本発明は、往復動圧縮機に関する。
往復動圧縮機は、例えば冷蔵庫に広く利用されている(特許文献1)。図12は、典型的な往復動圧縮機の要部の縦断面図である。往復動圧縮機200は、主な要素として、密閉容器101と、密閉容器101内に配置された圧縮機構103と、圧縮機構103を動作させるために密閉容器101内に配置されたモータ105とを備えている。
圧縮機構103は、シリンダ112、ピストン114、コンロッド118、シャフト120および軸受122を有している。シャフト120は、主軸部124と、主軸部124の上部に設けられた偏心部125とを有している。主軸部124は、軸受122内に位置しているジャーナル部126と、軸受122よりも下に突出してモータ105の回転子に固定された部分127とを含む。偏心部125とピストン114とは、コンロッド118で連結されている。モータ105の動力は、シャフト120およびコンロッド118を介してピストン114に伝達される。ピストン114がシリンダ112内を往復動することにより、冷媒が圧縮される。
シャフト120には、コンロッド118およびピストン114を介して、矢印Aの方向に圧縮冷媒による荷重が作用する。大きい荷重を支持できるように、ジャーナル部126の長さが十分に確保されている。ただし、ジャーナル部126が長くなるにつれて、シャフト120と軸受122との間の摺動損失が増大する傾向がある。往復動圧縮機には、荷重の大きさが1サイクル中で大きく変動する性質があるので、長いジャーナル部126が逆効果になる可能性がある。つまり、荷重が大きいときには長いジャーナル部126が有効だが、荷重が小さいときには長いジャーナル部126が摺動損失の増大の原因となる。
この問題を受けて、従来、主軸部124に小径の中抜き128を形成している。中抜き128により、シャフト120を支持する能力を落とさず、シャフト120と軸受122との間の摺動損失を低減できる。
しかし、本発明者らが鋭意検討を進めた結果、シャフトを支持する能力を落とさずに、摺動損失をさらに低減できる構造が存在することを突き止めた。本発明の目的は、往復動圧縮機における摺動損失を低減する技術を提供することにある。
すなわち、本発明は、
シリンダと、
前記シリンダ内に往復動可能に配置されたピストンと、
前記ピストンに接続されたコンロッドと、
前記ピストンの往復動方向に直交する回転軸を有し、自身の回転運動が前記ピストンの直線運動に変換されるように前記コンロッドに接続されたシャフトと、
前記シャフトを支持する軸受と、を備え、
前記シャフトは、前記軸受に覆われた部分としてジャーナル部を有し、
前記ジャーナル部は、前記回転軸に平行な方向に関する当該ジャーナル部の中点を基準として前記コンロッドに近い側に位置している第1ジャーナル部と、前記中点を基準として前記コンロッドから遠い側に位置している第2ジャーナル部とを含み、
前記軸受は、前記第1ジャーナル部を支持する第1摺動部と、前記第2ジャーナル部を支持する第2摺動部とを有し、
前記ピストンの往復動方向に平行かつ前記シャフトの回転軸を含む平面が、前記軸受の内周面と交わる2つの位置のうち、前記ピストンに近い側の位置を基準位置と定義したとき、
前記第1摺動部は、前記基準位置から見て前記シャフトの回転方向に0〜180度の範囲および270〜360度の範囲から選ばれる少なくとも1つの範囲に、他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している第1凹部を有する、往復動圧縮機を提供する。
後述するように、往復動圧縮機によると、軸受が発揮する支持力は、周方向に関して均一ではない。往復動圧縮機の軸受には、理論上、シャフトの支持への寄与が大きい部分と、寄与が小さい部分とが存在する。本発明によると、寄与が小さい部分に凹部を形成する。つまり、シャフトの支持への寄与が小さい部分とシャフトとの間の軸受すき間を軸受の信頼性が損なわれない程度に広くする。これにより、従来その部分で生じていた摺動損失を削減できるので、往復動圧縮機の効率が高まる。
本発明の第1実施形態にかかる往復動圧縮機の概略縦断面図
圧縮冷媒による荷重の作用方向を示す概略図
圧縮冷媒による荷重の作用方向および軸受保持力の作用方向を示す概略図
上ジャーナル部および上摺動部を示す、IVA-IVA線に沿った横断面図
下ジャーナル部および下摺動部を示す、IVB-IVB線に沿った横断面図
軸受の展開図
変形例にかかる軸受の展開図
上凹部の深さを示す横断面図
下凹部の深さを示す横断面図
本発明の第2実施形態にかかる往復動圧縮機の上ジャーナル部および上摺動部を示す横断面図
本発明の第2実施形態にかかる往復動圧縮機の下ジャーナル部および下摺動部を示す横断面図
コンロッド触れ回り角度、荷重の作用方向、上軸受保持力の作用方向、下軸受保持力の作用方向、上ジャーナル部の偏心方向、下ジャーナル部の偏心方向、負圧力の発生に関与する上摺動部の範囲、および負圧力の発生に関与する下摺動部の範囲をシャフトの回転角度毎に示す一覧表
本発明の第3実施形態にかかる往復動圧縮機の上ジャーナル部および上摺動部を示す横断面図(θ=90度)
本発明の第3実施形態にかかる往復動圧縮機の下ジャーナル部および下摺動部を示す横断面図(θ=90度)
図9Aに続く横断面図(θ=270度)
図9Bに続く横断面図(θ=270度)
変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
別の変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
さらに別の変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
従来の往復動圧縮機を示す縦断面図
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
(第1実施形態)
図1は本実施形態の往復動圧縮機の縦断面図である。往復動圧縮機100は、主な要素として、密閉容器17と、密閉容器17内に配置された圧縮機構50と、圧縮機構50を動作させるために密閉容器17内に配置されたモータ26(電気要素)とを備えている。
モータ26は、固定子18および回転子25で構成されている。本実施形態では、モータ26の回転軸が垂直方向に平行である。固定子18の下部が支持バネ24を介して密閉容器17に固定されている。密閉容器17の底部には、潤滑油(冷凍機油)を保持するための油貯まり17aが形成されている。
圧縮機構50は、シャフト1、軸受2、ピストン4、シリンダ5およびコンロッド6を有している。軸受2およびシリンダ5は、支持フレーム21の一部として一体に形成されている。モータ26の回転軸と軸受2の中心軸とが一致するように、支持フレーム21は、図示しない締結部材を介して密閉容器17に固定されている。円筒状のシリンダ5内には、ピストン4が往復動可能に配置されている。ピストン4の往復動方向は水平方向に平行である。シリンダ5の端部には、弁19(吸入弁および吐出弁)を有するシリンダヘッド23が取り付けられている。ピストン4とシリンダヘッド23との間に圧縮室5aが形成されている。
シャフト1は、主軸部39、偏心板20および偏心部3を有している。主軸部39は軸受2に挿入されている。主軸部39の回転軸、つまり、シャフト1の回転軸は、ピストン4の往復動方向に直交しているとともに、垂直方向に平行である。本明細書では、シャフト1の回転軸に平行な方向を軸方向という。主軸部39の上端に偏心板20が設けられ、偏心板20の上面に偏心部3(偏心軸)が設けられている。偏心部3および偏心板20は、軸受2の外に位置している。偏心部3の中心は、主軸部39の中心からずれている。偏心部3とピストン4とは、コンロッド6で連結されている。偏心部3およびコンロッド6の働きにより、モータ26の回転運動がピストン4の往復運動に変換される。主軸部39、偏心板20および偏心部3は、通常、一体に形成されている。
具体的に、主軸部39は、ジャーナル部28、中抜き9および被駆動部35を有する。ジャーナル部28は、軸受2に覆われている部分である。中抜き9は、軸受2内においてジャーナル部28を上ジャーナル部7(第1ジャーナル部)と下ジャーナル部8(第2ジャーナル部)とに分けている部分である。上ジャーナル部7は、下ジャーナル部8よりもコンロッド6の近くに位置している。軸方向に関して上ジャーナル部7の長さと下ジャーナル部8の長さとが等しくてもよいし、異なっていてもよい。中抜き9の外径は、ジャーナル部28の外径よりも小さい。ジャーナル部28の外径と中抜き9の外径との差は、例えば100〜300μmである。中抜き9により、シャフト1と軸受2との間の摺動損失を低減できる。
被駆動部35は、軸受2よりも下に突出してモータ26の回転子25に固定されている部分である。被駆動部35の内部には、図示しない速度式オイルポンプ(遠心ポンプ)が形成されている。被駆動部35の下端は油貯まり17aの中まで延びて潤滑油に接している。シャフト1が回転すると、被駆動部35の下端から速度式オイルポンプに潤滑油が吸い込まれる。その後、オイルは、主軸部39の外周面に形成された給油溝37を通じて、潤滑および/またはシールが必要な部分に供給される。潤滑および/またはシールが必要な部分とは、例えば、ジャーナル部28と軸受2とのすき間、偏心板20の下面と軸受2の開口端面とのすき間、偏心部3とコンロッド6との接続部分、ピストン4とシリンダ5とのすき間である。
軸受2は、上ジャーナル部7を支持する上摺動部10(第1摺動部)と、下ジャーナル部8を支持する下摺動部11(第2摺動部)とを有する。上摺動部10が上ジャーナル部7を覆い、下摺動部11が下ジャーナル部8を覆っている。軸受2の中心軸は、シャフト1の回転軸に一致している。
上摺動部10には、当該上摺動部10の他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している上凹部29(第1凹部)が形成されている。同様に、下摺動部11には、当該下摺動部11の他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している下凹部30(第2凹部)が形成されている。上凹部29および下凹部30により、シャフト1を支持するのに軸受2に要求される能力を落とすことなく、シャフト1と軸受2との間の摺動損失を低減できる。なお、軸受すき間の広さ(寸法)は、一般には、軸受の内径とシャフトの径との差で定義される値を表す。しかし、本明細書では軸受2に凹部29および30が形成されているため、軸受2の内径が一定でない。そのため、軸受すき間の広さを以下のように定義しうる。すなわち、シャフト1の周囲の任意の角度位置における軸受2の中心軸から軸受2の内周面までの距離と、シャフト1の半径との差によって導かれる値を、当該角度位置における軸受すき間の広さと定義しうる。
なお、上凹部29および下凹部30のいずれか一方のみが設けられている場合でも摺動損失を低減する効果は得られる。ただし、後の説明から明らかなように、上摺動部10が発揮する支持力は、下摺動部11が発揮する支持力よりも大きい。そのため、上凹部29によってもたらされる効果は、下凹部30によってもたらされる効果よりも大きい。
モータ26に電力が供給されると、回転子25に固定されたシャフト1が回転する。シャフト1が回転すると、コンロッド6を介して偏心部3に連結されたピストン4がシリンダ5内で往復運動をする。ピストン4の往復運動に応じて、作動流体(典型的には冷媒)が圧縮室5aに吸入され、圧縮される。このように、本実施形態の往復動圧縮機100は、1シリンダタイプの往復動圧縮機として構成されている。なお、シャフト1の軸方向が水平方向に平行で、ピストン4の往復動方向が垂直方向に平行であってもよい。シャフト1の軸方向が水平方向に平行な場合にも、便宜上、コンロッド6が位置している側を軸方向の上側、これと反対側を軸方向の下側とする。
次に、上凹部29および下凹部30について詳しく説明する。
