JP2004167236A - 気管移植片の調製方法、気管移植片、凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法 - Google Patents

気管移植片の調製方法、気管移植片、凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法 Download PDF

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Abstract

【課題】 移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに保存安定性に優れる気管移植片の簡易な調製方法、このようにして調製された気管移植片、気管移植片を調製する際に有用な凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法を提供すること。
【解決手段】 本発明の気管移植片の調製方法は、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dと、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる段階eを備えてなることを特徴とする。
【選択図】 なし



Description

本発明は、気管移植片の調製方法、気管移植片、凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法に関する。
今日、心臓移植や肝臓移植ほど注目はされてはいないものの、呼吸器外科領域において、気管移植は非常に関心が高いテーマである。気管は成人でおよそ10センチ程度の筒状の臓器であるが、悪性腫瘍などに冒されると非常に治療が困難とされている。頭頚部や気管が悪性腫瘍に冒された場合などにおいて病変部位を切除するとなると、切除分の気管を何らかの方法で補填する治療法が必要になる。その一つの方法として、古くから人工気管を用いた治療法の研究が進められている。人工気管の素材の研究は、金属やグラスファイバなどの人工材料から始まり、現在では生体親和性に富んだダクロン(商品名)やゴアテックス(商品名)などの高分子材料、さらには生体吸収材料へと進化している。しかしながら、人工気管である限り、移植後には周辺組織からこれらの素材への細胞浸潤と組織再生を待つ必要があり、また、この間の感染防止対策はできても、その後の生体反応を解決することはできない。さらに、人工気管を患者に移植した場合、植埋部分において生体反応による狭窄が起こることがあるといった問題もある。そこで、他人またはヒト以外の動物の気管片を出発材料にした気管移植片を用いた治療法が注目されている。
気管移植片には、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであることが要求される。また、気管移植片は保存安定性に優れるとともにその調製を簡易に行うことができることが望ましい。
本発明者らが知る限りにおいて、気管移植片に言及した移植片の調製方法に関する特許文献としては下記の特許文献1のみが存在する。但し、特許文献1には気管移植片に関する具体的な記載は一切ない。この文献においては、移植後の免疫拒絶反応を抑制するため、移植片の調製に際し、抗原反応性細胞を除去して無細胞化コラーゲン基質片(マトリックス片)を得ることが提案されており、その方法として、トリプシンなどのプロテアーゼを用いて細胞消化を行う方法やエチレンジアミン四酢酸などのイオン特異的錯化剤を用いる方法が記載されている。なるほど、これらの方法によれば、抗原反応性細胞の除去を徹底して行うことができるであろうが、これらの方法では、コラーゲン基質の加水分解や脱Ca++イオン現象なども引き起こすので、その組織結合強度に悪影響を及ぼす問題がある。また、この文献においては、抗原反応性細胞を除去した後の洗浄を無菌生理食塩水で行うとされている。しかしながら、プロテアーゼを用いて抗原反応性細胞を除去した後に生理食塩水で洗浄を行った場合、マトリックス片に残存していたプロテアーゼが活性を示し、さらなるコラーゲン基質の加水分解などを引き起こすことが懸念される。また、移植片の保存安定性に鑑みれば、移植片は凍結乾燥保存できることが望ましいところ、生理食塩水で洗浄したマトリックス片に対して凍結乾燥を行った場合、生理食塩水に由来する塩類の結晶化により、凍結乾燥移植片の吸湿性が高まってその保存安定性が損なわれたり、組織破壊が起こったりする可能性や、凍結乾燥移植片を再膨潤させる際に等張化に時間を要するといった問題がある。よって、この文献に記載された方法には、種々の改善すべき点があると言わざるを得ない。
