上記の特許文献1で提案された技術は、「粗列ラピッド方式」を前提に考案された製造方法であって、前段の圧延用の粗圧延機列と、後段の圧延用としての例えば仕上げ圧延機列との間で被圧延材を放置する圧延方式を対象とし、被圧延材の加熱炉からの抽出以降仕上げ圧延に至る間、その被圧延材の全断面内で温度をA1点〜Acm点の間にあるように、すなわち、オーステナイトとセメンタイトとの2相域にあるように制御する技術である。しかしながら、この被圧延材を放置する圧延方式の場合には生産性の低下が避けられない。
特許文献2で提案された技術は、熱間加工中に発生する加工熱により鋼の温度を「A1点」を境にして上下させることによって、球状化組織を得る方法であり、特に、圧延途中に被圧延材をAr1点以下Ar1−200℃以上の温度域に冷却することで炭化物を析出させ、その後の圧延によって前記炭化物を変形破壊させ、さらにその後に行う圧延での変形熱により温度上昇させて、所望の球状化組織を得る方法である。つまり、被圧延材をAr1点以下に冷却することで層状パーライトを生成させ、加工によって前記の層状パーライトを分断し、その後の圧延に伴う変形熱によって、この分断された層状パーライトを核に、球状セメンタイトを生成させるものである。しかしながら、「層状パーライト組織」の変形抵抗は極めて大きく、圧延によって変形粉砕するためには、圧延機のミル負荷の増大を伴うので、非常に大きな設備投資が必要となって、製造コストが嵩むことを避けられない。
特許文献3で提案された技術は、圧延途中に被圧延材をAe1点以下でAr1点を超える温度域まで冷却した後、仕上げ圧延を開始するものであって、仕上げ圧延開始時点では、オーステナイト単相組織またはオーステナイトとフェライトあるいはセメンタイトとの混合組織であるが、仕上げ圧延中に加工誘起変態によりパーライトあるいはベイナイトを生成させ、これらの組織中に存在する炭化物をその仕上げ圧延で変形破壊させ、しかも仕上げ圧延での変形熱により温度上昇させて、所望の球状化組織を得る方法である。この技術は、前記特許文献2で提案された技術と同様に、パーライトあるいはベイナイトを生成させ、加工(仕上げ圧延)によって、前記のパーライトあるいはベイナイト中のセメンタイトを分断するとともに、その仕上げ圧延に伴う変形熱によって、この分断されたセメンタイトを核に、球状セメンタイトを生成させるものである。しかしながら、「パーライトあるいはベイナイト」の変形抵抗は極めて大きく、仕上げ圧延によって変形粉砕するためには、仕上げ圧延機のミル負荷の増大が伴い、非常に大きな設備投資が必要となって、製造コストが嵩んでしまう。
そこで、本発明は、従来は、熱間圧延のままでは、そのミクロ組織がパーライトの単相組織あるいはベイナイトなど硬質相とパーライトの混合組織であって冷間加工性および切削加工性などの2次加工性が低く、20時間を超えるような長時間の球状化熱処理が施されていた軸受鋼鋼材について、圧延のままで球状化組織を有し、上記長時間の球状化熱処理を省略あるいはその球状化熱処理の時間を短縮することが可能で、かつ生産性の高い製造方法を提供することを目的とする。
より具体的には、本発明の目的は、熱間での線材圧延および棒鋼圧延といった圧延のままで球状化組織を有し、球状化熱処理時間を従来の半分程度に短縮することが可能な高炭素クロム軸受鋼鋼材の製造方法を提供することであり、さらには、従来の球状化熱処理で得られる球状セメンタイトを球状化熱処理を行わずとも得ることが可能な高炭素クロム軸受鋼鋼材の製造方法を提供することである。
本発明者らは、前記した課題を解決するために、先ず、球状化熱処理時間短縮効果を得るための最適なミクロ組織について検討を行った。その結果、下記(1)〜(4)の知見を得た。
(1)生産性を低下させず、球状化熱処理時間を短縮するためには、全連続式熱間圧延方法で圧延された状態で、セメンタイトをアスペクト比の小さい、すなわち可能な限り球状に近い形態にしておく必要がある。
(2)しかしながら、通常、熱間での連続圧延では旧オーステナイト粒界に沿って初析セメンタイトがネットワーク状に析出してしまう。したがって、初析セメンタイトを旧オーステナイト粒界以外の多数の析出サイトで核生成・成長させることが、旧オーステナイト粒界に沿ったネットワーク状の初析セメンタイトの析出を抑制するのに有効である。
(3)球状化熱処理時間の短縮にはアスペクト比の小さい微細なセメンタイトが多ければ効果的であるものの、セメンタイトが微細化しすぎると軸受鋼鋼材の硬さが高くなりすぎるので、最終形状にするための冷間加工あるいは切削加工における加工性を阻害する可能性がある。
(4)したがって、セメンタイトは適度な大きさに成長させる必要がある。
そこで本発明者らは、上記のミクロ組織を得るための手段を検討し、その結果、特に、いわゆる「タンデムミル」を用いた全連続式熱間圧延方法の場合には、圧延機(列)の間に冷却設備を設けることにより、被圧延材の温度を所望の温度に制御できることから、次の(5)を着想するに至った。
(5)熱間での連続圧延の途中段間および仕上げ圧延において、圧延温度を低くしたいわゆる「低温圧延」を行い、初析セメンタイトを旧オーステナイト粒内にも均一に加工誘起析出させれば、旧オーステナイト粒界に沿って析出するネットワーク状の初析セメンタイトの形成を抑制できる可能性がある。
そこで、上記(5)の着想に基づいて確認試験を行ったところ、下記(6)に示す事項が明らかになった。
(6)確かに、熱間圧延温度を低くすれば、熱間圧延終了後の冷却過程で、旧オーステナイト粒界に沿って析出する初析セメンタイトを、ネットワーク状からアスペクト比の小さい形状に変化させることができる。しかしながら、その析出サイトは依然として旧オーステナイト粒界に限られ、旧オーステナイト粒内においてはパーライト変態による板状セメンタイトが析出してしまう。すなわち、熱間圧延温度を低くするだけでは、旧オーステナイト粒内にアスペクト比の小さい初析セメンタイトを加工誘起析出させることはできない。
