タンパク質製剤 技術分野
本発明は、 安定性が向上したタンパク質製剤に関する。 さらに詳しくは、 本発 明 、 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 2—モルホリノエ夕ンスルホン酸緩衝 液及び 3—モルホリノプロパンスルホン酸緩衝液などの緩衝液を用いることによ つて、 抗体などの生理活性タンパク質の高濃度溶液状態における安定性を向上さ せることに関する。 背景技術
遺伝子組換え技術の発達によって、 抗体、 酵素、 ホルモン、 サイト力イン等の 生理活性を有するタンパク質についても医薬品として利用することが可能となつ てきた。 これらを安定した供給量でかつ高品質に提供するためには、 構造及び活 性を保持しうる製造条件及び保存条件を確立することが必要とされている。
一般に、 タンパク質を高濃度溶液にて保存する場合、 不溶性凝集体の生成を始 めとする劣化現象が問題となり、 それを防止する必要がある。
例えば、 免疫グロブリン、 モノクローナル抗体、 ヒト型化抗体等の抗体は不安 定なタンパク質であり、 精製工程において実施するウィルス除去のための濾過ス トレス、 濃縮ストレス、 熱ストレスなどによって会合、 凝集などの物理的、 化学 的変ィ匕を生じやすい。
これまでに、 タンパク質の劣化を抑制し安定に保存する方法として、 凍結乾燥 による安定化が広く用いられている。 しかし、 凍結時及び凍結乾燥時のメカ二力 ルストレスにより変性或いは化学変化が起きる可能性があり、 それを回避するた めに何らかの凍結保護剤を添加する必要があった。
また、 化学的、 物理的変化を抑制するための安定化剤としてヒト血清アルブミ ンあるいは精製ゼラチンなどのタンパク質といった高分子類或いはポリオール類、 ァミノ酸及び界面活性剤等といつた低分子類を添加することによる安定化効果が 見出されている。 しかしながら、 タンパク質のような生体由来の高分子を安定ィ匕
剤として添加することは、 その安定化剤に由来するウィルス等のコンタミを除去 するために非常に煩雑な工程を必要とするなどの問題があった。 また、 ウィルス の不活性化を目的として加熱処理を行うときに、 熱ストレスにより会合、 凝集な どの問題を生じることがあった。
さらに、 タンパク質溶液における不溶性凝集体の生成については、 変性した夕 ンパク質即ち変性中間体の生成がその原因になっており、 不溶性凝集体の生成を 抑制する方法の開発が望まれていた。
本発明の目的は、 抗体、 酵素、 ホルモン、 サイト力イン等の生理活性を有する 夕ンパク質の高濃度溶液状態における安定性を向上させ、 変性中間体や不溶性凝 集物の生成を抑制して、 安定な生理活性タンパク質含有製剤を提供することであ る。 発明の開示
上記目的を達成するために鋭意研究した結果、 本発明者らは、 酢酸緩衝液、 ィ ミダゾ一ル緩衝液、 アミノエ夕ンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液及びァ ミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液からなる群から選択される 1種以上の緩衝液、 特に p H値が約 5〜 7の前記緩衝液中においてタンパク質の 安定性が向上し、 変性中間体の生成を抑制し、 さらに不溶性凝集体の生成を抑制 できることを発見して本発明を完成した。
すなわち、 本発明は以下のものを提供する:
( 1 ) 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエタンスルホン酸もしくはその 誘導体の緩衝液及びアミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液から なる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性タンパク質を含む、 安定性 が向上したタンパク質製剤; - ( 2 ) 緩衝液の pH値が 5〜 7の範囲である前記 (1 ) 記載のタンパク質製剤; ( 3 ) アミノエタンスルホン酸もしくはその誘導体が 2—モルホリノエタンスル ホン酸(ME S ) 、 N— ( 2—ァセトアミド) 一 2—アミノエ夕ンスルホン酸(A C E S ) 、 N, N—ビス (2—ヒドロキシェチル) 一 2—アミノエタンスルホン 酸 (B E S ) 、 2— [ 4— (2—ヒドロキシェチル) 一 1—ピペラジニル] エタ
ンスルホン酸 (HE PES) 、 ピぺラジン— 1, 4一ビス (2—エタンスルホン 酸) (P I PES) 及び N—トリス (ヒドロキシメチル) メチル—2—アミノエ 夕ンスルホン酸 (TES) からなる群から選択される前記 (1) 又は (2) 記載 のタンパク質製剤;
(4) ァミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体が 3—モルホリノプロパン スルホン酸 (MOPS) 、 2—ヒドロキシー 3— [4- (2—ヒドロキシェチル) — 1ーピペラジニル] プロパンスルホン酸 (HEP P SO) 、 2—ヒドロキシ— 3—モルホリノプロパンスルホン酸 (MOP SO) 及びピぺラジン一 1, 4ービ ス (2—ヒドロキシ一 3—プロパンスルホン酸) (POP SO) からなる群から 選択される前記 (1) 又は (2) 記載のタンパク質製剤;
(5) タンパク質が、 抗体、 酵素、 サイト力イン、 ホルモンから選択される前記
(I) 又は (2) 記載のタンパク質製剤;
(6) タンパク質が抗体である前記 (5) 記載のタンパク質製剤;
(7) 抗体がモノクローナル抗体である前記 (6) 記載のタンパク質製剤; (8) モノクローナル抗体がヒト型化抗体である前記 (7) 記載のタンパク質製 剤;
(9) 酢酸緩衝液、 イミダゾ一ル緩衝液、 アミノエタンスルホン酸もしくはその 誘導体の緩衝液及びアミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液から なる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性夕ンパク質を溶解すること を含む、 タンパク質製剤の安定性を向上させる方法;及び
(10) 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエタンスルホン酸もしくはそ の誘導体の緩衝液及びアミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液か らなる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性タンパク質を含む状態で タンパク質含有試料の加熱処理を行うことを特徴とする、 タンパク質含有試料を 加熱処理するときの安定化方法。
(I I) 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエ夕ンスルホン酸もしくはそ の誘導体の緩衝液及びアミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液か らなる群から選択される 1種以上の緩衝液中に抗体を溶解することを含む、 前記 抗体の F c部分の安定性方法。
図面の簡単な説明
図 1は、 6 0 °C熱処理後における蛍光スペクトル (A N S結合性) の経時変化 を示す。
図 2は、 6 0 °C熱処理後における陽イオン交換 H P L Cで分離したときの未変 性体ピーク面積の経時変化を示す。
図 3は、 6 0 熱処理後における陽イオン交換 H P L Cで分離したときの変性 中間体ピーク面積の経時変化を示す。
図 4は、 6 0 °C熱処理後におけるゲル濾過 H P L Cで分離したときの単量体 (未 変性体) ピーク面積の経時変化を示す。
図 5は、 6 0 °C熱処理後におけるゲル濾過 H P L Cで分離したときの可溶性凝 集体 (変性中間体) ピーク面積の経時変化を示す。
図 6は、 60 -4週間熱処理後における各サンプルの ANS結合による蛍光強度 を示す。
図 7は、 60°C4週間熱処理後における各サンプルの陽イオン交換 HPLC分析 結果であり、 (A)未変性体ピークの割合、 (B)変性中間体ピークの割合、 (C)未知ピ ークの割合を示す。
図 8は、 60°C-4週間熱処理後における各サンプルのゲル濾過 HPLC分析結果 であり、 (A)単量体ピークの割合、 (B)可溶性凝集体ピークの割合を示す。
図 9は、 60t -4週間熱処理後における各サンプルの H鎖残存率算出結果を示 す。
図 1 0は、 60°C-4週間熱処理後における各サンプルのアンモニア濃度測定結果 を示す。
図 1 1は、 60で- 4週間熱処理後における各サンプルのァスパラギン及びァスパ ラギン酸残基の異性化度測定結果を示す。 なお、 図中の Asxはァスパラギン残基 とァスパラギン酸残基の合計を表す。
図 1 2は、 G0°Cにて熱処理したときの抗体 H鎖及びべプチドにおける未切断体 残存率の経時変化を示す。
図 1 3は、 Fab断片の熱処理後試料をゲルろ過 HPLCにより測定し、単量体ピ
一クの残存率推移を示した結果である。
図 1 4は、 Fc断片の熱処理後試料をゲルろ過 HPLCにより測定し、 単量体ピ 一クの残存率推移を示した結果である。
図 1 5は、 Fab断片の熱処理後試料を ANS結合による蛍光スぺクトルにより 測定し、 470nmにおける蛍光強度の推移を示した結果である。
