実施例1の診断装置は、前進9速・後退1速のギヤ段を有するシフト・バイ・ワイヤ及びパーク・バイ・ワイヤによる自動変速機を搭載したエンジン車(車両の一例)に適用したものである。以下、実施例1の構成を「全体システム構成」、「自動変速機の詳細構成」、「油圧制御系の詳細構成」、「電子制御系の詳細構成」、「セレクト時誤締結診断処理構成」に分けて説明する。
[全体システム構成(図1)]
エンジン車の駆動系には、図1に示すように、エンジン1と、トルクコンバータ2と、自動変速機3と、プロペラシャフト4と、駆動輪5と、を備える。トルクコンバータ2は、締結によりエンジン1のクランク軸と自動変速機3の入力軸INを直結するロックアップクラッチ2aを内蔵する。自動変速機3は、ギヤトレーン3aとパークギヤ3bを内蔵する。自動変速機3には、変速のためのスプールバルブや油圧制御回路やソレノイドバルブ等により構成されるコントロールバルブユニット6が取り付けられている。
コントロールバルブユニット6は、ソレノイドバルブとして、摩擦要素毎に6個設けられるクラッチソレノイド20と、それぞれ1個設けられるライン圧ソレノイド21、潤滑ソレノイド22、ロックアップソレノイド23を有する。即ち、合計9個のソレノイドバルブを有する。これらのソレノイドバルブは何れも3方向リニアソレノイド構造であり、変速機コントロールユニット10からの制御指令を受けて調圧作動する。
エンジン車の電子制御系には、図1に示すように、変速機コントロールユニット10(略称:「ATCU」という。)と、エンジンコントロールモジュール11(略称:「ECM」という。)と、CAN通信線70と、を備える。ここで、変速機コントロールユニット10は、センサモジュールユニット71(略称:「USM」という。)からのイグニッション信号によって起動/停止をする。つまり、変速機コントロールユニット10の起動/停止を、イグニッションスイッチによる起動/停止の場合に比べて起動バリエーションが増える「ウェイクアップ/スリープ制御」としている。
変速機コントロールユニット10は、コントロールバルブユニット6の上面位置に機電一体に設けられ、ユニット基板にメイン基板温度センサ31と、サブ基板温度センサ32と、を互いに独立性を担保しながら冗長系により備える。即ち、メイン基板温度センサ31とサブ基板温度センサ32は、センサ値情報を変速機コントロールユニット10に送信するが、周知の自動変速機ユニットとは異なり、オイルパン内で変速機作動油(ATF)に直接接触していない温度情報を送信する。この変速機コントロールユニット10は、他にタービン回転センサ13、出力軸回転センサ14、第3クラッチ油圧センサ15からの信号を入力する。さらに、シフタコントロールユニット18、中間軸回転センサ19、等からの信号を入力する。
タービン回転センサ13は、トルクコンバータ2のタービン回転数(=変速機入力軸回転数)を検出し、タービン回転数Ntを示す信号を変速機コントロールユニット10に送信する。出力軸回転センサ14は、自動変速機3の出力軸回転数を検出し、出力軸回転数No(=車速VSP)を示す信号を変速機コントロールユニット10に送信する。第3クラッチ油圧センサ15は、第3クラッチK3のクラッチ油圧を検出し、第3クラッチ油圧PK3を示す信号を変速機コントロールユニット10に送信する。
シフタコントロールユニット18は、運転者によるシフタ181へのセレクト操作により選択されたレンジ位置を判定し、レンジ位置信号を変速機コントロールユニット10に送信する。なお、シフタ181は、モーメンタリ構造であり、操作部181aの上部にPレンジボタン181bを有し、操作部181aの側部にロック解除ボタン181c(N→R時のみ)を有する。そして、レンジ位置として、Hレンジ(ホームレンジ)とRレンジ(リバースレンジ)とDレンジ(ドライブレンジ)とN(d),N(r)(ニュートラルレンジ)を有する。中間軸回転センサ19は、中間軸(インターミディエイトシャフト=第1キャリアC1に連結される回転メンバ)の回転数を検出し、中間軸回転数Nintを示す信号を変速機コントロールユニット10に送信する。
変速機コントロールユニット10では、変速マップ(図4参照)上での車速VSPとアクセル開度APOによる運転点(VSP,APO)の変化を監視することで、
1.オートアップシフト(アクセル開度を保った状態での車速上昇による)
2.足離しアップシフト(アクセル足離し操作による)
3.足戻しアップシフト(アクセル戻し操作による)
4.パワーオンダウンシフト(アクセル開度を保っての車速低下による)
5.小開度急踏みダウンシフト(アクセル操作量小による)
6.大開度急踏みダウンシフト(アクセル操作量大による:「キックダウン」)
7.緩踏みダウンシフト(アクセル緩踏み操作と車速上昇による)
8.コーストダウンシフト(アクセル足離し操作での車速低下による)
と呼ばれる基本変速パターンによる変速制御を行う。
エンジンコントロールモジュール11は、アクセル開度センサ16、エンジン回転センサ17、等からの信号を入力する。
アクセル開度センサ16は、運転者のアクセル操作によるアクセル開度を検出し、アクセル開度APOを示す信号をエンジンコントロールモジュール11に送信する。エンジン回転センサ17は、エンジン1の回転数を検出し、エンジン回転数Neを示す信号をエンジンコントロールモジュール11に送信する。
エンジンコントロールモジュール11では、エンジン単体の様々な制御に加え、変速機コントロールユニット10との協調制御によりエンジントルク制限制御等を行う。変速機コントロールユニット10とは、双方向に情報交換可能なCAN通信線70を介して接続されているため、変速機コントロールユニット10から情報リクエストが入力されると、アクセル開度APOやエンジン回転数Neの情報を変速機コントロールユニット10に出力する。さらに、推定算出によるエンジントルクTeやタービントルクTtの情報を変速機コントロールユニット10に出力する。また、変速機コントロールユニット10から上限トルクによるエンジントルク制限要求が入力されると、エンジントルクを所定の上限トルクにより制限したトルクとするエンジントルク制限制御が実行される。
[自動変速機の詳細構成(図2、図3、図4)]
自動変速機3のギヤトレーン3aは、下記の点を特徴とする。
(a) 変速要素として、機械的に係合/空転するワンウェイクラッチを用いていない。
