つぎにこの発明を具体例に基づいて説明する。先ず、この発明で対象とする変速機について説明すると、この発明で対象とする変速機は、少なくとも二つの動力伝達経路を備えており、それら両方の動力伝達経路を介して、動力源から出力部材にトルクを伝達できるように構成され、その結果、動力源と出力部材との回転数の比である変速比を連続的に変化させることのできる変速機である。より具体的には、各動力伝達経路は、ポンプおよびモータのそれぞれとして機能する可変容量型流体圧ポンプモータを備えており、この押出容積に応じたトルクを伝達するように構成され、さらにそれぞれの可変容量型流体圧ポンプモータが圧力流体を相互に授受できるように連通されている。したがって、一方の可変容量型流体圧ポンプモータがポンプとして機能することにより、その押出容積に応じたトルクが動力源から出力部材に伝達され、同時に、一方の可変容量型流体圧ポンプモータから他方の可変容量型流体圧ポンプモータに圧力流体が供給されて他方の可変容量型流体圧ポンプモータがモータとして機能する。すなわち、圧力流体を介した動力伝達が、並行して行われる。そのトルクが他方の動力伝達経路を介して出力部材に伝達される。その結果、出力部材に伝達されるトルクは、各動力伝達経路を介して伝達されるトルクの合計になり、しかも圧力流体を介して伝達されるトルクは、各押出容積に応じて変化するので、結局は、変速比が連続的に変化することになる。
各動力伝達経路は、それぞれ変速比の異なるギヤ対や巻き掛け伝動機構などの伝動機構を備えることができ、一方の動力伝達経路のみを介して出力部材にトルクを伝達する場合には、変速機の全体としての変速比は、その動力伝達経路における伝動機構の変速比で決まる。このような変速比を仮に固定変速比と称すると、固定変速比を設定している状態では、圧力流体を介した動力の伝達が生じないので、動力の損失が生じにくく、効率のよい伝動状態となる。なお、いずれかの伝動機構のみをトルク伝達に関与させるようにするために、クラッチ機構などの切換機構を各伝動機構に含ませることが好ましく、あるいは動力源もしくは出力部材と伝動機構との間に切換機構を設けることが好ましい。
この発明で対象とする変速機は、圧力流体を介して動力を伝達するように構成されているので、ハイドロスタティックトランスミッション(HST)として構成した変速機であってもよいが、上述したように機械的な動力伝達によって変速比を設定する機能を兼ね備えたハイドロスタティック・メカニカル・トランスミッション(HMT)として構成されたものであることが好ましい。そのメカニカルトランスミッションの部分は、必要に応じて適宜の構成とすることができ、常時噛み合っているギヤ対をクラッチ機構もしくは同期連結機構によって選択する構成の機構や、複数の遊星歯車機構もしくは複合遊星歯車機構によって複数の変速比を設定できる構成などを採用することができる。また、可変容量型流体圧ポンプモータは、動力源と出力部材との間に直列に介在させる構成以外に、反力手段として可変容量型流体圧ポンプモータを用いる構成とすることもできる。
つぎに、この発明で対象とする変速機の構成を具体例に基づいて説明する。図9に示す例は、車両用の変速機として構成した例であり、差動機構を動力分配機構として使用するとともに、伝動機構として複数のギヤ対を使用し、したがって可変容量型流体圧ポンプモータが反力機構となっている例であって、流体を介さずにトルクを伝達して設定できるいわゆる固定変速比として四つの前進段および一つの後進段を設定するように構成した例である。すなわち、図9において、動力源(E/G)1に入力部材2が連結されており、この入力部材2からこの発明における差動機構に相当する第1遊星歯車機構3および第2遊星歯車機構4にトルクを伝達するように構成されている。
動力源1は、内燃機関や電気モータあるいはこれらを組み合わせた構成など、車両に使用されている一般的な動力源であってよい。また、この動力源1と入力部材2との間にダンパーやクラッチ、トルクコンバータなどの適宜の伝動手段を介在させてもよい。
第1遊星歯車機構3は、入力部材2と同一軸線上に配置され、第2遊星歯車機構4が第1遊星歯車機構3の半径方向で外側に離隔し、それぞれの中心軸線を平行にした状態で並列に配置されている。これらの遊星歯車機構3,4は、シングルピニオン型やダブルピニオン型などの適宜の形式の遊星歯車機構を用いることができる。図9に示す例はシングルピニオン型遊星歯車機構によって構成した例であり、外歯歯車であるサンギヤ3S,4Sと、そのサンギヤ3S,4Sと同心円状に配置された、内歯歯車であるリングギヤ3R,4Rと、これらサンギヤ3S,4Sとリングギヤ3R,4Rとに噛み合っているピニオンギヤを自転自在かつ公転自在に保持したキャリア3C,4Cとを備えている。そして、第1遊星歯車機構3におけるリングギヤ3Rに前記入力部材2が連結され、このリングギヤ3Rが入力要素となっている。
また、入力部材2にはカウンタドライブギヤ5が取り付けられており、このカウンタドライブギヤ5にアイドルギヤ6が噛み合っているとともに、そのアイドルギヤ6にカウンタドリブンギヤ7が噛み合っている。このカウンタドリブンギヤ7は、前記第2遊星歯車機構4と同一軸線上に配置され、かつ第2遊星歯車機構4のリングギヤ4Rに、一体となって回転するように連結されている。したがって、第2遊星歯車機構4においては、そのリングギヤ4Rが入力要素となっている。各遊星歯車機構3,4の入力要素であるリングギヤ3R,4Rは、カウンタギヤ対がアイドルギヤ6を備えた構成であるから、同方向に回転するようになっている。
第1遊星歯車機構3におけるキャリア3Cは出力要素となっており、そのキャリア3Cに第1中間軸8が、一体になって回転するように連結されている。この第1中間軸8は中空軸であって、その内部をモータ軸9が回転自在に挿入されており、このモータ軸9の一端部が、第1遊星歯車機構3における反力要素であるサンギヤ3Sに、一体となって回転するように連結されている。
第2遊星歯車機構4も同様な構成であって、そのキャリア4Cが出力要素となっており、そのキャリア4Cに第2中間軸10が、一体になって回転するように連結されている。この第2中間軸10は中空軸であって、その内部をモータ軸11が回転自在に挿入されており、このモータ軸11の一端部が、第2遊星歯車機構4における反力要素であるサンギヤ4Sに、一体となって回転するように連結されている。
