JP2006051023A - スターチシンターゼIIIa型の機能解明と新規デンプン作出法 - Google Patents

スターチシンターゼIIIa型の機能解明と新規デンプン作出法 Download PDF

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Abstract

【課題】 イネSSIIIaの機能を解明する上で必須の材料である、SSIIIa遺伝子がノックアウトされたイネSSIIIa変異体を提供すること、及び、同SSIIIa変異体を用いて、野生型とは異なる新規なデンプン、及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】 イネSSIIIa変異体は、イネゲノム中のスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子がノックアウトされ、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性が欠失または野生型に比べて著しく低下したものであり、デンプンは、該イネSSIIIa変異体により生産され、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性の欠失または低下に起因する、野生型とは物性の異なる新規デンプンである、該イネ変異体および該デンプンの製造方法を提供する。
【選択図】 なし

Description

本発明は、スターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子がノックアウトされたイネのSSIIIa変異体、及び、その変異体を用いて野生型とは物性の異なる新規なデンプンを製造する方法等に関する。本発明は、デンプン合成機構の研究材料として利用できるほか、デンプンを原材料等に使用する工業および食品各分野での利用が期待できる。
イネ胚乳のアミロペクチン合成過程には、たくさんの酵素・アイソザイムが関与する。特に、デンプンのα−1,4鎖を伸長する酵素であるデンプン合成酵素・スターチシンターゼ(starch synthase:以下、「SS」と略す場合がある。)には、SSI, SSIIa, SSIIb, SSIIc, SSIIIa, SSIIIb, SSIVa, SSIVb, GBSSI, GBSSIbの10種類もの遺伝子が存在することが最近になり分かってきた。しかし、スターチシンターゼ(SS)は、その不安定性などのため、生化学的研究が遅れており、各アイソザイムの機能については未だ明らかになっていない。
イネのSSアイソザイムの中で変異体が存在するのは、GBSSIおよび本発明者が以前単離したSSIのみである(下記の特許文献1参照)。前者はモチ性デンプンとして古くから知られており、GBSSIの機能がアミロース合成であることが知られている。後者の機能はグルコース重合度(DP)8−12の短鎖合成であることが本発明者の研究で明らかにされている。また、ジャポニカイネとインディカイネのアミロペクチン構造の違いからSSIIaの機能が明確になっている(下記の特許文献2および非特許文献1参照)。
しかしながら、他のSSアイソザイムの機能においては、ほとんど研究例がないため、SSはデンプン合成関連酵素の中でも最も研究が遅れている酵素の一つである。トウモロコシにはSSIIIの変異体として知られているdull-1が存在するが(下記の非特許文献2参照)、このdull-1がSSIIIの変異体であることがわかったのはごく最近のことであり、その視点に立った研究は未だ不十分である。他方、イネにおいては、トウモロコシのdull-1に相当する変異体は得られておらず、当然、変異体を利用したイネSSIIIaの機能解明も全く行われていない。
特開2003−79260号公報 国際公開パンフレットWO03/023024号 Umemoto et al. (2002) Theor. Appl. Genet. 104: 1-8 Gao et al. (1998) Plant Cell 10: 399-412
上記のように、イネにおいては、スターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)の変異体は得られておらず、当該変異体を用いたSSIIIaの機能解析および同変異体により製造されるデンプン物性の検討も当然ながら行われていない。イネ等の植物におけるデンプン合成のメカニズムを明らかにし、その知見をデンプン合成技術に応用するためには、各アイソザイムの機能解明が不可欠であり、イネSSIIIaの機能を解明することは、イネデンプンの産業利用にとって非常に重要なものといえる。
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであり、その目的は、イネSSIIIaの機能を解明する上で必須の材料である、SSIIIa遺伝子がノックアウトされたイネSSIIIa変異体を提供すること、及び、同SSIIIa変異体を用いて、野生型とは異なる新規なデンプン、及びその製造方法を提供することにある。
本発明者は、上記の課題に鑑み鋭意研究を進めた結果、(1)Tos17トランスポゾンが挿入されたノックアウトイネ集団からスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)変異体を単離することに成功すると共に、機能解析の結果、この変異体はSSIIIa活性が野生型と比べて完全に欠失していたこと、また、(2)この変異体によって生産されるデンプンは、アミロペクチンの鎖長分布が野生型と異なっており、それに伴ってデンプンの糊化特性に変化がみられるなど、既存の野生型デンプンとは異なる物性を示すこと、等を見出し、本発明を完成させるに至った。
即ち、本発明は、産業上有用な下記A)〜J)の発明を含むものである。
A) イネゲノム中のスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子がノックアウトされ、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性が欠失または野生型に比べて著しく低下したイネSSIIIa変異体。
なお、本明細書において、「スターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子」とは、「SS
