JP7752425B2 - 2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシルの揮発使用による細胞死抑制と組織保護 - Google Patents

2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシルの揮発使用による細胞死抑制と組織保護

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Description

本発明は、医薬に関し、より具体的には脳虚血性疾患などの治療や予防に用いられる酸化ストレスによる細胞死の抑制剤に関する。
酸化ストレスを伴う細胞死は、脳梗塞をはじめとする様々な虚血障害に関与する。
近年、脳の血管が閉塞される脳梗塞の急性期治療(再開通療法)は飛躍的な進歩があり、再開通率は上昇の一途である。しかし、虚血および再灌流に伴う脳組織障害は避けられず、これには活性酸素種による酸化ストレスが関与すると考えられている。フリーラジカル防除作用がある化合物エダラボンは、2001年に承認された再開通治療前後の唯一の脳保護薬である。また、筋委縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行予防の目的でも、入院下でエダラボンの点滴投与が行われている。
酸化ストレスを伴う細胞死については、アポトーシスなど従来の細胞死機構とは異なる酸化ストレス性細胞死として、鉄依存的細胞死「フェロトーシス」が提唱された。膜を構成するリン脂質の過酸化が拡がることで実行されるフェロトーシスは、脂質に富む脳の神経細胞死に関与することが示唆され、実際にフェロトーシス阻害剤として開発されたFerrostatin-1やLiprostatinが培養神経細胞や脳スライスを使った虚血実験モデルにおいて細胞死抑制効果を示している。
ニトロキシルラジカルである2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)は、フェロトーシスの実行過程で生体膜中に生成する脂質ラジカルを捕捉する性質を持つ(非特許文献1)。また、虚血性疾患の再開通後の保護や、フリーラジカルが関与する疾患又は症状の予防又は治療用にTEMPOの利用可能性が示唆されている。
例えば、特許文献1には、TEMPOなどのニトロキシド化合物を心筋梗塞などの心臓血管系障害の治療方法が示されている。しかし、脳梗塞やALSの治療といった、脳組織の障害を標的とした治療に関する記載はない。
また、特許文献2には、PEGを用いてTEMPOなどのニトロキシド化合物を高分子ミセル化により安定化させた化合物及びその使用方法が示されている。
しかし、特許文献1及び特許文献2において、TEMPOの使用は経口投与や静脈注射など、固体または液体での使用が主であり、TEMPOの揮発使用に関する記載はない。
特表2008-528704号公報 再表2009/133647号公報
Griesser et al., J Am Chem Soc 140:3798, 2018
酸化ストレスを伴う細胞死が様々な虚血障害に関与することから、抗酸化機能を持つ薬剤が細胞や組織の保護を果たす可能性がある。
例えば、ラジカル捕捉剤のエダラボン(MCI-186)は、日本で開発され世界に先駆けて承認された脳梗塞急性期の脳保護薬である。しかし、エダラボンによる組織保護効果は必ずしも十分とは言えず、諸外国における脳梗塞の急性期治療には脳保護薬はほとんど使用されていない現状である。
また、エダラボン以外に臨床的エビデンスが確立された細胞保護薬は存在しない。
フェロトーシス阻害剤のFerrostatin-1やLiprostatinの神経細胞死への応用が検討されているが、インビトロの結果にとどまり、実際の効果は明らかでない。
