JP2005328709A - 高速dnaポリメラーゼを用いた高速pcr - Google Patents

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Abstract

【課題】新たな用途に使用可能な、数分で終了する高速PCRを実現する。
【解決手段】10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCRにおいて、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを使用することを特徴とする、高速PCRの実施方法、及び高速PCR用試薬キット。

Description

本発明は、遺伝子の研究やその応用に重要な核酸増幅技術、特にポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に関する。本発明は、遺伝子発現解析や塩基多型解析等に際して特に有用であり、研究のみならず臨床診断や環境検査等にも利用できる。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は、2種類のプライマーを用いて特定配列を増幅する手法である(例えば、非特許文献1を参照。)。原理的には1コピー、現実でも数コピー相当の核酸サンプルから増幅できる感度、特定部分のみを増幅する特異性などの特徴から、広く医学・生物学の研究や臨床診断等に利用されてきた。一方、増幅された核酸を検出する手法として、広く電気泳動法やプローブハイブリダイゼーション法が用いられてきた。
Science,230,1350−1354,1985年
PCRが普及するにつれて、様々な周辺技術が開発されるようになった。例えば、「ホットスタートPCR」は、不活化されたDNAポリメラーゼが高温になって初めて活性を有するように修飾することにより、試薬調製時の低温での非特異反応を抑制する技術である。また、「リアルタイムPCR」は、蛍光インターカレーターや蛍光プローブを用いて、PCRを実行しながら増幅産物を検出する技術である。一方で、最も望まれていた改良のひとつであるPCRの反応時間短縮は、当初考えられていたほど進んでいなかった。
PCRは、2本鎖DNAを温度上昇により開裂する変性工程(概ね90℃〜98℃)、プライマーを開裂した1本鎖DNAに結合させるアニーリング工程(概ね50〜70℃)、プライマーから相補鎖を合成する伸長工程(概ね65〜75℃)の3段階の工程を1サイクルとして進行し、1サイクル毎にプライマーに挟まれた特定の核酸領域が2倍に増幅する。30サイクルならば原理的に2の30乗倍に増幅する。反応は単純であるが、反応液を1サイクルあたり3段階の温度に変化させる必要がある。この温度変化を達成するために様々な手法が考案されたが、開発の初期に採用されたブロック方式が、未だに主流となっている。これは、反応液の入ったチューブを金属のブロックに挿入し、ブロックごと温度を変化させるものである。構造的に単純であり優れた方式であるが、ブロックの熱容量が大きいため温度を高速に変化させることが困難である。ペルチェ素子や反応チューブの工夫などによりかなり高速化されてきてはいるが、40サイクルのPCRを実施するために2時間程度要する。
より高速なPCRを実現するために、様々な手法が考案された。初期には、反応チューブを機械的に3温度の水槽間で移動させる方式が考案されたが、構造が複雑になる他、水の蒸発やコンタミネーションなどトラブルが多いため普及しなかった。液体の温媒を使う方式や、3温度のブロックを貫通するチューブを通過させる方式などは、構造の複雑さなどから構想段階で終わっている。このような状況で、空気を使って温度制御をする方法が、高速PCRとして実用化された。液体の温媒と異なり、気体は蒸発やコンタミネーションなどのトラブルが無い。ロシュ・ダイアグノスティックス社のライトサイクラーはこの方式を採用し、温風と冷風で反応液の入ったガラスキャピラリーの温度を直接変化させている。ライトサイクラーは市販のPCR装置では最速と考えられているが、これでも40サイクルのPCRに20分程度を要する。空気の熱容量が小さいことがネックとなっている。
更にPCRが高速化すれば、様々な用途への展開が想定される。例えば、病原体に汚染されたと疑われる地域での環境調査は、結果によっては一刻も早い対応を迫られ、また、測定者の安全を確保する観点からも、迅速な測定が求められる。また、近年は悪性腫瘍の手術中にリンパ節への転移を遺伝子検査で診断し、切除部位を判断する手法が考案されており、このような場合も迅速なPCRが極めて有用となる。これらの目的を達成するためには、PCRが少なくとも10分以内に終了することが望ましい。
近年、米国Megabase社によって、更に高速なPCRが可能となる装置が開発された(例えば、特許文献1を参照。)。気体を温媒として使用する点は同じであるが、熱容量の高いガスを用い、高圧にすることで更に熱容量を高め、更に流体力学を駆使して反応液の入ったガラスキャピラリーへの熱伝導性を高めている。これにより装置の性能としては40μLの反応系でも10℃/秒以上の温度変化を実現した。
US patent 6,472,186
