JPWO2003082315A1 - 筋緊張亢進疾患治療剤 - Google Patents
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Abstract
精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする筋緊張亢進疾患治療剤。
Description
技術分野
本発明は、筋緊張亢進疾患治療剤に関する。
背景技術
ボツリヌス菌により産生されるボツリヌス毒素は、小腸上部で吸収された後、アルカリ条件下(リンパ管内)で無毒蛋白質と神経毒素に解離する。解離した神経毒素は、そのC末端側で神経終末の受容体に結合し、受容体を介して取り込まれる。その後、亜鉛メタロエンドペプチダーゼ活性により神経シナプス前膜の蛋白質を特異的に切断し、カルシウム依存性のアセチルコリンの放出を阻害して、シナプスでの神経伝達を遮断する(Jankovic,J.et al.,Curr.Opin.Neurol.,7:358−366,1994)。
ボツリヌス毒素は、ボツリヌス中毒においては全身の神経伝達を遮断して人を死に至らしめる毒素ではあるが、逆にその活性を積極的に利用して、異常な筋緊張性亢進を来たす疾患、例えばジストニアの患者の筋肉内に直接投与することによって、局所の筋緊張を緩和する治療薬として用いられている(梶龍兒ら、「ジストニアとボツリヌス治療」、診断と治療社、1996年)。しかしながら、現在の治療薬ではボツリヌス毒素全て(以下、神経毒素と無毒蛋白質とに分離していないボツリヌス毒素をプロジェニター毒素と称す)を用いているため、1).抗体産生を誘導しやすい、2).効果を示すまでに時間がかかるといった問題点が指摘されている。
発明の開示
本発明の課題は、抗体産生を誘導し難く投与後速やかに効果を現す、ジストニア等筋緊張亢進疾患(筋緊張亢進を来たす疾患)に対する治療剤、並びに、有効成分を安定化させた同治療剤及びその製造方法を提供することにある。
現在ボツリヌス毒素(プロジェニター毒素)によるジストニアの治療は、毒素に対する抗体が産生され、毒素が無毒化されてしまうことに治療の限界があった。
本発明者らは、プロジェニター毒素を神経毒素と無毒蛋白質に分離し、神経毒素だけを治療に用いるようにすれば、治療の限界となっている抗体の産生を遅らせることができるのではないかと考えた。そして、同じ100単位の無毒化したプロジェニター毒素を神経毒素をマウスに免疫したところ、プロジェニター毒素では抗体が産生されたものの、神経毒素では抗体産生は観察されないことが明らかとなった。
更に本発明者らは、プロジェニター毒素及び神経毒素をラットの筋肉内に投与する実験を行い、神経毒素がプロジェニター毒素と比較して、神経伝達を遮断するに要する期間が短縮することを見出し、神経毒素を使えば1).抗体産生を誘導しやすい、2).効果を示すまでに時間がかかるといったプロジェニター毒素の問題点を解決できることが明らかとなった。
しかしながら、無毒蛋白質の部分は神経毒素を安定化するのに必須であると言われており、実際に無毒蛋白質から分離した神経毒素は、プロジェニター毒素と比較して不安定であることが知られている(Sugii,S.et al.,Infect.Immun.,16:910−914,1977)。また本発明者らの実験でも、分離した神経毒素は、製品として保存するには耐えない程の短期間で活性を失った。
本発明者らは、神経毒素を安定に保存できる条件を探し鋭意努力を重ねた結果、ヒト血清アルブミンを添加することにより、実用に耐え得る期間にわたって活性を失わず、保存が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下のものに関する。
1.精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする筋緊張亢進疾患治療剤。
2.ボツリヌス神経毒素安定化物質をさらに含んでなる1に記載の治療剤。
3.ボツリヌス神経毒素安定化物質がヒト血清アルブミンである、2に記載の治療剤。
4.ボツリヌス神経毒素が、ボツリヌスA型、B型、C型、D型、E型またはF型の毒素由来である1〜3のいずれかに記載の治療剤。
5.筋緊張亢進疾患がジストニアである1〜4のいずれかに記載の治療剤。
6.筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である1〜4のいずれかに記載の治療剤。
7.精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合する工程を含んでなる、2に記載の治療剤を製造する方法。
8.精製したボツリヌス神経毒素を、筋緊張亢進疾患患者に投与することを特徴とする筋緊張亢進疾患の治療方法。
9. 筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である8に記載の治療方法。
発明を実施するための最良の形態
本発明の種々の側面を以下詳細に説明する。
本発明の筋緊張亢進疾患治療剤は、精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする。精製したボツリヌス神経毒素は、投与後速やかに治療効果を発揮するので、本発明の治療剤は速効型治療剤として使用できる。
ここで、精製したボツリヌス神経毒素とは、ボツリヌス毒素を構成する無毒蛋白質から分離された神経毒素を意味する。このような神経毒素は、(1)ボツリヌス毒素(プロジェニター毒素)を神経毒素と無毒蛋白質に分解する工程、(2)神経毒素を無毒蛋白質から分離する工程を含んでなる精製工程によって得ることができる。以下、神経毒素の精製について説明する。
プロジェニター毒素は、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等を適宜組み合わせて精製することができる。例えばA型は、Sugii,S.et al.,Infect.Immun.,12:1262,1975、B型はKozaki,S.,et al.,Infect.Immun.,10:750,1974、D型はMiyazaki,S.,et al.,Infect.Immun.,17,395,1977、E型はKitamura,M.,et al.,Biochem.Biophys.Acta 168:207,1968、F型はOhishi,I.,et al.,Appl.Microbiol.29:444,1975、G型はNukina,M.,et al.,Bakteriol.Mikrobiol.Hyg.A 268:220,1988に記載された方法により精製することが可能である。プロジェニター毒素はpH7以上では不安定であるので、精製はpH7を超えない条件で行う。
具体的にはボツリヌス菌の培養上清から、プロジェニター毒素を例えば硫安塩析、プロタミン処理等の方法により濃縮する。その後、例えば陽イオン交換クロマトグラフィーにより粗精製し、毒素活性のある分画を集めて、更にゲルろ過や、アフィニティークロマトグラフィーで精製する。アフィニティークロマトグラフィーとしては、例えばβ−ラクトースゲルカラムに吸着させ、β−ラクトースで溶出させる方法があげられる。毒素活性は、例えばマウス腹腔内注射法(マウス腹腔内に投与してLD50から毒素活性を求める方法)により測定し、マウス1LD50を1単位とする。また、場合によってはマウスを死亡させる最小致死量を1MLDとして表示することも許される。
