JP2009108354A - 軸受粗成形品の製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】熱間鍛造によって所定形状に粗成形した後の球状化焼鈍の省略が可能でかつ粗成形品表層部の脱炭を抑制することができる軸受粗成形品の製造方法の提供。
【解決手段】質量%で、C:0.7〜1.2%およびCr:0.8〜1.8%を含む化学組成を有し、ミクロ組織がアスペクト比が10以下で短径が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上としてAe1点〜(Aem点−30℃)の温度域の温度T℃まで加熱し、次いで該温度T℃に到達後30min以内(30minを含む)に加工を開始して、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において、総加工量15%以上の変形量で鍛造加工を行って所定の粗成形品形状にした後、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却する。
【選択図】なし

Description

本発明は、鍛造加工によって軸受粗成形品を製造する方法に関し、詳しくは、熱間鍛造によって所定の形状に粗成形した後の球状化焼鈍を省略することが可能でかつ鍛造加工で生じる脱炭を抑制することができる軸受粗成形品の製造方法に関する。
従来、自動車や産業機械などに用いられる軸受部品のうちでも軌道輪のような部品は、一般に、JIS G 4805(1999)に規定されたSUJ1〜5に代表される高炭素クロム軸受鋼鋼材を素材として、熱間鍛造によって所定の形状に粗成形した後、転造加工などの冷間加工や切削加工を施して最終形状とし、その後さらに焼入れ−焼戻しのいわゆる「調質処理」を行って仕上げられていた。そして、その際の熱間鍛造としては、非特許文献1に示されているように、鍛造加工を複数回施すことにより内外輪を同時に粗成形する方法が採られている。
しかしながら、熱間鍛造後の軸受粗成形品のミクロ組織は、通常パーライトの単相組織あるいはパーライト組織に加えてベイナイトなど硬質相を含んだ混合組織であるので、熱間鍛造ままの軸受粗成形品は冷間加工性や切削加工性に劣っている。
このため、熱間鍛造後の軸受粗成形品には、冷間加工性や切削加工性を高めるために、球状化焼鈍と呼ばれる20時間を超えるような長時間の熱処理を施し、ミクロ組織をフェライトと球状セメンタイトの混合組織に変えることが一般に行われてきた。
しかしながら、上記長時間の球状化焼鈍は多大なエネルギーを消費するばかりか、生産性を低下させてコスト上昇を招く処理である。
さらに、熱間鍛造ままでは軸受粗成形品の表層部に、酸化層や脱炭層が生成され、特に、この脱炭層が軸受部品の表面に残存すると、転動疲労特性や耐摩耗性などの軸受部品に求められる性能が著しく低下してしまう。このため、熱間鍛造後の軸受粗成形品は、上記球状化焼鈍の後に、脱炭層の除去を目的に過剰な量の切削加工を施されて所望の製品形状に仕上げられている。
したがって、産業界からは、熱間鍛造後の軸受粗成形品の球状化焼鈍を省略するか、あるいは省略できないまでもその時間を大幅に短縮して、エネルギー消費を少なくし、また切削加工工程を簡略化して生産性を高めたいとの要望が大きくなっている。
軸受部品の製造工程における生産性改善のため、軸受鋼鋼材の製造過程の熱履歴を改善し、球状化焼鈍を省略あるいは球状化焼鈍時間の短縮を可能とする製造方法は、例えば、特許文献1〜4に提案されている。
すなわち、特許文献1には、特定の成分範囲に調整された炭素鋼を850℃以上の温度に加熱し圧下率30〜60%の熱間圧延を行う段階と、前記熱間圧延後Ac1変態点〜Acm変態点の温度域で60〜900秒間の保持をした後に同一温度域で圧下率30〜60%の熱間圧延を行う段階と、前記熱間圧延後600℃の温度まで1℃/s以下の冷却速度で徐冷する段階と、を有して成る「高炭素鋼材の直接軟化熱処理方法」が開示されている。
なお、この特許文献1で提案された技術は、熱間圧延の加工途中において、Ac1変態点〜Acm変態点の温度域で60〜900秒間の保持させることによりオーステナイト粒から初析セメンタイトを析出させ、さらに圧下率30〜60%の熱間圧延を行った後に600℃の温度まで1℃/s以下の冷却速度で徐冷することで、軟質なパーライト組織または疑似パーライト組織を得ることを特徴とするものである。
また、特許文献2には、C:0.8〜1.3質量%を含有する鋼材を、熱間圧延における仕上圧延温度を850℃以下、冷却開始温度を850℃以下に制御し、且つ、該冷却開始温度から600℃の範囲における平均冷却速度を0.1〜5℃/sで冷却する「伸線前の熱処理が省略可能な伸線加工性に優れた線状または棒状鋼の製造方法」が開示されている。
なお、上記特許文献2で提案された技術は、「加熱」→所定の線径まで「圧延」→「冷却」という一連の製造工程において、仕上圧延の前に初析セメンタイトを析出させ、仕上圧延温度を850℃以下に制御することによってその初析セメンタイトを仕上圧延過程で破壊して10以下のアスペクト比(「長径/短径」)になるようにし、さらに、冷却開始温度から600℃の範囲における平均冷却速度を0.1〜5℃/sとして冷却することによって、短径が2μm以下の初析セメンタイトを得るものである。
特許文献3には、特定の化学組成を有する鋼素材に対し、熱間圧延の仕上圧延を該鋼素材の(Ar1−50℃)〜(Ar1+50℃)の温度域で減面率が20%以上となるように行い、直ちに冷却速度0.5℃/s以下で、500℃以下まで冷却する「熱間圧延ままで球状化炭化物組織を有する軸受け用線材・棒鋼の製造方法」が開示されている。