そこで、本発明は、脳虚血性疾患の急性期治療などに有用な、酸化ストレスに対して速やかに組織保護を図ることのできる薬剤を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、低分子化合物のTEMPOが気体の状態で生細胞に作用し、酸化ストレス性細胞死を速やかに抑制することを見出した。さらに、これが、脳虚血性疾患の治療および予防に効果的であることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]
酸化ストレス性細胞死の抑制剤であって、
2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)を有効成分として含み、
気体状態を介して作用することを特徴とする、前記細胞死抑制剤。
[2]
前記酸化ストレス性細胞死が、フェロトーシスである、[1]に記載の剤。
[3]
TEMPOの一部もしくは全体が気体からなる、[1]又は[2]に記載の剤。
[4]
液体製剤又は固形製剤であり、TEMPOは揮発させて使用される、[1]~[3]のいずれか一項に記載の剤。
[5]
虚血性疾患の治療又は予防用である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の剤。
[6]
前記虚血性疾患が脳梗塞である、[5]に記載の剤。
[7]
筋委縮性側索硬化症の治療又は予防用である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の剤。
[8]
吸入薬である、[1]~[7]のいずれか一項に記載の剤。
[9]
TEMPOの酸化ストレス性細胞死抑制剤の製造における使用であって、前記TEMPOは気体状態を介して酸化ストレス性細胞死抑制作用を発揮する、前記使用。
[10]
対象における酸化ストレス性細胞死の抑制方法であって、
有効量のTEMPOを対象に投与する工程を含み、
前記TEMPOは気体状態を介して酸化ストレス性細胞死抑制作用を発揮することを特徴とする、前記方法。
本発明によれば、TEMPOは気体として標的組織へ速やかに到達及び浸透することができるため、酸化ストレスによる細胞死、特にフェロトーシスを効率よく抑制し、脳梗塞など種々の虚血性疾患の急性期治療に有用な薬剤が提供される。とくに脳の血管が閉塞される脳梗塞の急性期治療(再開通療法)において、使用が見込まれる。また筋委縮性側索硬化症(ALS)における機能障害の進行抑制に対しても、使用が期待される。
本発明の薬剤は持続的な吸入投与が可能であり点滴ルートの確保を必要としないことから、脳梗塞を発症した患者の病院着前の超早期投与や、ALS患者に対する在宅投与が可能となる。
また、気体として作用するため、溶媒が持つ生体への影響を排除でき、安全な薬剤が提供される。
揮発TEMPOによるRSL3誘導性フェロトーシスの阻害効果(10cm皿内)を示した図。 揮発TEMPOによるRSL3誘導性フェロトーシスの阻害効果(6ウェルプレート内)を示した図。 気体状態のTEMPOによるRSL3誘導性フェロトーシスの阻害効果を示した図。 揮発後再溶出したTEMPOによるRSL3誘導性フェロトーシスの阻害効果を示した図。 TEMPO吸入投与群及び対照群の、MRIによるマウス脳梗塞巣の評価の図。 吸入投与TEMPOによる脳組織障害の抑制効果を示した図(一部は脳組織の断面の写真)。 ALSモデルマウスにおける、TEMPO吸入投与群及び対照群の生存期間比較の図。
本発明の一態様は、酸化ストレス性細胞死の抑制剤であって、
2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)を有効成分として含み、
気体状態を介して作用することを特徴とする、前記細胞死抑制剤である。
2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)は、(1)の式で表される、揮発性の化合物である。また、TEMPOは水溶性のニトロキシルラジカルであり、安定したラジカル捕捉機能を持つ。
そのため、酸化ストレスが関与する細胞死、特にフェロトーシスの抑制、酸化ストレスが関与する組織障害からの保護及び/又は酸化ストレスが関与する疾患もしくは症状の治療もしくは予防に用いられる。
