する。また,エンジン内の燃焼時に発生する燃焼生成物,例えば芳香属炭化水素が酸化重合した生成物の影響等もデポジットの要因である。
ここで,リング溝に嵌合されたピストンリングは,その張力によって外周面をシリンダ内壁に圧接すると共に弾性変形することによりシリンダ内壁に対する追従性を発揮しているが,前述したようなデポジットがピストンリングやリング溝に堆積すると,ピストンリングはリング溝内で動くことができなくなってリング溝内に固着され,ピストンリングの主要の機能であるシリンダ内壁に対する追従性を失う結果,前述したようにブローバイガスの発生による出力低下やシリンダ内壁に対する摩擦抵抗が上昇して,内燃機関の出力が低下する。
このようなデポジットの堆積により生じる問題の解消は,一般には内燃機関の運転中に潤滑油によって堆積したスラッジを洗い流すことによって行っており,一例として,エンジン潤滑油に高温で流動性を持ち,デポジットの洗い流しに寄与する特定基油成分を配合することも提案されている(特許文献1参照)。
また,デポジットの剥離性がよいアルコキシドとオロアルキル基置換アルコキシドとを含有する溶液を塗布して焼成することによりピストンリングの表面に,デポジットの剥離が生じ易い被膜を形成することも提案されている(特許文献2)。
側面凝着
前述したデポジットの堆積によるピストンリングの固着の他,ピストンリングがリング溝に固着するその他の原因の一つとして,側面凝着と呼ばれる現象がある。
この現象によるピストンリングの固着は,ピストンリングの側面とピストンのリング溝表面とが強力に打ち付けられ合う高出力エンジンにおいて発生し易い現象である。
ここで,ピストンリングは,ピストンの往復動に伴ってリング溝の幅方向に移動するために,ピストンリングの側面と,リング溝表面とは,ピストンの往復動に伴って高温の状態で常に打ち付けられあっている。そのため,両者が打ち付けられた際,ピストンリングの側面に,リング溝の内壁を構成するアルミニウム合金が凝着する。
このようにして両者が凝着した状態から,ピストンの更なる往復動によってピストンリングが凝着を生じたリング溝表面より引き剥がされると,ピストンリングの側壁に凝着していたリング溝表面部分が剥離を起こしてアルミニウム小片が脱落する。
脱落したアルミニウム小片やリング溝の内壁に新たに現れたアルミニウム合金の新生表面は,ピストンの往復動に伴ってピストンリングの側面に更に打ち付けられて凝着,剥離を繰り返し,ピストンリングの側面にこれらが凝着してやがてピストンリングはリング溝内を動けなくなって固着される。
そのため,前述したデポジットの堆積によりピストンリングが固着した場合と同様に,ピストンリングはシリンダ内壁面に対する追従性を失うと共に,シリンダ内壁に対する摩擦抵抗が増大して内燃機関の出力を低下させる。
このようなピストンリングの側面凝着を防止する方法としては,ピストンリングの側面に化成処理によるリン酸亜鉛系被膜やリン酸マンガン系被膜を形成する方法がある。
また,カーボンブラック粒子を含む樹脂被膜をピストンリングの側壁に形成することにより,このような側面凝着を防止することも提案されている(特許文献3参照)。
ピストンリング又はシリンダ内壁の摩耗
なお,ピストンリング自体が使用により摩耗し,又は,ピストンリングと摺接するシリンダ内壁及びリング溝が摩耗した場合には,両者間の当たりに変化が生じ,この場合にもやはりピストンリングのシール性が低下してブローバイガスの発生による内燃機関の出力低下が起こる。
このようなシリンダ内壁との摺接に伴うピストンリングの摩耗を防止する方法としては,硬質クロムメッキ,窒化,イオンプレーティング,セラミック溶射等の方法によって,ピストンリングの表面全体や摺接面に対して硬質被膜を形成する方法が一般に採用されている。
しかし,このようなピストンリング側の高硬度化は,このピストンリングと摺接されるシリンダ内壁及びリング溝に対する攻撃力を高めることとなり,シリンダ内壁を摩耗させるという新たな問題を発生する。
摩擦抵抗の低下
なお,燃料の燃焼によって生じたエネルギーを効率的にピストンの往復運動に変換するためには,シリンダ内でピストンが円滑に動作できることも必要で,そのため,ピストンリングはシリンダ内壁に対して低い摩擦抵抗で摺接されていることが効果的である。
このような目的を達成するための方法として,現在,多くの自動車ではピストンリングの張力を下げる(シリンダ内壁に対する押圧力を低下させる)ことが行われている。
また,ピストンリングの外周摺動面に,耐摩耗性に優れた硬質クロムメッキ層を形成し,その上に更に,適度の硬度を有する錫−コバルト合金メッキ層中に,二硫化モリブデン,ボロンナイトライド又は四フッ化エチレン樹脂から成る固体潤滑剤粒子を分散させた層を形成することで,ピストンリングの耐摩耗性向上と低摩擦抵抗化を実現することも提案されている(特許文献4参照)。
この発明の先行技術文献情報としては,次のものがある。
特開2003−201496号公報(「0006」欄) 特開2000−27995号公報(「0009」欄) 特開2008−128482号公報(請求項1) 特開平5−203059号公報(請求項1,図1)