この特許文献3で提案された技術は、Ar1点近傍の温度で圧延加工を施すことによる加工歪の蓄積によって、層状パーライトを構成している板状セメンタイトが微細に分断され、同時にパーライトおよびフェライト組織全体も加工を受けて、転位密度の上昇や各相間の界面エネルギーが増加し、続く冷却速度0.5℃/s以下での徐冷によってセメンタイトが球状化されるものである。
さらに、特許文献4には、重量%で、C:0.8〜1.2%およびCr:0.9〜1.8%を含有する高炭素クロム軸受鋼を、抽出から仕上げ圧延に至る間、全断面内において温度がA1点〜Acm点の間にあるように制御して圧延することにより球状化組織を得、後続する球状化焼鈍工程を省略または短縮して棒鋼または線材を得る「軸受鋼圧延材の製造方法」が開示されている。
上記の特許文献4で提案された技術は、圧延を、全断面が同じ二相領域にあるように温度の均一化をはかり、かつ、従来法より低い温度範囲で圧延を行うことにより、被圧延材の中に大きな歪みを生じさせて、その歪みを後続する焼鈍工程における速やかな球状化の駆動力として利用させるものである。
特開平1−255623号公報 特開2003−129176号公報 特開2004−190127号公報 特開平11−286724号公報 「リング素形材」(平岡和彦:特殊鋼、Vol.47(1998)No.2、p.42)
特許文献1〜4で提案された技術はいずれも、「熱間圧延」によって棒鋼や線材を製造する過程の技術である。このため、自動車や産業機械などに用いられる軸受部品のうちでも軌道輪のような、「熱間鍛造」によって所定の形状に粗成形する部品に対して必ずしも適用できるものではなかった。
これは、「熱間鍛造」が、素材に複数回の加工を加えるという点では、複数回の圧下を加える「熱間圧延」と同様であるものの、次の(イ)〜(ハ)の点で「熱間圧延」とは大きく異なる加工であるためである。
(イ)加工開始から終了までの時間が短い、
(ロ)加工から次の加工までの時間である加工間隔が短い、
(ハ)圧延設備とは異なって鍛造設備の場合には鍛造機の間に水冷設備や再加熱設備などを連続的に設置することができない。
したがって、前記特許文献1〜4に開示された熱間圧延の熱履歴は熱間鍛造にそのまま適用できるものではなく、たとえ適用しても、意図する球状化焼鈍の省略効果や球状化焼鈍時間の短縮効果が得られるものではなかった。
すなわち、特許文献1で提案された技術は、熱間加工の途中段階においてAc1変態点〜Acm変態点の温度域で60〜900秒間の保持工程が必要であり、熱間鍛造の工程にこのような長時間の保持工程を導入するには、鍛造工程を分割して、例えば、トンネル加熱炉のような新たな設備を設ける必要が生じてしまう。
また、特許文献2や特許文献3で提案された、仕上加工温度を低くして徐冷するという技術を熱間鍛造に適用してみても、それだけでは、十分な球状化焼鈍時間の短縮効果が得られなかった。
さらに、特許文献4で提案された、抽出から仕上圧延に至る間、全断面の温度を二相領域とする熱間加工の技術を熱間鍛造に適用した場合にも、十分な球状化焼鈍時間の短縮効果および表層部脱炭層の抑制効果は得られなかった。
そこで、本発明の目的は、熱間鍛造後の軸受粗成形部品に対して、冷間加工性や切削加工性を高めるために施されていた、20時間を超えるような長時間の球状化焼鈍を省略することが可能でかつ鍛造加工で生じる粗成形品表層部の脱炭をも抑制することができる軸受粗成形品の製造方法を提供することである。
より具体的には、
(a)セメンタイトのうちで、アスペクト比が2.0以下であるものの割合が85%以上、
(b)上記(a)のアスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径が0.16μm以上、
(c)鍛造後の軸受粗成形品の表層部におけるJIS G 0558(1998)に規定のフェライト脱炭層深さDM−Fが0.02mm以下、
を満足する軸受粗成形品の製造方法を提供することである。
なお、上記の「アスペクト比」とは「長径/短径」のことを指す。以下の説明においては、長径を「L」、短径を「W」といい、さらに、アスペクト比を「L/W」ということがある。
本発明者らは、前記した課題を解決するために、先ず、安定して球状化焼鈍を省略するための最適なミクロ組織を得るための条件について検討を行った。その結果、下記(1)〜(4)の知見を得た。
(1)球状化焼鈍を省略するためには、熱間鍛造およびその冷却過程で、セメンタイトをアスペクト比の小さい、すなわち可能な限り球状に近い形態にする必要がある。
(2)しかしながら、通常の熱間鍛造では、熱間鍛造後の冷却過程で、旧オーステナイト粒界に沿って初析セメンタイトがネットワーク状に析出する。したがって、初析セメンタイトを旧オーステナイト粒界以外の多数の析出サイトで核生成・成長させることが、旧オーステナイト粒界に沿ったネットワーク状の初析セメンタイトの析出を抑制するのに有効である。
(3)但し、セメンタイトが微細化しすぎると軸受粗成形品の硬さが高くなりすぎるので、最終形状にするための冷間加工や切削加工における加工性を阻害する可能性がある。したがって、セメンタイトは適度な大きさに成長させる必要がある。
(4)熱間鍛造温度を低くすれば、導入された加工歪は容易に開放されないため、初析セメンタイトが旧オーステナイト粒内にも均一に加工誘起析出する可能性がある。その結果、旧オーステナイト粒界に沿って析出するネットワーク状の初析セメンタイトの形成を抑制できるはずである。
そこで、上記(4)の知見に基づいて確認試験を行ったところ、下記(5)に示す事項が明らかになった。
(5)熱間鍛造の加工温度を低くすれば、熱間鍛造後の冷却過程で生成する旧オーステナイト粒界に沿って析出していた初析セメンタイトを、ネットワーク状からアスペクト比の小さい形状に変化させることができる。しかしながら、その析出サイトは依然として旧オーステナイト粒界に限られ、旧オーステナイト粒内においてはパーライト変態による板状セメンタイトが析出してしまう。すなわち、熱間鍛造の加工温度を低くするだけでは、旧オーステナイト粒内にアスペクト比の小さい初析セメンタイトを加工誘起析出させることはできない。
