JP2004020475A - イオン交換膜の評価方法、有機物の評価方法及びx線測定装置 - Google Patents

イオン交換膜の評価方法、有機物の評価方法及びx線測定装置 Download PDF

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Abstract

【課題】湿度が変化する環境下に置かれる有機高分子材料、例えばイオン交換膜の分子構造を広く一般的に用いられている装置によって正確に評価できるようにする。
【解決手段】イオン交換膜29の性能を評価する評価方法である。入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線測定装置を用いて、異なる湿度に置かれたイオン交換膜29のそれぞれについて小角散乱線図を求める。例えば、それらの小角散乱線図におけるピークの角度位置及び強度によって、イオン交換膜の分子構造(従って、イオン交換能力)の湿度変化に従った特性変化を評価する。イオン交換膜29の周りの湿度は、水蒸気源66、ガス源68、ガス混合器64、ガス導入管61を有する湿度調節装置によって調節できる。
【選択図】    図5

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、イオン交換膜等といった有機物の性能を評価する評価方法に関する。また、本発明は、その評価方法に好適なX線測定装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、有機高分子材料を用いた各種の装置が産業界に提供されている。例えば、燃料電池の分野を見ると、有機高分子材料であるイオン交換膜が主たる構成要素として用いられている。この燃料電池は、例えば、図12に示すように、一対の電極である燃料極51と空気極52とによってイオン交換膜29を挟み、燃料電極51側から燃料である水素(H)を供給し、空気電極52側から酸素(O)を供給する構成となっている。
【0003】
この燃料電池では、水素と酸素の化学反応により、
2H+O→2HO+電気+熱
という、水の電気分解の逆反応に相当する電気化学反応が生じ、これにより、電気を得ている。なお、同時に発生する熱は、冷却水を循環させる等といった適宜の冷却方法によって吸収できる。
【0004】
この燃料電池で用いるイオン交換膜29は、例えば、図10(c)に示すように、間隔d0で並ぶ複数の直鎖54と、それらの直鎖54から延びる複数の側鎖56との合成によって形成されている。イオン交換膜として広く知られているナフィオン(商品名:デュポン社製)を例に採れば、直鎖54及び側鎖56のそれぞれの分子構造は、図11に示すような化学構造となっている。
【0005】
この分子構造では、直鎖54はテフロン(登録商標)基であり、側鎖56は複数の官能基を連結することによって形成されている。図示のものから適宜の官能基を選択して除去したり、図示の官能基の一部を別の官能基で置換したり、あるいは、新たな官能基を図示のものへ加えたりすることにより、イオン交換膜の分子構造、従ってイオン交換膜の性能を種々に変化させることができる。
【0006】
イオン交換膜29がこのような分子構造を有することにより、図10(b)において、イオン交換膜29は陽子H を通過させ、電子e やガスは通過させない機能、すなわちイオン交換機能を奏する。この場合、イオン交換能力が高ければ燃料電池としての能力が高くなるのであるが、このイオン交換能力は図10(c)の分子構造、より具体的には、直鎖間距離d0や側鎖56の配列状態等の影響を受けて変化すると考えられる。
【0007】
このため、イオン交換膜等といった有機高分子材料の能力を知るためには、その有機高分子材料の分子構造を評価するのが良いと考えられている。このように有機高分子材料の分子構造を評価する方法として、従来、NMR(Nuclear Magnetic Resonance Spectrometer:核磁気共鳴装置)やIR(Infrared Spectrophotometer:赤外分光光度計)が知られている。
【0008】
NMRは、核の磁気モーメントを持っている原子に電磁波を加えたときに当該磁気モーメントの運動の振幅が変化する現象、すなわち核磁気共鳴の現象を利用して、試料の分子構造等を評価する方法である。また、IRは、物質を透過する赤外線の強さを縦軸に、そして当該赤外線の波長を横軸にとって記録された赤外線吸収スペクトルから試料の分子構造等を評価する方法である。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、上記NMR測定及び上記IR測定では、簡単な測定装置によって正確な測定を行うのが難しかった。また、イオン交換膜等といった有機高分子材料が実際に使用される環境下、例えば加湿及び加温状態下、での測定は不可能であった。このような事情があるため、現在のところ、イオン交換膜等といった有機高分子膜については、in−situ(インサイテュー)測定、すなわち使用環境下での測定を行って分子構造を評価することは行われていない。
【0010】
本発明は、上記の問題点に鑑みて成されたものであって、広く一般的に用いられている装置によって有機高分子材料、例えばイオン交換膜の分子構造を正確に評価できるようにすることを目的とする。
【0011】
また、本発明は、特に、湿度が変化するような条件下で使用される物質のin−situ測定を可能とすることを目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】
(1) 上記の目的を達成するため、本発明に係るイオン交換膜の評価方法は前記イオン交換膜の周りの湿度を変化させる工程と、入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線測定装置を用いて前記イオン交換膜に関する異なる湿度条件においてイオン交換膜の小角散乱線図を求める工程とを有することを特徴とする。
【0013】
小角散乱線図とは、例えば図7に示すに示すように、一方の軸に散乱角度(2θ)をとり、他方の軸に散乱線強度をとったグラフ上に表される測定結果の線図Gのことである。また、図8における線図Hも小角散乱線図である。
【0014】
上記構成のイオン交換膜の評価方法によれば、広く一般的に用いられている装置であるX線測定装置を用いるだけで、イオン交換膜の分子構造を正確に評価できる。また、X線測定装置は、試料に対して付帯機器を設備することに関してNMR装置やIR装置に比べて自由度が高いので、試料に関する分子構造の評価を当該試料を実際の使用環境下に置いた状態で行うことができる。
【0015】
また、上記構成のイオン交換膜の評価方法によれば、イオン交換膜の周りの湿度を変化させる工程を実施することにしたので、湿度が変化するような条件下で使用される物質のin−situ測定を行うことができる。例えば、図7に示す湿潤状態下と、図8に示す乾燥状態下におけるイオン交換膜の能力の変化を知ることができる。
【0016】
