[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明に係る圧縮着火式エンジンの制御装置の実施形態を詳細に説明する。図1は、本発明に係る制御装置が適用されたディーゼルエンジンの全体構成を示すシステム図である。この図1に示すディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンは、複数のシリンダ2を有し軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機46とを備えている。
エンジン本体1は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ2(図1ではそのうちの一つのみを示す)を有し、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジンである。エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4およびピストン5を備える。シリンダブロック3は、シリンダ2を形成するシリンダライナを有する。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後で詳述する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面(燃焼室天井面6U、図3および図4参照)、シリンダ2およびピストン5の冠面50によって形成されている。燃焼室6には前記燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1および水温センサSN2が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)およびクランク軸7の回転数(エンジン回転数)を検出する。水温センサSN2は、シリンダブロック3およびシリンダヘッド4の内部を流通する冷却水の温度(エンジン水温)を検出する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9および排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、前記吸気側開口を開閉する吸気弁11と、前記排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。なお、図示は省いているが、エンジン本体1のバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式であって、吸気ポート9および排気ポート10は、各シリンダ2につき2つずつ設けられるとともに、吸気弁11および排気弁12も2つずつ設けられている。
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13および排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11および排気弁12は、これら動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気側動弁機構13には、吸気弁11の作動タイミングを変更可能な吸気VVT13aが、排気側動弁機構14には、排気弁12の作動タイミングを変更可能な排気VVT14aが、各々内蔵されている(図7参照)。本実施形態において、吸気VVT13a(排気VVT14a)は、カムシャフトの回転位相を変更することにより吸気弁11(排気弁12)の開時期および閉時期を同時に(同量ずつ)変更する位相式の可変機構である。なお、吸気VVT13aは、本発明における「バルブ可変機構」の一例に該当する。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ15が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、図略の燃料供給管を通して供給された燃料を燃焼室6に噴射する燃料噴射弁である。インジェクタ15は、燃料を噴射する先端部(ノズル151;図4)が燃焼室6の径方向中心またはその近傍に位置するように、シリンダヘッド4に組み付けられ、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2~図4)に向けて燃料を噴射する。
インジェクタ15は、燃料供給管を介して全シリンダ2に共通の蓄圧用コモンレール(図示せず)と接続されている。コモンレール内には、図外の燃料ポンプにより加圧された高圧の燃料が貯留されている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15から高い圧力(例えば150MPa~250MPa程度)で燃料が燃焼室6内に噴射される。
図1には図示していないが、前記燃料ポンプと前記コモンレールとの間には、インジェクタ15に供給される燃料の圧力(燃圧)を変更するための燃圧レギュレータ16(図7)が設けられている。また、インジェクタ15の内部には、インジェクタ15からの燃料の噴射圧力である噴射圧を検出する噴射圧センサSN7(図7)が備えられている。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、ターボ過給機46、スロットル弁32、インタークーラ33およびサージタンク34が配置されている。
エアクリーナ31は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。スロットル弁32は、図略のアクセルの踏み込み動作と連動して吸気通路30を開閉し、吸気通路30における吸気の流量を調整する。ターボ過給機46は、吸気を圧縮しつつ吸気通路30の下流側へ当該吸気を送り出す。インタークーラ33は、過給機46により圧縮された吸気を冷却する。サージタンク34は、吸気ポート9に連なるインテークマニホールドの直上流に配置され、複数のシリンダ2に吸気を均等に配分するための空間を提供するタンクである。
吸気通路30には、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、および吸気O2センサSN6が配置されている。エアフローセンサSN3は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気温センサSN4は、インタークーラの下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の温度を検出する。吸気圧センサSN5および吸気O2センサSN6は、サージタンク34の近傍に配置され、それぞれ当該部分を通過する吸気の圧力、吸気の酸素濃度を検出する。
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10および排気通路40を通して車両の外部に排出される。
排気通路40には排気O2センサSN8が配置されている。排気O2センサSN8は、ターボ過給機46と排気浄化装置41との間に配置され、当該部分を通過する排気の酸素濃度を検出する。
排気通路40には排気浄化装置41が設けられている。排気浄化装置41には、排気ガス中に含まれる有害成分(COおよびHC)を酸化して無害化する酸化触媒42と、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するためのDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とが内蔵されている。なお、排気通路40における排気浄化装置41よりも下流側の位置に、NOxを還元して無害化するNOx触媒をさらに設けてもよい。
排気浄化装置41には触媒温度センサSN9が設けられている。触媒温度センサSN9は、排気浄化装置41内の触媒の温度、ここでは特に酸化触媒42の温度を検出する。
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路44Aと、EGR通路44Aに設けられたEGR弁45とを備える。EGR弁45は、EGR通路44Aを通じて排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)の流量を調整する。EGR通路44Aは、排気通路40におけるターボ過給機46よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。EGR通路44Aには、熱交換によりEGRガスを冷却するEGRクーラ(図略)が配置されている。
ターボ過給機46は、吸気通路30に配置されたコンプレッサ47と、排気通路40に配置されたタービン48とを含む。コンプレッサ47とタービン48とは、タービン軸で一体回転可能に連結されている。タービン48は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。これに連動してコンプレッサ47が回転することにより、吸気通路30を流通する空気が圧縮(過給)される。
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)および(B)において、シリンダ軸方向Aおよび燃焼室の径方向Bを矢印で示している。
ピストン5は、キャビティ5C、周縁平面部55および側周面56を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ15から燃料の噴射を受ける部分である。周縁平面部55は、冠面50において径方向Bの外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、周縁平面部55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面56は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
キャビティ5Cは、第1キャビティ部51、第2キャビティ部52、連結部53および山部54を含む。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置された凹部である。第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の外周側に配置された、環状の凹部である。連結部53は、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部54は、冠面50(第1キャビティ部51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部54は、インジェクタ15のノズル151の直下の位置に凸設されている(図4)。