まず、図2に示すように、圧縮機構50にXY座標系を定義する。具体的には、シャフト1の回転軸上に原点Oを定める。ピストン4の往復動方向に平行かつ原点Oを通る軸をX軸と定義する。X軸およびシャフト1の回転軸に直交し、かつ原点Oを通る軸をY軸と定義する。このXY座標系は、圧縮機構50を上から見たときの平面図に対応している。また、ピストン4の往復動方向(X軸方向)に平行かつシャフト1の回転軸を含む平面が、軸受2の内周面と交わる2つの位置のうち、ピストン4に近い側の位置を基準位置Pと定義する。また、ピストン4が上死点に位置するときのシャフト1の回転角度θを0度と定義する。さらに、図2において、時計回り方向をシャフト1の回転方向、つまり正の回転方向と定義する。
コンロッド6は、シャフト1の位相および各部材の設計値に依存した振れ回り角度を示す。この角度を、コンロッド振れ回り角度βという。コンロッド振れ回り角度βは、コンロッド6の長さlc、ピストン4のストロークS、シャフト1の回転角度θを用いて、式(1)で表される。コンロッド6の長さlcは、シャフト1の偏心部3の中心と、ピストンピン4kの中心とを結ぶ線分の長さに対応する。言い換えれば、コンロッド6の長さlcは、コンロッド6の一端に設けられた連結孔6h1の中心と、他端に設けられた連結孔6h2の中心とを結ぶ線分の長さで表される。「コンロッド振れ回り角度」は、長さlcを有するその線分と、X軸とが成す角度である。
次に、往復動圧縮機100の運転時に発生する荷重について説明する。往復動圧縮機100の運転時において、ピストン4には、図2の座標系で表して、−X方向(180度の方向)に圧縮冷媒による荷重が作用する。この荷重は、ピストン4およびコンロッド6を介してシャフト1に伝達される。より正確にシャフト1に対する荷重12の作用方向を特定するためには、コンロッド振れ回り角度βを考慮する必要がある。つまり、荷重12の作用方向は、正確には(180−β)度の方向である。例えば、シャフト1が一回転する間にβが−17〜17度の範囲で変動するのであれば、荷重12の作用方向は163〜197度の範囲で変動する。
図3に示すように、荷重12は、シャフト1と軸受2とのすき間(軸受すき間)に満たされた潤滑油が生み出す軸受保持力で支持される。詳細には、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間に満たされた潤滑油によって上軸受保持力13が生み出され、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間に満たされた潤滑油によって下軸受保持力14が生み出される。上軸受保持力13および下軸受保持力14の作用方向は、シャフト1における力のバランスおよびモーメントのバランスから、以下のように説明できる。
まず、軸方向の位置を表すために、図3に示す座標系を定義する。軸受2の下端2eを軸方向の基準位置、その基準位置から偏心部3に向かう方向を正方向と定義する。
シャフト1に最大の荷重12が作用するのは、圧縮室5aの容積が小さいときである。具体的には、シャフト1の回転角度θが0度(360度)付近で、ピストン4が上死点付近に位置するときに、荷重12が最大になる。シャフト1の回転角度θが0度付近のときのコンロッド振れ回り角度βは、式(1)よりほぼ0度となる。つまり、シャフト1には、180度の方向に最大の荷重12が作用する。シャフト1の回転角度θが0度から離れるにつれて、荷重12は急激に小さくなる。よって、荷重12の作用方向を180度の方向に固定して捉えることができる。以下、本実施形態では、コンロッド振れ回り角度βを無視し、シャフト1に対して180度の方向にのみ荷重12が作用するものとする。
図3に示すように、軸方向に関する荷重12の作用位置は、軸方向に関するピストン4の中点hpである。軸方向に関する上軸受保持力13の作用位置は、軸方向に関する上ジャーナル部7の中点huである。軸方向に関する下軸受保持力14の作用位置は、軸方向に関する下ジャーナル部8の中点hlである。
ここで、荷重12、上軸受保持力13および下軸受保持力14を、それぞれ、F、PuおよびPlと定義する。軸方向に関する上ジャーナル部7の長さをLu、軸方向に関する下ジャーナル部8の長さをLlと定義する。上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の半径をRと定義する。また、シャフト1の回転軸上の任意の高さH(ただし、hp>H)の位置にある点を点A、点Aから荷重12の作用位置hpまでの距離をlr(=hp−H)と定義する。点Aから上軸受保持力13の作用位置huまでの距離をlu(=hu−H)、点Aから下軸受保持力14の作用位置hlまでの距離をll(=hl−H)と定義する。シャフト1における力のバランスは式(2)で表される。式(2)では、荷重12の作用方向が正の作用方向である。
点Aにおけるモーメントのバランスは式(3)で表される。式(3)では、シャフト1の上端が荷重12の作用方向と逆向きに回転する方向を正のモーメントの方向としている。式(2)および式(3)より式(4)が導かれる。式(2)および式(4)より式(5)が導かれる。
ここで、lr=hp−H、lu=hu−H、ll=hl−Hなので、点Aがシャフト1の回転軸上のどのような位置に存在していたとしても、(lr−lu)>0、(lr−ll)>0、(ll−lu)<0となる。したがって、F>0ならば、式(5)より、Pl>0である。Pl>0ならば、式(4)より、Pu<0である。つまり、上軸受保持力13は荷重12と反対方向に作用し、下軸受保持力14は荷重12と同方向に作用する。
図3には、荷重12、上軸受保持力13および下軸受保持力14が、それぞれ、180度の方向、0度の方向および180度の方向に示されている。このような方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用するので、シャフト1の偏心方向と軸受保持力の作用方向との関係に基づき、上ジャーナル部7は270度の方向に偏心し、下ジャーナル部8は90度の方向に偏心する。つまり、力とモーメントの各バランスを保ってシャフト1が回転している限り、図3に示す方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用する。そして、このような方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用するためには、上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の偏心方向も一義的に決まる。以下、ジャーナル部の偏心方向および軸受保持力の作用方向について詳しく説明する。
図4Aは、上ジャーナル部および上摺動部を示す、IVA-IVA線に沿った拡大横断面図である。図4Aには、上ジャーナル部7の偏心方向および上軸受保持力13の作用方向が示されている。上ジャーナル部7が270度の方向に偏心しているため、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間が狭まる方向に巻き込まれる。したがって、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも高圧となり、上ジャーナル部7を上摺動部10から引き離す方向に正圧力16を発生させる。正圧力16は、反偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。
逆に、270〜360度の範囲では、潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出される。したがって、270〜360度の範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも低圧となり、上ジャーナル部7を上摺動部10に引き寄せる方向に負圧力15を発生させる。負圧力15は、偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。正圧力16と負圧力15との合力が、上ジャーナル部7における上軸受保持力13である。このように、上ジャーナル部7が270度の方向に偏心するとき、上軸受保持力13は0度の方向に作用する。逆にいえば、上軸受保持力13が荷重12(図3参照)と反対方向に作用するためには、上ジャーナル部7が必然的に270度の方向に偏心する。
図4Bは、下ジャーナル部および下摺動部を示す、IVB-IVB線に沿った拡大横断面図である。図4Bには、下ジャーナル部8の偏心方向と下軸受保持力14の作用方向とが示されている。下ジャーナル部8が90度の方向に偏心しているため、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間が狭まる方向に巻き込まれる。したがって、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも高圧となり、下ジャーナル部8を下摺動部11から引き離す方向に正圧力32を発生させる。正圧力32は、反偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。
逆に、90〜180度の範囲では、潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出される。したがって、90〜180度の範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも低圧となり、下ジャーナル部8を下摺動部11に引き寄せる方向に負圧力31を発生させる。負圧力31は、偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。正圧力32と負圧力31との合力が、下ジャーナル部8における下軸受保持力14となる。このように、下ジャーナル部8が90度の方向に偏心するとき、下軸受保持力14は180度の方向に作用する。逆にいえば、下軸受保持力14が荷重12(図3参照)と同方向に作用するためには、下ジャーナル部8が必然的に90度の方向に偏心する。
シャフト1は、上ジャーナル部7を270度の方向に、下ジャーナル部8を90度の方向に傾けた姿勢で、0度の方向に作用する上軸受保持力13と180度の方向に作用するする下軸受保持力14とによって支持されながら回転する。この理論は、山本雄二、兼田▲貞▼宏著「トライボロジー」理工学社、1998年、P.84にも記載されている。
正圧力16は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間を広げる方向に作用するので、これはシャフト1の支持を実現する力である。同様に、正圧力32は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間を広げる方向に作用するので、これもシャフト1の支持を実現する力である。他方、負圧力15は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間を狭める方向に作用するので、これはシャフト1の支持を阻害する力である。同様に、負圧力31は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間を狭める方向に作用するので、これもシャフト1の支持を阻害する力である。
以上の説明から理解できるように、270〜360度および0〜180度の範囲の上摺動部10は、理論上、正圧力16の発生に関与せず、上ジャーナル部7の支持への寄与がとても小さい。故に、基準位置から見てシャフト1の回転方向に0〜180度の範囲および270〜360度の範囲から選ばれる少なくとも1つの範囲に上凹部29を形成すれば、シャフト1を支持するのに上摺動部10に要求される能力を落とさずに、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の摺動損失を低減できる。
90〜360度の範囲の下摺動部11は、理論上、正圧力32の発生に関与せず、下ジャーナル部8の支持への寄与がとても小さい。故に、基準位置から見てシャフト1の回転方向に90〜360度の範囲に下凹部30を形成すれば、シャフト1を支持するのに下摺動部11に要求される能力を落とさずに、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の摺動損失を低減できる。