上記のモータ軸9の他方の端部が可変容量型ポンプモータ12の出力軸に連結されている。この可変容量型ポンプモータ12は、斜軸ポンプや斜板ポンプあるいはラジアルピストンポンプなどの吐出容量を変更可能な流体圧(油圧)ポンプであって、その出力軸にトルクを与えて回転させることによりポンプとして機能して圧力流体(圧油)を吐出し、また吐出口もしくは吸入口から圧力流体を供給することにより、モータとして機能するようになっている。なお、この可変容量型ポンプモータ12を以下の説明では、第1ポンプモータ12と記し、図にはPM1と表示する。
また、モータ軸11の他方の端部が、可変容量型ポンプモータ13の出力軸に連結されている。この可変容量型ポンプモータ13は、前記モータ軸9側の第1ポンプモータ12と同様の構成のものであり、したがって斜軸ポンプや斜板ポンプあるいはラジアルピストンポンプなどの吐出容量を変更可能な流体圧(油圧)ポンプを採用することができる。なお、この可変容量型ポンプモータ13を以下の説明では、第2ポンプモータ13と記し、図にはPM2と表示する。
各ポンプモータ12,13は、圧力流体である圧油を相互に受け渡すことができるように、油路14,15によって連通されている。すなわち、それぞれの吸入ポート12S,13S同士が油路14によって連通され、また吐出ポート12D,13D同士が油路15によって連通されている。したがって各油路14,15によって閉回路が形成されている。この閉回路での油圧制御のための機構については後述する。
上記の各中間軸8,10と平行に、この発明の出力部材に相当する出力軸16が配置されている。そして、この出力軸16と各中間軸8,10との間のそれぞれに、所定の変速比を設定する伝動機構が設けられている。この発明における伝動機構としては、固定された回転数比(変速比)で動力を伝達する機構に限らず、変速比が可変な機構を採用することができ、図9に示す例では、固定された変速比で動力を伝達する複数のギヤ対17,18,19,20が採用されている。
具体的に説明すると、前記第1中間軸8には、第1遊星歯車機構3側から順に、第4速ギヤ対17の第4速駆動ギヤ17Aと第2速ギヤ対18の第2速駆動ギヤ18Aとが配置されており、第4速駆動ギヤ17Aと第2速駆動ギヤ18Aとは第1中間軸8に対して回転自在に嵌合している。その第4速駆動ギヤ17Aに噛み合っている第4速ギヤ対17の第4速従動ギヤ17Bと、第2速駆動ギヤ18Aに噛み合っている第2速ギヤ対18の第2速従動ギヤ18Bとが、出力軸16に一体回転するように取り付けられている。
さらに、上記の第4速従動ギヤ17Bに噛み合っている第3速ギヤ対19の第3速駆動ギヤ19Aと、第2速従動ギヤ18Bに噛み合っている第1速ギヤ対20の第1速駆動ギヤ20Aとが、第2中間軸10に回転自在に嵌合させられている。したがって、第4速従動ギヤ17Bが第3速ギヤ対19の第3速従動ギヤを兼ねており、また第2速従動ギヤ18Bが第1速ギヤ対20の第1速従動ギヤを兼ねている。ここで、各ギヤ対17,18,19,20の回転数比もしくは変速比(それぞれの駆動ギヤの歯数に対する従動ギヤの歯数の比)について説明すると、その回転数比は、第1速用ギヤ対20、第2速用ギヤ対18、第3速用ギヤ対19、第4速用ギヤ対17の順に小さくなるように構成されている。
さらに、発進用ギヤ対21が設けられている。この発進用ギヤ対21は、第1速用ギヤ対20と併せて出力軸16に動力を伝達することにより、発進時の駆動力を必要十分に大きくするためのものであって、前記第1ポンプモータ12側のモータ軸9に取り付けられた発進駆動ギヤ21Aと、出力軸16に回転自在に取り付けられた発進従動ギヤ21Bとを備えている。
上述した各ギヤ対17,18,19,20,21を、いずれかの中間軸8,10と出力軸16との間でトルク伝達可能な状態とするためのクラッチ機構が設けられている。このクラッチ機構は、要は、選択的にトルクを伝達する機構であって、従来知られているドグクラッチ機構や同期連結機構(シンクロナイザー)などの機構を採用することができ、図9にはシンクロナイザーを採用した例を示してある。
シンクロナイザーは、基本的には、回転軸と共に回転するスリーブと、その回転軸に対して相対回転する他の回転部材に設けられたスプラインと、前記スリーブに押されて他の回転部材側に移動するシンクロナイザーリングとを有している。そして、スリーブを他の回転部材のスプライン側に移動させる過程でシンクロナイザーリングが回転部材に次第に摩擦接触することにより回転軸と回転部材とを同期させ、その状態でスリーブがスプラインに係合することにより、回転軸と回転部材とを連結するように構成されている。前記出力軸16上で、発進従動ギヤ21Bに隣接する位置に第1のシンクロナイザー(以下、第1シンクロと記す)22が設けられている。この第1シンクロ22は、そのスリーブを図9の左側に移動させることにより、発進従動ギヤ21Bを出力軸16に連結し、発進用ギヤ対21がモータ軸9と出力軸16との間でトルクを伝達するように構成されている。
また、前記第2中間軸10上で、第3速駆動ギヤ19Aと第1速駆動ギヤ20Aとの間に第2のシンクロナイザー(以下、第2シンクロと記す)23が設けられている。この第2シンクロ23は、そのスリーブを図9の左側に移動させることにより、第1速駆動ギヤ20Aを第2中間軸10に連結し、第1速用ギヤ対20が第2中間軸10と出力軸16との間でトルクを伝達するように構成されている。また、反対にそのスリーブを図9の右側に移動させることにより、第3速駆動ギヤ19Aを第2中間軸10に連結し、第3速用ギヤ対19が第2中間軸10と出力軸16との間でトルクを伝達するように構成されている。
さらに、前記第1中間軸8上で、第2速駆動ギヤ18Aと第4速駆動ギヤ17Aとの間に第3のシンクロナイザー(以下、第3シンクロと記す)24が設けられている。この第3シンクロ24は、そのスリーブを図9の左側に移動させることにより、第2速駆動ギヤ18Aを第1中間軸8に連結し、第2速用ギヤ対18が第1中間軸8と出力軸16との間でトルクを伝達するように構成されている。また、反対にそのスリーブを図9の右側に移動させることにより、第4速駆動ギヤ17Aを第1中間軸8に連結し、第4速用ギヤ対17が第1中間軸8と出力軸16との間でトルクを伝達するように構成されている。
またさらに、第2ポンプモータ13側のモータ軸11上で、第2中間軸10の軸端に隣接する位置に後進用のシンクロナイザー(以下、Rシンクロと記す)25が設けられている。このRシンクロ25は、そのスリーブを図9の右側に移動させることにより、モータ軸11と第2中間軸10、すなわち第2遊星歯車機構4におけるサンギヤ4Sとキャリア4Cとを連結して、第2遊星歯車機構4の全体を一体回転させるように構成されている。