第1キャビティ部51は、第1上端部511、第1底部512および第1内側端部513を含む。第1上端部511は、第1キャビティ部51において最も高い位置にあり、連結部53に連なっている。第1底部512は、第1キャビティ部51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部であって、第1キャビティ部51は、第1底部512においてシリンダ軸方向Aに所定の深さ(第1の深さ)を有している。上面視において、第1底部512は、連結部53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、連結部53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、第1キャビティ部51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
第2キャビティ部52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、テーパ領域524および立ち壁領域525を含む。第2内側端部521は、第2キャビティ部52において最も径方向内側の位置にあり、連結部53に連なっている。第2底部522は、第2キャビティ部52において最も凹没した領域である。第2キャビティ部52は、第2底部522においてシリンダ軸方向Aに第1底部512よりも浅い深さを備えている。つまり、第2キャビティ部52は、第1キャビティ部51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、第2キャビティ部52において最も高い位置であって最も径方向外側に位置し、周縁平面部55に連なっている。
テーパ領域524は、第2内側端部521から第2底部522に向けて延び、径方向外側へ先下がりに傾斜した面形状を有する部分である。図3に示されているように、テーパ領域524は、径方向Bに延びる水平ラインC1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインC2に沿った傾きを有している。
立ち壁領域525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。径方向Bの断面形状において、第2底部522から第2上端部523にかけて、第2キャビティ部52の壁面が水平方向から上方向へ向かうように湾曲された曲面とされており、第2上端部523の近傍において垂直壁に近い壁面とされている部分が立ち壁領域525である。立ち壁領域525の上端位置に対して、立ち壁領域525の下方部分は、径方向Bの内側に位置している。これにより、混合気が燃焼室6の径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにし、立ち壁領域525よりも径方向外側の空間(スキッシュ空間)に存在する空気をも有効に利用した燃焼を行わせることができる。
連結部53は、径方向Bの断面形状において、下側に位置する第1キャビティ部51と上側に位置する第2キャビティ部52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。連結部53は、下端部531および第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、第1キャビティ部51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、第2キャビティ部52の第2内側端部521に対する連設部分である。
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531は連結部53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述のテーパ領域524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域でもある。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の第2キャビティ部52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532から周縁平面部55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
山部54は、上方に向けて突出しているが、その突出高さは連結部53の第3上端部532の高さと同一であり、周縁平面部55よりは窪んだ位置にある。山部54は、上面視で円形の第1キャビティ部51の中心に位置しており、これにより第1キャビティ部51は山部54の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
[燃料噴射の空間的分離について]
続いて、インジェクタ15によるキャビティ5Cへの燃料噴射状況、および噴射後の混合気の流れについて、図4に基づいて説明する。図4は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、冠面50(キャビティ5C)とインジェクタ15から噴射される噴射燃料15Eの噴射軸AXとの関係と、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。
インジェクタ15は、燃焼室天井面6U(シリンダヘッド4の下面)から燃焼室6へ下方に突出するように配置されたノズル151を備えている。ノズル151は、燃焼室6内へ燃料を噴射する噴射孔152を備えている。図4では一つの噴射孔152を示しているが、実際は複数個の噴射孔152がノズル151の周方向に等ピッチで配列されている。噴射孔152から噴射される燃料は、図中の噴射軸AXに沿って噴射される。噴射された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図4には、噴射軸AXに対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX1と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX2とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX1と下拡散軸AX2とがなす角である。
噴射孔152は、キャビティ5Cの連結部53に向けて燃料を噴射可能である。すなわち、ピストン5の所定のクランク角において噴射孔152から燃料噴射動作を行わせることで、噴射軸AXを連結部53に指向させることができる。図4は、前記所定のクランク角における噴射軸AXとキャビティ5Cとの位置関係を示している。噴射孔152から噴射された燃料は、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、連結部53に吹き当たることになる。
図4に示すように、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料15Eは、連結部53に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分離される。すなわち、連結部53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々第1、第2キャビティ部51、52に存在する空気と混合しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、連結部53の下端部531から第1キャビティ部51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する第1キャビティ部51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、第1キャビティ部51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、第1キャビティ部51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。したがって、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に残存する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、連結部53の第3上端部532から第2キャビティ部52のテーパ領域524に入り込み、テーパ領域524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、テーパ領域524は噴射軸AXに沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、テーパ領域524の存在、並びに、連結部53の第3上端部532も下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
しかる後、前記混合気は、第2底部522から立ち壁領域525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は第2キャビティ部52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びる立ち壁領域525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、立ち壁領域525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
ここで、立ち壁領域525は、その下方部分が、上端位置に対して径方向Bの内側に位置する形状を備えている。このため、矢印F22で示す流動は過度に強くならず、混合気が径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにすることができる。矢印F22の流動が強すぎると、一部燃焼している混合気が新たに噴射された燃料の拡散が十分に進行する前に当該燃料と衝突し、燃料との反応に利用される空気の割合である空気利用率が低下し、煤などを発生させる。しかし、本実施形態の立ち壁領域525は、径方向外側に抉れた形状を備えておらず、矢印F22の流動は抑制的となり、矢印F23にて示す径方向Bの外側へ向かう流動も生成する。とりわけ、燃焼後期では逆スッキシュ流に牽引されることもあり、矢印F23の流動が生じ易くなる。したがって、立ち壁領域252よりも径方向外側の空間(周縁平面部55上のスキッシュ空間)に存在する空気も有効に利用した燃焼を行わせることができる。これにより、煤の発生などを抑止し、燃焼室6全体の空気を利用したエミッション性に優れた燃焼を実現させることができる。
