JP2004198145A - 金属中のCaO含有介在物の分析方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】介在物の定量を阻害する炭化物の影響を最小限に抑制し、化学的に不安定なCaO含有介在物を損失・欠損させることなく抽出して、清浄鋼中のCaO含有介在物を精度よく定量することのできる方法を提供する。
【解決手段】予め800〜1100℃の溶体化処理を施した金属試料を、塩化第一鉄水溶液中またはハロゲン有機溶媒中で定電流電解した後、弱酸水溶液で酸処理することにより得られたCaO含有介在物を、定量分析および/または粒度分布測定に供するようにする。
【選択図】 図8
【解決手段】予め800〜1100℃の溶体化処理を施した金属試料を、塩化第一鉄水溶液中またはハロゲン有機溶媒中で定電流電解した後、弱酸水溶液で酸処理することにより得られたCaO含有介在物を、定量分析および/または粒度分布測定に供するようにする。
【選択図】 図8
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、鉄鋼材料や非金属材料等の金属材料中に存在するのCaO含有介在物の有用な分析方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年の高清浄度鋼化の要求に伴い、例えば鋼板加工時の割れ等の原因となり易いCaO含有介在物の低減が必要とされている。前記CaO含有介在物の起源として、取鍋および連続鋳造タンディシュ内のスラグ、または鋳造時に用いるモールドパウダーが挙げられ、これらを起源とするCaO含有介在物を製造時に生じさせないようにする技術として、鋳造速度を低下させてモールドパウダーに起因するCaO含有介在物を低減させる方法が提案されている。また鋳型内のモールドパウダーを高粘度化させることによって、モールドパウダー系の介在物による欠陥を減少させる方法が既に報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、この様に製造時におけるCaO含有介在物の低減技術が進んでも、なお存在する鋼中の微量CaO含有介在物を精度よく評価することができなければ、上記技術によるCaO含有介在物低減の程度、および介在物低減による種々の特性の改善効果を確認することができず、最終製品の品質を保証することは難しい。こうしたことから、製品に有害なCaO含有介在物を低減するにあたっては、上記製造プロセスの改善とともに、改善効果を確認するための評価技術が必要となる。
【0004】
CaO含有介在物の分析に際しては、各種化学的処理法で金属成分を溶解して介在物を抽出した後、波長分散型またはエネルギー分散型のEPMA(ElectronProbe Microanalyzer)が用いられて介在物の分析が行われている。また、上記EPMAに代えて、金属試料上にレーザ光を照射させ、レーザ励起−ICP (Inductively Coupled Plasma)分析法によって得られるスペクトル強度の時間曲線の積分値を用いて非金属介在物の組成および粒径を測定する方法も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
一方、該介在物を抽出する方法として、代表的なものに酸分解法、非水溶媒電解法、ハロゲン溶解法、およびスライム法等が挙げられる。これらのうち酸分解法とは、85〜90℃程度に加熱した硫酸、硝酸またはその混合酸等の水溶液中で鉄鋼試料の鉄マトリックスを溶解し、残渣として残る介在物の組成やサイズを測定する方法である(例えば、特許文献2)。この方法は操作が比較的簡便であり、また残渣中に介在物とともに存在する炭化物や水酸化鉄の量が少ないため、顕微鏡やX線分光分析装置等による介在物の観察および測定が比較的容易であるという特長を有する。
【0006】
しかしながら酸分解法は、Al2O3等の化学的に安定な介在物の定量には適しているものの、酸に対して不安定であるCaOを含有する介在物に適用すると、その一部あるいは全部が抽出時に溶解してしまうため、CaO含有介在物の組成やサイズを精確に定量することができないといった問題がある。
【0007】
またハロゲン溶解法としては、例えばヨウ素−メタノール法や臭素−メタノール法が挙げられ、非水溶媒定電位電解法として、溶媒にアセチルアセトン−テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール系や、サリチル酸メチル−テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール系等を用いたものが挙げられる(特許文献3参照)。
【0008】
上記ハロゲン溶解法および非水溶媒定電位電解法は、いずれも介在物抽出工程において、介在物が溶媒中に溶解してその組成やサイズが変化することが少ないので、CaO含有介在物の抽出においても、該CaO含有介在物の溶損・欠損がほとんど生じないという点で抽出精度に優れている。しかし、ヨウ素−メタノール等のハロゲン類や、アセチルアセトンやサリチル酸メチル等の非水系溶媒は、鉄イオンの溶解度がかなり小さいので、多量の鉄鋼試料を溶解させることができず、1回の鉄鋼試料分の現実的な溶解量は1〜5g程度にとどまる。従って上記方法を清浄鋼に適用した場合には、精度よく定量できるほど介在物を確保することが難しく、清浄鋼の介在物評価に適した方法とはいえない。
【0009】
上記スライム法は、水溶液系容積を用いた定電流電解法の1種であり、塩化第一鉄(FeCl2)水溶液を電解液に用いて金属試料中の鉄マトリックスを溶解し、残渣として残った介在物の評価を顕微鏡やX線分光分析装置等を用いて行うというものである(例えば、特許文献4参照)。この方法の特長は、数kgと大量の鉄鋼試料を溶解することができるので、鋼中介在物量の少ない清浄鋼であっても信頼性のあるデータが得られる点にある。
【0010】
しかしながら従来のスライム法は、精確なデータが得られるものの、電解時に生成する水酸化鉄や炭化物が介在物とともに残渣として多量に残留することから、その後の介在物の定量分析や粒度分布の測定が困難であるといった問題を抱えていた。従来では、この様な介在物以外の不要残渣に対処するため、介在物と不要残渣の比重差を利用して流水中で介在物を分離する、いわゆる水簸法が用いられ、その装置として、介在物を分離するための概逆円錐型容器と複数の管を組み合わせたものが一般に使用されていた(例えば、非特許文献2、3参照)。しかし前記水簸法は、作業自体が煩雑であるのに加えて、目的とする介在物の散逸や損傷などの外乱が無視できないため、介在物のサイズや組成を精度よく測定することができないという問題を有している。
【0011】
この様にスライム法は、介在物量の少ない清浄鋼の介在物分析に適した方法であるにもかかわらず、上述の様な問題が存在するため、今まで有効に用いられていなかったというのが実情である。
【0012】
これまでにも上記スライム法を改善した技術が提案されており、例えば定電流電解に用いる電解液のpHを5.5〜7.2に制御し、かつ電解液の補給と排出を継続的に行い溶液中の水酸化鉄量を減少させて、酸化物系介在物を抽出する方法も示されている(例えば、特許文献5参照)。
【0013】
しかしこの方法では、抽出時に生じる水酸化鉄は減少するものの、多量に析出する炭化物に対しては対策がなされていないため、結果的に介在物のサイズや成分組成を精度良く測定することができない。また、電解液の補給および排出といった大掛かりな装置を要し、かつ作業も煩雑であることから簡便性に欠けるものでもある。
【0014】
上述の様に、鉄鋼試料の鉄マトリックスを溶解した場合、介在物の他に不要な炭化物の残渣が残る。該炭化物の残存量が多すぎると、介在物の化学成分分析や粒度分布測定等に悪影響が及ぶので何らかの低減対策が必要である。
【0015】