移植後に免疫拒絶反応が起こらない移植片の調製に際し、抗原反応性細胞を除去してマトリックス片を得る方法は、上記の特許文献1の他にもいくつかの特許文献において種々の方法が提案されている。但し、上記の通り、特許文献1を除けば、気管移植片について言及している特許文献は本発明者らが知る限りにおいて存在しない。例えば、特許文献2においては、抗原反応性細胞を除去する方法として、プロテアーゼ阻害剤を混合した非イオン性界面活性剤で洗浄してからドデシル硫酸ナトリウムなどの陰イオン性界面活性剤で洗浄するという二段階洗浄方法が推奨されている。しかしながら、この方法は、第一洗浄において細胞質性細胞膜を破壊して除去するとともに放出されたプロテアーゼによるコラーゲン基質の変性を抑制し、第二洗浄において核膜や核内容物を溶解するというものであるが、第一洗浄においてプロテアーゼ阻害剤が非イオン性界面活性剤による細胞質性細胞膜の除去を阻害する可能性があることを否定できないことに加え、第二洗浄で用いる陰イオン性界面活性剤がコラーゲン基質とイオン結合することでその洗浄による除去が困難になる恐れがある。
結局のところ、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに、保存安定性に優れる気管移植片を特許文献1に従って調製しようとした場合には、プロテアーゼやイオン特異的錯化剤の作用による気管マトリックス片の変性が懸念される一方、特許文献2に従って調製しようとした場合には、抗原反応性細胞が十分に除去されなかったり、陰イオン性界面活性剤が気管マトリックス片に残存してしまったりすることが懸念され、いずれの方法も一長一短であるということになる。
ここで、従来の技術について特記しておきたい事項は、非イオン性界面活性剤は、抗原反応性細胞をその細胞膜を破壊して除去するにあたり有用な洗浄剤であるということは従前より知られているところであるが、非イオン性界面活性剤だけを用いて洗浄しても抗原反応性細胞は十分に除去できないと認識されていたということである。上記の特許文献1や特許文献2の他、下記の特許文献3や特許文献4にも抗原反応性細胞を除去するに際して非イオン性界面活性剤は有用な洗浄剤であることが記載されている。しかしながら、いずれの特許文献にも、非イオン性界面活性剤だけを用いて抗原反応性細胞を除去したという実験データは記載されていない。すべての特許文献が、非イオン性界面活性剤だけを用いて洗浄しても抗原反応性細胞は十分に除去できないという認識のもとに、プロテアーゼやイオン特異的錯化剤や陰イオン性界面活性剤との組み合わせを採用するに至っているという事実がある。
特開2002−507907号公報 特公平5−50295号公報 特開平6−261933号公報 特表平9−510108号公報
本発明は、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに保存安定性に優れる気管移植片の簡易な調製方法、このようにして調製された気管移植片、気管移植片を調製する際に有用な凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法を提供することを目的とする。
本発明者らは上記の点に鑑みて種々の検討を行った結果、気管移植片の調製に際しては、意外にも、気管片を非イオン性界面活性剤のみで洗浄することでも抗原反応性細胞の除去が十分に行えることを見出した。非イオン性界面活性剤のみで洗浄することで抗原反応性細胞の除去が十分に行えるのであれば、プロテアーゼやイオン特異的錯化剤や陰イオン性界面活性剤を組み合わせて用いる必要がないので、気管マトリックス片に対するこれらの成分に起因する悪影響を回避することができる。また、非イオン性界面活性剤のみであれば無菌水での洗浄でその除去が十分に行えるので、保存安定性や再膨潤の容易性に優れた凍結乾燥気管マトリックス片を調製することができる。よって、この知見によれば、結果として、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに保存安定性に優れる気管移植片の調製を簡易であるにもかかわらず確実に実行できることが判明した。
本発明は上記の知見に基づいて完成されたものであり、本発明の気管損傷を有する患者に移植するための気管移植片の調製方法は、請求項1記載の通り、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dと、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる段階eを備えてなることを特徴とする。
また、請求項2記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階a〜段階eのいずれかの段階を行う前に気管片の内腔にステントを挿入してその後の工程を行うことを特徴とする。