図 1 6は、 Fc断片の熱処理後試料を ANS結合による蛍光スぺクトルにより測 定し、 470nmにおける蛍光強度の推移を示した結果である。
図 1 7は、 Fab断片、 Fc断片及び抗体全体の各試料について、 熱変性挙動を示 差走査熱量分析計 (DSC)により測定した結果を示す。
図 1 8は、 抗体全体の各変性段階について可逆性を評価した結果を示す。 図 1 9は、 Fab断片の変性について可逆性を評価した結果を示す。
図 2 0は、 Fc断片の各変性段階について可逆性を評価した結果を示す。
図 2 1は、 抗体全体の各変性段階について、 変性中点温度に対する DSC測定 時の昇温速度が及ぼす影響を評価した結果を示す。
図 2 2は、 Fab断片の変性について、 変性中点温度に対する DSC測定時の昇 温速度が及ぼす影響を評価した結果を示す。 発明を実施するための最良の形態
本発明における生理活性タンパク質は、 抗体、 酵素、 サイト力イン、 ホルモン を含むがこれに限定されない。 具体的には、 顆粒球コロニー刺激因子 (G— C S F) 、 顆粒球マクロファージコロニー刺激因子 (GM—C S F)、 エリス口ポェチ ン (E P O)、 トロンボポェチン等の造血因子、 インターフェロン、 IL-1や IL-6等 のサイト力イン、 免疫グロブリン、 モノクローナル抗体、 ヒト型化抗体、 組織プ ラスミノーゲン活性化因子 (T P A)、 ゥロキナーゼ、 血清アルブミン、 血液凝固 第 V I I I因子、 レブチン、 インシュリン、 幹細胞成長因子 (S C F)などを含む が、 これらに限定されない。 タンパク質の中でも、 免疫グロブリンが好ましく、 さらに好ましくはモノクローナル抗体、 ヒト型化抗体である。
生理活性タンパク質とは、 哺乳動物、 特にヒトの生理活性タンパク質と実質的 に同じ生物学的活性を有するものであり、 天然由来のもの、 および遺伝子組換え
法により得られたものを含むが、 好ましいのは遺伝子組換え法により得られたも のである。 遺伝子組換え法によって得られるタンパク質には天然タンパク質とァ ミノ酸配列が同じであるもの、 あるいは該アミノ酸配列の 1又は複数を欠失、 置 換、 付加したもので前記生物学的活性を有するものを含む。 さらには、 生理活性 タンパク質は P E G等により化学修飾されたものも含む。
生理活性タンパク質がモノクローナル抗体である場合には、 モノクローナル抗 体はいかなる方法で製造されたものでもよい。 モノクローナル抗体は、 基本的に は公知技術を使用し、 感作抗原を通常の免疫方法にしたがって免疫し、 得られる 免疫細胞を通常の細胞融合法によって公知の親細胞と融合させ、 通常のスクリー ニング法により、 モノクローナルな抗体産生細胞をスクリーニングすることによ つて作成できる。 さらに、 モノクローナル抗体は、 ハイプリドーマが産生するモ ノクローナル抗体に限られるものではなく、 ヒトに対する異種抗原性を低下させ ること等を目的として人為的に改変されたキメラ抗体を含む。あるいは再構成( r e s h ap e d) したヒト型化抗体を本発明に用いることもできる。 これはヒト 以外の哺乳動物、 たとえばマウス抗体の相補性決定領域によりヒト抗体の相補性 決定領域を置換したものであり、 その一般的な遺伝子組換手法も知られている。 その既知方法を用いて、 再構成ヒト型化抗体を得ることができる。
なお、 必要に応じ、 再構成ヒト型化抗体の相補性決定領域が適切な抗原結合部 位を形成するように抗体の可変領域のフレームワーク (FR) 領域のアミノ酸を 置換してもよい (S a t oら、 Canc e r Re s. 53 : 1— 6, 1993) 。 このような再構成ヒト型化抗体としてヒト型化抗 I L— 6レセプター抗体 (hP M-1) が好ましく例示される (国際特許出願公開番号 WO 92— 19759を 参照) 。 また、 ヒト型化抗 HM1. 24抗原モノクローナル抗体 (国際特許出願 公開番号 WO 98- 14580を参照) 、 ヒト型化抗副甲状腺ホルモン関連ぺプ チド抗体 (抗 P TH r P抗体) (国際特許出願公開番号 WO 98— 13388を 参照) 、 ヒト型化抗組織因子抗体 (国際特許出願公開番号 WO 99- 51743 を参照) なども本発明で使用する好ましい抗体である。
さらに、 トランスジエニック動物等によって作製されたヒト抗体も好ましい。 さらに、 抗体には Fab, (Fab')2, Fc,Fc',Fdなどの抗体断片や、 1価又は 2価以
上の一本鎖抗体 (scFV) などの再構成したものも含む。
本発明では、 生理活性タンパク質含有試料もしくは抗体含有試料とは、 生体由 来タンパク質もしくは抗体であるか、 あるいは組換え夕ンパク質もしくは抗体で あるかを問わず、 いかなるタンパク質もしくは抗体を含む試料であってもよく、 好ましくは、 培養により得られた生理活性タンパク質もしくは抗体を含む CHO 細胞などの哺乳動物細胞の培養培地、 あるいはこれに部分的精製などの一定の処 理を施したものをいう。
本発明者らは、 抗体含有試料の熱処理による変性に寄与するさまざまな因子を 検討した。 その結果、 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエ夕ンスルホン 酸もしくはその誘導体の緩衝液又はアミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導 体の緩衝液中に抗体を溶解して、 8 O — 2時間又は 6 Ot:— 2週間又は 4週間 の熱処理を施したとき、 リン酸緩衝液又はクェン酸緩衝液に比べて、 可溶性会合 体である変性中間体の生成が少なく、 変性現象が抑制され、 さらに不溶性凝集体 の生成が見られないことから、 安定化効果が大きいことを発見した。 特に、 これ らの緩衝液を使用すると、 変性中間体から不溶性凝集体へのさらなる凝集ィヒが抑 制されることが観察された。
本発明のタンパク質製剤では酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエタン スルホン酸もしくはその誘導体の緩衝液及びアミノプロパンスルホン酸もしくは その誘導体の緩衝液からなる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性夕 ンパク質及び以下に記載する各種成分を溶解することによって調製する。 これら の緩衝液は単独で用いても、 あるいは 2種以上を組み合わせて用いてもよい。 アミノエ夕ンスルホン酸もしくはその誘導体として好ましいものは、 2—モル ホリノエタンスルホン酸 (MES) 、 N- (2—ァセトアミド) - 2—アミノエ タンスルホン酸 (ACES) 、 N, N—ビス (2—ヒドロキシェチル) 一 2—ァ ミノエタンスルホン酸 (BES) 、 2— [4— (2—ヒドロキシェチル) 一 1— ピペラジニル]エタンスルホン酸(HE PES)、 ピぺラジン一 1, 4—ビス (2 —エタンスルホン酸) (P I PES) 及び N—トリス (ヒドロキシメチル) メチ ル—2—アミノエタンスルホン酸 (TES) を挙げることができるが、 これに限 定されず、 pK aが約 5〜8のものであれば使用できる。 最も好ましいのは 2—
モルホリノエタンスルホン酸 (MES) である。
ァミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体として好ましいものは、 3—モ ルホリノプロパンスルホン酸 (MOPS) 、 2—ヒドロキシー 3— [4— (2— ヒドロキシェチル) 一 1ーピペラジニル] プロパンスルホン酸 (HEPPSO) 、 2—ヒドロキシ— 3—モルホリノプロパンスルホン酸 (MOP SO) 及びピペラ ジン一 1, 4—ビス (2—ヒドロキシ— 3—プロパンスルホン酸) (POPSO) を挙げることができるが、 これに限定されず、 pKaが約 5〜8のものであれば 使用できる。 最も好ましいのは 3—モルホリノプロパンスルホン酸 (MOPS) である。
緩衝液の ρΗは 5. 0〜8. 0であることが好ましく、 5. 0〜7. 0である ことがより好ましく、 5. 5〜6. 5がさらに好ましい。 緩衝液の濃度は一般に l〜500mM、 好ましくは 5〜; 100mM、 さらに好ましくは 5〜 30 mM、 最も好ましくは 10〜2 OmMである。
本発明で用いる緩衝液はどのような方法で調製してもよい。 一般には所定量の 試薬 (好ましくは特級試薬) を精製水に溶解した後、 塩酸、 水酸ィ匕ナトリウムな どを用いて pHを調整する。 以下に各緩衝液の調製法の一例を示すが、 本発明は これに限定されない。
0. 90 の酢酸を約 900 mLの精製水に溶かし、 1 M水酸化ナトリウム溶 液で pHを調節し、 全量を 1 とする。
イミダゾール緩衝液:
1. 02 gのイミダゾールを約 900 mLの精製水に溶かし、 1 M塩酸溶液で pHを調節し、 全量を 1Lとする。
2—モルホリノエ夕ンスルホン酸 (MES) 緩衝液:
3. 20 gの 2—モルホリノエタンスルホン酸 1水和物を約 90 OmLの精製 水に溶かし、 1M水酸化ナトリウム溶液で pHを調節し、 全量を 1Lとする。 3—モルホリノプロパンスルホン酸 (MOPS) 緩衝液:
3. 14 gの 3—モルホリノプロパンスルホン酸を約 90 OmLの精製水に溶 かし、 1M水酸ィ匕ナトリウム溶液で pHを調節し、 全量を 1Lとする。
