しかしながら、前述の従来の技術には以下に示す問題点がある。前述の熱間加工用金型における早期割れの問題は、コーナー部のRが原因であるか、又は冷却孔からの割れが原因であるかが判明していないため、従来の熱処理及び鋼材による対策では十分な効果が得られない。例えば、前述の特許文献1乃至5に記載の方法は、金型寿命を向上させるために、熱処理条件を変更することにより、組織をマルテンサイト及び下部ベーナイト組織とし、熱歪み等の金型の変形及び脱炭を防止しているが、これらの方法では、熱間加工用金型の早期割れは防止できず、金型の寿命が短いという問題点がある。
図18(a)乃至(c)は従来の熱間加工用金型の製造方法の冷却工程における金型素材の状態を示すグラフ図であり、図18(a)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の温度をとって、表面及び内部の温度変化を示すグラフ図であり、図18(b)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の体積をとって、冷却工程における金型素材の体積変化を示すグラフ図であり、図18(c)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の内部応力をとって、冷却工程における金型素材の内部応力変化を示すグラフ図である。金型の変形は、鋼材の強度が低い高温域で表面と内部とで生じる温度差に起因する熱応力によって発生する。また、金型の残留応力は、500℃以下の低温域において表面と内部とで生じるマルテンサイト等の組織の変態時期の差によって、その分布及び大きさが決定する。このため、特許文献1に記載の方法のように、450℃以下の低温域を徐冷すると、表面と内部との間の温度差が小さくなるためマルテンサイト等の組織の変態時間差を短縮でき、金型の残留応力を軽減することができるが、図18(a)乃至(c)に示すように、高温域では表面と内部とで温度差が大きくなって大きな熱歪が発生し、且つ表面温度が450℃以下の鋼材強度が高い状態で内部が変態するため、結果として金型内部に著しく応力が残留する。
また、特許文献2及び3に記載の方法は、(1/2)×(オーステナイト化温度)±50℃まで空冷又は衝風空冷を行うため、金型の変形を抑制する効果はあるが、この効果は、縦が350mm、横が670mm、厚さが160mmである場合の結果であり、この方法を大型の金型に適用すると、表面と内部とで温度差が発生するため、変形を防止することはできない。更に、特許文献2及び3に記載の方法のように、(1/2)×(オーステナイト化温度)±50℃から油冷により急冷をすると、内部と表面部との温度差が大きいまま組織が変態するため、金型内に残留する応力が大きくなる。同様に、特許文献4に記載の方法も、縦が200mm、横が200mm、厚さが90mm程度の小型の金型を対象にしているため、この方法を大型の金型に適用すると、表面と内部とで温度差が発生し、変形が生じる。
一方、特許文献5に記載の焼入れ方法は、縦400mm、横400mm、厚さ300mmと大型の金型についても考慮しているが、この方法では金型の内部と表面部で温度差が生じるため、金型内に残留する応力が大きくなる。また、特許文献5に記載の焼入れ方法は、金型素材の表面温度が500乃至900℃になるまで、加熱室又はこの加熱室に附設した冷却室内で、大気圧以上の圧力下で冷却しているが、これは、脱炭防止をしているだけであり、鋼材の残留応力を除去することはできない。
このように、実際の金型では、熱応力による熱歪み等の変形が少ないものが、残留応力が少ないとは限らず、また、従来の熱処理方法では、金型の変形及び脱炭を考慮して、熱処理時の冷却条件については検討されているが、金型中に残留する残留応力は軽視されており、加熱条件を規定していない。このため、熱処理変形を防止し、脱炭及び組織を最適化した特許文献1乃至5に記載の方法では、熱間加工用金型で発生する水冷孔からの大割れ及びコーナー部の早期割れの発生は、防止することができない。
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れの発生を抑制し、金型を長寿命化することができる熱間加工用金型の製造方法を提供することを目的とする。
