JP2004307426A - S27281化合物及びその製造方法 - Google Patents
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Abstract
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規化合物又はその塩、該化合物の製造方法、該化合物の生産菌、該化合物又はその塩を有効成分として含有することからなる医薬、該化合物又はその塩を含有することからなる糖尿病治療又は予防剤等に関する。
【0002】
【従来の技術】
生体内に存在する唯一の血糖降下ホルモンと考えられているインスリンは、筋肉、肝臓、脂肪細胞又はその他のインスリン標的組織細胞の膜表面上に存在する、チロシンキナーゼ型受容体に結合して該受容体を活性化することにより、血糖降下作用を発揮する(非特許文献1:非特許文献2)。
【0003】
血糖の関与する主要な疾患である糖尿病のうち、インスリン産生細胞であるすい臓のベータ細胞の機能不全によって起こるインスリン依存性糖尿病(以下、「I型糖尿病」という)は、インスリン注射剤によって治療され得る(非特許文献3)。インスリンに対する感受性が低下して起こるインスリン非依存性糖尿病(以下、「II型糖尿病」という)は、糖尿病患者の大部分が罹患している疾患であるが、その治療にもインスリン注射剤が使用されている。
【0004】
注射剤は、一般に、投与の煩雑さと患者の負担が問題となるが、インスリンを注射剤として投与する場合、それらに加え、体重増加や急激な血糖低下による昏睡状態の出来等の副作用が懸念される(非特許文献4)。インスリン注射剤にかかる諸問題を回避する目的でインスリン分泌を促進し得るスルホニルウレア剤、インスリン抵抗性を改善し得るチアゾリジンジオン系薬剤、糖の消化吸収を抑制し得るグリコシダーゼ阻害剤、肝臓での糖新生を抑制し得るビグアナイド系薬剤等が、経口投与可能なII型糖尿病治療薬として臨床において使用されている(非特許文献5)。しかしながら、それらの経口投与可能な医薬は、いずれもインスリンの受容体には直接作用せず、他の生体内蛋白質に作用して薬理作用を発揮するため、血糖降下作用以外の副作用が問題となり易く、長期間投与による薬理作用の減弱も報告されている(非特許文献6)。
【0005】
一方、インスリンによるインスリン受容体の活性化を増強する物質及び単独でインスリン・シグナル伝達の活性化を増強する物質は、前述のインスリン受容体に直接作用しない経口投与可能な医薬と比較して、よりインスリンに近い作用を示し、それ故副作用の少ない医薬であることが期待されている(非特許文献7)。そのような物質のうち、外から生体に投与されたインスリンの作用も増強する物質は、I型糖尿病およびII型糖尿病のいずれの治療又は予防にも有用であることが期待される。
【0006】
インスリンによるインスリン受容体の活性化を増強するかあるいは単独でインスリン・シグナル伝達の活性化を増強する低分子の化合物としては、ベンゾキノン誘導体(非特許文献8)、クマリン誘導体(特許文献1:特許文献2)等が知られているが、いずれも薬理作用が十分とは言えず、人体における薬理作用については未だ不明であり、実用化には至っていない。
【0007】
【特許文献1】
国際公開第97/18808号パンフレット
【特許文献2】
特表2000−500490号公報
【非特許文献1】
ホワイト(White, M.F.)および カーン(Kahn, C.R.)、「ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」、269巻、pp1−4、1994年
【非特許文献2】
サルティエル(Saltiel, A.R.)およびカーン(Kahn, C.R.)、「ネイチャー(Nature)」、414巻、pp799−806、2001年
【非特許文献3】
アトキンソン(Atkinson, M.A.)およびアイゼンバース(Eisenbarth, G.S.)、「ザ・ランセット(The Lancet)」、358巻、pp221−229、2001年
【非特許文献4】
ザ・ユーケー・プロスペクティブ・ダイアビーティーズ・スタディ・グループ(The UK Prospective Diabetes Study Group)、「ザ・ランセット(The Lancet)」、352巻、pp837−853、1998年
【非特許文献5】
ブーズ(Buse, J.)、「ザ・アメリカン・ジャーナル・オブ・メディシン(The American Journal of Medicine)」、108巻、6A号、サプルメント1、pp23S−32S、2000年
【非特許文献6】
ザ・ユーケー・プロスペクティブ・ダイアビーティーズ・スタディ・グループ(The UK Prospective Diabetes Study Group)、「ダイアビーティーズ(Diabetes)」、44巻、pp1249−1258、1995年
【非特許文献7】
モラー(Moller, D.E.)、「ネイチャー(Nature)」、414巻、pp821−827、2001年
【非特許文献8】
ツァン(Zhang, B.)ら、「サイエンス(Science)」、284巻、pp974−977、1999年
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは、生体内でインスリンと同様の作用を示す新規なI型及び/又II型は糖尿病治療薬を開発するべく、新規な化合物の探索を鋭意実施した。その結果、土壌より分離されたたコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.) SANK 27281株の培養液中に、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強する新規化合物を見出した。次いで、該化合物が、インスリンと同様に、脂肪細胞による糖の取り込みを促進することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明は、
(1)
下記式(I)
【0010】
【化2】
【0011】
で表される化合物又はその塩、
(2)
下記の物理化学的性状を有する化合物又はその塩。
1)性質:黄色粉末;
2)溶解性:クロロホルム、メタノール、アセトン、酢酸エチルに可溶;
3)分子式:C11H12O5(ESI−TOFMSスペクトルにより測定);
4)分子量: 224.1(ESI−MSスペクトルにより測定);
5)紫外線吸収スペクトル:λmax nm(ε)
0.01N塩酸−メタノール溶液中で測定した紫外線吸収スペクトルは、204(12300)、276(14600)、420(750)nmに吸収極大を示す;
6)赤外線吸収スペクトル(KBr):νmax cm−1
KBrディスクで測定した赤外線吸収スペクトルは、次の通りである:
3468、1661、1624、1319、1270、1229、1181、1103、1041、870、785、721;
7)1H−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(500MHz)は、次の通りである:
1.60(3H,s),1.93(3H,s),2.45(1H,dt,18.5 Hz),2.71(1H,dq,18.5 Hz),4.61(2H,m);
8)13C−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(125MHz)は、次の通りである:
7.7,29.4,30.8,58.2,94.4,116.8,132.9,141.1,151.0,182.0,186.1
10)高速液体クロマトグラフィー:
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル水−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分、
(3)
コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、(1)又は(2)に記載の化合物の生産菌を培養し、得られた培養物より(1)又は(2)に記載の化合物を回収することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の化合物の製造方法、(4)
コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、(1)又は(2)記載の化合物の生産菌が、コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281株(FERM BP−8143)であることを特徴とする、(3)に記載の製造方法、
(5)
コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.)SANK 27281株(FERM BP−8143)、
(6)
(1)又は(2)に記載の化合物もしくはその塩を含有することからなる医薬、及び、
(7)
(1)又は(2)に記載の化合物もしくはその塩を有効成分として含有することからなる糖尿病治療又は予防剤、
に関する。
【0012】
本発明において、上記(1)又は(2)に記載の化合物を、S27281化合物と呼ぶ。
【0013】
本発明のS27281化合物は、種々の異性体を有する。本発明においては、これらの異性体がすべて単一の式で示されているが、本発明はラセミ化合物を含むこれらの異性体およびこれらの異性体の混合物も全て含むものである。立体特異的合成法が使用されるかあるいは光学活性化合物が合成原料として使用される場合、個々の異性体を直接的に製造してもよく、また、先ず異性体の混合物を製造し、次いで該混合物より所望の異性体を単離精製してもよい。
【0014】
本発明のS27281化合物は、当業者に周知の方法を用いて塩にすることができる。本発明のS27281化合物には、そのようなS27281化合物の塩も包含される。S27281化合物の塩としては、医学的に使用され、薬理学的に許容されるものであれば特に限定はない。なお、S27281化合物の塩が医薬以外の用途に用いられる場合、例えば中間体として使用される場合には、何ら限定はない。そのような塩としては、好適にはナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩のようなアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩、鉄塩、亜鉛塩、銅塩、ニッケル塩、コバルト塩等の金属塩;アンモニウム塩のような無機塩;t−オクチルアミン塩、ジベンジルアミン塩、モルホリン塩、グルコサミン塩、フェニルグリシンアルキルエステル塩、エチレンジアミン塩、N−メチルグルカミン塩、グアニジン塩、ジエチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン塩、クロロプロカイン塩、プロカイン塩、ジエタノールアミン塩、N−ベンジル−フェネチルアミン塩、ピペラジン塩、テトラメチルアンモニア塩、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩のような有機塩等のアミン塩;および、グリシン塩、リジン塩、アルギニン塩、オルニチン塩、アスパラギン塩のようなアミノ酸塩を挙げることができる。より好適には、薬理学的に許容される塩として好ましく使用されるもの、すなわち、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、カルシウム塩およびマグネシウム塩等を挙げることができる。
【0015】