本発明の製剤には界面活性剤をさらに含むことができる。 界面活性剤としては、 非イオン界面活性剤、 例えばソルビタンモノカプリレート、 ソルビタンモノラウ レート、 ソルビタンモノパルミテート等のソルビ夕ン脂肪酸エステル;グリセリ ンモノカプリレー卜、 グリセリンモノミリテ一卜、 グリセリンモノステアレー卜 等のグリセリン脂肪酸エステル;デカグリセリルモノステアレート、 デカグリセ リルジステアレート、 デカグリセリルモノリノレート等のポリグリセリン脂肪酸 エステル;ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレー卜、 ポリオキシエチレン ソルビタンモノォレエ一ト、 ポリオキシエチレンソルビ夕ンモノステアレート、 ポリォキシェチレンソルビタンモノパルミテート、 ポリオキシエチレンソルビ夕 ントリオレエート、 ポリオキシエチレンソルビタントリステアレート等のポリオ キシエチレンソルビタン脂肪酸エステル;ポリオキシエチレンソルビットテトラ ステアレート、 ポリォキシエチレンソルビットテトラオレエート等のポリォキシ エチレンソルビット脂肪酸エステル;ポリオキシエチレングリセリルモノステア レート等のポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル;ポリエチレングリコ ールジステアレート等のポリエチレングリコール脂肪酸エステル;ポリオキシェ チレンラウリルエーテル等のポリォキシェチレンアルキルエーテル;ポリォキシ ェチレンポリォキシプロピレングリコールエーテル、 ポリォキシェチレンポリオ キシプロピレンプロピルエーテル、 ポリオキシエチレンポリォキシプロピレンセ ポリオキシェチェレンノニルフエニルエーテル等のポリオキシエチレンアルキル フエニルエーテル,;ポリオキシエチレンヒマシ油、 ポリオキシエチレン硬ィヒヒマ シ油(ポリオキシエチレン水素ヒマシ油)等のポリオキシエチレン硬ィヒヒマシ油; ポリオキシエチレンソルビットミツロウ等のポリオキシエチレンミッロゥ誘導 体;ポリオキシエチレンラノリン等のポリオキシエチレンラノリン誘導体;ポリ ォキシエチレンステアリン酸アミド等のポリオキシエチレン脂肪酸アミド等の H L B 6〜 1 8を有するもの;陰イオン界面活性剤、 例えばセチル硫酸ナトリゥム、 ラウリル硫酸ナトリウム、 ォレイル硫酸ナトリウム等の炭素原子数 1 0〜1 8の アルキル基を有するアルキル硫酸塩;ポリォキシエチレンラウリル硫酸ナトリウ ム等の、 エチレンォキシドの平均付加モル数が 2〜 4でアルキル基の炭素原子数
が 1 0〜1 8であるポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩;ラウリルスル ホコハク酸エステルナトリウム等の、 アルキル基の炭素原子数が 8〜1 8のアル キルスルホコハク酸エステル塩;天然系の界面活性剤、 例えばレシチン、 グリセ 口リン脂質;スフインゴミエリン等のフィンゴリン脂質;炭素原子数 1 2〜1 8 の脂肪酸のショ糖脂肪酸エステル等を典型的例として挙げることができる。 本発 明の製剤には、 これらの界面活性剤の 1種または 2種以上を組み合わせて添加す ることができる。
好ましい界面活性剤はポリォキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルであり、 特に好ましいのはポリソルべ一ト 2 0、 2 1、 4 0、 6 0、 6 5、 8 0、 8 1、 8 5であり、 最も好ましいのはポリソルベート 2 0及び 8 0である。
本発明の製剤には、 安定化剤として種々のアミノ酸を添加することもできる。 また、 等張化剤としてさらに、 ポリエチレングリコール;デキストラン、 マンニ トール、 ソルビトール、 イノシトール、 グルコース、 フラクト一ス、 ラクト一ス、 キシロース、 マンノース、 マルトース、 ラフイノースなどの糖類を用いることが できる。
本発明のタンパク質製剤には、 所望によりさらに希釈剤、 溶解補助剤、 賦形剤、 p H調整剤、 無痛化剤、 緩衝剤、 含硫還元剤、 酸化防止剤等を含有してもよい。 例えば、 含硫還元剤としては、 N—ァセチルシスティン、 N—ァセチルホモシス ティン、 チォクト酸、 チォジグリコール、 チォエタノールァミン、 チォグリセ口 ール、 チォソルビトール、 チォグリコール酸及びその塩、 チォ硫酸ナトリウム、 ダルタチオン、 並びに炭素原子数 1〜7のチオアルカン酸等のスルフヒドリル基 を有するもの等が挙げられる。 また、 酸化防止剤としては、 エリソルビン酸、 ジ ' ブチルヒドロキシトルエン、 プチルヒドロキシァニソール、 α—トコフエロール、 酢酸トコフエロール、 Lーァスコルビン酸及びその塩、 L—ァスコルピン酸パル ミテート、 Lーァスコルビン酸ステアレート、 亜硫酸水素ナトリウム、 亜硫酸ナ トリウム、 没食子酸トリアミル、 没食子酸プロピルあるいはエチレンジァミン四 酢酸ニナトリウム (E D TA) 、 ピロリン酸ナトリウム、 メタリン酸ナトリウム 等のキレート剤が挙げられる。 さらには、 塩化ナトリウム、 塩化カリウム、 塩化 カルシウム、 リン酸ナトリウム、 リン酸カリウム、 炭酸水素ナトリウムなどの無
機塩;クェン酸ナトリウム、 クェン酸カリウム、 酢酸ナトリウムなどの有機塩な どの通常添加される成分を含んでいてよい。
本発明のタンパク質製剤は通常非経口投与経路で、 例えば注射剤 (皮下注、 静 注、 筋注、 腹腔内注など) 、 経皮、 経粘膜、 経鼻、 経肺などで投与されるが、 経 口投与も可能である。
本発明のタンパク質製剤は、 溶液製剤であっても、 使用前に溶解再構成するた めに凍結乾燥したものであってもよい。 凍結乾燥のための賦形剤としては例えば マンニトール、 ブドウ糖などの糖アルコールや糖類を使用することが出来る。 溶 液製剤である場合には、 本発明のタンパク質製剤は、 通常密封、 滅菌されたブラ スチック又はガラス製のバイアル、 アンプル、 注射器のような規定容量の形状の 容器、 ならびに瓶のような大容量の形状の容器で供給することができる。
本発明の製剤中に含まれる生理活性タンパク質の量は、 使用する生理活性タン パク質の種類、 治療すべき疾患の種類、 疾患の重症度、 患者の年齢などに応じて 決定できる。
一般的には、 本願製剤、 または糖類を添加した後の注射用組成物の全体量に対 して、 0. 01 g〜20 Omg/m 1、 好ましくは 0. 〜: L OOmg/ mlの生理活性タンパク質を含む。 例えば免疫グロブリン、 モノクローナル抗体、 ヒト型化抗体などの抗体である場合には、 一般には最終投与濃度で 0. 1〜 20 Omg/m 1 , 好ましくは 1〜20 Omg/m 1、 さらに好ましくは 10〜 20 Omg/m 1 , 最も好ましくは 10〜: L 5 Omg/m 1である。 本発明のタンパ ク質製剤は、 特に生理活性タンパク質を 1 Omg/m 1以上含む高濃度タンパク 質溶液であるときに顕著に安定化効果を示す。
本発明のタンパク質含有試料中に含まれる生理活性タンパク質の量は、 試料の 全体量に対して、 0. 01 g〜20 Omg/m 1、 好ましくは 0. 5 g〜l 0 OmgZm 1の生理活性タンパク質を含む。 例えば免疫グロブリン、 モノクロ ーナル抗体、 ヒト型化抗体などの抗体である場合には、 一般には最終投与濃度で 0. :!〜 200mg/ml、 好ましくは 1〜 20 Omg/m 1、 さらに好ましく は10〜2001118/1111、 最も好ましくは 10〜150mgZmlである。 本発明の生理活性タンパク質製剤の安定性を、 抗体試料を用いて蛍光スぺクト
ル (T r p残基、 ANS結合性) 、 陽イオン交換 HPLC、 ゲル濾過 HPLC及 び SDS— PAGEにより試験した。
その結果、 イミダゾール緩衝液、 酢酸緩衝液、 2—モルホリノエタンスルホン 酸緩衝液 (MES) 及び 3—モルホリノプロパンスルホン酸緩衝液 (MOP S) について 80°C— 2時間処理後における可溶性凝集体である変性中間体の生成は 少なく、 変性現象の抑制効果が認められた。 一方、 60°C— 4週間処理後におけ るィミダゾ一ル、 ME S及び MO P S緩衝液の熱変性中間体の生成量はリン酸と 比べて多かったが、 不溶性凝集体の生成は見られなかった。 従って、 これらの緩 衝液については変性中間体から不溶性凝集体へのさらなる凝集化が抑制されてい るものと考えられた。
また、 SDS— PAGEにおいて、 凝集化したサンプルを 2—メルカプトエタ ノールで還元した系で測定することにより (還元系 SDS— PAGE) 、 単量体 と同様の泳動パターンを示すことから、 凝集体中における共有結合は大部分がジ スルフイド結合であることが判明した。 しかし、 60°C処理後においては還元系 においても高分子量側にバンドの生成が認められることから、 一部はジスルフィ ド結合以外の共有結合の形成が示唆された。
一方、 リン酸緩衝液及び MES緩衝液について、 pHが生理活性蛋白質の安定性 に及ぼす影響を評価するために抗体試料を用いて 60 処理後に見られる熱変性 現象及び化学変化を評価した。
熱変性現象については、 陽イオン交換 HPLC、 ゲルろ過 HPLC及び ANS結合 性蛍光スぺクトルを指標としたが、 G0V-4週間処理後における熱変性は pH6付 近において最も抑制されていた。 このことは、 示差走査熱量分析の結果から説明 することができた。 即ち、 酸性条件下では 3段階からなる各変性中点温度が低い ことが、 塩基性条件下では変性後における中間体の高い凝集化傾向が熱安定性の 低下要因となっているものと考えられた。
