[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明に係るディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置の実施形態を詳細に説明する。まず、本発明に係る燃料噴射制御装置が適用されるディーゼルエンジンシステムの全体構成を、図1に基づいて説明する。図1に示すディーゼルエンジンは、走行用の動力源として車両に搭載される4サイクルのディーゼルエンジンである。ディーゼルエンジンシステムは、複数のシリンダ2を有し軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジン本体1と、エンジン本体1に導入される吸気が流通する吸気通路30と、エンジン本体1から排出される排気ガスが流通する排気通路40と、排気通路40を流通する排気ガスの一部を吸気通路30に還流させるEGR装置44と、排気通路40を通過する排気ガスにより駆動されるターボ過給機(過給機)46とを備えている。
エンジン本体1は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ2(図1ではそのうちの一つのみを示す)を有し、軽油を主成分とする燃料の供給を受けて駆動されるエンジンである。エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5を備える。シリンダブロック3は、シリンダ2を形成するシリンダライナを有する。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後記で詳述する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。燃焼室6は、シリンダヘッド4の下面(燃焼室天井面6U、図3及び図4参照)、シリンダ2及びピストン5の冠面50によって形成されている。燃焼室6には前記燃料が、後述するインジェクタ15からの噴射によって供給される。そして、供給された燃料と空気との混合気が燃焼室6で燃焼され、その燃焼による膨張力で押し下げられたピストン5が上下方向に往復運動する。
シリンダブロック3には、クランク角センサSN1及び水温センサSN2が取り付けられている。クランク角センサSN1は、クランク軸7の回転角度(クランク角)及びクランク軸7の回転速度(エンジン回転速度)を検出する。水温センサSN2は、エンジン本体1つまりシリンダブロック3及びシリンダヘッド4の内部を流通してこれらを冷却するための冷却水の温度(大気圧)を検出する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の下面には、吸気ポート9の下流端である吸気側開口と、排気ポート10の上流端である排気側開口とが形成されている。シリンダヘッド4には、前記吸気側開口を開閉する吸気弁11と、前記排気側開口を開閉する排気弁12とが組み付けられている。なお、図示は省いているが、エンジン本体1のバルブ形式は、吸気2バルブ×排気2バルブの4バルブ形式であって、吸気ポート9及び排気ポート10は、各シリンダ2につき2つずつ設けられるとともに、吸気弁11及び排気弁12も2つずつ設けられている。
シリンダヘッド4には、カムシャフトを含む吸気側動弁機構13及び排気側動弁機構14が配設されている。吸気弁11及び排気弁12は、これら動弁機構13、14により、クランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。吸気側動弁機構13には、吸気弁11の少なくとも開時期を変更可能な吸気VVTが、排気側動弁機構14には、排気弁12の少なくとも閉時期を変更可能な排気VVTが、各々内蔵されている。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ15(燃料噴射弁)が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ15は、図略の燃料供給管を通して供給された燃料を燃焼室6に噴射する。インジェクタ15は、燃料を噴射する先端部(ノズル151;図4)が燃焼室6の径方向中心又はその近傍に位置するように、シリンダヘッド4に組み付けられ、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2〜図4)に向けて燃料を噴射する。
インジェクタ15は、燃料供給管を介して全シリンダ2に共通の蓄圧用コモンレール(図示せず)と接続されている。コモンレール内には、図外の燃料ポンプにより加圧された高圧の燃料が貯留されている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ15に供給されることにより、各インジェクタ15から高い圧力(50MPa〜250MPa程度)で燃料が燃焼室6内に噴射される。前記燃料ポンプと前記コモンレールとの間には、インジェクタ15から噴射される燃料の圧力である噴射圧を変更するための燃圧レギュレータ16(図1では不図示、図5参照)が設けられている。
吸気通路30は、吸気ポート9と連通するようにシリンダヘッド4の一側面に接続されている。吸気通路30の上流端から取り込まれた空気(新気)は、吸気通路30および吸気ポート9を通じて燃焼室6に導入される。吸気通路30には、その上流側から順に、エアクリーナ31、ターボ過給機46、スロットル弁32、インタークーラ33及びサージタンク34が配置されている。
エアクリーナ31は、吸気中の異物を除去して吸気を清浄化する。スロットル弁32は、図略のアクセルの踏み込み動作と連動して吸気通路30を開閉し、吸気通路30における吸気の流量を調整する。ターボ過給機46は、吸気を圧縮しつつ吸気通路30の下流側へ当該吸気を送り出す。インタークーラ33は、過給機46により圧縮された吸気を冷却する。サージタンク34は、吸気ポート9に連なるインテークマニホールドの直上流に配置され、複数のシリンダ2に吸気を均等に配分するための空間を提供するタンクである。
吸気通路30には、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5及び吸気O2センサSN6が配置されている。エアフローセンサSN3は、エアクリーナ31の下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の流量を検出する。吸気温センサSN4は、インタークーラの下流側に配置され、当該部分を通過する吸気の温度を検出する。吸気圧センサSN5及び吸気O2センサSN6は、サージタンク34の近傍に配置され、それぞれ当該部分を通過する吸気の圧力、吸気の酸素濃度を検出する。なお、図1には図示していないが、インジェクタ15の噴射圧を検出する噴射圧センサSN7が備えられている。
排気通路40は、排気ポート10と連通するようにシリンダヘッド4の他側面に接続されている。燃焼室6で生成された既燃ガス(排気ガス)は、排気ポート10及び排気通路40を通して車両の外部に排出される。排気通路40には排気浄化装置41が設けられている。排気浄化装置41には、排気通路40を流通する排気ガス中に含まれる有害成分(HC、CO、NOx)を浄化するための三元触媒42と、排気ガス中に含まれる粒子状物質を捕集するためのDPF(ディーゼル・パティキュレート・フィルタ)43とが内蔵されている。
排気通路40には、排気O2センサSN8及び差圧センサSN9が配置されている。排気O2センサSN8は、ターボ過給機46と排気浄化装置41との間に配置され、当該部分を通過する排気の酸素濃度を検出する。差圧センサSN9は、DPF43の上流端と下流端との差圧を検出する。
EGR装置44は、排気通路40と吸気通路30とを接続するEGR通路44Aと、EGR通路44Aに設けられたEGR弁45とを備える。EGR通路44Aは、排気通路40におけるターボ過給機46よりも上流側の部分と、吸気通路30におけるインタークーラ33とサージタンク34との間の部分とを互いに接続している。なお、EGR通路44Aには、排気通路40から吸気通路30に還流される排気ガス(EGRガス)を熱交換により冷却するEGRクーラ(図略)が配置されている。EGR弁45は、EGR通路44Aを流通する排気ガスの流量を調整する。
ターボ過給機46は、吸気通路30側に配置されたコンプレッサ47と、排気通路40に配置されたタービン48とを含む。コンプレッサ47とタービン48とは、タービン軸で一体回転可能に連結されている。タービン48は、排気通路40を流れる排気ガスのエネルギーを受けて回転する。これに連動してコンプレッサ47が回転することにより、吸気通路30を流通する空気が圧縮(過給)される。排気通路40には、不図示の、タービン48をバイパスする通路とこれを開閉するバイパス弁とが設けられている。このバイパス弁の開閉によってタービン48に流入する排気の量が変更され、過給圧が調整される。
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)及び(B)において、シリンダ軸方向A及び燃焼室の径方向Bを矢印で示している。以下では、シリンダ軸と直交する面を水平面として(シリンダ軸と直交する面が水平面となるようにピストン5が配置されているとして)説明する。
ピストン5は、キャビティ5C、周縁平面部55及び側周面56を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ15から燃料の噴射を受ける部分である。周縁平面部55は、冠面50において径方向Bの外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、周縁平面部55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面56は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
キャビティ5Cは、第1キャビティ部51、第2キャビティ部52、連結部53及び山部54を含む。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置された凹部である。第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の外周側に配置された、環状の凹部である。連結部53は、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部54は、冠面50(第1キャビティ部51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部54は、インジェクタ15のノズル151の直下の位置に凸設されている(図4)。
