[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明に係る圧縮着火式エンジンの制御装置の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明に係る制御装置が適用されたディーゼルエンジンの全体構成を示すシステム図である。この図1に示すディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンは、複数のシリンダ2を有し軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機46とを備えている。
エンジン本体1は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ2(図1ではそのうちの一つのみを示す)を有し、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジンである。エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4およびピストン5を備える。シリンダブロック3は、シリンダ2を形成するシリンダライナを有する。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後で詳述する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面(燃焼室天井面6U、図3および図4参照)、シリンダ2およびピストン5の冠面50によって形成されている。燃焼室6には前記燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1および水温センサSN2が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転数(エンジン回転数)を検出する。水温センサSN2は、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9および排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、前記吸気側開口を開閉する吸気弁11と、前記排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。なお、図示は省いているが、エンジン本体1のバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式であって、吸気ポート9および排気ポート10は、各シリンダ2につき2つずつ設けられるとともに、吸気弁11および排気弁12も2つずつ設けられている。
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13および排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11および排気弁12は、これら動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気側動弁機構13には、吸気弁11の開閉時期を変更可能な吸気VVT13aが、排気側動弁機構14には、排気弁12の開閉時期を変更可能な排気VVT14aが、各々内蔵されている(図7参照)。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ15が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、図略の燃料供給管を通して供給された燃料を燃焼室6に噴射する燃料噴射弁である。インジェクタ15は、燃料を噴射する先端部(ノズル151;図4)が燃焼室6の径方向中心またはその近傍に位置するように、シリンダヘッド4に組み付けられ、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2~図4)に向けて燃料を噴射する。
インジェクタ15は、燃料供給管を介して全シリンダ2に共通の蓄圧用コモンレール(図示せず)と接続されている。コモンレール内には、図外の燃料ポンプにより加圧された高圧の燃料が貯留されている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15から高い圧力(例えば150MPa~250MPa程度)で燃料が燃焼室6内に噴射される。
図1には図示していないが、前記燃料ポンプと前記コモンレールとの間には、インジェクタ15に供給される燃料の圧力(燃圧)を変更するための燃圧レギュレータ16(図7)が設けられている。また、インジェクタ15の内部には、インジェクタ15からの燃料の噴射圧力である噴射圧を検出する噴射圧センサSN7(図7)が備えられている。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、ターボ過給機46、スロットル弁32、インタークーラ33およびサージタンク34が配置されている。
エアクリーナ31は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。スロットル弁32は、図略のアクセルの踏み込み動作と連動して吸気通路30を開閉し、吸気通路30における吸気の流量を調整する。ターボ過給機46は、吸気を圧縮しつつ吸気通路30の下流側へ当該吸気を送り出す。インタークーラ33は、過給機46により圧縮された吸気を冷却する。サージタンク34は、吸気ポート9に連なるインテークマニホールドの直上流に配置され、複数のシリンダ2に吸気を均等に配分するための空間を提供するタンクである。
吸気通路30には、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、および吸気O2センサSN6が配置されている。エアフローセンサSN3は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気温センサSN4は、インタークーラ33の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の温度を検出する。吸気圧センサSN5および吸気O2センサSN6は、サージタンク34に配置され、それぞれ当該サージタンク34を通過する吸気の圧力、吸気の酸素濃度を検出する。
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10および排気通路40を通して車両の外部に排出される。
排気通路40には排気O2センサSN8が配置されている。排気O2センサSN8は、ターボ過給機46と排気浄化装置41との間に配置され、当該部分を通過する排気の酸素濃度を検出する。
排気通路40には排気浄化装置41が設けられている。排気浄化装置41には、排気ガス中に含まれる有害成分(COおよびHC)を酸化して無害化する酸化触媒42と、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するためのDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とが内蔵されている。なお、排気通路40における排気浄化装置41よりも下流側の位置に、NOxを還元して無害化するNOx触媒をさらに設けてもよい。
排気浄化装置41には触媒温度センサSN9が設けられている。触媒温度センサSN9は、排気浄化装置41内の触媒の温度、ここでは特に酸化触媒42の温度を検出する。
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路44Aと、EGR通路44Aに設けられたEGR弁45とを備える。EGR弁45は、EGR通路44Aを通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)の流量を調整する。EGR通路44Aは、排気通路40におけるターボ過給機46よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。EGR通路44Aには、熱交換によりEGRガスを冷却するEGRクーラ(図略)が配置されている。
ターボ過給機46は、吸気通路30に配置されたコンプレッサ47と、排気通路40に配置されたタービン48とを含む。コンプレッサ47とタービン48とは、タービン軸で一体回転可能に連結されている。タービン48は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。これに連動してコンプレッサ47が回転することにより、吸気通路30を流通する空気が圧縮(過給)される。
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)および(B)において、シリンダ軸方向Aおよび燃焼室の径方向Bを矢印で示している。
ピストン5は、キャビティ5C、周縁平面部55および側周面56を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ15から燃料の噴射を受ける部分である。周縁平面部55は、冠面50において径方向Bの外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、周縁平面部55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面56は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
キャビティ5Cは、第1キャビティ部51、第2キャビティ部52、連結部53および山部54を含む。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置された凹部である。第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の外周側に配置された、環状の凹部である。連結部53は、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部54は、冠面50(第1キャビティ部51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部54は、インジェクタ15のノズル151の直下の位置に凸設されている(図4)。
第1キャビティ部51は、第1上端部511、第1底部512および第1内側端部513を含む。第1上端部511は、第1キャビティ部51において最も高い位置にあり、連結部53に連なっている。第1底部512は、第1キャビティ部51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部であって、第1キャビティ部51は、第1底部512においてシリンダ軸方向Aに所定の深さ(第1の深さ)を有している。上面視において、第1底部512は、連結部53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、連結部53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、第1キャビティ部51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
第2キャビティ部52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、テーパ領域524および立ち壁領域525を含む。第2内側端部521は、第2キャビティ部52において最も径方向内側の位置にあり、連結部53に連なっている。第2底部522は、第2キャビティ部52において最も凹没した領域である。第2キャビティ部52は、第2底部522においてシリンダ軸方向Aに第1底部512よりも浅い深さを備えている。つまり、第2キャビティ部52は、第1キャビティ部51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、第2キャビティ部52において最も高い位置であって最も径方向外側に位置し、周縁平面部55に連なっている。
テーパ領域524は、第2内側端部521から第2底部522に向けて延び、径方向外側へ先下がりに傾斜した面形状を有する部分である。図3に示されているように、テーパ領域524は、径方向Bに延びる水平ラインC1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインC2に沿った傾きを有している。