化学変化については、 SDS-PAGE、 アンモニア生成量及びァスパラギン酸 (ァ スパラギンを含む)の異性化を指標として評価した結果、 酸性条件下では H鎖上 における 272番目のァスパラギン酸残基と 273番目のプロリン残基 (Asp-Pro)間 の加水分解が極めて起こりやすく、 ァスパラギン酸残基の異性ィヒ反応も起こりや
すいことが示された。 また、 塩基性条件下では、 ァスパラギン及びグルタミン残 基の脱アミド化のみならず、 ァスパラギン酸残基の異性化も起こりやすいことが わかった。 これらの結果から、 化学変化を最も抑制できる条件は中性付近である ことが確認できた。 なお、 Asp-Pro配列の加水分解速度が対応するペプチドの約 1/10であったことから、蛋白質の高次構造を保持することは化学変化の抑制に対 して重要であることが示唆された。
さらに、 抗体断片 (Fab及び Fc断片) を用いて、 6 0 °C処理後におけるゲル 濾過 H P L C及び AN S結合性蛍光スぺクトル測定を行った結果から、 Fab断片 では、 緩衝液の種類にかかわらず、 熱処理後においてほとんど変性していなかつ たが、 Fc断片では、抗体全体の場合と同様に熱変性現象に対する緩衝液種類の影 響が見られ、 酢酸及び MES緩衝液はリン酸及びクェン酸緩衝液と比較して熱変 性が抑制されていることがわかった。 また、 示差走査熱量分析計により熱変性温 度の評価及び熱変性現象の可逆性評価を行った結果から、 Fabドメインだけでは 何れの緩衝液を用いても変性後の凝集化は見られなかつたことから、 抗体全体の 凝集化に対して大きく影響を及ぼしている部分は Fc ドメインであること、'及び 抗体全体の変性現象は Fab及び Fcドメインの単なる和とはならず、 両ドメイン 間の相互作用による影響を受けていることが示唆された。
これらの結果から、 本発明の生理活性夕ンパク質製剤が極めて優れた安定性効 果をもつものであることが判明した。
従って、 本発明は酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエタンスルホン酸 もしくはその誘導体の緩衝液及びァミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体 の緩衝液からなる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性夕ンパク質を 溶解することを含む、 タンパク質製剤の安定性を向上させる方法を提供する。 本発明はさらに、 酢酸緩衝液、 イミダゾール緩衝液、 アミノエタンスルホン酸 もしくはその誘導体の緩衝液及ぴァミノプロパンスルホン酸もしくはその誘導体 の緩衝液からなる群から選択される 1種以上の緩衝液中に生理活性夕ンパク質を 含む状態でタンパク質含有試料の加熱処理を行うことを特徴とする、 タンパク質 含有試料を加熱処理するときの安定化方法を提供する。 本発明の安定化方法は、 タンパク質製剤の精製工程において実施するウィルス除去のための加熱処理など
において特に有用である。
本発明を以下の実施例によってさらに詳しく説明するが、 本発明の範囲はこれ に限定されない。 本発明の記載に基づき種々の変更、 修飾が当業者には可能であ り、 これらの変更、 修飾も本発明に含まれる。
【実施例】
実施例 1 :緩衝液の種類、 pHの熱安定性に及ぼす効果
1- 1. 試料溶液の調製
測定にはヒト型化抗 I L一 6受容体抗体を使用した。 ヒト型化抗 I L— 6受容 体抗体の作製方法は WO 92/19759に記載されており、 本発明では WO 9 2/19759記載の L鎖バージョン 「a」 と H鎖バージョン 「f」 から成るも のを使用した。 この抗体は CHO細胞を用いて遺伝子組換え法で生産したもので ある。
ヒト型化抗 I L一 6受容体抗体原液 (約 4 Omg/mL、 pH6. 5) を 15 mMリン酸緩衝液 (PH6. 5) により希釈し、 抗体濃度 10 mg/mLの試料 溶液を調製し、 2mLずつガラスアンプルに充填し、 熔閉密封した (試料 1 : リ ン酸緩衝液、 PH6. 5) 。 なお、 ここでいう pHは試料調製後の試料 pHであ る。
抗体濃度 1 OmgZmLの溶液を、 以下に示した緩衝液を外液とした透析を行 うことにより緩衝剤種類の異なる試料溶液を調整し、 2mLずつガラスアンプル に充填し、 熔閉密封した。 なお、 緩衝剤濃度は何れも 15 mMとした。
•試料 2 : リン酸緩衝液、 pH5. 5
'試料 3 :クェン酸緩衝液、 pH6. 5
'試料 4 :クェン酸緩衝液、 pH5. 5
•試料 5 :イミダゾール緩衝液、 p H 6. 5
'試料 6 :酢酸緩衝液、 pH5. 5
•試料 7 : 2—モルホリノエタンスルホン酸 (MES) 、 pH6. 5 •試料 7 : 2—モルホリノエ夕ンスルホン酸 (MES) 、 pH5. 5
'試料 9 : 3—モルホリノプロパンスルホン酸 (MOPS) 、 pH6. 5 これらの試料溶液を 80 一 2時間及び 60 °C— 2, 4週間の条件にて熱処理
し、 安定性の評価に供した。
1— 2. 評価方法
以下の方法で熱処理した試料について物性評価を行い、 安定性を比較した。 1-2- 1. タンパク質自身の蛍光スペクトル測定 (トリブトファン残基)
15mMリン酸緩衝液 (pH6. 5) により抗体濃度が 133 gZmL (0. 89 βΜ) となるように希釈し、 測定試料とした。 測定試料約 1. 5mLを蛍光 セルに加え、 波長 280 nmの励起光で 280〜400 nmの蛍光スぺクトルを 測定した。 この測定はトリブトファン残基の存在状態を測定するものである。 夕 ンパク質が変性すると、 疎水性残基であるトリプトファン残基の存在状態が変化 することにより、 蛍光強度が増大し、 かつ最大蛍光波長が高波長側にシフトする。 使用機器:分光蛍光光度計 F -2000 (日立製作所)
1-2-2. ANS結合性蛍光スペクトル測定
15mMリン酸緩衝液 (pH6. 5) により抗体濃度が 667 gZmL (0. 89 M ) となるように希釈し、本希釈溶液 900 Lに 0. 4M 1—ァニリ ノー 8—ナフタレンスルフォネ一ト (ANS) 溶液 300 Lを加え、 測定試料 とした。 全量を蛍光セルにとり、 波長 365 nmの励起光で 450〜55 Onm の蛍光スぺクトル及び蛍光強度を測定した。 AN Sはタンパク質表面の疎水性を 示す部分に結合する特性を有しており、 結合時に蛍光を発する。 従って、 本測定 では、 蛍光強度を指標として、 タンパク質表面の疎水性を測定するものである。 使用機器:分光蛍光光度計 F -2000 (日立製作所)
1-2-3. 陽イオン交換 HPLC
以下の分析条件で各試料を測定した。
使用カラム : Re s ou r s e S 1 mL (Ph a rma c i a)
移動相 :以下の 2種類の緩衝液を用いた直線グラジェント
A液: 20mM MES (pH6. 0)
B液: 20mM MES (pH6. 0) —0. 5M塩化ナトリウム
t ime (mi n) A (%) B (%)
0 100 0
60 0 100
65 0 100
66 100 0
1 mL/ m i n
測定波長 280 nm
試料注入 ί 抗体にして 10〜30 g
HPLC装置: Mo d u 1 e - I (Wa t e r s)
1 -2-4. ゲル濾過 HPLC
以下の分析条件で各試料を測定した。
ガードカラム TSK-gua r d c o 1 umn SWXL (東ソ一) 分離カラム TSK-g e 1 G4000 SWXL (東ソ一)
移動相 5 OmMリン酸緩衝液 (pH7. 0) 一 0. 3M塩化ナトリ ゥム
流速 1 mL/m i n
測定波長 280 nm
試料注入量 抗体にして 10〜30 g
HPLC装置: Mo du 1 e - I (Wa t e r s)
1-2-5. SDS-PAGE
10%SDSを含む試料希釈緩衝液中の抗体 1 g相当をポリアクリルアミド ゲル (還元系 12%、 非還元系 8%) にアプライし、 最大電圧 200 V、 最大電 流 200 mAにて約 40分間泳動させた。
バンドの染色はクマジブリリアントブルーにより行つた。
2. 結果
2-1. 蛍光スペクトル (Tr p残基) 、 蛍光スペクトル (AN S結合性)
以下の表 1に 80 °C— 2時間熱処理後におけるそれぞれの測定結果を示した。 表 1 ( 80 一 2時間)
蛍光スぺクト Ι Ν¾¾合性
errl=330nm eni=470nm
試料 1 リン酸緩衝液 PH6.5 5774 6089
試料 2 リン酸緩衝液 pH5.5 5221 4487
試料 3 クェン酸緩衝液 pH6.5 5779 6677
試料 4 クェン酸緩衝液 ρΗ5.5 5556 6511
試料 5 イミダゾール緩衝液 ρΗ6·5 5020 3003
試料 6 酢酸緩衝液 ρΗ5.5 4770 2776
試料 7 Ι^Ε^衝液 pH6.5 5185 3665
試料 8 纖衝液 pH5.5 4670 1503