第1キャビティ部51は、第1上端部511、第1底部512及び第1内側端部513を含む。第1上端部511は、第1キャビティ部51において最も高い位置にあり、連結部53に連なっている。第1底部512は、第1キャビティ部51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部であって、第1キャビティ部51は、第1底部512においてシリンダ軸方向Aに所定の深さ(第1の深さ)を有している。上面視において、第1底部512は、連結部53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、連結部53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、第1キャビティ部51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
第2キャビティ部52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、テーパ領域524及び立ち壁領域525を含む。第2内側端部521は、第2キャビティ部52において最も径方向内側の位置にあり、連結部53に連なっている。第2底部522は、第2キャビティ部52において最も凹没した領域である。第2キャビティ部52は、第2底部522においてシリンダ軸方向Aに第1底部512よりも浅い深さを備えている。つまり、第2キャビティ部52は、第1キャビティ部51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、第2キャビティ部52において最も高い位置であって最も径方向外側に位置し、周縁平面部55に連なっている。
テーパ領域524は、第2内側端部521から第2底部522に向けて延び、径方向外側へ先下がりに傾斜した面形状を有する部分である。図3に示されているように、テーパ領域524は、径方向Bに延びる水平ライン(シリンダ軸Aと直交する面に沿うライン)C1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインC2に沿った傾きを有している。立ち壁領域525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。径方向Bの断面形状において、第2底部522から第2上端部523にかけて、第2キャビティ部52の壁面が水平方向から上方向へ向かうように湾曲された曲面とされており、第2上端部523の近傍において垂直壁に近い壁面とされている部分が立ち壁領域525である。
連結部53は、径方向Bの断面形状において、下側に位置する第1キャビティ部51と上側に位置する第2キャビティ部52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。連結部53は、下端部531及び第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、第1キャビティ部51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、第2キャビティ部52の第2内側端部521に対する連設部分である。
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531は連結部53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述のテーパ領域524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域でもある。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の第2キャビティ部52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532から周縁平面部55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
山部54は、上方に向けて突出しているが、その突出高さは連結部53の第3上端部532の高さと同一であり、周縁平面部55よりは窪んだ位置にある。山部54は、上面視で円形の第1キャビティ部51の中心に位置しており、これにより第1キャビティ部51は山部54の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
[燃料噴射後の筒内流動について]
続いて、インジェクタ15によるキャビティ5Cへの燃料噴射状況、及び噴射後の混合気の流れについて、図4に基づいて説明する。図4は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、冠面50(キャビティ5C)とインジェクタ15から噴射される噴射燃料15Eの噴射軸AXとの関係と、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。
インジェクタ15は、燃焼室天井面6U(シリンダヘッド4の下面)から燃焼室6へ下方に突出するように配置されたノズル151を備えている。ノズル151は、燃焼室6内へ燃料を噴射する噴射孔152を備えている。図4では一つの噴射孔152を示しているが、実際は複数個の噴射孔152がノズル151の周方向に等ピッチで配列されている。噴射孔152から噴射される燃料は、図中の噴射軸AXに沿って噴射される。噴射された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図4には、噴射軸AXに対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX1と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX2とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX1と下拡散軸AX2とがなす角である。噴射孔152から噴射された燃料は、側面視で上拡散軸AX1と下拡散軸AX2の間の領域を通って飛散する。なお、噴射軸AXは、インジェクタ15から噴射された燃料噴霧の中心軸であって、噴射孔152の中心軸の延長線とほぼ一致する。
噴射孔152は、キャビティ5Cの連結部53に向けて燃料を噴射可能である。すなわち、ピストン5の所定のクランク角において噴射孔152から燃料噴射動作を行わせることで、噴射軸AXを連結部53に指向させることができる。図4は、前記所定のクランク角における噴射軸AXとキャビティ5Cとの位置関係を示している。噴射孔152から噴射された燃料は、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、連結部53に吹き当たることになる。
図4に示すように、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料15Eは、連結部53に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分離される。すなわち、連結部53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々第1、第2キャビティ部51、52に存在する空気と混合しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、連結部53の下端部531から第1キャビティ部51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する第1キャビティ部51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、第1キャビティ部51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、第1キャビティ部51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。従って、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に存在する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、連結部53の第3上端部532から第2キャビティ部52のテーパ領域524に入り込み、テーパ領域524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、テーパ領域524は噴射軸AXに沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、テーパ領域524の存在、並びに、連結部53の第3上端部532も下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
しかる後、前記混合気は、第2底部522と立ち壁領域525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uに沿って径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は第2キャビティ部52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びる立ち壁領域525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、立ち壁領域525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
以上の通り、噴射軸AXに沿って連結部53に向けて噴射された燃料が、連結部53に衝突して空間的に分離され、第1、第2キャビティ部51、52の空間に各々存在する空気を活用して混合気を生成する。これにより、燃焼室6の空間を広く利用して均質で薄い混合気を形成でき、燃焼時に煤などの発生を抑制することができる。
[制御構成]
図5は、前記ディーゼルエンジンシステムの制御構成を示すブロック図である。本実施形態のエンジンシステムは、プロセッサ70(ディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置)によって統括的に制御される。プロセッサ70は、CPU、ROM、RAM等から構成される。プロセッサ70には、車両に搭載された各種センサからの検出信号が入力される。前記で説明したセンサSN1〜SN9に加え、車両には、アクセル開度を検出するアクセル開度センサSN10と、車両の走行環境の大気圧を計測する大気圧センサSN11と、外気温つまり車両の走行環境の気温を計測する外気温センサSN12と、が備えられている。
プロセッサ70は、上述したクランク角センサSN1、水温センサSN2、エアフローセンサSN3、吸気温センサSN4、吸気圧センサSN5、吸気O2センサSN6、噴射圧センサSN7、排気O2センサSN8、差圧センサSN9、アクセル開度センサSN10、大気圧センサSN11及び外気温センサSN12と電気的に接続されている。これらのセンサSN1〜SN12によって検出された情報、すなわち、クランク角、エンジン回転速度、大気圧、吸気流量、吸気温、吸気圧、吸気酸素濃度、インジェクタ15の噴射圧、排気酸素濃度、DPF43の前後差圧、アクセル開度、外気温、気圧等の情報がプロセッサ70に逐次入力される。なお、吸気圧センサSN5はコンプレッサ47よりも下流側に設けられており、吸気圧センサSN5で検出される吸気圧は過給圧と同じである。以下では、吸気圧を過給圧という。