また、請求項3記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階aを室温における洗浄とそれに続く氷冷下における洗浄の二段階洗浄とすることを特徴とする。
また、請求項4記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階aにおいて用いる非イオン性界面活性剤がポリエチレングリコールtert−オクチルフェニルエーテルであることを特徴とする。
また、請求項5記載の方法は、請求項1記載の方法において、凍結乾燥気管マトリックス片を滅菌することを特徴とする。
また、請求項6記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階dを細胞増殖因子を添加したゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水を用いて行うことを特徴とする。
また、請求項7記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階eにおいて線維芽細胞および/または気管上皮細胞の播種を生体接着剤に懸濁して行うことを特徴とする。
また、請求項8記載の方法は、請求項7記載の方法において、生体接着剤がフィブリン糊であることを特徴とする。
また、請求項9記載の方法は、請求項1記載の方法において、段階eにおいて線維芽細胞を再膨潤化気管マトリックス片の内壁面とともに外壁面にも増殖させることを特徴とする。
また、本発明の気管移植片は、請求項10記載の通り、気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dと、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる段階eを経て調製されてなることを特徴とする。
また、本発明の凍結乾燥気管マトリックス片は、請求項11記載の通り、気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cを経て調製されてなることを特徴とする。
また、本発明の気管損傷を有する患者に移植するための気管移植片の調製方法は、請求項12記載の通り、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dを備えてなることを特徴とする。
また、本発明の気管移植片は、請求項13記載の通り、気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dを経て調製されてなることを特徴とする。
また、本発明のスカホールド(scaffold)への細胞の播種方法は、請求項14記載の通り、細胞を生体接着剤に懸濁して行うことを特徴とする。
また、請求項15記載の方法は、請求項14記載の方法において、生体接着剤がフィブリン糊であることを特徴とする。
本発明によれば、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに保存安定性に優れる気管移植片の簡易な調製方法、このようにして調製された気管移植片、気管移植片を調製する際に有用な凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法が提供される。
本発明の気管損傷を有する患者に移植するための気管移植片の調製方法は、複数の段階を備えるものであるが、まず、段階aとして、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞(気管上皮細胞、線維芽細胞、気管平滑筋細胞、軟骨細胞など)を除去する工程を行い、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を得る。この気管マトリックス片はコラーゲン主体の無細胞化片であるため、出発材料となる気管片として移植を受ける患者自身のものを用いる場合はもちろんのこと、他人またはヒト以外の動物のものを用いる場合であっても移植後に免疫拒絶反応が起こることがない。ここで「実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄する」とは、抗原反応性細胞を除去する機能を有する物質として非イオン性界面活性剤のみを使用して洗浄することを意味する。プロテアーゼやイオン特異的錯化剤や陰イオン性界面活性剤を用いた場合には種々の不都合があることは上記の通りである。非イオン性界面活性剤としては、ポリエチレングリコールtert−オクチルフェニルエーテルやポリオキシエチレンソルビタンモノオレートなど種々のものを用いることができるが、中でもポリエチレングリコールtert−オクチルフェニルエーテルが好適に用いられる。