(b) 摩擦要素である第1ブレーキB1、第2ブレーキB2、第3ブレーキB3、第1クラッチK1、第2クラッチK2、第3クラッチK3は、変速時にクラッチソレノイド20によってそれぞれ独立に締結/解放状態が制御される。
(c) 第2クラッチK2と第3クラッチK3は、クラッチピストン油室に作用する遠心力による遠心圧を相殺する遠心キャンセル室を有する。
自動変速機3は、図2に示すように、ギヤトレーン3aを構成する遊星歯車として、入力軸INから出力軸OUTに向けて順に、第1遊星歯車PG1と、第2遊星歯車PG2と、第3遊星歯車PG3と、第4遊星歯車PG4と、を備えている。
第1遊星歯車PG1は、シングルピニオン型遊星歯車であり、第1サンギヤS1と、第1サンギヤS1に噛み合うピニオンを支持する第1キャリアC1と、ピニオンに噛み合う第1リングギヤR1と、を有する。
第2遊星歯車PG2は、シングルピニオン型遊星歯車であり、第2サンギヤS2と、第2サンギヤS2に噛み合うピニオンを支持する第2キャリアC2と、ピニオンに噛み合う第2リングギヤR2と、を有する。
第3遊星歯車PG3は、シングルピニオン型遊星歯車であり、第3サンギヤS3と、第3サンギヤS3に噛み合うピニオンを支持する第3キャリアC3と、ピニオンに噛み合う第3リングギヤR3と、を有する。
第4遊星歯車PG4は、シングルピニオン型遊星歯車であり、第4サンギヤS4と、第4サンギヤS4に噛み合うピニオンを支持する第4キャリアC4と、ピニオンに噛み合う第4リングギヤR4と、を有する。
自動変速機3は、図2に示すように、入力軸INと、出力軸OUTと、第1連結メンバM1と、第2連結メンバM2と、トランスミッションケースTCと、を備えている。変速により締結/解放される摩擦要素として、第1ブレーキB1と、第2ブレーキB2と、第3ブレーキB3と、第1クラッチK1と、第2クラッチK2と、第3クラッチK3と、を備えている。
入力軸INは、エンジン1からの駆動力がトルクコンバータ2を介して入力される軸で、第1サンギヤS1と第4キャリアC4に常時連結している。そして、入力軸INは、第2クラッチK2を介して第1キャリアC1に断接可能に連結している。
出力軸OUTは、プロペラシャフト4及び図外のファイナルギヤ等を介して駆動輪5へ変速した駆動トルクを出力する軸であり、第3キャリアC3に常時連結している。そして、出力軸OUTは、第1クラッチK1を介して第4リングギヤR4に断接可能に連結している。
第1連結メンバM1は、第1遊星歯車PG1の第1リングギヤR1と第2遊星歯車PG2の第2キャリアC2を、摩擦要素を介在させることなく常時連結するメンバである。第2連結メンバM2は、第2遊星歯車PG2の第2リングギヤR2と第3遊星歯車PG3の第3サンギヤS3と第4遊星歯車PG4の第4サンギヤS4を、摩擦要素を介在させることなく常時連結するメンバである。
第1ブレーキB1は、第1キャリアC1の回転を、トランスミッションケースTCに対し係止可能な摩擦要素である。第2ブレーキB2は、第3リングギヤR3の回転を、トランスミッションケースTCに対し係止可能な摩擦要素である。第3ブレーキB3は、第2サンギヤS2の回転を、トランスミッションケースTCに対し係止可能な摩擦要素である。
第1クラッチK1は、第4リングギヤR4と出力軸OUTの間を選択的に連結する摩擦要素である。第2クラッチK2は、入力軸INと第1キャリアC1の間を選択的に連結する摩擦要素である。第3クラッチK3は、第1キャリアC1と第2連結メンバM2の間を選択的に連結する摩擦要素である。
図3に基づいて、各ギヤ段を成立させる変速構成を説明する。1速段(1st)は、第2ブレーキB2と第3ブレーキB3と第3クラッチK3の同時締結により達成する。2速段(2nd)は、第2ブレーキB2と第2クラッチK2と第3クラッチK3の同時締結により達成する。3速段(3rd)は、第2ブレーキB2と第3ブレーキB3と第2クラッチK2の同時締結により達成する。4速段(4th)は、第2ブレーキB2と第3ブレーキB3と第1クラッチK1の同時締結により達成する。5速段(5th)は、第3ブレーキB3と第1クラッチK1と第2クラッチK2の同時締結により達成する。以上の1速段~5速段が、ギヤ比が1を超えている減速ギヤ比によるアンダードライブギヤ段である。
6速段(6th)は、第1クラッチK1と第2クラッチK2と第3クラッチK3の同時締結により達成する。この第6速段は、ギヤ比=1の直結段である。
7速段(7th)は、第3ブレーキB3と第1クラッチK1と第3クラッチK3の同時締結により達成する。8速段(8th)は、第1ブレーキB1と第1クラッチK1と第3クラッチK3の同時締結により達成する。9速段(9th)は、第1ブレーキB1と第3ブレーキB3と第1クラッチK1の同時締結により達成する。以上の7速段~9速段は、ギヤ比が1未満の増速ギヤ比によるオーバードライブギヤ段である。
さらに、1速段から9速段までのギヤ段のうち、隣接するギヤ段へのアップ変速を行う際、或いは、ダウン変速を行う際、図3に示すように、掛け替え変速により行う構成としている。即ち、隣接するギヤ段への変速は、三つの摩擦要素のうち、二つの摩擦要素の締結は維持したままで、一つの摩擦要素の解放と一つの摩擦要素の締結を行うことで達成される。
Rレンジ位置の選択による後退速段(Rev)は、第1ブレーキB1と第2ブレーキB2と第3ブレーキB3の同時締結により達成する。なお、Nレンジ位置及びPレンジ位置を選択したときは、基本的に6個の摩擦要素B1,B2,B3,K1,K2,K3の全てが解放状態とされる。
そして、変速機コントロールユニット10には、図4に示すような変速マップが記憶設定されていて、Dレンジの選択により前進側の1速段から9速段までのギヤ段の切り替えによる変速は、この変速マップに従って行われる。即ち、そのときの運転点(VSP,APO)が図4の実線で示すアップシフト線を横切るとアップシフト変速要求が出される。又、運転点(VSP,APO)が図4の破線で示すダウンシフト線を横切るとダウンシフト変速要求が出される。
[油圧制御系の詳細構成(図5)]
変速機コントロールユニット10によって油圧制御されるコントロールバルブユニット6は、図5に示すように、油圧源として、メカオイルポンプ61と電動オイルポンプ62を備える。メカオイルポンプ61は、エンジン1によりポンプ駆動され、電動オイルポンプ62は、電動モータ63によりポンプ駆動される。
