以下、本発明の好適な実施の形態について、添付図面に基づいて詳細に説明する。図1は、本実施例のエンジン計測装置1の概略接続構成を示す図であり、エンジン計測装置1は、エンジン13以外の実機部分(トランスミッション、タイヤ等)を接続することなくエンジン13単体での性能測定・評価を行なう試験において用いられ装置であり、試験対象たるエンジン13、エンジン13に接続されたダイナモメータ15、エンジン13及びダイナモメータ15を固定する架台(エンジンベンチ)16を備える。尚、エンジン13はエンジン保持機構16aを介して架台16に保持されている。
本実施例では、エンジン13の出力軸には、ユニバーサルジョイント14a等の連結手段を介してトルク伝達軸14の一端が接続されており、トルク伝達軸 14の他端には回転数検出器、トルクメータ等の各種検出器2が接続され、検出器2を介してダイナモメータ15に接続している。
本実施例のダイナモメータ15は、エンジン13の低速回転から最大能力での高速回転までの急激な回転数Nの変化が発生した場合にも各回転数Nに応じて、検出器2から安定な出力を得ることが可能なように、低慣性ダイナモメータとなっている。低慣性ダイナモメータは、後述するように電流・電圧を可変させることで負荷トルクを設定することが可能であり、エンジン13の回転に伴う純粋なトルクを検出することが出来る。
尚、本実施例では、トルク伝達軸14とダイナモメータ15に介在する検出器2においてトルクを検出することとするが、ダイナモメータ15の出力からトルクを検出することも可能である。また、トルク伝達軸14には、検出器2の他、クラッチ、変速機、各種の連結手段等が台上試験の目的に応じて挿入されていてもよい。
エンジン13の燃焼室(図示せず)内で燃料を燃焼させた結果、燃焼室から排出された排気ガスは、燃焼室の排気口に接続された排気管18を介して、排気ガス浄化を目的として触媒を装着する触媒装着部19に導かれ、触媒により浄化される。また、エンジン13の燃焼室から排出された排気ガスの温度を計測するために、エンジン13の燃焼室の排気口に接続された排気管18には排気温度計測用の温度センサ5が装着される。
但し、温度センサ5で計測される排気温度は、温度センサ5がエンジン13の燃焼室内に設置されるものではないことと、温度センサ5自体の特性による応答遅れがあることから、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度ではない。
更に、エンジン計測装置1は、エンジン制御部3、ダイナモメータ制御部4、測定部7、モデル作成シミュレーション部8、システム制御部11、操作部12、および表示部10を備えている。
エンジン制御部3は、エンジン13に接続され、スロットル開度や点火進角等の制御パラメータをエンジン13に与えて、エンジン13を駆動制御する手段であり、通常はECU、もしくはECUにバイパス回路を付加したエンジン制御回路で実現される。
例えば、エンジン制御部3がエンジン13に所定のスロットル開度を与えることによって、エンジン13は回転し、その回転はトルク伝達軸14を介してダイナモメータ15に伝達される。つまり、エンジン13の回転数は、スロットル開度を制御することによって制御されるものである。
尚、エンジン制御部3から与えられる制御パラメータには、回転数、スロットル開度以外にも、燃料注入量、空気注入量、燃料と空気の混合比、更にガソリンエンジンの場合には点火時間、ジーゼルエンジンの場合には燃料噴射制御方法等の様々なパラメータがある。
また、エンジン制御部3からはエンジンの動作状態を示すスロットルポジション、クランク角、吸気温度、排気温度、インジェクション時間、吸気・排気タイミング、進角値の様な信号が創出される。尚、エンジン制御部3はECUの代わりに仮想ECUと称するDSP(Digital Signal Processor)で実現される場合もある。
ダイナモメータ制御部4は、ダイナモメータ15に接続され、ダイナモメータ15に印加する電流・電圧を可変制御する手段である。ダイナモメータ15の電流・電圧を可変制御することによってダイナモメータ15に接続されたエンジン13の負荷トルクが制御される。尚、本実施例で使用するダイナモメータ15 は、低慣性ダイナモメータであり、ダイナモメータ15で検出される負荷トルクと、検出器2で検出される軸トルクは実質的に同一であるから、以下において負荷トルクと軸トルクは同義であるものとし、以下、単にトルクと称するものとする。
測定部7は、エンジン制御部3、検出器2、温度センサ5からのエンジン13の動作状態を示す信号を測定して入力し、各種の信号処理を行ない、モデル作成シミュレーション部8に出力する手段であり、具体的には、エンジン制御部3、検出器2、温度センサ5等から計測されるデータを取り入れる入力回路を含んだ入力部71、入力部71に入力されたデータを保存するデータメモリ72、データメモリ72に保存されたデータについて、後述するモデル作成シミュレーション部8での演算が行いやすいようノイズ除去(フィルタ)処理等の信号処理を行なう信号処理部73で構成される。
入力部71は、システム制御部11が、エンジン制御部3及びダイナモメータ制御部4の制御を行い、予め決められた試験条件下で台上試験を行なう間、検出器2から出力される回転数、トルク等のデータ及び温度センサ5で計測されるエンジン出力端における排気温度のデータを測定するとともに、エンジン制御部3からエンジン13に与えられたスロットル開度等の制御データを同期間に測定し入力する手段である。
尚、スロットル開度等の時系列データは、エンジン制御部3からではなく、システム制御部11から直接入力されてもよいし、エンジン13に設けられたスロットル開度検出器等からエンジン制御部3を介して入力されてもよい。
測定部7(入力部71)は、入力されるデータがアナログ信号である場合には、A/D変換器を備えており、デジタル信号に変換される。入力されるデータがデジタル信号である場合にはA/D変換器は不要であるが、いずれにせよ、入力される複数のデータは、信号処理部73での処理のため、相互に時間的同期がとれている必要がある。もちろんその同期化処理が、信号処理部73において行なわれても構わない。