プロセッサ70は、前記各センサSN1〜SN12他からの入力信号に基づいて種々の判定や演算等を実行しつつエンジンの各部を制御する。すなわち、プロセッサ70は、インジェクタ15(燃圧レギュレータ16)、スロットル弁32及びEGR弁45等と電気的に接続されており、前記演算の結果等に基づいてこれらの機器にそれぞれ制御用の信号を出力する。
プロセッサ70は、機能的に、インジェクタ15の動作を制御する燃料噴射制御部71(第1噴射制御部、第2噴射制御部)と、過給圧を制御する(前記のバイパス弁の動作を制御する)過給圧制御部80とを備えている。
過給圧制御部80は、エンジンの運転状態(例えば、エンジン回転数とエンジン負荷)に応じて過給圧の目標値を設定し、この目標値が実現されるように前記のバイパス弁の開度を変更する。
本実施形態において燃料噴射制御部71は、少なくとも、ピストン5が圧縮上死点付近に位置するタイミングで燃料噴射を行わせるメイン噴射と、当該メイン噴射よりも早いタイミングで燃料噴射を行わせるパイロット噴射と、前記パイロット噴射よりも早いタイミング若しくは前記メイン噴射よりも遅いタイミングで燃料噴射を行わせる低ペネトレーション噴射と、をインジェクタ15に実行させる。
ここで、前記メイン噴射及びパイロット噴射は、従前の燃焼制御において汎用されている燃料噴射である。これらの噴射の態様は多々存在する。メイン噴射よりも遅いタイミングで、煤の抑制のためアフター噴射が行われる場合もある。これらの噴射に加えて、本実施形態では、ペネトレーションが他の噴射よりも制限された低ペネトレーション噴射が実行される点に特徴を有する。後記で詳述するが、低ペネトレーション噴射は、燃焼室6の径方向中央領域に残存する空気(酸素)を有効活用するための燃料噴射である。燃料噴射制御部71は、前記メイン噴射若しくは前記パイロット噴射の少なくとも一方を、キャビティ5Cの連結部53を指向して燃料噴射するタイミングで実行させる第1噴射制御と、前記低ペネトレーション噴射を、燃焼室6の径方向中央領域内だけに燃料噴射が行われるように実行させる第2噴射制御と、を実行する。
燃料噴射制御部71は、機能的に、噴射範囲設定部72、運転状態判定部73、残存酸素量判定部74、モード判定部76、噴射パターン設定部77及び噴射タイミング設定部78を含む。
噴射範囲設定部72は、上掲の各燃料噴射におけるペネトレーション目標を設定する。特に前記の低ペネトレーション噴射において、噴射範囲設定部72は、キャビティ5Cによって形成される筒内旋回流の態様を予測して、ペネトレーション目標を設定する(図9に基づき、後記で詳述する)。
運転状態判定部73は、クランク角センサSN1が検出値に基づくエンジン回転速度、及びアクセル開度センサSN10の開度情報に基づくエンジン負荷より、エンジン本体1の運転状態を判定する。この判定結果は、前記の低ペネトレーション噴射を実行させる運転モードであるか否かに用いられる。
残存酸素量判定部74は、排気O2センサSN8の検出値に基づき、燃焼室6内での酸素利用状況、つまり燃焼室6で残存酸素が発生しているか否か、さらには残存する酸素量のレベルを判定する。なお、排気O2センサSN8の検出値に依存せず、エアフローセンサSN3が検出する吸気量、インジェクタ15からの燃料噴射量等を参照したモデル計算により、残存酸素を導出するようにしても良い。
モード判定部76は、噴射圧センサSN7が検出するインジェクタ15の噴射圧に基づいて、或いは、エンジン負荷に応じて算出される噴射圧の設定値データを受領して、現状の運転モードを判定する。
噴射パターン設定部77は、インジェクタ15からの燃料噴射のパターンを、設定する。前記の低ペネトレーション噴射において、噴射パターン設定部77は、モード判定部76が判定した運転モードに応じて、低ペネトレーション噴射の噴射パターンを設定する。この噴射パターンの変動要素は、低ペネトレーション噴射の大まかな実行タイミング(例えば、パイロット噴射よりも早いタイミングか、或いはメイン噴射よりも遅いタイミングか)、低ペネトレーション噴射の回数(単発噴射か、或いは分割噴射か)などである。
噴射タイミング設定部78は、インジェクタ15からの燃料噴射の噴射タイミングを、各種の条件に応じて設定する。
[低ペネトレーション噴射が必要な理由]
上述の通り、第1、第2キャビティ部51、52を備えた2段構造キャビティを採用することにより、燃焼室6内の空気、とりわけ径方向外側のスキッシュ領域(本実施形態では、周縁平面部55の上方の領域)の空気を有効利用して均質で薄い混合気を形成できる利点、シリンダ2の内周壁を通した冷損の発生抑制の利点などを期待することができる。他方で、2段構造キャビティを採用した場合、燃焼室6の径方向中央領域の空気の利用率が低下する傾向があることを本発明者らは見出した。この点を図6に基づいて説明する。
図6(A)は、比較例に係るキャビティを採用した場合における筒内旋回流を模式的に示す図である。比較例のピストン500は、1段構造のキャビティ500Cを備える。キャビティ500Cは、キャビティ部501と、当該キャビティ部501の径方向外側の開口縁となるキャビティエッジ502と、径方向Bの中心領域に突設された山部503とを含む。キャビティ部501は、卵型に湾曲した断面形状を有している。
このようなキャビティ500Cによって区画された燃焼室6Aにおいて、図略のインジェクタから噴射軸AXに沿って、キャビティエッジ502に向けて燃料が噴射されたとする。この場合、噴射された燃料を含む混合気の筒内流動は、図中に矢印で示す旋回流E1となる。旋回流E1は、キャビティエッジ502に吹き当たり、キャビティ部501の形状に沿って軸方向Aの下方、径方向Bの内方へ順次向かい、山部503によって上方へ誘導され、径方向Bの外方へ向かう流動を作る。このような旋回流E1は、比較的強い渦流であり、燃焼室6Aの径方向中央領域(山部503の上方付近)に存在する空気ARを径方向Bの外側へ引き込む引き込み力EP1も強くなる。従って、径方向中央領域の空気ARを利用して混合気を形成することができる。
一方、図6(B)は、本実施形態に係る2段構造のキャビティ5Cを備えたピストン5を採用した場合における筒内旋回流を模式的に示す図である。当該燃焼室6において、図略のインジェクタから噴射軸AXに沿って、連結部53に向けて燃料が噴射されたとする。この場合、混合気の筒内流動は連結部53で分岐され、軸方向Aの下側の第1キャビティ51に向かう流動と、上側の第2キャビティ部52に向かう流動とに分離される。そして、各キャビティ51、52で、それぞれ下側旋回流E2、上側旋回流E3を形成する。下側旋回流E2は、旋回流E1と同様な流動であって、第1キャビティ部51の形状に沿って軸方向Aの下方、径方向Bの内方へ順次向かい、山部54によって上方へ誘導され、径方向Bの外方へ向かう流動である。上側旋回流E3は、径方向Bの外方から軸方向Aの上方に向かった後、径方向Bの内方へ順次向かう流動である。上側旋回流E3の形成により、1段構造のキャビティ500Cに比べて、スキッシュ領域の空気を活用できることが判る。
しかし、燃焼室6の径方向中央領域の空気ARの利用率については、1段構造のキャビティ500Cに劣る傾向がある。すなわち、2段構造のキャビティ5Cの場合、旋回流が下側旋回流E2と上側旋回流E3とに分離されてしまうので、空気ARを径方向Bの外側へ引き込む引き込み力EP2も比較的弱いものとなる。つまり、空気ARの引き込みに寄与する下側旋回流E2が、旋回流の分離によって比較例の旋回流E1よりも弱くなり、渦流に基づく引き込み力EP2が弱体化するものである。
図7(A)は、比較例に係るキャビティ500Cを採用した場合の燃焼室6A内における残存空気の発生状況を、図7(B)は、本実施形態に係るキャビティ5Cを採用した場合の燃焼室6内における残存空気の発生状況を、各々示す断面図である。図6(A)に基づき説明したように、比較例では比較的強い渦流の旋回流E1が形成される。従って、図7(A)に示すように、燃焼室6Aの径方向Bの中央領域に存在する空気は旋回流E1に引き込まれ易くなり、未使用の空気(酸素)が残り得る酸素残存可能領域G1は比較的狭い領域となる。
これに対し、本実施形態に係るキャビティ5Cでは、図6(B)に基づき説明したように、下側旋回流E2は比較的弱い渦流となることから、燃焼室6の径方向中央領域に存在する空気は下側旋回流E2に引き込まれ難くなる。つまり、空気が径方向Bの外側へ向かい難くなる。このため、図7(B)に示すように、未使用の空気(酸素)が残り得る酸素残存可能領域G2は、径方向中央領域において広いエリアを占めるようになる。従って、燃焼室6の径方向中央領域に残存する酸素を有効利用できないという問題が生じる。
[低ペネトレーション噴射による残存空気の活用]
前記の問題に鑑み、本実施形態では、ディーゼルエンジンに燃焼制御において一般に実行されるメイン噴射及びパイロット噴射に加えて、燃焼室6の径方向中央領域内だけに燃料噴射を行う低ペネトレーション噴射が実行される。図8は、インジェクタ15からの低ペネトレーション噴射15Aの実行状況を示す燃焼室6の断面図である。
低ペネトレーション噴射15Aは、燃焼室6の径方向Bの中央領域に残存する空気を活用して混合気を生成するための噴射である。このため、低ペネトレーション噴射15Aの噴霧ペネトレーションは、燃焼室6の径方向中央領域において空気(酸素)が存在し得る領域の外縁Hに設定される。つまり、低ペネトレーション噴射15Aの燃料噴霧の先端の到達位置が前記の外縁Hに設定される。外縁Hは、先に図7(B)に示した酸素残存可能領域G2の外縁に相当する。低ペネトレーション噴射15Aの噴霧ペネトレーションを、外縁Hよりも径方向Bの内側に設定しても良い。しかし、酸素残存可能領域G2の酸素をなるべく活用するという観点からは、外縁Hを噴霧ペネトレーションに設定することが望ましい。なお、外縁Hよりも径方向Bの外側に噴霧ペネトレーションを設定すると、外縁Hよりも径方向Bの外側に、過剰に燃料リッチな領域が発生する可能性があるので回避することが望ましい。
以上の理由から、噴射範囲設定部72(図5;第2噴射制御部)は、低ペネトレーション噴射15Aを実行させる際、外縁Hが噴霧ペネトレーションの目標ラインとなるように設定する。この外縁Hは、センサ等で検出することができないが、燃焼室6で発生する旋回流(下側旋回流E2及び上側旋回流E3)の、径方向Bの内側への到達位置から推定することができる。