しかし、ここまで温度変化が高速化されると、PCRの反応時間はもはや機器の温度変化ではなく、主にPCRの反応自体に制約されるようになった。本発明者らが検討した結果、変性工程やアニーリング工程は事実上一瞬でもその温度に達していればほぼその目的が達せられるが、伸長工程は増幅領域の長さに応じた時間が必要であることが判明した。つまり、DNAポリメラーゼの反応速度に制約されるのである。
本発明者らは、上記事情に鑑み、鋭意研究の結果、高速PCRにおいてはDNAポリメラーゼの反応速度、とりわけデオキシリボ核酸合成速度が重要であることを見出し、その解決手段を鋭意検討して本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明は以下のような構成からなる。
10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCRにおいて、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを使用することを特徴とする、高速PCRの実施方法である。
さらに、耐熱性DNAポリメラーゼが超好熱始原菌Thermococcus属由来である、請求項1記載の高速PCRの実施方法である。
さらに、耐熱性DNAポリメラーゼが超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis由来である、請求項1記載の高速PCRの実施方法である。
さらに、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを含む、10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCR用組成物である。
さらに、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを含む、10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCR用試薬キットである。
本発明により、従来の方法に比べてコストや利便性をなんら犠牲にすることなく、これまでにない高速PCRを提供できることが明らかとなった。本発明の方法は様々な分野でPCRを実施するものに経済的に多大の利益をもたらす。
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の高速PCR実施時における温度変化とは、温度上昇、下降の各ステップに要する時間全体に対する平均の温度変化を意味する。10℃/秒以上の温度変化を達成する手段には特に制限がないが、一例としてUS patent 6,472,186に記載のシステムが挙げられる。
本発明者らは、米国Megabase社の高速PCR試作機(以後、PCR Jetと記載)を用いて、PCRの高速化を検討してきた。まずは1サイクルの短縮化を試み、各ステップの時間を検討したところ、変性工程は例えば95℃ 0.2秒といったような設定でも増幅が進行することが確認された。これは変性工程では一瞬でもその温度に達していれば増幅が進行することを意味する。一方、アニーリング工程や伸長工程はある程度の時間を要する。これらの事象は、US patent 6,472,186の実施例でも確認されている。本発明者らは、このアニーリング工程や伸長工程をより詳細に検討した結果、時間を要するプロセスはDNAの伸長であることが判明した。つまり、物理的にプライマーが相補鎖に結合(アニール)するプロセスは比較的短時間に達成されるのに対し、結合したプライマーからDNAが伸長するプロセスは時間を要するのである。増幅が良好に進行するサイクルが、見かけ上アニーリング工程に時間を配分していたとしても、実際にはそのアニーリング工程でDNAポリメラーゼによる伸長が進んでいたことが要因になっているのである。
伸長工程に要する時間を短縮する方策は、いくつか考えられる。最も有力な方策は、PCRによる増幅領域を極限まで少なくすることである。そうすれば当然、伸長に要する時間は短縮可能になる。増幅領域は、研究目的でその部分のDNAをクローニングしたい(取り出したい)場合などは短縮できないが、細菌やウイルスの存在を確認する場合やメッセンジャーRNAの発現量を定量したい場合、一塩基多型(SNPs)を判定したい場合などでは短縮が可能であり、現実にはその様な場合の方が遥かに多い。実際、最近はメッセンジャーRNA定量や一塩基多型判定を目的としたPCRは極めて短い領域を増幅している。しかし、このような場合でも、プライマーが各20〜30mer程度あるので、増幅領域は2本のプライマーの部分を含めて60塩基対程度が最低限度である。検出の目的でプローブを設定すれば、更にその部分を確保する必要があり、100塩基対程度の増幅が必要となる。増幅領域の短縮には限界があり、その他の方策が必要である。
別の方策として、当然のことながら反応速度の向上が考えられる。変性やアニーリングは温度変化により物理的に乖離や結合を起こさせるので、反応が速やかに完了するが、伸長はDNAポリメラーゼという酵素により複雑な化学反応を触媒して進行させるため、どうしても時間を要する。温度変化の高速化が達成された今、サイクル短縮の最後の鍵は伸長工程の短縮であり、伸長工程の時間は増幅領域の長さと伸長反応の速さによって決まる。
本発明はこのような反応速度の向上により達成される。
反応速度の向上に関与する因子としては、反応を触媒する酵素であるDNAポリメラーゼの選択、反応に直接関与するあるいは共存する種々の酵素や試薬の組成、あるいはpHや温度などの反応条件などが挙げられる。