上記の各シンクロ22,23,24,25は、手動操作によって切り替え動作するように構成することができるが、これに替えていわゆる自動制御するように構成することもできる。その場合は、例えば前述したスリーブを軸線方向に移動させる適宜のアクチュエータ(図示せず)を設け、そのアクチュエータを電気的に制御するように構成すればよい。
上述したように、図9に示す変速機は、動力源1が出力したトルクが、いずれかの中間軸8,10もしくはモータ軸9,11を介して出力軸16に伝達されるように構成されている。そして、その出力軸16には、歯車機構あるいはチェーンなどの巻き掛け伝動機構などの伝動手段26を介してデファレンシャル27が連結され、ここから左右の車軸28に動力を出力するようになっている。
さらに、変速機の動作状態を検出するためのセンサが設けられている。具体的には、前述した入力部材2もしくはこれと一体のカウンタドライブギヤ5の回転数Ninを検出する入力回転数センサ29、前記車軸28の回転数Noutを検出する出力回転数センサ30、第1ポンプモータ12の回転数NPM1を検出する回転数センサ31、第2ポンプモータ13の回転数NPM2を検出する回転数センサ32などが設けられている。
つぎに、上記の各ポンプモータ12,13を制御するための流体圧回路(油圧回路)について説明する。各ポンプモータ12,13を連通させている前記閉回路14,15には流体(具体的にはオイル)を補給するためのチャージポンプ(ブーストポンプと称されることもある)33が設けられている。このチャージポンプ33は、上記の閉回路からの漏れなどによるオイルの不足を補うためのものであって、前述した動力源1や図示しないモータなどによって駆動されて、オイルパン34からオイルを汲み上げて閉回路に供給するようになっている。
そのチャージポンプ33の吐出口は、前記閉回路における油路14と油路15とにそれぞれチェック弁35,36を介して連通されている。なお、これらのチェック弁35,36は、チャージポンプ33からの吐出方向に開き、これとは反対方向に閉じるように構成されている。さらに、チャージポンプ33の吐出圧を調整するためのリリーフ弁37が、チャージポンプ33の吐出口に連通されている。このリリーフ弁37は、スプリングによる弾性力とパイロット圧もしくはソレノイドによる押圧力との和より高い圧力が作用した場合に開いてオイルをオイルパン34に排出するように構成されており、したがってチャージポンプ33の吐出圧をパイロット圧に応じた圧力に設定するように構成されている。
さらに、第1ポンプモータ12の吸入ポート12Sと油路15との間に、リリーフ弁38が設けられている。言い換えれば、第1ポンプモータ12と並列に、各油路14,15を連通させるようにリリーフ弁38が設けられている。このリリーフ弁38は、第1ポンプモータ12の吸入ポート12S、または第2ポンプモータ13の吸入ポート13Sから圧油を吐出する場合に、その吐出圧を予め設定した圧力に維持するように構成されている。また、第2ポンプモータ13の吐出ポート13Dと油路14との間に、リリーフ弁39が設けられている。言い換えれば、第2ポンプモータ13と並列に、各油路14,15を連通させるようにリリーフ弁39が設けられている。このリリーフ弁39は、第2ポンプモータ13の吐出ポート13D、または第1ポンプモータ12の吐出ポート12Dから圧油を吐出する場合に、その吐出圧を予め設定した圧力に維持するように構成されている。
上記の各ポンプモータ12,13の押出容積や各シンクロ22,23,24,25を電気的に制御できるように構成されており、そのための電子制御装置(ECU)40が設けられている。この電子制御装置40は、マイクロコンピュータを主体にして構成されたものであって、所定の回転部材の回転数や他の検出信号が入力され、それらの入力された信号および予め記憶している情報ならびにプログラムに基づいて演算を行い、その演算結果に応じて指令信号を出力するように構成されている。
つぎに、上述した変速機の作用について説明する。図10は、各変速段を設定する際の各ポンプモータ(PM1,PM2)12,13、および各シンクロ22,23,24,25の動作状態をまとめて示す図表であって、この図10における各ポンプモータ12,13についての「OFF」は、ポンプ容量を実質的にゼロとし、その出力軸が回転させられても圧油を発生することがなく、また油圧が供給されても出力軸が回転しない状態(フリー)を示し、「LOCK」はそのロータの回転を止めている状態を示している。さらに「油圧発生」は、ポンプ容量を実質的なゼロより大きくするとともに圧油を吐出している状態を示し、したがって該当するポンプモータ12,13はポンプとして機能している。また、「油圧回収」は、一方のポンプモータ13(もしくは12)が吐出した圧油が供給されてモータとして機能している状態を示し、したがって該当するポンプモータ12(もしくは13)は軸トルクを発生し、対応するモータ軸9,11および中間軸8,10に駆動トルクを伝達している。
そして、各シンクロ22,23,24,25についての「右」、「左」は、それぞれのシンクロ22,23,24,25におけるスリーブの図9での位置を示すとともに、丸括弧はダウンシフトするための待機状態、カギ括弧はアップシフトするための待機状態を示し、そして「○」は該当するシンクロ22,23,24,25をOFF状態(中立位置)に設定することにより引き摺りを低減している状態、「●」は該当するシンクロ22,23,24,25をOFF状態(中立位置)に設定して中立状態となっていることを示す。
ニュートラルポジションが選択されてニュートラル(N)状態を設定する際には、各ポンプモータ12,13が「OFF」状態とされ、また各シンクロ22,23,24,25のスリーブが中央位置に設定される。したがって、いずれのギヤ対17,18,19,20,21も出力軸16に連結されていないニュートラル状態となる。すなわち、各ポンプモータ12,13が、それらの押出容積(ポンプ容量)が実質的にゼロとなるように制御される。その結果、いわゆる空回り状態となるので、各遊星歯車機構3,4のリングギヤ3R,4Rに動力源1からトルクが伝達されても、サンギヤ3S,4Sに反力が作用しない。そのため、出力要素であるキャリア3C,4Cに連結されている各中間軸8,10にはトルクが伝達されない。
シフトポジションがドライブポジションなどの走行ポジションに切り替えられると、第1シンクロ22のスリーブが図9の左側に移動させられるとともに第2シンクロ23のスリーブが、図9の左側に移動させられる。したがって、発進駆動ギヤ21Aがモータ軸9に連結されて第1ポンプモータ12と出力軸16とが連結され、また第1速駆動ギヤ20Aが第2中間軸10に連結されて第2遊星歯車機構4の出力要素であるキャリア4Cと出力軸16とが連結される。すなわち、固定変速比である第1速を設定する状態となる。また、これと併せて各ポンプモータ12,13の押出容積がゼロより大きい容積に制御される。