そこでさらに、本発明者らは、旧オーステナイト粒内においてもアスペクト比の小さい形態のセメンタイトを得る手段について種々検討を行い、下記(6)〜(9)の知見を得た。
(6)鍛造開始時に、旧オーステナイト粒内にセメンタイトを予め残存させておけば、その残存セメンタイトの周辺にも加工歪を蓄積することが可能となり、初析セメンタイトを旧オーステナイト粒内にも均一に加工誘起析出させることができる可能性がある。
(7)すなわち、熱間鍛造の加熱において被鍛造材(以下、「素材」ともいう。)を完全にオーステナイト化するのではなく、加熱前の素材に存在していた初析セメンタイトやパーライト中のセメンタイトが微細な粒状や球状にある程度残るような温度域、すなわちオーステナイトとセメンタイトの二相域に加熱して、熱間鍛造を開始すれば、その旧オーステナイト粒内に残存する微細な粒状や球状の残存セメンタイトが初析セメンタイトの加工誘起析出の析出サイトとなる。
(8)そして、鍛造温度を低くして、総加工量が特定の値以上の変形量で鍛造加工を行って所定の粗成形品形状にし、さらにその後特定の冷却速度で冷却すれば、旧オーステナイト粒界だけではなく旧オーステナイト粒内にも初析セメンタイトが微細に加工誘起析出し、さらに蓄積された加工歪によって炭素の拡散も促進されるので、加工誘起析出した初析セメンタイトや残存セメンタイトを適度な大きさに成長させることができる。
(9)その結果、従来の熱間鍛造方法の場合に析出していた旧オーステナイト粒界に沿ったネットワーク状の初析セメンタイトや旧オーステナイト粒内に生成されるパーライトを構成する板状セメンタイトは、ともに生成が抑制されることとなるので、アスペクト比の小さいセメンタイト、換言すれば、球状に近い形態のセメンタイトが得られる。
そこで、上記(7)の知見に基づいて確認試験を行ったところ、下記(10)に示す事項が明らかになり、下記の(11)を結論するに至った。
(10)熱間鍛造の加熱を、単にオーステナイトとセメンタイトの二相域で行った場合には、加熱前の素材に存在していたパーライト中のセメンタイトは微細な粒状や球状になるものの、加熱前の素材に存在していた初析セメンタイトの形態は容易には変化しない。すなわち、加熱前の素材のミクロ組織は、旧オーステナイト粒界に沿った棒状あるいはネットワーク状に析出した初析セメンタイトとパーライトとからなっているが、この棒状あるいはネットワーク状に析出した初析セメンタイトは、熱的に安定であり、Aem点以上に加熱しなければ速やかに固溶しない。そして、単にオーステナイトとセメンタイトの二相域で加熱した場合には、この旧オーステナイト粒界に沿った棒状あるいはネットワーク状に析出した初析セメンタイトの形状は、多少の変化は見られるものの、長さが短くなり幅(厚さ)が若干増加していくだけで、粗大な棒状あるいはネットワーク状のまま残存してしまう。極めて長時間の加熱を施せば、もちろんこの粗大な棒状あるいはネットワーク状の初析セメンタイトも固溶して、粒状や球状に近づくが、長時間加熱を行えば、被鍛造材の表層部で脱炭が生じてしまう。
(11)熱間鍛造の加熱前の素材に存在する初析セメンタイトを、予め加熱時に固溶しやすい形態にしておけば、オーステナイトとセメンタイトの二相域での短時間の加熱でも容易に粒状や球状にすることができ、そして、鍛造時の加熱を急速・短時間で行うことで、表層部の脱炭も抑制しつつ、球状に近い形態のセメンタイトを有する軸受粗成形品を得ることができる。
そこで本発明者らは、さらに、質量%で、0.7〜1.2%のCおよび0.8〜1.8%のCrを含む化学組成を有する種々の高炭素クロム軸受鋼鋼材を用いて、具体的に種々の熱間鍛造条件で試験を繰り返した。その結果、下記(12)〜(16)に示す知見を得た。
(12)そのミクロ組織が、アスペクト比(L/W)が10以下で短径(W)が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上としてAe1点〜(Aem点−30℃)の温度域の温度T℃まで加熱し、次いで該温度に到達後30min以内(30minを含む)に加工を開始することにより、表層部の脱炭を抑制しつつ、熱間鍛造の素材である被鍛造材に存在していた初析セメンタイトおよびパーライト中のセメンタイトを、熱間での鍛造開始時に、粒状や球状の形態で旧オーステナイト粒内に残存させることができる。
(13)Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において、15%以上の総変形量で加工を行うことにより、微細な初析セメンタイトを旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に均一に加工誘起析出させることができ、さらに、加工後の冷却過程において、この初析セメンタイトと残存セメンタイトを適度な大きさに成長させて、アスペクト比の極めて小さい球状に近い形態のセメンタイトにすることができる。
(14)但し、上記(13)における鍛造はAr1点以上で行うため、オーステナイト中に固溶しているC(炭素)が全て鍛造時に初析セメンタイトとして加工誘起析出する訳ではないので、鍛造後の冷却過程においてもなおセメンタイトの析出が生じる。しかしながら、初析セメンタイトが加工誘起析出することによってオーステナイト中の炭素の固溶量が少なくなっているため、鍛造終了後400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却すれば、パーライト変態が抑制され、換言すれば、板状セメンタイトの析出が抑制されるので、球状とまではいえないもののアスペクト比の比較的小さい初析セメンタイトが析出することとなる。