SIII-2(soluble starch syntahseIII-2)」とも呼ばれる、スターチシンターゼSSIII群に属するアイソザイムの1つをコードするイネ遺伝子である。SSIIIa遺伝子配列に関し、インディカ品種のcDNA配列については、DDBJ/EMBL/GenBank databases:アクセッション番号「AY100469」に記載されている。(同アクセッション番号には、SSIIIa蛋白のアミノ酸配列も記載されている。)また、ジャポニカ品種のSSIIIaゲノミックDNA配列については、DDBJ/EMBL/GenBank databases:アクセッション番号「AP004660」に記載されている。インディカ品種とジャポニカ品種とのSSIIIaゲノミックDNA配列の相同性は99.5%であり、品種間で配列上わずかな違いが見られる。
B) 活性化されたトランスポゾンがスターチシンターゼIIIa型遺伝子の位置に挿入されたものを選抜する工程を経て生産される、上記A)記載のイネSSIIIa変異体。
C) 活性化されたトランスポゾンが、Tos17レトロトランスポゾンである上記B)記載のイネSSIIIa変異体。
D) 上記A)〜C)のいずれかに記載のイネSSIIIa変異体を用いて、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性の欠失または低下に起因する、野生型とは物性の異なるデンプンを製造する方法。
E) 上記D)記載の方法により製造されるデンプン。
F) デンプンが、イネの胚乳デンプンである上記E)記載のデンプン。
G) 野生型により製造されるデンプンと比べて、アミロペクチンの鎖長分布が異なることを特徴とする上記E)又はF)記載のデンプン。
H) 野生型により製造されるデンプンと比べて、熱糊化特性が異なることを特徴とする上記E)又はF)記載のデンプン。
I) 野生型により製造されるデンプンと比べて、アミロース含量の割合が高いことを特徴とする上記E)又はF)記載のデンプン。
J) 野生型により製造されるデンプンと比べて、熱糊化粘度が低いことを特徴とする上記E)又はF)記載のデンプン。
本発明のイネSSIIIa変異体は、イネにおいて初めて単離されたSSIIIaの機能を欠損する変異体であり、イネのデンプン合成機構におけるSSIIIaの機能を解明する上で必須の研究材料といえる。また、本発明のデンプン、即ち本発明のイネSSIIIa変異体によって生産されるデンプンは、アミロペクチンの鎖長分布が野生型と異なっており、デンプンの糊化特性においても野生型との相違が認められた。このように、本発明のデンプンは、既存の野生型デンプンとは異なる物性を示すことから、新規の構造・性質を有するデンプンとして工業および食品各分野での利用が期待される。
以下、本発明の具体的態様、技術的範囲等について詳しく説明する。
本発明のイネSSIIIa変異体は、イネゲノム中のスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子がノックアウトされ、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性が欠失または野生型に比べて著しく低下したものである。SSIIIa遺伝子を破壊・ノックアウトする方法としてはいくつかの方法が考えられるが、好適には後述の実施例に示すように、Tos17等のトランスポゾンを利用する方法によって、SSIIIa遺伝子を破壊・ノックアウトすることができる。
レトロトランスポゾンの1種であるTos17は、組織培養によって活性化され、再分化によって不活性化され、培養期間にほぼ比例して、移転コピー数が増加することから、トランスポゾンとしての活性を人為的に制御できるという大きな特徴を持っている。また、Tos17は、染色体上にランダムに転移するが、誘発された変異は比較的安定であり、組換えDNA実験の制約を受けず、また、イネ品種の「日本晴」がもともとTos17を2コピー持っていることから、圃場での実験が可能であるという特徴を持っている。
Tos17による遺伝子の破壊は、必ずしも目的の遺伝子の位置に挿入されるものではないが、Tos17は染色体上にランダムに転移し、Tos17が挿入された個体をうまく選抜することができれば目的の遺伝子のみが破壊された変異体(ミュータント)を作出することができる。そして、このようにして作出された変異体中のTos17は、再分化により不活性化され比較的安定な変異体として使用することができる。
本発明者は、後述の実施例に示すように、Tos17がランダムに挿入されたノックアウトイネ集団であるミュータントパネル(約4万系統)の中から、PCR法を用いてSSIIIa遺伝子の位置にTos17が挿入された変異体を探索した。その結果、図1に示すように、SSIIIa遺伝子のエキソン1にTos17(図中、「e1」)が挿入された系統NF0921を選抜・単離することができた。
次に、ミュータントホモ個体を選抜するため、上記NF0921系統の再分化世代(M0)に稔った種子(M1種子)20粒を播種した。発芽・生長した幼植物の葉身からゲノミックDNAを抽出し、これを鋳型にしてPCRを行うことでTos17の挿入・非挿入を確認した。挿入ホモを「-/-」(本発明のSSIIIa変異体)、非挿入ホモを「+/+」とし、それぞれの個体の遺伝子型を決定した。開花後、各個体を温室に移動し、登熟種子および完熟種子(M2種子)を採取した。
上記方法により、相同染色体上の双方のSSIIIa遺伝子の位置にTos17トランスポゾンが挿入され、SSIIIa遺伝子がノックアウトされたイネSSIIIa変異体を得た。この変異体のSSIIIa活性をNative−PAGE/SS活性染色法(activity staining)を用いて検討したところ、図2に示すように、SSIIIa変異体(図中、「TosSSIIIa-e1-/-」)のSSIIIa活性は、上記の非挿入ホモ(図中、「TosSSIIIa-e1+/+」)・イネ品種「日本晴」と比べて完全に欠失していた。また同図に示すように、SSIIIa変異体のSSI活性は、野生型より高くなっており、この特徴はトウモロコシのdull-1変異体と類似するものであった。
このようにトランスポゾンTos17を用いることにより、SSIIIa遺伝子が破壊され、その酵素活性を失ったイネのミュータントを初めて作出することに成功した。
