JP2007119889A - 高靭性高張力鋼板およびその製造方法 - Google Patents

高靭性高張力鋼板およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】表層部を含め板厚方向のいずれの位置においても優れた靭性と、780MPa以上の引張強さとを有する高靭性高張力鋼板を、安価にしかも高い生産能率で製造できる高靭性高張力鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.4〜2.0%、Cr:0.03〜1.0%、Mo:0.05〜0.80%、Al:0.005〜0.1%、N: 0.007%以下を含有する組成の鋼片を、1000℃以上1300℃以下の温度に加熱し、製品板厚となるまで熱間圧延し、引続き鋼板の平均温度がAr3変態点以上の温度から(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の温度範囲の温度まで冷却し、冷却停止する。冷却停止から30秒間以上空冷または徐冷した後、表面の最高到達温度が400℃以上Ac1変態点以下の温度に急速加熱する焼戻処理を施す。これにより、板厚方向のいずれの位置においても所望の強度を有し、靭性に優れた高張力鋼板を高い生産能率で製造できる。
【選択図】なし

Description

本発明は、海洋構造物、タンク、圧力容器、ペンストック、橋梁などの溶接構造物用として好適な高張力鋼板およびその製造方法に係り、とくに引張強さが780MPa以上で靭性に優れた高靭性高張力鋼板およびその製造方法に関する。
近年、溶接構造物の大型化に伴い、使用される鋼板には高強度化が要求され、特に、海洋構造物、タンク、圧力容器、ペンストック、橋梁などの溶接構造物には、780MPa級あるいは950MPa級の引張強さを有する高張力鋼板が使用されている。通常、780MPa級以上の高張力鋼板では、Ni、Cr、Moなどの焼入性を高める元素を多量に添加し、焼入れ(直接焼入れを含む)処理によりマルテンサイト相を主体とする組織としたのち、さらに焼戻処理を施すことにより、強度・靭性バランスを適正化した鋼板としている。一般に、焼入れままのマルテンサイト組織は、高強度であるが脆いため、焼戻処理が必須となっている。
しかし、このような鋼板の高強度化に伴い、溶接性や靭性が低下する傾向にあることから、溶接構造物の信頼性、安全性の観点から、溶接性の向上や溶接継手部の靭性向上は勿論のこと、母材靭性に対しても更なる向上が要求されている。
このような要求に対し、例えば、特許文献1には、C、Si、Mn、Nb、Ti、Cu、Ni、Al、Nを適正量に調整した鋼を、加熱したのち、900℃以下の温度で累積圧下率50%以上の圧下を加え、900℃〜Ar変態点の温度で圧延を完了し、直ちに580〜300℃の温度まで加速冷却し、冷却後該温度域で等温保持、または該温度域で0.5℃/s以下の冷却速度で冷却し、ついでAc変態点〜(Ac変態点+100℃)の温度域に再加熱したのち焼入れし、その後焼戻す、780MPa級高張力鋼の製造方法が提案されている。しかし、特許文献1に記載された技術では、900℃以下の温度で累積圧下率50%以上という通常より低い温度で負荷の大きい圧延が必要であるとともに、これら一連の複雑な処理を必要とするため、生産能率が低下し製造コストが増大するという問題があった。
また、特許文献2には、C、Si、Mn、Cu、Ni、Mo、N、Nb、Ti、B、Al、Nを適正量に調整した鋼片の熱間圧延において、一次圧延後、表面温度が350℃以上Ar変態点−25℃以下の温度まで水冷したのち、冷却を中断し、Ac変態点とAc変態点の中間温度以上に復熱する過程で、表層部がオーステナイト(γ)未再結晶温度域に、中心部がγ再結晶温度域にある状態で、累積圧下率50%以上の圧延を行い、復熱後焼入れ、焼戻する、亀裂伝播停止特性に優れた高張力鋼板の製造方法が提案されている。しかし、特許文献2に記載された技術でも、圧延負荷と一連の処理の複雑さにより、生産能率の著しい低下を招くおそれがあり、実操業プロセスに適用するにはさらに解決しなければならない多くの問題を残している。
また、特許文献3には、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、Bを適正量に調整し、さらに含有合金元素量に関係し、冷却後の組織を表現するパラメータHを適正範囲とした鋼材に、所定温度域に加熱し、800℃以下歪回復温度以上の温度で圧下率30%以上の熱間圧延を施し、500℃以下の温度域に急冷する溶接性と表層部靭性に優れた高張力鋼板の製造方法が提案されている。この方法によれば、溶接性および、表層部を含めて、厚肉鋼板の靭性を向上させることができるとしている。しかし、特許文献3に記載された方法では、オースフォーミング効果を十分に確保するため、800℃以下の極端に低い温度での圧延を必須としており、やはり圧延機への負荷が増加するとともに、生産能率が大幅に低下するという問題があった。