(2) 上記構成のイオン交換膜の評価方法においては、前記複数の小角散乱線図におけるピーク位置の違い及び/又はピーク強度の違いを求める工程とを有することが望ましい。この工程は、測定者の目視によって行っても良いし、コンピュータの演算部によって処理しても良い。
【0017】
複数のイオン交換膜間で小角散乱線図におけるピーク位置の違いを求めれば、それらのイオン交換膜の分子構造が解明できる。そして、これにより、複数のイオン交換膜間におけるイオン交換能力の違いを評価できる。
【0018】
また、複数のイオン交換膜間で小角散乱線図におけるピーク強度の違いを求めれば、イオン交換膜の分子構造における側鎖の数や構造の規則性が解明できる。そして、これにより、複数のイオン交換膜間におけるイオン交換能力の違いを評価できる。
【0019】
(3) 上記構成のイオン交換膜の評価方法において、イオン交換膜の周りの湿度を変化させる前記工程は、試料室の中に前記イオン交換膜を入れ、さらに湿度を有するガスを当該試料室に流すことにより行うことが望ましい。この場合、試料室はガスが流れる部分以外の部分は気密であることが望ましい。この構成によれば、イオン交換膜を希望の湿度下に簡単に置くことができる。
【0020】
(4) 上記構成のイオン交換膜の評価方法において、前記小角散乱線図を求める工程は、前記イオン交換膜に関して2次元X線検出器を用いて2次元散乱図形を求める工程を有することが望ましい。
【0021】
ここで、2次元X線検出器とは、X線を平面領域内で受光してその平面領域内の各点においてX線を検出できる構造のX線検出器であり、例えば、X線乾板、X線フィルム、蓄積性蛍光体を用いたX線検出器、面状のCCD(Charge Coupled Device)センサを用いたX線検出器等によって構成できる。
【0022】
蓄積性蛍光体とは、輝尽性蛍光体とも呼ばれるエネルギ蓄積型の放射線検出器であり、輝尽性蛍光物質、例えばBaFBr:Er2の微結晶を可撓性フィルム、平板状フィルム、その他の部材の表面に塗布等によって成膜したものである。この蓄積性蛍光体は、X線等といった電磁波をエネルギの形で蓄積することができ、さらにレーザ光等といった輝尽励起光の照射により、そのエネルギを外部に光として放出できる性質を有する物体である。
【0023】
つまり、蓄積性蛍光体にX線等を照射すると、その照射された部分に対応する蓄積性蛍光体の内部にエネルギが潜像として蓄積され、さらにその蓄積性蛍光体にレーザ光等を照射すると上記の潜像エネルギが光となって外部へ放出される。そして、この放出された光を光電管等といった光電変換器によって検出することにより、潜像の形成に寄与したX線の回折角度及び強度を測定できる。
【0024】
また、CCDセンサは、それ自体周知の電子素子であるCCD、すなわち電荷結合素子を直線的又は平面的に並べたX線検出器である。CCDは、例えばシリコン基板上に複数の電極を絶縁層を挟んで直線状又は面状に並べることによって形成された電極アレイを有し、この電極アレイをX線取込み口に対応して配置したものがCCDセンサである。
【0025】
電極アレイを構成する個々の電極に対応する位置にX線が当ると、当該電極の下に電荷が蓄積され、さらに電極と基板との間に電圧を次々に与えることにより、蓄積された電荷を転送して外部へ出力するものである。このCCD検出器によれば、電極アレイが延びる直線範囲内又は面範囲内にX線が入射したとき、そのX線入射位置及びX線強度の両方をほぼ同時に検出できる。
【0026】
また、2次元散乱図形とは、例えば図9(a)及び図9(b)に示すような、試料としてのイオン交換膜から発生するX線によって2次元X線検出器の検出面が露光されたときにその検出面上に形成される2次元的な像のことである。図7に示した小角散乱線図G及び図8に示した小角散乱線図Hは、図9(a)又は図9(b)に示す2次元散乱図形Eにおける同一散乱角度(2θ)の領域を積分して得られる値をグラフ上にプロットすることによって得られる。
【0027】
(5) 上記構成のイオン交換膜の評価方法において、前記X線測定装置は、前記イオン交換膜へ入射するX線の進行路上に配置されたX線集光手段を有することが望ましい。ここでX線集光手段は、発散しながら進行するX線を下流側の1点に集光させることができるX線光学要素のことであり、例えば、X線の反射を利用するコンフォーカルミラーや、X線の回折を利用するX線集光要素等が考えられる。
【0028】
X線集光手段を使用しない一般的なX線光学系では、測定対象であるイオン交換膜へ供給されるX線は低強度である。これに対し、上記のようにX線集光手段を用いれば、X線を収束させてイオン交換膜へ供給することができるので、高強度のX線をイオン交換膜へ照射することができる。
【0029】
X線強度が弱い一般的な構造のX線測定装置では、図9に示すような2次元散乱図形E、従って図7に示すような小角散乱線図Gを求めるために非常に長い時間を必要とする。これに対し、X線集光手段を用いることによって高強度のX線をイオン交換膜へ供給できるようにした上記のX線測定装置を用いれば、非常に短時間で2次元散乱図形Eを求めることができる。このことは、イオン交換膜に関してin−situ測定を行う場合に特に有利である。
【0030】
イオン交換膜をin−situ測定する場合、例えば、イオン交換膜を液体、例えば水中に浸して湿潤状態にした上で、さらに90℃程度の高温に加熱して測定を行う場合を考えると、水は90℃では短時間に状態変化、例えば蒸発等するので、X線小角散乱測定の測定時間が長くかかると、実質的なin−situ測定を行うことが不可能である。
【0031】
これに対し、高強度のX線をイオン交換膜へ照射することを可能とした本発明に係る評価方法によれば、同一環境を短時間しか維持できないような状態に置かれるイオン交換膜に関しても正確に測定を行うことが可能となる。
【0032】
(6) 上記構成のイオン交換膜の評価方法において、前記X線集光手段はコンフォーカルミラーであることが望ましい。ここで、コンフォーカルミラーとは、共焦点ミラーのことであり、互いに交差する関係にある2つ以上のX線反射面を有し、それらのX線反射面で反射したX線が同じ又は略同じ焦点に集まるようになっているX線反射ミラーのことである。
【0033】
(7) X線集光手段を用いた上記構成のイオン交換膜の評価方法において、前記X線測定装置はポイントフォーカスのX線源をさらに有することが望ましい。
【0034】
ここで、ポイントフォーカスとはラインフォーカスとの対比で出てくる概念であり、ラインフォーカスが試料上に細長い断面形状のX線を照射するフォーカス形状であることに対し、ポイントフォーカスは試料上に縦横の長さが略等しい断面形状のX線を照射するフォーカス形状である。具体的には、例えば、ポイントフォーカスのX線源を用いることにより、試料の所で直径約0.3mm又は縦×横=約0.3mm×約0.3mmの断面形状のX線ビームを形成することができる。
【0035】
ラインフォーカスのX線源を用いる場合には、イオン交換膜の微小領域にX線を照射する際、ラインフォーカスから発生する断面長方形状のX線のうち上記のイオン交換膜の微小領域に対応しない部分から発生したX線は測定に寄与しないで無駄に消費されることになり、その分、強度の強いX線をイオン交換膜に照射することに関して不利である。これに対し、ポイントフォーカスから発生する断面略正方形状のX線は、特にX線集光手段によってそのほぼ全部をイオン交換膜の微小領域に収束させることができるので、高強度のX線をイオン交換膜に照射することができる。