立ち壁領域525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。径方向Bの断面形状において、第2底部522から第2上端部523にかけて、第2キャビティ部52の壁面が水平方向から上方向へ向かうように湾曲された曲面とされており、第2上端部523の近傍において垂直壁に近い壁面とされている部分が立ち壁領域525である。立ち壁領域525の上端位置に対して、立ち壁領域525の下方部分は、径方向Bの内側に位置している。これにより、混合気が燃焼室6の径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにし、立ち壁領域525よりも径方向外側の空間(スキッシュ空間)に存在する空気をも有効に利用した燃焼を行わせることができる。
連結部53は、径方向Bの断面形状において、下側に位置する第1キャビティ部51と上側に位置する第2キャビティ部52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。連結部53は、下端部531および第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、第1キャビティ部51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、第2キャビティ部52の第2内側端部521に対する連設部分である。
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531は連結部53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述のテーパ領域524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域でもある。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の第2キャビティ部52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532から周縁平面部55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
山部54は、上方に向けて突出しているが、その突出高さは連結部53の第3上端部532の高さと同一であり、周縁平面部55よりは窪んだ位置にある。山部54は、上面視で円形の第1キャビティ部51の中心に位置しており、これにより第1キャビティ部51は山部54の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
[燃料噴射の空間的分離について]
続いて、インジェクタ15によるキャビティ5Cへの燃料噴射状況、および噴射後の混合気の流れについて、図4に基づいて説明する。図4は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、冠面50(キャビティ5C)とインジェクタ15から噴射される噴射燃料15Eの噴射軸AXとの関係と、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。
インジェクタ15は、燃焼室天井面6U(シリンダヘッド4の下面)から燃焼室6へ下方に突出するように配置されたノズル151を備えている。ノズル151は、燃焼室6内へ燃料を噴射する噴射孔152を備えている。図4では一つの噴射孔152を示しているが、実際は複数個の噴射孔152がノズル151の周方向に等ピッチで配列されている。噴射孔152から噴射される燃料は、図中の噴射軸AXに沿って噴射される。噴射された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図4には、噴射軸AXに対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX1と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX2とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX1と下拡散軸AX2とがなす角である。
噴射孔152は、キャビティ5Cの連結部53に向けて燃料を噴射可能である。すなわち、ピストン5の所定のクランク角において噴射孔152から燃料噴射動作を行わせることで、噴射軸AXを連結部53に指向させることができる。図4は、前記所定のクランク角における噴射軸AXとキャビティ5Cとの位置関係を示している。噴射孔152から噴射された燃料は、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、連結部53に吹き当たることになる。
図4に示すように、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料15Eは、連結部53に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分離される。すなわち、連結部53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々第1、第2キャビティ部51、52に存在する空気と混合しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、連結部53の下端部531から第1キャビティ部51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する第1キャビティ部51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、第1キャビティ部51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、第1キャビティ部51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。したがって、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に残存する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、連結部53の第3上端部532から第2キャビティ部52のテーパ領域524に入り込み、テーパ領域524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、テーパ領域524は噴射軸AXに沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、テーパ領域524の存在、並びに、連結部53の第3上端部532も下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
しかる後、前記混合気は、第2底部522から立ち壁領域525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は第2キャビティ部52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びる立ち壁領域525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、立ち壁領域525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
ここで、立ち壁領域525は、その下方部分が、上端位置に対して径方向Bの内側に位置する形状を備えている。このため、矢印F22で示す流動は過度に強くならず、混合気が径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにすることができる。矢印F22の流動が強すぎると、一部燃焼している混合気が新たに噴射された燃料の拡散が十分に進行する前に当該燃料と衝突し、燃料との反応に利用される空気の割合である空気利用率が低下し、煤などを発生させる。しかし、本実施形態の立ち壁領域525は、径方向外側に抉れた形状を備えておらず、矢印F22の流動は抑制的となり、矢印F23にて示す径方向Bの外側へ向かう流動も生成する。とりわけ、燃焼後期では逆スッキシュ流に牽引されることもあり、矢印F23の流動が生じ易くなる。したがって、立ち壁領域252よりも径方向外側の空間(周縁平面部55上のスキッシュ空間)に存在する空気も有効に利用した燃焼を行わせることができる。これにより、煤の発生などを抑止し、燃焼室6全体の空気を利用したエミッション性に優れた燃焼を実現させることができる。
以上の通り、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料が連結部53に衝突して空間的に分離され、第1、第2キャビティ部51、52の空間に各々存在する空気を利用した燃焼(空気利用率の高い燃焼)が実現されることにより、燃焼時に煤などの発生を抑制することができる。
[燃料噴射の時間的分離について]
本実施形態では、上述した燃料噴射の空間的分離に加え、時間的にも分離して、より燃焼室6内の空気を有効活用する例を示す。図5は、インジェクタ15からキャビティ5Cに燃料を噴射するときの噴射パターンの一例と、この燃料噴射により発生する熱発生率の波形である熱発生特性Hとを示すタイムチャートである。本実施形態では、予混合圧縮着火燃焼(Premixed Compression Ignition combustion;以下、PCI燃焼という)が適用される運転領域が予め定められており、図5に示される噴射パターンは、このPCI燃焼が適用される運転領域(以下、PCI領域という)での運転時に選択される噴射パターンの一例を示している。インジェクタ15による燃料噴射の動作は、後述の燃料噴射制御部72(図7参照)によって制御される。燃料噴射制御部72は、PCI領域での運転時に、エンジンの各燃焼サイクルにおいて、噴射時期の早いプレ噴射P1と、噴射時期の遅いメイン噴射P3とを少なくとも実行させる。なお、図5では、プレ噴射P1とメイン噴射P3との間に中段噴射P2が実行される例が示されている。
プレ噴射P1は、圧縮上死点(TDC)よりも早いタイミングで実行される燃料噴射である。図5では、-20°CAから-10°CAの期間内にプレ噴射P1が実行される例を示している。なお、「°CA」はクランク角を表し、マイナスのクランク角はTDCよりも進角側であることを、プラスのクランク角はTDCよりも遅角側であることを、それぞれ示している。プレ噴射P1によりTDCよりも早いタイミングで噴射された燃料は、空気と十分に混合された後に自着火により燃焼する(PCI燃焼)。言い換えると、プレ噴射P1の噴射時期のTDCに対する進角量は、当該プレ噴射P1により噴射された燃料がPCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)するような値に設定される。
メイン噴射P3は、プレ噴射P1により噴射された燃料の着火後(燃焼中)でかつピストン5が圧縮上死点(TDC)付近に位置するタイミングで実行される燃料噴射である。図5では、TDCよりもやや遅角側のタイミングでメイン噴射P3が開始される例を示している。より詳しくは、メイン噴射P3の開始時期は、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼(PCI燃焼)に起因して生じる熱発生率のピーク、つまり図5の熱発生特性HにおいてTDC付近に形成されるピーク(後述する図9(A)の第1ピークHApに対応)の発生時期と同時かもしくはこれよりも遅角側のタイミングに設定される。図5では、前記PCI燃焼による熱発生率のピーク(第1ピーク)の発生時期よりもやや遅角側のタイミングでメイン噴射P3が開始される例を示している。メイン噴射P3によりPCI燃焼中に噴射された燃料は、噴射開始からごく短時間のうちに自着火に至る。このようなメイン噴射P3に基づく燃焼は、PCI燃焼ではなく拡散燃焼となる。
本実施形態において、燃料の噴射率の最大値はプレ噴射P1とメイン噴射P3とで同一であるが、燃料の噴射期間はプレ噴射P1の方が長く設定されている。すなわち、本実施形態では、PCI領域において、メイン噴射P3の噴射量よりもプレ噴射P1の噴射量の方が多くなるようにインジェクタ15が制御される。
中段噴射P2は、プレ噴射P1とメイン噴射P3との間において、各噴射P1,P3のいずれよりも少量の燃料を噴射する。中段噴射P2は、熱発生特性Hにおけるピーク間の谷部(2~3°CA付近の谷部)を可及的に小さくして消音を図る目的で実行されるが、この中段噴射P2を省くことも可能である。