TEMPOは、揮発させ、気体を介して作用させた場合においてもフェロトーシス抑制効果を有するため、ラジカル捕捉機能並びに酸化ストレスの抑制効果は気体を介しても維持される。そのため、本発明に係る酸化ストレス性細胞死抑制剤(以下、単に細胞死抑制剤とよぶ)に含まれるTEMPOは、水、DMSO、又は水とDMSOの混合液などの任意の溶媒による溶液に含まれ、そこから揮発してもよく、他の手段で揮発したTEMPOであってもよく、固体のTEMPOから揮発させてもよく、気体としての状態にあるTEMPOであってもよいが、これらの形態に限定されず、気体を介して作用したときにフェロトーシス抑制を示せばよい。
酸化ストレス性細胞死とは、酸化ストレスを伴う細胞死である。これは、活性酸素種による酸化ストレスが関与しているとされている。酸化ストレス性細胞死は、虚血および再灌流に伴う組織障害に関与するとされている。酸化ストレス性細胞死の抑制は、例えば、抗酸化作用、ラジカル捕捉機能又はフリーラジカル防除作用などによって達成される。
前記作用又は機能を有する物質には、TEMPOが含まれる。そのため、酸化ストレス性細胞死の抑制を達成する物質には、TEMPOが含まれる。酸化ストレス性細胞死には、フェロトーシスが含まれる。また、マウス海馬由来細胞にグルタミン酸を処理する神経細胞死モデルにおいても、酸化ストレスが関与するとされており、揮発したTEMPOは該神経細胞死モデルにおいても、細胞死を抑制する。
フェロトーシスは細胞内の遊離鉄に依存して発生する活性酸素種および脂質過酸化の増大で起こる、酸化ストレス性細胞死である。フェロトーシスは、膜を構成するリン脂質の過酸化が拡がることで実行され、特に、脂質に富む脳の神経細胞死に関与すると考えられているが、本発明において抑制されるフェロトーシスは特定の組織に限定されない。
フェロトーシスの人為的な誘導は、例えば、Ras変異を有する癌細胞に対して、ErastinやRSL3といった薬剤で処理することで行われる。Ras変異を有するがん細胞は、例えば、ヒト浸潤性線維肉腫細胞であるHT1080細胞、ヒト肺類表皮癌細胞であるCALU 1、ヒト膵臓腺癌細胞であるPANC-1などが挙げられる。
酸化ストレス性細胞死の抑制とは、具体的には、酸化ストレスによる細胞死率を減少させることであってよい。細胞死率は、例えば、下記式(2)で表される。
細胞死率(%)=死細胞/(生細胞+死細胞)×100 (2)
酸化ストレス性細胞死の抑制は、例えば、抗酸化作用、ラジカル捕捉機能又はフリーラジカル防除作用などによって達成される。
酸化ストレス性細胞死の抑制を達成する剤を、酸化ストレス性細胞死の抑制剤と呼ぶ。本開示における細胞死抑制剤とは、特に、酸化ストレス性細胞死の抑制剤を示す。
気体状態を介して作用するとは、例えば、揮発した細胞死抑制剤、一部または全部が気体である細胞死抑制剤が直接、細胞、組織又は生体に作用してもよく、あるいは、揮発した細胞死抑制剤、一部または全部が気体である細胞死抑制剤が、血液、組織液、髄液などの任意の体液への溶解を経て、細胞、組織又は生体に作用してもよい。
本発明は、酸化ストレスによる細胞死を抑制することにより治療又は予防しうる疾患の治療又は予防のための剤の提供に関する。このような疾患として、虚血性疾患が挙げられる。虚血性疾患には、虚血性脳疾患、虚血性心疾患、虚血性腎疾患などが含まれ、虚血性脳疾患には脳梗塞、虚血性心疾患には心筋梗塞などが含まれるが、これらに限定されない。
虚血性疾患において、虚血の急性期治療のために血管の再開通が行われる。このとき、虚血および再灌流において生じる組織障害に、活性酸素による酸化ストレス及び酸化ストレス性細胞死、特にフェロトーシスが関与するとされている。本発明に係る剤に含まれるTEMPOは活性酸素を捕捉し、酸化ストレス性細胞死、特にフェロトーシスの抑制効果を示すため、虚血性疾患における組織障害の治療又は予防に効果的である。
例えば、マウスを用いた中大脳動脈永久閉塞(MCAO)において、MCAO処置されたマウスに気体状態のTEMPOを投与することで、脳組織の保護効果が得られる。ここで、MCAOは、脳梗塞発症後の薬剤投与の効果をみるための外科処置による脳梗塞モデルである。