試料 9 [^)0¾衝液 pH6.5 5143 3306 熱処理を施したサンプルは熱変性現象により何れの蛍光スぺクトルについても 蛍光強度が増大した。 なお、 熱処理をしなかったコントロールの蛍光スペクトル は約 4500, AN S結合性は約 250であった。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較して、 イミダゾール、 酢酸、 MES及び MO PS緩衝液について、 何れの蛍光スぺクトルについても 8 O :— 2時間後の蛍光 強度は低い値となり、 変性が抑制されていることが示された。
また、 同一緩衝液について ρΗ 6. 5と 5. 5の間を比較すると、 ρΗ5. 5 の方が変性を抑制できていた。
図 1に 60°C— 2、 4週間熱処理後における AN S結合性の測定結果を示す。 リン酸及びクェン酸緩衝液と比較してィミダゾール、 酢酸、 ME S及び MO P S緩衝液は変性が抑制できていることが示された。 また、 イミダゾール、 酢酸、 ME S及び MO P S緩衝液を使用した試料では不溶性凝集物が観察されなかった。 同一緩衝液について PH6. 5と 5. 5の間を比較すると、 80。Cの場合と異 なり、 pH5. 5の方が高い AN S結合性を示した。
2-2. 陽イオン交換 HP LC
以下の表 2に 80 °C— 2時間熱処理後における測定結果を示した。
表 2 (80°C— 2時間)
未変性体 熱変性中間体
試料 1 リン酸緩衝液 ρΗδ.5 170890 410576
試料 2 リン酸緩衝液 pH5.5 350017 225267
試料 3 クェン酸緩衝液 pH6.5 122496 448531
試料 4 クェン酸緩衝液 pH5.5 144343 409860
試料 5 イミダゾール緩衝液 pH6.5 383687 167740
試料 6 酢酸緩衝液 pH5.5 466018 160059
試料 7 ΛΕδϋ衝液 pH6.5 351641 238077
試料 8 IvE^衝液 pH5.5 590792 Not detected
試料 9 MOPS锾衝液 pH6.5 380758 168208
80°C— 2時間の熱処理により、 未変性体のピーク面積は減少し、 その代わり に変性中間体のピークが生成した。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較して、 イミダゾール、 酢酸、 MES及び MO PS緩衝液について、 80DC— 2時間後における未変性体残存量は高く、 変性中 間体の生成は抑制されていた。
また、 同一緩衝液について pH 6. 5と 5. 5の間を比較すると、 pH5. 5 の方が未変性体残存量は高く、 変性中間体の生成は抑えられていた。
図 2、 図 3に 60°C— 2、 4週間処理後における測定結果を示す。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較してイミダゾール、 酢酸、 MES及び MOP S緩衝液は未変性体の残存量が高く、 変性中間体の生成が抑制されていた。 なお、 イミダゾール、 酢酸、 ME S及び MOPS緩衝液を用いた試料では、 不溶性凝集 物が観察されなかった。
一方、 同一緩衝液について PH6. 5と 5. 5の間を比較すると、 80°Cの場 合と異なり、 低 pHである 5. 5の方が未変性体の残存が少なく、 変性中間体の 生成量が高い結果となった。 2- 3. ゲル濾過 HP LC
以下の表 3に 80 °C— 2時間熱処理後における測定結果を示した。
表 3 (80^—2時間) 未変性体 熱変性中間体
(単里体) (会合体)
e式料 1 リン酸緩衝液 ΡΗ6.5 219350 528928
試料 2 リン酸緩衝液 ρΗ5.5 381133 379504
eit料 3 クェン酸緩衝液 ρΗ6.5 178756 504121
試料 4 クェン酸緩衝液 ρΗ5.5 166392 584894
t料 5 イミダゾール緩衝液 ρΗ6.5 455483 286100
料 6 酢酸緩衝液 ρΗ5.5 481455 252296
δ式料 7 ^^衝液 ρΗ6.5 422489 353231
試料 8 ^^衝液 ρΗ5.5 585661 76946
試料 9 1^¾1衝液 ρΗ6.5 412389 310318
80 °C— 2時間の熱処理により、 未変性体に対応する単量体のピーク面積は減 少し、 その代わりに高分子量側に変性中間体に相当する可溶性凝集体のピークが 生成した。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較して、 イミダゾール、 酢酸、 MES及び MO PS緩衝液について、 80°C— 2時間後における単量体残存量は高く、 可溶性凝 集体の生成は抑制されていた。
また、 同一緩衝液について pH 6. 5と 5. 5の間を比較すると、 pH5. 5 の方が可溶性凝集体の生成は抑えられていた。
図 4、 図 5に 60°C— 2、 4週間処理後における測定結果を示す。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較してイミダゾール、 酢酸、 MES及び MOP S緩衝液は単量体の残存量が高く、 可溶性凝集体の生成は抑制されていた。 なお、 イミダゾール、 酢酸、 ME S及び MOPS緩衝液を用いた試料では、 不溶性凝集 物が観察されなかった。
一方、 同一緩衝液について pH6. 5と 5. 5の間を比較すると、 80°Cの場 合と異なり、 低 pHである 5. 5の方が単量体の残存が少なく、 可溶性凝集体生 成量が多い結果となった。
2-4. SDS-PAGE
80°C— 2時間の熱処理後における SDS— PAGEの結果から、 非還元系に おいて、 高分子量側にバンドの生成が見られ、 共有結合性会合体の生成が示唆さ
れた。 しかし、 還元系では未処理品と差は見られないことからジスルフイド結合 による共有結合であるものと考えられた。
リン酸及びクェン酸緩衝液と比較して、 イミダゾール、 酢酸、 MES及び M〇 PS緩衝液について、 80°C— 2時間後における高分子量側のバンドは薄く、 共 有結合性会合体の生成は抑制されていた。
また、 同一緩衝液について pH 6. 5と 5. 5の間を比較すると、 pH5. 5 の方が共有結合性会合体の生成は抑えられていた。
60 °C— 4週間熱処理後における SDS— PAGEの結果から、 リン酸及びク ェン酸緩衝液と比較してイミダゾール、 酢酸、 ME S及び MOPS緩衝液の高分 子量側パンドは薄く、 共有結合性会合体の生成は抑制されていた。 また、 2—メ ルカプトェタノールにより測定試料を還元した測定結果 (還元系 S D S— P A G E) においても未処理品と比較して高分子量側に僅かながらパンドを認めたこと から、 大部分の共有結合はジスルフイド結合であるが、 それ以外の化学変化が生 じているものと考えられた。
同一緩衝液について PH6. 5と 5. 5の間を比較すると、 80°Cの場合と異 なり、 低 p Hである 5. 5の方が非還元系において高分子量側のバンドが濃く、 共有結合性会合体生成量が多い結果となった。 実施例 2 : pHの熱安定性に及ぼす影響
1- 1. 試料溶液の調製
測定には実施例 1に記載のヒト型化抗 IL-6受容体抗体を使用した。 ヒト型化 抗 IL-6受容体抗体原液 (約 40mg/mL, pH6.5)を精製水に対して透析を行つた後、 緩衝剤成分を加え、 精製水にて希釈することにより、 以下に示した抗体濃度 lOmg/mLの試料溶液を調製した。各試料は 2mLずつガラスアンプルに充填し、 熔閉密封した。
•試料 1 : 15mMリン酸緩衝液、 pH4
•試料 2 : 15mMリン酸緩衝液、 pH5
'試料 3 : 15mMリン酸緩衝液、 pH6
'試料 4 : 15mMリン酸緩衝液、 pH6.5
•試料 5 : 15mMリン酸緩衝液、 PH7
'試料 6 : 15mMリン酸緩衝液、 pH8
'試料 7 : 15mMリン酸緩衝液、 pH9
•試料 8 : 15mMモルホリノエタンスルホン酸 (MES)緩衝液、 pH4 ·試料 9 : 15mM MES緩衝液、 pH5
•試料 1 0 .: 15mM MES緩衝液、 pH6
•試料 1 1 : 15mM MES緩衝液、 pH6.5
•試料 1 2 : 15mM MES緩衝液、 pH7
•試料 1 3 : 15mM MES緩衝液、 pH8
·試料 1 4 : 15mM MES緩衝液、 pH9
これらの試料溶液を 60°C-4週間の条件にて熱処理し、安定性の評価に供した。
1 — 2 . 評価方法
以下の方法で熱処理した試料について物性評価を行い、 安定性を比較した。
1 - 2 - 1 . AN S結合性蛍光スぺクトル測定
15mMリン酸緩衝液 (pH6.5)により抗体濃度が 667 H g/mL(0.89 ^ M )となるよ うに希釈し、 本希釈溶液 900 /Lに 0.4M 1-ァニリノ- 8-ナフタレンスルフォネ —ト (ANS)溶液 300 Lを加え、 測定試料とした。 全量を蛍光セルにとり、 波長 365nmの励起光で 450〜550nmの蛍光スぺクトル及び蛍光強度を測定した。 使用機器:分光蛍光光度計 F-2000(日立製作所)
1 - 2 - 2 . 陽イオン交換 H P L C
以下の分析条件で各試料を測定した。
使用カラム : Resourse S lmL(Pharmacia)
移動相 :以下の 2種類の緩衝液を用いた直線グラジェント
A液: 20mM モルホリノエタンスルホン酸 (pH6.0)
B液: 20mM モルホリノエタンスルホン酸 (pH6.0)-0.5M塩化ナトリゥム
