明 細 書 可視光硬化型接着剤 技術分野
本発明は生体組織等の接着に使用できる可視光硬化型接着剤に関する。 背景技術
外科手術中における出血は、 ほとんどの場合適切な縫合等で処置できるが、 凝 固障害、 抗血栓剤、 炎症、 感染、 強度の癒着などで止血に難渋することもしばし ば発生する(非特許文献 1 )。また呼吸器外科においても、特に肺気腫を伴う場合、 肺からの空気漏れを止めることが難しい(非特許文献 2 )。 このような制御しがた レ、出血や肺からの空気漏れを止めるために、架橋型ゼラチン(非特許文献 3〜 5 )、 シァノアクリレート (非特許文献 6, 7 )、 フイブリンダリュー (非特許文献 8〜 1 2 ) などの素材が開発され、 使用されてきた。
組織接着剤には適当な柔軟性や生分解性に加えて、 局所的あるいは全身的な非 刺激性や非毒性が要求される。 架橋型ゼラチンゃシァノアクリレートは強い組織 接着性を有するが、 ゼラチンの架橋反応ゃシァノアクリレートの分解反応時に生 じるアルデヒドゃイミ ドなどによる細胞毒性や強い組織刺激性が見出されている。 現在生体接着剤として最も広く使用されているのが血液凝固システムを応用し たフイブリノゲン、 トロンビン、 X I I I因子、 タンパク質分解酵素抑制剤を含 んだフイブリングリユーである。 フイブリンダリユーの止血や空気漏れ遮断等の 生体接着剤としての有効性は広く認識されている。 しかしながらヒ トの血液製剤 であり、 十分な原料の確保が難しいという問題がある。 さらに血液製剤であるた め感染を受ける危険性は否定できない。 C型肝炎ウィルスの薬害問題は、 このよ うな問題から生まれている。そこで様々な生体接着剤の開発が進められている(非 特許文献 1 3 , 1 4 )。
そのような中、 紫外線で硬化するバイオ接着剤が報告されている (非特許文献
1 5、 特許文献 1及び 2 )。 しかし、 紫外線の照射は、 組織に重篤な影響を与える
危険がある。 歯科材料でも 2 0年ほど前は紫外線照射によるレジンが使用されて いたが、 現在は可視光硬化型に置き換わった。 外科、 整形外科、 あるいは歯科の 軟組織の接着剤として可視光硬化型生体接着剤が実現すれば、 医療に大きく貢献 することが期待できる。
接着剤に用いることを意図したものではないが、 特許文献 3には、 フラーレン 及ぴ可視光照射下でフラーレンと反応しうる官能基を有する高分子化合物を含有 する、 可視光照射により硬ィヒされる感光性樹脂組成物が開示されている。
特許文献 1 特開 2 0 0 1— 2 2 4 6 7 7号公報
特許文献 2 特開平 6— 7 3 1 0 2号公報
特許文献 3 特開平 1 0— 9 0 8 9 3号公報
非特許文献 1 Ono, K. , Ishihara, M., Ozeki, Y. , Deguchi, Η., Sato, Μ. , Saito, Υ. , Yura, Η. , Sato, Μ., Kikuchi, Μ., Kurita, A., and Maehara, T. (2001) Surgeryl30, 844 - 850
非特許文献 2 Ishihara, M. , Nakanishi, K., Ono, Κ·, Sato, M., Kikuchi, M., Saito, Y. , Yura, H., Matsui, T., Hattori, H. , Uenoyama, M., and Kurita, A. (2002) Biomaterials 23, 833-840
非特許文献 3 Ishihara, M. , Ono, K. , Sato, M. , Nakanishi, K., Saito, Y., Yura, H. , Matsui, T., Hattori, H., Kikuchi, M., and Kurita, A. (2001) Wound Rep. Reg. , 9, 513—521
非特許文献 4 Braunwald, N. S. , Gay, W., and Tatooles, C. J. (1966) Surgery 59, 1024-1030
非特許文献 5 Koehnlein, H. E. and Lemper le, G. (1966) Surgery 66, 366-382
非特許文献 6 Otani, Y. , Tabata, Υ·, and Ikada, Y. (1996) J. Biomed. Mater. Res. 31, 157-166
非特許文献 7 Tseng, Y. Cつ Hyon, S. H. , and Ikada, Y. (1990) Biomaterials 11, 73-79
非特許文献 8 Vanholder, R., Misotten, A., Roels, H. , and Matton, G. (1993) Biomaterials 14, 737-743
非特許文献 9 Thetter, 0. (1981) Thorac. Cardiovasc. Surg. 29 290-293 非特許文献 1 0 Borst, H. G. , Haver ish, A. , Walterbusch, G. Maatz, W. and Messmer, B. (1982) J. Thorac. Cardiovasc. Surg. 84, 548-553