また、本発明のS27281化合物又はその塩は、溶剤和物となることがある。例えば、該化合物を大気中に放置するかあるいは再結晶を行うことにより、水分を吸収して吸着水が付加したり水和物となることがある。本発明のS27281化合物には、水和物のごとき溶剤和物も包含される。
【0016】
さらに本発明のS27281化合物には、生体内において代謝されてS27281化合物に変換される化合物、いわゆるプロドラッグも全て含まれる。
【0017】
【発明の実施の形態】
本発明のS27281化合物の製造に供される該化合物生産菌は、S27281化合物を生産する菌株であれば特に限定されないが、例えば、コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、S27281化合物の生産菌等を挙げることができ、好適にはコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi)、より好適にはコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281株(以下、単に「SANK 27281株」という。)を挙げることができる。
【0018】
土壌より分離されたSANK 27281株の菌学的性状を観察するため、次に記載の組成を有する各培地上で培養を行った。
[PDA(ホ゜テト・テ゛キストロース寒天(Potato Dextrose Agar))培地]
ニッスイ ホ゜テトテ゛キストロース寒天培地
(日水製薬(株)製) 39g
蒸留水 1000ml
[CMA培地(コーンミール寒天(Corn Meal Agar))培地]
コーンミールアカ゛ール(日水製薬(株)製) 17g
蒸留水 1000ml
[WSH培地]
オートミール 10g
硫酸マグネシウム七水和物 1g
リン酸二水素カリウム 1g
硝酸ナトリウム 1g
寒天 20g
蒸留水 1000ml
色調の表示は「メチューン・ハンドブック・オブ・カラー(Kornerup A, Wanscher JH. 1978. Methuen handbook of colour(3rd. edition). EryeMethuen, London)」に従った。
【0019】
SANK 27281株の培養下での菌学的性状は次の通りである。
【0020】
PDA培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径75乃至78mmである。コロニーは中央部で放射状の溝を有し薄い。コロニー表面は、オレンジ(5A7)である。裏面はオレンジ(5A7)乃至ライトイエロー(4A5)である。
【0021】
CMA培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径60乃至62mmである。コロニーは平坦で薄い。コロニー表面はイエロイッシュオレンジ(4A2)である。裏面はイエロイッシュオレンジ(4A2)である。
【0022】
WSH培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径70乃至74mmである。コロニーは平坦で薄い。コロニー表面はライトイエロー(4A4)である。裏面はライトイエロー(4A4)である。
【0023】
SANK 27281株は、培養を継続することによりWSH培地上に子のう果を形成した。その菌学的性状は次の通りである。
【0024】
子のう果は直径70乃至140μm、寒天培地上に表在乃至潜在し、球形乃至亜球形で孔口はなく、褐色乃至黒色である。殻壁は厚さ6乃至15μm、多角形の細胞で構成され膜質、淡褐色乃至褐色である。子のうは4胞子を含み、1重壁で壁は成熟時に消失する。子のう胞子は18乃至22×8乃至12μm、両端がやや細まった楕円形乃至やや紡錘形、表面は小孔で覆われ、側面の全長にわたって1本の発芽スリットを生じ、淡褐色乃至暗褐色である。分生子は形成しない。
【0025】
子のう果に孔口がなく子のうは1重壁、子のう胞子は単細胞、暗褐色で発芽スリットを有することから、フォンアークスの文献(Arx JA von. 1975. On Thielavia and some similar genera of Ascomycetes. Stud. Mycol. 8:1−29)にしたがい、コニオケチジウム属に属すると考えられた。さらに、子のうは4胞子を含み、子のう胞子は18乃至22×8乃至12μmで楕円形乃至やや紡錘形、また分生子を形成しないことから、フォンアークスや宇田川と古谷の文献(Udagawa S, Furuya K. 1975. Trans. Mycol. Soc. Japan. Materials for the fungus flora of Japan 16:215−221)に従い、SANK 27281株をコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi)と同定した。
【0026】
該株は、コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281として、平成14年8月6日付けで、日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6に所在する独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに国際寄託され、受託番号 FERM BP−8143を付与された。
【0027】
周知の通り、真菌類は自然界において、または人工的な操作(例えば、紫外線照射、放射線照射、化学薬品処理等)により、変異を起こしやすく、本発明の提供するSANK 27281株も同様である。本発明において、SANK 27281株は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組み換え、形質導入、形質転換等によりえられたものも包含される。即ち、S27281化合物を生産する、SANK 27281株、それらの変異株およびそれらと明確に区別されない菌株は、全てSANK 27281株に包含される。
【0028】
S27281化合物の製造を目的とした該化合物生産菌の培養は、通常発酵生成物を生産するために使用される培地を用いて行うことができる。このような培地には、微生物が同化し得る炭素源、窒素源および無機塩が含まれる。
【0029】
炭素源としては、グルコース、フルクトース、マルトース、シュークロース、マンニルトース、グリセリン、デキストリン、オート麦、ライ麦、トウモロコシデンプン、ジャガイモ、トウモロコシ粉、綿実油、糖蜜、クエン酸、酒石酸等を単一に、あるいは併用して用いることができる。培地の炭素源含量は、通常、培地量の1乃至10重量%で変量する。
【0030】
窒素源としては、蛋白質若しくはその加水分解物を含有する物質又は無機塩を用い、大豆粉、フスマ、落花生粉、綿実油、カゼイン加水分解物、ファーマミン、魚粉、コーンスチープリカー、ペプトン、肉エキス、イースト、イーストエキス、マルトエキス、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等を例示することができる。これらの窒素を単一であるいは併用して培地に含有せしめる場合の量は、通常培地量の0.2乃至10重量%の範囲で変量する。
【0031】
栄養無機塩としては、ナトリウム、アンモニウム、カルシウム、フォスフェート、サルフェート、クロライド、カーボネート等のイオンを得ることのできる通常の塩類を広く用いることができる。カリウム、カルシウム、コバルト、マンガン、鉄、マグネシウム等の金属も培地に微量含まれ得る。
【0032】
液体培養に際しては、シリコン油、植物油、界面活性剤等が、消泡剤として使用される。
【0033】
S27281化合物の製造を目的として該化合物生産菌を液体培養する際の液体培地のpHは、特に限定されるものではないが、通常5.0乃至8.0である。
【0034】
S27281化合物生産菌の生育温度は、特に限定されるものではないが、通常15乃至30℃であり、好適には20乃至26℃である。また、S27281化合物の製造を目的として該化合物生産菌を培養する際の温度は、特に限定されないが、通常15乃至30℃であり、好適には20℃乃至26℃である。S27281化合物の製造を目的としてSANK 27281株を培養する際のより好適な温度は、23℃である。
【0035】
S27281化合物は、該化合物生産菌を好気的な条件下で培養することにより製造することができる、好気的条件下の培養方法としては、、通常当該分野において使用される好気的培養方法であれば特に限定されないが、例えば、固体培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等を挙げることができる。
S27281化合物を比較的大量に製造するための該化合物生産菌の培養は、通常、小規模な培養から開始し、段階的に培養規模を拡大することが好ましい。まず、少量の種培地を用いた前培養から初め、段階的に培養の規模を拡大し、多量の栄養培地に必要量の前培養液を接種することにより本培養を行うことができる。例えば、SANK 27281株のスラントから、少量の種培地を入れた三角フラスコへ該株を接種し、23℃にて数日間振盪培養を行い、該株を十分成長させる。必要に応じ、該前培養の規模を段階的に拡大した後、得られた培養物の全量又は必要量を栄養培地へ接種し、本培養を行う。
【0036】
S27281化合物生産菌を大量に培養するに際し、攪拌機又は通気装置を有するタンクを使用すれば、本培養用の栄養培地をタンクの中で調製し、滅菌することが可能であり好ましい。通常、栄養培地の滅菌温度は121℃であり、滅菌後培地が十分冷却してから前培養物を接種し、前述の温度にて通気攪拌培養を行う。
【0037】
そのようなS27281化合物生産菌の培養における該化合物量の経時変化は、生物学的試験あるいは分析化学的試験を用いて追跡することができる。生物学的試験にはインスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化試験、脂肪細胞による糖取り込み試験等が、分析化学的試験には高速液体クロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィー等がそれぞれ含まれる。そのような試験を実施するに際しては、予め、被検試料に抽出、分画、脱塩等の前処理を施しておくことが好ましい。
【0038】
なお、SANK 27281株によるS27281化合物の生産は、通常培養開始から150乃至200時間が経過した時点で最高値に達する。
【0039】
培養物の可溶性画分と不溶性画分は、培養終了後、珪藻土等のろ過助剤を添加し、ろ過するか、又は、遠心分離を行うことにより分別することができる。得られたろ液、培養上清、菌体等に含まれるS27281化合物は、その物理化学的性状を利用することにより、抽出、単離および精製することができる。
【0040】
S27281化合物をろ液、培養上清、菌体等から抽出するには、水と混和しないn−ブタノール、酢酸エチル、メチレンクロライド等の有機溶剤を単独で用いるか、あるいはそれら複数を組み合せて用いることができる。
【0041】
得られた抽出物からS27281化合物を精製するには、活性炭、アンバーライトXAD−2、XAD−4(以上、ローム・アンド・ハース社製)、ダイヤイオンHP−10、HP−20、HP−50、CHP20P(以上、三菱化学(株)社製)のごとき吸着剤、ダウエックス50Wx4、ダウエックス1x2、ダウエックスSBR−P(ダウ・ケミカル社製)のごときイオン交換樹脂等を使用することができる。すなわち、S27281を含有する上記の抽出物を吸着剤やイオン交換樹脂に付し、不純物を吸着させて除去するか、あるいは、S27281化合物を吸着させた後、該化合物を適宜溶出させる。吸着剤に吸着したS27281化合物は、メタノール水、アセトン水等の含水有機溶媒を用いて、イオン交換樹脂に吸着した該化合物は、塩酸やアンモニア水を用いて、それぞれ溶出させることができる。