この様な炭化物の析出を抑制する方法として、例えば介在物抽出に際して試料に脱炭処理を施す方法が提示されている(例えば、特許文献6参照)。詳細には、厚みが5mm以下の鉄鋼試料を用い、水素−水蒸気ガス雰囲気中、800〜1000℃で50〜100時間の熱処理を行い、鋼中炭素含有量を0.01質量%以下にまで低減させることによって、抽出時に介在物とともに残る炭化物を少量に抑え、介在物定量に対する炭化物の影響を小さくするといったものである。
【0016】
しかしこの方法では、CaO含有介在物を構成する酸化物のうち、化学的に不安定なSiO2、Al2O3、MnOおよびFeO等が水素−水蒸気ガスにより還元されてしまい、介在物の化学組成が変化してしまう恐れがあるので、CaO含有介在物の如く化学的に不安定な介在物の抽出方法としては適当でない。また上記方法では、効率よく脱炭することを目的に、試料厚みを5mm以下と薄くしているが、数kgオーダーの鉄鋼試料を用いる場合には準備作業が煩雑となり簡便性に欠ける。
【0017】
また別の炭化物低減技術として、介在物抽出に際して鉄鋼試料に溶体化処理を施す方法も提案されている(例えば、非特許文献4参照)。この技術では、軸受鋼を対象とし、酸分解法や臭素−メタノール法で鉄マトリックスを溶解する前に、予め鉄鋼試料に1100℃で溶体化処理を施して、酸化物系介在物の定量に与える炭化物の影響を小さくすることが報告されている。しかしながら、前記技術で採用している酸分解法は、上述の様に、酸に対して不安定であるCaO含有介在物の一部あるいは全部が抽出時に溶解してしまうといった問題を有し、また臭素−メタノール法では多量の鉄鋼試料を溶解できないことから、いずれにしてもCaO含有介在物を精度よく測定することは難しい。
【0018】
更に、鉄鋼試料に溶体化処理を施し、該試料を非水系溶媒中で電気分解した後、種々の薬品で二次処理を行って、含Ca酸化物系、含Na酸化物系および含K酸化物系介在物を定量的に回収する方法も提案されている(例えば、特許文献7参照)。しかしこの方法では、二次処理まで行う必要があることから、迅速にCaO含有介在物の定量等を行うには適さない。
【0019】
【非特許文献1】
CAMPS−ISIJ vol.8(1995) p.1061
【特許文献1】
特開2001−242144号公報 特許請求の範囲
【特許文献2】
特開平9−209075号公報 特許請求の範囲
【特許文献3】
特開平6−174716号公報 特許請求の範囲
【特許文献4】
特開昭59−141035号公報 第2頁左下欄第13〜15行
【非特許文献2】
「鉄と鋼」 61 (1975),2490
【非特許文献3】
「鉄と鋼」 60 (1974),S654
【特許文献5】
特開昭63−115047号公報、特許請求の範囲
【特許文献6】
特許第2930536号公報、特許請求の範囲
【非特許文献4】
CAMPS−ISIJ vol.7(1994) p.380
【特許文献7】
特開2000−206108号公報
【0020】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上述の様な問題に鑑みてなされたものであって、その目的は、介在物の定量を阻害する炭化物の影響を最小限に抑制し、化学的に不安定なCaO含有介在物を損失・欠損させることなく抽出して、金属中のCaO含有介在物を精度よく定量することのできる方法を提供することにある。
【0021】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る金属中のCaO含有介在物の分析方法とは、予め800℃以上の温度で溶体化処理を施した金属試料を、水溶液系溶液中で電気分解した後、弱酸水溶液で酸処理することによりCaO含有介在物を抽出し、該CaO含有介在物の定量分析および/または粒度分布測定を行う点に要旨を有するものである。尚、上記CaO含有介在物とは、Al2O3、SiO2、MnO、MgO、Na2O、およびFeOよりなる群から選択される少なくとも1種の酸化物とCaOとの複合酸化物(例えばCaO−Al2O3、CaO−SiO2、CaO−Al2O3−SiO2等が挙げられる)であって、CaOの割合が5質量%以上のものをいう。また、水溶液系溶液を用いた電解法としては、塩化第一鉄水溶液中で定電流電解する方法(スライム法)や、クエン酸ナトリウム水溶液中で定電位電解する方法等が挙げられるが、大量の鉄鋼試料を溶解するには鉄溶解度の高いスライム法が好ましい。
【0022】
上記本発明方法においては、電気分解した後に、開孔径10μmのフィルタを通過しないCaO含有介在物を対象として酸処理を行うことが好ましい。また、酸処理に際して、弱酸水溶液のpHをX、弱酸水溶液中の試料の保持時間(分)をYとしたとき、下記(1)〜(4)式の関係式を満足する範囲内で酸処理することが好ましい。
【0023】
Y≦1.87・X+10.9 ‥(1)
Y≦30.94・X+21.0 ‥(2)
Y≧100・X−190 ‥(3)
Y≧0.25・X−0.1 ‥(4)
本発明方法では、CaO含有介在物抽出の際の残渣を極力低減できるので、基本的に残渣が多量に発生し易い金属試料を対象としたときに特に有効であり、具体的にはC:0.2質量%以上およびCr:0.2質量%以上の少なくともいずれかを含有する金属試料であることが好ましい。
【0024】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、前述した様な状況の下で、清浄鋼中のCaO含有介在物を精確に定量評価することを最終目標に、数kgオーダーの鉄鋼試料を用いることができ、介在物の定量を阻害する炭化物および水酸化物の影響を最小限に抑制して、化学的に不安定なCaO含有介在物を溶損・欠損させることなく抽出できる、鋼中CaO含有介在物の分析方法の実現を目指して鋭意研究を行った。その結果、介在物抽出に際して金属試料の溶体化処理を行うとともに、pHを一定範囲内に制御した塩化第一鉄水溶液を電解液に用いて定電流電解を行えば、CaO含有介在物の定量分析および/または粒度分布の測定を精度よく行えることが分かり、その技術的意義が認められたので先に出願している(特願2001−146512号)。
【0025】
上記技術の開発によって、一応の効果が認められたのであるが、この技術によっても若干の改良すべき問題があった。即ち、上記分析法では、炭化物の少ない低炭素鋼や低Cr鋼では問題なくCaO含有介在物の分析が行えたのであるが、軸受鋼等の高炭素鋼や高Cr鋼を試料とした場合には、上記の溶体化処理を行っても炭化物が十分に減少せず、分析精度が若干低下することがあった。
【0026】
そこで本発明者らは、高炭素鋼や高Cr鋼を試料とした場合であっても、残渣が十分に減少されて介在物が正確に分析できる技術を確立するべく、更に検討を重ねた。その結果、スライム法によって処理した後に、弱酸水溶液による酸処理を行えば、測定精度が更に向上し得ることが判明したのである。即ち、上記スライム法によって処理した後の残渣では、上記溶体化処理によって炭化物が低減された状態となっているのであるが、スライム溶解時に依然として残留する残渣は主として水酸化物となり、これを弱酸水溶液によって酸処理すれば大半の残渣が分解でき、これによって既存の様々な分析法による介在物の直接観察が容易に達成されたのである。
【0027】
本発明方法では、金属試料に対して800℃以上の温度で溶体化処理する必要がある。介在物の抽出に際して金属試料に溶体化処理を施すことは、炭化物が介在物定量に及ぼす悪影響を最小限に抑制する上で大変有効である。しかしその処理温度が低すぎると、炭化物の分解効果が不十分であり、抽出時に該炭化物がCaO含有介在物とともに多量に残渣として残ってしまう。従って、溶体化処理の温度は800℃以上とする必要があり、好ましくは900℃以上とするのが良い。
【0028】