図9(A)〜(C)は、酸素残存可能領域G2の外縁Hであって低ペネトレーション噴射15Aの目標ラインH1の設定方法を説明するための図である。未使用の空気が滞留することになる酸素残存可能領域G2は、下側旋回流E2及び上側旋回流E3の渦流が生じない領域、或いは前記渦流が到達しない領域に発生すると言うことができる。従って、旋回流が到達する径方向Bの内側の境界ラインを求めることで、目標ラインH1を導出することができる。つまり、旋回流E2、E3の最も外周部分が燃焼室6の径方向Bの中心に最も接近する位置が、上述の境界ライン、つまり目標ラインH1となる。
2段構造のキャビティ5Cを備えた燃焼室6内で生じる下側旋回流E2及び上側旋回流E3の旋回流のサイズは、1サイクル当たりにおいて最大のエネルギーを持つ噴射すなわちメイン噴射の噴霧ペネトレーション、当該噴霧ペネトレーションの上下のキャビティ部51、52への配分、キャビティ部51、52の形状(旋回曲率)や容積(旋回距離)などの要因によって定まる。
図9(A)に示すように、旋回流E2、E3は、前記要因に応じて変動する径方向Bの旋回径を持つ渦流である。キャビティ5Cの形状、容積は固定化されているので、前記旋回径の変動要因は、噴霧ペネトレーション及びその配分ということになる。旋回流E2、E3の最も外周部分が燃焼室6の径方向Bの中心に最も接近する位置が、上述の境界ライン、つまり目標ラインH1となる。本実施形態では、専ら第2キャビティ部52よりも径方向内側に配置されている第1キャビティ部51において発生する、下側旋回流E2の旋回径で目標ラインH1が決まる。
メイン噴射の噴霧ペネトレーションは、図9(B)に示すように、インジェクタ15からの燃料の噴射圧と噴射量とによって定まる。すなわち、噴射圧と噴射量との積算値が大きくなるほど、噴霧ペネトレーションも大きくなり、このことは旋回流の旋回径(旋回エネルギー)も大きくなることを意味する。一方、噴霧ペネトレーションの上下のキャビティ部51、52への配分については、噴射軸AXとキャビティ部51、52との位置関係、つまり噴射タイミングに依存する。
図9(C)は、噴射タイミングと、下側の第1キャビティ部51における噴霧ペネトレーションとの関係を示すグラフである。メイン噴射は、一般に圧縮上死点以降に行われることから、遅角側になるほどピストン5が下降する状態となる。このため、噴射タイミングが遅角するほど、噴射軸AXは連結部53よりも上側、つまり第2キャビティ部52側を指向するようになる。すなわち、噴射タイミングが遅角するほど、第1キャビティ部51に配分される噴霧ペネトレーションは小さくなり、よって下側旋回流E2の旋回径(旋回エネルギー)も小さくなる。
以上の通りであるので、下側旋回流E2の旋回径を、メイン噴射の噴射圧、噴射量及び噴射タイミングから推定することができる。噴射範囲設定部72(図5)は、推定された下側旋回流E2の旋回径に基づいて、燃焼室6の径方向中央領域に生じる酸素残存可能領域G2(図7(B))のサイズを推定する。そして、噴射範囲設定部72は、その酸素残存可能領域G2の外縁H(図8)を、低ペネトレーション噴射における目標ラインH1に設定する。そして、燃料噴射制御部71が、目標ラインH1をペネトレーション目標とする低ペネトレーション噴射を適宜なタイミングで実行させることで、酸素残存可能領域G2に残存する空気と、低ペネトレーション噴射による噴霧燃料とで、混合気を形成することができる。その結果、燃焼室6内の空気を有効活用して均質で薄い混合気を形成し、煤などの発生を抑制した良質なディーゼル燃焼を実現することができる。
[第1実施形態]
続いて、低ペネトレーション噴射制御の第1実施形態を示す。第1実施形態では、前記で説明した低ペネトレーション噴射を、「パイロット噴射よりも早いタイミング」(以下、「PILOT領域」という)で実行させ、その噴射タイミングを過給圧の目標値に対する不足量に応じて変更する例を示す。
図10および図11は、1サイクル当たりに行われる燃料噴射の噴射タイミング(クランク角CA)とその噴射量とを模式的に示した図である。
図10は、低ペネトレーション噴射が実行されない場合の基本噴射パターンを示している。ここでは、基本噴射パターンとして、メイン噴射P1、パイロット噴射P2及びアフター噴射P3が実行される例を示している。メイン噴射P1は、最大のエネルギー(噴射量)を持つ噴射であり、圧縮上死点付近(例えば2〜6deg_ATDC)で実行される噴射である。パイロット噴射P2は、メイン噴射P1よりも早いタイミング(例えば1〜10deg_BTDC)で実行される噴射であり、事前に混合気を作って着火性を高める目的で実行される。図10では、パイロット噴射P2が、第1パイロット噴射P21と第2パイロット噴射P22との2回に分けて実行される例を示している。アフター噴射P3は、メイン噴射P1よりも遅いタイミング(例えば8〜15deg_BTDC)で実行される噴射であり、燃料を完全燃焼させて煤を発生させないようにすることを目的として実行される。なお、これら噴射P1、P2、P3は、上述の低ペネトレーション噴射のように、噴霧ペネトレーションが目標ラインH1以内の中央領域に制限されない噴射である。
図11は、第1実施形態に係る低ペネトレーション噴射の態様を示した図である。図11に示すように、また、前記のように、第1実施形態では、パイロット噴射P2よりも進角側のPILOT領域で低ペネトレーション噴射P4が実行される。低ペネトレーション噴射P4は、噴霧ペネトレーションが目標ラインH1に制限されることから、一般に噴射量は基本噴射パターンの噴射P1、P2、P3よりも少なくなる。
図11において実線は、過給圧がほぼ目標値であるときの低ペネトレーション噴射P4を示しており、このとき、低ペネトレーション噴射P4は予め設定された基本噴射タイミングCA1にて実施される。基本噴射タイミングCA1は、例えば、エンジン回転数とエンジン負荷に応じて設定されている。
これに対して、過給圧の目標値に対する不足量、つまり、過給圧の目標値から実際の過給圧を減じた値が大きくなると、破線で示すように、低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミングは基本噴射タイミングCA1から進角側に変更される。本実施形態では、この基本噴射タイミングCA1からの進角量が、前記の不足量にほぼ比例するように、前記の不足量と基本噴射タイミングCA1とに基づいて低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミングが設定される。ここで、本実施形態では、前記不足量が0未満のとき、つまり、過給圧が目標値よりも高いときは、低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミングは基本噴射タイミングCA1に維持され、不足量が0以上のときにのみこの噴射タイミングが変更される。
図12は、第1実施形態に係る低ペネトレーション噴射制御を示すフローチャートである。
まず、プロセッサ70の燃料噴射制御部71(図5)が、図5に示す各センサSN1〜SN12や他のセンサから、車両の走行領域(エンジン本体1の運転状態)に関する情報を取得するとともに、過給圧制御部80(図5)が、現在の過給圧(吸気圧センサSN5の検出値)を取得する(ステップS1)。続いて、過給圧制御部80は、別途設定した過給圧の目標値から現在の過給圧減じて、過給圧の目標値に対する不足量(以下、適宜、過給圧不足量という)を算出する(ステップS2)。
次に、運転状態判定部73が、クランク角センサSN1が検出するエンジン回転速度及びアクセル開度センサSN10が検出するエンジン負荷が、予め定められた所定の走行領域(運転状態)の範囲内に該当するか否かを判定する(ステップS3)。前記所定の走行領域は、図7(B)に示した酸素残存可能領域G2が形成されるような走行領域である。所定の走行領域に含まれない領域は、例えば、メイン噴射P1若しくはパイロット噴射P2の噴霧ペネトレーションが所定の設定量よりも大きい場合が例示される。前記所定の設定量は、燃焼室6の径方向中央領域に空気が残存し得ないような噴射量を作る噴霧ペネトレーションであり、所定の走行領域に含まれない領域は、一般に高負荷、高回転速度の走行領域が該当する。
所定の走行領域に該当しない場合(ステップS3でNO)、つまり、酸素残存可能領域G2が形成されない場合、運転状態判定部73は、低ペネトレーション噴射を実行させる運転モードではないと判定する。この場合、燃料噴射制御部71は低ペネトレーション噴射を禁止する(ステップS4)。このような走行領域で低ペネトレーション噴射を実行させると、混合気がリッチ化し、燃焼性や燃費性能を悪化させるからである。
一方、所定の走行領域に該当する場合(ステップS3でYES)は、燃焼室6の径方向中央領域に酸素残存可能領域G2が形成される状態となる。この場合、残存酸素量判定部74が、その酸素残存可能領域G2つまり燃焼室中央領域に所定値以上の酸素量が残存している状態か否かを判定する(ステップS5)。この判定は、上述の通り、排気O2センサSN8の検出値若しくはモデル計算に基づいて実行される。酸素残存可能領域G2に所定値以上の酸素量が残存していない場合(ステップS5でNO)、そもそも低ペネトレーション噴射を実行して活用すべき酸素が存在しないことから、燃料噴射制御部71は低ペネトレーション噴射を禁止する(ステップS4)。
これに対し、残存酸素量判定部74が、径方向中央領域である酸素残存可能領域G2に所定値以上の酸素量が残存していると判定した場合(ステップS5でYES)、低ペネトレーション噴射が実行されるモードとなる。この場合、次に、噴射パターン設定部77が、過給圧不足量が0より大きいか否かを判定する(ステップS6)。
ステップS6において、過給圧不足量が0以下であると判定した場合(ステップS6でNO)、つまり、実際の過給圧が目標値に一致している或いは目標値よりも高い場合は、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを別途設定された基本噴射タイミングに設定する(ステップS7)。一方、過給圧不足量が0より大きいと判定した場合、噴射パターン設定部77は、過給圧不足量に基づいて低ペネトレーション噴射の噴射タイミングの基本噴射タイミングに対する進角量を算出する(ステップS8)。前記のように、このとき、過給圧不足量に比例して過給圧不足量が大きいほど進角量は大きくされる。続いて噴射パターン設定部77は、基本噴射タイミングから算出した進角量分だけ進角させたタイミングを、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングに設定する(ステップS9)。その後は、燃料噴射制御部71が、この噴射タイミングで低ペネトレーション噴射が実施されるようにインジェクタ11を駆動する。
図13は、この制御を実施したときの加速時の各パラメータの時間変化を示したタイムチャートである。図13の各グラフは、上から順に、アクセル開度、エンジン回転数、過給圧、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを示している。時刻t1にてアクセルペダルが踏み込まれてアクセル開度が増大すると、これに伴って過給圧の目標値(破線)が増大する。また、エンジン回転数が増大していく。過給圧の目標値が増大するのに伴って実際の過給圧(実線、以下、適宜、実過給圧という)も高められる(例えば、前記のバイパス弁が閉じ側に制御されてより多くの排気ガスがタービン48に導入される)。