【0036】
(8) 次に、本発明に係る有機物の評価方法は、有機物の性能を評価する方法において、前記有機物の周りの湿度を変化させる工程と、入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線測定装置を用いて前記有機物に関する異なる湿度条件において前記有機物の小角散乱線図を求める工程とを有することを特徴とする。ここで、有機物とは、イオン交換膜はもとより、その他に、薬品、ゲノム創薬、合成化合物等を含む。
【0037】
この有機物の評価方法によれば、広く一般的に用いられている装置であるX線測定装置を用いるだけで、有機物の分子構造を正確に評価できる。また、X線測定装置は、試料に対して付帯機器を設備することに関してNMR装置やIR装置に比べて自由度が高いので、有機物に関する分子構造の評価を当該有機物を実際の使用環境下に置いた状態で行うことができる。
【0038】
また、上記構成の有機物の評価方法によれば、有機物の周りの湿度を変化させる工程を実施することにしたので、湿度が変化するような条件下で使用される物質のin−situ測定を行うことができる。
【0039】
(9) 上記構成の有機物の評価方法においては、前記複数の小角散乱線図におけるピーク位置の違い及び/又はピーク強度の違いを求める工程を有することが望ましい。
【0040】
複数の有機物間で小角散乱線図におけるピーク位置の違いを求めれば、それらの有機物の分子構造を解明できる。そして、これにより、複数の有機物間における性質の違いを評価できる。また、複数の有機物間で小角散乱線図におけるピーク強度の違いを求めれば、有機物の分子構造における側鎖の数や構造の規則性が解明できる。そして、これにより、複数の有機物間における性質の違いを評価できる。
【0041】
(10) 上記構成の有機物の評価方法において、有機物の周りの湿度を変化させる前記工程は、試料室の中に前記有機物を入れ、さらに湿度を有するガスを当該試料室に流すことにより行うことが望ましい。この場合、試料室はガスが流れる部分以外の部分は気密であることが望ましい。この構成によれば、イオン交換膜を希望の湿度下に簡単に置くことができる。
【0042】
(11) 上記構成の有機物の評価方法において、前記小角散乱線図を求める工程は、前記有機物に関して2次元X線検出器を用いて2次元散乱図形を求める工程を有することが望ましい。有機物について図9のような2次元散乱図形Eを求めれば、その2次元散乱図形Eの違いに応じて、有機物の分子構造の違い、従って有機物の能力の違いを評価できる。
【0043】
(12) 上記構成の有機物の評価方法において、前記X線測定装置は、前記有機物へ入射するX線の進行路上に配置されたX線集光手段を有することが望ましい。この構成によれば、高強度のX線を有機物へ照射でき、それ故、同一環境を短時間しか維持できないような状態に置かれる有機物に関しても正確に測定を行うことが可能となる。
【0044】
(13) 上記構成の有機物の評価方法において、前記X線集光手段はコンフォーカルミラーによって構成することができる。
【0045】
このようにコンフォーカルミラーを用いれば、X線を収束させて試料すなわち有機物へ供給することができるので、高強度のX線を有機物へ照射することができる。この結果、非常に短時間の間に有機物についての2次元散乱図形を求めることができる。このことは、有機物に関してin−situ測定を行う場合に特に有利である。
【0046】
(14) X線集光手段を用いた上記構成の有機物の評価方法において、前記X線測定装置はポイントフォーカスのX線源をさらに有することが望ましい。ポイントフォーカスから発生する断面略正方形状のX線は、特にX線集光手段によってそのほぼ全部を有機物の微小領域に収束させることができるので、高強度のX線を有機物に照射することができる。
【0047】
(15) 次に、本発明に係るX線測定装置は、入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線小角光学系と、前記X線小角光学系を用いて測定した小角散乱線図のピーク位置を演算する手段と、演算されたピーク位置を小角散乱線図と共に表示する手段とを有することを特徴とする。このX線測定装置によれば、小角散乱線図のピーク位置を極めて簡単に且つ正確に認識でき、よって、評価を簡単且つ迅速に行うことができる。
【0048】
(16) 上記構成のX線測定装置においては、試料を収容すると共にX線を通過させることができる試料室と、該試料室内の湿度を変化させる湿度調節手段とを有することが望ましい。この構成のX線測定装置によれば、試料の周りの湿度を希望に応じて変化させることができるので、湿度が変化するような条件下で使用される物質のin−situ測定を行うことができる。
【0049】
【発明の実施の形態】
(第1実施形態)
以下、本発明に係るイオン交換膜の評価方法、従って有機物の評価方法の実施形態及び本発明に係るX線測定装置の実施形態を説明する。なお、この実施形態は本発明の一例であって、本発明を限定するものではない。
【0050】
図1はX線測定装置を構成する1つの要素であるX線小角光学装置1を示している。また、図2は、X線測定装置を構成する他の要素である読取り装置2を示している。これらの装置は、通常、一人の作業者が大きく移動することなく取り扱うことのできる領域内に設置される。なお、ここに示すX線小角光学装置1及び読取り装置2は本発明に係るイオン交換膜の評価方法を実施できる装置の一例であり、ここに示した装置以外の装置でもその評価方法を実施できるものがあることはもちろんである。
【0051】
図1において、X線小角光学装置1は、X線源3を備えたX線管4と、X線源3から発生したX線を1つの焦点に収束させるX線集光手段としてのコンフォーカルミラー6と、第1スリット7と、第2スリット8と、第3スリット9と、試料支持装置11と、2次元X線検出器12とを有する。2次元X線検出器12は、本実施形態では、X線検出面に面状の蓄積性蛍光体を有する蓄積性蛍光体プレートを用いるものとする。
【0052】
図3は、図1に示す光学系におけるX線の進行の様子を模式的に示している。図3において、図1と同じ符号は同じ要素を示している。図3に示すように、コンフォーカルミラー6は、互いに交差する関係にある2つのX線反射面6a及び6bを有し、それらのX線反射面で反射したX線が同じ又は略同じ焦点fに集まるようになっているX線反射ミラーである。
【0053】
このコンフォーカルミラー6は、例えば、X線を反射することのできる材料、例えばニッケル、白金、タングステン等によって単層構造として形成することができる。あるいは、コンフォーカルミラー6は、X線反射面上に複数の薄膜を積層して多層膜を形成することにより、X線の回折を利用して全体としてX線を反射させる構造とすることもできる。
【0054】