上凹部29および下凹部30の具体的な構成についてさらに説明する。理解を容易にするため、軸受2の展開図を図5Aに示す。
上述したように、理論上は、基準位置(0度)から見てシャフト1の回転方向に0〜180度および270〜360度の全範囲に上凹部29が形成されていても構わない。ただし、軸受2の信頼性を考慮して、上凹部29をこれらの範囲の一部にのみ形成することが好ましい。図5Aに示すように、周方向に関する上凹部29の寸法α1をシャフト1の回転角度で表して、例えば20〜40度に調節する。同様に、周方向に関する下凹部30の寸法α2をシャフト1の回転角度で表して、例えば20〜40度に調節する。凹部29および30が形成されていない位置での軸受2の内周半径がDならば、πD/9≦α1≦2πD/9、および、πD/9≦α2≦2πD/9の関係を満たすように寸法α1およびα2をそれぞれ調節できる。このようにすれば、シャフト1を停止状態からスムーズに回転させることができ、かつシャフト1を回転状態からスムーズに停止させることができる。シャフト1に傷がついたり、異音が発生したりするのを防止できる。図5Aに示すように、軸受2を展開して平面視したときに、上凹部29および下凹部30は、例えば、短冊の形状を有している。
図1,3および5Aに示すように、シャフト1に中抜き9が形成されている場合において、上凹部29の一部および下凹部30の一部は、それぞれ、シャフト1の軸方向に関して中抜き9に重なっている。このようにすれば、上凹部29および下凹部30を軸方向に延ばすことによってこれらの面積を稼げるので、摺動損失を低減する観点で有利である。
図1,3および5Aに示すように、シャフト1の軸方向に関して、下凹部30の下端30eが軸受2の下端2eよりも上に位置している。このようにすれば、潤滑油が下凹部30を通じて軸受2の外に漏出するのを防止できる。
他方、上凹部29は軸受2の上端2tに突き抜けて偏心板20の下面によって閉じられている。この構成によると、潤滑油が上凹部29を通じて、偏心板20の下面と軸受2の開口端面との間に供給される。本実施形態では、軸受2の開口端面でシャフト1のスラスト荷重を支持している。上凹部29を給油路の一つとして利用すれば、偏心板20の下面と軸受2の開口端面との間に効率よく潤滑油を供給できる。また、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていると、上凹部29を形成するための加工が容易であるとともに、上凹部29の面積を稼いで摺動損失を低減する観点で有利である。
なお、図5Bに示すように、上凹部29の上端29tが、軸受2の上端2tよりも下に位置していてもよい。特に、軸受2の開口部に玉軸受を設けてシャフト1のスラスト荷重を支持する場合には、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていない方が、軸受2内へのガスの侵入を防止する観点で有利である。また、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていない場合には、周方向の全域にわたって一定の内径を有する部分が上摺動部10に形成される。このような構成によると、上凹部29のエッジによってシャフト1に傷がつくのを防止する観点で有利となる可能性がある。
図4Aに示すように、シャフト1の回転軸に直交する断面において、上凹部29は円弧状の表面プロファイルを有する。図4Bに示すように、シャフト1の回転軸に直交する断面において、下凹部30も円弧状の表面プロファイルを有する。このような構成によると、上凹部29および下凹部30のエッジによってシャフト1に傷がつくのを防止できる。さらに、このような形状の上凹部29と下凹部30は、エンドミルなどの工具を利用して容易に形成できる。
上凹部29の深さは特に限定されず、摺動損失を十分に低減できるように適宜調節すればよい。例えば、図6Aに示すように、上ジャーナル部7の半径をR1、上凹部29が形成されていない位置での上摺動部10の内周半径をD1、シャフト1の回転軸から上凹部29の最深部までの距離をd1としたとき、D1−R1≦d1−D1の関係を満足するように上凹部29を形成できる。「上摺動部10の内周半径」とは、軸受2の中心軸から上凹部29が形成されていない位置での上摺動部10の内周面までの距離を意味する。値(d1−D1)は、シャフト1の径方向に関する上凹部29の深さを表している。値(D1−R1)は、上凹部29が形成されていない位置での、上摺動部10と上ジャーナル部7とのすき間(軸受すき間)の半分の広さを表している。上凹部29の深さの上限は特に限定されず、例えばd1−D1≦1.5mmである。ただし、加工容易性や摺動損失を低減する効果を考えると、上凹部29が数百μm(例えば200μm)の深さを有していれば十分である。
同様に、下凹部30の深さも特に限定されず、摺動損失を十分に低減できるように適宜調節すればよい。例えば、図6Bに示すように、下ジャーナル部8の半径をR2、下凹部30が形成されていない位置での下摺動部11の内周半径をD2、シャフト1の回転軸から下凹部30の最深部までの距離をd2としたとき、D2−R2≦d2−D2の関係を満足するように下凹部30を形成できる。「下摺動部11の内周半径」とは、軸受2の中心軸から下凹部30が形成されていない位置での下摺動部11の内周面までの距離を意味する。値(d2−D2)は、シャフト1の径方向に関する下凹部30の深さを表している。値(D2−R2)は、下凹部30が形成されていない位置での、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間(軸受すき間)の半分の広さを表している。下凹部30の深さの上限は特に限定されず、例えばd2−D2≦1.5mmである。上凹部29と同様に、下凹部30が数百μm(例えば200μm)の深さを有していれば十分である。
(第2実施形態)
図7Aに示すように、第2実施形態では、基準位置(0度)から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に上凹部29が位置している。図7Bに示すように、基準位置から見てシャフト1の回転方向に90〜180度の範囲に下凹部30が位置している。その他の構成は第1実施形態と同様なので、説明を省略する。
図7Aに示すように、上ジャーナル部7が270度の方向に偏心するので、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲の上摺動部10が正圧力16の発生に関与する。正圧力16は、反偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。270〜360度の範囲の上摺動部10が負圧力15の発生に関与する。負圧力15は、上ジャーナル部7の偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。従って、270〜360度の範囲に上凹部29が形成されている場合に、摺動損失を削減する効果をより十分に得ることができる。
また、図3および5Aを参照して第1実施形態で説明したように、上凹部29の一部は、軸方向に関して中抜き9に重なっている。この構成によると、上凹部29内の潤滑油の圧力は、中抜き9内の潤滑油の圧力と等しくなる。中抜き9内の潤滑油の圧力は、密閉容器17内の圧力とほぼ等しく、かつ図4Aを参照して説明した負圧力15よりも高い。つまり、基準位置から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に上凹部29が位置し、かつ上凹部29が中抜き9に重なっていると、負圧力15が抑制される。
図7Aに示すように、正圧力16と負圧力15との合力が、上ジャーナル部7における上軸受保持力13となる。本実施形態では、負圧力15が抑制されているため、負圧力15が正圧力16よりも小さい。よって、上軸受保持力13の作用方向が反偏心方向に近づく。上軸受保持力13の作用方向が反偏心方向に近づけば近づくほど、上ジャーナル部7を上摺動部10から引き離す方向の成分が大きくなるので、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力は高まる。つまり、本実施形態によれば、摺動損失が低減するだけでなく、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力も高まる。
同様の理論が下凹部30にも当てはまる。図7Bに示すように、下ジャーナル部8が90度の方向に偏心するので、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲の下摺動部11が、正圧力32の発生に関与する。正圧力32は、反偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。90〜180度の範囲の下摺動部11が負圧力31の発生に関与する。負圧力31は、下ジャーナル部8の偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。従って、90〜180度の範囲に下凹部30が形成されている場合に、摺動損失を削減する効果をより十分に得ることができる。
また、図3および5Aを参照して第1実施形態で説明したように、下凹部30の一部は、軸方向に関して中抜き9に重なっている。この構成によると、上凹部29の場合と同じ理由により、負圧力31が抑制される。
図7Bに示すように、正圧力32と負圧力31との合力が、下ジャーナル部8における下軸受保持力14となる。本実施形態では、負圧力31が抑制されているため、負圧力31が正圧力32よりも小さい。よって、下軸受保持力14の作用方向が反偏心方向に近づく。下軸受保持力14の作用方向が反偏心方向に近づけば近づくほど、下ジャーナル部8を下摺動部11から引き離す方向の成分が大きくなるので、下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力は高まる。つまり、本実施形態によれば、摺動損失が低減するだけでなく、下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力も高まる。
なお、上凹部29のみが中抜き9に重なっていてもよいし、下凹部30のみが中抜き9に重なっていてもよい。
先に説明した式(4)および式(5)によると、上軸受保持力13の作用方向が荷重12の作用方向と反対になり、下軸受保持力14の作用方向が荷重12の作用方向と同じになる結果として、力とモーメントの各バランスが維持できている。つまり、力とモーメントの各バランスを維持するためには、上軸受保持力13の作用方向は0度の方向、下軸受保持力14の作用方向は180度の方向となることが必要である。
本実施形態では、図7Aおよび図7Bを参照して説明したように、負圧力15および31を抑制できる位置に上凹部29および下凹部30を設けている。これにより、上軸受保持力13および下軸受保持力14の作用方向が、シャフト1の支持に有利な方向へと変化する。具体的には、上軸受保持力13は、0度の方向からシャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を有する。下軸受保持力14は、180度の方向からシャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を有する。そのため、一見すると、力とモーメントの各バランスが崩れるようにも思われる。
しかし、シャフト1の全体においては、上軸受保持力13の90度の方向の成分と、下軸受保持力14の270度の方向の成分とが相殺し合い、かつ上軸受保持力13の0度の方向の成分と下軸受保持力14の180度の方向の成分とが相互に調節される。その結果、式(2)および式(3)が満たされる。したがって、本実施形態によると、力とモーメントの各バランスを維持しながら、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力および下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力を高めることができる。