コントロールバルブユニット6は、油圧制御回路に設けられる弁として、ライン圧ソレノイド21とライン圧調圧弁64とクラッチソレノイド20とロックアップソレノイド23を備える。そして、潤滑ソレノイド22と潤滑調圧弁65とブースト切り替え弁66を備える。さらに、P-nP切り替え弁67とパーク油圧アクチュエータ68を備える。
ライン圧調圧弁64は、メカオイルポンプ61と電動オイルポンプ62の少なくとも一方からの吐出油を、ライン圧ソレノイド21からのバルブ作動信号圧に基づいてライン圧PLに調圧する。
クラッチソレノイド20は、ライン圧PLを元圧とし、摩擦要素(B1,B2,B3,K1,K2,K3)毎に締結圧や解放圧を制御する変速系ソレノイドである。なお、図5ではクラッチソレノイド20が1個であるように記載しているが、摩擦要素(B1,B2,B3,K1,K2,K3)毎に6個のソレノイドを有する。
ロックアップソレノイド23は、ライン圧調圧弁64によるライン圧PLの調圧時における余剰油を用いてロックアップクラッチ2aの差圧を制御する。
潤滑ソレノイド22は、潤滑調圧弁65へのバルブ作動信号圧と、ブースト切り替え弁66への切替え圧とを作り出し、摩擦要素へ供給する潤滑流量を、発熱を抑える適正な流量に調圧する機能を有する。そして、連続変速プロテクション以外のときに摩擦要素の発熱を抑える最低潤滑流量をメカ保証し、最低潤滑流量に上乗せされる潤滑流量分を調整するソレノイドである。
潤滑調圧弁65は、潤滑ソレノイド22からのバルブ作動信号圧によって、摩擦要素とギヤトレーン3aを含むパワートレーン(PT)へクーラー69を介して供給する潤滑流量をコントロールすることができる。そして、潤滑調圧弁65によってPT供給潤滑流量を適正化することでフリクションを低減する。
ブースト切り替え弁66は、潤滑ソレノイド22からの切替え圧によって、第2クラッチK2と第3クラッチK3の遠心キャンセル室の供給油量を増加する。このブースト切り替え弁66は、遠心キャンセル室の油量が不足しているシーンで一時的に供給油量を増やすときに使用する。
P-nP切り替え弁67は、潤滑ソレノイド22(又はパークソレノイド)からの切替え圧によってパーク油圧アクチュエータ68へのライン圧路を切り替える。Pレンジへの選択時にパークギヤ3bを噛合わせるパークロックと、PレンジからPレンジ以外のレンジへの選択時にパークギヤ3bの噛合を解除するパークロック解除を行う。
このように、運転者が操作するシフトレバーと機械的に連結され、Dレンジ圧油路やRレンジ圧油路やPレンジ圧油路等を切り替えるマニュアルバルブを廃止したコントロールバルブユニット6の構成としている。そして、シフタ181によりD,R,Nレンジを選択した際、シフタコントロールユニット18からのレンジ位置信号に基づいて、6個の摩擦要素を独立に締結/解放する制御を採用することで「シフト・バイ・ワイヤ」を達成している。さらに、シフタ181によりPレンジを選択した際、シフタコントロールユニット18からのレンジ位置信号に基づいて、パークモジュールを構成するP-nP切り替え弁67とパーク油圧アクチュエータ68を作動させることで「パーク・バイ・ワイヤ」を達成している。
[電子制御系の詳細構成(図6)]
自動変速機3のセレクト時誤締結診断を行う電子制御系構成としては、図6に示すように、変速機コントロールユニット10と、エンジンコントロールモジュール11と、シフタコントロールユニット18と、タービン回転センサ13、出力軸回転センサ14、クラッチソレノイド20と、を備えている。
シフタコントロールユニット18は、運転者によるシフタ181へのセレクト操作に基づくレンジ位置を判定するレンジ位置判定部であり、判定されたレンジ位置信号を変速機コントロールユニット10に送信する。
クラッチソレノイド20は、ギヤトレーン3aに有する6個の摩擦要素B1,B2,B3,K1,K2,K3のそれぞれの締結/解放を変速機コントロールユニット10からの締結指示や解放指示により制御する変速系ソレノイドである。6個のクラッチソレノイド20は、第1ブレーキソレノイド20a、第2ブレーキソレノイド20b、第3ブレーキソレノイド20c、第1クラッチソレノイド20d、第2クラッチソレノイド20e、第3クラッチソレノイド20fである。
変速機コントロールユニット10は、運転者のレンジ位置セレクト操作に基づいてシフタコントロールユニット18から送信されるレンジ位置信号を受信し、クラッチソレノイド20へ制御指示を出力するセレクト操作制御系を備える。セレクト操作制御系には、セレクト操作時制御部100と、誤締結診断制御部101と、トルク制限制御部102と、を有する。
セレクト操作時制御部100は、セレクト操作時、受信したレンジ位置信号に基づいて摩擦要素へ締結/解放指示を出力する。走行中、受信したレンジ位置信号がDレンジ又はRレンジ(走行レンジ)からNレンジに切り替わった場合、Dレンジ又はRレンジにて締結状態である摩擦要素を全て解放状態とする。そして、全て解放状態とした後、NレンジからDレンジ又はRレンジ(走行レンジ)に切り替わった場合、Dレンジ又はRレンジが成立する複数の摩擦要素を締結状態とする制御を行う。
例えば、摩擦要素が全て解放状態であるNレンジから、第2ブレーキB2と第3ブレーキB3と第3クラッチK3を締結状態にするとDレンジ1速段が成立する。摩擦要素が全て解放状態であるNレンジから、第1ブレーキB1と第2ブレーキB2と第3ブレーキB3を締結状態にするとRレンジが成立する。
誤締結診断制御部101は、セレクト操作時制御中に誤締結されている摩擦要素の有無を診断する。走行中、Dレンジ又はRレンジからNレンジへと切り替わるレンジ位置信号を受信すると、Dレンジ又はRレンジにて締結状態である摩擦要素を全て解放状態にする前に、1つの摩擦要素の解放を指示して誤締結診断の機会を作る。そして、1つの摩擦要素の解放を指示した後の変速機入力軸の回転数の変化(以下、「回転変化」という。)を確認し、タービン回転数Nt(変速機入力軸回転数)の回転変化がないと、解放指示した摩擦要素が解放できない誤締結状態であると診断する。
誤締結診断制御部101は、Dレンジ又はRレンジが成立する複数の摩擦要素に締結指示を出力する前に、1つの摩擦要素を解放状態としたまま、2つの摩擦要素に締結指示を出力し、2要素締結状態として誤締結診断の機会を作る。そして、2要素締結指示を出力した後の変速機入力軸の回転数の変化を確認し、タービン回転数Ntの回転変化があると、解放状態の摩擦要素の何れかが解放できない誤締結状態であると診断する。