(15)そして、上記のようにして熱間鍛造することにより、下記の(a)および(b)を満たす球状に近いセメンタイトとフェライトからなるミクロ組織でかつ脱炭層深さが下記(c)を満たす軸受粗成形品が得られる。
(a)セメンタイトのうちで、アスペクト比が2.0以下であるものの割合が85%以上、
(b)上記(a)のアスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径が0.16μm以上、
(c)鍛造後の軸受粗成形品の表層部におけるJIS G 0558(1998)に規定のフェライト脱炭層深さDM−Fが0.02mm以下。
(16)上記(a)および(b)を満たす球状に近いセメンタイトとフェライトからなるミクロ組織を有することにより、球状化焼鈍が省略可能となる。そして、上記(c)を満たすことによって、鍛造加工で生じる脱炭が抑制された軸受粗成形品を得ることが可能となる。
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示す軸受粗成形品の製造方法にある。
「鍛造加工による軸受粗成形品の製造方法であって、質量%で、C:0.7〜1.2%およびCr:0.8〜1.8%を含む化学組成を有し、ミクロ組織がアスペクト比が10以下で短径が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上としてAe1点〜(Aem点−30℃)の温度域の温度T℃まで加熱し、次いで該温度T℃に到達後30min以内(30minを含む)に加工を開始して、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において、総加工量15%以上の変形量で鍛造加工を行って所定の粗成形品形状にした後、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却することを特徴とする軸受粗成形品の製造方法。」
なお、本発明における「Ae1点」および「Aem点」はそれぞれ、平衡状態における共析温度および平衡状態においてセメンタイトがオーステナイトに完全に固溶する温度を指す。
また、上記の「変形量」とは、粗成形品に加わった相当塑性歪の平均値を指し、相当塑性歪は、益田らが「改訂工業塑性力学」(1995年2月20日 第15版、株式会社養賢堂発行)の第113ページに示した手法により、鍛造で変形した断面内の歪を一軸引張りの塑性歪へ換算することにより求めることができる。
以下、上記の軸受粗成形品の製造方法に係る発明を、「本発明」という。
本発明によれば、従来、熱間鍛造後の軸受粗成形品に対して、冷間加工性や切削加工性を高めるために施されていた20時間を超えるような長時間の球状化焼鈍を省略することができ、しかも、粗成形品表層部の脱炭を抑制することが可能となるので、エネルギー消費の少ない低コストかつ高い生産性の下に軸受部品、なかでも軌道輪のような部品を製造することができる。
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお。以下の説明における各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
(A)高炭素クロム軸受鋼鋼材の化学組成
C:0.7〜1.2%
Cは、最終製品としての自動車や産業機械などに用いられる軸受部品に、必要な強度を確保させるために必須の元素である。特に、疲労寿命向上の目的でセメンタイト量を増加させることが必要なため、0.7%以上の量を含有させる必要がある。しかしながら、その含有量が1.2%を超えると、熱間鍛造によって所定の形状に成形した軸受粗成形品の硬さが高くなりすぎるため、最終形状にするための冷間加工性や切削加工の低下を招いてしまう。また、最終形状にした後に行う焼入れ処理の際に、焼割れを生じやすくなる。したがって、Cの含有量は、0.7〜1.2%とした。なお、所望の効果を安定して得るために、Cの含有量は0.8〜1.1%とすることが好ましい。
Cr:0.8〜1.8%
Crは、鋼の焼入性を高めるとともに、セメンタイトを熱的に安定化させ、高温域におけるセメンタイトのマトリックス中への固溶を抑止する作用を有する。この効果はCrの含有量が0.8%以上で発揮される。しかしながら、Crの含有量が1.8%を超えると、前記の効果が飽和するだけでなく、最終形状にした後に行う焼入れ処理の際に、焼割れを生じやすくなり、また、耐疲労特性など機械的性質の低下を招く。したがって、Crの含有量を0.8〜1.8%とした。なお、Crの含有量は0.9〜1.6%とすることが好ましい。
上記の理由から、本発明に係る軸受粗成形品の製造方法においては、C:0.7〜1.2%およびCr:0.8〜1.8%を含む化学組成を有する高炭素クロム軸受鋼鋼材を用いることとした。
高炭素クロム軸受鋼鋼材の好ましい化学組成の一例としては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:1.2%以下、Mn:1.5%以下、P:0.03%以下、S:0.025%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものが挙げられる。
上記高炭素クロム軸受鋼鋼材のうちでもより好ましい化学組成としては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.2〜1.2%、P:0.02%以下、S:0.02%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものが挙げられる。