(第3実施形態)
第3実施形態では、コンロッド振れ回り角度βを考慮して、上凹部29および下凹部30の位置を規定している。具体的には、上凹部29が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に287〜343度の範囲に位置している。下凹部30が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に107〜163度の範囲に位置している。第2実施形態と同様に、上凹部29および下凹部30は、それぞれ、軸方向に関して中抜き9に重なっている。その他の構成は第1実施形態と同様なので、説明を省略する。
図2を参照して説明したように、圧縮冷媒による荷重12はコンロッド6を介してシャフト1に伝達される。シャフト1に対する荷重12の作用方向は、コンロッド触れ回り角度βを用いて(180−β)度の方向となる。コンロッド触れ回り角度βは、シャフト1の回転角度θに応じて変化するため、荷重12の作用方向もシャフト1の回転角度θに応じて変化する。
図3を参照して説明したように、シャフト1が力とモーメントの各バランスを維持して回転するためには、上軸受保持力13の作用方向が荷重12の作用方向と反対になり、下軸受保持力14の作用方向が荷重12の作用方向と同じになる必要がある。
シャフト1の偏心方向、正圧力ならびに負圧力の発生機構、および軸受保持力の作用方向の相互関係の一般性は、山本らによる先の文献にも示されている。この相互関係に基づき、上ジャーナル部7が任意のψu度の方向に偏心した場合における、正圧力16ならびに負圧力15の発生機構、および上軸受保持力13の作用方向について説明する。また、下ジャーナル部8が任意のψl度の方向に偏心した場合における、正圧力32ならびに負圧力31の発生機構、および下軸受保持力14の作用方向について説明する。角度ψuおよびψlは、それぞれ、基準位置(0度)からのシャフト1の回転角度で特定される方向を表す。
図4Aに示すように、上ジャーナル部7がψu度の方向に偏心した場合、(ψu−90)度よりも大きくψu度よりも小さい範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、すき間が狭まる方向に巻き込まれて高圧となる。したがって、(ψu−90)度よりも大きくψu度よりも小さい範囲の上摺動部10が、正圧力16の発生に関与する。また、ψu〜(ψu+90)度の範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出されて低圧となる。したがって、ψu〜(ψu+90)度の範囲の上摺動部10が、負圧力15の発生に関与する。また、上軸受保持力13は、φu度の方向(φu=ψu+90)に作用する。
図4Bに示すように、下ジャーナル部8がψl度の方向に偏心した場合、(ψl−90)度よりも大きくψl度よりも小さい範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、すき間が狭まる方向に巻き込まれて高圧となる。したがって、(ψl−90)度よりも大きくψl度よりも小さい範囲の下摺動部11が、正圧力32の発生に関与する。また、ψl〜(ψl+90)度の範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出されて低圧となる。したがって、ψl〜(ψl+90)度の範囲の下摺動部11が、負圧力31の発生に関与する。また、下軸受保持力14は、φl度の方向(φl=ψl+90)に作用する。
第1実施形態で説明したように、ψu=270度のとき、270〜360度および0〜180度の範囲の上摺動部10は、理論上、正圧力16の発生に関与せず、上ジャーナル部7の支持への寄与はとても小さい。ψl=90度のとき、90〜360度の範囲の下摺動部11は、理論上、正圧力32の発生に関与せず、下ジャーナル部8の支持への寄与はとても小さい。
他方、コンロッド触れ回り角度βを考慮すると、荷重12の作用方向、上軸受保持力13の作用方向、下軸受保持力14の作用方向、上ジャーナル部7の偏心方向、下ジャーナル部8の偏心方向、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲、および負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は、互いに関連して変化する。これらの関係を図8に示す。
なお、川平睦義著「密閉型冷凍機」日本冷凍協会 1981年 P.47によると、往復動圧縮機におけるlc/Sの典型的な範囲は、1.75〜3.5である。lc/Sが小さければ小さいほど、コンロッド振れ回り角度βの取り得る範囲が広くなる。つまり、lc/S=1.75のとき、コンロッド振れ回り角度βの取り得る範囲が最大になる。先に示した式(1)にlc/S=1.75を代入すると、−1≦sinθ≦1であることから、βの取り得る範囲は概ね−17〜17度となる。θ=0〜180度の範囲でβが正の値を取り、θ=180〜360度の範囲でβが負の値を取る。
シャフト1の回転角度θが0度のとき、コンロッド触れ回り角度βは0度、荷重12の作用方向は180度、上軸受保持力13の作用方向は0度、下軸受保持力14の作用方向は180度、上ジャーナル部7の偏心方向は270度、下ジャーナル部8の偏心方向は90度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は270〜360度、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は90〜180度となる。
シャフト1の回転角度θが90度のとき、コンロッド触れ回り角度βは最大値である17度、荷重12の作用方向は163度、上軸受保持力13の作用方向は343度、下軸受保持力14の作用方向は163度、上ジャーナル部7の偏心方向は253度、下ジャーナル部8の偏心方向は73度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は253〜343度(図9A参照)、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は73〜163度(図9B参照)となる。
θ=90度のとき、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は、最小の終了角度(343度)をとる。負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲も最小の終了角度(163度)をとる。
シャフト1の回転角度θが180度のとき、コンロッド触れ回り角度βは0度、荷重12の作用方向は180度、上軸受保持力13の作用方向は0度、下軸受保持力14の作用方向は180度、上ジャーナル部7の偏心方向は270度、下ジャーナル部8の偏心方向は90度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は270〜360度、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は90〜180度となる。
シャフト1の回転角度θが270度のとき、コンロッド触れ回り角度βは最小値である−17度、荷重12の作用方向は197度、上軸受保持力13の作用方向は17度、下軸受保持力14の作用方向は197度、上ジャーナル部7の偏心方向は287度、下ジャーナル部8の偏心方向は107度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は287〜360度および0〜17度(図10A参照)、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は107〜197度(図10B参照)となる。
θ=270度のとき、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は、最大の開始角度(287度)をとる。負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲も最大の開始角度(107度)をとる。
上ジャーナル部7の偏心方向が253〜287度の範囲で変化し、下ジャーナル部8の偏心方向が73〜107度の範囲で変化するので、シャフト1はあたかも揺れながら回転する。上摺動部10の287〜343度の範囲および下摺動部11の107〜163度の範囲は、シャフト1の回転角度θによらず、それぞれ、負圧力15および31の発生に関与する。したがって、図9Aおよび10Aに示すように、基準位置から見てシャフト1の回転方向に287〜343度の範囲に上凹部29を設ければ、摺動損失の低減およびシャフト1を支持する能力の向上にいっそう効果的である。同様の理由により、図9Bおよび10Bに示すように、107〜163度の範囲に下凹部30を設けることができる。
コンロッド振れ回り角度βの最大値および最小値の絶対値がβabsであるとき、上凹部29および下凹部30の位置を次のように一般化できる。すなわち、上凹部29が基準位置から見てシャフト1の回転方向に(270+βabs)〜(360−βabs)度の範囲に位置し、下凹部30が基準位置から見てシャフト1の回転方向に(90+βabs)〜(180−βabs)度の範囲に位置しているとよい。
(変形例)
図11Aに示すように、中抜き9は軸受2に形成されていてもよい。軸受2が、中抜き9よりもコンロッド6の近くに位置している上摺動部10と、中抜き9よりもコンロッド6から遠くに位置している下摺動部11とに分かれるように、軸受2に中抜き9を形成しうる。中抜き9が形成された部分における軸受2の内径は、中抜き9が形成されていない部分における軸受2の内径よりも大きい。また、中抜き9は、シャフト1および軸受2の両方に形成されていてもよい。
ところで、シャフト1の軸方向に関する位置を「高さ位置」と定義したとき、中抜き9が形成されている高さ位置において、シャフト1と軸受2との間のすき間(軸受すき間)の広さは、給油溝が形成されている部分除き、シャフト1の周方向に関して一定である。これに対し、上凹部29および下凹部30が形成されている高さ位置において、軸受すき間の広さは、シャフト1の周方向に関して一定でない。また、各実施形態で説明した上凹部29は、上ジャーナル部7を支持する上摺動部10に設けられている点で中抜き9とは異なる。同様に、下凹部30は、下ジャーナル部8を支持する下摺動部11に設けられている点で中抜き9とは異なる。この違いは、シャフト1の支持への寄与が小さい部分に選択的に上凹部29および下凹部30を形成していることに基づく。
また、図11Bに示すように、中抜きを有さないシャフト1を各実施形態に適用できる。図11Bの例では、軸受2にも中抜きは形成されていない。シャフト1の回転軸に平行な方向に関するジャーナル部28の中点Mを基準としてコンロッド6に近い側に位置している部分を第1ジャーナル部7、中点Mを基準としてコンロッド6から遠い側に位置している部分を第2ジャーナル部8と定義できる。ジャーナル部28に関するこの定義付けは、中抜きの有無によらず、シャフト1に適用されうる。中抜きは、上軸受保持力13および下軸受保持力14の各発生方向に影響を及ぼさない。同様に、中抜きは、上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の各偏心方向に影響を及ぼさない。したがって、各実施形態で説明した効果は、中抜きの有無によらず、得ることができる。
また、図11Cに示すように、下ジャーナル部8を支持する部分として、軸受2がすべり軸受以外の構造、例えば転がり軸受部11kを有していてもよい。この場合においても、上摺動部10に形成された上凹部29は、摺動損失を低減する効果を発揮しうる。