また、特許文献4には、C、Si、Mn、Alを適正量含む鋼片に、熱間圧延を施したのち、Ar変態点以上の温度域から350〜500℃の温度域まで急冷し、さらに200℃以下の温度域まで空冷あるいは徐冷し、しかるのちに焼戻処理する、引張強さが78kgf/mm(765MPa)以上で降伏比85%以下の低降伏比高張力鋼板の製造方法が提案されている。しかし、特許文献4に記載された方法は、200℃以下の温度域まで空冷または徐冷するのに時間を要するとともに、これら一連の複雑な処理を必要とし、生産能率が低下するうえ、特許文献4に記載された技術で製造された鋼板は、実施例から判断して通常の焼入れ焼戻処理による鋼板に比べて、靭性が向上しないという問題があった。
特許第2692523号公報 特開平9‐041077号公報 特開2001‐303169号公報 特開平4‐52225号公報
一般に、下部ベイナイト組織を有する鋼板はマルテンサイト組織の鋼板に比べて、強度・靭性バランスが優れていることが知られており、従来の焼入れ処理においても、冷却速度を制御することによって下部ベイナイト組織を得ることができるが、下部ベイナイト組織を得るための適正な冷却速度範囲は非常に狭い。このため、鋼板の部位によって冷却速度に僅かなばらつきがあると、冷却速度が速い部分ではマルテンサイトが、遅い部分では上部ベイナイトや島状マルテンサイトが生成する場合があり、従来の技術によって、靭性の向上と高い生産能率を両立させて、安定した強度、靭性を有する下部ベイナイト組織を得るには、多くの困難な問題が残されていた。
本発明は、上記した従来技術の問題点を有利に解決し、従来の焼入れ焼戻し処理により製造された鋼板に比べて、表層部も含め板厚方向のいずれの位置においても優れた靭性と、780MPa以上の引張強さとを有する高靭性高張力鋼板、および、このような高靭性高張力鋼板を、安価にしかも高い生産能率で製造できる、高靭性高張力鋼板の製造方法を提供することを目的とする。なお、本発明の「高張力鋼板」は、板厚:15〜70mm程度の厚鋼板を対象とする。また、本発明でいう「高靭性」とは、JIS Z 2242−2005の規定に準拠して決定された破面遷移温度vTrsが−70℃以下である場合をいうものとする。
発明者らは、上記した課題を解決するために、780MPa級以上の高張力鋼板の靭性向上に及ぼす各種要因について鋭意研究した。その結果、表層部も含め板厚方向のいずれの位置においても優れた靭性を有する高靭性高張力鋼板とするには、とくに板厚中心部の組織制御が肝要であることに想到した。そして、焼入れ処理に際して、表層部の組織がマルテンサイト相を主相とし下部ベイナイト相を第二相として含む組織であり、表層部以外の部位の組織を下部ベイナイト相を主相とする組織となるように調整したのち、さらに好ましくは誘導加熱装置を用いて、急速加熱焼戻処理を施すことにより、板厚方向のいずれの位置においても、780MPa級以上の引張強さを有し、靭性に優れた高張力鋼板とすることができることを見出した。また、同時に生産能率も顕著に向上できることを知見した。
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は次のとおりである。
(1)質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.4〜2.0%、Cr:0.03〜1.0%、Mo:0.05〜0.80%、Al:0.005〜0.1%、N:0.007%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、表面および裏面からそれぞれ鋼板の板厚(mm)×0.2の範囲の表層部が、焼戻マルテンサイト相を主相とし、表層部全体の平均で下部ベイナイト相を5体積%以上含む組織を有し、前記表層部以外の中央部が、40体積%超えの下部ベイナイト組織を有することを特徴とする引張強さが780MPa以上の高靭性高張力鋼板。
(2)(1)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、次a群〜c群
a群:Ni:0〜3.5%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.005〜0.1%、B:0.0005〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上、
b群:Ti:0.005〜0.03%、Nb:0.005〜0.05%のうちから選ばれた1種または2種、
c群:Ca:0.0005〜0.01%、
のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の高靭性高張力鋼板。
(3)鋼片に、該鋼片を加熱し所望板厚の鋼板とする熱間圧延と、該熱間圧延後直ちに、該鋼板を冷却する冷却処理と、さらに該冷却処理に引き続き鋼板を再加熱する焼戻処理と、を順次施す高張力鋼板の製造方法において、前記鋼片を、質量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.4〜2.0%、Cr:0.03〜1.0%、Mo:0.05〜0.80%、Al:0.005〜0.1%、N:0.007%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼片とし、前記熱間圧延を、前記鋼片を1000〜1300℃の温度に加熱し、所望板厚の鋼板とする熱間圧延を行う処理とし、前記冷却処理を、前記鋼板の平均温度でAr変態点以上の温度から冷却を開始し、(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の範囲の温度で冷却を停止したのち、該冷却を停止してから30s間以上空冷または徐冷する処理とし、前記再加熱処理を、表面の最高到達温度が400℃以上Ac変態点以下の温度に急速加熱する急速加熱焼戻処理とすることを特徴とする引張強さが780MPa以上の高靭性高張力鋼板の製造方法。
(4)(3)において、前記冷却処理における冷却を、上部臨界冷却速度以上で行う処理とし、前記焼戻処理における前記急速加熱を、板厚中心部で、1℃/s以上の加熱速度で行う処理とする、ことを特徴とする高靭性高張力鋼板の製造方法。
(5)(3)または(4)において、前記組成に加えてさらに、質量%で、次a群〜c群
a群:Ni:0〜3.5%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.005〜0.1%、B:0.0005〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上、
b群:Ti:0.005〜0.03%、Nb:0.005〜0.05%のうちから選ばれた1種または2種、
c群:Ca:0.0005〜0.01%、
のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする高靭性高張力鋼板の製造方法。
本発明によれば、表層部も含め板厚方向のいずれの位置においても従来にくらべ優れた靭性と、780MPa以上の引張強さとを有する高靭性高張力鋼板を、安価にしかも高い生産能率で製造でき、産業上格段の効果を奏する。また、本発明の製造方法によれば、従来の焼入れ焼戻処理に比べ、とくに焼戻処理に要する手間と時間を大幅に簡素化、短縮することができるため、生産能率の向上が図れ、エネルギーコストの削減や短納期化も図れるという効果もある。
まず、本発明の高靭性高張力鋼板の組成限定理由について説明する。なお、以下、%は、とくに断わらない限り、質量%を表すものとする。
C:0.05〜0.15%
Cは、高張力鋼板としての母材強度確保に有効な元素であり、本発明では0.05%以上の含有を必要とする。C含有量が0.05%未満では、焼入れ性が低下し、強度確保のために、Cu、Ni、Cr、Moなどの焼入性向上元素の多量含有を必要とし、溶接性が低下するとともに、製造コストの高騰を招く。一方、0.15%を超える含有は、溶接性を著しく低下させることに加え、溶接継手部の靭性低下を招く。このため、Cは0.05〜0.15%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.08〜0.14%である。
Si:0.05〜0.50%
Siは、母材強度および溶接継手強度を確保する上で有効な元素であり、本発明では0.05%以上の含有を必要とする。しかし、0.50%を超える多量の含有は、溶接性の低下と溶接継手部の靭性低下を招く。このため、Siは0.05〜0.50%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.05〜0.40%である。
Mn:0.4〜2.0%
Mnは、母材強度および溶接継手強度を確保する上で有効な元素であり、本発明では0.4%以上の含有を必要とする。しかし、2.0%を超える多量の含有は、溶接性を低下させ、必要以上の焼入性向上をもたらし、母材靭性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。このため、Mnは、0.4〜2.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.5〜1.7%である。
Cr:0.03〜1.0%