本発明に係る熱間加工用金型の製造方法は、C:0.10乃至0.70質量%、Si:0.05乃至0.80質量%、Mn:0.40乃至1.00質量%、Cr:2.00乃至7.00質量%、(1/2)×W+Mo:0.2乃至12.0質量%、V:0.10乃至3.00質量%及びNi:0.05乃至0.80質量%を含有し、Co:6.50質量%以下及びS:0.150質量%以下に規制し、残部がFe及び不可避的不純物からなる熱間工具鋼材を所定の形状に加工して金型素材を得る工程と、前記金型素材を圧力が0.1kPa以下であり、窒素ガスを1ppm以上含む雰囲気中において850℃以上の第1の温度下で加熱する工程と、前記金型素材を冷却することにより組織中のマルテンサイト組織の割合を80%以上にする工程と、を有することを特徴とする。
本発明においては、加熱工程において、850℃以上で加熱する際に、炉内を圧力が0.8kPa以下で、窒素ガスを1ppm以上含む雰囲気としているため、金型素材の表面からC、Cr及びCo等の金属元素が蒸発することを防止することができる。これにより、マルテンサイト変態点の上昇が抑制され、残留応力の発生を軽減することができるため、水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れの発生を抑制し、金型を長寿命化することができる。
この熱間加工用金型の製造方法における前記第1の温度は、例えば、850乃至1050℃である。
また、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から800乃至950℃の第2の温度まで冷却し、この第2の温度下で3分間以上保持した後、前記第2の温度から室温まで冷却してもよい。これにより、金型素材の高温域における温度分布を低減することができるため、金型の熱変形を防止することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から400乃至700℃の第3の温度まで冷却し、この第3の温度下で3分間以上保持した後、前記第3の温度から室温まで冷却することもできる。これにより、金型素材の表面及び内部における変態時期のばらつきに起因する金型の変態応力を低減することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から変態点直下である150乃至250℃の第4の温度まで冷却し、この第4の温度下で20分間以上保持した後、空冷よりも遅い冷却速度で前記第4の温度から室温まで徐冷してもよい。これにより、少量のマルテンサイト発生後に、多量の残留オーステナイトを保持することで、ベーナイトを生成させずに、金型素材中の温度差をなくして均一にマルテンサイト化することができるため、金型内部に残留する引張応力を軽減することができると共に、冷却時の熱応力の影響によって金型表面に圧縮応力を付加することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から800乃至950℃の第2の温度まで冷却して、この第2の温度下で3分間以上保持し、その後、前記第2の温度から400乃至700℃の第3の温度まで冷却し、更にこの第3の温度下で3分間以上保持した後、前記第3の温度から室温まで冷却することもできる。これにより、金型の熱変形を防止することができると共に、金型の変態応力を低減することができる。
その際、前記金型素材を前記第2の温度から前記第3の温度まで冷却する際の冷却速度を6℃/分間以上にしてもよい。これにより、金型の組織をマルテンサイト化することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から800乃至950℃の第2の温度まで冷却して、この第2の温度下で3分間以上保持し、その後、前記第2の温度から150乃至250℃の第4の温度まで冷却し、更にこの第4の温度下で20分間以上保持した後、空冷よりも遅い冷却速度で室温まで徐冷してもよい。これにより、金型の熱変形を防止することができると共に、金型内部に残留する引張応力を軽減し、金型表面に圧縮応力を付加することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から400乃至700℃の第3の温度まで冷却して、この第3の温度下で3分間以上保持し、その後、前記第3の温度から150乃至250℃の第4の温度まで冷却し、更にこの第4の温度下で20分間以上保持した後、空冷よりも遅い冷却速度で室温まで徐冷することにより、前記金型素材の組織におけるマルテンサイト組織の割合を80%以上にすることもできる。これにより、金型内部に残留する引張応力を軽減し、金型表面に圧縮応力を付加することができる。