最も重要な因子の1つは、反応を触媒する酵素であるDNAポリメラーゼの選択である。
PCRには通常、Taq DNAポリメラーゼが使用される。これは、真正細菌(Eubacteria)の一種Thermus aquaticus由来のDNAポリメラーゼであり、耐熱性を有するためPCRに好適である。US patent 6,472,186の実施例でもTaq DNAポリメラーゼが使用されており、特に「Z−Taq」と記載されているものは、高速な伸長反応に最適化されたTaq DNAポリメラーゼ(タカラバイオ株式会社)である。しかし、本発明者らが検討したところ、Taq DNAポリメラーゼを使用した場合、75塩基対のPCRにおいてアニーリング・伸長工程は少なくとも7秒、明瞭なバンドを得るためには10秒程度必要であることが判明した。これでは、40サイクルで10分程度を要する。
Taq DNAポリメラーゼの合成速度は約60塩基/秒である。数値上は、75塩基対の増幅は1秒で終了するはずであるが、プロセッシビティー(Processivity、継続して合成する能力)やプライミングの能力などから、現実には7秒以上を要すると考えられる。
本発明者らはこの部分に着目し、鋭意研究の結果、より性能の高いDNAポリメラーゼを用いれば、伸長工程を短縮できることを見出した。具体的には100塩基/秒以上のDNA合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを用いれば明らかに伸長工程を短縮でき、特に超好熱始原菌Thermococcus属由来のDNAポリメラーゼを用いた場合に顕著な効果を得られた。始原菌は古細菌(archaebacteria)とも呼ばれ、通常に「細菌」と呼ばれる真正細菌とはまったく別のグループを形成する生物群である。高圧や好熱などの極限環境に生息することが多く、優れた性質を持つ酵素を保有している場合がある。
本発明者らは硫気孔より単離された超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis由来のDNAポリメラーゼ(以下、KOD DNAポリメラーゼと呼ぶ)を用いた場合に最高の効果を得ることができ、上記の75塩基対のPCRにおいてアニーリング・伸長工程は最低3秒、明瞭なバンドを得るためには5秒程度でよいことを確認、Taq DNAポリメラーゼの約半分の時間に短縮することができた。これにより、40サイクルを5分強で終了するPCRを実現することができ、核酸増幅に新たな領域を創造することができた。
すなわち、本発明の実施態様の一つは、10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCRにおいて、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを使用することを特徴とする、高速PCRの実施方法である。
本発明において「塩基/秒」で表示されるデオキシリボ核酸合成速度とは、単位時間あたりのDNA合成数をいう。その測定法は以下の通りである。
DNAポリメラーゼの反応液(20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)、8mM 塩化マグネシウム、7.5mM ジチオスレイトール、100μg/ml BSA、0.1mM dNTP、0.2μCi[α−32P]dCTP)を、プライマーをアニーリングさせたM13mp18 1本鎖DNAと75℃で反応させる。反応停止は等量の反応停止液(50mM 水酸化ナトリウム、10mM EDTA、5%フィコール、0.05%ブロモフェノールブルー)を加えることにより行う。上記反応にて合成されたDNAをアルカリアガロースゲル電気泳動にて分画した後、ゲルを乾燥させオートラジオグラフィーを行う。DNAサイズマーカーとしてはラベルされたλ/HindIIIを用いる。このマーカーのバンドを指標として合成されたDNAのサイズを測定することによってデオキシリボ核酸合成速度を求める。
KOD DNAポリメラーゼはTaqの倍にあたる100〜140塩基/秒以上のDNA合成速度を有する。また、プロセッシビティーなども優れていることが、要因のひとつであると考えられる。勿論、KOD DNAポリメラーゼのDNA合成速度は、長い領域を増幅するPCRにも極めて有効であり、むしろ長鎖PCRの方が伸長工程の短縮効果も顕著であるが、高速PCRを実現したことが、産業上極めて有用である。
本発明で用いるKOD DNAポリメラーゼは、たとえば東洋紡績製のもの(製品コードKOD−101など)を容易に入手することができる。また、天然型のポリメラーゼのアミノ酸配列を公知の手段により、1もしくは数個が欠失、置換若しくは付加させたもの(変異体)であっても良い。あるいは、上記の酵素(天然型、変異体)に化学修飾などの手段によりさらに改変を加えたものであっても良い。
なお、本発明で用いる100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼはKOD DNAポリメラーゼあるいはその変異体さらにはそれらの改変体に限定されるものではない。