また、上凹部29は、各実施形態で説明した範囲にのみ形成されていることが好ましい。例えば、上凹部29が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に位置しているものとする。このとき、上凹部29と同じ高さ位置を占有している残りの部分(0度より大きく270度よりも小さい角度範囲の部分)が、当該部分とシャフト1との間に一定の広さの軸受すき間を形成していることが好ましい。この構成によれば、軸受保持力の低下を招くことなく摺動損失のみを効果的に削減できる。また、各実施形態で説明した角度範囲において、複数の上凹部29が形成されていてもよい。これらは、下凹部30についても同様である。
本発明は、往復動圧縮機に関する。
往復動圧縮機は、例えば冷蔵庫に広く利用されている(特許文献1)。図12は、典型的な往復動圧縮機の要部の縦断面図である。往復動圧縮機200は、主な要素として、密閉容器101と、密閉容器101内に配置された圧縮機構103と、圧縮機構103を動作させるために密閉容器101内に配置されたモータ105とを備えている。
圧縮機構103は、シリンダ112、ピストン114、コンロッド118、シャフト120および軸受122を有している。シャフト120は、主軸部124と、主軸部124の上部に設けられた偏心部125とを有している。主軸部124は、軸受122内に位置しているジャーナル部126と、軸受122よりも下に突出してモータ105の回転子に固定された部分127とを含む。偏心部125とピストン114とは、コンロッド118で連結されている。モータ105の動力は、シャフト120およびコンロッド118を介してピストン114に伝達される。ピストン114がシリンダ112内を往復動することにより、冷媒が圧縮される。
シャフト120には、コンロッド118およびピストン114を介して、矢印Aの方向に圧縮冷媒による荷重が作用する。大きい荷重を支持できるように、ジャーナル部126の長さが十分に確保されている。ただし、ジャーナル部126が長くなるにつれて、シャフト120と軸受122との間の摺動損失が増大する傾向がある。往復動圧縮機には、荷重の大きさが1サイクル中で大きく変動する性質があるので、長いジャーナル部126が逆効果になる可能性がある。つまり、荷重が大きいときには長いジャーナル部126が有効だが、荷重が小さいときには長いジャーナル部126が摺動損失の増大の原因となる。
この問題を受けて、従来、主軸部124に小径の中抜き128を形成している。中抜き128により、シャフト120を支持する能力を落とさず、シャフト120と軸受122との間の摺動損失を低減できる。
しかし、本発明者らが鋭意検討を進めた結果、シャフトを支持する能力を落とさずに、摺動損失をさらに低減できる構造が存在することを突き止めた。本発明の目的は、往復動圧縮機における摺動損失を低減する技術を提供することにある。
すなわち、本発明は、
シリンダと、
前記シリンダ内に往復動可能に配置されたピストンと、
前記ピストンに接続されたコンロッドと、
前記ピストンの往復動方向に直交する回転軸を有し、自身の回転運動が前記ピストンの直線運動に変換されるように前記コンロッドに接続されたシャフトと、
前記シャフトを支持する軸受と、を備え、
前記シャフトは、前記軸受に覆われた部分としてジャーナル部を有し、
前記ジャーナル部は、前記回転軸に平行な方向に関する当該ジャーナル部の中点を基準として前記コンロッドに近い側に位置している第1ジャーナル部と、前記中点を基準として前記コンロッドから遠い側に位置している第2ジャーナル部とを含み、
前記軸受は、前記第1ジャーナル部を支持する第1摺動部と、前記第2ジャーナル部を支持する第2摺動部とを有し、
前記ピストンの往復動方向に平行かつ前記シャフトの回転軸を含む平面が、前記軸受の内周面と交わる2つの位置のうち、前記ピストンに近い側の位置を基準位置と定義したとき、
前記第1摺動部は、前記基準位置から見て前記シャフトの回転方向に0〜180度の範囲および270〜360度の範囲から選ばれる少なくとも1つの範囲に、他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している第1凹部を有する、往復動圧縮機を提供する。
後述するように、往復動圧縮機によると、軸受が発揮する支持力は、周方向に関して均一ではない。往復動圧縮機の軸受には、理論上、シャフトの支持への寄与が大きい部分と、寄与が小さい部分とが存在する。本発明によると、寄与が小さい部分に凹部を形成する。つまり、シャフトの支持への寄与が小さい部分とシャフトとの間の軸受すき間を軸受の信頼性が損なわれない程度に広くする。これにより、従来その部分で生じていた摺動損失を削減できるので、往復動圧縮機の効率が高まる。
本発明の第1実施形態にかかる往復動圧縮機の概略縦断面図
圧縮冷媒による荷重の作用方向を示す概略図
圧縮冷媒による荷重の作用方向および軸受保持力の作用方向を示す概略図
上ジャーナル部および上摺動部を示す、IVA-IVA線に沿った横断面図
下ジャーナル部および下摺動部を示す、IVB-IVB線に沿った横断面図
軸受の展開図
変形例にかかる軸受の展開図
上凹部の深さを示す横断面図
下凹部の深さを示す横断面図
本発明の第2実施形態にかかる往復動圧縮機の上ジャーナル部および上摺動部を示す横断面図
本発明の第2実施形態にかかる往復動圧縮機の下ジャーナル部および下摺動部を示す横断面図
コンロッド触れ回り角度、荷重の作用方向、上軸受保持力の作用方向、下軸受保持力の作用方向、上ジャーナル部の偏心方向、下ジャーナル部の偏心方向、負圧力の発生に関与する上摺動部の範囲、および負圧力の発生に関与する下摺動部の範囲をシャフトの回転角度毎に示す一覧表
本発明の第3実施形態にかかる往復動圧縮機の上ジャーナル部および上摺動部を示す横断面図(θ=90度)
本発明の第3実施形態にかかる往復動圧縮機の下ジャーナル部および下摺動部を示す横断面図(θ=90度)
図9Aに続く横断面図(θ=270度)
図9Bに続く横断面図(θ=270度)
変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
別の変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
さらに別の変形例にかかる往復動圧縮機の要部の縦断面図
従来の往復動圧縮機を示す縦断面図
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について説明する。
(第1実施形態)
図1は本実施形態の往復動圧縮機の縦断面図である。往復動圧縮機100は、主な要素として、密閉容器17と、密閉容器17内に配置された圧縮機構50と、圧縮機構50を動作させるために密閉容器17内に配置されたモータ26(電気要素)とを備えている。
モータ26は、固定子18および回転子25で構成されている。本実施形態では、モータ26の回転軸が垂直方向に平行である。固定子18の下部が支持バネ24を介して密閉容器17に固定されている。密閉容器17の底部には、潤滑油(冷凍機油)を保持するための油貯まり17aが形成されている。
圧縮機構50は、シャフト1、軸受2、ピストン4、シリンダ5およびコンロッド6を有している。軸受2およびシリンダ5は、支持フレーム21の一部として一体に形成されている。モータ26の回転軸と軸受2の中心軸とが一致するように、支持フレーム21は、図示しない締結部材を介して密閉容器17に固定されている。円筒状のシリンダ5内には、ピストン4が往復動可能に配置されている。ピストン4の往復動方向は水平方向に平行である。シリンダ5の端部には、弁19(吸入弁および吐出弁)を有するシリンダヘッド23が取り付けられている。ピストン4とシリンダヘッド23との間に圧縮室5aが形成されている。
シャフト1は、主軸部39、偏心板20および偏心部3を有している。主軸部39は軸受2に挿入されている。主軸部39の回転軸、つまり、シャフト1の回転軸は、ピストン4の往復動方向に直交しているとともに、垂直方向に平行である。本明細書では、シャフト1の回転軸に平行な方向を軸方向という。主軸部39の上端に偏心板20が設けられ、偏心板20の上面に偏心部3(偏心軸)が設けられている。偏心部3および偏心板20は、軸受2の外に位置している。偏心部3の中心は、主軸部39の中心からずれている。偏心部3とピストン4とは、コンロッド6で連結されている。偏心部3およびコンロッド6の働きにより、モータ26の回転運動がピストン4の往復運動に変換される。主軸部39、偏心板20および偏心部3は、通常、一体に形成されている。
具体的に、主軸部39は、ジャーナル部28、中抜き9および被駆動部35を有する。ジャーナル部28は、軸受2に覆われている部分である。中抜き9は、軸受2内においてジャーナル部28を上ジャーナル部7(第1ジャーナル部)と下ジャーナル部8(第2ジャーナル部)とに分けている部分である。上ジャーナル部7は、下ジャーナル部8よりもコンロッド6の近くに位置している。軸方向に関して上ジャーナル部7の長さと下ジャーナル部8の長さとが等しくてもよいし、異なっていてもよい。中抜き9の外径は、ジャーナル部28の外径よりも小さい。ジャーナル部28の外径と中抜き9の外径との差は、例えば100〜300μmである。中抜き9により、シャフト1と軸受2との間の摺動損失を低減できる。
被駆動部35は、軸受2よりも下に突出してモータ26の回転子25に固定されている部分である。被駆動部35の内部には、図示しない速度式オイルポンプ(遠心ポンプ)が形成されている。被駆動部35の下端は油貯まり17aの中まで延びて潤滑油に接している。シャフト1が回転すると、被駆動部35の下端から速度式オイルポンプに潤滑油が吸い込まれる。その後、オイルは、主軸部39の外周面に形成された給油溝37を通じて、潤滑および/またはシールが必要な部分に供給される。潤滑および/またはシールが必要な部分とは、例えば、ジャーナル部28と軸受2とのすき間、偏心板20の下面と軸受2の開口端面とのすき間、偏心部3とコンロッド6との接続部分、ピストン4とシリンダ5とのすき間である。
軸受2は、上ジャーナル部7を支持する上摺動部10(第1摺動部)と、下ジャーナル部8を支持する下摺動部11(第2摺動部)とを有する。上摺動部10が上ジャーナル部7を覆い、下摺動部11が下ジャーナル部8を覆っている。軸受2の中心軸は、シャフト1の回転軸に一致している。
上摺動部10には、当該上摺動部10の他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している上凹部29(第1凹部)が形成されている。同様に、下摺動部11には、当該下摺動部11の他の範囲の部分よりも広い軸受すき間を形成している下凹部30(第2凹部)が形成されている。上凹部29および下凹部30により、シャフト1を支持するのに軸受2に要求される能力を落とすことなく、シャフト1と軸受2との間の摺動損失を低減できる。なお、軸受すき間の広さ(寸法)は、一般には、軸受の内径とシャフトの径との差で定義される値を表す。しかし、本明細書では軸受2に凹部29および30が形成されているため、軸受2の内径が一定でない。そのため、軸受すき間の広さを以下のように定義しうる。すなわち、シャフト1の周囲の任意の角度位置における軸受2の中心軸から軸受2の内周面までの距離と、シャフト1の半径との差によって導かれる値を、当該角度位置における軸受すき間の広さと定義しうる。
なお、上凹部29および下凹部30のいずれか一方のみが設けられている場合でも摺動損失を低減する効果は得られる。ただし、後の説明から明らかなように、上摺動部10が発揮する支持力は、下摺動部11が発揮する支持力よりも大きい。そのため、上凹部29によってもたらされる効果は、下凹部30によってもたらされる効果よりも大きい。
モータ26に電力が供給されると、回転子25に固定されたシャフト1が回転する。シャフト1が回転すると、コンロッド6を介して偏心部3に連結されたピストン4がシリンダ5内で往復運動をする。ピストン4の往復運動に応じて、作動流体(典型的には冷媒)が圧縮室5aに吸入され、圧縮される。このように、本実施形態の往復動圧縮機100は、1シリンダタイプの往復動圧縮機として構成されている。なお、シャフト1の軸方向が水平方向に平行で、ピストン4の往復動方向が垂直方向に平行であってもよい。シャフト1の軸方向が水平方向に平行な場合にも、便宜上、コンロッド6が位置している側を軸方向の上側、これと反対側を軸方向の下側とする。