以上の通り、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料が連結部53に衝突して空間的に分離され、第1、第2キャビティ部51、52の空間に各々存在する空気を利用した燃焼(空気利用率の高い燃焼)が実現されることにより、燃焼時に煤などの発生を抑制することができる。
[燃料噴射の時間的分離について]
本実施形態では、上述した燃料噴射の空間的分離に加え、時間的にも分離して、より燃焼室6内の空気を有効活用する例を示す。図5は、インジェクタ15からキャビティ5Cに燃料を噴射するときの噴射パターンの一例と、この燃料噴射により発生する熱発生率の波形である熱発生特性Hとを示すタイムチャートである。本実施形態では、予混合圧縮着火燃焼(Premixed Compression Ignition combustion;以下、PCI燃焼という)が適用される運転領域が予め定められており、図5に示される噴射パターンは、このPCI燃焼が適用される運転領域(以下、PCI領域という)での運転時に選択される噴射パターンの一例を示している。インジェクタ15による燃料噴射の動作は、後述の燃料噴射制御部72(図7参照)によって制御される。燃料噴射制御部72は、PCI領域での運転時に、エンジンの各燃焼サイクルにおいて、噴射時期の早いプレ噴射P1と、噴射時期の遅いメイン噴射P3とを少なくとも実行させる。なお、図5では、プレ噴射P1とメイン噴射P3との間に中段噴射P2が実行される例が示されている。
プレ噴射P1は、圧縮上死点(TDC)よりも早いタイミングで実行される燃料噴射である。図5では、-20°CAから-10°CAの期間内にプレ噴射P1が実行される例を示している。なお、「°CA」はクランク角を表し、マイナスのクランク角はTDCよりも進角側であることを、プラスのクランク角はTDCよりも遅角側であることを、それぞれ示している。プレ噴射P1によりTDCよりも早いタイミングで噴射された燃料は、空気と十分に混合された後に自着火により燃焼する(PCI燃焼)。言い換えると、プレ噴射P1の噴射時期のTDCに対する進角量は、当該プレ噴射P1により噴射された燃料がPCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)するような値に設定される。
メイン噴射P3は、プレ噴射P1により噴射された燃料の着火後(燃焼中)でかつピストン5が圧縮上死点(TDC)付近に位置するタイミングで実行される燃料噴射である。図5では、TDCよりもやや遅角側のタイミングでメイン噴射P3が開始される例を示している。より詳しくは、メイン噴射P3の開始時期は、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼(PCI燃焼)に起因して生じる熱発生率のピーク、つまり図5の熱発生特性HにおいてTDC付近に形成されるピーク(後述する図9(A)の第1ピークHApに対応)の発生時期と同時かもしくはこれよりも遅角側のタイミングに設定される。図5では、前記PCI燃焼による熱発生率のピーク(第1ピーク)の発生時期よりもやや遅角側のタイミングでメイン噴射P3が開始される例を示している。メイン噴射P3によりPCI燃焼中に噴射された燃料は、噴射開始からごく短時間のうちに自着火に至る。このようなメイン噴射P3に基づく燃焼は、PCI燃焼ではなく拡散燃焼となる。
本実施形態において、燃料の噴射率の最大値はプレ噴射P1とメイン噴射P3とで同一であるが、燃料の噴射期間はプレ噴射P1の方が長く設定されている。すなわち、本実施形態では、PCI領域において、メイン噴射P3の噴射量よりもプレ噴射P1の噴射量の方が多くなるようにインジェクタ15が制御される。
中段噴射P2は、プレ噴射P1とメイン噴射P3との間において、各噴射P1,P3のいずれよりも少量の燃料を噴射する。中段噴射P2は、熱発生特性Hにおけるピーク間の谷部(2~3°CA付近の谷部)を可及的に小さくして消音を図る目的で実行されるが、この中段噴射P2を省くことも可能である。
ここで、上述した連結部53を指向した燃料噴射は、プレ噴射P1の際に実行される。メイン噴射P3は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が、上述の通り下側の第1キャビティ部51と上側の第2キャビティ部52とに空間的に分離された後に、その分離された上下の混合気間に噴射される噴射である。この点を図6に基づいて説明する。図6は、メイン噴射P3が終了するタイミングにおける、燃焼室6での混合気の生成状況を模式的に示す図である。
プレ噴射P1による噴射燃料は、燃焼室6内の空気と混合されて混合気となりつつ、連結部53に吹き当たる。連結部53への吹き当たりによって当該混合気は、図6に示すように、第1キャビティ部51へ向かう下側混合気M11と、第2キャビティ部52へ向かう上側混合気M12とに分離される。これが上述した混合気の空間的分離である。メイン噴射P3は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が第1、第2キャビティ部51、52の空間に入り込んで空間的に分離された後に、その分離された2つの混合気間の空間に残存する空気を利用して新たな混合気を形成するべく実行される噴射である。
図6に基づきさらに説明を加える。メイン噴射P3の実行タイミングではピストン5はほぼTDCの位置にあるので、当該メイン噴射P3の燃料は、連結部53のやや下方位置を指向して噴射されることになる。先に噴射されたプレ噴射P1の下側混合気M11、上側混合気M12は、各々第1キャビティ部51、第2キャビティ部52に入り込み、それぞれの空間の空気と混合して稀釈化が進行している。メイン噴射P3が開始される直前は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に未使用の空気(燃料と混合していない空気)が存在する状態である。このような未使用空気層の形成に、第1キャビティ部51のエッグシェープ形状が貢献する。メイン噴射P3の噴射燃料は、下側混合気M11と上側混合気M12との間に入り込む形態となり、前記未使用の空気と混合されて第2混合気M2となる。これが燃料噴射の時間的分離である。以上の通り、本実施形態では、燃料噴射の空間的、時間的分離によって、燃焼室6に存在する空気を有効利用した燃焼を実現させることができる。
[制御構成]
図7は、前記ディーゼルエンジンシステムの制御構成を示すブロック図である。本実施形態のエンジンシステムは、プロセッサ70によって統括的に制御される。プロセッサ70は、CPU、ROM、RAM等から構成される。プロセッサ70には、車両に搭載された各種センサからの検出信号が入力される。先に説明したセンサSN1~SN9に加え、車両には、当該車両を運転するドライバーにより操作されるアクセルペダルの開度であるアクセル開度を検出するアクセル開度センサSN10と、車両の外気の圧力(大気圧)を計測する大気圧センサSN11と、車両の外気の温度(外気温)を計測する外気温センサSN12とが備えられている。
プロセッサ70は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、吸気O2センサSN6、噴射圧センサSN7、排気O2センサSN8、触媒温度センサSN9、アクセル開度センサSN10、大気圧センサSN11、および外気温センサSN12と電気的に接続されている。これらのセンサSN1~SN12によって検出された情報、すなわち、クランク角、エンジン回転数、エンジン水温、吸気流量、吸気温、吸気圧、吸気酸素濃度、燃圧(インジェクタ15の噴射圧)、排気酸素濃度、触媒温度、アクセル開度、大気圧、外気温等の情報がプロセッサ70に逐次入力される。
プロセッサ70は、前記各センサSN1~SN12他からの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、プロセッサ70は、吸気VVT13a、排気VVT14a、インジェクタ15、燃圧レギュレータ16、スロットル弁32、およびEGR弁45等と電気的に接続されており、前記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
プロセッサ70は、機能的に、運転状態判定部71、燃料噴射制御部72、触媒暖機判定部77、バルブタイミング制御部78、および記憶部79を備えている。
運転状態判定部71は、クランク角センサSN1の検出値に基づくエンジン回転数と、アクセル開度センサSN10の検出値(アクセルペダルの開度情報)に基づくエンジン負荷などから、エンジンの運転状態を判定するモジュールである。例えば、運転状態判定部71は、現状のエンジンの運転領域が、上述したプレ噴射P1およびメイン噴射P3が実行される(予混合圧縮着火燃焼が実行される)PCI領域であるか否かを判定する。
燃料噴射制御部72は、インジェクタ15による燃料の噴射動作を制御する制御モジュールである。前記PCI領域でエンジンが運転されているとき、燃料噴射制御部72は、エンジンの燃焼サイクルごとに、圧縮上死点より前の所定のタイミングで燃料を噴射させるプレ噴射P1と、ピストン5が圧縮上死点付近に位置するタイミングで燃料噴射を行わせるメイン噴射P3と、を少なくとも含む複数回の燃料噴射をインジェクタ15に実行させる。
さらに、燃料噴射制御部72は、機能的に、噴射パターン選択部73、設定部74、予測部75、および補正部76を備えている。
噴射パターン選択部73は、インジェクタ15からの燃料噴射のパターンを、各種の条件に応じて設定する。少なくとも前記PCI領域において、噴射パターン選択部73は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む燃料噴射のパターンを設定する。
設定部74は、インジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期を、各種の条件に応じて設定する。例えば、設定部74は、アクセル開度センサSN10の検出値等から特定されるエンジン負荷が高いほど(言い換えるとアクセル開度が高いほど)燃料の噴射量が多くなるように、インジェクタ15を制御する。すなわち、アクセル開度の高い高負荷条件では、エンジンに高い出力トルクが要求されているので、設定部74は、この要求トルクに見合った高い熱量を発生させるべく、1燃焼サイクルあたりの燃料の噴射量(燃料を分割噴射する場合はその総量)を増大させる。
また、前記PCI領域において、設定部74は、プレ噴射P1に伴う燃焼室6内の熱発生率の上昇ピークである第1ピークと、メイン噴射P3に伴う燃焼室6内の熱発生率の上昇ピークである第2ピークとを含む目標熱発生特性が得られるように、インジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期を設定する。図8に、目標熱発生特性Hsの一例を示す。例示された目標熱発生特性Hsでは、4°CA付近に前記第1ピークが、8°CA付近に前記第2ピークが各々表れている。