商品名:トリトン(Triton)X−100(米国Sigma Chem社)は容易に入手し得るポリエチレングリコールtert−オクチルフェニルエーテルの代表的な製品である。気管片の洗浄は、室温〜37℃における洗浄とそれに続く氷冷下における洗浄の二段階にて行うことが望ましい。具体的には、例えば、トリトンX−100と無菌水(滅菌蒸留水や滅菌高純度精製水など)から0.1〜10%のトリトンX−100水溶液を調製し、ここに気管片を浸漬し、室温において24〜72時間振盪した後、氷冷下において0.5〜3時間超音波処理して洗浄を完了する。トリトンX−100水溶液は濁りや着色や泡立ちの程度を勘案しながら適宜交換することに留意すべきである(概ね8時間に1回の割合で交換)。また、トリトンX−100水溶液中には0.01〜0.1%のアジ化ナトリウムなどの防腐剤を添加しておくことが望ましい。
次に、段階bとして、段階aの工程により調製された気管マトリックス片を無菌水で洗浄する工程を行う。この工程は気管マトリックス片に残存している非イオン系界面活性剤を徹底的に除去するために重要であり、例えば、無菌水を頻繁に交換しながら室温において24〜120時間振盪して行う。
次に、段階cとして、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する工程を行う。凍結乾燥の条件は、体組織の凍結保存技術として公知の方法に従って行えばよい。具体的には、−160〜−140℃での急冷真空凍結乾燥による方法が挙げられる。段階bにおいて気管マトリックス片を洗浄する際に無菌水を用いているため、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥しても、上記の生理食塩水を用いた場合のような不都合はなく、保存安定性や再膨潤の容易性に優れた凍結乾燥気管マトリックス片を得ることができる。なお、凍結乾燥気管マトリックス片は、よりいっそうの保存安定性の向上を図るべく、エチレンオキシドを用いたガス滅菌やガンマ線照射滅菌やアルコール滅菌などの公知の方法にて滅菌することが望ましい。
次に、段階dとして、凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる工程を行う。この工程は、例えば、無菌リン酸緩衝生理食塩水を用い、37±1℃にて2〜24時間をかけて行えばよい。無菌リン酸緩衝生理食塩水に0.01〜20%のゼラチンを含有させておけば、ゼラチンは、移植後の周辺組織から気管移植片への細胞浸潤を促す作用を発揮する。また、後の工程において、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる際にこれらの細胞の増殖を促すため、無菌リン酸緩衝生理食塩水に細胞増殖因子を添加してもよい。この場合、細胞増殖因子は、0.1〜100μg/気管マトリックス片の割合で無菌リン酸緩衝生理食塩水に添加して用いればよい。なお、細胞増殖因子としては、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、肝細胞増殖因子(HGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、上皮細胞増殖因子(EGF)などを用いることができる。細胞増殖因子を添加した無菌リン酸緩衝生理食塩水にゼラチンを含有させておけば、ゼラチンは、上記の作用に加え、細胞増殖因子の気管マトリックス片への接着促進や、段階dを行う際に用いる容器への細胞増殖因子の吸着防止などの作用を発揮する。
最後に、段階eとして、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる工程を行い、気管移植片を得る。線維芽細胞は、結合組織合成や周辺組織からの血管新生を促すとともにそれ自体が血管内皮細胞増殖因子などの各種の細胞増殖因子を産生することで気管上皮細胞の増殖を容易ならしめる。気管上皮細胞は、移植後に繊毛細胞に分化し、線毛を作ることで異物(痰など)を出しやすくするとともに感染防御的機能を発揮する。移植を受ける患者の線維芽細胞は、例えば、患者の皮膚から採取したものを培養して用いる。線維芽細胞の播種は、これを1×105〜1×108細胞/気管マトリックス片の割合(細胞数は多すぎても少なすぎても効率よく増殖させることはできない)になるように生体接着剤としてのフィブリン糊に懸濁して再膨潤化気管マトリックス片の内壁面にコーティングすることで行うことが望ましい。このように生体接着剤を用いれば、その粘性を利用して三次元構造の気管マトリックス片に線維芽細胞を均一に保持させることができるからである。