次に、このようなSSIIIa活性の欠損により当該ミュータントがどのようなデンプンを製造するかということを調べた。これによりSSIIIaの機能解析が可能となるからである。まず、製造されるデンプンのアミロペクチンの鎖長分布を解析するために、胚乳アミロペクチンを採取し、これを鎖長分布解析に供した。その分析結果を図3に示す。図3上段は鎖長分布を示し、横軸は鎖の長さ(グルコース重合度(DP))を示し、縦軸は頻度(Area %)を示し、黒色はコントロール(上記の非挿入ホモ)の分布を示し、白色はSSIIIa変異体の分布を示す。図3下段はコントロールと比較した場合の差分、即ち各鎖長におけるSSIIIa変異体の頻度からコントロールの頻度を引いた差分を示している。マイナスはコントロールのほうが頻度が高いことを示す。
図3に示すように、SSIIIa変異体の胚乳デンプンのアミロペクチンの鎖長分布は、コントロールと比べてグルコース重合度(DP)6−8、17−18、31−70が減少する一方、DP10−15、20−29が増加していた。また、その変化は他のSSアイソザイムと異なり、SSIIIa変異体に特異的な変化であった。この結果から、イネのSSIIIaは、アミロペクチンのB2およびB3鎖を合成する機能を持つことが考えられた。
次に、デンプンの熱糊化特性を検討した。SSIIIa変異体および上記コントロールとイネ品種「日本晴」の各糊化温度について、糊化開始温度、糊化ピーク温度および糊化終了温度を測定した。その結果を下記表1に示す。
表1に示すように、SSIIIa変異体の胚乳デンプンの熱糊化特性は、コントロールおよび日本晴のそれとは異なるものであり、たとえば、糊化開始温度はコントロールおよび日本晴に比べておよそ5℃程度低かった。この結果は、トウモロコシのdull-1とは異なるものであった。
さらに、本発明のイネSSIIIa変異体によって生産される玄米、胚乳デンプンについて調査した結果、以下の知見が得られた。
(1)本発明のイネSSIIIa変異体の玄米重量は、コントロールと比較して変化が認められなかった。
(2)本発明のイネSSIIIa変異体の玄米は、コントロール・日本晴に比べて白く濁ったものであり、これはトウモロコシのdull-1変異体の特徴と類似していた(図4参照)。
(3)本発明のイネSSIIIa変異体の胚乳デンプンの結晶性は、コントロールと比べてやや低下していた(図5参照)。
(4)本発明のイネSSIIIa変異体の胚乳デンプン粒は、野生型よりやや小さく、多角形の角がとれた丸みを帯びた形をしていた(図6参照)。
(5)本発明のイネSSIIIa変異体の胚乳デンプンは、日本晴と比べてアミロース含量が高く(図7、8参照)、また、熱糊化粘度が著しく低下していた(図9参照)。さらに、その炊飯米の外観、食味、食感も日本晴とは明らかに異なるものであった(図10参照)。
以上の結果から、本発明のイネSSIIIa変異体は、SSIIIa活性の欠損が原因でコントロール(野生型)とは鎖長分布および熱糊化特性などの物性が異なるデンプンを製造することが分かった。このことは、イネのSSIIIa活性を制御することにより特有の性質をもった新たなデンプンを生産することができ、そのデンプンは新規なデンプン素材として利用できることを示している。
また、上記イネSSIIIa変異体は、胚乳デンプンの物性とアミロペクチン構造が野生型と異なるにも関わらず、種子重、植物体の育成、開花日等は野生型と変わらないため、育種素材として利用する場合、利用しやすいものである。
以上のように本発明は、トランスポゾン等を利用することにより、イネのSSIIIa遺伝子が破壊された系統を選抜することができ、SSIIIa遺伝子がノックアウトされたイネ変異体を提供するものである(トランスポゾンによる遺伝子破壊法については、「細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ14 植物のゲノム研究プロトコール」(秀潤社)66−67頁、73−75頁参照)。トランスポゾンによりSSIIIa遺伝子が破壊されたミュータントを作出する場合、使用するトランスポゾンとしてはいずれのものであってもよいが、制御の容易性や安全性の点からレトロトランスポゾンが好ましい。植物には多数のレトロトランスポゾンが存在し、特にイネでは約40種以上が存在していることが知られている。これらのレトロトランスポゾンのうちのいくつかのものは、培養などにより活性を復活させることができるものがある。本発明の好ましいレトロトランスポゾンとしてはイネから得られるTos17トランスポゾンが挙げられる。
SSIIIa遺伝子を破壊するためのトランスポゾンの挿入位置としては、SSIIIa活性を欠失または野生型に比べて著しく低下させることができれば、イントロン領域であってもよいしエキソン領域であってもよい。「著しく低下させる」とは、野生型の活性を100としたときに、SSIIIa活性が50%以下、好ましくは30%以下、更に好ましくは25%以下になることを意味する。エキソン領域を破壊してSSIIIa活性を全く無くしたものは特に好ましい。
後述の実施例のSSIIIa変異体は、トランスポゾンがエキソン1に挿入されているため、正常なmRNAができる確率が限りなくゼロに近いため、タンパク質が生産されていない可能性が極めて高く、つまり、この変異体はNull mutantである可能性が極めて高い。
本発明のSSIIIa遺伝子がノックアウトされたミュータントの選抜方法としては、使用するトランスポゾンの塩基配列とSSIIIa遺伝子の塩基配列とに基づいて、SSIIIa遺伝子の領域にトランスポゾンが挿入されたものを選抜することによって行うことができるが、この方法に限定されるものではない。得られたミュータントのカルスを再分化させることによりミュータントの個体を得ることができる。通常のレトロトランスポゾンは再分化によりトランスポゾンとしての活性を失うためにこの方法は安全性も高く好ましい。