図1において、第1スリット7と第2スリット8との間には管13が配設され、第2スリット8と第3スリット9との間には管14が配設され、さらに、試料支持装置11の下流側(すなわち、図1の左側)には管16が配設される。2次元X線検出器12は、管16の内部の端部に配設される。また、これらの管13、14及び16は図示しない真空装置に接続され、それらの内部は真空又は真空に近い減圧状態に減圧される。
【0055】
本実施形態のX線小角光学装置1では、試料支持装置11によって支持される試料17から発生する散乱線を検出することが目的であるが、この散乱線の強度は非常に小さい。上記のように管13,14,16によって真空パスを形成するのは、X線の空気散乱によって目標とする試料17からの散乱線が乱されることを防止するためである。
【0056】
本実施形態で用いるX線管4は、迅速な測定を可能とするため、できるだけ強度の高いX線を発生できるものが望まれる。そのため本実施形態では、図4に示すように、冷却機構を内蔵すると共に高速回転が可能であるロータターゲット18と、該ターゲット18との間で高電圧を印加できるフィラメント19とによって構成する。
【0057】
フィラメント19は通電によって発熱して熱電子を放出する。放出された熱電子はフィラメント19とターゲット18との間に印加された高電圧によって加速されてターゲット18の表面に衝突する。この衝突する領域がX線焦点Fであり、このX線焦点FからX線が発生する。すなわち、このX線焦点FがX線源3となる。本実施形態では、X線源3からポイントフォーカスのX線を取り出すことにする。
【0058】
一般に、X線焦点Fは長方形状であり、本実施形態ではその長方形状の短辺側からX線を取り出す。すなわち、X線焦点Fの短辺側に設けたX線取出し窓21からX線をX線管4の外部に取り出すことにする。このため、取り出されたX線Rはその断面Dが正方形、略正方形、円形又は略円形になる。このようなX線の取り出し方が行われるとき、X線焦点FはポイントフォーカスのX線焦点と呼ばれる。
【0059】
因みに、X線焦点FからのX線の取り出し方としては、そのX線焦点Fの長辺側からX線を取り出す方法もある。この場合には、取り出されたX線の断面は長方形となり、このようなX線の取り出し方が行われるとき、X線焦点FはラインフォーカスのX線焦点と呼ばれる。
【0060】
本実施形態のX線管4では、その内部が真空又は真空に近い減圧状態に減圧される。そして、ターゲット18が軸X0を中心として高速で回転され、さらにターゲット18の内部に冷却水が流される。この高速回転及び冷却水の通水により、ターゲット18の表面が冷却される。以上により、X線焦点Fに多量の電子を供給でき、よって、X線焦点Fから高強度のX線を発生できる。なお、ターゲット18の表面は、例えばCu(銅)によって形成する。
【0061】
図1におけるX線光学系で用いるスリットには、長方形状のスリットや、円形状のスリット(すなわち、ピンホール)等が用いられるが、本実施形態では、図3に示すように、第1スリット7、第2スリット8、第3スリット9はピンホールを有するスリットとして形成されている。これらのピンホールは、ポイントフォーカスのX線源3とコンフォーカルミラー6とを用いる場合のスリットとして好適である。
【0062】
図1に示した試料支持装置11は、図5に示すように、その内部に、試料加熱手段としての一対のヒートプレート22a及び22bを有する。これらのヒートプレート22a及び22bは、詳しくは図示しない開閉機構によって互いに開閉可能に、具体的には、矢印Aのように開移動でき、さらに矢印Bのように閉移動できる。なお、試料加熱手段としては、図示した構造のヒートプレート22a及び22bに限られず、他の任意の加熱構造を採用できる。
【0063】
ヒートプレート22a及び22bの一方又は両方には通電によって発熱する発熱体、例えば電熱線が収容されている。温度制御回路23は、その発熱体への通電量を制御することによりヒートプレート22a及び/又は22bの発熱量を制御する。なお、ヒートプレート22a及び/又は22bは、少なくともその内面が発熱面である。
【0064】
ヒートプレート22a及び22bは、それらの内面、すなわち発熱面が試料室構造体24に直接に面接触するようにして、当該試料室構造体24を挟持する。望ましくは、バネ等といった弾性力付勢手段のバネ力、すなわち弾性力によって試料室構造体24を動かないようにしっかりと支持する。
【0065】
試料室構造体24は、リング状の厚み部材26と、その厚み部材26の両面に接着される遮蔽部材27a及び27bとを有する。厚み部材26は、例えば真鍮によって適宜の厚さ、例えば1mm程度に形成される。さらに、遮蔽部材27a及び27bは、X線を透過可能で、しかも機械的強度が高い材料、例えばマイラー(商品名)等といったポリエチレンテレフタラートや、カプトン(商品名)等といったポリイミド等によって、変形自在なフィルム状に形成されている。図では遮蔽部材27a及び27bを円形状に描いてあるが、その形状は方形状、あるいはその他の任意の形状とすることができる。
【0066】
上記のような遮蔽部材27a及び27bは、これらを矢印Cのように厚み部材26の表面に当てると、自然にその表面に密着する性質を持っている。また、適宜の接着剤によって遮蔽部材27a及び27bを厚み部材26の表面に接着するようにしても良い。このように遮蔽部材27a及び27bを厚み部材26の表面に密着させると、厚み部材26の内部に外部から気密に隔離された試料室28が形成される。
【0067】
厚み部材26の外周側面にはガス導入管61が設けられる。このガス導入管61は、厚み部材26の外部と試料室28とをつないでいる。また、厚み部材26の外周側面の別の個所にはガス排出管62が設けられる。このガス排出管62も、厚み部材26の外部と試料室28とをつないでいる。また、ガス導入管61には湿度センサ63が設けられる。
【0068】
湿度センサ63は、ガス導入管61の中を流れるガスの湿度を検出し、それを電気信号として出力する。湿度センサ63の出力信号は、例えば、CRT(Cathode Ray Tube)表示装置やフラットパネルディスプレイ等といった映像表示装置によって湿度の数値として表示されたり、あるいは、ガス導入管61を流れるガスの湿度を調節するための基準として用いられたりする。
【0069】
ガス導入管61にはガス混合器64が接続され、さらにこのガス混合器64の一方の入力ポートには水蒸気発生源66から延びる管67が接続され、他方の入力ポートにはガス源68から延びる管69が接続されている。このガス混合器64は、水蒸気発生源66から供給される水蒸気と、ガス源68から供給されるガス、例えば窒素(N )ガスを混合してガス導入管61へ送るように作用する。ガス導入管61へ送られた湿度を有するガスは、試料室28を通過してガス排出管62を通って外部へ排出される。
【0070】
ガス混合器64は、その内部に設けた弁の調節により、水蒸気とガスの混合比を調節でき、これにより、ガス導入管61従って試料室28へ供給するガスの湿度を調節できる。なお、ガス混合器64における弁の調節は、ガス混合器64の本体部分に一体に設けたツマミの操作によって行ったり、あるいは、ガス混合器64の本体部分から遠く離れた所に置いたツマミによって遠隔操作したりできる。