現在知られているDNAポリメラーゼ(単独あるいは組みあわせ)としてのTaqポリメラーゼや,EX−Taq,LA−Taq,Expandシリーズ,Plutinumシリーズ,Tbr,Tfl,Tru,Tth,T1i,Tac,Tne,Tma,Tih、Tfi(以上はPolI型酵素),Pfu,Pfutubo,Pyrobest,Pwo,KOD,Bst,Sac,Sso,Poc,Pab,Mth,Pho,ES4,VENT,DEEPVENT(以上はα型酵素)などの中にはそのままで100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有するものはないが、近年、これらの種々のDNAポリメラーゼの一次構造や立体構造が知られてきており、構造と機能の関係や、各起源の酵素の類似点や相違点に関する情報が蓄積されてきている。これらの情報を参考に上記酵素にさらに変異、改変などの改良を加えて100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を達成させたもの、あるいは、組み合わせにより当該性能を達成させたもの(組合せにはKOD DNAポリメラーゼを含んでいても良い)も、本願発明の範疇に含まれる。
DNAポリメラーゼの選択は、「合成速度」「正確性」「プロセッシビティー」「プライミング能力」「耐熱性」などの性能を総合的に勘案しておこなうことが好ましい。例えばα型酵素は正確性に優れている。DNA合成時の正確性を評価する方法の一例として、ストレプトマイシン耐性に関与するリボゾーマルタンパク質S12(rpsL)遺伝子を用いた方法が挙げられる。ストレプトマイシンは原核細胞のタンパク質合成を阻害する抗生物質であり、細菌の30SリボゾーマルRNA(rRNA)に結合してタンパク質合成の開始複合体形成反応を阻害し、また遺伝子暗号の誤読を引き起こす。ストレプトマイシン耐性変異株ではリボゾームタンパク質S12に変異が見られる。この変異はリボゾームの翻訳忠実度を上げるため、サプレッサーtRNAによる終始コドンの読み取りを抑制するなど多面的効果(pleiotropic effect)を示すことが知られている。したがって、rpsL遺伝子を鋳型としてPCRにより増幅を行うと、ある確率で変異が導入され、それがアミノ酸レベルの変異であった場合、rpsLタンパク質の構造が変化し、ストレプトマイシンが30SリボゾーマルRNAに作用できなくなるようなことが起こる。したがって、増幅したプラスミドDNAによって大腸菌を形質転換した場合、変異が多く導入されるほどストレプトマイシン耐性菌の出現頻度が増すこととなる。
プラスミドpMol 21(Journal of Molecular Biology(1999)289,835−850に記載)は、rpsL遺伝子及びアンピシリン耐性遺伝子を含むプラスミドである。このプラスミドのアンピシリン耐性遺伝子上にPCR増幅用プライマーセット(片方をビオチン化、MluI制限酵素サイトを導入)を設計し、プラスミドの全長を耐熱性DNAポリメラーゼにてPCR増幅した。得られたPCR産物をストレプトアビジンビーズを用いて精製し、制限酵素MluIを用いて切り出した後、DNAリガーゼを用いて結合して大腸菌を形質転換した。アンピシリンとアンピシリン及びストレプトマイシンを含有する2種類のプレートに接種して、それぞれのプレートに出現したコロニーの比を算出することによりDNA合成時の正確性を求めることができる。
反応速度の向上に関与する因子としては、DNAポリメラーゼの選択のほかに、反応に直接関与するあるいは共存する種々の酵素や試薬の組成、あるいはpHや温度などの反応条件なども重要である。高速PCRには概して、マグネシウムイオンは最終濃度3mM以上、プライマーが最終濃度400nM以上と、通常より高マグネシウム、高プライマーが望ましい。
本発明の実施態様においては、DNAポリメラーゼを使用して、DNAを鋳型とし、プライマー、4種のdNTPを反応させることによりプライマーを伸長して、DNAプライマー伸長物を合成する方法を挙げることができる。プライマーは2種のオリゴヌクレオチドであって、一方は他方のDNA生成物に相補的であるプライマーであることが好ましい。また、加熱および冷却を繰り返すのが好ましい。本発明では、DNAポリメラーゼの活性を維持するために、例えばマグネシウムイオンのような2価のイオン、及び例えばアンモニウムイオン及び/又はカリウムイオンのような1価のイオンを共存させることが好ましい。また、PCR反応液には、緩衝液及びこれらのイオン(塩の形で含有してもよい)を含むと共に、BSA、例えばTriton X−100のような非イオン性界面活性剤、及び緩衝液が存在してもよい。緩衝剤としては、主にトリス(TRIS)や、トリシン(TRICINE)、ビスートリシン(BIS−TRICINE)、へペス(HEPES)、モプス(MOPS)、テス(TES)、タプス(TAPS)、ピペス(PIPES)、キャプス(CAPS)などのグッドバッファーおよび、リン酸緩衝液などが挙げられる。
あるいは、本発明の反応液組成物は、DNA合成酵素に加えて、さらに、標的核酸に相補的な塩基配列を有する正方向および逆方向プライマー、4種のdNTP、2価陽イオン、緩衝液、SYBR GreenIなどのインターカレーター蛍光試薬、核酸プローブ、発色試薬、発光試薬などを含んでもよい。
本発明に含んでも良いヌクレオチドには、特に制限がないが、デオキシホスホヌクレオチド又はその誘導体が挙げられる。具体的な好ましい組成としては、dATP,dCTP,dGTP,dTTP,dITP,dUTP、α−チオ−dNTP類、ビオチンーdUTP、フルオレセインーdUTP、及びシゴキシゲニンーdUTPから成る群から選択される物質が例示される。