以上説明したように,内燃機関を効率的に運転するためにピストンリングに対しては上述したように種々の特性が要求される。
しかし,前述した従来技術にあっては,デポジットの堆積防止,側面凝着の防止,ピストンリングの摩耗防止,及び低摩擦抵抗の実現という個々の要請に対して応えることができたとしても,これらの問題を全て同時に解消し得る技術は存在していない。
そのため,上記問題を複数同時に解消しようとすれば,例えば前述した特許文献4に記載の従来技術のように,耐摩耗性の向上を目的とした硬質クロムメッキ層の形成と,この層の上に更に潤滑性の向上を目的として固体潤滑剤粒子を分散させた層を形成する等,各課題に対応した手段をそれぞれ組み合わせて1つのピストンリングに適用する必要があり,ピストンリングに要求される諸特性を満足するためには,多工程に亘る処理が必要となる。
しかも,前述した従来技術を組み合わせようとしても,一つの課題の解決が,他の課題の解決を阻害する場合もある。
例えば,前述したように,シリンダ内壁に対するピストンリングの摩擦抵抗を低減する目的でピストンリングの張力を低下させれば,シリンダ内壁に対するピストンリングの追従性は低下するのでシール性が低下し,前述したブローバイガスの発生によりエンジン出力が低下するおそれがある。
また,側面凝着を防止するための化成処理や被膜の形成は,堆積したデポジットの剥離性を悪化させる場合があり,潤滑油によるデポジットの洗い流し作用を阻害する場合もある。
更に,側面凝着を防止するために被膜を形成する場合,膜厚が厚くなればリング溝とピストンリング間の隙間を減少させてデポジットが堆積し易くなりピストンリングの固着も生じやすくなる。また,耐摩耗性向上と摩擦抵抗の低減を同時に得るために,硬質クロムメッキなどの硬質被膜上に,更に潤滑剤粒子等を分散した潤滑性被膜を形成する場合には,膜厚が厚くなるためにピストンリングの張力が増加する。このような問題を解消しようとすれば,形成する被膜の膜厚分を考慮したリング溝のサイズ,ピストンリングの肉厚,ピストンリングの外径とシリンダ内壁間の隙間調整等の見直しが必要となる等,設計段階からの大幅な改変が必要となる。
なお,前述した従来のデポジットの堆積防止方法は,堆積したデポジットを潤滑油によって洗い流すものであり,カーボンやオイルスラッジそのものを分解除去等するものではない。そのため,内燃機関の運転に伴って潤滑油中のカーボンやオイルスラッジの量が増大して潤滑油を汚し,潤滑油の定期的な交換が必要となると共に,潤滑油中に含まれるやオイルスラッジの量が増加すれば,それだけピストンリングやリング溝に対してデポジットが堆積し易くなり,デポジットの堆積という問題を根本的に解消するものとはなっていない。
そこで本発明は,上記従来技術における欠点を解消するために成されたもので,表面処理前後におけるピストンリングのサイズを殆ど変化させることなく,従って各部の設計変更が不要であると共に,ピストンリングの固着原因であるデポジットやオイルスラッジを分解除去することによりこれらの堆積のみならず,潤滑油の浄化をも行うことができ,しかも,側面凝着の防止,ピストンリングの耐摩耗性の向上とシリンダ内壁に対する攻撃性の低下,ピストンリングの低摩擦抵抗化といった,ピストンリングに求められる諸性能を同時に満足させることができる,ピストンリングの比較的簡単な表面処理方法を提供することにより,ブローバイガスの発生抑制や低摩擦抵抗化による内燃機関の出力の向上,ひいては内燃機関より排出されるCO2等の温室効果ガスの低減を目的とする。
上記目的を達成するために,本発明の内燃機関用ピストンリングの表面処理方法は,鉄系合金製のピストンリング表面に,例えばチタン,スズ,亜鉛,タングステン,ジルコニア等の酸化により光触媒機能を発揮する金属元素(触媒化金属元素)を含む平均粒径20〜400μmの被膜形成用噴射粒体を噴射速度80m/s以上,又は噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させることにより,
前記被膜形成用噴射粒体中の前記触媒化金属元素を前記ピストンリングの表面付近に拡散浸透させると共に酸化させて,前記ピストンリングの構成金属と酸化した前記触媒金属元素とが合金化した酸化被膜を形成することを特徴とする(請求項1)。
上記ピストンリングの表面処理方法において,前記酸化被膜の形成は,前記被膜形成用噴射粒体と圧縮窒素から成る混合流体の噴射により行うことができる(請求項2)。
更に,前記ピストンリングの表面処理方法において,前記酸化被膜の形成前に,前記ピストンリングの表面にセラミック系又は金属系の平均粒径20〜400μmの前処理用噴射粒体を噴射速度80m/s以上,又は噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させることにより,表面に微細な凹凸を形成する前処理を行うこともできる(請求項3)。
このような前処理を行う場合,前記前処理を,前記前処理用噴射粒体と圧縮窒素ガスから成る混合流体を前記ピストンリングの表面に噴射することにより行うものとしても良い(請求項4)。