このフィブリン糊がゼリー状に硬化した後、ウシ胎児血清含有DME培地などを用いて37±1℃、5±1%炭酸ガス条件下で1週間程度かけて培養を行い(培地は1日1回の割合で交換)、線維芽細胞を増殖させる。その後、移植を受ける患者から内視鏡下に採取するなどして予め培養しておいた気管上皮細胞の播種を、これを1×105〜1×108細胞/気管マトリックス片の割合(細胞数は多すぎても少なすぎても効率よく増殖させることはできない)になるようにフィブリン糊に懸濁したものを再膨潤化気管マトリックス片の内壁面に増殖させた線維芽細胞の表面にコーティングすることで行う。生体接着剤を用いるのは上記と同様の理由による。このフィブリン糊がゼリー状に硬化した後、線維芽細胞に対しては増殖機能を持たずに生かすだけに留まり気管上皮細胞のみを増殖させる機能を有する培地、例えば、商品名:エピライフ(EpiLife:米国Cascade Biologics社)を用い、37±1℃、5±1%炭酸ガス条件下で1週間程度かけて培養を行い(培地は1日1回の割合で交換)、気管上皮細胞を増殖させ、内壁面が線維芽細胞(下層)と気管上皮細胞(上層)で覆われた再膨潤化気管マトリックス片、即ち、気管移植片を得る。なお、上記の通り、線維芽細胞には結合組織合成や周辺組織からの血管新生を促す作用があるので、この作用を期待して膨潤化気管マトリックス片の外壁面にも線維芽細胞を増殖させることが望ましい。
以上の段階を経て調製され気管移植片は、移植時に適当な等張輸液で洗浄を行ってから常法に従って患者に移植される。
なお、気管片の内腔にステントを挿入してその後の工程を行うことには各種の利点がある。例えば、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cを行う前までに気管片の内腔にステントを挿入しておけば、段階cにおいてその筒状形態を保持して凍結乾燥することができるので、気管軟骨の輪が欠けた膜様部が内側に陥没してしまうといった現象が起こることを防止することができる。また、気管移植片の強度を向上することができるので、例えば、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cの前後のいずれかの時点で、気管マトリックス片の強度の向上を目的とした架橋処理を行うといった操作を省略することができる。気管マトリックス片にグルタルアルデヒドなどの架橋剤が残存すると毒性を発現する危険性があるので、架橋処理を行わずに気管マトリックス片の強度を向上することができることは有益である。また、内腔にステントを挿入した気管移植片は移植手術を容易に行うことができるという利点がある。さらに、段階eを行う前までに渦巻状のステントを気管片の内腔に挿入しておけば、段階eにおいてワイヤとワイヤの間隙に効率よく線維芽細胞や気管上皮細胞を増殖させることができるという利点がある。段階cを行った後に気管片の内腔にステントを挿入する場合には細菌汚染に十分に注意して操作すべきである。また、段階eを行った後に気管片の内腔にステントを挿入する場合には操作の際に増殖させた線維芽細胞や気管上皮細胞が物理的刺激で脱落したりしないように十分に注意すべきである。なお、ステントの材質としては、移植後に炎症反応を起こすことがない、チタン、白金、金、ステンレス(SUS316)、生体吸収性合成高分子ポリマーなどが望ましい。ステントは、気管移植片の調製段階においてのみその内腔に挿入しておき、移植時には気管移植片から取り外すような利用方法であってもよい。
なお、以上の説明は、筒状形態の気管移植片の調製方法についてのものであるが、気管移植片の形態は筒状に限られず、切片状であってもよい。
また、気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dを経て調製されてなる再膨潤化気管マトリックス片を気管移植片として用いてもよい。
また、段階eにおいて再膨潤化気管マトリックス片への線維芽細胞や気管上皮細胞の播種をフィブリン糊などの生体接着剤に懸濁して行ったが、このような細胞の播種方法は汎用性を有しており、各種の細胞を各種のスカホールド(scaffold)に播種する際に適用することができる。
以下、本発明の気管移植片の調製方法について実施例により詳細に説明する。なお、本発明は以下の記載に何ら限定して解釈されるものではない。
実施例1:
ウサギ(日本白色種:2.8kg)をネンブタール麻酔下において屠殺し、気管を頚部から気管支分岐部まで約5cm程度採取した。こうして摘出した気管片に対し、付着している血餅や粘液などをピンセットで入念に除去した後、滅菌蒸留水を用いて洗浄し、内径6mm×長さ10〜15mmの渦巻状ステンレスステント(SUS316:八神製作所社)を3本挿入した。