そこでさらに、本発明者らは、旧オーステナイト粒内においてもアスペクト比の小さい形態のセメンタイトを得る手段について種々検討を行い、その結果、下記(7)〜(11)の知見を得た。
(7)旧オーステナイト粒内にセメンタイトを予め残存させておけば、熱間での連続圧延時にその残存セメンタイトの周辺にも加工歪を蓄積することが可能となり、初析セメンタイトを旧オーステナイト粒内にも均一に加工誘起析出させることができる可能性がある。
(8)すなわち、熱間での連続圧延前の加熱において、素材(被圧延材)を完全にオーステナイト化するのではなく、加熱前の素材に存在していたパーライト中のセメンタイトが粒状や球状にある程度残るような状態で熱間圧延を開始すれば、その旧オーステナイト粒内の微細な粒状や球状の残存セメンタイトが初析セメンタイトの加工誘起析出の析出サイトとなる。
(9)そして、熱間圧延温度を低くして、特定量以上の変形量で所定の形状に圧延すれば、旧オーステナイト粒界だけではなく旧オーステナイト粒内にも初析セメンタイトが微細に加工誘起析出し、さらに蓄積された加工歪によって炭素の拡散も促進されるので、加工誘起析出した初析セメンタイトや残存セメンタイトを適度な大きさに成長させることができる。
(10)その結果、従来の完全オーステナイト化後に圧延する全連続式熱間圧延方法の場合に析出する旧オーステナイト粒界に沿ったネットワーク状の初析セメンタイト、さらには、従来の全連続式熱間圧延方法や単に仕上圧延温度を低くしただけの全連続式熱間圧延方法の場合に析出する旧オーステナイト粒内に生成されるパーライトを構成する板状セメンタイトは、ともに生成が抑制されることとなるので、アスペクト比の小さいセメンタイト、換言すれば、球状に近い形態のセメンタイトが得られる。
(11)ただし、熱間での連続圧延の場合には、圧延に伴う加工発熱のために被圧延材の中心部の温度が上昇する。このため、たとえ加熱前の素材に存在していたパーライト中のセメンタイトが粒状や球状にある程度残るような状態で熱間圧延を開始しても、圧延条件によっては、圧延の途中段階で上記の粒状あるいは球状に残存させたセメンタイトが固溶してしまう。
そこで本発明者らは、さらに、熱間での連続圧延の過程で、被圧延材中に粒状あるいは球状のセメンタイトを残存させることができる手段について検討するために、質量%で、0.7〜1.2%のCおよび0.8〜1.8%のCrを含有する種々の高炭素クロム軸受鋼鋼材の熱間圧延として、2以上の圧延工程と、最初の圧延工程から最後の圧延工程までの間に1以上の中間冷却工程とを備える全連続式熱間圧延方法を採用して、具体的に種々の加熱条件および圧延条件の下で圧延試験を繰り返した。その結果、下記(12)〜(17)の知見を得た。
(12)オーステナイトとセメンタイトとの2相領域であるAe1点〜Aem点の温度域に加熱して熱間での連続圧延を開始すれば、該熱間圧延の素材である被圧延材の加熱前に存在していたパーライト中のセメンタイトを、圧延の開始時点において確実に、微細な粒状や球状のセメンタイトとして旧オーステナイト粒内に残存させることができる。
(13)前記した2以上の圧延工程と、最初の圧延工程から最後の圧延工程までの間に1以上の中間冷却工程とを備える全連続式熱間圧延方法によって圧延する場合、当該全連続式熱間圧延方法が、下記の条件〔1〕〜〔3〕の全てを満足するようにすれば、微細な初析セメンタイトを旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に均一に加工誘起析出させることができる。そして、条件〔1〕〜〔3〕の全てを満足しておれば、圧延終了後の最終冷却条件を適正化することによって、前記の初析セメンタイトと予め旧オーステナイト粒内に残存させていたセメンタイトとを適度な大きさに成長させて、アスペクト比の極めて小さい球状に近い形態のセメンタイトにすることができる。
〔1〕各圧延工程中の被圧延材の表面温度が、680℃〜(Aem点−30℃)の範囲内であること、
〔2〕中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること、
〔3〕総減面率が30%以上であること。
(14)しかしながら、上記(13)における熱間での連続圧延だけでは、オーステナイト中に固溶しているC(炭素)が全て熱間圧延時に初析セメンタイトとして加工誘起析出するわけではないので、熱間圧延後の最終冷却過程においても、なおセメンタイトの析出が生じる。しかしながら、初析セメンタイトが加工誘起析出することによってオーステナイト中の炭素の固溶量が少なくなっているため、熱間圧延終了後の最終冷却条件を適正化し、特に、400℃までの温度域を5℃/s以下の冷却速度で最終冷却すれば、パーライト変態が抑制される、換言すれば、板状セメンタイトの析出が抑制されるので、球状とまではいえないもののアスペクト比の比較的小さい初析セメンタイトが析出することとなる。
(15)そして、上述した熱間での連続圧延および圧延終了後の最終冷却を行うことにより、下記に示す(a)〜(c)を満たす球状に近いセメンタイトとフェライトからなるミクロ組織を有する軸受鋼鋼材が得られる。
(a)セメンタイトのうちで、アスペクト比が2.0以下であるものの割合が50%以上、
(b)セメンタイトのうちで、アスペクト比が5.0以下であるものの割合が75%以上、
(c)上記(a)のアスペクト比が2.0以下であるセメンタイトの平均粒径が0.16μm以上。