データメモリ72は、入力部71に入力されたデータを一時格納する手段であり、信号処理部73での信号処理途中のデータ、及び信号処理結果のデータを一時格納することも出来る。
信号処理部73は、データメモリ72に格納されたデータに基づいて、各種の演算を行ない、後述するモデル作成シミュレーション部8で作成するモデルの最適値を決定するための信号処理を行なう手段である。信号処理部73には、例えば、データのノイズを除去するノイズ除去器(フィルター)、加減乗除器、微分積分器、平均値演算器、標準偏差演算器、データ度数等の計数器(カウンタ)、周波数解析器(FFT)等、公知の演算器が含まれる。
システム制御部11は、エンジン制御部3、ダイナモメータ制御部4、測定部7、モデル作成シミュレーション部8、表示部10及び操作部12の各制御を行なう手段である。尚、システム制御部11は、例えば、図示しない外部からの指示に基づいて動作するものであってもよい。また、エンジン制御部3がECUであってもよく、更に、エンジン制御部3がシステム制御部11を兼用していてもよい。
また、システム制御部11は、公知の実験計画法等に基づいて、台上試験の試験条件及び、入力部51に取り込むデータの種類を選択・決定し、モデル作成シミュレーション部8において、どのデータを制御パラメータとするかの選択・決定を行なう手段でもある。
モデル作成シミュレーション部8は、測定部7で得られたデータに基づいて、エンジンの定常動作・過渡動作に対するモデルを作成し、更に作成したモデルでエンジン制御部3及びダイナモ制御部4を制御してシミュレーションを行なう手段であり、それぞれ、モデル作成部81、データメモリ82、検証部83、シミュレーション部84を有する。
モデル作成部81は、信号処理部73で選択された制御パラメータや、検出器2や温度センサ5で計測されたデータを用いて、任意の入力と出力に介在する関係(伝達特性)を式、グラフ等で表現したモデルを作成し、これをデータメモリ82に格納する手段である。尚、制御パラメータの選択は、必ずしも信号処理部73で行なわれる必要はなく、システム制御部11やモデル作成シミュレーション部8において行なわれてもよい。
本実施例において、モデル作成部81で作成されるモデルには、温度センサ5の入力(エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られるべき排気温度)と出力(温度センサ5で計測される排気温度の値)の関係を表す温度センサモデルと、排気温度と点火進角の関係を表すエンジンモデルの2種類のモデルがある。
尚、本実施例におけるエンジンモデルは、排気温度と点火進角の関係を表しているが、排気温度と、点火進角以外の他の制御パラメータ(例えば、回転数やスロットル開度)の関係を表すものであってもよい。
また、本発明のエンジン計測装置1では、後述する実施例からも分かるように、制御パラメータとしての点火進角が、試験中、定常状態及び過渡状態で得られるような試験条件を設定し、これらの定常状態及び過渡状態で得られたデータを用いて、モデル作成、モデルシミュレーション、モデル評価を行なうことを特徴としている。
尚、本明細書において、定常状態とは、モデルを作成するのに必要なパラメータの値(本実施例では点火進角)を一定時間、一定値に安定させた状態(例えば、パラメータをステップ状に変化させること)を指し、このようにパラメータを制御して行なう試験を定常試験という。
一方、過渡状態とは、モデルを作成するのに必要なパラメータの値(本実施例では点火進角)を時間的に連続的に変化させた状態(例えば、パラメータを正弦波形状、三角波形状に変化させること)を指し、このようにパラメータを制御して行なう試験を過渡試験という。
本実施例では、定常試験で得られたデータは、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度の推定及び温度センサモデルの作成に用いられ、過渡試験で得られたデータは、エンジンモデルの作成・評価及び温度センサ特性モデルの評価に用いられることとなる。
尚、モデル作成部81には、モデルを作成する他、モデルの再作成・修正・パラメータ値調整等を行なうことも含まれる。
データメモリ82は、モデル作成部81で作成されたモデルを格納する手段である。
シミュレーション部84は、モデル作成部81で作成されたモデルに基づいて仮想シミュレーション、またはエンジン制御部3及びダイナモ制御部4を制御の上で、実機シミュレーションを行なう手段である。
検証部83は、シミュレーション部84のシミュレーション結果と、実測値とを比較してモデルの有効性・妥当性を検証する手段である。シミュレーション回数を増やして、シミュレーションの都度、モデルを修正することで、より正確なモデルの作成が図られる。尚、モデルの再作成・修正、パラメータ値の調整等が検証部83で行なわれてもよい。
表示部10は、データメモリ72,82に格納されている各種データ、モデルや、信号処理部73での演算結果や、シミュレーション部84でのシミュレーション結果、検証部83での検証結果等を表示する手段である。具体的に、表示部10は、個々のデータや信号処理部73での演算結果のみならず、複数のデータの関係グラフや、軌跡や、度数分布表や、標準偏差グラフ等を表示することが出来る。もちろん、データと信号処理部73での演算結果とは、同一時間におけるものであれば、組み合わせて同一画面に表示することも可能である。
表示部10において、例えば、点火進角をパラメータとした時のトルクと回転数の関係特性をグラフ表示することによって、エンジン13の基本性能を視覚的に一目瞭然に把握することが可能となる。
以下、エンジン計測装置1の全体動作について、図1のシステム構成図と、図2、図3のフロー図を参照して説明する。尚、本来、制御パラメータには、数多くの種類が存在しているが、説明の簡略化及び本発明のエンジン計測装置1の主目的より、本実施例のエンジン計測装置1では、回転数、アクセル開度、点火時期、点火進角といった、試験対象たるエンジン13の性能を評価する基本となるパラメータを制御パラメータとして設定し、この制御パラメータのうち、回転数、アクセル開度、点火時期を一定にして、点火進角を変化させて、台上試験を行なった際に、応答出力として得られるトルク及び排気温度への影響を求める排気ガス系の性能試験を例として示す。