0.02%アジ化ナトリウム添加0.5%トリトンX−100水溶液(洗浄液)を滅菌蒸留水を用いて調製し、この洗浄液40mLに上記の処理を行った気管片を浸漬し、室温において24時間振盪した。この際、洗浄液は8時間に1回の割合で交換した。その後、洗浄液を交換してから氷冷下において1時間超音波処理して洗浄を完了し、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を得た。
次に、気管マトリックス片に残存しているトリトンX−100とアジ化ナトリウムを徹底的に除去するため、滅菌蒸留水を頻繁に交換しながら室温において72時間振盪して気管マトリックス片を洗浄した。
次に、洗浄後の気管マトリックス片を−150℃で急冷真空凍結乾燥して凍結乾燥気管マトリックス片を得た。得られた凍結乾燥気管マトリックス片に対し、エチレンオキシドを用いたガス滅菌を50℃で24時間行った。ガス滅菌した凍結乾燥気管マトリックス片は、減圧乾燥下において室温で使用直前まで保存した。
次に、血管内皮細胞増殖因子(フナコシ社より購入)を2μg/気管マトリックス片の割合で添加した0.5%ゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水(ゼラチン:高研社)を用いて37℃にて一晩かけてガス滅菌した凍結乾燥気管マトリックス片を再膨潤させた。
次に、レシピエント側ウサギの皮膚由来線維芽細胞を2×107細胞/気管マトリックス片の割合になるようにフィブリン糊(バクスター社)に懸濁して再膨潤化気管マトリックス片の内壁面と外壁面にコーティングし、このフィブリン糊がゼリー状に硬化した後、10%ウシ胎児血清含有DME培地(ウシ胎児血清:オーストラリアJRH社/DME培地:米国Gibco BRL社)を用いて37℃、5%炭酸ガス条件下で1週間培養を行い(培地は1日1回の割合で交換)、線維芽細胞を増殖させた。その後、内視鏡下に採取して予め培養しておいた気管上皮細胞を2×107細胞/気管マトリックス片の割合になるようにフィブリン糊に懸濁し、これを再膨潤化気管マトリックス片の内壁面に増殖させた線維芽細胞の表面にコーティングし、このフィブリン糊がゼリー状に硬化した後、線維芽細胞に対しては増殖機能を持たずに生かすだけに留まり気管上皮細胞のみを増殖させる機能を有する培地としてエピライフを用い、37℃、5%炭酸ガス条件下で1週間程度かけて培養を行い(培地は1日1回の割合で交換)、気管上皮細胞を増殖させ、内壁面が線維芽細胞(下層)と気管上皮細胞(上層)で覆われるとともに、外壁面が線維芽細胞で覆われた再膨潤化気管マトリックス片、即ち、気管移植片を得た。
予め頚部気管を約10mmの長さで切除したウサギに対し、以上の段階を経て調製され気管移植片を同程度の長さに切断し、等張輸液を用いて洗浄した後、常法に従って植埋した。移植後、ウサギは少なくとも60日間以上生存中である。
実施例2:
実施例1における出発材料である新鮮摘出気管の代わりに、10%ウシ胎児血清含有DME培地を用いて−85℃以下で保存していた冷凍気管を12時間程度の時間をかけて解凍したものを出発材料として用いたこと以外は実施例1と同様にして気管移植片を調製した。この気管移植片を移植したウサギも少なくとも24日間以上生存中である。
実施例3:
実施例1において凍結乾燥気管マトリックス片を再膨潤させる際に用いた、血管内皮細胞増殖因子を2μg/気管マトリックス片の割合で添加した0.5%ゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水の代わりに、肝細胞増殖因子(米国Sigma Chem社)を2μg/気管マトリックス片の割合で添加した0.5%ゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水を用いたこと以外は実施例1と同様にして気管移植片を調製した。この気管移植片を移植したウサギも少なくとも24日間以上生存中である。
実施例4:
実施例1において凍結乾燥気管マトリックス片を再膨潤させる際に用いた、血管内皮細胞増殖因子を2μg/気管マトリックス片の割合で添加した0.5%ゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水の代わりに、0.5%ゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水を用いたこと以外は実施例1と同様にして気管移植片を調製した。この場合、実施例1の場合と比較して線維芽細胞の増殖速度の低下が見受けられたが、この気管移植片を移植したウサギも少なくとも24日間以上生存中である。
実施例5:
実施例1における凍結乾燥気管マトリックス片に対するエチレンオキシドを用いたガス滅菌の代わりに、エタノールとイソプロパノールを体積比1:1で混合した混合アルコールに凍結乾燥気管マトリックス片を一昼夜浸漬してからエバポレータでアルコールを蒸発させ同時に乾燥するというアルコール滅菌(浸漬時間は1分間〜1日程度で適宜設定可能でありエバポレータの代わりに凍結乾燥器を用いてもよい)を行ったこと以外は実施例1と同様にして気管移植片を調製した。この気管移植片を移植したウサギも少なくとも24日間以上生存中である。エチレンオキシドを用いたガス滅菌では反応性に富むエチレンオキシドにより気管マトリックス片が化学反応する可能性を否定できないが、アルコール滅菌はこのような問題がないという利点を有する。
実施例6:
実施例1と同様にして調製した再膨潤化気管マトリックス片を気管移植片としてウサギに移植した。この気管移植片を移植したウサギも少なくとも24日間以上生存中であることから、再膨潤化気管マトリックス片も気管移植片として用いることができることがわかった。
実施例7:
イヌの気管移植片を実施例1と同様にして調製した。この気管移植片を移植したイヌも少なくとも24日間以上生存中である。
本発明は、移植後に免疫拒絶反応が起こらず、早期に周辺組織に適合するものであるとともに保存安定性に優れる気管移植片の簡易な調製方法、このようにして調製された気管移植片、気管移植片を調製する際に有用な凍結乾燥気管マトリックス片および細胞の播種方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。

Claims (15)

  1. 気管損傷を有する患者に移植するための気管移植片の調製方法であって、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dと、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる段階eを備えてなることを特徴とする方法。
  2. 段階a〜段階eのいずれかの段階を行う前に気管片の内腔にステントを挿入してその後の工程を行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
  3. 段階aを室温における洗浄とそれに続く氷冷下における洗浄の二段階洗浄とすることを特徴とする請求項1記載の方法。
  4. 段階aにおいて用いる非イオン性界面活性剤がポリエチレングリコールtert−オクチルフェニルエーテルであることを特徴とする請求項1記載の方法。
  5. 凍結乾燥気管マトリックス片を滅菌することを特徴とする請求項1記載の方法。
  6. 段階dを細胞増殖因子を添加したゼラチン含有無菌リン酸緩衝生理食塩水を用いて行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
  7. 段階eにおいて線維芽細胞および/または気管上皮細胞の播種を生体接着剤に懸濁して行うことを特徴とする請求項1記載の方法。
  8. 生体接着剤がフィブリン糊であることを特徴とする請求項7記載の方法。
  9. 段階eにおいて線維芽細胞を再膨潤化気管マトリックス片の内壁面とともに外壁面にも増殖させることを特徴とする請求項1記載の方法。
  10. 気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dと、移植を受ける患者の線維芽細胞と気管上皮細胞を順次、再膨潤化気管マトリックス片の少なくとも内壁面に増殖させる段階eを経て調製されてなることを特徴とする気管移植片。
  11. 気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cを経て調製されてなることを特徴とする凍結乾燥気管マトリックス片。
  12. 気管損傷を有する患者に移植するための気管移植片の調製方法であって、患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dを備えてなることを特徴とする方法。
  13. 気管損傷を有する患者と同種または異種の気管片を実質的に非イオン性界面活性剤のみで洗浄することにより抗原反応性細胞を除去する段階aと、抗原反応性細胞が除去された気管片(気管マトリックス片)を無菌水で洗浄する段階bと、洗浄後の気管マトリックス片を凍結乾燥する段階cと、以上の段階を経て調製された凍結乾燥気管マトリックス片を用時に再膨潤させる段階dを経て調製されてなることを特徴とする気管移植片。
  14. スカホールド(scaffold)への細胞の播種方法であって、細胞を生体接着剤に懸濁して行うことを特徴とする方法。
  15. 生体接着剤がフィブリン糊であることを特徴とする請求項14記載の方法。
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