なお、前記の「アスペクト比」とは「長径/短径」のことを指す。以下の説明においては、長径を「L」、短径を「W」といい、さらに、アスペクト比を「L/W」ということがある。
(16)上記(a)〜(c)を満たす球状に近いセメンタイトとフェライトからなるミクロ組織を有することにより、球状化熱処理時間の短縮が可能となるに加え、さらにより望ましい加熱条件や圧延条件を選択すれば、球状化熱処理の省略も可能となる。
(17)上述した熱間での連続圧延および圧延終了後の最終冷却を行うことによって、球状化熱処理時間の短縮や省略が可能にはなるものの、従来の完全オーステナイト化後に圧延する全連続式熱間圧延方法や単に仕上圧延温度を低くしただけの全連続式熱間圧延方法に比べると、その圧延条件は過酷なものとなり、圧延途中で高炭素クロム軸受鋼鋼材に割れが生じたり、またフェライト脱炭が著しくなる場合がある。
そこで本発明者らは、さらに、質量%で、0.7〜1.2%のCおよび0.8〜1.8%のCrを含有する種々の高炭素クロム軸受鋼鋼材を用いて、連続圧延途中での割れ発生を防止するための試験と、フェライト脱炭を抑制するための試験を繰り返した。その結果、下記(18)〜(20)の知見を得た。
(18)熱間圧延中の割れ発生は、オーステナイト中に硬質なセメンタイトが分散したオーステナイトとセメンタイトの2相組織の延性が、オーステナイト単相組織のそれよりも低いことによるものである。したがって、圧延中の割れ発生を抑止するためには、オーステナイトとセメンタイトの混合組織の延性を高めればよい。
(19)延性向上のためには、高炭素クロム軸受鋼鋼材中のSをMnSとして固定し、固溶S量を下げることが有効で、このためには、S含有量を低減するとともに、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値を適正化すればよい。
(20)熱間圧延前に行う、Ae1点〜Aem点という低い温度域での加熱においては、被圧延材(素材)の温度を所定の領域まで上昇させるだけではなく、素材の断面内温度を均一にする必要があるため、加熱時間を長くしすぎると素材表面にフェライト脱炭が生じる。
そこで本発明者らは、さらに、圧延素材である被圧延材の表面におけるフェライト脱炭を確実かつ安定して防止するための加熱条件を検討し、その結果、下記(21)の知見を得た。
(21)Ae1点〜Aem点の温度域での加熱のうちでも、その温度域により加熱時間を考慮すれば、粒状または球状のセメンタイトを残存させたままで確実かつ安定して、圧延素材である被圧延材の表面におけるフェライト脱炭を抑制できる。
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記(1)および(2)に示す軸受鋼鋼材の製造方法にある。
(1)質量%で、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Mn:0.2〜1.2%、S:0.015%以下、Si:0.05〜1.0%を含み、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のTi:0.01%以下、P:0.02%以下、Cu:0.2%以下、Ni:0.25%以下、Al:0.05%以下、N:0.015%以下およびO:0.002%以下であり、かつ、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値が20〜170である化学組成を有する被圧延材を、Ae1点〜Aem点の温度域に加熱した後、2以上の圧延工程と、最初の圧延工程から最後の圧延工程までの間に1以上の中間冷却工程とを備える全連続式熱間圧延方法により圧延し、さらに、圧延終了後に、400℃までの温度域を冷却速度が5℃/s以下の条件で最終冷却する軸受鋼鋼材の製造方法であって、該全連続式熱間圧延方法が、下記の〔1〕〜〔3〕の全てを満足することを特徴とする軸受鋼鋼材の製造方法。
〔1〕各圧延工程中の被圧延材の表面温度が、680℃〜(Aem点−30℃)の範囲内であること、
〔2〕中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること、
〔3〕総減面率が30%以上であること。
〔1〕各圧延工程中の被圧延材の表面温度が、680℃〜(Aem点−30℃)の範囲内であること、
〔2〕中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること、
〔3〕総減面率が30%以上であること。
(2)Ae1点〜Aem点の温度域での加熱が、下記の条件〔4〕および〔5〕を満たすものであることを特徴とする上記(1)に記載の軸受鋼鋼材の製造方法。
〔4〕被圧延材の温度が750〜850℃となる時間が、累積時間で60min以下であること、
〔5〕被圧延材の温度が850℃を超えてAem点以下となる時間が、累積時間で120min以下であること。
なお、本発明における「Ae1点」および「Aem点」はそれぞれ、平衡状態における共析温度および平衡状態においてセメンタイトがオーステナイトに完全に固溶する温度を指す。
さらに、「全連続式熱間圧延方法」とは、例えば、「粗圧延機列−仕上げ圧延機列」や「粗圧延機列−中間圧延機列−仕上げ圧延機列」のような、2以上の圧延機列からなるタンデムミルを用いた圧延ラインにおいて、圧延機列間で被圧延材を放置することができない方法を指す。なお、上記において各圧延機列は複数台の圧延機から構成される場合だけではなく、1台の圧延機で構成されているものをも含む。
「総減面率」とは、全連続式熱間圧延方法における被圧延材の圧延前の断面積をA0、最終の圧延機を出た後の面積をAfとした場合に、{(A0−Af)/A0}×100で求められる値(%)を指す。