【0042】
このようにして精製又は部分精製されたS27281化合物を、シリカゲル、フロリジルの如き担体を用いた吸着カラムクロマトグラフィー、アビセル(旭化成工業(株)社製)、セファデックスLH−20(ファルマシア社製)等を用いた分配カラムクロマトグラフィー、順相カラム、逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー等に供することにより、該化合物を均一な標品として単離することができる。
【0043】
単離精製されたS27281化合物は、例えば、次の条件による高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークとして検出される。
[高速液体クロマトグラフィー実施の条件]
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分
本発明のS27281化合物又はその塩は、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強し、脂肪細胞による糖の取り込みを促進するので、該化合物を含有する医薬は、I型及び/又はII型糖尿病の治療又は予防に有用である。本発明は、S27281化合物又はその塩を含有することからなる医薬を提供する。また、本発明は、S27281化合物又はその塩を有効成分として含有することからなる糖尿病の治療又は予防剤を提供する。
【0044】
本発明のS27281化合物又はその塩は、医薬としてヒト又はヒト以外の動物に投与されるに際し、種々の形態をとり得る。その投与形態は、製剤、年齢、性別、疾患等に依存する。例えば、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤等は経口投与される。注射剤等は静脈内投与、筋肉内投与、皮内投与、皮下投与又は腹腔内投与される。坐剤は直腸内投与される。
【0045】
S27281化合物又はその塩を有効成分として含有する医薬製剤は、常法に従い、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解剤、矯味矯臭剤、コーティング剤等、医薬製剤分野において通常使用し得る公知の補助剤を用いて製造することができる。
【0046】
錠剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、澱粉、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、珪酸等の賦形剤、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、澱粉液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤、乾燥澱粉、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、澱粉、乳糖等の崩壊剤、白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤、第四級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤、グリセリン、澱粉等の保湿剤、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状珪酸等の吸着剤、精製タルク、ステアリン酸塩、硼酸末、ポリエチレングリコール等の滑沢剤等を挙げることができる。錠剤は、必要に応じ、通常の剤皮を施した錠剤、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠あるいは二重錠、多重錠とすることができる。
【0047】
丸剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えば、ブドウ糖、乳糖、澱粉、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤、アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等の結合剤、ラミナラン、カンテン等の崩壊剤を挙げることができる。
【0048】
注射剤として調製される場合、液剤及び懸濁剤は殺菌され、且つ血液と等張であるのが好ましく、これら液剤、乳剤および懸濁剤の形態に形成するに際しては、希釈剤として当該分野において公知のものを広く使用でき、例えば、水、エチルアルコール、プロピレングリコール、エポキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等を挙げることができる。等張を維持するために充分な量の食塩、ブドウ糖又はグリセリンを含有せしめてもよい。溶解補助剤、緩衝剤、無痛化剤糖、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤、他の薬剤等を含有せしめてもよい。
【0049】
なお、注射剤を静脈内投与する場合、単独で、ブドウ糖、アミノ酸等の通常の補液と混合して、又は、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等とのエマルジョンとして投与される。
【0050】
坐剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えばポリエチレングリコール、カカオ脂、高級アルコール、高級アルコールのエステル類、ゼラチン、半合成グリセライド等を挙げることができる。
【0051】
上述の医薬製剤に含有せしめるS27281化合物又はその塩の量は、特に限定されないが、上限は30乃至70重量%、下限は1重量%であり、好適な範囲は1乃至30重量%である。
【0052】
S27281化合物又はその塩の投与量は、症状、年齢、体重、投与方法、剤形等に依存するが、通常成人に対して1日当たり投与するS27281化合物又はその塩の量は、上限が100乃至1000mg、下限が1乃至10mgであり、好適な範囲は10乃至100mgである。
【0053】
S27281化合物又はその塩の投与回数は、数日に1回、1日1回、又は1日複数回である。
【0054】
本発明は、薬理上有効な量のS27281化合物又はその塩を投与することからなる糖尿病の治療又は予防方法、糖尿病の治療又は予防のためのS27281化合物又はその塩の使用をも提供する。
【0055】
【実施例】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
実施例1. S27281化合物の製造
1)S27281化合物生産菌の培養
コニオケチジウム セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.)SANK 27281株を培地組成−1で示される種培地80mlを含む500ml容三角フラスコ5本に、スラントより接種し、回転振盪培養機を用いて、210rpm、23℃で168時間培養したものを前培養液とした。次いで、培地組成−2で示される栄養培地80mlを500ml容三角フラスコ75本に入れ、121℃で20分間加熱滅菌した。これを23℃に冷却した後、各三角フラスコに前培養液5mlを接種し、回転数210rpm、23℃で168時間振盪することにより本培養を行った。
[培地組成−1]
可溶性でんぷん 2.0 %(重量/容積)
グリセリン 3.0 %(重量/容積)
グルコース 3.0 %(重量/容積)
大豆粉 1.0 %(重量/容積)
ゼラチン 0.25%(重量/容積)
イーストエキス 0.25%(重量/容積)
硝酸アンモニウム 0.25%(重量/容積)
寒天 0.3 %(重量/容積)
消泡剤CB−442 0.01%(容積/容積)
(滅菌前のpH6.5)
[培地組成−2]
培地組成−1の組成から寒天を除いたもの
2)培養物からのS27281化合物の単離
上記1)において得られた培養液6Lへろ過助剤であるセライト545(ジョンズ マンビル プロダクト コーポレーション製)を添加し、ろ過を行ことにより、菌体と培養上清5.5Lをろ別した。得られた菌体画分に2Lの80%アセトンを添加し、次いで30分間攪拌抽出した後ろ過することにより、アセトン抽出液を得た。このアセトン抽出液を減圧下濃縮してアセトンを留去した後、回転数3000rpm、15分間遠心分離することにより、S27281化合物を含む菌体抽出液1.5Lを得た。該菌体抽出液1.5Lと前記培養上清5.5Lを合併し、塩酸でpHを3.0に調整した。
【0056】
得られた溶液を、550mlのHP−20カラム(ダイヤイオンHP−20:三菱化学(株)製)に付した。2Lの水で該カラムを洗浄した後、2Lの50%アセトン水で溶出し、溶出液500mlからなる画分4つを回収し、そのうちS27281化合物を含有する2つの画分を合併し、減圧下濃縮してアセトンを留去した後、pH3.0に調整し、酢酸エチル1.5Lで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下濃縮乾固してS27281化合物を含有する抽出物2.1gを得た。
【0057】
該抽出物2.1gを20mlのメタノールに溶解し、コスモシル(Cosmosil 140C18−OPN:ナカライテスク(株)製)25gにコーティングした。それを0.3%トリエチルアミンリン酸バッファー(pH3.0)100mlに懸濁し、予め、メタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:9で平衡化したコスモシルカラム(Cosmosil 140C18−OPN(ナカライテスク(株)製) 100gが充填されたオープン・カラム)に重層した。次いで、390mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:9、150mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=3:17、150mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:4、150mlメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:3、および、1000mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=3:7を該カラムへ順に添加し、溶出液を15mlずつ回収した。
【0058】
得られた溶出画分のうち、S27281化合物を含有する画分番号62乃至73を合併することにより、合計180mlからなる画分を得、減圧下濃縮してメタノールを留去した後、200mlの酢酸エチルで2回抽出した。得られた抽出液を、飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物を含む粗精製物150mgを得た。
【0059】
該粗精製物150mg全量を1.0mlの50%メタノール水に溶解せしめることにより試料溶液を調製し、そのうち200μLを、予め22%アセトニトリル−0.02%TFAで平衡化した高速液体クロマトグラフィー用カラム(Waters SYMMETRY C18 直径19×長さ100mm:ウォーターズ社製)へ付し、22%アセトニトリル−0.02%TFAを移動相として流速6ml/分で溶出した。溶出液を検出波長210nmでモニタ−し、保持時間7.5乃至9.0分に該当する画分を回収した。残りの試料溶液800μlについても同様の操作を行い、S27281化合物を含有する画分合計45mlを得た。減圧下で濃縮してアセトニトリルを留去した後、100mlの水を添加し、200mlの酢酸エチルで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物を含む部分精製物を50mgを得た。