ここで、上述した連結部53を指向した燃料噴射は、プレ噴射P1の際に実行される。メイン噴射P3は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が、上述の通り下側の第1キャビティ部51と上側の第2キャビティ部52とに空間的に分離された後に、その分離された上下の混合気間に噴射される噴射である。この点を図6に基づいて説明する。図6は、メイン噴射P3が終了するタイミングにおける、燃焼室6での混合気の生成状況を模式的に示す図である。
プレ噴射P1による噴射燃料は、燃焼室6内の空気と混合されて混合気となりつつ、連結部53に吹き当たる。連結部53への吹き当たりによって当該混合気は、図6に示すように、第1キャビティ部51へ向かう下側混合気M11と、第2キャビティ部52へ向かう上側混合気M12とに分離される。これが上述した混合気の空間的分離である。メイン噴射P3は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が第1、第2キャビティ部51、52の空間に入り込んで空間的に分離された後に、その分離された2つの混合気間の空間に残存する空気を利用して新たな混合気を形成するべく実行される噴射である。
図6に基づきさらに説明を加える。メイン噴射P3の実行タイミングではピストン5はほぼTDCの位置にあるので、当該メイン噴射P3の燃料は、連結部53のやや下方位置を指向して噴射されることになる。先に噴射されたプレ噴射P1の下側混合気M11、上側混合気M12は、各々第1キャビティ部51、第2キャビティ部52に入り込み、それぞれの空間の空気と混合して稀釈化が進行している。メイン噴射P3が開始される直前は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に未使用の空気(燃料と混合していない空気)が存在する状態である。このような未使用空気層の形成に、第1キャビティ部51のエッグシェープ形状が貢献する。メイン噴射P3の噴射燃料は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に入り込む形態となり、前記未使用の空気と混合されて第2混合気M2となる。これが燃料噴射の時間的分離である。以上の通り、本実施形態では、燃料噴射の空間的、時間的分離によって、燃焼室6に存在する空気を有効利用した燃焼を実現させることができる。
[制御構成]
図7は、前記ディーゼルエンジンシステムの制御構成を示すブロック図である。本実施形態のエンジンシステムは、プロセッサ70によって統括的に制御される。プロセッサ70は、CPU、ROM、RAM等から構成される。プロセッサ70には、車両に搭載された各種センサからの検出信号が入力される。先に説明したセンサSN1~SN9に加え、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度であるアクセル開度を検出するアクセル開度センサSN10と、車両の外気の圧力(大気圧)を計測する大気圧センサSN11と、車両の外気の温度(外気温)を計測する外気温センサSN12とが備えられている。
プロセッサ70は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、吸気O2センサSN6、噴射圧センサSN7、排気O2センサSN8、触媒温度センサSN9、アクセル開度センサSN10、大気圧センサSN11、および外気温センサSN12と電気的に接続されている。これらのセンサSN1~SN12によって検出された情報、すなわち、クランク角、エンジン回転数、エンジン水温、吸気流量、吸気温度、吸気圧、吸気酸素濃度、燃圧(インジェクタ15の噴射圧)、排気酸素濃度、触媒温度、アクセル開度、大気圧、外気温等の情報がプロセッサ70に逐次入力される。
プロセッサ70は、前記各センサSN1~SN12他からの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、プロセッサ70は、吸気VVT13a、排気VVT14a、インジェクタ15、燃圧レギュレータ16、スロットル弁32、およびEGR弁45等と電気的に接続されており、前記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
プロセッサ70は、機能的に、運転状態判定部71、燃料噴射制御部72、および記憶部77を備えている。
運転状態判定部71は、クランク角センサSN1の検出値に基づくエンジン回転数と、アクセル開度センサSN10の検出値(アクセルペダルの開度情報)に基づくエンジン負荷などから、エンジンの運転状態を判定するモジュールである。例えば、運転状態判定部71は、現状のエンジンの運転領域が、上述したプレ噴射P1およびメイン噴射P3が実行される(予混合圧縮着火燃焼が実行される)PCI領域であるか否かを判定する。
燃料噴射制御部72は、インジェクタ15による燃料の噴射動作を制御する制御モジュールである。前記PCI領域でエンジンが運転されているとき、燃料噴射制御部72は、エンジンの燃焼サイクルごとに、圧縮上死点より前の所定のタイミングで燃料を噴射させるプレ噴射P1と、ピストン5が圧縮上死点付近に位置するタイミングで燃料噴射を行わせるメイン噴射P3と、を少なくとも含む複数回の燃料噴射をインジェクタ15に実行させる。
さらに、燃料噴射制御部72は、機能的に、噴射パターン選択部73、設定部74、予測部75、および補正部76を備えている。
噴射パターン選択部73は、インジェクタ15からの燃料噴射のパターンを、各種の条件に応じて設定する。少なくとも前記PCI領域において、噴射パターン選択部73は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む燃料噴射のパターンを設定する。
設定部74は、インジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期を、各種の条件に応じて設定する。例えば、設定部74は、アクセル開度センサSN10の検出値等から特定されるエンジン負荷が高いほど(言い換えるとアクセル開度が高いほど)燃料の噴射量が多くなるように、インジェクタ15を制御する。すなわち、アクセル開度の高い高負荷条件では、エンジンに高い出力トルクが要求されているので、設定部74は、この要求トルクに見合った高い熱量を発生させるべく、1燃焼サイクルあたりの燃料の噴射量(燃料を分割噴射する場合はその総量)を増大させる。
また、前記PCI領域において、設定部74は、プレ噴射P1に伴う燃焼室6内の熱発生率の上昇ピークである第1ピークと、メイン噴射P3に伴う燃焼室6内の熱発生率の上昇ピークである第2ピークとを含む目標熱発生特性が得られるように、インジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期を設定する。図8に、目標熱発生特性Hsの一例を示す。例示された目標熱発生特性Hsでは、4°CA付近に前記第1ピークが、8°CA付近に前記第2ピークが各々表れている。
さらに、設定部74は、前記第1ピークが発生する時期と前記第2ピークが発生する時期とのピーク間隔が、プレ噴射P1の燃料の燃焼に起因して生じる圧力波とメイン噴射P3の燃料の燃焼に起因して生じる圧力波とが互いに打ち消し合う間隔となるように、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の噴射時期を設定する。これにより、プレ噴射P1およびメイン噴射P3によって各々発生する燃焼騒音どうしが打ち消し合うこととなり、ディーゼルノック音等の燃焼騒音を十分に低いレベルに抑制することができる。これらについては、後で詳述する。
プレ噴射P1およびメイン噴射P3が少なくとも実行される前記PCI領域での運転時、燃料の着火時期は、最も早いタイミングで比較的多くの燃料を噴射するプレ噴射P1の実行状況に主に支配される。言い換えると、PCI領域では、プレ噴射P1の態様(噴射量、噴射時期)を定めれば、その後の燃料噴射(中段噴射P2およびメイン噴射P3)に伴う燃焼は比較的ロバスト性の高いものとなる。したがって、本実施形態では、PCI領域での運転時に、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期を主導的に調整し、これによって前記第1ピークと前記第2ピークとの高さ比率を目標値に近づけかつ前記第1ピークと第2ピークとの間隔(インターバル)を目標値に近づけるようにしている。なお、メイン噴射P3の態様(噴射量や噴射時期)を主導的に変更した場合には、燃焼期間が全体的にシフトし、燃費性能やトルクに影響を及ぼすことがある。
予測部75は、PCI領域での運転時に、設定部74が目標熱発生特性Hsに基づいて設定した燃料噴射(プレ噴射P1およびメイン噴射P3等)の噴射量および噴射時期と、燃焼室6での燃焼に影響を与える所定の燃焼環境要因とに基づいて、現状のコンデション下で生じる熱発生特性を予測する処理を実行する。例えば、予測部75は、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期と前記燃焼環境要因とに基づいて、プレ噴射P1に伴い生じる熱発生率のピークである第1ピークの発生時期と、当該第1ピークの高さ(ピーク値)とを予測する処理を実行する。
予測部75は、この予測のために所定の予測モデル式を用いる(図11~図14に基づき後述する)。前記第1ピークの発生時期および高さは、各種センサSN1~SN12の検出結果に基づきフィードバック制御により調整することも可能である。しかしながら、フィードバック制御では、現にディーゼルノック音が発生してしまうことがあり、ドライバーに不快感を与えかねない。そこで、予測部75は、前記予測モデル式を用いたフィードフォワード方式により、前記第1ピークの発生時期および高さを予測するとともに、予測した発生時期および高さとそれぞれの目標値(つまり目標熱発生特性Hsに規定される第1ピークの発生時期および高さ)とのずれを予測する。
補正部76は、予測部75により予測された前記第1ピークの発生時期および高さに基づいて、設定部74が設定したプレ噴射P1の噴射量もしくは燃料時期を補正する。すなわち、補正部76は、燃焼環境要因を参照して予測部75により求められた前記第1ピークの発生時期および高さの予測値と、目標熱発生特性Hsにおける対応する値(目標値)との乖離を解消させるように、プレ噴射P1の噴射量もしくは燃料時期を補正する。つまり、ディーゼルノック音が発生してしまう前に、前記乖離を解消する補正が行われる。
記憶部77は、燃料噴射制御部72の予測部75が所定の演算処理を行う際に用いる予測モデル式を記憶している。予測モデル式は、所定の燃焼環境要因に基づいて、前記第1ピークの発生時期および高さの目標値(目標熱発生特性Hsによる規定値)に対する変動を予測する式である。なお、前記燃焼環境要因は、各センサSN1~12の計測値から直接的または間接的に導出されるものであり、例えば燃焼室6の壁面温度、筒内圧、筒内ガス温度、筒内酸素濃度、噴射圧などが含まれる。
[二段熱発生率と騒音相殺]
図9(A)は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の各燃焼により生じる熱発生率の波形を示す図である。図9(A)では、波形の特徴がより分かり易くなるように、図5に示した熱発生特性Hを多少デフォルメして図示している。
熱発生特性Hは、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる熱発生率の波形である前段燃焼部分HAと、メイン噴射P3により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる熱発生率の波形である後段燃焼部分HBとを有する。前段燃焼部分HAおよび後段燃焼部分HBは、それぞれ山型の波形を呈するとともに、その頂点に、最も熱発生率が高い第1ピークHApおよび第2ピークHBpを有する。これら第1・第2ピークHAp,HBpに対応して、燃焼圧力の変化率(上昇率)にも2つのピークが生じることとなる。
第1ピークHApにおける熱発生率の値(ピーク値)であるピーク高さXAと、第2ピークHBpにおける熱発生率の値(ピーク値)であるピーク高さXBとを比較した場合、図9(A)に例示される熱発生特性では、第1ピークHApの高さXAの方が第2ピークHBpの高さXBよりも小さくなっている。ただし、第1ピークHApの高さXAまたは第2ピークHBpの高さXBのいずれかが傑出して高いと、これに起因して燃焼騒音が大きくなる。したがって、第1ピークHApの高さXAと第2ピークHBpの高さXBとの差が過大にならないように、前段燃焼部分HAと後段燃焼部分HBとの熱発生割合を制御することが望ましい。