しかし、ターボ過給機46の応答遅れ、および、ターボ過給機46から燃焼室6(吸気圧センサSN5)までの空気の移動遅れのため、実過給圧はすぐには目標値に到達せず、過給圧の不足量が0より大きくなる。過給圧の不足量が0より大きいことで、前記のように低ペネトレーション噴射の噴射タイミング(実線)は、破線で示した基本噴射タイミングCA1よりも進角される。そして、実過給圧が目標値に到達するまで、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングは、基本噴射タイミングCA1よりも進角側の時期とされ、時刻t2で実過給圧が目標値に到達すると、基本噴射タイミングCA1とされる。なお、図13に示した例では、エンジン回転数の増大等に伴って基本噴射タイミングCA1は進角側に変更されている。
このように、第1実施形態では、過給圧不足量に応じて低ペネトレーション噴射の噴射タイミングが進角される。
[第2実施形態]
次に、低ペネトレーション噴射制御の第2実施形態を示す。第2実施形態では、運転状態に応じて定まるインジェクタ15の噴射圧に応じて運転モードを判定し、各運転モードと過給圧不足量とに応じて低ペネトレーション噴射の噴射パターンを定める例を示す。なお、以下では、「メイン噴射よりも遅いタイミング」を、「AFTER領域」という。
図14は、アフター噴射P3よりも遅角側のAFTER領域で低ペネトレーション噴射P5が実行される噴射パターンを示している。AFTER領域で実施される低ペネトレーション噴射P5も、噴射量は基本噴射パターンの噴射P1、P2、P3よりも少なくなる。
<基本的な制御区分の説明>
図15は、第2実施形態に係る低ペネトレーション噴射制御における、基本的な制御区分を示す図である。図15において、横軸はインジェクタ15からの燃料の噴射圧つまりインジェクタ15の噴射圧であり、設定最高噴射圧FPmaxと、設定最小噴射圧FPminとを示している。縦軸は低ペネトレーション噴射によってインジェクタ15から噴射される燃料量である。図中の斜線H2は、低ペネトレーション噴射の噴霧ペネトレーション(噴霧の先端位置)が目標ラインH1(図9)となるときの噴射圧と噴射量とを結んだライン、つまり、低ペネトレーション噴射の噴霧ペネトレーションを目標ラインH1とするための噴射圧と噴射量の基本的な制御目標ラインである。図15の縦軸は、1回の低ペネトレーション噴射によってインジェクタ15から噴射される燃料量である。以下では、適宜、この1回の低ペネトレーション噴射によってインジェクタ15から噴射される燃料量を、単発低ペネトレーション噴射量という。
前記のように、噴射圧が高い方が噴霧ペネトレーションは大きくなり、噴射量が多い方が噴霧ペネトレーションは大きくなる。これより、制御目標ラインH1は、噴射圧が高くなるほど単発低ペネトレーション噴射量が小さくなるラインである。
本実施形態では、前記のように、噴射圧は、エンジン本体1の運転状態に応じて設定される。これより、低ペネトレーション噴射の噴霧を目標ラインH1まで飛ばすために、設定されている噴射圧に応じて、噴射量を調整する。つまり、本実施形態の低ペネトレーション噴射制御では、噴射圧データを既存値として受領し、その噴射圧に応じて噴射量を設定することで、目標ラインH1の噴霧ペネトレーションを達成する。制御目標ラインH2は、そのような噴射量の設定ラインを表している。
大略的に、噴射圧が比較的高い領域では、PILOT領域を活用して低ペネトレーション噴射が実行され、噴射圧が比較的低い領域ではAFTER領域を活用して低ペネトレーション噴射が実行される。このように大略的に区分されるのは、次の理由による。
先ず、燃費性能の面からは、PILOT領域を活用する方が有利となる。AFTER領域での噴射は、メイン噴射の燃焼の後に実行されるものとなるため、主としてピストンの下降中に熱発生が生じ、燃費ロスが増加する。これに対して、PILOT領域で噴射された燃料は、圧縮上死点付近で熱効率良く燃焼されることでその燃焼エネルギーの多くを有効なトルクとして取り出すことができる。従って、燃費性能を高めるために、なるべくPILOT領域を活用することが望ましい。
しかし、制御目標ラインH2に示されるように、噴射圧が低いときは、噴霧の先端を目標ラインH1に到達させるために、噴射量を多くする必要がある。PILOT領域において多量の燃料を燃焼室6に供給すると、過早着火の問題が生じる。具体的には、PILOT領域で低ペネトレーション噴射によって多量の燃料を燃焼室6に供給すると、この燃料がパイロット噴射やメイン噴射に係る燃料の燃焼開始前に燃焼を開始するおそれや、低ペネトレーション噴射に係る燃料と空気の反応によってパイロット噴射やメイン噴射に係る燃料の反応が促進されてこれら噴射に係る燃料が所望のタイミングよりも早くに燃焼を開始するおそれがある。これに対して、AFTER領域で低ペネトレーション噴射を実施したときは、パイロット噴射やメイン噴射に係る燃料の燃焼後に低ペネトレーション噴射に係る燃料が燃焼するため、過早着火の問題は生じない。
これより、本実施形態では、基本的に、噴射圧が低く低ペネトレーション噴射によって燃焼室6に供給される燃料の量が多いときは、AFTER領域を活用し、低ペネトレーション噴射によって燃焼室6に供給される燃料の量が少ないときは、PILOT領域を活用する。
ここで、噴射圧が低くなるほど、噴霧粒の粒度が大きくなって煤が発生し易くなるというディーゼルエンジンの特性がある。そのため、前記のように噴射圧が低いときにAFTER領域で燃料を噴射すれば、煤を再燃焼させることができるという効果を得ることができる。
以上の通りであるので、大略的に、高噴射圧の領域ではPILOT領域が活用され、低噴射圧の領域ではAFTER領域が活用される。
次に、上述のPILOT領域及びAFTER領域のさらなる区分について説明する。図15に示すように、PILOT領域は、PILOT領域で低ペネトレーション噴射が分割して実行される高噴射圧側の第1領域と、PILOT領域で低ペネトレーション噴射が単発で実行される低噴射圧側の第2領域とに区分されている。また、AFTER領域も、噴射が分割で実行される高噴射圧側の第3領域と、噴射が単発で実行される低噴射圧側の第4領域とに区分されている。
単発噴射と分割噴射との区分は、制御目標ラインH2に沿った噴射において、燃焼室6の径方向中央領域に生じる酸素残存可能領域G2の酸素を全て燃焼させるのに必要な噴射量を確保できるか否かに依存する。噴射圧が高い側の領域(第1領域、第3領域)では、1回当たりの噴射量(単発低ペネトレーション噴射量)が少なくなるので(多くすると、目標ラインH1を超過する噴射となってしまうので)、2回又はそれ以上の噴射を実行させて、必要な噴射量を確保する。一方、噴射圧が低い側の領域では、1回当たりの噴射量(単発低ペネトレーション噴射量)が比較的多くなるので、1回の噴射で必要な噴射量を確保することができる。
第1領域は、PILOT領域において複数回に分割して低ペネトレーション噴射が実行される「PILOT分割」の領域、第2領域は、PILOT領域において単発で低ペネトレーション噴射が実行される「PILOT単発」の領域である。また、第3領域は、AFTER領域において複数回に分割して低ペネトレーション噴射が実行される「AFTER分割」の領域、第4領域は、AFTER領域において単発で低ペネトレーション噴射が実行される「AFTER単発」の領域である。図15には、これらの区分の上限若しくは下限の噴射量を示す第1、第2、第3、第4、第5ラインL1、L2、L3、L4、L5が表されている。燃料の噴射量は、L1<L2<L3<L4<L5の関係にある。
第3ラインL3は、PILOT領域を活用するときの低ペネトレーション噴射の噴射量の上限であり、第1領域および第2領域は、少なくとも単発低ペネトレーション噴射量が第3ラインL3以下となる領域に設定されている。前記のように、PIROT領域で多量の燃料を低ペネトレーション噴射によって燃焼室6内に供給すると、過早着火が生じる。第3ラインL3は、PILOT領域で低ペネトレーション噴射を実施したときに、過早着火が生じない噴射量の上限ラインである。
ここで、第3ラインL3は、低ペネトレーション噴射によって1燃焼サイクルあたりに燃焼室6内に供給される燃料の総量の上限ラインである。従って、PILOT領域において複数回に分けて低ペネトレーション噴射が実施される場合には、各噴射に係る燃料の総量がこの第3ラインL3を超えないようにする必要がある。
なお、第3ラインL3は、結果的に第3領域のAFTER分割噴射の下限になっているが、これはAFTER分割噴射の機能的な意味での下限ではない。上述の通り、燃費ロスに鑑みるとPILOT領域の活用が有利であるので、PILOT領域を優先適用するものとした上で、過早着火の問題からPILOT領域ではカバーできない噴射量領域をAFTER領域で補うという観点での下限である。
第2ラインL2は、第2領域のPILOT単発噴射において、酸素残存可能領域G2で着火遅れを生じさせないようにする噴射量が確保される下限ラインである。1回当たりの噴射量(単発低ペネトレーション噴射量)が第2ラインL2以下になると、1回の噴射では酸素残存可能領域G2に存在する空気に対して充分な量の燃料を確保できず、酸素残存可能領域G2で燃焼が生じない、若しくは燃焼開始タイミングが遅れることになる。つまり、第2ラインL2は、前記領域G2の酸素を用いて適切に燃焼を生じさせることができる最低限の熱量を1回の低ペネトレーション噴射によって与えるという観点から設定されるラインである。
これより、PILOT単発噴射が実施される第2領域は、制御目標ラインH2上において、第2ラインL2と第3ラインL3との間の領域となる。
そして、PILOT分割噴射が実施される第1領域は、制御目標ラインH2上において、第2ラインL2以下の領域となる。つまり、前記のように、1回当たりの噴射量が第2ラインL2以下になると、1回の低ペネトレーション噴射によっては必要な噴射量を確保できず、分割噴射が必要となるため、第2ラインL2以下では、複数回に分けて低ペネトレーション噴射を実施する。
本実施形態では、第1領域において、2回に分けて低ペネトレーション噴射が実施される。そして、第2ラインL2のレベル(噴射量)は、第3ラインL3のレベル(噴射量)の半分以下に設定されており、第1領域において低ペネトレーション噴射を2回実施しても、そのトータルの噴射量は第3ラインL3以下の量に抑えられるようになっている。
最も噴射量の少ない第1ラインL1は、第1領域のPILOT分割噴射において、酸素残存可能領域G2で着火遅れを生じさせないようにする噴射量を確保する下限ラインである。これ以上、1回当たりの噴射量が減ると、分割噴射によっても必要な噴射量を確保できず、結果として酸素残存可能領域G2で燃焼が生じない、若しくは燃焼開始タイミングが遅れることになる。つまり、第1ラインL1は、前記領域G2の酸素を用いて燃焼を生じさせることができる最低限の熱量を与えるという観点から設定されるラインである。なお、第1ラインL1は、制御目標ラインH2と設定最高噴射圧FPmaxとが交差する噴射量でもあり、実際にはこれ以上は噴射量を減らすことのできないラインでもある。