さらに、設定部74は、前記第1ピークが発生する時期と前記第2ピークが発生する時期とのピーク間隔が、プレ噴射P1の燃料の燃焼に起因して生じる圧力波とメイン噴射P3の燃料の燃焼に起因して生じる圧力波とが互いに打ち消し合う間隔となるように、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の噴射時期を設定する。これにより、プレ噴射P1およびメイン噴射P3によって各々発生する燃焼騒音どうしが打ち消し合うこととなり、ディーゼルノック音等の燃焼騒音を十分に低いレベルに抑制することができる。これらについては、後で詳述する。
プレ噴射P1およびメイン噴射P3が少なくとも実行される前記PCI領域での運転時、燃料の着火時期は、最も早いタイミングで比較的多くの燃料を噴射するプレ噴射P1の実行状況に主に支配される。言い換えると、PCI領域では、プレ噴射P1の態様(噴射量、噴射時期)を定めれば、その後の燃料噴射(中段噴射P2およびメイン噴射P3)に伴う燃焼は比較的ロバスト性の高いものとなる。したがって、本実施形態では、PCI領域での運転時に、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期を主導的に調整し、これによって前記第1ピークと前記第2ピークとの高さ比率を目標値に近づけかつ前記第1ピークと第2ピークとの間隔(インターバル)を目標値に近づけるようにしている。なお、メイン噴射P3の態様(噴射量や噴射時期)を主導的に変更した場合には、燃焼期間が全体的にシフトし、燃費性能やトルクに影響を及ぼすことがある。
予測部75は、PCI領域での運転時に、設定部74が目標熱発生特性Hsに基づいて設定した燃料噴射(プレ噴射P1およびメイン噴射P3等)の噴射量および噴射時期と、燃焼室6での燃焼に影響を与える所定の燃焼環境要因とに基づいて、現状のコンデション下で生じる熱発生特性を予測する処理を実行する。例えば、予測部75は、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期と前記燃焼環境要因とに基づいて、プレ噴射P1に伴い生じる熱発生率のピークである第1ピークの発生時期と、当該第1ピークの高さ(ピーク値)とを予測する処理を実行する。
予測部75は、この予測のために所定の予測モデル式を用いる(図12~図15に基づき後述する)。前記第1ピークの発生時期および高さは、各種センサSN1~SN12の検出結果に基づきフィードバック制御により調整することも可能である。しかしながら、フィードバック制御では、現にディーゼルノック音が発生してしまうことがあり、ドライバーに不快感を与えかねない。そこで、予測部75は、前記予測モデル式を用いたフィードフォワード方式により、前記第1ピークの発生時期および高さを予測するとともに、予測した発生時期および高さとそれぞれの目標値(つまり目標熱発生特性Hsに規定される第1ピークの発生時期および高さ)とのずれを予測する。
補正部76は、予測部75により予測された前記第1ピークの発生時期および高さに基づいて、設定部74が設定したプレ噴射P1の噴射量もしくは燃料時期を補正する。すなわち、補正部76は、燃焼環境要因を参照して予測部75により求められた前記第1ピークの発生時期および高さの予測値と、目標熱発生特性Hsにおける対応する値(目標値)との乖離を解消させるように、プレ噴射P1の噴射量もしくは燃料時期を補正する。つまり、ディーゼルノック音が発生してしまう前に、前記乖離を解消する補正が行われる。
触媒暖機判定部77は、触媒温度センサSN9の検出値に基づいて触媒の暖機状態を判定する。具体的に、触媒暖機判定部77は、触媒温度センサSN9により検出された触媒の温度(ここでは酸化触媒42の温度)が予め定められた閾値(例えば有害物質の浄化率が50%以上になる活性化温度)に達している場合に触媒の暖機が完了したと判定し、当該閾値未満である場合に触媒が未暖機であると判定する。
バルブタイミング制御部78は、吸気弁11および排気弁12の作動タイミングがエンジンの状態に応じた適切なタイミングとなるように、エンジン負荷や回転速度等の諸条件に応じて吸気VVT13aおよび排気VVT14aの駆動を制御する。
例えば、バルブタイミング制御部78は、触媒暖機判定部77により判定される触媒の暖機状態に応じて吸気弁11の作動タイミングが変更されるように吸気VVT13aを制御する。図10は、このことを説明するための図である。本図において、波形IN,IN’は吸気弁11のリフトカーブを示し、IN’(破線)は触媒が未暖機であるときのものを、IN(実線)はエンジン負荷および回転数が同一の条件下で触媒が暖機済みであるときのものをそれぞれ示している。また、波形EXは排気弁12のリフトカーブを示している。この図10に示すように、触媒が未暖機のときの吸気弁11の作動タイミング(波形IN’)は、エンジン負荷および回転数が同一の条件下で触媒が暖機済みであるときの作動タイミング(波形IN)よりも遅角側にシフトされる。これにより、吸気弁11の閉時期(以下、吸気閉弁時期ともいう)は、吸気下死点(右側のBDC)以降の範囲において、触媒が未暖機のときの方が暖機済みのときよりも吸気下死点に対しより遅角側に設定される。言い換えると、吸気閉弁時期は、触媒が未暖機のときの吸気下死点に対する遅角量が、触媒が暖機済みであるときのそれよりも増大するように制御される。
前記のように吸気弁閉弁時期が制御されるのは、エンジンの排気損失を増大させて触媒の暖機(活性化)を促進するためである。すなわち、吸気閉弁時期の吸気下死点に対する遅角量が増大されると、エンジン本体1の有効圧縮比が低下するとともに、燃焼室6に導入される空気の量も低下するので、圧縮上死点における燃焼室6の温度・圧力が低下し、燃焼が緩慢化する。これにより、ピストン5を押し下げる仕事に変換されることなく排出される熱量、つまり排気損失が増大するので、触媒に導入される排気ガスの温度が上昇し、触媒の暖機が促進される。
記憶部79は、燃料噴射制御部72の予測部75が所定の演算処理を行う際に用いる予測モデル式を記憶している。予測モデル式は、所定の燃焼環境要因に基づいて、前記第1ピークの発生時期および高さの目標値(目標熱発生特性Hsによる規定値)に対する変動を予測する式である。なお、前記燃焼環境要因は、各センサSN1~12の計測値から直接的または間接的に導出されるものであり、例えば燃焼室6の壁面温度、筒内圧、筒内ガス温度、筒内酸素濃度、噴射圧などが含まれる。
[二段熱発生率と騒音相殺]
図9(A)は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の各燃焼により生じる熱発生率の波形を示す図である。図9(A)では、波形の特徴がより分かり易くなるように、図5に示した熱発生特性Hを多少デフォルメして図示している。
熱発生特性Hは、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる熱発生率の波形である前段燃焼部分HAと、メイン噴射P3により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる熱発生率の波形である後段燃焼部分HBとを有する。前段燃焼部分HAおよび後段燃焼部分HBは、それぞれ山型の波形を呈するとともに、その頂点に、最も熱発生率が高い第1ピークHApおよび第2ピークHBpを有する。これら第1・第2ピークHAp,HBpに対応して、燃焼圧力の変化率(上昇率)にも2つのピークが生じることとなる。
第1ピークHApにおける熱発生率の値(ピーク値)であるピーク高さXAと、第2ピークHBpにおける熱発生率の値(ピーク値)であるピーク高さXBとを比較した場合、図9(A)に例示される熱発生特性では、第1ピークHApの高さXAの方が第2ピークHBpの高さXBよりも小さくなっている。ただし、第1ピークHApの高さXAまたは第2ピークHBpの高さXBのいずれかが傑出して高いと、これに起因して燃焼騒音が大きくなる。したがって、第1ピークHApの高さXAと第2ピークHBpの高さXBとの差が過大にならないように、前段燃焼部分HAと後段燃焼部分HBとの熱発生割合を制御することが望ましい。
また、第1ピークHApの発生時期YAと第2ピークHBpの発生時期YBとの間隔をピーク間隔Zとする。このピーク間隔Zも、燃焼騒音に大きな影響を与える。すなわち、ピーク間隔Zを、前段燃焼部分HAの燃焼に起因する圧力波(音波)と、後段燃焼部分HBの燃焼に起因する圧力波とが互いに打ち消し合う間隔とすれば、周波数効果によって表出する圧力波(燃焼騒音)を抑制することができる。この点につき、図9(B)に基づき説明を加える。
図9(B)は、圧力波の打ち消し効果を説明するための模式図である。この図9(B)では、図9(A)に示したピーク間隔Zが、前段燃焼部分HAおよび後段燃焼部分HBの各々の燃焼に起因する圧力波が互いに打ち消し合う間隔に設定されていた場合の各圧力波を示している。図9(B)において、前段燃焼部分HAの燃焼に起因して発生する前段圧力波をEAw、後段燃焼部分HBの燃焼に起因して発生する後段圧力波をEBwとすると、これら前段圧力波EAwおよび後段圧力波EBwは、ともに圧縮着火燃焼に起因して生じる圧力波であり、その周期は基本的に同一値Fwとなる。この場合において、図9(A)に示したピーク間隔Zがこの前段圧力波EAwおよび後段圧力波EBwの周期Fwの1/2倍に設定されていたとすると、図9(B)に示すように、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは逆位相となって互いに打ち消し合うように干渉し、その合成波EMの振幅は大幅に低減される。これが圧力波(燃焼騒音)の打ち消し効果である。
なお、前段圧力波EAwの振幅と後段圧力波EBwの振幅とは、第1ピークHApおよび第2ピークHBpの各高さXA,XBに応じた値となり、必ずしも同一になるわけではない。すなわち、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期と、メイン噴射P3の噴射量/噴射時期とは、それぞれ、エンジンの燃費や出力トルク等の種々の要求を勘案して定められるものであり、多くのケースでは、第2ピークHBpの高さXBの方が第1ピークHApの高さXAよりも幾分大きくなるように設定される(これにより後段圧力波EBwの振幅の方が前段圧力波EAwの振幅よりも大きくなる)。このため、各圧力波EAw,EBwが逆位相になるようにピーク間隔Zを周期Fwの1/2倍(もしくはその近傍値)に設定する前記対策を採ったとしても、図9(B)に示すように、合成後の圧力波形である合成波EMの振幅はゼロにはならない。しかしながら、仮にピーク間隔Zが周期Fwの1/2倍から乖離した値に設定されていた場合に比べれば、合成波EMの振幅(ひいては燃焼騒音)を小さくする効果は十分なものとなる。