得られたプロジェニター毒素には、蛋白分解酵素、好ましくはトリプシンにより切断を入れることが好ましい。特にプロジェニター毒素がB型である場合は、切断を入れることが好ましい。その後トリプシンは、例えばアフィニティークロマトグラフィーにより除去することができる。
プロジェニター毒素をpH7以上の条件にすることで、神経毒素と無毒蛋白質に分離する。分離した神経毒素は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過等の方法で、あるいはそれらを組み合わせることにより精製することができる。
場合によっては、プロジェニター毒素を単離する工程を経ずに、最初からアルカリ条件、例えばpH8.0でカラム精製を行い、神経毒素を精製することも許される。
ボツリヌス神経毒素の由来は特に限定されないが、好ましくは、ボツリヌスA型、B型、C型、D型、E型またはF型の毒素(プロジェニター毒素)由来である。
本発明の治療剤は、好ましくは、精製したボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を含んでなる医薬組成物である。
ボツリヌス神経毒素安定化物質は、上記の組成物が保存される条件において、ボツリヌス神経毒素を安定化することができかつボツリヌス神経毒素の筋緊張疾患治療効果の速効性を損なわないものであればよい。安定化は、ボツリヌス神経毒素をその物質の存在下及び非存在下で保存し、ボツリヌス神経毒素の毒素活性を、存在下の場合と非存在下の場合との間で比較することにより評価できる。速効性を損なうか否かは、ボツリヌス神経毒素をその物質の存在下及び非存在下で保存し、ボツリヌス神経毒素の上記治療効果を、存在下の場合と非存在下の場合との間で比較することにより評価できる。
ボツリヌス神経毒素安定化物質の例としては、ヒト血清アルブミンが挙げられる。
本発明における好ましい医薬組成物は、精製したボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程により製造することができる。従って、本発明は、(1)ボツリヌス神経毒素を精製する工程、(2)ボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程を含んでなる、ボツリヌス神経毒素を含んでなる医薬組成物を製造する方法も提供する。
ボツリヌス神経毒素を精製する工程は、上述のようにして行うことができる。また、精製工程の後は、ボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程を含む限り、特に限定されず、例えばボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を溶媒に溶解後、無菌ろ過し、アンプル、バイアル等に充填して本発明の組成物を製造することができる。また、ボツリヌス神経毒素を予めボツリヌス神経毒素安定化物質を溶解した溶媒に溶解後、無菌ろ過しアンプル等に充填することもできる。溶媒は、注射用蒸留水、生理食塩水、0.01M〜0.1Mのリン酸緩衝液等を用いることができ、必要に応じて、エタノール、グリセリン等を混合することもできる。
更に、ボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を溶媒に溶解後、無菌ろ過し、バイアル等に充填後、凍結乾燥して発明の組成物を製造することもでき、また、ボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を混合後、バイアル等に無菌充填して本発明の医薬組成物を製造することもできる。
具体的には、精製した神経毒素を、神経毒素安定化物質、好ましくはヒト血清アルブミン、更に好ましくはヒトでの安全性が確保された日赤ヒト血清アルブミンを、最終濃度が0.1〜5mg/ml、好ましくは0.5〜2mg/mlになるように加え、冷蔵保存、冷凍保存あるいは凍結乾燥することが挙げられる。
本発明の治療剤には、必要に応じさらに、マンニトール、グルコース、乳糖等の糖類、食塩、リン酸ナトリウム等の添加剤を混合することができる。溶解状態での本発明にかかる医薬組成物のpHは、通常3〜8であり、好ましくは4〜7であり、より好ましくは5〜7である。
本発明の治療剤において、ボツリヌス神経毒素は、本発明の使用目的において有効な量が含まれていればよい。また、ボツリヌス神経毒素安定化物質が含まれる場合には、ボツリヌス神経毒素安定化物質は、ボツリヌス神経毒素を安定化するのに十分な量含まれていればよい。
精製したボツリヌス神経毒素はボツリヌス神経毒素安定化物質例えばヒト血清アルブミンと混合することにより安定して保存できる。従って、本発明は、精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合して保存することを含む、ボツリヌス神経毒素を安定に保存する方法、及び、精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合することを含む、本発明の医薬組成物を製造する方法も提供する。
ここで混合するとは、ボツリヌス神経毒素安定化物質例えばヒト血清アルブミンが継続的にボツリヌス神経毒素と共存する状態にすることを意味する。通常には、溶液状態のボツリヌス神経毒素にボツリヌス神経毒素安定化物質を添加することによってこの状態にされる。
筋緊張亢進疾患としては、ジストニア、他の不随意運動、異常筋収縮その他が挙げられる。
より具体的には、ジストニアとして、局所性ジストニア(眼瞼痙攣、口・下顎・顔面・舌ジストニア、頚部ジストニア、咽頭ジストニア、動作特異性ジストニア、咬筋ジストニアなど)、分節性ジストニア(Meige症候群など)、全身性ジストニア(脳性麻痺など)、多相性ジストニア、片側性ジストニアが、
他の不随意運動として、声・頭部・体肢の振戦、口蓋振戦、片側顔面痙攣、チックが、
異常筋収縮として、斜視、眼振、ミオキミア、歯ぎしり、吃音、有痛性筋固縮、筋収縮性頭痛、筋性腰痛、筋攣縮を伴う神経根障害、痙縮、痙性膀胱、アカラジア、アニスムス、排尿筋括約筋協調不全が、
その他として、角結膜保護、整形美容が挙げられる。
筋緊張亢進疾患は、好ましくはジストニアである。
本発明の治療剤により治療される筋緊張亢進疾患は、速やかな筋緊張亢進の抑制を必要とする疾患、すなわち速効型治療剤による治療を必要とする疾患であることが好ましい。このような筋緊張亢進疾患としては、有効用量が決まるまで投与量を調節しながら投与する筋緊張亢進疾患、累積的に効果を積み重ねて治療を行う全身性の筋緊張亢進疾患が挙げられる。全身性の筋緊張亢進疾患の例としては、全身性ジストニア・全身の痙縮が挙げられる。