酸化ストレスによる細胞死を伴う他の疾患として、筋委縮性側索硬化症(ALS)が挙げられる。ALSは、運動ニューロンが変性又は/および消失する進行性の疾患である。ALSには、活性酸素の分解に関わる酵素をコードする遺伝子の変異、フリーラジカルの関与又はグルタミン酸毒性による神経障害が関与するとされている。本発明に係る剤に含まれるTEMPOは活性酸素を捕捉して酸化ストレス性細胞死を抑制し、マウス海馬由来細胞にグルタミン酸を処理する神経細胞死モデルにおいても、グルタミン酸毒性を抑制するため、ALSの治療又は予防に効果的であると予想される。
本発明に係る細胞死抑制剤の剤型は、TEMPOが使用時に気体として作用するものであれば特に制限されず、固形剤であってよく、液体製剤であってよく、揮発性の固形剤又は液体製剤であってよく、気体部分を含む剤であってよく、気体と溶液を含む剤であってよく、気体で構成されてもよいが、これらの形態に限定されるものでない。TEMPO製剤は使用時に適量分取して使用される製剤でもよいが、あらかじめ、適量のTEMPOがバイアル等に分注されている製剤でもよい。
細胞死抑制剤の剤型として好ましくは、TEMPOが溶媒に溶解されている液体製剤であり、溶媒としてはTEMPOを溶解することができるものであれば特に制限されないが、例えば、水、Dimethyl sulfoxide(DMSO)もしくはエタノールなど有機溶媒、または当該有機溶媒と水の混合溶媒が挙げられる。特に、水、DMSO、又は水とDMSOの混合液を溶媒とした溶液であることがより好ましい。
また、本発明の一つの実施形態として、水又はDMSO等を溶媒とした液体製剤であって、TEMPOの濃度が、水を溶媒にした場合においては、10μM~100000μMであり、DMSOを溶媒にした場合においては10μM~500000μMである、液体製剤が挙げられる。
液体製剤を使用する場合、たとえば、液体製剤から気化したTEMPOをそのまま用いてもよく、気化したTEMPOを回収した気体を用いてもよい。この時、TEMPOを揮発させる条件は特に限定されないが、常温かつ大気圧下であってよく、加温してもよい。
本発明に係る細胞死抑制剤の剤型として、固体のTEMPOを含む固形剤もまた好ましい。固形剤の形態は特に限定されないが、例えば、粉末状であってよい。固体のTEMPOは自然に揮発しうるため、固形剤の使用は、たとえば、固形剤から気化したTEMPOをそのまま用いてもよく、気化したTEMPOを回収した気体を用いてもよい。この時、TEMPOを揮発させる条件は特に限定されないが、常温かつ大気圧下であってよく、加温してもよい。また、固形剤は保存時の安定性も期待でき、密閉して冷暗所で保存し得る。
本発明に係る細胞死抑制剤は、TEMPOを含む剤であって、医薬的に許容される他の成分を含んでいてもよい。他の成分としては特に制限されず、医薬に使用される成分であればよいが、例えば、緩衝剤が挙げられる。緩衝剤は、特に、液体製剤を含む実施形態において、保存時の安定性や使用時の性質変化の防止などに寄与し得る。
医薬的に許容される緩衝液は、典型的には、クエン酸緩衝液、又はリン酸緩衝液が挙げられる。クエン酸緩衝液には、クエン酸、クエン酸ナトリウム、及びそれらの混合物が含まれ、リン酸緩衝液には、リン酸、リン酸一ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、及びそれらの混合物が含まれる。
また、本発明に係る細胞死抑制剤は、特に、液体製剤を含む実施形態において、希釈剤を含んでいてよく、希釈剤による希釈を前提としてよい。希釈剤としては、典型的には、水、DMSOなどが用いられる。希釈剤は、細胞、組織及び生体への毒性の観点から、水が好ましい。
本発明に係る細胞死抑制剤の投与量は、各々の実施形態により適宜決定できる。例えば、実施形態の一つとして前記説明した水またはDMSO等を溶媒とした液体製剤の場合、前記濃度の範囲内にあって、4℃~100℃の条件で揮発しうる量であり、好ましくは23℃~70℃に加温して揮発しうる量であり、より好ましくは23℃~40℃に加温して揮発しうる量である。