第4ラインL4は、第4領域のAFTER単発噴射において、煤を酸化させる機能を発揮させる噴射量を確保する下限ラインである。第4ラインL4よりも1回当たりの噴射量が減ると、単発噴射によっては十分に煤の酸化を図るための噴射量を確保できず、分割噴射が必要となる(第3領域)。一方、第5ラインL5は、第4領域のAFTER単発噴射において、酸素残存可能領域G2が過剰にリッチとならないように噴射量を制限する上限ラインである。第5ラインL5よりも1回当たりの噴射量が増えると、酸素残存可能領域G2に存在する酸素量以上の熱量を与えてしまい、新たに煤を発生させ得る。
以上の通り、低ペネトレーション噴射は、第1〜第4領域の区分に応じて噴射パターンが使い分けられる。しかし、これら区分(第1〜第5ラインL1〜L5)や噴射タイミングは固定化されておらず、運転状況に応じて補正(設定)される。前記区分及び噴射タイミングに影響を与えるのは、主として燃焼室6の混合気に対する着火性、煤の発現性である。本実施形態では、着火性、煤の発現性が良好となるように過給圧の目標値が設定されており、着火性、煤の発現性は過給圧の目標値とのずれによって変化する。これより、過給圧の目標値とのずれに応じて噴射パターン等を補正する。また、過給圧の目標値とのずれが大きくなるのは、前記のように加速時等に過給圧が目標値に到達しないときである。そこで、本実施形態では、過給圧が目標値に対して不足しているときに前記補正を行うとともに、その不足量に応じて補正を行う。
具体的には、過給圧の目標値に対する不足量である過給圧不足量が大きいときは、混合気の着火性は低くなる。また、過給圧不足量が大きいときは、燃焼室6に導入される酸素の重量が所望の量よりも少なくなって煤が発生しやすくなる。
過給圧不足量の変化に伴う着火性は、図15に示す第2ラインL2及び第3ラインL3の設定に影響を与える。
過給圧不足量が大きく低着火性である場合、着火性の確保のために、第2ラインL2をより高い噴射量のレベルに設定することが望ましい。一方、第3ラインL3については、過給圧不足量が大きく低着火性の場合には過早着火が生じ難い傾向となることから、より高い噴射量のレベルに設定することができる。つまり、過給圧不足量が大きく低着火性である場合、燃費ロスの面で有利なPILOT領域(第2領域)の活用範囲を拡張させることができる。
また、噴射タイミングについては、PILOT領域を活用する場合において、過給圧不足量が大きく低着火性である場合は、低ペネトレーション噴射による燃料と空気との混合度合いを高めて着火性を良くするために、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角傾向に設定することが望ましい。
過給圧不足量の変化に伴う煤の発現性の変化は、図15に示す第4ラインL4の設定に影響を与える。
過給圧不足量が大きく煤が発生しやすい状態である場合は、煤の酸化を促進するために、第4ラインL4をより高い噴射量のレベルに設定して、より高い噴射量においても低ペネトレーション噴射が複数回にわたって実施されることが望ましい。
また、AFTER領域を活用する場合において、過給圧不足量が大きく煤が発生しやすい場合は、低ペネトレーション噴射によって生成されるエネルギーが煤の酸化に効果的に利用されるように、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを遅角傾向に設定することが望ましい。
一方、過給圧不足量が小さく比較的煤が発生しにくい状態である場合は、多量の燃料がメイン噴射の後に噴射されることで燃費性能が悪化するのを防止するために、第4ラインL4をより低い噴射量のレベルに設定して、低ペネトレーション噴射によって燃焼室6に供給される燃料のトータル量を少なくすることが望ましい。
また、AFTER領域を活用する場合において、過給圧不足量が小さく比較的煤が発生しにくい場合は、燃費性能の悪化を防止するべく、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角傾向に設定することが望ましい。
<過給圧に基づく噴射パターンの設定>
(噴射パターンの具体例)
図16(A)〜(D)、図17(A)〜(C)は、第2実施形態において採用される低ペネトレーション噴射の7つの噴射態様を簡略的に示すタイムチャートである。ここでも、図11と同様に、基本噴射パターンとして、メイン噴射P1、パイロット噴射P2(第1、第2パイロット噴射P21、P22)及びアフター噴射P3が実行される例を示している。これら噴射P1〜P3に加えて、低ペネトレーション噴射が実行される。
図16(A)は、「PILOT分割−A」と称する噴射パターンであり、図15の第1領域の基本噴射パターンとして採用されるパターンである。PILOT分割−Aでは、基本噴射パターンの噴射P1〜P3に先立つPILOT領域において、低ペネトレーション噴射P4が実行される。低ペネトレーション噴射P4は、所定のクランク角CA11において実行される第1噴射P41と、この第1噴射P41から所定のインターバルt11を置いた遅角側で実行される第2噴射P42とからなる。第1噴射P41及び第2噴射P42の噴射量は、制御目標ラインH2に沿った噴射量Faに設定される。
図16(B)は、「PILOT分割−B」と称する噴射パターンであり、低ペネトレーション噴射P4がPILOT分割−Aよりも進角側のタイミングで実行される噴射パターンである。PILOT分割−Bの低ペネトレーション噴射P4は、PILOT分割−Aと同じ分割噴射であるが、第1噴射P41がクランク角CA11よりも進角したクランク角CA12で実行される。そして、インターバルt11よりも短いインターバルt12を置いた遅角側で、第2噴射P42が実行される。第1噴射P41の噴射タイミングを早めることで、噴射から着火までの時間を稼ぐことができ、着火性を改善することができる。また、第1、第2噴射P41、P42間を短いインターバルt12とすることで、第1噴射P41の噴射燃料と、第2噴射P42の噴射燃料とが重畳されたリッチゾーンが形成され、これにより着火性を向上させることができる。
図16(C)は、「PILOT単発−A」と称する噴射パターンであり、第2領域の基本噴射パターンとして採用されるパターンである。PILOT単発−Aでは、PILOT領域において、単発の噴射からなる低ペネトレーション噴射P4が、所定のクランク角CA2において実行される。低ペネトレーション噴射P4の噴射量は、制御目標ラインH2に沿った噴射量Fbに設定される。つまり噴射量Fbは、分割噴射の1回当たりの噴射量Faよりも多い量となる。また、「PILOT単発−A」は、低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミング(CA2)が、PILOT分割−A(図16(A))の低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミング(第1噴射P41の噴射タイミング、CA11)よりも遅角側に設定されたパターンである。
図16(D)は、「PILOT単発−B」と称する噴射パターンであり、単発の低ペネトレーション噴射P4が、PILOT単発−AよりもΔCA2だけ進角したタイミングで実行される噴射パターンである。ΔCA2の進角により、PILOT分割−Bと同様に、着火性を改善することができる。
図17(A)は、「AFTER分割−A」と称する噴射パターンであり、第3領域の基本噴射パターンとして採用されるパターンである。AFTER分割−Aでは、基本噴射パターンの噴射P1〜P3の実行後のAFTER領域において、低ペネトレーション噴射P5が実行される。低ペネトレーション噴射P5は、所定のクランク角CA31において実行される第1噴射P51と、この第1噴射P51から所定のインターバルt21を置いた遅角側で実行される第2噴射P52とからなる。第1噴射P51及び第2噴射P52の噴射量は、制御目標ラインH2に沿った噴射量Fcに設定される。
図17(B)は、「AFTER分割−B」と称する噴射パターンであり、低ペネトレーション噴射P5がAFTER分割−Aよりも遅角側のタイミングで実行される噴射パターンである。AFTER分割−Bの低ペネトレーション噴射P5は、AFTER分割−Aと同じ分割噴射であるが、第1噴射P51がクランク角CA31よりも遅角したクランク角CA32で実行される。そして、インターバルt21よりも長いインターバルt22を置いた遅角側で、第2噴射P52が実行される。第1噴射P51の噴射タイミングを遅くすることで、煤の酸化、燃焼に有利となり、煤の発生をより抑制できる。また、第1、第2噴射P51、P52間を長いインターバルt22とすることも、煤の抑制に寄与する。
図17(C)は、「AFTER単発−A」と称する噴射パターンであり、第4領域の基本噴射パターンとして採用されるパターンである。AFTER単発−Aでは、AFTER領域において、単発の噴射からなる低ペネトレーション噴射P5が、所定のクランク角CA4において実行される。低ペネトレーション噴射P5の噴射量は、制御目標ラインH2に沿った噴射量Fdに設定される。つまり噴射量Fdは、分割噴射の1回当たりの噴射量Fcよりも多い量となる。また、「AFTER単発−A」は、低ペネトレーション噴射P5の噴射タイミングが、「AFTER分割−B」の(図17(B))の低ペネトレーション噴射P5の噴射タイミング(第1噴射P51の噴射タイミング、CA32)よりも進角側に設定されたパターンである。
(噴射パターンの使い分け)
以上説明した7つの噴射パターンの使い分けについて次に説明する。
以下では、噴射圧および単発低ペネトレーション噴射量が、過給圧が目標値と一致する状態で図16(A)のPILOT分割−Aのパターンが用いられる噴射圧および噴射量である場合を第1領域モード、過給圧が目標値と一致する状態で図16(C)のPILOT単発−Aのパターンが用いられる噴射圧および噴射量である場合を第2領域モード、過給圧が目標値と一致する状態で図17(A)のAFTER分割−Aのパターンが用いられる噴射圧および噴射量である場合を第3領域モード、過給圧が目標値と一致する状態で図17(C)のAFTER単発−Aのパターンが用いられる噴射圧および噴射量である場合を第4領域モードという。