溶体化処理温度上限については特に限定するものではないが、高すぎる場合には、鉄酸化物が析出し、抽出時にCaO含有介在物とともに該鉄酸化物が残存することとなるので、介在物の分析を良好に行うことができないことがある。こうした観点から、溶体化処理は1100℃以下とすることが好ましく、より好ましくは1000℃以下で行うのが良い。
【0029】
尚、適正な温度で溶体化処理を行う場合であっても、その処理時間が短すぎると炭化物を十分に分解させることができないので、3分間以上、好ましくは10分間以上行うことが好ましい。但し、溶体化処理時間が長すぎると、酸化鉄が多量に析出して介在物の定量に悪影響を及ぼすことがあるので、60分間以下であることが好ましく、より好ましくは30分間以下とするのが良い。
【0030】
図1(a)〜(d)は、電解抽出に際して行う溶体化処理の有無および濾過時のフィルタの開孔径が抽出残渣量に及ぼす影響を示したグラフであり、実験試料には低炭素鋼の熱延板1kgを用い、前記図1(b)の試料には溶体化処理(1000℃×5分間)を施した。この図1における(a)と(b)を比較すると、溶体化処理を行うことによって、抽出残渣量が溶体化処理を行わない場合の10分の1程度にまで減少していることが分かる。このことは、鉄鋼試料に溶体化処理を施すことによって、鋼中に多量に存在している炭化物を固溶させ、抽出時の不溶残渣である炭化物の析出量を低減させることができたことを示している。
【0031】
清浄鋼中の介在物を精確に定量できるほど十分な量の介在物を確保するには、数kgオーダーの鉄鋼試料を用い、多量の鉄マトリックスを溶解することが必須である。従って介在物抽出時に用いる溶媒には、鉄イオンの溶解度が大きい液体を採用する必要がある。この様に鉄イオンの溶解度が大きい液体を溶媒に用いた方法として、塩化第一鉄水溶液を電解液とした定電流電解法、いわゆるスライム法が大変有効である。スライム法の概要を図2(模式図)に示す。
【0032】
本発明では、溶体化処理にスライム法を基本的に適用することとし、その詳細な条件について下記の通り検討を行った。図3は、スライム法で用いる塩化第一鉄水溶液のpH値を上昇させた場合のCaO含有介在物の溶損率の変化を調べた結果であり、試料別(RH脱ガス前のスラグ、RH脱ガス後のスラグ、およびモールドパウダー)に示している。
【0033】
実験には、CaO含有介在物の模擬試料として、鋳造中の実機の鋳型から採取したモールドパウダー、およびRH脱ガス処理前後の取鍋やタンディッシュ内で採取したスラグを冷却後に粉砕して、10〜44μm程度に粒度を調整した粉末スラグを用いた。pHを所定の値に調整した塩化第一鉄水溶液中に、前記粉末スラグおよびモールドパウダーを所定時間浸漬し、その後の水溶液中のCa濃度を測定して前記粉末スラグおよびモールドパウダーの溶損率を求めた。
【0034】
この結果より、塩化第一鉄水溶液のpHが3の場合には、いずれの試料についても溶損率が高いことから、精確に鋼中のCaO含有介在物の定量または粒度分布の測定を行うことができないと考えられる。本発明では、塩化第一鉄水溶液のpHを5以上に高めることによって、上記粉末スラグおよびモールドパウダーの溶損率、即ち抽出時のCaO含有介在物の溶損率を20質量%以下と介在物抽出に問題のないレベルにまで抑えることができたのである。
【0035】
一方、上記塩化第一鉄水溶液のpHが高すぎても、抽出時に水酸化鉄が析出しやすくなり、その後の介在物定量に悪影響を及ぼすので、上記塩化第一鉄水溶液のpHは7以下となるよう制御する必要がある。尚、前記塩化第一鉄水溶液のpHの好ましい下限は5.5で、上限は6.5である。
【0036】
CaO含有介在物は、上記スライム法で鉄マトリックス溶解後の溶液をフィルタ(前記図2に示したテトロンフィルタ)で濾過した後の残渣として得られる。以下では、濾過に用いるフィルタの孔径について調べた。
【0037】
前記図1の(b)〜(d)は、上述の条件(1000℃×5分間)で溶体化処理を行った試料を用いて定電流電解を行った後、開孔径の異なるフィルタ(開孔20μm、10μmおよび1μm)を用いてそれぞれ濾過を行い、得られた抽出残渣の量を比較したものである。尚、前記図1の(c)および(d)も、前述の図1における(a)および(b)と同様に低炭素鋼の熱延板1kgを用いて実験を行ったものである。
【0038】
この図1の(b)と(c)を比較すると、開孔径10μmのフィルタを用いた場合には、抽出残渣量が開孔径1μmの場合の3分の1程度にまで減少していることが分かる。また図1の(b)と(d)を比較すると、開孔径20μmのフィルタを用いた場合には、抽出残渣量が開孔径1μmの場合の4分の1程度にまで減少していることが分かる。これは、フィルタの孔径が小さすぎる場合には、適切な条件で溶体化処理を行っても鉄鋼材料の冷却過程で再析出する微細な炭化物が、濾過時に残渣として捕捉されることを示している。尚、溶体化処理後の試料は、直ちに水中で急冷するのが一般的である。この様に炭化物がCaO含有介在物とともに残渣として残ると、その後のCaO含有介在物の定量に悪影響を及ぼすため好ましくない。
【0039】
例えば、軸受け鋼の場合には、20μm程度の介在物が疲労破壊の起点となり得るが、スライム溶解時に、介在物は多少溶解してその粒径が小さくなるので、20μm以上の介在物を検出するためには、電気分解した後に(即ち、スライム法を適用した後に)、開孔径10μmのフィルタを用いて濾過したCaO含有介在物を対象とすることが好ましい。
【0040】
上記の様なスライム法を適用して、数kgオーダーの金属試料を溶解することによって、電解抽出時に発生する炭化物の析出量を極力抑制することができたのであるが、例えば高炭素鋼等を対象とした場合には、依然として炭化物が残存することがあり、金属試料中のCaO含有介在物を精確に定量できないことになる。そこで、本発明では、上記のようにスライム法によって金属試料を溶解したときに残留した残渣(CaO含有介在物を含む残渣:以下「スライム残渣と呼ぶ」)を更に弱酸水溶液で酸処理すれば、水酸化物からなる残渣が更に低減されることになり、金属試料中のCaO介在物が更に正確に定量できることが判明したのである。尚本発明で用いる「弱酸水溶液」とは、塩酸や硫酸等の各種酸の水溶液を意味し、CaO含有介在物を溶解しないという観点からして、pHを0.7〜2.0程度に調整することが好ましい。
【0041】
また、本発明者らが検討したところによれば、上記スライム法の代わりに、スライム法と同じ水溶液系溶液であるクエン酸ナトリウム溶液を用いた定電位電解法を適用した場合であっても、スライム法を適用した場合と同様に残渣として水酸化物が生成するので、上記と同様の効果が発揮されることが判明した。尚、上クエン酸ナトリウム水溶液とは、10%クエン酸ナトリウム−1.4%臭化カリウム−0.4%ヨウ化カリウム等が例示される。
【0042】
これに対して、ヨウ素―メタノール法等のハロゲンウ溶解法やアセチルアセトン法等の非水溶媒電解法では、上記の各方法と異なり残渣として水酸化物は形成されないので、酸処理のよる効果は期待できない。上記スライム法とクエン酸ナトリウム水溶液を用いた定電位電解法を比較すると、分析効果上の差異は認められないのであるが、鋼材試料の溶解質量を十分確保するという観点からすれば、スライム法の適用が好ましい。
【0043】
本発明者らは、酸による溶解効果について調査した。図4は溶液のpHと残渣が溶解する保持時間の関係を示したものである。調査方法としては、塩酸でpHを調整した弱酸水溶液500mlに、スライム溶解時の残渣0.4〜0.6g添加し、一定時間保持後にスライム残渣が全量溶解するか否かを調査したものである。このときの残渣としては、1000℃で30分溶体化処理した軸受鋼を試料とし、この軸受鋼100gを24時間かけてスライム溶解し、開孔径20μmフィルタで濾過し、このフィルタ上の残渣(0.4〜0.6g)を用いた。
【0044】