本発明は、SSIIIa活性が欠失または野生型に比べて著しく低下した形質転換イネを提供すると共に、さらにこの形質転換イネにより野生型が産生するデンプンとは物性の異なる新規なデンプン、及びその製造方法を提供するものである。本発明のデンプンとしては、植物体のいずれのところから得られるものであってもよいが、好ましくは胚乳デンプンが挙げられる。本発明のデンプンは、野生型のイネにより製造されるデンプンと比べて、アミロペクチンの鎖長分布が異なるものであり、好ましくはグルコース重合度(DP)6−8、17−18、31−70の頻度が野生型に比べて減少する一方、DP10−15、20−29の頻度が野生型に比べて増加したものが挙げられる。また、本発明のデンプンは、野生型のイネにより製造されるデンプンと比べて熱糊化特性が異なるものであり、好ましくは糊化開始温度などにおいてその温度が約5℃程度低くなるものである。
このように本発明は、野生型のイネが産生しない新規なデンプンを提供するものである。イネはデンプン源として貴重な植物であり、本発明は、食品工業や紙工業、生分解性プラスチック工業など各種の産業分野に広く応用可能な有用なデンプンを提供するものである。
なお、本発明における「イネ変異体」の範疇には、植物個体のほか、イネの根、茎、葉、生殖器官(花器官および種子を含む)などの各種器官、各種組織、植物細胞などが含まれ、さらにはプロトプラスト、スフェロプラスト、誘導カルス、再生個体およびその子孫、なども含まれるものとする。
以下、図面を参照しながら本発明の実施例について説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
〔実施例1:イネSSIIIa変異体の選抜・単離〕
Tos17がランダムに挿入されたノックアウトイネ集団であるミュータントパネルから、SSIIIa遺伝子の位置にTos17トランスポゾンが挿入された系統の選抜を以下のように行った。
使用したミュータントパネルは、(独)農業生物資源研究所によって開発されたイネ集団である(細胞工学別冊 植物細胞工学シリーズ14 植物のゲノム研究プロトコール(秀潤社)73−75頁参照)。約4万個体の葉身DNAプールをテンプレートにして、イネSSIIIa遺伝子のエキソン5付近の配列をもとに作製したリバースプライマー5R・6RおよびTos17配列をもとに作製したプライマーT1F・T2Fを用いてネステッドPCRを行い、さらにSSIIIa遺伝子断片をプローブに用いてサザンブロッティングを行い、PCRによって増幅した断片がSSIIIa遺伝子を含んでいるかどうかを確認した。また、この断片をTos17上のプライマーT2Fから読み始めることで、Tos17がSSIIIa遺伝子のどこに挿入されたかを知ることができる。その結果、図1に示すように、エキソン1にTos17(図中、「e1」)が挿入された系統NF0921を選抜・単離することができた。
次に、ミュータントホモ個体を選抜するため、上記NF0921系統の再分化世代(M0)に稔った種子(M1種子)20粒を播種した。発芽・生長した幼植物の葉身からゲノミックDNAを抽出し、これを鋳型にして次のようにPCRを行った。即ち、フォワードプライマーT1F・T2F、リバースプライマー5R・6Rの組み合わせでPCRを行うと共に、フォワードプライマー5F・6F、リバースプライマー5R・6Rの組み合わせでPCRを行い、Tos17の挿入・非挿入を確認した(各プライマーの位置については図1参照)。そして、挿入ホモを「-/-」(本発明のSSIIIa変異体)、非挿入ホモを「+/+」とし、それぞれの個体の遺伝子型を決定した。開花後、各個体を温室に移動し、登熟種子および完熟種子(M2種子)を採取した。
上記方法により、相同染色体上の双方のSSIIIa遺伝子の位置にTos17トランスポゾンが挿入され、SSIIIa遺伝子がノックアウトされたイネSSIIIa変異体を得た。
なお、使用した各プライマーの配列は、以下のとおりである。
5R: 5’-ggctgttgtgctacttgaac-3’(配列番号1)
6R: 5’-ttgtgacaacgtcagcaagg-3’(配列番号2)
5F: 5’-tgcacagtgttacaatgggg-3’(配列番号3)
6F: 5’-gcaataaatgcagctggagc-3’(配列番号4)
T1F: 5’-gctctccactatgtgccctc-3’(配列番号5)
T2F: 5’-ccatcggatgtccagtccat-3’(配列番号6)
また、サザンブロッティングに使用したプローブの配列は、配列番号7に示される。このプローブがカバーする範囲は、エキソン2の途中からPolyA配列までのイントロンを除いた配列(2232bp)である。
〔実施例2:イネSSIIIa変異体におけるSSIIIa活性の検討〕
上記方法により得られたイネSSIIIa変異体のSSIIIa活性をNative−PAGE/SS活性染色法(activity staining)を用いて検討した。
具体的には、Nishi et al. (2001) Plant Physiol. 127:459-472記載の方法にしたがい、開花後10日くらいの登熟種子1粒のもみ、胚、果皮を除去し、4倍体積の抽出バッファー(50 mM Tris-HCl, pH 7.5, 10% glycerol, 10 mM EDTA-Na, 5 mM ジチオスレイトール, 0.4 mM PMSF/EtOH)を加え、マイクロチューブ内でプラスチック製ホモジナイザー(グライナー社製)を用いてホモジナイズし、15,000 rpm,10 min,4℃で遠心分離して得た上清にNative−PAGE用サンプルバッファー(0.3 M Tris-HCl (pH7.0),0.1% ブロモフェノールブルー,50%グリセロール)を1/2体積加えて電気泳動に用いた。電気泳動にはグルコシルトランスフェラーゼ反応に必要なプライマーとしてグリコーゲンやアミロペクチンを60℃で溶かし込んだ7.5%アクリルアミドゲルを用いた。フロントが濃縮ゲルを通過するまで7.5mA、通過してから15mAの定常電流で4℃下で電気泳動し、フロントが出てから30分で電流を止めた。その後、基質であるADPグルコースを除いた反応液(クエン酸ナトリウム緩衝液pH7.5,0.5 M citrate-Na,100 mM Bicine-NaOH, pH 7.5,0.5mM EDTA,10% glycerol,2mM ジチオスレイトール,1mM ADPグルコース)で2回洗浄し(各15分)、ADPGを加えて20時間30℃でシーソーで反応させた。反応後、ヨードヨードカリ液(1%KI/0.1%I2)で染色した。その結果を図2に示す。