次に、上凹部29および下凹部30について詳しく説明する。
まず、図2に示すように、圧縮機構50にXY座標系を定義する。具体的には、シャフト1の回転軸上に原点Oを定める。ピストン4の往復動方向に平行かつ原点Oを通る軸をX軸と定義する。X軸およびシャフト1の回転軸に直交し、かつ原点Oを通る軸をY軸と定義する。このXY座標系は、圧縮機構50を上から見たときの平面図に対応している。また、ピストン4の往復動方向(X軸方向)に平行かつシャフト1の回転軸を含む平面が、軸受2の内周面と交わる2つの位置のうち、ピストン4に近い側の位置を基準位置Pと定義する。また、ピストン4が上死点に位置するときのシャフト1の回転角度θを0度と定義する。さらに、図2において、時計回り方向をシャフト1の回転方向、つまり正の回転方向と定義する。
コンロッド6は、シャフト1の位相および各部材の設計値に依存した振れ回り角度を示す。この角度を、コンロッド振れ回り角度βという。コンロッド振れ回り角度βは、コンロッド6の長さlc、ピストン4のストロークS、シャフト1の回転角度θを用いて、式(1)で表される。コンロッド6の長さlcは、シャフト1の偏心部3の中心と、ピストンピン4kの中心とを結ぶ線分の長さに対応する。言い換えれば、コンロッド6の長さlcは、コンロッド6の一端に設けられた連結孔6h1の中心と、他端に設けられた連結孔6h2の中心とを結ぶ線分の長さで表される。「コンロッド振れ回り角度」は、長さlcを有するその線分と、X軸とが成す角度である。
次に、往復動圧縮機100の運転時に発生する荷重について説明する。往復動圧縮機100の運転時において、ピストン4には、図2の座標系で表して、−X方向(180度の方向)に圧縮冷媒による荷重が作用する。この荷重は、ピストン4およびコンロッド6を介してシャフト1に伝達される。より正確にシャフト1に対する荷重12の作用方向を特定するためには、コンロッド振れ回り角度βを考慮する必要がある。つまり、荷重12の作用方向は、正確には(180−β)度の方向である。例えば、シャフト1が一回転する間にβが−17〜17度の範囲で変動するのであれば、荷重12の作用方向は163〜197度の範囲で変動する。
図3に示すように、荷重12は、シャフト1と軸受2とのすき間(軸受すき間)に満たされた潤滑油が生み出す軸受保持力で支持される。詳細には、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間に満たされた潤滑油によって上軸受保持力13が生み出され、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間に満たされた潤滑油によって下軸受保持力14が生み出される。上軸受保持力13および下軸受保持力14の作用方向は、シャフト1における力のバランスおよびモーメントのバランスから、以下のように説明できる。
まず、軸方向の位置を表すために、図3に示す座標系を定義する。軸受2の下端2eを軸方向の基準位置、その基準位置から偏心部3に向かう方向を正方向と定義する。
シャフト1に最大の荷重12が作用するのは、圧縮室5aの容積が小さいときである。具体的には、シャフト1の回転角度θが0度(360度)付近で、ピストン4が上死点付近に位置するときに、荷重12が最大になる。シャフト1の回転角度θが0度付近のときのコンロッド振れ回り角度βは、式(1)よりほぼ0度となる。つまり、シャフト1には、180度の方向に最大の荷重12が作用する。シャフト1の回転角度θが0度から離れるにつれて、荷重12は急激に小さくなる。よって、荷重12の作用方向を180度の方向に固定して捉えることができる。以下、本実施形態では、コンロッド振れ回り角度βを無視し、シャフト1に対して180度の方向にのみ荷重12が作用するものとする。
図3に示すように、軸方向に関する荷重12の作用位置は、軸方向に関するピストン4の中点hpである。軸方向に関する上軸受保持力13の作用位置は、軸方向に関する上ジャーナル部7の中点huである。軸方向に関する下軸受保持力14の作用位置は、軸方向に関する下ジャーナル部8の中点hlである。
ここで、荷重12、上軸受保持力13および下軸受保持力14を、それぞれ、F、PuおよびPlと定義する。軸方向に関する上ジャーナル部7の長さをLu、軸方向に関する下ジャーナル部8の長さをLlと定義する。上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の半径をRと定義する。また、シャフト1の回転軸上の任意の高さH(ただし、hp>H)の位置にある点を点A、点Aから荷重12の作用位置hpまでの距離をlr(=hp−H)と定義する。点Aから上軸受保持力13の作用位置huまでの距離をlu(=hu−H)、点Aから下軸受保持力14の作用位置hlまでの距離をll(=hl−H)と定義する。シャフト1における力のバランスは式(2)で表される。式(2)では、荷重12の作用方向が正の作用方向である。
点Aにおけるモーメントのバランスは式(3)で表される。式(3)では、シャフト1の上端が荷重12の作用方向と逆向きに回転する方向を正のモーメントの方向としている。式(2)および式(3)より式(4)が導かれる。式(2)および式(4)より式(5)が導かれる。
ここで、lr=hp−H、lu=hu−H、ll=hl−Hなので、点Aがシャフト1の回転軸上のどのような位置に存在していたとしても、(lr−lu)>0、(lr−ll)>0、(ll−lu)<0となる。したがって、F>0ならば、式(5)より、Pl>0である。Pl>0ならば、式(4)より、Pu<0である。つまり、上軸受保持力13は荷重12と反対方向に作用し、下軸受保持力14は荷重12と同方向に作用する。
図3には、荷重12、上軸受保持力13および下軸受保持力14が、それぞれ、180度の方向、0度の方向および180度の方向に示されている。このような方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用するので、シャフト1の偏心方向と軸受保持力の作用方向との関係に基づき、上ジャーナル部7は270度の方向に偏心し、下ジャーナル部8は90度の方向に偏心する。つまり、力とモーメントの各バランスを保ってシャフト1が回転している限り、図3に示す方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用する。そして、このような方向に上軸受保持力13および下軸受保持力14が作用するためには、上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の偏心方向も一義的に決まる。以下、ジャーナル部の偏心方向および軸受保持力の作用方向について詳しく説明する。
図4Aは、上ジャーナル部および上摺動部を示す、IVA-IVA線に沿った拡大横断面図である。図4Aには、上ジャーナル部7の偏心方向および上軸受保持力13の作用方向が示されている。上ジャーナル部7が270度の方向に偏心しているため、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間が狭まる方向に巻き込まれる。したがって、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも高圧となり、上ジャーナル部7を上摺動部10から引き離す方向に正圧力16を発生させる。正圧力16は、反偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。
逆に、270〜360度の範囲では、潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出される。したがって、270〜360度の範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも低圧となり、上ジャーナル部7を上摺動部10に引き寄せる方向に負圧力15を発生させる。負圧力15は、偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。正圧力16と負圧力15との合力が、上ジャーナル部7における上軸受保持力13である。このように、上ジャーナル部7が270度の方向に偏心するとき、上軸受保持力13は0度の方向に作用する。逆にいえば、上軸受保持力13が荷重12(図3参照)と反対方向に作用するためには、上ジャーナル部7が必然的に270度の方向に偏心する。
図4Bは、下ジャーナル部および下摺動部を示す、IVB-IVB線に沿った拡大横断面図である。図4Bには、下ジャーナル部8の偏心方向と下軸受保持力14の作用方向とが示されている。下ジャーナル部8が90度の方向に偏心しているため、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間が狭まる方向に巻き込まれる。したがって、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも高圧となり、下ジャーナル部8を下摺動部11から引き離す方向に正圧力32を発生させる。正圧力32は、反偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。
逆に、90〜180度の範囲では、潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出される。したがって、90〜180度の範囲の潤滑油は、この範囲外の潤滑油よりも低圧となり、下ジャーナル部8を下摺動部11に引き寄せる方向に負圧力31を発生させる。負圧力31は、偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。正圧力32と負圧力31との合力が、下ジャーナル部8における下軸受保持力14となる。このように、下ジャーナル部8が90度の方向に偏心するとき、下軸受保持力14は180度の方向に作用する。逆にいえば、下軸受保持力14が荷重12(図3参照)と同方向に作用するためには、下ジャーナル部8が必然的に90度の方向に偏心する。
シャフト1は、上ジャーナル部7を270度の方向に、下ジャーナル部8を90度の方向に傾けた姿勢で、0度の方向に作用する上軸受保持力13と180度の方向に作用するする下軸受保持力14とによって支持されながら回転する。この理論は、山本雄二、兼田▲貞▼宏著「トライボロジー」理工学社、1998年、P.84にも記載されている。
正圧力16は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間を広げる方向に作用するので、これはシャフト1の支持を実現する力である。同様に、正圧力32は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間を広げる方向に作用するので、これもシャフト1の支持を実現する力である。他方、負圧力15は、上ジャーナル部7と上摺動部10とのすき間を狭める方向に作用するので、これはシャフト1の支持を阻害する力である。同様に、負圧力31は、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間を狭める方向に作用するので、これもシャフト1の支持を阻害する力である。
以上の説明から理解できるように、270〜360度および0〜180度の範囲の上摺動部10は、理論上、正圧力16の発生に関与せず、上ジャーナル部7の支持への寄与がとても小さい。故に、基準位置から見てシャフト1の回転方向に0〜180度の範囲および270〜360度の範囲から選ばれる少なくとも1つの範囲に上凹部29を形成すれば、シャフト1を支持するのに上摺動部10に要求される能力を落とさずに、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の摺動損失を低減できる。
90〜360度の範囲の下摺動部11は、理論上、正圧力32の発生に関与せず、下ジャーナル部8の支持への寄与がとても小さい。故に、基準位置から見てシャフト1の回転方向に90〜360度の範囲に下凹部30を形成すれば、シャフト1を支持するのに下摺動部11に要求される能力を落とさずに、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の摺動損失を低減できる。