この結果から明らかなように、スライム残渣の溶解性は酸溶液のpHに依存する傾向が強く、pH1.5以下では1分以内に溶解するが、pHが2.0以上になると溶解し難いことが分かる。
【0045】
次に、塩酸でpHを調整した弱酸水溶液500mlに、サイズが20〜50μmの介在物を0.1g添加し、一定時間保持した。その後、開孔径1μmフィルタで濾過し、溶液中のAl,Caを分析して、溶けずに残った介在物の割合(以下、「介在物回収率」と呼ぶ)を調査した。このとき調査に用いた介在物は、CaOを含むスラグ系介在物として12CaO・7Al2O3を取り上げた。これは、スラグ系介在物として検出されるもののうち、この介在物が最も酸への溶解性が大きなものだからである。従って、その他のCaOを含んだスラグ系介在物は、これ以上の回収率となる。この12CaO・7Al2O3は、予めCaO試薬とAl2O3試薬の混合物を1500℃で溶解・冷却したものを粉砕して、サイズを20〜50μmになるように篩分けしたものを用いた。この結果を図5に示すが、スラグ系介在物の溶解性は、pH依存性が大きく、pH0.5以下では10秒程度で50%以上の介在物が溶解していることが分かる。尚、介在物の質量回収率は、体積回収率に等しく、この回収率が50%であることは介在物径が79%になることを意味する。従って、サイズが20μm以上の鋼中介在物を抽出する場合には、スライム残渣を篩分けするフィルタ径を20×0.79=16μm以上のものとし、EPMA等で観察する介在物は16μm以上のサイズのものを対象とすれば良い。
【0046】
前記図5で示したデータについて、介在物回収率が80%以上となる領域を調査した。その結果を図6に示すが、介在物回収率80%は介在物径が93%となることを意味する。従って、回収率が80%以上であれば元の介在物サイズとの大きな違いがなく、この条件下で処理すれば、より精度の高い介在物の評価ができることになる。
【0047】
前記図5、6の結果に基づいて、残渣を完全に溶解でき、且つ介在物回収率が50%以上となる領域は、図7のハッチングを示した部分となる。また、溶液のpHをX、溶液内での介在物保持時間(分)をYとして、前記図7に示した領域を近似式で示すと図8の様になる。即ち、残債が完全に溶解し、且つ介在物を50%以上回収できる条件は、下記(1)〜(4)式を満たす範囲となる。
【0048】
Y≦1.87・X+10.9 ‥(1)
Y≦30.9・X+210 ‥(2)
Y≧100・X−190 ‥(3)
Y≧0.25・X−0.1 ‥(4)
但し、X:水溶液のpH、Y:水溶液内の保持時間(分)
上記の様にして抽出されたCaO介在物の組成やサイズの測定に当たっては、残渣が極力低減されて、介在物が直接観察できる状態になっているので、既存の分析法でその形態を観察することができる。こうした分析法としては、前述した波長分散型またはエネルギー分散型のEPMA、レーザ励起−ICPの他、通常行われている光学顕微鏡等を採用することができる。
【0049】
本発明では、CaO含有介在物抽出の際の残渣を極力低減できるので、基本的に残渣が多量に発生し易い金属試料を対象としたときに特に有効であり、具体的にはC:0.2質量%以上およびCr:0.2質量%以上の少なくともいずれかを含有する金属試料であることが好ましい。こうした金属材料としては、基本的に高炭素鋼や高Cr鋼等の鉄鋼材料が挙げられるが、本発明で対象とする金属材料は鉄鋼材料に限らず、例えばCu基合金やNi基礎合金の様な非鉄金属材料も含む趣旨である。即ち、こうした非鉄金属材料においても、CaO含有介在物が生成することがあり、このCaO介在物を分析することによって非鉄金属材料の物性を評価する上で本発明方法は有用である。
【0050】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0051】
実施例1
C:1.0質量%、Cr:1.5質量%の軸受鋼をブルーム連鋳機械で鋳造し、分塊圧延、棒鋼圧延を経た棒鋼(直径:65mm)から、厚み約5mm、質量約100gの試料を切り出した。試料は異なる溶解−鋳造のものを3個選択した。得られた試料に1000℃で30分間の溶体化処理を施し、次いでpH6.0に調整した10%塩化第一鉄水溶液に浸漬させて定電流電解(電流密度:20A/cm2)した。このとき、電解槽内(前記図2参照)には、開孔径:10μmのテトロンフィルタをセットしておき、10μm以上の残渣および介在物をフィルタ内に捕捉した。
【0052】
次いで、テトロンフィルタ内に捕捉された介在物および残渣を、塩酸でpH=1.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径:1μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物を、EPMAにてそのサイズ(粒径)および組成を分析した。その結果を下記表1に示すが、従来では検出が困難であったCaOを含む介在物が検出されていることが分かる。
【0053】
【表1】
【0054】
参考例1
上記と同様にして捕捉された試料を、塩酸でpH=0.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径1μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物を、EPMAにてそのサイズ(粒径)および組成を分析した。その結果を下記表2に示すが、検出されたのはAl2O3系介在物のみであり、CaOを含む介在物は全く検出されなかった。このことから、この条件ではCaOを含む介在物が容易に溶損してしまったことは明らかであった。
【0055】
【表2】
【0056】
参考例2
上記と同様にして捕捉された試料を、塩酸でpH=2.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径1μmのフィルタで濾過したところ、多量の水酸化物がフィルタの目詰まりを引き起こし、濾過自体ができなかった。そこで、再度開孔径20μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物をEPMAにて観察したところ、多量の鉄水酸化物およびクロム水酸化物で覆われており、介在物の観察ができなかった。
【0057】
【発明の効果】
本発明は以上のように構成されており、介在物抽出に際して本発明で規定する如く金属試料の溶体化処理を行うとともに、塩化第一鉄水溶液やハロゲン有機溶媒を電解液に用いて定電流電解を行った後、弱酸水溶液によって酸処理を行うことによって、金属材料中の非金属介在物、特にCaO含有介在物の組成とサイズを精度よく測定できるようになった。この様な分析方法の実現によって、最終ユーザーにまで金属製品のCaO含有介在物に関する品質を保証できることとなった他、製品開発時の介在物の評価手段として有用な方法を提供できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【図1】溶体化処理の有無および濾過時のフィルタ孔径が抽出残渣量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図2】スライム法の概要を説明するための模式図である。
【図3】スライム法における電解液(塩化第一鉄水溶液)のpH上昇がCaO含有介在物の溶損率に及ぼす影響を、試料別(RH脱ガス前のスラグ、RH脱ガス後のスラグ、およびモールドパウダー)に示したグラフである。
【図4】弱酸水溶液のpHと溶液内での介在物保持時間が残渣の溶解性に与える影響を示したグラフである。
【図5】弱酸水溶液のpHと溶液内での介在物保持時間が介在物回収率に与える影響を示したグラフである。
【図6】介在物回収率を回収率80%で区別して示したグラフである。
【図7】残渣を完全に溶解でき、且つ介在物回収率が50%以上となる領域を示したグラフである。