ここで、誤締結診断制御部101では、1要素解放指示や2要素締結指示した後の変速機入出力軸の回転変化は、タービン回転センサ13からのタービン回転数Ntと出力軸回転センサ14からの変速機出力軸回転数No(=車速VSP)を用いて確認する。そして、タービン回転数Nt(変速機入力軸回転数)の回転変化の有無は、タービン回転数Ntと変速機出力軸回転数Noによるギヤ比動作点(Nt,No)が、二次元座標面で所定以上移動するか否かを監視することにより行う(図8及び図9参照)。
一方、変速機入力軸の回転数の変化を確認し、車速変化分を超えるタービン回転数Ntの回転変化がないと、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であるか否かを判断する。そして、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域外と判断されると、解放要素正常であると診断し、Dレンジ又はRレンジが成立する複数の摩擦要素に締結指示を出力するセレクトを許可する。しかし、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域内と判断されると、誤締結状態(摩擦要素を解放できない状態)である可能性有りと診断する。そして、Dレンジにて移行するセレクト移行先ギヤ段を正常診断による移行先ギヤ段よりハイ変速比のギヤ段へ変更する。
トルク制限制御部102は、走行中、受信したレンジ位置信号がDレンジ又はRレンジ(走行レンジ)からNレンジに切り替わった場合、エンジン1(走行用駆動源)の出力トルクを制限する指令を、CAN通信線70を介してエンジンコントローモジュール11へ出力する。ここで、エンジン1の出力トルク制限指令は、仮に解放要素の誤締結によりN前進やN後退があったとしても加速を未然に防止するクリープトルク相当(エンジンアイドル回転)までのトルク制限とする。また、トルク制限指令の出力は、次にNレンジからDレンジ又はRレンジに切り替わって誤締結診断が終了するまで継続される。
[セレクト時誤締結診断処理構成(図7)]
ステップS1では、処理スタートに続き、走行中にDレンジからNレンジへのセレクト操作、又は、RレンジからNレンジへのセレクト操作が有ったか否かを判断する。YES(走行中D→N、R→N操作有り)の場合はステップS2へ進み、NO(走行中D→N、R→N操作無し)の場合はステップS1の判断を繰り返す。
ステップS2では、S1での走行中D→N、R→N操作有りとの判断に続き、エンジン1の出力トルクを制限する指令をエンジンコントローモジュール11へ出力し、ステップS3へ進む。
ステップS3では、S2でのトルク制限に続き、Dレンジ又はRレンジで締結されている3要素のうち、1要素を解放する解放指示を出力し、残りの2要素を締結状態のままとし、ステップS4へ進む。
ステップS4では、S3での1要素解放に続き、2要素締結状態で回転変化有りか否かを判断する。YES(回転変化有り)の場合はステップS5へ進み、NO(回転変化無し)の場合はステップS6へ進む。
ステップS5では、S4での回転変化有りとの判断に続き、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが正常であると診断し、ステップS7へ進む。
ステップS6では、S4での回転変化無しとの判断に続き、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが誤締結異常確定と診断し、エンドへと進む。
ステップS7では、S5での解放要素が正常であるとの診断に続き、Dレンジ又はRレンジで締結されている3要素の全てに対してクラッチ全解放の指示を出し、ステップS8へ進む。
ステップS8では、S7でのクラッチ全解放に続き、Nレンジの選択中、NレンジからDレンジへのセレクト操作、又は、NレンジからRレンジへのセレクト操作が有ったか否かを判断する。YES(N→D,R操作有り)の場合はステップS9へ進み、NO(N→D,R操作無し)の場合はステップS8の判断を繰り返す。
ステップS9では、S8でのN→D,R操作有りとの判断に続き、Dレンジ発進又はRレンジ発進に備え、締結予定の3要素のうち、1要素は解放状態のままとし、残りの2要素に締結指示を出力し(2要素締結状態)、ステップS10へ進む。
ステップS10では、S9での2要素締結に続き、2要素締結状態で回転変化有りか否かを判断する。YES(回転変化有り)の場合はステップS11へ進み、NO(回転変化無し)の場合はステップS12へ進む。
ステップS11では、S10での回転変化有りとの判断に続き、2つの締結要素以外の解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドの何れかが誤締結異常確定と診断し、エンドへと進む。
ステップS12では、S10での回転変化無しとの判断に続き、そのときのギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無しの領域に存在するか否かを判断する。YES(回転変化無しの領域に存在する)の場合はステップS13へ進み、NO(回転変化無しの領域に存在しない)の場合はステップS14へ進む。
ステップS13では、S12での回転変化無しの領域に存在するとの判断に続き、解放要素の誤締結異常(誤締結状態)の可能性有りと診断し、セレクト移行先のギヤ段を変更し、エンドへ進む。
ステップS14では、S12での回転変化無しの領域に存在しないとの判断に続き、2つの締結要素以外の解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドの全てが正常であると診断し、セレクト許可を出し、エンドへ進む。
次に、「背景技術の課題及び課題解決方策」を説明する。そして、実施例1の作用を、「Nレンジセレクト時の誤締結診断作用」、「D,Rレンジセレクト時の誤締結診断作用」に分けて説明する。
[背景技術の課題及び課題解決方策]
背景技術における自動変速機としては、特開2002-323122号公報等に開示されているように、油圧制御回路にセレクト操作に連動して油路を切替えるマニュアルバルブを備えるものが知られている。背景技術の自動変速機の場合、Dレンジでの自動変速制御とレンジ位置(D,R,N)のセレクト制御とを切り分けるマニュアルバルブのハード保証により、車両挙動変化を招く変速系ソレノイド機能異常(誤締結故障)への対応が不要である。