エンジン計測装置1を使用しての排気ガス系の性能試験は、上述した温度センサモデルの作成(S200)、エンジンモデルの作成と、温度センサモデルへのフィードバック(S300)、及びエンジンモデルと温度センサモデルを組み合わせたシミュレーションと各モデルへのフィードバック(S400)の大まかなフロー(図2)により実施される。また、S240の詳細フローは、図3のフローチャートに示されている。以下、各フローの詳細について説明する。
まず、エンジン計測装置1は、の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度の推定及び温度センサモデル・エンジンモデル作成のための試験条件を設定する(S210)。本実施例での試験条件は、システム制御部11で実験計画法等の公知の手法に従って設定され、例えば、図4に示すように、回転数(図4中、Bで示されるグラフ)を2400〜2500rpmとし、スロットル開度(図4中、Cで示されるグラフ)を一定にして、点火進角(図4中、Gで示されるグラフ)を0、50、100、150、200度というように各々約200秒ずつ維持したステップ状に変化させて行なう定常試験と、点火進角を0から200度まで時系列的に連続的に上昇及び下降変化させる過渡試験とが、それぞれ少なくとも1回ずつ行なわれるようにする。
尚、本実施例の図4では、過渡試験、定常試験、過渡試験という順番で試験が行なわれるようになっているが、特にこの順序に限らない。また、定常試験の他に過渡試験を行なう理由は、S400のモデルシミュレーションまでを一括して行なうためであり、S200の排気温度の推定及び温度センサモデルの作成で必要とされる試験は、点火進角を0、50、100、150、200度とステップ状に変化させて行なう定常試験である。
このように設定された試験条件に従って、システム制御部11が、エンジン制御部3及びダイナモメータ制御部4を駆動制御して、台上試験を実施し、各種データを測定して、入力部71に入力し、データメモリ72に格納する(S220)。図4が計測結果を表すデータであり、最下段に示される点火進角(図4中、G)の値に応じて、最上段から順に、A/F(空燃比)(図4中、A)、エンジン回転数(図4中、B)、スロットル開度(図4中、C)、トルク(図4中、D)、吸入空気量(図4中、E)、排気温度(図4中、F)の時系列データが計測されたことが分かる。尚、排気温度は、温度センサ5で計測された値であり、点火進角の値の変化に対して、遅れ要素を持ちながら応答していることが分かる。
次に、信号処理部73は、計測されたデータについて、ノイズ除去等の処理信号処理を行い(S230)、モデル作成部81は、排気温度の推定及び、温度センサモデル作成を行なうとともに、温度センサモデルの精度向上・モデル修正のためのシミュレーションを行なう(S240)。尚、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度が推定できるということは、温度センサモデルの入力として与えられる信号が推定できるということであり、温度センサモデルの出力は、温度センサ5で計測可能であるから、つまりは、推定された入力と、計測可能な出力とに基づいて温度センサモデルを作成することが出来るのと同義である。
S240のフローの詳細は図3に示されるので、以下、図3を参照しながら説明する。
具体的にモデル作成部81は、点火進角をステップ状に変化させて行なった定常試験時に得られた温度センサ5で計測された排気温度のデータを元に、ARX手法により、時間遅れ要素の解析、周波数解析等の解析を行い(S520)、この解析結果に基づき、第1段階の温度センサモデル(以下、第1温度センサモデルと称する。第1、第2等の数値が付されない温度センサモデルは、包括的な意味・理論的な意味での温度センサモデル(エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度と温度センサ5で計測される排気温度との関係)を指す。また、本実施例における第1温度センサモデルは、ステップ応答関数)を作成する(S540)。
ここでまず、第1温度センサモデルを作成するために、点火進角をステップ状に変化させて行なう定常試験が行なわれる必要性について説明する。
上述したように、温度センサモデルを作成するためには、エンジン13の燃焼室の排気口付近の排気温度と温度センサ5で計測される排気温度の関係(伝達特性)を求める必要があるが、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度は、当然のことながら温度センサ5では計測不可能の値である。
そのために、計測不可能な排気温度を推定する必要があるが、推定のための前提として、点火進角の変化と排気温度の変化の追従性について理解する必要がある。すなわち、回転数や空燃比等の点火進角以外の制御パラメータを一定にした状態で点火進角を変化させると、排気温度もこれに追従して変化することが知られており、点火進角の変化の傾向を知ることによっておのずと排気温度の変化の傾向を推定することが出来る。尚、点火進角以外の制御パラメータを一定にしなければ、排気温度の変化傾向は、点火進角の変化傾向とはまた異なるものとなってしまうので注意が必要である。
変化の傾向を最も単純に表すことが出来る信号がステップ信号(ステップ応答関数)である。ステップ信号は、信号が変化する時間と、その変化量によってのみ定義されることは当然知られている。また、台上試験において、ステップ状の点火進角信号を、エンジン制御部3から創生し、エンジン13に出力することは、容易に行なえることである。
しかしながら、点火進角と排気温度の関係は非線形にあるため、ステップ状に点火進角を変化させた場合、排気温度が同じくステップ状に変化することまでは推定できても、排気温度の変化量までは推定できず、そのため、点火進角信号を、単純に排気温度(温度センサモデルの入力)とみなして用いることは出来ない。
そこで、排気温度を、推定が行ないやすいステップ信号とするために、点火進角をステップ信号として創生し、台上試験を行い、温度センサ5の計測値を見て、ステップ状の排気温度のステップ変化時間と変化量とを推定する(本実施例では、ステップ応答関数を求める)必要があるのである。