非特許文献 1 1 John, A. , Rousou, M. D. , Richard, M Engelman, M. D. , and Breyer, R. H. (1984) Ann. Thorac. Surg. 38 409 - 410
非特許文献 1 2 Moy, 0. J. Peimer, C. A. Koniuchi, M. P. , Hoeard, C. , Zielezny, M. , and Katikaneni, P. R. (1988) J. Hand Surg. 13 A, 273-278
非特許文献 1 3 Wang, D. - A. Varghese, S. , Sharma, B. Strehin, I. , Fermanian, S. Gorham, J. Fairbrother, D. H. Cascio, B. , Elisseeff , J. H. Nat. Mater. 6, 385 (2007)
非特許文献 1 4 Mooney, D. J. and Silv, E. A. Nat. Mater. , 6 327-328 (2007)
非特許文献 1 5 Ishihara, M. JTrends in (jlycoscience and Glycotechnology, 14, 331-341 (2002) 発明の開示
特許文献 3に記載の組成物はフラーレンを使用しているため有機溶媒にしか溶 解せず、 生体接着剤として使用できないという問題があった。
本発明は、 可視光照射により硬化可能な水溶性の生体接着剤を提供することを 目白勺とする。
本発明は以下の発明を包含する。
( 1 )
可視光照射下で励起される水溶性の酸素増感剤と、
可視光照射下で前記酸素増感剤から発生する一重項酸素を介して活性化され得. る官能基を有する水溶性の高分子化合物とを含有する、 可視光硬化型接着剤。 ( 2 )
水を更に含む、 (1 ) 記載の可視光硬化型接着剤。
( 3 )
生体組織を接着するための、 (1 ) 又は (2 ) 記載の可視光硬化型接着剤。
前記酸素增感剤がローズベンガルである、 (1) 〜 (3) のいずれかに記載の可 視光硬化型接着剤。
(5)
前記官能基が共役ジェン構造を有する、 (1) 〜 (4) のいずれかに記載の可視 光硬化型接着剤。
(6)
前記官能基がフラン基である、 (5) 記載の可視光硬化型接着剤。
(7)
相互に接着させようとする生体組織の間に (1) 〜 (6) のいずれかの可視光 硬化型接着剤を適用する工程と、 可視光を照射して前記接着剤を硬化させる工程 とを含む、 生体組織を接着する方法。 本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願 2008-027930号の明細書 および /または図面に記載される内容を包含する。 図面の簡単な説明
図 1は、ローズベンガルを 1 %加えて可視光照射を行った結果を示す図である。 図 2は、ローズベンガルを 3 %加えて可視光照射を行った結果を示す図である。 図 3は、 本発明の接着剤組成物により硬化接着した豚皮表面の写真である。 図 4は、 本発明の接着剤組成物により硬化接着した豚皮表面の写真である。 発明を実施するための最良の形態
1. 接着剤の用途
本発明の可視光硬化型接着剤は有機物質同士を接着するために使用することが できる。 本発明の可視光硬化型接着剤は可視光照射により硬化可能であることか ら生体組織間の接着に好適に使用できる。 本発明の可視光硬化型接着剤は外科、 整形外科、 あるいは歯科の軟組織の接着剤として有用である。
2. 酸素增感存 j
本発明に使用する酸素増感剤 (光増感剤とも呼ばれる) は、 可視光、 好ましく は 4 0 0〜 7 0 0 n mの波長の可視光の照射下で励起される水溶性の酸素増感剤 である限り特に限定されない。 このような酸素増感剤としてはローズベンガル、 メチレンプノレー、 ブロモフエノールプル一、 ェォシン、 エリス口シン等が挙げら れる。
3 . 官能基
本発明に使用する水溶性の高分子化合物は、 可視光照射下で前記酸素增感剤か ら発生する一重項酸素を介して活性化され得.る官能基を有するものである。 このような官能基としては、 具体的にはフラン基、 チォフェン基、 ピロール基 等の共役ジェン構造を有する官能基が好ましい。 また、 一級アミン類、 二級アミ ン類、 三級アミン類、 アントラセン類、 エノン類、 ベンゾイン類等を含む官能基 もまた 「可視光照射下で前記酸素増感剤から発生する一重項酸素を介して活性化 され得る官能基」 として好適に使用できる。
4 . 高分子化合物
本発明に用いる高分子化合物は、 1分子中に上記官能基を少なくとも 1つ有し、 且つ水溶性である高分子化合物である。
水溶性の高分子化合物としてはタンパク質(例えばゼラチン)、多糖類等の生体 高分子化合物のほか、 生分解性合成高分子を好適に使用することができる。 高分 子化合物が生分解性であれば、 本発明の接着剤は生体中で分解される。