しかし、レンジ位置に応じて油路を切替えるマニュアルバルブを廃止したシフト・バイ・ワイヤ方式の自動変速機の場合、レンジ位置にかかわらず、ギヤトレーンに有する摩擦要素のそれぞれに対して設けられた変速系ソレノイドに対する制御とされる。よって、Dレンジでの自動変速制御とレンジ位置(D,R,N)のセレクト制御とを切り分けることができない。つまり、マニュアルバルブによるハード保証が無いため、変速系ソレノイド機能異常(誤締結故障/誤解放故障)のうち、車両挙動変化を招くことになる誤締結故障への対応が必要である。
一方、シフト・バイ・ワイヤ方式の自動変速機の場合、走行中にN→Dセレクト操作をすると、Nレンジでの摩擦要素の全解放状態からDレンジが成立する3要素締結状態へ移行する。この全解放状態のときに誤締結状態のクラッチやブレーキあると、Dレンジが成立する3要素締結状態への移行時に誤締結状態の摩擦要素と合わせて4要素締結状態(インターロック状態)となってしまい、急減速が発生し、運転者に違和感を与えてしまう場合がある、という課題があった。
さらに、変速系ソレノイド機能異常診断手法として、停車中にイグニッションON信号が出されるとソレノイド機能異常等を診断する自己診断区間を設定し、自己診断区間にて複数の変速系ソレノイドの機能異常を診断する手法が知られている。しかし、自己診断により変速系ソレノイドの機能異常を診断する場合、複数の変速系ソレノイドから摩擦要素への油路の全てに油圧センサ等を設けて管理する必要がある。さらに、診断タイミングが自己診断区間に限られているため、自己診断区間から外れた走行中において、変速系ソレノイドのスプールにコンタミネーション等が挟まって誤締結状態となった場合には、上記課題の解決手段とはなり得ない。
本発明者等は、上記課題に対して、
(a) 完全解放→2要素締結において、誤締結要素が無い正常時にはギヤトレーンがニュートラル状態を維持するが、誤締結要素が有ると3要素締結状態となり、ギヤトレーンにおいてギヤ比が成立する。この違いを監視すると誤締結要素の有無を診断できる。
(b) 誤締結要素の診断タイミングについては、走行中にN→D,Rセレクト操作をすると、D,Rレンジでの締結要素の全てに対して締結指示が出力される。このため、締結要素の全てに締結指示を出力する前に2要素締結状態を意図的に作ると、課題発生の前に誤締結要素の有無を診断する機会を得ることができる。
という点に着目した。
上記着目点に基づいて、ギヤ段が有段の自動変速機は、シフタコントロールユニット18と、クラッチソレノイド20と、変速機コントロールユニット10と、を備える。変速機コントロールユニット10は、セレクト操作時、受信したレンジ位置信号に基づいて摩擦要素へ締結/解放指示を出力するセレクト操作時制御部100と、セレクト操作時制御部100による制御中にセレクト操作時制御中に誤締結されている摩擦要素の有無を診断する誤締結診断制御部101と、を有する。セレクト操作時制御部100は、走行中、受信したレンジ位置信号がNレンジからD,Rレンジに切り替わった場合、Nレンジで解放状態の摩擦要素のうち、D,Rレンジが成立する複数の摩擦要素を締結状態とする制御を行う。誤締結診断制御部101は、D,Rレンジが成立する複数の摩擦要素にセレクト操作時制御部100が締結指示を出力する前に、少なくても1つの摩擦要素を解放状態としたまま、残りの摩擦要素に締結指示を出力する。そして、残りの摩擦要素に締結指示を出力した後の変速機入力軸の回転数の変化を確認し、タービン回転数Ntの回転変化があると、解放状態の摩擦要素の何れかが解放できない誤締結状態であると診断する、という解決手段を採用した。
即ち、Nレンジでの走行中にDレンジ又はRレンジに変更された場合、締結する要素を全て一斉に締結するのではなく、最初にいくつかの摩擦要素に締結を指示した上で回転変化の有無が確認される。そして、解放状態である摩擦要素が正常に解放されていると、ギヤトレーン3aがニュートラル状態を維持することで、タービン回転数Ntの回転変化がなく、解放要素が誤締結のない正常な解放要素と診断することができる。
一方、解放状態の摩擦要素が機能異常により誤締結であると、ギヤトレーン3aがニュートラル状態からギヤ比成立状態へ移行することで、タービン回転数Ntの回転変化が生じる。このため、タービン回転数Ntの回転変化が、ギヤ比成立方向に変化すると、解放要素が誤締結していると診断することができる。つまり、Dレンジ又はRレンジで締結する予定の要素のうち、全ての要素を締結する前のタイミングにて誤締結の解放要素の有無を診断することができる。
よって、全要素に解放指示を出しているNレンジ状態で誤締結状態の解放要素があるとき、Dレンジ又はRレンジで締結する要素の全てに一斉に締結指示を出力した時、誤締結解放要素と合わせた要素が締結状態となってインターロックになることが回避される。そして、運転者としてはDレンジ状態又はRレンジ状態と認識しているにもかかわらず、インターロックによる急減速が生じ、運転者に違和感を与えてしまうことも防止される。
この結果、走行中、NレンジからDレンジ又はRレンジへセレクト操作した際、Dレンジ又はRレンジが成立する複数の摩擦要素を締結状態とする場合、解放要素の誤締結により運転者に違和感を与えるのを防止することができる。
[Nレンジセレクト時の誤締結診断作用(図7、図8)]
まず、Nレンジセレクト時の誤締結診断処理作用を図7のフローチャートに基づいて説明する。走行中にDレンジからNレンジへのセレクト操作、又は、RレンジからNレンジへのセレクト操作を行うと、S1→S2へ進み、S2では、エンジン1の出力トルクを制限する指令がエンジンコントローモジュール11へ出力される。
S2からはS3→S4へと進み、S3では、Dレンジ又はRレンジで締結されている3要素のうち、1要素を解放する解放指示が出力され、残りの2要素が締結状態のままとされる。S4では、2要素締結状態で回転変化有りか否かが判断され、回転変化有りと判断された場合はS5へ進み、S5では、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが正常であると診断される。
一方、S4にて回転変化無しと判断された場合はS6へ進み、S6では、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが誤締結異常確定と診断され、エンドへと進む。エンドへと進むと、例えば、誤締結異常診断に基づいて警告を出して運転者に異常を知らせる。そして、誤締結異常が確定した解放要素を締結要素とするギヤ段を選択し、ディラー等までの走行を確保するリンプホーム制御が行われる。