本発明に含んでも良い塩としては、特に制限がないが、塩化カリウム、酢酸カリウム、硫酸カリウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、酢酸アンモニウム、塩化マグネシウム、酢酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化マンガン、酢酸マンガン、硫酸マンガン、塩化ナトリウム、酢酸ナトリウム、塩化リチウム、及び酢酸リチウムから成る群から選択される物質が例示される。これらの塩は市販品を容易に入手することができる。
本発明ではさらに上記以外に必要に応じて、DNAポリメラーゼのポリメラーゼ活性及び/又は3’−5’エキソヌクレアーゼ活性を抑制し、あるいは、プライマーダイマーなどの副産物の産生を抑えたり、primerの分解を保護するための抗体を含むことが好ましい。該抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体などが挙げられる。また、公知のエンハンサー、などを含むことができる。
また、本発明ではさらにDNA合成の促進に効果のある物質として、次のようなものを添加することができる。
陰イオン物質として、特に制限がないが、例えばカルボキシル基を持つ物質等が挙げられる。好ましくは、ジカルボン酸塩が挙げられる。ジカルボン酸塩は、例えば無機塩の形で添加される。好ましくはシュウ酸イオン、マロン酸イオン、マレイン酸イオンの少なくとも1種類を含有する。さらに好ましくは、これらの無機塩は、アルカリ金属(好ましくはカリウム塩、あるいはナトリウム塩の形態)またはアルカリ土類金属またはアンモニウムとの塩の形態をとる。具体的には、シュウ酸亜鉛、シュウ酸アンモニウム、シュウ酸カリウム、シュウ酸カルシウム、シュウ酸ジエチル、シュウ酸N,N’−ジスクシンイミジル、シュウ酸ジメチル、シュウ酸すず、シュウ酸セリウム、シュウ酸鉄、シュウ酸銅、シュウ酸ナトリウム、シュウ酸ニッケル、シュウ酸ビス、シュウ酸(2,4−ジニトロフェニル)、シュウ酸(2,4,6−トリクロロフェニル)、シュウ酸マンガン、シュウ酸メチル、シュウ酸ランタン、シュウ酸リチウム、または、マロン酸イソプロピリデン、マロン酸エチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジベンジル、マロン酸ジメチル、マロン酸タリウム、マロン酸二ナトリウム、または、マレイン酸一ナトリウム、マレイン酸ジエチル、マレイン酸クロルフェニラミン、マレイン酸ジ−n−ブチル、マレイン酸モノ−n−ブチルエステルなどが挙げられ、いずれも、市販品などを用いることができる。上記陰イオン物質は、通常、0.1〜20mMの濃度範囲で用いられる。好ましくは0.1〜10mM、さらに好ましくは1〜10mMである。
グリシンを基本単位に持つ試薬として、特に制限はないが、好ましくは、トリメチルグリシン(ベタイン)などが挙げられ、市販品などを用いることができる。トリメチルグリシン(ベタイン)の有効濃度は0.5〜2Mであり、好ましくは0.5〜1.5Mであり、さらに好ましくは1〜1.5Mである。
さらに、DMSOが挙げられ、市販品などを用いることができる。DMSOの有効濃度は0.1〜15%であり、好ましくは2〜10%であり、さらに好ましくは5〜10%である。
本発明において、上記陰イオン物質と、グリシンを基本単位に持つ試薬あるいはDMSOの、両方を添加し最適な組合せとすることにより、さらに効果が増強することが期待できる。
以下、実施例に基づき本発明をより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
実施例 高速PCRにおけるTaq DNAポリメラーゼとKOD DNAポリメラーゼの比較
1.ヒトG3PDH遺伝子を検出するプライマーの合成
配列番号1に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチド(以下、プライマー1と示す)および配列番号2に示される塩基配列を有するオリゴヌクレオチド(以下、プライマー2と示す)を合成した。合成はプロリゴ・ジャパン株式会社に依頼した。本プライマーセットを用いたPCRにより、ヒトG3PDH遺伝子のエクソン7に存在する配列75塩基対を増幅する。
2.PCR試薬の調製
TaKaRa Z−Taq(高速型Taq DNAポリメラーゼ、タカラバイオ株式会社)とKOD Plus(KOD DNAポリメラーゼ、東洋紡績株式会社、コードKOD−201)をそれぞれ用いて、PCR反応液を調製した。ウシ血清アルブミン(BSA、フラクションVグレード、SIGMA社製)、プライマーとサンプル(ヒト胎盤DNA、SIGMA社製)以外は全て添付の試薬を用い、使用量なども添付の取扱説明書に従った。但し、(B)ではZ−Taqにあらかじめ抗Taq DNAポリメラーゼ抗体(東洋紡績株式会社、コードTCP−101)を5Uあたり1μg混合している。KOD Plusはもともと抗Taq DNAポリメラーゼ抗体が混合されており、低温での非特異的な反応を抑制している(ホットスタートPCR)。BSAは、ガラスキャピラリーへのDNAや酵素の吸着を防止するために用いている。