また、第1ピークHApの発生時期YAと第2ピークHBpの発生時期YBとの間隔をピーク間隔Zとする。このピーク間隔Zも、燃焼騒音に大きな影響を与える。すなわち、ピーク間隔Zを、前段燃焼部分HAの燃焼に起因する圧力波(音波)と、後段燃焼部分HBの燃焼に起因する圧力波とが互いに打ち消し合う間隔とすれば、周波数効果によって表出する圧力波(燃焼騒音)を抑制することができる。この点につき、図9(B)に基づき説明を加える。
図9(B)は、圧力波の打ち消し効果を説明するための模式図である。この図9(B)では、図9(A)に示したピーク間隔Zが、前段燃焼部分HAおよび後段燃焼部分HBの各々の燃焼に起因する圧力波が互いに打ち消し合う間隔に設定されていた場合の各圧力波を示している。図9(B)において、前段燃焼部分HAの燃焼に起因して発生する前段圧力波をEAw、後段燃焼部分HBの燃焼に起因して発生する後段圧力波をEBwとすると、これら前段圧力波EAwおよび後段圧力波EBwは、ともに圧縮着火燃焼に起因して生じる圧力波であり、その周期は基本的に同一値Fwとなる。この場合において、図9(A)に示したピーク間隔Zがこの前段圧力波EAwおよび後段圧力波EBwの周期Fwの1/2倍に設定されていたとすると、図9(B)に示すように、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは逆位相となって互いに打ち消し合うように干渉し、その合成波EMの振幅は大幅に低減される。これが圧力波(燃焼騒音)の打ち消し効果である。
なお、前段圧力波EAwの振幅と後段圧力波EBwの振幅とは、第1ピークHApおよび第2ピークHBpの各高さXA,XBに応じた値となり、必ずしも同一になるわけではない。すなわち、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期と、メイン噴射P3の噴射量/噴射時期とは、それぞれ、エンジンの燃費や出力トルク等の種々の要求を勘案して定められるものであり、多くのケースでは、第2ピークHBpの高さXBの方が第1ピークHApの高さXAよりも幾分大きくなるように設定される(これにより後段圧力波EBwの振幅の方が前段圧力波EAwの振幅よりも大きくなる)。このため、各圧力波EAw,EBwが逆位相になるようにピーク間隔Zを周期Fwの1/2倍(もしくはその近傍値)に設定する前記対策を採ったとしても、図9(B)に示すように、合成後の圧力波形である合成波EMの振幅はゼロにはならない。しかしながら、仮にピーク間隔Zが周期Fwの1/2倍から乖離した値に設定されていた場合に比べれば、合成波EMの振幅(ひいては燃焼騒音)を小さくする効果は十分なものとなる。
例えば、図9(A)に一点鎖線の波形で示す比較例のように、第1ピークHApの発生時期が所期のものからずれて、結果としてピーク間隔Zが周期Fwの1/2倍から乖離した値になったとする。この場合には、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは完全な逆位相とはならないので、両圧力波EAw,EBwの打ち消し効果は減退し、場合によっては合成波EMが逆に増幅されてしまう。例えば、両圧力波EAw,EBwが同位相となった場合には、合成波EMは両圧力波EAw,EBwが合算されて大きな振幅となる。つまり、燃焼騒音が増大してしまう。
以上の事情から、本実施形態では、燃焼騒音を可及的に低減するべく、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔(ピーク間隔Z)が、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとが互いに打ち消し合う間隔(≒1/2×Fw)となるように、設定部74によってインジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期が設定される。すなわち、設定部74は、圧力波(燃焼騒音)の打ち消し効果を発揮できる目標熱発生特性Hsを設定し、当該目標熱発生特性Hsを達成する燃焼が行われるように、プレ噴射P1またはメイン噴射P3(とりわけプレ噴射P1)における噴射量および噴射時期を調整する。
[予測モデル式について]
続いて、前記PCI領域での運転時に予測部75が使用する予測モデル式の具体例について説明する。図10は、目標熱発生特性の達成に影響を与える燃焼環境要因を説明するための図である。図10の左上に示すような目標熱発生特性Hsが、記憶部77に記憶されているとする。燃焼環境要因が想定している標準範囲内であれば、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を、所定の基準量および基準時期に設定することにより、目標熱発生特性Hsに沿った燃焼を燃焼室6で実現することができる。ここで、燃料噴射の基準量および基準時期は、燃焼環境要因が標準範囲内であるときに目標熱発生特性Hsを得ることが可能な噴射量および噴射時期として、記憶部77に予め記憶されている。これら基準量および基準時期は、主に、アクセル開度等から特定されるエンジン負荷やエンジン回転数に応じて可変的に設定される。例えば、基準量は、アクセル開度(エンジン負荷)が高くなるほど増大され、基準時期は、基準量の変化に応じて進角または遅角される。
しかしながら、燃焼環境要因が標準範囲から外れた場合、燃焼室6の筒内状態量が変化する。このような状況下で前記基準量および基準時期を採用しても、目標熱発生特性Hsを得ることができない場合が生じる。例えば、図10の左下に示したような、過早着火や着火遅れが生じる可能性がある。過早着火は、混合気への着火が所期のタイミングよりも早くなる結果として、前段燃焼部分HAが過剰に高い熱発生率を持ってしまうケースである。着火遅れは、混合気への着火が所期のタイミングよりも遅れる結果、後段燃焼部分HBが過剰に高い熱発生率を持ってしまうケースである。
筒内状態量に影響を与える主要な燃焼環境要因は、図10の右欄に列挙されているように、燃焼室6の壁面温度、筒内圧、筒内ガス温度、筒内酸素濃度、エンジン回転数、燃料の噴射量、噴射時期、および噴射圧である。例えば、壁面温度、筒内圧、および筒内ガス温度は、外気温や外気圧、エンジン冷却水の温度によって変動する。また、筒内酸素濃度は、外部から吸気通路30に流入する空気(外気)中の酸素濃度や、燃焼室6に取り込まれるEGRガス量などによって変動する。さらに、運転状態が大きく変化する際の過渡的な要因によっても、燃焼環境要因は変動し得る。なお、ここでいう燃焼室6の壁面温度とは、シリンダ2を規定するシリンダブロック3の内周壁の温度のことであり、筒内圧とは、燃焼室6の内部ガスの圧力のことであり、筒内ガス温度とは、燃焼室6の内部ガスの温度のことであり、筒内酸素濃度とは、燃焼室6の内部ガス中の酸素濃度のことである。また、燃焼室6の内部ガスとは、燃焼の開始前(かつ吸気行程の終了後)に燃焼室6内に存在する全ガスのことであり、EGRが実行されている場合は燃焼室6内に導入された空気とEGRガスとの混合ガスのことである。
図11は、熱発生特性Hにおける前段燃焼部分HAの第1ピークHApの発生時期YAを予測するモデル式を説明するための図である。図11(A)に示すように、第1ピークHApの発生時期YAは、プレ噴射P1の開始時期から、第1ピークHApが生じるまでの期間である「ピーク遅れ」として予測される。
図11(B)には、前記ピーク遅れの予測モデル式が示されている。ここでは、種々のパラメータの変動が前記ピーク遅れに及ぼす影響が、アレニウス型の予測式で表現されている。この予測式の右辺は、図10の右欄に列挙された各燃焼環境要因をパラメータとする多項式である。すなわち、ピーク遅れは、所定の係数Aに、燃料の噴射量、噴射時期、噴射圧、筒内圧、筒内ガス温度、壁面温度、筒内酸素濃度、エンジン回転数の各パラメータに対応する複数の項目を掛け合せた多項式で表現される。係数Aは、右辺の値を全体的に変動させる切片である。燃料の噴射量、噴射時期‥‥等の各パラメータに付されている指数B~Iは、そのパラメータの感度を示すものであり、プラス符号のものは比例、マイナス符号のものは反比例の意味を持つ。なお、前記の項目に、エンジン油温などを加えるようにしても良い。
図11(C)は前記予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図であり、係数Aの値、および指数B~Iの値を示している。この結果は、燃料の噴射量、噴射時期‥‥等の前記各パラメータを初期値から種々変化させた場合に生じる燃焼波形のデータを燃焼シミュレーション等により取得し、取得した多数のデータに基づいて、各パラメータとピーク遅れとの関係を重回帰分析により特定したものである。なお、この予測モデル式によるピーク遅れの予測結果(第1ピークHApが生じるクランク角)と、実測によるピーク遅れと差である予実差は、±2deg以下であることが確認されている。
図12は、図11の予測モデル式に含まれるパラメータのうち、噴射量、噴射時期、壁面温度の各変動がピーク遅れに及ぼす影響を説明するためのグラフである。この図12のグラフにおいて、横軸のパラメータ変化率とは、各パラメータの初期値を100としたときに当該初期値に対する変化率を表す値であり、縦軸のピーク遅れ変化率とは、ピーク遅れの初期値(つまり各パラメータが全て初期値であったときに得られるピーク遅れ)を100としたときに当該初期値に対する変化率を表す値である。言い換えると、図12のグラフでは、各パラメータの変動およびそれに伴うピーク遅れの変動が、それぞれの初期値(100)を基準とした無次元化量で表されている。この場合に、噴射量は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から増大(減少)したことになり、噴射時期は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から進角(遅角)したことになり、壁面温度は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から上昇(低下)したことになる。また、ピーク遅れは、縦軸の値が100より大きく(小さく)なるほどピーク遅れが長く(短く)なったことになる。
図12のグラフから理解されるように、噴射量、噴射時期、および壁面温度の各パラメータは、それ以外のパラメータが一定であることを条件に、それぞれ次のようにピーク遅れに影響する。
・噴射量が増大(減少)するほどピーク遅れは短く(長く)なる。
・噴射時期が進角(遅角)するほどピーク遅れは長く(短く)なる。
・壁面温度が上昇(低下)するほどピーク遅れは短く(長く)なる。
次に、第1ピークHApの高さXAの予測モデル式について、図13を参照しつつ説明する。図13(A)に示すように、第1ピークHApの高さXA(以下、単にピーク高さともいう)は、図11に示した「ピーク遅れ」の予測モデル式と、公知の燃焼効率予測モデル式とを組み合わせたアレニウス型の予測式を用いて求めることができる。この予測式の右辺は、所定の係数Aに、上述のピーク遅れ、燃焼効率、エンジン回転数、噴射量の各パラメータに対応する複数の項目を掛け合せた多項式である。図13(B)は、図13(A)の予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図であり、重回帰分析により得られた係数Aの値、および指数B~Eの値を示している。
図14(A)は、ピーク遅れがピーク高さに及ぼす影響を説明するための図である。ピーク遅れ以外のパラメータが一定であるとき、ピーク高さは、ピーク遅れが短くなるほど高くなる。例えば、互いに異なるタイミングで実行される複数の燃料噴射P11,P12,P13と、一定のタイミングにピークをもった複数の熱発生とを想定する。燃料の噴射時期がP11→P12→P13の順に遅くなり(ただし噴射量は一定)、これに伴ってピーク遅れ(噴射開始からピーク発生までの期間)がP11→P12→P13の順に短くなるものとする。この場合において、燃料噴射P11に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh1、燃料噴射P12に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh2、燃料噴射P13に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh3とすると、ピーク高さは、h1→h2→h3の順に高くなる。このように、ピーク高さはピーク遅れが短くなるほど高くなる。