【図8】図7に示した領域を近似式で示したグラフである。
【発明の属する技術分野】
本発明は、鉄鋼材料や非金属材料等の金属材料中に存在するのCaO含有介在物の有用な分析方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年の高清浄度鋼化の要求に伴い、例えば鋼板加工時の割れ等の原因となり易いCaO含有介在物の低減が必要とされている。前記CaO含有介在物の起源として、取鍋および連続鋳造タンディシュ内のスラグ、または鋳造時に用いるモールドパウダーが挙げられ、これらを起源とするCaO含有介在物を製造時に生じさせないようにする技術として、鋳造速度を低下させてモールドパウダーに起因するCaO含有介在物を低減させる方法が提案されている。また鋳型内のモールドパウダーを高粘度化させることによって、モールドパウダー系の介在物による欠陥を減少させる方法が既に報告されている(例えば、非特許文献1参照)。
【0003】
しかしながら、この様に製造時におけるCaO含有介在物の低減技術が進んでも、なお存在する鋼中の微量CaO含有介在物を精度よく評価することができなければ、上記技術によるCaO含有介在物低減の程度、および介在物低減による種々の特性の改善効果を確認することができず、最終製品の品質を保証することは難しい。こうしたことから、製品に有害なCaO含有介在物を低減するにあたっては、上記製造プロセスの改善とともに、改善効果を確認するための評価技術が必要となる。
【0004】
CaO含有介在物の分析に際しては、各種化学的処理法で金属成分を溶解して介在物を抽出した後、波長分散型またはエネルギー分散型のEPMA(ElectronProbe Microanalyzer)が用いられて介在物の分析が行われている。また、上記EPMAに代えて、金属試料上にレーザ光を照射させ、レーザ励起−ICP (Inductively Coupled Plasma)分析法によって得られるスペクトル強度の時間曲線の積分値を用いて非金属介在物の組成および粒径を測定する方法も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
一方、該介在物を抽出する方法として、代表的なものに酸分解法、非水溶媒電解法、ハロゲン溶解法、およびスライム法等が挙げられる。これらのうち酸分解法とは、85〜90℃程度に加熱した硫酸、硝酸またはその混合酸等の水溶液中で鉄鋼試料の鉄マトリックスを溶解し、残渣として残る介在物の組成やサイズを測定する方法である(例えば、特許文献2)。この方法は操作が比較的簡便であり、また残渣中に介在物とともに存在する炭化物や水酸化鉄の量が少ないため、顕微鏡やX線分光分析装置等による介在物の観察および測定が比較的容易であるという特長を有する。
【0006】
しかしながら酸分解法は、Al2O3等の化学的に安定な介在物の定量には適しているものの、酸に対して不安定であるCaOを含有する介在物に適用すると、その一部あるいは全部が抽出時に溶解してしまうため、CaO含有介在物の組成やサイズを精確に定量することができないといった問題がある。
【0007】
またハロゲン溶解法としては、例えばヨウ素−メタノール法や臭素−メタノール法が挙げられ、非水溶媒定電位電解法として、溶媒にアセチルアセトン−テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール系や、サリチル酸メチル−テトラメチルアンモニウムクロライド−メタノール系等を用いたものが挙げられる(特許文献3参照)。
【0008】
上記ハロゲン溶解法および非水溶媒定電位電解法は、いずれも介在物抽出工程において、介在物が溶媒中に溶解してその組成やサイズが変化することが少ないので、CaO含有介在物の抽出においても、該CaO含有介在物の溶損・欠損がほとんど生じないという点で抽出精度に優れている。しかし、ヨウ素−メタノール等のハロゲン類や、アセチルアセトンやサリチル酸メチル等の非水系溶媒は、鉄イオンの溶解度がかなり小さいので、多量の鉄鋼試料を溶解させることができず、1回の鉄鋼試料分の現実的な溶解量は1〜5g程度にとどまる。従って上記方法を清浄鋼に適用した場合には、精度よく定量できるほど介在物を確保することが難しく、清浄鋼の介在物評価に適した方法とはいえない。
【0009】
上記スライム法は、水溶液系容積を用いた定電流電解法の1種であり、塩化第一鉄(FeCl2)水溶液を電解液に用いて金属試料中の鉄マトリックスを溶解し、残渣として残った介在物の評価を顕微鏡やX線分光分析装置等を用いて行うというものである(例えば、特許文献4参照)。この方法の特長は、数kgと大量の鉄鋼試料を溶解することができるので、鋼中介在物量の少ない清浄鋼であっても信頼性のあるデータが得られる点にある。
【0010】
しかしながら従来のスライム法は、精確なデータが得られるものの、電解時に生成する水酸化鉄や炭化物が介在物とともに残渣として多量に残留することから、その後の介在物の定量分析や粒度分布の測定が困難であるといった問題を抱えていた。従来では、この様な介在物以外の不要残渣に対処するため、介在物と不要残渣の比重差を利用して流水中で介在物を分離する、いわゆる水簸法が用いられ、その装置として、介在物を分離するための概逆円錐型容器と複数の管を組み合わせたものが一般に使用されていた(例えば、非特許文献2、3参照)。しかし前記水簸法は、作業自体が煩雑であるのに加えて、目的とする介在物の散逸や損傷などの外乱が無視できないため、介在物のサイズや組成を精度よく測定することができないという問題を有している。
【0011】
この様にスライム法は、介在物量の少ない清浄鋼の介在物分析に適した方法であるにもかかわらず、上述の様な問題が存在するため、今まで有効に用いられていなかったというのが実情である。
【0012】
これまでにも上記スライム法を改善した技術が提案されており、例えば定電流電解に用いる電解液のpHを5.5〜7.2に制御し、かつ電解液の補給と排出を継続的に行い溶液中の水酸化鉄量を減少させて、酸化物系介在物を抽出する方法も示されている(例えば、特許文献5参照)。
【0013】
しかしこの方法では、抽出時に生じる水酸化鉄は減少するものの、多量に析出する炭化物に対しては対策がなされていないため、結果的に介在物のサイズや成分組成を精度良く測定することができない。また、電解液の補給および排出といった大掛かりな装置を要し、かつ作業も煩雑であることから簡便性に欠けるものでもある。
【0014】
上述の様に、鉄鋼試料の鉄マトリックスを溶解した場合、介在物の他に不要な炭化物の残渣が残る。該炭化物の残存量が多すぎると、介在物の化学成分分析や粒度分布測定等に悪影響が及ぶので何らかの低減対策が必要である。
【0015】
この様な炭化物の析出を抑制する方法として、例えば介在物抽出に際して試料に脱炭処理を施す方法が提示されている(例えば、特許文献6参照)。詳細には、厚みが5mm以下の鉄鋼試料を用い、水素−水蒸気ガス雰囲気中、800〜1000℃で50〜100時間の熱処理を行い、鋼中炭素含有量を0.01質量%以下にまで低減させることによって、抽出時に介在物とともに残る炭化物を少量に抑え、介在物定量に対する炭化物の影響を小さくするといったものである。
【0016】
しかしこの方法では、CaO含有介在物を構成する酸化物のうち、化学的に不安定なSiO2、Al2O3、MnOおよびFeO等が水素−水蒸気ガスにより還元されてしまい、介在物の化学組成が変化してしまう恐れがあるので、CaO含有介在物の如く化学的に不安定な介在物の抽出方法としては適当でない。また上記方法では、効率よく脱炭することを目的に、試料厚みを5mm以下と薄くしているが、数kgオーダーの鉄鋼試料を用いる場合には準備作業が煩雑となり簡便性に欠ける。
【0017】