又は、前記金型素材を冷却する工程は、前記金型素材を、前記第1の温度から800乃至950℃の第2の温度まで冷却して、この第2の温度下で3分間以上保持し、その後、前記第2の温度から400乃至700℃の第3の温度まで冷却し、この第3の温度下で3分間以上保持し、更に前記第3の温度から150乃至250℃の第4の温度まで冷却し、この第4の温度下で20分間以上保持した後、空冷よりも遅い冷却速度で室温まで徐冷することにより、前記金型素材の組織におけるマルテンサイト組織の割合を80%以上にしてもよい。これにより、金型の熱変形を抑制することができると共に、保持回数が多いため金型内部に残留する引張応力を大幅に軽減することができ、更に、金型表面に圧縮応力を付加することができる。
本発明によれば、金型素材を850℃以上で加熱する際に、炉内を圧力が0.8kPa以下で、窒素ガスを1ppm以上含む雰囲気とすることにより、加熱時に金型素材の表面からC、Cr及びCo等の金属元素が蒸発することを防止しているため、残留応力を軽減して水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れの発生を抑制し、金型を長寿命化することができる。
以下、本発明の実施の形態に係る熱間加工用金型の製造方法について、添付の図面を参照して具体的に説明する。先ず、本発明の第1の実施形態に係る熱間加工用金型の製造方法について説明する。本実施形態の熱間加工用金型の製造方法は、C:0.10乃至0.70質量%、Si:0.05乃至0.80質量%、Mn:0.40乃至1.00質量%、Cr:2.00乃至7.00質量%、(1/2)×W+Mo:0.2乃至12.0質量%、V:0.10乃至3.00質量%及びNi:0.05乃至0.80質量%を含有し、Co:6.50質量%以下及びS:0.150質量%以下に規制し、残部がFe及び不可避的不純物からなる熱間工具鋼材を所定の金型形状になるように加工した後、熱処理することにより、組織中のマルテンサイト組織の割合が80%以上である金型を製造する方法である。
本発明者等は、前述の課題を解決するために鋭意実験研究を行った結果、金型肩部のコーナー部からの割れの早期発生及び金型の短寿命化は、熱処理した際に金型内に残留する応力に原因があり、特に金型表面の引張残留応力が割れを発生させることを見出した。また、この金型表面の引張残留応力は、焼入れ時の内外の温度差が大きく、急冷を必要とする大型の金型(縦200mm、横450mm、高さ450mm、重さ300kg以上)程大きくなる傾向がある。
例えば、金型に設けられた冷却水を通流させるための孔(水冷孔)に大きな残留応力があると、その残留応力に起因して鋼材中に水素が浸入して脆化を起こさせ、金型に大割れを発生させる。具体的には、表面に発生した錆から鋼材中に浸入した水素、又は腐食によるカソード反応で発生し鋼材中に浸入した水素が、応力集中部に濃縮されるため、この応力集中部が水素脆化して亀裂が発生し、更に大割れに発展する。このため、金型表面の引張残留応力を軽減し、更に圧縮応力を付加することができれば、水冷孔の表面に発生する割れを防止できる。
また、金型に発生する残留応力には、内外の温度差に伴う熱膨張差によって発生する熱応力によるものと、組織の変態によって発生する変態応力によるものとがある。この変態応力は、金型を熱処理した際に、鋼材中の炭素(C)、クロム(Cr)及びコバルト(Co)が蒸発して表面と内部とで成分組成が相違して、変態点が変化することにより増大する。このため、変態応力の低減には、熱処理時に金型表面からこれらの成分が蒸発することを防止することが重要である。
そこで、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、前述の組成の熱間工具鋼材を所定の形状に加工した金型素材を、以下に示す3段階の工程で加熱処理する。先ず、1段階目として、加熱時間を短縮し、熱むらを抑えるために、窒素ガス雰囲気中で圧力を1×102kPa以上とし、450乃至650℃の温度条件下で、例えば2時間程度対流加熱する。次に、2段階目として、700乃至800℃の温度条件下で、炉内の圧力を0.8kPa以下にして、例えば2時間程度真空加熱する。700℃以上の温度条件下では、対流加熱よりも放射加熱の方が良好な熱伝達が得られるため、この2段階目の加熱では、放射加熱の阻害となる窒素ガスを除去し、減圧下で放射加熱を行う。これにより、加熱時間を短縮し、熱むらを抑えることができる。
引き続き、3段階目として、圧力を0.8Pa以下にした炉内に、例えば1ppm以上の窒素ガスを添加し、850乃至1050℃の温度下で、例えば1乃至5時間程度加熱する。真空加熱を行うと、脱ガス、酸化物の解離及び油脂類の分解等が生じる。これらは真空加熱の効果として処理前には有利に作用し、被処理物は加熱前よりもむしろ清浄化される。しかしながら、金属は真空中の加熱によって気化して蒸発する性質をもっているため、金型素材を真空加熱すると脱元素を生じやすく、850℃以上の温度条件下で真空加熱を行うと、金型鋼材中に含まれる合金成分のうち、比較的蒸気圧が高いC、Cr及びCo等が蒸発してしまう。