したがって、第2ポンプモータ13は前記第2遊星歯車機構4によって分配された動力源1の動力によって駆動されてポンプとして機能する。したがって、第2ポンプモータ13は、油圧を発生させることに伴う反力トルクをモータ軸11およびサンギヤ4Sに与える。これを図10には「油圧発生」と記載してある。そのため、第2遊星歯車機構4の差動作用によってキャリア4Cにトルクが伝達され、そのトルクが第1速用ギヤ対20を介して出力軸16に伝達される。
一方、第2ポンプモータ13で発生した油圧がその吸入ポート13Sから吐出されて第1ポンプモータ12の吸入ポート12Sに供給される。その結果、第1ポンプモータ12がモータとして機能する。これを図10には「油圧回収」と記載してある。このようにして第1ポンプモータ12に伝達される動力が発進用ギヤ対21を介して出力軸16に伝達される。したがって発進から第1速までの駆動状態では、第2遊星歯車機構4を介したいわゆる機械的な動力の伝達と、油圧を介した動力の伝達との両方が生じ、これらの動力を合成した動力が出力軸16に現れる。また、この過程での変速比は、固定変速比である第1速より大きい値となり、その変速比は連続的に、あるいは無段階に変化する。
こうして動力源1の回転数や車速が変化して第1速の変速比になると、第1ポンプモータ12の押出容積q1がゼロに設定され、また第2ポンプモータ13の押出容積q2が最大に設定され、その結果、実質上、第2ポンプモータ13の回転がロックされる。すなわちモータ軸11およびこれに連結されている第2ポンプモータ13が固定される。また、併せて第1シンクロ22がOFF状態に設定される。その結果、第2遊星歯車機構4のサンギヤ4Sが固定され、また第1遊星歯車機構3は出力軸16に対する動力の伝達に関与しなくなるので、動力源1が出力した動力は、第2遊星歯車機構4および第1速用ギヤ対20を介して出力軸16に伝達される。すなわち、第1速用ギヤ対20のギヤ比で決まる固定変速比が設定される。なお、この場合、第1ポンプモータ12およびこれに連結されているモータ軸9が空転するので、第1中間軸8にトルクは現れない。
固定変速比である第1速からアップシフトする場合、第3シンクロ24のスリーブを図9の左側に移動させて第2速駆動ギヤ18Aを第1中間軸8に連結しておく。なお、Rシンクロ25は中立状態にしておく。また、第3シンクロ24のスリーブを第2速駆動ギヤ18Aに係合させる場合、第3シンクロ24のスリーブの回転数と第2速駆動ギヤ18Aとの回転数を一致させる同期制御を行う。その同期制御は、前記シンクロ22,23,24,25のスリーブを相手部材に係合させる場合にも同様に行われる。
この状態で、第1ポンプモータ12の押出容積q1を最大に向けて次第に増大させる。第2速へのアップシフト待機状態では、第1ポンプモータ12は逆回転しているから、その押出容積q1を次第に増大させることによりポンプとして機能する。すなわち、油圧を発生し(図10に「油圧発生」と記してある)、同時にそれに伴う反力トルクがモータ軸9に現れる。その結果、第1遊星歯車機構3および第2速用ギヤ対18を介した動力の伝達が次第に行われる。また、第1ポンプモータ12で発生した油圧が第2ポンプモータ13に供給されてこれがモータとして機能する(図10に「油圧回収」と記してある)ので、第2ポンプモータ13および第2遊星歯車機構4ならびに第1速用ギヤ対20を介した動力の伝達が生じる。そのため、第1速から第2速への変速の過程での変速比は、第1速の変速比と第2速の変速比との間の値となり、かつ連続的に変化する変速比となる。すなわち、変速比が連続的に変化する無段変速状態となる。これは、上述した発進から第1速の変速比に到るまでの間、および各固定変速比の間でも同様であり、したがって上述した変速機は、無段変速機として機能させることができる。
固定変速比である第1速を設定している状態では、第1ポンプモータ12の押出容積q1はゼロ(もしくは最小に近い所定値以下)に設定され、また第2ポンプモータ13の押出容積q2は最大もしくはこれに近い所定値以上になっている。したがって、第1ポンプモータ12およびこれに連結されているモータ軸9が空転し、また第2ポンプモータ13から第1ポンプモータ12に対して圧油が流動することができないので、第2ポンプモータ13はロックされた状態になる。この状態から先ず第1ポンプモータ12の押出容積q1が次第に増大させられる。その結果、第1ポンプモータ12で油圧が発生し、これが第2ポンプモータ13に供給されるので、第2ポンプモータ13がモータとして作用する。すなわち、各ポンプモータ12,13の間で圧油を介した動力の伝達が生じる。
こうして第1ポンプモータ12の押出容積q1が最大になると、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が共に最大もしくはこれに近い所定値以上となる。その後、第1ポンプモータ12の押出容積q1を最大もしくはこれに近い所定値以上に維持したまま、第2ポンプモータ13の押出容積q2が次第に低下させられる。そして、第2ポンプモータ13の押出容積q2がゼロ(もしくは最小に近い所定値以下)になることにより、固定変速比である第2速が設定される。すなわち、各ギヤ対のうち第2速用ギヤ対18のみを介して動力の伝達が行われ、第2速用ギヤ対18の回転数比に応じた変速比が設定される。
第1ポンプモータ12の押出容積q1がほぼ最大になりその回転が停止し、もしくは停止に近い状態になることにより、モータ軸9が実質的に固定される。また、併せて第2ポンプモータ13がOFF状態に設定される。したがって、第1遊星歯車機構3では、そのサンギヤ3Sが固定されるので、リングギヤ3Rに入力された動力がキャリア3Cから中間軸8を経て第2速駆動ギヤ18Aに出力される。一方、第2ポンプモータ13はOFF状態となっており、これと同軸上に配置されているRシンクロ25および第2シンクロ23はOFF状態であってそのスリーブが中立位置にあるので、第2ポンプモータ13や第2遊星歯車機構4は動力の伝達に関与しない。したがって、第2速用ギヤ対18のギヤ比で決まる固定変速比である第2速が設定される。