【0060】
該部分精製物50mg全量を1.0mlの50%メタノール水に溶解せしめることにより試料溶液を調製し、そのうち200μLを、予め16%アセトニトリル−0.02%HCOOHで平衡化した高速液体クロマトグラフィー用カラム(Waters SYMMETRY C18 直径19×長さ100mm:ウォーターズ社製)へ付し、16%アセトニトリル−0.02%HCOOHを移動相として流速6ml/分で溶出した。溶出液を検出波長210nmでモニタ−し、保持時間12.6乃至13.8分に該当する画分を回収した。残りの試料溶液800μlについても同様の操作を行い、S27281化合物を含有する画分合計36mlを得た。減圧下で濃縮してアセトニトリルを留去した後、50mlの水を添加し、100mlの酢酸エチルで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物の黄色粉末10.0mgを得た。
【0061】
この黄色粉末の一部を採取し、下記の条件の高速液体クロマトグラフィ−で分析した結果、保持時間4.5分に極大を示す単一のピークが検出された:
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分。
試験例1.インスリン依存性細胞蛋白質チロシンリン酸化に対する作用
ラット肝癌由来細胞株H−4−II−E−3C(CRL−1600、アメリカン タイプ カルチャー コレクション、大日本製薬より入手)は、インスリン受容体を発現している細胞である(Sato,T, et al., Arch.Biochem.Biophys., 260, pp377−87(1988):Smith,R.M. et al., J.Cell Physiol., 130, pp428−35(1987):Smith,R.M., Lab Invest., 55, pp593−7(1986):Andreone,T.L., et al., J.Biol.Chem., 257, pp35−8(1982))。該細胞を、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(インビトロジェン社製)を用い、24穴細胞培養用プレートで増殖させた。ジメチルスルフォキシドに溶解した被検化合物を含む溶液を、0.1%量添加して、37℃、30分間、5%炭酸ガス存在下のインキュベーターで培養した。さらにヒト組み換え型インスリン(和光純薬)を0、1nMおよび100nMの濃度になるようにそれぞれ添加し、さらに同条件下で15分間培養した。培地を除去し、氷冷したトリス緩衝生理食塩水(以下、「TBS」という)で2回細胞を洗浄した後、1%のトリトンX‐100、10%のグリセロール、1mMのフェニルメチルスルフォニルフロリドおよび1mMのオルソバナジン酸を含むTBSを添加して、細胞を溶解させた。12000gにて15分間遠心して不溶物を取り除き、細胞抽出物の可溶化画分を得た。該画分に、濃度2%のドデシル硫酸ナトリウム(以下、「SDS」という)、終濃度5%の2−メルカプトエタノールおよび終濃度10%のグルセロールをそれぞれ添加し、沸騰水浴上にて5分間保温した。得られた反応物を、4乃至12%ポリアクリルアミドゲル(インビトロジェン社製)に添加し、トリス塩酸−グリシン緩衝液を用いて電気泳動(以下、「SDS−PAGE」という)を行い、蛋白質を分離した。SDS−PAGEを実施した後、ゲル中の蛋白質をニトロセルロース膜(アドバンテック社製)に転移させ、該膜を2%のウシ血清アルブミン(シグマ社製)を含むTBS中に置き、室温で1時間、穏やかに振とうした。次いで、該膜を、1μg/mlの抗リン酸化チロシン抗体4G10(アップステート・バイオロジー社製)および0.2%のトゥイーン20(シグマ社製)を含むTBS中に浸し、4℃にて18時間、穏やかに振とうした。次いで、該膜を、0.2%のトゥイーン20を含むTBSで3回洗浄した後、0.2%のトゥイーン20を含むTBSを用いて1:10000に希釈した、ペルオキシダーゼ標識抗マウスイムノグロブリンG抗体(セル・シグナリング社製)と室温にて2時間反応させた。反応後、0.2%のトゥイーン20を含むTBSで3回洗浄した後、ECL化学発光キット(アマシャム・ファルマシア・バイオテク社製)を加え、X線用フィルム(イーストマン・コダック社製)と接触させた後、これを現像した。
【0062】
その結果、図1に示すとおり、インスリンは、複数の細胞蛋白質のチロシンリン化を濃度依存性に促進した。それに対し、S27281化合物は、単独では細胞内蛋白質のチロシンリン酸化状態を変化させなかったが、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強した。S27281化合物により、インスリン依存性チロシンリン酸化がさらに増強されたSDS−PAGE上の主要バンドには、インスリン受容体蛋白質、並びに、インスリン受容体によりチロシンリン酸化を受ける主要な基質の一つであり且つインスリンの作用発現に重要な役割を担うと考えられているIRS1蛋白質及びIRS2蛋白質(Chou, C.K., et. al., J.Biol.Chem, 262, pp1842−1847(1987)、Kasuga, M., et al., Diabetes Care, 13, pp317−26(1990)、Patti,M.E., et al., J.Biol.Chem.,270,pp24670−24673(1995)、および、White, M.F. Am. J.Physiol. Metabol., 283, E413−E422(2002))にそれぞれ対応するバンドが含まれ、S27281化合物は両蛋白質のインスリン依存性チロシンリン酸化をさらに増強し得ることが示唆された。
試験例2.ラット遊離脂肪細胞による糖の取り込み
インスリンの細胞に対する作用は数多く報告されているが、その一つとして、ラット遊離脂肪細胞に対し、グルコース(2−デオキシグルコース)の取り込みを促進する作用が知られている(Rodbell,M., J.Biol.Chem.,241,pp130−139(1966)、Olefsky,J.M. & Kobayashi,M., Metabol, 1978 Dec;27(12 Suppl 2),pp1917−1929、および、Hyslop,P.A., et al., Biochem.J.,218,pp29−36(1984))
ラット遊離脂肪細胞におけるグルコース取り込み試験の操作手順は、オレフスキーらの方法 (Biochemical Journal、172巻、137頁、1978年) に従った。すなわち、7齢のオスSDラットの精巣周囲脂肪組織(約2グラム)を切り出し、コラゲナーゼ等の処理により遊離細胞とし、10mlの培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium(グルコース不含、Invitrogen社製)に1mMピルビン酸ナトリウム、20mHEPES、1%(容積/容積)ウシ胎児血清、および10ml/Lの100×Antibiotic Antimycotic Solution(Sigma社製、A−5955)を添加したもの)に懸濁させた。この脂肪細胞懸濁液をチューブに100μLずつ分注し、薬物またはインスリンを含む培地を100μL添加し、37℃にて30分間温浴上に放置した。次いで、[3H]2−デオキシ−D−グルコース(アマシャム ファルマシア バイオテク、25−50Ci/mmol)の10μCi/ml溶液10μLを添加し(最終の比放射能は約0.5μCi/ml)、5分間室温にて放置した後、得られた反応液175μlを、予めシリコンオイルを100μl入れたマイクロチューブに分注し、マイクロチューブ用卓上遠心分離装置を用いて14000回転、15秒間遠心分離し、細胞を沈殿させた。該チューブを、シリコンオイル層の中央部分を目印に上下にはさみで切り分け、細胞の沈殿を含む方をバイアル瓶に移した後、ピコフロー20(パッカード)を10ml添加して、液体シンチレーションカウンターにて放射活性を測定した。各実験群において、同時に1mMフロレチン(phloretin、Sigma社製)を添加した群を設けバックグランドとした。バックグランド群の平均カウント値を、対応する被験物質添加群のカウント値より差し引いて、細胞に取り込まれた[3H]2−デオキシグルコースのカウント値を算出した。被験物質を添加しなかった群を対照とした。
【0063】
また、溶媒群と各添加群におけるグルコース取り込みの平均値の間の差につき、スチューデンツ・t−試験(Student’s t−test)法により有意差を検定し、P値を算出した。
【0064】
結果を表1にまとめた。
【0065】
【表1】
表1に示すように、S27281化合物は、インスリンと同様、2−デオキシグルコースの取り込みを有意に促進した。
【0066】
試験例1および2の結果より、S27281化合物は、インスリン受容体のインスリン依存性のチロシンリン酸化を増強することにより該受容体を活性化せしめ、それによりインスリン・シグナル伝達が活性化され、その結果脂肪細胞によるインスリンの取り込みを促進するものと考えられる。
【0067】
【発明の効果】
本発明の提供する新規化合物は、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強するとともに、優れた脂肪細胞によるグルコース取り込み促進活性を示し、糖尿病治療又は予防剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、S27281化合物存在下又は非存在下における、各種濃度のインスリン刺激により生じるインスリン受容体発現細胞における蛋白質のリン酸化を示す。レーン1はインスリン及びS27281化合物無添加、レーン2はインスリン無添加且つS27281化合物10μM添加、レーン3はインスリン10−9M添加且つS27281化合物無添加、レーン4はインスリン10−9M添加且つS27281化合物10μM添加、レーン5はインスリン10−7M添加且つS27281化合物無添加、レーン6はインスリン10−7M、S27281化合物10μM添加の、それぞれの反応物を試験例1に記載の方法に従ってSDS−PAGEを行った後、リン酸化を検出した。IRS1蛋白質およびIRS2蛋白質ならびにインスリン受容体蛋白質のSDS−PAGE上の位置を矢印で示す。
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規化合物又はその塩、該化合物の製造方法、該化合物の生産菌、該化合物又はその塩を有効成分として含有することからなる医薬、該化合物又はその塩を含有することからなる糖尿病治療又は予防剤等に関する。
【0002】
【従来の技術】
生体内に存在する唯一の血糖降下ホルモンと考えられているインスリンは、筋肉、肝臓、脂肪細胞又はその他のインスリン標的組織細胞の膜表面上に存在する、チロシンキナーゼ型受容体に結合して該受容体を活性化することにより、血糖降下作用を発揮する(非特許文献1:非特許文献2)。
【0003】
血糖の関与する主要な疾患である糖尿病のうち、インスリン産生細胞であるすい臓のベータ細胞の機能不全によって起こるインスリン依存性糖尿病(以下、「I型糖尿病」という)は、インスリン注射剤によって治療され得る(非特許文献3)。インスリンに対する感受性が低下して起こるインスリン非依存性糖尿病(以下、「II型糖尿病」という)は、糖尿病患者の大部分が罹患している疾患であるが、その治療にもインスリン注射剤が使用されている。
【0004】