Time(min) A(%) B(%)
0 100 0
60 0 100
65 0 100
66 100 0
流速 : lmL/mm
測定波長 : 280nm
試料注入量 :抗体にして 10〜30 g
HPLC装置 : Module- 1 (Waters) 1-2-3. ゲル濾過 HPLC
以下の分析条件で各試料を測定した。
ガードカラム: TSK-guardcolumn SWXL (東ソ一)
分離力ラム : TSK-gel G4000SWXL (東ソ一)
移動相 : 50mMリン酸緩衝液 (pH7.0)-0.3M塩化ナトリウム 流? S : lmL/min
測定波長 : 280mn
試料注入量 :抗体にして 10〜30
HPLC装置 : Module- 1 (Waters) 1— 2— 4. SDS— PAGE
予め 2-メルカプトエタノールにより還元した 10 % SDSを含む試料希釈緩衝液 中の抗体 l g相当をポリアクリルアミドゲル (12%)にアプライし、 最大電圧 200V、 最大電流 200mAにて約 40分間泳動させた。 パンドの染色はクマジブリ リアントブルーにより行つた。
また、 染色後のゲルをフォトスキャナ一により画像ファイルとして取り込み、 コンピューター上において H鎖に対応するバンドの濃さ (濁度)を画像解析ソフト Scion-Imageにて算出することにより、 H鎖の対 Initial残存率を算出した。 フォトスキャナー: GT-7000U (セイコーェプソン)
1—2— 5 . アンモニア濃度
アンモニア濃度はグルタミン酸脱水素酵素による酵素法に基づいた測定キット (Fキット アンモニア、 ロシュ ·ダイァグノスティックス社)を用いて測定した。 測定は本製品の添付文書に記載されている方法に従った。
1 - 2 - 6 . ァスパラギン及びァスパラギン酸残基の異性化度測定
抗体約 lmgを 6M塩酸に溶かし、 減圧下において 110°C-4時間熱処理するこ とにより加水分解させた。 このとき、 ァスパラギン及びァスパラギン酸残基がァ スパラギン酸として切り出される。 加水分解サンプルは凍結乾燥後、 500 Lの 精製水を加えて溶かした。 このァスパラギン酸溶液 20iiLと 0-フタルアルデヒ ド (OPA)- N-ァセチル -L-システィン溶液 (NAC) 10 /Lを混合し、 3分後 0.05M酢 酸緩衝液 (pH5.2)を 470 L加えたものを測定試料とした。
なお、 OPA - NAC溶液は、 OPA 4mgにメ夕ノール 300 H L 0.4Mホウ酸緩 衝液 (pH9.4) 250 UL L及び蒸留水 390 n Lを加え、 さらに 1M NAC溶液 (pH5.5)を 60 L加えることにより調製した。
•逆相 HPLC条件 ,
カラム : Vydac C18 218TP54(4.6 X 250mm, Vydac)
移動相 4%ァセトニトリル -0.05M酢酸緩衝液 (pH5.8)
流速 0.4mL/mm
検出波長 350
試料注入量 20~500 L
HPLC装置 ポンプ L-7110(日立製作所)、 紫外吸収検出器 L-7400(日立製 作所)
1 - 3 . 示差走査熱量分析計による熱変性温度測定
示差走査熱量分析 (DSC)により、各 pHにおける抗体の熱変性現象を評価した c 測定条件は以下の通りである。
試料中タンパク質濃度: 800 g/mL
測定温度: 40〜: LOOt
昇温速度: 0.5°C/min
測定に用いた試料については、 1-1.に記載した試料 1-14を同一条件の緩衝液に て濃度が 800 g/mLとなるように希釈することにより調製した。
使用機器:示差走査熱量分析計 VP-DSC(MicroCal)
1 - 4. H鎖分解産物のアミノ酸配列分析
SDS-PAGE上において見られた H鎖の断片ィ匕現象について、 切断部位を同定 するために各断片について N末端側のアミノ酸配列分析を行った。
SDS-PAGEにより得られた泳動ゲルを PVDF膜に電気的に転写し、 クマジブ リリアントブルーにて染色した後、 H鎖の分解物に相当するバンドを切り出した。 目的バンドを含む PVDF膜は脱塩した後、 乾燥し、 配列分析に供した。
N末側のアミノ酸配列分析は、 エドマン分解法に基づいた以下の機器を用い、 本機器による標準的な分析条件に従い測定した。
使用機器 :アミノ酸シークェンサー 473A(Applied Biosystems)
1 - 5 . H鎖分解速度の測定
一次配列上において隣り合うァスパラギン酸残基とプロリン残基の間 (Asp- Pro配列)が加水分解されることにより生じる H鎖の断片化現象について、 酸性 条件下における切断速度を測定した。 また、 本抗体が持つ Asp-Pro配列とその周 辺の配列を含む 15残基からなるペプチドを定法に従って合成し、 同様に加水分 解速度を測定した。
抗体及びペプチドの切断条件は以下の通りとした。
使用サンプル :ヒト型化抗体或いは Asp-Pro配列を含むぺプチド ぺプチド配列 : VDVSHEDPEVKFNWY
: 15mM酢酸緩衝液 (pH4)
抗体/ベプチド濃度 : 66.7μΜ (抗体にして 10mg/mL)
熱処理温度及び時間 : 60°C-1,2,4週間 (抗体)、 βθΌ-β,^^^Ββ時間 (ぺプチ ド、)
抗体の Η鎖切断速度は、 1-2-4.に記載された方法により Η鎖の対 Initial残存
率を求め、 対時間でプロットしたときの負の傾きから算出した。
また、ペプチドの切断速度は、逆相 HPLCにより得られる切断されていないべ プチドのピーク面積から対 Initial残存率を求め、対時間でプロットしたときの負 の傾きから算出した。
•逆相 HPLC条件
カラム : TSK-gel ODS-120T(4.6 X 250mm. 東ソ一)
移動相 :以下の 2種類の緩衝液を用いた直線グラジェント
A液: 1%ァセトニトリル -0.05%塩酸
B液: 60%ァセトニトリル -0.05%塩酸
Time(min) A(%) B(%)
0 100 0
100 0 100
検出波長 350腹
試料注入量 切断前ペプチドにして 3.31111101相当(50 1^)
HPLC装置 ポンプ L-7110(日立製作所)、 紫外吸収検出器 L-7400(日立製 作所)
2.
2- 1. 60°C-4週間熱処理後の安定性評価
2- 1- 1. AN S結合性蛍光スペクトル測定
60°C-4週間処理後におけるサンプルの ANS結合による 470mnにおける蛍光 強度を図 6に示す。何れの緩衝液についても pH6において最小となり、中性付近 で熱変性現象が抑制されていることが示された。また、酸性条件下において、 ANS の蛍光強度は高い結果となった。 しかし、 塩基性において変性中間体は凝集 ·沈 殿したため、 ANS結合性による変性度の評価はできなかった。
2- 1-2. 陽イオン交換 HPLC測定
60°C-4週間処理後におけるサンプルの陽イオン交換 HPLC分析結果として、
未変性体残存率及び変性中間体生成率を図 7に示す。 何れの緩衝液においても、 変性中間体の生成は中性付近にて最も抑制されていた。 また、 酸性条件下では変 性中間体に相当するピーク面積が大きくなったが、 塩基性条件下では変性中間体 のピーク面積は低下した。 塩基性条件下ではサンプル中に大量の沈殿が見られた ことから、 変性中間体は不安定であり、 更なる凝集化により不溶化したために、 見かけ上ピーク面積が小さくなつているものと考えられた。
また、 未変性体よりも早く溶出する未知ピークの生成は、 中性付近において最 犬となった。 但し、 塩基性条件下では沈殿生成の影響を受けている。 2- 1-3. ゲル濾過 H PLC測定
60で-4週間処理後におけるサンプルのゲル濾過 HPLC分析結果として、 単量 体残存率及び凝集体生成率を図 8に示す。陽イオン交換 HPLCから得られる結果 と同様に単量体の残存率は中性付近において最も高く、 熱変性現象は抑制されて いた。 一方、 弱酸性条件下において凝集体の生成は見られず、 低分子量側にピー クが認められた。従って、陽イオン交換 HPLC上において未変性体より遅く溶出 するピークは可溶性凝集体である変性中間体の生成によるものでなく、 むしろ低 分子量分解物が生成していることが分かった。
2-1-4. SDS-PAGE
60t -4週間処理後におけるサンプルの還元系 SDS-PAGE分析結果では、 酸性 条件下において H鎖に対応するバンドの濃さが低下していた。 それに対して、 L 鎖の前後における新たなバンドの生成が認められた。 従って、 酸性条件下におい て H鎖の分解が起こっている可能性が示された。 また、 H鎖バンドの濃さを定量 することにより、熱処理前に対する H鎖の残存率を評価した結果を図 9に示した が、 pHが低いほど、 またリン酸緩衝液の方が残存率は低く、 H鎖の分解が促進 されていた。
2-1-5. アンモニア濃度測定
60t -4週間処理後におけるサンプルのアンモニア濃度測定結果を図 10に示
したが、 何れの緩衝液についても pHとアンモニア生成量の間に正の相関が見ら れ、 pHが高いほどアンモニア生成量は多かった。 アンモニア生成の多くはァス パラギン或いはグルタミン残基の脱アミド化に起因する。 従って、 脱アミド化反 応は高い pHにおいて促進されていることが確認できた。 また、 pHを問わずァ ンモニァ生成量はリン酸緩衝液の方が高く、 脱アミド化反応の起こりやすさが緩 衝液間で異なることが示唆された。
なお、 脱アミド化することにより電荷が一に傾くことから、 先述の陽イオン交 換 HPLC上の未変性体より先に溶出する未知ピークには脱アミド化抗体が含ま れているものと考えられる。