(A)Z−Taq(最終液量10μL)
2.5mg/mL BSA 1μL
プライマー1 2pmol
プライマー2 2pmol
×10 Z−Taq用緩衝液 1μL
2.5mM dNTPs 0.8μL
Z−Taq 0.25U
ヒトDNA(2ng/μL) 1μL

(B)Z−Taq + antiTaq抗体(最終液量10μL)
2.5mg/mL BSA 1μL
プライマー1 2pmol
プライマー2 2pmol
×10 Z−Taq用緩衝液 1μL
2.5mM dNTPs 0.8μL
Z−Taq(+抗体) 0.25U
ヒトDNA(2ng/μL) 1μL

(C)KOD−Plus(最終液量10μL)
2.5mg/mL BSA 1μL
プライマー1 2pmol
プライマー2 2pmol
×10 KOD Plus用緩衝液 1μL
2mM dNTPs 1μL
25mM MgSO4 1.2μL
KOD Plus 0.2U
ヒトDNA(2ng/μL) 1μL
3.PCRの実施
米国Megabase社より購入した高速PCR試作機(PCR Jet)によりPCRを実施した。95℃15秒の最初の変性工程(B,Cではこの工程により抗体が外れ、DNAポリメラーゼが活性化される)の後、以下のような条件で40サイクル実施した。
(1)40サイクルで合計約10分20秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 5秒 /72℃ 5秒