本発明に係る細胞死抑制剤の投与回数は、必要に応じて、1回のみでよく、数回でよく、1日に1回、1日に2~4回、1週間に2~4回、1週間に1回又は2週間に1回の頻度で必要な期間継続して投与してよい。また、数分から数時間に渡り、連続的に投与してよい。
本発明に係る細胞死抑制剤のヒトなどの対象への投与方法は、TEMPOがヒトなどの対象へ気体として投与される方法であれば特に制限されないが、剤の気体部分又は揮発した剤を用いて気体状態で投与できる。具体的には、例えば、気体を直接吸入させる、自然に揮発させて吸入させる、脱脂綿に含ませて吸入させる、加温して吸入させる、気化器で揮発させて吸入させるなどの方法で投与でき、また、これらを組み合わせて、例えば、脱脂綿に含ませた後加温して吸入させるなどの方法で投与できる。また、特に液体製剤を含む実施形態においては、希釈剤により必要に応じて適当な濃度に希釈してから投与してもよい。
TEMPOは他の薬剤と組み合わせて使用してもよい。他の薬剤としては、エダラボン (MCI-186)、ビタミンEなどが挙げられる。
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
[実施例1] 揮発TEMPOによるフェロトーシス抑制
以下の方法で、フェロトーシスを誘導した細胞に対し、気体状態を介してTEMPOを作用させ、効果を確かめた。
ヒト浸潤性線維肉腫細胞HT1080細胞(1×10)を3.5cm皿に播種し、ダルベッコ調整イーグル培地(Dulbecco’s modified Eagle’s medium: DMEM)に10%ウシ胎児血清(Fetal bovine serum: FBS)、ペニシリン、ストレプトマイシンを加えた培地で、37℃、5%CO下で、40時間培養した。蒸留水1mLを入れた別の3.5cm皿を用意して、細胞を培養した3.5cm皿と左右に並べた状態で10cm皿に入れた。HT1080細胞の培養液を交換して、RSL3(Selleck社)を1mMになるようにDimethyl sulfoxideで溶解し、上記培地に対し1/1000量を添加した、RSL3添加培地を加えた。同時に、終濃度10、100又は1000μMとなるよう、TEMPOを上記蒸留水に添加した。このとき、TEMPOは100mMになるようにDMSOで溶解したものを使用した。阻害効果のコントロールとして、ビタミンE誘導体であるTroloxを終濃度0.2mMになるよう細胞の培地に添加した。5時間後、すべての細胞を回収したのちトリパンブルー溶液で染色して細胞の生死をカウントした。細胞死率は、下記式(2)で計算し、結果を図1にて、平均値±標準誤差で表した。
細胞死率(%)=死細胞/(生細胞+死細胞)×100 (2)
結果、TEMPOは10μM以上の濃度でRSL3誘導フェロトーシスを有意に阻害し、100μM以上の濃度でRSL3誘導フェロトーシスを大きく阻害した。同様の結果は、RSL3の代わりに別のフェロトーシス誘導試薬であるErastin(10μM)を使用した場合や、異なる癌細胞種であるCaluI, PancI を用いても得られた。また、マウス海馬由来細胞HT22にグルタミン酸を処理する神経細胞死モデルにおいても同等の結果が得られた。本実験では、水に添加したTEMPOが細胞培養液に直接混じ入ることはないため、揮発した後に、気体を介して細胞に作用したと考えられる。そのため、揮発したTEMPOが気体状態を介してフェロトーシスを抑制することが確認された。
[実施例2] 揮発TEMPOによるフェロトーシス抑制
6ウェルプレートの左上部1ウェルに、実施例1と同様にしてHT1080細胞を播種し40時間培養した。培養液を交換してRSL3添加培地を加えると同時に、プレートの右下部1ウェルに1μLのTEMPO(100mM)溶液を入れた。このフェロトーシス阻害効果を、実施例1と同様の手法で測定した。結果を図2にて、平均値±標準誤差で表した。その結果、細胞死率が減少し、RSL3誘導性フェロトーシスは阻害された。そのため、フェロトーシスは10cm程度離れた場所のTEMPOがDMSO溶液から揮発し、気体状態を介して作用することで阻害された。