上凹部29および下凹部30の具体的な構成についてさらに説明する。理解を容易にするため、軸受2の展開図を図5Aに示す。
上述したように、理論上は、基準位置(0度)から見てシャフト1の回転方向に0〜180度および270〜360度の全範囲に上凹部29が形成されていても構わない。ただし、軸受2の信頼性を考慮して、上凹部29をこれらの範囲の一部にのみ形成することが好ましい。図5Aに示すように、周方向に関する上凹部29の寸法α1をシャフト1の回転角度で表して、例えば20〜40度に調節する。同様に、周方向に関する下凹部30の寸法α2をシャフト1の回転角度で表して、例えば20〜40度に調節する。凹部29および30が形成されていない位置での軸受2の内周半径がDならば、πD/9≦α1≦2πD/9、および、πD/9≦α2≦2πD/9の関係を満たすように寸法α1およびα2をそれぞれ調節できる。このようにすれば、シャフト1を停止状態からスムーズに回転させることができ、かつシャフト1を回転状態からスムーズに停止させることができる。シャフト1に傷がついたり、異音が発生したりするのを防止できる。図5Aに示すように、軸受2を展開して平面視したときに、上凹部29および下凹部30は、例えば、短冊の形状を有している。
図1,3および5Aに示すように、シャフト1に中抜き9が形成されている場合において、上凹部29の一部および下凹部30の一部は、それぞれ、シャフト1の軸方向に関して中抜き9に重なっている。このようにすれば、上凹部29および下凹部30を軸方向に延ばすことによってこれらの面積を稼げるので、摺動損失を低減する観点で有利である。
図1,3および5Aに示すように、シャフト1の軸方向に関して、下凹部30の下端30eが軸受2の下端2eよりも上に位置している。このようにすれば、潤滑油が下凹部30を通じて軸受2の外に漏出するのを防止できる。
他方、上凹部29は軸受2の上端2tに突き抜けて偏心板20の下面によって閉じられている。この構成によると、潤滑油が上凹部29を通じて、偏心板20の下面と軸受2の開口端面との間に供給される。本実施形態では、軸受2の開口端面でシャフト1のスラスト荷重を支持している。上凹部29を給油路の一つとして利用すれば、偏心板20の下面と軸受2の開口端面との間に効率よく潤滑油を供給できる。また、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていると、上凹部29を形成するための加工が容易であるとともに、上凹部29の面積を稼いで摺動損失を低減する観点で有利である。
なお、図5Bに示すように、上凹部29の上端29tが、軸受2の上端2tよりも下に位置していてもよい。特に、軸受2の開口部に玉軸受を設けてシャフト1のスラスト荷重を支持する場合には、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていない方が、軸受2内へのガスの侵入を防止する観点で有利である。また、上凹部29が軸受2の上端2tに突き抜けていない場合には、周方向の全域にわたって一定の内径を有する部分が上摺動部10に形成される。このような構成によると、上凹部29のエッジによってシャフト1に傷がつくのを防止する観点で有利となる可能性がある。
図4Aに示すように、シャフト1の回転軸に直交する断面において、上凹部29は円弧状の表面プロファイルを有する。図4Bに示すように、シャフト1の回転軸に直交する断面において、下凹部30も円弧状の表面プロファイルを有する。このような構成によると、上凹部29および下凹部30のエッジによってシャフト1に傷がつくのを防止できる。さらに、このような形状の上凹部29と下凹部30は、エンドミルなどの工具を利用して容易に形成できる。
上凹部29の深さは特に限定されず、摺動損失を十分に低減できるように適宜調節すればよい。例えば、図6Aに示すように、上ジャーナル部7の半径をR1、上凹部29が形成されていない位置での上摺動部10の内周半径をD1、シャフト1の回転軸から上凹部29の最深部までの距離をd1としたとき、D1−R1≦d1−D1の関係を満足するように上凹部29を形成できる。「上摺動部10の内周半径」とは、軸受2の中心軸から上凹部29が形成されていない位置での上摺動部10の内周面までの距離を意味する。値(d1−D1)は、シャフト1の径方向に関する上凹部29の深さを表している。値(D1−R1)は、上凹部29が形成されていない位置での、上摺動部10と上ジャーナル部7とのすき間(軸受すき間)の半分の広さを表している。上凹部29の深さの上限は特に限定されず、例えばd1−D1≦1.5mmである。ただし、加工容易性や摺動損失を低減する効果を考えると、上凹部29が数百μm(例えば200μm)の深さを有していれば十分である。
同様に、下凹部30の深さも特に限定されず、摺動損失を十分に低減できるように適宜調節すればよい。例えば、図6Bに示すように、下ジャーナル部8の半径をR2、下凹部30が形成されていない位置での下摺動部11の内周半径をD2、シャフト1の回転軸から下凹部30の最深部までの距離をd2としたとき、D2−R2≦d2−D2の関係を満足するように下凹部30を形成できる。「下摺動部11の内周半径」とは、軸受2の中心軸から下凹部30が形成されていない位置での下摺動部11の内周面までの距離を意味する。値(d2−D2)は、シャフト1の径方向に関する下凹部30の深さを表している。値(D2−R2)は、下凹部30が形成されていない位置での、下ジャーナル部8と下摺動部11とのすき間(軸受すき間)の半分の広さを表している。下凹部30の深さの上限は特に限定されず、例えばd2−D2≦1.5mmである。上凹部29と同様に、下凹部30が数百μm(例えば200μm)の深さを有していれば十分である。
(第2実施形態)
図7Aに示すように、第2実施形態では、基準位置(0度)から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に上凹部29が位置している。図7Bに示すように、基準位置から見てシャフト1の回転方向に90〜180度の範囲に下凹部30が位置している。その他の構成は第1実施形態と同様なので、説明を省略する。
図7Aに示すように、上ジャーナル部7が270度の方向に偏心するので、180度よりも大きく270度よりも小さい範囲の上摺動部10が正圧力16の発生に関与する。正圧力16は、反偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。270〜360度の範囲の上摺動部10が負圧力15の発生に関与する。負圧力15は、上ジャーナル部7の偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。従って、270〜360度の範囲に上凹部29が形成されている場合に、摺動損失を削減する効果をより十分に得ることができる。
また、図3および5Aを参照して第1実施形態で説明したように、上凹部29の一部は、軸方向に関して中抜き9に重なっている。この構成によると、上凹部29内の潤滑油の圧力は、中抜き9内の潤滑油の圧力と等しくなる。中抜き9内の潤滑油の圧力は、密閉容器17内の圧力とほぼ等しく、かつ図4Aを参照して説明した負圧力15よりも高い。つまり、基準位置から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に上凹部29が位置し、かつ上凹部29が中抜き9に重なっていると、負圧力15が抑制される。
図7Aに示すように、正圧力16と負圧力15との合力が、上ジャーナル部7における上軸受保持力13となる。本実施形態では、負圧力15が抑制されているため、負圧力15が正圧力16よりも小さい。よって、上軸受保持力13の作用方向が反偏心方向に近づく。上軸受保持力13の作用方向が反偏心方向に近づけば近づくほど、上ジャーナル部7を上摺動部10から引き離す方向の成分が大きくなるので、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力は高まる。つまり、本実施形態によれば、摺動損失が低減するだけでなく、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力も高まる。
同様の理論が下凹部30にも当てはまる。図7Bに示すように、下ジャーナル部8が90度の方向に偏心するので、0度よりも大きく90度よりも小さい範囲の下摺動部11が、正圧力32の発生に関与する。正圧力32は、反偏心方向(270度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向とは逆方向に少し回転した作用方向を持っている。90〜180度の範囲の下摺動部11が負圧力31の発生に関与する。負圧力31は、下ジャーナル部8の偏心方向(90度の方向)を基準として、シャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を持っている。従って、90〜180度の範囲に下凹部30が形成されている場合に、摺動損失を削減する効果をより十分に得ることができる。
また、図3および5Aを参照して第1実施形態で説明したように、下凹部30の一部は、軸方向に関して中抜き9に重なっている。この構成によると、上凹部29の場合と同じ理由により、負圧力31が抑制される。
図7Bに示すように、正圧力32と負圧力31との合力が、下ジャーナル部8における下軸受保持力14となる。本実施形態では、負圧力31が抑制されているため、負圧力31が正圧力32よりも小さい。よって、下軸受保持力14の作用方向が反偏心方向に近づく。下軸受保持力14の作用方向が反偏心方向に近づけば近づくほど、下ジャーナル部8を下摺動部11から引き離す方向の成分が大きくなるので、下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力は高まる。つまり、本実施形態によれば、摺動損失が低減するだけでなく、下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力も高まる。
なお、上凹部29のみが中抜き9に重なっていてもよいし、下凹部30のみが中抜き9に重なっていてもよい。
先に説明した式(4)および式(5)によると、上軸受保持力13の作用方向が荷重12の作用方向と反対になり、下軸受保持力14の作用方向が荷重12の作用方向と同じになる結果として、力とモーメントの各バランスが維持できている。つまり、力とモーメントの各バランスを維持するためには、上軸受保持力13の作用方向は0度の方向、下軸受保持力14の作用方向は180度の方向となることが必要である。
本実施形態では、図7Aおよび図7Bを参照して説明したように、負圧力15および31を抑制できる位置に上凹部29および下凹部30を設けている。これにより、上軸受保持力13および下軸受保持力14の作用方向が、シャフト1の支持に有利な方向へと変化する。具体的には、上軸受保持力13は、0度の方向からシャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を有する。下軸受保持力14は、180度の方向からシャフト1の回転方向に少し回転した作用方向を有する。そのため、一見すると、力とモーメントの各バランスが崩れるようにも思われる。
しかし、シャフト1の全体においては、上軸受保持力13の90度の方向の成分と、下軸受保持力14の270度の方向の成分とが相殺し合い、かつ上軸受保持力13の0度の方向の成分と下軸受保持力14の180度の方向の成分とが相互に調節される。その結果、式(2)および式(3)が満たされる。したがって、本実施形態によると、力とモーメントの各バランスを維持しながら、上摺動部10が上ジャーナル部7を支持する能力および下摺動部11が下ジャーナル部8を支持する能力を高めることができる。
(第3実施形態)