図14(B)は、燃料の噴射量がピーク高さに及ぼす影響を説明するための図である。ピーク高さ以外のパラメータが一定であるとき、ピーク高さは、噴射量が多くなるほど高くなる。例えば、互いに異なる噴射量をもたらす複数の燃料噴射P11,P12,P13と、一定のタイミングにピークをもった複数の熱発生とを想定する。燃料の噴射量は、P11→P12→P13の順に多くなるものとする(ただし噴射時期は一定)。この場合において、燃料噴射P11に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh1、燃料噴射P12に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh2、燃料噴射P13に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh3とすると、ピーク高さは、h1→h2→h3の順に高くなる。このように、ピーク高さは燃料の噴射量が多くなるほど高くなる。
上述したピーク遅れおよびピーク高さの予測モデル式(図11、図13)は、記憶部77に予め格納されている。予測部75は、記憶部77から予測モデル式を読み出し、燃焼サイクルごとに、現状の環境条件下で生じる第1ピークHApの発生時期YAおよび高さXAの予測演算を行う。
[制御フロー]
図15は、プロセッサ70による燃料噴射制御の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す制御がスタートすると、プロセッサ70の運転状態判定部71は、図7に示した各センサSN1~SN12の検出値等に基づいて、エンジンの運転領域に関する情報、および上述した燃焼環境要因に対応する環境情報を取得する(ステップS1)。
次いで、運転状態判定部71は、ステップS1で取得された運転領域に関する情報に基づいて、現状の運転領域が予混合圧縮着火燃焼を実行させるPCI領域に該当するか否かを判定する(ステップS2)。PCI領域に該当しない場合(ステップS2でNO)、プロセッサ70の燃料噴射制御部72は、PCI領域以外の運転領域について予め定められた他の燃焼制御に対応する燃料噴射を実行する(ステップS3)。すなわち、燃料噴射制御部72の噴射パターン選択部73が、他の燃焼制御に対応する燃料噴射パターンを設定する。
これに対し、PCI領域に該当する場合(ステップS2でYES)、噴射パターン選択部73は、図5に例示したような、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む分割噴射パターンを設定する(ステップS4)。
次いで、燃料噴射制御部72の設定部74は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を仮設定する(ステップS5)。ここで仮設定される噴射量および噴射時期は、例えば図8に例示したような目標熱発生特性Hsを得るために記憶部77に予め記憶されている基準量および基準時期である。既に説明したとおり、記憶部77には、燃焼環境要因が標準範囲内であるときに目標熱発生特性Hsを得ることが可能な噴射量および噴射時期が、基準量および基準時期として予め記憶されている。設定部74は、現状のアクセル開度(エンジン負荷)やエンジン回転数等に適合する基準量および基準時期を記憶部77から読み出し、これを前記噴射量および噴射時期の仮の目標値として設定する。
次いで、燃料噴射制御部72の予測部75は、記憶部77に格納されている予測モデル式(図11、図13)を用いて、ステップS1で取得された環境情報(燃焼環境要因)から熱発生率の予測特性を導出する。以下、このように予測モデル式を用いて予測される熱発生特性を、予測熱発生特性Hpと称する。さらに、予測部75は、この予測熱発生特性Hpと前記目標熱発生特性Hsとを比較して、両者のずれ、つまり熱発生率における予測と目標とのずれを特定する(ステップS6)。
次いで、燃料噴射制御部72の補正部76は、ステップS6で特定されたずれが修正されるように、ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量もしくは噴射時期を補正する補正値を導出する(ステップS7)。例えば、上述した予測熱発生特性Hpと前記目標熱発生特性Hsとの比較から、前段燃焼部分HAの熱発生率のピークである第1ピークHApの高さXAが目標値よりも大きいかまたは小さいと予測され、あるいは、第1ピークHApの発生時期YAが目標値よりも遅いかまたは早いと予測されたとする。この場合、補正部76は、これらピーク高さXAまたは発生時期YAのずれに基づいて、当該ずれが修正されるような補正値を、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期の少なくとも一方について導出する。もちろん、燃焼環境要因が予め定められた補正不要の範囲内であれば、補正部76による補正は行われない。
次いで、設定部74は、ステップS7で得られた補正値を参照して、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を本設定する(ステップS8)。そして、燃料噴射制御部72は、この設定通りの噴射量および噴射時期が実現されるようにインジェクタ15の噴射動作を制御する。
具体的に、ステップS8において、設定部74は、ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量もしくは噴射時期(つまり基準量および基準時期)を、ステップS7で得られた補正値を用いて補正する。ここで、ステップS8にてプレ噴射P1の噴射量が補正される場合、設定部74は、この補正後のプレ噴射P1の噴射量に合わせて、メイン噴射P3の噴射量を調整する。また、両噴射P1,P3の間に中段噴射P2が実行される場合、設定部74は、必要に応じてこの中段噴射P2の噴射量も調整する。すなわち、プレ噴射P1の噴射量が補正される場合、設定部74は、プレ噴射P1以外の燃料噴射による噴射量を付随的に増大または低減し、これによって1サイクル中の燃料噴射量(プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の総量)が維持されるようにする。
以上の処理により、ステップS8では、プレ噴射P1およびメイン噴射P3(場合によってはさらに中段噴射P2)の最終的な噴射量および噴射時期が決定される。なお、既に説明した通り、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む複数回の噴射が行われるPCI領域では、プレ噴射P1の態様が定まれば、その後の燃料噴射に伴う燃焼はロバスト性の高いものとなる。そこで、本実施形態では上述したとおり、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期を主導的に決定し、その後にメイン噴射P3の噴射量等を決定するようにしている。
[補正の具体例]
続いて、上述した補正制御を含む燃料噴射制御の具体例について、図16~図20を参照しつつ説明する。ここでは特に、前記PCI領域において燃焼室6の壁面温度の上昇または低下が検出された場合の燃料噴射の補正制御について説明する。
図16は、壁面温度が上昇する前後における各種状態量の時間変化を示すタイムチャートである。この図16のタイムチャートでは、時点t11から時点t12にかけて燃焼室6の壁面温度が上昇している(チャート(a))。例えば、相対的に温度が低いトンネルの外部から、相対的に温度が高いトンネルの内部へと自車両が入り込んだときに、時点t11~t12のような壁面温度の上昇が検出され得る。このような壁面温度の上昇は、水温センサSN2による検出値(エンジン冷却水の検出温度)に基づき特定される。なお、図16のタイムチャートの前提として、アクセル開度(エンジン負荷)および回転数は、壁面温度の上昇期間中(t11~t12)およびその前後においていずれも同一であるものとする。このため、インジェクタ15から1サイクル中に噴射される燃料の総噴射量も、壁面温度の上昇にかかわらず一定とされる(チャート(b))。
前記のような壁面温度の上昇は、噴射開始から第1ピークHApの発生時期YAまでの期間であるピーク遅れ(図11)を短縮する作用をもたらし、熱発生特性Hの変動(予測熱発生特性Hpと目標熱発生特性Hsとのずれ)を引き起こす。そこで、当該変動(ずれ)を解消するべく、燃料噴射制御部72は、図16のチャート(c)(e)(f)に示すように、前記時点t11以降、プレ噴射P1の噴射量を減少させかつプレ噴射P1の噴射時期を遅角させるとともに、メイン噴射P3の噴射量を増大させる。
具体的に、壁面温度が上昇し始めた時点t11以前に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を変化前プレ噴射時期Tf1a、壁面温度の上昇が終了した時点t12より後に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を変化後プレ噴射時期Tf2aとする。また、時点t11以前に設定されるプレ噴射P1の噴射量を変化前プレ噴射量Qf1a、時点t12より後に設定されるプレ噴射P1の噴射量を変化後プレ噴射量Qf2aとする。さらに、時点t11以前に設定されるメイン噴射P3の噴射量を変化前メイン噴射量Qf1b、時点t12より後に設定されるメイン噴射P3の噴射量を変化後メイン噴射量Qf2bとする。壁面温度が上昇している期間である時点t11~t12の間、燃料噴射制御部72は、プレ噴射P1の噴射時期を変化前プレ噴射時期Tf1aから変化後プレ噴射時期Tf2aに向けて徐々に遅角させ(チャート(c))、プレ噴射P1の噴射量を変化前プレ噴射量Qf1aから変化後プレ噴射量Qf2aに向けて徐々に減少させ(チャート(e))、メイン噴射P3の噴射量を変化前メイン噴射量Qf1bから変化後メイン噴射量Qf2bに向けて徐々に増大させる(チャート(f))。
言い換えると、燃料噴射制御部72は、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期に対する補正値、およびメイン噴射P3の噴射量に対する補正値を、それぞれ壁面温度が上昇するほど大きくなるように制御する。すなわち、プレ噴射P1の噴射時期の初期値(変化前プレ噴射時期Tf1a)に対する遅角量をΔTfa、プレ噴射P1の噴射量の初期値(変化前プレ噴射量Qf1a)に対する減少量をΔQfa、メイン噴射P3の噴射量の初期値(変化前メイン噴射量Qf1b)に対する増大量をΔQfbとする。燃料噴射制御部72は、壁面温度が上昇している時点t11~t12の間、プレ噴射P1の噴射時期が壁面温度が上昇するほど遅角するように当該プレ噴射P1の遅角量ΔTfaを漸増させ、プレ噴射P1の噴射量が壁面温度が上昇するほど減少するように当該プレ噴射P1の減少量ΔQfaを漸増させ、メイン噴射量P3の噴射量が壁面温度が上昇するほど増大するように当該メイン噴射P3の増大量ΔQfbを漸増させる。
一方、メイン噴射P3の噴射時期(噴射開始時期)は特に変更されない。すなわち、メイン噴射P3の噴射時期は、壁面温度の上昇期間中(t11~t12)およびその前後において、一定の時期Tfbに維持される(チャート(d))。
以上、図16を用いて壁面温度が上昇した場合の制御について説明したが、壁面温度が低下した場合には、図16とは正反対の補正制御が実行される。図17は、壁面温度が低下する前後における各種状態量の時間変化を示すタイムチャートである。この図17のタイムチャートでは、時点t21から時点t22にかけて燃焼室6の壁面温度が低下している(チャート(a))。例えば、相対的に温度が高いトンネルの内部から、相対的に温度が低いトンネルの外部へと自車両が抜け出たときに、時点t21~t22のような壁面温度の低下が検出され得る。このような壁面温度の低下は、水温センサSN2による検出値(エンジン冷却水の検出温度)に基づき特定される。
前記のような壁面温度の低下は、ピーク遅れ(図11)を長くする作用をもたらし、熱発生特性Hの変動(予測熱発生特性Hpと目標熱発生特性Hsとのずれ)を引き起こす要因となる。そこで、当該変動(ずれ)を解消するべく、燃料噴射制御部72は、図17のチャート(c)(e)(f)に示すように、前記時点t21以降、プレ噴射P1の噴射量を増大させかつプレ噴射P1の噴射時期を進角させるとともに、メイン噴射P3の噴射量を減少させる。