ここで、S3にてDレンジ又はRレンジで締結されている3要素のうち1要素を解放する解放指示を出力した場合、解放指示の出力にしたがって1要素が正常に解放されていると、自動変速機3のギヤトレーン3aは駆動力や制動力の伝達が解放要素により遮断されるニュートラル状態となる。このため、図8の矢印Aに示すように、Dレンジ又はRレンジでのギヤ比動作点(Nt,No)は、車速変化分(=変速機出力回転数Noの変化分)を超えてタービン回転数Ntが正常領域まで下がる回転変化をする。よって、回転変化有りと判断された場合、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが正常であると診断できる。
一方、S3にてDレンジ又はRレンジで締結されている3要素のうち1要素を解放する解放指示の出力にかかわらず解放状態とはならずに誤締結していると、自動変速機3のギヤトレーン3aはDレンジ又はRレンジで締結されている3要素によるギヤ段のままとなってギヤ比が成立する。このため、Dレンジ又はRレンジでのギヤ比動作点(Nt,No)は図8の変速比を保つ誤締結判定領域にとどまったままとなり、車速変化分を超えるタービン回転数Ntの回転変化がなく、ギヤ比動作点(Nt,No)が誤締結判定領域から外れない。よって、回転変化無しと判断された場合、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが機能異常であると診断できる。
そして、S5にて、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが正常であると診断された場合にのみ、次のS7へ進み、S7では、Dレンジ又はRレンジで締結されている3要素の全てに対してクラッチ全解放の指示が出力される。
このように、実施例1では、走行中にD→N又はR→Nのセレクト操作があると、締結要素の全てに解放指示を出力するS6より前のS3において2要素締結指示状態を作っている。このため、Dレンジ又はRレンジで締結されている要素の全てを解放する前のタイミングにて誤締結の解放要素の有無を診断することができる(S4~S6)。
実施例1では、Dレンジ又はRレンジにて締結状態である摩擦要素を全て解放状態にする前に、1つの摩擦要素の解放を指示した後の変速機入力軸の回転数の変化を確認し、タービン回転数Ntの回転変化がないと、解放指示した1つの摩擦要素が解放できない誤締結状態であると診断している。このため、解放指示した1つの摩擦要素が解放できない誤締結解放要素として特定することができる。例えば、Dレンジ1速→Nレンジへのセレクト操作時、第3クラッチK3を解放指示する1つの摩擦要素とする。この場合、第3クラッチK3が誤締結解放要素として特定されると、第3クラッチ油圧センサ15からの油圧検出値によって第3クラッチK3が誤締結解放要素であることを検証できる。また、Rレンジ→Nレンジへのセレクト操作時、第1ブレーキB1を解放指示する1つの摩擦要素とする。この場合、第1ブレーキB1が誤締結解放要素として特定されると、中間軸回転センサ19からの回転数検出値(=0)によって第1ブレーキB1が誤締結解放要素であることを検証できる。
[D,Rレンジセレクト時の誤締結診断作用(図7、図9~図11)]
次に、Nレンジ2要素締結時の誤締結診断処理作用を図7のフローチャートに基づいて説明する。Dレンジ又はRレンジで締結されている3要素の全てに対してクラッチ全解放の指示が出力されるS7からS8へ進むと、S8では、Nレンジの選択中、NレンジからDレンジへのセレクト操作、又は、NレンジからRレンジへのセレクト操作が有ったか否かが判断される。そして、N→D,R操作有りと判断された場合はS9へ進み、S9では、Dレンジ発進又はRレンジ発進に備え、締結予定の3要素のうち、1要素は解放状態のままとされ、残りの2要素に締結指示が出力される。
S9からS10へ進み、S10では、2要素締結状態で回転変化有りか否かが判断される。回転変化有りと判断された場合はS11へ進み、S11では、2つの締結要素以外の解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドの何れかが誤締結異常確定と診断され、エンドへと進む。エンドへと進むと、例えば、誤締結異常診断に基づいて警告を出して運転者に異常を知らせる。そして、誤締結異常である解放要素を検証し、検証により誤締結解放要素が判明すると、誤締結解放要素を締結要素とするギヤ段を選択し、ディラー等までの走行を確保するリンプホーム制御が行われる。
S10にて回転変化無しと判断された場合はS12へ進み、S12では、そのときのギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無しの領域に存在するか否かが判断される。回転変化無しの領域に存在すると判断された場合はS13へ進み、S13では、解放要素の誤締結異常の可能性有りと診断され、セレクト移行先のギヤ段が予定しているギヤ段よりハイ変速比のギヤ段へ変更され、エンドへ進む。エンドへと進むと、例えば、誤締結異常の可能性有りとの診断結果に基づいて警告を出して運転者に異常を知らせる。そして、リンプホーム制御により、ディラー等において誤締結解放要素の有無を含めて検証する。
S12にて回転変化無しの領域に存在しないとの判断された場合はS14へ進み、S14では、2つの締結要素以外の解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドの全てが正常であると診断され、予定しているギヤ段の3要素を締結することによるセレクト許可を出して、エンドへ進む。
ここで、Nレンジで解放されている全要素のうち2要素へ締結指示を出力した場合、誤締結要素があって誤締結要素を含み3要素が締結状態になっていると、ギヤトレーン3aは3要素締結によるギヤ比が成立する。このため、図9の矢印Bに示すように、ギヤ比動作点(Nt,No)は、正常領域を超えてタービン回転数Ntが下がるように回転変化する。よって、回転変化有りと判断された場合、解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが機能異常であると診断できる。