Crは、焼入性を高め、鋼板の強度確保のために有効な元素であり、本発明では0.03%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超える過剰な含有は溶接熱影響部を硬化させ、溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。このため、Crは0.03〜1.0%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.1〜0.7%である。
Mo:0.05〜0.80%
Moは、焼入性を向上させ、さらに析出物を形成して鋼板の強度確保に有効な元素であり、本発明では0.05%以上の含有を必要とする。しかし、0.80%を超える多量の含有は、溶接性を低下させ、必要以上に焼入性を向上させる。このため、Moは0.05〜0.80%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.05〜0.75%である。
Al:0.005〜0.1%
Alは、鋼の脱酸剤として作用するとともに、Nと結合し結晶粒を微細化し、母材靭性の向上に寄与する元素であり、脱酸剤としては0.005%以上の含有で効果が認められるが、結晶粒微細化のためには0.010%程度以上の含有を必要とする。しかし、0.1%を超える含有は、母材靭性を低下させる。このため、Alは0.005〜0.1%の範囲に限定した。なお、好ましくは0.010〜0.06%である。
N:0.007%以下
Nは、不可避的に混入するが、Alと反応して析出物(AlN)を形成し、結晶粒を微細化し、母材靭性を向上させる。また、Nは、他の合金元素と結合して析出物(窒化物、炭窒化物)を形成し、鋼板強度向上に寄与するため、このような目的で添加するようにしてもよい。一方、0.007%を超える含有は、むしろ母材靭性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。このため、Nは0.007%以下に限定した。
上記した成分を基本成分とし、さらに必要に応じて、下記a群〜c群から選ばれた1群または2群以上を選択して含有してもよい。
a群:Ni:0〜3.5%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.005〜0.1%、B:0.0005〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上
a群のNi、Cu、V、Bはいずれも、鋼板の母材強度を向上させる元素であり、選択して含有できる。
Niは、溶接性を害することなく鋼板の母材強度さらには母材靭性を向上させる元素であり、溶接部の破壊靭性などの要求がある場合に含有することが望ましい。このような効果を得るためには0.1%以上含有することが望ましいが、3.5%を超えて含有すると、溶接割れ感受性を増大させる恐れがある。このため、Niは、含有する場合には0.1〜3.5%の範囲とすることが好ましい。
Cuは、鋼中に固溶してあるいは析出物を形成して、鋼板の母材強度を向上させる元素である。このような効果は0.1%以上の含有で顕著となる。一方、1.0%を超える含有は、母材靭性および溶接熱影響部の靭性を低下させ、さらに熱間での延性を低下させる。このため、Cuは、含有する場合には0.1〜1.0%の範囲とすることが好ましい。
Vは、鋼板の母材強度を向上させる元素である。このような効果は0.005%以上の含有で顕著となる。一方、0.1%を超える含有は溶接性を低下させる。このため、Vは、含有する場合には0.005〜0.1%の範囲とすることが好ましい。
Bは、焼入れ性の向上により鋼板の母材強度を向上させる元素であり、極く微量の含有で焼入れ性向上効果が得られる。一方、過剰に含有すると、B析出物(例えばBN)を形成し、逆に焼入れ性が低下し、却って鋼板の母材強度が低下する。また、Bの過剰含有は、溶接熱影響部を著しく硬化させる。このようなことから、Bは含有する場合には、0.0005〜0.0030%の範囲とすることが好ましい。
b群:Ti:0.005〜0.03%、Nb:0.005〜0.05%のうちから選ばれた1種または2種
b群のTi、Nbはいずれも、組織微細化に寄与する元素であり、必要に応じて選択して含有できる。
Tiは、析出物を形成し、組織を微細化させる元素であり、このような効果は0.005%以上の含有で顕著となるが、0.03%を超える含有は、鋼板の母材靭性を低下させる。このため、Tiは、含有する場合には0.005〜0.03%の範囲とすることが好ましい。
Nbは、圧延時にNb(C,N)として析出し、ピンニング効果により再結晶粒の粗大化を抑制し、組織の微細化に寄与する。また、Nbは、析出強化により母材強度も向上させる。このような効果は、0.005%以上の含有で認められるが、0.05%を超えて含有すると、溶接割れ感受性が高まるとともに、溶接熱影響部の靭性が低下する。このため、Nbは、含有する場合には、0.005〜0.05%の範囲とすることが好ましい。