【0071】
本実施形態では、両方の遮蔽部材27a及び27bを厚み部材26に密着させる前に、試料室28の中に測定対象である試料17としてのイオン交換膜29を入れる。そして、それらを入れた後に遮蔽部材27a及び27bを厚み部材26に密着させて、イオン交換膜29を収容した試料室28を形成する。なお、イオン交換膜29は実際に使用される形状及び大きさのものではなく、その切片である。
【0072】
試料室28の中にイオン交換膜29を入れ、遮蔽部材27a及び27bで試料室28を密封した後、ガス導入管61を通して試料室28の中にガスを導入すれば、イオン交換膜29をガスが保有する湿度の環境下に置くことができる。つまり、本実施形態では、水蒸気源66、ガス源68、ガス混合器64、そして試料室28によって湿度調節手段が構成されている。
【0073】
イオン交換膜29を燃料電池の構成要素として用いる場合を考えると、そのイオン交換膜29は湿潤状態で使用されることが考えられる。このことに鑑み、イオン交換膜29に関しては、それが乾燥状態下にあるときの特性から、徐々に湿度が上がって湿潤状態、すなわち湿度100%の状態になるまでの間の、そのイオン交換膜29の特性の変化を知りたい場合がある。本実施形態のように、試料室28及びそれに付属する上記の湿度調節手段を用いれば、そのような湿度変化に対応するイオン交換膜29の特性変化を測定によって知ることができる。
【0074】
さらに、試料室28を構成する試料室構造体24は、ヒートプレート22a及び22bに挟持されることにより、それらのヒートプレート22a及び22bが発熱したときに加熱される。そして、その加熱により、試料室28に収容されたイオン交換膜29が加熱される。
【0075】
イオン交換膜29が燃料電池の構成要素として用いられる場合、そのイオン交換膜29は電気化学反応に従って発生する熱によって加熱される。従って、上記のようにヒートプレート22a及び22bによってイオン交換膜29を加熱すれば、そのイオン交換膜29を希望の温度環境下、あるいは実際の使用温度状態に置くことができる。例えば、イオン交換膜29を燃料電池に用いる場合を考えれば、イオン交換膜29は、室温〜100℃の間の温度に加熱されると思われる。ヒートプレート22a及び22bによって構成される加熱手段を用いれば、試料室28内のイオン交換膜29を希望の温度環境下に置くことができる。
【0076】
なお、ヒートプレート22a及び22bの略中央には貫通穴31が設けられている。これらのうちの一方は、イオン交換膜29へ入射するX線を通過させるためのものであり、他方は、イオン交換膜29から発生した散乱線を通過させるためのものである。
【0077】
図2に示す読取り装置2は、読取り機構部32と、処理部33とを有する。読取り機構部32は、所定の読取り位置に置かれた読取り対象、すなわち蓄積性蛍光体プレート12を輝尽励起光、例えばレーザ光でX方向に主走査すると共にY方向に副走査して、面状に走査することにより、蓄積性蛍光体プレート12の内部に蓄積されたエネルギ潜像を読み取る。
【0078】
また、処理部33は、制御部及び演算部として機能するCPU(Central Processing Unit)34と、テンポラリファイル等といった一時的な記憶場所等として機能するRAM(Random Access Memory)36と、変更の必要の無い固定情報等のための記憶場所として機能するROM(Read Only Memory)37とを有する。これらの各要素は、アドレスバス、データバス等といったバス39によって接続されている。
【0079】
また、処理部33は、ハードディスク、CD(Compact Disc)等といった外部記憶媒体によって構成されるメモリ38を有する。このメモリ38内には、読取り処理を実行するためのプログラムソフトを記憶する記憶領域や、その他の各種の記憶領域が設定される。また、読取り機構部32の出力端子にはX線強度演算回路41が接続される。
【0080】
このX線強度演算回路41は、読取り機構部32の出力信号に基づいて、蓄積性蛍光体プレート12に形成されたエネルギ潜像の形成に寄与したX線の強度を演算する。また、CPU34は、読取り機構部32によって読み取られている蓄積性蛍光体プレート12の座標位置を常時、監視する。こうして、CPU34及びX線強度演算回路41により、蓄積性蛍光体プレート12に蓄積された潜像データに基づいて、図3の試料17すなわちイオン交換膜29から発生する散乱線の散乱角度及び強度を演算する。
【0081】
図2に戻って、処理部33には、映像データ生成回路42を介して映像表示装置43が接続される。また、印字データ生成回路44を介して印字装置46が接続される。映像表示装置43としては、CRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイや、フラットパネルディスプレイ等といった各種の映像表示機器を適用できる。なお、フラットパネルディスプレイとしては、液晶ディスプレイ、EL(Electro Luminescence)ディスプレイ、プラズマディスプレイ、その他各種の平面構造の表示機器がある。また、印字装置46は、インク塗布方式や静電転写方式等といった各種方式のプリンタによって構成できる。
【0082】
以下、上記構成より成るX線測定装置を用いて行われるイオン交換膜の評価方法、すなわち有機物の評価方法を説明する。なお、本実施形態では、イオン交換膜29の周りの湿度を乾燥状態(湿度0%)と湿潤状態(湿度100%)との間で変化させて測定を行うものとする。
【0083】
まず、乾燥状態における測定について説明する。図5において、試料室構造体24の試料室28の中に評価対象であるイオン交換膜29を入れ、その試料室構造体24をヒートプレート22a及び22bで挟持する。これにより、図1の試料支持装置11内の所定の位置にイオン交換膜29が設置される。その後、試料室28へのガスの通流を止めるか、あるいは、試料室28へ乾燥ガスを流すことにより、イオン交換膜29を試料室28の中で乾燥状態に置く。
【0084】
本実施形態の評価方法を実行する際、室温は25℃であったものとする。また、ヒートプレート22a及び22bの発熱により、試料室28内のオン交換膜29の温度は、80℃、120℃、150℃、200℃、230℃、270°、300℃、330℃の各温度に変化するように設定した。
【0085】
上記の各温度において、図1のX線小角光学装置1及び図2の読取り装置2を用いて測定を行った。具体的には、図1において、X線源3からX線を発生させ、そのX線をイオン交換膜29に照射し、そのときにイオン交換膜29で発生した散乱線によって蓄積性蛍光体プレート12を露光して、該蓄積性蛍光体プレート12にエネルギ潜像を蓄積させた。
【0086】
より具体的には、図3において、X線源3から高強度のX線をポイントフォーカスの状態で発生させ、そのX線をコンフォーカルミラー6によって焦点fに収束するように集光させる。また、第1スリット7及び第2スリット8のダブルスリット構造により、X線の収束状態を安定な状態に設定し、さらに、第2スリット8で発生する寄生散乱線がイオン交換膜29や蓄積性蛍光体プレート12に当ることを第3スリット9によって防止する。