イネの野生型(日本晴)の登熟種子をNative−PAGE/SS活性染色した場合、SSアイソザイムは、ゲル中にポリグルカンを伸長するため、ヨードヨードカリ液で染色した場合、茶色のバンドを生じる。図2において、ゲルほぼ中央のバンドは、SSI変異体の解析(前記の特許文献1参照)からSSIバンドであることがわかっている。他方、移動度の非常に遅い位置にも茶色いバンドが現れるが、上記の方法で選抜した非挿入ホモ(図中、「TosSSIIIa-e1+/+」)では当該バンドが現れるのに対して、挿入ホモ(図中、「TosSSIIIa-e1-/-」)では当該バンドは完全に欠失していた。即ち、この移動度の遅いバンドがSSIIIaバンドであり、この実験結果から、上記の挿入ホモつまり単離されたイネSSIIIa変異体は、SSIIIa活性を完全に欠失していることが示された。
さらに、イネSSIIIa変異体のSSIバンドは、非挿入ホモより3倍程度濃いことから、SSIIIa活性が欠失することで、SSI活性が上昇することが考えられた。トウモロコシのdull-1変異体においてもSSI活性が増加しているという報告(Cao et al. (1999) Plant Physiol. 120: 205-215)があり、この現象はイネ、トウモロコシで普遍的な現象であると考えられる。
イネには2つのSSIIIアイソザイムが存在し、それぞれ「SSIIIa」「SSIIIb」と名付けられている。トウモロコシのSSIIIのアミノ酸配列とこれらイネのアイソザイムを比較したとき、SSIIIaとは55.8%、SSIIIbとは66.3%と、後者の方が相同性が高いため、本発明者は当初、トウモロコシのSSIIIに相当するのはSSIIIbであると考えていた。ところが、これらイネのアイソザイムの組織における発現を調べると、SSIIIbの発現が種子のみならず葉身等のソース器官でも認められるのに対し、SSIIIaが種子特異的であったことから、同様に種子で特異的に発現するトウモロコシのSSIIIに相当するものはイネにおいてはSSIIIaであると考えられる。
〔実施例3:イネSSIIIa変異体における胚乳デンプン等の解析(1)〕
上記のように、イネSSIIIa変異体を「TosSSIIIa-e1-/-」と名付け、コントロールとして非挿入ホモ(上記TosSSIIIa-e1+/+)を用いて、SSIIIa変異体における胚乳デンプンの鎖長分布解析などを行った。
(3-1) 胚乳アミロペクチンの鎖長分布解析
胚乳デンプンのアミロペクチンの鎖長分布は、オセアとモレルの方法(O’Shea and Morell (1996) Electrophoresis, 17, 681-688)を参考に以下のように行った。
SSIIIa変異体およびコントロールのM2種子1粒から外内穎および胚を取り除き、ペンチで胚乳を粉砕した後、エッペンドルフチューブ内でプラスチック製ホモジナイザー(グライナー社製)を用いてさらに磨砕し、5mlのメタノールを加え、10分間煮沸した。2,500xgで10分間遠心分離し、上清を除去し、90%メタノールを5ml加え2度洗浄した。沈殿に15μlの5N水酸化ナトリウムを加え、5分間煮沸してデンプンを糊化させた。糊化液を氷酢酸9.6μlで中和した後、蒸留水1089μl、0.6M酢酸緩衝液(pH 4.4)100μl、2%アジ化ナトリウム15μl、P. amyloderamosa イソアミラーゼ(EC 3.2.1.68, 林原生物化学研究所)3μl(約210 unit)を加え、スターラーバーで撹拌しながら37℃、8時間以上反応した。さらにイソアミラーゼ 3μlを追加して8時間以上反応した後、常温で10,000xgで遠心分離し、上清を脱イオンカラム(AG501-X8(D), Bio-Rad)で濾過した。α-グルカン鎖の非還元末端を蛍光標識するため、Hizukuriら(1981. Carbohydrate Reserch, 94, 205-213)の方法により試料中の糖含量を定量し5nmol相当の還元末端をもつα-グルカン鎖を遠心濃縮機で乾燥させ、2μlの1-アミノピレン-3,6,8-三硫酸塩(APTS)溶液(2.5% APTS、15% 酢酸)、2μlのシアン化ホウ素ナトリウム溶液(1M シアン化ホウ素ナトリウム、100% テトラヒドロフラン)を添加し、55℃で90分間反応させた。分析時には12.5倍に蒸留水で希釈して用いた。鎖長分布解析は、キャピラリー電気泳動装置(P/ACE MDQ, Beckman Coulters)を用いて行った。グルコース重合度(DP)3以上の各ピーク面積を数値化し、DP80までのピーク面積の合計を100%としたときの各DPの割合(Area %)を算出した。その結果を図3に示す。
図3に示すように、SSIIIa変異体の鎖長分布は、コントロールに比べてグルコース重合度(DP)6−8、17−18、31−70が減少し、DP10−15、20−29が増加していた。これまでのイネのさまざまなデンプン合成関連酵素の変異体の鎖長分布(Nakamura Y (2002) Plant Cell Physiol 43: 718-725参照)と比較して、SSIIIa変異体のパターンは初めてのものであった。変異体の鎖長分布の中で、鎖長の差をとったΔArea %が非常に大きいものとしてイソアミラーゼ、枝作り酵素IIb、SSIIaが挙げられるが、SSIIIa変異体の鎖長分布の変化は−1〜1.2%程度であり、上記の3つと比較してそれほど大きいものではなかった。このことは、SSIIIaの機能を、他のSSアイソザイムがある程度は補えることを示している。一方、DP30−70の長い鎖、即ち、アミロペクチンのB2、B3鎖に相当する鎖長が減少していたのは、SSIIIa変異体が初めての例である。このことは、SSIIIaがSSIとは異なり、長いB2、B3鎖の合成に関わっていることを示している。また、DP10−15が増加しているのは、SSI活性が高くなったことによる影響かもしれない。