c群:Ca:0.0005〜0.01%
c群のCaは、MnS等の、靭性に悪影響を及ぼす硫化物の形態を、圧延方向と垂直な方向の靭性向上に有利な球状に近い形態に制御する作用を有する元素であり、含有する場合には0.0005%以上とすることが好ましい。一方、0.01%を超える含有は、鋼の清浄性を低下させるとともに、内部欠陥発生の原因となる。このため、Caは、含有する場合には0.0005〜0.01%の範囲とすることが好ましい。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、P:0.030%以下、S:0.025%以下、などが許容できる。
Pは、母材靭性および溶接熱影響部の靭性を低下させるため、できるだけ低減することが望ましいが、0.02%までは許容できる。また、Sは、介在物となり、清浄度を低下するとともに靭性を低下させる有害な元素であり、できるだけ低減することが望ましいが、0.005%までは許容できる。0.005%を超えて過剰に含有すると、清浄度が低下するとともに、Sを無害化するために必要なCa量が増加する。
本発明の高靭性高張力鋼板は、上記した組成を有し、板厚方向の組織が、表裏面側の表層部と中央部とで異なる組織を有する。表層部の組織は、焼戻マルテンサイト相を主相とする組織であり、該焼戻マルテンサイト相に加えて、表層部全体の平均で、下部ベイナイト相を5体積%以上含む組織である。一方、中央部の組織は、40体積%超えの下部ベイナイト組織である。なお、ここでいう「表層部」とは、鋼板の表面または裏面からそれぞれ鋼板の板厚(mm)×0.2の範囲の領域をいい、「中央部」とは、表層部以外の鋼板内部の領域をいうものとする。
鋼板の靭性向上という観点からは、板厚全域を下部ベイナイト相を主相とする組織とすることが好ましい。しかし、厚鋼板に焼入れ処理を施した場合、鋼板の表面に近いほど冷却速度が速く、また、冷却を途中で停止したとしても、鋼板の表面に近いほど、より低温まで冷却されるため、表面に近いほど低温変態相であるマルテンサイト相分率が高くなることは避けられない。
そこで、本発明鋼板では、表層部の組織を、焼戻マルテンサイト相を主相とする組織に限定した。なお、ここでいう「主相」とは、当該組織の分率が50体積%以上である場合をいうものとする。また、「焼戻マルテンサイト相」とは、焼入れままのマルテンサイト相に急速加熱焼戻処理を施して得られたものであり、マルテンサイト組織のラス内部に炭化物がその最大部寸法0.1μm以下程度で微細に析出した組織で、靭性が顕著に向上した組織である。なお、急速加熱焼戻処理は、後記するように、好ましくは誘導加熱装置を用いて、板厚中心部の加熱速度にして1℃/sの加熱を施す処理をいうものとする。但し、表層部の方が優先的に加熱され、表面の最高到達温度が400℃以上Ac変態点以下の温度となるように加熱する。板厚中心部の加熱速度は、差分法などによりシミュレーションにより求めることができる。
本発明鋼板の表層部の組織は、上記した焼戻マルテンサイト相に加えて、表層部全体の平均で、下部ベイナイト相を5体積%以上含む組織とした。これにより、鋼板の表層部靭性が顕著に向上した鋼板となる。下部ベイナイト相が、表層部全体の平均で、5体積%未満では靭性の向上度合いが少ない。
表層部を上記した組織とすることに加えて、さらに本発明鋼板では、表層部以外の中央部を、40体積%超えの下部ベイナイト組織とする。なお、所望の母材強度に調整するために下部ベイナイト相は、焼戻された下部ベイナイト相とすることが好ましい。
下部ベイナイト相分率が増えるほど、母材靭性が向上する傾向にあり、中央部では、とくに下部ベイナイト相が40体積%超えで母材靭性が顕著に向上する。なお、中央部では、下部ベイナイト相が、部分的に95体積%以上となる組織としてもよいことはいうまでもない。鋼板の靭性向上という観点からは、中央部でも、下部ベイナイト相が多い方が好ましい。
つぎに、本発明の高靭性高張力鋼板の好ましい製造方法について説明する。
まず、上記した組成の溶鋼を公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法、造塊−分塊圧延等の公知の方法で鋼片(スラブ)とする。得られた鋼片(スラブ)を出発素材とし、鋼片に、該鋼片を加熱し所望板厚の鋼板とする熱間圧延と、該熱間圧延後直ちに、該鋼板を冷却する冷却処理と、さらに該冷却処理に引き続き鋼板を再加熱する焼戻処理と、を順次施す。
熱間圧延