これらの元素が金型表面から蒸発すると、AC1変態点が低下するため、加熱時の変形が助長すると共に、マルテンサイト変態温度(以下、Ms点という)が上昇し、組織変態点にバラツキが出て、急冷時に残留応力が発生する。また、金型表面に蒸気圧が高い元素が集中した結晶粒界が生じ、この部分が溝状にえぐられることもある。特に、金型表面からCrが蒸発すると、金型表面の熱伝導率が低下し、金型素材内部の組織がベーナイト組織になりやすい。このような現象は加熱温度が高い程、また加熱時の圧力が低い程顕著になる。
C、Cr及びCo等の蒸発は、炉内を大気圧にし、不活性ガス雰囲気中で金型素材を加熱することにより防止することができるが、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、850℃以上で加熱する場合は、炉内を窒素ガス雰囲気とし、圧力を0.8kPa以下にする。これにより、金型素材の表面からのC、Cr及びCoの蒸発を防止することができるため、Ms点の上昇が抑制され、残留応力の発生を軽減することができる。
次に、上述の方法で850乃至1050℃(第1の温度)まで加熱した金型素材を、以下に示す工程で冷却する。図1(a)乃至(c)はこの冷却工程における金型素材の状態を示すグラフ図であり、(a)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の温度をとって、表面及び内部の温度変化を示すグラフ図であり、(b)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の体積をとって、冷却工程における金型素材の体積変化を示すグラフ図であり、(c)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の内部応力をとって、冷却工程における金型素材の内部応力変化を示すグラフ図である。先ず、前述の加熱工程により850乃至1050℃(第1の温度)まで加熱された金型素材を、加熱室又は加熱室に附設した冷却室内において、熱間工具鋼材のオーステナイト化温度(1000乃至1050℃)から250℃程度下がったAc1点直上温度、即ち、800乃至950℃(第2の温度)になるまで、圧力を1×102kPa以下にして徐冷するか、又は、圧力を1×102kPaよりも高くして急冷する。そして、窒素ガスを添加した減圧下又は大気中において、この第2の温度下に金型素材を3分間以上、例えば0.5時間程度保持する(保温ステップS1)。その際、金型素材の冷却速度が空冷より遅くなるように、金型素材を保温すると共に、必要に応じて加熱する。
図18(a)乃至(c)に示す従来の熱間加工用金型の製造方法のように、保温工程を設けずに金型素材を冷却すると、その表面と内部との温度差が大きくなり、特に、内部と外部との温度差が300℃以上になると、金型に変形が生じるが、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、パーライトノーズに向かう冷却工程において、炉内の温度が前述の第2の温度(800乃至950℃)になった時点で、冷却を一旦停止し、この温度条件下で金型素材を3分間以上保持しているため、図1(a)乃至(c)に示すように、金型素材の表面及び内部の状態を均一にすることができる。
例えば、温度に関しては、金型素材の内部と外部との温度差(温度むら)を250℃以下にすることができる。250℃程度の温度むらにより金型素材に生じる応力は、最大で20kg/mm2程度であり、また、800℃程度に加熱されているときの金型素材の強度は25kg/mm2程度である。このように、温度むらが250℃以下になると金型素材は変形せず、熱膨張差に起因する温度差のみにより発生する熱応力が抑制される。また、この第1の温度(800乃至950℃)での保温工程により、金型素材の表面部及び内部の体積差も低減することもできる。その結果、金型の変形を防止することができる。更に、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、この第1の温度(800乃至950℃)での保温工程を、窒素ガスを添加した減圧下又は大気中で実施しているため、Cr等の元素の蒸発を防止することができる。
次に、金型素材を炉外に取り出し、400乃至700℃(第3の温度)になるまで、例えば6℃/分間以上の冷却速度で急冷する。その後、この第2の保温温度下で、金型素材を3分間以上、例えば0.5時間程度保持する(保温ステップS2)。その際、金型素材の冷却速度が空冷より遅くなるように、金型素材を保温すると共に、必要に応じて加熱する。