本発明の治療剤は、治療に有効な量投与される。ヒトに投与する場合、その投与形態は好ましくは局所的投与、更に好ましくは筋肉内注射であるが、全身に送達する投与法も除外されない。また、それらの投与タイミングや投与量も、特に限定されず、症状の程度等により異なる。投与量は症状の程度、年齢、性別、体重、投与形態等に応じて異なるが、例えば成人ならば1〜50単位を、好ましくは5〜300単位を、1回筋肉内注射する。ここで1単位とは、マウスに腹腔内投与した時に半数のマウスが死亡する毒素の量(1LD50)である。
本発明は、また、精製したボツリヌス神経毒素を、筋緊張亢進疾患患者に投与することを特徴とする筋緊張亢進疾患の治療方法、及び、筋緊張亢進疾患治療剤の製造における、精製したボツリヌス神経毒素の使用を提供する。精製したボツリヌス毒素、筋緊張亢進疾患、投与方法、製造方法等については上記に説明した通りである。
実施例
本発明を下記実施例により更に詳しく説明するが、本発明はこれに限られるものではない。
実施例1 ボツリヌスB型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスB型神経毒素の精製
透析チューブ培養法(Inoue,K.,et al.,Infect.Immun.64:1589,1996)により培養したボツリヌスB型菌(Lamanna株)の培養上清を60%飽和硫安塩析し、得られたペレットを50mMリン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析し、プロタミン処理(Kozaki,S.,et al.,Infect.Immun.,10:750,1974)後に、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.2)で平衡化した陽イオン交換クロマトグラフィーカラムで粗精製した(Inoue,K.,et al.,Infect.Immun.64:1589,1996)。毒素活性のある画分を集めて10mMリン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析した後、これを同緩衝液で平衡化したβ−ラクトースゲル(E−Y laboratories社製)カラムにアプライし、カラムに結合するボツリヌスL毒素を0.2Mラクトースを含む同緩衝液で溶出させて精製した。
得られたボツリヌスL毒素にトリプシン(シグマ社製)を毒素:酵素=100:1の蛋白比で混合して37℃で1時間反応させた後、トリプシンを除去するために再度、上記と同条件でβ−ラクトースゲルカラムによるアフィニティークロマトグラフィーを行った。得られたボツリヌスL毒素をpH8.0に調整した10mMリン酸緩衝液に対して透析し、同緩衝液で平衡化させたβ−ラクトースゲルカラムにアプライし、カラムに吸着しない画分を集めてボツリヌス神経毒素とした。
(2)ボツリヌスB型神経毒素の安定性の検討
0.45μmのフィルターでろ過滅菌したボツリヌスB型神経毒素の段階希釈列をマウスに腹腔内投与して毒素活性を測定した後、それぞれpH6.0、7.0、8.0の20mMリン酸ナトリウム緩衝液で500MLD/0.25mlとなるように希釈し、それぞれ複数の滅菌チューブに分注した。ここで1MLDとはddyマウス(♀、20g)に腹腔内投与した時に致死をもたらす最小投与量である。
更に、分注した半分のチューブには各pHの同緩衝液で1mg/mlに希釈したヒト血清アルブミンを加え、残りの半分には各pHの同緩衝液を加えた(最終濃度はボツリヌス神経毒素500MLD・ヒト血清アルブミン0.25mg/0.5ml/チューブ)。調製した組成物を含む各チューブは、4℃で冷蔵保存、−80℃で凍結保存、または、凍結乾燥後に4℃で保存を行い、定期的にサンプルを抽出して生理食塩水で希釈してマウスの致死活性を測定した。
その結果、表1に示す通り、保存開始から40日後のサンプルでヒト血清アルブミン非添加群では既に活性が消失していた。これに対しヒト血清アルブミン添加群ではいかなるpH条件、保存条件でも500MLDからの活性の低下は認められなかった。さらに90日後のサンプルにおいてもpH8.0・凍結乾燥サンプルにおいて300MLDまで活性の低下が認められるのを除いては、活性の低下が認められなかった。なお、表1中、4℃、−80℃及びF.D.は、それぞれ、4℃で冷蔵保存、−80℃で凍結保存、及び、凍結乾燥後に4℃で保存を示す。
また、同様にして、さらに長期間の安定性を検討した。
その結果、表2に示す通り、ヒト血清アルブミン非添加群では全ての保存条件で、保存から1ヶ月目で活性が消失していた。
これに対しヒト血清アルブミン添加群では、4℃、−80℃で保存した全てのサンプルで、6ヶ月間は活性の低下は認められず、12ヶ月目で多少の活性の低下が認められるのみであった。また凍結乾燥サンプル(F.D.)では、3ヶ月目からpH8.0の保存条件で多少の活性の低下が認められ、6ヶ月目以降は全てのサンプルで活性の低下が認められた。
実施例2 ボツリヌスA型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスA型神経毒素の精製
Sakaguchi,G.,Ohishi,I.,and Kozaki,S.1981.BIOCHEMICAL ASPECTS OF BOTULISM:Purification and oral toxicities of Clostridium botulinum progenitor toxins.pp.21−34,Lewis,G.E.(ed.),Academic Press,New York.に記載された方法に従って、ボツリヌスA型M毒素を精製した。
ボツリヌスM毒素を10mMリン酸緩衝液(pH7.5)に対して透析した後、同緩衝液で平衡化したDEAEセファロースカラムに吸着させ、同緩衝液の0〜0.3M NaCl濃度勾配で溶出し、神経毒素と無毒蛋白質に分離した。得られた神経毒素はYM−10メンブラン(アミコン社製)で1mg/mlまで濃縮し、50mMリン酸緩衝液(pH7.5)に対して透析した後、使用時まで−80℃に保存した。
(2)ボツリヌスA型神経毒素の安定性の検討
保存したボツリヌスA型神経毒素を、5mg/mlヒト血清アルブミンを含む50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で希釈し、ろ過滅菌後、希釈列を作製してマウス尾静脈に投与して毒素量を測定した。測定した毒素活性に基づき、神経毒素を1000LD50/mlとなるよう、5mg/mlヒト血清アルブミンを含む50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で更に希釈した後、0.4mlづつ分注して液体窒素で急速冷凍し−80℃で保存した。
また、pHの影響を調べるために、pH6.0、7.5及び9.0の緩衝液で同様に分注、凍結保存した。
それぞれの条件で保存したボツリヌス神経毒素の毒素活性をマウス腹腔内注射法により測定し、1LD50を1単位として表3及び表4に示した。ヒト血清アルブミンと共に保存することにより、ボツリヌス神経毒素は200日以上に亘って安定に保存可能であり、pH6〜9のいずれの条件でも安定であった。