以下、上記 (1)および(2)の軸受鋼鋼材の製造方法に係る発明を、それぞれ、「本発明(1)」および「本発明(2)」という。また、総称して「本発明」ということがある。
本発明によれば、連続圧延のままで高い量の炭素とクロムを含む軸受鋼鋼材に従来の球状化熱処理した場合と遜色のないミクロ組織を確保させることができる。このため、従来、熱間圧延のままでは、そのミクロ組織がパーライトの単相組織あるいはベイナイトなど硬質相とパーライトの混合組織であって冷間加工性および切削加工性などの2次加工性が低く、20時間を超えるような長時間の球状化熱処理が施されていた高炭素クロム軸受鋼鋼材について、熱間圧延後の球状化熱処理を省略あるいはその球状化熱処理の時間を短縮することができる。
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお。以下の説明における各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
(A)軸受鋼鋼材の化学組成:
C:0.7〜1.2%
Cは、鋼の強度を確保する作用を有する。軸受鋼鋼材の場合には、特に、最終製品段階での転動疲労寿命および耐摩耗性の向上の観点から、焼入れ条件を適正化させ、焼入れ・焼戻し処理後のミクロ組織をマルテンサイトとセメンタイトの混合組織とするのに必須の元素である。上記した最終製品段階でのセメンタイトの析出・分散による強化効果を得るためには、0.7%以上のCを含有させる必要がある。しかしながら、Cの含有量が1.2%を超えると、製品段階での前記効果は得られるものの、仕上げ圧延後の冷却過程における初析セメンタイトの形態を制御することができないので、本発明の目的である球状化熱処理時間の短縮を実現することができない。したがって、Cの含有量を0.7〜1.2%とした。なお、C含有量の好ましい下限は0.8%である。また、好ましい上限は1.1%である。
Cr:0.8〜1.8%
Crは、セメンタイトを均一微細化させるとともに鋼の焼入れ性を向上させ、転動疲労寿命を向上させる作用を有する。この効果はCrの含有量が0.8%以上で発揮される。しかしながら、Crの含有量が1.8%を超えると、前記したセメンタイトの均一微細化および焼入れ性向上効果が飽和するだけでなく、かえって、転動疲労寿命が低下し、さらに冷間加工性の低下をも招く。したがって、Crの含有量を0.8〜1.8%とした。なお、Cr含有量の好ましい下限は0.9%である。また、好ましい上限は1.6%である。
Mn:0.2〜1.2%
Mnは、鋼の焼入れ性を高めて転動疲労寿命や耐摩耗性を向上させるのに有効な元素であり、0.2%以上含有させなければならない。しかしながら、1.2%を超えてMnを含有させても焼入れ性向上効果が飽和する。しかも、母材の硬さが高くなって、例えば切削時の工具寿命の低下をきたし、さらには、焼割れの原因ともなる。したがって、Mnの含有量を0.2〜1.2%とした。なお、Mn含有量の好ましい下限は0.3%である。また、好ましい上限は1.0%である。
S:0.015%以下
Sは、オーステナイトとセメンタイトとの2相領域における延性を低下させ、特にその含有量が0.015%を超えると、大きな延性低下を招くので圧延中に割れが生じてしまう。したがって、Sの含有量を0.015%以下とした。なお、Sの含有量は少なければ少ない方がよいが、脱硫処理工程のコスト増加をもたらすので、0.003%以上が好ましい。
Mn/S:20〜170
圧延中の割れ発生を抑止するためには、Sの含有量を0.015%以下とすることに加えて、固溶Sの量を減らすために、少なくともSをMnS(硫化物)として存在させる必要があり、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値が20以上であれば、Sが固溶Sとして延性低下を引き起こすことがない。一方、Mn/Sの値が大きすぎると、固溶Sは存在しなくなってSが延性低下を引き起こすことはなくなるものの、Mn/Sの値が170を超えると、生成したMnSの大きさが増大するため、粗大なMnSを起因とした延性低下を招く。したがって、Mn/Sの値を20〜170とした。
上記の理由から、本発明に係る軸受鋼鋼材の製造方法においては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Mn:0.2〜1.2%およびS:0.015%以下を含み、かつ、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値が20〜170である化学組成を有する軸受鋼鋼材を用いることとした。
本発明に係る軸受鋼鋼材の好ましい化学組成としては、例えば、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:1.2%以下、Mn:0.2〜1.2%およびS:0.015%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.01%以下およびPが0.03%以下で、かつ、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値が20〜170である化学組成を有する軸受鋼鋼材が挙げられる。
そして、上記の軸受鋼鋼材のうちでもより好ましい化学組成としては、C:0.7〜1.2%、Cr:0.8〜1.8%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.2〜1.2%およびS:0.015%以下を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、不純物中のTiが0.01%以下およびPが0.02%以下で、かつ、MnとSの含有量の比であるMn/Sの値が20〜170である化学組成を有する軸受鋼鋼材が挙げられる。