トウモロコシのdull-1の胚乳デンプンの分析は、この変異体の原因遺伝子がSSIIIであることがわかる以前から多くの研究者が行ってきた。これらのうち、胚乳デンプンのゲル濾過を行うことでその構造を調べた知見(Inouchi et al. (1985) Starch 35: 371-376、Wang et al. (1993) Cereal Chem. 70: 171-179)には、共通して、(a)アミロース含量がやや増加すること、(b)アミロペクチンの長い鎖が減少すること、(c)アミロペクチンの枝分かれ頻度が増大することを指摘している。これらのうち、本実験結果であるイネのアミロペクチンの鎖長分布の結果と一致するものは(b)であった。また、イオンクロマト法で鎖長分布を行った結果(Jane et al. (1999) Cereal Chem. 76: 629-637)とは、DP37以上のものが減少していたことと、DP9以下の鎖長のものが減少していたことが一致していた。トウモロコシのdull-1ではDP20付近に野生型とは異なって鎖長分布のパターンに肩が生じることを指摘しているが、イネではもう少し短いDP14付近に肩が存在する(図3)ことがトウモロコシとの相違点である。
(3-2) 胚乳デンプンの熱糊化特性
イネSSIIIa変異体における胚乳デンプンの熱糊化特性を、Fujita et al. (2004) Plant
Cell Physiol. 44: 607-618記載の方法に従って、以下のように調べた。
SSIIIa変異体およびコントロール・日本晴のM2種子のもみ、胚を除去し、乳鉢で粉砕したものを105℃で2時間乾燥させた。乾燥させた粉末約3mgに蒸留水9μlを加えたものをアルミ容器に入れて示差走査熱量測定(DSC,セイコーインスツルメンツ社製)に用いた。昇温速度は3℃/minで5℃〜100℃を測定した。
その結果、前記表1に示すように、SSIIIa変異体の糊化開始温度、糊化ピーク温度、糊化終了温度は、コントロールや日本晴よりそれぞれ5.0℃、3.6℃、3.2℃低かった。一方、トウモロコシのdull-1の糊化温度は野生型より2〜5℃高い値を示している。これは、アミロペクチンの鎖長分布の肩の位置が異なることが原因かもしれない。
(3-3) 種子の形態と玄米重量
SSIIIa変異体とコントロールの種子の形態を比較したところ、SSIIIa変異体は胚乳が白濁した特徴があった(図4参照)。これは、トウモロコシのdull-1変異体と類似した現象である。また、玄米1粒あたりの平均重量は、SSIIIa変異体が20.0±0.2 (n=25)、コントロールが21.8±0.3 (n=20)、日本晴が21.1±0.3であり、顕著な差は見られなかった。
(3-4) 胚乳デンプン粒の形態と結晶性
SSIIIa変異体とコントロールの胚乳デンプンの形態と結晶性を走査電子顕微鏡(SEM)観察およびX線回折によって調べた。これらの分析のためのデンプン粒の調製法および分析法は以下のとおりである。
種子50粒の籾を除き、精米器(パーレスト、Kett社)で胚と種子の外側を10%除去し、コーヒーミルで粉末にした。これをさらに乳鉢ですりつぶし、100%メタノールを加えた後、100μmのナイロンメッシュに通した。回収したデンプンを乾燥させ、20倍体積以上の2%SDSを加えて20分間室温で撹拌し、3000rpm、20分間、室温で遠心分離し、上清を除去した。この操作を3回行い、除タンパクを行った。SDSを除去するため、蒸留水を加えて混合し、3000rpm、20分間、室温で遠心分離する操作を5回繰り返し、さらに100%アセトンで2回同様の操作を行った後、減圧乾燥させた。得られた粉末をSEM(JEOL-5600)で観察した。また、X線回折装置(RINT2000)で回折像を得た。その結果を図5および図6に示す。
野生型のイネ胚乳デンプンは、約5μmの多角形をしている。SSIIIa変異体の胚乳デンプン粒の大きさ、形態は、コントロールと比較してやや小さく、多角形の角がとれて丸みを帯びていた(図6参照)。一方、トウモロコシのdull-1のデンプン粒は、野生型より小さいことが知られている。また、X線回折によるデンプンのピークは、コントロールよりやや鈍い(図5参照)ことから、イネのSSIIIa変異体の胚乳デンプンは、やや結晶性が低下している可能性が考えられた。
以上のイネSSIIIa変異体の解析結果から、SSIIIaがアミロペクチンのB2、B3鎖を合成する機能をもつことが示された。また、この変異体が生産するデンプンの糊化開始温度は野生型と比べて約5℃程度低下し、種子は白濁していた。種子重量は変わらなかったことと、鎖長分布の変化が1(ΔArea %)程度と、それほど大きいものではなかったことから、他のSSアイソザイムが相補していることが考えられる。また、トウモロコシのdull-1変異体とは類似する点がある一方、デンプンの熱糊化特性などが異なっていたことから、各SSIIIのアミロペクチン合成における機能が細かくは異なる可能性がある。
上記SSIIIa変異体は、イネにおいて初めて得られたものであり、デンプン合成関連酵素の中で研究が未発達であるデンプン合成酵素のアイソザイムであるSSIIIaの機能解明に非常に有用である。また、上記SSIIIa変異体が生産する新規デンプンは、育種素材として、また、新素材として利用可能である。
〔実施例4:イネSSIIIa変異体における胚乳デンプン等の解析(2)〕
さらに、SSIIIa変異体の胚乳デンプンの性質について詳細な解析を行った。
(4-1) デンプンヨウ素複合体の最大吸収波長(λmax)測定
上記SEM観察用に調製したデンプン約3mgを300μlの蒸留水でけん濁し、75μlの5N NaOHを加えて5分間煮沸した。1N HClで中和した後、蒸留水で5倍希釈し、その溶液5μlに0.5%KI/0.05%I2溶液45μlを加え、分光光度計で450nm〜650nmの吸光度(ABS)を測定し、λmaxを求めた(図7)。
図7のグラフ中、「e1+/+」は上記コントロール「TosSSIIIa-e1+/+」の測定結果、「e1-/-」は上記SSIIIa変異体「TosSSIIIa-e1-/-」の測定結果をそれぞれ示す。同図に示すように、日本晴、e1+/+の胚乳デンプンのλmaxは、それぞれ552.5nmと546.5nmであったのに対し、SSIIIa変異体であるe1-/-のλmaxは、575.5nmと、日本晴やe1+/+よりも約25nmも高い値を示した。一般にデンプンヨウ素複合体のλmaxが高いと、アミロースのようなα−1,4鎖が長いポリグルカンを多く含むか、アミロペクチンのα−1,4鎖が長いものを多く含むことが考えられる。SSIIIa変異体の場合、アミロペクチンの構造は、野生型と比べてDP6−8、17−18、31−70が減少し、DP10−15、20−29が増加しており(前述)、DP31−70の減少はむしろλmaxを低下させるように作用する。従って、SSIIIa変異体の胚乳デンプンヨウ素複合体のλmaxが25nmも上昇したことは、アミロースの増加か、キャピラリー電気泳動では検出できないDP70以上のアミロペクチンの長い鎖長の増加が可能性として考えられた。