上述の如く、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、金型素材を冷却する際に、パーライトノーズ先端とベーナイト領域の中間温度である第3の温度(400乃至700℃)において、冷却を一旦停止し、この温度条件下で金型素材を3分間以上保持し、金型表面及び内外部の温度差をなくすための保温工程を設けている。これにより、図1(a)乃至(c)に示すように、冷却により生じた金型素材の状態むらを均一にすることができる。金型素材を急冷すると、組織をマルテンサイト化することができるが、表面と内部とで温度むらが発生し、製造された金型に変形が生じると共に残留応力を軽減することができない。例えば、金型素材に300℃以上の温度ばらつきが発生すると、40kg/mm2以上の大きな熱応力が発生するが、金型素材に使用される熱間金型鋼材は、400乃至700℃の温度条件下では、30乃至40kg/mm2程度の強度しかない。このため、前述の特許文献2及び3に記載の焼入れ方法のように、金型素材を(1/2)×オーステナイト化温度±50℃まで急冷すると、製造された金型に変形が発生したり、高い応力が残留したりする。一方、金型素材を徐冷した場合、残留応力を軽減することができるが、組織がベーナイト化してしまう。
そこで、本実施形態においては、急冷後に第3の温度(400乃至700℃)での保温工程を設けている。これにより、金型素材の組織をマルテンサイト化することができると共に、その表面部及び内部の体積差を低減することができるため、残留応力を軽減することができる。なお、この第3の温度(400乃至700℃)での保温工程は、加熱炉内に設けられた加熱室又は冷却室で実施してもよいが、加熱炉外に取り出し、保温炉にて温度を保持すると共に、金型素材の温度の低い部分を断熱することが望ましい。
次に、金型素材をマルクエンチのようにMs点直上で金型の内部及び外部の温度が均一になるまで保持すると、金型素材の内部がベーナイト化してしまう。このため、本実施形態においては、Ms点直下である150乃至250℃(第4の温度)になるまで油冷する。これにより、ベーナイト組織を生成させず、マルテンサイト組織とすることにより、金型の機械的特性を向上させることができる。その後、金属素材の組織を完全にマルテンサイト組織にせず、高温油槽内で第4の温度(150乃至250℃)で金型素材を20分間以上、例えば0.5時間程度保持し(保温ステップS3)、金型素材の表面温度と内部の温度とを略等しくする。そして、この第4の温度(150乃至250℃)での保温工程により、金型素材の温度のばらつきをなくした後、金型素材を高温油槽から取り出し、その温度が室温になるまでゆっくりと空冷より遅い速度で冷却し、組織をマルテンサイト変態させる。これにより、金型素材の内部及び外部の組織を、略同時期に変態させることができるため、図1(c)に示すように、金型の寿命低下の原因である金型表面の引張応力を軽減すると共に、金型表面に圧縮応力を付加することができるため、金型の寿命を延ばすことができる。なお、金型素材を高温油槽から取り出して冷却する際は、炉冷することが好ましい。
このときの保持温度、即ち、第4の温度はMs点−200℃乃至Ms点の範囲とすることが好ましく、この保温工程により形成されるマルテンサイト組織の割合(マルテンサイト化率)は5乃至50%とすることが好ましい。また、保持温度の下限値をMs点−150℃とし、マルテンサイト化率を5乃至30%にすることがより好ましい。本実施形態において使用する熱間工具鋼材のMs点は、215乃至290℃程度であり、マルテンサイト化率が50%となる温度は、150乃至250℃である。よって、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、油冷後に金型素材を保持する第4の温度を、Ms点から150℃下げるまでの温度、即ち、150乃至250℃とする。
本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、Ms点直下で、且つマルテンサイト変態率が50%以下、好ましくは10乃至30%の温度条件下で、金型素材を等温保持することにより、表面に発生する変態応力を抑制し、更に、内部の温度と表面温度とが等しくなってから徐冷することにより、内部及び外部の組織を略同時期にマルテンサイト変態をさせているため、上部ベーナイト組織を発生させることなく、金型素材の内部及び外部の組織を変態させることができるため、金型表面の引張応力を軽減して、金型の寿命を延ばすことができる。