また別の炭化物低減技術として、介在物抽出に際して鉄鋼試料に溶体化処理を施す方法も提案されている(例えば、非特許文献4参照)。この技術では、軸受鋼を対象とし、酸分解法や臭素−メタノール法で鉄マトリックスを溶解する前に、予め鉄鋼試料に1100℃で溶体化処理を施して、酸化物系介在物の定量に与える炭化物の影響を小さくすることが報告されている。しかしながら、前記技術で採用している酸分解法は、上述の様に、酸に対して不安定であるCaO含有介在物の一部あるいは全部が抽出時に溶解してしまうといった問題を有し、また臭素−メタノール法では多量の鉄鋼試料を溶解できないことから、いずれにしてもCaO含有介在物を精度よく測定することは難しい。
【0018】
更に、鉄鋼試料に溶体化処理を施し、該試料を非水系溶媒中で電気分解した後、種々の薬品で二次処理を行って、含Ca酸化物系、含Na酸化物系および含K酸化物系介在物を定量的に回収する方法も提案されている(例えば、特許文献7参照)。しかしこの方法では、二次処理まで行う必要があることから、迅速にCaO含有介在物の定量等を行うには適さない。
【0019】
【非特許文献1】
CAMPS−ISIJ vol.8(1995) p.1061
【特許文献1】
特開2001−242144号公報 特許請求の範囲
【特許文献2】
特開平9−209075号公報 特許請求の範囲
【特許文献3】
特開平6−174716号公報 特許請求の範囲
【特許文献4】
特開昭59−141035号公報 第2頁左下欄第13〜15行
【非特許文献2】
「鉄と鋼」 61 (1975),2490
【非特許文献3】
「鉄と鋼」 60 (1974),S654
【特許文献5】
特開昭63−115047号公報、特許請求の範囲
【特許文献6】
特許第2930536号公報、特許請求の範囲
【非特許文献4】
CAMPS−ISIJ vol.7(1994) p.380
【特許文献7】
特開2000−206108号公報
【0020】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上述の様な問題に鑑みてなされたものであって、その目的は、介在物の定量を阻害する炭化物の影響を最小限に抑制し、化学的に不安定なCaO含有介在物を損失・欠損させることなく抽出して、金属中のCaO含有介在物を精度よく定量することのできる方法を提供することにある。
【0021】
【課題を解決するための手段】
本発明に係る金属中のCaO含有介在物の分析方法とは、予め800℃以上の温度で溶体化処理を施した金属試料を、水溶液系溶液中で電気分解した後、弱酸水溶液で酸処理することによりCaO含有介在物を抽出し、該CaO含有介在物の定量分析および/または粒度分布測定を行う点に要旨を有するものである。尚、上記CaO含有介在物とは、Al2O3、SiO2、MnO、MgO、Na2O、およびFeOよりなる群から選択される少なくとも1種の酸化物とCaOとの複合酸化物(例えばCaO−Al2O3、CaO−SiO2、CaO−Al2O3−SiO2等が挙げられる)であって、CaOの割合が5質量%以上のものをいう。また、水溶液系溶液を用いた電解法としては、塩化第一鉄水溶液中で定電流電解する方法(スライム法)や、クエン酸ナトリウム水溶液中で定電位電解する方法等が挙げられるが、大量の鉄鋼試料を溶解するには鉄溶解度の高いスライム法が好ましい。
【0022】
上記本発明方法においては、電気分解した後に、開孔径10μmのフィルタを通過しないCaO含有介在物を対象として酸処理を行うことが好ましい。また、酸処理に際して、弱酸水溶液のpHをX、弱酸水溶液中の試料の保持時間(分)をYとしたとき、下記(1)〜(4)式の関係式を満足する範囲内で酸処理することが好ましい。
【0023】
Y≦1.87・X+10.9 ‥(1)
Y≦30.94・X+21.0 ‥(2)
Y≧100・X−190 ‥(3)
Y≧0.25・X−0.1 ‥(4)
本発明方法では、CaO含有介在物抽出の際の残渣を極力低減できるので、基本的に残渣が多量に発生し易い金属試料を対象としたときに特に有効であり、具体的にはC:0.2質量%以上およびCr:0.2質量%以上の少なくともいずれかを含有する金属試料であることが好ましい。
【0024】
【発明の実施の形態】
本発明者らは、前述した様な状況の下で、清浄鋼中のCaO含有介在物を精確に定量評価することを最終目標に、数kgオーダーの鉄鋼試料を用いることができ、介在物の定量を阻害する炭化物および水酸化物の影響を最小限に抑制して、化学的に不安定なCaO含有介在物を溶損・欠損させることなく抽出できる、鋼中CaO含有介在物の分析方法の実現を目指して鋭意研究を行った。その結果、介在物抽出に際して金属試料の溶体化処理を行うとともに、pHを一定範囲内に制御した塩化第一鉄水溶液を電解液に用いて定電流電解を行えば、CaO含有介在物の定量分析および/または粒度分布の測定を精度よく行えることが分かり、その技術的意義が認められたので先に出願している(特願2001−146512号)。
【0025】
上記技術の開発によって、一応の効果が認められたのであるが、この技術によっても若干の改良すべき問題があった。即ち、上記分析法では、炭化物の少ない低炭素鋼や低Cr鋼では問題なくCaO含有介在物の分析が行えたのであるが、軸受鋼等の高炭素鋼や高Cr鋼を試料とした場合には、上記の溶体化処理を行っても炭化物が十分に減少せず、分析精度が若干低下することがあった。
【0026】
そこで本発明者らは、高炭素鋼や高Cr鋼を試料とした場合であっても、残渣が十分に減少されて介在物が正確に分析できる技術を確立するべく、更に検討を重ねた。その結果、スライム法によって処理した後に、弱酸水溶液による酸処理を行えば、測定精度が更に向上し得ることが判明したのである。即ち、上記スライム法によって処理した後の残渣では、上記溶体化処理によって炭化物が低減された状態となっているのであるが、スライム溶解時に依然として残留する残渣は主として水酸化物となり、これを弱酸水溶液によって酸処理すれば大半の残渣が分解でき、これによって既存の様々な分析法による介在物の直接観察が容易に達成されたのである。
【0027】
本発明方法では、金属試料に対して800℃以上の温度で溶体化処理する必要がある。介在物の抽出に際して金属試料に溶体化処理を施すことは、炭化物が介在物定量に及ぼす悪影響を最小限に抑制する上で大変有効である。しかしその処理温度が低すぎると、炭化物の分解効果が不十分であり、抽出時に該炭化物がCaO含有介在物とともに多量に残渣として残ってしまう。従って、溶体化処理の温度は800℃以上とする必要があり、好ましくは900℃以上とするのが良い。
【0028】
溶体化処理温度上限については特に限定するものではないが、高すぎる場合には、鉄酸化物が析出し、抽出時にCaO含有介在物とともに該鉄酸化物が残存することとなるので、介在物の分析を良好に行うことができないことがある。こうした観点から、溶体化処理は1100℃以下とすることが好ましく、より好ましくは1000℃以下で行うのが良い。
【0029】
尚、適正な温度で溶体化処理を行う場合であっても、その処理時間が短すぎると炭化物を十分に分解させることができないので、3分間以上、好ましくは10分間以上行うことが好ましい。但し、溶体化処理時間が長すぎると、酸化鉄が多量に析出して介在物の定量に悪影響を及ぼすことがあるので、60分間以下であることが好ましく、より好ましくは30分間以下とするのが良い。
【0030】
図1(a)〜(d)は、電解抽出に際して行う溶体化処理の有無および濾過時のフィルタの開孔径が抽出残渣量に及ぼす影響を示したグラフであり、実験試料には低炭素鋼の熱延板1kgを用い、前記図1(b)の試料には溶体化処理(1000℃×5分間)を施した。この図1における(a)と(b)を比較すると、溶体化処理を行うことによって、抽出残渣量が溶体化処理を行わない場合の10分の1程度にまで減少していることが分かる。このことは、鉄鋼試料に溶体化処理を施すことによって、鋼中に多量に存在している炭化物を固溶させ、抽出時の不溶残渣である炭化物の析出量を低減させることができたことを示している。