一方、Nレンジで解放されている全要素のうち2要素へ締結指示を出力した場合、2要素締結指示の出力にしたがって2要素のみが正常に締結されていると、ギヤトレーン3aはニュートラル状態を維持する。このため、Nレンジでのギヤ比動作点(Nt,No)は、図9のアイドル回転域の正常領域にとどまったままとなり、タービン回転数Ntがアイドル回転変動分を超えて正常領域を外れることがない。よって、ギヤ比動作点(Nt,No)が正常領域内である場合、原則的に解放要素及び解放要素のクラッチソレノイドが正常であると診断できる。
しかし、ギヤ比動作点(Nt,No)が正常領域内である場合であっても、例外的にギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域に存在する場合は、解放要素が誤締結異常の可能性有りと診断される。まず、ギヤ比動作点(Nt,No)による診断において、「回転変化無し領域」が存在する理由は、図10及び図11に示すように、2要素締結状態で誤締結解放要素が第3ブレーキB3、第1クラッチK1、第2クラッチK2の何れかであるとギヤ比は成立する。しかし、ギヤ比動作点(Nt,No)が正常領域に存在し、車速VSPの変化分も小さい同期状態ではタービン回転数Ntが回転変化しても正常領域にとどまることによる。なお、2要素締結状態で誤締結解放要素が第1ブレーキB1、第2ブレーキB2、第3クラッチK3の何れかであると、ギヤ比動作点(Nt,No)の監視により正常/異常を診断できる。
よって、誤締結要素が第3ブレーキB3であるとき、図10に示すように、予定しているギヤ段がDレンジ2速段のときにDレンジ3速段へ変更する。これによって、図3に示すように、誤締結要素である第3ブレーキB3を締結状態とするギヤ段への変更になり、3要素締結状態としてもインターロックを回避できる。同様に、誤締結要素が第1クラッチK1であるとき、図10に示すように、予定しているギヤ段がDレンジ1~3速段のときにDレンジ4速段へ変更する。これによって、図3に示すように、誤締結要素である第1クラッチK1を締結状態とするギヤ段への変更になり、3要素締結状態としてもインターロックを回避できる。同様に、誤締結要素が第2クラッチK2であるとき、図10に示すように、予定しているギヤ段がDレンジ1速段のときにDレンジ2速段へ変更する。これによって、図3に示すように、誤締結要素である第2クラッチK2を締結状態とするギヤ段への変更になり、3要素締結状態としてもインターロックを回避できる。
このように、実施例1では、Nレンジにて摩擦要素を全解放されているとき、NレンジからDレンジ又はRレンジへのセレクト操作に基づいて締結される3要素のうち2要素へ締結指示を出力し、S9において2要素締結指示状態を作るようにしている。このため、NレンジからDレンジ又はRレンジへのセレクト操作時、3要素が締結される前のタイミングにて誤締結の解放要素の有無を診断することができる(S10~S14)。
実施例1では、ギヤ比動作点(Nt,No)の移動により誤締結診断を行い、変速機入力軸の回転数の変化を確認し、タービン回転数Ntの回転変化がないと、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であるか否かを判断する。そして、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であると、誤締結状態である可能性有りと診断している(S10→S12→S13)。例えば、タービン回転数Ntの回転変化がないと解放要素正常と診断する場合、誤締結解放要素が存在するがギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域にあると、誤締結解放要素が存在することを診断できない。これに対し、NレンジからDレンジ又はRレンジへのセレクト操作に基づいて3要素締結するとき、誤締結解放要素によりインターロックに至る確率を低く抑えることができる。
実施例1では、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であり、誤締結状態である可能性有りと診断した場合、S13において、Dレンジにて移行するセレクト移行先ギヤ段を、正常診断による移行先ギヤ段よりハイ変速比のギヤ段へ変更している。よって、NレンジからDレンジ又はRレンジへのセレクト操作に基づいて3要素締結するとき、誤締結解放要素によってインターロック状態になったとしても、ハイ変速比のギヤ段により変速機伝達トルクを下げられる。このため、Dレンジ又はRレンジへのセレクト操作に基づいて3要素締結するとき、インターロック状態になったとしても車両の減速挙動変化が低く抑えられ、運転者に与える違和感を軽減することができる。
実施例1では、走行中、受信したレンジ位置信号がDレンジ又はRレンジからNレンジに切り替わった場合、S2において、エンジン1の出力トルクを制限する指令を出力するようにしている。例えば、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域にあると、解放要素が誤締結異常であるにもかかわらず正常と判断されることがある。この場合、S9での2要素締結状態でギヤ比成立により、Nレンジ前進やNレンジ後退をする場合がある。これに対し、セレクト操作のとき予めエンジン1の出力トルクを制限しておくことで、Nレンジ状態で2要素締結指示があったとき、Nレンジ前進やNレンジ後退で加速発進するのを未然に防止することができる。
以上述べたように、実施例1の自動変速機3の診断装置にあっては、下記に列挙する効果が得られる。
(1) 運転者によるセレクト操作に基づくレンジ位置を判定するレンジ位置判定部(シフタコントロールユニット18)と、
ギヤトレーン3aに有する複数の摩擦要素B1,B2,B3,K1,K2,K3のそれぞれの締結/解放を制御する変速系ソレノイド(クラッチソレノイド20)と、
レンジ位置判定部から送信されるレンジ位置信号を受信し、変速系ソレノイドへ制御指示を出力する変速機コントロールユニット10と、
を備えるギヤ段が有段の自動変速機3であって、
変速機コントロールユニット10は、セレクト操作時、受信したレンジ位置信号に基づいて摩擦要素へ締結/解放指示を出力するセレクト操作時制御部100と、セレクト操作時制御部100による制御中に誤締結されている摩擦要素の有無を診断する誤締結診断制御部101と、を有し、