上述した各軸受鋼鋼材の不純物については、Cu、Ni、Al、NおよびOのような炭化物を形成しない元素の含有量はそれぞれ、Cu:0.2%以下、Ni:0.25%以下、Al:0.05%以下、N:0.015%以下およびO:0.002%以下であれば何ら球状化には影響しない。
(B)軸受鋼鋼材の加熱条件:
本発明(1)においては、前記(A)項で述べた化学組成を有する軸受鋼鋼材を、オーステナイトとセメンタイトとの2相領域であるAe1点〜Aem点の温度域に加熱した後、連続圧延を開始する必要がある。
これは、被圧延材、すなわち、熱間圧延によって所定の形状に加工する前の鋼材中に存在していたパーライト中のセメンタイトを、熱間圧延のための加熱段階でマトリックス中に全て固溶させてしまうのではなく、熱間圧延過程での初析セメンタイトの析出サイトとして活用できるように、微細な粒状または球状の状態で可能な限り残存させるようにすることが重要なためである。
なお、熱間圧延前に行う、Ae1点〜Aem点という低い温度域での加熱においては、被圧延材(素材)の温度を所定の領域まで上昇させるだけではなく、素材の断面内温度を均一にするために、長時間にわたる加熱処理が行われることがあり、この場合には、粒状あるいは球状のセメンタイトが残存したとしても、素材表面にフェライト脱炭が生じることがある。
そこで、圧延素材である被圧延材の表面におけるフェライト脱炭を確実かつ安定して防止するための加熱処理条件を検討した。その結果、Ae1点〜Aem点の温度域での加熱が、前記〔4〕の「被圧延材の温度が750〜850℃となる時間が、累積時間で60min以下であること」、および〔5〕の「被圧延材の温度が850℃を超えてAem点以下となる時間が、累積時間で120min以下であること」という2つの条件を満たせば、粒状または球状のセメンタイトを残存させたままで確実かつ安定して、圧延素材である被圧延材の表面におけるフェライト脱炭を抑制できることが判明した。
すなわち、Ae1点〜Aem点の温度域での加熱において、素材の加熱温度が750℃未満の場合にはその温度域での累積時間が長くなっても、素材表面にフェライト脱炭が生じることはない。
しかしながら、上記の加熱において、圧延素材である被圧延材の温度が750〜850℃となる時間が、累積時間で60minを超えると、その後に温度や保持時間などの加熱条件を変更しても、素材表面におけるフェライト脱炭を確実かつ安定して抑制することが困難なことがある。
また、Ae1点〜Aem点の温度域での加熱において、圧延素材である被圧延材の温度が750〜850℃となる時間が、累積時間で60min以下であっても、その後、被圧延材の温度が850℃を超えてAem点以下となる時間が、累積時間で120minを超えると、やはり、素材表面におけるフェライト脱炭を確実かつ安定して抑制することが困難なことがある。
上記の理由から、本発明(1)は、前記(A)項で述べた化学組成を有する軸受鋼鋼材を、Ae1点〜Aem点の温度域に加熱して圧延を開始することと規定した。
また、本発明(2)は、上記本発明(1)におけるAe1点〜Aem点の温度域での加熱が、下記の条件〔4〕および〔5〕を満たすものであることと規定した。
〔4〕被圧延材の温度が750〜850℃となる時間が、累積時間で60min以下であること、
〔5〕被圧延材の温度が850℃を超えてAem点以下となる時間が、累積時間で120min以下であること。
(C)軸受鋼鋼材の加熱後の圧延条件:
本発明は、前記(A)項で述べた化学組成を有する軸受鋼鋼材を、前記(B)項に記載の条件で加熱した後、2以上の圧延工程と、最初の圧延工程から最後の圧延工程までの間に1以上の中間冷却工程とを備える全連続式熱間圧延方法により圧延を行うものであるが、当該全連続式熱間圧延方法が、下記の条件〔1〕〜〔3〕の全てを満足する必要がある。
〔1〕各圧延工程中の被圧延材の表面温度が、680℃〜(Aem点−30℃)の範囲内であること、
〔2〕中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること、
〔3〕総減面率が30%以上であること。
これは、初析セメンタイトのアスペクト比を小さくするには、旧オーステナイト粒界に沿って析出するネットワーク状の初析セメンタイトを抑制する必要があって、そのためには、既に述べたように、熱間での連続圧延前の加熱段階で、圧延素材である被圧延材に存在していたパーライト中のセメンタイトを、マトリックス中に全て固溶させてしまうのではなく、微細な粒状または球状の状態で可能な限り残存させて熱間圧延過程での初析セメンタイトの析出サイトとして活用し、熱間での圧延時に旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に、セメンタイトを加工誘起析出させ、さらに成長させることが重要なためである。
つまり、前記(B)項の加熱段階で残存する微細な粒状あるいは球状のセメンタイト、さらには、熱間圧延段階で加工誘起析出したセメンタイトをオーステナイト中に固溶させないようにするとともに、変態によってオーステナイトからパーライトが生成することがないように、オーステナイトとセメンタイトとの2相組織が保たれるように圧延温度を制御し、加えて、圧延による総減面率を特定の値以上にして、加工誘起析出を促進させる必要がある。