また,本発明のピストンリングは,鉄系合金製のピストンリングの例えば表面から20μm以下の表面付近に,例えばチタン,スズ,亜鉛,タングステン,ジルコニア等の酸化により光触媒機能を発揮する触媒化金属元素の酸化物と,前記ピストンリングの構成金属とが合金化して形成され,かつ,表面から内部に入るに従って前記触媒化金属元素に対する酸素の結合量が欠乏する構造を有する酸化被膜を形成したことを特徴とする(請求項5)。
前記構成のピストンリングにおいて,前記酸化被膜中における前記ピストンリングの鉄成分の少なくとも一部を窒化させたものとしても良い(請求項6)。
更に,前記酸化被膜の表面には,油溜まりとなる微細な凹凸を設けるものとしても良い(請求項7)。
また,前記酸化被膜の下層には,前記ピストンリングの鉄成分が窒化して形成された窒化層を設けることができる(請求項8)。
以上説明した本発明の構成により,本発明の方法で表面処理されたピストンリングは,以下に示す顕著な効果を有する。
上記方法によって酸化被膜を形成することにより,前記酸化被膜はピストンリングの構成金属と,酸化した触媒金属元素とが合金化して形成されたものであるために,付着強度が高く剥離し難いものとすることができた。
また,この酸化被膜は,酸化により光触媒機能を発揮する金属の酸化物とピストンリングの構成金属が合金化して形成されたものであると共に,表面から内部に入るに従って触媒化金属元素に対する酸素の結合が徐々に欠乏する傾斜構造に形成されるために,このようにして形成された酸化被膜は,紫外線よりも長波長の可視光や熱によって活性化する光触媒として機能する。そのため,内燃機関のシリンダ内においても活性化し,ピストンリングと接触したカーボンやオイルスラッジを分解除去してデポジットの堆積を防止すると共に,潤滑油中に含まれるカーボンやオイルスラッジを分解除去して潤滑油を浄化して,潤滑油の寿命を向上することができた。
また,ピストンリングに形成された前記酸化被膜は,デポジットの分解除去のみならず,ピストンリングの側面に対するアルミニウム合金の凝着を防止する作用,シリンダ内壁に対する摩擦抵抗の低減作用,シリンダ内壁に対する攻撃性を低下する作用を有し,ピストンリングに対する前記被膜形成用粒体の噴射という比較的簡単な作業によって,ピストンリングに要求される前記複数の特性全てを同時に付与することができた。
しかも,上記表面処理によって形成される酸化被膜は,触媒化金属元素がピストンリングの表面付近に拡散浸透して合金化して形成されるものであるために,ピストンリングのサイズを殆ど変化させることなく形成することができた。
その結果,リング溝やピストンリングのサイズ変更等を伴うことなく,本発明の方法により表面処理されたピストンリングを装着するのみで,ブローバイガスの発生防止,低摩擦抵抗化に伴う内燃機関の効率的な運転が可能となり,CO2ガス等の温室効果ガスの発生を低減することができた。
被膜形成用噴射粒体を圧縮窒素との混合流体として噴射する場合には,被膜形成噴射粒体がピストンリングの表面に衝突した際,ピストンリングの鉄成分の一部が前記窒素ガスとの化学反応により窒化物を形成し,これによりピストンリングの表面強化が図れると共に,形成された酸化被膜がより一層剥離し難いものとなった。
前記酸化被膜の形成前に,ピストンリングの表面に前処理用噴射粒体を噴射・衝突させる前処理を行う場合には,この前処理によって触媒被膜形成前のピストンリング表面に多数の微細な凹凸を形成することができた。その結果,この微細な凹凸が形成されたピストンリングの表面に前述の酸化被膜を形成することにより,酸化被膜の表面にも微細な凹凸が形成され,この微細な凹凸が油膜切れの防止効果を持つ油溜まりとして機能し,上記方法で処理されたピストンリングのシリンダ内壁に対する摩擦抵抗をより一層低減させることができた。
なお,前記前処理の実施によりピストンリングに対しては,圧縮残留応力等のショットピーニングの効果を付与することができ,これによりピストンリングの高強度化を実現することができた。
前記前処理を,前処理用噴射粒体と圧縮窒素との混合流体の噴射により行う場合には,前述した効果に加え,噴射ガス中の窒素とピストンリングの鉄成分とを反応させて窒化を行うことができ,これにより酸化被膜の下層に窒化層を形成してピストンリングの更なる高強度化と,酸化被膜の付着強度の向上を図ることができた。
次に,本発明の実施形態につき以下説明する。
処理対象(内燃機関用ピストンリング)
本発明で処理対象とする内燃機関用ピストンリングは,内燃機関用のものであればガソリンエンジン,ディーゼルエンジン等の内燃機関の型式に限定されず,各種のものを対象とすることができる。
処理対象とする内燃機関用ピストンリングの材質は,鉄系合金であり,一般的なピストンリングの材質であるFC材,FCD材等の鋳鉄の他,鋼材製,SUS製のもの等,内燃機関用ピストンリングとして使用されている各種の鉄系合金製のものを対象とすることができる。
また,ピストンリングは,トップリング,セカンドリング等のコンプレッションリング,オイルリングのいずれも含み,これら全てに対して本発明の表面処理を行うこともでき,また,これらのうちの一部に対して行うものとしても良い。