上述した各高炭素クロム軸受鋼鋼材の不純物としては、Cu、Ni、Al、NおよびOのような炭化物を形成しない元素の量は、Cu:0.2%以下、Ni:0.25%以下、Al:0.05%以下、N:0.015%以下およびO:0.002%以下程度であれば何ら球状化には影響しない。一方、不純物のうち炭化物を形成する元素の場合は、特にMoについて、その含有量を0.08%以下とするのが好ましい。
また、高炭素クロム軸受鋼鋼材の他の好ましい化学組成の一例としては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:1.2%以下、Mn:1.5%以下、P:0.03%以下、S:0.025%以下、Mo:0.5%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものも挙げられる。
上記の高炭素クロム軸受鋼鋼材うちでもより好ましい化学組成としては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.2〜1.2%、P:0.02%以下、S:0.02%以下、Mo:0.10〜0.40%を含有し、残部がFeおよび不純物からなるものが挙げられる。
上述した各高炭素クロム軸受鋼鋼材の不純物としても、Cu、Ni、Al、NおよびOのような炭化物を形成しない元素の量は、Cu:0.2%以下、Ni:0.25%以下、Al:0.05%以下、N:0.015%以下およびO:0.002%以下程度であれば何ら球状化には影響しない。
(B)高炭素クロム軸受鋼鋼材のミクロ組織
本発明においては、前記(A)項で述べた化学組成を有することに加えて、そのミクロ組織に関して、アスペクト比が10以下で短径が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を熱間鍛造の素材として用いる必要がある。
一般に、熱間鍛造前の高炭素クロム軸受鋼鋼材のミクロ組織は、旧オーステナイト粒界に沿った棒状あるいはネットワーク状に析出した初析セメンタイトとパーライトとからなっている。そして、この棒状あるいはネットワーク状に析出した初析セメンタイトは、熱的に安定であり、このような初析セメンタイトを完全に固溶,消失させるためには,Aem点以上に加熱しなければならない。しかしながら本発明においては、(C)で後述するように、被鍛造材である素材(すなわち、熱間鍛造によって所定の形状に粗成形する前の鋼材)に存在していたパーライト中のセメンタイトを、鍛造のための加熱段階でマトリックス中に全て固溶させてしまうのではなく、熱間鍛造過程での初析セメンタイトの析出サイトとして活用できるように、微細な粒状または球状の状態で可能な限り残存させるようにすることが必要である。したがって、本発明においては、Aem点以上に加熱できない。
Aem点未満で加熱した場合には、このような初析セメンタイトは固溶とオストワルド成長により、その形状は変化する。形状の変化は、初析セメンタイトの界面積を小さくするように、長さが短くなるように固溶が起こり、またオストワルド成長によって幅(厚さ)が若干増加していく。
但し、この初析セメンタイトのアスペクト比(L/W)が10を超えた場合には、初析セメンタイトは容易には固溶せず、粗大な棒状あるいはネットワーク状のまま残存してしまい、微細な粒状や球状にはならない。したがって、初析セメンタイトのアスペクト比は10以下でなければならない。
しかしながら、たとえL/Wが10以下であっても、初析セメンタイトの幅(厚さ)である短径(W)が1.5μmを超える場合にはマトリックスに固溶しにくいため、初析セメンタイトは粗大な棒状あるいはネットワーク状のまま残存してしまい、微細な粒状や球状にはならない。
上記の理由から、熱間鍛造の素材として用いる高炭素クロム軸受鋼鋼材のミクロ組織を、アスペクト比が10以下で短径が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織からなるものとした。
なお、そのミクロ組織が上述の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を得るためには、例えば、熱間鍛造前に800〜900℃にて焼準処理を行えばよい。
(C)高炭素クロム軸受鋼鋼材の加熱条件
本発明においては、前記(A)項で述べた化学組成を有し、そのミクロ組織が(B)項で述べた初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上としてAe1点〜(Aem点−30℃)の温度域の温度T℃まで加熱し、次いで該温度T℃に到達後30min以内(30minを含む)に加工を開始する必要がある。
これは、被鍛造材である素材(すなわち、熱間鍛造によって所定の形状に粗成形する前の鋼材)に存在していたパーライト中のセメンタイトを、鍛造のための加熱段階でマトリックス中に全て固溶させてしまうのではなく、熱間鍛造過程での初析セメンタイトの析出サイトとして活用できるように、微細な粒状または球状の状態で可能な限り残存させるようにすることが重要なためである。
また、熱間鍛造加熱時の脱炭を抑制する観点から、被鍛造材は急速に加熱して、速やかに熱間鍛造を開始する必要がある。
600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上にすることで、C(炭素)の拡散速度の速いフェライト域、つまり、パーライトを構成しているフェライト域を短時間で通過することができ、比較的Cの拡散速度の遅いオーステナイト域、つまり、オーステナイトとセメンタイトの二相域での加熱が可能となる。また、600℃以上の温度域での加熱速度が10℃/s未満の場合には、加熱中に脱炭してしまう。したがって、600℃以上の温度域での加熱速度は10℃/s以上とする必要がある。600℃以上の温度域での加熱速度は50℃/s以上とすることが好ましい。