すなわち、圧延温度はオーステナイトとセメンタイトとの2相組織を保つとともに圧延中にセメンタイトが加工誘起析出する温度域とする必要があり、そのためには、圧延前にAe1点〜Aem点の温度域に加熱してオーステナイトとセメンタイトとの2相組織にしたうえで、圧延温度をオーステナイトとセメンタイトとの2相域温度の低温側に管理する必要がある。ここで、圧延温度を上記オーステナイトとセメンタイトとの2相域温度の低温側にするのは、多くの転位の導入が可能で、しかも、その転位は容易には消失せずに旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に残存するセメンタイトの付近に集積することとなるので転位密度が高くなり、その残存セメンタイトの近傍で初析セメンタイトが優先的に析出、つまり、加工誘起析出することとなり、加えて、導入された転位によってC(炭素)の拡散が促進されるので、初析セメンタイトあるいは残存セメンタイトは適度な大きさに成長するからである。
そして、上述の効果は、オーステナイトとセメンタイトとの2相組織が保持された状態で発現でき、このためには、先ず、各圧延工程中の被圧延材の表面温度の上限を(Aem点−30℃)とする必要がある。
すなわち、各圧延工程中の被圧延材の表面温度が(Aem点−30℃)を超える場合には、熱間圧延で導入された転位は、再結晶に伴い容易に消失してしまうので、セメンタイトが十分に加工誘起析出できず、前記の効果が得られない。
なお、各圧延工程中の被圧延材の表面温度が680℃より低い場合には、多くの転位を導入できるものの、その温度で保持されることによって、オーステナイトとセメンタイトとの2相組織におけるオーステナイトがパーライト変態を開始してしまう。そして、変態によって生じたパーライトを圧延加工した場合には、パーライト中の一部の板状セメンタイトはわずかに分断されるものの、セメンタイトのアスペクト比はあまり小さくはならない。しかも、パーライトの変形抵抗は極めて大きいので、ミル負荷が極めて増大してしまう。したがって、各圧延工程中の被圧延材の表面温度の下限は、680℃以上とする必要がある。
したがって、本発明においては、各圧延工程中の被圧延材の表面温度について、前記の条件〔1〕、つまり、「680℃〜(Aem点−30℃)の範囲内であること」を満たすこととした。
各圧延工程中の被圧延材の表面温度が680℃〜Ae1点の温度範囲にあっても、圧延加工による変形が進行した場合には、安定してオーステナイトとセメンタイトとの2相域の状態を維持し難くなる場合がある。2以上の圧延機列において、特に後段側の圧延機列、例えば、「粗圧延機列−仕上げ圧延機列」の場合における「仕上げ圧延機列」、あるいは、「粗圧延機列−中間圧延機列−仕上げ圧延機列」の場合における「中間圧延機列」および「仕上げ圧延機列」においては、安定かつ確実にオーステナイトとセメンタイトとの2相域の状態を維持するために、圧延工程中の被圧延材の表面温度は、Ae1点〜(Aem点−30℃)であることが好ましい。
球状化熱処理の省略効果あるいは球状化熱処理時間の短縮効果をより安定して得るためには、上述の2以上の圧延機列における後段側の圧延機列での圧延工程中の被圧延材の表面温度は、Ae1点〜(Ae1点+40℃)であることがさらに好ましい。
なお、全連続式熱間圧延方法の場合には、圧延速度を極端に低下させない限り圧延に伴う加工発熱のために被圧延材の中心部の温度が上昇してしまうが、その場合であっても、最初の圧延工程から最後の圧延工程までの間に1以上の中間冷却工程を設け、連続圧延の途中段階で中間冷却を行うことによって、被圧延材の中心部温度を所望の温度に制御して、オーステナイトとセメンタイトとの2相域の状態を維持することができる。
しかしながら、連続圧延の途中段階で中間冷却を行う場合に、被圧延材の表面温度が低下しすぎると、当該冷却途中あるいは当該冷却終了後に前記オーステナイトとセメンタイトとの2相組織におけるオーステナイトがパーライト変態を開始し、その後の圧延で当該パーライトを加工することになってしまう。この場合には、パーライト中の一部の板状セメンタイトはわずかに分断されるものの、セメンタイトのアスペクト比はあまり小さくはならないし、パーライトの変形抵抗は極めて大きいので、ミル負荷が極めて増大してしまう。
連続圧延の途中段階での中間冷却によって被圧延材の表面が、「過冷状態」、すなわち温度低下した場合であっても、前記の条件〔2〕、つまり、「中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること」を満足すれば、被圧延材の表面の組織をオーステナイトとセメンタイトとの2相組織のままの状態にすることができる。
すなわち、水冷などによる中間冷却工程中に、被圧延材の表面温度が680℃を一時的に下回っても、オーステナイトは直ちにパーライト変態を開始するわけではない。しかしながら、その状態で時間が経過してしまうと、パーライト変態を開始する。また、被圧延材の温度がより低下すると、前記オーステナイトがベイナイト、マルテンサイトといった硬質相に変態することとなる。そして、パーライト変態すると、前述のように、その後の圧延で該パーライトを加工することになってミル負荷の大幅な増大をきたすし、さらに、硬質相への変態が生じると、該硬質相が圧延加工されることになるので、圧延途中で被圧延材の表面に割れが生じてしまう。
また、中間冷却工程における冷却終了後、続く圧延工程の圧延開始までに被圧延材の表面温度がAe1点まで復熱しない場合には、冷却終了後に、パーライトが形成されるため、その後の圧延において該パーライトを加工することになって、ミル負荷の大幅な増大をきたす。
しかしながら、中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上の温度に復熱するまでの時間Δtが10sを超えなければ、オーステナイトは実質的に前記変態を開始しない。