高分子化合物ベの官能基の導入は通常の方法により行うことができる。 例えば フラン基はフルフリルイソシァネートを高分子化合物と反応させることにより導 入させることができる。 高分子化合物に対する官能基の割合は特に限定されない が、 官能基導入後の高分子化合物に対して官能基が 0 . 5〜2 0重量%含まれる ことが好ましい。
5 . 可視光硬化型接着剤の組成
本発明の可視光硬化型接着剤では上述の酸素增感剤と高分子化合物とが 1 : 1 0 0〜2 0 : 1 0 0の重量比で含有されることが好ましい。
本発明の可視光硬化型接着剤は、 上述の酸素增感剤と高分子化合物とが水中に 溶解された水溶液の形態で提供されることが好ましい。 水は、 生理食塩水、 リン
ガー溶液等の生理的塩類水溶液、 リン酸緩衝水溶液等の平衡塩類水溶液の形態で 用いられてもよい。 本発明の接着剤組成物が水溶液の形態である場合、 接着剤組 成物全量に対して酸素増感剤の濃度は 0 . 1〜2 0重量%、 高分子化合物の濃度 は 0 . 1〜5 0重量%であることが好ましい。
6 . 使用方法
本発明の可視光硬化型接着剤を接着しようとする有機材料 (例えば生体組織) の間に配置し、 可視光光源により波長 4 0 0〜 7 0 0 n mの光を 1 0〜 1 0 0 0 秒間照射することにより接着を行うことができる。
本発明は、 相互に接着させようとする生体組織の間に上記の可視光硬化型接着 剤組成物を適用する工程と、 可視光を照射して前記接着剤組成物を硬化させるェ 程とを含む、 生体組織を接着する方法を提供する。 ここで 「生体組織」 とは、 生 体が本来有している皮膚等の組織だけでなく、 外部から移植された生体組織をも 含む。 生体組織は好ましくは皮膚等の軟組織である。 実施例 1
1 . フラン基が導入されたゼラチンの調製
ゼラチン 2 gを純水 189 mLに 40°Cで溶解し、 希薄水酸化ナトリゥム水溶液で pHを 9に調製した。 ここにジメチルスノレホキシド 20 mLに Furfuryl isocyanate (300 /z L)を溶解した溶液を氷浴中で滴下した。水溶液は薄い黄色から濃い黄色に 変化した。 その後、 ー晚室温で静置した。 最後に 40°Cで 2時間反応させ、 希塩酸 で中和し、 2日間透析を行い、凍結乾燥した。約 80°/。のリシン側鎖などのァミノ基 に Furfuryl isocyanateが導入できたと考えられた。
2 . 硬化反応
フラン基導入ゼラチン 0. 053gを純水 1. 7mLに 40°Cで溶解した。 ここに所定量 のローズベンガルを溶解した。 この溶液をガラス板上に 30mLずつ塗布し、歯科用 可視光照射器 (Jetlite3000 J. Morita, USA Inc. ) で照射を行った。
光硬化度 (Photocuring degree) は以下の手順で測定した。 上記の通り溶液を 塗布したガラス板を所定時間光照射後に垂直にたて、 塗布した溶液の流れる距離 を測定した。 こうして、 光照射時間が異なる各試料について溶液が流れる距離を
測定した。 光照射時間 tの試料での溶液の移動距離を Xとする。 光を照射しなか つた試料が流れた距離 Yを光硬化度 0 %時の移動距離とした。 光を一定時間以上 照射すると溶液は全く流れなくなったことから、 光硬化度 1 0 0 %時の移動距離 はゼロである。 光照射時間 tの試料における光硬化度は次式により算出した。 光照射時間 tの試料における光硬化度 (%) = 1 0 0 X (Y— X) /Y
3 , ロ
図 1には、 ローズベンガルを 1 %加えて可視光照射を行った結果を示す。 約 6 分間で硬化が起こることがわかった。 図 2には、 3 %加えた場合を示す。 この場 合、 約 3分間で硬化が観察できた。 ローズベンガルを含まない場合や、 未修飾の ゼラチンにローズべンガルを加えて可視光照射を行つても全く硬化が観察されな かったことから、 酸素増感剤のローズベンガルにより、 ゼラチンに導入されたフ ラン基がラジカルを形成し、 光酸化誘導架橋機構により架橋反応が起こつたもの と考えられた。
実施例 2
接着剤組成物としてゼラチン誘導体を 10w t %、 ローズベンガルを 1. Ow t % 含有する水溶液を調製した。 ゼラチン誘導体は、 実施例 1で作成したものを用い た。
豚皮 (1 X 2 c m) の真ん中に切れ込みを入れた。
豚皮上の切れ込み部に上記の接着剤組成物を塗布して、 照射装置 JETLITE3000 で 15分間照射した。
条件:
JETLITE3000 (400nm〜520nm、 400mW/cm2) 照射距離 5mm。
照射後、豚皮表面の硬化を観察した (図 3及び 4参照)。 豚皮に切れ込みを入れ た部分に塗布した場合でも、接着剤組成物は 15分でしっかりと硬ィヒし、両端を曲 げ延ばしても、 切れ込み部分を開くことはできなかった。 接着剤組成物の光照射 による架橋物は水に溶けることはなく、 水を含んでやわらかくなるものの、 接着 物にしつかり固定されていることが確認された。 産業上の利用可能性
本発明により、 可視光照射により硬化可能な水溶性の接着剤が提供される。 本 発明の接着剤は生体組織間の接着に特に有用である。 本明細書で引用した全ての刊行物、 特許および特許出願をそのまま参考として 本明細書にとり入れるものとする。