セレクト操作時制御部100は、走行中、受信したレンジ位置信号がニュートラルレンジ(Nレンジ)から走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)に切り替わった場合、ニュートラルレンジで解放状態の摩擦要素のうち、走行レンジが成立する複数の摩擦要素を締結状態とする制御を行い、
誤締結診断制御部101は、走行レンジが成立する複数の摩擦要素にセレクト操作時制御部100が締結指示を出力する前に、少なくても1つの摩擦要素を解放状態としたまま、残りの摩擦要素に締結指示を出力し、残りの摩擦要素に締結指示を出力した後の変速機入力軸の回転数の変化を確認し、回転数(タービン回転数Nt)の変化があると、解放状態の摩擦要素の何れかが解放できない誤締結状態であると診断する。
このため、走行中、ニュートラルレンジ(Nレンジ)から走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)へセレクト操作した際、走行レンジが成立する複数の摩擦要素を締結状態とする場合、解放要素の誤締結により運転者に違和感を与えるのを防止することができる。
(2) 誤締結診断制御部101は、変速機入力軸回転数(タービン回転数Nt)と変速機出力軸回転数Noにて特定されるギヤ比動作点(Nt,No)の移動により誤締結診断を行い、
変速機入力軸の回転数の変化を確認し、回転数(タービン回転数Nt)の変化がないと、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であるか否かを判断し、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であると、誤締結状態である可能性有りと診断する。
このため、ニュートラルレンジ(Nレンジ)から走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)へのセレクト操作に基づいて3要素締結するとき、誤締結解放要素によりインターロックに至る確率を低く抑えることができる。
(3) 誤締結診断制御部101は、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域であり、誤締結状態である可能性有りと診断した場合、走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)にて移行するセレクト移行先ギヤ段を、正常診断による移行先ギヤ段よりハイ変速比のギヤ段へ変更する。
このため、走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)へのセレクト操作に基づいて3要素締結するとき、インターロック状態になったとしても車両の減速挙動変化が低く抑えられ、運転者に与える違和感を軽減することができる。
(4) セレクト操作時制御部100は、走行中、受信したレンジ位置信号が走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)からニュートラルレンジ(Nレンジ)に切り替わった場合、走行レンジにて締結状態である摩擦要素を全て解放状態とし、
誤締結診断制御部101は、走行レンジにて締結状態である摩擦要素を全て解放状態にする前に、少なくとも1つの摩擦要素の解放を指示し、摩擦要素の解放を指示した後の変速機入力軸の回転数の変化を確認し、回転数(タービン回転数Nt)の変化がないと、解放指示した摩擦要素が解放できない誤締結状態であると診断する。
このため、走行中、走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)からニュートラルレンジ(Nレンジ)へのセレクト操作時、走行レンジで締結されている要素の全てを解放する前のタイミングにて誤締結の解放要素の有無を診断することができる。
(5) 変速機コントロールユニット10は、走行中、受信したレンジ位置信号が走行レンジ(Dレンジ又はRレンジ)からニュートラルレンジ(Nレンジ)に切り替わった場合、次にニュートラルレンジから走行レンジに切り替わって誤締結診断が終了するまで走行用駆動源(エンジン1)の出力トルクを制限する指令を出力するトルク制限制御部102を有する。
このため、解放要素が誤締結異常であるにもかかわらず正常と判断された場合であって、ニュートラルレンジ状態(Nレンジ状態)で要素締結指示があったとき、Nレンジ前進やNレンジ後退で加速発進するのを未然に防止することができる。
以上、本発明の自動変速機の診断装置を実施例1に基づき説明してきた。しかし、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、特許請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
実施例1では、誤締結診断制御部101として、ギヤ比動作点(Nt,No)が回転変化無し領域である場合に誤締結状態である可能性有りと診断する例を示した。しかし、誤締結診断制御部としては、ギヤ比動作点が回転変化無し領域に存在するか否かを判断することなく、正常であると取り扱う例をしても良い。また、ギヤ比動作点が回転変化無し領域である場合に誤締結状態と診断する例としても良い。さらに、実施例1では、誤締結診断制御部101は、変速機入出力軸の回転変化を監視し、タービン回転数Ntの回転変化があると、解放状態の摩擦要素の何れかが解放できない誤締結状態であると診断する例を示した。しかし、回転変化は、少なくとの変速機入力軸の回転変化を確認すればよい。
実施例1では、自動変速機として、3つの摩擦要素の締結により前進9速後退1速を達成する自動変速機3の例を示した。しかし、自動変速機としては、2つの摩擦要素の締結により複数の前進段や後退段を達成する例としても良いし、4つの摩擦要素の締結により複数の前進段や後退段を達成する例としても良い。
実施例1では、自動変速機として、前進9速後退1速の自動変速機3の例を示した。しかし、自動変速機としては、前進9速後退1速以外の有段変速段を持つ自動変速機の例としても良いし、ベルト式無段変速機と多段変速機とを組み合わせた副変速機付き無段変速機としても良い。
実施例1では、エンジン車に搭載される自動変速機3の診断装置の例を示した。しかし、エンジン車に限らず、ハイブリッド車や電気自動車等の自動変速機の診断装置としても適用することが可能である。