したがって、本発明においては、前記の条件〔2〕、つまり、「中間冷却工程において、冷却開始から冷却終了後被圧延材の表面温度がAe1点以上に復熱するまでの時間Δtが10s以下であること」も満たすこととした。
さらに、中間冷却工程において、冷却開始から被圧延材の表面温度がAe1点以上の温度に復熱するまでの時間Δtは、前記変態を安定して防止する理由から、6s以下とするのが好ましい。
なお、中間冷却工程中での被圧延材の表面温度は、割れを防止し、かつ被圧延材の表面の組織がオーステナイトとセメンタイトとの2相組織のままの状態に維持する理由から、500℃〜Ae1点に保持されることが好ましく、600℃〜Ae1点に保持されることがさらに好ましい。
前記の条件〔1〕および〔2〕を満足していても、連続圧延における総減面率が30%未満の場合には、加工に伴う転位の導入が不十分であるため、旧オーステナイト粒界および旧オーステナイト粒内に微細な初析セメンタイトを加工誘起析出させることができず、初析セメンタイトは旧オーステナイト粒界に沿ってネットワーク状に析出してしまう。したがって、球状化熱処理の省略効果あるいは球状化熱処理時間の短縮効果を得ることができない。
上記の理由から、本発明においては、総減面率が前記の条件〔3〕、つまり、「30%以上」も満たすこととした。
連続圧延における総減面率は、加工誘起析出により安定して微細な初析セメンタイトを析出させる理由から、60%以上であることが好ましい。連続圧延における総減面率の上限は、総減面率を極端に大きくすると、仕上げ圧延機に近づくにつれて、圧延速度が増加し、加工発熱が生じ、加工発熱の抑制のため、冷却設備あるいは圧延レイアウトの大幅な延長、増設が必要となる理由から、99.5%程度となる。
(D)軸受鋼鋼材の圧延後の最終冷却条件:
本発明においては、前記(A)項で述べた化学組成を有する軸受鋼鋼材を、前記(B)項に記載の条件で加熱し、次いで、前記(C)項で述べた全連続式熱間圧延方法で圧延を行って所定の形状にした後、400℃までの温度域を冷却速度が5℃/s以下の条件で最終冷却する必要がある。
圧延終了後に、400℃までの温度域の最終冷却速度が5℃/sを超える場合には、当該冷却時における初析セメンタイトや残存セメンタイトの成長が阻害されるとともに、パーライト変態するので、旧オーステナイト粒内にパーライトを構成する板状セメンタイトが析出することとなって、アスペクト比の極めて大きなセメンタイトの量が全体として増えてしまう。なお、最終冷却速度が極めて大きくなった場合には、パーライト変態ではなく、ベイナイト変態やマルテンサイト変態が生じるため、パーライトを構成する板状セメンタイトの析出は抑制できるものの、圧延材の硬さが高くなりすぎるので、その後の冷間加工性および切削加工性などの2次加工性の低下を招いてしまう。したがって、所定の形状への圧延を終了した後、400℃までの温度域を冷却速度が5℃/s以下の条件で最終冷却する必要がある。
なお、上述の5℃/s以下の冷却速度で最終冷却する温度域は圧延後400℃までとすれば十分であって、400℃を下回る温度域については特に規定する必要がない。このため、製造設備や生産性を勘案して、例えば、空冷(放冷)、強制風冷やミスト冷却などから適宜決定すればよい。
また、上記の400℃までの温度域の最終冷却速度の下限は、冷却速度を遅くすれば、パーライトの抑制効果が大きくなるが、冷却速度を遅くするための温度制御設備が必要となり、結果として製造コストの増加を招くことから、5℃/hとするのが好ましい。
以下、実施例により本発明を更に詳しく説明する。
(実施例1)
表1に示す化学組成を有する3種類の鋼A〜Cからなる角ビレット(160mm角で長さが10m)を準備した。
表1には、株式会社材料設計技術研究所で開発・販売されている状態図計算ソフトウェア「Pandat ver.6.0」によって求めた各鋼のAe1点およびAem点を併せて示した。
前記角ビレットを、下記の各圧延機列の間に冷却設備を備えた全連続式熱間圧延ラインによって、表2に試験番号2〜14として示した条件で「総減面率」が95.1%の熱間圧延を行い、直径40mmの棒鋼に加工した。
なお、表2における試験番号14は、オーステナイト単相域に加熱して熱間圧延する従来の全連続式熱間圧延方法である。
・粗圧延機列:8台の圧延機で構成、
・第一中間圧延機列:2台の圧延機で構成、
・第二中間圧延機列:4台の圧延機で構成、
・仕上げ圧延機列:2台の圧延機で構成。
なお、放射温度計を用いて圧延時の被圧延材の表面温度を測定した。そして、圧延の各段階での被圧延材の表面部および中心部の温度履歴について、前記の放射温度計で測定した表面温度測定値、冷却設備における冷却条件、冷却設備を出た後の大気中での冷却条件および圧延条件を考慮して、差分法による数値解析によって求めた。
連続圧延終了後、つまり、仕上げ圧延機列の2台目の圧延機による圧延を終了した後は、風冷など冷却媒体を変化させることによって冷却速度を制御し、400℃まで最終冷却した。なお、その後の冷却は大気中で放冷した。
なお、表2において粗圧延機列、第一中間圧延機列、第二中間圧延機列および仕上げ圧延機列をそれぞれ、「粗列」、「第一中間列」、「第二中間列」および「仕上げ列」と表記し、粗圧延機列と第一中間圧延機列との間の冷却設備を「冷却設備1」、第一中間圧延機列と第二中間圧延機列との間の冷却設備を「冷却設備2」、また、第二中間圧延機列と仕上げ圧延機列の間の冷却設備を「冷却設備3」と表記した。さらに、冷却設備1〜3を用いて冷却した場合、各設備での冷却開始から終了までの間で最も低くなった温度を、それぞれ「最低温度」と表記した。