なお、上記の加熱速度を大きくしすぎると、過剰な加熱設備の増強が必要となりコストが増大するため、600℃以上の温度域での加熱速度は500℃/s以下とするのが好ましい。
加熱温度T℃が(Aem点−30℃)を超えた場合には、熱間鍛造開始時の素材中に残存する微細な粒状または球状のセメンタイト数が減少し、熱間鍛造後の冷却過程でオーステナイトから一部パーライト変態し、旧オーステナイト粒内に板状セメンタイトが析出してしまう。
一方、加熱温度T℃がAe1点より低い場合には、素材のパーライトそのものが残存し、熱間鍛造後のミクロ組織はパーライト組織となり、板状セメンタイトが多数残存する。このような場合には、球状化焼鈍の省略効果は得られない。
したがって、加熱温度T℃はAe1点〜(Aem点−30℃)とした。なお、より安定して球状化焼鈍の省略効果を得るために、上記の加熱温度T℃は(Ae1点+15℃)〜(Aem点−45℃)とすることが好ましい。
前記加熱温度T℃に到達後加工開始までの時間が長くなるにつれ、素材表層部ではフェライト脱炭が生じ始め、30minを超えると、素材表層部のフェライト脱炭が顕著となる。したがって、前記加熱温度T℃に到達後加工開始までの時間は30min以内(30minを含む)とした。加熱温度T℃に到達後加工開始までの時間は5min以内(5minを含む)とすることが望ましい。
なお、加熱温度T℃に到達すれば、その直後に加工を開始しても問題ない。
また、その加熱方法については特に規定する必要はなく、例えば、高周波誘導加熱や通電加熱方式などを適宜用いればよい。
(D)高炭素クロム軸受鋼鋼材の加熱後の鍛造条件
本発明においては、前記(A)項で述べた化学組成を有し、そのミクロ組織が(B)項で述べた初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、前記(C)項に記載の条件で加熱し、次いで、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において、総加工量15%以上の変形量で鍛造加工を行う必要がある。
これは、初析セメンタイトのアスペクト比を小さくするには、旧オーステナイト粒界に沿って析出するネットワーク状の初析セメンタイトを抑制する必要があって、そのためには、熱間鍛造時に旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に、初析セメンタイトを加工誘起析出させ、さらに成長させることが重要なためである。
したがって、熱間鍛造の加工温度を低くするとともに、総加工量で特定の値以上の変形量が必要である。
先ず、鍛造温度を低くすることによって、加工歪を蓄積することが可能となる。すなわち、鍛造によって多くの転位が導入されるが、鍛造温度が低い場合には導入された転位は容易には消失せず、旧オーステナイト粒界や、旧オーステナイト粒内の残存セメンタイトの付近に集積することとなって転位密度が高くなり、その近傍で初析セメンタイトが優先的に析出、つまり、加工誘起析出することとなる。さらに、加工歪によってC(炭素)の拡散が促進されるので、初析セメンタイトあるいは残存セメンタイトは適度な大きさに成長する。そして、このような効果は、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域で鍛造加工を行うことによって得ることができる。
鍛造温度が(Aem点−80℃)より高い場合には、導入された転位の一部がオーステナイト粒の再結晶駆動力として消費されるため、加工誘起析出が十分には起こらず、初析セメンタイトが一部旧オーステナイト粒界に沿ってネットワーク状に析出してしまう。一方、鍛造温度がAr1点より低い場合には、多くの転位を導入できるものの、鍛造加工の前にオーステナイトがフェライトとセメンタイトへの分解反応であるパーライト変態を開始してしまうため、パーライトを加工することになって、パーライト中の一部の板状セメンタイトはわずかに分断されるものの、セメンタイトのアスペクト比はそれほど小さくならない。このような場合には、球状化焼鈍の省略効果は得られない。したがって、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において鍛造する必要がある。なお、球状化焼鈍の省略効果をより安定して得るためには、(Ar1点+20℃)〜(Aem点−100℃)の温度域において鍛造加工することが好ましい。
しかしながら、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において鍛造する場合であっても、総加工量15%未満の変形量の場合には加工歪は蓄積されず、このため、旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に微細な初析セメンタイトを加工誘起析出させることができないので、初析セメンタイトは旧オーステナイト粒界に沿ってネットワーク状に析出してしまう。したがって、鍛造加工は総加工量15%以上の変形量で行う必要がある。
なお、上記の「変形量」が、粗成形品に加わった相当塑性歪の平均値を指し、相当塑性歪は、益田らが「改訂工業塑性力学」(1995年2月20日 第15版、株式会社養賢堂発行)の第113ページに示した手法により、鍛造で変形した断面内の歪を一軸引張りの塑性歪へ換算することにより求めることができることは前述のとおりである。
上記の総加工量15%以上の変形量は、1回だけの加工で付与してもよいし、複数回の加工を行って付与してもよい。
なお、複数回での加工の場合、加工間隔が短時間であればあるほど加工歪の蓄積効果が発揮できるので、加工間隔は2.0s以下とすることが望ましいが、鍛造設備の制約から、その下限は0.1s程度になる。