注射剤は、一般に、投与の煩雑さと患者の負担が問題となるが、インスリンを注射剤として投与する場合、それらに加え、体重増加や急激な血糖低下による昏睡状態の出来等の副作用が懸念される(非特許文献4)。インスリン注射剤にかかる諸問題を回避する目的でインスリン分泌を促進し得るスルホニルウレア剤、インスリン抵抗性を改善し得るチアゾリジンジオン系薬剤、糖の消化吸収を抑制し得るグリコシダーゼ阻害剤、肝臓での糖新生を抑制し得るビグアナイド系薬剤等が、経口投与可能なII型糖尿病治療薬として臨床において使用されている(非特許文献5)。しかしながら、それらの経口投与可能な医薬は、いずれもインスリンの受容体には直接作用せず、他の生体内蛋白質に作用して薬理作用を発揮するため、血糖降下作用以外の副作用が問題となり易く、長期間投与による薬理作用の減弱も報告されている(非特許文献6)。
【0005】
一方、インスリンによるインスリン受容体の活性化を増強する物質及び単独でインスリン・シグナル伝達の活性化を増強する物質は、前述のインスリン受容体に直接作用しない経口投与可能な医薬と比較して、よりインスリンに近い作用を示し、それ故副作用の少ない医薬であることが期待されている(非特許文献7)。そのような物質のうち、外から生体に投与されたインスリンの作用も増強する物質は、I型糖尿病およびII型糖尿病のいずれの治療又は予防にも有用であることが期待される。
【0006】
インスリンによるインスリン受容体の活性化を増強するかあるいは単独でインスリン・シグナル伝達の活性化を増強する低分子の化合物としては、ベンゾキノン誘導体(非特許文献8)、クマリン誘導体(特許文献1:特許文献2)等が知られているが、いずれも薬理作用が十分とは言えず、人体における薬理作用については未だ不明であり、実用化には至っていない。
【0007】
【特許文献1】
国際公開第97/18808号パンフレット
【特許文献2】
特表2000−500490号公報
【非特許文献1】
ホワイト(White, M.F.)および カーン(Kahn, C.R.)、「ザ・ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー(The Journal of Biological Chemistry)」、269巻、pp1−4、1994年
【非特許文献2】
サルティエル(Saltiel, A.R.)およびカーン(Kahn, C.R.)、「ネイチャー(Nature)」、414巻、pp799−806、2001年
【非特許文献3】
アトキンソン(Atkinson, M.A.)およびアイゼンバース(Eisenbarth, G.S.)、「ザ・ランセット(The Lancet)」、358巻、pp221−229、2001年
【非特許文献4】
ザ・ユーケー・プロスペクティブ・ダイアビーティーズ・スタディ・グループ(The UK Prospective Diabetes Study Group)、「ザ・ランセット(The Lancet)」、352巻、pp837−853、1998年
【非特許文献5】
ブーズ(Buse, J.)、「ザ・アメリカン・ジャーナル・オブ・メディシン(The American Journal of Medicine)」、108巻、6A号、サプルメント1、pp23S−32S、2000年
【非特許文献6】
ザ・ユーケー・プロスペクティブ・ダイアビーティーズ・スタディ・グループ(The UK Prospective Diabetes Study Group)、「ダイアビーティーズ(Diabetes)」、44巻、pp1249−1258、1995年
【非特許文献7】
モラー(Moller, D.E.)、「ネイチャー(Nature)」、414巻、pp821−827、2001年
【非特許文献8】
ツァン(Zhang, B.)ら、「サイエンス(Science)」、284巻、pp974−977、1999年
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明者らは、生体内でインスリンと同様の作用を示す新規なI型及び/又II型は糖尿病治療薬を開発するべく、新規な化合物の探索を鋭意実施した。その結果、土壌より分離されたたコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.) SANK 27281株の培養液中に、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強する新規化合物を見出した。次いで、該化合物が、インスリンと同様に、脂肪細胞による糖の取り込みを促進することを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明は、
(1)
下記式(I)
【0010】
【化2】
【0011】
で表される化合物又はその塩、
(2)
下記の物理化学的性状を有する化合物又はその塩。
1)性質:黄色粉末;
2)溶解性:クロロホルム、メタノール、アセトン、酢酸エチルに可溶;
3)分子式:C11H12O5(ESI−TOFMSスペクトルにより測定);
4)分子量: 224.1(ESI−MSスペクトルにより測定);
5)紫外線吸収スペクトル:λmax nm(ε)
0.01N塩酸−メタノール溶液中で測定した紫外線吸収スペクトルは、204(12300)、276(14600)、420(750)nmに吸収極大を示す;
6)赤外線吸収スペクトル(KBr):νmax cm−1
KBrディスクで測定した赤外線吸収スペクトルは、次の通りである:
3468、1661、1624、1319、1270、1229、1181、1103、1041、870、785、721;
7)1H−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(500MHz)は、次の通りである:
1.60(3H,s),1.93(3H,s),2.45(1H,dt,18.5 Hz),2.71(1H,dq,18.5 Hz),4.61(2H,m);
8)13C−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(125MHz)は、次の通りである:
7.7,29.4,30.8,58.2,94.4,116.8,132.9,141.1,151.0,182.0,186.1
10)高速液体クロマトグラフィー:
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル水−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分、
(3)
コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、(1)又は(2)に記載の化合物の生産菌を培養し、得られた培養物より(1)又は(2)に記載の化合物を回収することを特徴とする、(1)又は(2)に記載の化合物の製造方法、(4)
コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、(1)又は(2)記載の化合物の生産菌が、コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281株(FERM BP−8143)であることを特徴とする、(3)に記載の製造方法、
(5)
コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.)SANK 27281株(FERM BP−8143)、
(6)
(1)又は(2)に記載の化合物もしくはその塩を含有することからなる医薬、及び、
(7)
(1)又は(2)に記載の化合物もしくはその塩を有効成分として含有することからなる糖尿病治療又は予防剤、
に関する。
【0012】
本発明において、上記(1)又は(2)に記載の化合物を、S27281化合物と呼ぶ。
【0013】
本発明のS27281化合物は、種々の異性体を有する。本発明においては、これらの異性体がすべて単一の式で示されているが、本発明はラセミ化合物を含むこれらの異性体およびこれらの異性体の混合物も全て含むものである。立体特異的合成法が使用されるかあるいは光学活性化合物が合成原料として使用される場合、個々の異性体を直接的に製造してもよく、また、先ず異性体の混合物を製造し、次いで該混合物より所望の異性体を単離精製してもよい。
【0014】
本発明のS27281化合物は、当業者に周知の方法を用いて塩にすることができる。本発明のS27281化合物には、そのようなS27281化合物の塩も包含される。S27281化合物の塩としては、医学的に使用され、薬理学的に許容されるものであれば特に限定はない。なお、S27281化合物の塩が医薬以外の用途に用いられる場合、例えば中間体として使用される場合には、何ら限定はない。そのような塩としては、好適にはナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩のようなアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩のようなアルカリ土類金属塩;アルミニウム塩、鉄塩、亜鉛塩、銅塩、ニッケル塩、コバルト塩等の金属塩;アンモニウム塩のような無機塩;t−オクチルアミン塩、ジベンジルアミン塩、モルホリン塩、グルコサミン塩、フェニルグリシンアルキルエステル塩、エチレンジアミン塩、N−メチルグルカミン塩、グアニジン塩、ジエチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ジシクロヘキシルアミン塩、N,N’−ジベンジルエチレンジアミン塩、クロロプロカイン塩、プロカイン塩、ジエタノールアミン塩、N−ベンジル−フェネチルアミン塩、ピペラジン塩、テトラメチルアンモニア塩、トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン塩のような有機塩等のアミン塩;および、グリシン塩、リジン塩、アルギニン塩、オルニチン塩、アスパラギン塩のようなアミノ酸塩を挙げることができる。より好適には、薬理学的に許容される塩として好ましく使用されるもの、すなわち、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、カルシウム塩およびマグネシウム塩等を挙げることができる。
【0015】
また、本発明のS27281化合物又はその塩は、溶剤和物となることがある。例えば、該化合物を大気中に放置するかあるいは再結晶を行うことにより、水分を吸収して吸着水が付加したり水和物となることがある。本発明のS27281化合物には、水和物のごとき溶剤和物も包含される。
【0016】
さらに本発明のS27281化合物には、生体内において代謝されてS27281化合物に変換される化合物、いわゆるプロドラッグも全て含まれる。
【0017】
【発明の実施の形態】
本発明のS27281化合物の製造に供される該化合物生産菌は、S27281化合物を生産する菌株であれば特に限定されないが、例えば、コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、S27281化合物の生産菌等を挙げることができ、好適にはコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi)、より好適にはコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281株(以下、単に「SANK 27281株」という。)を挙げることができる。
【0018】
土壌より分離されたSANK 27281株の菌学的性状を観察するため、次に記載の組成を有する各培地上で培養を行った。
[PDA(ホ゜テト・テ゛キストロース寒天(Potato Dextrose Agar))培地]