実施例3 ラットにおけるボツリヌスA型神経毒素による神経伝達の抑制効果
ラット(Wisterラット)の後肢及び前肢の筋活動電位の、2単位のプロジェニター毒素または神経毒素を筋肉内投与(施注)による変化を測定した。プロジェニター毒素はAllergan社製Botoxを、神経毒素は実施例2において調製したボツリヌス神経毒素A型(安定性試験のために調製した組成物)を使用した。プロジェニター毒素の単位数は、製品に表示された単位数に従った。また神経毒素は、マウスに腹腔内投与したときの1LD50を1単位とした。
後肢の筋活動電位は、ラットの腰椎を挟むように電極を刺入して電気刺激を行い、両側の後肢筋よりニューロパック8(日本光電社製)を用いて複合筋活動電位(CMAP)を記録した。また前肢の筋活動電位は、ラットの頚椎を挟むように電極を刺入して電気刺激を行い、両側の前肢筋より同様に複合筋活動電位(CMAP)を記録した。
結果を図1に示す。CMAP抑制率は、施注前の振幅を100%とした振幅比である。図1から明らかなように、同じ2単位のプロジェニター毒素(BTX A)または神経毒素(NTX)を筋肉内投与したにもかかわらず、プロジェニター毒素が投与後、効果を発現するまでに数日を要するのに比較して、神経毒素は翌日から神経伝達を抑制し、神経毒素が投与後速やかに効果を発現することが示された。なお、実験は各群2匹のラットを用いて行った。図1の凡例のBTX A及びNTXにおける1及び2の添え字はラットの番号を示す。
さらに、プロジェニター毒素と比較して神経毒素の効果発現が早いことを確認するために、マウス致死量で同等の力価である神経毒素1単位と、プロジェニター毒素2単位を、左後肢に筋肉内投与して効果発現の早さを比較した。
結果を図2及び図3に示す。図2(左後肢のデータ)から明らかなように、神経毒素は、投与量を半分にしたにもかかわらず、投与2日目から神経伝導を完全に抑制し、神経伝導を完全に抑制するまでに2週間を要するプロジェニター毒素と比較して効果の発現が早いことが示された。また図3(右前肢のデータ)から明らかなように、神経毒素・プロジェニター毒素ともに施注筋以外の神経伝達を抑制するものの、ラットの行動から観察して施注筋以外には影響は見られなかった。
実施例4 ボツリヌスA型神経毒素とプロジェニター毒素の抗原性の比較
ボツリヌスA型神経毒素とプロジェニター毒素の抗原性を比較した。300μg/mlに希釈した各毒素を0.2%ホルマリン,0.1Mリン酸バッファー(pH7.0)に301週間透析して無毒化し、それぞれ100単位相当の毒素を2週間おきに5回皮下注射してマウスを免疫した。最終免疫の1ヵ月後に採血し、神経毒素を抗原としてELISA法で抗体価を測定した。
表5に示す通り、プロジェニター毒素を免疫したマウスでは毒素に対する抗体が産生されたが、神経毒素を免疫したマウスでは抗体産生は観察されなかった。神経毒素はプロジェニター毒素と比較して、抗原性が低いものと考えられた。
実施例5 ボツリヌスD型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスD型神経毒素の精製
透析チューブ法により培養したボツリヌスD型菌(D−CB16株)の培養上清を60%飽和硫安塩析し、得られたペレットを0.2M NaCl,50mMリン酸緩衝液(pH4.0)に対して透析後、SP−Toyopearl 650SにてボツリヌスL毒素を粗精製した。この画分を0.15M NaCl,50mMリン酸緩衝液(pH6.0)で平衡化したHiload superdex 200pgでゲルろ過後、Mono Sカラムにて精製した。
精製したボツリヌスL毒素を、0.4M NaCl,20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.8)に対して一晩透析し、同緩衝液で平衡化したsuperdex 200pgゲルろ過カラムにて神経毒素を精製した。
(2)ボツリヌスD型神経毒素の安定性の検討
0.45μmのフィルターでろ過滅菌したボツリヌスD型神経毒素の段階希釈列をマウス腹腔内投与して毒素活性を測定した後、それぞれpH6.0、7.0、8.0の20mMリン酸ナトリウム緩衝液で500MLD/0.25mlとなるように希釈し、それぞれ複数の滅菌チューブに分注した。
更に、分注した半分のチューブには各pHの同緩衝液で1mg/mlに希釈したヒト血清アルブミンを加え、残りの半分には各pHの同緩衝液を加えた(最終濃度はボツリヌス神経毒素500MLD・ヒト血清アルブミン0.25mg/0.5ml/チューブ)。調製した各チューブは4℃で冷蔵保存、または、−80℃で凍結保存し、定期的にサンプルを抽出して生理食塩水で希釈してマウスの致死活性を測定した。
その結果、表6に示す通り、ヒト血清アルブミン非添加群では保存から1ヶ月後のサンプルで活性が消失していた。これに対しヒト血清アルブミン添加群ではいかなるpH条件、保存条件でも6ヶ月間500MLDからの活性の低下は認められなかった。
実施例6 神経毒素とプロジェニター毒素の安全性の比較
神経毒素とプロジェニター毒素をそれぞれ筋肉内投与し、有効用量と致死量を比較して、神経毒素とプロジェニター毒素の安全性の比較を行った。
神経毒素は実施例2において調製したボツリヌスA型神経毒素(安定性試験のために調製した組成物)を、プロジェニター毒素はAllagan社製Botoxを使用した。神経毒素はマウスに腹腔内投与したときの1LD50を1単位とし、プロジェニター毒素の単位数は製品に表示された単位数に従った。
有効用量は、神経毒素あるいはプロジェニター毒素をWisterラット後肢に筋肉内投与し、2日後の施注筋CMAPを実施例3と同様に測定して、CMAPを50%抑制する投与量を有効用量とした。また致死量は、4匹のWisterラットに筋肉内投与し、5日後に1匹でも死亡する投与量を致死量とした。
その結果、神経毒素の有効用量は0.01単位、致死量は20単位であり、安全域は200倍であった。これに対し、プロジェニター毒素の有効用量は0.05単位、致死量は50単位で、安全域は100倍であった。この結果から、神経毒素はプロジェニター毒素と比較して安全域が広いことが明らかとなった。
産業上の利用の可能性
本発明により、抗体産生を誘導し難く投与後速やかに効果を発揮する筋緊張疾患治療剤が提供され、さらに本発明の好ましい態様によれば、安定に保存できる製剤の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
図1は、ラットの後肢及び前肢の筋活動電位の、プロジェニター毒素(BTX A)または神経毒素(NTX)の筋肉内投与(施注)による変化を測定した結果を示す。
図2は、ラットの左後肢の複合筋活動電位の、プロジェニター毒素または神経毒素の筋肉内投与による変化を測定した結果を示す。
図3は、ラットの右前肢の複合筋活動電位の、プロジェニター毒素または神経毒素の左後肢への筋肉内投与による変化を測定した結果を示す。
本発明は、筋緊張亢進疾患治療剤に関する。
背景技術