なお、表2に記載の圧延開始温度、入側温度、出側温度および圧延終了温度は、放射温度計を用いて測定した被圧延材の表面温度であり、各冷却設備における最低温度については、前記のとおり、放射温度計で測定した表面温度測定値、冷却設備における冷却条件、冷却設備を出た後の大気中での冷却条件および圧延条件を考慮して、差分法による数値解析によって求めた被圧延材表面の温度履歴から、各冷却設備での被圧延材表面の最低温度を算出して記載したものである。
さらに、次に示す方法で、熱間圧延後のミクロ組織を調査した。
すなわち、先ず、直径40mmの各棒鋼から長さが20mmの試験片を切り出し、これらの試験片の中心軸を通り、圧延方向に平行に切り出した断面(以下、「縦断面」という。)が被検面になるように樹脂に埋め込み、鏡面研磨した後、ピクリン酸アルコール(ピクラル液)で腐食して、倍率を5000倍として走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて10視野についてミクロ組織画像を撮影した。なお、各視野の面積は25μm×20μmである。
次に、上記の撮影画像を用いて、画像処理ソフトによって各セメンタイトの長径Lと短径Wとを個々に測定し、L/Wが5.0以下であるセメンタイトの割合と、L/Wが2.0以下であるセメンタイトの割合をそれぞれ、算出した。
また、画像処理ソフトによってL/Wが2.0以下である各セメンタイトの円相当直径を導出し、それを算術平均してL/Wが2.0以下であるセメンタイトの平均粒径を求めた。
なお、以下の説明においては、上記のようにして求めたL/Wが2.0以下であるセメンタイトの割合を「球状化率」という。また、一般に球状化処理条件として用いられている20時間を超えるような長時間処理で得られる場合の球状化率は85%程度であるため、球状化率85%を球状化熱処理が必要か否かの判断基準とした。
表3に、上記の各試験結果を示す。なお、表3の「評価」欄における「◎」は球状化率85%以上を満たすもの、すなわち球状化熱処理の省略効果が得られるものを示し、球状化率85%以上を満たさなかったものは、「−」で示した。
また、上記ミクロ観察に用いた各試験片を、再度、鏡面研磨した後、3%硝酸アルコール(ナイタル液)で腐食して、倍率を400倍として、試験片表層部を光学顕微鏡を用いて5視野観察してフェライト脱炭の有無を調査した。
表3から、本発明で規定する製造条件を満たす試験番号2〜7のうち、第一中間列、第二中間列、仕上列での圧延工程中の被圧延材の表面温度が、Ae1点〜(Ae1点+40℃)であり、球状化熱処理の省略効果がより安定して得られた試験番号2、試験番号3および試験番号5については、その評価は「◎」であって、球状化率は85%以上であり、球状化焼鈍が省略可能であることがわかる。
また、試験番号4、試験番号7および試験番号11から、本発明(2)で規定する製造条件から外れた場合にはフェライト脱炭が生じることが明らかである。
(実施例2)
前記の実施例1で作製した直径が40mmの圧延棒鋼のうち、表3における評価が「−」、すなわち球状化熱処理の省略効果が得られなかった試験番号4および試験番号6〜13の直径40mmの各棒鋼から長さが300mmの試験片を切り出した。
次いで、これらの試験片を図2に示す全在炉時間が12hの条件で、大気雰囲気の箱型電気加熱炉装置を用いて、球状化熱処理を行った。
また、実施例1で作製した直径が40mmの圧延棒鋼のうち、試験番号14の直径40mmの棒鋼からも長さが300mmの試験片を切り出し、この試験片を図3に示す全在炉時間が24hの条件で、大気雰囲気の箱型電気加熱炉装置を用いて、球状化熱処理を行った。
なお、図2に示した熱処理パターンは、一般的な球状化熱処理として用いられている長時間処理の一例として示した図3の熱処理パターンに比べて、全在炉時間が半減したもので、球状化熱処理時間の短縮効果を調査するためのものである。
表4に、上記の球状化熱処理パターンとともに表3における製造条件を示す。
次いで、上記球状化熱処理した直径が40mmの各試験片について、次に示す方法で、ミクロ組織を調査した。
先ず、各球状化熱処理後の試験片の中心軸を通り、圧延方向に平行に切り出したいわゆる「縦断面」が被検面になるように樹脂に埋め込み、鏡面研磨した後、ピクリン酸アルコール(ピクラル液)で腐食して、倍率を5000倍として走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて中心部10視野についてミクロ組織画像を撮影した。なお、各視野の面積は25μm×20μmである。
次に、上記のミクロ組織撮影画像を用いて、画像処理ソフトによって各セメンタイトの長径Lと短径Wとを個々に測定し、L/Wが2.0以下以下であるセメンタイトの割合、つまり「球状化率」を算出した。
なお、球状化率については、一般に球状化処理条件として用いられている長時間処理を模擬した試験番号25の85%を判定の基準として85%以上の球状化率が得られることを目標とした。そして、球状化率85%以上の場合に球状化熱処理時間の短縮が可能と判断した。
表4に、上記の試験結果を併せて示す。なお、表4の「評価」欄における「○」は「球状化率が目標の85%に達していること」、すなわち球状化熱処理時間の短縮化の効果が得られることを示し、「×」は「球状化率が目標の85%に未達であること」を意味する。
表4から、本発明で規定する製造条件を満たす試験番号16〜18の場合、その評価は「○」であって、球状化熱処理時間を短縮できることが明らかである。
これに対して、製造条件が本発明で規定する条件から外れた試験番号19〜24の場合、その評価は「×」であって、球状化率は目標の85%に達しておらず、球状化熱処理時間の短縮化効果は認められない。