ニッスイ ホ゜テトテ゛キストロース寒天培地
(日水製薬(株)製) 39g
蒸留水 1000ml
[CMA培地(コーンミール寒天(Corn Meal Agar))培地]
コーンミールアカ゛ール(日水製薬(株)製) 17g
蒸留水 1000ml
[WSH培地]
オートミール 10g
硫酸マグネシウム七水和物 1g
リン酸二水素カリウム 1g
硝酸ナトリウム 1g
寒天 20g
蒸留水 1000ml
色調の表示は「メチューン・ハンドブック・オブ・カラー(Kornerup A, Wanscher JH. 1978. Methuen handbook of colour(3rd. edition). EryeMethuen, London)」に従った。
【0019】
SANK 27281株の培養下での菌学的性状は次の通りである。
【0020】
PDA培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径75乃至78mmである。コロニーは中央部で放射状の溝を有し薄い。コロニー表面は、オレンジ(5A7)である。裏面はオレンジ(5A7)乃至ライトイエロー(4A5)である。
【0021】
CMA培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径60乃至62mmである。コロニーは平坦で薄い。コロニー表面はイエロイッシュオレンジ(4A2)である。裏面はイエロイッシュオレンジ(4A2)である。
【0022】
WSH培地上での成長は、23℃、1週間の培養で直径70乃至74mmである。コロニーは平坦で薄い。コロニー表面はライトイエロー(4A4)である。裏面はライトイエロー(4A4)である。
【0023】
SANK 27281株は、培養を継続することによりWSH培地上に子のう果を形成した。その菌学的性状は次の通りである。
【0024】
子のう果は直径70乃至140μm、寒天培地上に表在乃至潜在し、球形乃至亜球形で孔口はなく、褐色乃至黒色である。殻壁は厚さ6乃至15μm、多角形の細胞で構成され膜質、淡褐色乃至褐色である。子のうは4胞子を含み、1重壁で壁は成熟時に消失する。子のう胞子は18乃至22×8乃至12μm、両端がやや細まった楕円形乃至やや紡錘形、表面は小孔で覆われ、側面の全長にわたって1本の発芽スリットを生じ、淡褐色乃至暗褐色である。分生子は形成しない。
【0025】
子のう果に孔口がなく子のうは1重壁、子のう胞子は単細胞、暗褐色で発芽スリットを有することから、フォンアークスの文献(Arx JA von. 1975. On Thielavia and some similar genera of Ascomycetes. Stud. Mycol. 8:1−29)にしたがい、コニオケチジウム属に属すると考えられた。さらに、子のうは4胞子を含み、子のう胞子は18乃至22×8乃至12μmで楕円形乃至やや紡錘形、また分生子を形成しないことから、フォンアークスや宇田川と古谷の文献(Udagawa S, Furuya K. 1975. Trans. Mycol. Soc. Japan. Materials for the fungus flora of Japan 16:215−221)に従い、SANK 27281株をコニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi)と同定した。
【0026】
該株は、コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi) SANK 27281として、平成14年8月6日付けで、日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6に所在する独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに国際寄託され、受託番号 FERM BP−8143を付与された。
【0027】
周知の通り、真菌類は自然界において、または人工的な操作(例えば、紫外線照射、放射線照射、化学薬品処理等)により、変異を起こしやすく、本発明の提供するSANK 27281株も同様である。本発明において、SANK 27281株は、その全ての変異株を包含する。また、これらの変異株の中には、遺伝的方法、たとえば組み換え、形質導入、形質転換等によりえられたものも包含される。即ち、S27281化合物を生産する、SANK 27281株、それらの変異株およびそれらと明確に区別されない菌株は、全てSANK 27281株に包含される。
【0028】
S27281化合物の製造を目的とした該化合物生産菌の培養は、通常発酵生成物を生産するために使用される培地を用いて行うことができる。このような培地には、微生物が同化し得る炭素源、窒素源および無機塩が含まれる。
【0029】
炭素源としては、グルコース、フルクトース、マルトース、シュークロース、マンニルトース、グリセリン、デキストリン、オート麦、ライ麦、トウモロコシデンプン、ジャガイモ、トウモロコシ粉、綿実油、糖蜜、クエン酸、酒石酸等を単一に、あるいは併用して用いることができる。培地の炭素源含量は、通常、培地量の1乃至10重量%で変量する。
【0030】
窒素源としては、蛋白質若しくはその加水分解物を含有する物質又は無機塩を用い、大豆粉、フスマ、落花生粉、綿実油、カゼイン加水分解物、ファーマミン、魚粉、コーンスチープリカー、ペプトン、肉エキス、イースト、イーストエキス、マルトエキス、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム等を例示することができる。これらの窒素を単一であるいは併用して培地に含有せしめる場合の量は、通常培地量の0.2乃至10重量%の範囲で変量する。
【0031】
栄養無機塩としては、ナトリウム、アンモニウム、カルシウム、フォスフェート、サルフェート、クロライド、カーボネート等のイオンを得ることのできる通常の塩類を広く用いることができる。カリウム、カルシウム、コバルト、マンガン、鉄、マグネシウム等の金属も培地に微量含まれ得る。
【0032】
液体培養に際しては、シリコン油、植物油、界面活性剤等が、消泡剤として使用される。
【0033】
S27281化合物の製造を目的として該化合物生産菌を液体培養する際の液体培地のpHは、特に限定されるものではないが、通常5.0乃至8.0である。
【0034】
S27281化合物生産菌の生育温度は、特に限定されるものではないが、通常15乃至30℃であり、好適には20乃至26℃である。また、S27281化合物の製造を目的として該化合物生産菌を培養する際の温度は、特に限定されないが、通常15乃至30℃であり、好適には20℃乃至26℃である。S27281化合物の製造を目的としてSANK 27281株を培養する際のより好適な温度は、23℃である。
【0035】
S27281化合物は、該化合物生産菌を好気的な条件下で培養することにより製造することができる、好気的条件下の培養方法としては、、通常当該分野において使用される好気的培養方法であれば特に限定されないが、例えば、固体培養法、振とう培養法、通気攪拌培養法等を挙げることができる。
S27281化合物を比較的大量に製造するための該化合物生産菌の培養は、通常、小規模な培養から開始し、段階的に培養規模を拡大することが好ましい。まず、少量の種培地を用いた前培養から初め、段階的に培養の規模を拡大し、多量の栄養培地に必要量の前培養液を接種することにより本培養を行うことができる。例えば、SANK 27281株のスラントから、少量の種培地を入れた三角フラスコへ該株を接種し、23℃にて数日間振盪培養を行い、該株を十分成長させる。必要に応じ、該前培養の規模を段階的に拡大した後、得られた培養物の全量又は必要量を栄養培地へ接種し、本培養を行う。
【0036】
S27281化合物生産菌を大量に培養するに際し、攪拌機又は通気装置を有するタンクを使用すれば、本培養用の栄養培地をタンクの中で調製し、滅菌することが可能であり好ましい。通常、栄養培地の滅菌温度は121℃であり、滅菌後培地が十分冷却してから前培養物を接種し、前述の温度にて通気攪拌培養を行う。
【0037】
そのようなS27281化合物生産菌の培養における該化合物量の経時変化は、生物学的試験あるいは分析化学的試験を用いて追跡することができる。生物学的試験にはインスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化試験、脂肪細胞による糖取り込み試験等が、分析化学的試験には高速液体クロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィー等がそれぞれ含まれる。そのような試験を実施するに際しては、予め、被検試料に抽出、分画、脱塩等の前処理を施しておくことが好ましい。
【0038】
なお、SANK 27281株によるS27281化合物の生産は、通常培養開始から150乃至200時間が経過した時点で最高値に達する。
【0039】
培養物の可溶性画分と不溶性画分は、培養終了後、珪藻土等のろ過助剤を添加し、ろ過するか、又は、遠心分離を行うことにより分別することができる。得られたろ液、培養上清、菌体等に含まれるS27281化合物は、その物理化学的性状を利用することにより、抽出、単離および精製することができる。
【0040】
S27281化合物をろ液、培養上清、菌体等から抽出するには、水と混和しないn−ブタノール、酢酸エチル、メチレンクロライド等の有機溶剤を単独で用いるか、あるいはそれら複数を組み合せて用いることができる。
【0041】
得られた抽出物からS27281化合物を精製するには、活性炭、アンバーライトXAD−2、XAD−4(以上、ローム・アンド・ハース社製)、ダイヤイオンHP−10、HP−20、HP−50、CHP20P(以上、三菱化学(株)社製)のごとき吸着剤、ダウエックス50Wx4、ダウエックス1x2、ダウエックスSBR−P(ダウ・ケミカル社製)のごときイオン交換樹脂等を使用することができる。すなわち、S27281を含有する上記の抽出物を吸着剤やイオン交換樹脂に付し、不純物を吸着させて除去するか、あるいは、S27281化合物を吸着させた後、該化合物を適宜溶出させる。吸着剤に吸着したS27281化合物は、メタノール水、アセトン水等の含水有機溶媒を用いて、イオン交換樹脂に吸着した該化合物は、塩酸やアンモニア水を用いて、それぞれ溶出させることができる。
【0042】
このようにして精製又は部分精製されたS27281化合物を、シリカゲル、フロリジルの如き担体を用いた吸着カラムクロマトグラフィー、アビセル(旭化成工業(株)社製)、セファデックスLH−20(ファルマシア社製)等を用いた分配カラムクロマトグラフィー、順相カラム、逆相カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー等に供することにより、該化合物を均一な標品として単離することができる。
【0043】
単離精製されたS27281化合物は、例えば、次の条件による高速液体クロマトグラフィーにおいて単一のピークとして検出される。
[高速液体クロマトグラフィー実施の条件]
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分
本発明のS27281化合物又はその塩は、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強し、脂肪細胞による糖の取り込みを促進するので、該化合物を含有する医薬は、I型及び/又はII型糖尿病の治療又は予防に有用である。本発明は、S27281化合物又はその塩を含有することからなる医薬を提供する。また、本発明は、S27281化合物又はその塩を有効成分として含有することからなる糖尿病の治療又は予防剤を提供する。