例えば、図9(A)に一点鎖線の波形で示す比較例のように、第1ピークHApの発生時期が所期のものからずれて、結果としてピーク間隔Zが周期Fwの1/2倍から乖離した値になったとする。この場合には、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとは完全な逆位相とはならないので、両圧力波EAw,EBwの打ち消し効果は減退し、場合によっては合成波EMが逆に増幅されてしまう。例えば、両圧力波EAw,EBwが同位相となった場合には、合成波EMは両圧力波EAw,EBwが合算されて大きな振幅となる。つまり、燃焼騒音が増大してしまう。
以上の事情から、本実施形態では、燃焼騒音を可及的に低減するべく、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔(ピーク間隔Z)が、前段圧力波EAwと後段圧力波EBwとが互いに打ち消し合う間隔(≒1/2×Fw)となるように、設定部74によってインジェクタ15からの燃料の噴射量および噴射時期が設定される。すなわち、設定部74は、圧力波(燃焼騒音)の打ち消し効果を発揮できる目標熱発生特性Hsを設定し、当該目標熱発生特性Hsを達成する燃焼が行われるように、プレ噴射P1またはメイン噴射P3(とりわけプレ噴射P1)における噴射量および噴射時期を調整する。
[予測モデル式について]
続いて、前記PCI領域での運転時に予測部75が使用する予測モデル式の具体例について説明する。図11は、目標熱発生特性の達成に影響を与える燃焼環境要因を説明するための図である。図11の左上に示すような目標熱発生特性Hsが、記憶部79に記憶されているとする。燃焼環境要因が想定している標準範囲内であれば、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を、所定の基準量および基準時期に設定することにより、目標熱発生特性Hsに沿った燃焼を燃焼室6で実現することができる。ここで、燃料噴射の基準量および基準時期は、燃焼環境要因が標準範囲内であるときに目標熱発生特性Hsを得ることが可能な噴射量および噴射時期として、記憶部79に予め記憶されている。これら基準量および基準時期は、主に、アクセル開度等から特定されるエンジン負荷やエンジン回転数に応じて可変的に設定される。例えば、基準量は、アクセル開度(エンジン負荷)が高くなるほど増大され、基準時期は、基準量の変化に応じて進角または遅角される。
しかしながら、燃焼環境要因が標準範囲から外れた場合、燃焼室6の筒内状態量が変化する。このような状況下で前記基準量および基準時期を採用しても、目標熱発生特性Hsを得ることができない場合が生じる。例えば、図11の左下に示したような、過早着火や着火遅れが生じる可能性がある。過早着火は、混合気への着火が所期のタイミングよりも早くなる結果として、前段燃焼部分HAが過剰に高い熱発生率を持ってしまうケースである。着火遅れは、混合気への着火が所期のタイミングよりも遅れる結果、後段燃焼部分HBが過剰に高い熱発生率を持ってしまうケースである。
筒内状態量に影響を与える主要な燃焼環境要因は、図11の右欄に列挙されているように、燃焼室6の壁面温度、筒内圧、筒内ガス温度、筒内酸素濃度、エンジン回転数、燃料の噴射量、噴射時期、および噴射圧である。例えば、壁面温度、筒内圧、および筒内ガス温度は、外気温や外気圧、エンジン冷却水の温度によって変動する。また、筒内酸素濃度は、燃焼室6へ取り入れるEGRガス量などによって変動する。さらに、運転状態が大きく変化する際の過渡的な要因によっても、燃焼環境要因は変動し得る。なお、ここでいう燃焼室6の壁面温度とは、シリンダ2を規定するシリンダブロック3の内周壁の温度のことであり、筒内圧とは、燃焼室6の内部ガスの圧力のことであり、筒内ガス温度とは、燃焼室6の内部ガスの温度のことであり、筒内酸素濃度とは、燃焼室6の内部ガス中の酸素濃度のことである。また、燃焼室6の内部ガスとは、燃焼の開始前(かつ吸気行程の終了後)に燃焼室6内に存在する全ガスのことであり、EGRが実行されている場合は燃焼室6内に導入された空気とEGRガスとの混合ガスのことである。
図12は、熱発生特性Hにおける前段燃焼部分HAの第1ピークHApの発生時期YAを予測するモデル式を説明するための図である。図12(A)に示すように、第1ピークHApの発生時期YAは、プレ噴射P1の開始時期から、第1ピークHApが生じるまでの期間である「ピーク遅れ」として予測される。
図12(B)には、前記ピーク遅れの予測モデル式が示されている。ここでは、種々のパラメータの変動が前記ピーク遅れに及ぼす影響が、アレニウス型の予測式で表現されている。この予測式の右辺は、図11の右欄に列挙された各燃焼環境要因をパラメータとする多項式である。すなわち、ピーク遅れは、所定の係数Aに、燃料の噴射量、噴射時期、噴射圧、筒内圧、筒内ガス温度、壁面温度、筒内酸素濃度、エンジン回転数の各パラメータに対応する複数の項目を掛け合せた多項式で表現される。係数Aは、右辺の値を全体的に変動させる切片である。燃料の噴射量、噴射時期‥‥等の各パラメータに付されている指数B~Iは、そのパラメータの感度を示すものであり、プラス符号のものは比例、マイナス符号のものは反比例の意味を持つ。なお、前記の項目に、エンジン油温などを加えるようにしても良い。
図12(C)は前記予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図であり、係数Aの値、および指数B~Iの値を示している。この結果は、燃料の噴射量、噴射時期‥‥等の前記各パラメータを初期値から種々変化させた場合に生じる燃焼波形のデータを燃焼シミュレーション等により取得し、取得した多数のデータに基づいて、各パラメータとピーク遅れとの関係を重回帰分析により特定したものである。なお、この予測モデル式によるピーク遅れの予測結果(第1ピークHApが生じるクランク角)と、実測によるピーク遅れと差である予実差は、±2deg以下であることが確認されている。
図13は、図12の予測モデル式に含まれるパラメータのうち、噴射量、噴射時期、筒内圧、および筒内ガス温度の各変動がピーク遅れに及ぼす影響を説明するためのグラフである。この図13のグラフにおいて、横軸のパラメータ変化率とは、各パラメータの初期値を100としたときに当該初期値に対する変化率を表す値であり、縦軸のピーク遅れ変化率とは、ピーク遅れの初期値(つまり各パラメータが全て初期値であったときに得られるピーク遅れ)を100としたときに当該初期値に対する変化率を表す値である。言い換えると、図13のグラフでは、各パラメータの変動およびそれに伴うピーク遅れの変動が、それぞれの初期値(100)を基準とした無次元化量で表されている。この場合に、噴射量は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から増大(減少)したことになり、噴射時期は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から進角(遅角)したことになり、筒内圧は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から上昇(低下)したことになり、筒内ガス温度は、横軸の値が100より大きく(小さく)なるほど初期値から上昇(低下)したことになる。また、ピーク遅れは、縦軸の値が100より大きく(小さく)なるほどピーク遅れが長く(短く)なったことになる。
図13のグラフから理解されるように、噴射量、噴射時期、筒内圧、および筒内ガス温度の各パラメータは、それ以外のパラメータが一定であることを条件に、それぞれ次のようにピーク遅れに影響する。
・噴射量が増大(減少)するほどピーク遅れは短く(長く)なる。
・噴射時期が進角(遅角)するほどピーク遅れは長く(短く)なる。
・筒内圧が上昇(低下)するほどピーク遅れは短く(長く)なる。
・筒内ガス温度が上昇(低下)するほどピーク遅れは短く(長く)なる。
次に、第1ピークHApの高さXAの予測モデル式について、図14を参照しつつ説明する。図14(A)に示すように、第1ピークHApの高さXA(以下、単にピーク高さともいう)は、図12に示した「ピーク遅れ」の予測モデル式と、公知の燃焼効率予測モデル式とを組み合わせたアレニウス型の予測式を用いて求めることができる。この予測式の右辺は、所定の係数Aに、上述のピーク遅れ、燃焼効率、エンジン回転数、噴射量の各パラメータに対応する複数の項目を掛け合せた多項式である。図14(B)は、図14(A)の予測モデル式のキャリブレーション結果を示す表形式の図であり、重回帰分析により得られた係数Aの値、および指数B~Eの値を示している。
図15(A)は、ピーク遅れがピーク高さに及ぼす影響を説明するための図である。ピーク遅れ以外のパラメータが一定であるとき、ピーク高さは、ピーク遅れが短くなるほど高くなる。例えば、互いに異なるタイミングで実行される複数の燃料噴射P11,P12,P13と、一定のタイミングにピークをもった複数の熱発生とを想定する。燃料の噴射時期がP11→P12→P13の順に遅くなり(ただし噴射量は一定)、これに伴ってピーク遅れ(噴射開始からピーク発生までの期間)がP11→P12→P13の順に短くなるものとする。この場合において、燃料噴射P11に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh1、燃料噴射P12に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh2、燃料噴射P13に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh3とすると、ピーク高さは、h1→h2→h3の順に高くなる。このように、ピーク高さはピーク遅れが短くなるほど高くなる。
図15(B)は、燃料の噴射量がピーク高さに及ぼす影響を説明するための図である。ピーク高さ以外のパラメータが一定であるとき、ピーク高さは、噴射量が多くなるほど高くなる。例えば、互いに異なる噴射量をもたらす複数の燃料噴射P11,P12,P13と、一定のタイミングにピークをもった複数の熱発生とを想定する。燃料の噴射量は、P11→P12→P13の順に多くなるものとする(ただし噴射時期は一定)。この場合において、燃料噴射P11に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh1、燃料噴射P12に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh2、燃料噴射P13に対応して生じる熱発生率のピーク高さをh3とすると、ピーク高さは、h1→h2→h3の順に高くなる。このように、ピーク高さは燃料の噴射量が多くなるほど高くなる。
上述したピーク遅れおよびピーク高さの予測モデル式(図12、図14)は、記憶部79に予め格納されている。予測部75は、記憶部79から予測モデル式を読み出し、燃焼サイクルごとに、現状の環境条件下で生じる第1ピークHApの発生時期YAおよび高さXAの予測演算を行う。