オイルリングが上下一対のサイドレールと中間のエキスパンダによって構成されている場合には,これらのいずれ共に本発明による処理対象となり,このうちの一部又は全部に対して本発明の表面処理を行うこともできる。
処理方法
前述したピストンリングに対する処理は,以下の方法により行う。
前処理
前処理として,ピストンリングの表面に対して平均粒径20〜400μmの硬質粒子である前処理用噴射粒体を,圧縮気体により0.2MPa以上の噴射圧力,又は噴射速度80m/sec以上で噴射して衝突させ,ピストンリングの表面に微細に凹凸を形成する。
噴射する前処理用噴射粒体としては,SiC等のセラミック系,もしくはスチール(鋼)等の金属系のものを使用することができ,ピストンリングの表面に微細な凹凸を形成し得るセラミック系,金属系の粒体であれば各種のものを使用することができる。
前処理用噴射粒子の形状は特に限定されないが,好ましくは球状のものを使用する。
噴射に使用する圧縮気体も特に限定されないが,好ましくは,圧縮空気又は圧縮窒素を使用し,特に圧縮窒素の使用が好ましい。
このように前処理として前述した前処理用噴射粒体をピストンリングの表面に噴射,衝突させることにより,ピストンリングの表面には微細な凹凸が形成される。
このようにして前処理によってピストンリングの表面に微細な凹凸を形成しておくことにより,その後に形成される後述の酸化被膜の表面にも微細な凹凸が形成され,この凹凸が潤滑油の油膜切れを防止する機能をもつ油溜まりとして機能することにより摺動時の摩擦抵抗の低減効果をより向上させることができる。
また,前処理用噴射粒体との衝突によりピストンリングの表面には圧縮残留応力の付与等,ショットピーニングによる表面改質の効果を付与することができ,これにより母材となるピストンリングの耐久性を向上させる効果がある。
更に,前処理用噴射粒体の噴射に使用する圧縮気体として前述の圧縮窒素を使用する場合には,ピストンリングの母材中の鉄成分が粒体との衝突時による加熱により窒素と反応して窒化され,これによりピストンリングの耐久性,耐摩耗性等を向上させる窒化層がピストンリングの表面付近に形成され,この窒化層上に後述の酸化被膜を形成することができる(図2参照)。
なお,この前処理は,必ずしもピストンリングの全体に対して行う必要はなく,例えば油溜まりの形成が効果的なシリンダ内壁との摺接面であるピストンリングの外周側壁に対してのみ行う等,ピストンリングの一部に対して行うものとしても良い。
また,上述した前処理自体を省略して,前処理を行っていないピストンリングに対し直接,後述の酸化被膜の形成を行うものとしても良い。特に,後述する酸化被膜の形成に使用される被膜形成用噴射粒体がチタン,タングステン,ジルコニア等,比較的硬質の金属粒体である場合,前処理を省略して直接,酸化被膜の形成を行った場合であっても,これらの粒子の衝突によって酸化被膜の形成と同時にピストンリングの表面に微小な凹凸が形成され,また,残留応力の付与等のピーニング効果を同時に得ることができる。
酸化被膜の形成
酸化被膜の形成は,酸化によって光触媒機能を発揮する触媒化金属元素,例えばチタン,スズ,亜鉛,タングステン,ジルコニア等の金属元素を含む平均粒径20〜400μmの被膜形成用噴射粒体を,上記前処理後のピストンリング,又は前処理を行っていないピストンリングの表面に対して0.2MPa以上噴射圧力,又は,80m/sec以上の噴射速度で噴射して衝突させることにより行い,これにより表面から20μm以下の範囲に前記触媒化金属元素が酸化した状態でピストンリングの表面に拡散浸透し,ピストンリングの母材成分と触媒化金属元素の酸化物とが合金化した酸化被膜を形成することができる。
この酸化被膜の形成は,ピストンリングの外周全面に対して行う(図1,2参照)。
使用する被膜形成用噴射粒体は,前述したチタン,スズ,亜鉛,タングステン,ジルコニア等の酸化によって光触媒機能を発揮する触媒化金属元素のみによって形成された純金属の粒体であっても良く,又は,これらの触媒化金属元素を含む合金によって形成されたものであっても良く,更には,複数種類の上記触媒化金属元素を含むものであっても良い。
使用する被膜形成用噴射粒体の形状は特に限定されず,球状,多角形状,不定形のものが多数混在した状態の等,各種形状のものを使用することができる。
前述のように,酸化により光触媒機能を発揮する元素を含む被膜形成用噴射粒体をピストンリングの表面に衝突させると,衝突した被膜形成用噴射粒体は,ピストンリングの表面に衝突した後,弾き返される。
この衝突時,被膜形成用噴射粒体とピストンリング表面との衝突部分は,衝突時のエネルギーによって発熱し,被膜形成用噴射粒体中の触媒化金属元素が空気中の酸素と反応して酸化金属となってピストンリングの表面に溶着すると共にピストンリングの表面からから20μm以下の範囲に拡散浸透してピストンリングの母材と合金化して酸化被膜を形成する。
錫,亜鉛による酸化被膜は,酸化金属被膜の厚み方向の全域に亘って合金化が生じており,チタン,タングステン,ジルコニアによる被膜は,酸化金属被膜と母材(ピストンリングの構成金属)の界面部分において合金化が生じている。