モード判定部76は、噴射範囲設定部72により前記のようにして設定された目標ラインH1に基づいて、制御目標ラインH2(目標とする噴射圧と噴射量の関係)を設定する。また、モード判定部76は、制御目標ラインH2と、過給圧が目標値と一致するときの第2ラインL2〜第4ラインL4とが交差する点の噴射圧を算出する。つまり、制御目標ラインH2上で、噴射量が、過給圧が目標値と一致するときの第2ラインL2〜第4ラインL4のレベルとなる噴射圧を算出する。過給圧が目標値と一致するときのこれらラインL2〜L4のレベルは予め設定されてモード判定部76に記憶されている。モード判定部76は、別途設定された噴射圧と、過給圧が目標値と一致するときのラインL2〜L4に対応する噴射圧とを比較する。そして、モード判定部76は、設定された噴射圧が制御目標ラインH2と第2ラインL2とが交差する点の噴射圧である第2噴射圧FP2以上のときは第1領域モードであると判定する。また、モード判定部76は、設定された噴射圧が第2噴射圧FP2未満且つ制御目標ラインH2と第3ラインL3とが交差する点の噴射圧である第3噴射圧FP3以上のときは、第2領域モードであると判定する。また、モード判定部76は、設定された噴射圧が第3噴射圧FP3未満且つ制御目標ラインH2と第4ラインL4とが交差する点の噴射圧である第4噴射圧FP4以上のときは第3領域モードであると判定する。また、モード判定部76は、設定された噴射圧が第4噴射圧FP4未満のときは第4領域モードであると判定する。ここで、第4噴射圧FP4は、請求項の「基準噴射圧」に相当する。
(1)第1領域モード
第1領域モードでは、過給圧不足量が予め設定された判定値以下のときは、図16(A)のPILOT分割−Aのパターンが用いられる。判定値は0より大きい値であって、予め設定されたモード判定部76に記憶されている。過給圧不足量が予め設定された判定値以下の状態というのは、過給圧の目標値に対して不足量が判定値以下であり実過給圧が目標値に近い状態である。
これに対し、第1領域モードにおいて、過給圧不足量が判定値より大きく、これに伴って着火性が低いときには、図16(B)のPILOT分割−Bのパターンが用いられる。すなわち、過給圧不足量が判定値以下のときよりも第1噴射P41の噴射タイミングが進角される。また、第1、第2噴射P41、P42間のインターバルが短くされて、過給圧不足量が判定値以下のときよりも第2噴射P41の噴射タイミングが進角される。これは、前記のように着火性が低いときに、この着火性を改善するためである。
(2)第2領域モード
第2領域モードでは、過給圧不足量が判定値以下のときは、図16(C)のPILOT単発−Aのパターンが用いられる。
これに対し、第2領域モードにおいて、過給圧不足量が判定値より大きく、これに伴って着火性が低いときには、図16(B)のPILOT分割−Bのパターンが用いられる。これは、着火性が悪くなることに伴い、前記のように、第2ラインL2を規定する噴射量が増大するからである。ここで、前記のように、PILOT単発−Aのパターンの低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミングCA2は、PILOT分割−Aのパターンの低ペネトレーション噴射(第1噴射P41)の噴射タイミングCA11よりも遅角側であり、PILOT分割−Bのパターンの低ペネトレーション噴射(第1噴射P41)の噴射タイミングCA12は、この噴射タイミングCA11よりも進角側であり、PILOT分割−Bのパターンでは、PILOT単発−Aのパターンよりも低ペネトレーション噴射P4の噴射タイミングが進角側に設定されている。これより、過給圧不足量が判定値より大きいときは、過給圧不足量が判定値以下のときよりも、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングが進角されることになる。この噴射タイミングの進角により、また、低ペネトレーション噴射が分割して実施されることにより、燃料と空気の混合は促進され、着火性が改善される。
(3)第3領域モード
第3領域モードでは、過給圧不足量が判定値以下ときは、図17(A)のAFTER分割−Aのパターンが用いられる。
これに対し、第3領域モードにおいて、過給圧不足量が判定値より大きく、これに伴って着火性が低いときには、図16(D)のPILOT単発−Bのパターンが用いられる。つまり、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングが、アフター噴射P3よりも遅角側の時期からパイロット噴射P2よりも進角側の時期に進角される。これは、着火性が低くなることで過早着火が起こりにくい環境となり、第3ラインL3を規定する噴射量を上昇させ得るため、燃費ロスの少ないPILOT領域を活用できることに依る。また、進角された低ペネトレーション噴射P4の実行により、着火性を改善できる点も、PILOT単発−Bの採用理由である。
(4)第4領域モード
第4領域モードでは、過給圧不足量が判定値以下のときは、図17(C)のAFTER単発−Aのパターンが用いられる。
これに対し、第4領域モードにおいて、過給圧不足量が判定値より大きく、これに伴って煤が発生しやすいときは、図17(B)のAFTER分割−Bのパターンが用いられる。これは、煤をより確実に酸化させるべく、第4ラインL4を規定する噴射量を上昇させる必要があるためである。ここで、前記のように、AFTER分割−Bのパターンの低ペネトレーション噴射P5の噴射タイミング(第1噴射P51の噴射タイミング)は、AFTER単発−Aのパターンの低ペネトレーション噴射P5の噴射タイミングCA4よりも遅角側である。これより、過給圧不足量が判定値より大きいときは、過給圧不足量が判定値以下のときよりも、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングが遅角されることになる。この噴射タイミングの遅角により、また、低ペネトレーション噴射が分割して実施されて多量の燃料が噴射されることにより、煤の酸化・燃焼が促進される。
以上のように、第2実施形態では、第1領域モード、第2領域モードおよび第3領域モードのとき、つまり、噴射圧が第4噴射圧FP4以上のときは、過給圧が低く過給圧不足量が大きいときの方が(過給圧不足量が判定値より大きいときの方が)、過給圧が高く過給圧不足量が小さいときよりも(過給圧不足量が判定値以下であるときよりも)、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角させる。一方、第4領域モードのとき、つまり、噴射圧が第4噴射圧FP4未満のときは、過給圧が低く過給圧不足量が大きいときの方が(過給圧不足量が判定値より大きいときの方が)、過給圧が高く過給圧不足量が小さいときよりも(過給圧不足量が判定値以上であるときよりも)、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを遅角させる。
<低ペネトレーション噴射の制御フロー>
続いて、図18および図19に示すフローチャートを参照して、第2実施形態に係る低ペネトレーション噴射制御のフローを説明する。
図18を参照して、まず、図12のステップS1〜S4に示した処理と同様の処理が実行される。すなわち、プロセッサ70の燃料噴射制御部71(図5)は、車両の走行領域に関する情報を取得し、過給圧制御部80(図5)は、現在の過給圧を取得する(ステップS11)。続いて、過給圧制御部80は、別途設定した過給圧の目標値から現在の過給圧を減じて、過給圧不足量を算出する(ステップS12)。
次に、運転状態判定部73が、エンジン回転速度及びエンジン負荷が、予め定められた所定の走行領域(高負荷、高回転数の運転状態)の範囲内に該当するか否かを判定する(ステップS13)。
所定の走行領域に該当しない場合(ステップS13でNO)、運転状態判定部73は、低ペネトレーション噴射を実行させる運転モードではないと判定し、燃料噴射制御部71は低ペネトレーション噴射を禁止する(ステップS14)。一方、所定の走行領域に該当する場合(ステップS13でYES)は、残存酸素量判定部74が、酸素残存可能領域G2に所定値以上の酸素量が残存している状態か否かを判定する(ステップS15)。酸素残存可能領域G2に所定値以上の酸素量が残存していない場合(ステップS15でNO)、燃料噴射制御部71は低ペネトレーション噴射を禁止する(ステップS14)。
これに対し、残存酸素量判定部74が、酸素残存可能領域G2に所定値以上の酸素量が残存していると判定した場合(ステップS15でYES)、低ペネトレーション噴射が実行される。この場合、次に、モード判定部76が、運転モードが第1領域モードであるか否か(噴射圧が第2噴射圧FP2以上であるか否か)を判定する(ステップS16)。なお、噴射圧の設定値データとしては、噴射圧センサSN7の検出値、若しくは、プロセッサ70がエンジン負荷に応じて算出する算出値を利用することができる。
現状の運転モードが第1領域モードである場合(ステップS16でYES)、噴射パターン設定部77が、過給圧不足量が判定値以下であるか否かを判定する(ステップS17)。過給圧不足量が判定値以下の場合(ステップS17でYES)、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射パターンとして、図16(A)のPILOT分割−Aのパターンを設定する(ステップS18)。これにより、当該サイクルでは、PILOT分割−Aのパターンでインジェクタ15が燃料を噴射する。
これに対し、過給圧不足量が判定値より大きいと判定した場合(ステップS17でNO)、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射パターンとして、図16(B)のPILOT分割−Bのパターンを設定する(ステップS19)。
一方、ステップS16において、現状の運転モードが第1領域モードではないと判定した場合(ステップS16でNO)、モード判定部76は、現状の運転モードが第2領域モードであるか否かを判定する(ステップS20)。現状の運転モードが第2領域モードである場合(ステップS20でYES)、噴射パターン設定部77は、ステップS17と同様に、過給圧不足量が判定値以下であるか否かを判定する(ステップS22)。過給圧不足量が判定値以下の場合(ステップS22でYES)、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射パターンとして、図16(C)のPILOT単発−Aのパターンを設定する(ステップS22)。これに対し、過給圧不足量が判定値より大きい場合(ステップS21でNO)、噴射パターン設定部77は、噴射パターンとして、図16(B)のPILOT分割−Bのパターンを設定する(ステップS23)。
ステップS20において、現状の運転モードが第2領域モードではないとモード判定部76が判定した場合(ステップS20でNO)、処理は図19のフローへ移行する。この場合、モード判定部76は、現状の運転モードが第3領域モードであるか否かを判定する(ステップS24)。現状の運転モードが第3領域モードである場合(ステップS24でYES)、噴射パターン設定部77は、ステップS17、S21と同様に、過給圧不足量が判定値以下であるか否かを判定する(ステップS25)。過給圧不足量が判定値以下の場合(ステップS25でYES)、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射パターンとして、図17(A)のAFTER分割−Aのパターンを設定する(ステップS26)。