以下、同様にして、第3速は第2シンクロ23のスリーブを図9の右側に移動させて第3速駆動ギヤ19Aを第2中間軸10に連結し、また第2ポンプモータ13の押出容積q2を最大にすることにより、第1速の場合と同様に、モータ軸11および第2ポンプモータ13を固定し、さらに他のシンクロ22,24がOFF状態に設定される。したがって、第3速用ギヤ対19を介して出力軸16に動力が伝達され、固定変速比である第3速が設定される。また、第4速は第3シンクロ24のスリーブを図9の右側に移動させて第4速駆動ギヤ17Aを第1中間軸8に連結し、また第1ポンプモータ12の押出容積q1を最大にすることにより、第2速の場合と同様に、モータ軸9および第1ポンプモータ12を固定し、さらに他のシンクロ23,25がOFF状態に設定される。したがって、第4速用ギヤ対17を介して出力軸16に動力が伝達され、固定変速比である第4速が設定される。
さらに、後進段について説明すると、リバースポジションが選択された場合には、第1シンクロ22のスリーブが図9の左側に移動させられ、またRシンクロ25のスリーブが図9の右側に移動させられ、さらに他のシンクロ23,24がOFF状態に設定される。したがって、Rシンクロ25によって第2中間軸10とモータ軸11とが連結されることにより、第2遊星歯車機構4のサンギヤ4Sとキャリア4Cとが連結されて第2遊星歯車機構4の全体が実質的に一体化される。また、発進駆動ギヤ21Aがモータ軸9すなわち第1ポンプモータ12のロータに連結される。
したがって、動力源1から第2遊星歯車機構4に伝達された動力がそのまま第2ポンプモータ13に伝達されてこれが駆動され、第2ポンプモータ13によって油圧が発生する。なお、第2シンクロ23がOFF状態であるから、第2遊星歯車機構4あるいは第2中間軸10から出力軸16に動力が伝達されることはない。一方、第1ポンプモータ12の押出容積q1がゼロより大きい容積、例えば最大容積に制御される。その結果、第2ポンプモータ13から供給された油圧によって第1ポンプモータ12がモータとして機能し、モータ軸9にトルクを出力する。その場合、第1ポンプモータ12にはその吐出ポート12Dから油圧が供給されるので、第1ポンプモータ12が逆回転する。そして、そのトルクが発進用ギヤ対21を介して出力軸16に伝達されるので、後進状態となる。すなわち、後進段では、油圧を介した動力の伝達が生じ、これを図10では、第1ポンプモータ12について「油圧回収」と記し、第2ポンプモータ13について「油圧発生」と記してある。
上記のように構成された変速機による変速を実行する場合は、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が増大あるいは低下させられる。その各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2の増減制御としては、いわゆる逐次制御と同時制御とが可能である。
逐次制御とは、変速に関与する二つのポンプモータのうち一方のポンプモータ12(もしくは13)の押出容積q1(もしくはq2)の変更が完了した後に他方のポンプモータ13(もしくは12)の制御を実行する形態の制御である。言い換えると、一方のポンプモータ12(もしくは13)の押出容積q1(もしくはq2)を固定した状態で他方のポンプモータ13(もしくは12)の押出容積q2(もしくはq1)を変化させて変速比を設定する制御であって、この発明の第1変速モードにおいて実行される変速制御である。この第1変速モードにおける変速制御(逐次制御)の場合には、固定段同士の間の変速過渡状態で各ポンプモータ12,13の吐出圧あるいは油圧回路での圧力を低くすることができるので、各ポンプモータ12,13を動作させることに伴う動力損失を低減し、車両の燃費を向上させることができる。また、変速に関与する各ポンプモータ12,13を順に制御すればよいので、変速制御が容易になる。
一方、同時制御とは、変速に関与する二つのポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を同時に逆方向に変化させて変速を実行する形態の制御である。言い換えると、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を同時にかつ互いに反対方向に変化させて変速比を設定する制御であって、この発明の第2変速モードにおいて実行される変速制御である。この第2変速モードにおける変速制御(同時制御)の場合には、各ポンプモータ12,13の吐出圧が殆ど変化しないので、変速制御を安定化させ易くなる。また、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を同時に変化させるので、変速に要する時間が短くなるので、変速応答性を向上させることができる。
上記のような第1変速モードもしくは第2変速モードにおいて変速比を設定する変速制御は、例えば前述した電子制御装置40によって実行され、したがってこの電子制御装置40がこの発明の変速制御手段に相当する。
また、上記のように構成された変速機により設定される変速比は、以下に示す関係式で表すことができる。すなわち、第1ポンプモータ12の押出容積をq1、第2ポンプモータ13の押出容積をq2、第1遊星歯車機構3のキャリア3Cと出力軸16との間で動力を伝達するギヤ対の歯数比をκ1、第2遊星歯車機構4のキャリア4Cと出力軸16との間で動力を伝達するギヤ対の歯数比をκ2とすると、変速比γは、
γ=(κ1×q1+κ2×q2)/(q1+q2) ・・・・・・・・・・(1)
として表すことができる。
そして、上記の(1)式により示される関係のもとで、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2の変化量をそれぞれΔq1,Δq2とし、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を、
Δq1:Δq2=q1:q2 ・・・・・・・・・・(2)
で表される関係に基づいて変化させることにより、定常特性としての変速比γを一定に保つことができる。
前述したように、この発明に係る変速機の制御装置は、第1変速モードで変速比を設定する制御と第2変速モードで変速比を設定する制御とが可能であるが、例えば第1変速モードで変速比を設定している状態から、第2変速モードで変速比を設定する状態に切り替える場合、あるいは第2変速モードで変速比を設定している状態から、第1変速モードで変速比を設定する状態に切り替える場合に、切り替え動作の応答遅れや切換ショックが発生すると、乗員に違和感を与えてしまう可能性がある。そこで、この発明の変速機の制御装置では、第3変速モードとして、上記の(1),(2)式により示される関係を利用して各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を制御すること、具体的には、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を同時にかつ同方向に変化させて変速比を設定することで、変速モードの切り替えの際に、切り替え動作の応答遅れや切換ショックの発生を回避もしくは抑制する制御を実行できるように構成されている。その制御例を以下に説明する。