2 - 1 - 6 . ァスパラギン及びァスパラギン酸残基の異性化度 Ml定
60°C -4週間処理後におけるサンプルのァスパラギン及びァスパラギン酸残基 の異性化度 (全体に占める D体の比率)を測定した結果を図 1 1に示したが、 緩衝 液を問わず異性化現象は中性条件下で最も抑制されていた。 一方、 塩基性条件下 では異性化が起こりやすく、 リン酸緩衝液の方が異性化率は高い結果となった。 なお、 図 1 1中で Asxはァスパラギン残基とァスパラギン酸残基の合計を示す。
2 - 2 . 示差走査熱量分析計による熱変性温度測定
以下の表 4に示差走査熱量分析計による変性中点温度の測定結果を示したが、 何れの緩衝液についても酸性側における各変性中点温度は低かった。 一方、 塩基 性側では 3段階目の変性において凝集化が見られたため、 正確な変性中点温度を 算出することができなかった。 これらの結果から、 酸性側では変性温度の低下に より、 塩基性側では変性体の凝集化傾向の高さにより不安定化していることが分 かり、 pH6付近における安定性が高い原因となっているものと考えられた。
表 4
5 66.22 81.53 93.47
6 70.74 81.98 4. j
6.5 71.02 4. 1
7 71.45 82.15
8 71.69 81.85
9 71.66 81.37
5 64.35 81.02 93.29
6 68.81 82.65 93.09*
6.5 71.6 82.17 92.57*
7 71.48 81.54 91.91*
9 70.45 80.27 91.30*
*:変性途中にて凝集した。
H鎖分解産物のアミノ酸配列分析
60 -4週間処理後において還元系 SDS-PAGE上で新たに出現した 2本のピー ク (Unknown 1 2)について、 N末端側のアミノ酸配列分析を行った。 なお、 Unknownlが L鎖より高分子側に、 Unknown2が L鎖より低分子側に位置する バンドである。 その結果、 Unknown 1については配列を読むことができなかつ たが、 Unknown 2については N末端から Pro-Glu-Val-Lys-Pheという配列が読 み出された。 この結果を本抗体の一次配列に当てはめてみたところ、 H鎖上の- P273-E274-V275-K276-F277-に該当した。 一般的に酸性下においてァスパラギン酸ープ 口リン配列は加水分解により切断されやすいことが知られており、 本抗体の全配 列を通して Asp-Pro配列は D272-P273の 1ケ所のみである。従って、酸性条件下に おける H鎖の断片化は、 -E271-D272/P273-E274-V275-K276-F277-おける/の部分にお ける切断に起因するものと考えられた。なお、 Unknownlバンドでアミノ酸配列
が読めなかった原因として、 H鎖の N末端に位置するダル夕ミン残基がピロダル 夕ミノレ化しており切り出すことができなかつたことが考えられた。
2 - 4. H鎖分解速度の測定
抗体及びペプチドを 60でにて処理したときにおける未切断体残存率の経時変 化を図 1 2に示した。 このように、 抗体 H鎖では 1週間後に、 ペプチドでは 36 時間後において切断速度の低下が見られた。 そこで、 抗体及びペプチドの切断現 象について初速度を比較したところ、抗体は対応するペプチドの約 1/10に相当し ていた。 抗体の切断速度が低い原因として、 抗体が有している高次構造の喪失に よる Asp-Pro配列が抗体表面への露出が切断の律速段階となっていることが考え られた。 従って、 抗体のネイティブな構造が保持されることは、 Asp-Pro配列切 断の抑制に寄与していることが示唆された。 熱変性現象を指標とした場合、 60°C-4週間の熱処理では pH6付近が最も安定 であった。 このことは、 示差走査熱量分析の結果から説明することができる。 即 ち、 酸性条件側では 3段階からなる各変性中点温度が低いことが、 塩基性条件側 では変性後における中間体の高い凝集化傾向が不安定化の要因となっているもの と考えられた。
化学変化については、酸性条件下では H鎖上における 272番目のァスパラギン 酸残基と 273番目のプロリン残基間の加水分解が極めて起こりやすく、 ァスパラ ギン酸残基の異性化反応も起こりやすいことが示された。 また、 塩基性条件下に おいてもァスパラギン及びグルタミン残基の脱アミド化のみならず、 ァスパラギ ン酸残基の異性化も起こりやすいことが分かった。 よって、 化学変化を指標とし た場合にも中性付近が最適であることが示された。 なお、 Asp-Pro配列の加水分 解現象については、切断速度が対応するペプチドの 1/10程度であったことから、 ネイティブ状態としての高次構造保持が化学変ィヒの抑制においても重要であるこ とが示唆された。 実施例 3 :緩衝液の種類が抗体フラグメント溶液の安定性に及ぼす影響
1 - 1 . 試料溶液の調製
1 - 1 - 1 . パパイン消化による抗体の断片化
実施例 1と同じヒト型化抗 I L一 6受容体抗体原液 (抗体濃度約 40mg/mL)を 凍結乾燥し、 0.15M塩化ナトリウムを含む 50mMリン酸緩衝液 (pH7.5、 PBS)に 濃度が 5mg/mLとなるように溶解させた。 本抗体溶液 ImLに、 予め 50( g/mL となるよう 2mM EDTA及び 2mMシスティンを含む PBSに溶かしたパパイン溶 液を ImL加え、 37°C-2時間反応させた。
1 - 1 - 2 . パパイン消化産物からの抗体フラグメント精製
パパイン消化産物から Fab及び Fc断片を以下の方法により分取 ·精製した。 パパイン消化後の抗体断片溶液をプロティン Aカラム (HiTrap rProtein A FF ImL, Amersham Pharmacia Biotech)に通し、素通り部分を Fab断片粗精製画分 として採取した。 0.15M塩化ナトリゥムを含む 0.1Mリン酸緩衝液 (pH7.4)により カラムを洗浄した後、 0.1Mダリシン緩衝液 (pH3.0)をカラムに通すことにより Fc 断片を溶出させた。 Fc断片粗精製画分は等量の 0.2Mトリス-塩酸緩衝液 (pH8.0) と混合することにより中和した後、 0.15M塩化ナトリゥムを含む 0.1Mリン酸緩 衝液 (pH7.4)にて透析した。
Fab断片粗精製画分は以下の条件の陽イオン交換 HPLCにより精製した。 分離力ラム : TSK-gel SP-5PW (東ソ一)
移動相 :以下の 2種類の緩衝液を用いたグラジェント
A液 : 50mM酢酸緩衝液 (pH4.0)
B液 : 50mM酢酸緩衝液 (pH4.0)-0.5M塩化ナトリウム
Time(min) A(%) B(%)
0 100 0
60 0 100
流速 : lmL/min
測定波長 : 280nm
HPLC装置 :ポンプ; L-7110(日立製作所)
紫外分光検出器; L-7420(日立製作所)
Fc断片粗精製画分はプロテイン Aカラムに再度通すことにより精製した。 得 られた各断片の純度を SDS-PAGE (ゲル濃度: 12%)により確認した。
1— 1— 3 . 抗体フラグメント溶液の調製
1-1-1.にて断片化し、 1-1-2.にて精製したヒト型化抗体の Fab及び Fc断片につ いて、濃度を lmg/mLに合わせた後、以下に示した各緩衝液を外液として用いた 透析により緩衝剤種類の異なる試料溶液を調整した。 熱処理に供する各試料溶液 は lmLずつガラスアンプルに充填し、 熔閉密封した。
試料 1 : 15mMリン酸緩衝液、 pH6.5
試料 2 : 15mMクェン酸緩衝液、 pH5.5
試料 3 : 15mM酢酸緩衝液、 pH5.5
試料 4 : 15mMモルホリノエ夕ンスルホン酸 (MES)、 pH5.5 試料 5 : 15mMモルホリノエタンスルホン酸 (MES)、 pH6.5 熱処理条件については、 Fab断片溶液は 60°C-1,2,4週間、 Fc断片溶液は 60 -2,4,7日とした。 熱処理後以下の方法により安定性を評価した。
1 - 2 . 熱安定性の評価方法
抗体フラグメント溶液の熱安定性を、ゲル濾過 HPLCによる単量体のピーク面 積及び 1-ァニリノ -8-ナフタレンスルフォネート (ANS)の疎水性表面への結合に よる蛍光スぺクトルの変化を指標として測定した。
1 - 2 - 1 . ゲル濾過 H P L C
以下の分析条件で各試料を測定した。
ガードカラム: TSK-guardcolumn SWXL (東ソ一)
分離力ラム : TSK-gel G3000SWXL (東ソ一)
移動相 : 50mMリン酸緩衝液 (pH7.0)-0.3M塩化ナトリウム 流速 : lmL/min
測定波長 : 280nm
試料注入量 :各抗体断片にして 10〜30μ§
HPLC装置 :ポンプ; waters600
紫外分光検出器; SPD-6A (島津製作所)
1 - 2 - 2 . AN S結合性蛍光スぺクトル測定
抗体フラグメント溶液の熱安定性を、 1-ァニリノ- 8-ナフタレンスルフォネート (ANS)の疎水性表面への結合による蛍光スぺクトルの変化を指標として測定した。 熱処理前後の各抗体フラグメント溶液 900 L (約 lOmnol)に 0.4M ANS溶液 30(^Lを加え、 測定試料とした。 全量を蛍光セルにとり、 波長 365mnの励起光 で 450〜550nmの蛍光スぺクトルを測定した。
使用機器:分光蛍光光度計 F-2000(日立製作所)
1 - 3 . 示差走査熱量分析計による熱変性温度の評価