【0031】
清浄鋼中の介在物を精確に定量できるほど十分な量の介在物を確保するには、数kgオーダーの鉄鋼試料を用い、多量の鉄マトリックスを溶解することが必須である。従って介在物抽出時に用いる溶媒には、鉄イオンの溶解度が大きい液体を採用する必要がある。この様に鉄イオンの溶解度が大きい液体を溶媒に用いた方法として、塩化第一鉄水溶液を電解液とした定電流電解法、いわゆるスライム法が大変有効である。スライム法の概要を図2(模式図)に示す。
【0032】
本発明では、溶体化処理にスライム法を基本的に適用することとし、その詳細な条件について下記の通り検討を行った。図3は、スライム法で用いる塩化第一鉄水溶液のpH値を上昇させた場合のCaO含有介在物の溶損率の変化を調べた結果であり、試料別(RH脱ガス前のスラグ、RH脱ガス後のスラグ、およびモールドパウダー)に示している。
【0033】
実験には、CaO含有介在物の模擬試料として、鋳造中の実機の鋳型から採取したモールドパウダー、およびRH脱ガス処理前後の取鍋やタンディッシュ内で採取したスラグを冷却後に粉砕して、10〜44μm程度に粒度を調整した粉末スラグを用いた。pHを所定の値に調整した塩化第一鉄水溶液中に、前記粉末スラグおよびモールドパウダーを所定時間浸漬し、その後の水溶液中のCa濃度を測定して前記粉末スラグおよびモールドパウダーの溶損率を求めた。
【0034】
この結果より、塩化第一鉄水溶液のpHが3の場合には、いずれの試料についても溶損率が高いことから、精確に鋼中のCaO含有介在物の定量または粒度分布の測定を行うことができないと考えられる。本発明では、塩化第一鉄水溶液のpHを5以上に高めることによって、上記粉末スラグおよびモールドパウダーの溶損率、即ち抽出時のCaO含有介在物の溶損率を20質量%以下と介在物抽出に問題のないレベルにまで抑えることができたのである。
【0035】
一方、上記塩化第一鉄水溶液のpHが高すぎても、抽出時に水酸化鉄が析出しやすくなり、その後の介在物定量に悪影響を及ぼすので、上記塩化第一鉄水溶液のpHは7以下となるよう制御する必要がある。尚、前記塩化第一鉄水溶液のpHの好ましい下限は5.5で、上限は6.5である。
【0036】
CaO含有介在物は、上記スライム法で鉄マトリックス溶解後の溶液をフィルタ(前記図2に示したテトロンフィルタ)で濾過した後の残渣として得られる。以下では、濾過に用いるフィルタの孔径について調べた。
【0037】
前記図1の(b)〜(d)は、上述の条件(1000℃×5分間)で溶体化処理を行った試料を用いて定電流電解を行った後、開孔径の異なるフィルタ(開孔20μm、10μmおよび1μm)を用いてそれぞれ濾過を行い、得られた抽出残渣の量を比較したものである。尚、前記図1の(c)および(d)も、前述の図1における(a)および(b)と同様に低炭素鋼の熱延板1kgを用いて実験を行ったものである。
【0038】
この図1の(b)と(c)を比較すると、開孔径10μmのフィルタを用いた場合には、抽出残渣量が開孔径1μmの場合の3分の1程度にまで減少していることが分かる。また図1の(b)と(d)を比較すると、開孔径20μmのフィルタを用いた場合には、抽出残渣量が開孔径1μmの場合の4分の1程度にまで減少していることが分かる。これは、フィルタの孔径が小さすぎる場合には、適切な条件で溶体化処理を行っても鉄鋼材料の冷却過程で再析出する微細な炭化物が、濾過時に残渣として捕捉されることを示している。尚、溶体化処理後の試料は、直ちに水中で急冷するのが一般的である。この様に炭化物がCaO含有介在物とともに残渣として残ると、その後のCaO含有介在物の定量に悪影響を及ぼすため好ましくない。
【0039】
例えば、軸受け鋼の場合には、20μm程度の介在物が疲労破壊の起点となり得るが、スライム溶解時に、介在物は多少溶解してその粒径が小さくなるので、20μm以上の介在物を検出するためには、電気分解した後に(即ち、スライム法を適用した後に)、開孔径10μmのフィルタを用いて濾過したCaO含有介在物を対象とすることが好ましい。
【0040】
上記の様なスライム法を適用して、数kgオーダーの金属試料を溶解することによって、電解抽出時に発生する炭化物の析出量を極力抑制することができたのであるが、例えば高炭素鋼等を対象とした場合には、依然として炭化物が残存することがあり、金属試料中のCaO含有介在物を精確に定量できないことになる。そこで、本発明では、上記のようにスライム法によって金属試料を溶解したときに残留した残渣(CaO含有介在物を含む残渣:以下「スライム残渣と呼ぶ」)を更に弱酸水溶液で酸処理すれば、水酸化物からなる残渣が更に低減されることになり、金属試料中のCaO介在物が更に正確に定量できることが判明したのである。尚本発明で用いる「弱酸水溶液」とは、塩酸や硫酸等の各種酸の水溶液を意味し、CaO含有介在物を溶解しないという観点からして、pHを0.7〜2.0程度に調整することが好ましい。
【0041】
また、本発明者らが検討したところによれば、上記スライム法の代わりに、スライム法と同じ水溶液系溶液であるクエン酸ナトリウム溶液を用いた定電位電解法を適用した場合であっても、スライム法を適用した場合と同様に残渣として水酸化物が生成するので、上記と同様の効果が発揮されることが判明した。尚、上クエン酸ナトリウム水溶液とは、10%クエン酸ナトリウム−1.4%臭化カリウム−0.4%ヨウ化カリウム等が例示される。
【0042】
これに対して、ヨウ素―メタノール法等のハロゲンウ溶解法やアセチルアセトン法等の非水溶媒電解法では、上記の各方法と異なり残渣として水酸化物は形成されないので、酸処理のよる効果は期待できない。上記スライム法とクエン酸ナトリウム水溶液を用いた定電位電解法を比較すると、分析効果上の差異は認められないのであるが、鋼材試料の溶解質量を十分確保するという観点からすれば、スライム法の適用が好ましい。
【0043】
本発明者らは、酸による溶解効果について調査した。図4は溶液のpHと残渣が溶解する保持時間の関係を示したものである。調査方法としては、塩酸でpHを調整した弱酸水溶液500mlに、スライム溶解時の残渣0.4〜0.6g添加し、一定時間保持後にスライム残渣が全量溶解するか否かを調査したものである。このときの残渣としては、1000℃で30分溶体化処理した軸受鋼を試料とし、この軸受鋼100gを24時間かけてスライム溶解し、開孔径20μmフィルタで濾過し、このフィルタ上の残渣(0.4〜0.6g)を用いた。
【0044】
この結果から明らかなように、スライム残渣の溶解性は酸溶液のpHに依存する傾向が強く、pH1.5以下では1分以内に溶解するが、pHが2.0以上になると溶解し難いことが分かる。
【0045】
次に、塩酸でpHを調整した弱酸水溶液500mlに、サイズが20〜50μmの介在物を0.1g添加し、一定時間保持した。その後、開孔径1μmフィルタで濾過し、溶液中のAl,Caを分析して、溶けずに残った介在物の割合(以下、「介在物回収率」と呼ぶ)を調査した。このとき調査に用いた介在物は、CaOを含むスラグ系介在物として12CaO・7Al2O3を取り上げた。これは、スラグ系介在物として検出されるもののうち、この介在物が最も酸への溶解性が大きなものだからである。従って、その他のCaOを含んだスラグ系介在物は、これ以上の回収率となる。この12CaO・7Al2O3は、予めCaO試薬とAl2O3試薬の混合物を1500℃で溶解・冷却したものを粉砕して、サイズを20〜50μmになるように篩分けしたものを用いた。この結果を図5に示すが、スラグ系介在物の溶解性は、pH依存性が大きく、pH0.5以下では10秒程度で50%以上の介在物が溶解していることが分かる。尚、介在物の質量回収率は、体積回収率に等しく、この回収率が50%であることは介在物径が79%になることを意味する。従って、サイズが20μm以上の鋼中介在物を抽出する場合には、スライム残渣を篩分けするフィルタ径を20×0.79=16μm以上のものとし、EPMA等で観察する介在物は16μm以上のサイズのものを対象とすれば良い。