(第1の制御例)
図1は、この発明の制御装置における第1の制御例を説明するためのフローチャートであって、このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図1において、先ず、初期状態として、現在の変速モードが、第1変速モード、第2変速モード、第3変速モードのいずれであるかが確認される(ステップS11)。なお、以下の説明およびフローチャートでは、仮に、第1変速モードを変速A、第2変速モードを変速B、第3変速モードを変速Cと記して説明する。
続いて、急変速の要求の有無について判断される(ステップS12)。この判断は、例えば、このルーチンとは別の外部処理により求められた目標変速比に対して、その値の前回値からの変化量もしくはその変化量をフィルタリングした値に基づいて判断することができる。例えば目標変速比の前回値からの変化量が所定値よりも大きいことで今回の変速が急変速であると判断される。また、乗員によるアクセルペダルの踏み込み量および踏み込み速度を検出し、あるいは乗員によるマニュアルシフトを検出し、それらの検出値に基づいて今回の変速が急変速であるか否かを判断することもできる。
今回の変速が急変速であることにより、このステップS12で肯定的に判断された場合は、急変速を実行するために変速応答性を高める必要があるので、ステップS13へ進み、変速モードが変速Bすなわち第2変速モードに設定される。当初から変速Bに設定されていた場合はその設定がそのまま維持され、他の変速モードが設定されていた場合は変速Bに切り替えられて設定される。変速Bにおける制御では、例えば図3に示すようなマップから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が求められ、それら各押出容積q1,q2に基づいて変速Bにおける変速制御が実行される。そして、その後このルーチンを一旦終了する。
これに対して、今回の変速が急変速ではないことにより、ステップS12で否定的に判断された場合には、ステップS14へ進み、現在の変速モードが変速Aであるか否かが判断される。前述したように、変速Aすなわち第1変速モードでは、各ポンプモータ12,13の吐出圧を変速Bに比べて低くすることができるため、急変速あるいは変速モードの切り替えの要求がない通常状態では、変速Aに設定することで車両の燃費を向上させることができる。したがって、現在の変速モードが変速Aに設定されていることにより、このステップS14で肯定的に判断された場合は、ステップS15へ進み、変速Aの設定がそのまま維持される。そして、その後このルーチンを一旦終了する。
一方、現在の変速モードが変速Aではないことにより、ステップS14で否定的に判断された場合には、ステップS16へ進み、変速モードが変速Cすなわち第3変速モードに設定される。現在の変速モードが変速A以外に設定されている場合は、変速モードを変速Aに設定することで効率の向上を図ることができるため、変速モードが変速Cに設定され、変速モードを変速Aに速やかにかつ滑らかに切り替える制御が実行される。
このステップS16での変速Cすなわち第3変速モードにおける制御、すなわち変速モードを変速Bから変速Aに切り替える場合の制御内容の詳細を、図2のフローチャートに示してある。図2において、前述のステップS13での変速Bにおける制御と同様に、例えば図3に示すようなマップから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が求められる(ステップS16-1)。続いて、前述の(2)式を満たすような各ポンプモータ12,13の押出容積の変化量Δq1,Δq2が定められ、仮出力押出容積q'1,q'2が算出される。すなわち仮出力押出容積q'1,q'2が、
q'1=q1+Δq1 ・・・・・・・・・・(3)
q'2=q2+Δq2 ・・・・・・・・・・(4)
として算出される(ステップS16-2)。
ここで、押出容積の変化量Δq1,Δq2のうち、一方を変速比γを変動させない範囲の定数とし、他方を、上記の(3),(4)式を満たすようにして仮出力押出容積q'1,q'2を算出する。その際に、「押出容積q1>押出容積q2」ならば、押出容積の変化量Δq1を定数として定め、「押出容積q1<押出容積q2」ならば、押出容積の変化量Δq2を定数として定めることにより、一方が必ず定数未満の変化量になるため、変速比γの変動を抑制することができる。
仮出力押出容積q'1,q'2が算出されると、それら仮出力押出容積q'1,q'2のうちのいずれか一方が、各ポンプモータ12,13の押出容積の最大値qmaxに到達しているか否かが判断される(ステップS16-3)。これら仮出力押出容積q'1,q'2のいずれも最大値qmaxに到達していないことにより、このステップS16-3で否定的に判断された場合は、ステップS16-4へ進み、この変速Cによる変速制御が継続される。すなわち、ステップS16-2で求められた仮出力押出容積q'1,q'2が、最終出力としての押出容積q1,q2に設定され、それら押出容積q1,q2に基づいて変速制御が実行(継続)される。
一方、仮出力押出容積q'1,q'2のうちのいずれか一方が最大値qmaxに到達したことにより、ステップS16-3で肯定的に判断された場合には、ステップS16-5へ進み、変速Aによる変速制御が実行される。すなわち、いずれか一方の仮出力押出容積q'1,q'2が最大値qmaxに到達することで、その時点の変速モードが変速Aへの移行を完了したと判断することができ、例えば図4に示すようなマップから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が求められ、それらの各押出容積q1,q2に基づいて変速Aにおける変速制御が実行される。そして、その後、図1のフローチャートに戻り、このルーチンを一旦終了する。
上記の第1の制御例を実行した際の、変速比γ、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2、各ポンプモータ12,13の吐出圧(各ポンプモータ12,13間の閉回路内における油圧)pの挙動を、図5のタイムチャートに示してある。この図5のタイムチャートは、時刻t11以前の期間で変速Aによる変速制御が実行されていて、時刻t11の時点で急変速の要求がなされ、その時刻t11から急変速要求が終了する時刻t12までの期間で変速Bによる変速制御が実行され、時刻t12の時点から変速Cによる変速制御が開始され、そして、時刻t13の時点で変速Aへの移行が完了した状態を示している。