なお、上述の方法で加熱及び冷却して得た熱間加工用金型は、鋼材中のマルテンサイト組織の割合が80%以上となる。金型鋼材の靱性が低下すると、小さなヒートクラックが一気に大割れに到る。従って、硬さを高め且つ靭性を維持するため、金型の焼入れ組織をマルテンサイト組織又は下部(針状)ベーナイト組織等のより緻密な組織、上部(塊状)ベーナイト組織の生成を極力抑えることが必要である。このため、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、金型鋼材中の組織を、マルテンサイト組織又は下部(針状)ベーナイト組織の比率が80%以上になるようにする。
上述の如く、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法は、加熱工程において、850℃以上で加熱する場合は、炉内に窒素ガスを1ppm添加すると共に圧力を0.8kPa以下にしているため、金型素材の表面からC、Cr及びCo等の金属元素が蒸発することを防止することができる。その結果、Ms点の上昇が抑制され、残留応力の発生を軽減することができる。なお、従来の熱間加工用金型の製造方法のように、雰囲気状態及び加圧状態を管理せずに加熱工程を行うと、冷却時に保温工程を設けても、金型素材の残留応力を低減することはできない。
また、冷却工程においては、炉内温度が第2の温度である800乃至950℃になった時点で冷却を一旦停止し、この第2の温度下で金型素材を3分間以上保持しているため、金型素材の温度分布が小さくなり、金型の熱変形を防止することができる。更に、残留応力の生成原因となる400乃至700℃、即ち、第3の温度下でも、金型素材を3分間以上保持しているため、温度むらを軽減することができ、金型の表面及び内部における変態応力を軽減することができる。更にまた、Ms点直下で且つ金型表面におけるマルテンサイト組織の割合が5乃至50%である第4の温度(150乃至250℃)下でも、金型素材を20分間以上保持し、表面の温度と内部の温度とが均一になるようにしているため、残留応力を大幅に軽減することができる。
このように、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、冷却工程において、適切な温度で所定時間保温しているため、金型素材の表面温度と内部の温度とを均一にすることができ、金型内の残留応力を軽減することができる。その結果、水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れが発生しにくく、長寿命な金型を得ることができる。
なお、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、第1の温度以上に加熱した金型素材を、第2の温度で保持した後、第3の温度、更には第4の温度で所定時間保持しているが、本発明はこれに限定されるものではなく、第2乃至第4の温度のうち少なくとも1つの温度で金型素材を所定時間保持していればその効果を得ることができる。但し、各保温工程は多い程好ましく、炉内温度が200乃至250℃下がる毎に設けることが好ましい。
次に、本発明の第2実施形態に係る熱間加工用金型の製造方法について説明する。本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、前述の第1の実施形態の熱間加工用金型の製造方法と同様の方法及び条件で850乃至1050℃(第1の温度)まで加熱した金型素材を、以下に示す工程で冷却する。図2(a)乃至(c)は本実施形態の熱間加工用金型の製造方法の冷却工程における金型素材の状態を示すグラフ図であり、図2(a)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の温度をとって、表面及び内部の温度変化を示すグラフ図であり、図2(b)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の体積をとって、冷却工程における金型素材の体積変化を示すグラフ図であり、図2(c)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の内部応力をとって、冷却工程における金型素材の内部応力変化を示すグラフ図である。
先ず、加熱室又は加熱室に附設した冷却室内において、金型素材を、800乃至950℃(第2の温度)になるまで、圧力を1×102kPa以下にして徐冷するか、又は、圧力を1×102kPaよりも高くして急冷する。そして、窒素ガスを添加した減圧下又は大気中において、この第2の温度下に金型素材を3分間以上保持する(保温ステップS11)。これにより、図2(a)乃至(c)に示すように、金型素材の内部及び表面の温度が略等しくなるため、熱膨張差による熱応力の発生を抑制することができる。また、金型素材の表面部及び内部の体積差も低減することもできるため、金型の変形を防止することができる。