ボツリヌス菌により産生されるボツリヌス毒素は、小腸上部で吸収された後、アルカリ条件下(リンパ管内)で無毒蛋白質と神経毒素に解離する。解離した神経毒素は、そのC末端側で神経終末の受容体に結合し、受容体を介して取り込まれる。その後、亜鉛メタロエンドペプチダーゼ活性により神経シナプス前膜の蛋白質を特異的に切断し、カルシウム依存性のアセチルコリンの放出を阻害して、シナプスでの神経伝達を遮断する(Jankovic,J.et al.,Curr.Opin.Neurol.,7:358−366,1994)。
ボツリヌス毒素は、ボツリヌス中毒においては全身の神経伝達を遮断して人を死に至らしめる毒素ではあるが、逆にその活性を積極的に利用して、異常な筋緊張性亢進を来たす疾患、例えばジストニアの患者の筋肉内に直接投与することによって、局所の筋緊張を緩和する治療薬として用いられている(梶龍兒ら、「ジストニアとボツリヌス治療」、診断と治療社、1996年)。しかしながら、現在の治療薬ではボツリヌス毒素全て(以下、神経毒素と無毒蛋白質とに分離していないボツリヌス毒素をプロジェニター毒素と称す)を用いているため、1).抗体産生を誘導しやすい、2).効果を示すまでに時間がかかるといった問題点が指摘されている。
発明の開示
本発明の課題は、抗体産生を誘導し難く投与後速やかに効果を現す、ジストニア等筋緊張亢進疾患(筋緊張亢進を来たす疾患)に対する治療剤、並びに、有効成分を安定化させた同治療剤及びその製造方法を提供することにある。
現在ボツリヌス毒素(プロジェニター毒素)によるジストニアの治療は、毒素に対する抗体が産生され、毒素が無毒化されてしまうことに治療の限界があった。
本発明者らは、プロジェニター毒素を神経毒素と無毒蛋白質に分離し、神経毒素だけを治療に用いるようにすれば、治療の限界となっている抗体の産生を遅らせることができるのではないかと考えた。そして、同じ100単位の無毒化したプロジェニター毒素を神経毒素をマウスに免疫したところ、プロジェニター毒素では抗体が産生されたものの、神経毒素では抗体産生は観察されないことが明らかとなった。
更に本発明者らは、プロジェニター毒素及び神経毒素をラットの筋肉内に投与する実験を行い、神経毒素がプロジェニター毒素と比較して、神経伝達を遮断するに要する期間が短縮することを見出し、神経毒素を使えば1).抗体産生を誘導しやすい、2).効果を示すまでに時間がかかるといったプロジェニター毒素の問題点を解決できることが明らかとなった。
しかしながら、無毒蛋白質の部分は神経毒素を安定化するのに必須であると言われており、実際に無毒蛋白質から分離した神経毒素は、プロジェニター毒素と比較して不安定であることが知られている(Sugii,S.et al.,Infect.Immun.,16:910−914,1977)。また本発明者らの実験でも、分離した神経毒素は、製品として保存するには耐えない程の短期間で活性を失った。
本発明者らは、神経毒素を安定に保存できる条件を探し鋭意努力を重ねた結果、ヒト血清アルブミンを添加することにより、実用に耐え得る期間にわたって活性を失わず、保存が可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、以下のものに関する。
1.精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする筋緊張亢進疾患治療剤。
2.ボツリヌス神経毒素安定化物質をさらに含んでなる1に記載の治療剤。
3.ボツリヌス神経毒素安定化物質がヒト血清アルブミンである、2に記載の治療剤。
4.ボツリヌス神経毒素が、ボツリヌスA型、B型、C型、D型、E型またはF型の毒素由来である1〜3のいずれかに記載の治療剤。
5.筋緊張亢進疾患がジストニアである1〜4のいずれかに記載の治療剤。
6.筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である1〜4のいずれかに記載の治療剤。
7.精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合する工程を含んでなる、2に記載の治療剤を製造する方法。
8.精製したボツリヌス神経毒素を、筋緊張亢進疾患患者に投与することを特徴とする筋緊張亢進疾患の治療方法。
9. 筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である8に記載の治療方法。
発明を実施するための最良の形態
本発明の種々の側面を以下詳細に説明する。
本発明の筋緊張亢進疾患治療剤は、精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする。精製したボツリヌス神経毒素は、投与後速やかに治療効果を発揮するので、本発明の治療剤は速効型治療剤として使用できる。
ここで、精製したボツリヌス神経毒素とは、ボツリヌス毒素を構成する無毒蛋白質から分離された神経毒素を意味する。このような神経毒素は、(1)ボツリヌス毒素(プロジェニター毒素)を神経毒素と無毒蛋白質に分解する工程、(2)神経毒素を無毒蛋白質から分離する工程を含んでなる精製工程によって得ることができる。以下、神経毒素の精製について説明する。
プロジェニター毒素は、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過、アフィニティークロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等を適宜組み合わせて精製することができる。例えばA型は、Sugii,S.et al.,Infect.Immun.,12:1262,1975、B型はKozaki,S.,et al.,Infect.Immun.,10:750,1974、D型はMiyazaki,S.,et al.,Infect.Immun.,17,395,1977、E型はKitamura,M.,et al.,Biochem.Biophys.Acta 168:207,1968、F型はOhishi,I.,et al.,Appl.Microbiol.29:444,1975、G型はNukina,M.,et al.,Bakteriol.Mikrobiol.Hyg.A 268:220,1988に記載された方法により精製することが可能である。プロジェニター毒素はpH7以上では不安定であるので、精製はpH7を超えない条件で行う。
具体的にはボツリヌス菌の培養上清から、プロジェニター毒素を例えば硫安塩析、プロタミン処理等の方法により濃縮する。その後、例えば陽イオン交換クロマトグラフィーにより粗精製し、毒素活性のある分画を集めて、更にゲルろ過や、アフィニティークロマトグラフィーで精製する。アフィニティークロマトグラフィーとしては、例えばβ−ラクトースゲルカラムに吸着させ、β−ラクトースで溶出させる方法があげられる。毒素活性は、例えばマウス腹腔内注射法(マウス腹腔内に投与してLD50から毒素活性を求める方法)により測定し、マウス1LD50を1単位とする。また、場合によってはマウスを死亡させる最小致死量を1MLDとして表示することも許される。
得られたプロジェニター毒素には、蛋白分解酵素、好ましくはトリプシンにより切断を入れることが好ましい。特にプロジェニター毒素がB型である場合は、切断を入れることが好ましい。その後トリプシンは、例えばアフィニティークロマトグラフィーにより除去することができる。