【0044】
本発明のS27281化合物又はその塩は、医薬としてヒト又はヒト以外の動物に投与されるに際し、種々の形態をとり得る。その投与形態は、製剤、年齢、性別、疾患等に依存する。例えば、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、シロップ剤、液剤、懸濁剤、乳剤、顆粒剤、カプセル剤等は経口投与される。注射剤等は静脈内投与、筋肉内投与、皮内投与、皮下投与又は腹腔内投与される。坐剤は直腸内投与される。
【0045】
S27281化合物又はその塩を有効成分として含有する医薬製剤は、常法に従い、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、溶解剤、矯味矯臭剤、コーティング剤等、医薬製剤分野において通常使用し得る公知の補助剤を用いて製造することができる。
【0046】
錠剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えば、乳糖、白糖、塩化ナトリウム、ブドウ糖、尿素、澱粉、炭酸カルシウム、カオリン、結晶セルロース、珪酸等の賦形剤、水、エタノール、プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、澱粉液、ゼラチン溶液、カルボキシメチルセルロース、セラック、メチルセルロース、リン酸カリウム、ポリビニルピロリドン等の結合剤、乾燥澱粉、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、ラミナラン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、澱粉、乳糖等の崩壊剤、白糖、ステアリン、カカオバター、水素添加油等の崩壊抑制剤、第四級アンモニウム塩基、ラウリル硫酸ナトリウム等の吸収促進剤、グリセリン、澱粉等の保湿剤、澱粉、乳糖、カオリン、ベントナイト、コロイド状珪酸等の吸着剤、精製タルク、ステアリン酸塩、硼酸末、ポリエチレングリコール等の滑沢剤等を挙げることができる。錠剤は、必要に応じ、通常の剤皮を施した錠剤、例えば、糖衣錠、ゼラチン被包錠、腸溶被錠、フィルムコーティング錠あるいは二重錠、多重錠とすることができる。
【0047】
丸剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えば、ブドウ糖、乳糖、澱粉、カカオ脂、硬化植物油、カオリン、タルク等の賦形剤、アラビアゴム末、トラガント末、ゼラチン、エタノール等の結合剤、ラミナラン、カンテン等の崩壊剤を挙げることができる。
【0048】
注射剤として調製される場合、液剤及び懸濁剤は殺菌され、且つ血液と等張であるのが好ましく、これら液剤、乳剤および懸濁剤の形態に形成するに際しては、希釈剤として当該分野において公知のものを広く使用でき、例えば、水、エチルアルコール、プロピレングリコール、エポキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシ化イソステアリルアルコール、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等を挙げることができる。等張を維持するために充分な量の食塩、ブドウ糖又はグリセリンを含有せしめてもよい。溶解補助剤、緩衝剤、無痛化剤糖、着色剤、保存剤、香料、風味剤、甘味剤、他の薬剤等を含有せしめてもよい。
【0049】
なお、注射剤を静脈内投与する場合、単独で、ブドウ糖、アミノ酸等の通常の補液と混合して、又は、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類等とのエマルジョンとして投与される。
【0050】
坐剤の形態に成形するに際しては、担体として当該分野で公知のものを広く使用でき、例えばポリエチレングリコール、カカオ脂、高級アルコール、高級アルコールのエステル類、ゼラチン、半合成グリセライド等を挙げることができる。
【0051】
上述の医薬製剤に含有せしめるS27281化合物又はその塩の量は、特に限定されないが、上限は30乃至70重量%、下限は1重量%であり、好適な範囲は1乃至30重量%である。
【0052】
S27281化合物又はその塩の投与量は、症状、年齢、体重、投与方法、剤形等に依存するが、通常成人に対して1日当たり投与するS27281化合物又はその塩の量は、上限が100乃至1000mg、下限が1乃至10mgであり、好適な範囲は10乃至100mgである。
【0053】
S27281化合物又はその塩の投与回数は、数日に1回、1日1回、又は1日複数回である。
【0054】
本発明は、薬理上有効な量のS27281化合物又はその塩を投与することからなる糖尿病の治療又は予防方法、糖尿病の治療又は予防のためのS27281化合物又はその塩の使用をも提供する。
【0055】
【実施例】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
実施例1. S27281化合物の製造
1)S27281化合物生産菌の培養
コニオケチジウム セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.)SANK 27281株を培地組成−1で示される種培地80mlを含む500ml容三角フラスコ5本に、スラントより接種し、回転振盪培養機を用いて、210rpm、23℃で168時間培養したものを前培養液とした。次いで、培地組成−2で示される栄養培地80mlを500ml容三角フラスコ75本に入れ、121℃で20分間加熱滅菌した。これを23℃に冷却した後、各三角フラスコに前培養液5mlを接種し、回転数210rpm、23℃で168時間振盪することにより本培養を行った。
[培地組成−1]
可溶性でんぷん 2.0 %(重量/容積)
グリセリン 3.0 %(重量/容積)
グルコース 3.0 %(重量/容積)
大豆粉 1.0 %(重量/容積)
ゼラチン 0.25%(重量/容積)
イーストエキス 0.25%(重量/容積)
硝酸アンモニウム 0.25%(重量/容積)
寒天 0.3 %(重量/容積)
消泡剤CB−442 0.01%(容積/容積)
(滅菌前のpH6.5)
[培地組成−2]
培地組成−1の組成から寒天を除いたもの
2)培養物からのS27281化合物の単離
上記1)において得られた培養液6Lへろ過助剤であるセライト545(ジョンズ マンビル プロダクト コーポレーション製)を添加し、ろ過を行ことにより、菌体と培養上清5.5Lをろ別した。得られた菌体画分に2Lの80%アセトンを添加し、次いで30分間攪拌抽出した後ろ過することにより、アセトン抽出液を得た。このアセトン抽出液を減圧下濃縮してアセトンを留去した後、回転数3000rpm、15分間遠心分離することにより、S27281化合物を含む菌体抽出液1.5Lを得た。該菌体抽出液1.5Lと前記培養上清5.5Lを合併し、塩酸でpHを3.0に調整した。
【0056】
得られた溶液を、550mlのHP−20カラム(ダイヤイオンHP−20:三菱化学(株)製)に付した。2Lの水で該カラムを洗浄した後、2Lの50%アセトン水で溶出し、溶出液500mlからなる画分4つを回収し、そのうちS27281化合物を含有する2つの画分を合併し、減圧下濃縮してアセトンを留去した後、pH3.0に調整し、酢酸エチル1.5Lで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下濃縮乾固してS27281化合物を含有する抽出物2.1gを得た。
【0057】
該抽出物2.1gを20mlのメタノールに溶解し、コスモシル(Cosmosil 140C18−OPN:ナカライテスク(株)製)25gにコーティングした。それを0.3%トリエチルアミンリン酸バッファー(pH3.0)100mlに懸濁し、予め、メタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:9で平衡化したコスモシルカラム(Cosmosil 140C18−OPN(ナカライテスク(株)製) 100gが充填されたオープン・カラム)に重層した。次いで、390mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:9、150mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=3:17、150mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:4、150mlメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=1:3、および、1000mlのメタノール:0.3%トリエチルアミン−リン酸緩衝液(pH3)=3:7を該カラムへ順に添加し、溶出液を15mlずつ回収した。
【0058】
得られた溶出画分のうち、S27281化合物を含有する画分番号62乃至73を合併することにより、合計180mlからなる画分を得、減圧下濃縮してメタノールを留去した後、200mlの酢酸エチルで2回抽出した。得られた抽出液を、飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物を含む粗精製物150mgを得た。
【0059】
該粗精製物150mg全量を1.0mlの50%メタノール水に溶解せしめることにより試料溶液を調製し、そのうち200μLを、予め22%アセトニトリル−0.02%TFAで平衡化した高速液体クロマトグラフィー用カラム(Waters SYMMETRY C18 直径19×長さ100mm:ウォーターズ社製)へ付し、22%アセトニトリル−0.02%TFAを移動相として流速6ml/分で溶出した。溶出液を検出波長210nmでモニタ−し、保持時間7.5乃至9.0分に該当する画分を回収した。残りの試料溶液800μlについても同様の操作を行い、S27281化合物を含有する画分合計45mlを得た。減圧下で濃縮してアセトニトリルを留去した後、100mlの水を添加し、200mlの酢酸エチルで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物を含む部分精製物を50mgを得た。
【0060】
該部分精製物50mg全量を1.0mlの50%メタノール水に溶解せしめることにより試料溶液を調製し、そのうち200μLを、予め16%アセトニトリル−0.02%HCOOHで平衡化した高速液体クロマトグラフィー用カラム(Waters SYMMETRY C18 直径19×長さ100mm:ウォーターズ社製)へ付し、16%アセトニトリル−0.02%HCOOHを移動相として流速6ml/分で溶出した。溶出液を検出波長210nmでモニタ−し、保持時間12.6乃至13.8分に該当する画分を回収した。残りの試料溶液800μlについても同様の操作を行い、S27281化合物を含有する画分合計36mlを得た。減圧下で濃縮してアセトニトリルを留去した後、50mlの水を添加し、100mlの酢酸エチルで抽出した。該抽出液を飽和食塩水で洗浄した後、無水硫酸ナトリウムで脱水し、次いでろ紙を用いてろ過した後、減圧下で濃縮乾固することにより、S27281化合物の黄色粉末10.0mgを得た。
【0061】
この黄色粉末の一部を採取し、下記の条件の高速液体クロマトグラフィ−で分析した結果、保持時間4.5分に極大を示す単一のピークが検出された:
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分。
試験例1.インスリン依存性細胞蛋白質チロシンリン酸化に対する作用