ステップ信号の変化時間については、点火進角の変化時間とほぼ同時刻にエンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度も変化することが分かっているため、これについては点火進角の変化時間と同時刻とみなせばよい。
また、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度が、点火進角のステップ変化に追従してステップ状に変化している否かの確認は、図4の計測データのうち、Dで示されるトルクデータが、Gで示される点火進角の変化と同時刻にステップ変化しているか否かを確認すればよい。
これは、トルクエネルギー+温度エネルギー=燃料エネルギーというエネルギー保存則に基づき、本実施例の台上試験では、点火進角以外の制御パラメータを一定としているので、つまりは温度エネルギーが一定であるから、点火進角の変化がそのままトルクの変化に現れるということによるものである。
図4の計測データ(DとG)を見ると、定常試験時、ステップ状に変化する点火進角と同時刻にトルクもステップ状に変化していることが分かり、これは、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる排気温度がステップ状に変化していることの裏づけとなる。
次に、本実施例で第1温度センサモデル(ステップ応答関数)を作成するためのARX法について簡単に説明する。ARX(Autoregressive Model with Exogenous Input)法は、係数を多項式の形で表し、多項式の級数の未知係数を回帰行列法で求めることから、AR法またはARX法と称され、データ解析に用いられる手法であり、逆行列の演算を避けるために再帰的最小二乗アルゴリズム等で行なわれるため、エンジンのモデル化等のシステム同定法(システムの入力と出力との間に存在する伝達関数を求めること)にも応用されているものである。
一般的な線形モデルをARXモデルで表すと以下のようになる。
y(t)=G(z) u(t) +H(z) e(t)・・・・(1)
A(z)=1+a1 z-1 +a2 z-2 + a3z-3+・・・・+anz-n
B(z)=b1 z-1 +b2 z-2 + b3z-3+・・・・+bnz-n
G(z)=B(z)/A(z)
H(z)=1/A(z)
(y(t):出力、u(t)=入力、G(z)=伝達関数、H(z)=外乱モデル、e(t)=雑音入力、z=シフトオペレータ)
これにより伝達関数がパラメータ aj、bj で表せていることになる。また、行列演算で求める為に(1) 式を遅延演算子を用いて書き換えると
遅延演算子:u[t]z-i=u[t-i]
から
y(t)= -a1y[t-1]-a2y[t-2]+・・・+any[t-n]+b1u[t-1]+b2u[t-2]+・・・bmu[t-m] +e[t]
これより、
パラメータベクトルθ =[a1 Λ an b1 Λ bm]T
データベクトルψ[t] =[-y[t-1] Λ -y[t-n] u[t-1] Λ u[t-m]]T
とすると
y[t] =θTψ[t] + e[t]
となる。(θ:温度)
これにより、入出力として u[m]、y[m] を用いてARXモデルの予測値を求めることが出来る。
また伝達関数も
からもとめることが出来る。ここで予測誤差は
で表される。例えばARXモデルの推定方法で最も簡単な最小自乗法で行なうと予測誤差の自乗平均値は
これの最適パラメータは
で表され、そのデンタル関数G(z)=B(z)/A(z) の推定値は
となる。このように、入出力関係から伝達関数の最適パラメータが求められるし、同様に伝達関数が推定できると入力値から出力値、出力値から入力値も推定できる。
尚、ARXモデルの精度は、損失関数(誤差の二乗)や決定係数等で判断する。例えば、次数を上げるとモデルの精度は上がり、損失関数値は小さくなる、A(z)、B(z)の次数、遅れ時間に関しては、次数を順番に変化させ、損失関数の値がほぼ一定になる次数を最適な次数とする。この最適化手法は公知の手法である。
ARX法を用いてのモデル化やモデル最適化は、市販のARXソフトウェアをエンジン計測装置1に組込むことで実現出来るため、ARX法の詳細については本明細書では省略することとする。
さて、S520では、具体的に、排気温度のステップ応答関数を求める前に、排気温度の定常試験データ(点火進角を0、50、100、150、200度とステップ状に変化させた時に得られたデータ、図4中Fの定常試験データ)が、ARX法で扱えるか否かの評価を行なうため、信号処理部73では、この定常試験データを、点火進角の各ステップ(0、50、100、150、200度の計5ステップ)毎のデータに分割して、図5(a)に示すように5本のグラフを同時表示する。時間軸が200sまであるのは、定常試験時に、各点火進角の値がそれぞれ約200s間維持されていたからである。
そして図5(a)の5本のグラフを時間応答関数として規格化すると、図5(b)のグラフが得られる。図5(b)のグラフより、異なる点火進角値について得られた排気温度の変化が、一種類のステップ応答関数で表せる(1入力線形時不変モデルで表せる)ことが分かるので、これより、図5(a)のグラフを平均化することで、図5(c)に示すようなステップ応答関数が得られる(S540)。つまり、このステップ応答関数が、ステップ入力と仮定された排気温度(これを第1推定排気温度と称する)と、温度センサ5の計測値との関係を示す第一温度センサモデルとなる。
尚、このステップ応答関数は、実際の温度センサ5の計測データの遅れ波形を見て、次のステップに変化する直前の値を、ステップ応答関数の変化量として設定することでも求められる。また、詳細は後述するが、第1温度センサモデルが同定された後でステップ応答関数を修正する場合には、最小二乗法を用いて、ステップ応答関数の変化量を設定している。