(2)40サイクルで合計約8分10秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 5秒 /72℃ 2秒

(3)40サイクルで合計約6分50秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 5秒

(4)40サイクルで合計約6分10秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 4秒

(5)40サイクルで合計約5分30秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 3秒

(6)40サイクルで合計約4分50秒
95℃ 0.2秒 /60℃ 2秒
4.ポリアクリルアミドゲル電気泳動の実施
5%ポリアクリルアミドゲルを用い、TBEバッファーで100V30分電気泳動を実施した。その後、エチジウムブロマイドで染色し、紫外線照射で写真撮影した。
5.結果
結果を図1に示す。両端のレーンはサイズマーカー(φX174/HaeIII分解産物)。上記、PCRサイクル条件(1〜6)、PCR反応液(A〜C)を示す。
(左のレーンより)
マーカー
1−A
1−B
1−C
2−A
2−B
2−C
3−A
3−B
3−C
4−A
4−B
4−C
5−A
5−B
5−C
6−A
6−B
6−C
マーカー
図1の結果を表1にまとめた。
Z−Taq単独(A)ではプライマーダイマーと思われるエキストラバンドが発生し、判断が困難な結果となっている。antiTaq抗体の混合(B)によりエキストラバンドは消失したが、目的産物のバンドは(1)のサイクルで明瞭に、(3)のサイクルでかろうじて確認できる程度で、それより短いサイクルでは確認できない。これに対してKOD Plus(C)では(3)のサイクルでも明瞭に、(5)のサイクルでも薄く確認でき、Z−Taqに比べて短いサイクルでも増幅可能であることが確認された。アニール・伸長時間はZ−Taqでは最低7秒(十分な増幅には10秒)必要なのに対して、KOD Plusでは最低3秒(十分な増幅には5秒)で増幅が確認できた。これにより、5分強でのPCRが実現できた。
本発明によって、細菌やウイルスの検出や定量、RNAの定量や一塩基多型のタイピングなどを迅速・正確に実施することが可能となり、現地での環境検査、ベッドサイドでの臨床診断、緊急を要する食品検査など幅広い用途分野に利用することが出来、産業界に寄与することが大である。
図1は実施例のポリアクリルアミドゲル電気泳動像を示す。両端のレーンはサイズマーカー(φX174/HaeIII分解産物)。サンプルのレーンは実施例のPCRサイクル条件(1〜6)、PCR反応液(A〜C)を示す。(左のレーンより)マーカー1−A1−B1−C2−A2−B2−C3−A3−B3−C4−A4−B4−C5−A5−B5−C6−A6−B6−Cマーカー

Claims (5)

  1. 10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCRにおいて、100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを使用することを特徴とする、高速PCRの実施方法。
  2. 耐熱性DNAポリメラーゼが超好熱始原菌Thermococcus属由来である、請求項1記載の高速PCRの実施方法。
  3. 耐熱性DNAポリメラーゼが超好熱始原菌Thermococcus kodakaraensis由来である、請求項1記載の高速PCRの実施方法。
  4. 100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを含む、10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCR用組成物。
  5. 100塩基/秒以上のデオキシリボ核酸合成速度を有する耐熱性DNAポリメラーゼを含む、10℃/秒以上の温度変化で実行される高速PCR用試薬キット。
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