次に、金型素材を炉外に取り出し、Ms点直下である150乃至250℃(第4の温度)になるまで油冷した後、この第4の温度(150乃至250℃)で金型素材を20分間以上保持する(保温ステップS22)。これにより、図2(a)乃至(c)に示すように、金型素材の内部及び表面の温度が略等しくなるため、熱膨張差による熱応力の発生を抑制することができる。また、金型素材内に発生する引張応力を低減し、圧縮応力を付加することができるため、金型の寿命を延ばすことができる。その後、金型素材を高温油槽から取り出し、その温度が室温になるまでゆっくりと空冷より遅い速度で冷却する。
上述の如く本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、第3の温度(400乃至700℃)での保温工程を設けていないが、第2の温度(800乃至950℃)で、金型素材を3分間以上保持しているため、温度むらが軽減され、金型の変態応力を軽減することができる。また、第4の温度(150乃至250℃)でも、金型素材を20分間以上保持し、表面の温度と内部の温度とが均一になるようにしているため、表面の引張応力を大幅に軽減することができる。その結果、水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れが発生しにくく、長寿命な金型を得ることができる。
次に、本発明の第3実施形態に係る熱間加工用金型の製造方法について説明する。本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、前述の第1の実施形態の熱間加工用金型の製造方法と同様の方法及び条件で、金型素材を850乃至1050℃(第1の温度)まで加熱した後、この金型素材を炉外に取り出し、Ms点直下である150乃至250℃(第4の温度)になるまで油冷する。そして、この第4の温度(150乃至250℃)下で金型素材を20分間以上保持(保温ステップS31)した後、金型素材を高温油槽から取り出し、金型素材の温度が室温になるまで空冷よりも遅い速度で冷却する。
図3(a)乃至(c)は本実施形態の熱間加工用金型の製造方法の冷却工程における金型素材の状態を示すグラフ図であり、図3(a)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の温度をとって、表面及び内部の温度変化を示すグラフ図であり、図3(b)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の体積をとって、冷却工程における金型素材の体積変化を示すグラフ図であり、図3(c)は横軸に時間をとり、縦軸に金型素材の内部応力をとって、冷却工程における金型素材の内部応力変化を示すグラフ図である。図3(a)乃至(c)に示すように、本実施形態の熱間加工用金型の製造方法においては、第2の温度(800乃至950℃)及び温度第3の温度(400乃至700℃)での保温工程を設けていないが、第4の温度(150乃至250℃)で、金型素材を20分間以上保持し、表面の温度と内部の温度とが均一になるようにしている。これにより、変態時期を揃えることができるため、表面に圧縮応力を発生させ、金型表面の引張応力を軽減することができる。その結果、水冷孔からの大割れ及びコーナー部における早期割れが発生しにくく、長寿命な金型を得ることができる。
以下、本発明の実施例の効果について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。本実施例においては、先ず、誘導炉にて、重さが3tの鋼塊のインゴットを作製し、このインゴットを縦320mm、横320mm、高さ320mmのサイズに鋳造した後、830℃で焼き鈍しして、下記表1に示すNo.1乃至4の熱間工具鋼材を作製した。なお、下記表1に示す各鋼材のマルテンサイト変態開始点(Ms点)は、各鋼材を3分間で1030℃まで加熱してオーステナイト状態とし、この温度で10分間保持した後、30℃/分の連続的等速で冷却しながら、富士電波工機製の全自動変態記録測定装置(formastor−F)より、マルテンサイト変態が開始した温度を測定した。