[実施例3] 気体状態のTEMPOによるフェロトーシス抑制
アルミニウムガスバッグに空気と1μLのTEMPO(100mM)を投入して、37℃インキュベータ内で3時間放置した。ガスタイトシリンジでガスバッグ内の気体(20mL)を採取し、これを、3.5cm皿のRSL3処理HT1080細胞が入った10cm皿内に静かに注入した。このとき、RSL3処理HT1080細胞は、実施例1と同様の手法で得た。その後、フェロトーシス阻害効果を、実施例1と同様の手法で測定した。結果を図3にて、平均値±標準誤差で表した。その結果、細胞死率が減少し、RSL3誘導性フェロトーシスは阻害された。よって、加温により放出されたTEMPOの気体成分(ガス)の存在により、フェロトーシスが阻害されたと考えられる。
[実施例4] 揮発後再溶出したTEMPOによるフェロトーシス抑制
蒸留水1mLを入れた3.5cm皿と1μLのTEMPO(100mM)を入れた別の3.5cm皿を並べた状態で10cm皿に入れ、37℃インキュベータ内に放置した。3時間後に蒸留水10μLを採取し、別に準備した3.5cm皿のRSL3処理HT1080細胞に加えた。このとき、RSL3処理HT1080細胞は、実施例1と同様の手法で得た。その後、フェロトーシス阻害効果を、実施例1と同様の手法で測定した。結果を図4にて、平均値±標準誤差で表した。その結果、細胞死率が減少し、RSL3誘導性フェロトーシスは阻害された。よって、揮発したTEMPOガスは蒸留水に再溶出し、再溶出したTEMPOがフェロトーシスを阻害すると考えられる。
[実施例5] 揮発TEMPOによる、脳梗塞モデルマウスにおける脳組織障害の抑制
以下の方法で、TEMPOの揮発使用による気体を介した効果をマウス中大脳動脈永久閉塞(MCAO)による脳梗塞モデルを用いて確認した。また、比較例として、2001年に承認された再開通治療前後の唯一の脳保護薬である、フリーラジカル捕捉機能を持つ化合物エダラボン(MCI-186; 田辺三菱製薬)を用いた。
マウスには、7-10週令(体重30-35g)の雄マウス(C.B-17/Icr- +/+ Jcl; 日本クレア)を使用した。マウスはケージ毎に2-3匹で収容し、温度を24±1℃、湿度を55±5%に設定した部屋で14時間/10時間の点灯・消灯サイクルで手術2日以上前から飼育した。手術の前後には餌と水を自由に摂取できるようにした。
MCAOモデルの作製は、1981年のラットを用いた田村モデル(J Cereb Blood Flow Metab 1:53,1981)に小さな変更を加えて施行した。イソフルランで麻酔したマウスをフェードバック加熱パッドに乗せ、直腸内深部温を37.0℃±0.5℃に維持した。小型歯科用ドリルとスチールバーを使用して頬骨基部を削り側頭骨底部を露出させ、ダイヤバーで約4×4mmの小孔を開けて中大脳動脈を露出させた。硬膜を切断した後、先端1mmの動物用バイポーラ(Jewelar Bipolar Forceps)を用いて電気凝固を行った。視覚的に血流閉塞を確認した後、焼灼血管を切断し、創部の洗浄後に縫合した。麻酔からの回復中は直腸温を注意深く監視した。
梗塞作成15分後、空気孔を開けた17×10×10cmの密閉ケージ内にマウスを1匹ずつ入れ、ランダムに以下の3つの群のいずれかに振り分けた。
・コントロール群は、3.5cm皿に0.1gの綿を敷き60℃に加温した5mlのPBSを染み込ませたものをケージ内中央に留置した。
・TEMPO吸入投与群は、3.5cm皿に0.1gの綿を敷き、60℃に加温した5mlの100mMのTEMPO水溶液を染み込ませたものをケージ内中央に留置した。
・エダラボン投与群は、3mg/mlに調整したエダラボン0.1mlを静注投与してケージ内に戻した。