[制御フロー]
図16は、プロセッサ70による燃料噴射制御の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す制御がスタートすると、プロセッサ70の運転状態判定部71は、図7に示した各センサSN1~SN12の検出値等に基づいて、エンジンの運転領域に関する情報、および上述した燃焼環境要因に対応する環境情報を取得する(ステップS1)。
次いで、運転状態判定部71は、ステップS1で取得された運転領域に関する情報に基づいて、現状の運転領域が予混合圧縮着火燃焼を実行させるPCI領域に該当するか否かを判定する(ステップS2)。PCI領域に該当しない場合(ステップS2でNO)、プロセッサ70の燃料噴射制御部72は、PCI領域以外の運転領域について予め定められた他の燃焼制御に対応する燃料噴射を実行する(ステップS3)。すなわち、燃料噴射制御部72の噴射パターン選択部73が、他の燃焼制御に対応する燃料噴射パターンを設定する。
これに対し、PCI領域に該当する場合(ステップS2でYES)、噴射パターン選択部73は、図5に例示したような、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む分割噴射パターンを設定する(ステップS4)。
次いで、燃料噴射制御部72の設定部74は、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を仮設定する(ステップS5)。ここで仮設定される噴射量および噴射時期は、例えば図8に例示したような目標熱発生特性Hsを得るために記憶部79に予め記憶されている基準量および基準時期である。既に説明したとおり、記憶部79には、燃焼環境要因が標準範囲内であるときに目標熱発生特性Hsを得ることが可能な噴射量および噴射時期が、基準量および基準時期として予め記憶されている。設定部74は、現状のアクセル開度(エンジン負荷)やエンジン回転数等に適合する基準量および基準時期を記憶部79から読み出し、これを前記噴射量および噴射時期の仮の目標値として設定する。
次いで、燃料噴射制御部72の予測部75は、記憶部79に格納されている予測モデル式(図12、図14)を用いて、ステップS1で取得された環境情報(燃焼環境要因)から熱発生率の予測特性を導出する。以下、このように予測モデル式を用いて予測される熱発生特性を、予測熱発生特性Hpと称する。さらに、予測部75は、この予測熱発生特性Hpと前記目標熱発生特性Hsとを比較して、両者のずれ、つまり熱発生率における予測と目標とのずれを特定する(ステップS6)。
次いで、燃料噴射制御部72の補正部76は、ステップS6で特定されたずれが修正されるように、ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量もしくは噴射時期を補正する補正値を導出する(ステップS7)。例えば、上述した予測熱発生特性Hpと前記目標熱発生特性Hsとの比較から、前段燃焼部分HAの熱発生率のピークである第1ピークHApの高さXAが目標値よりも大きいかまたは小さいと予測され、あるいは、第1ピークHApの発生時期YAが目標値よりも遅いかまたは早いと予測されたとする。この場合、補正部76は、これらピーク高さXAまたは発生時期YAのずれに基づいて、当該ずれが修正されるような補正値を、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期の少なくとも一方について導出する。もちろん、燃焼環境要因が予め定められた補正不要の範囲内であれば、補正部76による補正は行われない。
次いで、設定部74は、ステップS7で得られた補正値を参照して、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の噴射量および噴射時期を本設定する(ステップS8)。そして、燃料噴射制御部72は、この設定通りの噴射量および噴射時期が実現されるようにインジェクタ15の噴射動作を制御する。
具体的に、ステップS8において、設定部74は、ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量もしくは噴射時期(つまり基準量および基準時期)を、ステップS7で得られた補正値を用いて補正する。ここで、ステップS8にてプレ噴射P1の噴射量が補正される場合、設定部74は、この補正後のプレ噴射P1の噴射量に合わせて、メイン噴射P3の噴射量を調整する。また、両噴射P1,P3の間に中段噴射P2が実行される場合、設定部74は、必要に応じてこの中段噴射P2の噴射量も調整する。すなわち、プレ噴射P1の噴射量が補正される場合、設定部74は、プレ噴射P1以外の燃料噴射による噴射量を付随的に増大または低減し、これによって1サイクル中の燃料噴射量(プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む各燃料噴射の総量)が維持されるようにする。
以上の処理により、ステップS8では、プレ噴射P1およびメイン噴射P3(場合によってはさらに中段噴射P2)の最終的な噴射量および噴射時期が決定される。なお、既に説明した通り、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を含む複数回の噴射が行われるPCI領域では、プレ噴射P1の態様が定まれば、その後の燃料噴射に伴う燃焼はロバスト性の高いものとなる。そこで、本実施形態では上述したとおり、プレ噴射P1の噴射量/噴射時期を主導的に決定し、その後にメイン噴射P3の噴射量等を決定するようにしている。
[補正の具体例]
続いて、上述した補正制御を含む燃料噴射制御の具体例について、図17~図19を参照しつつ説明する。ここでは特に、前記PCI領域において触媒の暖機状態が変化したときの燃料噴射の補正制御について説明する。
図17は、触媒の暖機が完了する前後における各種状態量の時間変化を示すタイムチャートである。このタイムチャートにおける時点t1は、触媒(酸化触媒42)の温度が暖機完了を判定するための閾値である活性化温度T1に達したことが触媒温度センサSN9によって検出された時点である(チャート(a))。なお、このタイムチャートの前提として、アクセル開度(エンジン負荷)および回転数は、時点t1の前でも後でも同一であるものとする。このため、インジェクタ15から1サイクル中に噴射される燃料の総噴射量も、やはり時点t1の前後において一定とされる(チャート(c))。
ここで、既に説明したとおり、吸気閉弁時期(吸気弁11の閉時期)は、触媒が未暖機であるときの方が、触媒が暖機済みであるよりも遅角側に設定される。このため、触媒の暖機が完了する(つまり触媒温度が活性化温度T1に達する)時点t1の以前に設定される吸気閉弁時期を暖機前閉弁時期V1としたとき、この暖機前閉弁時期V1は、時点t1より後に設定される吸気閉弁時期である暖機後閉弁時期V2よりもΔVだけ遅角側に設定されている(チャート(b))。なお、図17の例では、暖機後閉弁時期V2が吸気下死点(BDC)よりもやや遅角側に設定されており、暖機前閉弁時期V1は、この暖機後閉弁時期V2よりもさらに吸気下死点から遠ざかった(遅角された)時期に設定されている。言い換えると、吸気閉弁時期の吸気下死点に対する遅角量は、触媒が未暖機であるとき(時点t1以前)の方が、触媒が暖機済みであるときに(時点t1より後)よりもΔVだけ大きくされている。
前記のような時点t1(触媒の暖機完了時点)の前後の吸気閉弁時期の変更に伴い、プレ噴射P1の噴射時期、プレ噴射P1の噴射量、メイン噴射P3の噴射量も、それぞれ時点t1を境に変更される。具体的に、時点t1以前に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を暖機前プレ噴射時期Tf1a、時点t1より後に設定されるプレ噴射P1の噴射時期(噴射開始時期)を暖機後プレ噴射時期Tf2aとする。また、時点t1以前に設定されるプレ噴射P1の噴射量を暖機前プレ噴射量Qf1a、時点t1より後に設定されるプレ噴射P1の噴射量を暖機後プレ噴射量Qf2aとする。さらに、時点t1以前に設定されるメイン噴射P3の噴射量を暖機前メイン噴射量Qf1b、時点t1より後に設定されるメイン噴射P3の噴射量を暖機後メイン噴射量Qf2bとする。この場合、暖機前プレ噴射時期Tf1aは、暖機後プレ噴射時期Tf2aよりもΔTfaだけ進角側に設定され(チャート(d))、暖機前プレ噴射量Qf1aは、暖機後プレ噴射量Qf2aよりもΔQfaだけ多く設定され(チャート(f))、暖機前メイン噴射量Qf1bは、暖機後メイン噴射量Qf2bよりもΔQfbだけ少なく設定される(チャート(g))。
言い換えると、触媒が未暖機のとき(時点t1以前)のプレ噴射P1の噴射時期の圧縮上死点(TDC)に対する進角量は、触媒が暖機済みのとき(時点t1より後)のそれよりも増大され、触媒が未暖機のときのプレ噴射P1の噴射量は、触媒が暖機済みときのそれよりも増大され、触媒が未暖機のときのメイン噴射P3の噴射量は、触媒が暖機済みときのそれよりも低減される。
これに対し、メイン噴射P3の噴射時期(噴射開始時期)は触媒の暖機状態に応じて変更されない。すなわち、メイン噴射P3の噴射時期は、時点t1の前後において一定の時期Tfbに設定される(チャート(e))。
以上のように、燃料噴射制御部72は、触媒の暖機が完了しているか否かによってプレ噴射P1およびメイン噴射P3の態様を変更する。図18は、この燃料噴射制御部72による制御の具体例を説明するためのフローチャートである。なお、この図18のフローチャートは、上述した図16のフローチャートにおけるステップS6~S8の処理の一部を構成するものであり、特に暖機が未暖機のときに実行される制御に特化した制御フローとして表現したものである。
図18のフローチャートに示す制御がスタートすると、プロセッサ70の触媒暖機判定部77は、触媒温度センサSN9の検出値に基づいて、触媒の温度が活性化温度T1未満であるか否か、つまり触媒が未活性であるか否かを判定する(ステップS11)。
ステップS11でYESと判定されて触媒が未活性であることが確認された場合、つまり図17の時点t1以前のような吸気閉弁時期の遅角制御(吸気下死点に対する遅角量をΔVだけ増大させる制御)が実行される状況であることが確認された場合、プロセッサ70の燃料噴射制御部72は、この吸気閉弁時期の遅角量に基づいて、筒内圧および筒内ガス温度の低下量を演算により推定する(ステップS12)。例えば、燃料噴射制御部72は、エンジン負荷および回転数が同一の条件下で触媒が活性済みであると仮定した場合に設定される吸気閉弁時期(図17の暖機後閉弁時期V2に相当)と、遅角量が増大されている現在の吸気閉弁時期(図17の暖機前閉弁時期V1に相当)との差を遅角増大量ΔVとして特定するとともに、この遅角増大量ΔVから生じる燃焼室6内の導入空気量および有効圧縮比の低下量を推定する。そして、これら導入空気量および有効圧縮比の低下量に基づいて、筒内圧および筒内ガス温度の低下量を推定する。この筒内圧および筒内ガス温度の低下量は、吸気閉弁時期の遅角増大量ΔVが大きいほど大きいものと推定される。