第3実施形態では、コンロッド振れ回り角度βを考慮して、上凹部29および下凹部30の位置を規定している。具体的には、上凹部29が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に287〜343度の範囲に位置している。下凹部30が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に107〜163度の範囲に位置している。第2実施形態と同様に、上凹部29および下凹部30は、それぞれ、軸方向に関して中抜き9に重なっている。その他の構成は第1実施形態と同様なので、説明を省略する。
図2を参照して説明したように、圧縮冷媒による荷重12はコンロッド6を介してシャフト1に伝達される。シャフト1に対する荷重12の作用方向は、コンロッド触れ回り角度βを用いて(180−β)度の方向となる。コンロッド触れ回り角度βは、シャフト1の回転角度θに応じて変化するため、荷重12の作用方向もシャフト1の回転角度θに応じて変化する。
図3を参照して説明したように、シャフト1が力とモーメントの各バランスを維持して回転するためには、上軸受保持力13の作用方向が荷重12の作用方向と反対になり、下軸受保持力14の作用方向が荷重12の作用方向と同じになる必要がある。
シャフト1の偏心方向、正圧力ならびに負圧力の発生機構、および軸受保持力の作用方向の相互関係の一般性は、山本らによる先の文献にも示されている。この相互関係に基づき、上ジャーナル部7が任意のψu度の方向に偏心した場合における、正圧力16ならびに負圧力15の発生機構、および上軸受保持力13の作用方向について説明する。また、下ジャーナル部8が任意のψl度の方向に偏心した場合における、正圧力32ならびに負圧力31の発生機構、および下軸受保持力14の作用方向について説明する。角度ψuおよびψlは、それぞれ、基準位置(0度)からのシャフト1の回転角度で特定される方向を表す。
図4Aに示すように、上ジャーナル部7がψu度の方向に偏心した場合、(ψu−90)度よりも大きくψu度よりも小さい範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、すき間が狭まる方向に巻き込まれて高圧となる。したがって、(ψu−90)度よりも大きくψu度よりも小さい範囲の上摺動部10が、正圧力16の発生に関与する。また、ψu〜(ψu+90)度の範囲では、上ジャーナル部7と上摺動部10との間の潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出されて低圧となる。したがって、ψu〜(ψu+90)度の範囲の上摺動部10が、負圧力15の発生に関与する。また、上軸受保持力13は、φu度の方向(φu=ψu+90)に作用する。
図4Bに示すように、下ジャーナル部8がψl度の方向に偏心した場合、(ψl−90)度よりも大きくψl度よりも小さい範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、すき間が狭まる方向に巻き込まれて高圧となる。したがって、(ψl−90)度よりも大きくψl度よりも小さい範囲の下摺動部11が、正圧力32の発生に関与する。また、ψl〜(ψl+90)度の範囲では、下ジャーナル部8と下摺動部11との間の潤滑油は、すき間が広くなる方向に放出されて低圧となる。したがって、ψl〜(ψl+90)度の範囲の下摺動部11が、負圧力31の発生に関与する。また、下軸受保持力14は、φl度の方向(φl=ψl+90)に作用する。
第1実施形態で説明したように、ψu=270度のとき、270〜360度および0〜180度の範囲の上摺動部10は、理論上、正圧力16の発生に関与せず、上ジャーナル部7の支持への寄与はとても小さい。ψl=90度のとき、90〜360度の範囲の下摺動部11は、理論上、正圧力32の発生に関与せず、下ジャーナル部8の支持への寄与はとても小さい。
他方、コンロッド触れ回り角度βを考慮すると、荷重12の作用方向、上軸受保持力13の作用方向、下軸受保持力14の作用方向、上ジャーナル部7の偏心方向、下ジャーナル部8の偏心方向、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲、および負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は、互いに関連して変化する。これらの関係を図8に示す。
なお、川平睦義著「密閉型冷凍機」日本冷凍協会 1981年 P.47によると、往復動圧縮機におけるlc/Sの典型的な範囲は、1.75〜3.5である。lc/Sが小さければ小さいほど、コンロッド振れ回り角度βの取り得る範囲が広くなる。つまり、lc/S=1.75のとき、コンロッド振れ回り角度βの取り得る範囲が最大になる。先に示した式(1)にlc/S=1.75を代入すると、−1≦sinθ≦1であることから、βの取り得る範囲は概ね−17〜17度となる。θ=0〜180度の範囲でβが正の値を取り、θ=180〜360度の範囲でβが負の値を取る。
シャフト1の回転角度θが0度のとき、コンロッド触れ回り角度βは0度、荷重12の作用方向は180度、上軸受保持力13の作用方向は0度、下軸受保持力14の作用方向は180度、上ジャーナル部7の偏心方向は270度、下ジャーナル部8の偏心方向は90度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は270〜360度、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は90〜180度となる。
シャフト1の回転角度θが90度のとき、コンロッド触れ回り角度βは最大値である17度、荷重12の作用方向は163度、上軸受保持力13の作用方向は343度、下軸受保持力14の作用方向は163度、上ジャーナル部7の偏心方向は253度、下ジャーナル部8の偏心方向は73度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は253〜343度(図9A参照)、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は73〜163度(図9B参照)となる。
θ=90度のとき、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は、最小の終了角度(343度)をとる。負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲も最小の終了角度(163度)をとる。
シャフト1の回転角度θが180度のとき、コンロッド触れ回り角度βは0度、荷重12の作用方向は180度、上軸受保持力13の作用方向は0度、下軸受保持力14の作用方向は180度、上ジャーナル部7の偏心方向は270度、下ジャーナル部8の偏心方向は90度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は270〜360度、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は90〜180度となる。
シャフト1の回転角度θが270度のとき、コンロッド触れ回り角度βは最小値である−17度、荷重12の作用方向は197度、上軸受保持力13の作用方向は17度、下軸受保持力14の作用方向は197度、上ジャーナル部7の偏心方向は287度、下ジャーナル部8の偏心方向は107度の各方向となる。負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は287〜360度および0〜17度(図10A参照)、負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲は107〜197度(図10B参照)となる。
θ=270度のとき、負圧力15の発生に関与する上摺動部10の範囲は、最大の開始角度(287度)をとる。負圧力31の発生に関与する下摺動部11の範囲も最大の開始角度(107度)をとる。
上ジャーナル部7の偏心方向が253〜287度の範囲で変化し、下ジャーナル部8の偏心方向が73〜107度の範囲で変化するので、シャフト1はあたかも揺れながら回転する。上摺動部10の287〜343度の範囲および下摺動部11の107〜163度の範囲は、シャフト1の回転角度θによらず、それぞれ、負圧力15および31の発生に関与する。したがって、図9Aおよび10Aに示すように、基準位置から見てシャフト1の回転方向に287〜343度の範囲に上凹部29を設ければ、摺動損失の低減およびシャフト1を支持する能力の向上にいっそう効果的である。同様の理由により、図9Bおよび10Bに示すように、107〜163度の範囲に下凹部30を設けることができる。
コンロッド振れ回り角度βの最大値および最小値の絶対値がβabsであるとき、上凹部29および下凹部30の位置を次のように一般化できる。すなわち、上凹部29が基準位置から見てシャフト1の回転方向に(270+βabs)〜(360−βabs)度の範囲に位置し、下凹部30が基準位置から見てシャフト1の回転方向に(90+βabs)〜(180−βabs)度の範囲に位置しているとよい。
(変形例)
図11Aに示すように、中抜き9は軸受2に形成されていてもよい。軸受2が、中抜き9よりもコンロッド6の近くに位置している上摺動部10と、中抜き9よりもコンロッド6から遠くに位置している下摺動部11とに分かれるように、軸受2に中抜き9を形成しうる。中抜き9が形成された部分における軸受2の内径は、中抜き9が形成されていない部分における軸受2の内径よりも大きい。また、中抜き9は、シャフト1および軸受2の両方に形成されていてもよい。
ところで、シャフト1の軸方向に関する位置を「高さ位置」と定義したとき、中抜き9が形成されている高さ位置において、シャフト1と軸受2との間のすき間(軸受すき間)の広さは、給油溝が形成されている部分除き、シャフト1の周方向に関して一定である。これに対し、上凹部29および下凹部30が形成されている高さ位置において、軸受すき間の広さは、シャフト1の周方向に関して一定でない。また、各実施形態で説明した上凹部29は、上ジャーナル部7を支持する上摺動部10に設けられている点で中抜き9とは異なる。同様に、下凹部30は、下ジャーナル部8を支持する下摺動部11に設けられている点で中抜き9とは異なる。この違いは、シャフト1の支持への寄与が小さい部分に選択的に上凹部29および下凹部30を形成していることに基づく。
また、図11Bに示すように、中抜きを有さないシャフト1を各実施形態に適用できる。図11Bの例では、軸受2にも中抜きは形成されていない。シャフト1の回転軸に平行な方向に関するジャーナル部28の中点Mを基準としてコンロッド6に近い側に位置している部分を第1ジャーナル部7、中点Mを基準としてコンロッド6から遠い側に位置している部分を第2ジャーナル部8と定義できる。ジャーナル部28に関するこの定義付けは、中抜きの有無によらず、シャフト1に適用されうる。中抜きは、上軸受保持力13および下軸受保持力14の各発生方向に影響を及ぼさない。同様に、中抜きは、上ジャーナル部7および下ジャーナル部8の各偏心方向に影響を及ぼさない。したがって、各実施形態で説明した効果は、中抜きの有無によらず、得ることができる。
また、図11Cに示すように、下ジャーナル部8を支持する部分として、軸受2がすべり軸受以外の構造、例えば転がり軸受部11kを有していてもよい。この場合においても、上摺動部10に形成された上凹部29は、摺動損失を低減する効果を発揮しうる。
また、上凹部29は、各実施形態で説明した範囲にのみ形成されていることが好ましい。例えば、上凹部29が、基準位置から見てシャフト1の回転方向に270〜360度の範囲に位置しているものとする。このとき、上凹部29と同じ高さ位置を占有している残りの部分(0度より大きく270度よりも小さい角度範囲の部分)が、当該部分とシャフト1との間に一定の広さの軸受すき間を形成していることが好ましい。この構成によれば、軸受保持力の低下を招くことなく摺動損失のみを効果的に削減できる。また、各実施形態で説明した角度範囲において、複数の上凹部29が形成されていてもよい。これらは、下凹部30についても同様である。