変速Bにより急変速が行われると、その変速Bによる変速制御が実行されている間、吐出圧pが上昇するものの、時刻t12から変速Cによる制御に切り替えられて変速が実行されることで、変速比γを変動させることなく、変速Bから変速Aへ変速モードの切り替えが行われる。その結果、変速Bから変速Aへの変速モードの切り替え過渡時に、変速比γが変動して変速ショックが生じてしまったり、乗員に違和感を与えてしまったりすることを回避もしくは抑制することができる。また、変速Cにおける制御によりできるだけ速やかに変速Bから変速Aへ変速モードが切り替えられるため、変速応答性を向上させることができるとともに、動力損失や燃費の悪化などを抑制もしくは防止することができる。
(第2の制御例)
つぎに、この発明の制御装置における第2の制御例を説明する。前述の第1の制御例は、変速Bから変速Aへ変速モードを移行させる場合に、変速Cによる変速制御を実行することで、変速比γの変動を生じさせることなく変速Bから変速Aへの変速モードの移行を行うようにした制御例であるのに対して、この第2の制御例は、変速Aから変速Bへ変速モードを移行させる場合に、変速Cによる変速制御を実行することで、各ポンプモータ12,13の吐出圧pの急激な変動を生じさせることなく変速Aから変速Bへの変速モードの移行を行うようにした制御例である。
図6は、その第2の制御例を説明するためのフローチャートであって、前述の図1のフローチャートと同様、このフローチャートで示されるルーチンは、所定の短時間毎に繰り返し実行される。図6において、先ず、初期状態として、現在の変速モードが、第1変速モード、第2変速モード、第3変速モードのいずれであるかが確認される(ステップS21)。
続いて、急変速の要求の有無について判断される(ステップS22)。前述の図1のフローチャートにおけるステップS12と同様に、例えば、外部処理により求められた目標変速比に対して、その値の前回値からの変化量もしくはその変化量をフィルタリングした値に基づいて判断することができる。あるいは、乗員によるアクセルペダルの踏み込み量および踏み込み速度や、乗員によるマニュアルシフトを検出し、それらの検出値に基づいて今回の変速が急変速であるか否かを判断することもできる。
今回の変速が急変速ではないことにより、このステップS22で否定的に判断された場合は、ステップS23へ進み、現在の変速モードが変速Aであるか否かが判断される。このステップS23、および以降のステップS24ならびにステップS25での制御は、それぞれ、前述の第1の制御例におけるステップS14およびステップS15ならびにステップS16での制御と同じ制御内容であるため、詳細な説明を省略する。
一方、今回の変速が急変速であることにより、前述のステップS22で肯定的に判断された場合は、急変速を実行するために変速応答性を高めるため、すなわち変速モードを変速Bすなわち第2変速モードに設定するために、ステップS26へ進む。このステップS26では、変速モードを変速Bによる変速制御を実行するのに際して、各ポンプモータ12,13の押出容積の変化量Δq1,Δq2のうち、大きい方の変化量を最小とするように各押出容積の変化量Δq1,Δq2が算出され、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が補正される。
このステップS26での各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を補正して算出する制御内容の詳細を、図7のフローチャートに示してある。図7において、先ず、前述の第1の制御例におけるステップS13での変速Bによる制御と同様に、例えば図3に示すようなマップから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積が、押出容積q1new,q2newとして求められる(ステップS26-1)。
ステップS26-1で求められた押出容積q1new,q2newと、押出容積の前回値である押出容積q1old,q2oldとから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積の前回値からの増減量dq1,dq2が算出される。すなわち、増減量dq1,dq2が、それぞれ、
dq1=q1new−q1old ・・・・・・・・・・(5)
dq2=q2new−q2old ・・・・・・・・・・(6)
として算出される(ステップS26-2)。なお、これらは各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が、図3に示す状態にあると仮定した場合の目標値であり、したがって最終的な目標値を求めるための仮目標値である。
続いて、前述の(2)式、すなわちここでは、
Δq1:Δq2=q1new:q2new ・・・・・・・・・・(2')
の関係を満たし、かつ、
Max{|dq1+Δq1|,|dq2+Δq2|} ・・・・・・・・・・(7)
を最小にする値として、押出容積の変化量Δq1,Δq2が算出される(ステップS26-3)。
前述したように、この発明で対象とする変速機では、変速が実行される際に、各ポンプモータ12,13の押出容積を同時に制御する場合、それらの押出容積q1,q2の両方を同時に正方向に変化させることはない。また、押出容積q1,q2の両方を同時に負方向に変化させることは、変速モードを変速Aから変速Bへ移行させるタイミングで発生する場合があるが、その場合、(7)式に示すように、押出容積の変化量Δq1,Δq2を補正するための演算が正数加算となっているため、加算されるほど押出容積の変化量が減少されて、最終的に各ポンプモータ12,13の押出容積の変化の方向は、一方が正方向となり他方が負方向となった状態に帰着する。そのため、ステップS26-3で、(2'),(7)式に基づいて押出容積の変化量Δq1,Δq2を算出する際に、各ポンプモータ12,13の押出容積を同時に制御する場合としては、一方の押出容積を正方向に、他方の押出容積を負方向に制御する場合を考慮すればよい。