プロジェニター毒素をpH7以上の条件にすることで、神経毒素と無毒蛋白質に分離する。分離した神経毒素は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過等の方法で、あるいはそれらを組み合わせることにより精製することができる。
場合によっては、プロジェニター毒素を単離する工程を経ずに、最初からアルカリ条件、例えばpH8.0でカラム精製を行い、神経毒素を精製することも許される。
ボツリヌス神経毒素の由来は特に限定されないが、好ましくは、ボツリヌスA型、B型、C型、D型、E型またはF型の毒素(プロジェニター毒素)由来である。
本発明の治療剤は、好ましくは、精製したボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を含んでなる医薬組成物である。
ボツリヌス神経毒素安定化物質は、上記の組成物が保存される条件において、ボツリヌス神経毒素を安定化することができかつボツリヌス神経毒素の筋緊張疾患治療効果の速効性を損なわないものであればよい。安定化は、ボツリヌス神経毒素をその物質の存在下及び非存在下で保存し、ボツリヌス神経毒素の毒素活性を、存在下の場合と非存在下の場合との間で比較することにより評価できる。速効性を損なうか否かは、ボツリヌス神経毒素をその物質の存在下及び非存在下で保存し、ボツリヌス神経毒素の上記治療効果を、存在下の場合と非存在下の場合との間で比較することにより評価できる。
ボツリヌス神経毒素安定化物質の例としては、ヒト血清アルブミンが挙げられる。
本発明における好ましい医薬組成物は、精製したボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程により製造することができる。従って、本発明は、(1)ボツリヌス神経毒素を精製する工程、(2)ボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程を含んでなる、ボツリヌス神経毒素を含んでなる医薬組成物を製造する方法も提供する。
ボツリヌス神経毒素を精製する工程は、上述のようにして行うことができる。また、精製工程の後は、ボツリヌス神経毒素をヒト血清アルブミンと混合する工程を含む限り、特に限定されず、例えばボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を溶媒に溶解後、無菌ろ過し、アンプル、バイアル等に充填して本発明の組成物を製造することができる。また、ボツリヌス神経毒素を予めボツリヌス神経毒素安定化物質を溶解した溶媒に溶解後、無菌ろ過しアンプル等に充填することもできる。溶媒は、注射用蒸留水、生理食塩水、0.01M〜0.1Mのリン酸緩衝液等を用いることができ、必要に応じて、エタノール、グリセリン等を混合することもできる。
更に、ボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を溶媒に溶解後、無菌ろ過し、バイアル等に充填後、凍結乾燥して発明の組成物を製造することもでき、また、ボツリヌス神経毒素とボツリヌス神経毒素安定化物質を混合後、バイアル等に無菌充填して本発明の医薬組成物を製造することもできる。
具体的には、精製した神経毒素を、神経毒素安定化物質、好ましくはヒト血清アルブミン、更に好ましくはヒトでの安全性が確保された日赤ヒト血清アルブミンを、最終濃度が0.1〜5mg/ml、好ましくは0.5〜2mg/mlになるように加え、冷蔵保存、冷凍保存あるいは凍結乾燥することが挙げられる。
本発明の治療剤には、必要に応じさらに、マンニトール、グルコース、乳糖等の糖類、食塩、リン酸ナトリウム等の添加剤を混合することができる。溶解状態での本発明にかかる医薬組成物のpHは、通常3〜8であり、好ましくは4〜7であり、より好ましくは5〜7である。
本発明の治療剤において、ボツリヌス神経毒素は、本発明の使用目的において有効な量が含まれていればよい。また、ボツリヌス神経毒素安定化物質が含まれる場合には、ボツリヌス神経毒素安定化物質は、ボツリヌス神経毒素を安定化するのに十分な量含まれていればよい。
精製したボツリヌス神経毒素はボツリヌス神経毒素安定化物質例えばヒト血清アルブミンと混合することにより安定して保存できる。従って、本発明は、精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合して保存することを含む、ボツリヌス神経毒素を安定に保存する方法、及び、精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合することを含む、本発明の医薬組成物を製造する方法も提供する。
ここで混合するとは、ボツリヌス神経毒素安定化物質例えばヒト血清アルブミンが継続的にボツリヌス神経毒素と共存する状態にすることを意味する。通常には、溶液状態のボツリヌス神経毒素にボツリヌス神経毒素安定化物質を添加することによってこの状態にされる。
筋緊張亢進疾患としては、ジストニア、他の不随意運動、異常筋収縮その他が挙げられる。
より具体的には、ジストニアとして、局所性ジストニア(眼瞼痙攣、口・下顎・顔面・舌ジストニア、頚部ジストニア、咽頭ジストニア、動作特異性ジストニア、咬筋ジストニアなど)、分節性ジストニア(Meige症候群など)、全身性ジストニア(脳性麻痺など)、多相性ジストニア、片側性ジストニアが、
他の不随意運動として、声・頭部・体肢の振戦、口蓋振戦、片側顔面痙攣、チックが、
異常筋収縮として、斜視、眼振、ミオキミア、歯ぎしり、吃音、有痛性筋固縮、筋収縮性頭痛、筋性腰痛、筋攣縮を伴う神経根障害、痙縮、痙性膀胱、アカラジア、アニスムス、排尿筋括約筋協調不全が、
その他として、角結膜保護、整形美容が挙げられる。
筋緊張亢進疾患は、好ましくはジストニアである。
本発明の治療剤により治療される筋緊張亢進疾患は、速やかな筋緊張亢進の抑制を必要とする疾患、すなわち速効型治療剤による治療を必要とする疾患であることが好ましい。このような筋緊張亢進疾患としては、有効用量が決まるまで投与量を調節しながら投与する筋緊張亢進疾患、累積的に効果を積み重ねて治療を行う全身性の筋緊張亢進疾患が挙げられる。全身性の筋緊張亢進疾患の例としては、全身性ジストニア・全身の痙縮が挙げられる。
本発明の治療剤は、治療に有効な量投与される。ヒトに投与する場合、その投与形態は好ましくは局所的投与、更に好ましくは筋肉内注射であるが、全身に送達する投与法も除外されない。また、それらの投与タイミングや投与量も、特に限定されず、症状の程度等により異なる。投与量は症状の程度、年齢、性別、体重、投与形態等に応じて異なるが、例えば成人ならば1〜50単位を、好ましくは5〜300単位を、1回筋肉内注射する。ここで1単位とは、マウスに腹腔内投与した時に半数のマウスが死亡する毒素の量(1LD50)である。