具体的に、壁面温度が低下し始めた時点t21以前に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を変化前プレ噴射時期Tg1a、壁面温度の低下が終了した時点t22より後に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を変化後プレ噴射時期Tg2aとする。また、時点t21以前に設定されるプレ噴射P1の噴射量を変化前プレ噴射量Qg1a、時点t22より後に設定されるプレ噴射P1の噴射量を変化後プレ噴射量Qg2aとする。さらに、時点t21以前に設定されるメイン噴射P3の噴射量を変化前メイン噴射量Qg1b、時点t22より後に設定されるメイン噴射P3の噴射量を変化後メイン噴射量Qg2bとする。壁面温度が低下している期間である時点t21~t22の間、燃料噴射制御部72は、プレ噴射P1の噴射時期を変化前プレ噴射時期Tg1aから変化後プレ噴射時期Tg2aに向けて徐々に進角させ(チャート(c))、プレ噴射P1の噴射量を変化前プレ噴射量Qg1aから変化後プレ噴射量Qg2aに向けて徐々に増大させ(チャート(e))、メイン噴射P3の噴射量を変化前メイン噴射量Qg1bから変化後メイン噴射量Qg2bに向けて徐々に減少させる(チャート(f))。
言い換えると、燃料噴射制御部72は、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期に対する補正値、およびメイン噴射P3の噴射量に対する補正値を、それぞれ壁面温度が低下するほど大きくなるように制御する。すなわち、プレ噴射P1の噴射時期の初期値(変化前プレ噴射時期Tg1a)に対する進角量をΔTga、プレ噴射P1の噴射量の初期値(変化前プレ噴射量Qg1a)に対する増大量をΔQga、メイン噴射P3の噴射量の初期値(変化前メイン噴射量Qg1b)に対する減少量をΔQgbとする。燃料噴射制御部72は、壁面温度が低下している時点t21~t22の間、プレ噴射P1の噴射時期が壁面温度が低下するほど進角するように当該プレ噴射P1の進角量ΔTgaを漸増させ、プレ噴射P1の噴射量が壁面温度が低下するほど増大するように当該プレ噴射P1の増大量ΔQgaを漸増させ、メイン噴射量P3の噴射量が壁面温度が低下するほど減少するように当該メイン噴射P3の減少量ΔQgbを漸増させる。
一方、メイン噴射P3の噴射時期(噴射開始時期)は特に変更されない。すなわち、メイン噴射P3の噴射時期は、壁面温度の低下期間中(t21~t22)およびその前後において、一定の時期Tgbに維持される(チャート(d))。
図18は、上述した壁面温度の上昇または低下に応じた燃料噴射制御(プレ噴射P1およびメイン噴射P3の態様を変更する制御)の具体例を説明するためのフローチャートである。なお、この図18のフローチャートは、上述した図15のフローチャートにおけるステップS6~S8の処理の一部を構成するものであり、特に壁面温度が上昇または低下したときに実行される制御に特化した制御フローとして表現したものである。
図18のフローチャートに示す制御がスタートすると、プロセッサ70の運転状態判定部71は、燃焼室6の壁面温度が上昇したか否かを判定する(ステップS11)。具体的に、ステップS11では、水温センサSN2の検出値に基づいて燃焼室6の壁面温度の上昇の有無が判定される。すなわち、燃焼室6の壁面温度は、水温センサSN2により検出されるエンジン冷却水の温度に連動して変化する。このため、運転状態判定部71は、水温センサSN2の検出値(冷却水の検出温度)から所定の演算式等を用いて燃焼室6の壁面温度を求め、求めた壁面温度の時系列データに基づいて、当該壁面温度が所定の閾値を超えて上昇したか否かを判定する。ここで用いられる温度上昇量の閾値は、当該閾値を超えて壁面温度が上昇すると熱発生特性に有意なずれ(無視できないレベルの燃焼騒音の増大につながる比較的大きなずれ)が生じるような値に設定される。なお、壁面温度を特定する機能を有するこれら水温センサSN2および運転状態判定部71の組合せは、本発明にいう「壁面温度取得部」に相当する。
ステップS11でYESと判定されて壁面温度が前記閾値を超えて上昇したことが確認された場合、燃料噴射制御部72の予測部75は、記憶部77に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図11(B))を用いて、前段燃焼部分HAの熱発生率のピークである第1ピークHApの発生時期YAについて生じるはずの進角ずれを推定する(ステップS12)。ここでいう進角ずれとは、第1ピークHApの発生時期YAが目標に対し進角側にずれる量のことである。すなわち、図11および図12に示したように、壁面温度の上昇は、噴射開始からピーク発生時期までの期間であるピーク遅れを短くする作用をもたらす。このとき、噴射開始時期が一定であるとすれば、ピーク遅れの短縮によってピーク発生時期は進角側にずれることになる。このことは、第1ピークHApの発生時期YAが目標の発生時期(目標熱発生特性Hsにおける第1ピークの発生時期)に対し進角側にずれることを意味する。そこで、ステップS12では、ステップS11で確認された壁面温度の上昇量に基づいて、第1ピークHApの発生時期YAが進角側にずれる量である進角ずれを推定する。
具体的に、ステップS12において、予測部75は、ステップS11で確認された壁面温度の上昇量を前記ピーク遅れの予測モデル式(図11(B))に適用することにより、予測されるピーク遅れ、ひいては第1ピークHApの予測発生時期を求める。そして、この第1ピークHApの予測発生時期と、記憶部77に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標発生時期とを比較することにより、第1ピークHApの発生時期YAが目標に対し進角側にずれる量である進角ずれを特定する。
次いで、燃料噴射制御部72の補正部76は、ステップS12で特定された第1ピークHApの発生時期YAの進角ずれに基づいて、この進角ずれを過剰に修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射量の減少量を導出する(ステップS13)。すなわち、補正部76は、前記進角ずれを所定量上回るクランク角だけ第1ピークHApの発生時期YAが遅角されるように、プレ噴射P1の噴射量の減少量を設定する。なお、ここで設定されるプレ噴射P1の減少量は、図16のチャート(e)に示したΔQfaに対応しており、仮に壁面温度の上昇がなかった場合に設定される噴射量Qf1aに対する減少量である。プレ噴射P1の減少量ΔQfaは、ピーク発生時期YAの進角ずれが大きいほど大きくなるように設定される。
ここで、ステップS13においてプレ噴射P1の減少量ΔQfaが過剰気味に設定される(つまり前記進角ずれを所定量上回るクランク角だけピーク発生時期YAが遅角するような過剰な減少量ΔQfaが設定される)のは、プレ噴射P1の減量と併せて実行されるプレ噴射P1の遅角化(図16のチャート(c)または後述するステップS15参照)によるピーク遅れの短縮を見越したものである。すなわち、プレ噴射P1が遅角されると、その遅角量ΔTfa(図16)に応じてピーク遅れが短縮され、その結果ピーク発生時期YAが進角される。そこで、補正部76は、前記ステップS13でプレ噴射P1の減少量ΔQfaを設定する際に、プレ噴射P1の遅角化との組合せにより達成されるピーク発生時期YAの最終的な遅角量、つまり、プレ噴射P1の減量(ΔQfa)により生じるピーク発生時期YAの遅角量からプレ噴射P1の遅角化(ΔTfa)により生じるピーク発生時期YAの進角量を差し引いて得られる最終的な遅角量が前記進角ずれとほぼ一致するように、プレ噴射P1の減少量ΔQfaを過剰気味に設定する。言い換えると、補正部76は、前記進角ずれをゼロまで減少させるのに必要なプレ噴射P1の減少量である基本減少量に対し、プレ噴射P1の遅角化(ΔTfa)による逆作用(ピーク発生時期YAの進角化)を見越して定められる付加的減少量を加えた値を、プレ噴射P1の減少量ΔQfaとして算出する。なお、上述した「進角ずれを所定量上回るクランク角」の「所定量」とは、後者の付加的減少量により生じるピーク発生時期YAの遅角量に相当する。
次いで、予測部75は、記憶部77に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図11(B))およびピーク高さの予測モデル式(図13(A))を用いて、ステップS13で得られた減少量ΔQfaの分だけプレ噴射P1の噴射量を減少させた場合に生じるはずの第1ピークHApの高さXAの縮小ずれを推定する(ステップS14)。ここでいう縮小ずれとは、第1ピークHApの高さXAが目標に対し低下する量のことである。すなわち、図11および図12に示したように、燃料の噴射量の減少はピーク遅れを長くする作用をもたらし、また、図13および図14(A)によれば、ピーク遅れの延長はピーク高さを低くする作用をもたらす。そこで、ステップS14では、ステップS13で得られたプレ噴射P1の減少量ΔQfaに基づいて、第1ピークHApの高さXAが低下する量である縮小ずれを推定する。
具体的に、ステップS14において、予測部75は、ステップS13で得られたプレ噴射P1の減少量ΔQfaを前記ピーク遅れの予測モデル式(図11(B))に適用することにより、予測されるピーク遅れの変化を求め、さらに、求めたピーク遅れの変化を前記ピーク高さの予測モデル式(図13(A))に適用することにより、第1ピークHApの予測高さを求める。そして、この第1ピークHApの予測高さと、記憶部77に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標高さとを比較することにより、第1ピークHApの高さXAが目標に対し低下する量である縮小ずれを特定する。
次いで、補正部76は、ステップS14で特定された第1ピークHApの高さXAの縮小ずれに基づいて、この縮小ずれをほぼ過不足なく修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射時期の遅角量を導出する(ステップS15)。すなわち、補正部76は、前記縮小ずれに相当する量(ほぼ同量)だけ第1ピークHApの高さXAが増大するように、プレ噴射P1の噴射時期の遅角量を設定する。なお、ここで設定されるプレ噴射P1の遅角量は、図16のチャート(c)に示したΔTfaに対応しており、仮に壁面温度の上昇がなかった場合に設定される噴射時期Tf1aに対する遅角量である。プレ噴射P1の遅角量ΔTfaは、ピーク高さXAの縮小ずれが大きいほど大きくなるように設定される。
次いで、燃料噴射制御部72の設定部74は、ステップS13、S15で補正値として導出された減少量ΔQfaおよび遅角量ΔTfaを参照して、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期を本設定する(ステップS16)。すなわち、設定部74は、図15のステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量(つまり基準量)に減少量ΔQfaを減算して求めた噴射量を最終的なプレ噴射P1の噴射量として決定するとともに、前記ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射時期(つまり基準時期)を前記遅角量ΔTfaだけ遅角して求めた噴射時期を、最終的なプレ噴射P1の噴射時期として決定する。
次いで、設定部74は、ステップS16にて本設定されたプレ噴射P1の噴射量に基づいて、メイン噴射P3の噴射量を本設定する(ステップS17)。すなわち、設定部74は、本設定されたプレ噴射P1の噴射量を含む1サイクルあたりの総噴射量が、プレ噴射P1を減量する前のものと同一になるように、メイン噴射P3の噴射量を増やす。例えば、前記のようにプレ噴射P1の噴射量がΔQfaだけ減らされる場合には、このΔQfaを相殺するようにメイン噴射P3の噴射量が増やされる。なお、プレ噴射P1およびメイン噴射P3以外の燃料噴射(例えば中段噴射P2)の噴射量が増減されない場合、メイン噴射P3の増大量(図16のΔQfb)は、プレ噴射P1の減少量ΔQfaと同一になる。
ステップS17では、メイン噴射P3の噴射量のみが調整され、噴射時期は変更されない。すなわち、メイン噴射P3の噴射時期(噴射開始時期)は、壁面温度の上昇が検出されたか否かにかかわらず、一定の時期Tfb(基準時期)に維持される(図16のチャート(d))。