次いで、燃料噴射制御部72の予測部75は、記憶部79に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図12(B))を用いて、前段燃焼部分HAの熱発生率のピークである第1ピークHApの発生時期YAについて生じるはずのずれを特定する(ステップS13)。すなわち、ステップS12で推定された筒内圧および筒内ガス温度の低下量は、いずれも熱発生特性に影響を及ぼす燃焼環境要因であり(図11~図13参照)、ピーク遅れを左右するパラメータである。そこで、予測部75は、筒内圧および筒内ガス温度の低下量を前記ピーク遅れの予測モデル式に適用することにより、予測されるピーク遅れ、ひいては第1ピークHApの予測発生時期を求める。そして、この第1ピークHApの予測発生時期と、記憶部79に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標発生時期とを比較することにより、両者のずれ、つまり第1ピークHApの発生時期YAにおける目標と予測とのずれを特定する。なお、記憶部79に記憶されている目標熱発生特性Hsは、触媒が暖機済みであることを前提に予め定められている。言い換えると、ステップS13での処理において比較基準とされる目標熱発生特性Hsは、エンジン負荷および回転数等の条件を現状のものに維持しながら吸気閉弁時期の遅角制御の実行を停止した場合に理想的に得られる熱発生特性である。
ここで、図12および図13によれば、吸気閉弁時期の遅角により筒内圧および筒内ガス温度が低下したとき、ピーク遅れ(プレ噴射P1の開始から第1ピークHApの発生時期YAまでの期間)に対してより大きな影響を及ぼすのは、筒内ガス温度である。そして、この筒内ガス温度の低下はピーク遅れを長くする作用をもたらす。このため、ステップS13で特定される第1ピークHApの発生時期YAのずれは、目標発生時期(目標熱発生特性Hsにおける第1ピークの発生時期)に対する遅角側のずれとして特定される。
次いで、燃料噴射制御部72の補正部76は、ステップS13で特定された第1ピークHApの発生時期YAのずれ(遅角側のずれ)に基づいて、このずれを修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射量の増大量を導出する(ステップS14)。この増大量は、図17のチャート(f)に示したように、仮に吸気閉弁時期の遅角制御が実行されていなかった場合(つまり筒内圧・筒内ガス温度の低下量がゼロであると仮定した場合)に設定される噴射量に対する増大量ΔQfaであり、第1ピークHApの発生時期YAのずれがほぼゼロまで減少するような値に設定される。この増大量ΔQfaは、ピーク発生時期YAのずれが大きいほど大きくなる。
次いで、予測部75は、記憶部79に格納されているピーク遅れの予測モデル式(図12(B))およびピーク高さの予測モデル式(図14(A))を用いて、ステップS14で得られた増大量ΔQfaの分だけプレ噴射P1の噴射量を増大した場合に生じるはずの第1ピークHApの高さXAのずれを特定する(ステップS15)。すなわち、図12~図15に示したとおり、増大量ΔQfaの分だけプレ噴射P1の噴射量を増大させること(つまり噴射量の変動)は、ピーク遅れを変動させる要因となる(図11~図13参照)。また、このピーク遅れの変動は、ピーク高さに影響を及ぼす(図14、図15参照)。そこで、予測部75は、噴射量の増大量ΔQfaを前記ピーク遅れの予測モデル式(図12(B))に適用することにより、予測されるピーク遅れの変化を求め、さらに、求めたピーク遅れの変化を前記ピーク高さの予測モデル式(図14(A))に適用することにより、第1ピークHApの予測高さを求める。そして、この第1ピークHApの予測高さと、記憶部79に記憶されている目標熱発生特性Hsから規定される第1ピークHApの目標高さとを比較することにより、両者のずれ、つまり第1ピークHApの高さXAにおける目標と予測とのずれを特定する。
ここで、図12および図13によれば、燃料の噴射量の増大はピーク遅れを短くする作用をもたらし、また、図14および図15(A)によれば、ピーク遅れの短縮はピーク高さを高くする作用をもたらす。このため、ステップS15で特定される第1ピークHApの高さXAのずれは、目標高さ(目標熱発生特性Hsにおける第1ピークの高さ)に対する増大方向のずれとして特定される。
次いで、補正部76は、ステップS15で特定された第1ピークHApの高さXAのずれ(増大方向のずれ)に基づいて、このずれを修正するための補正値であるプレ噴射P1の噴射時期の進角量を導出する(ステップS16)。この進角量は、図17のチャート(d)に示したように、仮に吸気閉弁時期の遅角制御が実行されていなかった場合(つまり筒内圧・筒内ガス温度の低下量がゼロであると仮定した場合)に設定される噴射時期に対する進角量ΔTfaであり、前記第1ピークHApの高さXAのずれがほぼゼロまで減少するような値に設定される。この進角量ΔTfaは、ピーク高さXAのずれが大きいほど大きくなる。
次いで、燃料噴射制御部72の設定部74は、ステップS14、S16で補正値として導出された増大量ΔQfaおよび進角量ΔTfaを参照して、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期を本設定する(ステップS17)。すなわち、設定部74は、図16のステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射量(つまり基準量)に増大量ΔQfaを加算して求めた噴射量を最終的なプレ噴射P1の噴射量として決定するとともに、前記ステップS5で仮設定されたプレ噴射P1の噴射時期(つまり基準時期)を前記進角量ΔTfaだけ進角して求めた噴射時期を、最終的なプレ噴射P1の噴射時期として決定する。
次いで、設定部74は、ステップS17にて本設定されたプレ噴射P1の噴射量に基づいて、メイン噴射P3の噴射量を本設定する(ステップS18)。すなわち、設定部74は、本設定されたプレ噴射P1の噴射量を含む1サイクルあたりの総噴射量が、プレ噴射P1を増量する前のものと同一になるように、メイン噴射P3の噴射量を低減する。例えば、前記のようにプレ噴射P1の噴射量がΔQfaだけ増大される場合には、このΔQfaを相殺するようにメイン噴射P3の噴射量が低減される。なお、プレ噴射P1およびメイン噴射P3以外の燃料噴射(例えば中段噴射P2)の噴射量が増減されない場合、メイン噴射P3の減少量(図17のΔQfb)は、プレ噴射P1の増大量ΔQfaと同一になる。
ステップS18では、メイン噴射P3の噴射量のみが調整され、噴射時期は変更されない。すなわち、メイン噴射P3の噴射時期(噴射開始時期)は、触媒暖機促進のための吸気閉弁時期の遅角制御が実行されているか否かにかかわらず、一定の時期Tfb(基準時期)に維持される(図17のチャート(e))。
図19は、第1ピークHApの発生時期YAおよび高さXAのずれがプレ噴射P1の噴射量および噴射時期の補正により修正される状況を説明するため図である。具体的に、図19(A)では、触媒が未暖機であるとき(つまり吸気閉弁時期の遅角制御が実行されているとき)にプレ噴射P1の噴射量および噴射時期をともに補正しなかった場合の熱発生率の波形を熱発生特性H”として示し、図19(B)では、プレ噴射P1の噴射量の補正(増量補正)のみを実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性H’として示し、図19(C)では、プレ噴射P1の噴射量の補正に加えて噴射時期の補正(進角補正)を実行した場合の熱発生率の波形を熱発生特性Hとして示している。なお、これら図19(A)~(C)では、ピーク発生時期の違いを強調するため、図5等の他の図よりも横軸を引き延ばした状態で熱発生率の波形を示している。
図19(A)に示すように、プレ噴射P1の噴射量および噴射時期をいずれも実行しなかった場合の熱発生特性H”(実線)は、比較のために示す目標熱発生特性Hs(一点鎖線)と同様に、プレ噴射P1により噴射された燃料の燃焼に伴う前段燃焼部分HAと、主にメイン噴射P3により噴射された燃料の燃焼に伴い生じる後段燃焼部分HBとを有している。しかしながら、触媒暖機のための吸気閉弁時期の遅角制御に起因して、熱発生特性H”の前段燃焼部分HAのピークである第1ピークHApの発生時期YAは、目標熱発生特性Hsの第1ピークHApsの発生時期(目標ピーク時期)と比べて遅角側に移動している。なお、熱発生特性H”の後段燃焼部分HBのピークである第2ピークHBpの発生時期は、目標熱発生特性Hsの第2ピークHBpsの発生時期からほとんど変化していない。これは、後段燃焼部分HBは主にメイン噴射P3の拡散燃焼により生じるものであり、そのピークの発生時期は主にメイン噴射P3の噴射時期に支配されるからである。
また、熱発生特性H”と目標熱発生特性Hsとのピーク高さを比較すると、熱発生特性H”における第1ピークHApおよび第2ピークHBpの各高さXA,XBは、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsおよび第2ピークHBpsの各高さよりも低くなっている。さらに、このピーク高さの低減に伴い、着火から第1ピークHApに至るまでの熱発生率の上昇カーブの傾きや、第2ピークHBpから燃焼終期に至るまでの熱発生率の下降カーブの傾きが小さくなっている。つまり燃焼が緩慢に進行している。これは、吸気閉弁時期の遅角制御に伴う筒内圧および筒内温度の低下に起因したものである。このような燃焼の緩慢化は、排気損失の増大につながり、触媒暖機の面では有利である。ただし、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔であるピーク間隔Zが目標値からずれることになるので、燃焼騒音の面では不利である。
これに対し、図18のステップS13,S14の処理を通じて導出される補正値(増大量ΔQfa)の分だけプレ噴射P1の噴射量が増大されると、図19(B)に示す熱発生特性H’が得られ、上述した第1ピークHApの発生時期YAの目標からのずれが解消される。すなわち、第1ピークHApの発生時期YAが進角し、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの発生時期にほぼ一致するようになる。なお、図19(B)においては、前記プレ噴射P1の増量補正に伴いメイン噴射P3の噴射量がΔQfbだけ低減され、これによって1サイクルあたりの総噴射量が図19(A)と同量に維持されているものとする。