各ポンプモータ12,13の押出容積を、一方を正方向に、他方を負方向に同時に制御する場合、上記のように押出容積の変化量Δq1,Δq2を補正するための演算が正数加算であるため、押出容積の変化量Δq1,Δq2の一方の変化量が減少すれば、他方の変化量が増加するという関係が常に成立することになる。したがって、ステップS26-3において、(2'),(7)式に基づいて押出容積の変化量Δq1,Δq2を算出する場合、
(dq1+Δq1)=−(dq2+Δq2) ・・・・・・・・・・(8)
の関係を満たす押出容積の変化量Δq1,Δq2が最適値となる。
ステップS26-3で押出容積の変化量Δq1,Δq2が求められると、これと前述のステップS26-1で求められた押出容積q1new,q2newとから、押出容積q1,q2が補正されて算出される。すなわち、押出容積q1,q2が、
q1=q1new+Δq1 ・・・・・・・・・・(9)
q2=q2new+Δq2 ・・・・・・・・・(10)
として求められる(ステップS26-4)。なお、上記の(9),(10)式により算出された押出容積q1,q2のいずれか一方が、各ポンプモータ12,13の押出容積の最大値qmaxを超える場合は、前述の第1の制御例におけるステップS16-5での制御と同様に、例えば図4に示すようなマップから、目標変速比に応じた各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が求められる。
このようにして、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が補正されて算出されると、図6のメインのフローチャートに戻り、補正された押出容積q1,q2に基づいて、変速Bにおける変速制御が実行される(ステップS27)。そして、その後このルーチンを一旦終了する。
上記の第2の制御例を実行した際の、変速比γ、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2、各ポンプモータ12,13の吐出圧pの挙動を、図8のタイムチャートに示してある。この図8のタイムチャートは、時刻t21以前の期間で変速Aによる変速制御が実行されていて、時刻t21の時点で急変速の要求がなされ、その時刻t21から急変速要求が終了する時刻t22までの期間で変速Bによる変速制御が実行され、時刻t22の時点から変速Cによる変速制御が開始され、そして、時刻t23の時点で変速Aへの移行が完了した状態を示している。
変速Aによる変速制御が実行されている状態で、時刻t21の時点で急変速の開始が要求されると、それに伴って変速モードを変速Aから変速Bに切り替える制御が行われるが、この第2の制御例では、前述したように、各ポンプモータ12,13の押出容積の変化量Δq1,Δq2のうち、大きい方の変化量を最小とするように各押出容積の変化量Δq1,Δq2が算出され、目標変速比を設定するための各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が補正されて設定される。すなわち、変速Aによる変速制御が実行されている状態から変速Bによる変速制御を実行する状態に切り替える場合、言い換えると、第1変速モードで変速比を設定している状態から第2変速モードで変速を実行する場合に、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が、目標変速比を設定できる押出容積のうち現在の押出容積からの変化量が最小となる押出容積に設定される。
そのため、変速モードが変速Aから変速Bに切り替えられて変速Bによる変速制御が行われる状態(時刻t21から時刻t22までの期間における制御)では、目標変速比を設定するための各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2が、現在の押出容積からの変化量が最小となる押出容積が選択される。すなわち、目標変速比を設定する各押出容積の組み合わせの中から、押出容積の変化量が最小となる押出容積q1,q2が選択される。
したがって、変速Aで変速比を設定している状態から変速Bで変速比を設定する状態に切り替える場合に、押出容積q1,q2や変速比γの変化に要する時間が短くなるので、変速応答性を向上させることができる。また、押出容積q1,q2が最小となるように制御されることで、圧油の流動量が少なく、また油圧の変動を抑制できるので、変速比γが変動して変速ショックが生じてしまったり、乗員に違和感を与えてしまったりすることを回避もしくは抑制することができる。
また、変速モードが変速Aから変速Bに切り替えられた後、時刻t22で急変速の要求が終了されて、変速モードが変速Bから変速Aに切り替えられる場合(時刻t22から時刻t23までの期間における制御)は、前述の第1の制御例と同様の制御、すなわち、変速モードを変速Bから変速Aに切り替えるための変速Cによる制御が実行されるため、第1の制御例の場合と同様に、変速比γを変動させることなく、変速Bから変速Aへ変速モードの切り替えを行うことができる。
以上のように、この発明の変速機の制御装置によれば、変速比を設定する場合に、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2の変化のさせ方によって、変速A、変速B、変速Cの3通りの変速モードを設定することが可能であり、それら各変速モードが、車両の走行状態に基づいて適宜に選択されて設定される。そのため、例えば、各ポンプモータ12,13の押出容積q1,q2を同時に変化させて応答性のよい変速を行い、また各ポンプモータ12,13の吐出圧pが高くならないように押出容積q1,q2を変化させて動力損失が少なく燃費の良好な変速を行い、さらにはショックの少ない変速を行うことができる。
ここで、上述した具体例とこの発明との関係を簡単に説明すると、上述したステップS13,S15,S16、S24,S25,S27の機能的手段が、この発明の変速制御手段に相当し、ステップS12,S22の機能的手段が、この発明の走行判定手段に相当する。また、ステップS12,S14,S22,S23の機能的手段が、この発明の変速モード選択手段に相当する。
1…動力源(E/G)、 2…入力部材、 3…第1遊星歯車機構、 4…第2遊星歯車機構、 8…第1中間軸、 9…モータ軸、 10…第2中間軸、 11…モータ軸、 12…可変容量型ポンプモータ(第1ポンプモータ)、 13…可変容量型ポンプモータ(第2ポンプモータ)、 14,15…油路、 16…出力軸、 17,18,19,20…ギヤ対、 22…第1のシンクロナイザー(第1シンクロ)、 23…第2のシンクロナイザー(第2シンクロ)、 24…第3のシンクロナイザー(第3シンクロ)、 25…後進用のシンクロナイザー(Rシンクロ)、 40…電子制御装置(ECU)。