(E)高炭素クロム軸受鋼鋼材の鍛造後の冷却条件
本発明においては、前記(A)項で述べた化学組成を有し、そのミクロ組織が(B)項で述べた初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、前記(C)項に記載の条件で加熱し、次いで、前記(D)項で述べた鍛造を行って所定の粗成形品形状にした後、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却する必要がある。
鍛造終了後400℃までの温度域の冷却速度が5℃/sを超える場合には、冷却時における初析セメンタイトや残存セメンタイトの成長が阻害されるとともに、パーライト変態するので、旧オーステナイト粒内にパーライトを構成する板状セメンタイトが析出することとなって、アスペクト比の極めて大きなセメンタイトの量が全体として増えてしまう。なお、冷却速度が極めて大きくなった場合には、パーライト変態ではなく、ベイナイト変態やマルテンサイト変態が生じるため、パーライトを構成する板状セメンタイトの析出は抑制できるものの、軸受粗成形品の硬さが高くなりすぎるので、最終形状にするための冷間加工性や切削加工の低下を招いてしまう。したがって、所定の粗成形品形状にした後、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却する必要がある。
なお、上述の5℃/s以下の冷却速度で冷却する温度域は鍛造後400℃までとすれば十分であって、400℃を下回る温度域については特に規定する必要がない。このため、製造設備や生産性を勘案して、例えば、空冷(放冷)、強制風冷やミスト冷却などから適宜決定すればよい。
また、上記の400℃までの温度域の冷却速度の下限は、冷却速度を遅くすれば、パーライトの抑制効果が大きくなるが、冷却速度を遅くするための温度制御設備が必要となり、結果として製造コストの増加を招くことから、5℃/hとするのが好ましい。
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明する。
表1に示す鋼A〜Cを150kg真空溶解炉で溶解した後、インゴットに鋳造した。なお、表1には、株式会社材料設計技術研究所で開発・販売されている状態図計算ソフトウェア「Pandat ver.6.0」によって求めた各鋼のAe1点およびAem点も併せて示した。
Figure 2009108354
鋼A〜Cのインゴットは1250℃で60min加熱し、仕上げ温度を1000℃以上として熱間鍛造し、直径30mmの丸棒を得た。
このようにして得た直径が30mmの丸棒の各一部から、機械加工によって、直径が3mmで長さが10mmの変態点測定用試験片を作製した。
次いで、上記の直径が3mmで長さが10mmの試験片を用いて、フォーマスタ試験機によって、各鋼の冷却過程におけるAr1点を測定した。前記の表1に、各鋼のAr1点を併記して示す。
また、鋼A〜Cの上記直径30mmの丸棒に、加熱温度を810〜950℃として1時間保持し、その後大気中で放冷する熱処理を施して、ミクロ組織を調査した。
なお、ミクロ組織は次に示す方法によって、相の特定を行うとともに、それぞれの初析セメンタイトについて、長さである長径(L)と幅(厚さ)である短径(W)とを個々に測定し、アスペクト比(L/W)と最大の短径を調査した。
ミクロ組織観察は、熱処理を施した直径30mmの丸棒の中心軸を通り、丸棒の長さ方向に平行に切り出した断面(以下、「縦断面」という。)が被検面になるように樹脂に埋め込み、鏡面研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタル液)で腐食を行い、倍率2000倍で走査型電子顕微鏡(SEM)を用いたミクロ組織観察を実施し、相の特定を行った。
さらにミクロ組織観察を行った樹脂埋め込み試料を再度、鏡面研磨した後、ピクリン酸アルコール(ピクラル液)で腐食して、倍率を5000倍として走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて10視野についてミクロ組織画像を撮影して、画像処理ソフトによって、初析セメンタイトの、長さである長径(L)と幅(厚さ)である短径(W)とを個々に測定し、アスペクト比(L/W)と最大の短径を調査した。なお、各視野の面積は25μm×20μmである。
表2に、前記の熱処理における具体的な加熱温度とミクロ組織の調査結果を示す。なお、表2には前述の表1に示した各鋼のAe1点、Aem点およびAr1点を併記した。
Figure 2009108354
次いで、前記の熱処理を施した直径が30mmの丸棒から、機械加工によって、直径が8mmで高さが12mmの加工用円柱試験片を作製し、この円柱試験片を用いて、熱間加工試験機(加工フォーマスタ試験機)により、表2に示す種々の条件で、熱間圧縮加工を行った。なお、表2における「保持時間」とは、加熱温度T℃に到達後加工開始までの時間を指す。
熱間加工後、400℃までの温度域は冷却ガス(Heガス)の流量を変化させて冷却速度を制御し、400℃を下回る温度域は冷却制御は行わず、自然放冷して冷却した。
次いで、次に示す方法で、各熱間加工後の試験片のミクロ組織を調査した。
先ず、各熱間加工後の試験片の中心軸を通り、加工方向である圧縮軸に平行に切り出した断面(以下、「縦断面」という。)が被検面になるように樹脂に埋め込み、鏡面研磨した後、ピクリン酸アルコール(ピクラル液)で腐食して、倍率を5000倍として走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて10視野についてミクロ組織画像を撮影した。なお、各視野の面積は25μm×20μmである。