ただし、前記のようなプレ噴射P1の増量補正だけでは、第1ピークHApの高さXAが目標熱発生特性Hsの第1ピークHApsの高さよりも高くなってしまう。このことは、より多くの熱量が圧縮上死点の近傍で発生すること、ひいては排気損失が減少することを意味する。排気損失が減少すると、触媒の暖機促進効果が減殺されてしまう。
これに対し、図18のステップS15,S16の処理を通じて導出される補正値(進角量ΔTfa)だけプレ噴射P1の噴射時期が進角されると、図19(C)に示す熱発生特性Hが得られ、上述した第1ピークHApの高さXAの目標からのずれが解消される。すなわち、第1ピークHApの高さXAが低減され、目標熱発生特性Hsにおける第1ピークHApsの高さとほぼ一致するようになる。なお、第1ピークHApの発生時期YAはほとんど変化せず、依然として目標熱発生特性Hsにおけるピーク発生時期とほぼ一致している。
前記のような噴射時期の補正(進角補正)による第1ピークHApの高さ低減効果により、TDCの近傍で発生する熱量が低減される。これにより、噴射量のみを補正した図19(B)のとき(熱発生特性H’)と比べて排気損失が増大する。加えて、第2ピークHBpの高さXBは、目標熱発生特性Hsの第2ピークHBpsの高さよりも低くなっており、また、熱発生率の上昇カーブおよび下降カーブも依然として緩やかである。これにより、図19(A)に示した初期状態(熱発生特性H”)と比べても遜色のない排気損失の増大効果が得られるので、ピーク間隔Zを燃焼騒音に有利な間隔(目標値)に収めつつ触媒の暖機促進を図ることができる。
[作用効果]
以上説明したとおり、本実施形態では、PCI領域での運転時に、第1ピークHApおよび第2ピークHBpを含む熱発生特性が得られるようにプレ噴射P1およびメイン噴射P3が実行されるとともに、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔(ピーク間隔)Zが、プレ噴射P1およびメイン噴射P3の各燃料の燃焼により生じる圧力波が互いに打ち消し合うような間隔(つまり圧力波の周期Fwの略1/2倍)に設定されるので、プレ噴射P1およびメイン噴射P3による燃焼騒音の音圧レベルを相互干渉により効果的に低減することができ、ディーゼルノック音等の騒音が十分に抑制された静粛性の高い燃焼を実現することができる。
また、触媒が未暖機である(触媒の温度が活性化温度T1未満である)場合には、触媒が暖機済みである(触媒の温度が活性化温度T1以上である)場合に比べて、吸気閉弁時期の吸気下死点に対する遅角量が増大されるともに、プレ噴射P1の噴射量が増大されかつプレ噴射P1の噴射時期が進角されるので(図17の時点t1以前)、触媒の暖機促進と燃焼騒音の抑制とを両立することができる。
すなわち、触媒の未暖機時に吸気閉弁時期の吸気下死点に対する遅角量が増大されると、燃焼室6への導入空気量および有効圧縮比が低下し、筒内圧および筒内ガス温度が低下する結果、燃焼の緩慢化が進行する。これにより、排気損失を増やす(排気ガス温度を高める)ことができ、触媒の暖機を促進することができる。一方で、このような吸気閉弁時期の遅角制御に伴う筒内圧および筒内ガス温度の低下は、第1ピークHApの発生時期YAを目標値(つまり第2ピークHBpまでの間隔が所期の間隔となるような時期)よりも遅角側に移動させるので(図19(A)参照)、これによって燃焼騒音が増大することが懸念される。これに対し、前記実施形態では、前記吸気閉弁時期の遅角制御中にプレ噴射P1の噴射量が増大されるので、前記のような第1ピークHApの発生時期YAのずれを修正することができ、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔Zを燃焼騒音の面で有利な上述した間隔に維持することができる(図19(B)参照)。さらに、このようなプレ噴射P1の増量補正に加えて、プレ噴射P1の噴射時期が進角されるので、前記ピーク発生時期YAのずれ修正により付随的に生じるピーク高さXAの上昇(増大方向のずれ)を適正に修正することができる(図19(C)参照)。
以上により、前記実施形態によれば、触媒暖機のために吸気閉弁時期が遅角されている(筒内圧および筒内ガス温度が低下する)状況下であっても、第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔Zを燃焼騒音に有利な間隔に収めることができ、かつ第1ピークHApの高さXAが過度に上昇するのを防止することができる。これにより、排気損失を増やして触媒の暖機促進を図りながら、燃焼騒音を十分に抑制してエンジンの商品性を高めることができる。
また、前記実施形態では、プレ噴射P1により噴射された燃料がPCI燃焼(予混合圧縮着火燃焼)するように当該プレ噴射P1の噴射時期が圧縮上死点に対し十分に進角された時期に設定されるとともに、メイン噴射P3により噴射された燃料が拡散燃焼するように当該メイン噴射P3の開始時期が前記第1ピークHAp(プレ噴射P1により噴射された燃料のPCI燃焼によるピーク)の発生時期YA以降のタイミングに設定される。このような構成によれば、第2ピークHBpを生じさせるメイン噴射P3による燃焼の形式が、噴射開始から着火までの期間(着火遅れ期間)が環境要因により左右され難い拡散燃焼とされるので、第2ピークHBpの発生時期YBをメイン噴射P3の噴射時期から確定的に求めることができる。このため、メイン噴射P3の噴射時期を固定しつつプレ噴射P1の噴射量/噴射時期を調整することにより、前記第1ピークHApと第2ピークHBpとの間隔Zを所期の間隔(燃焼圧力波が互いに打ち消し合うような間隔)に精度よく収めることができ、騒音抑制効果を安定的に確保することができる。
また、前記実施形態では、触媒暖機のために前記吸気閉弁時期の遅角制御が実行されているときに、吸気閉弁時期の遅角により生じる筒内圧および筒内ガス温度の低下量が推定されるとともに、当該筒内圧および筒内ガス温度の低下により生じる第1ピークHApの発生時期YAの目標からのずれが推定され、さらに、推定された当該ずれが修正されるようにプレ噴射P1の噴射量の増大量ΔQfaが設定される。またさらに、設定された増大量ΔQfaに基づいて、第1ピークHApの高さXAの目標からのずれが推定されるとともに、推定された当該ずれが修正されるようにプレ噴射P1の噴射時期の進角量ΔTfaが設定される。このような構成によれば、燃焼騒音の抑制と触媒の暖機促進とを両立できる第1ピークHApの発生時期YAおよび高さXAが得られるように、プレ噴射P1の増大量ΔQfaおよび進角量ΔTfaを演算により適正に求めることができる。
[変形例]
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば次のような変形実施形態を採ることができる。
(1)前記実施形態では特に言及しなかったが、吸気閉弁時期の遅角制御に伴う第1ピークHApのずれが比較的大きかった場合には、このずれを修正するために設定されるプレ噴射P1の噴射時期の進角量ΔTfaも比較的大きくなるので、これを無制限に許容してしまうと、プレ噴射P1により噴射された燃料を燃焼室6内の適切の位置(つまりキャビティCの内部)に供給できなくなる可能性がある。そこで、プレ噴射P1の進角量の大きさによってプレ噴射P1の回数を変更することが考えられる。図20(A)(B)は、この対策を採用した場合の具体例を説明するための図である。なお、本図におけるクランク角Wは、プレ噴射P1の進角量の限界(進角限界)を表すクランク角であり、本発明にいう「所定クランク角」に相当するものである。
図20(A)(B)に示す例では、第1ピークHApの高さXAのずれに基づき算出されるプレ噴射P1の進角量ΔTfaの大小によって、プレ噴射P1の噴射回数が1回または2回に可変的に設定される。例えば、上述した図18のステップS16により算出された進角量ΔTfaが、プレ噴射P1が前記進角限界W以降に開始されるような比較的小さい値であったとする。すなわち、算出された進角量ΔTfaだけ実際にプレ噴射P1を進角させても、プレ噴射P1の開始時期が進角限界Wと同じかこれよりも遅角側のタイミングに収まるものとする。この場合は、図20(A)に示すように、プレ噴射P1の回数を前記実施形態と同じ1回とする。
一方、前記ステップS16により算出された進角量ΔTfaが、プレ噴射P1が進角限界Wよりも進角側で開始されるような大きな値であったとする。すなわち、算出された進角量ΔTfaだけ実際にプレ噴射P1を進角させると、プレ噴射P1の開始時期が進角限界Wよりもさらに進角側になってしまうものとする。この場合は、図20(B)に示すように、プレ噴射P1の開始時期を進角限界Wに保持しながら、プレ噴射P1の回数を2回に増やす。これにより、プレ噴射P1により噴射された燃料を燃焼室6内の適切な位置(キャビティCの内部)に供給しながら、燃料のペネトレーション(貫徹力)が弱まるように時期的に分割された2回の噴射をプレ噴射P1として実行することにより、噴射開始から着火までの期間において燃焼室6(主にキャビティC)内の混合気の均質化を促進することができ、あたかも噴射時期を進角させたのと同様の効果を得ることができる。これにより、燃料の空気利用率が十分に確保されたクリーンな燃焼を実現しながら、第1ピークHApのずれを適正に修正して燃焼騒音の抑制と触媒の暖機促進との両立を図ることができる。
なお、図20(A)(B)に示した変形例において、プレ噴射P1を分割する回数は2回に限られず、3回以上にしてもよい。例えば、進角限界Wを超えるような大きな進角量ΔTfaが算出されたときに、進角限界Wに対するオーバー量が大きいほど分割回数を2回→3回‥‥と徐々に増やすようにしてもよい。また、前記変形例では、進角限界Wを超えるような大きな進角量ΔTfaが算出された場合に、プレ噴射P1の開始時期を進角限界Wに保持しつつプレ噴射P1を複数回に分割したが、分割噴射によるペネトレーションの低下を考慮して、進角限界Wよりも若干進角したタイミングまでプレ噴射P1の開始時期を進角させることを許容してもよい。
(2)前記実施形態では、触媒温度センサSN9の検出値に基づいて触媒の暖機状態を判定したが、排気浄化装置41の上流または下流を流れる排気ガスの検出温度等から間接的に触媒の暖機状態を判定するようにしてもよい。
(3)前記実施形態では、燃料の噴射パターンとして、プレ噴射P1、中段噴射P2、およびメイン噴射P3が実行される例を示したが、これは一例であり、例えば中段噴射P2は省略することが可能である。あるいは、煤の発生を抑制するためのアフター噴射をメイン噴射P3の後に実行してもよい。さらには、プレ噴射P1およびメイン噴射P3を、それぞれ複数回の噴射に分割してもよい。
(4)前記実施形態では、燃焼室6の底面を区画するピストン5のキャビティ5Cが、第1キャビティ部51および第2キャビティ部52を備える二段エッグシェープ形状を具備する例を示したが、本発明の燃料噴射制御は、二段エッグシェープ形状以外の他の窪み形状のキャビティ5Cを備える場合にも適用可能である。