このようにして形成された酸化被膜は,前述したように触媒化金属元素の酸化物と,ピストンリングの構成金属とが合金化することにより形成されたものであるために,ピストンリングの表面に対する付着強度が高く,シリンダ内壁面との摺接等によっても剥離が生じ難いものとなっている。
また,上記方法によって形成された酸化被膜は,前述の触媒化金属元素が酸化被膜の表面から内部に入るに従って酸素との結合状態が徐々に欠乏する傾斜構造を有し,この構造により一般的な酸化チタン等の光触媒とは異なり,紫外線(波長400nm未満)よりも長波長の可視光によっても光触媒としての機能を発揮し,更には熱によっても活性化して光触媒としての機能を発揮するものとなる。
前述した被膜形成用噴射粒体を噴射する際に使用する圧縮気体は特に限定されず,ブラスト加工に使用される既知の各種の気体を使用可能であるが,一例として圧縮空気又は圧縮窒素を使用することができ,好ましくは圧縮窒素を使用する。
圧縮窒素の使用は,前述したようにピストンリングの母材中の鉄成分の少なくとも一部を窒化させる作用があり,これによりガス窒化等の窒化処理を行った場合と同様,耐久性,耐摩耗性の改善が得られると共に,圧縮窒素を前記粒子の噴射粒体として使用することで,形成された酸化金属被膜の付着強度をより一層強固なものとすることができるという効果がある。
なお,このように圧縮窒素によって被膜形成用噴射粒体を噴射する場合,ピストンリング表面と被膜形成用噴射粒体との衝突部分における雰囲気中の窒素濃度は増加することになるが,ブラストガンより噴射された圧縮窒素は,噴射後,ブラストガン周辺の空気を巻き込んで空気と混合されると共に,圧縮衝突部分の周囲には空気が存在するために,この空気中の酸素によって被膜形成用噴射粒体中の触媒化金属元素を酸化させることができ,圧縮窒素によって噴射する場合には,ピストンリングの母材を構成する鉄成分の窒化と,触媒化元素の酸化のいずれともに得ることができるものとなっている。
作用等
前述した表面処理によって酸化被膜が形成された本発明のピストンリングは,これをピストンに設けたリング溝に嵌合して使用すると,このピストンリングによって,ピストンリングの外周側面がシリンダ内壁に摺接してシール性を発揮すると共に,シリンダ内壁に噴射等された潤滑油を掻き落として回収等する機能を発揮する点では従来のピストンリングと同様である。
また,金属の酸化により形成された酸化被膜は,元の金属に比較して大幅に硬度を上昇した硬質な被膜であることから,硬質クロムメッキや窒化等によって硬質被膜を形成した従来のピストンリング同様,酸化被膜がピストンリングの表面を保護する硬質被膜として機能する点では,硬質被膜の形成により耐摩耗性の向上等を図った従来のピストンリングと同様である。
しかし,上記方法によって酸化被膜が形成された本発明のピストンリングでは,一般的なピストンリングでは得られない下記の機能を発揮する。
デポジットの堆積防止,潤滑油の浄化
前述のようにピストンリングの表面に形成された酸化被膜は,ピストンリングを保護するための保護被膜として機能するのみでなく,可視光や熱によって活性化する触媒としての機能を有するものであることから,燃料の燃焼時の発光や熱によって活性化して触媒作用を発揮し,ピストンリングの表面に形成された酸化被膜と接触したカーボンや,このようなカーボン等をピストンリングの表面に付着させる接着剤としての作用を有するオイルスラッジ等を分解する機能を発揮する。
そのため,ピストンリングと接触し,付着,堆積しようとするカーボンやオイルスラッジは勿論,ピストンの往復運動に伴い,ピストンリングの側面がリング溝の側壁と衝突すると,リング溝側壁に付着したカーボンやオイルスラッジをも分解除去し,これによりピストンリング及びリング溝に対するデポジットの堆積が防止される。
また,本発明のピストンリングを装着することにより,ピストンリングによって掻き取られて回収される際に,潤滑油中に含まれるカーボンやオイルスラッジがピストンリングと接触することで分解され,これにより潤滑油自体を浄化することができ,その結果,ピストンリングやリング溝に対するスラッジの堆積の予防が行えると共に,潤滑油を浄化して潤滑油の寿命を延長させることができるものとなっている。
側面凝着の防止
また,ピストンが往復運動することに伴い,ピストンリングの側面は高温下でリング溝の内壁に打ち付けられることとなるが,上記酸化被膜を形成した本発明のピストンリングにあっては,ピストンリングとリング溝表面とが高温下で打ち付けられることによっても,ピストンリング側面に対してピストンを構成するアルミニウム合金が凝着し難いものとなっている。
その結果,このような側面凝着に伴いピストンリングがリング溝内で固着することを防止でき,高性能エンジンや長期に亘る使用によってもシリンダ内壁に対するピストンリングの追従性を維持できると共に,ピストンリングの固着に伴う摩擦抵抗の増大を防止することができる。
低摩擦抵抗の実現
さらに,前述した酸化被膜が形成された本発明のピストンリングにおいて,この酸化被膜には,シリンダ内壁との摺接の際の摩擦抵抗を減少させる効果があり,その結果,シリンダ内におけるピストンの動作が円滑となる。
耐摩耗性の向上及びシリンダ内壁に対する攻撃性の低下