これに対し、過給圧不足量が判定値より大きい場合(ステップS25でNO)、噴射パターン設定部77は、噴射パターンとして、図16(D)のPILOT単発−Bのパターンを設定する(ステップS27)。
ステップS24において、現状の運転モードが第3領域モードではないと判定した場合(ステップS24でNO)、モード判定部76は、現状の運転モードが第4領域モードであるか否かを判定する(ステップS28)。現状の運転モードが第4領域モードである場合(ステップS28でYES)、噴射パターン設定部77は、ステップS17、S21、25と同様に、過給圧不足量が判定値以下であるか否かを判定する(ステップS29)。過給圧不足量が判定値以下の場合(ステップS29でYES)、噴射パターン設定部77は、低ペネトレーション噴射の噴射パターンとして、図17(C)のAFTER単発−Aのパターンを設定する(ステップS30)。
これに対し、過給圧不足量が判定値より大きい場合(ステップS29でNO)、噴射パターン設定部77は、噴射パターンとして、図17(B)のAFTER分割−Bのパターンを設定する(ステップS31)。
なお、ステップS28において、運転モードが第4領域ではないと判定された場合(ステップS28でNO)、現状の運転モードが、第1〜第4領域モードのいずれにも該当しないイレギュラーな状態ということになる。この場合、燃料噴射制御部71は低ペネトレーション噴射を禁止する(ステップS14)。
[作用効果]
以上説明した本実施形態に係るディーゼルエンジンの燃料噴射制御装置によれば、次のような作用効果を奏する。制御対象となるディーゼルエンジンの燃焼室6の底面は、第1、第2キャビティ部51、52と、この両者を繋ぐ連結部53とを含む冠面50で区画されている。そして、燃料噴射制御部71はインジェクタ15に、連結部53を指向したメイン噴射P1若しくはパイロット噴射P2を実行させる。このため、混合気の筒内流動が連結部53にて分離され、筒内旋回流が比較的弱くなり、燃焼室6の径方向Bの中央領域付近の空気が径方向外側へ引き込まれにくくなる傾向が出る。
しかし、前記燃料噴射制御装置によれば、燃料噴射制御部71が、通常のメイン噴射P1及びパイロット噴射P2に加えて、燃焼室6の径方向中央領域内だけに燃料を噴射する、つまり筒内旋回流の弱体化により酸素が残存し得る中央領域の外縁H(図8)をペネトレーション目標とする低ペネトレーション噴射を、インジェクタ15に実行させる。従って、燃焼室6の径方向中央領域に残存する空気と、低ペネトレーション噴射による噴霧燃料とで、混合気を形成することができる。また、外縁Hがペネトレーション目標とされるので、前記径方向中央領域に存在する空気をフル活用して混合気を形成することができる。その結果、燃焼室6内の空気を有効活用して均質で薄い混合気を形成し、煤などの発生を抑制した良質なディーゼル燃焼を実現することができる。
また、第1実施形態において、燃料噴射制御部71は、過給圧が低く過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が大きいときは過給圧が高く過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が小さいときよりも低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角させる。また、第2実施形態においても、噴射圧が第4噴射圧FP4以上となる第1〜第3領域モードにおいて、燃料噴射制御部71は、過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が判定値より大きいときは、過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が判定値以下のときよりも低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角側の時期として、過給圧が低いときは高いときに比べて低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを進角させる(過給圧が高いときは低いときに比べて低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを遅角させる)。
そのため、過給圧の目標値に対する不足量が大きく(過給圧が低く)着火性が低下して着火遅れが生じやすくなるときに、低ペネトレーション噴射に係る燃料と空気の混合時間を長くしてこれらの混合を促進することができるため、着火遅れを防止できる。また、給圧の目標値に対する不足量が小さく(過給圧が高く)着火性が高いことで過早着火が生じやすくなるときに、低ペネトレーション噴射に係る燃料と空気の混合時間を短くしてこれらの混合が過度に促進されるのを抑制できるため、過早着火を防止することができる。
また、第2実施形態では、燃料噴射制御部71は、噴射圧が第4噴射圧FP4未満となる第4領域モードにおいて、低ペネトレーション噴射をメイン噴射よりも遅いタイミングで実行する。そのため、噴射圧が低く燃料噴霧の粒径が大きくなることに伴って煤が発生しやすいときに、生成された煤を低ペネトレーション噴射に係る燃料の燃焼エネルギーによって効果的に酸化することができる。しかも、このとき、燃料噴射制御部71は、過給圧が低く過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が判定値より大きいときは、過給圧が高く過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)が判定値以下のときよりも低ペネトレーション噴射を遅角させる。つまり、噴射圧が第4噴射圧FP4未満の場合は、過給圧が低いときの方が高いときよりも低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを遅角させる。従って、噴射圧が低いことに加えて過給圧不足量が低く(過給圧が低く)充填効率が低くなることに伴って発生量が増大する煤を、低ペネトレーション噴射に係る熱エネルギーよって効果的に酸化させることができる。
また、燃料噴射制御部71は、メイン噴射P1若しくはパイロット噴射P2の噴霧ペネトレーションが所定の設定量よりも大きい場合に、低ペネトレーション噴射を禁止する(図12のステップS3、S4、図18のステップS13、S14)。メイン噴射P1若しくはパイロット噴射P2の噴霧ペネトレーションが所定の設定量よりも大きくなるのは、例えばエンジン負荷が大きい場合であって、これら噴射における燃料噴射量が比較的多くなるケースである。このようなケースでは、燃焼室6の径方向中央領域に空気が残存しない(酸素残存可能領域G2が発生しない)状態となるので、低ペネトレーション噴射を禁止することで、混合気が過度なリッチ化を防止することができる。
さらに、燃料噴射制御部71は、燃焼室6の径方向中央領域の酸素量が所定値以下となる条件下では、低ペネトレーション噴射を禁止する(図12のステップS5、S4、図18のステップS15、S14)。燃焼室6の径方向中央領域の酸素量が稀薄となる条件下では、たとえ酸素残存可能領域G2が発生する条件でも、そもそも低ペネトレーション噴射を実行させる必要が無い。そのような条件下において燃料噴射制御部71、低ペネトレーション噴射を禁止するので、無用な燃料消費を防止することができる。
[変形例]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば次のような変形実施形態を採ることができる。
(1)前記実施形態では、基本噴射パターンとして、メイン噴射P1、パイロット噴射P2及びアフター噴射P3が実行される例を示した(図10、図11、図14、図16)。基本噴射パターンは、少なくともメイン噴射P1及びパイロット噴射P2を含んでいれば良く、アフター噴射P3を省くようにしても良い。また、前記実施形態では、パイロット噴射P2が、第1パイロット噴射P21と第2パイロット噴射P22との2回に分けて実行される例を示した。これに代えて、パイロット噴射P2を、単発の噴射、或いは、3回以上の噴射としても良い。さらに、前記実施形態では、メイン噴射P1が最大のエネルギー(噴射量)を持つ噴射とする例を示したが、パイロット噴射P2を最大の噴射量とし、当該パイロット噴射P2が連結部53を指向する態様としても良い。この場合には、噴射範囲設定部72によって、パイロット噴射P2の噴射量、噴射圧および噴射タイミングに基づいて酸素残存可能領域G2の外縁Hつまり目標ラインH1が設定されるように構成する。
(2)前記実施形態では、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングに関し、運転状態や環境に応じて、パイロット噴射P2よりも早いタイミング(PILOT領域)、若しくはメイン噴射P1よりも遅いタイミング(AFTER領域)を使い分ける例を示した。これに代えて、各々の領域における機能を考慮して、PILOT領域及びAFTER領域の双方で低ペネトレーション噴射を実行させるようにしても良い。また、PILOT領域と、AFTER領域の一方でのみ低ペネトレーション噴射を実行させるようにしてもよい。
(3)前記実施形態では、低ペネトレーション噴射を分割噴射で実行させる場合、2回に分けて噴射させる例を示したが、3回又はそれ以上に分割噴射させても良い。また、16(B)のPILOT分割−B制御、図17(B)のAFTER分割−B制御において、分割噴射のインターバルをセンター領域の場合の噴射制御に比べて縮小、拡大する例を示した。これに代えて、インターバルを変更しない制御としても良い。
(4)前記実施形態では、過給圧の目標値に対する不足量(過給圧不足量)の大小によって低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを変更する場合について説明したが、この過給圧不足量に代えて過給圧の絶対値を用いてもよい。
(5)前記第2実施形態では、噴射パターンとして図16(A)〜(D)および図17(A)〜(C)に示したパターンを設定し、過給圧不足量に応じてこれら噴射パターンを切替えて、これにより、過給圧不足量に応じて低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを変更する例を示した。これに代えて、噴射パターンは変更せずに、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングだけを過給圧不足量(あるいは過給圧)に応じて変更するようにしてもよい。具体的には、第1領域モードではPILOT−分割を実施し、第2領域モードではPILOT−単発を実施し、第3領域モードではAFTER−分割を実施し、第4領域モードではAFTER−単発を実施するように構成する。そして、各運転モードで前記の噴射パターンを実施しつつ、低ペネトレーション噴射の噴射タイミングを過給圧不足量(あるいは過給圧)に応じて変更してもよい。