(4-2) 枝切りしたデンプンのゲル濾過クロマトグラフィー
デンプンのα−1,6結合をイソアミラーゼで完全に切断し、α−1,4鎖のみにした後、ゲル濾過によって分離することで、デンプン中の見かけのアミロース含量を求めることができる。また、デンプンからアミロペクチンを精製し、同様にゲル濾過を行えば、真のアミロース含量を求めることができる。すなわち、デンプンのゲル濾過によって検出される高分子量のピークは真のアミロース含量とアミロペクチンに接続された、非常に長い直鎖(Super long chain, SLC)も検出される。精製したアミロペクチンからは、高分子量のピークにはSLCのみが検出されるため、真のアミロース含量は見かけのアミロース含量からSLC含量を引くことで求めることができる(Horibata et al. (2004) J. Appl. Glycosci. 51: 303-313)。これらの方法を用いて、日本晴とSSIIIa変異体の胚乳デンプンの真のアミロース含量、およびSLC含量を求めた。方法の詳細は以下に示す。
(4-2-1) デンプンの精製法
デンプンの精製は、冷アルカリ浸せき法(Yamanoto et al. (1981) Denpun Kagaku 28: 241-244)を用いた。10gの玄米を80%まで精米し、200mlの0.1% NaOHを加えて一晩4℃で放置した。翌日、上清を捨て、乳鉢ですりつぶし、150μmのメッシュに通して、3,000g、4℃で10分間遠心分離した。沈殿に600mlの0.1% NaOHを加えて氷中で3時間振とうし、一晩4℃で放置した。翌日、上清を捨て、蒸留水でけん濁し、1N酢酸で中和した。蒸留水で5回洗浄し、乾燥させ、乳鉢で粉体にした。
(4-2-2) アミロペクチンの精製法
Takeda et al. (1986) Carbohydr. Res. 148: 299-308記載の方法に基づいて、まず、精製したデンプン500mgにDMSOを50ml加え、80〜85℃で窒素気流下で静かに撹拌しながらデンプンを3時間溶解させた。60℃まで冷却後、エタノール250mlを加え、5℃で一晩放置し、2,000g、5℃で15分間遠心分離した。この操作を2回繰り返した。60℃の蒸留水85mlを加えて78〜80℃に温め、窒素気流下で溶解させた。溶解後、80〜85℃に保温し、n-ブタノールとイソアミルアルコールをそれぞれ5mlずつ加え、3時間静かに撹拌した。60℃まで冷却後、緩やかに冷却しながら一晩放置し、ふた晩5℃で放置した。8,500g、5℃で20分遠心分離し、上清をロータリーエバポレーターで8倍に濃縮し、3倍量のメタノールを加えて5℃で一晩放置した。8,500g、5℃で20分遠心分離し、沈殿にエタノール、アセトン、ジエチルエーテルを順次加えて1,870g、5℃で10分間、遠心分離し、減圧乾燥して、粉末アミロペクチンを得た。
(4-2-3) デンプンおよび精製アミロペクチンの枝切りおよびゲル濾過
精製したデンプンあるいはアミロペクチン45mgに0.5mlの蒸留水を加えて混合し、0.5mlの2N NaOHを加えて37℃で2時間、糊化させた。これに3.5mlの蒸留水を加え、0.5N HClで中和させた。60mM酢酸緩衝液を5ml加え、P. amyloderamosa イソアミラーゼ(EC 3.2.1.68, 林原生物化学研究所)を25μl(約1750 unit)加え、40℃で24時間揺らしながら反応させた。エタノールを5ml加え、ロータリーエバポレーターで乾固させた。これに0.5mlの蒸留水と0.5mlの2N NaOHを加えて、5℃で1時間糊化させ、さらに0.5mlの蒸留水を加えて混合し、5℃で1,900g、10分間遠心分離し、上清をゲル濾過カラムにアプライした。
使用したカラムはTSKgel toyopearl HW55S (300 x 20mm)1本にTSKgel toyopearl HW50S (300 x 20mm)(いずれもTOSOH社製)3本を直列に接続したものであり、溶離液は、0.2%NaCl/0.05N NaOHを用いた。試験管1本あたり3ml分取し、70本に分画した。各画分の糖量をフェノール硫酸法で測定した。
図8に、日本晴とSSIIIa変異体の胚乳デンプンおよび精製アミロペクチンのゲル濾過パターンを示した。デンプンおよび精製アミロペクチンは3つのピークに分かれ、一番目のピークは、それぞれ見かけのアミロースおよびSLC、2番目および3番目のピークがアミロペクチンである。日本晴の見かけのアミロース含量は12.2%、SLCは3.5%であったのに対し、SSIIIa変異体は、見かけのアミロース含量が31.1%、SLCが7.3%であった。従って、真のアミロース含量は日本晴では8.7%、SSIIIa変異体では23.8%であり、SLCの増加も見られたが、真のアミロース含量が大幅に増加していることが明らかになった。この結果から、図7でSSIIIa変異体の胚乳デンプンのデンプンヨウ素複合体のλmaxが上昇した原因は、真のアミロース含量の増加であると考えられる。
(4-3) ラピッドビスコアナライザー(RVA)による熱糊化粘度特性
日本晴、 SSIIIa変異体種子のもみを除去し、小型精米器(ケット社製)で30秒精米した後、コーヒーミルで種子を粉砕した。100μmのメッシュに通したデンプン3.5gに25mlの蒸留水を加えたものの糊化粘度をラピッドビスコアナライザー(RVA, Newport Scientific Pty社製)で測定した(図9)。温度プログラムは図9(右軸)のとおりである。
日本晴が、温度上昇に伴った粘度の上昇を生じるのに対し、SSIIIa変異体(図中e1-/-)の胚乳デンプンは、ほとんど粘度が上昇せず、粘度ピーク値は日本晴のわずか7%であった。しかし、温度を低下させたときに生じる粘度の再上昇はSSIIIa変異体でもわずかながらみられ、その値は、日本晴の18%程度であった。
(4-4) 炊飯米の食味、食感
日本晴とSSIIIa変異体の種子を90%まで精米し、炊飯したところ、SSIIIa変異体の炊飯米は日本晴と比べて明らかに長細く、ねばりけが少なく、一粒一粒がはっきりと分離していた(図10)。食味は、日本晴よりはるかにぱさぱさしており、粉っぽい食感であった。これは、アミロース含量の大幅な上昇が原因であると考えられる。