さらに,前述した酸化被膜の形成により,本発明のピストンリングにあっては耐摩耗性が向上してシリンダ内壁との摺接に伴う摩耗量が減少する。
なお,ピストンリングの耐摩耗性を向上させるために硬質クロムメッキなどによってピストンリングの表面に硬質被膜を形成する場合には,摺接の相手方となるシリンダ内壁に対する攻撃性(シリンダ内壁の摩耗)を増加させるおそれがあるが,前述した酸化被膜が形成された本発明のピストンリングにあっては,ピストンリング自身の摩耗が低減されるだけでなく,摺接の相手方であるシリンダ内壁に対する攻撃性についても減少することができるものであった。
その結果,ピストンリングやシリンダ内壁が摩耗することにより生じるブローバイガスの発生等を防止して,内燃機関を長期に亘り効率的に運転させることが可能である。
油膜切れの防止
なお,酸化被膜の表面に油溜まりとなる微細な多数の凹凸が形成されたピストンリングでは,この微細な凹凸が油溜まりとして機能し,ピストンリング表面における油膜切れの発生を防止する効果がある。その結果,ピストンリングのシリンダ内壁に対する摩擦抵抗が低減されると共に,油膜切れ等に伴って生じる焼き付きの発生についても防止し得るものとなっている。
表面強化
更に,前述したように酸化被膜の形成前に前処理を行ったピストンリングにあっては,圧縮残留応力の付与等のピーニング効果による表面強化が行われ,特に前処理用噴射粒体の噴射を圧縮窒素によって行う場合には,酸化被膜の下層に窒化層が形成されるために,ガス窒化等を行った場合と同様の表面強化を行うことが可能である。
また,被膜形成用噴射粉体の噴射を圧縮窒素によって行う場合についても,同様に形成される酸化被膜中の鉄成分の少なくとも一部を窒化することが可能であり,これによりピストンリングの表面に対する酸化被膜の付着強度を向上させ,かつ,酸化被膜の高強度化に伴うピストンリングの表面強化を行うことができる。
次に,本発明の方法により表面処理されたピストンリングに対して行った性能評価試験について以下説明する。
試料
比較例1,実施例1,2
表1に示す未処理のガソリンエンジン(シリンダボアφ83mm)用のピストンリング(トップリング)(比較例1)と,このピストンリングに対し,表2に記載の条件で酸化スズ被膜を形成したもの(実施例1)及び,表3に示す条件で酸化チタン被膜を形成したもの(実施例2)をそれぞれ作成した。


比較例2,実施例3,4
表1のピストンリングと同材料で作成した円柱状試験片(直径5mm,長さ12mm)として,未処理のもの(比較例2),片面に酸化スズ被膜を形成したもの(実施例3),片面に酸化チタン被膜を形成したもの(実施例4)の三種類をそれぞれ用意した。
実施例3の円柱状試験片に対する酸化スズ被膜の形成条件は,前処理において噴射時間を10秒(摺接面のみ),酸化スズ被膜形成において噴射時間を10秒(摺接面のみ)とした点を除き表2で示したと条件と同条件であり,また,実施例4の円柱状試験片に対する酸化チタン被膜の形成条件は,前処理において噴射時間を10秒(摺接のみ),酸化スズ被膜形成において噴射時間を10秒(摺接面のみ)とした点を除き,表3で示した条件と同条件である。
試験の種類,目的及び試験方法
表面状態及び被膜形成状態の確認試験
試験の目的
本発明の方法で表面処理されたピストンリングの表面に酸化被膜が形成されていること,及び,形成された酸化被膜の表面状態を観察する。
試験方法
比較例1,実施例1,2のピストンリング(トップリング)の表面成分をSEM−EDXにより,表面状態をレーザ顕微鏡によりそれぞれ観察した。
デポジット堆積試験
試験の目的
本発明のピストンリングを使用することにより,ピントンリング及びリング溝に対するデポジットの堆積が防止されることを確認する。
試験方法
実施例1,2のピストンリング(トップリング)をそれぞれ組み付けたエンジンと,比較例1のピストンリング(トップリング)を組み付けたエンジンをそれぞれベンチにて1000min-1で10時間運転した後,ピストンをエンジンより取り外して目視によりデポジットの堆積状態を観察した。
なお,セカンドリング,オイルリングについては,いずれともに未処理品を使用した。
摩擦接触試験1
試験の目的
本発明の表面処理を施したピストンリングの摩擦抵抗が減少していることを確認する。
試験方法
図3に示す試験装置を使用し,シリンダライナと同材料(材質:FC250相当)にて作成した円盤状試験片(直径45mm,厚さ3mm)を台上に固定し,この円盤状試験片に対し,ピストンリングと同材料(材質:FC250相当)にて作成した円柱状試験片(比較例2,実施例3,4)を,試験開始時のみにエンジンオイル10W−30を綿棒で塗布し垂直に当接した状態で,円柱状試験片に荷重100Nをかけて,ストローク10mm,往復速度60サイクル/minで摺動させ,試験開始からの経過時間と摩擦係数の変化を測定した。
摩擦接触試験2
試験目的
未処理のピストンリングに比較して,本発明の表面処理を行ったピストンリングの耐摩耗性が向上していること,及び本発明の表面処理を行ったピストンリングではシリンダ内壁に対する攻撃性(シリンダライナの摩耗量)が低下していることを確認する。
試験方法
上記摩擦接触試験1が終了した後の円柱状試験片及び円盤状試験片の摺接部における摩耗状態を観察した。