次に、ステップS11でNOと判定された場合、つまり壁面温度の上昇が検出されなかった場合の制御について説明する。この場合、運転状態判定部71は、水温センサSN2の検出値に基づいて、壁面温度が所定の閾値を超えて低下したか否かを判定する(ステップS18)。ここで用いられる温度低下量の閾値は、当該閾値を超えて壁面温度が低下すると熱発生特性に有意なずれ(無視できないレベルの燃焼騒音の増大につながる比較的大きなずれ)が生じるような値に設定される。
ステップS18でYESと判定されて壁面温度が前記閾値を超えて低下したことが確認された場合、予測部75は、記憶部77に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図11(B))を用いて、第1ピークHApの発生時期YAについて生じるはずの遅角ずれを推定する(ステップS19)。ここでいう遅角ずれとは、第1ピークHApの発生時期YAが目標に対し遅角側にずれる量のことである。すなわち、図11および図12に示したように壁面温度の低下は、噴射開始からピーク発生時期までの期間であるピーク遅れを長くする作用をもたらす。このとき、噴射開始時期が一定であるとすれば、ピーク遅れの延長によってピーク発生時期は遅角側にずれることになる。このことは、第1ピークHApの発生時期YAが目標の発生時期(目標熱発生特性Hsにおける第1ピークの発生時期)に対し遅角側にずれることを意味する。そこで、ステップS19では、ステップS18で確認された壁面温度の低下量に基づいて、第1ピークHApの発生時期YAが遅角側にずれる量である遅角ずれを推定する。
具体的に、ステップS19において、予測部75は、ステップS18で確認された壁面温度の低下量を前記ピーク遅れの予測モデル式(図11(B))に適用することにより、予測されるピーク遅れ、ひいては第1ピークHApの予測発生時期を求める。そして、この第1ピークHApの予測発生時期と、記憶部77に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標発生時期とを比較することにより、第1ピークHApの発生時期YAが目標に対し遅角側にずれる量である遅角ずれを特定する。
次いで、補正部76は、ステップS19で特定された第1ピークHApの発生時期YAの遅角ずれに基づいて、この遅角ずれを過剰に修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射量の増大量を導出する(ステップS20)。すなわち、補正部76は、前記遅角ずれを所定量上回るクランク角だけ第1ピークHApの発生時期YAが進角されるように、プレ噴射P1の噴射量の増大量を設定する。なお、ここで設定されるプレ噴射P1の増大量は、図17のチャート(e)に示したΔQgaに対応しており、仮に壁面温度の低下がなかった場合に設定される噴射量Qg1aに対する増大量である。プレ噴射P1の増大量ΔQgaは、ピーク発生時期YAの遅角ずれが大きいほど大きくなるように設定される。
ここで、ステップS20においてプレ噴射P1の増大量ΔQgaが過剰気味に設定される(つまり前記遅角ずれを所定量上回るクランク角だけピーク発生時期YAが進角するような過剰な増大量ΔQgaが設定される)のは、上述したステップS13のときと同様の理由であり、プレ噴射P1の増量と併せて実行されるプレ噴射P1の進角化(図17のチャート(c)または後述するステップS22参照)によるピーク遅れの延長を見越したものである。
次いで、予測部75は、記憶部77に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図11(B))およびピーク高さの予測モデル式(図13(A))を用いて、ステップS20で得られた増大量ΔQgaの分だけプレ噴射P1の噴射量を増大させた場合に生じるはずの第1ピークHApの高さXAの伸長ずれを推定する(ステップS21)。ここでいう伸長ずれとは、第1ピークHApの高さXAが目標に対し増大する量のことである。すなわち、図11および図12に示したように、燃料の噴射量の増大はピーク遅れを短くする作用をもたらし、また、図13および図14(A)によれば、ピーク遅れの短縮はピーク高さを高くする作用をもたらす。そこで、ステップS21では、ステップS20で得られたプレ噴射P1の増大量ΔQgaに基づいて、第1ピークHApの高さXAが増大する量である伸長ずれを推定する。
具体的に、ステップS21において、予測部75は、ステップS20で得られたプレ噴射P1の増大量ΔQgaを前記ピーク遅れの予測モデル式(図11(B))に適用することにより、予測されるピーク遅れの変化を求め、さらに、求めたピーク遅れの変化を前記ピーク高さの予測モデル式(図13(A))に適用することにより、第1ピークHApの予測高さを求める。そして、この第1ピークHApの予測高さと、記憶部77に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標高さとを比較することにより、第1ピークHApの高さXAが目標に対し増大する量である伸長ずれを特定する。
次いで、補正部76は、ステップS21で特定された第1ピークHApの高さXAの伸長ずれに基づいて、この伸長ずれをほぼ過不足なく修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射時期の進角量を導出する(ステップS22)。すなわち、補正部76は、前記伸長ずれに相当する量(ほぼ同量)だけ第1ピークHApの高さXAが低下するように、プレ噴射P1の噴射時期の進角量を設定する。なお、ここで設定されるプレ噴射P1の進角量は、図17のチャート(c)に示したΔTgaに対応しており、仮に壁面温度の低下がなかった場合に設定される噴射時期Tg1aに対する進角量である。プレ噴射P1の進角量ΔTgaは、ピーク高さXAの伸長ずれが大きいほど大きくなるように設定される。
次いで、設定部74は、ステップS20、S22で補正値として導出された増大量ΔQgaおよび進角量ΔTgaを参照して、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期を本設定する(ステップS16)。すなわち、設定部74は、図15のステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量(つまり基準量)に増大量ΔQgaを加算して求めた噴射量を最終的なプレ噴射P1の噴射量として決定するとともに、前記ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射時期(つまり基準時期)を前記進角量ΔTgaだけ進角して求めた噴射時期を、最終的なプレ噴射P1の噴射時期として決定する。
次いで、設定部74は、ステップS16にて本設定されたプレ噴射P1の噴射量に基づいて、メイン噴射P3の噴射量を本設定する(ステップS17)。すなわち、設定部74は、本設定されたプレ噴射P1の噴射量を含む1サイクルあたりの総噴射量が、プレ噴射P1を増量する前のものと同一になるように、メイン噴射P3の噴射量を減らす。
図19および図20は、第1ピークHApの発生時期YAのずれがプレ噴射P1の噴射量および噴射時期の補正により修正される状況を説明するため図である。まず、図19を用いて、壁面温度の上昇時に実行される補正制御の作用について説明する。具体的に、図19(A)では、壁面温度の上昇が検出されたときにプレ噴射P1の噴射量および噴射時期をともに補正しなかった場合の熱発生率の波形を熱発生特性H”として示し、図19(B)では、プレ噴射P1の噴射量の補正(減量補正)のみを実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性H’として示し、図19(C)では、プレ噴射P1の噴射量の補正に加えて噴射時期の補正(遅角補正)を実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性Hとして示している。なお、これら図19(A)~(C)では、ピーク発生時期の違いを強調するため、図5等の他の図よりも横軸を引き延ばした状態で熱発生率の波形を示している。このことは、後述する図20(A)~(C)でも同様である。
図19(A)に示すように、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期をいずれも実行しなかった場合の熱発生特性H”(実線)は、比較のために示す目標熱発生特性Hs(一点鎖線)と同様に、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼に伴う前段燃焼部分HAと、主にメイン噴射P3により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる後段燃焼部分HBとを有している。しかしながら、壁面温度の上昇に起因して、熱発生特性H”の前段燃焼部分HAのピークである第1ピークHApの発生時期YAは、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの発生時期(目標発生時期)と比べて進角側に移動している。つまり、第1ピークHApの発生時期YAに進角ずれが生じている。また、この進角ずれに伴い、第1ピークHApの高さXAが、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの高さ(目標高さ)よりもやや大きい値まで増大している。なお、熱発生特性H”の後段燃焼部分HBのピークである第2ピークHBpの発生時期は、目標熱発生特性Hsの第2ピークHBpsの発生時期からほとんど変化していない。これは、後段燃焼部分HBは主にメイン噴射P3の拡散燃焼により生じるものであり、そのピークの発生時期は主にメイン噴射P3の噴射時期に支配されるからである。
これに対し、図19(B)に示すように、プレ噴射P1の噴射量が補正された場合に得られる熱発生特性H’では、第1ピークHApの発生時期YAが大きく遅角側に移動している。すなわち、図18のステップS12,S13の処理を通じて導出される補正値(減少量ΔQfa)の分だけプレ噴射P1の噴射量が減らされることにより、上述した第1ピークHApの発生時期YAの進角ずれが過剰に修正され、その結果、当該第1ピークHApの発生時期YAが目標発生時期(目標とする第1ピークHApsの発生時期)を超えてさらに遅角側まで移動している。ただし、ここでの過剰修正により生じる遅角側へのずれ量は、修正前に生じていた進角側へのずれ量よりも小さくされる。なお、図19(B)においては、前記プレ噴射P1の減量補正に伴いメイン噴射P3の噴射量がΔQfbだけ増大され、これによって1サイクルあたりの総噴射量が図19(A)と同量に維持されているものとする。
ここで、プレ噴射P1の減量は、第1ピークHApの高さXAの低下につながる。このため、前記のようにプレ噴射P1の噴射量が過剰気味に減らされると、図19(B)に示すように、第1ピークHApの高さXAが目標高さ(目標とする第1ピークHApsの高さ)よりも小さい値まで低下する。つまり、第1ピークHApの高さXAに縮小ずれが生じている。
これに対し、図19(C)に示すように、プレ噴射P1の噴射時期が補正された場合に得られる熱発生特性Hでは、第1ピークHApの高さXAが上述した縮小ずれの分だけ増大している。すなわち、図18のステップS14,S15の処理を通じて導出される補正値(遅角量ΔTfa)だけプレ噴射P1の噴射時期が遅角されることにより、前記縮小ずれに相当する量だけ第1ピークHApの高さXAが増大し、その結果、当該第1ピークHApの高さXAが前記目標高さとほぼ一致するようになる。さらに、プレ噴射P1の遅角化の影響により、第1ピークHApの発生時期YAが進角側に移動する結果、上述したプレ噴射P1の減量による過剰な修正から生じた遅角側へのずれ(図19(B))が解消されて、第1ピークHApの発生時期YAが前記目標発生時期とほぼ一致するようになる。
次に、図20を用いて、壁面温度の低下時に実行される補正制御の作用について説明する。具体的に、図20(A)では、壁面温度の低下が検出されたときにプレ噴射P1の噴射量および噴射時期をともに補正しなかった場合の熱発生率の波形を熱発生特性H”として示し、図20(B)では、プレ噴射P1の噴射量の補正(増量補正)のみを実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性H’として示し、図20(C)では、プレ噴射P1の噴射量の補正に加えて噴射時期の補正(進角補正)を実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性Hとして示している。