それぞれのマウスは、梗塞作成後3、5、7時間が経過した時点でMRIによるT2強調画像を取得した。MRI画像の信号強度比は、梗塞領域の一定距離に位置する3点とその線対称となる非梗塞側の3点の測定値の平均を比(梗塞領域平均値/非梗塞領域平均値)にして算出した。3、5、7時間経過後の画像から算出した比を、図5に示す。
さらに、8時間後に神経症状(四肢の麻痺・運動能力・摂食障害)を観察した後に屠殺し、脳組織片の2,3,5-トリフェニルテトラオリウムクロライド(TTC)染色を行った。非染色領域を梗塞病変とし、梗塞面積はImageJソフトウェアを使用して測定した。梗塞面積にスライス厚(1mm)をかけた値を脳梗塞体積とした。コントロール群及びTEMPO吸入投与群におけるTTC染色後の脳組織の断面の写真、並びにコントロール群、エダラボン投与およびTEMPO吸入投与群の脳梗塞体積の平均値±標準誤差を図6にて示した。
その結果、コントロールやエダラボン投与のものに比べ、TEMPOを自然吸入投与したマウスでは脳組織障害が強く抑制された。また、3.5cm皿に加えるTEMPOの濃度の検討を行ったところ、25mMでも全く同等の保護効果を示し、12.5mMで弱い効果を示した。
[実施例6] 揮発TEMPOによる、ALSモデルマウスにおける筋委縮の抑制
TEMPOの揮発使用による効果をALSモデルマウス(C57BL/6-hSOD1(G93A))を用いて確認した。
変異Cu/Zn superoxide dismutase(SOD1:G93A)遺伝子を組み込んだトランスジェニックマウスは、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の有用なモデルとして広く使用されている。生後90日を過ぎた頃から症状が表れ、2ヶ月以内に筋萎縮が進行して死に至る。
14-15週令(体重24-30g)の雄マウス(C57BL/6-hSOD1(G93A)を使用した。マウスは1匹ずつ1ケージに収容し、温度を24±1℃、湿度を55±5%に設定した部屋で14時間/10時間の点灯・消灯サイクルで、餌と水は自由摂取とした。
マウスはほぼ同体重のものを2群に振り分け、5匹ずつ実験を行った。コントロールとTEMPOは、約10箇所の釘穴を開けた5 mlポリスチレンチューブに0.1gの綿を入れ、5 ml の滅菌水またはTEMPO水溶液(0.1M)をそれぞれ染み込ませたものをケージ内に留置した。滅菌水とTEMPO水溶液は84時間おきに交換し、マウスが死亡するまで継続した。
実験マウスは、TEMPO(コントロール)処理開始後から死亡するまでの生存日数をカウントし、結果はそれぞれの日数をプロットして平均値±標準誤差で表した(図7)。その結果、コントロールに比べ、TEMPOを自然吸入投与したマウスでは生存期間の延長が認められた。

Claims (8)

  1. 酸化ストレスによる細胞死の抑制剤であって、
    2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジニルオキシル(TEMPO)を有効成分として含み、
    気体状態を介して作用することを特徴とする、細胞死抑制剤。
  2. 前記酸化ストレスによる細胞死が、フェロトーシスである、請求項1に記載の細胞死抑制剤。
  3. TEMPOの一部もしくは全体が気体からなる、請求項1又は2に記載の細胞死抑制剤。
  4. 液体製剤又は固形製剤であり、TEMPOを揮発させて使用する、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞死抑制剤。
  5. 虚血性疾患の治療又は予防用である、請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞死抑制剤。
  6. 前記虚血性疾患が脳梗塞である、請求項5に記載の細胞死抑制剤。
  7. 筋委縮性側索硬化症の治療又は予防用である、請求項1~4のいずれか一項に記載の細胞死抑制剤。
  8. 吸入薬である、請求項1~7のいずれか一項に記載の細胞死抑制剤。
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