なお,比較例2については焼付発生まで,実施例3,4については60分間摺接したものをそれぞれ観察した。
たたかれ摩耗試験
試験の目的
本発明の表面処理を行ったピストンリングが,未処理のピストンリングに比較して側面凝着が生じ難いものであることを確認する。
試験方法
ピストンリング溝部に見立てたピストン用アルミ試料とピストンリングを擦り合わせながら一定条件で衝突を繰り返す,たたかれ摩耗試験装置の概要を図4に示す。
上記構成のたたかれ試験装置を使用しアルミニウム試料温度を230℃,ピストンリング温度を160℃とし,比較例1,実施例1,2の各トップリングに対しアルミニウム試料を荷重10kgf,700回/分でたたき付け,ピストンリングの凝着発生となる迄の時間を測定した。
試験結果
表面状態及び被膜形成状態の確認試験結果
被膜形成状態の確認結果
実施例1,実施例2のピストンリング表面を,SEM−EDXにより観察した結果,実施例1のピストンリングにあっては表面に酸化スズが,実施例2のピストンリングにあっては表面に酸化チタンがそれぞれ検出された。従って,前述した方法によりピストンリングの表面には,被膜形成用噴射粒体の構成元素である金属(スズ,チタン)が酸化して形成された酸化被膜が形成されていることが確認された。
表面状態の観察結果
比較例1(未処理)の表面状態を図5(A)〜(C)に,実施例1(酸化スズ被膜形成)表面状態を図6(A)〜(C)に,実施例2(酸化チタン被膜形成)の表面状態を図7(A)〜(C)にそれぞれ示す。
図5(A)〜(C)に示すように,未処理のピストンリング(比較例1)にあっては,比較的平坦な表面に多数の研磨傷が存在するものとなっている。このような研磨傷の存在は,油膜を形成する潤滑油がこの研磨傷の形成部分に集中して移動する結果,平坦に形成された部分における油膜切れを生じさせ易いものとなっている。
これに対し,実施例1,2のピストンリングにあっては,図6(A)〜(C)及び図7(A)〜(C)に示すように,未処理のピストンリングの表面において観察された研磨傷が消失しているだけでなく,表面に油膜切れの防止に役立つ油溜まりとして機能する,深さ1〜3μm,幅1〜10μm程度の無数の微細な凹部が形成されていることが確認された。
デポジット堆積試験結果
比較例1のピストンリング(未処理)を装着したエンジンでは,ピストンリングのみならず,ピストンのリング溝に対してもカーボンが付着していることが確認された。
これに対し,実施例1(酸化スズ被膜形成)及び実施例2(酸化チタン被膜形成)のピストンリングを使用したエンジンでは,ピストンリングのみならず,リング溝表面やリング溝周辺に対するカーボンの付着量も明らかに減少しており,本発明のピストンリングがデポジットの堆積防止に効果的であることが確認された。
摩擦接触試験1の結果
摩擦接触の開始からの経過時間と摩擦係数の変化の状態を図8に示す。
図8より明らかなように,比較例2では試験の開始直後より急速に摩擦係数が上昇し,40分後には焼き付きが発生して試験の続行が不可能となった。
これに対し,実施例3,4のピストンリングでは試験開始から60分間の経過中,摩擦係数は略一定値を示して安定しており,比較例2に比較して,摩擦係数の大幅な減少が得られているだけでなく,長時間に亘り安定して低い摩擦係数を示すことが確認された。
なお,上記摩擦接触試験では,試験開始時のみ潤滑油を塗布し,その後に潤滑油の供給を行うことなく両者の摺接を行っていることから,酸化被膜の表面に形成された微細な凹凸は摩擦係数の低下に寄与する油溜まりとして作用しておらず,上記試験結果から,このような摩擦係数の低下が酸化被膜の形成そのものによって得られていることが判る。
摩擦接触試験2の結果
図9に,本試験を行った後の円柱状試験片及び円盤状試験片それぞれの摺接部を示す。
図9より明らかなように,比較例2の未処理の円柱状試験片を使用した試験では,ピストンリングに対応する円柱状試験片,シリンダライナに対応する円盤状試験片の双方共,摩耗量が比較的大きなものとなっていた。
一方,実施例3の酸化スズ被膜を形成した円柱状試験片を使用した試験,実施例4の酸化チタン被膜を形成した円柱状試験片を使用した試験では,比較例2の場合に比較していずれも,円柱状試験片,円盤状試験片共に摩耗量が大幅に減少していることが確認された。
硬質の酸化被膜を形成することにより,実施例3,4の円柱状試験片(ピストンリングに対応)の耐摩耗性が向上して摩耗量が減少することは,例えばピストンリングの耐摩耗性向上を目的として硬質クロムメッキ等を施す従来技術の存在からも容易に予測し得るものであるが,このような硬質の酸化被膜の形成は,摺接の相手方である円盤状試験片(シリンダライナに対応)に対する攻撃性を発揮するものと予測していたところ,この予測に反し実施例3,4では,円盤状試験片(シリンダライナに対応)の摩耗量も大幅に減少していることが確認された。
この結果から,本発明の方法により表面処理が施されたピストンリングにあっては,ピストンリング自体の耐摩耗性の向上と,シリンダライナ(シリンダ内壁)に対する攻撃性の低下という,一般的には相反する2つの特性を同時に得ることができるものであることが確認された。