(4-5) 本実施例の結果と考察
SSIIIa変異体の胚乳デンプンの更なる分析によって、前述したアミロペクチンの構造変化のみならず、新たにアミロース含量の大幅な増加が明らかになった。胚乳デンプンのアミロース合成はスターチシンターゼのアイソザイムの一つであるGBSSIが行っていることが知られており、GBSSIの発現制御によってアミロース含量をコントロールできる報告はあるが(Itoh et al. (2003) Plant Cell Physiol. 44: 473-480)、イネにおいてGBSSI以外の遺伝子がアミロース含量を上昇させたのはSSIIIaが初めてである。
また、デンプンの熱糊化粘度の著しい低下が見られた。イネの高アミロース米は粘度が低下せず、SSIIIa変異体ほど粘度が低下するデンプンは、分岐頻度がデンプンより高いフィトグリコーゲンを含むsugary-1変異体くらいである(Wong et al. (2003) J. Cereal Sci. 37: 139-149)。さらに炊飯米の形態、食味、食感共に野生型とは全く異なったものであった。以上のことから、SSIIIa変異体イネの胚乳デンプンは、従来のデンプンと全く性質の異なる新規デンプンであり、食品、工業材料としてさまざまな用途、例えば、アミロース含量が高い方が有利な、あるいは粘性を持たない方が作業性が向上する食品加工、工業材料などへの利用が可能である。
以上のように、本発明は、イネSSIIIa変異体、同SSIIIa変異体により得られる新規デンプン、及びその製造方法に関するものであり、前述したとおり、デンプン合成機構の研究材料として利用できるほか、デンプンを原材料等に使用する工業および食品各分野での利用可能性を有するなど産業上種々の有用性を有するものである。
イネSSIIIa遺伝子の構造を模式的に示す図である。黒色のボックスはエキソン、白色のボックスはイントロンを示す。「e1」ボックスの矢印は、変異体においてTos17が挿入された位置を表す。Tos17の挿入・非挿入の確認に使用した各プライマーの位置も合わせて示される。図中、1kbのバーはSSIIIa遺伝子の長さに対応するものであり、Tos17(e1)および各プライマーの長さには対応していない。 SSIIIa変異体(TosSSIIIa-e1-/-)、コントロール(TosSSIIIa-e1+/+)およびイネ品種「日本晴」のNative−PAGE/SS活性染色像を示す図である。SSIIIa変異体では、移動度の遅いSSIIIaのバンドが完全に欠失している。また、SSIIIa変異体のSSI活性は、コントロールや日本晴と比べて3倍くらい高くなっていた。 SSIIIa変異体とコントロールの鎖長分布解析結果を示すグラフである。上段は、それぞれの鎖長分布(Area %)を比較したもの、下段は、SSIIIa変異体の鎖長分布からコントロールを引いたもの(ΔArea %)である。 SSIIIa変異体およびコントロールと日本晴の玄米の形態を示す図である。SSIIIa変異体の胚乳は白く濁っている。 SSIIIa変異体およびコントロールの胚乳デンプンのX線回折結果を示すグラフである。両デンプンとも、典型的なA形デンプンの結晶パターンを示すが、SSIIIa変異体のピークがコントロールに比べてやや鈍い。 SSIIIa変異体およびコントロールの胚乳デンプンの走査電子顕微鏡像を示す図である。SSIIIa変異体のデンプン粒は、野生型よりやや小さく、多角形の角がとれた丸みを帯びた形をしていた。バーは5μmを示す。 SSIIIa変異体のデンプンヨウ素複合体の最大吸収波長(λmax)測定結果を示すグラフである。SSIIIa変異体であるe1-/-のλmaxは、コントロールe1+/+や日本晴より約25nmも高い値を示した。これは、SSIIIa変異体のデンプンが、コントロールe1+/+や日本晴より鎖長が長いポリグルカンで構成されていることを示唆する結果である。 中圧ゲル濾過法によって分離した日本晴およびSSIIIa変異体のデンプンと精製アミロペクチンのイソアミラーゼ分解物の分子篩クロマトグラフィー結果を示すグラフである。SSIIIa変異体は、日本晴と比べて見かけのアミロース含量が多くなっており、SLC含量も増加していた。 ラピッドビスコアナライザー(RVA)による日本晴とSSIIIa変異体(e1-/-)の胚乳デンプンの熱糊化粘度測定結果を示すグラフである。日本晴に比べて、SSIIIa変異体の胚乳デンプンは熱糊化による粘度が非常に低かった。 日本晴とSSIIIa変異体の米を炊飯した直後の様子を示す図である。SSIIIa変異体の炊飯米は日本晴と比べて、長細く、ねばりけが少なく、一粒一粒がはっきりしていた。

Claims (10)

  1. イネゲノム中のスターチシンターゼIIIa型(SSIIIa)遺伝子がノックアウトされ、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性が欠失または野生型に比べて著しく低下したイネSSIIIa変異体。
  2. 活性化されたトランスポゾンがスターチシンターゼIIIa型遺伝子の位置に挿入されたものを選抜する工程を経て生産される、請求項1記載のイネSSIIIa変異体。
  3. 活性化されたトランスポゾンが、Tos17レトロトランスポゾンである請求項2記載のイネSSIIIa変異体。
  4. 請求項1〜3のいずれか1項に記載のイネSSIIIa変異体を用いて、スターチシンターゼIIIa型の酵素活性の欠失または低下に起因する、野生型とは物性の異なるデンプンを製造する方法。
  5. 請求項4記載の方法により製造されるデンプン。
  6. デンプンが、イネの胚乳デンプンである請求項5記載のデンプン。
  7. 野生型により製造されるデンプンと比べて、アミロペクチンの鎖長分布が異なることを特徴とする請求項5又は6記載のデンプン。
  8. 野生型により製造されるデンプンと比べて、熱糊化特性が異なることを特徴とする請求項5又は6記載のデンプン。
  9. 野生型により製造されるデンプンと比べて、アミロース含量の割合が高いことを特徴とする請求項5又は6記載のデンプン。
  10. 野生型により製造されるデンプンと比べて、熱糊化粘度が低いことを特徴とする請求項5又は6記載のデンプン。


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