更に、作成された第1温度センサモデルの同定を行う(S550)。具体的には、図5(c)のステップ応答関数の入力値、すなわち、ステップ状の第1推定排気温度が、図6中、ステップ波形Hで示される。また、図6には、このステップ波形を入力値としたステップ応答関数の出力波形Iも示される。この出力波形は、温度センサ5の計測値(図6中、Jで示される波形。図6のJは、図4の計測データのうち、温度センサ5の計測値を定常試験期間のみ抽出したものである)に近似しており、ステップ応答関数の妥当性が示されていると言え、これで、第1温度センサモデルが同定されたことになる。
尚、ここで求められるステップ応答関数の精度は、ステップ時間幅を長くする、つまり、点火進角がステップ状に変化するまでの時間を長くするよう試験条件を設定することで、高くなるものであるが、本発明のエンジン計測装置1では、ここで推定された第1推定排気温度は、強制的に、第1温度センサモデルであるステップ応答関数を当てはめることによって求められた値に過ぎず、当然のことながら、定常試験の結果にのみしか対応しないものであり、これが過渡試験の結果とも対応しなければ、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる真の排気温度が推定されたとは言えない。
ここで、強制的に第1推定排気温度を第1段階としてステップ応答関数に当てはめて推定した理由は、これを最終的な推定値として使用するのでなく、次なる第2段階で、この推定値(もしくは第1温度センサモデル)に基づいて、更なる高精度の推定を計り、過渡試験の計測データからも真の排気温度の復元が可能なような第2温度センサモデルを作成するためである。
従って、先のステップ応答関数を求めるS540のフローにおいて、推定精度の高さは要求されない。また、ARX法によれば、点火進角があるステップ値を維持するまでの時間が200s〜250s程度確保されていれば、本実施例で要求される精度のステップ応答関数を求めることが可能であるから、通常一般的に行なわれる定常試験のように、計測データが定常状態に安定するのを待つ必要はなく、定常試験と言えど、過渡試験の試験時間の短さには及ばないものの、測定時間の短縮化が図られる。
さて、S580のフローの説明に進むとともに、ステップ応答関数を求めたS540のフローにおいて、推定精度の高さが要求されない理由について説明する。理論的には、入力信号と出力信号の間の伝達特性を表すステップ応答関数が定まれば、このステップ応答関数(=横軸が時間で表される時間関数)の周波数解析を行い、利得(ゲイン)と周波数の関数(利得の周波数特性)に変換し、更にこの逆特性を求め、この逆特性をフィルタとして、出力信号にかける処理を行なうことで、元の入力信号の復元が可能となる。つまり、第1推定排気温度が求められる。
先に求めたステップ応答関数の解析を行い(S580)、利得の周波数特性に変換して表したものが、図7のKで示されるグラフある。このグラフKを見ても分かるように、基本的にどのような伝達関数であっても、利得の周波数特性というのは、高周波になるほど利得が下がり、また、不安定になっているのが特徴である。
この利得の周波数特性の逆特性は、このグラフKを−10dBの軸を境に上下反転させたグラフとなる。そしてその逆特性フィルタを、温度センサ5で計測された計測データ(伝達特性で言われるところの出力信号)にかけると、当該逆特性フィルタは、高周波帯域の利得が無限に発散してしまうため、復元されるはずの入力信号も、実際には復元されず、雑音の多い信号となってしまい、入力信号として用いることが出来ず、復元された意味がなくなってしまう。
尚、フィルタは本実施例ではデジタルフィルタが採用されており、元の伝達関数から見た出力信号に、畳み込み(積和)演算を行なうことで、入力信号を復元することが出来るが、フィルタの実現方法はデジタルフィルタに限らない。
つまり、利得の周波数特性の逆特性からは、理論上は入力信号を復元することが出来ても、実際の計算機を使った場合には、大概の逆特性をフィルタとして用いた場合、高周波帯域における処理結果(解)が発散してしまい、入力信号を全帯域において復元することは出来ないということである。つまりは、先に求めたステップ応答関数から、そのまま、第1推定排気温度の算出を行なうことは現実的に出来ないということである。
そこで、本発明のエンジン計測装置1では、雑音が入った復元意義のない入力信号(第1推定排気温度)をそのまま真の排気温度推定値として扱うことによりその後のエンジンモデル作成やエンジンモデルシミュレーションの精度を悪化させるのではなく、ステップ応答関数の利得の周波数特性に基づき、復元不可能と思われる周波数帯域についての復元をやめ、エンジンモデルの作成やシミュレーション評価に影響のない範囲の精度で、復元可能な周波数帯域において排気温度を推定するようにした点に特徴があると言える。
具体的には、図7に表されているステップ応答関数の利得の周波数特性グラフKに基づき、入力信号を復元可能な周波数限界を定める。本実施例では、ステップ応答関数の利得の周波数特性Kの基準レベル(図7で、−10dBのレベル)に対して−40dB(つまり、図7において−10dB−40dB=−50dBのところ)の利得を有する周波数を復元可能な周波数限界と定める。本実施例では基準レベル−40dBの利得を有する周波数は、0.1Hzである。
復元可能な周波数限界の決定は、必ずしも、−40dB地点の周波数である必要はなく、エンジン計測装置1におけるエンジンモデルの評価の際、ノイズレベルと定義されるレベルの周波数に設定されればよい。
また本実施例の場合は、ちょうど、0.1Hzあたりから、利得が急激に落ちてノイズレベルに達しているとともにノイズ成分が多く含まれているので、0.1Hz以下の高周波数帯域については、逆特性フィルタにより、入力信号を復元しても、ノイズが多く含まれてしまうことになる。
復元可能な周波数限界が定められたら、この設定周波数の半値帯域を有する目標インパルス応答関数を設計する(S600)。本実施例の目標インパルス応答関数は、図7のグラフLに示され、0.1Hzの1周期の正弦波の半波を自乗して簡単に求めることが出来る。
目標インパルス応答関数を設計することにより、先の設定周波数までの周波数帯域の入力信号が復元可能となることが示される。尚、本実施例では、設定周波数までの入力信号の復元可能性を示すため、元のステップ応答関数(グラフK)とその逆特性関数の積が1となるような目標インパルス応答関数を用いているが、周波数分布の少ない、いわゆるギブス現象の少ない関数であれば必ずしもインパルス応答関数である必要はない。