図20(A)に示すように、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期をいずれも実行しなかった場合に得られる熱発生特性H”では、第1ピークHApの発生時期YAが、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの発生時期(目標発生時期)と比べて遅角側に移動している。つまり、第1ピークHApの発生時期に遅角ずれが生じている。また、この遅角ずれに伴い、第1ピークHApの高さXAが、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの高さ(目標高さ)よりもやや小さい値まで低下している。
これに対し、図20(B)に示すように、プレ噴射P1の噴射量が補正された場合に得られる熱発生特性H’では、第1ピークHApの発生時期YAが大きく進角側に移動している。すなわち、図18のステップS19,S20の処理を通じて導出される補正値(増大量ΔQga)の分だけプレ噴射P1の噴射量が増やされることにより、上述した第1ピークHApの発生時期YAの遅角ずれが過剰に修正され、その結果、当該第1ピークHApの発生時期YAが目標発生時期(目標とする第1ピークHApsの発生時期)を超えてさらに進角側まで移動している。ただし、ここでの過剰修正により生じる進角側へのずれ量は、修正前に生じていた遅角側へのずれ量よりも小さくされる。なお、図20(B)においては、前記プレ噴射P1の増量補正に伴いメイン噴射P3の噴射量がΔQgbだけ低減され、これによって1サイクルあたりの総噴射量が図20(A)と同量に維持されているものとする。
ここで、プレ噴射P1の増量は、第1ピークHApの高さXAの増大につながる。このため、前記のようにプレ噴射P1の噴射量が過剰気味に増やされると、図20(B)に示すように、第1ピークHApの高さXAが目標高さ(目標とする第1ピークHApsの高さ)よりも大きい値まで増大する。つまり、第1ピークHApの高さXAに伸長ずれが生じている。
これに対し、図20(C)に示すように、プレ噴射P1の噴射時期が補正された場合に得られる熱発生特性Hでは、第1ピークHApの高さXAが上述した伸長ずれの分だけ低下している。すなわち、図18のステップS21,S22の処理を通じて導出される補正値(進角量ΔTga)だけプレ噴射P1の噴射時期が進角されることにより、前記伸長ずれに相当する量だけ第1ピークHApの高さXAが低下し、その結果、当該第1ピークHApの高さXAが前記目標高さとほぼ一致するようになる。さらに、プレ噴射P1の進角化の影響により、第1ピークHApの発生時期YAが遅角側に移動する結果、上述したプレ噴射P1の増量による過剰な修正から生じた進角側へのずれ(図20(B))が解消されて、第1ピークHApの発生時期YAが前記目標発生時期とほぼ一致するようになる。
[作用効果]
以上説明したとおり、本実施形態では、PCI領域での運転時に、第1ピークHApおよび第2ピークHBpを含む熱発生特性が得られるようにプレ噴射P1およびメイン噴射P3が実行されるとともに、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔(ピーク間隔)Zが、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の各燃料の燃焼により生じる圧力波が互いに打ち消し合うような間隔(つまり圧力波の周期Fwの略1/2倍)に設定されるので、プレ噴射P1およびメイン噴射P3による燃焼騒音の音圧レベルを相互干渉により効果的に低減することができ、ディーゼルノック音等の騒音が十分に抑制された静粛性の高い燃焼を実現することができる。
また、燃焼室6の壁面温度が上昇(低下)したときには、プレ噴射P1の噴射量が減少(増大)されかつプレ噴射P1の噴射時期が遅角(進角)されるので、壁面温度の上昇(低下)により生じる第1ピークHApのずれを修正することができ、当該ずれによって生じ得る燃焼騒音の増大を未然に防止することができる。
例えば、壁面温度が上昇すると、第1ピークHApの発生時期YAが目標値(つまり第2ピークHBpまでの間隔が所期の間隔となるような時期)よりも進角側に移動するとともに、第1ピークHApの高さXAが目標値よりも高くなる(図19(A)参照)。これに対し、前記実施形態では、壁面温度の上昇が検出されたときにプレ噴射P1の噴射量が減らされかつ噴射時期が遅角されるので、前記のような第1ピークHApのずれを修正することができ、第1ピークHApおよび第2ピークHBpの各高さXA,XBを目標値付近に収めながら、両ピークHAp,HBpの間隔Zを燃焼騒音の面で有利な上述した間隔に維持することができる(図19(C)参照)。
一方、壁面温度が低下したときには、第1ピークHApの発生時期YAが目標値よりも遅角側に移動するとともに、第1ピークHApの高さXAが目標値よりも低くなる(図20(A)参照)。これに対し、前記実施形態では、壁面温度が低下したときにプレ噴射P1の噴射量が増やされかつ噴射時期が進角されるので、前記のような第1ピークHApのずれを修正することができ、第1ピークHApおよび第2ピークHBpの各高さXA,XBを目標値付近に収めながら、両ピークHAp,HBpの間隔Zを燃焼騒音の面で有利な上述した間隔に維持することができる(図20(C)参照)。
以上により、前記実施形態によれば、壁面温度の変動にかかわらず燃焼騒音を十分に抑制することができ、エンジンの商品性を効果的に向上させることができる。
また、前記実施形態では、プレ噴射P1により噴射された燃料がPCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)するように当該プレ噴射P1の噴射時期が圧縮上死点に対し十分に進角された時期に設定されるとともに、メイン噴射P3により噴射された燃料が拡散燃焼するように当該メイン噴射P3の開始時期が前記第1ピークHAp(プレ噴射P1により噴射された燃料のPCI燃焼によるピーク)の発生時期YA以降のタイミングに設定される。このような構成によれば、第2ピークHBpを生じさせるメイン噴射P3による燃焼の形式が、噴射開始から着火までの期間(着火遅れ期間)が環境要因により左右され難い拡散燃焼とされるので、第2ピークHBpの発生時期YBをメイン噴射P3の噴射時期から確定的に求めることができる。このため、メイン噴射P3の噴射時期を固定しつつプレ噴射P1の噴射量/噴射時期を調整することにより、前記第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔Zを所期の間隔(燃焼圧力波が互いに打ち消し合うような間隔)に精度よく収めることができ、騒音抑制効果を安定的に確保することができる。
また、前記実施形態では、壁面温度の上昇(低下)が検出されたときに、当該壁面温度の上昇(低下)により第1ピークHApの発生時期YAが目標から進角側(遅角側)にずれる量である進角ずれ(遅角ずれ)が推定されるとともに、推定された当該進角ずれ(遅角ずれ)よりも大きく第1ピークHApの発生時期YAが遅角(進角)するように、プレ噴射P1の噴射量の減少量ΔQfa(増大量ΔQga)が設定される。またさらに、設定されたプレ噴射P1の噴射量の減少量ΔQfa(増大量ΔQga)に基づいて、当該噴射量の減少(増大)により第1ピークHApの高さXAが目標から低下(増大)する量である縮小ずれ(伸長ずれ)が推定されるとともに、推定された当該縮小ずれ(伸長ずれ)に相当する量だけ第1ピークHApの高さが増大(低下)するように、プレ噴射P1の噴射時期の遅角量ΔTfa(進角量ΔTga)が設定される。このような構成によれば、プレ噴射P1の減量(増量)とプレ噴射P1の遅角化(進角化)との組合せにより達成される第1ピークHApの最終的な発生時期YAおよび高さXAが目標値付近に収まるように、プレ噴射P1の減少量ΔQfa(増大量ΔQga)および遅角量ΔTfa(進角量ΔTga)を演算により適正に求めることができ、燃焼騒音を十分に抑制することができる。
[変形例]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば次のような変形実施形態を採ることができる。
(1)前記実施形態では特に言及しなかったが、壁面温度の低下に伴う第1ピークHApのずれが比較的大きかった場合には、このずれを修正するために設定されるプレ噴射P1の噴射時期の進角量ΔTgaも比較的大きくなるので、これを無制限に許容してしまうと、プレ噴射P1により噴射された燃料を燃焼室6内の適切の位置(つまりキャビティCの内部)に供給できなくなる可能性がある。そこで、プレ噴射P1の進角量の大きさによってプレ噴射P1の回数を変更することが考えられる。図21(A)(B)は、この対策を採用した場合の具体例を説明するための図である。なお、本図におけるクランク角Wは、プレ噴射P1の進角量の限界(進角限界)を表すクランク角であり、本発明にいう「所定クランク角」に相当するものである。
図21(A)(B)に示す例では、第1ピークHApの高さXAの伸長ずれに基づき算出されるプレ噴射P1の進角量ΔTgaの大小によって、プレ噴射P1の噴射回数が1回または2回に可変的に設定される。例えば、上述した図18のステップS22により算出された進角量ΔTgaが、プレ噴射P1が前記進角限界W以降に開始されるような比較的小さい値であったとする。すなわち、算出された進角量ΔTgaだけ実際にプレ噴射P1を進角させても、プレ噴射P1の開始時期が進角限界Wと同じかこれよりも遅角側のタイミングに収まるものとする。この場合は、図21(A)に示すように、プレ噴射P1の回数を前記実施形態と同じ1回とする。
一方、前記ステップS22により算出された進角量ΔTgaが、プレ噴射P1が進角限界Wよりも進角側で開始されるような大きな値であったとする。すなわち、算出された進角量ΔTgaだけ実際にプレ噴射P1を進角させると、プレ噴射P1の開始時期が進角限界Wよりもさらに進角側になってしまうものとする。この場合は、図21(B)に示すように、プレ噴射P1の開始時期を進角限界Wに保持しながら、プレ噴射P1の回数を2回に増やす。これにより、プレ噴射P1により噴射された燃料を燃焼室6内の適切な位置(キャビティCの内部)に供給しながら、燃料のペネトレーション(貫徹力)が弱まるように時期的に分割された2回の噴射をプレ噴射P1として実行することにより、噴射開始から着火までの期間において燃焼室6(主にキャビティC)内の混合気の均質化を促進することができ、あたかも噴射時期を進角させたのと同様の効果を得ることができる。これにより、燃料の空気利用率が十分に確保されたクリーンな燃焼を実現しながら、第1ピークHApのずれを適正に修正して燃焼騒音を抑制することができる。
なお、図21(A)(B)に示した変形例において、プレ噴射P1を分割する回数は2回に限られず、3回以上にしてもよい。例えば、進角限界Wを超えるような大きな進角量ΔTgaが算出されたときに、進角限界Wに対するオーバー量が大きいほど分割回数を2回→3回‥‥と徐々に増やすようにしてもよい。また、前記変形例では、進角限界Wを超えるような大きな進角量ΔTgaが算出された場合に、プレ噴射P1の開始時期を進角限界Wに保持しつつプレ噴射P1を複数回に分割したが、分割噴射によるペネトレーションの低下を考慮して、進角限界Wよりも若干進角したタイミングまでプレ噴射P1の開始時期を進角させることを許容してもよい。
(2)前記実施形態では、エンジン冷却水の温度を検出する水温センサSN2の検出値から演算等により燃焼室6の壁面温度を求めるようにしたが、壁面温度に関連する状態量を検出する他のセンサの検出値に基づいて壁面温度を特定することも可能である。例えば、エンジンの潤滑油の温度を検出する油温センサの検出値に基づいて壁面温度を特定してもよい。さらに、壁面温度を直接的に検出するセンサの検出値を壁面温度として採用してもよい。
(3)前記実施形態では、燃料の噴射パターンとして、プレ噴射P1、中段噴射P2、およびメイン噴射P3が実行される例を示したが、これは一例であり、例えば中段噴射P2は省略することが可能である。あるいは、煤の発生を抑制するためのアフター噴射をメイン噴射P3の後に実行してもよい。さらには、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を、それぞれ複数回の噴射に分割してもよい。
(4)前記実施形態では、燃焼室6の底面を区画するピストン5のキャビティ5Cが、第1キャビティ部51および第2キャビティ部52を備える二段エッグシェープ形状を具備する例を示したが、本発明の燃料噴射制御は、二段エッグシェープ形状以外の他の窪み形状のキャビティ5Cを備える場合にも適用可能である。