なお,実施例3,4間を比較すると,円柱状試験片(ピストンリングに対応)の摩耗量では,実施例3の円柱状試験片(酸化スズ被膜形成)に比較して実施例4の円柱状試験片(酸化チタン被膜形成)の方が摩耗量が少なく,ピストンリングの耐摩耗性という点では酸化チタン被膜を形成したものの方が優れた効果を発揮していると言えるが,相手方である円盤状試験片(シリンダライナに対応)の摩耗量で見れば,実施例4の円柱状試験片(酸化チタン被膜形成)を使用した場合に比較して,実施例3の円柱状試験片(酸化スズ被膜形成)を使用した場合の方が摩耗量が少なく,相手方に対する攻撃性の低下という点では,酸化チタン被膜に比較して,酸化スズ被膜を形成したピストンリングの方が優れた効果を発揮することが確認された。
たたかれ摩耗試験
未処理のピストンリング(比較例1)では,試験開始後,約45分で凝着発生(約凝着率50%)となったのに対し,酸化スズ被膜を形成したピストンリング(実施例1)では,凝着発生(約凝着率50%)となる迄に約75分,酸化チタン被膜を形成したピストンリング(実施例2)では,凝着発生(約凝着率50%)となる迄に約120分必要であり,未処理のピストンリング(比較例1)に対し,酸化スズ被膜を形成したピストンリングでは,約1.7倍,酸化チタン被膜を形成したピストンリングにあっては,約2.7倍のたたかれ摩耗に対する耐性を有することが確認できた。
ここで,凝着率とは、試験後のピストンリング表面の凝着範囲が円周(360°)中の何度にわたって発生しているかを確認した数値であり,次式によって表される。
凝着率(%)=(凝着面円周角度/360)×100
上記試験結果から,本発明のピストンリングは,高出力エンジン等に使用する場合であっても,アルミ凝着等の問題が生じ難く,従ってアルミ凝着によって発生するピストンリングの固着についても好適に防止し得るものであることが確認された。
本発明のピストンリングの断面概略図。 本発明のピストンリングの断面概略図。 摩擦接触試験1,2に使用した試験装置の説明図。 たたかれ摩耗試験に使用した試験装置の説明図。 比較例1のピストンリング(未処理)の表面顕微鏡写真であり,(A)は20倍,(B)は50倍,(C)は200倍。 実施例1のピストンリング(酸化スズ被膜形成)の表面顕微鏡写真であり,(A)は20倍,(B)は50倍,(C)は200倍。 実施例2のピストンリング(酸化チタン被膜形成)の表面顕微鏡写真であり,(A)は20倍,(B)は50倍,(C)は200倍。 摩擦接触試験結果を示すグラフ。 摩擦接触試験2の実施後における円柱状試験片と円盤状試験片それぞれの摺接部の状態を示した写真。 排出ガスの削減という課題に対してピストンリングに求められる特性の説明図。

Claims (8)

  1. 鉄系合金製のピストンリング表面に,酸化により光触媒機能を発揮する触媒化金属元素を含む平均粒径20〜400μmの被膜形成用噴射粒体を噴射速度80m/s以上,又は噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させることにより,
    前記被膜形成用噴射粒体中の前記触媒化金属元素を前記ピストンリングの表面付近に拡散浸透させると共に酸化させて,前記ピストンリングの構成金属と酸化した前記触媒金属元素とが合金化した酸化被膜を形成することを特徴とする内燃機関用ピストンリングの表面処理方法。
  2. 前記酸化被膜の形成を,前記被膜形成用噴射粒体と圧縮窒素から成る混合流体の噴射により行うことを特徴とする請求項1記載の内燃機関用ピストンリングの表面処理方法。
  3. 前記酸化被膜の形成前に,前記ピストンリングの表面にセラミック系又は金属系の平均粒径20〜400μmの前処理用噴射粒体を噴射速度80m/s以上,又は噴射圧力0.2MPa以上で噴射して衝突させることにより,表面に微細な凹凸を形成する前処理を行うことを特徴とする請求項1又は2記載の内燃機関用ピストンリングの表面処理方法。
  4. 前記前処理を,前記前処理用噴射粒体と圧縮窒素ガスから成る混合流体を前記ピストンリングの表面に噴射することにより行うことを特徴とする請求項3記載の内燃機関用ピストンリングの表面処理方法。
  5. 鉄系合金製のピストンリングの表面付近に,酸化により光触媒機能を発揮する触媒化金属元素の酸化物と,前記ピストンリングの構成金属とが合金化して形成され,かつ,表面から内部に入るに従って前記触媒化金属元素に対する酸素の結合量が欠乏する構造を有する酸化被膜を形成したことを特徴とする内燃機関用ピストンリング。
  6. 前記酸化被膜中における前記ピストンリングの鉄成分の少なくとも一部が窒化されていることを特徴とする請求項5記載の内燃機関用ピストンリング。
  7. 前記酸化被膜の表面に油溜まりとなる微細な凹凸を設けたことを特徴とする請求項5又は6記載の内燃機関用ピストンリング。
  8. 前記酸化被膜の下層に,前記ピストンリングの鉄成分が窒化して形成された窒化層を設けたことを特徴とする請求項5〜7いずれか1項記載の内燃機関用ピストンリング。
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