【0087】
第3スリット9を通過したX線がイオン交換膜29に入射すると、図6において、そのイオン交換膜29の分子構造に応じた散乱角度2θの所に当該分子構造に応じた強度の散乱線が発生する。そして、この散乱線が当った部分の蓄積性蛍光体プレート12に散乱線の強度に対応したエネルギ潜像が蓄積される。
【0088】
なお、図6において、ダイレクトビームRが当る部分X0の蓄積性蛍光体プレート12の前にはダイレクトビームストッパ47が配設され、ダイレクトビームRが蓄積性蛍光体プレート12に直接に当ることを防止している。また、X1で示す領域は、図3の第2スリット8で発生した寄生散乱線が第3スリット9によって阻止できなくて、蓄積性蛍光体プレート12に到達してしまう領域を示している。
【0089】
つまり、蓄積性蛍光体プレート12における領域X0及び領域X1は、ダイレクトビームや寄生散乱線に邪魔されて、イオン交換膜29からの散乱線を測定できない領域である。従って、本実施形態のX線小角光学装置1によって測定される小角領域は、図6のX1よりも外側の2θ領域であり、具体的には、0.1°〜5°の角度領域、望ましくは0.1°〜4°の角度領域である。
【0090】
このような小角領域における散乱線の測定は、X線をスリット7,8,9によって極めて小さく絞った上で、さらにカメラ長Lを長くして行わなければならないので、一般的な広角ゴニオメータを用いて行われるX線測定では実現できない。また、X線を小さく絞る関係上、イオン交換膜29に入射するX線の強度が低くなるので、測定のために長時間を必要とする傾向にある。
【0091】
しかしながら、本実施形態では、図3に示すように、X線源3から出たX線をコンフォーカルミラー6で集光するようにしたので、さらには、X線源3からポイントフォーカスのX線を取り出すようにしたので、従来に比べて高強度のX線をイオン交換膜29に入射させることができる。このように高強度のX線をイオン交換膜29に入射させることができるので、本実施形態では、極短時間、例えば20分程度で蓄積性蛍光体プレート12上に十分な強度の散乱線を得ることができ、そのような短時間で測定を完了できる。
【0092】
1つの測定温度における小角散乱測定が終わると、蓄積性蛍光体プレート12には、例えば図9(a)や図9(b)に示すような2次元散乱図形Eがエネルギ潜像として形成される。
【0093】
従って、図2の映像表示装置43や印字装置46によって図9の2次元散乱図形Eを表示して、それを観察すれば、イオン交換膜29に関する分子粒ユニット単位での分子構造の揃い具合、具体的には、分子粒ユニット単位での直鎖54及び側鎖56の揃い具合を評価できる。
【0094】
さて、図1又は図3において、イオン交換膜29に関する1つの測定温度における蓄積性蛍光体プレート12への散乱線の露光処理が終わって、その蓄積性蛍光体プレート12内に散乱線による潜像が形成されると、その蓄積性蛍光体プレート12は図1のX線小角光学装置1から取り外されて、図2の読取り装置2の読取り機構部32に対する所定の読取り位置に置かれる。そして、この読取り機構部32による読取り走査により、図9の2次元散乱図形Eから散乱線の散乱角度(2θ)及び強度が測定される。
【0095】
図2のCPU34は、測定された散乱角度(2θ)及び散乱線強度をRAM36又はメモリ38内の所定の記憶場所に、例えば、データテーブルの形で記憶する。このデータは、必要に応じて、映像表示装置43や印字装置46によって図8のようなグラフ上に小角散乱線図Hとして表示される。このグラフは、横軸に散乱角2θをとり、縦軸にX線強度をとっている。
【0096】
例えば、図1においてイオン交換膜29を室温(25℃)に保持して測定を行えば、図8のグラフ上にH(25℃)で示すような小角散乱線図が表示される。また、イオン交換膜29の温度を、図1の温度制御回路23の制御によって、80℃、120℃、150℃、200℃、230℃、270°、300℃、330℃のように変化させ、それらの各温度条件において、図1のX線小角光学装置1を用いて蓄積性蛍光体プレート12に2次元散乱図形E(図9参照)を形成し、さらにその2次元散乱図形Eを図2の読取り装置2によって読み取れば、CPU34の演算処理により、図8のグラフ上に各温度に対応する小角散乱線図H(80℃)、H(120℃)、H(150℃)、H(200℃)、H(230℃)、H(270℃)、H(300℃)、H(330℃)を表示することができる。
【0097】
図8のグラフを観察する者は、乾燥状態でイオン交換膜29の温度を変化させたときの小角散乱線図Hにおけるピーク位置の変化及びピーク強度の変化を識別できる。このような、ピーク位置の変化及びピーク強度の変化は、イオン交換膜29の温度が乾燥状態下で変化するときに、図10(c)及び図11に示すイオン交換膜の分子構造がその温度変化に従って変化することに起因していると考えられる。従って、観察者は、図8の小角散乱線図Hにおけるピーク位置の変化及び/又はピーク強度の変化を評価することにより、乾燥状態下でのイオン交換膜29の分子構造を評価できる。
【0098】
次に、湿潤状態、すなわち湿度100%における測定について説明する。湿潤状態は、図5において、ガス混合器64の操作によって水蒸気源66から多量の水蒸気を取込み、その水蒸気を全て試料室28へ供給する。これにより、試料室28内を湿度100%に設定する。
【0099】
本実施形態の評価方法を実行する際、室温は26℃であったものとする。また、ヒートプレート22a及び22bの発熱により、試料室28内のオン交換膜29の温度は、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃、100℃、110℃、120℃、130℃の各温度に変化するように設定した。
【0100】
上記の各温度において、図1のX線小角光学装置1及び図2の読取り装置2を用いて測定を行ったところ、図7のグラフにおいて符号Gで示すような小角散乱線図がそれぞれの温度条件下で求められた。図7における小角散乱線図Gと図8における小角散乱線図Hは、同じイオン交換膜29に関して環境条件を乾燥状態と湿潤状態との間で変化させたときの、小角散乱線図の変化の様子を示している。
【0101】
なお、本実施形態では、乾燥状態(すなわち、湿度0%)と湿潤状態(湿度100%)との間で、小角散乱線図を比較したが、必要な場合には、図5に示すガス混合器64によるガスへの水蒸気の混合量を調節することにより、試料室28内の湿度を0%や100%以外の希望する任意の湿度値に設定することができる。これにより、希望する任意の湿度下におけるイオン交換膜29の分子構造を評価できる。
【0102】
湿度変化によるピーク位置とピーク強度を比較すれば、湿潤状態に至らずとも十分な性能を発揮できる条件を検証することができる。これにより、燃料電池の小型軽量化に寄与することが出来る。
【0103】