熱間圧延は、鋼片(スラブ)を1000〜1300℃の温度に加熱し、所望板厚の鋼板に圧延する処理とする。鋼片(スラブ)の加熱温度が、1000℃未満では、鋼中の成分を均一化し、Mo、V、Nbなどの析出強化元素を固溶させることが不十分となり、所望の強度、靭性が確保できない。一方、鋼片(スラブ)の加熱温度が、1300℃を超えて高温になると、結晶粒が粗大化し、母材の靭性低下を招くおそれがある。このため、鋼片(スラブ)の加熱温度は1000〜1300℃とするのが好ましい。なお、より好ましくは1200℃以下である。本発明では、加熱温度以外の熱間圧延の条件はとくに限定する必要はないが、母材靭性を向上させ、安定的に維持する観点から、1050℃以下の温度域で累積圧下率20%以上の圧延を行うのが好ましい。これにより、オーステナイト(γ)粒の再結晶が促進され、組織が細粒化し、母材靭性の向上および安定化が図れる。なお、同様の効果を得るために、各圧延パス毎の圧下率を5%以上、好ましくは10%以上としてもよい。
冷却処理
熱間圧延後直ちに行う冷却処理は、鋼板の平均温度で、Ar変態点以上の温度から冷却を開始し、(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の範囲の温度で冷却を停止したのち、冷却を停止してから30s間以上空冷または徐冷する処理とする。熱間圧延後の冷却開始温度は、鋼板の平均温度でAr変態点以上の温度とする。冷却開始温度がAr変態点未満の温度では、冷却開始前にフェライト変態が開始して、鋼板組織を所望の組織とすることができず、したがって、所望の母材強度および母材靭性を確保することができなくなる。なお、「平均温度」とは、板厚、表面温度および冷却条件等から、シミュレーション計算等により求められるものを用いることができるが、本発明では、差分法を用いて、板厚方向の温度分布を平均化することにより得られた温度を用いるものとする。
冷却処理おける冷却の方法は、とくに限定する必要はないが、通常の厚鋼板製造で用いられる水冷とすることが好ましい。
また、鋼板の冷却速度は、冷却によって、所望の焼入れ組織が得られる冷却速度であればよく、とくに限定する必要はないが、フェライトや上部ベイナイトが析出しない冷却速度である、上部臨界冷却速度以上の冷却速度とすることが好ましい。上部臨界冷却速度は、概ね5℃/sであるが、鋼板組成によって決まるため、予め実験などにより把握しておくことが好ましい。なお、この冷却速度は、鋼板の平均温度における冷却速度とする。
上記した冷却は、(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の範囲の温度で停止する。本発明では、冷却の停止温度を精度良く制御することにより、鋼板の組織調整を行う。冷却の停止温度が、(Ms点+40℃)を超えて高い場合には、冷却停止とほぼ同時に上部ベイナイト変態あるいは島状マルテンサイトが生じる。このため、鋼板の強度および靭性が大きく低下する。一方、冷却の停止温度が(Ms点−100℃)未満の場合には、マルテンサイト変態が進行し、所望の下部ベイナイト相分率が確保できなくなる。このようなことから、冷却の停止温度は、(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の範囲の温度とすることが好ましい。なお、より好ましくは(Ms点+20℃)〜(Ms点−80℃)の範囲の温度である。なお、Ms点は、鋼板組成によって決まるため、予め実験などにより把握しておく必要があるが、次式によっても推定することができる。
Ms=539−423C−30.4Mn−12.1Cr−17.7Ni−7.5Mo
(ここで、C、Mn、Cr、Ni、Mo:各元素の含有量(質量%))
冷却処理においては、冷却を停止したのち、30s間以上、空冷または炉冷することが好ましい。これにより、下部ベイナイト変態が略完了し、鋼板中央部を、40体積%超えの下部ベイナイト組織とすることができる。なお、Ms点以下に冷却された場合には、一部、マルテンサイト変態が生じたのち、下部ベイナイト変態がほぼ完了するため、中央部の組織はマルテンサイト相を含む下部ベイナイト相を主相とする組織となる。冷却停止後の空冷または炉冷の時間が30s未満では、下部ベイナイト変態がほぼ完了しないため、その後の急速加熱焼戻処理により、未変態オーステナイトが高温で変態し、上部ベイナイト、島状マルテンサイトを生成するため、靭性が低下する。冷却停止後の空冷または炉冷の時間は、長時間としてもとくに問題はなく、上限を限定する必要はない。しかし、空冷または炉冷が長時間に及ぶと、鋼板の温度が低下しすぎて、その後の焼戻処理において、より多くのエネルギーを必要とするうえ、生産能率が低下する。このため、冷却停止後の空冷または炉冷の時間は、240s程度を上限とすることがより好ましい。
焼戻処理