つまり、目標インパルス応答関数を設計することで、逆特性フィルタによる入力信号の復元を行った時に、確実に設定周波数までの入力信号が復元され、設定周波数より高周波帯域についてはノイズが発生しないような入力信号の復元が行われるのである。
尚、図7のグラフKとグラフLの逆FFT変換を行い、横軸を時間軸で、縦軸を相対リニアスケールで表したものが、図8のグラフNとグラフOである(図7のグラフKと図8のグラフN、図7のグラフLと図8のグラフOがそれぞれ対応関係にある)。
目標インパルス応答関数が設計されたら次に、実際に入力信号を復元するために必要となる補正フィルタの設計を行う(S610)。補正フィルタは、いわば、目標インパルス応答関数が設計された上で(復元可能な周波数限界を設定した上で)元のステップ応答関数との積が1となるような、逆特性フィルタを指している。
具体的には、図7の目標インパルス応答関数のグラフLから、ステップ応答関数のグラフKを減算する(対数目盛上の減算。実際の演算は除算である)ことで、Mに示される補正フィルタの周波数特性が得られる。グラフLは、目標インパルス応答関数であるから、ここで得られた補正フィルタMとステップ応答関数Kの積は1(目標インパルス応答関数L)となる。
尚、図7の補正フィルタのグラフMに対して逆FFT変換を行い、横軸を時間軸に、縦軸を相対リニアスケール、かつ、面積の総和が1となるように表したのが、図9のグラフである。面積の総和が1となるようにしているのは、この図9の補正フィルタの時間関数が、実際に、入力信号復元のための逆特性フィルタとして用いられているからであり、逆特性フィルタとしていつでも同じ演算結果が得られるようにするためである。
こうして得られた図9の補正フィルタにより、ある特定周波数帯域においては、どのような温度センサ5の計測値に対する入力値についても復元(推定)できるということになる。この補正フィルタにより復元される排気温度を、第2推定排気温度と称する。
図10(a)は、図9の補正フィルタを、図4で計測された全期間(過渡試験、定常試験の全ての期間)に渡る排気温度(温度センサ5の計測データ)に対してかけ、演算処理し、第2推定排気温度を求めた結果を示している(S620)。図10(a)中、Pが図4に示されていたのと同じ排気温度(温度センサ5の計測値)を表し、Qが図4に示されていたのと同じ点火進角を表し、Rが、補正フィルタがかけられ推定された第2推定排気温度を表し、Sが、先に第1温度センサモデルの入力値として推定された第1推定排気温度を表している。
また、図10(b)は、図10(a)の最初の0〜100秒までの過渡試験データの拡大グラフである。
尚、上述したように、第1温度センサモデルは、あくまで、第2段階で、目標インパルス応答関数と補正フィルタの設計を行い第2温度センサモデルを作成するために作成された仮のモデルとも言えるので、Sは、リファレンスとして図10(a),(b)に表示しているのみであるが、このSとRは、定常試験期間においては、よく一致していることが言える。つまり、Rでは、第2温度センサモデルを用いて排気温度のステップ変化が推定されていると言える。
そもそも、第1温度センサモデルは、入力信号(排気温度)がステップ状信号となることを前提として定常試験を行い、この定常試験データによって仮定されたモデルであり、ステップ状信号が得られない過渡試験データから入力信号の復元が行えないのは当然のことである。
しかし、図10(b)を見れば分かるように、過渡試験における温度センサ5の計測データPと、補正フィルタを用いて復元された第2推定排気温度のデータRとを比較すると、同じような波形傾向でまた遅れ要素を持っていることが分かる。これより、補正フィルタを用いることによって、定常試験データの復元のみならず、過渡試験におけるステップ状信号ではない排気温度データの入力信号も復元されることが分かる。
そして、補正フィルタを用いて推定された第2推定排気温度と、温度センサ5の計測データとの間の関係を第2温度センサモデルとして作成する(S630)。第2温度センサモデルは、過渡試験、定常試験すべての全期間に渡って作成されることが望ましい。
こうして、補正フィルタを用いて第2推定排気温度が、定常状態、過渡状態にかかわらず算出されたことになるので、この第2推定排気温度をエンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる真の排気温度とみなし、次に、この真の排気温度(現段階では第2推定排気温度と同じ)と点火進角の関係を表すエンジンモデルを作成し、エンジンモデルのシミュレーションにより、第2推定排気温度をより更に真の排気温度に近づけ(第2温度センサモデルの精度を向上させ)、エンジンモデルの精度を向上させるためのフィードバックフロー(S300、S400)の説明に移る。
尚、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる真の排気温度を精度よく推定する必要があるのは、そもそも、このエンジンモデルの精度を高めるためである。仮に、温度センサ5の計測データと点火進角の関係を求めたのではエンジンモデルの精度は当然のことながら、低く、排気ガス削減のためのエンジン制御を精度よく、効率的に行うことが出来ないからである。
まず、シミュレーション部84は、図11に示すような、定常試験期間における第1温度センサモデルの入力信号(第1推定排気温度)と点火進角の関係を表すグラフTと、図10の0〜180sの過渡試験期間において、補正フィルタにより復元された第2推定排気温度と点火進角の関係を表すグラフUを、表示部10に表示し、検証部83で、図11に示された定常試験データに基づくエンジンモデルTと過渡試験データに基づくエンジンモデルUとを比較する(S320)。
図11のグラフT中、丸印で示されているのが、第1温度センサモデルの入力シミュレーション計算値である。定常試験は、点火進角を0、50、100、150、200度に設定して行なわれる、図示されるように計6点(0度が2点)の計算値が得られることになる。この丸印の点をほぼ結んだ実線が、この6点の計算値の最小二乗法により求められた、排気温度と点火進角の関係を表すエンジンモデルである。