さて、図2のCPU34は、図7において、各小角散乱線図G(26℃)からG(130℃)のそれぞれのピークPを、散乱角度2θの値をもってピーク位置として演算すると共に、散乱線強度の値をもってピーク強度として演算する。そして、CPU34は、演算によって特定された各小角散乱線図Gに対するピークPを、例えば図7に示すようなドット表示によって小角散乱線図Gと共に表示する。
【0104】
以上の処理により、図7のグラフを観察する者は、湿度100%の状態でイオン交換膜29の温度を変化させたときの小角散乱線図Gにおけるピーク位置の変化及びピーク強度の変化を容易に識別できる。このような、ピーク位置の変化及びピーク強度の変化は、イオン交換膜29の温度が湿度100%の下で変化するときに、図10(c)及び図11に示すイオン交換膜の分子構造がその温度変化に従って変化することに起因している訳であり、従って、観察者は、図7の小角散乱線図Gにおけるピーク位置の変化及び/又はピーク強度の変化を評価することにより、イオン交換膜29の分子構造を評価できるということである。
【0105】
例えば、燃料電池に使用されるイオン交換膜29の使用温度は室温〜100℃未満程度の間の温度であると考えられる。特に、現在最も使用頻度の高い80℃〜90℃では、図7におけるG(80℃)及びG(90℃)の小角散乱線図を参照することにより、イオン交換膜29の実際の使用状態における分子構造を評価できる。換言すれば、測定に供されたイオン交換膜29の実際の使用状態におけるイオン交換能力を小角散乱線図G(80℃)及びG(90℃)によって評価できる。
【0106】
なお、本発明者の観察によれば、図7の小角散乱線図Gのピーク位置を知れば、イオン交換膜29の分子構造を解明することができ、他方、小角散乱線図Gのピーク強度を知れば、イオン交換膜29の分子構造における側鎖56の数や構造の規則性が解明できる。
【0107】
以上の説明から明らかなように、図1のX線小角光学装置1及び図2の読取り装置2から成るX線測定装置を用いてイオン交換膜29に対して図7の小角散乱線図Gを求めれば、実際の使用状態の下でのイオン交換膜の性能、例えばイオン交換能力を正確に評価できる。NMR測定やIR測定等といった従来の評価方法では、実際の使用状態下でのイオン交換膜の評価は困難であったが、X線小角散乱測定に基づいた本実施形態の評価方法によれば、そのような使用状態下におけるイオン交換膜の評価を行うことができる。
【0108】
また、特に、本実施形態では、X線測定装置を構成する図1のX線小角光学装置1において、冷却機能を備えたロータターゲットを用いてX線源32を構成することによりX線源32から高強度のX線を出射できるようにし、さらにコンフォーカルミラー6を用いてX線を集光してイオン交換膜29へ照射するようにした。このため、イオン交換膜29に対する小角散乱測定を非常に短時間に行うことができるようになった。
【0109】
また、本実施形態のようにイオン交換膜29を湿潤状態に保持し、さらにその温度を100℃近傍の高温に保持する場合には、小角散乱測定の測定時間が長くかかるようでは、イオン交換膜29やそれを取り巻く水の状態が変化してしまい、正確なin−situ測定を行うことができなくなるおそれがある。このことに関し、本実施形態では、イオン交換膜29に入射するX線の強度を高くして測定時間を短縮することにより、実際の使用環境下における正確な測定を実現した。
【0110】
(第2実施形態)
以上に説明した実施形態では、図7に示した小角散乱線図G及び図8に示した小角散乱線図Hのピーク位置の違い、小角散乱線図G,Hのピーク強度の違い、及び図9に示した2次元散乱図形Eの3つの要素に基づいてイオン交換膜29の性能を評価したが、その評価は、それら3つの要素のうちの1つ又はいずれか2つの組み合わせによっても行うことができる。
【0111】
(第3実施形態)
以上に説明した実施形態では、1つのイオン交換膜29を異なる複数の環境に置いたときに、それぞれの環境下における小角散乱線図Gや2次元散乱図形Eを求めて、その1つのイオン交換膜29の分子構造の変化、従って性能の変化を評価した。
【0112】
これに代えて、他の実施形態では、分子構造が未知である複数のイオン交換膜をX線小角散乱測定に供して、複数のイオン交換膜のそれぞれについての小角散乱線図G,Hや2次元散乱図形Eを求め、複数のイオン交換膜間での分子構造の違いを評価することもできる。この場合、イオン交換膜の温度は一定温度に保持して測定を行うことができる。
【0113】
また、標準のイオン交換膜についての小角散乱線図G,Hを図2の処理部33のメモリ38に予め記憶しておいて、測定によって得られた小角散乱線図G,Hをその標準の小角散乱線図G,Hと比較することにより、測定対象であるイオン交換膜を評価することもできる。
【0114】
(第4実施形態)
以上に説明した実施形態では、ロータターゲットを用いたポイントフォーカスのX線源を用い、さらにX線集光手段としてコンフォーカルミラーを用いた。この構成に代えて、コンフォーカルミラー以外のX線集光手段を用いることができる。また、場合によっては、X線集光手段を用いない構成とすることもできる。また、場合によっては、ラインフォーカスのX線源を用いることもできる。また、場合によっては、ロータターゲット以外のターゲットを用いることもできる。
【0115】
また、図3において、X線源3からイオン交換膜29に至るX線光路上、望ましくはX線源3からコンフォーカルミラー6に至るまでのX線光路上にモノクロメータを配設して、イオン交換膜29に入射するX線を特定波長、例えばCuKα線に単色化することもできる。また、コンフォーカルミラー6に相当するX線集光手段のそれ自体を単結晶モノクロメータによって構成することにより、単色化と集光とを同時に行うこともできる。
【0116】
(第5実施形態)
以上に説明した実施形態では、評価対象としてイオン交換膜を考えた。しかしながら、本発明に係る評価方法は、イオン交換膜以外の有機物を評価対象とすることもできる。このような有機物としては、有機高分子材料、ゲノム創薬等が考えられる。
【0117】
(第6実施形態)
以上に説明した実施形態では、X線小角光学装置として図1に示すような3スリット系の光学系を採用した。しかしながら、これ以外の構成のX線小角光学装置を用いることもできる。また、イオン交換膜29を使用環境に保持する機構として図5に示す構造を採用したが、その他の任意の構造を採用することもできる。
【0118】
以上、好ましいいくつかの実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明はそれらの実施形態に限定されるものでなく、請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々に改変できる。
【0119】
【発明の効果】
以上の説明から明らかなように、本発明によれば、広く一般的に用いられている装置であるX線測定装置を用いるだけで、イオン交換膜等といった有機物の分子構造を正確に評価できる。また、X線測定装置は、試料に対して付帯機器を設備することに関してNMR装置やIR装置に比べて自由度が高いので、試料に関する分子構造の評価を当該試料を実際の使用環境下に置いた状態で行うことができる。
【0120】