冷却処理に引続き、本発明では鋼板に焼戻処理を施す。本発明における焼戻処理では、表面の最高到達温度が400℃以上Ac変態点以下の温度に急速加熱する急速加熱焼戻処理を施す。本発明では、鋼板に急速加熱焼戻処理を施し、とくに、冷却に際して生成された鋼板表層部のマルテンサイト相を主相とする組織を十分に焼戻し、焼戻マルテンサイト相を主相とする組織とする。急速加熱とすることにより、マルテンサイト相中にセメンタイトなどの炭化物が微細に析出し、徐加熱する場合より焼戻処理後の靭性向上は顕著となる。本発明で、とくに表層部を十分に焼戻すのは、鋼板中央部の組織が、下部ベイナイト相を主相とする組織であるため、焼戻処理を施さなくても優れた靭性を有しているためである。これにより、靭性が顕著に向上するとともに、780MPa級以上の高張力鋼板としての適正な母材強度が確保できる。
急速加熱焼戻処理は、例えば、図1に示すような、誘導加熱装置10により行うことが好ましい。これにより、鋼板中央部にくらべ焼戻が必要な表層部に誘導電流を集中させて優先的に急速加熱し、表層部を中央部に比べて高い温度分布として焼戻することができ、効率的である。なお、誘導加熱装置の配置は、本発明のプロセスを実現するためには、オンラインとすることが好ましい。また、誘導加熱装置によらず、図2に示すような、ガスを用いたバーナ炎2による加熱としてもよいが、誘導加熱装置による方が短時間で焼戻処理できるため、好ましい。
急速加熱焼戻処理における表面の最高到達温度が400℃未満の温度では、十分な焼戻効果が期待できない。一方、表面の最高到達温度が、Ac変態点を超える高い温度では、そもそも焼戻の定義からはずれるわけであるが、表層部でα→γ変態が生じ、靭性が低下する。
なお、鋼板の中央部は下部ベイナイト相を主相とする組織であるため、焼戻さなくても良好な靭性が得られるが、所望の母材強度を得るために、焼戻に際して適正な中心部温度とすることが好ましい。
表1に示す組成の鋼片に、表2に示す条件で、熱間圧延と、冷却処理と、焼戻処理とを順次施し、表2に示す各種板厚の厚鋼板とした。なお、冷却処理は、熱間圧延終了後直ちに水冷し、表2に示す温度で冷却を停止した。冷却停止後、表2に示す時間、空冷したのち焼戻処理を施した。焼戻処理は、誘導加熱装置を用いて、表2に示す表面到達温度まで焼戻する急速加熱焼戻処理を施した。なお、一部は、雰囲気炉による徐加熱焼戻処理とし比較例とした。また、一部は、冷却停止後空冷し、焼戻処理を省略した。
得られた厚鋼板について、組織調査、引張試験、シャルピー衝撃試験を実施し、強度および靭性を評価した。試験方法はつぎのとおりとした。
(1)組織調査
得られた各厚鋼板の板厚1/2t部(中央部)、および表面から(板厚×0.2)の領域(表層部)から、試験片を採取し、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡を用いて、組織観察を行い、各部における組織分率(体積%)を求めた。組織分率(体積%)は、顕微鏡観察により得られた面積分率(面積%)を体積分率(体積%)に変換することにより求めた。なお、下部ベイナイト相は、セメンタイトの分散状態から、マルテンサイト相(焼戻マルテンサイト相)と区別した。
(2)引張試験
得られた各厚鋼板の板厚1/2t部から、引張試験片(JIS4号試験片)を採取し、JIS Z 2241の規定に準拠して引張試験を実施し、降伏強さYS、引張強さTSを求めた。
(3)シャルピー衝撃試験
得られた各厚鋼板の表面下6mm、および板厚1/2tの位置を中心として、シャルピー衝撃試験片(Vノッチ試験片)を採取し、JIS Z 2242−2005の規定に準拠してシャルピー衝撃試験を実施し、破面遷移温度vTrsを求めた。
得られた結果を表3に示す。
Figure 2007119889
Figure 2007119889
Figure 2007119889
Figure 2007119889
Figure 2007119889
本発明例はいずれも、中央部および表層部ともに所望の組織を呈し、780MPa以上の引張強さと、vTrsが−70℃以下の優れた靭性と、を有する高靭性高張力鋼板となっている。一方、本発明範囲を外れる比較例は、中央部あるいは表層部で、引張強さ、靭性のいずれか一方、あるいは両方が所望の特性を満足できていない。
冷却の停止温度が本発明の好適範囲を高く外れた比較例(鋼板No.4、No.22)は、鋼板の表層部および中央部で所定の下部ベイナイト相分率が確保できず、強度、靭性がともに低下している。また、冷却の停止温度が本発明の好適範囲を低く外れた比較例(鋼板No.7、No.8、No.23)は、鋼板の表層部および中央部で所定の下部ベイナイト相分率が確保できず、マルテンサイト相主体の組織となっているため、強度は高いが、靭性が低下している。