図4は本実施例の金型素材の形状を示す図である。次に、上記表1に示すNo.1乃至4の各鋼材を加工して図4に示す形状の金型素材を作製し、この金型素材を、本発明の範囲内の条件、即ち、圧力が0.1kPa以下で、窒素ガスを1ppm以上含む雰囲気中で850℃以上の温度下で加熱した後、冷却することにより焼入れして実施例1乃至7の金型を作製した。図5乃至11は夫々実施例1乃至7の金型の焼入れ条件を示す図である。また、本発明の比較例として、上記表1に示すNo.1乃至4の各鋼材を加工して図4に示す形状の金型素材を作製し、この金型素材を、従来の条件、即ち、大気中で、圧力を管理せずに加熱した後、冷却することにより焼入れし、比較例1乃至4の金型を作製した。図12乃至図15は夫々比較例1乃至4の焼入れ条件を示す図である。なお、図5乃至図15におけるPはパーライト変態開始温度線であり、Bはべーナイト変態開始温度線であり、Mはマルテンサイト変態温度線である。また、図8乃至図11に示す実施例4乃至7の焼入れの冷却工程における各保温工程の温度は、上記表1に示す各鋼材のMs点に基づいて設定した。
そして、図5乃至15に示す条件で焼入れした実施例1乃至7及び比較例1乃至4の金型について、残留応力、マルテンサイト化率、寿命及び水中における引張強さについて評価した。以下、その評価方法について説明する。
残留応力
金型の残留応力の測定は、sin2ψ法によるX線回折法を用いて実施した。sin2ψ法におけるψという角度は、X線回折における傾角ψである。この傾角ψは、材料(母材)表面の法線を基準にした方位を意味しており、ψ=0°であれば材料(母材)表面に対する法線の法線の向きを、ψ=90°であれば材料(母材)表面と平行な向きを示す。材料表面に平行な向き(ψ=90°)の圧縮応力は、同じ向きに材料を最も大きく縮ませ、垂直な方向(ψ=0°)に材料を最も大きく膨らませる。このときの材料の膨張・収縮の程度を、材料を構成する結晶格子の面間隔の変化に置き換えると、面間隔の変化(歪み)とψとは下記数式1で表される。
そこで、X線回折時に傾角ψを変化させながら特定の結晶面の格子定数を計測し、sin2ψを横軸に、回折角を縦軸にしてグラフを書くと、測定した点は概ね直線上にのる。上記数式1に示すように、この直線の傾きは材料固有のヤング率及びポアソン比で決まる定数と、応力との積であるから、この傾きより応力の値を計算することができる。そこで、本実施例においては、焼入れ終了後の各金型について、表面を0.10mm程度電解研磨した後、図4に示すa乃至dの各位置における最大残留応力を測定し、その平均値をとった。各金型の表面における最大残留応力の平均値を下記表2に示す。
マルテンサイト化率
図16はマルテンサイト化率の測定方法を示す図である。マルテンサイト化率の測定は、金型の中心部及び表面を腐食させて夫々400倍の倍率で10枚ずつ光学顕微鏡写真を撮影し、各写真に所定の間隔で10本の直線を引き、各直線上に存在するマルテンサイト組織の割合、即ち、マルテンサイト線分率を求め、その平均値をマルテンサイト化率とした。その際、図16に示すように、結晶粒1を通過している針状結晶粒組織2をベーナイト組織として判定して、ベーナイト組織以外の部分をマルテンサイト組織として判別した。具体的には、長さがLである直線において、針状結晶粒組織(ベーナイト組織)2が存在している部分の長さB1及びB2の割合、即ち、ベーナイト線分率を下記数式2から求め、このベーナイト化率からマルテンサイト化線分率を求めた。その結果を下記表3に示す。
寿命
各金型の熱疲労寿命試験は、図5乃至図15に示す条件で焼入れを行った各金型に対して、夫々600乃至680℃の温度条件下で3時間の焼き戻しを2回行って45HRCに調質した後、電気炉にて700℃の温度条件下で5分間加熱し、更に、100℃の油槽に投入することにより、各金型の表面に熱応力を加えた。この加熱及び冷却工程を繰り返し、10回毎にJIS規格Z2343−1に規定されている浸透探傷試験を行った。そして、傷の発生時を金型の寿命とした。その結果を下記表4に示す。
水中引張試験
水冷孔における割れ易さを評価するため、図4に示す形状の金型を水道水に浸漬し、9.95mA/cm2の電流を24時間流し、腐食を促進させた。その後、腐食させた金型の表面部分から、JISG056に規定されているI−6型の試験片(45HRC)を切り出した。図17は水中引張試験用の試験片の形状を示す平面図である。そして、この図17に示す試験片について、室温にて1×10−6/秒の歪速度で引張試験を実施し、破断時の絞り値によってその引張強さを評価した。その結果を下記表5に示す。
上記表2乃至5に示すように、比較例1乃至4の条件で作製した金型は、その表面に高い引張応力が発生していた。一方、実施例1乃至7の条件で作製した金型は、表面温度と中心温度の温度差を小さくしているため、金型表面の残留応力が軽減され、疲労寿命が長く、水中での脆化を抑制することができた。