また、本発明によれば、イオン交換膜等といった有機物の周りの湿度を変化させる工程を実施することにしたので、湿度が変化する条件下で使用される物質のin−situ測定を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明に係るX線測定装置を構成するX線小角光学装置の一実施形態を示す正面図である。
【図2】本発明に係るX線測定装置を構成する読取り装置の一実施形態を示す図である。
【図3】図1に示すX線小角光学装置におけるX線の進行状態を模式的に示す図である。
【図4】図1のX線小角光学装置で用いられるX線源の一例を示す斜視図である。
【図5】図1のX線小角光学装置で用いられる試料支持装置の内部構造の一例を分解状態で示す斜視図である。
【図6】図1のX線小角光学装置において2次元X線検出器が散乱線で露光される状態を模式的に示す図である。
【図7】図2の読取り装置で読み取られた小角散乱線図の一例を示すグラフである。
【図8】図2の読取り装置で読み取られた小角散乱線図の他の一例を示すグラフである。
【図9】図1のX線小角光学装置によって2次元X線検出器に形成される2次元散乱図形の例を示す図であり、(a)は試料の分子構造の配列に乱れがある場合の2次元散乱図形を示し、(b)は試料の分子構造がきれいに配列する場合の2次元散乱図形を示す。
【図10】イオン交換膜の分子構造を模式的に示す図である。
【図11】イオン交換膜の分子構造の一例を示す化学式である。
【図12】イオン交換膜を用いた燃料電池の構造を模式的に示す図である。
【符号の説明】
1     X線小角光学装置(X線測定装置)
2     読取り装置(X線測定装置)
3     X線源
4     X線管
6     コンフォーカルミラー(X線集光手段)
7     第1スリット
8     第2スリット
9     第3スリット
11     試料支持装置
12     蓄積性蛍光体プレート(2次元X線検出器)
17     試料
22a,22b ヒートプレート
24     試料室構造体
26     厚み部材
27a,27b 遮蔽部材
28     試料室
29     イオン交換膜
31     貫通穴
32     読取り機構部
33     処理部
43     映像表示装置
46     印字装置
54     直鎖
56     側鎖
57     分子構造の粒ユニット
d0    直鎖間距離
E     2次元散乱図形
F     焦点
G     小角散乱線図
P     ピーク
R     X線

Claims (16)

  1. イオン交換膜の性能を評価する評価方法において、
    前記イオン交換膜の周りの湿度を変化させる工程と、
    入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線測定装置を用いて、前記イオン交換膜に関する異なる湿度条件において、イオン交換膜の小角散乱線図を求める工程と
    を有することを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  2. 請求項1において、
    前記複数の小角散乱線図におけるピーク位置の違い及び/又はピーク強度の違いを求める工程
    をさらに有することを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  3. 請求項1又は請求項2において、
    イオン交換膜の周りの湿度を変化させる前記工程は、試料室の中に前記イオン交換膜を入れ、さらに湿度を有するガスを当該試料室に流すことにより行う
    ことを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  4. 請求項1から請求項3の少なくともいずれか1つにおいて、前記小角散乱線図を求める工程は、前記イオン交換膜に関して2次元X線検出器を用いて2次元散乱図形を求める工程を有する
    ことを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  5. 請求項1から請求項4の少なくともいずれか1つにおいて、前記X線測定装置は、前記イオン交換膜へ入射するX線の進行路上に配置されたX線集光手段を有することを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  6. 請求項5において、前記X線集光手段はコンフォーカルミラーであることを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  7. 請求項5又は請求項6において、前記X線測定装置はポイントフォーカスのX線源をさらに有することを特徴とするイオン交換膜の評価方法。
  8. 有機物の性能を評価する方法において、
    前記有機物の周りの湿度を変化させる工程と、
    入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線測定装置を用いて、前記有機物に関する異なる湿度条件において、前記有機物の小角散乱線図を求める工程と
    を有することを特徴とする有機物の評価方法。
  9. 請求項8において、
    前記複数の小角散乱線図におけるピーク位置の違い及び/又はピーク強度の違いを求める工程
    をさらに有することを特徴とする有機物の評価方法。
  10. 請求項8又は請求項9において、
    有機物の周りの湿度を変化させる前記工程は、試料室の中に前記有機物を入れ、さらに湿度を有するガスを当該試料室に流すことにより行う
    ことを特徴とする有機物の評価方法。
  11. 請求項8から請求項10の少なくともいずれか1つにおいて、
    前記小角散乱線図を求める工程は、前記有機物に関して2次元X線検出器を用いて2次元散乱図形を求める工程
    を有することを特徴とする有機物の評価方法。
  12. 請求項8から請求項11の少なくともいずれか1つにおいて、前記X線測定装置は、前記有機物へ入射するX線の進行路上に配置されたX線集光手段を有することを特徴とする有機物の評価方法。
  13. 請求項12において、前記X線集光手段はコンフォーカルミラーであることを特徴とする有機物の評価方法。
  14. 請求項12又は請求項13において、前記X線測定装置はポイントフォーカスのX線源をさらに有することを特徴とする有機物の評価方法。
  15. 入射X線の光軸を中心とする小角度領域における散乱X線を検出できるX線小角光学系と、
    前記X線小角光学系を用いて測定した小角散乱線図のピーク位置を演算する手段と、
    演算されたピーク位置を小角散乱線図と共に表示する手段と
    を有することを特徴とするX線測定装置。
  16. 請求項15において、
    試料を収容すると共にX線を通過させることができる試料室と、
    該試料室内の湿度を変化させる湿度調節手段と
    を有することを特徴とするX線測定装置。
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