【0046】
前記図5で示したデータについて、介在物回収率が80%以上となる領域を調査した。その結果を図6に示すが、介在物回収率80%は介在物径が93%となることを意味する。従って、回収率が80%以上であれば元の介在物サイズとの大きな違いがなく、この条件下で処理すれば、より精度の高い介在物の評価ができることになる。
【0047】
前記図5、6の結果に基づいて、残渣を完全に溶解でき、且つ介在物回収率が50%以上となる領域は、図7のハッチングを示した部分となる。また、溶液のpHをX、溶液内での介在物保持時間(分)をYとして、前記図7に示した領域を近似式で示すと図8の様になる。即ち、残債が完全に溶解し、且つ介在物を50%以上回収できる条件は、下記(1)〜(4)式を満たす範囲となる。
【0048】
Y≦1.87・X+10.9 ‥(1)
Y≦30.9・X+210 ‥(2)
Y≧100・X−190 ‥(3)
Y≧0.25・X−0.1 ‥(4)
但し、X:水溶液のpH、Y:水溶液内の保持時間(分)
上記の様にして抽出されたCaO介在物の組成やサイズの測定に当たっては、残渣が極力低減されて、介在物が直接観察できる状態になっているので、既存の分析法でその形態を観察することができる。こうした分析法としては、前述した波長分散型またはエネルギー分散型のEPMA、レーザ励起−ICPの他、通常行われている光学顕微鏡等を採用することができる。
【0049】
本発明では、CaO含有介在物抽出の際の残渣を極力低減できるので、基本的に残渣が多量に発生し易い金属試料を対象としたときに特に有効であり、具体的にはC:0.2質量%以上およびCr:0.2質量%以上の少なくともいずれかを含有する金属試料であることが好ましい。こうした金属材料としては、基本的に高炭素鋼や高Cr鋼等の鉄鋼材料が挙げられるが、本発明で対象とする金属材料は鉄鋼材料に限らず、例えばCu基合金やNi基礎合金の様な非鉄金属材料も含む趣旨である。即ち、こうした非鉄金属材料においても、CaO含有介在物が生成することがあり、このCaO介在物を分析することによって非鉄金属材料の物性を評価する上で本発明方法は有用である。
【0050】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【0051】
実施例1
C:1.0質量%、Cr:1.5質量%の軸受鋼をブルーム連鋳機械で鋳造し、分塊圧延、棒鋼圧延を経た棒鋼(直径:65mm)から、厚み約5mm、質量約100gの試料を切り出した。試料は異なる溶解−鋳造のものを3個選択した。得られた試料に1000℃で30分間の溶体化処理を施し、次いでpH6.0に調整した10%塩化第一鉄水溶液に浸漬させて定電流電解(電流密度:20A/cm2)した。このとき、電解槽内(前記図2参照)には、開孔径:10μmのテトロンフィルタをセットしておき、10μm以上の残渣および介在物をフィルタ内に捕捉した。
【0052】
次いで、テトロンフィルタ内に捕捉された介在物および残渣を、塩酸でpH=1.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径:1μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物を、EPMAにてそのサイズ(粒径)および組成を分析した。その結果を下記表1に示すが、従来では検出が困難であったCaOを含む介在物が検出されていることが分かる。
【0053】
【表1】
【0054】
参考例1
上記と同様にして捕捉された試料を、塩酸でpH=0.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径1μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物を、EPMAにてそのサイズ(粒径)および組成を分析した。その結果を下記表2に示すが、検出されたのはAl2O3系介在物のみであり、CaOを含む介在物は全く検出されなかった。このことから、この条件ではCaOを含む介在物が容易に溶損してしまったことは明らかであった。
【0055】
【表2】
【0056】
参考例2
上記と同様にして捕捉された試料を、塩酸でpH=2.5に調整した水溶液中に入れ、3分間保持した。その後直ちに、開孔径1μmのフィルタで濾過したところ、多量の水酸化物がフィルタの目詰まりを引き起こし、濾過自体ができなかった。そこで、再度開孔径20μmのフィルタで濾過し、濾紙上の介在物をダイスに貼り付けた。このダイス上の介在物をEPMAにて観察したところ、多量の鉄水酸化物およびクロム水酸化物で覆われており、介在物の観察ができなかった。
【0057】
【発明の効果】
本発明は以上のように構成されており、介在物抽出に際して本発明で規定する如く金属試料の溶体化処理を行うとともに、塩化第一鉄水溶液やハロゲン有機溶媒を電解液に用いて定電流電解を行った後、弱酸水溶液によって酸処理を行うことによって、金属材料中の非金属介在物、特にCaO含有介在物の組成とサイズを精度よく測定できるようになった。この様な分析方法の実現によって、最終ユーザーにまで金属製品のCaO含有介在物に関する品質を保証できることとなった他、製品開発時の介在物の評価手段として有用な方法を提供できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【図1】溶体化処理の有無および濾過時のフィルタ孔径が抽出残渣量に及ぼす影響を示したグラフである。
【図2】スライム法の概要を説明するための模式図である。
【図3】スライム法における電解液(塩化第一鉄水溶液)のpH上昇がCaO含有介在物の溶損率に及ぼす影響を、試料別(RH脱ガス前のスラグ、RH脱ガス後のスラグ、およびモールドパウダー)に示したグラフである。
【図4】弱酸水溶液のpHと溶液内での介在物保持時間が残渣の溶解性に与える影響を示したグラフである。
【図5】弱酸水溶液のpHと溶液内での介在物保持時間が介在物回収率に与える影響を示したグラフである。
【図6】介在物回収率を回収率80%で区別して示したグラフである。
【図7】残渣を完全に溶解でき、且つ介在物回収率が50%以上となる領域を示したグラフである。
【図8】図7に示した領域を近似式で示したグラフである。
Claims (5)
- 予め800℃以上の温度で溶体化処理を施した金属試料を、水溶液系溶液中で電気分解した後、弱酸水溶液で酸処理することによりCaO含有介在物を抽出し、該CaO含有介在物の定量分析および/または粒度分布測定を行うことを特徴とする金属中のCaO含有介在物の分析方法。
- 前記水溶液系溶液が塩化第一鉄水溶液であり、この水溶液中で金属材料を定電流電解する請求項1に記載の金属中のCaO含有介在物の分析方法。
- 電気分解した後に、開孔径10μmのフィルタを通過しないCaO含有介在物を対象として弱酸処理を行う請求項1または2に記載の金属中のCaO含有介在物の分析方法。
- 弱酸水溶液のpHをX、弱酸水溶液中の金属試料の保持時間(分)をYとしたとき、下記(1)〜(4)式の関係式を満足する範囲内で酸処理する請求項1〜3のいずれかに記載の金属中のCaO含有介在物の分析方法。
Y≦1.87・X+10.9 ‥(1)
Y≦30.94・X+21.0 ‥(2)
Y≧100・X−190 ‥(3)
Y≧0.25・X−0.1 ‥(4) - 金属試料がC:0.2質量%以上およびCr:0.2質量%以上の少なくともいずれかを含有するものである請求項1〜4のいずれかに記載の金属中のCaO含有介在物の分析方法。
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