示差走査熱量分析 (DSC)により、各緩衝液における Fab断片、 Fc断片及び抗体 全体の熱変性現象を評価した。 測定条件は以下の通りである。
試料中タンパク質濃度: lmg/mL
測定温度: 40〜100°C、 昇温速度: 0.5 /πΰη
なお、 測定試料のうち Fab及び Fc断片については、 1— 1 . に記載の方法に 従って調製した。 また、 抗体 (全体)の試料については、 抗体原液を各緩衝液に対 して透析した後、 濃度が 1 mg/mLとなるように希釈することにより調製した。
使用機器:示差走査熱量分析計 VP-DSC(MicroCal)
1 - 4. 示差走査熱量分析計による熱変性現象の可逆性評価
示差走査熱量分析 (DSC)により、 MES緩衝液 (15mM、 ρΗ5·5)における Fab断 片、 Fc断片及び抗体全体の熱変性現象について、各変性段階における可逆性を評 価した。 即ち、 Fab断片、 Fc断片及び抗体全体について、 可逆性を評価する変性 段階の変性中点温度まで昇温を行つた後 (1回目の温度スキャン)、一旦昇温開始温 度まで温度を下げ、再度昇温を行つた (2回目の温度スキャン)ときの各変性段階に おける吸熱ピークの高さを比較した。 測定条件は以下の通りである。
試料中タンパク質濃度: 0.25mg/mL
1回目の温度スキャン: 40 から各変性中点温度まで、 昇温速度 0.5 / min にて測定した。
2回目の温度スキャン: 40°Cから 100°Cまで、 昇温速度 Ο.δυ/πιϊηにて測定 した。
使用機器:示差走査熱量分析計 VP-DSC(MicroCal) また、 MES緩衝液 (15mM、 pH5.5)における Fab断片及び抗体全体について、 DSC測定時の昇温速度が各変性段階の変性中点温度に及ぼす影響を評価した。測 定条件は以下の通りである。
試料中タンパク質濃度: lmg/mL
測定温度: 40〜100°C
昇温速度: 0.25, 0.5, 1.0, 1.5"Ό/πώι
使用機器:示差走査熱量分析計 VP-DSC(MicroCal) 2 . 結果
2 - 1 . パパイン消化による抗体フラグメントの調製
SDS-PAGEの結果から、 Fab及び Fcの各断片は高純度に精製されていること が確認できたので、 透析により各緩衝液に置換した後、 熱安定性の評価に供した。 2 - 2 . 熱処理後における安定性評価
2 - 2 - 1 . ゲル濾過 H P L Cによる評価結果
Fab及び Fc断片の熱処理後試料について、 単量体残存量の指標となるゲルろ 過 HPLCの測定結果を図 1 3 (Fab断片)及び図 1 (Fc断片)に示した。
Fab断片についてはクェン酸緩衝液を除き極めて安定性が高く、 60°C-4週間の 熱処理後においても 90%以上の単量体残存率を示したが、 クェン酸緩衝液では約 70%となっていた。
一方、 Fc断片については 60υ-1週間の熱処理により単量体残存量が 50〜70% と低下したが、 緩衝液間での安定性の差について明確な傾向は認められなかった。
2 - 2 - 2 . AN S結合性蛍光スぺクトル測定による評価結果
Fab及び Fc断片の熱処理後試料について、 疎水性残基の表面露出の指標とな る ANSの蛍光スぺクトルの測定結果を図 1 5 (Fab断片)及び図 1 6 (Fc断片)に示 した。
Fab断片については、 何れの緩衝液についても 60°C-4週間の熱処理後におけ る蛍光強度に変化はなく、 疎水性表面への ANSの結合は見られなかった。
一方、 Fc断片は 60 -1週間 (7日間)の熱処理により、 ANSの結合による蛍光 強度の増大が見られた。 また、 同一 pH間で比較すると抗体全体に対する熱安定 性の低い緩衝液であるリン酸及びクェン酸緩衝液の方が、 熱処理後の蛍光強度は 高かった。
従って、緩衝液の何れを問わず Fab断片は熱処理後においてほとんど変性して いなかつたが、 Fc断片は抗体全体の場合と同様に熱変性現象に対する緩衝液種類 の影響が見られ、 酢酸及び MES緩衝液はリン酸及ぴクェン酸緩衝液と比較して 熱変性が抑制されていた。
2 - 3 . 示差走査熱量分析計による熱変性現象の評価
図 1 7に示したように、 抗体全体においては吸熱ピークが 3本出現し、 そのう ち前半の 2本は Fcドメインに、 最後のピークは Fab ドメインの変性に帰属する ことができた。
MES緩衝液 (pH5.5)を除き、 抗体 (全体) では 3段階目の変性後において凝集 化による発熱ピークが見られたが、 Fab断片では対応する変性後にそのような現 象は見られなかった。 また、 これらの緩衝液では、 Fc断片の 2段階目の変性後に 発熱ピークが見られた。 なお、 クェン酸緩衝液 (pH5.5)及びリン酸緩衝液 (pH6.5) においては、 Fc断片だけではなく Fab断片においても凝集化傾向が見られた。 —方、 MES緩衝液 (pH5.5)では、 抗体全体及び Fc断片の何れにおいても発熱ピ ークは見られず、 変性体の凝集化が抑制されている結果となった。 しかし、 各緩 衝液における変性温度 (Tm) については、 表 5に示したように大きな差は見ら れなかった。
l3m 酸緩衝液 pH5.5 15mM MES緩衝液 pHt).5
T m T
1st 2nd 3rd 1st 2nd 3rd whole IgG 70.6 82.1 94.2 whole IgG 71.5 82.6 94.3 Fab 94.3 Fab 94.3
Fc 68.8 81.1 Fc 69.8 81.7
15mM MES緩衝液 pH5.5 15mMリノ酸緩衝液 pH6.5
T m τ
1st 2nd 3rd 1st 2nd 3rd whole IgG 68.1 81.7 93.5 whole IgG 71.9 82.4
Fab 93.6 Fab 92.9
Fc 66.5 80.8 Fc 70.3 -
15mMクェン酸緩衝液 pH5.5
T
1st 2nd 3rd
whole IgG 67.3 80.7
Fab 93.1
Fc 67.0 *:変性途中で凝集したので測定不能
2 - 4 . 示差走査熱量分析計による熱変性現象の可逆性評価
Fab断片、 Fc断片及び抗体全体の何れにおいても、 15mM MES緩衝液 (pH5.5) については熱変性後における凝集化現象が見られなかった。 そこで、 MES緩衝 液における熱変性現象について、 各変性段階における変性の可逆性を評価した。 抗体全体における変性は Fcドメインに由来する最初の 2段階と Fabドメイン に由来する最後の 1段階の計 3段階にて構成されるが、 可逆性が確認できたのは 1段階目及び 2段階目の変性であり、 最後の 3段階の変性における可逆性は低か つた (図 1 8 )。
Fab断片の変性については、抗体全体における Fabドメインの変性である 3段 階目と同様に低い可逆性しか有さなかったが、 2回目の温度スキャン時の吸熱ピ ーク高さは抗体全体の場合よりも高かった (図 1 9 )。 従って、 抗体全体の場合よ りも Fab断片単独の方が変性の可逆性は高いことになり、抗体全体における 3段 階目の変性の可逆性に対する Fcドメイン存在の影響が示唆された。
一方、 Fc断片の変性においては、最初の 1段階目の変性のみが完全に可逆的で あり、 2段階目の変性の可逆性は低かった (図 2 0 )。従って、対応する抗体全体に おける Fc ドメインの結果と異なっており、 抗体全体における 2段階目の変性の 可逆性に対する Fab ドメイン存在の影響が示唆された。
従って、 MES緩衝液における抗体の各ドメインにおける変性は、 抗体全体の 1,2段階目及び Fcドメインの 1段階目を除き不可逆であることが示された。 抗体全体及び Fab断片について、 MES緩衝液中における変性中点温度に対し て DSC測定時の昇温速度が及ぼす影響を評価した。抗体全体においては 2及び 3 段階目の変性については昇温速度が高くなるほど変性中点温度は高くなったが、 1段階目の変性温度については昇温速度に依存せず同一の値を示した (図 2 1 )。ま た、 Fab断片における変性についても昇温速度が高くなるほど変性中点温度は高 くなつた (図 2 2 )。 これらの結果からも、 抗体全体の 1段階目の変性については 可逆性を有することが確認できた。 なお、 各変性中点温度について昇温速度に対 してプロットすることにより、 昇温速度を 0で/ minに外揷したときの変性中点温 度を求めたところ、 抗体全体についてはそれぞれ 69.02, 79.83, 90.96 となり、 Fab断片については 91.01°Cとなった。
これらの結果から、 pH5.5の MES緩衝液における熱安定ィ匕効果は、 熱変性温 度の上昇によるものではなく、 変性体の凝集化を抑制することに起因することが 分かった。 即ち、 緩衝液間の安定性の差については、 変性温度の差ではなく、 変 性後の凝集特性の差に起因することが示唆された。
Fabドメインだけでは何れの緩衝液を用いても変性後の凝集化は見られなかつ たことから、 抗体全体の凝集化に対して大きく影響を及ぼしている部分は Fc ド メインであることが示された。 また、 抗体全体の変性現象は Fab及び Fcドメイ ンの単なる和とはならず、 両ドメイン間の相互作用による影響を受けているもの と考えられた。
変性の可逆性を評価したところ、 可逆性を確認できたのは抗体全体の 1,2段階 目及び Fc ドメインの 1段階目の変性のみであったことから、 抗体溶液の安定性 に対する変性現象の可逆性の寄与は少ないものと考えられた。