次に、上記の撮影画像を用いて、画像処理ソフトによって各セメンタイトの長径Lと短径Wとを個々に測定し、L/Wが2.0以下であるセメンタイトの割合を算出した。
また、画像処理ソフトによってL/Wが2.0以下である各セメンタイトの円相当直径を導出し、それを算術平均してL/Wが2.0以下であるセメンタイトの平均粒径を求めた。
なお、以下の説明においては、上記のようにして求めたL/Wが2.0以下であるセメンタイトの割合を「球状化率」という。また、一般に球状化処理条件として用いられている20時間を超えるような長時間処理で得られる場合の球状化率は85%程度であるため、球状化率85%を球状化焼鈍の省略可否の判断基準とした。
さらに、前記熱間加工後のミクロ組織を観察した試験片を用いて、試験片表層部のフェライト脱炭層深さDM−Fを測定することも行った。すなわち、各試験片を3%硝酸アルコール(ナイタル液)で腐食して、倍率を400倍として、試験片表層部を光学顕微鏡を用いて5視野撮影し、各フェライト脱炭層深さDM−Fを測定した後、その算術平均値にてフェライト脱炭層深さDM−Fを評価した。
表2に、上記の各試験結果を併せて示す。なお、表2の「評価」欄における「○」は、球状化率85%以上かつアスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径が0.16μm以上を満たすとともに、フェライト脱炭層深さDM−Fが0.02mm以下を満足するものであること、すなわち、球状化焼鈍の省略効果が得られ、しかもフェライト脱炭も抑制できるものであることを示す。
一方、「×」は、
(a)球状化率85%以上、
(b)アスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径が0.16μm以上、
(c)フェライト脱炭層深さDM−Fが0.02mm以下、
のうちの少なくとも一つを満たさなかったものであることを示す。
表2から明らかなように、本発明で規定する条件を満たす試験番号1〜6の評価はいずれも「○」であって、85%以上の球状化率でかつアスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径は0.16μm以上であり、しかも、フェライト脱炭層深さDM−Fは0.02mm以下である。このため、本発明の製造方法によれば、球状化焼鈍が省略可能で、かつ表層部の脱炭を抑制することも可能であることがわかる。
一方、本発明で規定する条件を満たさない試験番号7〜14の場合には、球状化焼鈍の省略と表層部の脱炭の抑制とを同時に達成することができないことが明らかである。
すなわち、試験番号7の場合は、加工温度が820℃と810℃であって本発明で規定する範囲の上限値を上回るので、その球状化率は60%と低いものである。このため、球状化焼鈍を省略することはできない。
試験番号8の場合は、加工時の総加工量の変形量が5%で本発明で規定する範囲の下限値を下回っている。このため、その球状化率は45%と低く、球状化焼鈍を省略することはできない。
試験番号9および試験番号12の場合は、加熱温度がそれぞれ、1000℃と950℃で、本発明で規定する範囲の上限を超えるため、球状化率はいずれも0%で全く球状化されておらず、球状化焼鈍を省略することはできない。しかも、フェライト脱炭層深さDM−Fはともに0.03mmで、大きなフェライト脱炭が生じている。
試験番号10の場合は、保持時間(加工開始までの時間)が45分と長く、本発明で規定する範囲の上限を超えるため、球状化率は85%で目標を達成しているものの、フェライト脱炭層深さDM−Fは0.04mmで、大きなフェライト脱炭が生じている。
試験番号11の場合は、400℃までの温度域における冷却速度が10.0℃/sで、本発明で規定する範囲の上限を超えるため、その球状化率は65%と低く、球状化焼鈍を省略することはできない。
試験番号13の場合は、熱間鍛造前のミクロ組織における初析セメンタイトが旧オーステナイト粒界に沿ってネットワーク状に析出したもので、そのアスペクト比は20以上であり、本発明で規定する範囲の上限を超えるため、その球状化率は60%と低く、球状化焼鈍を省略することはできない。
試験番号14の場合は、600℃以上の温度域での加熱速度が1℃/sと遅く、本発明で規定する範囲の下限を下回るため、球状化率は85%で目標を達成しているものの、フェライト脱炭層深さDM−Fは0.025mmで、目標とする0.02mmを超えるフェライト脱炭が生じている。
本発明によれば、従来、熱間鍛造後の軸受粗成形品に対して、冷間加工性や切削加工性を高めるために施されていた20時間を超えるような長時間の球状化焼鈍を省略することができ、しかも、粗成形品表層部の脱炭を抑制することが可能となるので、エネルギー消費の少ない低コストかつ高い生産性の下に軸受部品、なかでも軌道輪のような部品を製造することができる。

Claims (1)

  1. 鍛造加工による軸受粗成形品の製造方法であって、質量%で、C:0.7〜1.2%およびCr:0.8〜1.8%を含む化学組成を有し、ミクロ組織がアスペクト比が10以下で短径が1.5μm以下の初析セメンタイトとパーライトとの混合組織である高炭素クロム軸受鋼鋼材を、600℃以上の温度域での加熱速度を10℃/s以上としてAe1点〜(Aem点−30℃)の温度域の温度T℃まで加熱し、次いで該温度T℃に到達後30min以内(30minを含む)に加工を開始して、Ar1点〜(Aem点−80℃)の温度域において、総加工量15%以上の変形量で鍛造加工を行って所定の粗成形品形状にした後、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で冷却することを特徴とする軸受粗成形品の製造方法。
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