また、図11のグラフU中、点線で示されているのは、図10に示したグラフR(補正フィルタにより復元された第2排気温度)のうち、0〜180sの期間のデータをそのまま、横軸を点火進角にとって、連続的にスイープさせたものであり、データ点数は約3000点である。0〜180sの期間では、点火進角を過渡状態に変化させているため、同じ点火進角値に対して複数(本実施例では2点)ずつの排気温度データが存在している。そして、グラフUの実線は、こうしてスイープさせた点線データの最小二乗法により求められた、排気温度と点火進角の関係を表すエンジンモデルである。
つまり、本実施例のエンジン計測装置1では、過渡試験と定常試験の両方を行なっているため、エンジンモデルを、過渡試験データからと、定常試験データからと、両方から作成することが出来、これらの相互比較によって、エンジンモデルの検証、並びに、温度センサモデルの検証を行なうことが出来るのである。しかも、定常試験は、第1温度センサモデルを作成するためにのみ実施すればよく、後は過渡試験データを用いてエンジンモデルの作成や評価が出来るので、測定時間やシミュレーション時間、モデル作成・評価にかかる時間の短時間化が図られる。
尚、図11のグラフからは、上述したとおり、排気温度と点火進角の関係が非線形であることもまた分かる。
さて、S330で、図11のグラフTとグラフUの実線を比較すると、点火進角が小さい領域においては、定常試験データによるエンジンモデルと過渡試験データによるエンジンモデルは、ほぼ一致しているものの、点火進角が100度以降になると、若干、相違が見られる。
本来であれば、試験対象たるエンジンが変わらなければ、同じエンジンモデルを表しているはずであるから、試験方法が過渡であろうと定常であろうと一致すべきであるから、一致しない箇所があるということは、作成されたエンジンモデルもしくは第1温度センサモデルもしくは第2温度センサモデルが正しくない、ということである。
特に、第2温度センサモデルの作成の際に、復元可能な周波数帯域の設定(目標インパルス応答の設計)が最適でなく、例えば、設定周波数を高くしすぎると、復元された第2排気温度データにより多くのノイズが含まれ、結果としてエンジンモデルの精度に影響を及ぼすことになるし、逆に設定周波数が低すぎると、復元されるべきデータの一部が復元されず、そのためにエンジンモデルの精度が低くなることが想定される。
そこで、モデル作成部81は、定常試験データで作成されたエンジンモデルと過渡試験データで作成されたエンジンモデルとを一致させるため、これらモデル及び温度センサモデルの修正を行なう(S340)。このように、定常試験データと過渡試験データが一致することを目標としてモデルの修正を行なうことで、より真の排気温度の推定精度及びモデルの精度が高められる。
ここでモデルの修正について説明する前に、エンジンモデルと温度センサモデルの関係について図15を参照しながら説明する。
図15は、点火進角、回転数、トルク、排気温度等のエンジン関連パラメータと、これらのパラメータ間に介在するエンジンモデル、第1温度センサモデル、第2温度センサモデル(目標インパルス応答、補正フィルタ)の関係を示す相関図である。
つまり、点火進角や回転数・トルク等のパラメータ(本実施例では点火進角)と排気温度の関係を表すのがエンジンモデルであり、エンジンモデルは、エンジン13の動作及び性能を表すモデルとも言えるので、排気ガス削減等のためのエンジン制御に用いられるものである。エンジンモデルの精度向上のためには、出力信号としての排気温度が、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる真の排気温度であることが望ましい。
しかし、エンジン13の燃焼室の排気口付近で得られる真の排気温度は、実際には計測不可能であり、この真の排気温度と計測排気温度(温度センサ5の計測値)との間には、エンジン13の燃焼室の排気口と温度センサ5の設置位置の差によって生じる温度誤差や応答遅れを表す温度センサモデルが介在している。
この温度センサモデルは、モデルの入力信号がステップ信号となることを仮定して行なう定常試験の結果、作成された、第1推定排気温度と計測排気温度の関係を表す第1温度センサモデルと、第1温度センサモデルの周波数解析結果に基づいて、復元できる周波数帯域において第2推定排気温度を復元するための目標インパルス応答と、この目標インパルス応答に基づいて第2推定排気温度を復元するための補正フィルタとに分けられる。目標インパルス応答と補正フィルタがいわば、第2温度センサモデルである。
そして、計測排気温度と、第2温度センサモデルに基づいて、第2推定排気温度を求め、第2推定排気温度を真の排気温度とみなし、推定された真の排気温度と点火進角の関係に基づいてエンジンモデルを作成し、作成されたエンジンモデルが妥当であるかを検証するため、エンジンモデルの出力として得られるはずの真の排気温度が、定常試験データと過渡試験データの双方において一致するかを確認し、一致しなければ、排気温度の推定が間違っていることになるから、第1温度センサモデル(本実施例ではステップ応答関数)もしくは第2温度センサモデル(目標インパルス応答と補正フィルタ)を修正することになるのである。
モデルを修正する際の修正目標としては、目標インパルス応答の設計の差異にかかわらず、推定(復元)される入力信号の値が変化しないこと、つまり、目標インパルス応答の影響が、入力信号の推定に現れないこと、が挙げられる。
図12(a),(b)は、図10のグラフRの30〜70s期間及び0〜100s期間を表したグラフV(補正フィルタをかけて復元された第2推定排気温度、目標インパルス応答の影響が入っているもの)と、このグラフVのデータに更に、先の補正フィルタに対応して設計された目標インパルス応答関数を乗算して、目標インパルス応答の影響を取り除いた状態の排気温度のグラフWを示している。尚、横軸は時間(s)、縦軸は排気温度(℃)を表している。