また、冷却の停止から焼戻処理の加熱開始までの空冷の時間が本発明の好適範囲を低く外れた比較例(鋼板No.13)は、下部ベイナイト変態が完了する前に加熱されたため、中央部で所定の下部ベイナイト分率が確保できておらず、中央部の強度、靭性がともに低下している。
また、冷却停止後、焼戻処理を施さず空冷した比較例(鋼板No.15)は、とくに表層部のマルテンサイト相が急速加熱焼戻処理を受けておらず、表層部の靭性の低下が著しい。なお、この製造工程では空冷時間が長いため、生産能率が低下する。
また、焼戻処理を、急速加熱焼戻処理に代えて、徐加熱の雰囲気炉加熱とした比較例(鋼板No.41)では、誘導加熱に比べ時間がかかり、加熱速度が遅いので、同じ鋼No.Aを用いた鋼板No.1に比べ、板厚中央部の強度と靭性が低下している。
本発明の焼戻処理に好適に使用できる急速加熱のための誘導加熱装置の一例を模式的に示す説明図である。(a)は平面図、(b)は側面図、(c)は正面図である。 本発明の焼戻処理に好適に使用できる急速加熱のための装置の一例を模式的に示す説明図である。
符号の説明
1 鋼板
2 バーナ炎
10 誘導加熱装置
30 テーブルローラ

Claims (5)

  1. 質量%で、
    C:0.05〜0.15%、 Si:0.05〜0.50%、
    Mn:0.4〜2.0%、 Cr:0.03〜1.0%、
    Mo:0.05〜0.80%、 Al:0.005〜0.1%、
    N:0.007%以下
    を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、表面および裏面からそれぞれ鋼板の板厚(mm)×0.2の範囲の表層部が、焼戻マルテンサイト相を主相とし、表層部全体の平均で下部ベイナイト相を5体積%以上含む組織を有し、前記表層部以外の中央部が、40体積%超えの下部ベイナイト組織を有することを特徴とする引張強さが780MPa以上の高靭性高張力鋼板。
  2. 前記組成に加えてさらに、質量%で、下記a群〜c群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項1に記載の高靭性高張力鋼板。

    a群:Ni:0〜3.5%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.005〜0.1%、B:0.0005〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上、
    b群:Ti:0.005〜0.03%、Nb:0.005〜0.05%のうちから選ばれた1種または2種、
    c群:Ca:0.0005〜0.01%
  3. 鋼片に、該鋼片を加熱し所望板厚の鋼板とする熱間圧延と、該熱間圧延後直ちに、該鋼板を冷却する冷却処理と、さらに該冷却処理に引き続き鋼板を再加熱する焼戻処理と、を順次施す高張力鋼板の製造方法において、前記鋼片を、質量%で、
    C:0.05〜0.15%、 Si:0.05〜0.50%、
    Mn:0.4〜2.0%、 Cr:0.03〜1.0%、
    Mo:0.05〜0.80%、 Al:0.005〜0.1%、
    N:0.007%以下
    を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼片とし、
    前記熱間圧延を、前記鋼片を1000〜1300℃の温度に加熱し、所望板厚の鋼板とする熱間圧延を行う処理とし、
    前記冷却処理を、前記鋼板の平均温度でAr変態点以上の温度から冷却を開始し、(Ms点+40℃)〜(Ms点−100℃)の範囲の温度で冷却を停止したのち、該冷却を停止してから30s間以上空冷または徐冷する処理とし、
    前記再加熱処理を、表面の最高到達温度が400℃以上Ac変態点以下の温度に急速加熱する急速加熱焼戻処理とすることを特徴とする引張強さが780MPa以上の高靭性高張力鋼板の製造方法。
  4. 前記冷却処理における冷却を、上部臨界冷却速度以上で行う処理とし、前記焼戻処理における前記急速加熱を、板厚中心部で、1℃/s以上の加熱速度で行う処理とする、ことを特徴とする請求項3に記載の高靭性高張力鋼板の製造方法。
  5. 前記組成に加えてさらに、質量%で、下記a群〜c群のうちから選ばれた1群または2群以上を含有する組成とすることを特徴とする請求項3または4に記載の高靭性高張力鋼板の製造方法。

    a群:Ni:0〜3.5%、Cu:0.1〜1.0%、V:0.005〜0.1%、B:0.0005〜0.003%のうちから選ばれた1種または2種以上、
    b群:Ti:0.005〜0.03%、Nb:0.005〜0.05%のうちから選ばれた1種または2種、
    c群:Ca:0.0005〜0.01%
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