本発明は、また、精製したボツリヌス神経毒素を、筋緊張亢進疾患患者に投与することを特徴とする筋緊張亢進疾患の治療方法、及び、筋緊張亢進疾患治療剤の製造における、精製したボツリヌス神経毒素の使用を提供する。精製したボツリヌス毒素、筋緊張亢進疾患、投与方法、製造方法等については上記に説明した通りである。
実施例
本発明を下記実施例により更に詳しく説明するが、本発明はこれに限られるものではない。
実施例1 ボツリヌスB型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスB型神経毒素の精製
透析チューブ培養法(Inoue,K.,et al.,Infect.Immun.64:1589,1996)により培養したボツリヌスB型菌(Lamanna株)の培養上清を60%飽和硫安塩析し、得られたペレットを50mMリン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析し、プロタミン処理(Kozaki,S.,et al.,Infect.Immun.,10:750,1974)後に、50mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.2)で平衡化した陽イオン交換クロマトグラフィーカラムで粗精製した(Inoue,K.,et al.,Infect.Immun.64:1589,1996)。毒素活性のある画分を集めて10mMリン酸緩衝液(pH6.0)に対して透析した後、これを同緩衝液で平衡化したβ−ラクトースゲル(E−Y laboratories社製)カラムにアプライし、カラムに結合するボツリヌスL毒素を0.2Mラクトースを含む同緩衝液で溶出させて精製した。
得られたボツリヌスL毒素にトリプシン(シグマ社製)を毒素:酵素=100:1の蛋白比で混合して37℃で1時間反応させた後、トリプシンを除去するために再度、上記と同条件でβ−ラクトースゲルカラムによるアフィニティークロマトグラフィーを行った。得られたボツリヌスL毒素をpH8.0に調整した10mMリン酸緩衝液に対して透析し、同緩衝液で平衡化させたβ−ラクトースゲルカラムにアプライし、カラムに吸着しない画分を集めてボツリヌス神経毒素とした。
(2)ボツリヌスB型神経毒素の安定性の検討
0.45μmのフィルターでろ過滅菌したボツリヌスB型神経毒素の段階希釈列をマウスに腹腔内投与して毒素活性を測定した後、それぞれpH6.0、7.0、8.0の20mMリン酸ナトリウム緩衝液で500MLD/0.25mlとなるように希釈し、それぞれ複数の滅菌チューブに分注した。ここで1MLDとはddyマウス(♀、20g)に腹腔内投与した時に致死をもたらす最小投与量である。
更に、分注した半分のチューブには各pHの同緩衝液で1mg/mlに希釈したヒト血清アルブミンを加え、残りの半分には各pHの同緩衝液を加えた(最終濃度はボツリヌス神経毒素500MLD・ヒト血清アルブミン0.25mg/0.5ml/チューブ)。調製した組成物を含む各チューブは、4℃で冷蔵保存、−80℃で凍結保存、または、凍結乾燥後に4℃で保存を行い、定期的にサンプルを抽出して生理食塩水で希釈してマウスの致死活性を測定した。
その結果、表1に示す通り、保存開始から40日後のサンプルでヒト血清アルブミン非添加群では既に活性が消失していた。これに対しヒト血清アルブミン添加群ではいかなるpH条件、保存条件でも500MLDからの活性の低下は認められなかった。さらに90日後のサンプルにおいてもpH8.0・凍結乾燥サンプルにおいて300MLDまで活性の低下が認められるのを除いては、活性の低下が認められなかった。なお、表1中、4℃、−80℃及びF.D.は、それぞれ、4℃で冷蔵保存、−80℃で凍結保存、及び、凍結乾燥後に4℃で保存を示す。
また、同様にして、さらに長期間の安定性を検討した。
その結果、表2に示す通り、ヒト血清アルブミン非添加群では全ての保存条件で、保存から1ヶ月目で活性が消失していた。
これに対しヒト血清アルブミン添加群では、4℃、−80℃で保存した全てのサンプルで、6ヶ月間は活性の低下は認められず、12ヶ月目で多少の活性の低下が認められるのみであった。また凍結乾燥サンプル(F.D.)では、3ヶ月目からpH8.0の保存条件で多少の活性の低下が認められ、6ヶ月目以降は全てのサンプルで活性の低下が認められた。
実施例2 ボツリヌスA型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスA型神経毒素の精製
Sakaguchi,G.,Ohishi,I.,and Kozaki,S.1981.BIOCHEMICAL ASPECTS OF BOTULISM:Purification and oral toxicities of Clostridium botulinum progenitor toxins.pp.21−34,Lewis,G.E.(ed.),Academic Press,New York.に記載された方法に従って、ボツリヌスA型M毒素を精製した。
ボツリヌスM毒素を10mMリン酸緩衝液(pH7.5)に対して透析した後、同緩衝液で平衡化したDEAEセファロースカラムに吸着させ、同緩衝液の0〜0.3M NaCl濃度勾配で溶出し、神経毒素と無毒蛋白質に分離した。得られた神経毒素はYM−10メンブラン(アミコン社製)で1mg/mlまで濃縮し、50mMリン酸緩衝液(pH7.5)に対して透析した後、使用時まで−80℃に保存した。
(2)ボツリヌスA型神経毒素の安定性の検討
保存したボツリヌスA型神経毒素を、5mg/mlヒト血清アルブミンを含む50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で希釈し、ろ過滅菌後、希釈列を作製してマウス尾静脈に投与して毒素量を測定した。測定した毒素活性に基づき、神経毒素を1000LD50/mlとなるよう、5mg/mlヒト血清アルブミンを含む50mMリン酸緩衝液(pH7.5)で更に希釈した後、0.4mlづつ分注して液体窒素で急速冷凍し−80℃で保存した。
また、pHの影響を調べるために、pH6.0、7.5及び9.0の緩衝液で同様に分注、凍結保存した。
それぞれの条件で保存したボツリヌス神経毒素の毒素活性をマウス腹腔内注射法により測定し、1LD50を1単位として表3及び表4に示した。ヒト血清アルブミンと共に保存することにより、ボツリヌス神経毒素は200日以上に亘って安定に保存可能であり、pH6〜9のいずれの条件でも安定であった。
実施例3 ラットにおけるボツリヌスA型神経毒素による神経伝達の抑制効果
ラット(Wisterラット)の後肢及び前肢の筋活動電位の、2単位のプロジェニター毒素または神経毒素を筋肉内投与(施注)による変化を測定した。プロジェニター毒素はAllergan社製Botoxを、神経毒素は実施例2において調製したボツリヌス神経毒素A型(安定性試験のために調製した組成物)を使用した。プロジェニター毒素の単位数は、製品に表示された単位数に従った。また神経毒素は、マウスに腹腔内投与したときの1LD50を1単位とした。
後肢の筋活動電位は、ラットの腰椎を挟むように電極を刺入して電気刺激を行い、両側の後肢筋よりニューロパック8(日本光電社製)を用いて複合筋活動電位(CMAP)を記録した。また前肢の筋活動電位は、ラットの頚椎を挟むように電極を刺入して電気刺激を行い、両側の前肢筋より同様に複合筋活動電位(CMAP)を記録した。