ラット肝癌由来細胞株H−4−II−E−3C(CRL−1600、アメリカン タイプ カルチャー コレクション、大日本製薬より入手)は、インスリン受容体を発現している細胞である(Sato,T, et al., Arch.Biochem.Biophys., 260, pp377−87(1988):Smith,R.M. et al., J.Cell Physiol., 130, pp428−35(1987):Smith,R.M., Lab Invest., 55, pp593−7(1986):Andreone,T.L., et al., J.Biol.Chem., 257, pp35−8(1982))。該細胞を、10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地(インビトロジェン社製)を用い、24穴細胞培養用プレートで増殖させた。ジメチルスルフォキシドに溶解した被検化合物を含む溶液を、0.1%量添加して、37℃、30分間、5%炭酸ガス存在下のインキュベーターで培養した。さらにヒト組み換え型インスリン(和光純薬)を0、1nMおよび100nMの濃度になるようにそれぞれ添加し、さらに同条件下で15分間培養した。培地を除去し、氷冷したトリス緩衝生理食塩水(以下、「TBS」という)で2回細胞を洗浄した後、1%のトリトンX‐100、10%のグリセロール、1mMのフェニルメチルスルフォニルフロリドおよび1mMのオルソバナジン酸を含むTBSを添加して、細胞を溶解させた。12000gにて15分間遠心して不溶物を取り除き、細胞抽出物の可溶化画分を得た。該画分に、濃度2%のドデシル硫酸ナトリウム(以下、「SDS」という)、終濃度5%の2−メルカプトエタノールおよび終濃度10%のグルセロールをそれぞれ添加し、沸騰水浴上にて5分間保温した。得られた反応物を、4乃至12%ポリアクリルアミドゲル(インビトロジェン社製)に添加し、トリス塩酸−グリシン緩衝液を用いて電気泳動(以下、「SDS−PAGE」という)を行い、蛋白質を分離した。SDS−PAGEを実施した後、ゲル中の蛋白質をニトロセルロース膜(アドバンテック社製)に転移させ、該膜を2%のウシ血清アルブミン(シグマ社製)を含むTBS中に置き、室温で1時間、穏やかに振とうした。次いで、該膜を、1μg/mlの抗リン酸化チロシン抗体4G10(アップステート・バイオロジー社製)および0.2%のトゥイーン20(シグマ社製)を含むTBS中に浸し、4℃にて18時間、穏やかに振とうした。次いで、該膜を、0.2%のトゥイーン20を含むTBSで3回洗浄した後、0.2%のトゥイーン20を含むTBSを用いて1:10000に希釈した、ペルオキシダーゼ標識抗マウスイムノグロブリンG抗体(セル・シグナリング社製)と室温にて2時間反応させた。反応後、0.2%のトゥイーン20を含むTBSで3回洗浄した後、ECL化学発光キット(アマシャム・ファルマシア・バイオテク社製)を加え、X線用フィルム(イーストマン・コダック社製)と接触させた後、これを現像した。
【0062】
その結果、図1に示すとおり、インスリンは、複数の細胞蛋白質のチロシンリン化を濃度依存性に促進した。それに対し、S27281化合物は、単独では細胞内蛋白質のチロシンリン酸化状態を変化させなかったが、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強した。S27281化合物により、インスリン依存性チロシンリン酸化がさらに増強されたSDS−PAGE上の主要バンドには、インスリン受容体蛋白質、並びに、インスリン受容体によりチロシンリン酸化を受ける主要な基質の一つであり且つインスリンの作用発現に重要な役割を担うと考えられているIRS1蛋白質及びIRS2蛋白質(Chou, C.K., et. al., J.Biol.Chem, 262, pp1842−1847(1987)、Kasuga, M., et al., Diabetes Care, 13, pp317−26(1990)、Patti,M.E., et al., J.Biol.Chem.,270,pp24670−24673(1995)、および、White, M.F. Am. J.Physiol. Metabol., 283, E413−E422(2002))にそれぞれ対応するバンドが含まれ、S27281化合物は両蛋白質のインスリン依存性チロシンリン酸化をさらに増強し得ることが示唆された。
試験例2.ラット遊離脂肪細胞による糖の取り込み
インスリンの細胞に対する作用は数多く報告されているが、その一つとして、ラット遊離脂肪細胞に対し、グルコース(2−デオキシグルコース)の取り込みを促進する作用が知られている(Rodbell,M., J.Biol.Chem.,241,pp130−139(1966)、Olefsky,J.M. & Kobayashi,M., Metabol, 1978 Dec;27(12 Suppl 2),pp1917−1929、および、Hyslop,P.A., et al., Biochem.J.,218,pp29−36(1984))
ラット遊離脂肪細胞におけるグルコース取り込み試験の操作手順は、オレフスキーらの方法 (Biochemical Journal、172巻、137頁、1978年) に従った。すなわち、7齢のオスSDラットの精巣周囲脂肪組織(約2グラム)を切り出し、コラゲナーゼ等の処理により遊離細胞とし、10mlの培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium(グルコース不含、Invitrogen社製)に1mMピルビン酸ナトリウム、20mHEPES、1%(容積/容積)ウシ胎児血清、および10ml/Lの100×Antibiotic Antimycotic Solution(Sigma社製、A−5955)を添加したもの)に懸濁させた。この脂肪細胞懸濁液をチューブに100μLずつ分注し、薬物またはインスリンを含む培地を100μL添加し、37℃にて30分間温浴上に放置した。次いで、[3H]2−デオキシ−D−グルコース(アマシャム ファルマシア バイオテク、25−50Ci/mmol)の10μCi/ml溶液10μLを添加し(最終の比放射能は約0.5μCi/ml)、5分間室温にて放置した後、得られた反応液175μlを、予めシリコンオイルを100μl入れたマイクロチューブに分注し、マイクロチューブ用卓上遠心分離装置を用いて14000回転、15秒間遠心分離し、細胞を沈殿させた。該チューブを、シリコンオイル層の中央部分を目印に上下にはさみで切り分け、細胞の沈殿を含む方をバイアル瓶に移した後、ピコフロー20(パッカード)を10ml添加して、液体シンチレーションカウンターにて放射活性を測定した。各実験群において、同時に1mMフロレチン(phloretin、Sigma社製)を添加した群を設けバックグランドとした。バックグランド群の平均カウント値を、対応する被験物質添加群のカウント値より差し引いて、細胞に取り込まれた[3H]2−デオキシグルコースのカウント値を算出した。被験物質を添加しなかった群を対照とした。
【0063】
また、溶媒群と各添加群におけるグルコース取り込みの平均値の間の差につき、スチューデンツ・t−試験(Student’s t−test)法により有意差を検定し、P値を算出した。
【0064】
結果を表1にまとめた。
【0065】
【表1】
表1に示すように、S27281化合物は、インスリンと同様、2−デオキシグルコースの取り込みを有意に促進した。
【0066】
試験例1および2の結果より、S27281化合物は、インスリン受容体のインスリン依存性のチロシンリン酸化を増強することにより該受容体を活性化せしめ、それによりインスリン・シグナル伝達が活性化され、その結果脂肪細胞によるインスリンの取り込みを促進するものと考えられる。
【0067】
【発明の効果】
本発明の提供する新規化合物は、インスリン依存性の細胞蛋白質チロシンリン酸化を増強するとともに、優れた脂肪細胞によるグルコース取り込み促進活性を示し、糖尿病治療又は予防剤として有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、S27281化合物存在下又は非存在下における、各種濃度のインスリン刺激により生じるインスリン受容体発現細胞における蛋白質のリン酸化を示す。レーン1はインスリン及びS27281化合物無添加、レーン2はインスリン無添加且つS27281化合物10μM添加、レーン3はインスリン10−9M添加且つS27281化合物無添加、レーン4はインスリン10−9M添加且つS27281化合物10μM添加、レーン5はインスリン10−7M添加且つS27281化合物無添加、レーン6はインスリン10−7M、S27281化合物10μM添加の、それぞれの反応物を試験例1に記載の方法に従ってSDS−PAGEを行った後、リン酸化を検出した。IRS1蛋白質およびIRS2蛋白質ならびにインスリン受容体蛋白質のSDS−PAGE上の位置を矢印で示す。
Claims (7)
- 下記の物理化学的性状を有する化合物又はその塩。
1)性質:黄色粉末;
2)溶解性:クロロホルム、メタノール、アセトン、酢酸エチルに可溶;
3)分子式:C11H12O5(ESI−TOFMSスペクトルにより測定);
4)分子量: 224.1(ESI−MSスペクトルにより測定);
5)紫外線吸収スペクトル:λmax nm(ε)
0.01N塩酸−メタノール溶液中で測定した紫外線吸収スペクトルは、204(12300)、276(14600)、420(750)nmに吸収極大を示す;
6)赤外線吸収スペクトル(KBr):νmax cm−1
KBrディスクで測定した赤外線吸収スペクトルは、次の通りである:
3468、1661、1624、1319、1270、1229、1181、1103、1041、870、785、721;
7)1H−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(500MHz)は、次の通りである:
1.60(3H,s),1.93(3H,s),2.45(1H,dt,18.5 Hz),2.71(1H,dq,18.5 Hz),4.61(2H,m);
8)13C−核磁気共鳴スペクトル; δ(ppm)
重クロロホルム溶液中(TMS内部標準 )で測定した核磁気共鳴スペクトル(125MHz)は、次の通りである:
7.7,29.4,30.8,58.2,94.4,116.8,132.9,141.1,151.0,182.0,186.1
10)高速液体クロマトグラフィー:
カラム : Waters SYMMETRY C18(直径4.6×長さ150mm:ウォーターズ社製)
移動相 : 22%アセトニトリル水−0.02%HCOOH
流 速 : 1.0ml/分
検出波長: 210nm
保持時間: 4.5分。 - コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、請求項1又は2に記載の化合物の生産菌を培養し、得られた培養物より請求項1又は2に記載の化合物を回収することを特徴とする、請求項1又は2に記載の化合物の製造方法。
- コニオケチジウム(Coniochaetidium)属に属する、請求項1又は2記載の化合物の生産菌が、コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi)SANK 27281株(FERM BP−8143)であることを特徴とする、請求項3に記載の製造方法。
- コニオケチジウム・セイヴェリ(Coniochaetidium savoryi.)SANK 27281株(FERM BP−8143)。
- 請求項1又は2に記載の化合物もしくはその塩を含有することからなる医薬。
- 請求項1又は2に記載の化合物もしくはその塩を有効成分として含有することからなる糖尿病治療又は予防剤。
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