図12のグラフVとグラフWを比較すると、各々の変曲点等において数値の差があるため、モデル作成部81は、この差が一定値に収束するよう、つまり、第2推定排気温度について、目標インパルス応答の影響がなくなるよう、第1温度センサモデルのステップ応答関数、第2温度センサモデルの目標インパルス応答関数・補正フィルタのいずれか1以上のパラメータを変更する。尚、いずれのモデルのパラメータを修正するかは、図12のグラフVとグラフWの差を見て決定することも出来るし、任意でよい。
このように、目標インパルス応答の設計差異に基づく、第2推定排気温度への影響がなくなるように、モデルを修正することで、第1温度センサモデル、第2温度センサモデルの最適化が図られ、もって、第2推定排気温度が真の排気温度とみなされる度合いが向上し、エンジンモデルの高精度化に貢献することになるのである。
そして、シミュレーション部84は、変更されたモデルに基づいて、再度シミュレーションを行い(具体的には、第1温度センサモデルを修正した場合には、第2温度センサモデルを再作成し、再作成された第2温度センサモデルに基づいて、第2推定排気温度の再算出を点火進角が定常状態、過渡状態の全ての期間において行うか、または第2温度センサモデルは修正せず、定常状態のみついて第2排気温度を算出しなおす。また第2温度センサモデルを修正した場合には、修正された第2温度センサモデルに基づいて、第2推定排気温度の再算出を点火進角が定常状態、過渡状態の全ての期間において行う)、検証部83は、図11に示したような定常試験と過渡試験両方のエンジンモデルを作成して比較表示し、双方のエンジンモデルが一致するようになるまで、S320〜S340のフローを繰り返し(必要に応じて、S240(S520〜S630)のフローを全て又は部分的に)実行する。
モデル修正を繰り返した結果、定常試験と過渡試験の両方について、図11の手法と同様に作成されたエンジンモデルが図13のグラフXとグラフYの実線である。尚、グラフXは、定常試験のシミュレーション結果(丸印で示される点)と、この結果に基づいて作成されたエンジンモデル(実線)、グラフYは、過渡試験のシミュレーション結果(点線)と、この結果に基づいて作成されたエンジンモデル(実線)である。
図13のグラフより、定常試験と過渡試験のそれぞれのエンジンモデル(実線)は、概ね一致傾向を示しており、これがエンジン制御に用いられるエンジンモデルとして確定する。モデル作成部81は、修正されたエンジンモデル、第1温度センサモデル、第2温度センサモデルのパラメータ値をデータメモリ82に格納する(S350)。
最後に、シミュレーション部84は、確定したエンジンモデルと第2温度センサモデルを組み合わせた統合モデルを用いた統合シミュレーションを行ない(S410)、検証部83は、実機試験の結果との比較を行なう(S420)。尚、実機試験の結果は、既に行なわれた定常試験と過渡試験の結果が用いられてもよいし、過渡試験のみ新たに実施されてもよい。過渡試験は、定常試験と異なり、点火進角の値を時間的に連続的に変化させて、かつ、全ての点火進角の値が網羅されるようにして行なわれるので、計測データが定常状態に落ち着くのを待つのに時間がかかる定常試験よりも遥かに短時間に試験が行なわれ、かつ、データ取得点数も多く、計測精度が向上する。
図14は、実機試験により得られた温度センサ5の計測データを表すグラフZ1と、統合シミュレーション(エンジンモデルに入力の点火進角を与えて得られた出力を更に第2温度センサモデルの入力として与えて、出力を得る)の結果得られた温度センサ5の計測データを表すグラフZ2である。
図14によれば、グラフZ1とグラフZ2は、概ね一致傾向を見せており、つまり、実機試験の結果と、作成されたモデルのシミュレーション結果が一致したということである。これにより、エンジンモデル及び第2温度センサモデルの妥当性が確認されたということになるので、最終的なモデルのパラメータがデータメモリ82に格納される(S500)。
ここで、両者の値が著しく異なっている等の不具合がある場合には、S340に戻って、各モデルのパラメータ修正の検討を行なう。
このように、作成されたエンジンモデルと第2温度センサモデルを組合せた状態でシミュレーションすれば、当該シミュレーションの出力結果と、実測可能な計測排気温度データとを直接比較することが可能となり、この比較結果をモデル修正にフィードバックすることが出来るので、より検証精度、モデル精度が高まる。
以上、エンジン計測装置の実施例につき説明したが、本発明のエンジン計測装置は、上記実施例で説明した構成要件の全てを備えたエンジン計測装置に限定されるものではなく、各種の変更及び修正が可能である。また、かかる変更及び修正についても本発明の特許請求の範囲に属することは言うまでもない。
上記実施例は、エンジン計測装置1を用いて、試験対象たるエンジン13の性能を評価する指標のうち基本的なパラメータとされる回転数、スロットル開度、点火時期を一定にして、点火進角を変化させた時のエンジンの排気温度への影響を求めることを示したものであるが、点火進角と排気温度の関係をエンジンモデルとして求める以外にも、回転数やトルクと排気温度の関係を同様にエンジンモデル化することも可能である。また、排気温度の代わりに、排気ガスの成分別排気量をエンジンモデルの出力とすることも可能である。
本発明のエンジン計測装置1によれば、計測排気温度データに基づいて、第1推定排気温度と計測排気温度の関係を示す第1温度センサモデルが作成され、この第1温度センサモデルの周波数解析結果に基づいて、復元可能な周波数帯域において復元された第2推定排気温度と計測排気温度の関係を示す第2温度センサモデルが作成され、第2推定排気温度を真の排気温度と見なすことで、測定不可能であった真の排気温度が精度よく推定可能になるので、この推定された真の排気温度に基づいて、より正確なエンジンモデルを作成出来るようになり、燃費性能の向上、NOX削減と、エンジン性能の向上の両立が可能なエンジン制御が行えるようになることが期待される。加えて、エンジン開発、排気ガスの触媒浄化率の向上の観点からも有効な手段が提供されると言える。
また、本発明のエンジン計測装置1により、定常試験は、最初に第1温度センサモデルを作成するためにのみ行なわれればよく、その後のモデル作成やシミュレーションは、過渡試験の結果を用いればよく、また最終的に実機試験等を行なう場合にも過渡試験を行なえばよいので、試験時間の短縮、評価検討時間の短縮に貢献することもまた期待される。