結果を図1に示す。CMAP抑制率は、施注前の振幅を100%とした振幅比である。図1から明らかなように、同じ2単位のプロジェニター毒素(BTX A)または神経毒素(NTX)を筋肉内投与したにもかかわらず、プロジェニター毒素が投与後、効果を発現するまでに数日を要するのに比較して、神経毒素は翌日から神経伝達を抑制し、神経毒素が投与後速やかに効果を発現することが示された。なお、実験は各群2匹のラットを用いて行った。図1の凡例のBTX A及びNTXにおける1及び2の添え字はラットの番号を示す。
さらに、プロジェニター毒素と比較して神経毒素の効果発現が早いことを確認するために、マウス致死量で同等の力価である神経毒素1単位と、プロジェニター毒素2単位を、左後肢に筋肉内投与して効果発現の早さを比較した。
結果を図2及び図3に示す。図2(左後肢のデータ)から明らかなように、神経毒素は、投与量を半分にしたにもかかわらず、投与2日目から神経伝導を完全に抑制し、神経伝導を完全に抑制するまでに2週間を要するプロジェニター毒素と比較して効果の発現が早いことが示された。また図3(右前肢のデータ)から明らかなように、神経毒素・プロジェニター毒素ともに施注筋以外の神経伝達を抑制するものの、ラットの行動から観察して施注筋以外には影響は見られなかった。
実施例4 ボツリヌスA型神経毒素とプロジェニター毒素の抗原性の比較
ボツリヌスA型神経毒素とプロジェニター毒素の抗原性を比較した。300μg/mlに希釈した各毒素を0.2%ホルマリン,0.1Mリン酸バッファー(pH7.0)に301週間透析して無毒化し、それぞれ100単位相当の毒素を2週間おきに5回皮下注射してマウスを免疫した。最終免疫の1ヵ月後に採血し、神経毒素を抗原としてELISA法で抗体価を測定した。
表5に示す通り、プロジェニター毒素を免疫したマウスでは毒素に対する抗体が産生されたが、神経毒素を免疫したマウスでは抗体産生は観察されなかった。神経毒素はプロジェニター毒素と比較して、抗原性が低いものと考えられた。
実施例5 ボツリヌスD型神経毒素の精製と安定性の検討
(1)ボツリヌスD型神経毒素の精製
透析チューブ法により培養したボツリヌスD型菌(D−CB16株)の培養上清を60%飽和硫安塩析し、得られたペレットを0.2M NaCl,50mMリン酸緩衝液(pH4.0)に対して透析後、SP−Toyopearl 650SにてボツリヌスL毒素を粗精製した。この画分を0.15M NaCl,50mMリン酸緩衝液(pH6.0)で平衡化したHiload superdex 200pgでゲルろ過後、Mono Sカラムにて精製した。
精製したボツリヌスL毒素を、0.4M NaCl,20mM Tris−HCl緩衝液(pH8.8)に対して一晩透析し、同緩衝液で平衡化したsuperdex 200pgゲルろ過カラムにて神経毒素を精製した。
(2)ボツリヌスD型神経毒素の安定性の検討
0.45μmのフィルターでろ過滅菌したボツリヌスD型神経毒素の段階希釈列をマウス腹腔内投与して毒素活性を測定した後、それぞれpH6.0、7.0、8.0の20mMリン酸ナトリウム緩衝液で500MLD/0.25mlとなるように希釈し、それぞれ複数の滅菌チューブに分注した。
更に、分注した半分のチューブには各pHの同緩衝液で1mg/mlに希釈したヒト血清アルブミンを加え、残りの半分には各pHの同緩衝液を加えた(最終濃度はボツリヌス神経毒素500MLD・ヒト血清アルブミン0.25mg/0.5ml/チューブ)。調製した各チューブは4℃で冷蔵保存、または、−80℃で凍結保存し、定期的にサンプルを抽出して生理食塩水で希釈してマウスの致死活性を測定した。
その結果、表6に示す通り、ヒト血清アルブミン非添加群では保存から1ヶ月後のサンプルで活性が消失していた。これに対しヒト血清アルブミン添加群ではいかなるpH条件、保存条件でも6ヶ月間500MLDからの活性の低下は認められなかった。
実施例6 神経毒素とプロジェニター毒素の安全性の比較
神経毒素とプロジェニター毒素をそれぞれ筋肉内投与し、有効用量と致死量を比較して、神経毒素とプロジェニター毒素の安全性の比較を行った。
神経毒素は実施例2において調製したボツリヌスA型神経毒素(安定性試験のために調製した組成物)を、プロジェニター毒素はAllagan社製Botoxを使用した。神経毒素はマウスに腹腔内投与したときの1LD50を1単位とし、プロジェニター毒素の単位数は製品に表示された単位数に従った。
有効用量は、神経毒素あるいはプロジェニター毒素をWisterラット後肢に筋肉内投与し、2日後の施注筋CMAPを実施例3と同様に測定して、CMAPを50%抑制する投与量を有効用量とした。また致死量は、4匹のWisterラットに筋肉内投与し、5日後に1匹でも死亡する投与量を致死量とした。
その結果、神経毒素の有効用量は0.01単位、致死量は20単位であり、安全域は200倍であった。これに対し、プロジェニター毒素の有効用量は0.05単位、致死量は50単位で、安全域は100倍であった。この結果から、神経毒素はプロジェニター毒素と比較して安全域が広いことが明らかとなった。
産業上の利用の可能性
本発明により、抗体産生を誘導し難く投与後速やかに効果を発揮する筋緊張疾患治療剤が提供され、さらに本発明の好ましい態様によれば、安定に保存できる製剤の提供が可能となる。
【図面の簡単な説明】
図1は、ラットの後肢及び前肢の筋活動電位の、プロジェニター毒素(BTX A)または神経毒素(NTX)の筋肉内投与(施注)による変化を測定した結果を示す。
図2は、ラットの左後肢の複合筋活動電位の、プロジェニター毒素または神経毒素の筋肉内投与による変化を測定した結果を示す。
図3は、ラットの右前肢の複合筋活動電位の、プロジェニター毒素または神経毒素の左後肢への筋肉内投与による変化を測定した結果を示す。
Claims (9)
- 精製したボツリヌス神経毒素を有効成分とする筋緊張亢進疾患治療剤。
- ボツリヌス神経毒素安定化物質をさらに含んでなる請求項1に記載の治療剤。
- ボツリヌス神経毒素安定化物質がヒト血清アルブミンである、請求項2に記載の治療剤。
- ボツリヌス神経毒素が、ボツリヌスA型、B型、C型、D型、E型またはF型の毒素由来である請求項1〜3のいずれか一項に記載の治療剤。
- 筋緊張亢進疾患がジストニアである請求項1〜4のいずれか一項に記載の治療剤。
- 筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である請求項1〜4のいずれか一項に記載の治療剤。
- 精製したボツリヌス神経毒素とヒト血清アルブミンとを混合する工程を含んでなる、請求項2に記載の治療剤を製造する方法。
- 精製したボツリヌス神経毒素を、筋緊張亢進疾患患者に投与することを特徴とする筋緊張亢進疾患の治療方法。
- 筋緊張亢進疾患が速効型治療剤による治療を必要とする疾患である請求項8に記載の治療方法。
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